次に、本発明の実施形態について、図面を用いて説明する。図1は、本発明の赤外線処理方法を実行する赤外線処理装置10の縦断面図である。図2は、図1の赤外線処理装置10の近赤外線ヒーター30のA−A断面図である。赤外線処理装置10は、シート80上に塗布された対象物としての塗膜82に赤外線を放射して塗膜82の赤外線処理(本実施形態では熱処理)を行うものであり、炉体11と、近赤外線ヒーター30と、遠赤外線ヒーター60と、コントローラー90と、を備えている。また、赤外線処理装置10は、炉体11の前方(図1の左側)に設けられたロール21と、炉体11の後方(図1の右側)に設けられたロール25と、を備えている。この赤外線処理装置10は、塗膜82が上面に形成されたシート80を、ロール21,25により連続的に搬送して熱処理を行う、ロールトゥロール方式の熱処理炉として構成されている。本実施形態において、左右方向、前後方向及び上下方向は、図1〜図2に示した通りとする。
炉体11は、塗膜82の熱処理を行う処理空間12を形成するものである。炉体11は、略直方体に形成された断熱構造体であり、内部の空間である処理空間12と、炉体の前端面13及び後端面14にそれぞれ形成され外部から処理空間12への出入口となる開口17,18を有している。この炉体11は、前端面13から後端面14までの長さが例えば2〜10mである。片面に塗膜82が塗布されたシート80は、処理空間12を開口17から開口18まで略水平に通過していく。処理空間12は、図1に示した炉体11の前後方向の中央線11aを境界として、前方の第1処理空間12aと後方の第2処理空間12bとに分けられる。第1処理空間12aには複数の近赤外線ヒーター30が配置され、第2処理空間12bには複数の遠赤外線ヒーター60が配置されている。なお、炉体11が、第1処理空間12aと第2処理空間12bとを区画し且つシート80及び塗膜82が前後に通過可能な開口を有する隔壁部を備えていてもよい。また、炉体11には、図示しないが、不活性ガス(例えば窒素ガス)を処理空間12の内部へ供給する給気ラインと、処理空間12の雰囲気の排気を行う排気ラインとが接続されている。
近赤外線ヒーター30は、炉体11内の第1処理空間12aを通過する塗膜82に対して主に近赤外線(波長0.7μm〜3.5μmの赤外線)を放射する装置である。近赤外線ヒーター30は、第1処理空間12a内に前後方向に等間隔に複数(本実施形態では5個)並べられている。近赤外線ヒーター30は、いずれも長手方向が左右方向に沿うように取り付けられている。複数の近赤外線ヒーター30はいずれも同様の構成をしているため、以下、1つの近赤外線ヒーター30の構成について説明する。
近赤外線ヒーター30は、図1の破線枠内に示した拡大図及び図2に示すように、発熱体であるフィラメント32を内管36が囲むように形成されたヒーター本体38と、このヒーター本体38を囲むように形成された外管40と、外管40の両端に気密に嵌め込まれた有底筒状のキャップ42と、ヒーター本体38と外管40との間に形成され冷媒が流通可能な冷媒流路47と、を備えている。また、外管40の上側の表面には、反射層41が配設されている。外管40の下側の表面には、外管40の表面温度を検出する温度センサ56が取り付けられている(図2参照)。
フィラメント32は、加熱すると赤外線を放射する発熱体であり、本実施形態ではW(タングステン)製の電線を螺旋状に巻いたものとした。なお、フィラメント32の材料としては、他にニクロム系合金,Mo,Ta,鉄クロム系合金などを挙げることができる。このフィラメント32は、電力供給源50から電力が供給されて、例えば700〜1700℃に通電加熱されると、波長が3.5μm以下(例えば2〜3μm付近)の赤外線領域にピークを持つ赤外線を放射する。フィラメント32に接続された電気配線34は、キャップ42に設けられ炉体11の上部(天井)を貫通する配線引出部44を介して気密に外部へ引き出され、電力供給源50に接続されている。内管36,外管40は、フィラメント32から放射された電磁波のうち3.5μm以下の波長の赤外線を通過し3.5μmを超える波長の赤外線を吸収するフィルタとして機能する赤外線吸収材料で形成されている。内管36,外管40に用いるこのような赤外線透過材料としては、例えば、石英ガラスなどが挙げられる。内管36の内部は、アルゴンガスにハロゲンガスを添加した雰囲気となっている。
ヒーター本体38は、両端がキャップ42の内部に配置されたホルダー49に支持されている。各キャップ42は、冷媒出入口48を有している。冷媒出入口48の一方には、冷媒供給源52から冷媒が供給される。一方の冷媒出入口48から外管40内に流入した冷媒は、冷媒流路47を流通して他方の冷媒出入口48から流出するようになっている。冷媒流路47を流れる冷媒は、例えば空気や不活性ガスなどの気体であり、内管36と外管40とに接触して熱を奪うことによりこれらを冷却する。
