本発明の細胞培養担体を構成する多孔質体は平均流量孔径が1〜200μmと一般的な細胞の大きさのほぼ1〜2倍であり、しかも無機成分を含んでいることからある程度の剛性を有し、保形性に優れているため、培養操作性に優れ、細胞の保持にも優れ、細胞へダメージを与えにくく、しかも培養細胞間の剥離が生じにくい。また、保形性に優れているため、細胞培養した細胞層を二層以上有する、つまり、連続した三次元模擬組織であるように、高密度に細胞を培養することができる。このように、三次元模擬組織であるように培養された状態で凍結しているため、本発明の細胞培養担体は解凍後の生理活性の回復の早いものである。
本発明の多孔質体はその構造を維持できるように、無機成分を含んでいる。このような無機成分としては、例えば、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、セシウム、バリウム、ランタン、ハフニウム、タンタル、タングステン、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、又はルテチウムの各酸化物を挙げることができ、具体的には、SiO2、Al2O3、B2O3、TiO2、ZrO2、CeO2、FeO、Fe3O4、Fe2O3、VO2、V2O5、SnO2、CdO、LiO2、WO3、Nb2O5、Ta2O5、In2O3、GeO2、PbTi4O9、LiNbO3、BaTiO3、PbZrO3、KTaO3、Li2B4O7、NiFe2O4、SrTiO3などを挙げることができる。前記の無機成分は、一成分の酸化物から構成されていても、二成分以上の酸化物から構成されていても良い。例えば、SiO2−Al2O3のニ成分から構成することができる。
本発明の細胞培養担体を構成する多孔質体は、平均流量孔径が1〜200μmと一般的な細胞の大きさ(1〜100μm)の1〜2倍で、細胞の保持性に優れるため、連続した三次元模擬組織であるように細胞を培養することができる。より一般的な細胞の大きさは1〜50μmであるため、平均流量孔径は1〜100μmであるのが好ましく、更に一般的な細胞の大きさは3〜25μmであるため、平均流量孔径は3〜50μmであるのが更に好ましく、更に一般的な細胞の大きさは5〜10μmであるため、平均流量孔径は5〜20μmであるのが更に好ましい。
この「平均流量孔径」は、ASTM−F316に規定されている方法により得られる値をいい、例えば、ポロメータ(Polometer、コールター(Coulter)社製)を用いて、ミーンフローポイント法により測定される値をいう。
本発明の多孔質体の形態はどのような形態からなっていても良いが、例えば、不織布、織物、編物、発泡体、中空糸集合体、繊維及び/又は粒子を押し固めた成形体、又はこれらの複合体であることができる。これらの中でも、連続した三次元模擬組織を形成できるように、嵩高で、比表面積の広い多孔質体であることができる不織布を含んでいるのが好ましい。なお、多孔質体は不織布のような二次元的形態であっても、中空円筒形、円筒形などの三次元的形態であっても良い。三次元的形態の多孔質体は、例えば、不織布等の二次元的形態の多孔質体を成形することによって、或いは、繊維及び/又は粒子を三次元的形態に成形することによって得ることができる。
この好適な不織布形態からなる多孔質体の場合、三次元模擬組織であるように細胞を培養することができるように、平均繊維径3μm以下の繊維からなるのが好ましく、2μm以下の繊維からなるのがより好ましく、1μm以下の繊維からなるのが更に好ましい。本発明における「平均繊維径」は繊維50点における繊維径の算術平均値をいい、「繊維径」は多孔質体を撮影した5000倍の電子顕微鏡写真をもとに測定した、繊維の長さ方向に対して直交する方向における長さを繊維径とする。
このような不織布を構成する繊維は有機系繊維であっても、無機系繊維であっても、有機系繊維と無機系繊維とが混在していても良いが、無機系繊維を含んでいると、繊維自体が剛性に優れており、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に、保形性に優れているため好適である。この好適である無機系繊維としては、例えば、無機系ゲル状繊維、無機系乾燥ゲル状繊維、無機系焼結繊維がある。無機系ゲル状繊維とは、溶媒を含む状態の繊維であり、無機系乾燥ゲル状繊維とは、無機系ゲル状繊維中に含まれる溶媒などが抜けた状態の繊維であり、無機系焼結繊維とは、無機系乾燥ゲル状繊維(多孔質)が、焼結(無孔質)した状態の繊維である。このような好適である無機系繊維は多孔質体の30mass%以上を占めているのが好ましく、50mass%以上を占めているのがより好ましく、70mass%以上を占めているのが更に好ましく、100mass%を占めているのが最も好ましい。
また、多孔質体は空隙率が90%以上であると、細胞と、細胞との足場となる多孔質体構成材(例えば、繊維)との接着効率が向上し、また、多孔質体構成材の密度が低く、細胞が多孔質体の内部まで広がりやすく、更に、細胞に必要不可欠な栄養素や酸素などの供給効率が向上しやすいため細胞増殖能に優れ、高密度培養でき、三次元模擬組織であるように細胞を培養することができるため好適である。好ましい空隙率は91%以上であり、より好ましくは92%以上であり、更に好ましくは93%以上であり、更に好ましくは94%以上である。上限は特に限定するものではないが、保形性の点から99.9%以下であるのが好ましい。
なお、「空隙率」は次の式から算出することができる。
P=[1−Wf/(V×SG)]×100
ここで、Pは多孔質体の空隙率(%)、Wfは多孔質体の重量(g)、Vは多孔質体の体積(cm3)、SGは多孔質体構成材の比重(g/cm3)をそれぞれ表す。
例えば、不織布のように厚さが均一な場合、次の式から算出することができる。
P=[1−Wn/(t×SG)]×100
ここで、Pは不織布の空隙率(%)、Wnは不織布の目付(g/m2)、tは不織布の厚さ(μm)、SGは不織布構成繊維の比重(g/cm3)をそれぞれ表す。
なお、目付は、最も面積の広い面の面積と重量を測定し、1m2当たりの重量に換算した値であり、厚さは、最も面積の広い面に対する荷重が30g/cm2となるように設定したマイクロメーターで測定した値である。
本発明の多孔質体は、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時における保形性に優れているように、部分的に融着した状態にあるのが好ましい。部分的に融着している場合、ドット状又はライン状であることができ、前者のドット状である場合、その形状は、例えば、長方形などの矩形、円形、楕円形、長円形などの丸形、又はこれらの組合せであることができ、後者のライン状である場合、直線、曲線又はこれらの組合せであることができる。特に、多孔質体の外縁がライン状又はドット状に融着していると、多孔質体の保形性に優れ、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくいため好適である。
このように外縁が融着している場合、保形性に優れているように、外縁部における多孔質体の厚さ方向における内部においても、多孔質体構成材が融着しているのが好ましい。具体的には、外縁部における多孔質体の融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真において、粒状の塊(融着部)の占める面積が、多孔質体の断面積の5%以上を占めており、好ましくは10%以上占めており、更に好ましくは15%以上占めており、更に好ましくは20%以上占めている。なお、前記粒状の塊(融着部)の占める面積が5%未満であっても、融着部の数が5ヶ所以上であるように融着していれば、保形性に優れる多孔質体である。
