JP6174061B2 - 圧電性酸化物単結晶基板の製造方法 - Google Patents

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本発明は、弾性表面波素子などに用いる圧電性酸化物単結晶基板の製造方法に関する。
近年の携帯電話の通信システムは、複数の通信規格をサポートし、各々の通信規格は複数の周波数バンドから構成される形態へと進展している。このような携帯電話の周波数調整・選択用の部品として、例えば圧電基板上に弾性表面波を励起するための櫛形電極が形成された弾性表面波(「SAW」:Surface Acoustic Wave)デバイスが用いられている。
そして、この弾性表面波デバイスには、小型で挿入損失が小さく、不要波を通さない性能が要求されるため、その材料として、タンタル酸リチウム:LiTaO(以下、「LT」と記すこともある)やニオブ酸リチウム:LiNbO(以下、「LN」と記すこともある)などの圧電材料が用いられる。特に、第四世代の携帯電話の通信規格は送信受信の周波数バンド間隔が狭かったり、バンド゛幅が広いものが多いが、一方で、温度により弾性表面波デバイス用材料の特性が変化して周波数選択域がずれるため、フィルタやデュプレクサ機能に支障を来す問題が生じている。それ故、温度に対して特性変動が少なく、帯域が広い弾性表面波デバイス用の材料が渇望されている。
また、弾性表面波デバイスの製造プロセスにおいて、その材料に100〜300℃の温度をかける工程が複数あるため、その弾性表面波デバイス用材料に焦電性があると、この材料に1KVを超す帯電が発生し放電が発生する事態となる。この放電は、弾性表面波デバイスの製造歩留まりを低下させることになるので好ましくない。また、弾性表面波デバイス用材料の帯電が時間と共に減衰する程度の弱い焦電性であるとしても、温度変化によって弾性表面波デバイスの電極にノイズが発生するので好ましくない。
一方で、特許文献1には、電極材料に銅を用いた、主に気相法により得られるストイキオメトリー組成LTは、IDT電極に高い電力が入力される瞬間に破壊されるブレークダウンモードが生じにくくなるために好ましいと記載されている。特許文献2にも、気相法により得られるストイキオメトリー組成LTに関する詳細な記載がある。また、特許文献5及び非特許文献2にも、気相平衡法により、厚み方向に渡ってLT組成を一様にLiリッチに変質させたLTを弾性表面波素子に用いると、その周波数温度特性が改善されて好ましい旨の報告がある。
しかし、これら特許文献に記載の方法では、必ずしも好ましい結果が得られないことが判明した。特に、特許文献5に記載の方法によると、気相でウェハを処理するために1300℃程度の高温で60時間という長時間を要するため、製造温度が高く、ウェハの反りが大きく、クラックの発生率が高いために、生産性が悪く、弾性表面波デバイス用材料としては高価なものとなってしまうという問題がある。しかも、LiOの蒸気圧が低くLi源からの距離によっては被改質サンプルの改質度にバラツキが生じるために、特性のバラツキも大きく、工業化するためにはかなり改善が必要である。
また、特許文献5には、板厚0.5mmt、処理温度1200℃〜1350℃という製造条件に関する記載があるが、これは、古くからの製造方法そのままであり、弾性表面波素子に求められる基板厚よりかなり厚いものである。気相処理後にこの基板を薄くして所望の厚さに仕上げることも考えられるが、Liを拡散させて歪を与えているために、加工中の割れの発生率が高くなるうえに、加工コストも高くなるし、0.5mmtを0.25mmtの厚さにするにはその半分を削り落とすこととなるため、材料コストを考えても高コストになることは明らかである。
さらに、特許文献5に記載の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板では、本発明者らによる調査の過程において、弱い焦電性を有することが判明したので、この焦電性を除去するために、その一例として、特許文献6に記載の方法によって焦電性除去を行ったところ、焦電性を完全に除去することは不可能であった。
次に、特許文献3には、LiNbOやLiTaOなどをプロトン交換し、LiNbOやLiTaOなどの表層に屈折率分布をつける製造方法が記載されている。しかし、プロトン交換を施してしまうと、LiNbOやLiTaOなどの圧電性が損なわれてしまうために、弾性表面波デバイス用材料として使用できなくなるという問題がある。
また、非特許文献1には、2重ルツボによる引き上げ法により作成した定比組成の38.5°回転YカットのLiTaO(以下、「ストイキオメトリー組成LT又はSLT」と記すことがある)は、通常の引き上げ法により作成した組成比が一致する溶融組成LiTaO(以下、「コングルーエント組成LT又はCLT」と記すことがある)と比べて、電気機械結合係数が20%も高く好ましいと記載されている。しかし、非特許文献1に記載のLTを用いる場合には、そのSLTの引き上げ速度が通常の引き上げ方法の場合と比べて、1桁小さく、コスト高となるため、このままの方法では、SLTを弾性表面波デバイスの用途に用いることは難しいという問題がある。
「ITを支えるオプトメディア結晶の実用開発」科学技術振興調整費成果報告書、2002年、北村健二 Bartasyte、A.et.al、"Reduction of temperature coefficient of frequency in LiTaO3 single crystals for surface acoustic wave applications"Applications of Ferroelectrics held jointly with 2012 European Conference on the Applications of Polar Dielectrics and 2012 International Symp Piezoresponse Force Microscopy and Nanoscale Phenomena in Polar Materials (ISAF/ECAPD/PFM)、 2012 Intl Symp、2012、Page(s):1−3
特開2011−135245号 米国特許第6652644号(B1) 特開2003−207671号 特開2013−66032号 WO2013/135886(A1) 特許第4220997号
そこで、本発明は、上記の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、生産性が良く、低コストで、しかもワレや反りの問題がなく、温度特性が良好な圧電性酸化物単結晶基板の製造方法を提供することである。