反射層41は、外管40の外周面のうち、フィラメント32からみて塗膜82とは反対側(上側)を含む領域に形成され、フィラメント32の周囲の一部のみを覆うように設けられている。本実施形態では、反射層41は、外管40の上側半分を全て覆っているものとした。反射層41は、その断面の円弧を含む円の中心位置にフィラメント32が位置するように配置されている。この反射層41は、フィラメント32から放射される電磁波のうち赤外線の少なくとも一部を反射する赤外線反射材料で形成されている。赤外線反射材料としては、例えば金,白金,アルミニウムなどが挙げられる。反射層41は、特に、フィラメント32から放射される波長3.5μm以下の赤外線の反射率が高いことが好ましい。反射層41は、外管40の表面に塗布乾燥、スパッタリングやCVD、溶射といった成膜方法を用いて赤外線反射材料を成膜することで形成されている。
こうして構成された近赤外線ヒーター30では、フィラメント32から波長が3.5μm以下にピークを持つ赤外線が放射されると、そのうち主に3.5μm以下の波長の赤外線(波長0.7μm〜3.5μmの近赤外線)が内管36や外管40を通過して炉体11の第1処理空間12a内部の塗膜82に放射される。なお、内管36や外管40は、3.5μmを超える波長の赤外線を吸収するが、冷媒流路47を流れる冷媒によって冷却されることで(例えば200℃以下)、自身が赤外線の二次放射体となることを抑制可能である。
遠赤外線ヒーター60は、炉体11内の第2処理空間12bを通過する塗膜82に対して主に遠赤外線(波長が3.5μm〜1000μmの赤外線)を放射する装置である。遠赤外線ヒーター60は、第2処理空間12b内に前後方向に等間隔に複数(本実施形態では5個)並べられている。遠赤外線ヒーター60は、略平板状の形状をしており、いずれも長手方向が左右方向に沿うように取り付けられている。遠赤外線ヒーター60は、詳細な図示は省略するが、セラミックス中に金属の発熱体を埋設したものである。遠赤外線ヒーター60は、発熱体により周囲のセラミックスを加熱することで、そのセラミックスの放射特性によって塗膜82に遠赤外線を放射する。
塗膜82は、赤外線処理装置10での熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となるものである。塗膜82は、例えば、熱処理によりポルフィリン化合物となる可溶性のポルフィリン前駆体と、水と、有機溶媒と、を含むものである。本実施形態では、塗膜82は、テトラベンゾポルフィリン前駆体と、水と、有機溶媒としてのアセトンと、を含む液体とした。シート80は、有機薄膜太陽電池の基板及び電極となるものである。本実施形態では、シート80は、表面にITO電極パターンが形成されたガラスシートとした。シート80の膜厚は、ローラー21やローラー25に巻き付けることができる範囲であればよく、例えば数十μmである。
コントローラー90は、CPUを中心とするマイクロプロセッサーとして構成されている。このコントローラー90は、電力供給源50からフィラメント32へ供給される電力の大きさを調整するための制御信号を電力供給源50へ出力して、近赤外線ヒーター30の各々のフィラメント32の発熱量を個別に制御する。同様に、コントローラー90は、遠赤外線ヒーター60の発熱体に供給する電力を調整する制御信号を図示しない遠赤外線ヒーター60用の電力供給源に出力して、遠赤外線ヒーター60の温度を個別に制御する。また、コントローラー90は、熱電対である温度センサ56が検出した近赤外線ヒーター30の温度を入力したり、冷媒供給源52の図示しない開閉弁や流量調整弁に制御信号を出力したりして、近赤外線ヒーター30の冷媒流路47を流れる冷媒の流量を個別に制御する。さらに、コントローラー90は、ロール21,25に制御信号を送信して、ロール21,25の回転と停止とを切り換える。また、コントローラー90は、ロール21,25の回転速度を調整して、炉体12内のシート80及び塗膜82の通過時間やシート80及び塗膜82にかかる張力を調整する。
