上記のように、基材上にDLC層を設けた摺動部材(軸受)にあっては、従来のエンジン環境にあっては、比較的良好に機能し、損傷なく使用することができていた。ところが、エンジンの更なる高性能化、高機能化が進められると、特に、ハイブリッド車のように、エンジンの起動、停止を頻繁に繰返す環境下では、摺動部材にとってはより過酷な状況に曝されることになり、摺動部材における摩擦特性のより一層の向上が求められる。そのためには、境界潤滑域での摩擦係数の低減と共に、混合潤滑域、流体潤滑域における油膜形成状態においても摩擦係数を低減させることが重要となる。
この場合、上記特許文献1のように、DLC層上に金属製の軟質なオーバレイ層を設けたものでは、最表面をDLC層としたものに比べて、境界潤滑域における摩擦係数の一定の低減を図ることができる。しかし、混合潤滑域、流体潤滑域での摩擦係数を低減するには不十分であった。そこで、本発明者等は、上記金属オーバレイ層に代えて、DLC層上に、固体潤滑剤を含んだ樹脂コーティングを施すことを試みた。ところが、DLC層上に樹脂コーティング層を設ける場合には、十分な接合性が得られず、樹脂コーティング層が容易に剥れてしまう問題点があった。
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、基材上にDLC層を備えるものにあって、境界潤滑域での摩擦係数の低減を図ると共に、混合潤滑域、流体潤滑域における油膜形成状態においても摩擦係数を低減させることができる摺動部材を提供することにある。
従来では、摺動部材にあっては、耐焼付性の観点から、最表面に熱伝導性の比較的高いものを設けることが常識であり、最表面にあえて熱伝導性の低い層を設けることは考えられなかった。このような状況の中で、本発明者等は、基材上にDLC層を備える摺動部材にあって、摩擦特性の向上を図るべく、鋭意研究を重ねた。その結果、DLC層の表面部に、樹脂コーティング層を設ける積層構造とすることにより、境界潤滑域だけでなく、混合潤滑域、流体潤滑域における油膜形成状態においても摩擦係数を低減させることができることを確認した。
更に、本発明者等は、DLC層と樹脂コーティング層との界面部における水素強度を制御することにより、DLC層と樹脂コーティング層との接合性を飛躍的に高めることができることを見出し、本発明を成し遂げたのである。尚、本発明における「水素強度」とは、周知のGD−OES(グロー放電発光分析法)により測定される、膜の深さ方向に分布する水素量(水素原子濃度)を示す値(単位:V)である。また、本発明における「硬さ」は、周知のナノインデンターにより求められる数値(単位:GPa)である。
即ち、本発明の摺動部材は、基材の表面側に、複数層からなる摺動層を有する摺動部材であって、前記摺動層は、最表面に樹脂コーティング層を備えると共に、前記樹脂コーティング層の直下にダイヤモンドライクカーボン層を備え、前記ダイヤモンドライクカーボン層は、その全体の厚さ寸法Tに対し、表面側の界面から0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の、厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する比の値が、1.0を超え、5.0以下であるところに特徴を有する(請求項1の発明)。
上記構成によれば、摺動層の最表面に軟質な樹脂コーティング層を有し、その樹脂コーティング層が硬いDLC層上に存在することにより、境界潤滑域(摺動層と相手部材(軸)との間の油膜が極めて薄く、相手部材との直接接触が頻繁となる状態)において、相手部材との間での適度な初期なじみ性を得ることができ、摩擦係数を大幅に低減することができる。しかも、樹脂コーティング層は、金属等と比べて熱伝導性が低いため、使用時の摺動による摩擦熱により摺動層の温度がより上昇することになり、その結果、摺動面の潤滑油(オイル)の粘度低下によるせん断抵抗の低下を図ることができる。更には、樹脂コーティング層が摩耗してDLC層が露出した場合には、DLC層の表面において、摩擦熱によるグラファイト化が図られることにより、摩擦特性の向上を図ることができる。これらにより、混合潤滑域(摺動層と相手部材との間に薄い油膜が形成され、相手部材との直接接触も起こっている状態)、及び、流体潤滑域(摺動面に油膜が形成された状態)における摩擦係数も低減させることができる。