なお、外縁部における多孔質体の厚さ方向断面における、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率及び融着部の数は、次の操作により得られる値をいう。
(1)多孔質体の融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真を撮影する。
(2)前記電子顕微鏡写真において、融着部分における厚さを一辺(短辺)とし、前記厚さの5倍の長さを一辺(長辺)とする長方形の枠を任意の箇所に設定し、測定領域を確定する。
(3)前記測定領域内における粒状の塊(融着部)の占める面積、又は融着部の数を測定する。なお、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率(Arc)は、次の式から算出する。
Arc=(Atc/Amc)×100
ここで、Atcは測定した融着部の面積の総和、Amcは測定領域の面積、をそれぞれ意味する。
なお、多孔質体構成材料が接着剤で接着していない場合には、保形性に優れるように、多孔質体の外縁がライン状又はドット状に融着しているとともに、多孔質体の主面における融着した外縁よりも内側においても、ドット状又はライン状に部分的に融着しているのが好ましい。このように多孔質体の主面における融着した外縁よりも内側においても融着している場合、融着した外縁よりも内側における融着部の総面積が、主面における融着した外縁に囲まれた面積の5%以上を占めるように融着しているのが好ましく、10%以上を占めるように融着しているのがより好ましい。なお、多孔質体の主面における融着部が1点以上で融着しているのが好ましく、5点以上で融着しているのがより好ましい。また、主面における融着した外縁に囲まれた領域に2点以上融着している場合、任意の箇所で融着していることができるが、融着部が分散して融着していると、より保形性に優れている。
なお、多孔質体の主面における融着した外縁よりも内側において、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率及び融着部の数は、次の操作により得られる値をいう。
(1) 多孔質体の主面全体の電子顕微鏡写真を撮影する。
(2) 多孔質体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域の面積を測定する。
(3) 多孔質体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域における、粒状の塊(融着部)の占める面積、又は融着部の数を測定する。なお、粒状の塊(融着部)の占める面積の比率(Ars)は、次の式から算出する。
Ars=(Ats/Ams)×100
ここで、Atsは多孔質体の主面における融着部の占める面積の総和、Amsは多孔質体の主面における外縁の粒状の塊(融着部)により囲まれた領域の面積、をそれぞれ意味する。
本発明における「融着」とは、多孔質体構成材(例えば、繊維)が溶融して多孔質体構成材の形状を喪失し、多孔質体構成材の横断面積の2倍以上の大きさを有する粒状の塊の状態で固着し、多孔質体構成材間に介在していることをいう。このような状態は、多孔質体の厚さ方向における断面電子顕微鏡写真、及び/又は多孔質体の主面における電子顕微鏡写真から確認することができる。なお、「多孔質体構成材の横断面積」は粒状の塊に隣接する箇所における多孔質体構成材の横断面積をいう。また、「多孔質体構成材が溶融して粒状の塊の状態で固着している」ことは、EDX(エネルギー分散型X線分析:Energy dispersive X-ray spectrometry)などの微小領域を分析可能な元素分析により、多孔質体構成材を構成する元素と粒状の塊を構成する元素とが同じであることによって確認できる。
本発明の多孔質体は接着剤で接着されているのが好ましい。更に保形性に優れ、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくいためである。特に、多孔質体の内部を含む全体において、多孔質体構成材間に被膜を形成することなく、接着剤で接着していると、多孔質体の内部構造を損なわず、三次元模擬組織であるように細胞を培養することができるため好適である。つまり、細胞培養に必要な足場が多く、高密度培養できるとともに、細胞に必要不可欠な栄養素や酸素などを効率的に供給しやすい。また、嵩高であるため培養状態を観察しやすい。
この接着剤は有機系接着剤であっても、無機系接着剤であっても、或いは有機系接着剤と無機系接着剤とを併用しても良いが、多孔質体が有機系成分から構成されている場合には、多孔質体が変形しにくいように、無機系接着剤を含む接着剤で接着されている。多孔質体が無機系成分から構成されている場合であっても、多孔質体が更に変形しにくくなるため、無機系接着剤を含む接着剤で接着されているのが好ましい。
なお、多孔質体が機能性に優れているように、金属イオン含有化合物を含有していると、細胞機能誘導因子を奏する。例えば、細胞の分裂・増殖・分化、血液の凝固、筋肉の収縮、神経感覚細胞の興奮、貪食、抗原認識、抗体分泌など免疫反応、各種ホルモン分泌など広範囲な生体反応に関与し、また、リンと共にヒドロキシアパタイト結晶を形作って骨や歯牙のマトリクス構造に沈着して強度を与えるカルシウム、細胞外液の浸透圧維持のために働くナトリウム、酸素の運搬作用、及びエネルギー代謝における電子伝達体(チトクロムC)の必須部位である鉄、骨と歯牙の主要な無機成分であるマグネシウム、神経興奮性の維持、筋肉の収縮、細胞内の浸透圧維持のために働くカリウム、或いは銅、ヨウ素、セレン、クロム、亜鉛又はモリブデンなどの金属を含んでいると、細胞機能を向上させることができる。
この金属イオン含有化合物は、例えば、金属塩であることができ、金属塩としては、例えば、塩化物、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩、リン酸水素塩、炭酸水素塩、硝酸塩、水酸化物などを挙げることができる。特に、カルシウムイオン含有塩、マグネシウムイオン含有塩、アパタイト(りん灰石)を含有する多孔質体は、細胞機能を高めた細胞培養を行うことができる。
このように、本発明の多孔質体は無機成分を含んでいることによって、多孔質体の形態安定性が高く、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくいものである。なお、例示したように、無機系繊維及び/又は無機系接着剤として含んでいる必要はなく、例えば、無機粒子を含んでいることによっても、無機粒子の剛性によって多孔質体の形態安定性が向上し、細胞培養時、凍結時、解凍時及び解凍後の細胞培養時に変形しにくい。本発明の多孔質体は変形しにくいように、50mass%以上の無機成分から構成されているのが好ましく、70mass%以上の無機成分から構成されているのがより好ましく、90mass%以上の無機成分から構成されているのが更に好ましく、100mass%無機成分から構成されているのが最も好ましい。
このような最も好ましい、100mass%無機成分からなる、平均流量孔径が1〜200μmの不織布形態の多孔質体、つまり、無機系繊維からなる不織布形態の多孔質体は、例えば、次のようにして製造することができる。
