JP6057408B2 - 癌の予防剤および/または治療剤 - Google Patents

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Description

本発明は、癌の予防剤および/または治療剤に関し、より詳しくはc-myc遺伝子の発現に関与するFIRタンパク質による遺伝子発現メカニズムを利用した癌の予防剤および/または治療剤に関する。
癌は本邦の死亡原因の第一位であり、年間30万人以上が命を落としている。ゲノム・プロテオミクス研究の進展により、癌細胞のみに発現するタンパク質の存在が明らかとなった。例えば慢性骨髄性白血病(一部の急性白血病)のBcr/Ablや、一部の肺癌(非小細胞肺がんの4〜5%)に発現するEML4/ALKが見い出された。これらの融合遺伝子は染色体転座により腫瘍細胞にのみ発現するが、その融合タンパク質を阻害する化合物が癌の「特効薬」としてすでに臨床応用され、画期的な治療効果を発揮している。癌治療薬の理想は、癌細胞のみの増殖を阻害する一方で、健常細胞にはほとんど影響を及ぼさないことである。そのような理由から、癌細胞のみに発現するタンパク質リン酸化酵素であるBcr/AblやEML4/ALKを阻害する薬剤は理想的な治療薬である。しかしながら、このような癌特異的な発現プロファイルを示す融合タンパク質は極少数であり、一握りの癌にしか見出されておらず、現在使用されている他の抗癌剤は副作用も多く、癌細胞に特異性が高いとは言えない。すなわち、より多くの癌に特異的に発現している融合タンパク質(または、癌細胞に特異的にみられるタンパク質相互作用)をさらに探し出す必要がある。
ここで、癌原遺伝子産物であるc-Mycタンパク質は、細胞の生命活動に極めて重要であり、細胞の増殖、分化、細胞死(アポトーシス)を制御する転写因子として知られている。このc-myc遺伝子(c-Mycタンパク質)の発現それ自体も、細胞周期や分化に伴い、多くの転写因子によって厳密に制御されている。一方、細胞内外からの刺激に素早く対応し恒常性を維持するために、c-myc遺伝子にはタンパク質合成を介しない、転写により発生する二本鎖DNAの物理的・力学的変化を感知する未知のメカニズムが存在し、それによって転写レベルが一定に維持されていると考えられる。これまでに、c-myc遺伝子の上流のどの部位がc-myc遺伝子の転写に影響を与えるか調べられ、c-myc遺伝子の転写開始部位の1.5kb上流のわずか百数十塩基の部位がc-myc遺伝子の転写に極めて重要であることが示され、FUSE (Far UpStream Element)と名付けられた。すなわち、転写の活性化によって発生する二本鎖DNAの物理的ひずみがプロモーターの上流にnegative supercoilingを生じさせ、これにより二本鎖DNAが一本鎖DNAにほどける部位があり、同部位がc-myc遺伝子の転写制御に極めて重要であることが報告されている。このFUSEに結合するタンパク質をオリゴヌクレオチドアフィニティクロマトグラフィによって同定したところ、70kDaの分子量を有するFBP(FUSE結合タンパク質;FUSE Binding Protein)であった。このFBPは強力な転写活性を有しており、このFBPに結合するタンパク質として、FIR(FBP Interacting Repressor)がYeast Two-Hybrid Systemにより同定された。このFIRは、TFIIH/p89/XPBのヘリカーゼ活性を抑制することによりc-myc遺伝子の転写を抑制すると考えられている。THIIHの変異はFIRによるc-myc遺伝子の転写調節に害を及ぼし、結果として腫瘍の成長をもたらすことも報告されている。
また、本発明者らは以前に、c-myc遺伝子の発現増大が認められる消化器(大腸)癌組織中では転写抑制部位を含むエキソン2を欠損したFIRスプライシングバリアント(FIRΔexon2)が癌特異的に発現増大していることを見出した(特許文献1、非特許文献1)。このFIRΔexon2はc-myc遺伝子の転写抑制活性を失っており、消化器(大腸)癌組織では有意に発現しているものの、対応する非癌上皮細胞ではほとんど発現が認められない。このことから、癌細胞では、FIRのpre-mRNAスプライシングにより、FIRが無駄に活性化するのを防いでいるものと考えられる。このように、FIRΔexon2の発現はFIRによる本来のc-myc発現抑制活性を阻害することで、腫瘍の成長を促進する可能性を秘めているのである。
ところで、スプライシング因子3b(SF3b)は、スプライソソーム中のU2核内低分子リボ核タンパク質(snRNP)のsubcomplexであり、ほぼ等しい化学量(等モル比)のSAP130、SAP145、SAP155、およびp14の4つのサブユニットから構成される。p14サブユニットは、スプライソソーム内のpre-mRNAイントロンのBranch-point(分岐点)のアデノシンに結合しており、SAP155を含む SF3bと安定的に相互作用している。これにより、SF3bはイントロン認識に必須のものとなっている。また、天然の化学物質の誘導体であるスプライソスタチンA(SSA)およびプラジェノライドがSF3bを阻害し、これにより抗癌作用を発揮することが報告されている。これらのことから、癌細胞において高発現しているSF3b(特にSAP155)は腫瘍増殖に寄与しているものと考えられる。本発明は「癌細胞内におけるFIR(またはFIRΔexon2)-SAP155複合体の形成がFIRのc-myc転写抑制機能とSF3bのスプライシング機能を同時に阻害する」という新規のメカニズムを明らかとし、もってFIR(またはFIRΔexon2)-SAP155複合体の結合を阻害する(低分子)化合物を開発することにより癌治療をはじめとする医療応用を目指すものである。
なお、FIRのスプライシングバリアントであるPUF60は、スプライシング因子関連タンパク質という報告もある。しかし、FIRがいかにしてU2snRNPと直接的・間接的に相互作用しているかは不明である。近年、SAP155がPUF60に直接結合することが見出されてはいるが、FIRに対しても同様に直接結合するか否かは依然として未知のままである。
国際公開第2007/086342号パンフレット
Matsushita et al., Cancer Res 2006;66:1409-17
上述したように、明らかに癌細胞にのみ発現しているタンパク質は、一部の白血病のBcr/Ablと一部肺癌のEML4/ALKの2つ(融合タンパク質)である。つまり、これらの融合タンパク質を発現していない癌はそれぞれの治療薬の対象にならない。そこで、より多くの癌を治療対象とすることが可能な分子標的(癌細胞に多く発現し、正常細胞には殆ど発現していないタンパク質あるいはタンパク質相互作用)を見出し(いわゆる「コンパニオン・バイオマーカー」の同定)、副作用の少ない効果的な治療薬の開発に繋げる必要がある。「コンパニオン・バイオマーカー」とは、特定のバイオマーカーが明確な治療薬の反応性となることを意味する。本発明は、具体的には、例えば、癌細胞におけるFIR(またはFIRΔexon2)-SAP155複合体の結合のみを阻害し、他のタンパク質相互作用には影響しない(低分子)化合物を同定・開発することにより、細胞の増殖、癌化、分化、細胞に重要なc−myc遺伝子の発現とスプライシングに重要なSF3b(SAP155複合体)の働き(コントロール)を正常化することを課題とする。すなわち第一義的には癌治療をはじめとする医療応用を目指すものである。従来の技術における上述したような問題に鑑みなされたものであり、より多くの癌に特異的に発現している融合タンパク質(または、癌細胞に特異的にみられるタンパク質相互作用)を見出し、癌細胞特異的に治療効果を発揮できる癌の予防・治療手段を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意研究を行った。その結果、以下の事実を知得した:
i)FIRΔexon2はFIRおよびSAP155によりプルダウンを受けた(図2);
ii)FIRのsiRNAノックダウンによりSAP155のレベルは低下し、その逆も成立した(図3);
iii)FIRΔexon2アデノウイルスベクターおよびSAP155のsiRNAノックダウンにより、c-Mycのレベルは上昇した(図4のBおよびC、図5のAおよびC);並びに、
iv)FIRΔexon2はFIRがFUSEに結合するのを強く阻害し(図7のC)、これによりc-mycのFIRによる抑制が無効化される。
これらのことから、腫瘍の進行に伴う持続的なFIR/FIRΔexon2/SAP155複合体の形成により、FIRが本来有するc-mycの転写抑制機能と、SAP155が本来有する選択的スプライシング機能の双方が同時に阻害を受けるものと推測した。そして、腫瘍の進行に伴い、c-mycはその転写段階(pre-mRNAのスプライシング)において、FIR/FIRΔexons-SAP155複合体の形成により制御を受けるという新規な知見が提供される(図7のC)。
以上のことから、SAP155阻害剤またはFIR/FIRΔexon2-SAP155の相互作用を阻害する物質が癌治療の有用な候補となりうることを知得し、本発明を完成させるに至った。
すなわち、本願は、上記課題を解決するために以下の発明を提供する。
1.SAP155阻害剤、FIR-SAP155阻害剤、およびFIRΔexon2-SAP155阻害剤からなる群から選択される1種または2種以上を有効成分として含有する癌の予防剤および/または治療剤;
2.SAP155阻害剤を有効成分として含有し、当該SAP155阻害剤が二重鎖RNA部分に下記のヌクレオチド配列を含むsiRNAである、癌の予防剤および/または治療剤:
3.FIR-SAP155阻害剤を有効成分として含有し、当該FIR-SAP155阻害剤がFIR-SAP155結合阻害剤である、癌の予防剤および/または治療剤;
4.前記FIR-SAP155結合阻害剤が、下記の化学式からなる群から選択される1種または2種以上の化合物である、上記3に記載の癌の予防剤および/または治療剤:
5.FIRΔexon2-SAP155阻害剤を有効成分として含有し、当該FIRΔexon2-SAP155阻害剤がFIRΔexon2-SAP155結合阻害剤である、癌の予防剤および/または治療剤;
6.前記FIRΔexon2-SAP155結合阻害剤が、下記の化学式からなる群から選択される1種または2種以上の化合物である、上記5に記載の癌の予防剤および/または治療剤:
7.試験物質を、SAP155、FIR、およびFIRΔexon2の少なくともいずれかと接触させる工程と、
前記試験物質がSAP155、FIR、およびFIRΔexon2の少なくともいずれかの機能、あるいは、SAP155とFIRとの結合、またはSAP155とFIRΔexon2との結合の少なくともいずれかを阻害するか否かを判定する工程と、
を含む、癌の予防剤および/または治療剤の候補物質の同定方法。
