生物は自己の生命を維持するため、生体の欠失した細胞・組織を速やかに補完・修復する能力を有しており、この能力を「再生能」と呼ぶ。高等動物における「再生能」の例としては、皮膚や血管等の創傷治癒が一般によく知られているが、肝臓や腎臓といった大型の実質臓器においても、組織傷害に対して速やかにその組織恒常性を回復させるべく、細胞の増殖や組織の再構築が起こることが知られている。近年、この生物個体が生来有している「再生能」を利用して、各種疾病や創傷を治癒・改善させる試みが進められており、これらは「再生医療」と呼ばれ、新しい医療技術として注目されている。
「再生医療」を実施するにあたり、中心的な役割を果たすのが「幹細胞(stem cells)」である。一般に「幹細胞」とは、ある特定の、または複数の機能的細胞に分化する能力、及び自らと同じ細胞を繰り返し産生できる自己複製能とを有する未分化な細胞と定義することができる。各種組織・細胞には固有の幹細胞が存在し、例えば、赤血球やリンパ球、巨核球等の一連の血液細胞は、造血幹細胞(hematopoietic stem cells)と呼ばれる幹細胞から当該細胞に由来する前駆細胞(progenitor cells)を経て産生され、骨格筋細胞は、筋衛星細胞(satellite cells)や筋芽細胞(myoblasts)と呼ばれる幹細胞/前駆細胞から生じる。その他、脳や脊髄等の神経組織に存在し、神経細胞やグリア細胞を産生する神経幹細胞、表皮細胞や毛根細胞を産生する表皮幹細胞、肝細胞や胆管細胞を作る卵円形細胞(肝幹細胞)、心筋細胞を作る心幹細胞等がこれまでに特定されている。
幹細胞又は当該細胞に由来する前駆細胞を用いた再生医療法の一部は既に実用化されており、白血病や再生不良性貧血等、血球系細胞の不足・機能不全に起因する疾患の治療のため、造血幹細胞又は造血前駆細胞を注入移植する方法がよく知られている。ところが、脳や心臓、肝臓等の実質臓器内に存在する幹細胞の場合、生体組織からの採取及び/又はin vitro培養が技術的に困難であり、しかも一般にこれらの幹細胞は増殖能が低い。一方、当該幹細胞を死体組織から回収することも可能であるが、この様にして得られた細胞を医療に用いることは、倫理的に問題がある。そのため、神経疾患や心疾患等を対象とした再生治療を実施するためには、この様な対象組織内に存在する幹細胞以外の細胞を用いて、所望する細胞種を作製する技術の開発が必要である。
この様な観点に基く試みとしては、まず「多能性幹細胞(pluripotent stem cells)」を利用する方法が挙げられる。「多能性幹細胞」とは、試験管内(以下、in vitroと称する)培養により未分化状態を保ったまま、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉(外胚葉、中胚葉、および内胚葉)すべての系譜の細胞に分化する能力をもった細胞と定義される。現在、多能性幹細胞としては、初期胚より単離される胚性幹細胞(Embryonic Stem cells:ES細胞)、及びその類似細胞であり、胎児期の始原生殖細胞から単離される胚性生殖細胞(Embryonic Germ cells:EG細胞)が最もよく知られており、様々な研究に利用されている。
ES細胞は、胚盤胞(blastocyst)期胚の内部にある内部細胞塊(inner cell mass)と呼ばれる細胞集塊をin vitro培養に移し、細胞塊の解離と継代を繰り返すことにより、未分化幹細胞集団として単離できる。また、当該細胞は、マウス胎児組織に由来する初代培養の線維芽細胞(Murine Embryonic Fibroblasts;以下、MEF細胞)や、STO細胞等の間質系細胞を用いて作製したフィーダー細胞上で、適切な細胞密度を保ち、頻繁に培養液を交換しながら継代培養を繰り返すことにより、未分化幹細胞の性質を保持したまま細胞株として樹立することが可能である。また、ES細胞の別の特徴としてテロメラーゼを有することが挙げられ、染色体のテロメア長を保持する活性を呈する当該酵素の存在により、ES細胞はin vitroにおけるほぼ無制限な細胞分裂能を有している。
この様にして作製されたES細胞株は、正常核型を維持しながらほぼ無限に増殖と継代を繰り返すと共に、様々な種類の細胞に分化する能力、すなわち、多分化能を有している。例えば、ES細胞を動物個体の皮下や腹腔内、精巣内等に移植すると、奇形腫(テラトーマ)と呼ばれる腫瘍が形成されるが、当該腫瘍は神経細胞や骨・軟骨細胞、腸管細胞、筋細胞等、様々な種類の細胞・組織が混ざり合ったものである。また、マウスの場合、ES細胞を胚盤胞期胚に注入移植したもの又は8細胞期胚と凝集させて作らせた集合胚を偽妊娠マウスの子宮内に移植することにより、体内のすべて、若しくは一部の器官・組織内に、ES細胞に由来した分化細胞をある割合で含む仔個体、いわゆるキメラマウスを作出することができる。この技術は、所望の遺伝子を人為的に破壊、若しくは改変を加えたマウス個体、いわゆるノックアウトマウスを作製するための基幹技術として頻用されている。
さらに、ES細胞は、試験管内培養においても、多種多様な細胞種に分化誘導できることが知られている。細胞種によりその詳細な方法は異なるが、ES細胞を浮遊培養により凝集させ、擬似胚状態の細胞塊、いわゆる胚様体(Embryoid Body;以下、EBと略す)を形成させることによって分化を誘導する方法が一般的に用いられる。この様な方法により、胎児期の内胚葉や外胚葉、中胚葉の性質を有した細胞や、血球細胞、血管内皮細胞、軟骨細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞、グリア細胞、神経細胞、上皮細胞、メラノサイト、ケラチノサイト、脂肪細胞等の分化細胞を作製することができる。この様にしてin vitro培養下で作製された分化細胞は、臓器・組織中に存在する細胞と、構造的から機能的にほぼ同じ形質を有しており、実験動物を用いた移植実験により、ES細胞由来細胞が臓器・組織中に定着し、正常に機能することが示されている。
以上、ES細胞の特性や培養法、及びそのin vivo/in vitro分化能に関する総説として、複数の参考書籍、例えば、Guide to Techniques in Mouse Development(Wasserman et al.,Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994)(非特許文献1参照);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)(非特許文献2参照)等を参照することができる。
また、EG細胞は、始原生殖細胞(primordial germ cells)と呼ばれる胎児期の生殖細胞を、ES細胞の場合と同様、MEF細胞やSTO細胞等のフィーダー細胞上で、白血病阻害因子(Leukemia Inhibitory Factor;以下、LIFと略す)及び塩基性線維芽細胞増殖因子(basic Fibroblast Growth Factor:以下、bFGF/FGF−2)若しくはフォルスコリン等の薬剤で刺激することにより作製することができる(Matsui et al.,Cell 70:841,1992参照;Koshimizu et al.,Development 122:1235,1996参照)。EG細胞は、ES細胞ときわめて類似した性質を有しており、分化多能性を有していることが確認されている(Thomson & Odorico、Trends Biotechnol.18:53,2000)。そのため、以下、「ES細胞」と表記した場合は、「EG細胞」も含むことがある。
1995年、Thomsonらが初めて霊長類(アカゲザル)からES細胞を樹立したことにより、多能性幹細胞を用いた再生医療の実用化が現実味を帯びてきた(米国特許第5,843,780号;Proc.Natl.Acad.Sci.USA 92:7844,1995)。続いて同様の方法により、彼らはヒト初期胚からES細胞株を単離・樹立することに成功した(Science 282:114,1998)。その後、オーストラリアとシンガポールの研究グループからも同様の報告(Reubinoffら、 Nat.Biotech.18:399,2000;国際公開番号第00/27995号)がなされており、現在、米国・国立衛生研究所(NIH)のリスト(http://stemcells.nih.gov/registry/index.asp)には20種以上のヒトES細胞株が登録されている。一方、Gearhart et al.は、ヒト始原生殖細胞からヒトEG細胞株を樹立することに成功している(Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 95:13726,1998;米国特許第6,090,622号)。
これらの多能性幹細胞を研究材料若しくは再生医療製品の作製のために使用する場合、当該細胞の未分化性及び高い増殖能を保持する方法で継代培養することが不可欠である。一般的にES/EG細胞は、MEF細胞若しくはその類似細胞(STO細胞など)をフィーダーとして用いることにより、当該細胞の未分化性及び増殖能を維持することができる。培養液に添加する牛胎児血清(Fetal Bovine Serum;以下、FBS)の存在も重要であり、ES/EG細胞の培養に適したFBSを選定し、当該FBSを通常、10〜20%量添加することが肝要である。さらに、マウス胚に由来するES/EG細胞の場合、その未分化状態を維持する因子としてLIFが同定されており(Smith & Hooper、Dev.Biol.121:1,1987;Smith et al.,Nature 336:688,1988;Rathjen et al.,Genes Dev.4:2308,1990)、培養液中にLIFを添加することにより、より効果的に未分化状態を保つことができる(以上、参考書籍として、Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.,Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994(非特許文献1)や、Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)(非特許文献2)等を参照のこと)。
ところが、これらの古典的なES/EG細胞の培養法は、特にヒトES(又はEG)細胞を、再生医療またはその他の実用的な目的のために使用する場合、適した方法であるとは言えない。その理由として、第一に、ヒトES細胞はLIFに対する反応性を有しておらず、フィーダー細胞が存在しないと当該細胞は死滅するか又は未分化性を失って異種細胞に分化してしまう(Thomson et al.,Science 282:114,1998)ことが挙げられる。また、フィーダー細胞の使用自体にも問題があり、この様な共培養系は生産コストを高めるとともに培養スケールの拡大を困難にし、しかもES細胞を実際に使用する際に、ES細胞をフィーダー細胞から分離・精製する必要が生じてくる。また、将来的にヒトES細胞をはじめとする多能性幹細胞を再生医療用、特に細胞移植治療用の細胞ソースとして使用する場合、MEF細胞やFBS等、非ヒト動物に由来する細胞や製品の使用は、ES細胞が異種動物由来のウイルスに感染する可能性や、異種抗原として認識され得る抗原分子に対する汚染等が危惧され、好ましくない(Martin et al.,Nature Med.11:228,2005)。
そのため、ES/EG細胞の培養法を、より洗練され、将来的な実用化に適した方法に改良するため、FBS代替品の開発(国際公開番号WO98/30679)や、MEF細胞の代わりにヒト細胞をフィーダーとして用いる試み(Richards et al.,Nature Biotech.20:933,2002;Cheng et al.,Stem Cells 21:131,2003;Hovatta et al.,Human Reprod.18:1404,2003;Amit et al.,Biol.Reprod.68:2150,2003)が精力的に進められている。
また、フィーダーを使用しない培養法の開発も目覚しい。Carpenter及びその共同研究者らは、ES細胞をマトリゲル又はラミニンでコーティングした培養プレートに播種し、MEF細胞の培養上清(conditioned medium)を培養液に添加することにより、ヒトES細胞を未分化かつ分化多能性を保有した状態で長期間培養できることを報告した(Xu et al.,Nature Biotech.19:971,2001(非特許文献3);国際公開番号第01/51616号(特許文献1)参照)。さらに、同グループは、bFGF/FGF−2や幹細胞増殖因子(Stem Cell Factor;以下、SCF)を添加した無血清培地を開発することにより、より効果的なES細胞培養系の構築に成功した(国際公開番号第 03/020920号(特許文献2)参照)。同様の無血清培地を用いた、フィーダー不要のES細胞培養系が、イスラエルの研究グループからも報告されている(Amit et al.,Biol.Reprod.70:837,2004(非特許文献4)参照)。
また、最近では、bFGF/FGF−2と、骨形成因子(bone morphogenetic proteins)アンタゴニストであるノギン(Noggin)を添加することにより、ヒトES細胞の未分化性を維持する方法も報告された(Xu et al.,Nature Methods 2:185,2005)。一方、グリコーゲン合成酵素キナーゼ(Glycogen Synthase Kinase:GSK)−3阻害剤を培養液に添加するだけで、特に成長因子等の添加をしなくても、フィーダー細胞を使わずにマウス及びヒトES細胞の未分化性を効率的に維持できることも示されている(Sato et al.,Nature Med.10:55,2004(非特許文献5)参照)。
