以下、本件発明の実施の形態について、添付図面を用いて説明する。なお、本件発明は、これら実施形態に何ら限定されるべきものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において、種々なる態様で実施し得る。なお、実施形態1は請求項1乃至4、6などに関する。実施形態2は請求項5、7、8などに関する。実施形態3はその他の形態に関する。
<<実施形態1>>
<実施形態1:概要>
本実施形態の有機リン酸カルシウム前駆体の製造方法は、ホスホノ酸基と、カルボキシル基を少なくとも3つ以上もつリンを含むキレート化剤と、カルシウムイオンを含むカルシウム化合物とを溶媒中で反応させて有機リン酸カルシウム前駆体を製造する。ここで、リンに対するカルシウムのモル比は1.50〜1.67である(Ca/P=1.50〜1.67)。また、当該方法により得られるリン酸カルシウム前駆体に関する。
当該方法によれば、錯化剤や重合剤などの有機溶媒を使用せず、より簡便な方法でリン酸カルシウムを得られる。
<実施形態1:構成>
本実施形態の有機リン酸カルシウム前駆体の製造方法は、リンを含むキレート化剤と、カルシウム化合物との錯体重合反応により、有機リン酸カルシウム前駆体を製造する方法である。より具体的には、リンを含むキレート化剤のカルボキシル基の脱水縮合反応と、リンを含むキレート化剤とカルシウムイオンのキレート化反応と、リンを含むキレート化剤のホスホン酸基とカルボキシル基の脱水縮合反応により有機リン酸カルシウム前駆体を形成する。
ここで、「有機リン酸カルシウム前駆体」とは、リンを含むキレート化剤とカルシウム化合物との錯体重合反応により得られる高分子をいう。溶媒を含むゲル状のものや、これを乾燥させたものなど、その形状は限定しない。また、下記実施形態3に詳述する、カルシウムイオン以外のキレートを形成する金属イオン源を錯体重合反応系に添加して得られる金属イオン固溶高分子も含まれる。換言すれば、加熱等の工程を経て有機リン酸カルシウム(性状は不問)を合成するものをいう。
「リンを含むキレート化剤」は、有機リン酸カルシウムのリン源として、ホスホノ酸基とカルボキシル基を有する。具体的には、ホスホノ酸基は1つ以上を有し、カルボキシル基は3つ以上を有する有機リン化合物を用いることができる。なかでも、ホスホノブタントリカルボン酸(PBTC)が望ましい。なぜならば、化合物中に含まれる炭化水素の含有量が少ない方が、ゲルを加熱した際に生成する二酸化炭素量を低減できるためである。
また、「カルシウム化合物」は、有機リン酸カルシウムのカルシウム源として用いられ、具体的には塩化カルシウム、硝酸カルシウム、硫酸カルシウム、リン酸カルシウム、酢酸カルシウム、炭酸カルシウム、炭酸水素カルシウム、シュウ酸カルシウム、酸化カルシウム、水酸化カルシウムなどが該当する。なかでも硝酸カルシウム四水和物が望ましい。なぜなら、塩化カルシウムを用いた場合には、塩素を含んだアパタイトが生成し、硫酸カルシウムを用いた場合には石膏が生成するからであり、また、水に対して難溶性の酸化カルシウム、水酸化カルシウムなどのカルシウム塩は、キレート化せずに未反応物が生成するからである。
なお、リンに対するカルシウムのモル比(Ca/P)は、1.50〜1.67である。当該モル比1.50で製造した前駆体を下記実施形態2の方法で加熱焼成場合、リン酸三カルシウムがえられ、当該モル比1.67で製造した前駆体を下記実施形態2の方法で加熱焼成場合、水酸アパタイトが得られる。
図1に、前記「リンを含むキレート化剤」としてPBTCを、「カルシウム化合物」として硝酸カルシウム四水和物を用いた場合のゲル化反応の模式図を示す。モル比が「Ca/P=1.50〜1.67」となるようにPBCTと硝酸カルシウム四水和物を溶媒中で所定の温度で反応させると、PBTCのホスホノ酸基とカルシウムイオンのキレート化反応と(0102)、PBTCのカルボキシル酸基とカルシウムイオンのキレート化反応と(0103)、これらのキレート化した溶液を加熱すると、PBTCのカルボキシル基同士の脱水縮合反応と(0101)、PBTCのホスホノ酸基とカルボキシル基の脱水縮合反応が起こる。つまり、当該反応系では、クエン酸などの錯化剤や、エチレングリコールなどの重合剤をはじめとする有機溶媒がなくとも、キレート反応とエステル反応が進行し、高分子ゲル化した有機リン酸カルシウム前駆体を形成する。
ここで、所定の加熱温度とは、略100℃から130℃が好ましい。100℃以上でPBTCのカルボキシル基同士やPBTCのホスホノ酸基とカルボキシル基等が脱水縮合反応するためである。
なお、使用する溶媒は、前記キレート反応及び脱水縮合反応を阻害するものでなければ特に限定しないが図1のように水系が望ましい。これは、前記錯体重合反応系において、加熱撹拌時に溶媒を除去することができるためである。かかる場合、従来のゾルゲル法や錯体重合法で得られるゲル前駆体の熱分解処理が不要で、得られた前駆体はそのままリン酸カルシウムに転化させる熱処理を行うことができる。また、有機溶媒の熱分解処理で排出される多量の二酸化炭素による環境への負荷も抑制できる。更には、水系の溶媒は有機溶媒よりも扱い易く、操作性に優れ、コストも抑えられる点でも有効である。
図2に本実施形態のリン酸カルシウム前駆体製造方法の処理フロー図を示す。ホスホノ酸基とカルボキシル基をもつリンを含むキレート化剤(0201)と、カルシウムイオンを含むカルシウム化合物(0202)を出発原料とし、溶媒中で所定温度、所定時間撹拌する(0203)。これを乾燥させて(0204)、リン酸カルシウム前駆体を得る。
<実施形態1:効果>
本実施形態によれば、非常に簡便な方法で組成制御に優れた高純度のリン酸カルシウムが得られるリン酸カルシウム前駆体を製造できる。また、本実施形態のリン酸カルシウム前駆体を用いれば、当該前駆体の熱分解処理が不要でリン酸カルシウムの製造プロセスが簡略化でき、かつ当該リン酸カルシウムを造粒や粉砕等の工程を経ることなく直接医療材料として使用できる。
<<実施形態2>>
<実施形態2:概要>
本実施形態のリン酸カルシウム粉末の製造方法は、前記実施形態1に記載の方法で製造されたリン酸カルシウム前駆体を所定温度で加熱して、三次元粒子構造を有する水酸アパタイト、α型及びβ型リン酸三カルシウムなどのリン酸カルシウム粉末を製造する方法である。また、リン酸カルシウム粉末を製造する方法により得られるリン酸カルシウム粉末、及び当該リン酸カルシウム粉末を用いて製造されるセラミックス構造体に関する。