本発明によれば、より多くの癌に特異的に発現している融合タンパク質(または、癌細胞に特異的にみられるタンパク質相互作用)を見出し、癌細胞特異的に治療効果を発揮できる癌の予防・治療手段が提供される。
大腸癌組織において、SF3bのサブユニットであるSAP155およびSAP130は活性化され、FIRと正の相関を示す。(A)マッチした30の腫瘍サンプル(T)および隣接する非癌上皮組織(N)から全タンパク質溶解物を調製した。大腸癌組織において、FIR、SAP155、およびSAP130は活性化されたのに対し、SAP145はダウンレギュレートされた。内部コントロールとしてはβ−アクチンを用いた。(B)各ビーズの強度をNIH Imageにより測定し、β−アクチンに対する(T)と(N)との間のSAP155、SAP130、FIR、およびSAP145のタンパク質レベルの相対平均値を算出した。ヒストグラムで示されるように、(T)におけるSAP155、SAP130、およびFIRの発現レベルは(N)と比べて有意に高かった(t-検定によるp値はそれぞれ0.032、0.005、および0.001であった)。逆に、SAP145の発現は(N)において(T)よりも有意に高かった(t-検定によるp値は0.03であった)。(C)それぞれの大腸癌組織サンプルにおけるFIR-SAP155、FIR-SAP130、およびSAP155-SAP130の発現は(T)と(N)との間で相関していた。ピアソンの積率相関係数(r)は、FIR-SAP155について0.78(T)および0.95(N)、FIR-SAP130について0.66(T)および0.74(N)、SAP155-SAP130について0.80(T)および0.71(N)であった。(D)c-myc、FIR、FIRΔexon2、SAP155およびSAP130のmRNAの発現はいずれも、非癌上皮細胞と比べて大腸癌組織において有意に活性化されていた。c-mycおよびFIRΔexon2のmRNAは明らかに過剰発現しており、FIRΔexon2/FIR mRNAの比の値も増加を示した。 FIR、FIRΔexon2、およびSAP155は複合体を形成する。(A)FIR-FLAG安定発現HeLa細胞またはFIRΔexon2-FLAG安定発現HeLa細胞の核抽出物の中で、抗FLAGビーズに結合するタンパク質を、抗SAP155抗体または抗SAP130抗体を用いたウエスタンブロットにより分析した。FIR-FLAG複合体ではSAP155およびSAP130がそれぞれ1.0であったのに対し、FIRΔexon2-FLAG複合体ではそれぞれ0.10および0.35とほとんど検出されなかった(上段)。免疫蛍光分析によれば、内因性の全FIR(赤色)およびSAP155(緑色)は核質に共局在化していた。内因性の全FIRおよびSAP155はいずれも、核にも共局在化していた(下段)。(B)FIRまたはFIRΔexon2とSAP155との相互作用を調べる目的で、抗SAP155共役ビーズを用いたFIRΔexon2またはFIRのプルダウン分析を、FIR/FIRΔexon2-FLAGを安定発現したHeLa細胞(上段)または一時的に発現したHeLa細胞(下段)の核抽出タンパク質(NE)について行った。FIR/FIRΔexon2-FLAGを安定発現したHeLa細胞の核抽出物を調製し、抗SAP155共役ビーズで処理した。溶離されたタンパク質を抗FLAG抗体を用いて免疫ブロッティング(ウエスタンブロッティング)し、FIR/FIRΔexon2とSAP155との結合を評価した(上段)。FIR/FIRΔexon2-FLAGを一時的に発現したHeLa細胞の核抽出物を調製し、抗SAP155共役ビーズで処理した。溶離されたタンパク質を抗FLAG抗体を用いて免疫ブロッティングし、FIR/FIRΔexon2とSAP155との結合を評価した(下段)。(C)FIR-FIR、FIR-FIRΔexon2、またはFIRΔexon2-FIRΔexon2の相互作用を評価する目的で、FIR-Mycタグ(上段)またはFIRΔexon2-Mycタグ(下段)を一時的に発現したHeLa細胞の核抽出タンパク質(NE)の中で、抗FLAG共役ビーズを用いてFIR-FLAGまたはFIRΔexon2-FLAGをプルダウンした。FIR/FIRΔexon2-FLAGを安定発現したHeLa細胞の核抽出物を調製し、FIR-Mycタグ(上段)またはFIRΔexon2-Mycタグ(下段)の発現ベクターをトランスフェクションした。次いで、溶離されたタンパク質を抗FLAG抗体または抗Myc抗体を用いて免疫ブロッティングし、FIR-FIR、FIR-FIRΔexon2、またはFIRΔexon2-FIRΔexon2の相互作用をそれぞれ評価した。その結果、SAP155はFIR-FIR複合体またはFIR-FIRΔexon2複合体と一緒に明らかにプルダウンされた(SAP155はFIR-FIR複合体またはFIR-FIRΔexon2複合体と相互作用していることが示唆される)、SAP130は検出限界以下であった。 SAP155のsiRNAノックダウンによりFIRの発現レベルは低下し、その逆も成立する。(A)HCT116細胞およびHeLa細胞において、48時間のSAP siRNA処理により、FIRタンパク質の発現およびFIR pre-mRNAのスプライシングが抑制された。HeLa細胞またはHCT116細胞から単離された全長FIR cDNAのRT-PCRを行い、アミノ末端領域を増幅した。RT-PCRにより検出を行ったところ、SAP155 siRNAにより、新規なFIRスプライシングバリアントであるΔ3およびΔ4が誘導された(下段、矢印)。HCT116細胞およびHeLa細胞において、48時間のSAP155 siRNA処理の後、qRT-PCRにより、FIRおよびFIRΔexon2 mRNAの発現レベルを定量した(下段)。HCT116細胞およびHeLa細胞において、SAP155 siRNA処理により、FIR mRNAに対するΔ3およびΔ4のmRNAレベルの比の値が増加し、さらにHeLa細胞ではFIRΔexon2/FIR mRNAの比の値も増加した。HCT116細胞では、SAP155 siRNAによりFIRΔexon2/FIR mRNAの比の値に有意な変化はなかった。(B)HeLa細胞における内因性のFIRの発現およびpre-mRNAスプライシングに対するSF3b阻害剤SSAの作用を、qRT-PCRにより分析した。その結果、24時間の100ng/mL SSA処理により、全FIR類の発現が低下した。SSA処理した細胞では、qRT-PCRにより、FIR pre-mRNAスプライシングの変化が検出された(レーン4)。図1のAに示すように、SAP155 siRNAだけでなくSSA処理によっても、新規なFIRのスプライシングバリアントであるΔ3およびΔ4の蓄積がみられた。SSA処理では、FIR mRNAに対するFIRΔexon2、Δ3、およびΔ4の割合も増加した。(C)HeLa細胞およびHCT116細胞では、48時間のFIR siRNA処理により、SAP155の発現が抑制された。qRT-PCRを用いた測定によれば、FIR siRNAによりSAP155/β−アクチン mRNAの割合は低下していなかった。 Ad-FIRはSSAで活性化されたc-Mycを抑制したのに対し、Ad-FIRΔexon2はc-mycの転写を活性化し、c-Mycの過剰発現をもたらした。(A)50ng/mL SSA 48時間処理によるc-Mycの活性化はSeV/ΔF/FIRの発現により抑制された(レーン2)。SAP155 siRNAまたはSSA処理によるc-Mycの増加がFIRにより抑制されるかどうかについて、SeV/ΔF/FIRの効果を調べた。その結果、SeV/ΔF/FIRは、SSA誘導性のc-Mycの活性化を抑制した(レーン2のレーン1との比較)のに対し、c-Mycのbasalの発現は抑制しなかった(レーン4および6の、それぞれレーン3および5との比較)。(B)HeLa細胞をAd-FIRΔexon2で48時間処理し、細胞の全タンパク質および全RNAを抽出した。c-Mycタンパク質の発現についてのウエスタンブロット分析およびc-myc mRNAの発現についてのqRT-PCRを行った。その結果、HeLa細胞において、Ad-FIRΔexon2はc-Mycタンパク質およびc-myc mRNAを活性化した。コントロールベクターとしては、Ad-GFPを用いた。mockとあるのは、アデノウイルスベクター処理に供さなかったHeLa粗抽出タンパク質を示す。レーン2、7:0.1 MOI;レーン3、8:0.5 MOI;レーン4、9: 1 MOI;レーン5、10:5 MOI;レーン6、11:10 MOI(それぞれAd-FIRΔexon2またはAD-GFP)。Ad-FIRΔexon2により、明らかにc-Mycはmockに対して20倍以上増加したのに対し、Ad-GFPはc-Mycに影響を及ぼさなかった。c-myc mRNAの増加はずっと少なく、2〜3倍であった。(C)HeLa細胞を10 MOIのAd-FIRまたはAd-FIRΔexon2で72時間処理し、細胞の全タンパク質を抽出し、ウエスタンブロッティングを行った。その結果、Ad-FIRはc-Mycを抑制したのに対し、Ad-FIRΔexon2はc-Mycを活性化したことから、FIRおよびAd-FIRΔexon2はc-Mycの発現において拮抗的に作用することが示唆される。コントロールベクターとしては、Ad-bgalを用いた。mockとあるのは、アデノウイルスベクター処理に供さなかったHeLa粗抽出タンパク質を示す。(D)FIRおよびAd-FIRΔexon2はc-Mycの発現について拮抗的に作用した(レーン3とレーン6との比較)。レーン1(mock):アデノウイルスベクターなし;レーン2:10 MOIのAd-FIRΔexon2;レーン3:5 MOIのAd-FIRΔexon2および5 MOIのAd-FIR;レーン4:10 MOIのAd-FIR;レーン5:10 MOIのAd-FIRΔexon2(レーン2と同一);レーン6:5 MOIのAd-FIRΔexon2および5 MOIのAd-bgal;レーン7:10 MOIのAd-bgal。なお、c-myc mRNAはAd-FIRΔexon2により有意な活性化は受けなかった(データ不図示)。 FIRΔexon2/FIR mRNAの比の値はc-Mycの発現と高い相関を示した。(A)所定濃度のSAP155 siRNAにより48時間処理したところ、c-myc mRNAの発現が増加し(qRT-PCRで測定)、FIRタンパク質の発現が減少した。SAP155 siRNAによりFBPの発現は変化しなかった。siRNAによりSAP155をノックダウンすると、c-Mycの発現はmockの場合と比較して明らかに約4倍以上増加した。なお、c-myc mRNAの増加は、GL2と比較してせいぜい2倍であった。(B)また、siRNAによりSAP155をノックダウンすると、HeLa細胞ではSAP130の発現も低下した。(C)興味深いことに、SAP155 siRNAによってc-myc mRNAが増加したことから、c-Mycの活性化は少なくとも部分的には転写段階のものであるといえる。