ここで、DLC層上に樹脂コーティング層を設ける場合には、そのままでは、十分な接合性が得られない事情があった。これに対し、本発明者等は、DLC層の水素量に着目し、DLC層の表面側の水素量を、厚さ方向全体の平均的な水素量よりも多くすることにより、DLC層と樹脂コーティング層との接合性を十分に高めることができることを確認した。これは、DLC層のsp2及びsp3構造が、接合性の改善に影響しているものと推測される。
本発明においては、DLC層における全体の厚さ寸法Tに対し、DLC層における表面側の、樹脂コーティング層との界面から0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の、厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する比の値が、1.0を超え、5.0以下であることが必要となる。好ましくは、その比の値が1.1以上、4.0以下である。更により好ましくは、1.5以上、3.0以下である。これに対し、比の値が、1.0以下である場合には、十分な接合性が得られず、他方、比の値が、5.0を超える場合でも、接合性の効果に劣るものとなっていた。尚、DLC層の表面部における水素強度を高めるための手法としては、成膜されたDLC層の表面に水素ガスを吹付ける等の水素ガス雰囲気に晒すこと等により、実施することができる。
本発明の樹脂コーティング層は、ベース樹脂として、例えばPAI(ポリアミドイミド)樹脂、PA(ポリアミド)樹脂等、それらの複合物を用いることができる。この場合、樹脂コーティング層には、ベース樹脂に加え、例えば、MoS2、WS2、グラファイト、BN等の固体潤滑剤を含むものとすることができる。更には、Al2O3、CaCO3、TiO2、Fe2O3、SiC等の硬質粒子を含ませても良い。尚、この樹脂コーティング層の硬さSは、例えば、0.1〜1.0GPaとすることができる。また、樹脂コーティング層の厚さ寸法tとしては、例えば、0.5〜10.0μmとすることができる。
本発明のDLC層は、ダイヤモンド及びグラファイト構造からなる非晶質体を主構成として形成されている層である。具体的には、金属含有DLC、弗素含有DLC、水素含有DLC、水素非含有DLC等の各種のDLCを採用することができる。また、このDLC層は、CVD法(化学気相成長法)、PVD法(物理気相成長法)などによって、基材上に形成することができる。成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、DLC層の硬さや膜厚等を制御することができる。尚、このDLC層の硬さHは、例えば5.0〜60GPaとすることができる。また、DLC層の厚さ寸法Tとしては、例えば、1.0〜5.0μmとすることができる。
本発明における基材とは、摺動層を設けるための構成物のことである。例えば、裏金層上に軸受合金層を設けたものを基材として、その軸受合金層上に摺動層を設けることができる。またその際に、軸受合金層とDLC層との間に、各種の中間層を設けることもできる。前記軸受合金層としては、Al基、Cu基等を採用することができる。
本発明においては、前記ダイヤモンドライクカーボン層の硬さHが、5.0〜60GPaであり、前記樹脂コーティング層の硬さSが、0.1〜1.0GPaであると共に、それらの硬さが、10≦H/S≦200の関係式を満たし、且つ、前記樹脂コーティング層の厚さ寸法t(μm)が、0.5≦S×t≦3.0の関係式を満たすように構成することができる(請求項2の発明)。
本発明者等の研究によれば、上記請求項1の構成に加えて、DLC層の硬さH、樹脂コーティング層の硬さS、樹脂コーティング層の厚さ寸法tを、上記関係式を満たすようにすることにより、摩擦特性の向上の効果を、より一層高めることができることが確認された。樹脂コーティング層の硬さSが小さいと、境界潤滑域での摩耗が大きくなって、混合潤滑域への遷移が遅くなる傾向となる。他方、硬さSが大きいと、初期の摩耗が小さくなって、境界潤滑域での摩擦係数が大きくなる傾向にある。DLC層の硬さH及び樹脂コーティング層の硬さSを上記範囲として上記関係式を満たせば、適度に摩耗して初期のなじみが得られると共に、オイルを引込みやすく早期に混合潤滑域に移行することができる。またこのとき、樹脂コーティング層が比較的軟らかい場合には、摩耗量も大きくなるので、厚さを大きくし、樹脂コーティング層が比較的硬い場合には、厚さを小さくすることがより望ましい。
