以下、図面に基づいて本発明の実施形態を詳細に説明する。本発明に係る摺動構造体は、第1摺動面を有する第1部材と、前記第1摺動面と対峙する第2摺動面を有し、前記第1部材に対して所定の摺動方向に相対移動する第2部材とを含む摺動構造体である。前記第1部材及び前記第2部材の態様に特に制限はない。例えば第1の態様として、前記第1部材が、平板、円板、湾曲板等の板状部材であって、これら板状部材の片面に前記第1摺動面を有し、前記第2部材が、前記第2摺動面を片面に有する他の板状部材であって、前記第1部材に対して直線的に移動する、周回移動する、或いは所定の軸回りに回転移動するという態様を例示することができる。なお、前記第2部材だけが移動する態様であっても、前記第1部材及び前記第2部材の双方が移動する態様であってもよい。
第2の態様として、前記第1部材が円筒、角筒等の筒体であってその内周面が前記第1摺動面であり、前記第2部材が前記筒体の内部に収容される円柱、角柱等の柱体であってその外周面が前記第2摺動面であり、前記第2部材が前記筒体の軸方向へ移動する態様を例示することができる。これとは逆に、前記第1部材が前記柱体、前記第2部材が前記筒体であって、前記筒体が前記柱体に沿って移動する態様であってもよい。
第3の態様として、前記第1部材が円筒体であってその内周面が前記第1摺動面であり、前記第2部材が前記円筒体の内部に収容される円柱体であってその外周面が前記第2摺動面であり、前記第2部材が自身の軸回りに回転する態様を例示することができる。これとは逆に、前記第1部材が前記円柱体、前記第2部材が前記円筒体であって、前記円筒体が前記円柱体の軸回りに回転する態様であってもよい。
自動車の構成部材で例を挙げると、前記第1の態様としてはディスクブレーキを例示することができる。この場合、前記第1部材がブレーキパット、前記第2部材がディスクローターであって、前記第1摺動面が前記ブレーキパットの表面、前記第2摺動面が前記ディスクローターにおける前記ブレーキパットとの対向面である。前記第2の態様としては、往復動ピストンエンジンのエンジン本体部、サスペンションダンパーなどを例示することができる。前記エンジン本体部の場合、前記第1部材がシリンダであってその内周壁が前記第1摺動面であり、前記第2部材はピストンのスカート部であってその外周壁が前記第2摺動面である(この態様は、第3実施形態として図14に例示している)。前記サスペンションダンパーの場合、前記第1部材がシェル(シリンダ)、前記第2部材が前記シェル内で往復動するピストンである。
前記第3の態様としては、自動車が備える各種の回転軸及びその軸受け部分を挙げることができ、代表的には往復動ピストンエンジンのクランク軸を例示することができる。具体的には、コンロッドの大端部とクランクピンとの連結部を例示することができる。この場合、前記第1部材がクランクピンであってその外周面が前記第1摺動面、前記第2部材がコンロッド大端部であって、その内周面が前記第2摺動面である(この態様は、第4実施形態として図15に例示している)。この他、クランクジャーナルの軸受け部分等も挙げることができる。クランク軸以外では、例えばパワーステアリングポンプの軸受け部分等を挙げることができる。
[第1実施形態]
図1は、本発明の第1実施形態に係る摺動構造体を概略的に示す一部破断斜視図である。ここで例示する摺動構造体は、上記の第2の態様に相当する。摺動構造体は、第1部材1と、この第1部材1に対して相対移動する第2部材2とを含む。第2部材2は円柱体である。第1部材1は、第2部材2を収容する円柱型の空間を備え、その空間を区画する内周壁が第1摺動面1Sである。第2部材2の外周壁が第2摺動面2Sであり、この第2摺動面2Sは、第1摺動面1Sと所定の隙間を置いてY方向(第2部材2の径方向)に対峙している。
第1部材1及び第2部材2の材質は、所定の剛性を有する部材であれば特に制限はないが、金属であることが望ましい。例えば、アルミニウムやSUS等で構成された第1部材1及び第2部材2を好ましく例示することができる。第1部材1は固定的に配置される部材であり、第2部材2はY方向と直交するX方向(第2部材2の軸方向)に直線的に移動する部材である。第1実施形態では、第2部材2の移動方向、つまり第1摺動面1Sに対する第2摺動面2Sの摺動方向は+X方向である。すなわち、+Xが摺動方向の下流側、−Xが摺動方向の上流側である。
本実施形態では、第2部材2の移動時に、第1摺動面1Sと第2摺動面2Sとの間に隙間が形成され、両者間に潤滑性流体Fが介在されることが予定されている。つまり、第2摺動面2Sは、潤滑性流体Fを介して第1摺動面1Sから浮揚する。これにより、第2部材2の摺動抵抗を極小化することを可能とする。潤滑性流体Fは、液体又は気体のいずれであっても良く、例えば空気(粘度=1.8×10−5[Pa・s])、水(8.9×10−4[Pa・s])、或いは0W−20クラスの低粘度オイル(6.8×10−3[Pa・s])であり、特に好ましくは空気である。
上記の浮揚を実現するため、第2摺動面2Sには、ミクロテクスチャ構造部30が備えられている。すなわち、ミクロテクスチャ構造部30は、第2部材2が第1部材1に対して相対移動する摺動時において、第2摺動面2Sを第1摺動面1Sから浮揚させるために形成されている。ミクロテクスチャ構造部30は、円柱体からなる第2部材2の周方向、つまり第2部材2の前記摺動方向と直交する方向に延びる複数の溝3からなる。各溝3は、ミクロンオーダーの溝幅を有する微小な溝であり、前記摺動方向に所定のピッチで配列されている。