qRT-PCRにより測定したFIRΔexon2/FIR mRNAの比の値;FIRΔexon2/FIR mRNAはc-Mycタンパク質の発現レベルと高い相関を示した。(D)HeLa細胞に、SSA(100 ng/mL)を時間依存的に投与した。MeOH:SSAを溶解させたのと等量のメタノールをコントロールとして用いた;H2O:SSAを溶解させたのと等量の水を他のコントロールとして用いた。興味深いことに、c-myc mRNAおよびc-Mycタンパク質の発現レベルは、FIRまたはFIRΔexon2 mRNAの単独の発現レベルよりも、FIRΔexon2/FIR mRNAの発現レベルと高い相関を示した。 大腸癌では内因性のc-myc遺伝子のスプライシングに変化がみられた。5つのマッチした外科的切除ヒト腫瘍サンプル(T)および隣接する非癌上皮組織(N)から全RNAを抽出した。そして、このRNAからcDNAを合成した。転写の度合を測定する目的で、c-mycのイントロン1を、c-mycのイントロン1に位置するリバースプライマーを変えながら(R2-R6)RT-PCRにより調べた。(A)転写されたc-mycのイントロン1の検出用プライマーを後述する表2に示す。c-mycのイントロン1は阻害され、(T)では転写されていたが(N)では転写をうけなかった。PC:陽性対照(HeLa細胞の全RNAより合成したcDNA);NC:陰性対象(H2O)。(B)c-mycのイントロン1の転写はSSA(500ng/mL)処理により阻害された。c-mycのイントロン1の転写はまた、SAP155に対するsiRNA(C)およびFIR(D)によって明らかに阻害された。RNA類:ゲノムDNAのコンタミネーションを回避するため、1μgの抽出全RNAをテンプレートとして用い、F-R1およびF-R6をプライマーとしてPCRを行った。 腫瘍の進行に伴って、FIRΔexon2は潜在的に、FIRがFUSEに結合するのを阻害する。(A)C末端の95アミノ酸が欠失したFIRまたはFIRΔexon2-Hisタグタンパク質として、FIRΔC-HisタグまたはFIRΔexon2ΔC-Hisタグ(FIRのRRM1およびRRM2(アミノ酸103〜297、exon6〜9)を有する)を調製・精製し、SDS-PAGEにより分析した。HisTrapHPを用いて精製した後、回収サンプルを50mM Tris-HCl(pH9.0)に対して透析した。レーン1:1000ngのBSA、レーン2:500ngのBSA、レーン3:250ngのBSA、レーン4:125ngのBSA、レーン5〜7:それぞれ2μL、4μL、8μLの精製FIR-Hisタグタンパク質(上段)または精製FIRΔexon2-Hisタグタンパク質(下段)。FIRΔexon2-Hisタグタンパク質の濃度は、BSAを標準物質として用いたバンド強度から見積もった。(B)電気泳動移動度シフトアッセイ(EMSA)により、FIRΔexon2ΔCはFIRΔCがFUSEに結合するのを阻害することが判明した。(C)腫瘍の進行に伴うFIR/FIRΔexon2/SAP155/SAP130複合体の機能モデル。FIRはc-myc遺伝子の転写を抑制し、SAP155は非癌細胞における選択的スプライシングに関与する。これに対し、FIR、FIRΔexon2およびSAP155の潜在的な複合体は、癌細胞におけるFIRおよびSAP155の本来の機能を同時に阻害すると考えられる。 Ad-FIRベクターおよびAd-FIRΔexon2ベクターの構築 FIRアデノウイルスベクター(Ad-FIR)およびFIRΔexon2アデノウイルスベクター(Ad-FIRΔexon2)の構造の概要を示す。hFIR:ヒトFIR cDNA;hFIRΔexon2:ヒトFIRΔexon2 cDNA。 実験に使用した構築物、タンパク質の配列、RRM1およびRRM2、プライマーおよびプローブ、並びに新規なFIRのスプライシングバリアント(Δ3およびΔ4)を示す。(A)新規なFIRのスプライシングバリアント(Δ3およびΔ4)のDNA配列を決定した。(B)PUF60の全アミノ酸配列。PUF60は、12のexon(異なる色で示す)を含む559アミノ酸からなるとされている。exon2およびexon5を斜体で示す。EMSAに用いたC末端欠失FIRまたはFIRΔexon2の欠失アミノ酸配列を下線で示す。モノクローナルおよびポリクローナル抗FIR抗体の抗原配列も示す。(C)RRM1およびRRM2(アミノ酸103〜297)、実験に用いたqRT-PCR用のプライマーおよびプローブの位置を、FIRおよびFIRΔexon2のcDNAについて示す。抗FIRモノクローナル抗体(6B4)は全FIR類(PUF60、FIR、FIRΔexon2、Δ3、およびΔ4)のN末端を認識するものである。本実験では今のところ、exon5を含むペプチド断片は質量分析でも見つかっていない。HeLa細胞においてFIRタンパク質は豊富に存在するが、PUF60はごくわずかに発現しているか、抗exon5抗体を用いた免疫ブロッティングの検出限界以下であり、タンパク質レベルでダウンレギュレーションを受けているものと考えられる(抗exon5抗体は一時的に発現したPUF60を容易に検出可能な抗体である)。 SSA処理またはsiRNA処理によるSAP155のノックダウンにより、c-Mycは活性化された。(A)SSA処理により、c-Mycの発現は増加した。(B)24時間のSSA処理によりc-Mycの発現は活性化されたが、この際FIRの発現は低下した(矢印および矢の先端)。(C)siRNAによるSAP155のノックダウンによっても、c-Mycの発現は増加した。これらの結果から、SSA処理またはsiRNA処理によるSAP155のノックダウンにより、c-Mycは直接的または間接的に活性化されることが示唆される。 (A)表3および表5で同定されたタンパク質の数をまとめたものである。HeLa細胞および293T細胞において、FIR結合タンパク質とFIRΔexon2結合タンパク質とはそれぞれ17種および49種が共通していた。 実施例において、肝癌組織(T)とコントロールとして隣接する非癌上皮組織(N)におけるFIR、SAP155、SAP130のそれぞれのタンパク質の発現をウエスタンブロットにより確認した結果を示す図である。図に示すように、肝癌組織(T)においても、隣接する正常組織(N)と比較して、FIR、SAP155、およびSAP130タンパク質の発現が増加していることが確認された。 実施例において、下咽頭癌組織(K)とコントロールとして隣接する非癌上皮組織(N)における全FIR類(FIRおよびFIRΔexon2タンパク質)の発現をウエスタンブロットにより確認した結果を示す図である。図に示すように、下咽頭癌組織(K)においても、隣接する正常組織(N)と比較して、FIRおよびFIRΔexon2タンパク質の発現が増加していることが確認された。 図14のAは、実施例において、食道癌組織(T)とコントロールとして隣接する非癌上皮組織(N)におけるFIRおよびFIRΔexon2 mRNAの発現をRT-PCRにより確認した結果を示す図である。図に示すように、食道癌組織(T)においても、隣接する正常組織(N)と比較して、FIRおよびFIRΔexon2 mRNAの発現が増加していることが確認された。図14のBは、同様の食道癌組織において、FIRタンパク質およびc-Mycタンパク質の発現をウエスタンブロットにより確認した結果を示す図である。図に示すように、食道癌組織(K)では、FIRタンパク質およびc-Mycタンパク質の発現も増加していることが確認された。図14のCは、下咽頭癌組織において同様のウエスタンブロットを行った結果を示す図であり、同様の結果を得た。 実施例において、下咽頭癌組織におけるSAP155タンパク質の発現についてウエスタンブロットにより確認した結果を示す図であり、やはり図14に示すのと同様の結果を得た。
本発明の一形態によれば、SAP155阻害剤、FIR-SAP155阻害剤、およびFIRΔexon2-SAP155阻害剤からなる群から選択される1種または2種以上を有効成分として含有する癌の予防剤および/または治療剤が提供される。
ここで、「SAP155」は「splicing factor 3B subunit 1 isoform 1」とも称されるタンパク質であり、ヒトのものでは1304アミノ酸からなる(GenBank Accession No. NP_036565.2;配列番号1)。なお、SAP155をコードするcDNA配列(開始コドンを含む)を配列番号2に示す。
また、「FIR」はFBP Interacting Repressorと称されるタンパク質であり、ヒトのものでは542アミノ酸からなる(GenBank Accession No. AAF27522.2;配列番号3)。なお、FIRをコードするcDNA配列(開始コドンを含む)を配列番号4に示す。
また、FIRΔexon2は、配列番号3において下線を付した29個のアミノ酸からなるエキソン2がin-frameでスプライシング変異により欠損したものに相当し、その詳細な情報についてはEnsemblのウェブサイト(http://asia.ensembl.org/Homo_sapiens/Transcript/Sequence_cDNA?db=core;g=ENSG00000179950;r=8:144898514-144912029;t=ENST00000527197)から入手可能である。具体的には、ヒトのFIRΔexon2は513個のアミノ酸からなる(Emsemble genome browser No. ENST00000527197;配列番号5)。また、FIRΔexon2をコードするcDNA配列(開始コドンを含む)を配列番号6として以下に示す(Emsemble genome browser No. ENSP00000431960)。
本形態に係る癌の予防剤および/または治療剤に有効成分として含有されうる「FIR-SAP155阻害剤」とは、1)FIR-SAP155複合体に起因するc-myc遺伝子の発現・機能、c-Mycタンパク質の発現・機能、2)SAP155が構成因子として必須であるSF3b、3)FIR-SAP155複合体の形成そのものを阻害する物質、のうちの少なくともいずれか1つを阻害することができる物質を意味する。すなわち「FIR-SAP155阻害剤」の例としては、FIR-SAP155複合体のシグナリングを阻害することができる任意の物質が挙げられ、例えば、SAP155阻害剤、FIRとSAP155との結合を阻害する物質(以下、「FIR-SAP155結合阻害剤」とも称する)と理解することができる。
同様に、本形態に係る癌の予防剤および/または治療剤に有効成分として含有されうる「FIRΔexon2-SAP155阻害剤」とは、FIRΔexon2-SAP155複合体に起因するc-myc遺伝子の発現・機能、c-Mycタンパク質の発現・機能の少なくとも1つを阻害することができる物質を意味する。同様に「FIRΔexon2-SAP155阻害剤」の例としては、FIRΔexon2-SAP155複合体のシグナリングを阻害することができる任意の物質が挙げられ、例えば、SAP155阻害剤、FIRΔexon2とSAP155との結合を阻害する物質(以下、「FIRΔexon2-SAP155結合阻害剤」とも称する)が挙げられる。