この様に、フィーダー細胞を使用しない多能性幹細胞の培養法に関し、新しい方法が考案されつつあるが、当該細胞の実用化及び産業的な使用のためには、多能性幹細胞の増殖効果及び培養法の至便性を、より一層、高めることが必要である。
マウスES/EG細胞の未分化状態を維持し、かつ、その増殖能を高める因子としては、上記のLIFが公知であり、LIFに類似するIL−6ファミリー分子もその範疇に含まれる(Yoshida et al.,Mech.Dev.45:163,1994;Koshimizu et al.,Development 122:1235,1996参照)が、その他の例はほとんど報告されていない。最近、bFGF/FGF−2やSCFを添加した無血清培地が、ヒトES細胞の増殖能を著明に亢進することが報告された(国際公開番号第03/020920号(特許文献2)参照)。
従来はそもそもES細胞の特性、すなわち、当該細胞の増殖性が他の細胞と比較して旺盛であることから増殖能に係る知見を得る試みは少なく、かつ、再生医療現場のニーズから当該細胞の増殖性を高める必要性がある。
現状における多能性幹細胞の培養に関する課題の1つとして、当該細胞は一般に堅固なコロニーを形成するため、継代培養等の際の取り扱いが困難であることが挙げられる。未分化なES/EG細胞は、通常、細胞同士が互いに強く接着した状態を呈し、1つ1つの細胞の境界が不明瞭になるほどの細胞集塊、すなわち、コロニーを形成する。そのため、ES/EG細胞の継代や、分化誘導等の実験に供する際には、トリプシン等のタンパク質分解酵素溶液で処理し、できるだけ短時間でコロニーを分散させる必要がある。しかしながら、その場合、ES/EG細胞のコロニーを分散させ、単一細胞とするためには、比較的高濃度のタンパク質分解酵素処理及び/又は激しい機械的撹拌を施す必要があり、これらの操作はES/EG細胞の生存性や生着性を著しく低下させる。
さらに、ES/EG細胞は、密集した状態で培養を続けると自発的に分化が進んでしまうので、継代時に単一細胞になるまで分散させること、また、コロニーが過度な大きさに成長する前に継代を行なうことが必要である。例えばマウスES細胞の場合、通常、2〜3日ごとに継代をする必要があるが、その際、適切な方法で継代を行なわないと、未分化状態を逸脱した細胞が集団中に出現して、使用に適さない細胞となってしまう。これは、単にES/EG細胞の未分化性を維持する因子、例えば、上記のLIFやGSK−3阻害剤を十分量添加しただけでは解決できず、過剰なコロニーの成長は、分化形質を有した細胞の出現を誘起する。そのため、ES/EG細胞がコロニーを形成しない状態で、すなわち、細胞が1つずつ分散した状態で増殖させる方法は、ES/EG細胞を産業上の利用に供する場合、きわめて有用であると考えられる。しかしながら、この様な試み及び/又は成功例は、これまで皆無であった。
また、近年、胚の破壊を伴わないで、皮膚や臓器の細胞から作製することのできる分化万能性細胞、いわゆる人工多能性幹細胞(iPS細胞、誘導多能性幹細胞)が作製された(特許文献3、特許文献4、特許文献5)。
iPS細胞は、マウスおよびヒトにおいて樹立されている。胚の破壊という倫理面の問題を伴わないで得られることや、ヒトiPS細胞は、治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製された後、各組織の細胞へと分化させることができるため、特に再生医学の領域において、拒絶反応のない移植材料として期待されている。iPS細胞は、ES細胞と同様の性質を有しており、上記したようなES細胞と同様の問題を抱えている。
以前、発明者らは、胚性癌腫細胞の一種であり、通常はコロニーを形成して増殖することが知られているF9細胞を、E−カドヘリンをコーティングした培養プレート(Nagaoka et al.,Biotechnol.Lett.24:1857,2002(非特許文献6)参照)に播種することにより、当該細胞のコロニーが形成されなくなることを見い出した(International Symposium on Biomaterials and Drug Delivery Systems、2002.04.14〜16、台北、台湾;第1回日本再生医療学会、2002.4.18〜19.、京都、日本)。すなわち、F9細胞の細胞接着分子として知られるE−カドヘリンを無処理のポリスチレン製培養プレートに固相化した培養プレート(以下、E−cadプレート)上において、F9細胞は分散型の細胞形態を呈した。
F9細胞は、ES/EG細胞の特異マーカーとして知られるアルカリ性フォスファターゼ(ALkaline Phosphatase;以下、ALP)やSSEA−1、Oct−3/4等を発現する等、一部、ES細胞に似た形質を呈する(Lehtonen et al.,Int.J.Dev.Biol.33:105,1989,Alonso et al.,35:389,1991)。しかしながら、F9細胞の場合、フィーダー細胞やLIF等は当該細胞の未分化性を維持するために必要とはされず、その未分化維持機構には差異が認められる。また、ES細胞は三胚葉への分化能を有しているのに対し、F9細胞の分化は内胚葉系細胞に限られており、キメラ形成能も有さない。すなわち、F9細胞は、ある種の実験ではES/EG細胞のモデル系として使用される場合もあるけれども、培養法や培養条件に関しては、ES/EG細胞と異なる点が多い。
そのため、上記E−cadプレートを、フィーダー細胞を必要としないES細胞培養法に適用し得るか、また、その様な方法で培養したES細胞が未分化性及び分化多能性を保持した状態で継代培養し得るか、さらには当該ES細胞の増殖能を促進し得るか等の点に関しては、科学的根拠に基づいて予測することはできなかった。実際、E−cadプレートで培養したF9細胞の増殖能は、従来の細胞培養用プレートで培養したF9細胞とほぼ同等であり、ES細胞の増殖能を促進し得ることを類推できる事実は得られなかった。
E−カドヘリンは、未分化なマウスES細胞で発現していることが公知であり、また、E−カドヘリン遺伝子の発現を遺伝子工学的に欠失させたES細胞では、その細胞間接着が著しく阻害されることが知られている(Larue et al.,Development 122:3185,1996)。しかしながら、ES/EG細胞の培養法において、E−カドヘリンを接着基質として使用する試みは、これまで皆無であった。
上記の効率的な増殖法に加え、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞を、研究材料若しくは再生医療製品の作製のために使用する場合、当該細胞に対し、所望する外来遺伝子を効率的に細胞内に導入し、発現させるための方法の構築も必要とされる。特にES細胞を様々な疾患治療等の再生医療に応用していくためには、当該細胞の増殖能や分化能などの細胞特性、又は薬剤感受性などを変えることも1つの手段として考えられ、その実現のためには、適当な外来遺伝子を細胞内に導入し、発現させる方法が好適である。また、マウスES細胞の場合、その遺伝子を人為的に改変することにより、いわゆるトランスジェニックマウスやノックアウトマウス等の作製ができることも広く公知であり、この場合も効率的な遺伝子導入法はきわめて有用である。
一般的に細胞に外来遺伝子を導入する場合、リン酸カルシウムやDEAE−デキストラン、更にはカチオン性脂質製剤等を用いる方法が頻用される。しかし、これらの方法をES細胞に適用した場合、他の細胞系と比較してその効率は低いことが知られている(Lakshmipathy et al.,Stem Cells 22:531,2004(非特許文献8)参照)。また、外来遺伝子を導入するための方法として、各種ウイルスベクターを用いた方法も報告されている。例えば、レトロウイルス・ベクター(Cherry et al.,Mol.Cell Biol.,20:7419,2000)やアデノウイルス・ベクター(Smith−Arica et al.,Cloning Stem Cells5:51,2003)、レンチウイルス・ベクター(Hamaguchi et al.J.Virol.74:10778,2000;Asano et al.,Mol.Ther.6:162,2002;国際公開番号第WO02/101057)、センダイウイルス・ベクター(Sasaki et al.,Gene Ther.12:203,2005;日本国特許公開番号第2004−344001)等が公知である。しかしながら、ウイルスベクターの構築及び作製には比較的煩雑かつ長期の作業を必要とするとともに、用いるウイルスによっては生物学的安全性の問題も懸念され、簡便かつ汎用的な方法とは言えない。
そのため、ES細胞に外来遺伝子を導入する場合、電気穿孔法(electroporation)と呼ばれる方法が頻用される。本法は、細胞に電気パルスをかけることにより、細胞膜に一過的に孔を開け、外来遺伝子を細胞内に導入させる方法であり、汎用性が高い。最近では、方法の改良法として、外来遺伝子を細胞核内にまで導入し、その発現効率を著しく向上させる、Nucleofectionと呼ばれる方法も確立されている(Lorenz et al.,Biotech.Lett.26:1589,2004;Lakshmipathy et al.,Stem Cells 22:531,2004(非特許文献8)参照)。ただし、これらの方法は特別な電気パルス発生装置を必要とし、至適条件の設定も難しい。また、細胞をいったんトリプシン等の蛋白分解酵素で処理して単一細胞に分散させる必要もあり、細胞傷害性も比較的高い。
そのため、ES細胞をはじめとする多能性幹細胞の遺伝子導入法において、安価に購入できる、又は簡便に作製できる遺伝子導入剤を用い、細胞を培養器上で培養したままの状態で効率的に外来遺伝子を導入し得る方法は、きわめてその有用性が高いと考えられる。
[定義]
本明細書中に使用するとき、用語「多能性幹細胞」とは、in vitro培養により未分化状態を保ったまま、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉(外胚葉、中胚葉、および内胚葉)すべての系譜の細胞に分化する能力をもった細胞をいう。「多能性幹細胞」は、初期胚より単離されるES細胞、iPS細胞及びその類似細胞であり、胎児期の始原生殖細胞から単離されるEG細胞を含むが、これに限定されない。本明細書中、「ES細胞」と表記した場合は「EG細胞」も含むこともある。
本明細書中に使用するとき、用語「未分化性」とは、多能性幹細胞において、少なくとも1つ以上の未分化マーカー、例えばALP活性やOct−3/4遺伝子(産物)の発現、または種々の抗原分子の発現により確認することができる未分化な状態を呈する性質を意味する。多能性幹細胞における未分化な状態とは、多能性幹細胞が、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉すべての系譜の細胞に分化する能力をもった状態を意味する。
本明細書中に使用するとき、用語「分化多能性」とは、様々な種類の細胞に分化する能力をいう。分化細胞としては、一般的に多能性幹細胞から分化誘導することができる種の細胞であれば、特にこれを限定しない。具体的には、外胚葉細胞または外胚葉由来の細胞、中胚葉細胞または中胚葉由来の細胞、内胚葉細胞または内胚葉由来の細胞等が挙げられる。
本明細書中に使用するとき、用語「液体培地」とは、多能性幹細胞を継代培養する従来の方法に適用することができる液体培地をすべて含む。
本発明の培養基材としては、培養皿(ディッシュ)、96穴、48穴などのマイクロプレート、プレートやフラスコ等、従来から細胞培養に用いられているもののいずれをも使用できる。これらの培養基材は、ガラス等の無機材料、またはポリスチレンやポリプロピレン等の有機材料のいずれかからなることができるが、滅菌可能な耐熱性及び耐水性を有している材料からなるものが好ましい。
カドヘリンファミリーに属するタンパク質を、培養基材の固相表面に固定又はコーティングする方法としては、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法を適用することができるが、操作の容易さから吸着による方法が好ましい。吸着とは、カドヘリンファミリーに属するタンパク質を含む溶液と、基材表面とを一定時間、好ましくは数時間〜一昼夜、より好ましくは1時間〜12時間、接触させることで達成できる。また、前もって接着性分子に人為的に抗原性分子を付加・融合させておき、当該抗原性分子に対する特異抗体との結合を利用することもできる。この場合、特異抗体を、前もって培養基材の固相表面に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法によって、固定又はコーティングしておく必要がある。
上述の様に作製した培養基材は、多能性幹細胞の通常の培養法にそのまま使用することができる。すなわち、適当数の多能性幹細胞を、通常用いられる液体培地又は細胞培養液に懸濁し、それを当該培養基材に添加すればよい。その後の液体培地の交換や継代も、従来法と同様に行なうことができる。
本明細書中に使用するとき、用語「同種親和性の結合」とは、細胞接着において、細胞−細胞又は細胞−基材間の接着性分子を介した結合において、同じ種類の接着性分子同士が結合又は会合することによりなされているものを意味する。