当該方法によれば、従来に報告のない特異的な三次元構造を有するリン酸カルシウム粉末の製造が可能である。
<実施形態2:構成>
本実施形態のリン酸カルシウム粉末の製造方法は、前記実施形態1に記載の方法で製造されたリン酸カルシウム前駆体を所定温度で焼成して、三次元粒子構造を有する水酸アパタイト、α型及びβ型リン酸三カルシウムなどのリン酸カルシウム粉末を製造する方法である。前記実施形態1においてリンを含むキレート化剤とカルシウム化合物のモル比Ca/Pが1.50の場合は、α型又はβ型のリン酸三カルシウム粉末が製造され、当該モル比Ca/Pが1.67の場合は、水酸アパタイトが製造される。「所定温度」とは、略600℃から1000℃である。より具体的な焼成は、大気雰囲気下、昇温速度が3℃/minで、600℃から1000℃で1?5時間加熱するのが望ましい。
リン酸カルシウム前駆体を600℃で焼成した場合、α型のリン酸三カルシウムが生成され、800℃以上で単相のβ型のリン酸三カルシウムが生成される。そして、焼成温度の上昇にともない結晶性も上昇し、また800℃以上では図15(e)、(f)に示すような粒子同士が三次元方向に連なった三次元粒子構造を有するβ型リン酸三カルシウム粉末が得られる。このような三次元構造を有するリン酸カルシウムについては、これまでに報告がなく、当該三次元構造の特徴を利用した骨修復用をはじめとする医療材料の多硬質リン酸カルシウムセラミックスの製造への応用が期待できる。
また、リン酸カルシウム粉末を用いて製造される「セラミックス構造体」において、その製造方法は既存の方法を用いればよい。なお、「セラミックス構造体」の形状は粉体、顆粒体、多孔体、膜、緻密体など限定しない。
<実施形態2:効果>
本実施形態によれば、非常に簡便な方法で組成制御に優れた高純度で、かつ特異的な三次元粒子構造を有するリン酸カルシウム粉末が得られる。また、当該リン酸カルシウム粉末を用いて特異的な三次元粒子構造を有するセラミックス構造体が得られる。
<<実施形態3>>
<実施形態3:概要>
本実施形態は、本発明の他の形態について説明する。
本実施形態は、上記実施形態1及び2を基本とし、リン酸カルシウム前駆体製造時において、ナトリウムやマグネシウムなどの骨生成に関連する金属イオンを固溶させることを特徴とする。つまり、ホスホノ酸基およびカルボシキル基をもつリンを含むキレート化剤とカルシウムイオンを含むカルシウム化合物と金属化合物とを溶媒中で反応させることで金属イオン固溶有機リン酸カルシウム前駆体を製造する金属イオン固溶有機リン酸カルシウム前駆体の製造方法であって、リンに対するカルシウム及び金属イオンのモル比{(Ca+M)/P}が1.50〜1.67である金属イオン固溶有機リン酸カルシウム前駆体の製造方法について説明する。また、当該前駆体を所定温度にて加熱することにより水酸アパタイト、α型およびβ型リン酸三カルシウムなどの三次元粒子構造を有する金属イオン固溶リン酸カルシウム粉末の製造方法について説明する。これにより得られるリン酸カルシウムは、骨生成促進効果を有する。
<実施形態3:リン酸カルシウムへの金属固溶>
β型リン酸三カルシウム(β-TCP)は、その結晶構造中のカルシウムサイト及びリン酸サイトが金属イオンで置換固溶するという特徴を有している。そして当該特徴を利用して、金属イオンを置換固溶したβ-TCPが広く研究されている。例えば、特開2004−175760には薬理作用を有する亜鉛イオンをカルシウムサイトに置換固溶した、薬理作用効果を有する亜鉛含有リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。また特開2008−214111には骨形成促進効果を有するケイ酸をリン酸サイトに置換固溶した、骨形成促進効果を有するケイ酸含有リン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが開示されている。更に、本発明者らによって、バナジン酸イオン(VO4 3-)を置換固溶したバナジン酸イオン含有リン酸三カルシウムが発明されている(特願2009−115850)。バナジン酸イオンを置換固溶させることにより、機械的強度に優れたリン酸三カルシウムからなる生体用セラミックスが得られ、人工骨や人工歯根など、非常に高い負荷がかかり摩擦や磨耗が起こり易い組織の代替材料としての利用が可能となる。
そこで、本発明者らは、前記実施形態1及び2に記載の方法の別の実施形態として、金属イオンを置換固溶させたリン酸三カルシウムの前駆体、及び当該リン酸三カルシウム前駆体からを用いて製造されるリン酸三カルシウム粉末や、当該粉末を用いて製造されるセラミックス構造体の製造を検討した。
なお、図3(a)にa軸及びb軸に平行な面におけるβ-TCPの結晶構造を示す。CaとPO4四面体からなる、結晶学的に独立なA(0301a)とB(0302a)の2本のカラムがc軸に平行に存在している。菱面体晶系に属し、格子定数は六方格子設定で、a=1.0439nm、c=3.7375nmである。図3(b)にAカラムとBカラムのそれぞれのc軸方向の結晶構造を示す。AカラムはP(1)O4−Ca(4)−Ca(5)−P(1)O4−空孔−Ca(5)の繰り返しであり、c軸上に存在する。またBカラムは、P(3)O4−Ca(1)−Ca(2)−Ca(3)−P(2)O4−P(3)O4−Ca(1)−Ca(2)−Ca(3)−P(2)O4の繰り返しであり、このカラムの3つのCaサイトはc軸上にのらず、折れ線を形成する。
また、一価の金属イオン(MI)、二価の金属イオン(MII)、三価の金属イオン(MIII)の固溶形態は次の通りである。つまり、一価金属イオンの場合、Ca(4)サイトおよび空孔に2MI=Ca2+イオン+□(□:空孔)の形で固溶し、その固溶限界は9.09mol%である。二価金属イオンの場合には、Ca(4)サイトとCa(5)サイトに3MII+□=3Ca2++□の形で固溶し、その固溶限界は13.64mol%である。三価金属イオンの場合にはCa(5)サイトに2MIII+2□=3Ca2+イオン+□の形で固溶し、その固溶限界は9.09mol%である。
<実施形態3:構成>
