本発明に係る細胞培養方法及細胞培養装置の実施形態について説明する。図1は、細胞培養方法を実施するための細胞培養装置1の一例である。細胞培養装置1は気密構造であり、培地(細胞培養液)2により細胞を培養する容器である細胞培養槽(培養槽)3と、培養槽3に供給する培地2を貯溜し、培地2のガス濃度を調整する曝気槽4と、曝気槽4から余剰となった培地2が排出され、排出された培地2を貯溜する廃液槽5と、曝気槽4に培地2を供給する培地供給管6と、曝気槽4中の培地2内にガスを供給するガス供給管7とを有している。曝気槽4には余剰のガスを排気する排気管が接続されている。又、曝気槽4、廃液槽5はそれぞれ気密構造となっている。
培養槽3は、水平断面が上方に向って漸増する形状、好適には逆円錐状に形成されており、内部は培地2でほぼ満たされている。なお、培養槽が取り得る諸形状については後述する。培地2中には細胞或は細胞が付着した担体が浮遊し、培養槽3の内部の所定高さ範囲で細胞の培養が行われる培養領域8が形成される。培養槽3の上端は開口しており、上端部には気密構造の閉塞部材9が設けられ、培養槽3の上端開口は閉塞部材9により気密に閉塞されている。閉塞部材9の底面は曝気槽4に向って下り傾斜しており、底面の最下位置に培地流出管11の一端が連通している。培地流出管11の他端は、曝気槽4を上方から気密に貫通し、曝気槽4の内部迄延出し、培地2の液面よりも上方で開口している。担体は、マイクキャリアとも称される、微小な、例えば粒体であって、細胞の付着基盤となり、細胞は担体上で増殖する。
培養槽3の下端には、断面が円の培地供給口12が形成され、培地供給口12には培地導入管13の一端が接続されている。曝気槽4下端部の側壁には培地導入口14が形成され、培地導入口14に培地導入管13の他端が接続されている。培地導入管13の中途部には培地循環用ポンプ15が設けられ、ポンプ15が作動することで、曝気槽4内の培地2が、培地導入管13を介して培地供給口12より培養槽3に供給される。培地供給口12、培地導入管13、培地導入口14、ポンプ15等により培養液供給装置が構成される。
培養槽3内には、培地供給口12から培養槽3内に供給される培地の上昇流を培養槽3の内壁方向に付勢或いは偏向して旋回上昇流に整流するための整流手段としての球体16が配設されている。球体16は、培地供給口12を閉塞可能な直径を有し、培地2の比重より大きな比重を有している。球体16は、培地2を汚染しない材質であり、例えば、ガラスや鋼鉄等により製造され、培地2の2倍〜8倍程度の比重を有している。
曝気槽4には、培地供給管6が接続され、培地供給管6は曝気槽4の内部迄延伸し、曝気槽4と後述する培地排出管22の接続位置よりも下方において培地2中で開口している。曝気槽4には、中途部にエアフィルタ17が設けられたガス供給管7が接続され、ガス供給管7は曝気槽4の底部近傍迄延伸し、培地2中で開口している。
曝気槽4の底部には、培地導入口14に対向し、所定距離を介し隔壁18が立設されている。隔壁18は、培地導入口14とガス供給管7との間に位置し、隔壁18の上端は培地導入口14の上端よりも高くなっている。尚、隔壁18により、曝気槽4内が曝気領域19と培地導入領域21とに分割されている。曝気槽4の側壁には、培地排出管22が接続され、培地排出管22は廃液槽5の天板を貫通し、廃液槽5の内部上方で開口している。
次に、細胞培養装置1の動作について説明する。以下のとおり、培養液中に担体を浮遊させ、担体を足場にして細胞の増殖を行う細胞培養を例にして説明する。なお、担体を用いない細胞培養にも本発明を適用できることは勿論である。
先ず、培地供給管6を介して新しい培地2が曝気槽4に供給され、曝気槽4に培地2が貯溜される。ガス供給管7を介して、エアフィルタ17により除菌された酸素や二酸化炭素等のガスが培地2に供給される。
ガス供給管7により供給されたガスにより、曝気領域19の培地2が、細胞培養の好気性培養に適した酸素濃度、pHとなる様ガス濃度が調整される。ガス濃度が調整された培地2は、ポンプ15が駆動されることで、培地導入領域21より、培地導入管13を介して培養槽3へと供給される。