本明細書中に使用するとき、用語「フィーダー細胞」とは、支持細胞とも称され、単独では生存・培養できない細胞を培養する際に、あらかじめ培養され、培地中に不足する栄養分や増殖因子の補給などの役割を担う別の細胞をいう。「フィーダー細胞」には、MEF細胞や、STO細胞等の間質系細胞を含むが、これに限定されない。
本明細書中に使用するとき、用語「分散状態」とは、細胞が培養基材表面に接着した状態で生育している場合において、明確なコロニーを形成せず、個々の細胞が他の細胞と接触していない、または、一部接触していても、その接触領域がごく小さい状態を意味する。
本明細書中に使用するとき、用語「遺伝子」とは遺伝物質を指し、転写単位を含む核酸を言う。遺伝子はRNAであってもDNAであってもよく、天然由来又は人為的に設計された配列であり得る。また、遺伝子は蛋白質をコードしていなくてもよく、例えば遺伝子はリボザイムやsiRNA(short/small interefering RNA)等の機能的RNAをコードするものであってもよい。
糖側鎖を有するポリマーとは、好ましくはエチレン性不飽和結合を重合させて得られる主鎖と、糖側鎖とを有するポリマーである。糖側鎖としては、グルコース、ガラクトース、ラクトース等が挙げられるが、ラクトースまたはガラクトースが好ましい。ラクトース中のβ−ガラクトース、β−ガラクトース側鎖が、アシアロ糖タンパク質レセプターにより特異的に認識され、細胞の結着に寄与しうるからである。糖側鎖を有するポリマーは、スチレン誘導体ポリマーであることが好ましく、ポリ(p−N−ビニルベンジル−D−ラクトンアミド)(以下、「PVLA」とも称する)が最も好ましい。
糖側鎖を有するポリマーを、培養基材の固相表面に固定又はコーティングする方法としては、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法を適用することができるが、操作の容易さから吸着による方法が好ましい。吸着とは、糖側鎖を有するポリマーを含む溶液と、基材表面とを一定時間、好ましくは数時間〜一昼夜、より好ましくは1時間〜12時間、接触させることで達成できる。また、前もって糖側鎖を有するポリマーに人為的に抗原性分子を付加・融合させておき、当該抗原性分子に対する特異抗体との結合を利用することもできる。この場合、特異抗体を、前もって培養基材の固相表面に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法によって、固定又はコーティングしておく必要がある。
本発明の上記効果や他の利点および特徴を、以下の好適な実施態様の詳細な説明において詳述する。
[細胞培養基材]
本発明の細胞培養基材は、表面に、カドヘリンファミリーに属するタンパク質またはカドヘリンファミリーに属するタンパク質全部または一部の領域を含む融合タンパク質、および、糖側鎖を有するポリマーを、固定またはコーティングしたことを特徴とするものである。
カドヘリンとは、接着結合又はアドヘレンス・ジャンクション(adherens junction)と呼ばれるCa2+依存性の細胞間接着・結合に関与する接着分子であり、E(上皮)型、N(神経)型、P(胎盤)型の3種が代表例として知られている。これらのカドヘリン分子は、700〜750アミノ酸残基からなる膜結合型糖タンパク分子であり、その細胞外領域には、約110アミノ酸残基からなる繰り返し構造、いわゆるExtracellular Cadherin(EC)ドメインと呼ばれる領域が5個存在する。例えば、ヒトE−カドヘリン(そのアミノ酸配列を配列番号1に示す)の場合、EC1、 EC2、EC3、EC4、EC5の各ドメインは、それぞれ157〜262、265〜375、378〜486、487〜595、596〜700に相当する(数値は配列番号1に示すアミノ酸配列内の残基の番号である)。また、マウスE−カドヘリン(そのアミノ酸配列を配列番号2に示す)の場合、EC1、EC2、EC3、EC4、EC5の各ドメインは、それぞれ159〜264、267〜377、380〜488、489〜597、598〜702に相当する(数値は配列番号2に示すアミノ酸配列内の残基の番号である)。これらのECドメインは、異なるカドヘリン分子種の間で相同性を有しており、特にN末端側に位置するドメイン(EC1、EC2)の相同性が高い。この様な類似の構造を呈するカドヘリン分子としては、現在、50種類以上のものが知られており、これらの分子を総称してカドヘリン・ファミリーと呼ぶ。以上、カドヘリンに関する総説としては、Takeichi、Curr.Opin.Cell Biol.7:619,1995;Marrs & Nelson、Int.Rev.Cytol.165:159,1996;Yap et al.,Annu.Rev.Cell Dev.Biol.13:119,1997;Yagi & Takeichi、Genes Dev.14:1169,2000;Gumbiner、J.Cell Biol.148:399,2000、等を参照のこと。
E−カドヘリン(別名、カドヘリン−1)は、肝臓や腎臓、肺等の内臓臓器の実質細胞やケラチノサイト等の上皮細胞に広く発現し、その細胞間接着を担う重要な接着分子であることが知られている(総説として、Mareel et al.,Int.J.Dev.Biol.37:227,1993;Mays et al.,Cord Spring Harb.Symp.Quant.Biol.60:763,1995;El−Bahrawy & Pignatelli、Microsc.Res.Tech.43:224,1998;Nollet et al.,Mol.Cell.Biol.Res.Commun.2:77,1999)。また、E−カドヘリンは、未分化なマウスES細胞にも強く発現しており、E−カドヘリン遺伝子の発現を遺伝子工学的に欠失させたES細胞は、細胞間接着が著しく阻害されることが知られている(Larue et al.,Development 122:3185,1996)。また、米国National Center for Biotechnology Information(NCBI)の公的な遺伝子発現データベースに登録されている情報から、E−カドヘリン遺伝子がヒトES細胞株でも発現していることが確認できる。
カドヘリンファミリーに属するタンパク質を作製する方法としては、特にこれを限定しないが、分子生物学的手法を用いてリコンビナント・タンパク質を作製・精製し、これを使用することが望ましい。その他にも、同様の効果を示す方法であれば、いずれをも用いることができ、例えば、多能性幹細胞のカドヘリンファミリーに属するタンパク質を、生体組織・細胞から抽出、精製して使用すること、又は当該ペプチドを化学的に合成して使用することも可能である。
カドヘリンファミリーに属するタンパク質に関し、そのリコンビナント・タンパク質を作製するための方法、及び当該分子をコードする遺伝子を取得する方法は、すでに標準的なプロトコールが確立されており、実施者は、上記で挙げた参考書籍を参照することができるが、特にこれを限定しない。E−カドヘリンを例とした場合、E−カドヘリン遺伝子は、既にヒト(配列番号1)、マウス(配列番号2)、ラット等の動物で単離・同定され、その塩基配列が、NCBI等の公的なDNAデータベースにおいて利用可能である(アクセス番号:(ヒト)NM_004360;(マウス)NM_009864;(ラット)NM_031334)。そのため、当業者であれば、E−カドヘリン遺伝子に特異的なプライマー又はプローブを設計し、一般的な分子生物学的手法を用いることにより、E−カドヘリン遺伝子のcDNAを取得・使用することが可能である。また、E−カドヘリン遺伝子のcDNAは、理化学研究所ジーンバンク(日本・筑波)やAmerican Type Culture Collection(ATCC)、Invitrogen社/ResGen等からも購入することができる。使用するカドヘリンファミリーに属するタンパク質をコードする遺伝子としては、多能性幹細胞が由来する種と同種の動物由来のものが好ましく、例えば、マウスES細胞を用いて本発明を実施する場合、マウスのE−カドヘリンcDNAの使用が望ましい。しかし、異種動物由来のもの、即ち、ヒトやサル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、又は鳥類(例えば、ニワトリ等)、又は両生類(例えば、アフリカツメガエル等)由来のE−カドヘリンcDNAも使用することができる。
カドヘリンファミリーに属するタンパク質のリコンビナント・タンパク質を作製するための好適な方法の一例は、当該分子をコードする遺伝子を、COS細胞や293細胞、CHO細胞等の哺乳動物細胞に導入し、発現させることを特徴としている。好ましくは、当該遺伝子は、広範な哺乳動物細胞における遺伝子の転写および発現を可能にする核酸配列、いわゆるプロモーター配列と、当該プロモーターの制御下に転写・発現が可能になる様な形で連結される。また、転写・発現させる遺伝子は、さらにポリA付加シグナルと連結されることが望ましい。好適なプロモーターとしては、SV(Simian Virus)40ウイルスやサイトメガロウイルス(Cytomegaro Virus;CMV)、ラウス肉腫ウイルス(Rous sarcoma virus)等のウイルスに由来するプロモーターや、β−アクチン・プロモーター、EF(Elongation Factor)1αプロモーター等が挙げられる。
上記のリコンビナント・タンパク質を作製するために用いる遺伝子は、当該分子をコードする遺伝子の全長領域を含むものである必要はなく、部分的な遺伝子配列であっても、その部分配列がコードするタンパク質またはペプチド分子が、本来の当該分子と同程度、又はそれ以上の接着活性を有するものであればよい。例えば、本発明の好適な事例に用いられるE−カドヘリンの場合、細胞外領域をコードする、N末端側から690〜710アミノ酸残基を含む部分配列から作製されるリコンビナント・タンパク質、すなわちEC1〜EC5ドメインを含むタンパク質を使用することができる。また、一般的にカドヘリン分子は、最もN末端側に位置するドメイン(EC1)が、当該分子の結合特異性、すなわち、同種親和性を規定している(Nose et al.,Cell 61:147,1990)ため、少なくともEC1を含み、それ以外のドメインの1個又は数個を除いたタンパク質分子を作製、使用することも可能である。さらには、上記のタンパク質分子と、アミノ酸レベルで80%以上、好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上の相同性を示し、かつ、接着活性を有するタンパク質も使用することができる。
また、上記のリコンビナント・タンパク質は、他のタンパク質やペプチドとの融合タンパク質として作製することも可能である。例えば、イムノグロブリンのFc領域やGST(Glutathione−S−Transferase)タンパク質、MBP(Mannnose−Binding Protein)タンパク質、アビジン・タンパク質、His(オリゴ・ヒスチジン)タグ、HA(HemAgglutinin)タグ、Mycタグ、VSV−G(Vesicular Stromatitis Virus Glycoprotein)タグ等との融合タンパク質として作製し、プロテインA/Gカラムや特異的抗体カラム等を用いることにより、リコンビナント・タンパク質の精製を容易に、しかも効率よく行なうことができる。特にFc融合タンパク質は、ポリスチレン等を材料とした培養基材に吸着する能力が高まるため、本発明の実施において好適である。
イムノグロブリンのFc領域をコードする遺伝子は、既にヒトをはじめとする哺乳動物で、多数、単離・同定されている。その塩基配列も数多く報告されており、例えば、ヒトIgG1、IgG2、IgG3、及びIgG4のFc領域を含む塩基配列の配列情報は、NCBI等の公的なDNAデータベースにおいて利用可能であり、それぞれ、アクセス番号:AJ294730、AJ294731、AJ294732、及びAJ294733として登録されている。したがって、当業者であれば、Fc領域に特異的なプライマー又はプローブを設計し、一般的な分子生物学的手法を用いることにより、Fc領域部分をコードするcDNAを取得・使用することが可能である。この場合、使用するFc領域をコードする遺伝子としては、動物種やサブタイプは特にこれを限定しないが、プロテインA/Gとの結合性が強いヒトIgG1やIgG2、又はマウスIgG2aやIgG2b等のFc領域をコードする遺伝子が好ましい。また、Fc領域に変異を導入することによりプロテインAとの結合性を高める方法も知られており(Nagaoka et al.,Protein Eng.16:243,2003(非特許文献7)参照)、当該法により遺伝子改変を加えたFcタンパク質も使用することもできる。
なお、本発明を実施するための好適に用いられるE−カドヘリンの場合、当該リコンビナント・タンパク質の作製法の一例として、発明者らの既報告論文を挙げることができる(Nagaoka et al.,Biotechnol.Lett.24:1857,2002(非特許文献6);Protein Eng.16:243,2003(非特許文献7)参照)。
また、マウス又はヒトのE−カドヘリンの細胞外領域をコードするcDNAに、ヒトIgGのFc領域部分をコードする配列及びHisタグ配列のcDNAを連結させた融合遺伝子をマウス細胞に導入し、これを発現させて作製した精製リコンビナント・タンパク質(Recombinant Human/Mouse E−cadherin−Fc Chimera;R&D systems社、Genzyme Techne社)が市販されており、マウス又はヒト由来のE−カドヘリン・タンパク質として使用することもできる(E−cad−Fcタンパク質)。