図4に本実施形態の金属イオン固溶リン酸カルシウム前駆体の製造方法の処理フロー図を示す。ホスホノ酸基とカルボキシル基をもつリンを含むキレート化剤(0401)と、カルシウムイオンを含むカルシウム化合物(0402)と、金属化合物(0403)を出発原料とし、溶媒中で所定温度、所定時間撹拌する(0404)。これを乾燥させて(0405)、金属固溶リン酸カルシウム前駆体を得る。用いるキレート化剤、カルシウムイオン、溶媒は前記実施形態1に準ずる。なお、出発原料のモル比は、金属イオンが一価の場合(MI)、(Ca+2 MI)/P=1.50〜1.67であり、金属イオンが二価の場合(MII)、(Ca+MII)/P=1.50〜1.67である。また、反応温度、反応時間についても前記実施形態1に準ずる。
なお、図5にナトリウムイオン(Na+)固溶β-TCP前駆体のゲル化反応模式図を示す。実施形態1及び図1と同様に、PBTCのカルボキシル基同士の脱水縮合反応と(0501)、PBTCのホスホノ酸基とカルシウムイオンのキレート化反応と(0502)、PBTCのカルボキシル酸基とナトリウムイオンのキレート化反応と(0503)、PBTCのホスホノ酸基とカルボキシル基の脱水縮合反応およびPBTCのカルボキシル基同士の脱水縮合反応が起こり、更にはナトリウムイオンとPBTCのホスホン酸基とのキレート化反応(0504)も起こる。なお、詳細は下記実施例3に記載する。
また、図6にマグネシウムイオン(Mg+)固溶β-TCP前駆体のゲル化反応模式図を示す。実施形態1及び図1と同様に、PBTCのカルボキシル基同士の脱水縮合反応と(0601)、PBTCのホスホノ酸基とカルシウムイオンのキレート化反応と(0602)、PBTCのカルボキシル酸基とマグネシウムイオンのキレート化反応と(0603)、PBTCのホスホノ酸基とカルボキシル基の脱水縮合反応およびPBTCのカルボキシル基同士の脱水縮合反応が起こり、更にはマグネシウムイオンとPBTCのホスホン酸基とのキレート化反応(0604)も起こる。
また、これらの金属イオン固溶リン酸カルシウムを用いて、前記実施形態2の方法に基き金属イオンリン酸カルシウム粉末を製造する。これにより得られる粉末も特異的な三次元粒子構造を有する。
<実施形態3:効果>
本実施形態によれば、非常に簡便な方法で組成制御に優れた高純度の金属イオン固溶リン酸カルシウムが得られる金属イオン固溶リン酸カルシウム前駆体を製造できる。また、特異的な三次元粒子構造を有するリン酸カルシウム粉末が得られる。
リン酸カルシウム前駆体の合成及びその評価
(1)β型リン酸三カルシウム(β-TCP)前駆体の合成
硝酸カルシウム四水和物[Ca(NO3)2・4H2O]と、50mass%ホスホノブタントリカルボン酸(PBTC)を出発原料とし、モル比がCa/P=1.50となるようにそれぞれ秤量し、溶媒である50cm3のイオン交換水に溶解させた後、β-TCP前駆体は室温、40、60、80、100、130℃でそれぞれ3時間撹拌し、得られた試料をβ-TCPとした。出発原料及び溶媒の配合比は表1のとおりである。
[表1]
(2)β型リン酸三カルシウム(β-TCP)前駆体の評価方法および結果
i)X線回折
β-TCP前駆体を焼成して得られた粉末の結晶相の同定にはRigaku製RAD-2C型X線回折(XRD)装置を使用した。測定条件は、ターゲット:CuKα モノクロメータ使用、管球電圧:40kV、管球電流:30mA、スキャンスピード:8.000°・min-1、スキャンステップ:0.020°、走査範囲:10-60°である。
異なる温度(80℃、100℃、130℃)で調整して得られたβ-TCP前駆体のX線回折図を図7に示す。それぞれの温度で調製したβ-TCP前駆体は非晶質特有のブロードな回折パターンを示し、作製したβ-TCP前駆体は非晶質物質であることを確認した。
ii)FT-IR
β-TCP前駆体と、それを焼成して得られたβ-TCP粉末の定性分析にはJASCO製FT/IR-230型フーリエ変換赤外分光(FT-IR)光度計を用いた。固体試料の場合は、測定試料とKBr(キシダ化学製)を混合して拡散反射法により測定した。液体試料の場合は測定試料を2枚のNaCl板に挟み、透過法で測定した。その他の共通測定条件は、測定範囲:400-4000cm-1、積算回数:68回である。
異なる温度(60℃、80℃、100℃、130℃)で調整して得られたβ-TCP前駆体及びPBCTのFT-IRスペクトルを図8に示す。図8(d)、(e)の100℃以上で調製したβ-TCP前駆体では、1865、1776および1078cm-1の鎖状酸無水物(-CO・OCO-)に帰属される吸収を確認した。この結果より、β-TCP前駆体調製時100℃以上で、PBTCのカルボキシル基(-COOH)が他のPBTCのカルボキシル基と脱水縮合反応し、酸無水物が形成したと考えられる。また、1354cm-1の吸収は硝酸(HNO3)の存在を示しており、(b)乃至(e)の60-130℃で調製したβ-TCP前駆体中にはCa(NO3)2・4H2OのNO3 -イオンが残存していることが示唆された。
iii)NMR
β-TCP前駆体形成時のゲル化反応過程の検討には、ブルカー・バイオスピン製AVANVE400型核磁気共鳴(NMR)装置を用いた。β-TCP前駆体試料0.05mgを蒸留水(キシダ化学製)とD2O(MERCK製)の1:1混合溶媒0.6cm3中に溶解したものを測定用試料とした。測定条件は、核種:31P、外部標準試料:H3PO4、周波数:25.9MHz、スキャン回数:256回である。
異なる温度(40℃、60℃、80℃、100℃、130℃)で調整して得られたβ-TCP前駆体のNMRスペクトルを図9に示す。図9(a)乃至(d)の100℃以下で調製したβ-TCP前駆体の31P-NMRスペクトルにはP-O-H結合に帰属されるピークが2ppmと4ppmに存在したのに対して、(e)の130℃で調製した試料では、ピークが消失した。したがって、100℃以下で調製したβ-TCP前駆体はPBTCのホスホン酸基にプロトンが結合した状態[-PO(OH)2]のままであるが、130℃で調製するとCa2+イオンがPBTCのホスホン酸基とキレート化(O-Ca)、または他のPBTCのカルボキシル基と脱水縮合反応することが考えられる。