次に、こうして構成された赤外線処理装置10を用いて赤外線処理を行う様子について説明する。まず、ユーザーは、ローラー21に巻かれたシート80を処理空間12内に通し、シート80をローラー25に繋いだ状態にする。次に、コントローラー90は、近赤外線ヒーター30及び遠赤外線ヒーター60が所定の放射ピーク波長を有する赤外線を放射するように、近赤外線ヒーター30,遠赤外線ヒーター60に供給する電力を調整する。近赤外線ヒーター30及び遠赤外線ヒーター60の放射ピーク波長については後述する。また、コントローラー90は、処理空間12の内部が絶えず窒素ガスで満たされ、且つ、処理空間12の内部の温度が塗膜82の熱処理に適した温度(例えば40℃〜60℃)になるように、給気ラインを介して窒素ガスを供給しつつ排気ラインを介して排気を行う。そして、コントローラー90はロール21,25を回転させ、所定の速度でシート80の搬送を開始する。これにより、ロール21からシート80が巻き外されていく。また、シート80は開口17から炉体11内に搬入される直前に図示しないコーターによって上面に塗膜82が塗布される。塗膜82が塗布されたシート80は、炉体11の処理空間12の内部を通過したあと、開口18から加熱炉本体10の外へ搬出され、ローラー25に巻き取られる。このとき、第1処理空間12a内では、近赤外線ヒーター30からの赤外線により塗膜82に対して後述する工程(a)が行われて、塗膜82の中の水が主に蒸発する。また、第2処理空間12b内では、遠赤外線ヒーター60からの赤外線により塗膜82に対して後述する工程(b)が行われて、塗膜82の中のアセトンが主に蒸発する。さらに、工程(a),(b)が行われる間、処理空間12の熱などにより塗膜82の中のテトラベンゾポルフィリン前駆体から置換基であるエチレン基が脱離して結晶化していく。これらにより、熱処理後の塗膜82はテトラベンゾポルフィリンの結晶からなるp型有機半導体層となる。その後、ローラー25に巻き取られたシート80及びp型有機半導体層(熱処理後の塗膜82)に対して、p型有機半導体層上に例えばフラーレン化合物からなるn型有機半導体層と電極層とをこの順に形成して、有機薄膜太陽電池用の素子を得る。なお、ローラー25への巻き取りを行わずに、炉体11から搬出されたシート80をそのまま次の工程(n型有機半導体層の形成工程など)を行う装置へ搬送してもよい。また、炉体11から搬出された熱処理後の塗膜82に対して加熱処理などの後処理をさらに行ってから、次の工程(n型有機半導体層の形成工程など)を行ってもよい。また、ポルフィリン化合物とフラーレン化合物とを用いた有機薄膜太陽電池の構造や、可溶性のポルフィリン前駆体を用いることで溶解性の低いポルフィリン化合物の結晶からなるp型有機半導体層を得ることは公知であり、例えば特開2010−16212号公報に記載されている。
ここで、第1,第2処理空間12a,12b内で行う上述した工程(a),(b)について詳細に説明する。まず、第1物質(水)の第1吸収ピーク,第1吸収領域,第1吸収半値幅領域と、第2物質(アセトン)の第2吸収ピーク,第2吸収領域,第2半値幅領域について説明する。図3は、水とアセトンの赤外線吸収スペクトル、及び近赤外線ヒーター30,遠赤外線ヒーター60の放射強度分布の概念図である。なお、図3の上段が水の赤外線吸収スペクトル、中段がアセトンの赤外線吸収スペクトル、下段が近赤外線ヒーター30,遠赤外線ヒーター60の放射強度分布を示している。図3上段及び中段のような赤外線吸収スペクトルは、水とアセトンとのそれぞれを塗膜82と同じ状態(例えば塗膜82と同じ厚さなど)にして、日本分光(株)製のフーリエ変換赤外分析装置(FT/IR−6100)を用いて測定して得るものとする。また、図3下段のような放射強度分布は、近赤外線ヒーター30,遠赤外線ヒーター60から塗膜82と同じ位置に対して放射される赤外線の放射強度を、日本分光(株)製のフーリエ変換赤外分析装置(FT/IR−6100)を用いて測定して得るものとする。図3の上段に示すように、水の赤外線吸収スペクトルには、波長3μm付近の吸収ピークPAと、波長6μm付近の吸収ピークPBとが存在する。このように第1物質に複数の吸収ピークが存在する場合には、そのうちのいずれか1つを第1吸収ピークとして定める。本実施形態では、これらのうちの最も吸収率の高いピークである吸収ピークPAを第1吸収ピークとして定めるものとした。そして、第1吸収領域は、この第1吸収ピーク(吸収ピークPA)の波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまで(山形の波形の左端から右端まで)の波長領域である。そのため、図3上段に示す波長領域AAが、第1吸収領域となる。また、第1吸収半値幅領域は、第1吸収ピーク(吸収ピークPA)の吸収率を基準とした波長の半値幅領域である。そのため、図3上段に示す半値幅領域HA(吸収ピークPAにおける吸収率をX%として、吸収率がX/2%以上となる領域)が、第1吸収半値幅領域となる。
