JP6539200B2 - アルミニウム系部材の陽極酸化方法 - Google Patents

アルミニウム系部材の陽極酸化方法 Download PDF

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Description

本発明は、アルミニウム系部材の少なくとも一部の表面に陽極酸化膜を形成する陽極酸化方法に関する。
アルミニウム系部材は、耐食性、耐摩耗性、絶縁性等を目的として陽極酸化処理がなされることが多い。陽極酸化処理は、アルミニウム系部材の被処理部を電解液浴(硫酸浴、シュウ酸浴等)に浸漬等して、その被処理部を陽極として通電することによりなされる酸化処理であり、これにより被処理部の表面(被処理面)に基材が酸化して生成された酸化アルミニウム(Al等)からなる陽極酸化膜(アルマイト皮膜)が形成される。このように陽極酸化処理は、基体自体の酸化を伴う点でめっき処理等とは異なる。
こうして形成された陽極酸化膜は、通常、緻密で薄い(数十nm程度)バリヤー層(活性層)と、このバリヤー層上に成長するポーラス層とからなる。一般的な陽極酸化膜の厚さは、数〜数十μm以上であり、その大部分はポーラス層からなる。なお、ポーラス層は、通常、表面側に開口した多数の直管状の微細孔からなるため、それを封孔する封孔処理または孔全体を埋める封止処理がなされることも多い。
ところで、陽極酸化処理を効率的に行うために、従来から種々の通電方法が提案されており、例えば下記の特許文献に関連する記載がある。
特開昭62−253797号公報 特開2000−282294号公報 特開2004−35930号公報 特開2006−83467号公報 特開2007−204831号公報 特開2009−235539号公報 特開2015−124400号公報
特許文献1では、単相の商用周波数(60Hz)の交流電流と12Hzの正(プラス)側の矩形パルス波形電流とを重畳して通電している。もっとも特許文献1には、電流密度に関する記載があるものの、重畳させる各電流値または各電圧値について具体的な記載がない。また、そこに示されている交流の周波数は、商用周波数のみである。
特許文献2では、試料(被処理物)に負(マイナス)の電圧が印加されないように、交流電圧と直流電圧を重畳して通電している。もっとも特許文献2では、交流周波数に関して具体的な記載がなく、単に高い周波数側(100Hz以上)が好ましい旨の記載があるに過ぎない([0022])。
特許文献3では、被処理物に実質的に正の電圧が印加されるように(重畳電圧の下限値が実質的に0Vとなるように)交流電圧と直流電圧を重畳して通電し、その交流の周波数を比較的高く(200〜2000Hz)設定している。もっとも特許文献3に記載されている陽極酸化膜の成膜速度は非常に小さく、2μm/min未満に過ぎない(表1参照)。
特許文献4では、高周波数(10kHz以上を推奨)で正の電圧の印加と電荷の除去(マイナス電圧の印加)を行う通電をしている。もっとも、このような通電を4分間行っても、得られる陽極酸化膜の膜厚は高々15〜20μm(成膜速度でいうと4〜5μm/分)程度に過ぎない([0061]参照)。
特許文献5では、基底電流密度を電解開始から増加→減少→一定と変化させる交直重畳通電を行い、膜厚が150μm以上の陽極酸化膜を形成している。具体的には、150分間処理して、膜厚が約300μmの陽極酸化膜を形成している。しかし、そのときの成膜速度は高々2μm/分程度に過ぎない。これは、最大電流密度が11A/dm(=0.11A/cm)と非常に小さいためと考えられる([0041]、[0042]、図5等参照)。このように特許文献1〜5にあるような陽極酸化方法では、得られる成膜速度は高々数μm/分に過ぎない。