以上の結果から、Ca(NO3)2-PBTC-H2O系β-TCP前駆体は、調製温度130℃でPBTCのカルボキシル同士の脱水縮合反応、Ca(NO3)2・4H2OのCa2+イオンとPBTCのホスホン酸基およびカルボキシル基のキレート化反応およびPBTCのホスホン酸基およびカルボキシル基の脱水縮合反応により形成すると考えられる。
実施例1において130℃で調整したβ-TCP前駆体を焼成して得られる試料の合成及びその評価
(1)試料の合成
実施例1において130℃で調整したβ-TCP前駆体を、大気雰囲気下で、昇温速度3℃/minで、それぞれ200℃、400℃、600℃、800℃、1000℃で5時間焼成した。
(2)試料の評価方法および結果
i)X線回折図
実施例1と同様の条件で、130℃で調整したβ-TCP前駆体を異なる温度(400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃)で焼成して得られた試料及び当該前駆体について行ったX線回折図を図10に示す。図7のβ-TCP前駆体はブロードな回折パターンを示したが、図10(e)の600℃で焼成した試料ではα-TCPのピークのみが確認できたことより準安定相のα-TCPが生成し、(f)、(g)の800℃以上ではβ-TCP単相となり、焼成温度の上昇にともない結晶性も上昇した。以上の結果から、β-TCP前駆体を600℃焼成することによって、β-TCPと比べて結晶構造が緩い準安定相α-TCPが結晶化し、焼成温度を上昇させることにより、β-TCPへと変化することが考えられ、この加熱変化は非晶質リン酸カルシウムからβ-TCPが生成する時にも見られる。
ii)FT-IR
実施例1と同様の条件で、130℃で調整したβ-TCP前駆体を異なる温度(400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃)で焼成して得られた試料及び当該前駆体について行ったFT-IRスペクトルを図11に示す。図11(b)乃至(g)の400-1000℃焼成した試料には、1093、 1041 cm-1にP-O逆対称伸縮振動、960 cm-1にP-O対称伸縮振動、603、 573 cm-1にP-O変角振動に帰属する吸収を認めた。また、(b)乃至(f)の400-800℃焼成した試料の1550-1350cm-1および880-875 cm-1にはCO3 2-イオンの面内伸縮振動に帰属される吸収が確認されたため、試料中にCO3 2-イオンが含有していることがわかった。しかし、焼成温度の上昇にともないCO3 2-イオンに帰属される吸収強度が低くなり、(f)、(g)の800℃以上で焼成した試料では完全に消失した。
iii)示差熱分析(TG-DTA)
β-TCP前駆体の熱的挙動を調べるために、熱天秤(TG) および示差熱 (DTA)分析を行なった。測定にはBruker AXS製TG-DTA2000S型熱分析装置を用いた。β-TCP前駆体は加熱により発泡するため、前処理としてあらかじめ150℃で5時間加熱したものを測定試料とした。測定条件は、標準試料:α-Al2O3(キシダ化学製、特級)、測定温度:25-1000℃、昇温速度:3℃・min-1、試料セル:白金セル
雰囲気:大気中である。
130℃で調整したβ-TCP前駆体のTG-DTA曲線を図12に示す。200、500-680、740℃付近において発熱ピークおよび重量減少を認めた。これらはそれぞれ、NO3 -イオンの分解、有機成分の分解、α-TCPからβ-TCPへの相転移、および脱CO3 2-に起因するピークと考えられる。したがって、有機成分を含まないβ-TCPを合成するのにはβ-TCP前駆体を800℃以上で加熱しなければならないことがわかった。
iv)粒度分布測定
β-TCP前駆体を焼成してえた粉末試料の粒度分布測定には、島津製作所製SALD-7000型レーザー回折式粒度分布測定装置を用いた。試料粉末1.0gと、分散剤としてNa4P2O7・10H2O(関東化学製、特級)0.01gを秤量し、それらを蒸留水500cm3に分散した後、10分間超音波処理した溶液を測定試料とした。測定方式は流動式で行なった。
130℃で調整したβ-TCP前駆体を異なる温度(400℃、600℃、800℃、1000℃)で焼成して得られた試料の粒度分布を図13に示す。図13(a)、(b)の400-600℃で焼成した試料は分布が狭いことがわかったが、(c)の800℃焼成した試料は粒子径が減少して粒度分布が広くなり、(d)の1000℃焼成した試料は粒子径が増加して粒度分布が狭くなった。粒度分布測定結果からえられたメディアン径、最大粒子径および最小粒子径の焼成温度による変化を図14に示す。400-800℃で焼成した試料のメディアン径、最大粒子径、最小粒子径は焼成温度の上昇にともない減少したが、1000℃焼成した試料では粒子径が増加した。これらの結果から800℃までは焼成過程での有機成分の分解により粒子が小さくなり、さらに分散するため粒度分布が広くなるが、1000℃焼成することにより粒成長するため粒子径が増加したと考えられた。
v)電界放出走査型電子顕微鏡(FE-SEM)観察
β-TCP前駆体および金属イオン添加β-TCP前駆体を焼成してえた粉末試料の粒子形態観察には日立ハイテクノロジーズ製S-4700型電界放出走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いた。また観察試料は前処理として、日立ハイテクノロジーズ製E-10301型イオンスパッターを用いて金を蒸着した。その他の条件は、加速電圧:5-10kV、ワーキングディスタンス:12mmである。
130℃で調整したβ-TCP前駆体を異なる温度(400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃)で焼成して得られた試料のFE-SEM像を図15に示す。図15(a)の400℃で焼成した試料の形状はβ-TCP前駆体と同じく不定形の凝集体であったが、(b)乃至(e)の500-800℃で焼成することにより試料は微小な粒子が凝集して板状を形成し、さらに(c)の550℃では粒子間にマクロサイズの気孔が生じ、焼成温度の上昇にしたがいその気孔は拡大した。また(e)の800℃以上では粒子どうしが三次元方向に連なっている特長的な形状を示した。この結果から、焼成温度の増加にともない、有機成分から構成される板状の不定形凝集体が脱CO3 2-をともない三次元構造を形成することがわかった。一方、(e)の800℃で焼成した試料の粒子径は50-100nmであり、(f)の1000℃で焼成した試料は100-300nmであることから、焼成温度の上昇にともない粒成長していることが示唆され、これは粒度分布測定の結果(図14)と一致した。