糖側鎖を有するポリマーとは、好ましくはエチレン性不飽和結合を重合させて得られる主鎖と、糖側鎖とを有するポリマーである。糖側鎖としては、グルコース、ガラクトース、ラクトース等が挙げられるが、ラクトースまたはガラクトースが好ましい。ラクトース中のβ−ガラクトース、β−ガラクトースが、アシアロ糖タンパク質レセプターにより特異的に認識され、細胞の結着に寄与しうるからである。糖側鎖を有するポリマーは、ポリスチレン主鎖を有するスチレン誘導体ポリマーであることが好ましく、ポリ(p−N−ビニルベンジル−D−ラクトンアミド)(以下、「PVLA」とも称する)が最も好ましい。
細胞培養用の培養基材としては、例えば、ディッシュ(培養皿とも称する)、シャーレやプレート(6穴、24穴、48穴、96穴、384穴、9600穴などのマイクロタイタープレート、マイクロプレート、ディープウェルプレート等)、フラスコ、チャンバースライド、チューブ、セルファクトリー、ローラーボトル、スピンナーフラスコ、フォロファイバー、マイクロキャリア、ビーズ等が挙げられる。これらの培養基材は、ガラス等の無機材料又はポリスチレン等の有機材料のいずれからなっていてもよいが、蛋白質やペプチド等に対する吸着性が高いポリスチレン、ポリエチレン、ポリプロピレン等の材料や、又は吸着性を高める処理、例えば親水処理や疎水処理等を施した材料の使用が好適である。また、滅菌可能な耐熱性及び耐水性を有している材料からなるのが好ましい。そのための好適な基材の一例としては、主に大腸菌等の培養に頻用される、細胞培養用の処理を特にしていないポリスチレン製ディッシュ及び/又はプレート(以下、無処理ポリスチレン製プレートと称する)を挙げることができ、当該培養基材は一般に市販されている。
本発明で開示される方法の実施において、カドヘリンファミリーに属するタンパク質や融合タンパク質を、上記の培養基材固相表面に固定又はコーティングする方法としては、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法を適用することができるが、操作の容易さから吸着による方法が好ましい。接着性分子がタンパク質性やペプチド性の分子、又は糖鎖を含む高分子化合物等である場合、プレート等の培養基材固相表面に当該分子の溶液を接触させ、一定時間後に溶媒を除去することにより、簡便に当該分子を吸着させることができる。さらに具体的には、例えば、蒸留水やPBS等を溶媒とする接着性分子の溶液を、ろ過、滅菌した後、プレート等の培養基材に接触させ、数時間から一昼夜放置するだけで、当該接着性分子が固定又はコーティングされた細胞培養用基材が得られる。好ましくは、蒸留水やPBS等で数回洗浄し、PBS等の平衡塩溶液等で置換してから使用する。
また、接着性分子に前もって人為的に抗原性分子が付加・融合させている場合は、当該抗原性分子に対する特異抗体との結合を利用することもでき、接着性分子を効率的に基材表面に修飾することができるため、より好ましい。この場合、特異抗体を前もって培養基材表面に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法によって固定又はコーティングしておく必要がある。例えば、接着性分子にIgGのFc領域タンパク質を融合させたリコンビナント・タンパク質の場合、培養基材に前もって修飾しておく抗体としては、IgGのFc領域を特異的に認識するものを使用することができる。接着性分子に各種タンパク質やタグ配列ペプチドを融合させたリコンビナント・タンパク質の場合、融合させた分子に特異的な抗体を、培養基材に前もって修飾することにより、使用することができる。
本発明の実施において、細胞培養基材の固相表面に固定又はコーティングされるカドヘリンファミリーに属するタンパク質や融合タンパク質は少なくとも1種であるが、2種以上のカドヘリンファミリーに属するタンパク質や融合タンパク質を組み合わせて用いてもよい。その場合、各々のタンパク質の溶液を混合し、その混合溶液を上述の方法に基き、修飾すればよい。
上記のカドヘリンファミリーに属するタンパク質や融合タンパク質溶液の濃度は、当該タンパク質の吸着量及び/又は親和性、さらには当該タンパク質の物理学的性質によって適宜、検討する必要があるが、E−カドヘリンの細胞外領域にFc領域を融合させたリコンビナント・タンパク質の場合、0.01〜1000μg/mL程度までの濃度範囲とし、好ましくは、0.1〜200μg/mL程度、さらに好ましくは1〜50μg/mL、そして最も好ましくは5〜10μg/mLである。
糖側鎖を有するポリマーを、培養基材の固相表面に固定又はコーティングする方法としては、上記カドヘリンファミリーに属するタンパク質の場合と同様に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法を適用することができるが、操作の容易さから吸着による方法が好ましい。吸着とは、糖側鎖を有するポリマーを含む溶液と、基材表面とを一定時間、好ましくは数時間〜一昼夜、より好ましくは1時間〜12時間、接触させることで達成できる。また、前もって糖側鎖を有するポリマーに人為的に抗原性分子を付加・融合させておき、当該抗原性分子に対する特異抗体との結合を利用することもできる。この場合、特異抗体を、前もって培養基材の固相表面に、吸着等の物理学的方法や共有結合等の化学的方法によって、固定又はコーティングしておく必要がある。
上記培養基材の表面に、カドヘリンファミリーに属するタンパク質や融合タンパク質、糖側鎖を有するポリマーを固定またはコーティングする過程の一態様として、E−cad−Fcタンパク質とPVLAを用いた場合の模式図を図1(B)に示す。図1(B)は、E−cad−Fcタンパク質、PVLAの順でコーティングしている。この順でコーティングすると、E−cad−Fcタンパク質によるコーティングの隙間に、PVLAがコーティングされ、E−cad−Fcタンパク質が海、PVLAが島となるような海島構造を形成することと考えられる。
本発明の細胞培養基材は、後述するように、種々の多能性幹細胞の未分化性を維持したままの培養や、分化誘導因子を加えて、多能性幹細胞を分化させる培養や、多能性幹細胞を分化させた細胞群から、所望の細胞を選抜、濃縮する培養方法に好適に用いることができる。
[細胞培養方法]
本発明の細胞培養方法は、上記細胞培養基材と、液体培地とを用いて、未分化性および分化多能性を維持しながら多能性幹細胞を増殖させることを特徴とするものである。
本発明の実施において、分子生物学や組換えDNA技術等の遺伝子工学の方法及び一般的な細胞生物学の方法及び従来技術について、実施者は、特に示されなければ、当該分野の標準的な参考書籍を参照し得る。これらには、例えば、Molecular Cloning:A Laboratory Manual第3版(Sambrook & Russell、Cold Spring Harbor Laboratory Press、2001);Current Protocols in Molecular biology(Ausubel et al.編、John Wiley & Sons、1987);Methods in Enzymologyシリーズ(Academic Press);PCR Protocols:Methods in Molecular Biology(Bartlett & Striling編、Humana Press、2003);Animal Cell Culture:A Practical Approach第3版(Masters編、Oxford University Press、2000);Antiboides:A Laboratory Manual(Harlow et al.& Lane編、Cold Spring Harbor Laboratory Press、1987)等を参照のこと。また、本明細書において参照される細胞培養、細胞生物学実験のための試薬及びキット類はSigma社やAldrich社、Invitrogen/GIBCO社、Clontech社、Stratagene社等の市販業者から入手可能である。
また、多能性幹細胞を用いた細胞培養、及び発生・細胞生物学実験の一般的方法について、実施者は、当該分野の標準的な参考書籍を参照し得る。これらには、Guide to Techniques in Mouse Development(Wasserman et al.編、Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)が含まれる。本明細書において参照される細胞培養、発生・細胞生物学実験のための試薬及びキット類はInvitrogen/GIBCO社やSigma社等の市販業者から入手可能である。
マウス及びヒトの多能性幹細胞の作製、継代、保存法については、すでに標準的なプロトコールが確立されており、実施者は、前項で挙げた参考書籍に加えて、複数の参考文献(Matsui et al.,Cell 70:841,1992;Thomson et al.,米国特許第5,843,780号;Thomson et al.,Science 282:114,1998;Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 95:13726,1998;Shamblott et al.,米国特許第6,090,622号;Reubinoff et al.,Nat.Biotech.18:399,2000;国際公開番号第00/27995号)等を参照することにより、これらの多能性幹細胞を使用し得る。また、その他の動物種に関しても、例えばサル(Thomson et al.,米国特許第5,843,780号;Proc.Natl.Acad.Sci.USA,92,7844,1996)やラット(Iannaccone et al.,Dev.Biol.163:288,1994;Loring et al.,国際公開番号第99/27076号)、ニワトリ(Pain et al.,Development 122:2339,1996;米国特許第5,340,740号;米国特許第5,656,479号)、ブタ(Wheeler et al.,Reprod.Fertil.Dev.6:563,1994;Shim et al.,Biol.Reprod.57:1089,1997)等に関してES細胞又はES細胞様細胞の樹立方法が知られており、各記載の方法に従って、本発明に用いられるES細胞を作製することができる。
ES細胞とは、胚盤胞期胚の内部にある内部細胞塊(inner cell mass)と呼ばれる細胞集塊をin vitro培養に移し、細胞塊の解離と継代を繰り返すことにより、未分化幹細胞集団として単離した多能性幹細胞である。マウス由来ES細胞としては、E14、D3、CCE、R1、J1、EB3等、様々なものが知られており、一部はAmerican Type Culture Collection社やCell & Molecular Technologies社、Thromb−X社等から購入することも可能である。ヒト由来ES細胞は、現在、全世界で50種以上が樹立されており、米国・国立衛生研究所(NIH)のリスト(http://stemcells.nih.gov/registry/index.asp)には20種以上の株が登録されている。その一部はES Cell International社やWisconsin Alumni Research Foundationから購入することが可能である。
ES細胞は、一般に初期胚を培養することにより樹立されるが、体細胞の核を核移植した初期胚からもES細胞を作製することが可能である(Munsie et al.,Curr.Biol.10:989,2000;Wakayama et al.,Science 292:740,2001;Hwang et al.,Science 303:1669,2004)。また、異種動物の卵細胞、又は脱核した卵細胞を複数に分割した細胞小胞(cytoplastsやooplastoidsと称される)に、所望する動物の細胞核を移植して胚盤胞期胚様の細胞構造体を作製し、それを基にES細胞を作製する方法も考案されている(国際公開番号第99/45100号;第01/46401号;01/96532号;米国特許公開第02/90722号;02/194637号)。また、単為発生胚を胚盤胞期と同等の段階まで発生させ、そこからES細胞を作製する試み(米国特許公開第02/168763号;Vrana K et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 100:11911−6)や、ES細胞と体細胞を融合させることにより、体細胞核の遺伝情報を有したES細胞を作る方法も報告されている(国際公開番号第00/49137号;Tada et al.,Curr.Biol.11:1553,2001)。本発明で使用されるES細胞は、この様な方法により作製されたES細胞又はES細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学的手法により改変したものも含まれる。