この時、培地導入口14に対向する隔壁18が培地導入口14とガス供給管7との間に設けられており、隔壁18の上端は培地導入口14の上端よりも高くなっている。従って、ガス供給管7から供給されたガスの気泡を隔壁18で遮ることができるので、気泡が培地導入領域21に流入し、培養槽3へと供給される培地2中に気泡が混入すること、気泡により培地2の流れが撹乱されるのを防止することができる。
培地2が培養槽3に供給されると、培地2は培地供給口12より上方に供給される。図2の(A)に示すように、培地2の流動により、培地供給口12を閉塞する球体16が浮き上がる。球体16は、培地2が球体16に与える上昇力と、球体16の重量とがバランスした位置に保持される。球体16は培地供給口12から浮き上がった状態で水平方向に円運動を起し得るようになり、球体16の円運動によって、供給された培地2に培養槽3の内壁方向の旋回が誘導されようになる。即ち、球体16は培地の上昇流を培地の旋回流に変換或いは整流する。この旋回流は、培養槽3の内壁のテーパ面によって、培養槽8の下方から上方に向かい、その結果、培地2の旋回上昇流23が生じる。
旋回上昇流23は、上昇に伴い培養槽3の壁面との摩擦により旋回力が減じられ、旋回よりも上昇が主になる上昇流24となる。この時、培地供給口12から供給された培地の速い上昇方向の流れは球体16によって妨げられ、上昇流24が培養槽3の中心部で相対的に速い流れになることは抑制される。したがって、培養槽3の壁面近傍の下降流の発生も抑制され、培養槽3の高さ方向の一定範囲の領域(図1の培養領域(8))に於いて、当該範囲内の所定水平面において上昇方向に略一定の流速分布を有する流れ(プラグフロー)が形成される。即ち、培地供給口12から供給された培地2は、球体16により旋回流に整流された後、プラグフローを形成する。
上昇流24が発生している、既述の培養領域8では、培養槽の上方に進むにしたがって、培養槽3の水平断面積が漸増するためにプラグフローの流速はこれに合わせて低下、例えば、漸次低下する。培養領域8では、細胞の培養によって担体に多くの細胞が、担持、固定、或いは、付着された集合体は、その沈降速度、或いは、比重と上昇流24の流速とが釣合う狭い高さ範囲で浮遊し、複数の集合体の夫々を培養領域8内の所定の高さに浮遊させながら留め置くことができる。その間、集合体に対し、細胞の3次元的な培養が進行する。
細胞の培養が進み、担体の細胞が大きな塊(細胞塊)となると集合体の沈降速度が大きくなり、集合体は培養領域8内を下降するが、下降に伴い上昇流24の流速も増大する為、細胞培養領域8の範囲(プラグフローの範囲)で、細胞塊の沈降速度と上昇流24(プラグフロー)の流速が均衡した高さに集合体を留めることができる。また、担体のサイズの違いによっても集合体の沈降速度が異なってくる。いずれの場合でも、集合体の沈降速度と均衡する上昇流24の流速が生じている高さに集合体を留めることができ、高さ位置において細胞の3次元培養が継続される。
この時、培地供給口12から培養槽3に供給される培地2の単位時間当たりの流量を集合体が浮遊している部分の水平断面積で割ることにより、集合体に加わる流速が分る。そして、集合体に作用するせん断応力を算出することができる。
細胞の培養により酸素等の培地成分が消費され、老廃物が蓄積した培地2は、培養槽3の上端部から閉塞部材9へと溢れ出し、培地流出管11を介して曝気槽4に流出する。
消費された培地成分を補う様、培地供給管6より新しい培地2を追加した際には、培地2の追加に伴い余剰となった培地2が、培地排出管22を介して廃液槽5に排出される。
上述の様に、培養槽3内に、培地供給口12を閉塞し、培地2の上昇流で円運動する球体16を設けたので、流速の速い中心部の上昇方向の流れを抑止しつつ培地2の旋回上昇流を発生させる。さらに、中心部での培地の上昇に伴う培養槽3の壁面近傍における下降する流れを抑制できるために、培養槽3内にプラグフローである上昇流24を形成することができる。
このように、培養槽3の壁面近傍と中心部との上昇流における速度差が解消され、集合体はその沈降速度に応じて、培養槽3の狭い範囲で安定して浮遊し得る。この範囲が培養領域8であり、同時にプラグフローが形成されている領域である。したがって、培養槽3の高さが制限されても、換言すれば、培養槽が小型であっても、培養細胞の密度を高めながら細胞の3次元培養が可能になる。一方、プラグフローの管理が不十分であると、細胞は細胞槽の高さ方向の広い範囲に分布し得るために、その分、培養槽を大型にしなければならず、培地2もその分多量に必要になるなど細胞培養のコストが増加してしまう。