溝3の延びる方向は、前記摺動方向に対して完全に直交する方向でなくとも良く、後述する浮揚の効果が得られる限りにおいて前記直交方向から傾いていても良い。例えば、前記直交方向に対して10°〜20°程度傾いた方向に延びる溝3であっても良い。また、溝3(ミクロテクスチャ構造部30)の形成領域は、第2摺動面2Sの全域又は一部領域のいずれであっても良い。
一部領域にミクロテクスチャ構造部30を形成する場合、第1摺動面1Sに対して第2摺動面2Sが接触することが想定される領域を、ミクロテクスチャ構造部30の形成領域として選定することが望ましい。図1の例では、第2部材2は+X方向へ移動する部材であるが、この移動の際に第2部材2に対してY方向への荷重が加わることを予定している。このため、第2摺動面2SがY方向において第1摺動面1Sに接触し、摺動抵抗を大きくしてしまう懸念がある。従って、第2摺動面2SのY方向を指向する領域だけに、ミクロテクスチャ構造部30が配置されている。これにより、第2摺動面2Sが第1摺動面1Sに接近した際に浮揚力を発生させ、前記接触を抑止することができる。
<溝の構造及び作用>
図2は、第1実施形態の摺動構造体における、ミクロテクスチャ構造部30の構成を示す、X方向に沿った断面図である。ここに例示しているミクロテクスチャ構造部30が備える複数の溝3は、X方向断面において大略的に鋸歯形状を形成している。溝3の各々は、第1摺動面1Sに最も近い部分である頂部31と、最も遠い部分である底部32と、頂部31と底部32との間の傾き面33と、傾き面33に形成された突起部34とを備える。傾き面33は、摺動方向H1(+X方向)の下流側(+X側)が深く、上流側(−X側)が浅くなる傾向を有する傾き面である。
一つの溝3の開口縁は、摺動方向H1の上流側縁部3U及び下流側縁部3Dである。これら縁部3U、3Dは、摺動方向H1に隣接する一対の頂部31でもある。換言すると、一つの溝3の頂部31が、当該一つの溝3の上流側に隣接する溝3の下流側縁部3Dを兼ねている。つまり、隣接する溝3間にプラトー部のような平面部が存在せず、複数の溝3が摺動方向H1に連設されている。従って、溝ピッチL1は、上流側縁部3Uと下流側縁部3Dとの間のX方向の長さ(溝幅)と同じである。
溝3は、下流側縁部3Dと底部32(縁部3U、3D間において最深となる部分)との間の第1面3A(下流側の溝壁)と、上流側縁部3Uと底部32との間の第2面3Bとを有している。X方向断面において、第1摺動面1Sは摺動方向H1と平行な面であるが、第1面3Aは第1摺動面1Sと直交する方向に延びる平面である。第2面3Bは、第1摺動面1Sに対して傾きを持つ平面であるが、第1面3Aのような直交面ではなく、比較的緩い傾きを基調とする傾き面であり、その上流側と下流側との中間領域に突起部34を有する。本実施形態では、第2面3Bが上述の傾き面33である。図2の例では、第1面3Aが摺動方向H1と直交する面であるので、第2面3B(傾き面33)の摺動方向H1の幅が溝幅(溝ピッチL1)と一致している。
突起部34は、摺動方向H1に沿った断面において、頂部31と底部32とを結ぶ線(傾き面33)よりも第1摺動面1Sの方向へ突出した形状を有している。本実施形態では、突起部34の摺動方向H1に沿った断面形状は、直角三角形である。すなわち突起部34は、傾き面33に対して最も突出した部分である頂点341と、頂点341からY方向に延びる縦壁342と、頂点341からX方向に延びる横壁343とを備え、縦壁342と横壁343とがなす角が90°である形状を有している。つまり、横壁343は摺動方向H1と平行な方向に延び、縦壁342は摺動方向H1と直交する方向に延びている。突起部34によって傾き面33は2つの部分に分断されており、傾き面33は底部32と縦壁342の下端との間の第1傾斜面33A(底部を含む底壁)と、横壁343の−X側端縁と頂部31との間の第2傾斜面33Bとを含んでいる。
複数の溝3は、微小な切削刃を用いた各種の切削加工によって形成することができる。円柱型の第2摺動面2Sの全周面に溝3を設ける場合には、第2部材2を旋盤で回転させながら切削刃を第2摺動面2Sに当接させることで、必要な溝3を形成することができる。図1に示すように、第2摺動面2Sの一部の領域に溝3を設ける場合には、微小な切削刃を楕円又は円の軌跡を描きながら第2摺動面2Sに当接させる楕円振動切削加工によって、必要な溝3を形成することができる。
溝3の各々は、当該溝3が奏する機能という観点から、摺動方向H1の下流側(+X側)から上流側(−X側)に向けて順次並ぶ、第1部分LA、第2部分LB及び第3部分LCを含んでいる。大略的には、突起部34が第2部分LB、突起部34よりも前記下流側の部分が第1部分LA、突起部34よりも前記上流側の部分が第3部分LCを各々構成している。
詳しくは、第1部分LAは、突起部34の縦壁342と、第1傾斜面33Aと、第1面3Aとによって区画される領域である。この第1部分LAは、第1摺動面1Sに対して直交する方向に空間が延びる断面U字型の領域であり、後述する乱流FBを閉じ込めるトラップ空間Tとしての役目を果たす。第2部分LBは、横壁343が存在する領域であり、第1摺動面1Sと平行な壁面領域である。第3部分LCは、横壁343の摺動方向H1の上流端から第1摺動面1Sに徐々に近づくように前記上流側へ延びる傾斜面からなる領域、つまり第2傾斜面33Bからなる領域である。