ここで、「SAP155阻害剤」とは、SAP155の発現および機能の少なくとも一方を抑制することができる物質を意味し、例えば、抗SAP155抗体およびその抗体断片、SAP155の発現に対するアンチセンスオリゴヌクレオチド、リボザイム、RNA干渉(RNAi)を引き起こす分子などが挙げられる。
「抗SAP155抗体」とはSAP155と抗原抗体反応により結合しうる抗体を意味する。SAP155阻害剤として抗体を採用する場合、当該抗体はモノクローナル抗体であってもポリクローナル抗体であってもよい。
ポリクローナル抗体は、通常よく使用される方法により得られるものでよい。特に限定されるわけではないが、例えばSAP155タンパク質またはその断片を感作抗原として用いて動物を免疫し、その血清からポリクローナル抗体を得ることができる。
また、モノクローナル抗体は、通常よく使用される方法により得られるものでよい。特に限定されるわけではないが、モノクローナル抗体としては、例えばハイブリドーマにより産生される抗体、遺伝子組み換え抗体、キメラ抗体、CDR移植抗体が挙げられる。ハイブリドーマにより産生される抗体は、例えばSAP155またはその断片を感作抗原として用いて動物を免疫し、得られる免疫細胞を取り出して骨髄腫細胞と融合させ、抗体を産生するハイブリドーマをクローニングし、このハイブリドーマを培養することにより得ることができる。遺伝子組み換え抗体は、例えば抗体遺伝子を含む発現ベクターで動物細胞や植物細胞等を形質転換し、これを培養することにより得ることができる。この抗体遺伝子は、例えば上記ハイブリドーマから抗体をコードするcDNAをクローニングすることで得ることができる。また遺伝子組み換え抗体は、抗体遺伝子を動物の胚に導入してトランスジェニック動物を作製し、このトランスジェニック動物から融合タンパク質の形で得ることができる。キメラ抗体は、ある動物(例えばマウス)に由来する抗体遺伝子における可変領域を、他の動物(例えばヒト)の抗体遺伝子の定常領域を組み込んだ発現ベクターに入れ、これを培養することで得ることができる。またCDR移植抗体は、例えば上記抗体遺伝子の重鎖可変領域および軽鎖可変領域の遺伝子配列に基づいてそれぞれCDR1、2、3をコードする遺伝子配列を設計し、他の動物に由来する抗体の重鎖可変領域および軽鎖可変領域をコードする遺伝子を含むベクター中の対応するCDR1、2、3の配列と置き換えることにより得ることができる。
本形態に係る剤においては、上述した抗SAP155抗体の抗体断片も採用することができる。SAP155に結合しうる抗体断片の例としては、Fab、F(ab')2、Fab'、scFv、ディアボディー等が挙げられる。これらの抗体断片は、上述したモノクローナル抗体をパパインやトリプシン等の酵素で処理することにより、または、これらをコードする遺伝子を組み込んだ発現ベクターを宿主細胞に導入して形質転換体を得ることにより製造することができる。
SAP155阻害剤としてのアンチセンスオリゴヌクレオチドとは、SAP155をコードするmRNAと相補的な配列を有する核酸分子またはその誘導体であって、当該mRNAと特異的に結合し、転写および翻訳の少なくともいずれかを阻害することでSAP155の発現および機能の少なくともいずれかを抑制することができる物質をいう。なお、結合の種類については限定されず、ワトソン・クリックまたはフーグスティーン型の塩基対相補性によるものでもよく、トリプレックス形成によるものでもよい。
SAP155阻害剤としてのリボザイムは、触媒的特性を有するRNAであって、SAP155の発現および機能の少なくともいずれかを抑制することができる物質をいう。リボザイムの構造は、上記機能を奏する限りにおいて限定されず種々の構造を採用することができるが、ハンマーヘッドタイプやヘアピンタイプといった二次構造が好ましい態様である。
SAP155阻害剤としてのRNAiを引き起こす分子とは、RNAiによりFIR-SAP155またはFIRΔexon2-SAP155のシグナリングを阻害することのできる分子をいう。なお、RNAiとは、二本鎖RNA分子(siRNA;small interfering RNA)を用いて標的遺伝子をサイレンシングする手法をいう。そして、かようなsiRNAのヌクレオチド配列は特に制限されないが、二重鎖RNA部分に例えば以下のヌクレオチド配列を含むものが例示される(後述する表2も参照)。なお、以下の配列において、リボヌクレオチドのうちA、GおよびCについては、ヌクレオチドを表す符号の前に「r」を付して表示している。
すなわち、本発明の一形態によれば、SAP155阻害剤を有効成分として含有し、当該SAP155阻害剤が二重鎖RNA部分に上記配列番号7のヌクレオチド配列を含むsiRNAである、癌の予防剤および/または治療剤が提供される。
なお、上記形態に係るSAP155阻害剤としてのsiRNAは、以下のようなものであってもよい:
(a)配列番号7のヌクレオチド配列の3’末端に、2〜4塩基のオーバーハングが付加されてなるもの(RNAの配列の安定性を確保するためにオーバーハングにはデオキシリボヌクレオチドを用いることが好ましく、後述する表2では「TT」が付加されている);
(b)少なくとも1つの塩基が化学的に修飾されているもの;
(c)少なくとも1つのホスホジエステル結合が化学的に修飾されているもの。
ここで、siRNAの二重鎖RNA部分の塩基の長さは特に制限されないが、通常19〜50程度であり、好ましくは19〜25であり、さらに好ましくは19〜23である。
また、「FIR-SAP155阻害剤」の例として上述した「FIR-SAP155結合阻害剤」や、「FIRΔexon2-SAP155阻害剤」の例として上述した「FIRΔexon2-SAP155結合阻害剤」の具体的な形態について特に制限はない。FIRまたはFIRΔexon2とSAP155との結合を阻害しうる分子であれば特に制限されず、従来公知の種々の物質のほか、今後新たに見出される化合物等の物質がこれらの結合阻害剤として好適に用いられうる。
なお、FIRおよびFIRΔexon2に対するリガンドスクリーニングにより、FIRおよび/またはFIRΔexon2に対する結合能を有することが見出された化合物を以下に示す。これらの化合物のうち、FIRに対して結合する化合物はFIR-SAP155結合阻害剤の候補物質である。同様に、FIRΔexon2に対して結合する化合物はFIRΔexon2-SAP155結合阻害剤の候補物質である。なお、これらの化合物はいずれも、理化学研究所天然化合物バンク(NPDepo;http://www.npd.riken.jp/npd/)から入手したものである。また、以下に示す結合強度について、「+++」が最も強く、「++」がこれに続き、「+」はわずかに結合を示したことを意味する。
なお、このような結合阻害剤としての機能を有する候補物質の同定方法については、以下に後述する。
また、本形態に係る癌の予防剤および/または治療剤が予防・治療の対象とする癌の種類について特に制限はなく、例えば、大腸癌、肝癌、下咽頭癌、食道癌、乳癌、肺癌、前立腺癌、胃癌、胆道癌、脾臓癌、腎癌、膀胱癌、子宮癌、卵巣癌、精巣癌、甲状腺癌、膵臓癌、脳腫瘍、造血器腫瘍(例えば、急性骨髄性白血病、急性前骨髄性白血病、急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、慢性リンパ性白血病等)などが挙げられる。なかでも、大腸癌、肝癌、下咽頭癌、食道癌などの消化器癌が好ましく、大腸癌が特に好ましい。
さらに、本形態に係る癌の予防剤および/または治療剤は、上述したSAP155-FIR阻害剤および/またはSAP155-FIRΔexon2阻害剤に加えて、薬学的に許容される通常の担体、結合剤、賦形剤、希釈剤(例えば蒸留水)、pH緩衝剤(例えばリン酸緩衝生理食塩水)、崩壊剤、可溶化剤、溶解補助剤、等張剤等の各種調剤用配合剤成分を含有することができる。
また本形態に係る癌の予防剤および/または治療剤は、その使用形態に応じて経口的にまたは非経口的に投与されうる。経口的な投与としては、通常用いられる投与形態、例えば粉末、顆粒、錠剤、カプセル剤、液剤、懸濁液、油剤、乳化剤等の投与形態が採用されうる。また、非経口的な投与としては、通常用いられる投与形態、例えば上記の液剤、懸濁液等にしたものを直接損傷部位に投与する形態が採用されうる。
本形態に係る癌の予防剤および/または治療剤の投与量は、患者の体重、性別、疾患の進行の程度、投与の方法に応じて適宜選択されうる。
本発明の他の形態によれば、癌の予防剤および/または治療剤の候補物質の同定方法もまた、提供される。本形態に係る同定方法では、試験物質を、SAP155、FIR、およびFIRΔexon2の少なくともいずれかと接触させ、この試験物質がSAP155、FIR、およびFIRΔexon2の少なくともいずれかの機能、あるいは、SAP155とFIRとの結合、またはSAP155とFIRΔexon2との結合の少なくともいずれかを阻害するか否かを判定する。
試験物質がSAP155、FIR、およびFIRΔexon2の少なくともいずれかの機能を阻害するか否かを判定する方法としては、特に限定されるわけではないが、例えば、試験物質との結合状態を確認するという手法が挙げられる。
また、試験物質がSAP155とFIRとの結合、またはSAP155とFIRΔexon2との結合の少なくともいずれかを阻害するか否かを判定する方法としても、通常よく用いられる方法を採用することができ、例えばELISA、放射性標識競合アッセイなどが用いられうる。
本形態に係る同定方法により、SAP155、FIR、およびFIRΔexon2の少なくともいずれかの機能、あるいは、SAP155とFIRとの結合、またはSAP155とFIRΔexon2との結合の少なくともいずれかを阻害すると判定された物質は、癌の予防剤および/または治療剤の候補物質となる。ただし、この候補物質については、さらに、通常よく用いられる手法により抗癌活性の有無やその程度を確認することが必要であり、この効果が認められれば最終的に癌の予防剤および/または治療剤として認定されうる。
以下、実施例を用いて本発明を詳述するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
≪ヒト腫瘍切除サンプル≫
34症例の原発性大腸癌から、腫瘍を含む組織を外科的に摘出した。この摘出術の直後に、腫瘍の上皮から腫瘍サンプルを採取し、腫瘍部位から5〜10cm離れた非腫瘍部位から、対応する非腫瘍上皮サンプルを採取した。2人の病理医による顕微鏡観察により、すべての組織サンプルは腺癌であることを確認した。摘出した組織およびサンプルはすぐに液体窒素中に入れ、分析に利用するまで−80℃にて保存した。なお、術前には、すべての患者から書面によるインフォームドコンセントを取得した。
≪細胞培養≫