培養槽3の下端部に配置される整流手段は、培地2の流動により浮き上がり、培地2の流れを培養槽3の壁面に向って偏向させて旋回流にすると共に、中心部を上昇する培地2の流れを抑制できればよい。培養槽3の中心部を上昇する培地2の流れが抑制された状態で、整流手段と培養槽3の壁面との間を通過した培地2が培養槽の内壁方向に分散されることにもより、培養槽3の中心部の流速が抑えられ、培養槽3の壁面近傍と中心部の上昇流の速度差が解消されて、培養領域8に於いて略一定の流速分布を有する上昇流24(プラグフロー)が形成される。
整流手段として球体16を例示したが、図2(B)に示すように、下端側の曲率が大きく、上端側の曲率が小さい、例えば、卵形状の流線型部材20であって、上昇流に対して多少なりともせん断流を生じさせ、旋回上昇流23を生じさせ得る構造のものであってもよい。
既述の培養装置を攪拌羽根等により培地2を攪拌する場合と比較すると、細胞に作用するせん断応力は小さくなるので、せん断応力による細胞の破損を抑制することができ、培養される細胞の品質向上を図ることができる。
上昇流24は、培養槽3の水平断面の増大に伴いその流速を低下させるので、集合体が浮遊する位置の断面積で、培地2の上昇速度を求めることができ、その時の速度を基に、集合体に作用するせん断応力を算出することができる。更に、上昇流24の速度は、培地2の供給量の調整、即ちポンプ15の吐出量の調整により調整することができ、正確にせん断応力の調整を行うことができる。
担体に付着した細胞を培養する場合には、担体の直径を変更することで、担体の浮遊する高さが変り、担体に作用するせん断応力も変るので、担体の直径の変更によりせん断応力を調整することもできる。
上昇流24の速度を変更した際、或いは、細胞を異なる直径の担体に付着させて培養した際の、増殖速度や生存率を測定し、比較することにより、細胞の許容せん断応力を求めることができる。従って、培養槽3のせん断応力を測定することで、許容せん断応力に基づき、細胞が培養可能であるかを事前に判断することができる。
既述の培養装置では、培地導入口14とガス供給管7の間に、培地導入口14と対向する隔壁18を設け、ガス供給管7より供給されたガスの気泡を隔壁18で遮ることができるので、培養領域8内に気泡が混入して上昇流24が撹乱されるのを防止でき、より正確なせん断応力のコントロールが可能となる。
既述の培養装置では、細胞塊(集合体)を浮遊状態で培養できるので、細胞を3次元に増殖させることができ、細胞の収納容量を増大化でき、培養槽3の小型化が図れ、更に他の人工的材料と接触することによる影響を排除でき、培養効率を向上させることができる。
更に、培地2の追加に伴い余剰となった培地2を廃液槽5へと排出することができるので、細胞の増殖に合わせて培地2の追加量をコントロールでき、培地2の無駄を抑えてコストの低減を図ることができる。
図2(C)は、整流手段として、培養槽3の下端領域で浮遊する羽根25を使用することを示している。羽根25は培地2よりも比重が小さく、羽根25に設けられた重り26により、培養槽3の下端近傍に羽根25が浮遊する様にバランスが取られ、又、羽根25の水平姿勢が維持される。又、羽根25が培地2よりも比重が大きい場合には、図2(C)中の破線で示される様に、羽根25に浮き27を設けてもよい。更に、羽根25の中央部に浮体30を設け、浮体30の浮力によりバランスさせる様にしてもよい。この時、浮体30は中心部の上昇流を抑制する機能も有する。
培養槽3に培地2が供給されると、培地2により羽根25が回転し、羽根25の回転により培地2の上昇の流れから旋回上昇流23が形成される。培養槽3の壁面との摩擦により、旋回流23の旋回力が減じられ、培養槽3の壁面に沿ったプラグフローとしての上昇流24が形成される。
次に、図3(A)(B)に於いて、本発明の第2の実施形態について説明する。第1の実施形態が上昇流を旋回流に変換或いは整流する整流手段を備えているのに対して、第2の実施形態は、整流手段を介することなく、培養槽3の内壁に向かって付勢された旋回流を培養槽3に直接供給している点が第1の実施形態と比較して異なる。尚、図3(A)(B)中、図1、図2中と同等のものには同符号を付し、その説明を省略する。