本発明においては、前記樹脂コーティング層が、ベース樹脂に固体潤滑剤及び/又は硬質粒子を含んで構成されていると共に、前記ベース樹脂の割合が、30〜75vol%であることがより好ましい(請求項3の発明)。ベース樹脂の割合を、30〜75vol%とすることにより、なじみ層としての耐久性を長期にわたって維持することができて油膜形成に有利となると共に、適度に摩耗し、早期に混合潤滑域に移行して摩擦係数を低減させることができ、より効果的となる。40〜65vol%がより好ましい。
さらには、前記樹脂コーティング層を構成するベース樹脂の熱伝導率を、0.1〜0.5W/(m・K)とすることが望ましい(請求項4の発明)。これにより、摺動部材の温度上昇を図ることができ、オイル粘度の低下及びDLC層表面のグラファイト化を適度に促進することができる。0.4W/(m・K)以下がより望ましい。ベース樹脂の分子構造を調整、例えばPAIに含まれるアミド基やイミド基のような基の含有率を調整して、分子の配向状態を変化させて熱伝導率を制御するのが良い。
本発明においては、前記基材の表面とは反対側の面に、裏面側樹脂層を設けるようにしても良い(請求項5の発明)。これによれば、摺動層とは反対側の面からの放熱も抑制することができ、摺動部材の保温性を上げてより一層の温度上昇を図ることができる。2〜10μmの厚さが好ましい。尚、この裏面側樹脂層は樹脂のみからなる層であっても良い。また、基材の表面とは反対側の面である裏面のうち、全体でなく部分的に裏面側樹脂層を設けるようにしても、一定の効果を得ることができる。
以下、本発明を、例えば自動車のエンジンのクランクシャフト用のすべり軸受に適用した実施形態について、図1及び図2を参照しながら説明する。後に掲載する表1、表2に示すように、実施例1〜20は、本実施形態に係る摺動部材(すべり軸受)であり、特許請求の範囲の請求項1に記載された構成を備えている。そのうち実施例7〜20の摺動部材は、更に請求項2に記載された通りの構成を備えている。また、実施例15〜20の摺動部材は、更に請求項3に記載された通りの構成を備えている。そして、実施例18〜20の摺動部材は、更に請求項4に記載された通りの構成を備えている。
図1は、本実施形態に係る摺動部材(すべり軸受)11の構成を概略的に示している。この摺動部材11は、基材12の表面(上面)側(矢印U)に、複数層からなる摺動層13を備えている。本実施形態では、前記摺動層13は、図示しないクランクシャフト等の相手部材が摺動する表面側(最表面)に樹脂コーティング層14を備えると共に、その樹脂コーティング層14の直下にDLC層15を備えた二層構造とされている。
尚、詳しく図示はしていないが、前記基材12は、例えば鋼からなる裏金層と、その裏金層の上面(摺動面側)に設けられたAl、Al合金、Cu、Cu合金等からなる軸受合金層とを備えている。また、上記基材12(軸受合金層)とDLC層15との間に、各種の中間層を設けるようにしても良い。
本実施形態において、前記樹脂コーティング層14は、ベース樹脂としてPAI樹脂を用い、そのベース樹脂に加え、例えば、MoS2、WS2、グラファイト、BN等の固体潤滑剤が含まれている(実施例14を除く)。例えば、実施例16では、MoS2を40vol%、グラファイトを10vol%含ませた。必要に応じて、Al2O3、CaCO3、TiO2等の硬質粒子を1〜20vol%程度含ませても良い。表1、2に明記されているように、この樹脂コーティング層14の厚さ寸法tは、0.5〜10μmとされている。そして、樹脂コーティング層14の硬さSは、0.1〜1.0GPaとされている。
