[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態に係るエンジンの燃焼室構造を詳細に説明する。図1は、本発明の実施形態に係るエンジンの燃焼室構造が適用されるエンジンを示す概略断面図、図2は、図1に示す燃焼室付近を拡大して示す断面図、図3は、図1に前記燃焼室をシリンダヘッド側から見た平面図である。ここに示されるエンジンは、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として、前記車両に搭載される往復ピストン型の多気筒ガソリンエンジンである。エンジンは、エンジン本体1と、これに組付けられた図外の吸排気マニホールド及び各種ポンプ等の補機とを含む。エンジン本体1に供給される燃料は、本実施形態では、ガソリンを主成分とするものである。
エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4及びピストン5(これらは、本発明における「燃焼室構成部材」の一例である)を備える。シリンダブロック3は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数の気筒2(図中ではそのうちの1つのみを示す)を有している。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、気筒2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、各気筒2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の底面4aには、吸気ポート9の下流端である吸気側開口部41と、排気ポート10の上流端である排気側開口部42とが形成されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口部41を開閉する吸気バルブ11と、排気側開口部42を開閉する排気バルブ12とが組み付けられている。図3に示す通り、本実施形態のエンジンは、ダブルオーバーヘッドカムシャフト式(DOHC)エンジンである。吸気側開口部41と排気側開口部42とは、各気筒2につき2つずつ設けられるとともに、吸気バルブ11および排気バルブ12も2つずつ設けられている。
図2に示されるように、吸気バルブ11及び排気バルブ12は、いわゆるポペットバルブである。吸気バルブ11は、吸気側開口部41を開閉する傘状の弁体11aと、この弁体11aから垂直に延びるステム11bとを含む。同様に、排気バルブ12は、排気側開口部42を開閉する傘状の弁体12aと、この弁体12aから垂直に延びるステム12bとを含む。吸気バルブ11の弁体11aは、燃焼室6に臨むバルブ面11cを有する。排気バルブ12の弁体12aは、燃焼室6に臨むバルブ面12cを有する。
吸気バルブ11及び排気バルブ12も、上記の「燃焼室構成部材」に相当する。本実施形態において、燃焼室6を区画する燃焼室壁面は、気筒2の内壁面、ピストン5の上面である冠面50、シリンダヘッド4の底面4a、吸気バルブ11のバルブ面11c及び排気バルブ12のバルブ面12cからなる。
シリンダヘッド4には、吸気バルブ11、排気バルブ12を各々駆動する吸気側動弁機構13、排気側動弁機構14が配設されている。これら動弁機構13、14によりクランク軸7の回転に連動して、各ステム11b、12bが駆動される。これらステム11b、12bの駆動により、吸気バルブ11の弁体11aが吸気側開口部41を開閉し、排気バルブ12の弁体12aが排気側開口部42を開閉する。
吸気側動弁機構13には、吸気側可変バルブタイミング機構(吸気側VVT)15が組み込まれている。吸気側VVT15は、吸気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する吸気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、吸気バルブ11の開閉タイミングを変更する。同様に、排気側動弁機構14には、排気側可変バルブタイミング機構(排気側VVT)16が組み込まれている。排気側VVT16は、排気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する排気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、排気バルブ12の開閉タイミングを変更する。