EG細胞は、始原生殖細胞と呼ばれる胎児期の生殖細胞を、ES細胞の場合と同様、MEF細胞やSTO細胞、Sl/Sl4−m220細胞等のフィーダー上で、LIF及びbFGF/FGF−2、又はフォルスコリン等の薬剤で刺激することにより作製されたものであり(Matsui et al.,Cell 70:841,1992;Koshimizu et al.,Development 122:1235,1996)、ES細胞ときわめて類似した性質を有している(Thomson & Odorico、Trends Biotechnol.18:53,2000)。ES細胞の場合と同様、EG細胞と体細胞を融合させて作製したEG細胞(Tada et al.,EMBO J.16:6510,1997;Andrewら)やEG細胞の染色体上の遺伝子を遺伝子工学的手法により改変したものも、本発明の方法に使用することができる。
iPS細胞(人工多能性幹細胞:induced pluripotent stem cell)とは、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。上記特許文献3,4,5に記載された方法により作製することができる。また、iPS細胞は、上記特許文献記載の方法以外にも多数の変法による作製方法が知られている。国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。この他に、上記初期化因子の一つないし複数を使用せずに、他の因子を用いたり、初期化因子に変えて、または、加えて、別の物質や遺伝子を使用する方法が知られているが、iPS細胞の定義に入るものであればいずれの方法により作製されたものであっても使用することができる。
本発明で用いるiPS細胞は、体細胞を初期化することにより製造することができる。ここで用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。体細胞は、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、またはヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。
また、多能性幹細胞は、ES細胞やEG細胞、iPS細胞のみに限らず、哺乳動物の胚や胎児、臍帯血、又は成体臓器や骨髄等の成体組織、血液等に由来する、ES/EG細胞に類似した形質を有するすべての多能性幹細胞が含まれる。例えば生殖細胞を特殊な培養条件下で培養することにより得られるES様細胞は、ES/EG細胞ときわめて良く似た形質を呈しており(Kanatsu−Shinohara et al.,Cell 119:1001,2004)、多能性幹細胞として使用することができる。その他の例としては、骨髄細胞から単離され、三胚葉すべての系譜の細胞に分化能を有する多能性成体幹細胞(multipotent adult progenitor/stem cells:MAPC)を挙げることができる。また、毛根鞘細胞やケラチノサイト(国際公開番号第02/51980号)、腸管上皮細胞(国際公開番号第02/57430号)、内耳細胞(Li et al.,Nature Med.9:1293,2003)等を特別な培養条件下で培養することにより得られた多能性幹細胞や、血液中の単核球細胞(又はその細胞核分に含まれる幹細胞)をM−CSF(Macrophage−Colony Stimulating Factor;マクロファージコロニー刺激因子)+PMA(phorbol 12−myristate 13−acetate)処理(Zhao et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 100:2426,2003)、又はCR3/43抗体処理(Abuljadayel、Curr.Med.Res.Opinion 19:355,2003)することにより作製される多能性幹細胞等に関しても、ES/EG細胞と類似の形質を有する幹細胞であればすべて含まれる。この場合、ES/EG細胞と類似の形質とは、当該細胞に特異的な表面(抗原)マーカーの存在や当該細胞特異的な遺伝子の発現、さらにはテラトーマ形成能やキメラマウス形成能といった、ES/EG細胞に特異的な細胞生物学的性質をもって定義することができる。
本発明の実施において、多能性幹細胞は、上記本発明の細胞培養基材に播種される。多能性幹細胞の培養方法や培養条件は、当該培養基材を使用することを除き、多能性幹細胞の通常の培養方法や培養条件をそのまま使用することができる。多能性幹細胞の通常の培養方法や培養条件は、上記の参考書籍、すなわち、Guide to Techniques in Mouse Development(Wasserman et al.編、Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)や、参考文献(Matsui et al.,Cell 70:841,1992;Thomsonら、米国特許第5,843,780号;Thomson et al.,Science 282:114,1998;Shamblott et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA 95:13726,1998;Shamblott et al.米国特許第6,090,622号;Reubinoff et al.,Nat.Biotech.18:399,2000;国際公開番号第00/27995号)等を参照することができるが、特にこれらに限定されない。
多能性幹細胞を培養するための液体培地としては、多能性幹細胞を継代培養する従来の方法に適用することができるものであれば、すべて使用可能である。その具体例としては、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)、Glasgow Minimum Essential Medium(GMEM)、RPMI1640培地等が挙げられ、通常、2mM程度のグルタミン及び/又は100μM程度の2−メルカプトエタノールを添加して使用する。また、ES細胞培養用培地として市販されているKnockOut DMEM(Invitrogen社)や、ES cell−qualified DMEM(Cell & Molecular Technologies社)、TX−WES(Thromb−X社)等も用いることができる。これらの培地にはFBSを5〜25%程度添加することが好ましいが、無血清培養することも可能で、例えば、15〜20%のKnockOut Serum Replacement(Invitrogen社)を代用することができる。また、MEF細胞の培養上清やbFGF/FGF−2、SCF等を添加した培地を使用してもよく、その詳細な方法は公知である(Xu et al.,Nature Biotech.19:971,2001;国際公開番号第01/51616号;国際公開番号第03/020920号;Amit et al.,Biol.Reprod.,70:837,2004)。
上記の多能性幹細胞を培養するための液体培地には、多能性幹細胞の未分化状態を維持する作用を有する物質・因子を添加することが望ましい。具体的な物質・因子としては、特にこれを限定しないが、マウスES/EG細胞の場合、LIFが好適である。LIFは既報告論文(Smith & Hooper、Dev.Biol.121:1,1987;Smith et al.,Nature 336:688,1988;Rathjen et al.,Genes Dev.4:2308,1990)や、NCBIの公的なDNAデータベースにアクセス番号X13967(ヒトLIF)、X06381(マウスLIF)、NM_022196(ラットLIF)等で公知のタンパク質性因子であり、そのリコンビナント・タンパク質は、例えばESGRO(Chemicon社)の商品名で購入することができる。また、GSK−3阻害剤を培養液に添加することにより、特に他の成長因子・生理活性因子等の添加をしなくても、マウス及びヒトES細胞の未分化性を効率的に維持することができる(Sato et al.,Nature Med.10:55,2004)。この場合、GSK−3の活性を阻害できる作用を有した物質であれば、すべて使用可能であり、例えばWntファミリー分子(Manoukian & Woodgett、Adv.Cancer Res.84:203,2002;Doble & Woodgett、J.Cell Sci.116:1175,2003)等を挙げることができる。
本発明の実施において、従来の方法に基づき継代維持した多能性幹細胞を、上記の方法により作製された培養基材に播種し、かつ、上記の培養条件・方法に基いて培養することにより、当該細胞を分散した状態で、しかも当該細胞が本来有する未分化な状態を保持したまま継代培養することが可能である。この様な状態で培養した多能性幹細胞は、細胞分裂の際に物理的な抑制がかからないため、及び/又は細胞間接触に起因する細胞増殖抑制機構が作用しないため、及び/又は細胞の生存性が高まり、死細胞数が減少するため、細胞の著しい増加や増殖が認められる。一つの事例として、本発明の方法によりマウスES細胞を培養した場合、従来の方法で培養した場合と比較して、少なくとも1.25倍以上、好ましくは1.5倍以上、より好ましくは2倍以上の増殖能を呈することが可能である。また、当該条件で4代ほど継代すると、従来法と比べて少なくとも3倍、好ましくは10倍以上の細胞を回収することが可能である。増殖能は、単位時間における細胞数の増加率や倍化速度等の指標で表すことができ、その計測・算出方法としては、一般の細胞を用いた実験で使用され、公知となっている方法であれば、いずれも用いることができる。
上述のように、多能性幹細胞における未分化な状態とは、多能性幹細胞が、ほぼ永続的または長期間の細胞増殖が可能であり、正常な核(染色体)型を呈し、適当な条件下において三胚葉すべての系譜の細胞に分化する能力をもった状態を意味する。また、好ましくは、多能性幹細胞のその他の特性、例えば、テロメアーゼ活性の維持やテラトーマ形成能、又はキメラ形成能等の性質のうち、少なくとも1つを有していることが望ましい。これらの性質・特性を調べる方法は、既に標準的なプロトコールが確立されており、例えば、上記の参考書籍、即ち、Guide to Techniques in Mouse Development(Wassermanら編、Academic Press,1993);Embryonic Stem Cell Differentiation in vitro(M.V.Wiles、Meth.Enzymol.225:900,1993);Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994);Embryonic Stem Cells(Turksen編、Humana Press,2002)等を参照することにより、容易に実施することができるが、特にこれらに記載の方法には限定されない。
また、未分化状態の多能性幹細胞は、以下に記載する少なくとも1つ、好ましくは複数の方法により、少なくとも1つ、好ましくは複数のマーカー分子の存在が確認できる細胞と定義することもできる。未分化状態の多能性幹細胞に特異的な種々のマーカーの発現は、従来の生化学的又は免疫化学的手法により検出される。その方法は特に限定されないが、好ましくは、免疫組織化学的染色法や免疫電気泳動法の様な、免疫化学的手法が使用される。これらの方法では、未分化状態の多能性幹細胞に結合する、マーカー特異的ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体を使用することができる。個々の特異的マーカーを標的とする抗体は市販されており、容易に使用することができる。未分化状態の多能性幹細胞に特異的なマーカーとしては、例えばALP活性や、Oct−3/4またはRex−1/Zfp42等の遺伝子産物の発現が利用できる。また、各種抗原分子も用いることができ、マウスES細胞ではSSEA−1、ヒトES細胞ではSSEA−3やSSEA−4、TRA−1−60、TRA−1−81、GCTM−2等が未分化マーカーとして挙げられる。これらの未分化マーカーの発現は、ES細胞が分化することにより低減、消失する。
あるいは、未分化状態の多能性幹細胞マーカーの発現は、特にその手法は問わないが、逆転写酵素介在性ポリメラーゼ連鎖反応(RT−PCR)やハイブリダイゼーション分析といった、任意のマーカー・タンパク質をコードするmRNAを増幅、検出、解析するための従来から頻用される分子生物学的方法により確認できる。未分化状態の多能性幹細胞に特異的なマーカー・タンパク質(例えば、Oct−3/4やRex−1/Zfp42、Nanog等)をコードする遺伝子の核酸配列は既知であり、NCBIの公共データベース等において利用可能であり、プライマー又はプローブとして使用するために必要とされるマーカー特異的配列を容易に決定することができる。
[分化誘導方法]
本発明の多能性幹細胞の分化誘導方法は、上記本発明の細胞培養基材と、分化誘導因子を含む液体培地とを用いて、多能性幹細胞を分化させることを特徴とする。
多能性幹細胞の分化誘導のための培養方法や培養条件は、上記本発明の細胞培養基材を使用することを除き、多能性幹細胞の通常の分化誘導培養方法や培養条件をそのまま使用することができる。また、液体培地については上記したものと同様のものを使用することができる。
分化誘導因子(Growth Factorとも称される)は、多能性幹細胞の分化を誘導する為に、培地に添加されるペプチド、ホルモン、サイトカイン、タンパク質、糖タンパク質などの化合物であり、分化させたい細胞のタイプや、分化のステージに応じて様々な種類の分化誘導因子が用いられる。本発明においては、既知の方法やプロトコルに従い、目的の細胞に応じて公知の分化誘導因子を液体培地に添加することができる。