HeLa細胞、HCT116細胞、および293T細胞を、アメリカンタイプカルチャーコレクション(ATCC)より購入し、使用するまで液体窒素中で保存した。これらの細胞の培養は、10% FBS(インビトロジェン)および1%ペニシリン−ストレプトマイシン(インビトロジェン)を添加したIMDM(イスコーヴ改変ダルベッコ培地)中、5% CO2雰囲気下で37℃にて行った。
≪組織サンプルからのタンパク質の抽出≫
非特許文献1(Matsushita et al.)に記載の手法により、サンプルバッファー中に全細胞抽出物由来のタンパク質を溶解させ、上清中のタンパク質の量をプロテインアッセイ(バイオラッド)により測定した。
≪ウエスタンブロットおよび抗体≫
上記で得られたタンパク質を含む上清(タンパク質抽出物)を、7.5〜15%のPerfect NT Gel(DRC)を用いた電気泳動により分離し、これをタンク転写装置(バイオラッド)を用いてポリフッ化ビニリデン膜(ミリポア)上に転写した。転写後の膜を、0.5%スキムミルクPBS溶液でブロッキングした。一方、文献(Kimura et al., J Biol Chem 1996;271:21439-45)に記載のようにFIRのC末端(6B4)に対するマウスモノクローナル一次抗体が野崎博士により調製されており、本実験ではこれを用いた。当該抗体の作製では、合成ペプチドC+KVVAEVYDQERFDNSDLSA(配列番号8;C+541-559;数字はPUF60のアミノ酸を示す)を免疫用の抗原として用いた(図9のB)。また、抗FIRウサギポリクローナル抗体を調製するか、またはバイオサービス社(埼玉)より購入した。当該抗体の作製では、合成ペプチドC+EVYDQERFDNSDLSA(配列番号9;545-559)を免疫用の抗原として用いた。その他の一次抗体および二次抗体を、下記の表1に示す。
≪プラスミド≫
FIRの全長cDNAをp3xFLAG-CMV-14ベクター(シグマ)中にクローニングして、アミノ末端にFLAGタグを導入した。また、FIRΔexon2のcDNAをpcDNA3.1プラスミド(インビトロジェン)中にクローニングした。プラスミドの調製にはCsCl超遠心分離、またはEndofree(R) Plasmid Maxi Kit(キアゲン)を用い、構築したプラスミドについてはそのDNA配列を確認した。
≪安定したトランスフェクション≫
Lipofectamine 2000試薬を用いて、プラスミドを細胞にトランスフェクションした。安定したトランスフェクションのために、5x104個の細胞を、上記で構築したFIR-FLAGプラスミドまたはpcDNA3.1-FIRΔexon2プラスミドでトランスフェクションし、その48時間後に10cmディッシュに移した。完全培地は、IMDM、10% FBS、および1%ペニシリン−ストレプトマイシンに加えて400mg/mLゲネチシンを含有していた。ゲネチシン耐性のコロニーが現れるまで、この完全培地を4日ごとに交換した。抗FLAG抗体および抗FIR抗体(6B4)を用いたイムノブロッティングおよび免疫染色により少なくとも30個のクローンをスクリーニングして、FIR-FLAGを安定発現した細胞についてFIR-FLAG発現クローンを見つけた。また、抗c-Myc抗体を用いた同様の手法により、FIRΔexon2を安定発現した細胞についてc-Mycタンパク質の発現を調べた。
≪核タンパク質の抽出および免疫沈降≫
5mLの冷バッファー(50mMリン酸塩(pH 8.0)、20mM NaCl、1mM DTT、0.1% NP-40、プロテアーゼ阻害剤カクテル(ロシュダイアグノスティクス))中に細胞(〜1x108個)を再懸濁し、氷上に15分間静置した。次いで、Dounceホモジナイザーで細胞をホモジナイズするか、または15秒間で2回激しくボルテックスにかけるかした後、100xgにて5分間遠心分離した。上記と同様の冷バッファーでペレットを2回洗浄してから、溶解バッファー(50mMリン酸塩(pH 8.0)、150mM NaCl、1mM DTT、0.1% NP-40、プロテアーゼ阻害剤カクテル)中に可溶化させ、次いで20000xgにて1時間遠心分離した。その後、上清の核タンパク質をウエスタンブロットに用いた。
抗FLAG抗体共役ビーズによる免疫沈降については、非特異的なタンパク質の結合を低減させるべく抗マウスIgG抗体で予めコーティングし、次いで4℃にて1時間、抗FLAG抗体と反応させた磁気ビーズ(Magnosphere MS300/carboxylTM(コモバイオ))に、核画分(NF; Nuclear fraction)を反応させた。免疫沈降の後、抗FLAG抗体共役ビーズを50mMリン酸バッファーで5回洗浄し、抽出バッファー(40mM Tris-HCl(pH 6.8)、1% SDS、1mM DTT)を用いて、60℃にて1時間、結合したタンパク質を溶離させた。免疫沈降物については、GeLC-MSおよびタンパク質同定により分析した。また、抗SAP155抗体共役ビーズによる免疫沈降については、抗FLAG抗体の場合と同様の手法によりDynabeadsTM ProteinG(インビトロジェン)を調製した。核画分(NF)を用いた免疫沈降の後、100mM グリシン(和光純薬工業株式会社)(pH2.0)を用い、4℃にて10分間、抗SAP155抗体共役ビーズを5回洗浄した。
≪FIR結合タンパク質の同定≫
2つの異なる手法を用いて、FIR結合タンパク質を網羅的にスクリーニングした。1つは、LC-MSでプルダウンしたFlag共役ビーズを介したGeLC-MSである。まず、消化したペプチドを、NanoSpace HPLCポンプ(株式会社資生堂ファインケミカル事業部)およびMagic 2002スプリッター(AMR)が取り付けられた0.3×5mmのLトラップカラムおよび0.1×150mmのLカラム2(化学物質評価研究機構)に注入した。移動相の流速は500nL/mLであった。移動相の溶媒組成については、溶媒B(90%v/v CH3CNおよび0.1%v/v HCOOH)に対する溶媒A(2%v/v CH3CNおよび0.1%v/v HCOOH)の混合比が60分のサイクルで変化するようにプログラムした:5%-45.5% B 35分、45.5%-90% B 4分、90% B 0.5分、90%-5% B 1分、5% B 20分。精製されたペプチドを、HPLCからLTQ XL(イオントラップ質量分析計、サーモサイエンティフィック)に、PicoTip(ニューオブジェクティブ)を用いて導入した。Mascot検索エンジン(マトリックスサイエンス)を用いて、ペプチドの質量およびタンデム質量スペクトルからタンパク質を同定した。ペプチドの質量データについては、MASCOT検索エンジンを用いてHuman International Protein Indexのデータベース(IPI、2009年7月、エントリー数80412、欧州バイオインフォマティックスインスティテュート)を検索することによりマッチングを行った。データベース検索のパラメータは以下の通りであった:peptide mass tolerance 1.2 Da; fragment tolerance, 0.6 Da; enzyme set to trypsin, allowing up to one missed cleavage; variable modifications, methionine oxidation。同定データ(MASCOT datファイル)をScaffold 3.0.2ソフトウェア(プロテオームソフトウェアインコーポレイテッド)により組織化した。タンパク質同定の最小基準として、タンパク質・ペプチドの閾値は95.0%(Scaffold's probability threshold filter)とし、ユニークペプチドの数は2とした。なお、FIR-FLAGで一時的にトランスフェクションされた293T細胞の核抽出物を用いた直接ナノフロー液体クロマトグラフィ−タンデム質量分析システムの手法については、文献(Natsume et al., Anal Chem 2002;74:4725-33)に記載されている。
≪免疫細胞化学法≫
FIR-FLAGを安定発現しているHeLa細胞をカバースリップ上で一晩増殖させた後、非特許文献1に記載の免疫細胞化学法に供した。抗FLAGマウスモノクローナル一次抗体(サンタクルーズバイオテクノロジー)およびSAP155に対するポリクローナル一次抗体を、ブロッキングバッファーを用いて1:500および1:200にそれぞれ希釈した。上述したカバースリップを室温にて1時間インキュベートし、PBSで洗浄した後、以下の二次抗体を1:1000に希釈してアプライした:Alexa FluorTM488共役ヤギ抗ウサギIgG二次抗体または594共役ヤギ抗マウスIgG抗体(モレキュラープローブス)。DAPI III(Vysis)を用いてDNAを対比染色して、免疫蛍光顕微鏡(ライカQFISH;ライカマイクロシステムズ)下で細胞を観察した。本実験で用いた他の一次抗体および二次抗体については、上記の表1に示した。
≪FIRまたはSAP155に対するsiRNA≫
FIRとSAP155との二量体を、シグマアルドリッチより購入した。FIRsiRNAの標的配列およびSAP155siRNAの標的配列を、下記の表2に示す。
製造者の指示書に従い、Lipofectamine 2000(インビトロジェン)を用いてsiRNAを一時的にトランスフェクションした。トランスフェクトされた細胞を、CO2インキュベーター中、37℃にて72時間培養した。
≪RT-PCRおよび定量的リアルタイムPCR(qRT-PCR)≫
RNeasyTM Mini Kit(キアゲン)を用いて、HeLa細胞からtotalRNAを抽出した。このtotalRNAから、1st strand cDNA Synthesis Kit for RT-PCR(ロシュ)によりcDNAを合成した。このcDNAをテンプレートとして、適当なプライマーを用いたRT-PCRによりFIR cDNAを増幅した(上記表2を参照)。GAPDH cDNAを同様に増幅し、コントロールとした。これらのPCR産物を2.5%アガロースゲル(プロメガ)上にロードし、Gel Extraction KitTM(キアゲン)により精製し、DNA配列決定用にpGEM(R)-T Easyベクターシステム(プロメガ)にクローニングした。
c-mycまたはFIRのcDNAについて、LightCyclerTMキャピラリー中の20mLの反応混合物中で、LightCyclerTM(ロシュ)を用いて定量的リアルタイムPCR(qRT-PCR)を行った。当該反応混合物は、マスター混合物(LightCyclerTM FastStart DNA Master SYBR Green I;FastStart Taq DNAポリメラーゼ、dNTP、およびバッファー(LightCyclerTM DNA Master hybridization probes(ロシュ))を含有)、3.0 mM MgCl2、0.5 mMのセンスプライマーまたはアンチセンスプライマー、並びに1 mLのテンプレートcDNAを含んでいた。LightCyclerTMソフトウェアver3.3(ロシュ)を用いてリアルタイムRT-PCRの分析を行った。β−アクチン用のプライマーセットおよびプローブセットについては、ロシュダイアグノスティクスから購入した。RT-PCRおよびqRT-PCR用のプライマー、並びにsiRNAについては、日本遺伝子研究所から購入し、製造者の指示書に従って使用した(上記表2を参照)。図9のCに、リアルタイムPCR用のプライマーおよびプローブの位置を、FIR、FIRΔexon2、Δ3、およびΔ4のcDNAについて示す。