(1)無機成分を主体とする化合物を含む紡糸用無機系ゾル溶液を用いて、静電紡糸法により無機系繊維を紡糸する工程(紡糸工程)、
(2)前記無機系繊維とは反対極性のイオンを照射し、集積させ、無機系繊維ウエブを形成する工程(集積工程)、
(3)前記無機系繊維ウエブを結合して不織布(多孔質体)とする工程(結合工程)
を含み、所望により、(2)の集積工程の後に、熱処理する工程を更に含むことができる。
更には、金属イオン含有化合物含有溶液を前記不織布(多孔質体)に付与し、不織布に機能性を付与する工程(金属イオン含有化合物含有溶液付与工程)を更に含むことができる。なお、金属イオン含有化合物含有溶液付与工程に替えて、又は加えて、紡糸工程(1)で使用する紡糸用無機系ゾル溶液に金属イオン含有化合物を添加することができる。また、結合工程(3)が接着用無機系ゾル溶液に由来する無機系接着剤で無機系繊維ウエブを接着する工程である場合、又は結合工程(3)とは別に接着用無機系ゾル溶液に由来する無機系接着剤で接着する工程を含む場合には、金属イオン含有化合物含有溶液付与工程に替えて、又は加えて、接着用無機系ゾル溶液に金属イオン含有化合物を添加することができる。
以下、紡糸工程(1)及び集積工程(2)を実施することのできる静電紡糸装置の一態様を模式的に示す説明図である図1をもとに、不織布(多孔質体)の製造方法を説明する。
図1において、静電紡糸装置1は、繊維の原料となる、無機成分を主体とする化合物を含む紡糸用無機系ゾル溶液を吐出できる紡糸ノズル2と、この紡糸ノズル2の先端下方に配置された繊維回収装置である繊維回収容器3内に配置された捕集部材4とを備えている。さらに、紡糸ノズル2に対向して配置され、吐出されて形成する繊維とは反対極性のイオンを発生できるイオン発生手段であると共に、電気的に繊維を吸引できる対向電極5を備えている。紡糸ノズル2には、紡糸用無機系ゾル溶液を供給できるゾル溶液供給機6が接続されており、紡糸ノズル2及び対向電極5には、それぞれ第1高電圧電源7、第2高電圧電源8が接続されている。また、繊維回収容器3には、繊維を繊維回収容器3に吸引できる吸引機9が設けられている。
紡糸ノズル2としては、内径0.01〜5ミリ程度の金属又は非金属パイプを使用できる。また、図2に示すように、紡糸用無機系ゾル溶液21を収容したゾル溶液容器22中に回転するノコギリ状歯車20を浸漬させ、対向電極5に向かうノコギリ状歯車20の先端部20aを電極とするエッジ電極を使用することもできる。同様に図3に示すように、ワイヤ20bをローラー23によってゾル溶液容器22内を回転させ、紡糸用無機系ゾル溶液21の付着したコンベア状のワイヤ20bを電極として使用することもできる。なお、図3においては、対向電極(図示しない)は、紙面に対して垂直に配置されている。さらに、従来の種々の静電紡糸用電極を利用することができる。
対向電極5としては、例えば、コロナ放電用ニードル(高電圧印加あるいは接地でもよい)、コロナ放電用ワイヤ(高電圧印加あるいは接地でもよい)、交流放電素子などが使用できる。この交流放電素子として、図4(a)(b)に示すような沿面放電素子を使用できる。すなわち図4(a)(b)において、沿面放電素子25は、誘電体基板26(例えば、アルミナ膜)を挟んで放電電極27及び誘起電極28を設け、これらの電極間に交流電源29によって交流高電圧を印加することにより、放電電極27部分で沿面放電を起こし、正及び負のイオンを生成させることができる。
紡糸工程(1)では、まず、(1)無機成分を含む化合物を含有する紡糸用無機系ゾル溶液を形成する。
この紡糸用無機系ゾル溶液は、本明細書に記載の製造方法で最終的に得られる無機系繊維を構成する元素を含む化合物を含有する溶液(原料溶液)を、100℃以下程度の温度で加水分解させ、縮重合させることによって得ることができる。前記原料溶液の溶媒は、例えば、有機溶媒(例えば、アルコール)及び/又は水であることができる。
この化合物を構成する元素は特に限定するものではないが、例えば、リチウム、ベリリウム、ホウ素、炭素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、リン、硫黄、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン、バナジウム、クロム、マンガン、鉄、コバルト、ニッケル、銅、亜鉛、ガリウム、ゲルマニウム、ヒ素、セレン、ルビジウム、ストロンチウム、イットリウム、ジルコニウム、ニオブ、モリブデン、カドミウム、インジウム、スズ、アンチモン、テルル、セシウム、バリウム、ランタン、ハフニウム、タンタル、タングステン、水銀、タリウム、鉛、ビスマス、セリウム、プラセオジム、ネオジム、プロメチウム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、又はルテチウムなどを挙げることができる。
前記の化合物としては、例えば前記元素の酸化物を挙げることができ、具体的には、SiO2、Al2O3、B2O3、TiO2、ZrO2、CeO2、FeO、Fe3O4、Fe2O3、VO2、V2O5、SnO2、CdO、LiO2、WO3、Nb2O5、Ta2O5、In2O3、GeO2、PbTi4O9、LiNbO3、BaTiO3、PbZrO3、KTaO3、Li2B4O7、NiFe2O4、SrTiO3などを挙げることができる。前記無機成分は、一成分の酸化物から構成されていても、二成分以上の酸化物から構成されていても良い。例えば、SiO2−Al2O3のニ成分から構成されていても良い。
前記の紡糸用無機系ゾル溶液は、後述する繊維を形成する工程において紡糸が可能となる粘度を有していることが必要である。その粘度は、紡糸可能な粘度である限り特に限定されるものではないが、好ましくは0.1〜100ポイズ、より好ましくは0.5〜20ポイズ、特に好ましくは1〜10ポイズ、最も好ましくは1〜5ポイズである。粘度が100ポイズを超えると細繊維化が困難となる結果、平均流量孔径が1〜200μmの不織布とすることが困難となる傾向があり、0.1ポイズ未満になると繊維形状が得られなくなる傾向があるためである。なお、ノズルを使用する場合には、ノズル先端部分における雰囲気を原料溶液の溶媒と同様の溶媒ガス雰囲気とすることにより、100ポイズを超える紡糸用無機系ゾル溶液であっても紡糸可能な場合がある。
紡糸工程(1)で用いる紡糸用無機系ゾル溶液は、上述のような無機成分以外に、有機成分を含んでいることができ、この有機成分として、例えば、シランカップリング剤、染料などの有機低分子化合物、ポリメチルメタクリレートなどの有機高分子化合物などを挙げることができる。より具体的には、前記原料溶液に含まれる化合物がシラン系化合物である場合には、メチル基やエポキシ基で有機修飾されたシラン系化合物が縮重合したものを含んでいることができる。
前記原料溶液は、前記原料溶液に含まれる化合物を安定化する溶媒[例えば、有機溶媒(例えば、エタノールなどのアルコール類、ジメチルホルムアミド)又は水]、前記原料溶液に含まれる化合物を加水分解するための水、及び加水分解反応を円滑に進行させる触媒(例えば、塩酸、硝酸など)を含んでいることができる。また、前記原料溶液は、例えば、化合物を安定化させるキレート剤、前記化合物の安定化のためのシランカップリング剤、圧電性などの各種機能を付与することができる化合物、透明性、接着性改善、柔軟性、硬度(もろさ)調整のための有機化合物(例えば、ポリメチルメタクリレート)、ヒドロキシアパタイトなどの細胞親和性のある無機成分、あるいは染料などの添加剤を含んでいることができる。なお、これらの添加剤は、加水分解を行う前、加水分解を行う際、或いは加水分解後に添加することができる。
