JP5660486B2 - ムチン1(muc1)タンパク質に対する抗体及びその用途 - Google Patents

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Description

本発明は、新規な抗ムチン1タンパク質抗体及びそれを含む免疫学的測定用試薬に関する。また本発明は、ヒトムチン1タンパク質に関連する疾患又は障害を判定するための試薬及び方法に関する。
胃癌は、日本人の悪性腫瘍罹患頻度で、男性では第1位、女性では第2位と、高頻度にみられる癌であり、国際的にみると、中国、日本、韓国などアジアや南米に患者が多い。画像診断や内視鏡検査が発達してきた昨今においても、2003年の日本における胃癌による死者数は49,535人(男32,142人、女17,393人)で、男性では肺癌に次いで第2位、女性では大腸癌に次いで第2位である(厚生労働省 人口動態統計より)。
胃癌の様々な組織型の中でも、「低分化腺癌:非充実型(poorly differentiated adenocarcinoma: non-solid type、略号で“por2”と表される)」や「印環細胞癌(signet-ring cell carcinoma、略号で“sig”と表される)」は、特に悪性度が高く、発見時にはすでに「手遅れ」の状況になっている症例が多くみられる「スキルス胃癌」という状態を呈することも多く、これは腫瘍の肉眼型では「4型」に相当する。
「スキルス胃癌」は胃癌の中で最も悪性度の高い癌であり、他の胃癌と同じように粘膜から発生するが、あまり粘膜面の変化をおこさないまま胃壁の中を広く浸潤していくという特性を有する。「スキルス胃癌」は胃癌の中でも約10%の割合を占めていて、30代及び40代という若い世代によく見られ、専門医でもなかなか診断がつきにくく、すでに発見された時点で約60%の患者は腹膜転移や広範なリンパ節転移を伴っており、体調に不安を訴えて気付いたときには癌が進行してしまっているといったパターンが多い。また、たとえ手術をして癌を切除できたとしても再発率が高い癌である。「スキルス胃癌」に特徴的な転移が腹膜播腫で、このタイプの癌の罹患者の約半数に腹膜播腫が出現する。
胃癌の最終確定診断は、内視鏡検査下生検標本の病理組織診断によって行われるが、胃生検組織の一般的なヘマトキシリン・エオジン(HE)染色では、増殖した肉芽組織や線維組織にまぎれてどこに癌細胞があるのかよくわからないことが多く、「癌の見逃し」をする危険性が高い。そのような癌の見逃しを防止するため、胃生検標本のすべてに特殊染色の過ヨウ素酸シッフ染色(PAS染色)を実施している病理検査施設もある。しかしながら、PAS染色は、胃癌細胞の周囲に高頻度に存在する炎症細胞等の非癌成分をも染色するため、胃癌細胞を特定できないことも多い。特に臨床的にも診断が困難である「スキルス胃癌」を疑われる症例の胃生検標本において「癌の見逃し」は絶対に回避されねばならない。
上記のように、「スキルス胃癌」の状態になる傾向の強い「低分化腺癌:非充実型(por2)」や「印環細胞癌(sig)」の正確な病理組織診断は、「スキルス胃癌」の早期発見にも極めて有効であり、胃癌の治療成績向上に必須である。このような病理組織の診断のために、胃癌の病理組織において特異的に発現されているタンパク質や糖鎖に基づく免疫染色の必要性はますます重要性を増し、そのための抗体の開発競争は激しさを増している。
一方、ムチン型糖タンパク質は、動物の腸管、気道、口腔、子宮などの粘膜を保護するための粘液に含まれる粘性物質であり、多数の糖鎖(ムチン型糖鎖と呼ばれる)を有するタンパク質である。このようなタンパク質をコードするムチン遺伝子(MUC)として、ヒトでは18種類が報告されており、そのうち11種が膜貫通型であり、7種が分泌型である。ムチン遺伝子は、様々な病気、例えば癌、炎症性腸疾患、喘息などと関連していることが報告されている。例えばムチン1(MUC1)は、様々なヒト癌(膵癌、胆管癌、胃癌、食道癌、乳癌、肺癌等)において、その発現が患者の予後不良と関連していることが明らかになっている(非特許文献2)。
MUC1は、腫瘍マーカーとして有力と考えられているムチン抗原のうちでも、最も早くクローニングがなされており、このMUC1に対する抗体は現時点でも400を越えている。例えば、MUC1タンパク質の細胞外領域のタンデムリピートに存在する糖鎖を認識して反応する抗体や、細胞内領域に相当する1110〜1155番のアミノ酸(45アミノ酸)を認識して反応する抗体(非特許文献1)が報告されている。しかしながら、上述したように、胃癌の中でも特に悪性度が高い上、画像診断や内視鏡検査でも見出しにくく、最終診断となる胃生検組織の病理診断でも、通常のヘマトキシリン・エオジン(HE)染色では見逃す危険性の高い低分化腺癌又は印環細胞癌の癌細胞を高感度かつ簡便に検出することができる抗体の開発が依然として望まれていた。
PLoS ONE vol 3. Issue 4. e2054, 2008 Yonezawa S, Goto M, Yamada N, Higashi M, Nomoto M: Expression profiles of MUC1, MUC2 and MUC4 mucins in human neoplasms and their relationship with biological behavior. Proteomics 8 (16): 3329-3341, 2008