例えば、肝細胞への分化を例にとると、肝細胞は、ES細胞をMesendoderm(内胚葉系中胚葉系細胞)、Definitive Endoderm(内胚葉系細胞)、Hepatic Progenitor Cells(肝前駆細胞)、Hepatocytes(肝細胞)という順で分化させて得ることができる。肝細胞への分化には、Activin A、Nodal、bFGF(basic fibroblast growth factor、塩基性繊維芽細胞増殖因子)、HGF(hepatocyte growth factor、肝細胞増殖因子)、OSM(Oncostatin M)、DEX(dexamthasone)、EGF(epidermal growth factor)、TGF−α(transforming growth factor−α)transforming growth factor−α)といった分化誘導因子が用いられるが、公知の文献等記載の技術に従い、これら以外の因子を用いてもよい。肝細胞以外の細胞についても、それぞれの細胞への分化に必要な分化誘導因子を用いることにより、分化を誘導することができる。
[他の細胞培養方法]
本発明の他の細胞培養方法は、上記の細胞培養基材と、分化誘導因子を含む液体培地とを用いて、多能性幹細胞を肝細胞に分化させ、細胞培養基材から該肝細胞を分離し、ガラクトースまたはラクトース側鎖を含むポリマーを表面に固定またはコーティングした細胞培養基材に播き、培養することを特徴とするものである。前記ガラクトースまたはラクトース側鎖を含むポリマーが、ポリ(p−N−ビニルベンジル−D−ラクトンアミド)であることが好ましい。特定の細胞培養基材を用いること以外の培養方法については上記と同様に、公知の細胞培養方法によることができる。
本発明の細胞培養基材を用いて多能性幹細胞を肝細胞に分化させると、高い純度で肝細胞が得られる。分化誘導後、細胞培養基材から、肝細胞を引き剥がし、ガラクトースまたはラクトース側鎖を含むポリマーを表面に固定またはコーティングした細胞培養基材に播き、培養することにより、肝細胞の純度をさらに高めることができる。これは、肝細胞の細胞表面に発現するASGPR(アシアロ糖タンパク質レセプター)が、ガラクトース側鎖を認識するため、肝細胞のみがガラクトース側鎖を含むポリマーを表面に固定またはコーティングした細胞培養基材に接着するためである。
カドヘリンファミリーに属するタンパク質による細胞接着と、ガラクトース側鎖を含むポリマーによる細胞接着は、ともにCa2+依存性であるため、分化誘導後、細胞培養基材から、肝細胞を引き剥がす方法として、キレート剤を用いることが好ましい。キレート剤は公知のものをいずれも使用することができ、細胞に悪影響を与えないものが好ましい。
多能性幹細胞への遺伝子導入法としての利用
本発明の別の態様として、本発明記載の方法は、所望する外来遺伝子を、多能性幹細胞の細胞内に効率的に導入する方法として使用することができる。導入する外来遺伝子としては、特に制限はないが、例えば増殖因子や受容体、酵素、転写因子等の天然の蛋白質や、例えば、遺伝子工学的手法を用いて改変、作製した、人工的な蛋白質である。また、導入遺伝子としては、リボザイムやsiRNA等の機能的RNAでも良い。更には、外来遺伝子として、遺伝子の導入効率または発現安定性等を評価するためのマーカー遺伝子、例えば、GFP(Green Fluorescent Protein)やβ−ガラクトシダーゼ、ルシフェラーゼなどをコードする遺伝子も利用可能である。
好適な実施態様の1つとして、導入する外来遺伝子は、遺伝子の転写及び発現を可能にする核酸配列、いわゆるプロモーター配列と、当該プロモーターの制御下に転写・発現が可能になる様な形で連結される。又、この場合、当該遺伝子は、更にポリA付加シグナルと連結されることが望ましい。多能性幹細胞において外来遺伝子の転写および発現を可能にするプロモーターとしては、SV40ウイルスやCMV、ラウス肉腫ウイルス等のウイルスに由来するプロモーターや、β−アクチン・プロモーター、EF1αプロモーター等が挙げられる。また、目的の如何によっては、ある種の細胞/組織又はある分化段階の細胞で特異的に遺伝子の転写および発現を可能にする核酸配列、いわゆる細胞/組織特異的プロモーター配列や分化段階特異的プロモーター、或いはRNAの発現に適したPol.IIIプロモーター等も使用できる。これらプロモーターの塩基配列は、NCBI等の公共のDNAデータベースにおいて利用可能であり、一般的な分子生物学的手法を用いることにより、所望の遺伝子配列を利用した遺伝子ベクターを作製することが可能である。また、これらのプロモーターを利用可能なベクターが、Invitrogen社や、Promega社、Ambion社等から購入可能である。
上記の遺伝子(ベクター)の導入のための方法としては、特にこれを制限せず、例えばリン酸カルシウムやDEAE−デキストランを用いたトランスフェクション法を挙げることができる。また、遺伝子導入対象の細胞が細胞内に取りこむことが可能であり、かつ、細胞毒性の低い脂質製剤、例えばLipofectoamine(Invitrogen社)やSuperfect(Qiagen社)、DOTMA(Roche社)等を用いて、目的とする遺伝子とリポソーム−核酸複合体を形成させた上でトランスフェクションする方法も好適である。更には、レトロウイルスやアデノウイルス等のウイルスベクターに目的の遺伝子を組み込み、その組み換えウイルスを細胞に感染させる方法等も使用可能である。この場合、ウイルスベクターとは、ウイルスDNAまたはRNAの全長若しくは一部を欠損・変異させた核酸配列に、目的とする遺伝子を組み込み、発現することができる様にした構築物である。
本発明の方法により増殖させた多能性幹細胞の利用
本発明に係る培養方法(増殖方法)により増殖させた多能性幹細胞は、引き続き、公知の方法による細胞回収法を用いることにより、未分化な状態を維持した多能性幹細胞を、効率的かつ多量に得ることができる。また、本発明に係る遺伝子導入法により、所望する遺伝子を導入・発現させた多能性幹細胞を効率的かる多量に得ることができる。この様にして得られた多能性幹細胞を、以下、本発明により調製された多能性幹細胞と呼ぶ。
多能性幹細胞の回収法としては、多能性幹細胞の一般的な継代培養法において用いられる、公知の酵素消化による方法が挙げられる。その具体例としては、多能性幹細胞を培養している培養容器から培地を除き、PBSを用いて数回、好ましくは2〜3回洗浄し、適当なタンパク質分解酵素を含む溶液(例えば、トリプシンやディスパーゼ等のタンパク質分解酵素を含む溶液)を加え、37℃で適当時間、好ましくは1〜20分間、より好ましくは3〜10分間程度培養した後、上記のES細胞培養用培地等の適当な溶液に懸濁し、単一細胞状態とする方法が挙げられる。また、酵素を用いない方法も使用することができ、例えば、多能性幹細胞を培養している培養容器から培地を除き、PBSを用いて数回、好ましくは2〜3回洗浄した後、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液を終濃度0.01〜100mM、好ましくは0.1〜50mM、より好ましくは1〜10mMになる様に添加し、37℃で適当時間、好ましくは1〜60分間、好ましくは10〜30分間程度処理して細胞を剥離させ、更にES細胞培養用培地等の適当な溶液に懸濁し、単一細胞状態とする方法が挙げられる。また、EDTAの代わりにエチレングリコールビス(2−アミノエチルエーテル)四酢酸(EGTA)溶液を、同様の方法で用いることもできる。
また、本発明は、本発明により調製された多能性幹細胞から適当な分化誘導処理により作製した分化細胞をも提供する。分化細胞としては、一般的に多能性幹細胞から分化誘導することができる種の細胞であれば、特にこれを限定しない。具体的には、外胚葉細胞または外胚葉由来の細胞、中胚葉細胞または中胚葉由来の細胞、内胚葉細胞または内胚葉由来の細胞等が挙げられる。
外胚葉由来の細胞とは、神経組織、松果体、副腎髄質、色素体および表皮組織といった組織・器官を構成する細胞であるが、これらに限定されない。中胚葉由来の細胞とは、筋組織、結合組織、骨組織、軟骨組織、心臓組織、血管組織、血液組織、真皮組織、泌尿器および生殖器といった組織・器官を構成する細胞であるが、これらに限定されない。内胚葉由来の細胞とは、消化管、呼吸器、胸腺、甲状腺、副甲状腺、膀胱、中耳、肝臓および膵臓といった組織・器官を構成する細胞であるが、これらに限定されない。
本発明により調製された多能性幹細胞、及び/又は当該細胞から作製した分化細胞は、各種生理活性物質(例えば、薬物)や機能未知の新規遺伝子産物などの薬理評価や活性評価に有用である。例えば、多能性幹細胞や種々の分化細胞の機能調節に関する物質や薬剤、及び/又は多能性幹細胞や種々の分化細胞に対して毒性や障害性を有する物質や薬剤のスクリーニングに利用することができる。特に現状では、ヒト細胞を用いたスクリーニング法はほとんど確立しておらず、本発明により調製された多能性幹細胞に由来する各種分化細胞は、当該スクリーニング法を実施するための有用な細胞ソースとなる。
さらに、本発明は、本発明で開示された方法により調製された多能性幹細胞を用いてキメラ胚またはキメラ動物を作製する方法、及び作製したキメラ胚またはキメラ動物をも提供する。キメラ胚またはキメラ動物を作製する方法は、既に標準的なプロトコールが確立されており、例えば、Manipulating the Mouse Embryo:A laboratory manual(Hogan et al.編、Cold Spring Harbor Laboratory Press,1994)等を参照することにより、容易に実施することができるが、特にこれを限定しない。
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されることはない。
本発明の実施例において行った実験方法は以下の通りである。
<PVLAの合成>
PVLA(図1(A))をKobayashi A, Kobayashi K, Akaike T. J.Biomater. Sci. Polym. Ed. 1992;3:499−508記載の方法に準拠して合成した。p−vinylbenzylamine をガブリエル合成により合成し、オリゴサッカライドを酸化してグルコアミドを得た。N−p−vinylbenzyl−O−β−D−galactopyranosyl−(1→4)−D−glucoamide (VLA)を水に溶解し、窒素雰囲気下で、2時間、60℃で、開始剤として1% K2S2O8(w/v)を用いて重合した。沈殿したポリマーを抽出し、フリーズドライを行って、ポリマー粉末を得た。
<E−cad−Fcの合成>
E−cad−Fc融合タンパク質の発現と精製を、Nagaoka M, Akaike T., ProteinEng. 2003;16:243−245.に準拠して行った。本実施例において、マウスのE−カドヘリン全長(理研 BRC DNAバンク、コード1184)から得た細胞外ドメインcDNAと、変異導入IgG1−Fcドメイン cDNA (T252M/T254S)をライゲーションし、E−cad−Fc融合タンパク質を発現させた。
<水晶発振子マイクロバランス測定法(QCM)>
AFFINIX Q4装置(Initium Co. Ltd 製)を温度調節装置に設置した。QCMセルの電極を純水、クロロホルムで洗浄し、硫酸/過酸化水素(体積比3/1)で処理し、その後、2%SDS溶液(ナカライテスク)で処理した。高速回転法によりポリスチレンの薄膜フィルムで電極をコーティングした。QCM装置にセルをセットし、2時間安定化させた後、サンプル溶液(500μl)を加えた。表面は少なくとも30分間安定化し、PBSで3回リンスして、不安定な吸着物を除去した。吸着曲線を作成するために、PVLA溶液の濃度を、2、4、6、8、10、50、100および200μg/mLと変え、E−cad−Fc溶液の濃度を1、2、4、6、8、10、15μg/mLと変えた。単分子層の形成に必要な濃度を確かめた後、PVLAとE−cad−Fcの共被覆(co−coating)をテストした。E−cad−Fc溶液(7.5μg/mL)をQCMセルに加え、安定化と3回の洗浄処理を施した後、PVLA溶液(100μg/mL)を加えて、同様に安定化、洗浄処理を行った。
単位面積当たりの質量変化を、Sauerbrey方程式により計算した。即ち、1cm2の領域において、1Hzの振動数の変化が0.606ng/cm2の質量変化に値する。濃度依存的な吸着は、データの2重逆数をLineweaber−Burk方程式を用いた直線回帰を行った後、Langmuir方程式を用いて記述した。
<PVLAコートされた培養皿の作製>
Millipore製の0.22μmフィルターを用いた滅菌の後、1.5mLのPVLA水溶液(100μg/mL)を未処理のポリスチレン培養皿(35mm、Iwaki製)に加え、37℃で2時間インキュベートした。その後、上記培養皿をリン酸塩バッファー(PBS)で洗浄し、1%BSAで1時間ブロッキングした。その後、PVLAコートされた培養皿をPBSでリンスした。
上記と同様の方法により、ゼラチンコートしたポリスチレン培養皿をゼラチン水溶液(1mg/mL)を用いて作製した。また、コラーゲンコートした培養皿をコラーゲン水溶液(タイプI、0.1mg/mL, pH 3.0)を用いて作製した。
<E−cad−FcとPVLAを共固定化した培養皿の作製>