また、前記原料溶液は、無機系又は有機系の微粒子を含んでいることができる。前記無機系微粒子としては、例えば、酸化チタン、二酸化マンガン、酸化銅、二酸化珪素、活性炭、金属(例えば、白金)を挙げることができ、有機系微粒子として、色素又は顔料などを挙げることができる。また、微粒子の平均粒径は特に限定されるものではないが、好ましくは0.001〜1μm、より好ましくは0.002〜0.1μmである。このような微粒子を含んでいることによって、光学機能、多孔性、細胞親和性、触媒機能、タンパク質吸着機能、或いはイオン交換機能などを付与することができる。更に、前記原料溶液は後述の金属イオン含有化合物を含有していても良い。
テトラエトキシシランの場合、水の量がアルコキシドの4倍(モル比)を超えると曳糸性のゾル溶液を得ることが困難になるため、アルコキシドの4倍以下であるのが好ましい。
なお、触媒として塩基を使用すると、曳糸性のゾル溶液を得ることが困難になるため、塩基を使用しないのが好ましい。
また、反応温度は使用溶媒の沸点未満であれば良いが、低い方が、適度に反応速度が遅く、曳糸性のゾル溶液を形成しやすい。あまり低すぎても反応が進行しにくいため、10℃以上であるのが好ましい。
前述のような静電紡糸装置1による無機系繊維ウエブの形成[すなわち、紡糸工程(1)及び集積工程(2)]は、次のように行われる。
まず、紡糸する繊維の原料となる紡糸用無機系ゾル溶液をゾル溶液供給機6から紡糸ノズル2に供給する。次に、紡糸ノズル2及び対向電極5間に高電圧を印加した状態で、紡糸ノズル2の先端から紡糸用無機系ゾル溶液を吐出する。すると、帯電した液状のゾル溶液はその溶媒が揮発し、凝固してゲル状の無機系繊維となり対向電極5に向かって飛翔する[以上、紡糸工程(1)]。このとき、紡糸ノズル2に対向して配置された対向電極5から、繊維に向かってイオン5aが照射される。このイオンによって繊維の帯電が中和され、静電気力による飛翔力を失い、重力、微風、及び/又は吸引機9の作用により、繊維は繊維回収容器3の方向へ飛翔し、繊維回収容器3内の捕集部材3の上に集積する。従って、低密度で綿状の無機系繊維ウエブを得ることができる[以上、集積工程(2)]。
なお、イオンの発生及び照射は、連続的に又は不連続的に行うことができる。また、紡糸ノズル2と対向電極5との間に電界が生じれば良く、いずれか一方のみに高電圧を印加し、他方を接地しても良い。また、紡糸ノズル2は加熱されていても、加熱されていなくても良い。
図5は、紡糸工程(1)及び集積工程(2)を実施することのできる静電紡糸装置の別の態様を模式的に示す説明図である。
図5において、静電紡糸装置1Aは、図1におけるイオンを発生できると共に、繊維を吸引できる対向電極5に替えて、電離放射線を照射できる電離放射線源10と、繊維を吸引できるネット状の対向電極5(第3高電圧電源11に接続されている)を用いること以外は、図1における静電紡糸装置1と同様の構成であるため、重複する説明は割愛する。
静電紡糸装置1Aにおいて、第1高電圧電源7及び/又は第3高電圧電源11により所定の電圧を紡糸ノズル2及び/又は対向電極5に印加することにより、紡糸ノズル2と対向電極5との間に電位差が生じ、繊維は電気的に吸引されて、対向電極5に向かって飛翔する[以上、紡糸工程(1)]。この飛翔する繊維に対して、電離放射線源10から電離放射線10aを照射し、気体をイオン化する。このイオンによって、繊維の帯電が中和され、静電気力による飛翔力を失い、重力、微風及び/又は吸引機9の作用により、繊維が繊維回収容器3に向かって飛翔し、捕集部材4の上に集積する。従って、低密度で綿状の無機系繊維ウエブを得ることができる[以上、集積工程(2)]。電離放射線源10を使用した場合には、その線量を紡糸ノズル2と対向電極5との間の電位差の形成とは独立して調節できるため、安定して無機系繊維ウエブを得ることができる。
なお、電離放射線源10としては種々の放射線源を使用することができ、特にX線照射装置が望ましい。なお、対向電極5は紡糸ノズル2との間に電位差が生じれば良く、接地されていても、電圧が印加されていても良い。また、電離放射線源10は、繊維に対して放射線を照射できれば良く、対向電極5の背後に位置している必要はない。さらに、対向電極5はネット状である必要はなく、電離放射線が透過できれば種々の部材を使用することができ、蒸着フィルムであっても使用できる。
図6は、紡糸工程(1)及び集積工程(2)を実施することのできる静電紡糸装置の更に別の態様を模式的に示す説明図である。
図6において、静電紡糸装置1Bは、第1紡糸ノズル2aと第2紡糸ノズル2bとが、互いに対向して配置されている。第1紡糸ノズル2aには、紡糸用無機系ゾル溶液を供給できる第1ゾル溶液供給機6a及び高電圧を印加できる第1高電圧電源7が接続され、第2紡糸ノズル2bには、紡糸用無機系ゾル溶液を供給できる第2ゾル溶液供給機6b及び第1高電圧電源7とは反対極性の高電圧を印加できる第2高電圧電源8がそれぞれ接続されている。その他は、静電紡糸装置1と同様な構成であるため、重複する説明は割愛する。
静電紡糸装置1Bにおいて、第1高電圧電源7及び第2高電圧電源8により互いに反対極性の電圧を、それぞれ第1紡糸ノズル2a、第2紡糸ノズル2bに印加しながら、第1紡糸ノズル2a及び第2紡糸ノズル2bから紡糸用無機系ゾル溶液を吐出する[以上、紡糸工程(1)]。すると、互いに反対極性に帯電した繊維は、対向して吐出されることにより接触及び接近して電荷が中和され、静電気力による飛翔力を失い、重力、微風及び/又は吸引機9の作用により、繊維は繊維回収容器3に向かって飛翔し、捕集部材4の上に集積する。従って、低密度で綿状の無機系繊維ウエブを得ることができる[以上、集積工程(2)]。なお、第1紡糸ノズル2aからのゾル溶液吐出条件と、第2紡糸ノズル2bからのゾル溶液吐出条件とが異なるように調整することにより、繊維径が異なる、繊維構成材の組成が異なるなど、異種の無機系繊維が混在する無機系繊維ウエブを製造できる。
なお、第1紡糸ノズル2a及び第2紡糸ノズル2bからの紡糸用無機系ゾル溶液の吐出は、連続的に又は不連続的に行うことができる。また、第1紡糸ノズル2aと第2紡糸ノズル2bとの間に電界が生じれば良く、これらのいずれか一方のみに高電圧を印加し、他方を接地しても良い。また、第1紡糸ノズル2a及び第2紡糸ノズル2bは加熱されていても、加熱されていなくても良い。
上述した静電紡糸装置1、静電紡糸装置1A、静電紡糸装置1Bにおいては、1つの紡糸ノズル2、2a、2bに対して1本の紡糸ノズルを使用した態様であるが、紡糸ノズルは1本である必要はなく、生産性を高めるために、2本以上の紡糸ノズルを備えていることができる。
また、これらの静電紡糸装置においては、紡糸空間における空気の速度を5〜100cm/秒、好ましくは10〜50cm/秒とすることができるように、捕集部材4の下方に吸引機9を設けているが、吸引機9に加えて、又はこれに替えて、送風装置を捕集部材4の上方に設けることができる。これによって、繊維の捕集性を向上させ、安定して無機系繊維ウエブを製造することができる。