そこで本発明は、低分化腺癌又は印環細胞癌の癌細胞を鮮明に染め出すことができ、手遅れになりやすいこれらの胃癌を含むヒトの癌の早期診断の確診に効果を発揮する手段及び方法を提供することを目的とする。
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、ヒトムチン1タンパク質(MUC1)の特定の領域を抗原として用いて抗体を作製したところ、得られた抗MUC1抗体が胃癌細胞において発現されているMUC1タンパク質と特異的に反応し、その結果としてこれらの癌細胞(特に低分化腺癌及び印環細胞癌)を鮮明に免疫染色することができることを見出した。また、大腸癌、膵癌などの癌細胞及び転移巣サンプル、腹水細胞診サンプルなどにおいても抗MUC1抗体を用いて免疫染色することができた。MUC1は様々な疾患及び障害において発現することが確認されているため、本発明者は、上記抗MUC1抗体を用いてMUC1に関連する疾患又は障害を判定することができるという知見を得た。
すなわち、本発明は、以下の(1)〜(14)である。
(1)以下の(a)又は(b)のペプチドを抗原として用いて作製され、かつヒトムチン1(MUC1)タンパク質と反応することを特徴とする抗体。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(配列番号3に示されるMUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸を含むペプチド
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(配列番号3に示されるMUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつヒトMUC1タンパク質の抗原性を有するペプチド
(2)配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番の連続するアミノ酸が、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも63〜81番の連続するアミノ酸を含む、(1)に記載の抗体。
(3)ペプチドが配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるものである、(1)又は(2)に記載の抗体。
(4)モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体である、(1)〜(3)のいずれかに記載の抗体。
(5)標識されている、(1)〜(4)のいずれかに記載の抗体。
(6)(1)〜(5)のいずれかに記載の抗体を含むことを特徴とするヒトムチン1(MUC1)タンパク質の免疫学的測定用試薬。
(7)(1)〜(5)のいずれかに記載の抗体を含むことを特徴とするヒトムチン1(MUC1)タンパク質に関連する疾患又は障害の判定用試薬。
(8)ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害が、胃癌、膵癌、胆管癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌及び肺癌からなる群より選択されるものである、(7)に記載の試薬。
(9)胃癌が低分化腺癌又は印環細胞癌である、(8)に記載の試薬。
(10)(a)(1)〜(5)のいずれかに記載の抗体と、被験体に由来するサンプルとを接触させるステップ、
(b)該抗体がサンプル中のヒトムチン1(MUC1)タンパク質と結合したか否かを検出するステップ
を含む、被験体においてヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害を判定するための方法。
(11)ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害が、胃癌、膵癌、胆管癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌及び肺癌からなる群より選択されるものである、(10)に記載の方法。
(12)胃癌が低分化腺癌又は印環細胞癌である、(11)に記載の方法。
(13)サンプルが、生検組織サンプル、手術摘出組織サンプル及び細胞診サンプルからなる群より選択される、(10)〜(12)のいずれかに記載の方法。
(14)以下の(a)又は(b)のペプチド。
(a)配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(配列番号3に示されるMUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸を含むペプチド
(b)配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(配列番号3に示されるMUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸において1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつヒトMUC1タンパク質の抗原性を有するペプチド