特許文献6では、ヤケ発生電圧付近まで直流電圧を印加する通電をした後、負側のピーク電流値が正側のピーク電流値の10%以下となるように、高周波域(5〜15kHz)の交流と直流を重畳させて通電している。具体的にいうと、電圧制御により、最初の10秒間は直流通電(電流密度:100A/dm)し、その後の5秒間はその直流に高周波電流(周波数:15kHz/電流密度:120A/dm)を重畳させて通電している。このときの成膜速度は65μm/分となる旨が記載されている。しかし、特許文献6では、ヤケが発生するまでの極短時間(15秒間)の処理を行っているに過ぎず、得られた陽極酸化膜の膜厚は高々16.2μmに過ぎない([0033]参照)。
特許文献7は、交直重畳させる直流成分と交流成分の電圧比と、その交流成分の周波数とを特定範囲内とすることにより、厚い陽極酸化膜を短時間で得ることができる陽極酸化方法を提案している。本発明者の最近の研究に依れば、特許文献7に規定されている条件外でも、また、複雑な電圧制御を行わなくても、厚い陽極酸化膜を短時間で得ることが可能であることがわかった。
本発明は、このような事情に鑑みて為されたものであり、従来の陽極酸化方法とは異なる条件下で電解を行うことにより、膜厚の大きな陽極酸化膜も短時間で形成できるアルミニウム系部材の陽極酸化方法を提供することを目的とする。
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、最小電流密度と周波数が所定範囲内にある交流電流を通電することにより、比較的容易に、膜厚が非常に大きい陽極酸化膜でも、短時間に形成できることを新たに見出した。この成果を発展させることにより、以降に述べる本発明を完成するに至った。
《アルミニウム系部材の陽極酸化方法》
(1)本発明のアルミニウム系部材の陽極酸化方法(適宜、単に「陽極酸化方法」という。)は、純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる被処理面を電解液に接触させつつ該被処理面に対して通電を行い、該被処理面に陽極酸化膜を形成する電解工程を備えるアルミニウム系部材の陽極酸化方法であって、前記電解工程は、最大電流密度と最小電流密度を周期的に繰り返す交流電流を通電する電流制御によりなされ、該最大電流密度は、1A/cm 以上であり、該最小電流密度は、−0.4〜0.3A/cmであり、該交流電流の周波数は、2Hz〜9kHzであり、該電解工程は、1〜10分間なされる
(2)本発明の陽極酸化方法によれば、高い成膜速度が安定して得られるため、複雑な電圧制御による通電を行うまでもなく、アルミニウム系部材の被処理面(基材表面)に厚い陽極酸化膜を短時間で確実に形成できる。本発明の陽極酸化方法が、このような優れた成膜性を発揮するメカニズム等は必ずしも定かではないが、現状では次のように考えられる。
先ず、陽極酸化膜は絶縁体であると共に誘電体であることが知られており、陽極酸化膜の近傍には電気抵抗(R)と静電容量(C)からなる擬似回路(等価回路)が形成されていると考えられる。このため、交流電流の通電(単に「交流通電」という。)により陽極酸化処理すると、その周波数が大きくなるほど、陽極酸化膜近傍のインピーダンスは小さくなり、被処理面を流れる電流密度は大きくなるため、陽極酸化膜の成膜速度が向上するように考えられる。
しかし、本発明者が鋭意研究したところ意外にも、従来よりかなり低い周波数域で交流通電することにより、成膜速度が極大を示すことが明らかとなった。この理由は定かではないが、被処理面上に形成された陽極酸化膜と電解液との界面近傍において、酸素イオンの吸着サイトの電位依存性や電気二重層の存在などが影響しているためと推察される。