本実施形態では、第2物質(アセトン)の第2吸収ピークも、第1吸収ピークと同様に複数の吸収ピークのうち最も吸収率の高いピークとして定めるものとした。すなわち、図3中段に示すようにアセトンの赤外線吸収スペクトルには吸収ピークPa〜Pdなどが存在し、これらのうち最も吸収率の高い波長6μm付近の吸収ピークPaを第2吸収ピークとした。第2吸収ピークが定まると、これを基準として、第1吸収領域及び第1吸収半値幅領域と同様に、第2吸収領域及び第2吸収半値幅領域が定まる。すなわち、図3中段に示す、吸収ピークPaの波長を含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域Aaが、第2吸収領域となる。また、図3中段に示す半値幅領域Ha(吸収ピークPaにおける吸収率をY%として、吸収率がY/2%以上となる領域)が、第2吸収半値幅領域となる。なお、第2吸収ピーク(吸収ピークPa)は、第1吸収ピーク(吸収ピークPA)とは波長が異なる。
そして、第1処理空間12a内で行う工程(a)は、第1吸収領域(波長領域AA)と、第2吸収領域(波長領域Aa)とのうち、第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射して、塗膜82中の水を蒸発させる工程である。ここで、「第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する」とは、塗膜82に放射される第1吸収領域内の波長の赤外線の放射強度が、塗膜82に放射される第2吸収領域内の波長の赤外線の放射強度よりも高くなるようにすることを意味する。本実施形態では、第1処理空間12aにおいて塗膜82に赤外線を放射する近赤外線ヒーター30の赤外線の放射強度分布が、図3下段の左側に示す波形になるように、近赤外線ヒーター30に供給する電力をコントローラー90が調整するものとした。なお、図3下段では、近赤外線ヒーター30の放射強度分布の放射ピークを放射ピークP1として示した。また、放射ピークP1の放射強度を基準とした波長の半値幅領域を、放射半値幅領域H1として示した。すなわち、放射ピークP1における放射強度をSとして、放射強度がS/2以上となる領域を、放射半値幅領域H1として示した。なお、水やアセトンの赤外線吸収スペクトルとの位置関係をわかりやすくするために、図3上段や中段にも放射ピークP1の位置(波長)及び放射半値幅領域H1を図示している。図3に示すように、近赤外線ヒーター30の放射強度分布は、第1吸収領域(波長領域AA)内では比較的高く、第2吸収領域(波長領域Aa)内では比較的低くなっている。このようにすることで、塗膜82中の水とアセトンとのうち、第1吸収領域(波長領域AA)での赤外線の吸収率が比較的高い水に対して、優先的に赤外線のエネルギーを投入することができる。そのため、工程(a)が行われる第1処理空間12aでは、アセトンよりも水が優先的に蒸発する。なお、図3下段に示すように、近赤外線ヒーター30からの赤外線の放射強度は、3.5μmを超える波長の領域では急激に小さくなっている。これは、内管36,外管40が波長3.5μmを超える領域の赤外線を吸収しているためである。図3下段では、波長3.5μmを超える領域における、内管36,外管40に吸収される前のフィラメント32からの赤外線の放射強度分布を、一点鎖線で示した。第1吸収領域(波長領域AA)は約2.5μm〜約3.6μmの範囲であり、内管36,外管40がこの範囲から外れた波長の長い領域における赤外線の放射強度を小さくしている。そのため、近赤外線ヒーター30は、第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第1吸収領域内の波長の赤外線をより選択的に放射できるようになっている。
なお、工程(a)では、放射半値幅領域H1の少なくとも一部が、第1吸収領域(波長領域AA)の少なくとも一部と重複していることが好ましく、第1吸収半値幅領域(半値幅領域HA)の少なくとも一部と重複していることがより好ましい。また、放射ピークP1の波長が、第1吸収領域(波長領域AA)内に存在することが好ましく、第1吸収半値幅領域(半値幅領域HA)内に存在することがより好ましい。さらに、第1吸収ピーク(吸収ピークPA)の波長が、放射半値幅領域H1内に存在することが好ましい。本実施形態では、放射ピークP1の波長が、第1吸収ピーク(吸収ピークPA)の波長と一致するように、近赤外線ヒーター30に供給する電力(フィラメント32の温度)が予め定められてコントローラー90に記憶されているものとした。そのため、本実施形態の工程(a)では、上記の好ましい条件を全て満たしている。また、放射ピークP1の波長を、第1吸収ピーク(吸収ピークPA)の波長と一致させることで、より効率よく水を蒸発させることができる。