(3)比較例
カルシウム源にCa(NO3)2・4H2O、リン源をPBTCとして、さらに錯化剤としてクエン酸(CA)、重合剤(溶媒)としてエチレングリコール(EG)を用いた既往の錯体重合法によりえられた試料と、本実施例で得られた試料とのX線回折図、FT-IRスペクトルを比較した。
その結果、既往の錯体重合法によって得られた試料は500℃でβ-TCPが結晶化し、800℃以上で焼成した試料はβ-TCP単相となったが、本実施例でえられた試料と比較して、β-TCPの結晶性が低かった。つまり、本実施例で得られた試料の方がより結晶性が高いことがわかった。また、FT-IRスペクトルから、既往の錯体重合法によって得られた試料は焼成温度の上昇にしたがい有機成分の残存に起因するCO3 2-イオンに帰属される吸収強度が低下した。この結果からCAやEGなどの有機成分を用いた場合、前駆体の組成は均質で結晶化温度は低下したが、多量の有機成分がβ-TCPの結晶性に影響を及ぼしていることが推測された。更に、既往錯体重合法によってえられた試料のFE-SEM像より、それぞれの温度で焼成した試料はマクロサイズの粒子が凝集して塊状となり、焼成温度にかかわらずその二次粒子は粒子径100-1000μmであり、本実施例でえられた試料のような粒子同士が三次元的に結合した特異的な構造は観察されなかった。
ナトリウムイオン(Na+)添加β-TCP前駆体を用いたNa+イオン固溶β-TCPの合成
およびその評価
(1)Na+イオン固溶β-TCPの合成
硝酸カルシウム四水和物[Ca(NO3)2・4H2O]と、50mass%ホスホノブタントリカルボン酸(PBTC)、硝酸ナトリウム(NaNO3)を出発原料とし、モル比が(Ca+2Na)/P=1.50
となるようにそれぞれ秤量し、溶媒である50cm3のイオン交換水に溶解させた後、β-TCP前駆体は130℃でそれぞれ3時間撹拌し、得られた試料をNa+イオン添加β-TCP前駆体とした。出発原料及び溶媒の配合比は表2のとおりであり、Na+イオン添加量は全Ca2+イオンサイトに対して2.0、4.0、6.0、9.09mol%とした。
[表2]
(2)Na+イオン添加β-TCP前駆体の評価方法および結果
i)X線回折
実施例1と同様の条件で行った、Na+イオン添加β-TCP前駆体のX線回折図を図16に示す。(a)乃至(d)はそれぞれNa+イオンが2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、9.09mol%添加されたものである。(a)乃至(d)全てにおいて、Na+イオン添加β-TCP前駆体は非晶質特有のブロードな回折パターンを示し、β-TCP前駆体同様に非晶質物質であることを確認した。
ii)FT-IR
実施例1と同様の条件で行った、Na+イオン添加β-TCP前駆体のFT-IRスペクトルを図17に示す。130℃で調製したNa+イオン無添加のβ-TCP前駆体と同様に、すべての添加量で1865、1776および1078cm-1に鎖状酸無水物(-CO・OCO-)に帰属される吸収を確認した。これらの結果は、Na+イオン添加β-TCP前駆体は、β-TCP前駆体と同様にPBTCのカルボキシル基が他のPBTCのカルボキシル基と脱水縮合反応することにより、酸無水物が形成したことを示唆している。また、1354cm-1の吸収は、NOxの存在を示しており、調製したすべてのNa+イオン添加β-TCP前駆体にはNO3 -イオンが残存していることがわかる。
iii)NMR
実施例1と同様の条件で行った、Na+イオン添加β-TCP前駆体のNMRスペクトルを図18に示す。Na+イオンを2mol%添加した試料ではP-O-H結合に帰属されるピークが2ppmに発生し、Na+イオン添加量の増加にしたがいピーク強度が高くなった。これは、β-TCP前駆体(添加量0mol%)では、Ca2+イオンがPBTCのホスホン酸基とキレート化[-PO(OCa)2]しているが、Na+イオンを添加量することでNa+イオンとホスホン酸基のキレート化(O-Na)が起こるが、Na+イオンが一価金属イオンであるため、Ca2+イオンがキレート化した場合に比べて量論的に1/2しかホスホン酸基が反応せずにP-O-Hが余ることに起因していると考えられる。
よって、Na+イオン添加β-TCP前駆体は図5に示すゲル化反応を示すものと考えられる。
(3)(1)で得られたNa+イオン添加β-TCP前駆体を焼成して得られた試料の評価
上記(2)で調整したNa+イオン添加量が異なるNa+イオン添加β-TCP前駆体を、大気雰囲気下で、昇温速度3℃/minで、それぞれ200℃、400℃、600℃、800℃、1000℃で5時間焼成した。
i)X線回折
実施例1と同様に条件で行ったX線回折図を図19に示す。図19(1)乃至(4)はそれぞれNa+イオンが2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、9.09mol%添加されたものである。また、図19(1)乃至(4)における(a)は焼成前の前駆体であり、(b)乃至(g)は当該前駆体をそれぞれ400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃で焼成して得られた試料についてのX線回折図である。
Na+イオンの添加量に関わらず1000℃焼成することですべての試料がβ-TCP単相となった。また、金属イオン無添加β-TCP前駆体を焼成した試料では、600℃でα-TCP、800℃以上でβ-TCPがそれぞれ単相でえられたが、Na+イオンを2.0mol%添加した前駆体は、600℃でα-TCPとβ-TCPの混合相となり、6.0mol%添加した試料では550℃、9.09mol%添加した試料では500℃でα-TCPが生成し、それ以上の焼成温度ではβ-TCP単相であった。このことから、Na+イオンの添加量を増加させることにより、β-TCPの結晶化温度が低下することが確認できた。Na+イオンの添加量とそれぞれの焼成温度における結晶相を下記表3にまとめる。
[表3]
ii)FT-IR