本発明により、ヒトムチン1(MUC1)タンパク質に対する抗体及びその抗体を作製するための抗原ペプチドが提供される。本発明の抗MUC1抗体を用いることにより、高感度に、信頼性をもって、かつ簡便にMUC1タンパク質の存在を検出することができ、結果としてMUC1に関連する疾患又は障害を判定することが可能となる。特に本発明の抗MUC1抗体は、低分化腺癌:非充実型(por2)や印環細胞癌(sig)の胃癌細胞を、非常に高率に、しかも鮮明に染色することができ、医療診断分野や医薬分野において有用と考えられる。
ヒトムチン1(MUC1)タンパク質の構造を示す。 ヒトMUC1タンパク質のアミノ酸配列(901〜1255番)におけるエピトープ、分子断裂部位及び膜貫通領域の位置を示す。 ヒトMUC1タンパク質のエピトープ予測を行った結果を示す。 MUC1タンパク質のアミノ酸配列を、ヒトにおけるイソタイプ、マウス及びラットのホモログ間で比較したものである。 ヒトMUC1タンパク質における抗原設計の概要を示す。図5中、CSは分子断裂部位(cleavage site)を表し、TMは膜貫通領域(transmembrane region)を表す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた低分化腺癌の生検標本の免疫染色の結果を示す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた低分化腺癌の生検標本の免疫染色の結果を、他の免疫染色法の結果と共に示す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた低分化腺癌の生検標本の免疫染色の結果を、他の免疫染色法の結果と共に示す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた低分化腺癌の生検標本の免疫染色の結果を示す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた低分化腺癌の切除標本の免疫染色の結果を、他の免疫染色法の結果と共に示す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた印環細胞癌の生検標本の免疫染色の結果を、他の免疫染色法の結果と共に示す。 本発明の抗MUC1抗体を用いた胃の低分化腺癌:非充実型(por2)(A)、大腸の低分化腺癌のリンパ節転移巣(B)の免疫染色の結果を、他の免疫染色法の結果と共に示す。 胃の低分化腺癌患者の癌性腹膜炎の腹水細胞診標本を本発明の抗MUC1抗体を用いて免疫染色した結果を示す。 膵癌(PDAC)と、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の腸型(IPMN-intestinal type)と胃型(IPMN-gastric type)について、本発明の抗MUC1抗体を用いて免疫染色した結果を示す。 正常な膵組織について本発明の抗MUC1抗体を用いて免疫染色した結果を示す。 ヒト大腸の正常粘膜と癌組織の腺管分離サンプルにおけるMSE法によるMUC1のDNAメチル化解析の結果が、本発明の抗体の免疫染色と相関を示す図である。 ヒト手術症例サンプルにおけるMSE法によるMUC1のDNAメチル化解析の結果が、本発明の抗体の免疫染色と相関を示す図である。 ヒト膵臓疾患サンプルにおけるMSE法によるMUC1のDNAメチル化解析の結果が、本発明の抗体の免疫染色と相関を示す図である。
以下、本発明を詳細に説明する。
1.抗原ペプチド及び抗体
本発明は、ヒトムチン1(MUC1)タンパク質に対する新規な抗体を提供する。ムチンタンパク質とは、粘液に含まれる粘性物質であり、多数の糖鎖(ムチン型糖鎖と呼ばれる)を有するタンパク質である。ムチンタンパク質の1種であるムチン1(MUC1)は、胃腸管、気管及び消化管において発現され(非特許文献1)、ヒト、マウス、ラットなどから単離されており、その配列も解明されている。例えば、ヒト(Homo sapiens)のムチン1は、遺伝子がアクセッション番号4582又はJ05582.1、タンパク質がアクセッション番号AAA60019.1で登録されており、またそれらのイソタイプ1〜6前駆体の配列もアクセッション番号NP_002447.4、NP_001018016.1、NP_001018017.1、NP_001037855.1及びNP_001037856.1として登録されている。なお、ヒトムチン1のアミノ酸配列及び塩基配列をそれぞれ配列番号3及び4に示す。他の動物に由来するムチン1としては、マウス(Mus musculus)のムチン1(遺伝子:アクセッション番号17829、タンパク質:アクセッション番号NP_038633.1)、ラット(Rattus norvegicus)のムチン1(遺伝子:アクセッション番号24571、タンパク質:アクセッション番号NP_036734.1)が知られている。