図3は、ミクロテクスチャ構造部30における摺動時の潤滑性流体Fの流れFAを模式的に示す断面図である。第2部材2が+X方向に向かう摺動方向H1に移動すると、第1摺動面1Sと第2摺動面2Sとの間の隙間Gには、潤滑性流体Fが摺動方向H1の下流側(+X側)から上流側(−X側)へ向けて相対的に流れ込むことになる。つまり、摺動方向H1とは反対方向である流入方向H2から、潤滑性流体Fが隙間Gに流入する。そして、潤滑性流体Fは、隙間Gを+X側から−X側へ流れる流れFAを形成する。この流れFAは層流である。この層流が、第2摺動面2Sの浮揚に寄与する。
ここで、溝3の各々は、+X側が深く−X側が浅くなる傾向を備えた傾き面33を有する。潤滑性流体Fの層流は、このような傾き面33が複数個摺動方向H1に並ぶミクロテクスチャ構造部30に沿って流れるので、良好な浮揚力を創出することができる。すなわち、前記層流は、+X側から−X側へ流れる際に、第1、第2摺動面1S、2Sの間隔を徐々に狭くすることになる各溝3の傾き面33によって、比較的広い空間から比較的狭い空間に閉じ込められる動作を繰り返しながら流れる。つまり、−X側に向かうに連れて第1摺動面1Sとの隙間Gを狭くする傾き面33によって、流れFAは徐々に狭い空間へ閉じ込められ、密度が高められる。このような閉じ込めの作用により、第1摺動面1Sに対して第2摺動面2Sに大きな浮揚力を発生させることができる。従って、第1部材1と第2部材2との間の摺動抵抗を低減することができる。
そして、ミクロテクスチャ構造部30の溝3の各々が備える第1部分LAは、上記のトラップ空間Tを備え、隙間Gを流通する潤滑性流体Fの乱流FBをトラップする領域として機能する。すなわち、流れFAが隙間Gの最も狭くなる頂部31を抜けた際に、流れに指向性を持たない乱流FBが発生し易くなる。この乱流FBが、トラップ空間Tに囲い込まれる。第2部分LBは、前記流通する潤滑性流体Fの層流(流れFA)を確保する領域として機能する。この第2部分LBは、乱流FBを作り出さないようにするための領域とも言うことができる。第3部分LCは、潤滑性流体Fの前記層流を徐々に狭くなる空間に閉じ込め、密度を高めるための領域として機能する。
これら第1〜第3部分LA〜LCを溝3に具備させることで、浮揚に実質的に寄与しない乱流FBを第1部分LAでトラップし、第2部分LBで前記層流だけが隙間G内を流通するようにし、最後に第3部分LCでその層流を徐々に狭くなる空間に閉じ込めることができる。従って、第1摺動面1Sに対して第2摺動面2Sに大きな浮揚力を発生させることができ、第1部材1と第2部材2との間の摺動抵抗を低減することができる。
図4は、比較例のミクロテクスチャ構造部における潤滑性流体Fの流れFAを模式的に示す断面図である。比較例の第2部材200は、図2及び図3に示したような突起部34を具備しない溝300を有する。つまり溝300は、上記実施形態の溝3における傾き面33から、突起部34を取り除いた溝形状を有している。この場合、浮揚に寄与しない乱流FBを囲い込む空間が存在しないので、乱流FBが溝300内において比較的広い領域に拡がってしまう。このため、流れFAにおいて、浮揚に寄与する前記層流が占める割合が少なくなり、第2部材200の浮揚力を弱めてしまう。これに対し、本実施形態によれば、乱流FBはトラップ空間Tに取り込まれるので縮小化され、流れFAにおいて前記層流が占める割合を大きくできる。従って、浮揚力を大きくすることができる。
<摺動面のプロファイル>
ミクロテクスチャ構造部30による摺動浮揚の作用を効果的に発現させるためには、溝3のプロファイルを適正化する必要がある。このプロファイルにおいて重要となるのが、溝3の頂部31と第1摺動面1Sとの間の距離である最小隙間h1と、底部32と第1摺動面1Sとの間の距離である最大隙間h2との比である隙間比h2/h1である。また、最小隙間h1を、最適な範囲に設定することも肝要となる。この点を、図5を参照して説明する。
図5は、前記プロファイルを説明するための模式図である。図5では、被摺動部材Aの被摺動面SAに沿って、傾き面からなる摺動面SBを有する摺動部材Bが摺動方向H1へ摺動する状態を示している。被摺動面SAは上述の第1摺動面1Sに、摺動面SBは一つの溝3の傾き面33(第2摺動面2S)に相当する。なお、突起部34はh1、h2の設定に影響しないので、ここでは記載を省いている。摺動面SBは、被摺動面SAに最も近い部分となる頂部Pと、頂部Pの摺動方向H1の下流側(+X側)に配置され被摺動面SAに対して最も遠い底部Qとを有し、摺動方向H1の上流側から下流側に向かって被摺動面SAから徐々に離間する形状を有している。
摺動部材Bが摺動方向H1へ速度Uで摺動しているとき、摺動面SBと被摺動面SAとの間に生じる摺動浮揚力Wは、次の式(1)により求めることができる。
式(1)において、ηは摺動面SBと被摺動面SAとの間に介在する潤滑性流体Fの粘度、Bは摺動面SBの摺動方向の長さ(図5における頂部Pから底部Qまでの長さ)、Cは摺動面SBの摺動方向H1と直交する方向の長さ(図5の紙面と直交する方向の長さ)、Uは摺動面SBの摺動速度である。h1は、最小隙間であって、頂部Pと被摺動面SAとの間の距離、つまり、摺動面SBと被摺動面SAとの間の隙間Gの最小値である。mは、上述の隙間比であって、底部Qと被摺動面SAとの間の距離、つまり、隙間Gの最大値を最大隙間h2としたときの、最小隙間h1と最大隙間h2との比率であり、m=h2/h1で表される。