培養槽3は下端が閉塞されており、培養槽3下部の壁面に対して、一つの培地導入管13が培養槽3の接線方向から連通されている。又、培地導入管13にはバルブ28が設けられ、バルブ28により培養槽3に供給される培地2の流量が調整される。培地導入管13、バルブ28、培地導入管13に設けられたポンプ等により、液体供給装置が実現される。
培養槽3の下部に、培地導入管13を介して接線方向から培地2が供給されることで、培地2に旋回流が効果的に付与される。この旋回流は培養槽3のテーパ状の内壁面に当って旋回上昇流23となる。旋回上昇流は、槽の水平断面形状が環状(特に、円の場合)である場合での周回上昇流の一形態である。周回上昇流とは、槽内の液体が槽の内壁に沿って流通しながら上昇する。旋回上昇流23は、その遠心力により培養槽3の壁面側へと押付けら、第1の実施例と同様、培養槽3の壁面との摩擦により旋回力が減じられて、培養領域の所定水平面内に於いて略一定流速となる流れ(プラグフロー)の上昇流24が形成される。
培地導入管13から培養槽3内に供給される培地の流速が適切な範囲にあると、中心部に下降流又は上昇流を生じることなく、プラグフローとなる上昇流24が形成される。流速が適切な範囲を超えると旋回上昇流23の流速が培養槽3の中心部よりも壁面側で相対的に大きくなり、中心部に下降流が生じてプラグフローを形成し難い傾向となる。一方、培養槽3内に供給される培地2の流速が適切な範囲を下回ると旋回上昇流23の流速が培養槽3の中心部よりも壁面で相対的に小さくなり、中心部に上昇流が生じてプラグフローを形成し難い傾向となる。即ち、培地導入管13から培養槽3に供給される培地の流速は適正な範囲に制御される。この適正な範囲は、培養槽3のサイズ、培地2の種類、担体の数、培地導入管13のサイズ、許容せん断応力等の環境条件によって適宜決定されればよい。
第2の実施例に於いても、上昇流24は、培養槽3の水平断面の増大に伴って、即ち、上方に向うにつれて、流速が漸次低下する流れとなっている。又、培養槽3の中心部に流速の速い上昇流が発生せず、培養槽3の壁面近傍を下降する流れの発生等培養槽3の中心部と壁面とで培地の流れの速度の不均衡が抑止されるので、培養領域8の範囲に集合体を安定して留めることができ、高密度で3次元的な細胞の培養が可能となる。
又、バルブ28を介して培地2の流量を調整することで、上昇流24の流速を調整することができ、細胞に作用するせん断応力を調整することができる。
又、第2の実施例に於いては、第1の実施例に於ける球体16(図1参照)等を使用しないので、部品点数を低減することができる。
次に、図4(A)(B)に於いて、本発明の第3の実施例について説明する。尚、図4(A)(B)中、図1、図2中と同等のものには同符号を付し、その説明を省略する。
第3の実施例に於いては、培養槽3は下端が閉塞されており、培地導入管29が閉塞部材9(図1参照)を上方から貫通し、培養槽3の径方向の中心を上端から底部近傍迄延伸している。
培地導入管29の下端部の周面には、接線方向に開口する培地供給口31,31が複数箇所に(図示では2箇所)形成されている。培地供給口31,31は培地導入管29の軸心に対して点対称な位置となっており、培地供給口31,31より培養槽3に培地2が供給されることで、培地2に旋回が付与され、旋回上昇流23が形成される。この時、培地導入管29が培養槽3の径方向の中心に沿って延伸されているために、培養槽3の中心部における上昇方向の流れが抑制されながら、旋回上昇流23の遠心力により培地2が前記培養槽3の壁面側へと押付けられる。そして、培養槽3に供給される培地の流速が既述のとおり適正な範囲に設定されることによって、培養領域8にプラグフローとなる上昇流24が形成される。なお、培地導入管29、培地供給口31,31、培地導入管29に設けられたポンプ等により液体供給装置が構成される。