シリンダヘッド4には、燃焼室6内の混合気に点火エネルギーを供給する点火プラグ17が各気筒2につき1つずつ取り付けられている。点火プラグ17は、その点火点が燃焼室6内に臨む姿勢でシリンダヘッド4に取り付けられている。点火プラグ17は、図外の点火回路からの給電に応じてその先端から火花を放電して、燃焼室6内の混合気に点火する。
シリンダヘッド4には、先端部から燃焼室6内にガソリンを主成分とする燃料を噴射するインジェクタ18が、各気筒2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ18には燃料供給管19が接続されている。インジェクタ18は、燃料供給管19を通じて供給された燃料を噴射する。燃料供給管19の上流側には、クランク軸7と連動連結されたプランジャー式のポンプ等からなる高圧燃料ポンプ(図示せず)が接続されている。この高圧燃料ポンプと燃料供給管19との間には、全気筒2に共通の蓄圧用のコモンレール(図示せず)が設けられている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各気筒2のインジェクタ18に供給されることにより、各インジェクタ18からは、高い圧力の燃料が燃焼室6内に噴射される。
[燃焼室の詳細構造]
図2を参照して、燃焼室6の底面はピストン5の冠面50であり、燃焼室6の上面は燃焼室天井面60である。これら冠面50及び燃焼室天井面60が、燃焼室6を区画する燃焼室壁面のうち、燃焼室6の径方向に拡がりをもつ径方向壁面である。燃焼室天井面60は、シリンダヘッド4の底面4a、2つの吸気バルブ11のバルブ面11c及び2つの排気バルブ12のバルブ面12cによって構成されている。燃焼室天井面60は、上向きに凸の緩やかな曲面形状を有している。
詳述すると、シリンダヘッド4の底面4aは、その径方向中心、すなわち気筒2の軸線u1上の点を頂部として、径方向外側に向かうに従って高さが低くなる略円錐面状に形成されている。吸気バルブ11のバルブ面11c及び排気バルブ12のバルブ面12cは、シリンダヘッド4の底面4aと同じ曲率で湾曲する湾曲面に形成されている。インジェクタ18は、その先端部が燃焼室天井面60の頂部近傍に位置し、その軸線が軸線u1と一致するように配設されている。
図3に示されるように、弁体11aが開閉する吸気側開口部41と弁体12aが開閉する排気側開口部42とは、燃焼室天井面60に、その周方向に並んで開口している。2つの吸気側開口部41と2つの排気側開口部42とは、燃焼室6の天井面60の中心を通る直線u2を挟んで両側に設けられている。図3の例では、2つの吸気側開口部41(弁体11a)は、燃焼室天井面60の直線u2の左側に設けられており、2つの排気側開口部42(弁体12a)は、燃焼室天井面60の直線u2の右側に設けられている。
冠面50は、燃焼室天井面60と上下方向に対向する面であり、その径方向中央部分に配置されたキャビティ5Cと、キャビティ5Cの外周に同心円状に配置された基準面51とを備えている。キャビティ5Cは、冠面50の径方向中央部分が下方に凹没湾曲された部分であり、インジェクタ18から燃料の噴射を受ける部分である。基準面51は、燃焼室天井面60の湾曲形状に沿う、上向きに凸の緩やかな曲面形状を有している。すなわち、基準面51は、キャビティ5Cとの境界となる開口縁52から、径方向外側に向かうにつれて下方に傾斜する緩い凸曲面である。基準面51と燃焼室天井面60との間においては、燃焼室6の上下方向の間隔は略一定である。
冠面50は、上述のキャビティ5Cと基準面51とが径方向に連なった凹凸面である。冠面50の径方向中心付近には、キャビティ5Cの最深部である底面部53が位置している。キャビティ5Cの開口縁52には、基準面51の内周縁が連設されている。基準面51の外周縁54は、気筒2の壁面に近接している。
エンジン本体1における吸気工程、圧縮工程、膨張工程及び排気工程において、燃焼室6内には筒内ガスの流れが発生する。筒内ガスの流れの向きや形態は、燃焼室6の形状、燃焼室6内の圧力や温度等により様々に変化するが、モデル化すると、スキッシュ方向、スワール方向及びタンブル方向の筒内ガス主流に区分することができる。本実施形態に係る燃焼室6は、圧縮/膨張工程時において、少なくともスキッシュ方向の筒内ガス主流(スキッシュ流)及びスワール方向の筒内ガス主流(スワール流)が生じる構造を有する燃焼室である。