ちなみにここでいう電気二重層は、上述した界面近傍の電解液中において、陽極酸化膜側にアニオン(OH-、SO42-等)が層状に整列し、それに対向して対をなすようにカチオン(H+等)が層状に整列した状態を意味する。このように電解液を介在して形成される電気二重層も、陽極酸化膜の場合と同様に、電気抵抗(R’)と静電容量(C’)からなる擬似回路(等価回路)として考えることができる。つまり、被処理面の近傍は、陽極酸化膜近傍に構成される第1擬似回路と電気二重層により構成される第2擬似回路が接続された等価回路として把握できることになる。従って、上述したように、陽極酸化膜の成膜性は、陽極酸化膜近傍の第1擬似回路だけでは把握され得ず、電気二重層による第2擬似回路の存否さらにはその特性をも加味することにより、初めて全体的な把握が可能になると考えられる。
ところで、本発明に係る電解工程では、通電する交流電流の最小電流密度およびその周波数を特定範囲内に限定している。この場合、電気二重層の維持が困難となり、陽極酸化膜と電解液の界面近傍において、各イオン(特にアニオン)の濃度や移動が所望状態に近くなり、その結果、効率的な通電が可能となって、高い成膜速度が安定的に得られるようになったと推察される。
ちなみに、最小電流密度だけを上述したよう範囲内にしても、本発明のように優れた成膜性は得られない。この理由は次のように考えられる。電気二重層は電子よりも遙かに質量の大きいイオン粒子で形成されている。このような電気二重層へ、高周波数の交流電流を通電すると、質量の大きなイオン粒子はその周波数変化に殆ど追従できない。この場合、電気二重層は実質的に残存したままとなり、成膜速度の向上等はあまり望めない。いずれにしても、本発明の陽極酸化方法の場合、通電する交流電流の最小電流密度と周波数とが連携または相乗することにより、非常に優れた成膜性が発揮されるようになったことは確かである。
《アルミニウム系部材》
本発明は、陽極酸化方法としてのみならず、それにより形成された陽極酸化膜を有するアルミニウム系部材としても把握できる。
《その他》
(1)本明細書でいう「交流」とは、電流値または電圧値が周期的に変動することをいい、その波形、振幅値、中央値(平均値)、ピーク値等は問わない。「直流」とは、その交流以外を意味し、電流値または電圧値は一定でも、周期的でなければ経時的に変化してもよく、その波形、極性(正負)等は問わない。
「交流成分」とは、周期的に変動する電流成分または電圧成分であり、「直流成分」とは、バイアス電流またはバイアス電圧である。交直重畳する場合、周期的に変動する電流値または電圧値の平均値を直流成分とする。ここでいう「平均値」とは、実効値ではなく、電流値または電圧値の上下ピーク値(上下限値)の相加平均値とする。なお、本発明に係る電解工程は電流制御によりなされるため、特に断らない限り、交流(成分)または直流(成分)は電流に関するものとする。
本発明でいう「電流制御」は、最小電流密度(または最小電流値)、最大電流密度(または最小電流値)および周波数を、所定値または所定範囲内に予め設定した状態を維持しつつ、電解液に接触している陽極(基材側)と陰極との間に交流通電することをいう。最小電流密度(さらには最大電流密度)は、本発明で規定する範囲内にある限り、必ずしも一定でなくてもよい。例えば、交流成分と重畳させる直流成分が時間と共に(一次関数的に)変化する場合、最小電流密度も変化し得る。
このような場合も考慮して、本発明でいう最小電流密度または最大電流密度は、通電期間中の各サイクルにおけるピーク値(極小値または極大値)の相加平均値とする。また、交流電流の周波数が電解過程中に変動するときは、通電期間中の総サイクル数をその通電時間で除した平均値を、本発明でいう周波数とする。
ちなみに、本明細書でいう「電流密度」とは、印加電流を電解液に接触させる被処理面(陽極電極面)の面積で除して求まる。その面積は、実測またはアルミニウム系部材の設計値に基づいて定める。
(2)本発明の陽極酸化方法では、陽極酸化膜の成膜速度やその膜厚を問わない。敢えて言うと、成膜速度は、例えば、50μm/分以上さらには65μm/分以上、膜厚は、例えば、50μm以上、75μm以上さらには100μm以上となり得る。また、このように厚い陽極酸化膜を得るために必要な処理時間(電解時間)は、例えば、1〜10分間、1.5〜5分間さらには2〜3分間程度でもよい。