また、工程(a)では、放射半値幅領域H1内に存在する第2物質(アセトン)の主な吸収ピークの数が少ないことが好ましく、数がゼロであることがより好ましい。例えば、最大のピークである吸収ピークPaの吸収率Y%の1/2以上の吸収率を有する吸収ピークを主な吸収ピークとすると、図3中段では吸収ピークPa〜Pdが主なピークに相当する。本実施形態では、これらの吸収ピークPa〜Pdは放射半値幅領域H1内に存在しないため、放射半値幅領域H1内に存在するアセトンの主な吸収ピークの数はゼロである。さらに、放射半値幅領域H1と、第2物質(アセトン)の主な吸収ピークの半値幅領域とが、なるべく重複していないことが好ましい。本実施形態では、放射半値幅領域H1と、アセトンの主な吸収ピークの半値幅領域とは全く重複していない。なお、本実施形態では、放射半値幅領域H1内にアセトンの吸収ピークPdなどが存在するが、この吸収ピークPdなどは主なピークではなく吸収率が比較的小さいため、工程(a)でアセトンよりも水を優先的に蒸発させることはできる。ただし、第2物質の主な吸収ピークに限らず、放射半値幅領域H1内に存在する第2物質(アセトン)の吸収ピークの数が少ないことが好ましく、数がゼロであることがより好ましい。放射半値幅領域H1内に存在する第2物質(アセトン)の吸収ピークの数が少ないほど、工程(a)における第2物質(アセトン)の蒸発をより抑制して、より優先的に第1物質(水)を蒸発させることができる。
第2処理空間12b内で行う工程(b)は、第1吸収領域(波長領域AA)と、第2吸収領域(波長領域Aa)とのうち、第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射して、塗膜82中のアセトンを蒸発させる工程である。ここで、「第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射する」とは、塗膜82に放射される第2吸収領域内の波長の赤外線の放射強度が、塗膜82に放射される第1吸収領域内の波長の赤外線の放射強度よりも高くなるようにすることを意味する。本実施形態では、第2処理空間12bにおいて塗膜82に赤外線を放射する遠赤外線ヒーター60の赤外線の放射強度分布が、図3下段の右側に示す波形になるように、遠赤外線ヒーター60に供給する電力をコントローラー90が調整するものとした。なお、図3下段では、遠赤外線ヒーター60の放射強度分布の放射ピークを放射ピークP2として示した。また、放射ピークP2の放射強度を基準とした波長の半値幅領域を、放射半値幅領域H2として示した。すなわち、放射ピークP2における放射強度をTとして、放射強度がT/2以上となる領域を、放射半値幅領域H2として示した。なお、水やアセトンの赤外線吸収スペクトルとの位置関係をわかりやすくするために、図3上段や中段にも放射ピークP2の位置(波長)及び放射半値幅領域H2を図示している。図3に示すように、遠赤外線ヒーター60の放射強度分布は、第2吸収領域(波長領域Aa)内では比較的高く、第1吸収領域(波長領域AA)内では比較的低くなっている。このようにすることで、第2吸収領域(波長領域Aa)での赤外線の吸収率が比較的高いアセトンに対して効率よくエネルギーを投入して蒸発させることができる。
なお、工程(b)では、放射半値幅領域H2の少なくとも一部が、第2吸収領域(波長領域Aa)の少なくとも一部と重複していることが好ましく、第2吸収半値幅領域(半値幅領域Ha)の少なくとも一部と重複していることがより好ましい。また、放射ピークP2の波長が、第2吸収領域(波長領域Aa)内に存在することが好ましく、第2吸収半値幅領域(半値幅領域Ha)内に存在することがより好ましい。さらに、第2吸収ピーク(吸収ピークPa)の波長が、放射半値幅領域H2内に存在することが好ましい。本実施形態では、放射ピークP2の波長が、第2吸収ピーク(吸収ピークPa)の波長と一致するように、遠赤外線ヒーター60に供給する電力(発熱体や周囲のセラミックスの温度)が予め定められてコントローラー90に記憶されているものとした。そのため、本実施形態の工程(b)では、上記の好ましい条件を全て満たしている。また、放射ピークP2の波長を、第2吸収ピーク(吸収ピークPa)の波長と一致させることで、より効率よくアセトンを蒸発させることができる。
なお、本実施形態では、工程(a)において水は全て蒸発させるものとした。そのため、工程(a)とは異なり、工程(b)においては放射半値幅領域H2内に第1物質(水)の吸収ピークが存在しても、第1物質自体が塗膜82内に存在しないため、問題はない。また、工程(b)において放射半値幅領域H2内に第1物質(水)の主な吸収ピークの波長が積極的に含まれるように、放射半値幅領域H2を定めてもよい。こうすれば、工程(a)で蒸発せずに残ったわずかな第1物質(水)を工程(b)で確実に蒸発させることができる。