図4(A)は、燃焼室6内においてピストン5の冠面50上で発生するスキッシュ流30を説明するための模式的な平面図である。燃焼室6内には、スキッシュ流30として、正スキッシュ流SQと逆スキッシュ流RSQとが生じる。圧縮工程においては、冠面50の外周縁54から径方向内側に向かい、キャビティ5Cに至る正スキッシュ流SQが生じる。一方、膨張工程では、キャビティ5Cから径方向外側に向かい、外周縁54に至る逆スキッシュ流RSQが生じる。
図4(B)は、スキッシュ流30の態様を示す模式図である。スキッシュ流30は、主流31と、この主流31に伴う副流である渦流32とを含む。主流31は、スキッシュ方向に向かうガス流である。渦流32は、主流31の進行軸の軸回りに旋回する縦渦である。この渦流32には、熱を輸送する性質が強いという特徴がある。
図5(A)は、燃焼室6内においてピストン5の冠面50上で発生するスワール流33を説明するための模式的な平面図である。燃焼室6内に生じるスワール流33は、燃焼室6の中心軸(軸線u1)回りに一方向に旋回する主流である。図5(B)は、スワール流33の態様を示す模式図である。スワール流33は、主流34と、この主流34に伴う副流である渦流35とを含む。主流34は、スワール方向に向かうガス流であり、冠面50の円周方向に進行する。渦流35は、主流34の進行軸の軸回りに旋回する渦であり、同様に熱を輸送する性質が強い。
[微細溝の利点及び問題点]
上述の通り、渦流32が熱輸送の性質を有することから、スキッシュ流30が燃焼室壁面、つまりピストン5の冠面50に近接する位置を通過すると、渦流32と冠面50との間における熱エネルギーの授受(熱伝達)が活発となってしまう。このような熱伝達は、燃焼室6内の熱が燃焼室壁面を通して放熱されてしまう冷却損失に繋がり、エンジンの熱効率を低下させる。
この問題の解決手段として、燃焼室6を区画する燃焼室壁面に、筒内ガスの主流方向に沿って延びる複数の微細溝を形成する方法がある。図6は、スキッシュ方向に延びる微細溝200が形成された、ピストン5の冠面50を示す平面図である。冠面50の、キャビティ5Cを除くスキッシュエリア(基準面51)には、ピストン5の径方向中心から放射状に延びる複数の微細溝200が設けられている。図6では、図示簡略化のため複数の微細溝200が粗に配列されているが、実際は溝同士が隣接する程度に密に配列される。
このような微細溝200を形成することの利点を図7(A)、(B)に基づき説明する。図7(A)は比較例であり、燃焼室壁面(例えば冠面50)が平坦な場合における、スキッシュ流30の渦流32と当該燃焼室壁面との位置関係を示す図である。燃焼室壁面が平坦であると、渦流32は燃焼室壁面に接近することが可能となり、これに伴い両者間で熱伝達が行われ易くなる。このため、燃焼室6内の熱が前記燃焼室壁面を通して外部に放熱され易くなる。
一方、図7(B)は、燃焼室壁面(冠面50)に微細溝200が形成されている場合における、渦流32と冠面50との位置関係を示す図である。微細溝200は、断面U字状の溝であり、その溝幅Sは、スキッシュ流30の渦流32の渦スケールD(直径)よりも小さく設定されている。このような微細溝200が冠面50に設けられていることで、渦流32(乱流)は微細溝200に入り込むことができず、微細溝200の頂部に留まるようになる。つまり、図7(A)のように平坦な燃焼室壁面の場合に比べて、渦流32が燃焼室壁面(冠面50)から離間されるようになる。従って、渦流32と冠面50との間において熱伝達は行われ難くなり、冠面50を通した放熱が抑制される。
しかしながら、本発明者らの検討によれば、冠面50にスキッシュ方向へ放射状に延びる微細溝200を単に形成しただけでは、十分に冷却損失を抑制できない場合があることが判明した。換言すると、微細溝の形成パターンを工夫することで、より熱効率を向上させる余地があることが判明した。