発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を行ったところ、概略コングルーエント組成の基板にLi拡散の気相処理を施して、基板表面ほどLi濃度が高く、内部へ行くに従ってLi濃度が減少するプロファイルを示す結晶構造に改質すれば、板厚方向の中心部付近まで一様なLi濃度の結晶構造に改質しなくても、弾性表面波素子用として、反りが小さく、ワレやキズがない、温度特性が良好な圧電性酸化物単結晶基板が得られることを見出して、本発明に至ったものである。
すなわち、本発明は、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成からなる酸化物単結晶インゴットをスライスして酸化物単結晶基板を切り出す工程と、平均粒径が0.1μm以上100μm以下であるLi化合物を含む粉体の中に基板を埋め込む工程と、酸素が含まない雰囲気において、850℃〜1000℃で、20時間〜50時間の加熱によって前記基板の表面から内部へLiを拡散させて、表面ほどLi濃度が高く、内部へ行くに従ってLi濃度が減少するプロファイルを示すように改質する気相処理工程と、この基板を研磨加工する工程と、を含むことを特徴とするものである。
また、本発明の気相処理工程は、例えば、窒素雰囲気、不活性ガス雰囲気又は真空の酸素が含まない雰囲気で行うことが好ましい。その場合、Li拡散による改質を表面から厚さ方向の深さで10μm〜50μmの範囲まで行うことが好ましく、改質された範囲の少なくとも一部の組成は疑似ストイキオメトリー組成になっていることが好ましい。また、気相処理工程後に基板をキュリー温度以上でアニール処理を施すことが好ましい。
さらに、本発明の基板の厚さは、200μm以上400μm以下であることが好ましく、酸化物単結晶は、タンタル酸リチウムであることが好ましい
本発明によれば、従来の方法と比べて、低い温度で、短時間に、温度特性が良好な圧電性酸化物単結晶基板を製造することができるので、反りが小さく、ワレやキズのない基板を、生産性良く、低コストで製造することができる。
図1は、実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板のラマンプロファイルを示すものである。 図2は、実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した直列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。 図3は、実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した並列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。 図4は、実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの反共振周波数の温度依存性を示すものである。 図5は、実施例1で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの共振周波数の温度依存性を示すものである。 図6は、実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板のラマンプロファイルを示すものである。 図7は、実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した直列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。 図8は、実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成した入出力端子を施した並列共振SAWレゾネータの挿入損失波形を示すものである。 図9は、実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの反共振周波数の温度依存性を示すものである。 図10は、実施例2で得られたタンタル酸リチウム単結晶基板に形成したSAWレゾネータの共振周波数の温度依存性を示すものである。
以下、本発明の実施形態について詳細に説明するが、本発明は、これに限定されるものではない。
本発明は、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成からなる酸化物単結晶インゴットから、これをスライスして小片の基板(以下、「ウェハ」又は「小片」と記すことがある)を切り出し、Li化合物を含む粉体の中にこれを埋め込むと共に、酸素が含まない雰囲気において、基板表面から内部へLiを拡散させるために、850℃〜1000℃で10時間〜50時間程度加熱する気相処理を施して、表面ほどLi濃度が高く、内部へ行くに従ってLi濃度が減少するプロファイルを示すように改質することを主な特徴とするものである。本発明により製造される圧電性酸化物単結晶基板の材料としては、タンタル酸リチウム、ニオブ酸リチウム、四ホウ酸リチウムなどのリチウム化合物が挙げられる。
ここで、本発明における「疑似ストイキオメトリー組成」とは、材料によって異なるが、例えば、タンタル酸リチウム単結晶基板においては、Li/(Li+Ta)が0.490〜0.510である組成を示し、ニオブ酸リチウム単結晶基板においては、Li/(Li+Nb)が0.490〜0.510である組成を示す。他の材料についても技術常識に基づいて「疑似ストイキオメトリー組成」を定義すればよい。
粉体に含まれるLi化合物の材料は、特に限定されないが、改質処理工程が施される酸化物単結晶基板材料と同様の元素を含む化合物であることが好ましい。例えば、酸化物単結晶基板の材料がLiTaOである場合は、LiTaOを粉体材料の主成分とすることが好ましく、LiNbOである場合はLiNbOを粉体材料の主成分とすることが好ましい。また、粉体は単一の化合物からなってもよいが、複数の化合物の混合物であってもよい。
また、本発明のLi拡散の気相処理は、リチウムを結晶構造中の欠損部分に充填し、タンタルとリチウムの比率が1:1のストイキオメトリーの比率に近づける手法であり、この気相処理を酸素が存在する雰囲気よりも酸素が含まない、例えば、窒素雰囲気、不活性ガス雰囲気又は真空の何れかの雰囲気で行う方がLiの拡散が進んでいくため、処理時間の短縮化により、基板の反りを小さくすることができるので好ましい。
その理由は、必ずしも明らかではないが、反応雰囲気を、例えば、窒素雰囲気とすることで結晶構造にLi欠損部位以外に酸素欠損部位が生じてしまうために、この酸素欠損部位を利用してLiの拡散が進んでいくのではないかと考えられる。また、Liが元来のLi欠損部位を充填すること以外に、この酸素欠損部位と何らかの相互作用が働いて、結果として、従来にない新しい結晶構造ができているのではないかとも考えられる。