膜厚は、陽極酸化膜の断面を走査型電子顕微鏡(SEM)で観察したり、渦電流式膜厚計で計測することで求まるが、特に断らない限り、渦電流式膜厚計の計測値に基づく。なお、SEM観察により膜厚の特定は、成膜面に直交する断面を観察して、陽極酸化膜(酸化アルミニウム)と基材(純アルミニウムまたはアルミニウム合金)の界面から、最表面までの距離を測定して行う。
成膜速度は、その膜厚を処理時間(通電時間)で除することで求められる。但し、膜厚自体が小さいと、成膜速度が大きく算出される傾向がある。そこで本発明に係る成膜速度は、膜厚40μm以上の陽極酸化膜を成膜したときの値とする。
(3)特に断らない限り本明細書でいう「x〜y」は下限値xおよび上限値yを含む。本明細書に記載した種々の数値または数値範囲に含まれる任意の数値を新たな下限値または上限値として「a〜b」のような範囲を新設し得る。
交流電流の最小電流密度と成膜速度の関係を示すグラフである。 交流電流の周波数と成膜速度の関係を示すグラフである。 デューティ比を調整した矩形波電流の周波数と成膜速度の関係を示すグラフである。 最大電流密度とデューティ比の関係を示すグラフである。
本明細書で説明する内容は、本発明の陽極酸化方法のみならず、陽極酸化処理されたアルミニウム系部材にも適宜該当し得る。上述した本発明の構成要素に、本明細書中から任意に選択した一以上の構成要素を付加し得る。この際、方法に関する構成要素は、一定の場合(構造または特性により「物」を直接特定することが不可能であるかまたは非実際的である事情(不可能・非実際的事情)等がある場合)、プロダクトバイプロセスとして「物」に関する構成要素ともなり得る。いずれの実施形態が最良であるか否かは、対象、要求性能等によって異なる。
《陽極酸化方法》
(1)交流電流
本発明に係る電解工程は、電流密度と周波数が所定範囲内に制御された交流電流を通電してなされる。最小電流密度は、−0.4〜0.3A/cm、−0.3〜0.2A/cmさらには−0.2〜0.1A/cmであると好ましい。最小電流密度は過小でも過大でも、成膜速度が低下し得る。特に最小電流密度が過大になると、いわゆるヤケ(焼け)が陽極酸化膜に生じ易くなる。
最大電流密度は、例えば、1A/cm以上、1.5A/cm以上さらには1.8A/cm以上であると好ましい。最大電流密度が過小では成膜速度の向上を図れない。最大電流密度が過大になると、ヤケ(焼け)が陽極酸化膜に生じ易くなる。
交流電流の周波数は、2Hz〜9kHz、5Hz〜1kHz、10〜1000Hz、20〜900Hzさらには30〜200Hzであると好ましい。周波数は過小でも過大でも、成膜速度が低下し得る。ちなみに、陽極酸化膜の界面近傍に形成される擬似回路を直列の交流回路と考えると、そのインピーダンス(Z)は、Z={R+(ωL−1/ωC)1/2 (R:抵抗、L:インダクタンス、C:キャパシタンス、ω:角周波数(=2πf)、f:交流電流の周波数)と表される。このように考えると、周波数が過小では、反応層、電気二重層の生成に伴う容量成分に起因してインピーダンスが大きくなり、周波数が過大になると、陽極酸化反応に伴う誘導成分に起因してインピーダンスが大きくなり、いずれにしても電流値が低下して成膜の抑制または停滞が生じ得ることが説明される。なお、具体的なR、L、Cの特定は容易ではないが、上式に基づけば、ω=(1/LC)1/2のとき、つまりf=(1/LC)1/2/2πのときに、Zが最小値(極小値)となり得る。逆にいえば、Zを最小とするようなfの存在が予想され、上述した範囲内にある周波数がそのようなfを与えると考えられる。
なお、本発明に係る電流密度や周波数の最適値は、基材の材質、電解液の濃度、温度(浴温)、浴内の流動性(例えば撹拌の程度)等の状況変化に応じて、上述した範囲内で多少変動し得る。もっとも、本発明に係る基本的な考え方(原理)は変わらず、電流密度および周波数が既述した数値範囲内にある限り、成膜性に優れた陽極酸化処理を行い得る。