実施例1と同様に条件で行ったFT-IRスペクトルを図20に示す。図20(1)乃至(4)はそれぞれNa+イオンが2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、9.09mol%添加されたものである。また、図20(1)乃至(4)における(a)は焼成前の前駆体であり、(b)乃至(g)は当該前駆体をそれぞれ400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃で焼成して得られた試料についてのFT-IRスペクトルである。
400-1000℃で焼成した試料には、1093、 1041 cm-1にP-O逆対称伸縮振動、960 cm-1にP-O対称伸縮振動、603、 573 cm-1にP-O変角振動に帰属される吸収を認めた。Na+イオン無添加のβ-TCP(図11)では800℃で焼成した試料に、CO3 2-イオンに帰属される吸収が確認されたが、Na+イオンを添加した試料では、400-600℃でCO3 2-イオンに帰属される吸収(1550-1350および880-875 cm-1)が確認された。この結果から、Naイオン添加により脱CO2する温度が低温化することがわかった。さらに、焼成温度の上昇にともないCO3 2-イオンに帰属される吸収強度が低くなり、800℃で焼成した試料では完全にその吸収が消失した。
iii)TG-DTA
実施例2と同様に条件で行ったTG-DTA曲線を図21に示す。図21(1)乃至(4)はそれぞれNa+イオンが2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、9.09mol%添加されたものである。
200、500-600、620、800℃付近において発熱ピークおよび重量減少を認め、X線回折およびFT-IR測定の結果よりそれぞれNO3 -イオンの分解、有機成分の分解、準安定相のα-TCPからβ-TCPへの相転移および脱CO2によるものと考えられる。また、Na+イオンの添加量を増加させるにしたがい有機成分の分解とCO3 2-イオンの脱離によるピークは低温側へシフトしていることが確認できた。この結果は上記のFT-IRの結果と一致し、図5で示したように、Ca2+イオンだけの反応に比べて、Na+イオンを添加した場合は、その添加量の増加にともないゲル化が進行しない(ゲルの重合度が低くなる)ため、脱CO2を含めた有機物の分解が低温化したと考えられる。
iv)格子定数
格子定数測定には、Rigaku製回転対陰極型X線回折装置RINT-1500を使用し、内部標準法を用いて次の条件により格子定数の精密化を行った。つまり、ターゲット:CuKα、使用管電流:200mA、使用管電圧:40kV、スキャンスピード:10°/min、スキャンステップ:0.020°、走査範囲:25-70°、モノクロメータ使用である。また、金属イオン固溶β-TCPと内部標準試料であるSi粉末(純度99.99%、75μm、キシダ化学製)を重量比4:1の割合で混合し、測定試料とした。標準測定を行い、得られた回折線から(2 0 10)、(2 1 8)、(2 2 0)、(3 2 8)、(2 0 20)のβ-TCPのピークおよび(1 1 1)、(2 2 0)、(3 1 1)、(4 0 0)のSiのピークについて付属ソフトウェアによって最適な条件下で予備測定を行った。β-TCPのピークに対して、ピークトップ法を用いた内部標準法で角度補正を行い、最小二乗法により格子定数の精密化を行った。
当該条件における、Na+イオン添加β-TCP前駆体を1000℃で焼成して得られた試料の格子定数変化を図22に示す。Na+イオン添加の場合、a軸は金属イオン添加量にかかわらず一定であったが、c軸は9.09mol%まで直線的に収縮した。この結果は、既往研究の固相法を用いてえられたNa+イオン固溶β-TCPの格子定数変化と同様の傾向を示したことから、Na+イオンはCa(4)サイトと空孔にCa(4)+□=2M+( M+:一価金属イオン)の形態で固溶したと考えられる。
v)粒度分布
実施例2と同様の条件で行った粒度分布図を図23に示す。図23(1)乃至(4)はそれぞれNa+イオンが2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、9.09mol%添加されたものである。
Na+イオン添加量に関わらず400-600℃で焼成温度の増加にともない粒度分布は広がり、1000℃焼成では粒度分布が狭く、β-TCPを用いた場合と同様の傾向を示した。また、Na+イオンを6.0mol%以上添加したβ-TCP前駆体を800℃焼成した場合、0.1μm(100nm)以下に大きな粒度分布のピークが現れた。
また、異なる温度で焼成した試料のメディアン径、最大粒子径および最小粒子径変化を図24に示す。400-800℃で焼成した試料のメディアン径、最大粒子径、最小粒子径はそれぞれ焼成温度の上昇にともない減少したが、1000℃焼成した試料では粒子径が増加した。また、Na+イオン添加量の増加にしたがいメディアン径、最大粒子径および最小粒子径はそれぞれ減少した。この結果から800℃までの焼成過程で有機成分が分解することにより粒子が分散することで粒子径が減少し、さらに1000℃で焼成することで粒成長するため粒子径が増加することが示唆された。また、Na+イオンの添加量が増加するにしたがい図5に示したようにゲルの重合度が低いため粒度分布が低粒子径側に広がると考えられた。
vi)FE-SEM観察
実施例2と同様の条件で行ったFE-SEM像を図25A乃至Dに示す。図25A乃至DはそれぞれNa+イオンが2.0mol%、4.0mol%、6.0mol%、9.09mol%添加されたものである。また、図25A乃至Dにおける(a)乃至(g)は当該前駆体をそれぞれ400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃で焼成して得られた試料についてのFE-SEM像である。