前記DLC層15は、具体的には、金属含有DLC、弗素含有DLC、水素含有DLC、水素非含有DLCが採用されている。なお、後述する表1,2では、夫々Me、F、H、Hフリーと記す。このDLC層15の厚さ寸法Tは、例えば、0.5〜10μmとされている。また、このDLC層15の硬さHは、5.0〜60GPaとされている。そして、実施例1〜20のDLC層15は、厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する、表面側の、0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の比の値が、1.1〜5.0となっている。一方、比較例1では0.9、比較例2,3では6.0となっていた。
本実施形態では、表2に示したように、実施例7〜20の摺動部材11は、DLC層15の硬さHと、樹脂コーティング層14の硬さSとが、10≦H/S≦200の関係式を満たす、言い換えると、(H/S)の値が10以上、200以下となるように構成されている。しかも、実施例7〜20の摺動部材11は、樹脂コーティング層14の硬さSと厚さ寸法t(μm)との積が、0.5≦S×t≦3.0の関係式を満たすように構成されている。尚、実施例1〜6の摺動部材11は、それらの関係式から外れており、(H/S)の値が、210又は8とされ、S×tの値が、0.4又は4とされている。
また、表2に示したように、実施例15〜20の摺動部材11は、樹脂コーティング層14のベース樹脂の割合が、30〜70vol%とされている。実施例1〜14の摺動部材11は、樹脂コーティング層14のベース樹脂の割合がその範囲から外れており、20vol%又は80vol%(実施例1〜12)、更には、10vol%(実施例13)、100vol%(実施例14)とされている。
さらには、表2に示したように、実施例18〜20の摺動部材11は、樹脂コーティング層14を構成するベース樹脂の熱伝導率が、0.1〜0.5W/(m・K)とされている。実施例1〜17の摺動部材11は、樹脂コーティング層14を構成するベース樹脂の熱伝導率が、0.8W/(m・K)とやや大きくされている。
上記した摺動部材11は、例えば次の手順で製造される。即ち、まず、鋼からなる裏金層上に、Cu基又はAl基の軸受合金層をライニングすることにより、いわゆるバイメタルからなる基材12が形成される。この基材12は、半円筒状又は円筒状に成形される。成形された基材12は、軸受合金層の表面に、例えばボーリング加工又はブローチ加工等の表面仕上げが施される。
次に、前記基材12(軸受合金層)上に、プラズマCVD法又はPVD法によって、DLC層15を形成する。このとき、成膜条件(出力、ガス条件)を調整することにより、DLC層15の硬さH、膜厚Tを制御することができる。そして、成膜されたDLC層15の表面に対し、例えば水の電気分解により得られた水素ガスを吹付けることにより、DLC層15の表面部(表面側(矢印U)の、0.05Tの厚さ範囲)における水素量を高めるようにする。この後、DLC層15上に、樹脂コーティング層14を形成する。具体的には、ベース樹脂と固体潤滑剤(及び硬質粒子)とを混合すると共に、有機溶剤を添加して塗液状とし、DLC層15上の塗布した後、乾燥、焼成することにより、樹脂コーティング層14を得ることができる。
さて、本発明者等は実施形態の摺動部材11について、DLC層15に対する樹脂コーティング層14の接合性を調べる試験を行った。試験を行うにあたっては、表1、2に示すように、本発明を具体化した実施例1〜20、及び、比較のための比較例1〜3の23種類の試験片(例えば直径46mmの円板)を作製した。なお、表1、2ではCu合金軸受合金層を用いた。表1、2には、実施例1〜20及び比較例1〜3の構成、即ち、樹脂コーティング層14の厚さ寸法t、硬さS、並びに、DLC層15の種類、厚さ寸法T全体の平均水素強度、表面側の0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度、それら平均水素強度の比の値、硬さH等を、試験結果と共に示している。なお、硬さHは、樹脂コーティング層を形成する前のDLC層の表面側の面で、それぞれの試験片において10点ずつ測定したものの平均値を用いた。