電解工程で印加される交流電流の波形は、種々考えられ、例えば、正弦波の他、矩形波、三角波、のこぎり波、パルス波等がある。交流成分と直流成分を重畳(合成)させて交流電流を得る場合、その波形は、交流成分により調整でき、交流電流の平均電流(密度)は直流成分(バイアス電流)により調整できる。特に、周波数およびピーク電流値(最小電流値と最大電流値)が一定な交流成分と、電流値が一定な直流成分とを重畳させた交流電流を用いて電解工程を行うと好ましい。
特に、交流電流は、1周期(T)内で最大電流密度となる通電時間(τ)の割合であるデューティ比(τ/T)が0.05〜0.5、0.1〜0.3さらには0.15〜0.25である矩形波電流であると好ましい。デューティ比が過小では成膜速度の向上を図れないが、デューティ比を相対的に小さくすることにより、ヤケ等の不良を生じることなく、成膜速度の向上を図れる。特に、デューティ比を小さくしつつ、最大電流密度を大きくすることにより、良好な陽極酸化膜を高速に成膜できる。例えば、デューティ比を0.5以下としつつ、最大電流密度を2A/cm以上、3A/cm以上さらには4A/cm以上とするとよい。加えて、そのときの交流電流の周波数が20〜900Hzさらには50〜500Hzであると、成膜速度のさらなる向上を図れる。
(2)電解液
電解液(陽極酸化処理液)は、その種類を問わず、例えば、硫酸水溶液、燐酸水溶液、クロム酸水溶液等の無機酸液でも、蓚酸水溶液等の有機酸液でもよい。但し、経済性等の観点から電解液は硫酸水溶液であると好ましい。この硫酸水溶液は、濃度が5〜40質量%さらには10〜30質量%程度であると好ましい。濃度が過小では十分な成膜速度が得られず、濃度が過大では陽極酸化膜の耐食性が低下し得る。電解液の温度(浴温)は0〜40℃さらには10〜30℃程度であると好ましい。この温度が過小または過大になると、十分な成膜速度が得られない。ちなみに、電解液中に設ける対極には、通常、白金電極や黒鉛電極等が用いられるが、他の導電材からなる電極を用いてもよい。
(3)後処理
本発明に係る陽極酸化膜は、陽極酸化処理のままでも良いが、封孔処理、封止処理、熱処理、塗装等の後処理が適宜なされてもよい。例えば、封孔処理を行うと、陽極酸化膜(多孔質層)の細孔が封じられ、アルミニウム系部材の耐食性が向上し得る。ちなみに封孔処理方法は周知であり、例えば、陽極酸化膜を沸騰水や高圧蒸気に曝すことにより行われる。この他、陽極酸化膜を遮熱膜として用いるような場合、例えば、高耐熱性のシリカやアルミナ等からなる封止層を陽極酸化膜の表面に形成して封止処理を行ってもよい。具体的にいうと、例えば、陽極酸化膜の表面にポリシラザン、ポリシロキサン等を塗布し、それを焼成してシリカに転化させた強化層を、多孔質層中またはその最表面に形成して封止処理してもよい。
《アルミニウム系部材》
(1)陽極酸化膜
陽極酸化膜は、主に酸化アルミニウム(Al)からなるが、陽極酸化処理の条件によりその形態(特に多孔質層の形態)は変化し得る。用途や要求仕様に応じて、適切な陽極酸化膜が選択されるとよい。例えば、耐摩耗性を目的とする場合なら密な陽極酸化膜が好ましいが、遮熱性を目的とする場合なら疎な陽極酸化膜でもよい。
さらに、内燃機関の燃焼室面(例えば、内燃機関用ピストンの頂面やシリンダーヘッドの燃焼室壁面)等に形成される陽極酸化膜は、ポーラス層とは別に、微細な空孔(ポア)を積極的に内包したものであると好ましい。高空孔率の陽極酸化膜は、本来有する耐熱性と共に、低熱伝導性を発現するため、高温環境下に曝される部材の断熱層として有効である。また陽極酸化膜は、厚さ(膜厚)が高々数十μm〜数百μmで熱容量も十分に小さいため、温度追従性にも優れる。なお、熱伝導性と温度追従性を併せて、「スイング特性」という(特許5642640号公報、特開2015−31226号公報等参照)。