このように、本実施形態では、工程(a)と工程(b)とで塗膜82に放射する赤外線を異ならせることにより、第1処理空間12aで塗膜82中の水を優先的に蒸発させた後に、第2処理空間12bでアセトンを蒸発させるのである。なお、先に水を蒸発させて塗膜82内のアセトンの濃度を高めることにより、塗膜82内でのテトラベンゾポルフィリン前駆体からの置換基の脱離や、テトラベンゾポルフィリンへの結晶化が促進されると考えられている。その結果、塗膜82から効率よくp型有機半導体層を作製することができると考えられている。
ここで、本実施形態の構成要素と本発明の構成要素との対応関係を明らかにする。本実施形態の水が本発明の第1物質に相当し、アセトンが第2物質に相当し、塗膜82が対象物に相当し、吸収ピークPAが第1吸収ピークに相当し、波長領域AAが第1吸収領域に相当し、吸収ピークPaが第2吸収ピークに相当し、波長領域Aaが第2吸収領域に相当する。また、放射ピークP1が工程(a)における放射ピークに相当し、放射半値幅領域H1が工程(a)における放射半値幅領域に相当し、半値幅領域HAが第1吸収半値幅領域に相当する。さらに、また、放射ピークP2が工程(b)における放射ピークに相当し、放射半値幅領域H2が工程(b)における放射半値幅領域に相当し、半値幅領域Haが第2吸収半値幅領域に相当する。
以上説明した本実施形態の赤外線処理装置10では、塗膜82が第1処理空間12aを通過する際の工程(a)において、塗膜82に対して、第1吸収領域(波長領域AA)と第2吸収領域(波長領域Aa)とのうち第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に近赤外線ヒーター30から放射する。ここで、第1吸収領域は、第1物質(水)の赤外線吸収率が比較的高い波長領域であり、第2吸収領域は、第2物質(アセトン)の赤外線吸収率が比較的高い波長領域である。そのため、この第1,第2吸収領域のうち第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射することで、塗膜82の水とアセトンとのうち水に優先的に赤外線のエネルギーを投入することができる。そして、水に対して優先的に赤外線のエネルギーを投入した後で、塗膜82が第2処理空間12bを通過する際の工程(b)では、塗膜82に対して、第1吸収領域(波長領域AA)と第2吸収領域(波長領域Aa)とのうち第2吸収領域内の波長の赤外線を選択的に遠赤外線ヒーター60から放射する。これにより、アセトンに効率よく赤外線のエネルギーを投入することができる。以上のように工程(a)と工程(b)とで塗膜82に放射する赤外線を変更することで、塗膜82に含まれる2つの物質(水,アセトン)に対して水,アセトンの順で優先順位を持たせて赤外線のエネルギーを投入することができる。これにより、工程(a)で塗膜82中のアセトンよりも水を優先的に赤外線処理(蒸発させる処理)し、その後に工程(b)で第2物質を赤外線処理(蒸発させる処理)することができる。
また、工程(a)では、近赤外線ヒーター30の放射ピークP1の放射強度を基準とした波長の半値幅領域である放射半値幅領域H1の少なくとも一部が、水の第1吸収ピーク(吸収ピークPA)の吸収率を基準とした波長の半値幅領域である第1吸収半値幅領域(半値幅領域HA)の少なくとも一部と重複するように、塗膜82に赤外線を放射する。また、工程(b)では、遠赤外線ヒーター60の放射ピークP2の放射強度を基準とした波長の半値幅領域である放射半値幅領域H2の少なくとも一部が、アセトンの第2吸収ピーク(吸収ピークPa)の吸収率を基準とした波長の半値幅領域である第2吸収半値幅領域(半値幅領域Ha)の少なくとも一部と重複するように、塗膜82に赤外線を放射する。このように、放射する赤外線の半値幅領域と蒸発させたい物質の赤外線吸収の半値幅領域との少なくとも一部が重複するようにすることで、各工程で蒸発させたい物質に対して、より効率よく赤外線のエネルギーを投入でき、効率よく蒸発させることができる。
さらに、第1物質は、水であり、工程(a)では、塗膜82に含まれる物質のうち少なくとも第1物質を蒸発させる。そのため、工程(a)によって塗膜82中のアセトンの濃度を上げた後で、工程(b)でアセトンを蒸発させることができる。
なお、本発明は上述した実施形態に何ら限定されることはなく、本発明の技術的範囲に属する限り種々の態様で実施し得ることはいうまでもない。