式(1)において、第2項目を負荷容量係数Kwとすると(Kw=6/(m−1)2{lnm−2(m−1)/(m+1)})、摺動浮揚力Wはこの負荷容量係数Kwに比例することになる。
図6は、負荷容量係数Kwと隙間比mとの関係を示したグラフである。このグラフに示されるように、摺動浮揚力Wは、隙間比mが2.2のときに最大となり、隙間比mがこの値から離間するほど小さくなる。この知見より、隙間比mを2.2近傍に設定すれば高い摺動浮揚力Wを得ることができる。具体的には、隙間比mを1.5〜5.0の範囲とすることで、摺動浮揚力Wを、図6のラインC以上とすることができる。この場合、摺動浮揚力Wとして、その最大値(隙間比mが2.2のときの値)の60%以上となる高い値を得ることができる。
式(1)に基づくと、最小隙間h1が小さいほど摺動浮揚力Wは大きくなる。しかし、小さすぎる最小隙間h1は、被摺動面SAと摺動面SBとの間に生じる摩擦係数を大きくする。つまり、最小隙間h1について、前記摩擦係数を小さく抑えることのできる最適な範囲が存在する。前記摩擦係数の大小は、摺動面SBの摺動浮揚時における摩擦の大小に相当し、摩擦係数が小さいほど良好な摺動浮揚が実現できる。この観点から、望ましい最小隙間h1は、0.5μm〜2.0μmの範囲である。h1が2.0μmを超過すると、上掲の式(1)より、摺動浮揚力Wが小さくなる傾向が顕著となる。一方、h1が0.5μmを下回ると、前記摩擦係数が大きくなり、良好な摺動浮揚を阻害する傾向が顕著となる。なお、望ましい最小隙間h1は、摺動部材Bが現に摺動動作を実行している際に望まれる隙間である。摺動部材Bが摺動動作に熱膨張する部材である場合には、その熱膨張状態で上記の最小隙間h1が確保されるよう、常温設計値を定めることが望ましい。
以上より、図2に示す溝3のプロファイルとしては、
最小隙間h1=0.5μm〜2.0μm
隙間比m=h2/h1=1.5〜5.0
の範囲に設定することが望ましい。最大隙間h2、及び最大隙間h2と最小隙間h1との差分h2−h1である溝深さDは、h1及びmが設定されることにより、自ずと決定される。好ましい溝深さDは、(h1_min×m_min−h1_min)〜(h1_max×m_max−h1_max)より、0.25μm〜8.0μmの範囲である。
第1摺動面1Sは、平滑度が高い面であることが望ましい。換言すると、最小隙間h1は、第1摺動面1Sの表面粗さよりも大きい値に設定されていることが望ましい。これは、摺動浮揚時において、第1摺動面1Sと、ミクロテクスチャ構造部30が形成された第2摺動面2Sとが接触しないようにするためである。例えば、第1摺動面1Sの表面粗さ(算術平均粗さRa)が0.6μmである場合、最小隙間h1を0.5μmに設定すると、溝3の頂部31が第1摺動面1Sに接触し得る。この接触の問題を回避できるよう、最小隙間h1は、第1摺動面1Sの表面粗さの2倍程度以上に設定することが望ましい。
複数の溝3が摺動方向H1に並ぶ溝ピッチL1は、1μm〜1mmの範囲、好ましくは5μm〜100μmの範囲に設定されていることが望ましい。短すぎる溝ピッチL1及び長すぎる溝ピッチL1を持つ溝3からなるミクロテクスチャ構造部30は、いずれも上述の閉じ込めの作用を良好に発揮することができない。上記の範囲に溝ピッチL1を設定することで、大きい浮揚力を発生させることが可能となる。
<突起部の態様について>
図7は、ミクロテクスチャ構造部30の溝3に備えられる突起部34の、好ましい態様を説明するための図である。ここでは、頂点341の高さ位置及び摺動方向の位置の好ましい範囲を示す。まず、頂点341の高さ位置について、摺動方向H1と直交する方向における、頂部31と底部32との間の距離をD(上述の溝深さD)、頂部31と突起部34の頂点341との間の距離をYとするとき、次の式(2)の範囲に設定されていることが望ましい。
0.1D≦Y≦0.6D ・・・(2)
次に、頂点341の摺動方向の位置について、複数の溝3が摺動方向H1に並ぶピッチをL1(溝ピッチL1)、摺動方向H1における各々の溝3の下流側縁部3Dと上流側縁部3Uとの間の距離をL2(溝幅L2)、摺動方向H1における溝3の第1面3Aと突起部34の縦壁342との間の距離をXとするとき、次の式(3)の範囲に設定されていることが望ましい。
L1=1μm〜1mm
1μm≦L2≦L1
0.2L2≦X≦0.6L2 ・・・(3)
図8は、突起部34の頂点341の好ましい配置位置を示すグラフである。このグラフは、頂点341の、溝3のキャビティ内における配置位置を各所に変更し、各位置について浮揚力を測定した結果を示している。図8の横軸は、溝3の摺動方向H1の溝幅(μm)を、縦軸は、溝3の溝深さD(μm)をそれぞれ示し、供試された溝3の第1面3A及び傾き面33のサイズがグラフに実線で追記されている。供試された溝3の溝幅は9.75μm、溝深さは5.4μmである。グラフ中に記されている○印は、浮揚力を測定した頂点341の配置位置を示す。つまり、各○印の座標に頂点341が存在する突起部34が傾き面33上に突設され、そのような溝3が発現する浮揚力が各々測定されたものである。