≪スプライソスタチンA(SSA)、SF3b(SAP155)阻害剤、およびアデノウイルスベクター≫
SSAを、文献(Kaida et al., Nat Chem Biol 2007;3:576-83)の記載に従って合成した。また、FIRアデノウイルスベクターおよびFIRΔexon2アデノウイルスベクターを構築した(図8)。具体的には、AdEasy XLシステム(ストラタジーン)を用いて、大腸菌の相同組み換えにより、全長ヒトFIRタンパク質を発現する組み換えアデノウイルスベクターを構築した。pcDNA3.1-FIR(もしくはFIRΔexon2)のHindIII-PmeI断片、またはpcDNA3.1-CMV-LacZもしくはpcDNA3.1-CMV-GFPのHindIII-EcoRV断片を、pShuttle-CMVのHindIII-EcoRV部位にクローニングして、pShuttle-CMV-FIR(もしくはFIRΔexon2)、pShuttle-CMV-LacZまたはpShuttle-CMV-GFP(コントロール)を作製した。得られたベクターをPmeI消化により直線化し、次いで大腸菌BJ5183-AD-1株にコトランスフェクトした。組み換え体をPacI消化により直線化し、E1 trans相補細胞である293細胞株にトランスフェクトして、Ad-FIR(FIRΔexon2)およびAd-LacZを作製した。これらのウイルスを、アデノウイルスパッケージング293細胞系(ATCC)中で増殖させ、二重CsCl密度勾配遠心分離および10%グリセロール含有10mM Trisバッファー(pH8.0)中での透析により精製した。公知の293細胞の限界希釈法(すなわち、293細胞を用いたプラーク形成アッセイ(TCID50法))によりウイルス力価を測定した。ウイルスは分注し、使用まで−80℃にて保存した。これらの組み換えアデノウイルスベクターは、c-Mycの発現に対する作用を調べる目的で使用した。
≪FIRタンパク質およびFIRΔexon2タンパク質の調製≫
二量化を抑える目的で、C末端(95アミノ酸)をトランケートしたFIR(447アミノ酸)またはFIRΔexon2(418アミノ酸)(いずれもFIRのRRM1(RNA認識モチーフ1)およびRRM2を含む)をpET21bベクター(ノバジェン)のNdeI/XhoI部位にクローニングしてC末端にHis-タグを導入し、次いでBL21-CodonPlus(DE3)-RIPLコンピテント細胞(ストラタジーン)にトランスフェクトした。100mg/mLアンピシリンおよび34mg/mLクロラムフェニコールの存在下、TB培地中で培養を行った。0.5mM IPTGの添加により発現を誘導し、次いで30℃にて4時間、培養を継続した。遠心分離により細胞を回収し、PBS中で超音波破砕した。遠心後の上清をHisTrap HP(GEヘルスケア)にアプライし、イミダゾール直線濃度勾配により溶離した。溶離したタンパク質を、50mM Tris/HCl(pH8.0)に対して透析し、次いでHiTrap Q HPカラム(GEヘルスケア)にアプライした。NaCl直線濃度勾配(0.2〜1.0M)によりFIRまたはFIRΔexon2を溶離した。溶離したタンパク質を濃縮してHiLoad16/60 Superdex75pgゲル濾過カラム(GEヘルスケア)にロードし、次いで50mM Tris/HCl、150mM NaCl、10%グリセロール、pH8.0で0.5mL/分の速度で溶離した。
≪FUSEアンチセンスssDNAオリゴヌクレオチド≫
ssDNAオリゴヌクレオチドおよび5'または3'がビオチン化されたssDNAオリゴヌクレオチドについては、化学的に合成した(日本遺伝子研究所)。
≪電気泳動移動度シフトアッセイ(ゲルシフトアッセイ)≫
FUSEアンチセンスssDNAオリゴヌクレオチドを用いたFIRまたはFIRΔexon2のタンパク質結合アッセイを、LightShift(登録商標)化学発光EMSAキットにより行った。製造者の指示書に従い、陽性対照としてはEBNA-1タンパク質およびEBNA-1結合DNA配列(サーモサイエンティフィック)を用いた。
≪プロテアソーム阻害剤による処理≫
siRNAの存在下または非存在下で、プロテアソーム阻害剤による処理を行った。これにより、SAP155のノックダウンがFIR類の発現レベルを低下させるメカニズムや、FIR類のノックダウンがSAP155の発現レベルを低下させるメカニズムを解析した。
≪統計分析≫
癌組織と非癌上皮細胞との間でのSAP130、SAP145、SAP155、およびFIRの発現の比較は、スチューデントのt検定により評価した。FIRおよびSAP155の発現の相関については、ピアソンの積率相関係数を用いて評価した。
≪結果および考察≫
(大腸癌組織におけるFIRの発現とSF3bサブユニットの発現との関係)
FIRはPUF60のスプライシングバリアントである(FIRはexon5を欠いている)が、大腸癌組織においては全FIRが活性化されている(非特許文献1)。上述したように、正常状態において、SF3bは腫瘍を促進しているものと考えられていることから、本発明者らは、ヒト大腸癌組織由来の切除サンプルを用いて、SF3bの発現を調べた。結果を図1のA〜Dに示す。なお、本実験では、適合した30の腫瘍サンプル(T)および近接する非癌上皮組織(N)から全タンパク質溶解物を調製した。図1のAに示すように、大腸癌組織では、FIR、SAP155、およびSAP130が活性化されていたのに対し、SAP145はダウンレギュレートされていた。なお、内部コントロールとしてはβ−アクチンを用いた。また、図1のAに示す各バンドの強度をNIH Imageにより測定し、(T)と(N)との間で、SAP155、SAP130、FIR、およびSAP145のタンパク質レベルのa−アクチンに対する相対平均値を算出した(図1のB)。図1のBに示すように、(T)ではSAP155、SAP130、およびFIRの発現レベルが(N)に対して有意に増加していた(p値はそれぞれ0.032、0.005、および0.001(t検定))。一方、SAP145の発現は、(T)よりも(N)で有意に高発現していた(p値は0.03(t検定))。そして、図1のCに示すように、各大腸癌組織サンプルにおいて、FIR-SAP155、FIR-SAP130、およびSAP155-SAP130の発現は(T)と(N)との間で相関していた。ピアソンの積率相関係数(r)は、FIR-SAP155については0.78(T)および0.95(N)、FIR-SAP130については0.66(T)および0.74(N)、SAP155-SAP130については0.80(T)および0.71(N)であった。さらに、転写レベルにおいても、c-myc、FIR、FIRΔexon2、SAP155、およびSAP130のmRNAはすべて、対応する非癌上皮組織と比較して、大腸癌組織において有意に活性化されていた(図1のD)。また、c-myc mRNAおよびFIRΔexon2 mRNAは明らかに過剰発現しており、FIRΔexon2/FIR mRNAの比も増大していた。
以上のことから、全FIR、SAP155、SAP130の発現は相互に強く関連しており、c-Mycの発現を介した腫瘍の進行に共同して関与していることが示唆される。
(FIRおよびFIRΔexon2はSAP155と共免疫沈降し、共局在化していたことから、FIR、FIRΔexon2およびSAP155は複合体を形成する可能性がある)
FIRおよびSAP155の細胞内における局在化を免疫蛍光顕微鏡により分析した。その結果、図2のAに示すように、内因性FIRおよびSAP155は核質に局在化していた。
また、免疫沈降分析により、SAP155はFIRと結合することも確認された(図2のA、上段)。FIRおよびSAP155の細胞内の局在を分析したところ、これら2つのタンパク質は核質に共局在化することが判明した(図2のA、下段)。そこで、SAP155、FIRおよびFIRΔexon2が互いに直接相互作用しているか否かを調べる目的で、FLAG-タグまたはMyc-タグを付した組み換えタンパク質をHeLa細胞に安定的にまたは一時的に発現させた。次いで、これらのタンパク質間で相互のプルダウン分析を行った(各実験を3回行った)。その結果、FIR-SAP155の結合(図2のB、上段および下段、矢の先端)、FIRΔexon2-SAPの結合(図2のB、上段および下段、矢印)、FIR-FIRΔexon2の結合(図2のC、左、矢印)、FIR-FIRの結合(図2のC、左、矢の先端)およびFIRΔexon2-FIRΔexon2の結合(図2のC、左、矢印)が確認された。さらに、SAP155はFIR-FIR、FIR-FIRΔexon2、またはFIRΔexon2-FIRΔexon2の複合体によってもプルダウンを受けたが、SAP130は検出限界以下であった(図2のC)。したがって、FIRは確立された転写抑制因子としての機能に加えて、スプライシングにおいても何らかの役割を担っているものと考えられる。
(SAP155はFIR pre-mRNAの選択的スプライシングおよび内因性の全FIRタンパク質の量を制御している)
FIRとSAP155との機能上の関係を探る目的で、siRNAによるSAP155のノックダウンがFIRのスプライシングおよび発現に及ぼす影響を調べた。HCT116細胞またはHeLa細胞をSAP155 siRNAで48時間処理したところ、図3のAに示すようにFIRのスプライシングパターンが変化し、内因性の全FIRタンパク質の量も減少した。そして、FIRの新規なスプライシングバリアントとして、Δ3(エキソン1、3、6〜12)およびΔ4(エキソン1、6〜12)が見出された(図3のAおよびB、図9のAおよびC)。定量的リアルタイムPCR(qRT-PCR)の結果、HCT116細胞およびHeLa細胞のSAP155 siRNA処理により、FIR mRNAに対するΔ3およびΔ4 mRNAの比が増大していた(図3のA、下段)。また、HeLa細胞ではFIR mRNAに対するFIRΔexon2 mRNAの比も増大していた(図3のA、下段)。一方、HCT116細胞ではFIR mRNAに対するFIRΔexon2 mRNAの比に有意な変化は見られなかった。