集積工程(2)で得られた無機系繊維ウエブは、そのままの状態で次の結合工程(3)に供給することができるし、熱処理した後に、次の結合工程(3)に供給することもできる。この熱処理(以下、後述の「接着用熱処理」と区別する必要がある場合、「集積後熱処理」と称することがある)を実施することにより、繊維同士を接着することができるため、保形性に優れ、細胞培養時に変形しにくい多孔質体を製造することができる。
この集積後熱処理は、例えば、オーブン、焼結炉等を用いて実施することができ、その温度は無機系繊維ウエブを構成する無機成分によって適宜設定する。一般的に、この集積後熱処理温度は200℃以上であるのが好ましく、300℃以上であるのが好ましい。このような温度で集積後熱処理をすると、無機系繊維ウエブの構造が安定化及び強度が増す、つまり、繊維同士がその交点で点状に接着するため、次の結合工程等の際に、無機系繊維ウエブの形態を維持することができる。
なお、無機系繊維が水酸基を有する場合、500℃以下の温度で集積後熱処理を実施すると、繊維単位重量あたりの水酸基量を50μmol/g以上とすることができ、不織布の親水性を高めることができるため、スフェロイド形態の細胞を培養しやすい。一方で、集積後熱処理の温度を500℃よりも高くすることによって、疎水性を高めることができるため、細胞の接着性を高めることができ、連続した三次元模擬組織であるように細胞を培養しやすい。また、無機系繊維同士の接着力が高まるため、無機系繊維ウエブの強度を高めることができる。
集積工程(2)で得られた無機系繊維ウエブは、そのままの状態で結合工程(3)に供給することができるし、前述のように集積後熱処理した後に、結合工程(3)に供給することもできる。この結合工程(3)としては、例えば、部分的に融着加工する工程や接着剤により接着する工程を挙げることができる。
部分的に融着加工すると、無機系繊維ウエブの嵩高さを損なうことなく、保形性に優れた不織布とすることができる。また、部分的に融着加工することによって、無機系繊維の離脱も防ぐことができる。
この部分的に融着した部分はドット状又はライン状であることができ、前者のドット状である場合、その形状は、例えば、長方形などの矩形、円形、楕円形、長円形などの丸形、又はこれらの組合せであることができ、後者のライン状である場合、直線、曲線又はこれらの組合せであることができる。特に、無機系繊維ウエブの外縁をライン状又はドット状に融着すると、不織布の保形性に優れるため好適である。
このように外縁を融着加工する場合、保形性に優れているように、外縁部における不織布の厚さ方向における内部においても、無機系繊維が融着するように、融着加工するのが好ましい。具体的には、外縁部における不織布の厚さ方向における断面の電子顕微鏡写真において、粒状の塊(融着部)の占める面積が、不織布の断面積の5%以上となるように、好ましくは10%以上となるように、更に好ましくは15%以上となるように、更に好ましくは20%以上となるように、融着加工を行うのが好ましい。なお、前記粒状の塊(融着部)の占める面積が5%未満であっても、融着部の数が5ヶ所以上であるように融着加工を実施すれば、保形性に優れる不織布を製造できる。
なお、後述のような無機系接着剤で接着しない場合には、無機系繊維ウエブの外縁をライン状又はドット状に融着加工するとともに、無機系繊維ウエブの主面における、融着加工した外縁よりも内側においても、ドット状又はライン状に部分的に融着して、保形性を高めるのが好ましい。このように、無機系繊維ウエブの主面における、融着加工した外縁よりも内側においても融着加工する場合、保形性に優れるように、主面における融着加工した外縁よりも内側における融着総面積が、主面における融着した外縁に囲まれた面積の5%以上を占めるように融着加工を実施するのが好ましく、10%以上を占めるように融着加工するのがより好ましい。なお、主面における融着した外縁に囲まれた領域における融着部が1点以上であるように融着加工するのが好ましく、5点以上であるように融着加工するのがより好ましい。また、主面における融着した外縁に囲まれた領域に2点以上融着加工する場合、任意に設定した箇所に融着加工することができるが、融着部が分散するように融着加工すると、保形性の点で優れている。
このように、無機系繊維ウエブを部分的に融着する方法としては、例えば、集光した光やレーザーを照射する方法、ガスバーナーを使用する方法、放電を使用する方法、電子ビームを使用する方法、などを挙げることができる。これらの中でもレーザーによる方法は、熱源が広範囲に広がらず、所望箇所のみを融着させるのが容易で、また、非接触であることから小さい歪で融着させることができるため、嵩高性を損なうことがなく、更には、瞬時に伝送・投下が可能な熱源であるため、好適である。
結合工程(3)としては、上述のような部分的に融着加工する工程に替えて、又は加えて、接着剤により接着する工程を実施することができる。なお、部分的に融着加工する工程と接着剤により接着する工程の両方を実施する場合には、どのような順序で行っても構わない。なお、接着剤により接着する工程は、無機成分を主体とする化合物を含む接着用無機系ゾル溶液に由来する無機系接着剤で、無機系繊維ウエブを接着するのが好ましい。不織布が変形しにくく、無機系繊維の離脱防止性に優れているためである。
この接着工程は無機系繊維ウエブの表面のみなど一部のみを接着しても良いが、変形しにくく、繊維の離脱防止性を高める意味では、無機系繊維ウエブの内部を含む全体を無機系接着剤で接着するのが好ましい。なお、無機系繊維ウエブの全体を無機系接着剤で接着する際に嵩が潰れてしまわないように、接着用無機系ゾル溶液を付与した後の余剰の接着用無機系ゾル溶液は、通気により除去するのが好ましい。
この接着用無機系ゾル溶液を構成する化合物としては、無機系繊維を構成する元素を含む化合物と同様のものを使用できるが、無機系繊維ウエブを接着できる限り、紡糸用無機系ゾル溶液と同じであっても異なっていてもよい。例えば、接着用無機系ゾル溶液は曳糸性である必要はなく、曳糸性がなくてもよい。また、有機粒子又は無機粒子が含まれていてもよい。更に、紡糸用無機系ゾル溶液を希釈したものであってもよく、濃度は適宜選択することができる。特には、金属アルコキシド加水分解縮合物であるのが好ましい。更に、接着用無機系ゾル溶液は金属イオン含有化合物を含有していても良い。
この接着用無機系ゾル溶液の無機系繊維ウエブへの付与は無機系繊維ウエブに付与できる限り、特に限定するものではないが、その全体に均一に、すなわち、無機系繊維ウエブの外側部分と同様に、内部まで接着用無機系ゾル溶液を到達させ、付与できるように、例えば、無機系繊維ウエブを接着用無機系ゾル溶液に浸漬することにより、付与するのが好ましい。なお、集積工程(2)の後に、無機系繊維ウエブの集積後熱処理を実施した場合には、接着用無機系ゾル溶液に浸漬しても無機系繊維がばらけにくいため、接着用無機系ゾル溶液に浸漬する場合には集積後熱処理を実施するのが好ましい。
このように、無機系繊維ウエブを接着用無機系ゾル溶液に浸漬した場合には、無機系繊維ウエブに含まれる余剰の接着用無機系ゾル溶液を、通気により除去するのが好ましい。無機系繊維ウエブは、無機系繊維から構成されているため、吸引及び/又は加圧により通気させて余剰の接着用無機系ゾル溶液を除去しても、厚さを潰すことがなく、また、繊維間に被膜を形成することなく、無機系接着剤で接着することができる。
無機系繊維ウエブを無機系接着剤で接着する場合、接着用無機系ゾル溶液を無機系繊維ウエブに付与した後に、室温で自然乾燥するか、熱処理(「接着用熱処理」ということがある)をして接着することができる。接着用熱処理する場合、接着用無機系ゾル溶液に含まれる溶媒などを揮発させることができれば良く、例えば、80〜150℃の温度で10〜30分間保持することにより実施することができる。