上記したように、実施例1〜20では、樹脂コーティング層14の厚さ寸法tは、0.5〜10.0μmとされ、硬さSは、0.1〜1.0GPaとされている。DLC層15の硬さHは、5.0〜60GPaとされている。そして、DLC層15の厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する、表面側(矢印U)の界面から0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の比の値が、1.0を超え、5.0以下となっている。
これに対し、比較例1〜3では、樹脂コーティング層114(比較例3ではSnめっき層214)の厚さ寸法t、硬さS、DLC層115の硬さHは、実施例1、2等と同等とされているのであるが、DLC層115の厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する、表面側(矢印U)の界面から0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の比の値が、比較例1では、1.0以下である0.9とされ、比較例2、3では、5.0を超える6.0とされている。
尚、実施例1〜20に関しては、樹脂コーティング層14の硬さSと厚さ寸法t(μm)との積(S×t)の値、DLC層15の硬さHと樹脂コーティング層14の硬さSとの比の値(H/S)の値、樹脂コーティング層14中のベース樹脂の割合(vol%)、樹脂コーティング層14を構成するベース樹脂の熱伝導率(W/(m・K))についても、併せて示している。
DLC層15に対する樹脂コーティング層14の接合性の試験は、次のようにして行われる。即ち、図2に示すように、試験片の表面(樹脂コーティング層14の上面)に評価用の治具16をエポキシ接着剤17により固定する。そして、引張試験機により治具16を引張り、試験片から樹脂コーティング層14を剥離させる。このとき、樹脂コーティング層14内での剥離(破断)が行われている場合は、接合性が良好であると評価(判定)される。これに対し、DLC層15との界面で剥離している場合は、接合性が不良であると評価される。表1には、試験結果として、接合性が良好であれば「○」、不良である場合は「×」で示している。樹脂コーティング層114、Snめっき層214を用いたものにも同様に試験を行った。
更に、接合性が良好であった上記実施例1〜20及び比較例3の試料に関しては、境界潤滑域での摩擦係数、低摩擦係数を得られた実施例1〜20の試料に関しては、混合潤滑域への移行早さを調べるための周知のボールオンディスク試験を行った。詳しい説明は省略するが、このボールオンディスク試験では、垂直軸を中心に回転する試験片に対し、その上面外周部に同一位置で転動する鋼球を例えば荷重1Nで載置し、それらの相対速度を一定(例えば500mm/s)に保ったまま、速度を可変させ、鋼球と試験片との間にあるオイル(例えばSAE♯10)が引込まれる速度を変化させて各引込み速度における摩擦係数を測定した。試験結果は、次の表2に示す通りであり、ここでは、境界潤滑域での摩擦係数μb、及び、摩擦係数μbの低下が開始する(μbが0.01低下する)引込み速度Vmを記載している。
この試験結果から明らかなように、DLC層15上に樹脂コーティング層14を有すると共に、DLC層15の厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する、表面側(矢印U)の界面から0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の比の値を、1.0を超え、5.0以下とした実施例1〜20の摺動部材11は、いずれも、樹脂コーティング層14との接合性が良好であった。これに対し、DLC層15の厚さ寸法T全体の平均水素強度に対する、表面側(矢印U)の界面から0.05Tの厚さ範囲における平均水素強度の比の値が、1.0以下である比較例1では、十分な接合性が得られず、他方、比の値が、5.0を超える比較例2でも、接合性の効果に劣るものとなっていた。