また、本発明のLi拡散の気相処理は、850℃〜1000℃で10時間〜50時間程度行うことが好ましい。加熱温度が高温すぎると、基板の反りが大きくなり、生産性も悪くなる。また、処理時間が短いと、比較例2の場合のように、そのSAW応答特性が劣化するし、一方、処理時間が長すぎると、反りが大きくなって生産性を悪化させるからである。
さらに、本発明の気相処理工程では、Li拡散による改質を表面から厚さ方向の深さで10μm〜50μm程度の範囲まで行うことが好ましい。改質の深さが10μmより浅いと、SAW応答特性が劣化するし、50μmより深くまで改質させると、その処理温度が高く、時間も長くなるために、反りやワレの問題が生じて好ましくないからである。
本発明の気相処理工程では、改質された範囲の少なくとも一部の組成が疑似ストイキオメトリー組成となるように改質することが好ましい。特に、基板の表面の組成が疑似ストイキオメトリー組成となるように改質することが好ましい。
ここで、本発明における「疑似ストイキオメトリー組成」とは、材料によって異なるが、例えば、タンタル酸リチウム単結晶基板においては、Li/(Li+Ta)が0.490〜0.510である組成を示し、ニオブ酸リチウム単結晶基板においては、Li/(Li+Nb)が0.490〜0.510である組成を示す。他の材料についても技術常識に基づいて「疑似ストイキオメトリー組成」を定義すればよい。
圧電性酸化物単結晶基板の組成を評価する方法としては、キュリー温度測定などの公知の方法を用いればよいが、ラマン分光法を用いることによって非破壊で局所的な組成を評価することが可能である。
タンタル酸リチウム単結晶やニオブ酸リチウム単結晶については、ラマンシフトピークの半値幅とLi濃度(Li/(Li+Ta)の値)との間に、おおよそ線形な関係が得られることが知られている(2012 IEEE International Ultrasonics Symposium Proceedings、Page(s):1252-1255、Applied Physics A 56、311-315 (1993)参照)。したがって、このような関係を表す式を用いれば、酸化物単結晶基板の任意の位置における組成を評価することが可能である。
ラマンシフトピークの半値幅とLi濃度との関係式は、組成が既知であり、Li濃度が異なるいくつかの試料について、ラマン半値幅を測定することによって得られるが、ラマン測定の条件が同じであれば、文献などで既に明らかになっている関係式を用いてもよい。例えば、タンタル酸リチウム単結晶については、下記式(1)を用いてもよく(2012 IEEE International Ultrasonics Symposium Proceedings、Page(s):1252-1255参照)、ニオブ酸リチウム単結晶については下記式(2)または(3)を用いてもよい(Applied Physics A 56、311-315 (1993)参照)。
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM)/100 (1)
Li/(Li+Nb)=(53.03−0.4739FWHM)/100 (2)
Li/(Li+Nb)=(53.29−0.1837FWHM)/100 (3)
ここで、FWHMは、600cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅であり、FWHMは、153cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅であり、FWHMは、876cm−1付近のラマンシフトピークの半値幅である。なお、測定条件の詳細については、各文献を参照されたい。
本発明の基板の厚さは、200μm以上400μm以下であることが好ましい。基板の厚さが厚すぎると、処理温度を高く設定せざるを得ないし、処理時間も長くなることから、反りが小さく、ワレやキズのない基板を得ることが困難になるからである。
なお、本発明の製造方法では、焦電性がない温度特性の良好なLT基板を製造することができるが、焦電性がやや劣る場合でも、反りやワレ等の問題がなく、SAW波形特性が良好であれば、弾性表面波素子用として十分に使用可能である。
本発明に使用するLi化合物を含む粉体の平均粒径は、0.1μm以上100μm以下であることが好ましく、1μm以上50μm以下であることがより好ましい。粉体の平均粒径が100μmを超えて大きい場合は、気相処理工程において、粉体と酸化物単結晶基板との接触が不均一になるため、基板面内のLi拡散のばらつきが大きくなり、製造した圧電性酸化物単結晶基板の特性ばらつきが顕著となるので好ましくない。
ここで、本発明の粉体の「平均粒径」とは、レーザ回折・散乱法により粒径分布を測定し、各粒径の粒子の体積で重みづけした平均径(体積平均径)をもって「平均粒径」とする。そして、粒径分布の分布幅やばらつきの小さい方が、粉体と酸化物単結晶基板との接触が均一となるために好ましい。
次に、本発明を実施例に基づいて具体的に説明する。
<実施例1>
実施例1では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウェハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li3TaO4を主成分とするLi、Ta、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li3TaO4を主成分とする粉体として、Li2CO3:Ta2O5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1300℃で12時間焼成したものを用いた。
この粉体0.1gをエタノールに分散させて、その粒径分布を測定した(日機装(株)製マイクロトラックMT3300II)ところ、得られた平均粒径は78μmであり、最大粒径は262μmあった。そして、このようなLi3TaO4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li3TaO4粉中にスライスウェハを複数枚埋め込んだ。
次に、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN雰囲気として、950℃で36時間加熱して、スライスウェハの表面から中心部へLiを拡散させて、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。その後、この処理を施したスライス基板に、大気下でキュリー温度以上の750℃で12時間アニール処理を施した。また、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