SF3bの阻害剤であるSSAを用いてFIR mRNAの選択的スプライシングにおけるSAP155の役割を調べた(100 ng/mL SSAで24時間処理)。その結果、SAP155 siRNA処理の場合と同様、SAP155の発現がSSAにより有意に抑制されることはなかったが、全FIRの発現は低下し、かつ、FIR pre-mRNAのスプライシングはより影響を受けた(図3のBののレーン4)。また、RT-PCRにおける増幅産物のDNA配列決定により、SSA処理によってSAP155 siRNAの場合と同様にFIRのスプライシングバリアントであるΔ3およびΔ4が生成していたことも判明した(図3のAおよび図9)。なお、SSA処理によって、FIRΔexon2、Δ3、およびΔ4のmRNAのFIR mRNAに対する比も増大した。これらの結果から、FIRのスプライシングはSAP155のレベルに対して感受性を示し、その結果として、SAP155のレベルが低下するとFIR pre-mRNAが阻害されることが示唆される。
そうすると、siRNAによるSAP155のノックダウンにより、内因性の全FIRタンパク質の量はなぜ減少したのかが問題となる(図3のA)。そこで、FIRとSAP155とが互いに相互作用するかどうかを確認するため、FIRのノックダウンによってもSAP155の発現が低下するかどうかを調べた。その結果、図3のCに示すように、FIR siRNAによる48時間の処理によってHeLa細胞およびHCT116細胞の双方でSAP155の発現が抑制された。なお、qRT-PCRの結果によれば、SAP155/β−アクチンの比は低下していなかった。これらの結果から、FIRおよびSAP155はタンパク質レベルで複合体を形成する一方で、FIRはSAP155のmRNAレベルには有意に影響を及ぼさないことが示された。これらをまとめると、FIRおよびSAP155は、タンパク質レベルにおいて互いを必要とすることが示唆される。
(SAP155およびSAP130はFIRと共免疫沈降したが、SAP145はしなかった)
大腸癌では、FIRと、SF3bのサブユニットであるSAP155およびSAP130との発現が有意に相関しているが、FIRとSAP145とは相関していない(図1のC)。SF3bはサブユニットであるSAP130、SAP145およびSAP155をほぼ等しい化学量論量で含んでいるが、プルダウン分析の結果から、FIRはSAP155に対して有意に高い親和性を有することが示されている(図2のB〜D)。この原因を探索する目的で、2つの異なる分析手法により、FIRに結合するタンパク質を網羅的にスクリーニングした。
第1の手法は、FIR-FLAGまたはFIRΔexon2-FLAGを安定発現させたHeLa細胞の核抽出物のFLAG共役ビーズによるプルダウンを用いたGeLC-MS/MSである(下記の表3)。第2の手法は、FIR-FLAGまたはFIRΔexon2-FLAGを一時的に発現させた293T細胞の核抽出物のFLAG共役ビーズによるプルダウンを用いた直接的なナノLC-MS/MSシステムである(下記の表4)。
いずれのスクリーニングでも、HeLa細胞では、SAP155はFIRによりプルダウンを受けたが、FIRΔexon2によっては、SAP155、SAP130、およびSAP145のいずれもプルダウンを受けなかった。また、293T細胞では、SAP155がFIRによりプルダウンを受け、SAP130がFIRΔexon2によりプルダウンを受けた(下記の表5)。
SF3bは、イオン強度が高い環境下でも不活性なままであり、とても安定なタンパク質複合体であることが知られている。それにもかかわらず、SAP155はどのようにしてFIRに近づき、安定な複合体を形成するのかが問題となる。そこで本発明者らは、SAP155が、SF3b複合体を形成する前にFIRに近づき、複合体を形成するのではないかという仮説を設定した。仮にこの仮説が正しければ、SAP155、SAP145、およびSAP130の割合に不均衡が生じ、本来のSF3bの合成が抑制され、最終的にはSF3bの機能不全が癌細胞において生じるはずである。このシナリオでは、FIR-SAP155複合体の生成量が増加すると、これらの本来の作用である、大腸癌でのFIRのc-myc転写抑制作用およびSF3bのスプライシング因子としての作用が減弱されることになる。
(SeV/ΔF/FIRはSSAにより活性化されたc-Mycを抑制したが、Ad-FIRΔexon2はc-mycの転写を活性化してc-Mycの過剰発現をもたらした)
c-mycの発現の増加が細胞内でのFIRの活性の低下に起因するものであるか否かを調べる目的で、SAP155 siRNAまたはSSA処理によるc-Mycの発現の増加がFIRによって抑制されるか否かという観点から、SeV/ΔF/FIR(Kitamura A et al., Cancer Sci 2011; 102:1366-73)の効果を調べた。SeV/ΔF/FIRは、SSAにより誘導されたc-Mycの活性化を抑制した(図4のA、レーン2とレーン1との比較)が、c-Mycのbasalの発現量まで抑制することはなかった(図4のA、レーン4とレーン3との比較、レーン6とレーン5との比較)。これらの結果は、FIRが活性化されたc-mycの転写を抑制する一方でbasalの転写は抑制しないという従来の報告(Liu J et al., Mol Cell 2000;5:331-41)とも一致している。そこで本発明者らは、Ad-FIRおよびFIR-FLAG発現ベクターを用いて同様の実験を行ったが、その結果については解釈が容易ではない(データは示さず)。Ad-FIRΔexon2は、HeLa細胞におけるc-mycの転写だけでなくc-Mycのタンパク質発現をも活性化する(図4のB)。しかし、Ad-FIRΔexon2によるc-Mycタンパク質の活性化をウエスタンブロットにより評価したところ、その活性化は独特なものであり、c-mycの転写活性化のみによって説明することは困難であった。この現象を説明しうる可能性の1つは、c-Mycタンパク質がAd-FIRΔexon2によって修飾されてより安定な形態へと変化し、これが細胞内に蓄積している、というものである。換言すれば、転写抑制ドメインを欠くAd-FIRΔexon2が、転写レベルだけでなくタンパク質レベルをも介して直接的または間接的にc-mycの発現を活性化していると考えられ(図4のB〜D)、このことから、FIRΔexon2はFIRの抑制因子としての機能とは逆の作用を発揮しているということが示唆される。実際に、Ad-FIRおよびAd-FIRΔexon2はc-Mycのタンパク質発現に対して拮抗的に作用した(図4のD、レーン3とレーン6との比較)。SSA処理によってもc-Mycの発現が増加したが、このとき内因性の全FIRの発現はわずかに減少した(図10)。これらの結果から、HeLa細胞において、SAP155 siRNAまたはSSA処理によるc-mycの増加はFIR活性の低下によるものである、または、c-Mycの発現はFIRおよびFIRΔexon2の発現のバランスにより制御されている、ということが示唆される。まとめると、FIRΔexon2はc-Mycタンパク質の発現についてFIRと拮抗し、SAP155を介したFIRの選択的スプライシングはc-myc発現の分子スイッチとして作用するといえる。
(HeLa細胞において、FIRにより抑制されたc-Mycの発現はSAP155の低下により上昇する)
SAP155のノックダウンによってc-mycの転写抑制因子であるFIRの発現が低下することから、c-Mycの発現は、少なくとも部分的にはSAP155により調節されている可能性がある。実際、HeLa細胞では、SAP155 siRNA処理によりc-Mycの発現は明らかに増加したが、FIRタンパク質の発現は減少した(図5のA)。したがって、SAP155 siRNAによるc-Mycの活性化はFIRを介した間接的なものであると考えられる。Ad-FIRΔexon2によるc-Mycの活性化(図4のB)で見たように、SAP155 siRNAによるc-Mycタンパク質の活性化は独特であり、c-mycの転写活性化のみによって説明することは容易ではない(図5のA、下段)。SAP155 siRNAはSAP130のレベルをも低下させた(図5のB)ことから、SAP155、SAP130、およびFIRは複合体を形成していることが示唆される。そして、c-Mycタンパク質の発現とFIRΔexon2との関係をさらに調べる目的で、本発明者らは、FIRΔexon2/FIR mRNAの比の値を、SAP155ノックダウン時(図5のC)またはSSA処理時(図5のD)について測定した。予想通り、FIRΔexon2/FIR mRNAの比の値はc-Mycタンパク質の発現と高い相関を示した。これらの知見から、FIR pre-mRNAのスプライシングを阻害し、ひいてはFIRΔexon2/FIR mRNAの比の値を低下させると、SAP155ノックダウンまたはSSA処理の際に、c-myc遺伝子の転写のみならずc-Mycタンパク質のレベルも影響を受けることが示唆される。
(大腸癌組織ではc-myc遺伝子のイントロンが活発に転写された)
これらの結果から、FIRはSF3b、SAP155、およびSAP130と高い親和性を有していることが示唆される。よって癌細胞では、通常のSF3b複合体に加えて、SAP155/FIRまたはSAP155/130/FIRが異常な複合体を形成しているものと考えられ、この異常な複合体がc-myc pre-mRNAのスプライシングを阻害している可能性がある。実際、c-myc遺伝子のイントロン1は癌組織において、隣接する非癌上皮細胞よりも有意に多く転写された(図6のA)。なお、癌組織では、スプライシングを受けていない成熟c-myc mRNAも過剰に発現している(Matsushita K et al., Cancer Res 2006;66:1409-17)。数多くのプライマーセットを用いたRT-PCRでは、SAP155 siRNAにより全c-myc成熟mRNAレベルが上昇し(図5のA)、これと併せてイントロン1を含む未成熟なc-myc mRNAのレベルも上昇した(図6のB)。これらの結果から、c-mycの全発現量はSAP155のノックダウンにより活性化されることが確認された。また、SSAはc-myc pre-mRNAのスプライシングを強く阻害している可能性がある(図6のC)。FIR siRNAもまた、c-myc pre-mRNAのスプライシングをわずかに阻害した(図6のD)。まとめると、ヒト大腸癌組織では、FIRまたはSAP155の発現が阻害されると、c-myc遺伝子の転写およびスプライシングの双方が少なくとも部分的に影響を受けるといえる。
(FIRΔexon2ΔCは、FIRΔCがFUSEに結合するのを阻害する)
C末端の95アミノ酸を欠失しつつRRM1およびRRM2を含むFIRΔC-Hisタグタンパク質またはFIRΔexon2ΔC-Hisタグタンパク質を精製した(図7のA)。ゲルシフトアッセイ(EMSA)の結果から、FIRΔexon2ΔCはFIRΔCがFUSEに結合するのを阻害することが判明した(図7のB)。ここで、FIRおよびFIRΔexon2は複合体を形成する(図2のC)ことから、FIRΔexon2/FIR複合体がFIRのFUSEへの結合を阻害していることが示唆される。最後に、FIR/FIRΔexon2/SAP155/SAP130の機能モデルを図7のCに示す。FIRはc-myc遺伝子の転写を抑制し、SAP155は非癌細胞における選択的スプライシングに関与する(図7のC、左)。これに対し、FIRΔexon2はFIRがFUSEに結合するのを阻害し、その結果、癌細胞ではSF3bの高度の機能不全を伴うc-mycの活性化がもたらされることとなる(図7のC、右)。