なお、この接着用熱処理においては、接着用無機系ゾル溶液に含まれる溶媒などを揮発させた後に、所望により、接着用無機系ゾル溶液及び/又は無機系繊維を無機化するために、焼成処理を行なうことができる。この焼成処理を実施することにより、接着用無機系ゾル溶液を無機化した場合には、無機系繊維ウエブの繊維交点を接着した無機系接着剤の強度が向上し、無機系繊維を無機化した場合には、無機系繊維の強度が向上し、より変形しにくくなる。
この焼成処理は、例えば、焼結炉やオーブンを用いて実施することができ、その温度は無機系接着剤又は無機系繊維を構成する無機成分によって適宜設定する。一般的に焼成温度は200℃以上であることが好ましく、より好ましくは300℃以上である。なお、焼成をする場合には、無機系繊維間に被膜を形成することなく、また、空隙率を下げることのないように、無荷重で焼成を実施するのが好ましい。
なお、無機系繊維が水酸基を有する場合、500℃以下の温度で接着用熱処理(焼成処理を含む)を実施することによって、繊維単位重量あたりの水酸基量を50μmol/g以上とすることができ、親水性が向上し、スフェロイド形態の細胞を培養しやすい。一方で、接着用熱処理温度(焼成処理を含む)の温度を500℃よりも高くすることによって、疎水性を高めることができるため、細胞の接着性を高めることができ、連続した三次元模擬組織であるように細胞を培養しやすい。また、無機系繊維同士の接着力が高まるため、不織布の強度を高めることができる。
本発明においては、紡糸工程(1)、集積工程(2)及び結合工程(3)に加えて、金属イオン含有化合物含有溶液を不織布に付与し、機能性を不織布に付与することができる。
この金属イオン含有化合物を構成する金属として、例えば、カルシウム、ナトリウム、鉄、マグネシウム、カリウム、銅、ヨウ素、セレン、クロム、亜鉛、又はモリブデンなどを挙げることができる。これらの金属は細胞機能誘導因子である。
この金属イオン含有化合物は、例えば、金属塩であることができ、金属塩としては、例えば、塩化物、硫酸塩、リン酸塩、炭酸塩、リン酸水素塩、炭酸水素塩、硝酸塩、水酸化物などを挙げることができる。特に、カルシウムイオン含有塩、マグネシウムイオン含有塩、アパタイト(りん灰石)を付与すると、細胞機能を高めた細胞培養を行うことができる。
この金属イオン含有化合物の付与方法としては、例えば、金属イオン含有化合物含有溶液中に不織布を浸漬する方法、金属イオン含有化合物含有溶液を不織布に塗布又はスプレーする方法などを挙げることができる。無機系繊維がシリカ繊維の場合、金属イオン含有化合物含有溶液に浸漬、金属イオン含有化合物含有溶液を塗布又はスプレーした後、熱処理(焼成処理)を行い、金属イオン含有化合物を高濃度で付与するのが好ましい。
より具体的には、カルシウムイオン含有塩又はマグネシウムイオン含有塩を付与した不織布は、例えば、カルシウム塩又はマグネシウム塩を適当な溶媒(例えば、低級アルコール)に溶解した溶液に、不織布を浸漬することにより、あるいは、前記溶液を塗布又はスプレーすることにより得ることができる。
また、アパタイトを付与した不織布は、例えば、シリカ繊維のように、表面に水酸基を含む無機系繊維を、少なくともリン酸イオンとカルシウムイオンを含む人工体液中に浸漬させることにより、無機系繊維上にアパタイトを析出させることができる。無機系繊維がシリカ繊維の場合(特に、骨培養基材用繊維構造体とする場合)には、集積後熱処理を行なわないか、集積後熱処理を行う場合には、無機系繊維ウエブを500℃以下(好ましくは120〜300℃)の温度で集積後熱処理することによって、繊維単位重量あたりの水酸基量を50μmol/g以上とすることができ、好ましくは100μmol/g以上とすることができる。また、接着用無機系ゾル溶液を付与した後の接着用熱処理(乾燥及び/又は焼成)においても、上記集積後熱処理と同様の温度範囲で行い、繊維単位重量あたりの水酸基量を50μmol/g以上(より好ましくは100μmol/g以上)とするのが好ましい。
なお、本発明においては、金属イオン含有化合物を付与することに替えて、又は付与することに加えて、不織布にコラーゲン、ラミニンなどの細胞接着性を補助するタンパク質を付与することもできる。
以上は、無機系繊維からなる不織布形態の多孔質体の製造方法であるが、無機系繊維ウエブである必要はなく、有機系繊維ウエブであっても良いし、無機系繊維と有機系繊維とが混在する混在繊維ウエブであっても良い。また、繊維の紡糸方法は、静電紡糸法により紡糸する必要はなく、特開2009−287138号公報に開示されているような、液吐出部から吐出された紡糸液に対して、ガスおよび随伴気流による剪断力が1本の直線状となるように作用させる方法により紡糸しても良い。
本発明の細胞培養担体は上述のような多孔質体に、細胞培養した細胞層を二層以上有する状態のまま、凍結した状態にある。前述の通り、細胞培養担体を構成する多孔質体は平均流量孔径が1〜200μmであるため、細胞の保持性に優れており、また、多孔質体に細胞培養した細胞層は二層以上有する三次元模擬組織の、高密度状態にあるため、この状態で凍結した本発明の細胞培養担体の細胞層も三次元模擬組織の高密度状態にある。そのため、解凍後における細胞の生理活性の回復が早い。また、細胞培養担体は凍結した状態にあるため、所望時期に解凍し、連続した三次元模擬組織に培養された細胞を利用することができる。
本発明の細胞培養担体に使用できる細胞は特に限定されるものではないが、例えば、各種不死化細胞株、小型肝細胞などの正常細胞などのin vitroで増殖能を有する細胞であることができる。また、間葉系幹細胞、iPS細胞又はES細胞であっても良い。更に、細胞種は一種類である必要はなく、目的の擬似生体組織を構成する上で必要な細胞種の複数種類から構成されていることもある。
また、細胞培養する際の播種濃度は細胞種によって異なり、細胞層を二層以上有する三次元模擬組織を形成できる播種濃度を実験的に適宜設定する。例えば、細胞種がヒト肝癌由来細胞株HepG2である場合には、多孔質体の培養上面の面積に対して、2×105〜5×105cells/cm2 の濃度で播種するのが好ましい。また、細胞培養は、例えば、多孔質体を培養皿等に入れ、培地に懸濁した細胞を静かに播種し、適宜(例えば、毎日)、培地交換を行うことによって実施できる。例えば、倍加増殖時間が24〜48時間程度の細胞を上記濃度で播種した場合、一週間程度で3層程度の三次元模擬組織を有する細胞層を形成することができる。
本発明の細胞培養担体は細胞培養した細胞層を二層以上有する、三次元模擬組織であるように細胞培養した状態の高密度状態で凍結した状態にあるが、細胞層が多いほど、より三次元模擬組織であるため、細胞層を三層以上有するのが好ましい。なお、過度に多層であると、細胞層の内部における細胞に、酸素などの生存に必要な物質が行き渡らなくなる恐れがあるため、細胞種ごとに、適宜実験で確認する。つまり、凍結前の細胞培養担体、つまり多孔質体に二層以上の細胞層を培養した後、細胞層の単離が可能な場合には、トリパンブルー染色法による生細胞数をカウントすることにより、また、凍結前の細胞培養担体から細胞層の単離が不可能な場合には、MTT法やRNA抽出量から生細胞数を間接的に予測することにより、培養した細胞層が増殖期であることを確認することによって、必要物質が行き渡っていることを確認できる。