第3の実施例に於いても、上昇流24は、培養槽3の水平断面の増大に伴って、即ち上方に向うにつれて、流速が漸次低下する流れとなっている。又、培養領域8の中心部に流速の速い上昇流が発生せず、また、培養槽3の壁面近傍を下降する流れの発生等が抑制されるので、細胞の大きさに応じて培養領域8内の範囲で集合体を安定して留めることができ、高密度で3次元的な細胞の培養を行うことができる。
図5に本発明の第4の実施形態を示す。この実施形態は、第2の実施形態(図3)の変形例であって、第2の実施形態が培養槽3に接線方向から培地を供給する培地供給管13が一つであるのに対して、第4の実施形態は、培地供給管13A,13Bが培養槽の径方向で均等に2か所形成されている点が異なる。培地供給管13A,13Bを培養槽の径方向に均等に複数個所設け、夫々から培地の供給102A,102Bが行われることにより、培養槽3に複数の旋回流を供給されることなく培養槽3内で旋回上昇流を第2の実施形態に比べて均等に形成することができる。そして、培地供給管13A,13Bからの供給される培地の流速を既述のとおり適正な範囲に制御することにより、旋回上昇流を経て、培養領域8の所定水平面において流速がより揃ったプラグフローを形成することができる。なお、培地供給管13A,13Bから供給される培地102A,102Bの流速はほぼ同一であることが好ましいが、相違させることを妨げるものではない。
次に、図6に本発明の第5の実施形態を示す。この実施形態は第4の実施形態(図5)の変形例であって、第4の実施例と異なる点は、培地供給口12から培地の上昇流100が培養槽3内に供給されていることである。既述のとおり、培養槽3内にプラグフローを形成するには、培養槽3に供給する培地の上昇流に旋回流を付加させることが好適である。しかしながら、整流手段で培養槽3に供給される培地の上昇流を旋回上昇流に変換しても、供給される培地の一部しか旋回上昇流にし得ないこともある。そこで、培養槽に直接旋回流を供給して培地の旋回上昇流を形成できるが、培養槽の中心部に下降流が形成されて、プラグフローを確実に形成することができないこともある。そこで、本実施形態のように培養槽に旋回流と上昇流とを同時に与えるようにした。
培地供給管13A,13Bから培養槽3内に供給された培地の旋回流によって、培養槽3の中心部に下降流が発生しても上昇流100によって両者が丁度均衡するようにすれば、培養槽内の所定水平面内での速度差がほぼ抑制された旋回上昇流によってプラグフローとしての上昇流が形成される。すなわち、この実施形態によれば、培養槽3に供給される旋回流と上昇流とを、その流速等の属性において均衡させるなどの制御を実行させることによって、プラグフローを好適に形成することができる。そして、この実施形態では、旋回流の流速を大きくしても下降流の発生を引き起こすことがないために、プラグフローの流速を大きくすることにより、長期培養に適した培養装置を提供することができる。つまり、長期培養にしたがって、担体には多くの細胞が増殖して、担体と細胞塊とからなる集合体の比重が大きくなるが、プラグフローの流速を増加させることによって、集合体を培養領域8に留め置くことができる。
図7に本発明の第6の実施形態を示す。第6の実施形態は第4の実施形態(図4)の変形例であって、培地導入管29に代えて棒状部材106が閉塞部材9(図1参照)を上方から貫通し、培養槽3の径方向の中心を上端から底部近傍迄延伸されている。この棒状部材によって、旋回流によって、培養槽の中心に上昇流又は下降流が発生しようとしても、棒状部材によってこれらを抑制するために、培養槽内にプラグフローを形成することができる。即ち、この実施形態によれば、旋回流の流速にほぼ影響されることなくプラグフローを形成でき、かつ、プラグフローの流速も増減させることができる。
次に、培養槽3が取り得る諸形状について詳説する。図8は、培養槽3の中心を高さ方向に切断して表した断面図であり、培養槽3は、既述のとおり、逆円錐形状を基本とするものの、上から、第1領域200、第2領域202、第3領域204を有するように形成されている。第1領域200は細胞が付着する担体が培地流出管11に漏れ出さないようにするための細胞越流阻止部であって、第2領域202よりも、培養槽3の高さ方向での上方に向かって水平断面積の増加率が大きくなっている。したがって、培地のプラグフローの減速率は第2領域202よりも第1領域200で大きくなるために、担体が第2領域202から第1領域200に移動することがあっても、第1領域200では担体が沈降傾向となり、培養槽外に越流することが抑止される。