グラフ中に記されている○印のうち、実線の○印は突起部34を具備しない溝3よりも浮揚力が向上した頂点341の座標を示し、点線の○印は浮揚力が低下した頂点341の座標を示す。そして、○印の大きさは、浮揚力の変化率の大きさを示している。要するに、実線で、大きい○印の位置する座標が、浮揚力向上に効果のある頂点341の座標である。
図8の結果より、グラフ中に示す領域Kが、浮揚力向上に効果のある頂点341の座標が集中している領域であると言える。この領域Kのサイズより、式(2)、(3)の含む数値が導かれている。すなわち、頂点341の高さ位置に相当する距離Yについては、溝深さDの10%〜60%程度の範囲にあるとき、浮揚力向上に寄与することが判る。よって、式(2)が導出される。また、頂点341の摺動方向の位置に相当する距離Xについては、溝幅L2の20%〜60%程度の範囲にあるとき、浮揚力向上に寄与することが判る。よって、式(3)が導出される。なお、図8の供試例では、溝ピッチL1=溝幅L2である。
従って、上記式(2)、(3)を満足する突起部34を備えた溝3によれば、溝深さDと距離Yとの関係、並びに、溝幅L2と距離Xとの関係が適正化され、その結果として大きな浮揚力を生成させることができる。なお、頂点341は、図2に示されているような角としての頂点ではなく、R面の変曲点からなる頂点であっても良い。
<変形例1>
図9は、第1実施形態の変形例1に係るミクロテクスチャ構造部30aを備えた摺動構造体の断面図である。上記の第1実施形態では、溝3の第1面3Aが第1摺動面1Sに対して直交する方向に延びる平面である例を示した。変形例1では、第1面3Aが前記直交する方向から傾いた面である溝3aを示す。
ミクロテクスチャ構造部30aの溝3aは、その下流側縁部3Dである頂部31と底部32との間の第1面3Aと、上流側縁部3Uである頂部31と底部32との間の第2面3Bとを含む。第1面3A及び第2面3Bのいずれも第1摺動面1Sに対して傾きを持つ平面である。第1面3Aは、第1摺動面1Sに対して傾き角θ1を持ち、第2面3Bは、第1摺動面1Sに対して傾き角θ2を持つ。ここで、第1面3Aは、第2面3Bよりも大きい傾きを持つ面(θ1>θ2)である。第1面3Aの、第1摺動面1Sに対する傾き角θ1の望ましい範囲は、70°〜90°である。なお、第2面3Bの傾き角θ2は、θ1に対して十分小さいことが望ましく、例えば10°〜55°程度の範囲から選択することができる。
第1面3Aは、第1摺動面1Sに対して直交する平面であることが望ましいが、上記の制限の範囲で前記直交する方向に対して傾いた平面であってもよい。このような第1面3Aを持つ溝3aであれば、潤滑性流体Fの層流(流れFA)が第1、第2摺動面1S、2S間の隙間Gを流入方向H2に沿って流れる際、比較的大きい傾き角θ1を持つ第1面3Aの領域において急に前記層流の幅が拡がり、比較的小さい傾き角θ2を持つ第2面3B(傾き面33)によって徐々に前記層流が閉じ込められてゆくという動作が繰り返される。このような層流の動作によって、良好な浮揚力が生成される。
<変形例2>
図10は、第1実施形態の変形例2に係るミクロテクスチャ構造部30bを備えた摺動構造体の断面図である。上記の第1実施形態では、突起部34の縦壁342は摺動方向H1と直交する方向に延び、横壁343は摺動方向H1と平行な方向に延びている例を示した。縦壁342は、前記直交する方向に対して若干の傾きを持っていても良く、また横壁343も、前記平行な方向に対して若干の傾きを持っていても良い。
図10に示す溝3bは、縦壁342が、前記直交する方向に対して摺動方向H1の上流側に傾き角αで傾斜した面である例を示している。また、横壁343が、前記平行な方向に対して第1摺動面1Sから離間する方向に傾き角βで傾斜した面である例を示している。縦壁342は、摺動方向H1の下流側に傾き角を持たせることは加工の都合で事実上不可能であるが、横壁343は、第1摺動面1Sに接近する方向に傾き角−βを持つ面であっても良い。
摺動方向H1と直交する方向に対して縦壁342がなす角である傾き角α、摺動方向H1に対して横壁343がなす角である傾き角βは、それぞれ、
0°≦α≦20°
−15°≦β≦15°
の範囲に設定されていることが望ましい。このように傾き角α、βの範囲を設定することで、突起部34の形状が適正化され、その結果として溝3bにより大きな浮揚力を生成させることができる。
<変形例3>
図11は、第1実施形態の変形例3に係るミクロテクスチャ構造部30cを備えた摺動構造体の断面図である。上記の第1実施形態では、複数の溝3が摺動方向H1に密に連設されている例を示した。変形例3では、隣接する溝3間にプラトー(plateau)が設けられている例を示す。
ミクロテクスチャ構造部30cは、複数の溝3と、隣接する溝3の間に配置されたプラトー部35とを含む。プラトー部35は、第1摺動面1Sを略平行な平面である。プラトー部35は、一の溝3の上流側縁部3Uとなる頂部31と、前記一の溝3の上流側に隣接する溝3の下流側縁部3Dとの間に延びる平面である。この場合、溝ピッチL1は、摺動方向H1における溝3の上流側縁部3U〜下流側縁部3Dの長さである溝幅L2と、プラトー部35の長さとが加算されたものとなる。このように、溝間にプラトー部35が存在している態様であっても、プラトー部35が溝幅L2に対して長すぎるものでない限り、浮揚力を発生させることができる。