図1(B)に記載の共固定化基層を作製する為に、精製したE−cad−Fc溶液(7.5μg/mL)を未処理のポリスチレン培養皿に加えた。37℃、2時間のインキュベーションの後、培養皿をPBSで洗浄し、PVLA溶液(100μg/mL)で処理し、37℃で2時間インキュベーションした。共固定化培養皿を1%BSAでブロッキングし、PBSで洗浄し、用いた。
<肝細胞の単離と培養>
Seglen PO., Exp. Cell Res. 1973;82:391−398、および、Ise H, Sugihara N,Negishi N, Nikaido T, Akaike T., Biochemical and biophysical research communications. 2001; 285:172−182記載の方法に準拠して、2段階in situコラゲナーゼ灌流法により、初代培養肝細胞を、雄のICRマウス(6〜8週、SLC)の肝組織から単離した。
マウスをペントバルビタールにより麻酔し、門脈にカニューレ挿入し、肝臓を、EGTAを含有するCa2+フリープレ灌流溶液(pH7.4)で灌流し、その後、トリプシンインヒビター(0.05mg/mL、Wako製)とコラゲナーゼ(0.15mg/mL、Wako製)を含有するコラゲナーゼ溶液(pH7.4)で灌流した。灌流した組織は、Hank溶液で分離し、100μmナイロンセルストレイナー(BD Falcon製)で集めた。肝細胞は、10%パーコール溶液(GE Healthcare Bioscience)を用いた密度勾配遠心分離(50xg、10分間、4℃)により精製した。トリパンブルー法を用いて細胞の生存を確認した。生存初代培養肝細胞を、50ng/mLペニシリンおよび50μg/mLストレプトマイシン(ナカライテスク製)を含有するWilliamsE培地(Invitrogen)に懸濁し、3×104 細胞/cm2の密度でゼラチン、コラーゲン、E−cad−Fc、PVLA、共固定化培養皿上に播種した。培地は、4時間後に除き、結着しなかった細胞や死細胞を除去した。
<未分化ES細胞の維持>
フィーダーフリーのマウスES細胞系統(EB3)を、10%FBS、2mM L−グルタミン、1% 非必須アミノ酸(NEAA、ナカライテスク製)、1mM ピルビン酸塩、0.1mM β−メルカプトエタノール、1000units/mL LIF (組み換え白血病抑制因子、Chemicon製)、抗生物質(50ng/mLペニシリンおよび50μg/mLストレプトマイシン)を添加したGrasgow最小培地(GMEM、Sigma−Aldrich製)を含む、ゼラチンコートされた培養皿において維持した。
mES細胞は、Accutase(Millipore製)により分離し、毎日培地を交換しながら、3日ごとに継代し、少なくとも3回継代培養した(9日間)。
<mES細胞の肝細胞への分化>
分化のプロセスは、図1(C)に記載の通りで、4つのステップに分けて行った。内胚葉系中胚葉への分化、胚体内胚葉への分化、肝前駆細胞への分化、肝細胞への分化である。従って、分化誘導用培地は3種類用いた。10%ノックアウト血清代替物(KSR、Invitrogen製)、1% FBS、2mM L−グルタミン、1% NEAA、1mM ピルビン酸塩、0.1mM β−メルカプトエタノールおよび抗生物質を含有するGMEMを基本培地とした。
まず、上記基本培地に10ng/mLのアクチビンA(R&D system製)を加えたものを培地Aとし、内胚葉系中胚葉分化に用いた。ゼラチン上で維持されていた未分化ES細胞(0日後)を、Accutaseにより分離し、5000細胞/mLの濃度(35mm培養皿全体では、10000細胞)となるように、培地Aを加えた共固定化培養皿に播き、3日間培養した。その後、内胚葉への分化の為に、基本培地に、アクチビンA(10ng/mL)とbFGF(50ng/mL 、Promega製)を加えたものを培地Bとし、用いた。上記で分化させた細胞(3日後)をさらに、培地B中で2日間培養した。自発的な分化が起きるようなコントロールとして、上記と並行して基本培地で5日間培養した(5日間)。
HGF (10ng/mL、Sigma製)、オンコスタチンM (10ng/mL、OSM、Sigma製)および、デキサメタゾン (1mM、DEX、Sigma製)を基本培地に加えて、培地Cとし、肝細胞への分化に用いた。
6日目に、細胞をエンザイムフリーの細胞分離バッファー(CDB、Gibco製)を用いて分離し、培地Cを含むE−cad−FcとPVLAの共固定化培養皿に、5000細胞/mLの密度で播いた。
14日後、分化した細胞をCDBを用いて分離し、培地Cを含むE−cad−FcとPVLAの共固定化培養皿に、5000細胞/mLの密度で播いた。
E−cad−Fc単独コートされた培養皿についても、mES細胞を上記と同様に培養した。ゼラチンコートされた培養皿については、未分化ES細胞をゼラチンコートされた培養皿で2日間維持した後、同様に培養し、安定なコロニーを形成させた。
分化誘導開始後18日、20日、22日、24日後において、分化した細胞をCDBにより分離し、培地Cを含む35mm PVLAコートされた培養皿に、10000細胞/mLの密度(培養皿全体では20000細胞)で播いた。PVLAに結着した細胞の割合を、ASGPRポジティブ細胞の数と、再播種の最適なタイミングの評価に用いた。
<結着アッセイ>
96ウェルプレート上で、細胞を4時間培養した後、培地と結着しなかった細胞を除いた。結着した細胞は、PBSにより3回洗浄し、Midlform 20N (4% ホルムアルデヒド、pH7.4、和光純薬製)により15分間固定した。その後、0.1%クリスタルバイオレットで10分間染色した。最後に、リンスの後、2% SDSを加えて30分間インキュベートし、570nmの波長に対する吸光度をマイクロプレートリーダーにより測定した。
<半定量的RT−PCR>
TRIzolエージェント(Invitrogen製)により細胞破砕液からRNAを抽出し、蒸留水に懸濁し、dNTPとオリゴ−dTプライマー、Moloneyマウス白血病ウィルス逆転写酵素(Invitrogen製)を用いてcDNAに逆転写した。
PCRは、dNTPミックス(Takara製)、TopTaqポリメラーゼ(Qiagen製)、MgCl2を含むPCRバッファーを用いて行った。PCR産物は、2%アガロースゲル電気泳動にかけ、Molecular Dynamics Typhoon 8600 imagerによりスキャンした。ハウスキーピング遺伝子マーカーと比較したバンド強度を、ImageQuantソフトウェアを用いて計算した(ver5.2、Molecular Dynamics製)。
<免疫蛍光アッセイ>
細胞をMildform 20N (8%ホルムアルデヒド、pH7.4)で20分間固定し、PBSで洗浄した。固定した細胞を、0.2% TritonX−100により5分間処理し、PBSで洗浄した。Image−iT signal enhancer (Invitrogen製)の存在下で30分間インキュベーションし、Blocking One ソリューション(ナカライテスク製)を用いて1時間ブロッキングした。その後、細胞を室温下で2時間、一次抗体でインキュベートし、PBSで慎重に洗浄した後に、2次抗体で、2時間室温下でインキュベートした。その後、細胞をDAPIで核染色した。染色した細胞をPBSに懸濁し、倒立型蛍光顕微鏡(オリンパス製)により観察した。
Oct3/4、Sox17、AFP、ALBをそれぞれ発現する細胞の数を算定するために、3つの独立の培養皿中の、異なる5箇所から採取した50〜100細胞を観察した。
<ウェスタンブロット>
細胞のタンパク質を、1% PMSF、1% プロテアーゼインヒビターカクテルを含むlysisバッファー(20mM Tris−HCl,、pH8.0、150mM NaCl、1% NP−40、1% Triton X−100)により抽出した。細胞破砕液を15000xg、4℃で15分間遠心分離し、タンパク質サンプル溶液を得た。サンプルバッファーで処理したタンパク質をSDS−PAGEにかけ(7.5%、10%アクリルアミドゲル)、PVDFメンブレン(Immobilon−P、Millipore製)にトランスファーした。PVDFメンブレンを、マウスの抗β−アクチン抗体と、ゴートの抗マウスアルブミン抗体(Abcam)で2時間室温下においてインキュベートした。その後、HRP結合2次抗体(1/10000希釈、Jackson ImmunoResearch Laboratories)で2時間、室温でインキュベートした。HRP活性をImmobilon Western 検出エージェント(Millipore製)により検出した。
<アルブミンELISAアッセイ>
培地中に分泌されたアルブミンを、マウスアルブミンELISAキット(Shibayaki製)を用いて検出した。培地を、24時間ごとに回収し、8000xg、5分間遠心し、希釈してサンプル溶液とした。その後、抗アルブミン抗体処理したマイクロプレートを250μlの洗浄バッファーでリンスしたものに、50μlのサンプル溶液(10倍希釈)もしくはスタンダードソリューションで、1時間インキュベートした。
マイクロプレートをリンスし、HRP結合抗体溶液で室温下1時間インキュベートした。洗浄バッファーでリンスした後、発色基質溶液(3,3’,5,5’−テトラメチルベンジジン、TMB)で20分間処理し、50μlの1M 硫酸で処理した。450nmの波長に対する吸光度を、マイクロプレートリーダーにより測定した。標準曲線を作成してアルブミン濃度を計算し、細胞数で標準化した。
<グリコーゲン蓄積(PAS反応)>
初代培養肝細胞と、分化した細胞をそれぞれMildform 20N (8%ホルムアルデヒド、pH7.4)で10分間固定した。PBSで2回洗浄し、細胞を1%過ヨウ素酸(和光純薬製)で5分間酸化し、再び洗浄した。細胞をSchiff反応液(和光純薬製)で10分間処理し、PBSで洗浄した。2% SDS溶液で30分間処理した後、550nmの波長に対する吸光度をマイクロプレートリーダーを用いて測定し、細胞数で標準化した。未分化ES細胞をコントロールとして用いた。
<尿素アッセイ>
培地中における尿素レベルをUrea assayキット(Bioassay Systems製)を用いて測定した。培地を毎日回収し、8000xg、5分間遠心し、上清をサンプルとして用いた。水(ブランク)、希釈スタンダードソリューション(2mg/dL)、およびサンプル液を96穴プレートに導入した。200μLの反応試薬溶液を加え、室温で50分間インキュベートした。492nmにおけるOD(optical density)を測定した。最後に、105細胞ごとの単位量を標準曲線を用いて算出し、細胞数で標準化した。
(結果)
<PVLAとE−cad−Fcの共吸着>
まず、ポリスチレン表面に対する、PVLAとE−cad−Fcの結合能をQCMを用いて調べた。サンプル溶液の添加により、水晶の振動波長は斬減し、ある時点以降安定化した。
振動数(周波数)の変化は、飽和点に達するまでは、コーティング濃度の増加にともなって減少した。細胞外マトリックス分子による表面の完全飽和は、ポリスチレン表面上における単分子層吸着とみることができる。QCMの結果から、PVLAの単分子層濃度が100μg/mLであることが分かった。また、E−cad−Fcの単分子層濃度が、ELISAアッセイにより明らかにされた数値と同様の、10μg/mLであることが分かった。その後、吸着分の質量変化を、Sauerbrey方程式により計算し、直線回帰によりノーマライズした。GFI値(Goodness of Fit、適合度指標)は、決定係数(coefficient of determination,R2値)として記載されている。統計値の回帰直線は、実測値によく近似した。一方、最大吸着量ΔmmaxとLangmuirの吸着式における定数Kαも得た。吸着等温線の理論によれば、E−cad−Fcタンパク質の吸着エネルギーは、PVLAよりも大きい。即ち、E−cad−Fcの方が、PVLAよりも早く吸着する。PVLAとE−cad−Fcの吸着曲線を、Langmuirの吸着式により示す(図2(A)、(B))。
加えて、固定化基層を形成する為のPVLAとE−cad−Fcの共吸着についてもQCMにより評価した(図2(C))。まず、単分子層濃度(10μg/mL)よりも低い7.5μg/mLのE−cad−Fc溶液をQCMのセルに導入した。安定化とリンスの後、PVLA溶液(100μg/ml)を加えたところ、吸着値が上昇した。結果、PVLAはE−cad−Fcの固定後に残ったスペースを占めることが明らかになり、ポリスチレンに対する吸着能は、PVLAよりもE−cad−Fcの方が高いという推論が裏付けられた。
<初代培養肝細胞の機能および吸着への、PVLAとE−cad−Fc共固定化基層の影響>
E−カドヘリンは、PVLAに結合した肝細胞のスフェロイド形成に重要な機能を果たす。凝集塊中の細胞は、単細胞層のカルチャー中の細胞よりも、生存期間が長く、分化機能発現能も高い。これらの現象を考慮し、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層への、初代培養肝細胞の結合および機能を調べた。