これに対して、第2領域202は既述の培養領域8に相当するものであって、第2領域202の所定水平断面において担体の沈降速度とプラグフローの上昇流速が均衡して、担体が培地に浮遊しながら静止する状態を保持できる領域である。細胞の培養が進行して、担体に付着する細胞数が増加して担体が沈降しても、沈降に伴うプラグフローの上昇流速の増加と均衡して、担体の浮遊静止状態が第2領域202内で維持される。
第3領域204は、培地が培養槽3に供給されてから第2領域202に至る前に培地の流速を減少させて第2領域202において培地のプラグフローを形成できるようにするための上昇流減速部である。第3領域204も第1領域200と同様に培養槽3の水平断面積の増加率が大きくなるようになっている。第3の領域204による減速工程がないと、第2領域202において培地の上昇流の流速を適切に制御できず、培地のプラグフローを十分に形成できないおそれがある。
なお、図8に示す培養槽3としては、培養槽3の下端から培地の上昇流を培養槽内に供給する形態、或いは、培養槽3の下端付近において培地の旋回流を培養槽3内に供給する形態など、既述した形態のどれでもよい。
図8の培養槽の第2領域202の外周形状は、図9に示すような特性によって特徴付けられている。すなわち、培養槽の外周形状は逆円錐形状のテーパ面、換言すれば直線であるために、図9に示すように、培養領域の高さ(H)が増加すると、培養領域の水平方向の半径(径L)が一次関数による比例に従って増加する。
培地のプラグフローの流速(V)は、単位時間当たりの流量(Q)を培養領域の断面積(π・L2)除算することによって算出される。
プラグフロー流速の変化率(V´)は、プラグフローの流速を微分することによって得られる。
培養領域の半径が培養領域の高さの変化に対して、一次関数の比例によって変化するといっても、培地のプラグフローの減速率は半径の2乗に反比例するために半径の増加に伴って大きく変化する。ここで、担体の属性(粒径、比重等の物理的性質、形状(真球度等)の分布が正規分布に従い、担体の沈降がストークスの式に従うとして、培養領域の高さ方向における担体の分布(頻度)を、プラグフローの流速の変化率に基づいて求めると、図10に示すようになる。担体としては、GEヘルスケア製のCytodex-1を利用し、平均粒径0.19mmとし、粒度分布は正規分布に従うものとして検討した。
図10では、説明の都合上、培養領域の高さ(H)を120mmとし、培養領域の最大半径(L)を20mmとしている。培養領域の高さ範囲が0−40mmを低層とし、40−80mmを中層とし、80−120mmを上層とすると、プラグフローは培養領域の全域で一様に大きく減速されるために、プラグフローの減速は低層で進み、担体は培養領域の下層側に偏って分布する傾向になる。これは、結果のところ、培養領域の中層、上層が細胞の浮遊培養に有効利用されていないことを示している。
そこで、培養領域におけるプラグフロー流速の変化率が、培養領域の中層及び上層も培養のために有効利用され得るように設定、調整、或いは、制御されることが望まれる。図11はそのための第2領域202の形状を示したものである。図12は、図11の培養領域の高さ−半径の関係を示す特性図である。第2領域202は、先に説明した形状(図8,9)とは異なり、第2領域202の高さ(H)に対して半径(L)を非一次関数の曲線(2次曲線)にしたがって変化するように構成されている。このように構成された第2領域202では、培養領域の高さに対する半径の増加率は、図9と比較すると、第2領域の中低層で小さく、上層で大きい傾向となり、これに伴って、プラグフローの減速率も中低層側で小さくなる。したがって、図13に示すように、担体の垂直分布の頻度は、低層部分より第2領域202である中層側に移動してこの部分での培養効率が改善される。しかしながら、分布曲線(図13)のピークは鋭いままであるため、中層部分における培養効率の一層の改善が望まれる。一方、担体の分布は下層側で少なくなり、下層側での培養効率が損なわれる。