プラトー部35は平滑度が高い面であることが望ましい。プラトー部35は、最小隙間h1を規定する頂部31と同じ高さ位置にある面であり、その平滑度が低いと第1摺動面1Sとの接触が問題になるからである。この場合、最小隙間h1は、第1摺動面1Sの表面粗さと、プラトー部35の表面粗さとを合算した合算表面粗さよりも大きい値に設定されることが望ましい。例えば、第1摺動面1S及びプラトー部35の算術平均粗さRaがいずれも0.5μmである場合、最小隙間h1はこれらの合算表面粗さ1μmを越える値、好ましくは2倍以上の値に設定することが望ましい。
[第2実施形態]
第1実施形態では、X方向の断面において直線状に延びる第2摺動面2Sにミクロテクスチャ構造部30が設けられる例を示した。第2実施形態では、第2摺動面2S自体にも、マクロ的な浮揚構造が施与されている例を示す。図12(A)は、第2実施形態に係るミクロテクスチャ構造部30Aを備えた摺動構造体の断面図、図12(B)は、ミクロテクスチャ構造部30Aの拡大図である。
ミクロテクスチャ構造部30Aを有する摺動構造体は、第1摺動面1Sを備えた第1部材1と、第1摺動面1Sに対峙する第2摺動面21Sを備えた第2部材21とからなる。第1摺動面1Sは、第1実施形態と同様に、摺動方向H1と平行な平面である。一方、第2摺動面21Sは、X方向の断面において、第1摺動面1S側に張り出す張出形状部Mを有している。ここでは、張出形状部Mが弓形形状を有する例を示している。なお、図12では理解を容易にするために、第2摺動面21Sの弓形形状を大きく誇張して描いており、実際には目視では判別困難なミクロンオーダーの張り出しを有する弓形形状である。
張出形状部Mは、X方向の中央部に、最も第1摺動面1S側に張り出した頂部Pを有し、+X側及び−X側端部に、最も第1摺動面1S側への張り出しが小さい裾部Q1、Q2を有している。このような張出形状部Mとされるのは、第2部材21が+X方向及び−X方向の双方に、所定の速度U1、U2で移動することが予定されているからである。一方向だけへの移動が予定されている場合、例えば第2部材21が+X方向だけに移動する場合、+X側の端部に裾部Q1が設けられ、−X側の端部に頂部Pが配置される。なお、本実施形態では、第2部材21が+X方向への移動時に、Y方向の荷重が第2部材21に付加され、−X方向への移動時には前記荷重が実質的に付加されないものとする。
第2部材21に速度が与えられると、周辺に存在する潤滑性流体Fが第1、第2摺動面1S、21S間の隙間Gに引き込まれる。行き場を失った潤滑性流体Fは、第1、第2摺動面1S、21S間を拡大させる方向に抗力を生じさせる。この抗力が、第2摺動面21Sを第1摺動面1Sから浮揚させるように作用する。より具体的には、第2部材21に+X方向の速度U1が与えられたときには、裾部Q1から頂部Pに向かって潤滑性流体Fが隙間Gに入り込む。これにより、第1、第2摺動面1S、21S間に摺動浮揚力が生じる。一方、第2部材21に−X方向の速度U2が与えられたときには、裾部Q2から頂部Pに向かって潤滑性流体Fが隙間Gに入り込む。これにより、第1、第2摺動面1S、21S間に摺動浮揚力が生じる。張出形状部Mは、第2摺動面21SのX方向の全長を利用して摺動浮揚力を発生させるマクロプロファイルを有する面である。
この第2摺動面21Sのプロファイルについても、図5、図6及び式(1)に示した技術思想を適用することができる。すなわち、張出形状部Mの頂部Pと第1摺動面1Sとの間の距離を最小隙間h3とし、裾部Q1、Q2と第1摺動面1Sとの間の距離を最大隙間h4とするとき、その隙間比m=h4/h3を、1.5〜5.0の範囲に設定することが望ましい。なお、最小隙間h3は、自ずと溝3についての最小隙間h1と同じく0.5μm〜2.0μmとなる。また、最大隙間h4及び山高さDA(h4−h3)は、最小隙間h1及び隙間比mが設定されることにより、自ずと決定される。
ミクロテクスチャ構造部30Aは、張出形状部Mのマクロプロファイルによって創出される第2摺動面21Sの浮揚をアシストするために設けられている。つまり、張出形状部Mが作り出す摺動浮揚力を強化し、第2摺動面21Sが第1摺動面1Sに一層接触し難くするためにミクロテクスチャ構造部30Aが配置される。このため、ミクロテクスチャ構造部30Aは、第2部材21のX方向への移動時にY方向の荷重が付加された場合に、第2摺動面21Sが第1摺動面1Sに接触することが想定される部分に配置されている。つまり、前記接触が生じ易いのは頂部Pの周辺であり、この頂部Pの周辺領域にミクロテクスチャ構造部30Aが配置されている。
ミクロテクスチャ構造部30Aが備える溝3は、先に第1実施形態で説明したものと同じである。上述の通り、第2部材21が+X方向への移動時に、Y方向の荷重が第2部材21に付加される。このため、第2部材21の+X方向への移動時において、ミクロテクスチャ構造部30Aが浮揚のアシストを行えるよう、突起部34を有する溝3のプロファイルが設定される。
具体的には、図12(B)に示すように、溝3の各々の傾き面33は、摺動方向H1の下流側(+X側)が深く、上流側(−X側)が浅くなる傾き面とされる。最小隙間h1、最大隙間h2及び隙間比mも、第1実施形態と同様である。なお、溝3のh1、h2及びmは、張出形状部Mに対する浮揚のアシストが必要となる状況、つまり頂部Pの周辺領域が第1摺動面1Sに接触する直前において成立するように設定される。