(2)基材
本発明に係るアルミニウム系部材は、純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる基材を少なくとも一部に有し、その基材の少なくとも一部の表面(被処理面)に陽極酸化膜が形成されるものであれば足る。基材の組成や組織は種々あり得るが、基材が純アルミニウムに近いほど、緻密な陽極酸化膜が得られ易い。一方、ポーラス層とは別な空孔を内包した陽極酸化膜を形成する場合であれば、基材はSiやCuを含むアルミニウム合金からなると好ましい。被処理面にSi(結晶粒等)があると、その近傍では陽極酸化膜が成長し難い。また、被処理面にあるCu化合物粒等は溶出し易い。こうして、被処理面にSiやCuがあると、陽極酸化膜中に空孔が形成され易くなる。さらに、被処理面近傍でSi(結晶粒等)またはCu(化合物粒等)が微細に分散していると、陽極酸化膜中の空孔も微細に分散したものとなり易い。微細な空孔は略球状に近くなるため、破壊起点ともなり難い。従って、基材がSiやCuを含むアルミニウム合金からなると、断熱性(低熱伝導性)、温度追従性、機械的特性(強度、靱性等)等に優れた高空孔率の陽極酸化膜の形成が可能となる。
このような場合、本発明に係るアルミニウム合金は、Siを5〜60%、8〜58%、11〜55%、12〜50%、13〜40%さらに17〜30%含むと好ましい。また、そのアルミニウム合金は、Cuを0.5〜10%、1.5〜9%、2.5〜8%、3〜7%、4〜6.5%さらには5〜6%含むと好ましい。勿論、そのアルミニウム合金は、SiとCuを同時に含んでもよい。そして、SiとCuは、結晶粒や化合物粒として、アルミニウム合金中に独立して分散していると好ましい。
アルミニウム合金は、Al、Si、Cu以外に、種々の合金元素を含み得る。例えば、Mgを0.5〜3%さらには0.7〜2%含んでもよい。また、アルミニウム合金は、機械的特性を改善する他の改質元素や金属組織(特にSi結晶粒またはCu化合物粒)を微細化する微細化剤等を少量(例えば0.01〜1%程度)含んでもよい。一例を挙げると、Siを13%以上含む過共晶アルミニウム合金の場合なら、微細化剤としてPを含むと好ましい。
基材となるアルミニウム合金は、鋳造材、鍛造や展伸加工等の塑性加工が施された加工材、溶射材、貼着材等のいずれでもよい。溶射材には、例えば、Si:40〜70%含むアルミニウム合金粉末を用いることができる。貼着材には、例えば、JIS規格やAA規格の4000番系の展伸用アルミニウム合金(例えば、Si量:8〜20%さらには10〜17%)を用いることができる。
《用途》
本発明に係るアルミニウム系部材または陽極酸化膜は、その用途を問わない。例えば、内燃機関用ピストン(アルミニウム系部材)の頂面部(ピストンリングのランド部および溝部を含む)を被覆する遮熱膜、コイルや配線(アルミニウム系部材)の外表面を被覆する絶縁膜等に本発明の陽極酸化膜が用いられると好ましい。なお、内燃機関用ピストンは、例えば、Si:5〜24%さらには11〜13%、Cu:0.5〜4%さらには0.8〜1.3%、Mg:0.7〜2%さらには1〜1.3%を含む鋳造用アルミニウム合金からなる。勿論、種々の改質元素(例えば合計で3%以下さらには1%以下)をさらに含んでもよく、それら以外の残部はAlおよび不可避不純物である。改質元素は、例えば、基材の結晶粒(特にα−Al粒)を微細化するTiまたはB、Si粒を微細化(球状化)するSr、NaまたはSb、耐熱性等を向上させるZn、Fe、Mn、Ni、Pb、SnまたはCr等である。
内燃機関用ピストンの頂面に厚い陽極酸化膜を形成することを想定して、最小電流密度と周波数が種々異なる交流電流を用いて、電流制御による電解工程を行った。こうしてアルミニウム合金からなる基材の表面(被処理面)に陽極酸化膜を形成した多数の試料を製造した。これら試料に基づいて、陽極酸化膜の成膜条件(最小電流密度、周波数)とその成膜速度との関係を明らかにした。このような具体例を挙げつつ、以下に本発明をさらに詳しく説明する。