本発明に係る抗体は、抗原としてヒトMUC1分子の分子断裂部位(cleavage site)よりもC末端側に存在し、細胞膜よりも内部の細胞質内尾部(cytoplasmic tail)に近い部分に対して生起されたものである(図1中、「MUC1-common」として示す)。これに対し、従来の抗MUC1抗体は、MUC1分子の細胞外へ長く突き出た構造の上部に存在する「タンデムリピート」と呼ばれている繰り返し配列からなるコアペプチド部分に対して生起されている(図1中、その一例を「MUC1-DF3」として示す)。また本発明者は、従来の抗原設計とは異なる領域を抗原として用いることによって、ヒトMUC1タンパク質と反応し、腫瘍細胞、特に低分化腺癌:非充実型(por2)を含む胃癌細胞及び腹水細胞診サンプル、低分化腺癌を含む大腸癌細胞及びその転移巣サンプル、膵癌を含む膵腫瘍細胞及びその膵液又は膵胆管系嚢胞性腫瘍の組織を鮮明に免疫染色することができる抗MUC1抗体を作製することに成功した。
また、図4に示すように、抗原として選択したRegion-5の配列(配列番号1)は、ヒトMUC1タンパク質とそのイソタイプ(イソタイプ1、2、3、5及び6)において高度に保存されている部分、すなわちRegion-2からRegion-5に至る84アミノ酸の配列(配列番号2)に基づいている。そのため、個体差に影響されることがないが、ホモロジー解析によりヒトとマウスとの種間で違いがないRegion-4はそれのみでは異種タンパク質としての免疫原とならず、また、B細胞エピトープの予測解析で抗原決定基のないRegion-2もそれのみでは免疫原となり難く、B細胞エピトープの予測解析で抗原決定基であるEpitope No.8を含むRegion-3及びEpitope No.10を含むRegion-5の2領域に抗原候補を絞り込んだ。最終的に、エピトープ解析で得られたScoreの高いEpitope No.10(STDRSPY)(図3)を選択し、このエピトープを含むRegion-5の19アミノ酸(RYVPPSSTDRSPYEKVSAG:配列番号1)の領域を含むペプチドを免疫原とした。なおこのEpitope No.10は、配列番号1(Region-5)の7〜13番、配列番号2(Region-2からRegion-5)の69〜75番、配列番号3(全長ムチン1)の1223〜1229番に相当する。
本発明においては、本発明に係る抗体を生起するために抗原として使用するペプチドを「抗原ペプチド」という。抗原ペプチド、具体的には、配列番号3(全長のヒトMUC1)に示されるヒトMUC1タンパク質における1155〜1238番の84アミノ酸(配列番号2)に基づいて設計されるペプチドに関する。より具体的には、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(配列番号3に示されるMUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸を含むペプチドを抗原ペプチドとして使用する。好ましくは、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも63〜81番(MUC1全長の1217〜1235番)の連続するアミノ酸を含むペプチド、特に好ましくはこの63〜81番(MUC1全長の1217〜1235番)の連続するアミノ酸からなるペプチド(配列番号1)を抗原ペプチドとして使用する。かかる抗原ペプチドを抗原として用いて抗体を作製した場合、得られる抗体は、当該抗原ペプチドだけではなく、全長のヒトMUC1タンパク質と反応することができる。
本発明において、抗原ペプチドは、ヒトMUC1タンパク質の抗原性を有する限り、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(MUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸又は好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列に、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列からなるペプチドであってもよい。例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(MUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸又は好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列の1〜3個、好ましくは1〜2個のアミノ酸が欠失してもよく、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(MUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸又は好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列に1〜3個、好ましくは1〜2個のアミノ酸が付加してもよく、あるいは、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(MUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸又は好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列の1〜3個、好ましくは1〜2個のアミノ酸が他のアミノ酸に置換したものも、本発明において用いることができる。