このように製造した基板の1枚について、レーザーラマン分光測定装置(HORIBA Scientific社製LabRam HRシリーズ、Arイオンレーザー、スポットサイズ1μm、室温)を用いて、この基板の外周側面から1cm以上離れた任意の部分について、表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、図1に示すラマンプロファイルの結果が得られた。
図1のラマンプロファイルの結果によれば、この基板は、基板の深さ方向に約5μm〜約50μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大するプロファイルを示した。
以上の結果から、実施例1で製造された基板は、基板の深さ方向に約5μm〜約50μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示すことが確認できた。
また、基板表面のラマン半値幅は、約6.1cm-1であるので、下記式(1)を用いると、基板表面の組成はおおよそLi/(Li+Ta)=0.501であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることが分かった。
Li/(Li+Ta)=(53.15−0.5FWHM)/100 (1)
さらに、このLi拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。さらに、これらタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、実施例1の基板は、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
次に、Zカット及び38.5°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例1の基板は、圧電性を有するから、弾性表面波素子として使用可能であることを確認することができた。
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から50μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
以上の結果から、実施例1の基板は、その表層部から50μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、50μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
次に、Liの拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、スパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した。その後、この処理を施した基板にレジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。
そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、図2及び図3に示す結果が得られた。図2及び図3は、そのときのSAW波形特性をそれぞれ示すものであり、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板のSAW波形特性を併せて図示している。
したがって、この結果から、実施例1の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
次に、実施例1の基板の中央部と中央から結晶X軸方向に±20mm離れた場所におけるSAWの音速vrを、図3と同様の並列共振タイプの2ポート共振子の挿入損失図のディップ位置の周波数を共振周波数fa(MHz)とし、波長が4.8μmであることから、下記式(4)により算出した。
vr=fa×4.8(m/s) (4)
その結果、基板の中央部と中央から結晶X軸方向に±20mm離れた場所の3点におけるSAWの音速vrのバラツキは、2m/s以下であった。また、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の前記と同様の3点の場所の音速バラツキは、1m/s以下であった。
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、図4及び図5に示す結果が得られた。この結果によれば、実施例1の反共振周波数の温度係数は、図4から、-19ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、図5から、-15ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-17ppm/℃であった。また、比較のために、Li拡散処理を施さない38.5°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-42ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-32ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であった。
したがって、実施例1の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
<実施例2>
実施例2では、実施例1の場合と同様に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットから、これをスライスして、Zカット及び42°回転Yカットタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウェハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、実施例1と同じ条件でLi拡散処理を施して、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。