以上の結果から、以下の結論が導かれる:
i)FIRΔexon2はFIRおよびSAP155によりプルダウンを受けた(図2);
ii)FIRのsiRNAノックダウンによりSAP155のレベルは低下し、その逆も成立した(図3);
iii)FIRΔexon2アデノウイルスベクターおよびSAP155のsiRNAノックダウンにより、c-Mycのレベルは上昇した(図4のBおよびC、図5のAおよびC);並びに、
iv)FIRΔexon2はFIRがFUSEに結合するのを強く阻害し(図7のC)、これによりc-mycのFIRによる抑制が無効化される。
言い換えると、FIR/FIRΔexon2-SAP155の持続的な相互作用により、FIRおよびSAP155の機能が影響を受け、これによりc-mycの転写および選択的スプライシングがそれぞれ阻害される。癌細胞では、FIRまたはc-myc pre-mRNAの選択的スプライシングが阻害されうる(Will CL et al., EMBO J 2002;21:4978-88)。このように、FIR/FIRΔexon2-SAP155複合体が持続的に形成すると、SF3bにおけるSAP155、SAP130およびSAP145の割合が大きく乱されることによりFIR pre-mRNAが変化し、FIRΔexon2/FIR mRNA発現量の比の値も変化する。HeLa細胞でも実際に、SAP155 siRNAまたはSSA処理によってc-Mycの一時的な活性化が誘導された(図5のA、CおよびD)。FIRが低下するとc-mycの発現が増加するのに対し、FIRΔexon2が過剰発現するとc-Mycタンパク質が活性化される。このプロセスは、c-myc遺伝子の発現についての新規な分子スイッチである。
それでは、いかなる理由で、大腸癌組織ではFIRおよびFIRΔexon2の双方が過剰発現しているのであろうか。また、SAP155 siRNAまたはSSA処理によってc-Mycが誘導されるにもかかわらず、なぜ癌組織においてSAP155は活性化されているのであろうか。第1に、FIR/FIRΔexon2-SAP155の強固な相互作用により、確立されているFIRおよびSAP155の機能は失われてしまう。第2に、FIRΔexon2はFIRとの間でヘテロ二量体を強く形成し(図2のB、CおよびD)、これによりFIRΔexon2はFIRがFUSEに結合するのを阻害する(図7のBおよびC)。これらの結果から、腫瘍の進行時においてFIRΔexon2は、c-mycの転写抑制についてFIRと拮抗し、同時に、スプライシングについてはSF3bを阻害することが強く示唆される。第3に、癌細胞ではゲノムまたは体細胞のSAP155が変異している(Yoshida K et al., Nature. 2011 Sep 11. doi: 10.1038/nature10496. [Epub ahead of print]. Papaemmanuil E et al., N Engl J Med. 2011 Oct 13;365(15):1384-95. Epub 2011 Sep 26)。癌で観察されるSAP155の体細胞変異は特定の部位に蓄積することから、SAP155の機能獲得がFIRまたはFIRΔexon2の結合能を潜在的に強化しているものと考えられる。FIRのRNA認識モチーフは独立したFUSE DNAとFBPタンパク質との結合のプラットフォームを提供することから、FBP-FIR-FUSEシステムはc-mycの転写制御を媒介するといえ、これによりFBP-FIR相互作用の可逆性の構造的な基礎が説明される(Cukier CD et al., Nat Struct Mol Biol 2010;17:1058-64. Crichlow GV et al., EMBO J. 2008;27:277-89)。それでは、FIRΔexon2は、核酸の結合において、FIRの二量化を阻害するであろうか。現時点で明らかなことは、FIRの第1のRNA認識モチーフ(RRM)(アミノ酸112〜187−RRM1;図9のC)が核酸と結合するということと、核酸の結合時にはFIRが二量化する(Crichlow GV et al., EMBO J. 2008;27:277-89)ことに鑑み、FIRΔexon2の立体構造に変化が生じるか否かを調べるのが有用であろうということである。
ヒトのすべての遺伝子の60〜95%に、少なくとも1つの選択的スプライシングバリアントが存在するとされている(Gardina PJ et al., BMC Genomics 2006;7:325-35)。では、FIR/FIRΔexon2-SAP155複合体は、FIRまたはc-myc遺伝子に加えて選択的スプライシングにも影響を及ぼすのであろうか。この点を解明するにはさらなる研究を要するが、SSA処理による選択的スプライシングの阻害がみられる遺伝子は限られている(Furumai R et al., Cancer Sci 2010;101:2483-9)。転写はスプライシングに影響を及ぼし、その逆も成立するが、本技術分野におけるこれまでの知見はわずかである。FIRΔexon2はどのようにc-mycを活性化するのか。非癌細胞、形質転換細胞、癌細胞の間でFBP-FIRまたはFIR-SAP155の結合は異なるのであろうか。293T細胞では、FBPはFIR結合タンパク質またはFIRΔexon2結合タンパク質として同定された(上記の表4、表5)が、HeLa細胞の核抽出物では検出限界以下であった(表記の表3、表4)。
以上の結果に基づいて、ある種の機能モデルを提案するとすれば、以下のようになろう。HeLa細胞(表3)および293T細胞(表5)では、FIRとFIRΔexon2との間でタンパク質の数は同じであった(図4のA)。このことから、腫瘍の進行に伴う持続的なFIR/FIRΔexon2/SAP155複合体の形成により、FIRが本来有するc-mycの転写抑制機能と、SAP155が本来有する選択的スプライシング機能の双方が同時に阻害を受けるものと考えられる。したがって、本実験によれば、腫瘍の進行に伴い、c-mycはその転写段階(pre-mRNAのスプライシング)において、FIR/FIRΔexons-SAP155複合体の形成により制御を受けるという新規な知見が提供される(図7のC)。
以上のことから、SAP155の阻害剤(Hasegawa M et al., ACS Chem Biol 2011;6:229-33)またはFIR/FIRΔexon2-SAP155の相互作用を阻害する物質は、癌治療の有用な候補となるものと期待される。
≪種々の癌組織におけるFIR/FIRΔexon2およびSAP155の発現≫
大腸癌以外の癌組織として、肝癌、下咽頭癌、および食道癌におけるFIR/FIRΔexon2およびSAP155のmRNAおよび/またはタンパク質の発現を調べた。
具体的には、まず、肝癌組織(T)とコントロールとして隣接する非癌上皮組織(N)におけるFIR、SAP155、SAP130のそれぞれのタンパク質の発現をウエスタンブロットにより確認した。結果を図12に示す。図12に示すように、肝癌組織(T)においても、隣接する正常組織(N)と比較して、FIR、SAP155、およびSAP130タンパク質の発現が増加していることが確認された。
また、下咽頭癌組織(K)とコントロールとして隣接する非癌上皮組織(N)における全FIR類(FIRおよびFIRΔexon2タンパク質)の発現をウエスタンブロットにより確認した。結果を図13に示す。図13に示すように、下咽頭癌組織(K)においても、隣接する正常組織(N)と比較して、FIRおよびFIRΔexon2タンパク質の発現が増加していることが確認された。
さらに、食道癌組織(T)とコントロールとして隣接する非癌上皮組織(N)におけるFIRおよびFIRΔexon2 mRNAの発現をRT-PCRにより確認した。結果を図14のAに示す。図に示すように、食道癌組織(T)においても、隣接する正常組織(N)と比較して、FIRおよびFIRΔexon2 mRNAの発現が増加していることが確認された。また、同様の食道癌組織において、FIRタンパク質およびc-Mycタンパク質の発現をウエスタンブロットにより確認した。結果を図14のBに示す。図に示すように、食道癌組織(K)では、FIRタンパク質およびc-Mycタンパク質の発現も増加していることが確認された。なお、下咽頭癌組織においても同様のウエスタンブロットを行い、同様の結果を得た(図14のC)。また、下咽頭癌組織におけるSAP155タンパク質の発現についても同様のウエスタンブロットにより確認したところ、やはり同様の結果を得た(図15)。
以上のことから、大腸癌以外にも多くの消化器癌(固形癌)において、SAP155-FIR複合体の発現が増加して安定的に存在することで本来のFIRやSAP155の働きが阻害されており、このことが癌細胞におけるスプライシング阻害やc-myc遺伝子の転写増大の一因であると推察される。換言すれば、本発明により提供される癌の予防剤および/または治療剤は、従来にない多くの癌に特異的な癌治療薬として期待される、非常に優位性の高い技術であるといえる。
〔配列番号1〕
SAP155タンパク質のアミノ酸配列を表す。
〔配列番号2〕
SAP155タンパク質をコードするcDNAの塩基配列を表す。
〔配列番号3〕
FIRタンパク質のアミノ酸配列を表す。
〔配列番号4〕
FIRタンパク質をコードするcDNAの塩基配列を表す。
〔配列番号5〕
FIRΔexon2タンパク質のアミノ酸配列を表す。
〔配列番号6〕
FIRΔexon2タンパク質をコードするcDNAの塩基配列を表す。
〔配列番号7〕
SAP155阻害剤としてのsiRNAの二重鎖RNA部分のヌクレオチド配列の一例を表す。
〔配列番号8〕
FIRタンパク質のC末端に対するマウスモノクローナル抗体の調製に用いた抗原である合成ペプチドのアミノ酸配列を表す。
〔配列番号9〕
FIRタンパク質に対するウサギポリクローナル抗体の調製に用いた抗原である合成ペプチドのアミノ酸配列を表す。

Claims (4)

  1. 下記の化学式からなる群から選択される1種または2種以上の化合物からなる、FIR-SAP155結合阻害剤:
  2. 下記の化学式からなる群から選択される1種または2種以上の化合物からなる、請求項に記載のFIR-SAP155結合阻害剤:
  3. 下記の化学式からなる群から選択される1種または2種以上の化合物からなる、FIRΔexon2-SAP155結合阻害剤:
  4. 下記の化学式からなる群から選択される1種または2種以上の化合物からなる、請求項に記載のFIRΔexon2-SAP155結合阻害剤:
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