図8は、燃焼室6内の筒内ガス主流Q(Q1〜Q4)の流動方向分布の一例を示す平面図である。図中の矢印は、冠面50の各位置における筒内ガス主流Qの流動方向を示している。既述の通り、燃焼室6には、当該燃焼室の周方向に向かう筒内ガス主流(スワール流33)と、径方向内側に向かう筒内ガス主流(スキッシュ流30)とが生じる。スキッシュ流30は、ピストン5が上死点付近に位置するときに強く発生する。とりわけ、本実施形態のように冠面50の径方向中央部分にキャビティ5Cが存在している場合、このキャビティ5Cの開口縁52付近でスキッシュ流30の流速が大きくなる。その一方で、燃焼室6の径方向外側領域においては、スワール流33の影響を受け、筒内ガス主流の全体的な流動としては燃焼室6の円周方向に向かう成分が多くなる傾向がある。
図8に示す筒内ガス主流Qの流動方向分布は、上記の傾向を良く示している。図8には、冠面50の径方向中心から径方向Aの外側に延びる直線Lと、径方向Aの各点における筒内ガス主流Q(Q1〜Q4)とがなす角α(α1〜α4)が示されている。図9は、筒内ガス主流Qと微細溝200との交差状況を示す模式図である。微細溝200は径方向Aに放射状に延びているので、直線Lと筒内ガス主流Qとがなす角αは、微細溝200と筒内ガス主流Qとがなす角αでもある。
先ず、径方向Aの外側付近の筒内ガス主流Q1は、スワール流33の影響を強く受け、概ね円周方向へ流動している。このため、直線Lと筒内ガス主流Q1とがなす角α1は、比較的大きな角度となっている。これに対し、筒内ガス主流Q1よりも径方向A内側の筒内ガス主流Q2は、Q1よりも径方向Aを指向している。このため、直線Lと筒内ガス主流Q2とがなす角α2は、α1よりも小さい。同様に、筒内ガス主流Q2よりも径方向A内側の筒内ガス主流Q3は、Q2よりも径方向Aを指向し、直線Lと筒内ガス主流Q3とがなす角α3は、α2よりも小さい。径方向Aの最も内側付近の筒内ガス主流Q4は、筒内ガス主流Q3よりもさらに径方向Aを指向しており、直線LとQ4とがなす角α4は最も小さい。すなわち、直線Lと筒内ガス主流Q1〜Q4とがなす角α1〜α4は、
α1>α2>α3>α4
の関係となる。
図10及び図11を参照して、図8に示した筒内ガス主流Q1〜Q4の速度ベクトルについて説明する。図10は、ピストン5の冠面50の平面図であり、筒内ガス主流Q1〜Q4の径方向位置P1〜P4を模式的に示している。径方向位置P1は、径方向Aの外側付近の筒内ガス主流Q1の位置を示している。径方向位置P2、P3、P4は、それぞれ順次径方向内側に位置する筒内ガス主流Q2、Q3、Q4の位置を示している。
図11は、筒内ガス主流Q1〜Q4の速度ベクトルと径方向位置P1〜P4との関係を示す模式図である。筒内ガス主流Q1〜Q4の各速度ベクトルは、円周方向に配向する円周方向成分と、径方向内側へ向かう径方向成分とからなる。大略的に、円周方向成分はスワール方向成分、径方向成分はスキッシュ方向成分ということができる。最も径方向外側の径方向位置P1における筒内ガス主流Q1は、円周方向成分が径方向成分に比べてかなり大きい。つまりQ1は、スワール方向成分が支配的であって、スワール方向への指向性が高い。従って、筒内ガス主流Q1の速度ベクトルは、径方向Aに延びる直線Lに対して直交に近い角度(α1)で交差する。径方向位置P1よりも径方向内側の径方向位置P2における筒内ガス主流Q2の速度ベクトルは、Q1と比較して、円周方向成分が小さく、径方向成分が大きい。但し、Q2の円周方向成分が径方向成分に比べて大きく、スワール方向成分が支配的であることは、Q1と同じである。
一方、径方向位置P2よりも径方向内側の径方向位置P3における筒内ガス主流Q3の速度ベクトルは、円周方向成分よりも径方向成分がやや大きい。そして、径方向Aの最も内側の径方向位置P4における筒内ガス主流Q4の速度ベクトルは、径方向成分が円周方向成分に比べてかなり大きくなっている。つまり、スキッシュ方向成分が支配的であって、スキッシュ方向への指向性が高い。従って、筒内ガス主流Q4の速度ベクトルは、直線Lに対して最も平行に近い角度(α4)で交差する。
直線Lと筒内ガス主流Qとがなす角αが比較的小さい角α4、α3である筒内ガス主流Q4、Q3は、概ね微細溝200が延びる方向に流動する。この場合、図7(B)に示した微細溝200の作用により、筒内ガス主流Q4、Q3(スキッシュ流30)の渦流32を冠面50から離間させ、燃焼室6の冷熱損失を抑制することができる。しかしながら、図9に示すように、直線Lと筒内ガス主流Qとがなす角が比較的大きい角α1、α2である筒内ガス主流Q1、Q2の場合、微細溝200となす角度も大きくなってしまう。この場合、前記冷熱損失の抑制効果は低減し、むしろ渦流32が微細溝200の凹凸に吹き当たることで、冠面50への熱伝達が促進されかねない。