次に、この実施例2では、実施例1と異なるアニール処理条件で、すなわちN2下でキュリー温度以上の1000℃で12時間のアニール処理をスライスウェハに施した。その後、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工とを行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。この場合、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、図6に示すラマンプロファイルの結果が得られた。図6の結果によれば、この基板は、基板表面から深さ方向に約50μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大するプロファイルを示した。
以上の結果から、実施例2で製造された基板は、基板表面から深さ方向に約50μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示すことが確認できた。
また、基板表面のラマン半値幅は、約6.9cm-1であるので、実施例1と同様に前記式(1)を用いて算出すると、基板表面の組成は、おおよそLi/(Li+Ta)=0.497であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることが分かった。
さらに、Li拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、50μmと小さい値であり、また、ワレやヒビは観測されなかった。さらに、これらのタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
次に、実施例2では、Zカット及び42°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、この小片の主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。また、この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答を示す波形も得られた。
したがって、この結果から、実施例2の基板も、圧電性を有するから、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
次に、実施例1と同様に、片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この反対の面についても同様にハンドラップで表層から50μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。また、実施例1と同様に、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
したがって、以上の結果から、実施例2の基板も、その表層部から50μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、50μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
次に、実施例2でも、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの42°Yカットのタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、そのSAW特性を確認したところ、図7及び図8に示す結果が得られた。図7及び図8は、そのときのSAW波形特性を示すものであり、比較のために、Liの拡散処理を施さない42°Y カットのタンタル酸リチウム単結晶基板のSAW波形特性を併せて図示している。
したがって、この結果から、実施例2の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
また、実施例1と同様に、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、図9及び図10に示す結果が得られた。この結果によれば、実施例2の反共振周波数の温度係数は、図9から、-19ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、図10から、-21ppm/℃(図10)であるから、平均の温度係数は、-20ppm/℃であった。また、比較のために、Li拡散処理を施さない42°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-42ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-32ppm/℃(図10)であるから、平均の周波数温度係数は、-37ppm/℃であった。
したがって、実施例2の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
<実施例3>
実施例3では、実施例1と同じく、Zカット及び38.5°回転Yカットの300μm厚の概略コングルーエント組成のタンタル酸リチウム基板を用いて、実施例1と同様にラップ加工及び平面研磨加工を施すと共に、実施例1と同じ条件のLi拡散処理、アニール処理及び仕上げ研磨加工を施して、複数枚の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。
次に、実施例3では、基板を複数枚重ねた状態で、実施例1及び実施例2では行っていない単一分極化処理をキュリー点以上である750℃の温度で基板の概略+Z方向に電界を印可して行った。そして、この単一分極化処理を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。この基板をホットプレートで加熱して表面電位を観察したところ、電圧は2kVであった。
以上の結果から、実施例3の基板は、実施例1の場合と同様に、反りが小さく、表面にワレやヒビも見られなかったが、これに加熱処理を施すと、強い焦電性を示すものであった。この強い焦電性は、単一分極化処理を施したために生じたものであり、温度特性が実施例1及び実施例2と比べてやや劣るが、通常のLTよりは良いことを確認することができた。
また、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出してその圧電波形を観測したところ、実施例1と同じく、圧電性を示す結果が得られたので、弾性表面波素子用として使用可能であることを確認することができた。