特に、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(MUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸又は好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列における1若しくは数個のアミノ酸が保存的置換されていることが好ましい。「保存的置換」とは、当技術分野で公知であり、あるアミノ酸が、そのアミノ酸と類似の性質を示すアミノ酸と置換されることをいう。例えば、中性(極性)アミノ酸(Asn、Ser、Gln、Thr、Tyr、Cys)、中性(非極性、すなわち疎水性)アミノ酸(Gly、Trp、Met、Pro、Phe、Ala、Val、Leu、Ile)、酸性(極性)アミノ酸(Asp、Glu)、塩基性(極性)アミノ酸(Arg、His、Lys)が、同じ性質を有するアミノ酸と置換される。
また例えば、配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち少なくとも69〜75番(MUC1全長の1223〜1229番)の連続するアミノ酸又は好ましくは配列番号1に示されるアミノ酸配列に対し、少なくとも90%以上、好ましくは95%以上の配列相同性又は同一性を示すアミノ酸配列からなるペプチドもまた本発明において用いることができる。なお、アミノ酸配列の相同性又は同一性は、当技術分野で公知の方法により容易に求めることができる。
ヒトMUC1タンパク質の抗原性とは、抗MUC1抗体を作製することができる抗原としての能力を意味する。あるペプチドがヒトMUC1タンパク質の抗原性を有するか否かは、該ペプチドに対する抗体を作製し、作製した抗体が全長のヒトMUC1タンパク質又はそれに由来するタンパク質(例えば分子切断部位において切断された後のタンパク質)と反応するか否かを検出することによって確認することができる。このような操作は当技術分野で公知である。
抗原ペプチドは、設計したアミノ酸配列に基づいて化学合成してもよいし、あるいはそれをコードする核酸を用いて宿主を形質転換し、該宿主において発現されるペプチドを回収することにより生成することができる。
化学合成の場合には、公知のペプチド合成手法に従って、例えば市販のペプチド合成機や市販のペプチド合成用キットを用いて、抗原ペプチドを合成することができる。ペプチドの合成手法は、例えばPeptide Synthesis, Interscience, New York, 1996;The Proteins, Vol.2, Academic Press Inc., New York, 1976;ペプチド合成、丸善(株)、1975;ペプチド合成の基礎と実験、丸善(株)、1985などの文献や、国際公開WO99/67288号パンフレットなどの公報に記載されている。
ペプチドの合成法は、目的の抗原ペプチド配列が得られれば、固相法、液相法のいずれでもよい。例えば、Fmoc(9-フルオレニルメトキシカルボニル)/PyBOP(ベンゾイルトリアゾール-1-イル-オキシ-トリス-ピロリジノ-フォスホニウム-ヘキサフルオロフォスフェート)法による固相法によって抗原ペプチドを合成することができる。
また、遺伝子組換え手法を用いる場合には、抗原ペプチドをコードする核酸は、胃などの組織若しくは細胞、又は胃粘液などより抽出したRNAから精製したmRNAを用いて、ヒトMUC1タンパク質をコードする遺伝子の配列に基づいて設計したプライマーを用いた逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(RT-PCR)により、又はヒトMUC1をコードする遺伝子の配列に基づいて設計したプローブを用いたcDNAライブラリーからのスクリーニングにより得ることができる。あるいは、胃などの組織若しくは細胞、又は胃粘液などより抽出したDNAを鋳型として、ヒトMUC1タンパク質をコードする遺伝子の配列に基づいて設計したプライマーを用いた核酸増幅反応(例えばPCRなど)を行うことにより、抗原ペプチドをコードする核酸を得ることができる。また、変異を有する抗原ペプチドをコードする核酸の調製方法は、部位特異的突然変異誘発法など当技術分野で公知である。
本発明において、抗原ペプチドを組換え発現させるための発現ベクターは、上記核酸を適当なベクターに連結することにより得ることができる。また、上記核酸又は発現ベクターを、目的の抗原ペプチドが発現し得るように宿主細胞中に導入することにより、形質転換体を作製することができる。このような形質転換体の作製は当技術分野で周知であり、当業者であれば、使用するベクター、宿主細胞などを適宜選択して行うことができる。ヒトMUC1タンパク質の抗原ペプチドは、該抗原ペプチドをコードする核酸が導入された形質転換体を培養し、その培養物から採取することにより得ることができる。「培養物」とは、培養上清、培養細胞又は細胞破砕物のいずれをも意味するものである。形質転換体を培地に培養する方法は、宿主の培養に用いられる通常の方法に従って行われる。培養後、抗原ペプチドが細胞内又は菌体に生産される場合には、細胞又は菌体を破砕することによりペプチドを抽出する。また、抗原ペプチドが細胞外又は菌体外に生産される場合には、培養液をそのまま使用するか、遠心分離等により細胞又は菌体を除去する。