[微細溝パターンの実施形態]
図12は、本実施形態に係る微細溝パターンが採用された、ピストン5の冠面50を示す平面図である。図12では、燃焼室6(冠面50)の径方向を矢印A、円周方向を矢印Bで示している。冠面50(燃焼室壁面/径方向壁面)には、基準面51の内側領域において、燃焼室6の径方向Aの中心側から外側へ放射状に延びる複数の微細溝20が設けられている。微細溝20の放射中心は冠面50の径方向中心Oである。
冠面50は、径方向Aの内側から外側に向けて、2つの円環状の領域、第1環状領域R1と第2環状領域R2とに区分されている。第1環状領域R1は、冠面50(基準面51)においてキャビティ5Cの存在位置に近い径方向Aの内側領域である。第2環状領域R2は、第1環状領域R1よりも径方向外側に位置する外側領域である。具体的には、第1環状領域R1は、キャビティ5Cの開口縁52から径方向外側に向けて所定幅を有する領域である。図12では、基準面51の径方向幅の全長の約半分の長さの幅を第1環状領域R1は有している。そして、第2環状領域R2は、第1環状領域R1の径方向外側の縁部から冠面50の外周縁54に至る領域である。
第1環状領域R1には、径方向A(スキッシュ方向)に延びる多数の微細溝20が配置されている。多数の微細溝20は、第1環状領域R1の内周縁から外周縁にかけて、放射線状に延びている。なお、図12では、微細溝20が第1環状領域R1の一部に刻設されているように描かれているが、これは図示簡略化のためであり、実際は微細溝20が第1環状領域R1の全域に刻設されている。
これに対し、第2環状領域R2は平面である。すなわち、第2環状領域R2には微細溝20に相当する凹凸が形成されていない平面とされている。ここで、「平面」とは、微細溝20が形成されていない意味においての平面であり、比較的大きな凹凸が、第2環状領域R2に存在していても良い。例えば、冠面50には、吸気バルブ11及び排気バルブ12との干渉を防止するためにバルブリセス(弁体11a、12aを受け入れる凹部)が凹設されることがある。第2環状領域R2は、その表面に微細溝20が形成されていない限りにおいて、上記のような凹部が形成されていても良い。
ここで、第1環状領域R1は、筒内ガス主流の速度ベクトルの径方向成分が支配的な領域である。例えば、先に図11に基づいて説明した、スキッシュ方向への指向性が高い筒内ガス主流Q4、Q3が存在する、径方向位置P4、P3に相当する領域である。一方、第2環状領域R2は、筒内ガス主流の速度ベクトルの円周方向成分が支配的な領域である。図11の例では、スワール方向への指向性が高い筒内ガス主流Q1、Q2が存在する、径方向位置P1、P2に相当する領域である。このように、第1、第2環状領域R1、R2の境界は、速度ベクトルの径方向成分が支配的であるか否か、換言するとスキッシュ方向への指向性が高い領域であるか否かに基づいて設定することができる。
図13は、本実施形態に係る微細溝パターンを説明するための模式図であり、第1環状領域R1に形成される微細溝20を平面的に示した図である。図14は、微細溝20の断面形状を示している。図13には、図12に示した径方向A及び円周方向Bに各々対応する矢印A、Bが記載されている。また、第2環状領域R2には微細溝20が形成されないことを示すため、第1環状領域R1には(平面)とだけ記述されている。
微細溝20は、所定長の溝幅Sを有する、断面V字型の溝である。微細溝20は、V字溝の開口縁である一対の頂部201と、V字溝の最深部である谷部202と、一対の頂部201と谷部202との間に存在する一対の傾斜面203とからなる。一対の傾斜面203がなす角度θは、例えば60°に設定することができる。図13では、頂部201を太線で、谷部202を細線で描いている。これは、両者の識別を容易にするためであり、頂部201及び谷部202の実際の幅を示すものではない。なお、微細溝20の形状は適宜選択することができ、図7(B)に示したような断面U字型の溝、或いは断面矩形型の溝等であっても良い。