本発明の細胞培養担体は細胞層を二層以上有する状態のまま、凍結した状態にあるが、凍結する前に、氷結晶の成長を抑制する添加物を含む凍結用培地に置換するのが好ましい。細胞培養時の培地のまま凍結すると、細胞内部に氷の結晶が成長して細胞を破壊するためである。このような凍結用培地としては、例えば、10%(体積比)ジメチルスルホキシドを含むウシ胎児血清を挙げることができる。なお、凍結は従来から公知の方法により実施することができ、容器に収納した後、プログラムフリーザー等のフリーザー及び/又は液体窒素で凍結する方法を例示することができる。
このような本発明の細胞培養担体は、解凍した後に、更に細胞培養を行った後、培養評価に使用することができる。このように、本発明によれば、所望時期に、連続した三次元模擬組織である培養された細胞を利用することができる。
なお、解凍は従来から公知の方法により実施することができる。例えば、インキュベーターやウォーターバスにより解凍することができる。なお、解凍後の細胞培養は、通常の培地で置換した後に行うのが好ましい。また、培地は凍結前の培地と同じであっても良いし、異なっていても良い。更に、凍結操作に弱い、あるいは、増殖能を持たない初代細胞など共培養する場合には、解凍後に、再度、細胞の播種を行っても良い。更に、解凍後の培地交換時期は特に限定するものではないが、例えば、培地に含まれるpH指示薬の色が酸性側に傾き始めたら交換するのが好ましい。
以下、本発明の細胞培養担体について具体的に説明するが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。なお、繊維単位重量あたりの水酸基量は多孔質体の水酸基量を水酸基量測定に用いた多孔質体の繊維量(単位:g)で除した商であり、水酸基量は中和滴定法を用いて定量した値である。つまり、多孔質体を20vol%の塩化ナトリウム水溶液50mL中に分散させた後、0.1N水酸化ナトリウム水溶液を中和点まで滴下し、中和に必要な水酸化ナトリウム滴下量から、多孔質体の水酸基量を決定した(参考文献参照)。
(参考文献)
George W S.,Determination of Specific Surface Area of Colloidal Silica by Titration with Sodium Hydroxide,Anal.Cheam.;28,1981-1983,(1956)
(実施例1)
紡糸工程(1)及び集積工程(2)
金属化合物としてのテトラエトキシシラン、溶媒としてのエタノール、加水分解のための水、及び触媒として1規定の塩酸を、1:5:2:0.003のモル比で混合し、温度78℃で10時間の還流操作を行い、次いで、溶媒をロータリーエバポレーターにより除去して濃縮した後、温度60℃に加熱して、粘度が2ポイズのゾル溶液を形成した。得られたゾル溶液を紡糸用無機系ゾル溶液として用い、中和紡糸法によりゲル状シリカ繊維ウエブを作製した。
なお、中和紡糸法は、特開2005−264374号公報の実施例8と同じ紡糸条件で実施した。つまり、図1の対向電極5として、図4の対向電極(沿面放電素子25)を紡糸容器室内に収納した紡糸装置を使用し、次の条件で紡糸した。
紡糸ノズル:内径0.4mmの金属製注射針(先端カット)
紡糸ノズルと対向電極との距離:200mm
対向電極及びイオン発生電極(両電極を兼ねる):ステンレス板(誘起電極)上に厚さ1mmのアルミナ膜(誘電体基板)を溶射し、その上に直径30μmのタングステンワイヤ(放電電極)を10mmの等間隔で張った沿面放電素子(タングステンワイヤ面を紡糸ノズルと対向させると共に接地し、ステンレス板とタングステンワイヤ間に交流高電圧電源により50Hzの交流高電圧を印加)
第1高電圧電源:−16kV
第2高電圧電源:±5kV(交流沿面のピーク電圧:5kV、50Hz)
気流:水平方向(紙面上、左から右方向)25cm/sec、鉛直方向(紙面上、捕集部材4の上から下方向)15cm/sec
紡糸容器内の雰囲気:温度25℃、湿度40%RH以下
連続紡糸時間:30分以上
集積後熱処理
次に、前記工程で得られたゲル状シリカ繊維ウエブを、800℃で3時間の集積後熱処理をすることにより、乾燥シリカ繊維ウエブ(目付:8g/m2)を作製した。
接着用無機系ゾル溶液付与工程
繊維間接着のために用いる接着用無機系ゾル溶液として、金属化合物としてテトラエトキシシラン、溶媒としてエタノール、加水分解のための水、及び触媒として硝酸を、1:7.2:7:0.0039のモル比で混合し、温度25℃、攪拌条件300rpmで15時間反応させた。反応後、酸化ケイ素の固形分濃度が0.25%となるようにエタノールで希釈し、シリカゾル希薄溶液(接着用無機系ゾル溶液)とした。
次いで、乾燥シリカ繊維ウエブを前記シリカゾル希薄溶液に浸漬した後、吸引により余剰のシリカゾル希薄溶液を除去することにより、シリカゾル希薄溶液含有シリカ繊維ウエブを作製した。
接着用熱処理工程
次いで、シリカゾル希薄溶液に含まれる溶媒を除去し、繊維交点の接着のために、シリカゾル希薄溶液含有シリカ繊維ウエブを無荷重下、500℃で3時間焼成(接着用熱処理)して、内部を含む全体をシリカで接着したシリカ繊維不織布を作製した。
融着工程
次いで、前記シリカ繊維不織布に対して、パルス状炭酸ガスレーザー(波長:10.6μm、出力:3W、レーザー径:127μm、レーザー照射数:1000パルス/インチ)を走査速度2cm/secで照射し、1cm角の大きさとなるように融着するとともに切断して、外縁をライン状(連続した直線状)に融着したシリカ繊維融着不織布(目付:8g/m2、厚さ:0.15mm、空隙率:95%、平均流量孔径:7μm、水酸基量:50μmol/g)を作製した。
このシリカ繊維融着不織布(=多孔質体、シリカの比重=2g/cm3)を構成するシリカ繊維の平均繊維径は1μmであり、多孔質体の融着部を含む厚さ方向断面の電子顕微鏡写真において、粒状の塊(融着部)の占める面積が、多孔質体の断面積の23.6%を占めていた。
培養工程
このシリカ繊維融着不織布を用いて7日間、細胞培養を行い、30μm程度(3層以上)の細胞層を有する三次元模擬組織を形成した。なお、培養前の多孔質体表面の電子顕微鏡写真(300倍)、培養7日目における多孔質体表面の電子顕微鏡写真(300倍)、及び培養7日目における多孔質体断面の電子顕微鏡写真(400倍)を、それぞれ図7(a)、(b)、(c)に示す。なお、図7(c)において、矢印で示す範囲が細胞層である。また、培養条件は次の通りである。
(培養条件)
HepG2細胞(ATCC:HB-0865、参考文献:Knowles BB, et al., Human hepatocellular carcinoma cell lines secrete the major plasma proteins and hepatitis B surface antigen., Science 209:497-499,1980.PubMed:6248960)の培養を、Williams’s Medium E(購入会社名:シグマ社)に、10%ウシ胎児血清(FBS)、抗生物質(60μg/mLペニシリン及び100μg/mLストレプトマイシン)を添加した培地を使用し、37℃、5%CO2条件下にて実施した。培養環境としては、24ウェルプレートの各ウェル内に、シリカ繊維融着不織布(1cm×1cm)を載置し、HepG2細胞(5×105cells/well)1mLを播種し、1日毎に培地交換を行った。
細胞培養担体の調製