例えば、上述した実施形態では、対象物を塗膜82とし、対象物に含まれる第1物質を水とし、第2物質をアセトンとしたが、対象物,第1物質,第2物質はこれに限られない。例えば第1物質を水以外の液体とし、第2物質を水として、工程(a)で第1物質(水以外の液体)を優先的に蒸発させ、工程(b)で水を蒸発させてもよい。こうすれば、工程(a)で対象物中の第1物質(水以外の液体)の濃度を下げてから、工程(b)で水を蒸発させることができる。例えば、工程(a),(b)の2工程を行わずに第1物質と第2物質とをまとめて蒸発させようとする場合などにおいて、第2物質(水)が先に蒸発して対象物中の第1物質の濃度が高まってしまう場合がある。そして、第1物質の種類によっては濃度が高まることで対象物がダメージを受けるなどの不具合が生じる場合がある。工程(a)で第1物質を優先的に蒸発させることで、そのような不具合をより抑制できる。また、対象物には第1物質及び第2物質のみが含まれていてもよい。また、対象物には第1物質及び第2物質以外の1以上の物質がさらに含まれていてもよい。すなわち対象物が3以上の物質を含んでいてもよい。
上述した実施形態では、工程(a),(b)で第1,第2物質を蒸発させるものとしたが、これに限らず、赤外線により第1物質,第2物質にエネルギーを投入して赤外線処理するものであればよい。「赤外線処理」には、蒸発,乾燥,脱水などの物理変化をさせる処理や、イミド化などの化学反応をさせる処理、昇温などの温度変化をさせる処理などが含まれる。また、第1物質を蒸発させ、第2物質は化学反応させるなど、第1物質の赤外線処理と第2物質の赤外線処理とが異なる態様であってもよい。なお、対象物,第1物質,第2物質は液体に限らず、これらの少なくとも1以上が固体であってもよい。
上述した実施形態では、第1物質の赤外線吸収スペクトルに複数の吸収ピークが存在する場合には、そのうちの最も吸収率の高いピークを第1吸収ピークとして定めるものとしたが、これに限られない。工程(a)で第1吸収領域と第2吸収領域とのうち第1吸収領域内の波長の赤外線を選択的に放射して、第1物質に対して優先的に赤外線のエネルギーを投入できるように、複数の吸収ピークのうち適切なものを第1吸収ピークとして定めればよい。例えば、図3上段において、吸収ピークPBの方が吸収ピークPAよりも吸収率が高い場合を考える。このような場合、工程(a)で最も吸収率の高い吸収ピークPBを含む吸収スペクトルの立ち上がりから立ち下がりまでの波長領域内の波長の赤外線を放射しようとすると、図3中段の吸収ピークPaを含む波長領域Aa内にも赤外線を放射することになる。そのため、第1物質と第2物質とに対して同じように赤外線のエネルギーを投入してしまいやすい。このような場合は、最も吸収率の高い吸収ピークPBではなく、吸収ピークPAを第1吸収ピークとして定めて波長領域AA内の波長の赤外線を放射した方が、工程(a)で第1物質に対して優先的に赤外線のエネルギーを投入しやすい。
上述した実施形態では、第2物質の赤外線吸収スペクトルに複数の吸収ピークが存在する場合には、そのうちの最も吸収率の高いピークを第2吸収ピークとして定めるものとしたが、これに限られない。
なお、第1物質の赤外線吸収スペクトルに吸収ピークが1つしか存在しない場合には、その吸収ピークを第1吸収ピークとして定めればよい。第2吸収ピークについても同様である。
上述した実施形態では、近赤外線ヒーター30を用いて工程(a)を行い、遠赤外線ヒーター60を用いて工程(b)を行うものとしたが、これに限らずどのような赤外線ヒーターを用いてもよい。例えば、工程(a)と工程(b)とで発熱体の材質が異なる同じ構造の赤外線ヒーターを用いてもよい。工程(a)と工程(b)とで放射ピークなどを変更するようにすれば、工程(a)と工程(b)とで全く同じ赤外線ヒーターを用いてもよい。この場合、放射ピークの変更は、赤外線ヒーターの発熱体の温度を変更することで行ってもよい。また、工程(a)と工程(b)との少なくとも一方で赤外線ヒーターと塗膜82との間に赤外線吸収フィルターを配置することで、工程(a)と工程(b)とで放射ピークを変更してもよい。あるいは、工程(a)と工程(b)とで、赤外線ヒーターと塗膜82との間に配置する赤外線吸収フィルターの吸収特性を異ならせてもよい。また、赤外線ヒーターの発熱体を覆う管の表面などにサーモクロミック材料からなる層を形成したものを用いてもよい。この場合、工程(a)で用いる赤外線ヒーターと工程(b)で用いる赤外線ヒーターとで管の冷却の程度を変更してサーモクロミック材料の赤外線透過率を異ならせることにより、塗膜82に放射される赤外線の放射ピークを変更することができる。他にも、種々の赤外線ヒーターを適宜組み合わせて用いることができる。例えば、発熱体の表面や発熱体と塗膜82の間に配置された部材の表面に、特定の波長域の赤外線の放射率を増加するようにマイクロキャビティが形成されていてもよい。こうすれば、特定の波長域の赤外線の放射強度が高くなるため、特定の波長域に効率よくエネルギーを投入できる。