複数の微細溝20は、円周方向Bに所定の配列ピッチPで配置されている。ここで、図14に示すように、微細溝20の溝幅Sと微細溝20の配列ピッチPとが実質的に同じとされていることが望ましい。すなわち、隣り合う微細溝20が、その頂部201同士が隣接(接合)するように、円周方向Bに配列されていることが望ましい。この場合、微細溝20の延伸方向と直交する断面視(図14)において、隣り合う微細溝20間に頂部201同士の接合部からなる尖った山部が存在する構造、つまり、微細溝20間には平面部が実質的に存在しない構造となる。このような構造とすれば、渦流32が対峙できる平面が存在しなくなるので、より冷熱損失の低減効果を高めることができる。
但し、微細溝20は径方向外側へ放射状に延出する溝であるため、溝幅が一定であれば、一対の微細溝20間には径方向外側へ向かうに連れて広幅となる平面部が形成されるようになる。図5に示したように、冠面50の径方向中心Oから単純に放射状に延びる複数の微細溝200を形成した場合、冠面50の径方向外側領域では微細溝20間の平面が相当広くなり、渦流32が接近できる平面が実質的に形成され得る。しかし、本実施形態では、微細溝20は径方向内側の第1環状領域R1にのみ設けられるので、微細溝20間に過度に広い平面が形成されることはない。
換言すると、径方向に一定幅を有する複数の微細溝20を、所定のピッチで配列できる範囲内を、第1環状領域R1と定めることが望ましい。例えば、第1環状領域R1の内周縁においては、図14に示したような溝幅S≒配列ピッチPで微細溝20を配置する。そして、第1環状領域R1の外周縁は、例えば2S≒P以下程度の平面部、つまり微細溝20間に溝幅Sに相当する幅以下の平面部が形成される径方向位置に定める。これにより、渦流32が対峙して熱伝導を行ってしまう平面が、第1環状領域R1に形成されないようにすることができる。
微細溝20は、様々な加工方法にて冠面50の第1環状領域R1に形成することができる。例えば、第1環状領域R1にレーザー加工を施して微細溝20を刻設する方法、微細溝構造を表面に備えたローラーを第1環状領域R1に押圧、転動させることによって微細溝20を刻設する方法、あるいは、ピストン5を成型する鋳型の内面に微細溝構造を設けておく方法、等を挙げることができる。
ピストン5の表面に遮熱層が設けられる場合がある。例えば、アルミニウム合金AC8Aなどの金属製母材にて鋳造されたピストン5の冠面50に、遮熱層として耐熱性シリコーン樹脂が施工される。この遮熱層により、燃焼室6の熱損失が抑制される。この場合、前記遮熱層の第1環状領域R1に相当する領域に微細溝20が形成される。前記金属製母材に遮熱層が施工された後、上述のレーザー加工或いは微細溝構造付きローラーによって前記遮熱層に微細溝20が刻設される。あるいは、前記遮熱層の形成用として内面に微細溝構造を有する鋳型を準備し、当該鋳型に前記金属製母材を収容して前記遮熱層材料を注型することによって、微細溝20付きの遮熱層が施工される。
[溝幅の決定方法]
続いて、燃焼室6の冷却損失の低減効果を得ることができる微細溝20の溝幅Sの決定方法の一例について、具体的に説明する。微細溝20による冷却損失の低減効果は、溝幅Sを無次元化したS+(無次元溝幅)によって変化する。S+は、溝幅をS[m]、摩擦速度をUτ[m/s]、動粘性係数をν[m2/s]とするとき、次の式(1)で定義される。
式(1)における摩擦速度Uτは、スキッシュ流30(筒内ガス主流Q)の平均流速をUm[m/s]、摩擦係数をCfとするとき、次の式(2)で定義される。
上記式(1)及び式(2)より、溝幅Sは次の式(3)で与えられる。
ここで、摩擦係数Cfは、レイノルズ数Reを用いて、次の式(4)で表すことができる。また、レイノルズ数Reは、次の式(5)で定義される。式(5)において、Dhは水力相当直径[mm]である。
以上の式(1)〜式(5)より、溝幅Sは、次の式(6)にて求めることができる。
ここで、動粘性係数νは、エンジンの負荷によって決まる物理量であり、その数値範囲は、2.34×10−7〜4.5×10−7[m2/s]である。スキッシュ流30の平均流速Umは、エンジンの回転数によって決まる物理量であり、その数値範囲は、0.3〜50[m/s]である。水力相当直径Dhは、燃焼室6の形状によって定まる物理量であり、その数値範囲は、5.5〜6.4[mm]である。