そこで、培養領域202の下層から上層まで担体を分布させて、培養効率を向上するための形態が望まれる。図14はそのための形態を有する第2領域を示すものであり、図15は、図14の培養領域の高さ−半径の関係を示す特性図である。第2領域202は、先に説明した形状(図11,12)とは異なり、第2領域202の高さ(H)に対して半径(L)を非一次関数の曲線のうちシグモイド曲線(S字曲線ともいう。)にしたがって変化させている。
シグモイド曲線とは下記のシグモイド関数に基づく形状である。
この式による曲線の拡大、縮小、移動ができるように、このシグモイド関数を下記のとおり、変更して、例えば、a=0.7、b=123、c=16.5、d=1を代入することによって、図14、図15に示す培養領域の形状が得られる。
上記式において、aは、曲線の緩やかさを示し、値が小さいほどカーブが緩やかになる。培養槽の体積と担体の粒径の分布により最適な値は異なるが、100mLスケールの場合は0.4〜1.5が好ましい。bは、培養層の上下方向の高さを調整するパラメータであり、培養槽の高さ以上、かつ、あまり大きくなり過ぎない値の範囲、今回の例では高さが120mmなので、好ましい範囲は122〜140程度になる。cは、半径を調整するパラメータであり、容積と高さから調整されるもので、15.5〜17.5が好ましいが、aやbに合わせてこの範囲を超えてもかまわない。dは、曲線を高さ方向に調整するパラメータであり、b>dになるように制限される。
図15に示すように、第2領域202の形状がシグモイド曲線である場合、培養領域の高さに対する半径の増加率は、図9、図12と比較すると、培養領域の中層において培養領域の上層及び下層での半径の増加率より小さくなり、これに伴って培養領域の断面積の増加率も同様の傾向となる。この結果、培養領域の中層でのプラグフローの減速率は小さくなり、培養領域の高さ方向における担体の分布は中層側にも及ぶようになるために、図16に示すように、担体の分布は培養領域の低層部から中層部に、中層部から上層部に行き渡るようになって、培養領域のほぼ全域に渡って担体を分布させることができる。よって、細胞の培養効率を向上させることができる。
培養領域202の各形状についての相違について、ここで、纏めて説明する。図17は、培養槽の培養領域202の高さと培養槽半径との関係、図18は、培養領域の高さと担体分布頻度との関係、図19は、培養領域の高さと培養領域の容積(培養槽容積)との関係、図20は培養領域の高さと培養液の上昇流速との関係を夫々示す。夫々の形状において培養槽の半径が同じであても、培養領域202の形状がシグモイド曲線(図14、図15)であると、担体の分布頻度が他形状のものより培養領域全体に均一になるとともに、培養領域202の形状が2次曲線(図11、図12)よりも培養領域の容積が大きく、培養領域の形状が直線(図8、図9)のものとほぼ同じ培養領域の容積を確保することができる。そして、担体の90パーセントが浮遊する範囲を、図10、図13、図16の夫々について比較すると図21に示す表のようになる。培養槽の形状を、少なくとも培養領域の形状がシグモイド曲線になるようにすることによって、培養領域のうち培養に有効利用できる範囲(上端−下端)が、培養領域の形状が直線のもの、2次曲線のものよりも拡張されて培養が行われる実効容積を大きくとることができ、したがって、培養領域が効率よく培養に利用されるようになる。さらに、図20に示すように、培養槽の形状がシグモイド型の場合では、他の型と比較して、培養槽の下層において上昇流速が大きく減速されるために、プラグフローを形成できる領域を下層に向けて拡大することができる。
次に、培養装置の培養制御システムについて説明する。培養制御システムは、図22に基づいて培養状態を判定し、培養状態を適正に制御するための演算を実行する演算サブシステム302と、演算結果に基づいて培養液供給システム306を制御するための出力を実行する制御出力サブシステム304と、を備えている。
検出サブシステム300は、例えば、培養槽3内の培養領域8における集合体の分布状態等を検出するためのセンサを備える。センサとしては、例えば、受光素子と発光素子とからなるものがある。培養槽3内の所定高さの水平領域に沿って、可視光やレーザ光を発光素子から照射して、受光素子の信号強度から、当該領域での集合体の分布の多少等培養状態を判定する。培養槽3は発光素子からの光を透過するためにほぼ透明であることが好ましい。検出サブシステム300の発光素子−受光素子は、培養領域8の上層領域、下層領域、あるいは、中間領域など所望の領域を検出できるように、培養槽3の高さ方向に移動可能な構成であること、あるいは、複数設けられたものであればよい。