《試料の製造》
(1)基材
陽極酸化膜を形成する基材(アルミニウム系部材)として、鋳造用アルミニウム合金(JIS AC8A/Al−12%Si−1%Cu−1%Mg)からなる供試材を用意した。
(2)陽極酸化処理(電解工程)
硫酸水溶液(電解液)中に供試材(被処理面)を浸し、それを陽極、白金電極を陰極として通電した。この際、被処理面を除く供試材の他面はマスキングして、被処理面と白金電極の間で通電がされるようにした。また電解液は、硫酸濃度(質量%):20%、温度(浴温):10℃とした。通電は、電解液を撹拌しつつ行った。
通電には、電流制御された交流電流(矩形波電流)を用いた。この矩形波電流は、半サイクル毎の電流値(電流密度)が一定(デューティ比:0.5)で、正側波形と負側波形が対称となる矩形波からなる交流成分と、電流値(電流密度)が一定な直線波形の直流成分とを重畳させて形成した。
最大電流密度、最小電流密度または周波数を変更して陽極酸化処理を行った。こうして、陽極酸化膜が形成された試料を多数得た。なお、電流密度は、印加電流値を供試材の表面積で除して求めた。
(3)電解終了後の供試材は、電解液から取り出した後に蒸留水でよく洗浄し、圧縮空気を吹き付けて水分を除去した後、大気中で十分に乾燥させた。そして、各供試材の被処理面上に形成されている陽極酸化膜の膜厚を渦電流式膜厚計により測定した。なお、各試料の膜厚は、いずれも45μmを超えていた。
こうして各試料に係る成膜条件(最小電流密度または周波数)と成膜速度(陽極酸化膜の膜厚/通電時間:μm/分)の関係を明らかにした。
《最小電流密度の影響》
(1)交流電流の最大電流密度:2A/cm(一定)、周波数:20Hzとし、最小電流密度を種々変更して、上述した陽極酸化処理を60秒間行った。こうして得られた試料を用いて、通電する交流電流の最小電流密度と成膜速度との関係を明らかにした。この結果を図1に示した。図1中の▲は、陽極酸化膜にヤケが生じた試料であることを示す。
(2)図1からわかるように、最小電流密度が0近傍となる付近に、ヤケを生じることなく、陽極酸化膜の成膜速度がピークとなる臨界域が存在することがわかる。具体的には、最小電流密度が−0.4〜0.3A/cmさらには−0.2〜0.2A/cmとなるときに、成膜速度がピークとなった。
《周波数の影響》
(1)交流電流の最大電流密度:2A/cm(一定)、最小電流密度:0.1A/cm(一定)として、周波数を種々変更して、上述した陽極酸化処理を80秒間行った。こうして得られた試料を用いて、通電する交流電流の周波数と成膜速度との関係を明らかにした。この結果を図2に示した。
(2)交流電流の最大電流密度:2A/cm(一定)、最小電流密度:−0.1A/cm(一定)として、周波数を種々変更して、上述した陽極酸化処理を80秒間行った。こうして得られた試料を用いて、通電する交流電流の周波数と成膜速度との関係を明らかにした。この結果を図3に示した。
(3)図2および図3からわかるように、印加する交流電流の電流密度により多少変動するとしても、周波数が2Hz〜5kHz、5Hz〜1kHz、10〜500Hz、15〜200Hzまたは20〜90Hzとなる付近に、陽極酸化膜の成膜速度がピークとなる臨界域が存在することがわかる。逆に、少なくとも、周波数が1Hz以下または10kHz以上になると、成膜速度の低下が顕著になることがわかる。
《最大電流密度の影響》