図15は、微細溝20による冷却損失低減効果を示すグラフである。ここでは、筒内ガス主流(スキッシュ流)の流速を所定の値に設定した場合における、微細溝20の無次元溝幅S+と冷却損失低減率との関係を示している。図15のグラフより、冷却損失低減率(燃焼室6の熱損失低減率)は、無次元溝幅S+がゼロを少し超えた辺りから30より少し小さい辺りまでの領域(図15では「低減領域」と表示している)において正の値であり、この低減領域において微細溝による冷却損失低減効果が認められることがわかる。とりわけ、無次元溝幅S+が13〜17である場合に冷却損失低減率が特に大きく、無次元溝幅S+が15である場合に冷却損失低減率が最大になることが分かる。
上記の低減領域で冷却損失低減率が正の値となる理由は、渦流32が微細溝20の溝内に入り込まず、かつ、溝幅Sが渦流32の渦スケールDに対して小さ過ぎないという条件が、無次元溝幅S+が上記低減領域にある場合に満たされるためである。溝幅Sが渦流32の渦スケールDよりも狭広であれば、渦流32は微細溝20内に入り込むことができる。このため、図7(B)に示す状態が形成できず、渦流32を冠面50(径方向壁面)から離間させることができない。また、溝幅Sが渦流32の渦スケールDに対して小さ過ぎると、図7(A)に示す「平坦な燃焼室壁面」に近似してしまい、やはり渦流32を冠面50から離間させることができない。
無次元溝幅S+が30以上になると、冷却損失低減率が負の値に転じている(図15では「悪化領域」と表示している)。その理由は、渦流32が微細溝20の溝内に入り込むためである。渦流32が微細溝20内に入ってしまうと、渦流32による熱輸送の影響が燃焼室壁面の広範囲に及び、悪化領域を生んでしまうものである。
図15に示したように、無次元溝幅S+=15である場合に冷却損失低減率が最大になるため、溝幅Sの決定に際しては、式(6)のS+=15が代入される。式(6)の動粘性係数ν、平均流速Um及び水力相当直径Dhは、それぞれ、エンジンの負荷[kPa]、回転数[rpm]及び燃焼室6の形状に応じた値が代入される。
式(6)を用い、供試ガソリンエンジンについて、異なる運転条件下(負荷及び回転数を変更)において、スキッシュエリアの径方向内側から外側まで(キャビティ5Cの開口縁52から冠面50の外周縁54まで)の望ましい溝幅Sの分布を算出した例を下記に示す。
[回転数] [負荷] [溝幅分布:内側〜外側]
・1000rpm/250kPa: 10〜200μm
・1000rpm/550kPa: 7〜250μm
・2500rpm/900kPa: 2.5〜80μm
・3250rpm/530kPa: 2〜70μm
以上の算出結果より、微細溝20の溝幅Sは、2μm〜250μmの範囲から選ばれることが望ましい。上述の通り、溝幅Sが2μmよりも小さいと燃焼室壁面が平面に近くなり、溝幅が250μmを超過すると渦流32が微細溝20内に入り込み易くなり、いずれも冷却損失低減効果が期待できない。本実施形態において、微細溝20が形成されるのは、スキッシュエリアの全域ではなく、開口縁52に近い第1環状領域R1のみである。従って、2μm〜250μmの範囲内において、第1環状領域R1の径方向位置のスキッシュ流速に応じて、最適な微細溝20の溝幅Sを設定すれば良い。
溝幅Sは上記の通り決定するとして、溝高さhも適正に設定することが望ましい。渦流32を燃焼室壁面(冠面50)からなるべく離間させるには、溝高さhを高くすれば良いことになるが、過度にこれを高くすると燃焼室壁面の表面積が大きくなりすぎる。この場合、表面積の増加に伴う放熱性向上が、渦流32を燃焼室壁面から離間させる効果に勝ってしまう。従って、微細溝20の溝幅Sと、溝高さhとは、S≧hを満たす関係とすることが望ましい。
ここで、溝高さhが低すぎると、渦流32を燃焼室壁面から離間させる効果が比較的小さくなってしまう。従って、h/Sが0.5〜1.0の範囲となるよう、微細溝20の溝幅S及び溝高さhを設定することが特に望ましい。これにより、微細溝20の形成による燃焼室壁面の表面積増加と、渦流32を燃焼室壁面から離間させることによる熱伝導抑制の効果とのバランスを取ることができる。
[本実施形態の効果]
本実施形態に係るエンジンの燃焼室構造によれば、燃焼室6を区画する燃焼室壁面のうち径方向に拡がりをもつ径方向壁面である冠面50の基準面51(スキッシュエリア)が、キャビティ5Cに近い径方向内側の第1環状領域R1と、径方向外側の第2環状領域R2とに区分される。図8〜図11に基づき説明した通り、筒内ガス主流Qは、燃焼室6の径方向外側領域ではスワール方向への指向性が高く、キャビティ5Cに近い径方向内側領域ではスキッシュ方向への指向性が高くなる。