前記細胞培養後のシリカ繊維融着不織布の培地を、細胞凍結用試薬[ウシ胎児血清:ジメチルスルホキシド=9:1(体積比)]で置換し、この細胞凍結用試薬を含有する状態のままバイアルに封入した後、−80℃のディープフリーザーで1週間凍結し、本発明の細胞培養担体を得た。
細胞培養担体の使用
前記細胞培養担体を37℃に設定したウォーターバスにより解凍した後、担体をバイアルから市販の24ウェルプレートに移し、細胞凍結用試薬を前記凍結前と同じ培地1mlで穏やかに3回置換した。その後、培地交換を行わなかったこと以外は前記凍結前と同じ操作で4日間の細胞培養を行った。
なお、解凍1日後に、細胞培養担体を凍結乾燥した後に撮影した細胞培養担体表面の電子顕微鏡写真(300倍)、解凍1日後に、細胞培養担体を凍結乾燥した後に撮影した細胞培養担体断面の電子顕微鏡写真(1000倍)、解凍4日後に、細胞培養担体を凍結乾燥した後に撮影した細胞培養担体表面の電子顕微鏡写真(300倍)、解凍4日後に、細胞培養担体を凍結乾燥した後に撮影した細胞培養担体断面の電子顕微鏡写真(1000倍)を、それぞれ図8(a)、(b)、(c)、(d)として示す。なお、図8(b)(d)において、矢印で示す範囲が細胞層である。
(比較例1):浮遊状態での凍結方法;
市販の培養皿を用いて、実施例1と同じ培地で培養したHepG2細胞を、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で溶解させた0.1w/v%トリプシン−1.06mmol/L EDTA・4Na溶液で剥離した後、1.2×106cells/mLになるように、実施例1と同じ細胞凍結用試薬に懸濁させた。この細胞懸濁液を1mL/vialになるように凍結用チューブに封入し、一週間、−80℃ディープフリーザーで凍結させた。
一週間後、37℃に設定したウォーターバスにより解凍した後、1mLの細胞懸濁液に対して、細胞凍結用試薬を前記凍結前と同じ培地10mLで置換した。その後、前記凍結前と同じ培地5mLに細胞を再懸濁させ、市販の直径6cmの培養皿に播種して、通常の平面培養を4日間行った。
なお、解凍1日後の光学顕微鏡写真(100倍)、解凍4日後の光学顕微鏡写真(100倍)を順に、図9(a)、(b)として示す。
(比較例2):24ウェルプレート底面に細胞を固定化したまま凍結する方法;
市販の24ウェルプレートに、細胞密度5×105cells/wellでHepG2を播種し、実施例1と同じ培地で一晩接着させた。
次の日、培地を除去し、実施例1と同じ細胞凍結用試薬300μLを各ウェルに添加し、プレートをビニールテープで封入した後、一週間、−80℃のディープフリーザーで保存した。
一週間後、37℃に設定したウォーターバスにプレートを浮かべて解凍した後、実施例1と同じ培地1mLで穏やかに3回置換した。その後、前記凍結前と同じ操作で4日間の細胞培養を行った。
なお、解凍1日後の光学顕微鏡写真(100倍)、解凍4日後の光学顕微鏡写真(100倍)を順に、図10(a)、(b)として示す。
(生理活性の評価)
実施例1及び比較例1の場合、凍結前に、市販キット(Roche Applied Science, High Pure RNA Isolation Kit)を用いて、RNAを抽出した。また、解凍し、培養4日後に、同様にRNAを抽出した。
これら抽出したRNAから市販キット(Roche Applied Science,Transcriptor First Strand cDNA Synthesis Kit)を用いてcDNAを合成し、GAPDH(グリセルアルデヒド3リン酸脱水素酵素)を内在性コントロールとし、ALB(アルブミン、肝臓が特異的に産生する血清タンパク質)の肝機能マーカーの発現を、リアルタイムPCR(Roche Applied Science, LightCycler(登録商標)nano)で観察した。
なお、リアルタイムPCRは、TaqManプローブ法で実施した(Roche Applied Science,FastStart Essential DNA Probes Master)。また、GAPDH遺伝子、及びALB遺伝子検出用のプライマーとプローブは次の通りである。
GAPDH ;
プライマー配列:5´agccacatcgctcagacac3´、 5´gcccaatacgaccaaatcc3´
プローブ:#60(Roche Applied Science,Universal ProbeLibrary)
ALB;
プライマー配列:5´:gtgaggttgctcatcggttt3´、5´gagcaaaggcaatcaacacc3´
プローブ:#7(Roche Applied Science,Universal ProbeLibrary)
凍結前の細胞の発現量をそれぞれ1とした時の、解凍し、培養4日後の細胞のALB発現量の割合で比較した。これらの結果は図11に示す通りであった。
(考察)
本発明の多孔質体を用いて7日間培養したHepG2細胞は、多孔質体の播種面側で隙間無く増殖し、30μmほどの厚みのある細胞層を形成していた(図7(c))。HepG2細胞1つの大きさは直径約10μmであるので、形成された細胞層は少なくとも3層以上の細胞からなる三次元模擬組織を有すると考えられた。
なお、凍結保存から解凍した直後の細胞は、細胞が再び生理活性を取り戻すまでに、一時的な接着性低下が見られることが知られているが、本発明の細胞培養担体を解凍した場合(実施例1)、培養担体表面では多少の細胞の脱離が見られるものの、培養担体内部に、均一に細胞が残存しており、細胞同士の三次元的な接着は保たれていた(図8(a)、(b))。また、培養4日後には、細胞同士の接着がさらに増強し、凍結前の状態に回復した(図8(c)、(d))。
実施例1の結果から、解凍後の接着力の低下した細胞を安定的に保持するには、細胞を保持しやすい孔径と、その孔径を維持できる保形性の高い無機成分を含むという本発明の多孔質体の構造的な特徴が大きく寄与していると考えられた。
一方、浮遊状態で細胞を凍結保存する一般的な手法を実施した比較例1では、解凍し、培養1日後に、細胞と培養皿との間に弱い接着が起こり(図9(a))、培養4日後には細胞が増殖して培養皿面を覆いつくした(図9(b))。
また、通常の平面培養状態で細胞を凍結・解凍した比較例2の場合には、細胞凍結用試薬の除去の際に、細胞が殆ど剥離してしまい、残った細胞はわずかであった(図10(a))。また、このように解凍後の細胞密度が低かったことから、これらの細胞は培養4日後に接着性を取り戻すことなく死んでしまった(図10(b))。
このように、実施例1と比較例1では、解凍後、培養4日ほどで凍結前の状態への形態的な回復がみられた。そのため、実施例1と比較例1における、細胞の機能的な回復を比較したところ、肝機能マーカーであるALBの発現量は、本発明の細胞培養担体である実施例1の方が凍結前の水準に早く回復していた(図11)。これは、本発明の細胞培養担体を構成する多孔質体が、解凍した細胞を生体組織に模倣した三次元培養状態に維持できたことにより、生理活性の回復が促進されたためであると考えられた。
以上のように、本発明の細胞培養担体を構成する多孔質体は、培養細胞を、生体組織を模倣した三次元培養状態で保存することを可能にし、その結果、解凍した細胞の早期の生理活性の回復を促進したと考えられた。これらの効果は、本発明の細胞培養担体を構成する多孔質体の細胞を保持し易い孔径と、その孔径を維持できる剛性の高い無機成分を含んでいることによって発揮されたものであると考えられた。