[第3実施形態]
第3実施形態(及び第4実施形態)では、本発明に係る摺動構造体が、往復動ピストンエンジンの摺動部に適用される例を示す。図13は、往復動ピストンエンジンの、気筒軸AXに沿い且つクランク軸5と直交する方向の概略断面図である。往復動ピストンエンジンは、気筒41、クランク軸5及びコンロッド6を含む。
気筒41は、シリンダブロック42(第1部材)によって区画されている。気筒41には、ピストン43(第2部材)が気筒軸AX方向に往復動可能に収容されている。ピストン43は、上面に冠面を備えたヘッド部44と、ヘッド部44の下方に連なるスカート部45と、ピストンボス46とを備えている。クランク軸5は、クランクジャーナル51、クランクピン52、クランクアーム53及びバランスウェイト54を備える。ピストン43は、コンロッド6によってクランク軸5と結合されている。コンロッド6の上端の小端部61とピストン43とが、ピストンボス46で保持されるピストンピン47を介して連結されている。また、コンロッド6の下端の大端部62とクランクピン52とが連結されている。クランク軸5は、図13に矢印で示す通り、時計方向に回転するものとする。
第3実施形態では、ピストン43のスカート部45と、気筒41の内周壁とで構成される摺動部に、本発明に係る摺動構造体が適用される例を示す。図14は、図13の要部拡大図であって、第3実施形態に係る摺動構造体を構成するシリンダブロック42及びピストン43の断面図である。シリンダブロック42の上面にはシリンダヘッド421が配置されている。シリンダブロック42の気筒41、ピストン43の冠面及びシリンダヘッド421によって、燃焼室48が区画されている。シリンダヘッド421には、燃焼室48に連通する吸気ポート481及び排気ポート482が設けられている。
気筒41の内周壁は、ピストン43の首振り方向を基準として、スラスト側内周壁41A(図14の左側;第1摺動面)と、これと対向する反スラスト側内周壁41Bとを含む。スカート部45は、スラスト側内周壁41Aと対峙する摺動面45SA(第2摺動面)を備えたスラスト側スカート部45Aと、反スラスト側内周壁41Bと対峙する摺動面45SBを備えた反スラスト側スカート部45Bとからなる。これら摺動面45SA、45SBは、気筒軸AXに沿った断面において、内周壁41A、41Bと対峙する方向へ張り出す張出形状部Mを有している。張出形状部Mは、先に図12(A)に示したものと同様のマクロプロファイルを有している。
スカート部45は、本来的には、ピストン43の往復動作時における2次運動によって当該ピストン43の首振りが発生しないよう、気筒41の内周壁41A、41Bと摺動することが予定されている。しかし、本実施形態では、ピストン43の往復動作時に、スカート部45A、45Bの摺動面45SA、45SBと内周壁41A、41Bとの間に隙間Gが形成されることが予定されている。つまり、張出形状部Mを有する摺動面45SA、45SBは、潤滑性流体を介して内周壁41A、41Bから浮揚する。この浮揚のメカニズムは、先に第2実施形態で説明した通りである。これにより、スカート部45の摺動抵抗を極小化することを可能とする。なお、潤滑性流体は、例えば空気、水、或いは0W−20クラスの低粘度オイルであり、特に好ましくは空気である。
このような張出形状部Mに加え、スラスト側摺動面45SAにはミクロテクスチャ構造部30Bが形成されている。つまり、スラスト側スカート部45Aについては、張出形状部Mのマクロプロファイルによって創出される浮揚をアシストするために、ミクロテクスチャ構造部30Bが重畳的に配置されている。
このミクロテクスチャ構造部30Bは、図12(A)、(B)に示したミクロテクスチャ構造部30Aと同様である。溝3は、気筒41の周方向に延び、気筒軸AXの方向に連設される。但し、第3実施形態では、図12(B)に示す摺動方向H1が、ピストン43の下降方向と一致するように溝3のプロファイルが設定される。すなわち、溝3の各々の傾き面33は、ピストン43の下降方向の下流側(下側)が深く、上流側(上側)が浅くなる傾き面とされる。
ピストン43には、上死点を僅かに越えたクランク角において、爆発荷重がピストン43に加わることに起因して、スラスト方向に首振りする大きな荷重が付加される。つまり、ピストン43が下降する膨張行程の初期において、スラスト側スカート部45Aの摺動面45SAがスラスト側内周壁41Aに接近する方向(スラスト方向)の荷重が、ピストン43に加わる。この荷重によって摺動面45SAがスラスト側内周壁41Aに接触することを防止するために、ミクロテクスチャ構造部30Bが摺動面45SAに設けられている。これにより、摺動面45SAが有する張出形状部Mが作り出す摺動浮揚力が強化され、摺動面45Sがスラスト側内周壁41Aに一層接触し難くすることができる。