様々なマトリックス上での初代培養肝細胞の形態とアルブミン発現を、蛍光染色により調べた(図3(A))。初代培養肝細胞は、ゼラチン、コラーゲン、E−cad−Fc単独、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層、のそれぞれの表面上で、単一細胞層を形成した。一方、PVLA単独をコーティングしたディッシュの上では、いくつかに分かれて球状(spheroid)の構造を形成した。全てのマトリックスにおいて、細胞の殆どが高いアルブミン発現レベルを示した。培養3日後、PVLA上の肝細胞は、安定な多層の球状構造を形成した。PVLAとE−cad−Fc共固定化基層上の細胞は、単一細胞層の凝集塊となるように集合しだし、ゼラチン、コラーゲン、E−cad−Fc上の細胞は特に形態に変化は見られなかった。凝集塊中の細胞のアルブミン発現は高いレベルで維持されていた。一方、ゼラチン、コラーゲン、E−cad−Fc上の細胞では、アルブミンの発現が著しく下がった。既存の培養システム上では、細胞は広がって存在していたのに対し、PVLAとE−cad−Fc共固定化基層上の凝集塊中の細胞は、アルブミン発現レベルが長期間に渡って高く維持されていた(図3(A)、(B))。これは、肝細胞の凝集塊の形成及び機能維持において、PVLAが基層として重要な役割を果たすことを示唆している。
それぞれのマトリックス上の細胞を用いて、アルブミン(ALB)、肝細胞核因子4α(HNF−4α)、アシアログリコプロテイン受容体(ASGPR)、マウストリプトファンオキシゲナーゼ(mTO)、グルコース6−ホスファターゼ(G6P)についてRT−PCRを行った。その結果、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層、PVLA単独コーティング上の細胞は、ゼラチン、E−cad−Fc単独固定化表面上の細胞よりも、肝細胞特異的な遺伝子の発現レベルが高かった(図3(C))。
さらに、それぞれのマトリックス上で培養した肝細胞の機能を評価するために、肝細胞特異的に生成されるアルブミンの産生量をモニターした。初代培養肝細胞を、ゼラチン、E−cad−Fc単独、PVLA単独、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層のそれぞれにおいて、10%FBS存在下で、1週間培養した。図3(D)に示すように、PVLA単独、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層とは対照的に、ゼラチン、E−cad−Fc単独のマトリックス上の肝細胞によるアルブミン産生量は、速やかに減少し、脱分化が示唆された。
また、新たに培養された肝細胞においては、貯蔵されたグリコーゲンの量は、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層と、ゼラチンやE−cad−Fc単独マトリックスとではほぼ同様のレベルであったが、共固定化基層では長時間の培養を通じて高いレベルに保たれていたのに対し、ゼラチンやE−cad−Fc単独マトリックスでは長時間の培養を通じて明らかに減少した。これにより、肝細胞の機能維持において、PVLAが重要な役割を果たすことが示唆された。
PVLAが肝細胞機能維持に寄与し、E−カドヘリンが初代培養肝細胞およびES細胞の結着と分化を促進するという知見を考慮し、in vitroでの、活性の高い肝細胞を高い純度で集めるために、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層マトリックスを用いることにした。
<共固定化基層上における未分化のマウスES細胞>
融合タンパク質であるE−cad−Fcは、ES細胞を分散状態および分化全能性を維持するための、フィーダー細胞フリーの細胞外マトリックスとして開発された。
本実施例において、PVLAとE−cad−Fcの共固定化基層マトリックスシステムの使用適合性を確認する為に、上記共固定化基層マトリックス上での、マウスES細胞(mES細胞)の挙動を調べた。
まず初めに、2日間培養後の、未分化mES細胞(EB3)の形態から、E−cad−Fcマトリックスと同様に、共固定化基層マトリックスにおいても、単一細胞レベルでの分散状態を維持できることがわかった(図4(A))。一方、PVLA単独コーティングマトリックスには未分化mES細胞は結着しなかった。その後、種々のマトリックス上における未分化mES細胞の増殖を評価し、それぞれのマトリックス上での結着細胞数により標準化した(図4(B))。その結果、共固定化基層マトリックスは、ゼラチンマトリックスよりも細胞増殖能が高く、E−cad−Fc単独マトリックスよりも低かった。これは、PVLAの存在が一部の細胞の増殖にわずかに影響を与えたことを示唆している。
未分化マーカー(Oct3/4)を用いて転写を調べることにより、それぞれのマトリックス上でのmES細胞が未分化であることを確認した(図5(A))。共固定化基層マトリックス上でのES細胞は、E−cad−Fc単独マトリックス上におけるものと同様のレベルの未分化マーカーを発現した。
<mES細胞の肝細胞への分化>
ES細胞由来の肝細胞を得る為に、mES細胞(EB3)を、共固定化基層マトリックス上に播種し、均一な細胞群を形成させた。共固定化基層マトリックス上に分散させた細胞を、アクチビンAおよびbFGF存在下で培養し、内胚葉細胞に分化させた。その後さらに、HGF、オンコスタチンMおよびデキサメタゾンを含む低血清培地で培養した。E−カドヘリンとゼラチンマトリックスを用いた分化誘導は常に並行しておこなった。
経時的に採取した細胞を用いてRT−PCRを行い、細胞の均一性と肝細胞様の形質への分化の程度を調べた。RT−PCRは、内胚葉特異的な遺伝子(Gata6およびSox17)、肝前駆細胞特異的な遺伝子(AFP、アルブミン、サイトケラチン18およびHNF4α)、肝細胞特異的な遺伝子(ASGPR、アルブミン、トリプトファンオキシゲナーゼ)、および、未分化mES細胞マーカー(Oct3/4)、中胚葉マーカー(brachyury)、外胚葉マーカー(Pax6、チロシンヒドロキシラーゼ)について行った。
図5(A)および(B)示すように、内胚葉特異的な遺伝子発現は、早い段階で増加するとともに、Oct3/4の発現量は緩やかに減少した。結果、E−カドヘリン単独マトリックス、および、共固定化基層マトリックスを用いた場合に、効率的で、均一性を保った分化が見られた。一方、ゼラチンコーティングマトリックス上の細胞は、Sox17の発現量が少量であった。ゼラチンコーティングマトリックス上の細胞は、外胚葉マーカーも発現していた。共固定化基層マトリックス上の細胞は、外胚葉マーカーの発現は見られなかった。この結果より、内胚葉への分化におけるE−カドヘリンの重要な役割が示唆された。
内胚葉形質の細胞へ分化した細胞の割合を調べる為、Sox17、E−カドヘリンおよびOct3/4の免疫染色を行った。共固定化基層マトリックス上の細胞は、分散状態を保ち、多くがSox17とE−カドヘリンを発現していた。分化誘導後5日以内に、分化したES細胞は核が肥大し、共固定化基層マトリックス上の細胞のうち95.3±3.7%がSox17を発現した一方、Oct3/4を発現していたものは41.4±15.8%に過ぎなかった(図5(C)、(D))。対照的に、ゼラチン上の細胞は、8.6±5.9%がSox17を発現し、85.3±9.6%がOct3/4を発現した。E−カドヘリンの安定した発現により、E−カドヘリンマトリックスが、内胚葉分化へ適していることが示唆される。これらの結果は、E−cad−Fcの利点を維持している共固定化基層マトリックスが、内胚葉分化において、好適な基層であることを示唆している。
さらに、肝前駆細胞や肝細胞への分化におけるPVLAの存在の影響についても調べた。
肝細胞分化早期および中期の特異的分化マーカーを決定する為に、AFP、ALB、サイトケラチン18、HNF4αおよびE−カドヘリンの発現をRT−PCRにより調べた(図6(A))。AFPを除いた肝細胞特異的遺伝子は全て、分化誘導時間経過に伴って漸増した。AFPは発現レベルの最大値が分化誘導10日後に記録された(図6(B))。ALB、サイトケラチン18、HNF4αの発現量についても、4日ごとに半定量的に調べた(図6(C)、(D)、(E))。
共固定化基層マトリックス上の細胞において、誘導開始8日後からアルブミンの発現が見られ、サイトケラチン18は、4日後から発現が見られた。その後、分化した細胞は、12日後からHNF4αを発現しだした。3つのマーカー全てについて、共固定化基層上の細胞の方が、ゼラチン上のものよりも転写レベルが高かった。
肝細胞へ分化した細胞の割合を調べる為、AFP、ALBについて免疫染色を行った(図6(F)、(G)。
図6(F)が示すように、93.8±6.0%という高い割合で、共固定化基層上の単一細胞レベルに分散した細胞は、AFPを強く発現した一方、ゼラチン上のコロニーは、僅かな割合の細胞がAFPを発現した(15.6%±7.1%)。分化誘導16日後では、共固定化基層上の細胞は、90.0%±9.6%という高い割合でALBポジティブであった。一方、ゼラチン上の細胞は20.5%±5.3%がALBを発現しているに過ぎなかった(図6(G)、(H))。共固定化基層は、E−cad−Fc単独マトリックスと同様の結果であり、ゼラチンと比較して優れた細胞濃縮性能を有することが裏付けられた。
共固定化基層上、および、E−cad−Fc単独マトリックス上の細胞のアルブミンの発現は、ウェスタンブロットにより確認した(図6(I)。
図7(A)が示すように、ASGPRおよびmTOを含む成熟肝細胞特異的遺伝子マーカーの発現が、分化の後半段階において増加した。分化の進行に伴い、24日後に、ASGPRの発現量がピークになった(図7(B))。興味深いことに、ASGPRの発現は、共固定化基層上の細胞では10日後から始まったのに対し、E−cad−Fc単独マトリックス上の細胞では12日後から、ゼラチンマトリックス上の細胞では16日後から始まった。共固定化基層上の細胞は、ASGPRの発現量がほかの2つのマトリックスよりも常に高かった。これは、PVLAがASGPRの発現促進に寄与している可能性を示唆している。これらの結果と一致するように、共固定化基層上の細胞は、E−cad−Fc単独マトリックスやゼラチンと比較して、mTOの発現レベルも高かった。特に、22日以降において差が顕著であった(図7(C))。
一方、分化誘導24日後に行った免疫染色の結果から、ALBおよびASGPRの発現量は、共固定化基層、およびE−cad−Fc単独マトリックスでは、ゼラチンと比較して明らかに高かった(図7(D))。
肝細胞は、様々な代謝機能を有する成熟細胞である。分化最終ステージのmES細胞(誘導後20日、24日)の機能レベルを評価し、共固定化基層マトリックスの分化誘導効率への影響を確認した。共固定化基層上の細胞のアルブミン分泌(図7(E))、グリコーゲン蓄積(図7(F))、および尿素生成レベル(図7(G))は、ゼラチンやE−cad−Fc単独マトリックスよりも高かった。
<マウスES細胞由来の肝細胞のASGPR発現に基づいた濃縮>
本発明により、ES細胞由来の肝細胞を単離し、未分化の細胞や他の系列に分化する可能性のある細胞を除去する、マトリックス依存的選択的細胞濃縮方法が提供される。E−cad−Fcは、PVLAによるASGPR選択的な結合をサポートしうる。
E−カドヘリンによる結合と、PVLA−ASGPRの結合の両方が、Ca2+依存的であることから、分化誘導18日、20日、22日、24日後において、キレート剤(CDB)を用いて分化細胞を分離し、PVLAコーティングしたディッシュ上に播種した。結着した細胞数を計算し(図8(A))、細胞膜上に発現したASGPRの存在を評価した。ASGPRポジティブの細胞の割合は、それぞれのマトリックスにおいて、分化誘導開始から経時的に増加した。共固定化基層上の細胞は、E−cad−Fc単独や、ゼラチンコートされたディッシュよりもASGPRポジティブの細胞の割合が高かった。24日後において、共固定化基層由来の細胞の結着率は59.7%±11.6%であり、E−cad−Fc単独マトリックス由来の細胞の結着率は45.0±2.5%であり、ゼラチンコートされたディッシュ由来の細胞の結着率は、23.2±3.3%であった。結着細胞の割合の変化は、22日後と24日後の間では小さかった。よって、再播種のタイミングは、分化誘導後22日後が最適であるといえる。
共固定化基層においては、最終ステージにある分化細胞であっても、単一細胞層を維持していたが、凝集への傾向が見られた(図8(B))。
しかしながら、PVLAコートされたディッシュへの再播種から3日培養した場合、分化細胞は、一部が凝集し、多層の凝集塊を形成していた。この様子は、初代培養肝細胞の培養3日後に形成される組織様のスフェロイドに類似していた。
<ASGPRにより濃縮したES細胞由来の肝細胞の特徴>
ゼラチン、E−cad−Fc単独マトリックス、共固定化基層それぞれにおいて分化誘導してから24日後の細胞について、各種マーカーの転写量を、再播種した細胞(上記と同様にPVLAコートしたディッシュ上に再播種し3日間培養した細胞)と比較した(図8(C))。brachyury(中胚葉特異的遺伝子)、Pdx1(膵臓マーカー)のRT−PCRから、キレート剤による細胞分離と再播種による細胞選択プロセスにより、肝細胞以外のマーカーを発現しない細胞が濃縮されたことが分かる。また、Gata6およびSox17(内胚葉および肝前駆細胞)の転写が見られなくなったことから、分化の早期ステージにある細胞が除去されたことが分かる。成熟した肝細胞のマーカー(ASGPR、mTO、G6P)の転写量は維持ないしは増加したことからも、成熟肝細胞選択的な結着が起こった事が分かる。
これらの結果より、肝細胞の選択的濃縮が達成できたことが分かる。
分化したES細胞が、初代培養肝細胞として機能しうるかについて調べるために、アルブミン分泌、グリコーゲン蓄積、および尿素生成について測定した。PVLAコートしたディッシュに再播種した肝細胞は、それぞれの代謝機能を維持していた。