演算サブシステム302は、検出サブシステム300の検出値或いは検出値から求めた現在の培養状態と、シミュレーションされた適正値或いはシミュレーションされた培養状態との差分求め、この差分を制御出力サブシステム304に出力する。制御出力サブシステム304は、差分に基づいて培養液供給システムへの制御出力を形成し、これを培養液供給システム306に出力する。培養液供給システム306はこの制御出力に基づいて、培養液供給形態を制御する。
適正培養状態とは、細胞が増殖した担体である集合体が培養期間中培養槽3の培養領域8に安定して維持されている状態である。培養期間中培養状態は変化するために、適正培養状態を維持するためには、培養液供給形態を継続的に制御することが望まれる。この制御のための形態として、培養状態をサンプリングすることなく、培養期間の経過に合わせて培養液供給形態を変更すること、培養状態をサンプリングして、サンプリング結果に基づいて培養液供給形態を制御するものがある。培養領域における集合体の分布状態は培養期間中刻々と変化するため、制御システムはこの分布状態を継続的に検出(サンプリング)し、適正培養状態を維持あるいは適正培養状態に復帰するように培養液供給形態を自動制御する。適正培養状態は、培養槽の形状、細胞の種類、培養液の組成、供給流速等によって異なるため、これらの要素を組み入れ、さらに、既述の許容せん断力にも基づいたシミュレーションによって予め決定しておく。
供給システムの制御態様として、例えば、培地を培養槽3に吐出するためのポンプ15の培地の吐出圧等駆動特性の制御、培地供給管13のノズル径の変更、あるいはその両方である。なお、ポンプ15の制御、ノズル径の変更は、演算サブシステム302の出力データに応じて、管理者によって人的に行われても、或いは、ポンプ15の制御アクチュエータ、ノズル径の拡縮アクチュエータによって行われてもよい。制御サブシステム302、及び、制御出力サブシステム304は、パソコンの制御資源及び記憶資源によって実現される。適正培養状態に係る特性値が記憶資源に予め記憶され、制御資源は検出値と特性値とに基づいて現在の培養状態と適正培養状態の差分を求めて供給システムの制御のための制御データを生成する。
演算サブシステム302は、培養が開始される際、培養条件の入力値に基づいて、最適培養状態を演算し、演算結果に基づいて供給システムに初期値を与える。その後、培養が終了されるまで、検出値に基づいて供給システムの制御を継続する。たとえば、培養の初期において、培養領域8の上層で集合体の分布が多すぎる場合には、集合体が培養槽3から曝気槽4に抜け出る可能性があるために、制御システムは、ポンプの駆動力を低下、及び/又は、ノズル径の拡大を行って、プラグフローの流速を低下させる。そして、培養期間中では、集合体が培養領域8に留まれるようにプラグフローを維持する。このために、制御システムは、旋回流の流速、上昇流の流速、旋回流と上昇流とのバランスに係る制御を実行し、プラグフローを維持するようにする。例えば、培養領域8の下層領域において集合体の分布が増加傾向になる場合には、培養によって比重が増加した集合体が培養領域の下方に漏えいするおそれもあるため、プラグフローの流速が増加するよう旋回流、上昇流等の流速を制御する。
以上説明したように、既述の実施形態によれば、槽内の所定水平面においてほぼ一定速の流れを形成可能なプラグフロー形成方法を実現し、さらに、これを細胞培養に適用することによって、細胞培養を好適に実行し得る細胞培養装置を提供することができる。なお、本発明は、細胞培養以外の産業分野に適用でき、例えば、槽内の原料液のプラグフローを利用して、プラグフローの領域で所望のポリマーを製造する等の種々の分野に応用されることが可能である。さらに、既述の実施形態では、培養槽を幅方向の断面が円である形態のものとして説明したが、既述の周回上昇流を形成できるものであれば、例えば、楕円形、多角形等、培養槽の形態を適宜変更可能である。