なお、ピストン43は気筒41内を上下に移動するが、前記スラスト方向の大きな荷重がピストン43に加わるのは、膨張行程の下降時である。つまり、ミクロテクスチャ構造部30Bによる浮揚のアシストが必要となるのは、ピストン43が下降方向へ移動するときであるので、上述の通り下方側が深く上方側が浅くなる傾き面33を持つように突起部34付きの溝3が形成される。ミクロテクスチャ構造部30Bは、摺動面45SAのうち、スラスト側内周壁41Aに接触することが想定される部分、つまり、張出形状部Mの頂部の周辺領域に配置される。このようなミクロテクスチャ構造部30Bより、先に図3に基づき説明した作用により、摺動面45SAに重畳的に浮揚力を発生させることができる。なお、反スラスト側スカート部45Bの摺動面45SBにも、同様なミクロテクスチャ構造部30Bを設けても良い。
[第4実施形態]
図15は、図13の要部拡大図であって、第4実施形態に係る摺動構造体を構成するコンロッド6の大端部62及びクランクピン52の結合部の断面図である。第4実施形態では、先に挙げた第3の態様の摺動構造体であって、大端部62がクランクピン52回りに回転摺動する摺動構造体に本発明が適用される例を示す。
大端部62は円形の軸受け孔63を有し、この軸受け孔63には軸受けメタル64(第2部材)が嵌め込まれている。軸受けメタル64は、帯状の金属円が環状に成型された滑り軸受けである。本実施形態においては、クランクピン52が第1部材、軸受けメタル64が第2部材、クランクピン52の外周面52Aが第1摺動面、軸受けメタル64の内周面64Aが第2摺動面である。
内周面64Aと外周面52Aとは、大端部62の回転摺動時において、隙間Gを介して対峙する。隙間Gには、空気、水、或いは0W−20クラスの低粘度オイルからなる潤滑性流体が介在される。内周面64Aは、クランクピン52の軸方向と直交する断面(図15の断面)において、外周面52Aとの対峙方向へ張り出す張出形状部M1を備えている。なお、図15では張出形状部M1が誇張して描かれているが、実際には目視では判別困難なミクロンオーダーの張り出しを有する形状である。
張出形状部M1は、内周面64Aの周方向一周で一つの張出(マクロプロファイル)を形成しており、頂部Pと裾部Qとを有している。頂部Pは、外周面52Aに向けて、最も張り出した部分である。裾部Qは、最も外周面52Aに対して離間した位置となる部分である。頂部Pにおける隙間Gの幅が最小隙間h5であり、裾部Qにおける隙間Gの幅が最大隙間h6である。図15では、コンロッド6の小端部61の軸心と大端部62の軸心とを結ぶ線分6Aが軸受けメタル64と交差する点の近傍に、頂部Pが配置されている例を示している。張出形状部M1の軸方向と直交する断面形状は、内周面64Aの一周回の間に軸受け孔63の孔心に向けて徐々に径小となる螺旋形状を有する。そして、前記断面形状は、頂部Pにおいて最も突出し、続いて径方向外側へ急激に退行して、裾部Qに繋がっている。
このような張出形状部M1が具備されることで、大端部62が回転摺動すると、内周面64Aが外周面52Aに対して浮揚する。大端部62が摺動方向H1(反時計方向)に回転摺動すると、隙間Gに存在する潤滑性流体に摺動方向H1とは逆方向の流入方向H2のフローが生じる。つまり、裾部Qから頂部Pに向けて、流体が流れ込む。これにより、先に第2実施形態で説明したマクロプロファイルの作用によって、内周面64Aは外周面52Aに対して浮揚し、両者間の摺動抵抗を格段に低減することができる。
このような張出形状部M1に加え、内周面64Aの一部には、ミクロテクスチャ構造部30Cが形成されている。すなわち、張出形状部M1のマクロプロファイルによって創出される浮揚をアシストするために、ミクロテクスチャ構造部30Cが重畳的に配置されている。ミクロテクスチャ構造部30Cが設けられる領域は、ピストン43からコンロッド6が受ける筒内最高燃焼圧力に伴う荷重の伝達経路となる領域である。具体的には、線分6Aが軸受けメタル64と交差する点であって、小端部61の側の交差点の近傍である。
クランク機構の軸受け構造部には、燃焼・膨張行程の爆発荷重(筒内燃焼圧力)がピストン43に加わった際に、コンロッド6を介して高い荷重が伝達される。とりわけ、筒内最高燃焼圧力が発生するタイミングにおいて、高荷重が前記軸受け構造部に伝達されることになる。このような高荷重は、張出形状部M1に基づく内周面64Aの摺動浮揚時に、内周面64Aを外周面72Aに接近又は衝突させ、浮揚効果の低減若しくは消失を招来させることがある。
そこで、外周面72Aとの衝突が想定される箇所にミクロテクスチャ構造部30Cを設けることにより、内周面64Aが有する張出形状部M1が作り出す摺動浮揚力が強化され、内周面64Aが外周面72Aに接触し難くすることができる。ミクロテクスチャ構造部30Cにおいては、図12(B)に示す摺動方向H1が、軸受けメタル64の回転摺動方向H1と一致するように、溝3のプロファイルが設定される。すなわち、突起部34を備えた溝3の各々の傾き面33は、軸受けメタル64の回転摺動方向H1の下流側が深く、上流側が浅くなる傾き面とされる。このようなミクロテクスチャ構造部30Cより、先に図3に基づき説明した作用により、内周面64Aに重畳的に浮揚力を発生させることができる。
[他の変形実施形態の説明]
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、溝3の摺動方向H1の断面形状が鋸歯型のものを例示したが、傾き面33が摺動方向H1の下流側が深く上流側が浅くなる傾向を具備している限りにおいて形状を変形して良い。例えば、底部32が鋭角的なものとせず、R面としてもよい。また、傾き面33、突起部34の縦壁342及び横壁343が、緩やかな凸面又は凹面であっても良い。