さらに、実施例1と同じ条件のLi拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施して、その反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、反共振周波数の温度係数は、-32ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-29ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-31ppm/℃であった。
したがって、実施例3の基板も、図4及び図5に示す比較のための基板(Li拡散処理がなされていない基板)と比べて、その平均の周波数温度係数がやや小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性がやや良好であることを確認することができた。
<実施例4>
実施例4では、実施例1と同じく、Zカット及び38.5°回転Yカットの300μm厚の概略コングルーエント組成のタンタル酸リチウム基板を用いて、実施例1と同様にラップ加工及び平面研磨加工を施すと共に、実施例1と同じ条件のLi拡散処理、アニール処理及び仕上げ研磨加工を施して、複数枚の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。ただし、実施例4のLi拡散処理工程では、Li3TaO4を主成分とする粉体として、Li2CO3:Ta2O5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1300℃で12時間焼成し、目開き45μmのふるいにかけたものを用いた。この粉体を実施例1と同様の方法で測定した平均粒径は、25μmで最大粒径は45μmであった。また、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、実施例1の図1とほぼ同様なラマンプロファイルを示し、基板表面から深さ方向に約50μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大するプロファイルを示すことが確認できた。
以上の結果から、実施例4で製造された基板は、基板表面から深さ方向に約50μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示すことが確認できた。
次に、実施例4の基板の中央部と中央から結晶X軸方向に±20mm離れた場所におけるSAWの音速vrを、図3と同様の並列共振タイプの2ポート共振子の挿入損失図のディップ位置の周波数を共振周波数fa(MHz)とし、波長が4.8μmであることから、前記式(4)により算出した。
その結果、基板の中央部と中央から結晶X軸方向に±20mm離れた場所の3点におけるSAWの音速vrのバラツキは、1m/s以下であった。したがって、実施例4では、実施例1のSAWの音速vrのバラツキ(2m/s以下)よりも小さくなることが分かった。
<実施例5>
実施例5では、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Nbの比が48.5:51.5の割合の4インチ径ニオブ酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び41°回転Yカットのニオブ酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、必要に応じて、各スライスウエハの面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、その仕上がり厚みを250μmとした。
次に、片側表面を平面研磨によりRa値で0.01μmの準鏡面に仕上げた基板を、Li3NbO4を主成分とするLi、Nb、Oから成る粉体の中に埋め込んだ。この場合、Li3NbO4を主成分とする粉体として、Li2CO3:Nb2O5粉をモル比で7:3の割合に混合し、1000℃で12時間焼成したものを用いた。そして、このようなLi3NbO4を主成分とする粉体を小容器に敷き詰め、Li3NbO4粉中にスライスウエハを複数枚埋め込んだ。
その後、この小容器を電気炉にセットし、その炉内をN雰囲気として、900℃で36時間加熱して、スライスウエハの表面から中心部へLiを拡散させて、概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。また、この処理を施したスライス基板に、N2下でキュリー温度以上の750℃で12時間アニール処理を施した。
さらに、その粗面側をサンドブラストによりRa値で約0.15μmに仕上げ加工を行うと共に、その概略鏡面側を3μmの研磨加工を行って、複数枚のニオブ酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板はキュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である876cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、この基板は、基板の深さ方向に約5μm〜約60μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどラマン半値幅の値が減少し、基板中心部に近いほどラマン半値幅の値が増大するプロファイルを示した。また、基板表面のラマン半値幅は17.8cm-1であり、深さ方向に62μm以下の位置でのラマン半値幅は23.0cm-1であった。
以上の結果から、実施例5では、基板の深さ方向に約5μm〜約60μmの範囲にかけて、基板表面に近いほどLi濃度が高く、基板中心部に近いほどLi濃度が減少する濃度プロファイルを示すことが確認できた。
また、基板表面のラマン半値幅は約17.8cm-1であるので、下記式(3)を用いて算出すると、その範囲の組成は、おおよそLi/(Li+Nb)=0.500であり、疑似ストイキオメトリー組成になっていることが分かった。
Li/(Li+Nb)=(53.29−0.1837FWHM)/100 (3)
次に、このLi拡散を施した4インチ基板の反りをレーザ光による干渉方式で測定したところ、その値は50μmと小さい値であり、ワレやヒビは観測されなかった。また、これらタンタル酸リチウム単結晶基板をホットプレートで加熱し、その表面電位を測定したところ、電圧は0Vであったので、実施例5の基板は、これに加熱処理を施しても、表面に焦電性がないことを確認することができた。
また、Zカット及び41°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、実施例5の基板は、圧電性を有するから、弾性表面波素子として使用可能であることを確認することができた。