上述した実施形態では、近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とはそれぞれ同じ本数を等間隔に炉体11内に配置するものとしたが、これに限られない。例えば、赤外線ヒーターの配置間隔にグラデーションを付けてもよいし、第1処理空間12aと第2処理空間12bとで赤外線ヒーターの配置本数を変えてもよい。
上述した実施形態では、1つの炉体11内で工程(a),(b)を行うものとしたが、隣接する2つの炉体内で工程(a)と工程(b)との各々を行ってもよい。また、工程(a)と工程(b)との間に他の工程を行ってもよい。また、赤外線処理装置10はロールトゥロール方式の連続炉としたが、赤外線処理装置10をローラーハースキルンとしてもよい。また、赤外線処理装置10は連続炉に限らずバッチ炉としてもよい。図4は、バッチ炉として構成した変形例の赤外線処理装置110の断面図である。赤外線処理装置110の炉体111は、前端面113に炉体出入口117を有している。炉体出入口117は、台座184上に載置するシート80及び塗膜82の搬出入口となるものである。炉体出入口117の前方には気密扉である炉体扉119が取り付けられている。炉体111の内部の空間である処理空間112には、近赤外線ヒーター30,遠赤外線ヒーター60が交互に複数配置されている。この赤外線処理装置110では、台座184に載置された塗膜82の熱処理を行う際に、近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えて使用することで、上述した工程(a),(b)を行うことができる。すなわち、まず近赤外線ヒーター30からの赤外線を塗膜82に放射して工程(a)を行い、次に遠赤外線ヒーター60からの赤外線を放射して工程(b)を行う。なお、処理空間112に1種類の赤外線ヒーターのみを配置して、工程(a)と工程(b)とで赤外線ヒーターの発熱体の温度を変更して放射ピークを異ならせてもよい。この場合、後述する図5の昇降機構270を備えるなどにより台座184を上下に移動可能にしてもよい。こうすることで、赤外線ヒーターと塗膜82との距離を変更でき、赤外線ヒーターから塗膜82に放射される赤外線の放射強度を調整することができる。1種類の赤外線ヒーターで放射ピークを異ならせる場合、例えば赤外線ヒーターに供給する電力を大きくすると、放射ピークが短波長側にシフトし、且つ放射させる放射強度は大きくなる。すなわち、放射ピークを変化させると放射強度も変化してしまう。台座184を上下に移動可能にすることで、放射ピークの調整とは独立して塗膜82への赤外線の放射強度を調整することができる。そのため、工程(a),(b)のそれぞれにおいて放射ピークと放射強度とを共に適切な状態に調整しやすくなる。なお、台座184の上下移動に加えて又は代えて、通電する赤外線ヒーターの本数を変更することで塗膜82への赤外線の放射強度を調整してもよい。
また、図5の赤外線処理装置210を用いて工程(a),(b)を行ってもよい。図5の赤外線処理装置210では、近赤外線ヒーター30が炉体111の天井付近に複数配置され、遠赤外線ヒーター60が炉体111の底部付近に複数配置されている。また、赤外線処理装置210は、台座184を処理空間112内で上下に移動させる昇降機構270を備えている。この赤外線処理装置210でも、図4の赤外線処理装置110と同様に近赤外線ヒーター30と遠赤外線ヒーター60とのオンオフを切り替えることで、上述した工程(a),(b)を行うことができる。また、昇降機構270によって近赤外線ヒーター30及び遠赤外線ヒーター60と塗膜82との距離を変更できる。そのため、近赤外線ヒーター30や遠赤外線ヒーター60から塗膜82に放射する赤外線のピーク波長を変更せずに、塗膜82への赤外線の放射強度を調整することができる。なお、台座184は、遠赤外線ヒーター60から塗膜82への赤外線の放射を妨げないように、遠赤外線ヒーター60からの赤外線の透過率が高い材料で形成したり、メッシュ状としたりすればよい。
上述した実施形態では、塗膜82は熱処理により有機薄膜太陽電池のp型有機半導体層となるものとしたが、これに限られない。赤外線により第1物質と第2物質とを赤外線処理するものであれば、本発明の赤外線処理方法はどのような技術分野に用いてもよい。