Na+イオンを2-6mol%添加の試料の場合、400℃で焼成した試料の形状は不定形の凝集体であるが、500-800℃で焼成した試料は微小粒子が板状に凝集しており、550℃で焼成した試料は粒子間に微細な気孔が確認できたが、Na+イオンを9.09mol%添加した試料では500℃以上で粒子間の気孔が確認できた。さらに、焼成温度の上昇にしたがい粒子間の気孔径は増加し、1000℃で焼成した試料は粒子どうしが三次元方向に連なっていることがわかった。この結果から、Na+イオン添加量の増加にしたがい、不定形凝集体に含まれている有機成分の分解温度が低温化したため、Na+イオンを9.09mol%添加した試料は500℃で微細な気孔が生成したと考えられる。さらに、Na+イオンを2.0、4.0、6.0、9.09mol%添加して1000℃焼成した試料の粒子径はそれぞれ390、550、600、680nmであり、Na+イオン添加量の増加にしたがい粒子の粒成長が促進されることがわかった。
(4)比較例
カルシウム源にCa(NO3)2・4H2O、Na+イオン源にNaNO3を9.09mol%添加し、リン源にPBTCを(Ca+2Na)/P=1.50として、さらに錯化剤としてクエン酸(CA)、重合剤としてエチレングリコール(EG)を用いた既往の錯体重合法によりえられた試料のX線回折図、FT-IRスペクトルと比較した。
その結果、既往の錯体重合法によって得られた試料は500℃でβ-TCPの結晶化が確認できたがHApとの混合相となり、これはゲルが不均一であることを示唆した。また、さらに800℃以上で焼成した試料はβ-TCP単相となったが、本実施例で得られた試料と比較してβ-TCPの結晶性が低下した。
また、FT-IRスペクトルから、既往の錯体重合法によって得られた試料は焼成温度の上昇にしたがいCO3 2-イオンに帰属される吸収強度が低下し、さらに500-600℃で焼成した試料には3500cm-1付近のOH−に帰属されるピークが認められた。これらの結果より、既往錯体重合法でえられた試料は、有機物の分解がより多く起こるため本実施例でえられたNa+イオン固溶β-TCPより結晶性が悪いと考えられる。
更に既往錯体重合法によってえられた試料のFE-SEM像より、それぞれの温度で焼成した試料はマクロサイズの粒子が凝集して塊状となり、本実施例の図25A乃至Dに示すような特徴的な三次元構造の粒子形態をしておらず、その焼成温度にかかわらず粒子径は100-1000μmであった。
マグネシウムイオン(Mg2+)添加β-TCP前駆体を用いたMg2+イオン固溶β-TCPの合成およびその評価
(1)Mg2+イオン固溶β-TCPの合成
硝酸カルシウム四水和物[Ca(NO3)2・4H2O]と、50mass%ホスホノブタントリカルボン酸(PBTC)、硝酸マグネシウム六水和物[Mg(NO3)2・6H2O]を出発原料とし、モル比が(Ca+Mg)/P=1.50となるようにそれぞれ秤量し、溶媒である50cm3のイオン交換水に溶解させた後、β-TCP前駆体は130℃でそれぞれ3時間撹拌し、得られた試料をMg2+イオン添加β-TCP前駆体とした。出発原料及び溶媒の配合比は表4のとおりであり、Mg2+イオン添加量は4.0、9.09、13.64mol%とした。
[表4]
(2)Mg2+イオン添加β-TCP前駆体の評価方法および結果
i)X線回折
実施例1と同様の条件で行った、Mg2+イオン添加β-TCP前駆体のX線回折図を図26に示す。Mg2+イオンを添加量して調製したβ-TCP前駆体はすべて非晶質特有のブロードな回折パターンを示し、β-TCP前駆体やNa+イオン添加β-TCP前駆体と同様に非晶質物質であることを確認した。
ii)FT-IR
実施例1と同様の条件で行った、Mg2+イオン添加β-TCP前駆体のFT-IRスペクトルを図27に示す。130℃で調製したβ-TCP前駆体と同様に、すべての添加量で1865、1776および1078cm-1の鎖状酸無水物(−CO・OCO−)に帰属される吸収が確認できた。この結果より、Mg2+イオン添加β-TCP前駆体は、PBTCのカルボキシル基が他のPBTCのカルボキシル基と脱水縮合反応し、酸無水物が形成したと考えられる。また、1354cm-1の吸収は、NO3 −の存在を示しており、添加量で調製したNa+イオン添加β-TCP前駆体すべてにCa(NO3)2・4H2OのNO3 -イオンが残存していることが示唆された。
iii)NMR
実施例1と同様の条件で行った、Mg2+イオン添加β-TCP前駆体のNMRスペクトルを図28に示す。Mg2+イオンを添加した試料では、Na+イオンを添加した前駆体とは異なり、金属イオン無添加β-TCP前駆体と同様に2ppmと4ppm付近の P-O-H結合に帰属されるピークが消失した。これは、β-TCP前駆体(添加量0mol%)では、Ca2+イオンがPBTCのホスホン酸基とキレート化[−PO−(−O−Mg−)2−]しているが、同じく二価金属イオンであるMg2+イオンを添加することでMg2+イオンとのキレート化[−PO−(−O−Mg−)2−]も起こるため、P-O-P結合が消失したと考えられる。
以上の結果から想定したMg2+イオン添加β-TCP前駆体のゲル化反応の模式図を図6に示す。
(3)(1)で得られたMg2+イオン添加β-TCP前駆体を焼成して得られた試料の評価
上記(2)で調整したMg2+イオン添加量が異なるMg2+イオン添加β-TCP前駆体を、大気雰囲気下で、昇温速度3℃/minで、それぞれ200℃、400℃、600℃、800℃、1000℃で5時間焼成した。
i)X線回折
実施例1と同様に条件で行ったX線回折図を図29に示す。図29(1)乃至(3)はそれぞれMg2+イオンが4.0mol%、9.09mol%、13.64mol%添加されたものである。また、図29(1)乃至(3)における(a)は焼成前の前駆体であり、(b)乃至(g)は当該前駆体をそれぞれ400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃で焼成して得られた試料についてのX線回折図である。
すべての添加量において550℃焼成でβ-TCPの結晶化が認められ、800℃焼成することでβ-TCP単相となった。これらの結果からMg2+イオンを添加したβ-TCP前駆体からのβ-TCPの結晶化では、準安定相のα-TCPが生成しないことがわかった。
ii)FT-IR
実施例1と同様に条件で行ったFT-IRスペクトルを図30に示す。図30(1)乃至(3)はそれぞれMg2+イオンが4.0mol%、9.09mol%、13.64mol%添加されたものである。また、図30(1)乃至(3)における(a)は焼成前の前駆体であり、(b)乃至(g)は当該前駆体をそれぞれ400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃で焼成して得られた試料についてのFT-IRスペクトルである。