次に、各小片の片面の表層からハンドラップで60μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から60μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。
また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
したがって、この結果から、実施例5の基板は、その表層部から60μmの深さに渡って、疑似ストイキオメトリー組成に改質して圧電性を示すが、60μmより深い部位では、圧電性を示さないことから、深さ方向中心部付近では、分極方向が一方向に揃っていない多分域構造であることが確認された。
次に、Liの拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの41°Yカットのニオブ酸リチウム単結晶基板の表面に、スパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した。その後、この処理を施した基板にレジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。
そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、実施例5の基板も、弾性表面波素子用としての良好なSAW波形特性を示すことを確認することができた。
また、ステージの温度を約16℃〜70℃と変化させて、反共振周波数と共振周波数の温度係数を確認したところ、実施例5の反共振周波数の温度係数は、-34ppm/℃であり、共振周波数の温度係数は、-50ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-42ppm/℃であった。さらに、比較のために、Li拡散処理を施さない41°Yカットのニオブ酸リチウム単結晶基板の温度係数は、反共振周波数の温度係数が-56ppm/℃であり、共振周波数の温度係数が-72ppm/℃であるから、平均の周波数温度係数は、-64ppm/℃であった。
したがって、実施例5の基板は、Li拡散処理がなされていない基板と比べて、その平均の周波数温度係数が小さく、温度に対して特性変動が少ないから、温度特性が良好であることを確認することができた。
比較例
<比較例1>
次に、本発明と対比する比較例1について説明するが、この比較例1は、特許文献5に記載された1250℃の高温で、60時間かけて気相処理を仕上がり厚み550μmの基板に施した例である。
比較例1では、実施例1と同じZカット及び38.5°回転Yカットの単結晶インゴットから、実施例1のものより厚い600μmの概略コングルーエント組成のタンタル酸リチウム基板を切り出して、これに実施例1と同様に、必要に応じて、面粗さをラップ工程によりRa値で0.15μmに調整し、仕上がり厚みを550μmとした。また、片側表面を平面研磨により、Ra値で0.01μmの準鏡面に仕上げた。
次に、炉内雰囲気を大気雰囲気とした状態で、実施例1と比べて、より高温で長時間の1250℃で60時間のLi拡散の気相処理を施して、基板表面から中心部へLiを拡散させて概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。そして、その後、このLi拡散処理基板に、実施例1と同様のアニール処理と仕上げ研磨加工を施して、複数枚の弾性表面波素子用タンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板は、キュリー点以上の温度に曝されているが、この基板に単一分極化処理は施さなかった。
このように製造した基板の一枚について、表面から深さ方向のLi濃度プロファイルを測定したところ、Li濃度を示すラマン半値幅は6.0cm-1であり、この値は、表層から内部に渡って一様なLi濃度のプロファイルを示すものであった。
また、この4インチ基板は、その変形が大きく、反りを測定するレーザ光による干渉方式ではその変形を測定できず、レーザ変位センサーによりその反り量を測定したところ、1500μmと大きく反っており、基板にスジ状のキズが観測された。さらに、この基板をホットプレートで加熱して表面電位を観察したところ、その電圧は、1kVであった。
次に、Zカット及び38.5°Yカットから小片を切り出して、実施例1と同様に、主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧波形は、圧電性を示す波形であり、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形も、圧電性を示す波形であった。また、このZカット及び38.5°Yカットの小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いたところ、圧電応答の波形が得られた。
また、片面の表層からハンドラップで50μm厚だけ取り除いた小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いても、同様の圧電応答の波形が得られた。この小片の反対の面についても同様にハンドラップにより表層を50μm厚だけ除去した小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩くと、同様の圧電応答の波形が得られた。
以上の結果から、比較例1の方法では、実施例1と比べて高温で長時間のLi拡散処理を施しているために、表層から50μmより深い中心部までLiイオンの拡散が進んでしまって、基板の厚さ方向中心部に渡って一様なLi濃度のプロファイルを示す疑似ストイキオメトリー組成の結晶構造となっていることが確認された。
次に、Li拡散処理とアニール処理を施して研磨処理を終えた4インチの38.5°Yカットタンタル酸リチウム単結晶基板の表面に、実施例1と同様の処理を施してSAW波形特性を確認しようと試みたが、この基板の反りが大きいために、パタニングはできなかった。
したがって、この結果から、比較例1のように、1250℃の高温で60時間という長時間に渡ってLi拡散処理を施すと、その表層から内部まで一様なLi濃度のプロファイルを示す疑似ストイキオメトリー組成の結晶構造が得られるものの、一方で、製造条件が高温で長時間であるために、反りが大きく、基板表面にスジ状のキズが生じることが確認された。
<比較例2>
次に、比較例2について説明するが、この比較例2は、実施例1の場合と比べて、そのLi拡散処理を950℃で36時間という条件から、950℃で5時間という条件にその処理時間を極端に短く変更した例である。