上記の傾向に鑑み、本実施形態の燃焼室構造では、第1環状領域R1には放射状に延びる複数の微細溝20が形成され、第2環状領域R2は微細溝20が形成されない平面とされる。これにより、第1環状領域R1においては、微細溝20によってスキッシュ流30の渦流32を径方向壁面から離間させ、渦流32から冠面50への熱伝達を抑制し、燃焼室6の冷熱損失を抑制することができる。一方、第2環状領域R2に同様な微細溝20を設けた場合、スワール方向に向かう筒内ガス主流Qの流動と微細溝20とがなす角度αが大きくなってしまう。この場合、前記冷熱損失の抑制効果は低減し、むしろ筒内ガス主流Qが含む渦流32が微細溝20の凹凸(頂部201)に吹き当たることで、冠面50への熱伝達が促進されかねない。しかしながら上記の燃焼室構造では、第2環状領域R2は平面とされているので、渦流32の微細溝20への吹き当たりが生じることはなく、前記熱伝達の促進を未然に防止することができる。
また、筒内ガス主流Qの速度ベクトルを、円周方向に配向する円周方向成分と径方向内側へ向かう径方向成分とで表す場合に、第1環状領域R1は、前記径方向成分が支配的な領域であり、第2環状領域R2は、前記円周方向成分が支配的な領域である。そして、第1環状領域R1には微細溝20が形成されるので、この微細溝20に沿って流動する筒内ガス主流(スキッシュ流30)の渦流32を、冠面50から遠ざけることができる。一方、第2環状領域R2は平面とされるので、円周方向へ流動する筒内ガス主流(スワール流33)の渦流35と微細溝20との干渉を未然に防止することができる。
[変形実施形態の説明]
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば下記のような変形実施形態を取ることができる。
(1)上記実施形態では、燃焼室6を形成する燃焼室壁面のうち、径方向Aに拡がりをもつ径方向壁面としてピストン5の冠面50に着目し、この冠面50の第1環状領域R1に微細溝20を形成する例を示した。これに代えて、燃焼室天井面60に図12に示した微細溝パターンを設けるようにしても良い。或いは、燃焼室天井面60の表面に遮熱層を設け、当該遮熱層に微細溝パターンを設けても良い。勿論、冠面50及び燃焼室天井面60の双方に、図12と同様な微細溝パターンを設けても良い。
(2)図16は、本実施形態の変形例に係る微細溝パターンを説明するための模式図である。上記実施形態では、ピストン5の冠面50が、径方向Aに第1、第2環状領域R1、R2の2つに区分される例を示した。これに対し、図16では、さらに第1環状領域R1が、内側環状領域R11と外側環状領域R12との2つに区分される例を示す。内側環状領域R11には第1の溝幅S1の第1微細溝21が配置され、外側環状領域R12には第2の溝幅S2(S1<S2)の第2微細溝22が配置されている。内側環状領域R11と外側環状領域R12とは仮想的に区画された領域であるが、第1微細溝21と第2微細溝22との溝幅差(S1<S2)に起因して、環状領域R11、R12の境界には、断層部Cが形成されている。
上述の通り、燃焼室6内で発生するスキッシュ流30の流速は、燃焼室6の径方向内側へ向かうほど大きくなる傾向がある。また、スキッシュ流30の流速が大きいほど、渦流32の渦スケールD(径)が小さくなる傾向がある。このような現象に鑑みると、第1環状領域R1に配置する微細溝20の溝幅Sを径方向全長に亘って一定幅とするのではなく、スキッシュ流30の流速(渦スケールD)に応じて設定された溝幅を有する微細溝、径方向に複数段配置することが望ましいと言える。図16に示す例では、内側環状領域R11には狭い溝幅S1の第1微細溝21が配置され、外側環状領域R12にはS1よりも広い溝幅S2の第2微細溝22が配置される。従って、冠面50の径方向位置に適した溝幅S1、S2を有する微細溝21、22が配置されるようになり、より高い冷却損失の低減効果を得ることができる。また、内外環状領域R11、R12に適した溝幅の微細溝21、22を配置できるので、微細溝間に平面部が可及的に生じないようにすることができる。なお、第1環状領域R1を3以上の環状領域に区分しても良い。