そして、実施例1〜20の摺動部材11にあっては、境界潤滑域での摩擦係数μbが比較的小さく、且つ、摩擦係数μbの低下が開始する引込み速度Vmが比較的小さく、早期に混合潤滑域(ひいては流体潤滑域)に移行するものとなった。これは、摺動層13の最表面に軟質な樹脂コーティング層14を有し、その樹脂コーティング層14が硬いDLC層15上に存在することにより、境界潤滑域において、相手部材との間での適度な初期なじみ性を得ることができ、摩擦係数を大幅に低減することができたものと考えられる。しかも、樹脂コーティング層14は、金属等と比べて熱伝導性が低いため、使用時の摺動による摩擦熱により摺動層13の温度がより上昇することになり、その結果、摺動面の潤滑油(オイル)の粘度低下によるせん断抵抗の低下を図ることができる。更には、樹脂コーティング層14が摩耗してDLC層15が露出した場合には、DLC層15の表面において、摩擦熱によるグラファイト化が図られることにより、摩擦係数の低減を図ることができる。これらにより、境界潤滑域に加えて、混合潤滑域、及び、流体潤滑域における摩擦係数も低減させることができるのである。
そして、実施例の中を見てみると、DLC層15の硬さHと、樹脂コーティング層14の硬さSとが、10S≦H≦200Sの関係式を満たし((H/S)の値が10以上、200以下)、且つ、樹脂コーティング層14の硬さSと厚さ寸法t(μm)との積が、0.5≦S×t≦3.0の関係式を満たす実施例7〜20の摺動部材11は、それらの関係式から外れている実施例1〜6の摺動部材11に比べて、摩擦係数μb及び引込み速度Vmについて、より優れた傾向にあった。
これは、樹脂コーティング層14の硬さSが小さいと、境界潤滑域での摩耗が大きくなって、混合潤滑域への遷移が遅くなる傾向となり、他方、硬さSが大きいと、初期摩耗が小さくなって、境界潤滑域での摩擦係数が大きくなる傾向にあると考えられる。DLC層15の硬さH及び樹脂コーティング層14の硬さSを上記範囲として上記関係式を満足させれば、適度に摩耗して初期のなじみが得られると共に、オイルを引込みやすく早期に混合潤滑域に移行することができる。またこのとき、樹脂コーティング層14が比較的軟らかい場合には、摩耗量も大きくなるので、厚さtを大きくし、樹脂コーティング層14が比較的硬い場合には、厚さtを小さくすることが望ましいことも分かった。
また、樹脂コーティング層14のベース樹脂の割合を、30〜75vol%の範囲とした実施例15〜20の摺動部材11は、その範囲からは外れている実施例1〜14の摺動部材11と比べて、摩擦係数μb及び引込み速度Vmについて、より良好な結果が得られた。これは、樹脂コーティング層14のベース樹脂の割合を、30〜75vol%とすることにより、なじみ層としての耐久性を長期にわたって維持することができて油膜形成に有利となると共に、適度に摩耗し、早期に混合潤滑域に移行して摩擦係数を低減させることができたものと考えられる。
さらには、樹脂コーティング層14を構成するベース樹脂の熱伝導率を、0.1〜0.5W/(m・K)とした実施例18〜20の摺動部材11は、熱伝導率が比較的高い実施例1〜17の摺動部材11と比べて、摩擦係数μb及び引込み速度Vmについて、より一層優れた結果が得られている。これは、熱伝導率がより低いベース樹脂を採用することにより、より一層の摺動部材11の温度上昇を図ることができ、オイル粘度の低下及びDLC層15表面のグラファイト化を適度に促進することができるものと考えられる。
図3は、本発明の他の実施形態に係る摺動部材21の断面構成を模式的に示している。この実施形態に係る摺動部材21が、上記した実施形態の摺動部材11と異なるところは、前記基材12の摺動層13とは反対側の面に、裏面側樹脂層22を設けた点にある。この裏面側樹脂層22は、例えばPAI樹脂やPA樹脂やそれらの複合物のみから構成されている。このような構成によれば、基材12の表面側(矢印U)とは反対側の面からの放熱も抑制することができ、摺動部材21の保温性を上げてより一層の温度上昇ひいてはオイルの粘度低下を図ることができる。尚、軸受合金層の材質としてAl基を採用した場合も同様の試験結果を得た。
その他、本発明の摺動部材は、上記した各実施形態(各実施例)に限定されるものではなく、例えば、裏金層や軸受合金層の材質や厚さ寸法、DLC層や樹脂コーティング層の形成方法等についても、様々な変更が可能である。また、各成分には不可避的不純物が含まれ得る。更には、摺動部材は、自動車のエンジン用のすべり軸受に限らず、様々な用途に使用することができる等、本発明は要旨を逸脱しない範囲内で適宜変更して実施し得るものである。