この比較例2では、実施例1と同様に、最初に、単一分極処理を施した概略コングルーエント組成のLi:Taの比が48.5:51.5の割合の4インチ径タンタル酸リチウム単結晶インゴットをスライスして、Zカット及び38.5°回転Yカットのタンタル酸リチウム基板を300μm厚に切り出した。その後、実施例1と同様の研磨処理を施した準鏡面の基板を、Li3TaO4を主成分とする粉体を敷き詰めた小容器に複数枚埋め込んで、N雰囲気において、950℃で5時間のLi拡散処理を施して、表面から内部に渡って概略コングルーエント組成から疑似ストイキオメトリー組成に変化させた。
次に、その後、この基板にはアニール処理を施さずに、実施例1と同様の仕上げ加工と研磨加工を行って、複数枚のタンタル酸リチウム単結晶基板を得た。このとき、この基板には単一分極化処理を施さなかった。
このように製造した基板の1枚について、この基板の表面から深さ方向に渡ってLi拡散量の指標である600cm-1付近のラマンシフトピークの半値幅を測定したところ、表面のラマン半値幅は6.5cm-1であり、同試料の表面から5μmの深さまでのラマン半値幅は9cm-1であった。
以上の結果から、比較例2では、表面から5μmの深さまでは、Liの拡散が進んで、表面ほどLi濃度が高く、内部へ行くに従ってLi濃度が減少するプロファイルを示すように改質されていることを確認することができた。
次に、前記Zカット及び38.5°Yカットから切り出した小片について、中国科学院声楽研究所製ピエゾd33/d15メータ(型式ZJ-3BN)にて、それぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、その電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、夫々の主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、圧電性を示す波形が得られた。この小片をシンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、弱い圧電応答を示す波形が得られた。
したがって、この結果から、比較例2の基板は、表面から5μmの深さまで改質されて弱い圧電性を有することが確認されたが、改質の程度が浅いために、この基板が弾性表面波素子として使用可能であるか否かを次のような測定を行って確認した。
すなわち、各小片の片面の表層からハンドラップで5μm厚だけ取り除いた小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて圧電応答を観測したところ、圧電応答は、上記の場合より小さい電圧が観測された。この各小片の反対の面についても同様にハンドラップで表層から5μm厚だけ除去した小片について、シンクロスコープのプローブ先端で叩いて観測したところ、圧電応答は観測されなかった。また、この小片について、d33/d15メータによりそれぞれの主面と裏面に厚み方向の垂直振動を与えて誘起させた電圧波形を観測したところ、電圧は0Vであり、圧電定数d33も零であった。同じく、同装置のd15ユニットを使用して、主面と裏面にせん断方向の振動を与えて誘起させた電圧波形は、圧電性を示さず、電圧は0Vであった。
したがって、この結果から、比較例2の基板は、5μmの深さまでは圧電性を有するものの、5μmより深い部位では、改質されずに多分域化構造であるために、圧電性を示さないことが確認された。
そこで、次に、この表面にスパッタ処理を施して0.05μm厚のAl膜を成膜した後に、レジストを塗布して、アライナにてSAWレゾネータとラダーフィルタのパタンを露光・現像し、RIEによりSAW特性評価用のパタニングを施した。このパタニングしたSAW電極の一波長は4.8μmとした。そして、このSAWレゾネータでは、入出力端子を施した直列共振タイプの共振子と並列共振タイプの共振子を形成して、RFプローバーにより、そのSAW波形特性を確認したところ、SAWの応答波形が崩れており、SAWデバイスとして使用することができないと分かった。
したがって、この結果から、比較例2のように、Li拡散処理が5時間と短時間であれば、Li拡散による改質が十分に進まないために、その改質の深さが5μmと浅く、SAWの応答波形が崩れて、弾性表面波素子用として使用不能であることが確認された。

Claims (7)

  1. 単一分極処理を施した概略コングルーエント組成からなる酸化物単結晶インゴットをスライスして酸化物単結晶基板を切り出す工程と、平均粒径が0.1μm以上100μm以下であるLi化合物を含む粉体の中に前記基板を埋め込む工程と、酸素が含まない雰囲気において、850℃〜1000℃で10時間〜50時間の加熱によって、前記基板の表面から内部へLiを拡散させて、表面ほどLi濃度が高く、内部へ行くに従ってLi濃度が減少するプロファイルを示すように改質する気相処理工程と、前記基板を研磨加工する工程と、を含むことを特徴とする圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
  2. 前記酸素が含まない雰囲気は、窒素雰囲気、不活性ガス雰囲気又は真空の何れかであることを特徴とする請求項1に記載の圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
  3. 前記気相処理工程では、Li拡散による改質を表面から厚さ方向の深さで10μm〜50μmの範囲まで行うことを特徴とする請求項1又は2に記載の圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
  4. 前記気相処理工程では、改質された範囲の少なくとも一部の組成が疑似ストイキオメトリー組成となるように改質することを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
  5. 前記気相処理工程の後に、前記基板をキュリー温度以上でアニール処理を施す工程と、前記基板の粗面側にサンドブラスト加工を施す工程と、を含むことを特徴とする請求項1乃至4の何れかに記載の圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
  6. 前記基板は、その厚さが200μm以上400μm以下であることを特徴とする請求項1乃至5の何れかに記載の圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
  7. 前記酸化物単結晶がタンタル酸リチウムであることを特徴とする請求項1乃至6の何れかに記載の圧電性酸化物単結晶基板の製造方法。
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