400-1000℃で焼成した試料には、1093、 1041 cm-1にP-O逆対称伸縮振動、960 cm-1にP-O対称伸縮振動、603、 573 cm-1にP-O変角振動に帰属される吸収を認めた。Mg2+イオン無添加β-TCP(図11)と図20(4)に示したNa+イオン添加β-TCPでは、800-1000℃で焼成した試料にCO3 2-イオンに帰属される吸収は消失していたが、Mg2+を添加した場合でも600℃以下で焼成した試料には1550-1350cm-1および880-875 cm-1にCO3 2-イオンの面内伸縮振動に帰属される吸収が確認されたが、800℃以上でその吸収が消失したことから脱CO2したことが示唆された。
iii)TG-DTA
実施例2と同様に条件で行ったTG-DTA曲線を図31に示す。図31(1)乃至(3)はそれぞれMg2+イオンが4.0mol%、9.09mol%、13.64mol%添加されたものである。
200、500-700、800℃付近において発熱ピークおよび重量減少を認めた。これらはX線回折およびFT-IRスペクトルより、それぞれNO3 -イオンの分解、有機成分の分解およびCO3 2-イオンの脱離によるものと考えられる。また、Mg2+イオン添加量を変化させても前駆体の加熱挙動にほとんど変化はなかった。
iv)格子定数
実施例3と同様に測定条件における、Mg2+イオン添加β-TCP前駆体を1000℃で焼成して得られた試料の格子定数変化を図32に示す。a軸はMg2+イオンの添加量の増加にしたがって直線的に収縮した。c軸も同様に添加量の増加にしたがって直線的に9.09mol%まで収縮した後、13.64mol%まで増加した。これらの結果はこれまで報告されている格子定数変化の傾向とほぼ一致したことから出発原料の組成どおりにMg2+イオンが固溶したβ-TCPを合成できたことがわかった。また、Mg2+イオンは9.09mol%までCa(5)サイトに、13.64mol%までCa(4)サイトにそれぞれ固溶したと考えられ、その固溶限界は13.64mol%であることがわかった。
v)粒度分布
実施例2と同様の条件で行った粒度分布図を図33に示す。図33(1)乃至(3)はそれぞれMg2+イオンが4.0mol%、9.09mol%、13.64mol%添加されたものである。
13.64mol%添加β-TCPを1000℃焼成した試料は粒子径が大きく、粒度分布測定器の検出限界をこえていたため測定できなかった。400-600℃で焼成した試料は粒度分布が狭いのに対して、800℃以上では粒度分布が広くなりβ-TCPやNa+イオン固溶β-TCPと同様の傾向を示すことが確認できた。また、すべての添加量において、800℃以上で焼成した場合は0.1μm(100nm)付近に新たな分布のピークが現れた。
また、Mg2+イオンの添加量を変化させて調製したβ-TCP前駆体を異なる温度で焼成した試料のメディアン径、最大粒子径および最小粒子径変化を図34に示す。β-TCPやNa+イオン添加β-TCP前駆体の場合と異なり400-1000℃で焼成した試料のメディアン径、最大粒子径、最小粒子径はそれぞれ焼成温度の上昇にともない減少したが、9.09mol%添加した前駆体を1000℃焼成した試料の粒子径は増加した。
vi)FE-SEM観察
実施例2と同様の条件で行ったFE-SEM像を図35A乃至Cに示す。図35A乃至CはそれぞれMg2+イオンが4.0mol%、9.09mol%、9.09mol%添加されたものである。また、図35A乃至Cにおける(a)乃至(g)は当該前駆体をそれぞれ400℃、500℃、550℃、600℃、800℃、1000℃で焼成して得られた試料についてのFE-SEM像である。
400-600℃で加熱した試料は不定形凝集体であり、600℃で焼成した試料は有機成分の分解によって微細な気孔を形成し、100nm以下の粒子が不定形凝集を形成していた。さらに、800℃で焼成した試料は約100-300nmまで粒成長した粒子が層状の凝集体を形成し、粒子間の気孔径も増加した。また、1000℃で焼成した試料は約400-600nmまで粒成長して粒子同士が三次元的に結合していた。Mg2+イオンを4.0mol%および 9.09mol%添加した試料には大きな変化が確認されなかったが、13.64mol%添加した試料では1000℃焼成することによって粒子が1.0-1.5μmまで粒成長して部分的に焼結していたことから、Mg2+イオンを添加することで焼結性が向上することが示唆された。さらに、β-TCPやNa+イオン固溶β-TCPと比較して粒子径は小さく、Mg2+イオンの添加が粒成長を抑制することが考えられた。
(4)比較例
カルシウム源にCa(NO3)2・4H2O、Mg2+イオン源にMg(NO3)・6H2Oを13.64mol%添加して、リン源にPBTCを(Ca+Mg)/P=1.50となるように、錯化剤としてクエン酸(CA)、重合剤(溶媒)としてエチレングリコール(EG)を用いた既往の錯体重合法によりえられた試料のX線回折図、FT-IRスペクトルと比較した。
その結果、既往錯体重合法によってえられた試料は500℃でβ-TCPの結晶化が確認できたが、1000℃で焼成した試料は本実施例で得られた試料と比較してβ-TCPの結晶性が低下した。また、β-TCP前躯体やNa+イオン添加β-TCPとは異なり、それぞれHApやα-TCPの生成が確認できなかったことから、Mg2+イオンを添加することにより準安定相などを形成することなくβ-TCPが直接生成し、その結晶化温度も低下することがわかった。この結果は本実施例の加熱変化と一致する。
また、FT-IRスペクトルからは焼成温度の上昇にしたがいCO3 2-イオンに帰属される吸収強度が低下し、800℃以上で有機物が完全に消失することがわかった。これらの結果より、既往の錯体重合法でえられた試料は、多量の有機成分を用いるために本実施例で得られたMg2+イオン固溶β-TCPより結晶性が低下すると考えられる。
更に既往の錯体重合法によってえられた試料のFE-SEM像より、それぞれの温度で焼成したすべての試料は一次粒子が凝集した不定形の塊状となり、本実施例の図35に示すような特徴的な三次元構造の粒子形態をしておらず、そのサイズは約100-1000μmであった。