(1)交流電流の最小電流密度:0A/cm(一定)、周波数:20Hzとし、交流電流のデューティ比および最大電流密度を種々変更して、上述した陽極酸化処理を60秒間行った。こうして得られた試料を用いて、通電する交流電流のデューティ比および最大電流密度と、成膜速度との関係を明らかにした。この結果を図4に示した。図4中の×は、陽極酸化膜にヤケ等の不良が生じた試料を示す。また、図4のラインは、各試料について実測された成膜速度と、その各試料に通電した総電気量(クーロン量)とに基づいて描いた成膜速度の等速線である。ちなみに、デューティ比(D):0.6(1周期あたり最小電流密度の通電時間(τ):0.02s)のとき最大成膜速度(Vm):60μm/分、D:0.5(τ:0.025s)のときVm:65μm/分、D:0.3(τ:0.035s)のときVm:75μm/分であった。
(2)図4からわかるように、デューティ比が小さいほど、不良発生が少なくなることがわかる。そしてデューティ比を小さくしても、最大電流密度を高めることにより、良好な陽極酸化膜を大きな成膜速度で得られることがわかった。特に、デューティ比を0.5〜0.1さらには0.3〜0.2とし、最大電流密度を1.5〜5A/cmさらには2〜4A/cmとすると好ましいといえる。
以上の結果から、本明細書で規定する範囲内の交流電流を用いることにより、陽極酸化膜の成膜速度を大幅に向上させ得ることができ、現実に厚い陽極酸化膜を短時間で効率的に成膜できることが確認された。

Claims (9)

  1. 純アルミニウムまたはアルミニウム合金からなる被処理面を電解液に接触させつつ該被処理面に対して通電を行い、該被処理面に陽極酸化膜を形成する電解工程を備えるアルミニウム系部材の陽極酸化方法であって、
    前記電解工程は、最大電流密度と最小電流密度を周期的に繰り返す交流電流を通電する電流制御によりなされ、
    該最大電流密度は、1A/cm 以上であり、
    該最小電流密度は、−0.4〜0.3A/cmであり、
    該交流電流の周波数は、2Hz〜9kHzであり、
    該電解工程は、1〜10分間なされるアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  2. 前記最大電流密度は、1.5A/cm以上である請求項1に記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  3. 前記交流電流は、交流成分と直流成分を重畳させて形成される請求項1または2に記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  4. 前記交流電流は、1周期(T)内で前記最大電流密度となる通電時間(τ)の割合であるデューティ比(τ/T)が0.05〜0.5である矩形波電流からなる請求項1〜3のいずれかに記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  5. 前記交流電流の周波数は20〜900Hzである請求項1のいずれかに記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  6. 前記電解工程は、前記陽極酸化膜の成膜速度が50μm/分以上である請求項1〜5のいずれかに記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  7. 前記最小電流密度は、−0.2〜0.2A/cm である請求項1〜6のいずれかに記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  8. 前記被処理面は、合金全体を100質量%(単に「%」という。)として、Si:5〜60%またはCu:0.5〜10%を含むアルミニウム合金からなる請求項1〜7のいずれかに記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
  9. 前記被処理面は、内燃機関用ピストンの頂面の少なくとも一部である請求項8に記載のアルミニウム系部材の陽極酸化方法。
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