化学合成又は組換え手法により生成された抗原ペプチドは、タンパク質の単離精製に用いられる一般的な生化学的方法、例えば硫酸アンモニウム沈殿、ゲルクロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等を単独で又は適宜組み合わせて用いることにより、単離精製することができる。
目的の抗原ペプチドが得られたか否かは、ポリアクリルアミドゲル電気泳動又は硫酸ドデシルナトリウム−ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)等により確認することができる。
上述のように調製された抗原ペプチドを用いて、ヒトMUC1タンパク質に対する抗体を作製することができる。その場合、抗原性を高めるため、キャリアタンパク質と結合させてもよい。例えば、キーホールリンペットヘモシアニン(KLH)、ウシ血清アルブミン(BSA)、オボアルブミン(OVA)などのキャリアタンパク質を結合させることができる。これらのキャリアタンパク質は、当技術分野で公知であり、市販のキットも販売されている。従って、そのような公知の方法又はキットを利用して、1又は複数のキャリアタンパク質を抗原ペプチドに結合させることができる。また、このように調製された抗原ペプチドは、ヒトMUC1タンパク質に対する抗体を精製するためにも用いることができる。この場合、この抗原ペプチドは、固相、例えばビーズ、膜などに固定することが好ましい。また抗原ペプチドは、ヒトMUC1タンパク質の競合免疫アッセイにおける競合物として用いることができる。例えば、後述する抗MUC1抗体とヒトMUC1タンパク質との競合免疫アッセイにおいて、競合物として抗原ペプチドを添加することによって、抗MUC1抗体と反応したヒトMUC1タンパク質の量を測定することが可能となる。抗原ペプチドは、検出を容易にするため、標識が結合されていてもよい。例えば、ビオチン、放射性標識、酵素標識、蛍光標識などを結合することができる。
本発明は、上述の抗原ペプチドを抗原として用いて作製される抗MUC1抗体に関する。得られる抗MUC1抗体は、抗原として用いた抗原ペプチドのみならず、全長のヒトMUC1タンパク質と特異的に反応することができるものである。 免疫原は、上述のように得られたヒトMUC1タンパク質の抗原ペプチド又はキャリアタンパク質と結合した抗原ペプチドを抗原としてバッファーに溶解して調製する。なお、必要であれば、免疫を効果的に行うためにアジュバントを添加してもよい。アジュバントとしては、市販のフロイント完全アジュバント(FCA)、フロイント不完全アジュバント(FIA)等が挙げられる。これらのアジュバントは、単独で又は混合して用いることができる。
ポリクローナル抗体を作製する場合は、免疫原を、哺乳類、鳥類などの動物、例えばマウス、ウサギ、ラット、ヤギ、ニワトリ、アヒルなどに投与する。免疫は、主として静脈内、皮下、腹腔内、足蹠に注入することにより行われる。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔で、1〜5回の免疫を行う。その後、最終の免疫日から14〜90日後に、血清又は卵黄(鳥類の場合)を採取し、免疫アッセイ、例えば酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)、酵素免疫アッセイ(EIA)、放射性免疫アッセイ(RIA)等で抗体価を測定し、最大の抗体価を示した日に採取する。その後は、血清又は卵黄中に存在するヒトMUC1タンパク質に対して特異的なポリクローナル抗体の反応性を上記の免疫アッセイなどで測定する。
抗血清を直接免疫学的測定方法に用いることもできるが、ヒトMUC1タンパク質又は抗原ペプチドを用いるアフィニティクロマトグラフィー、プロテインA又はプロテインGアフィニティクロマトグラフィーなどを行って、抗血清中の抗体を精製して使用することが好ましい。
モノクローナル抗体を作製する場合は、免疫原を、哺乳類、例えばマウス、ウサギ、ラットなどに投与する。免疫は、主として静脈内、皮下、腹腔内、足蹠に注入することにより行われる。また、免疫の間隔は特に限定されず、数日から数週間間隔で、1〜5回の免疫を行う。そして、最終の免疫日から14〜90日後に抗体産生細胞を採集する。抗体産生細胞としては、リンパ節細胞、脾臓細胞、末梢血細胞等が挙げられる。
ハイブリドーマを得るため、抗体産生細胞とミエローマ細胞との細胞融合を行う。抗体産生細胞と融合させるミエローマ細胞として、一般に入手可能な株化細胞を使用することができる。使用する細胞株としては、薬剤選択性を有し、未融合の状態ではHAT選択培地(ヒポキサンチン、アミノプテリン、チミジンを含む)で生存できず、抗体産生細胞と融合した状態でのみ生存できる性質を有するものが好ましい。ミエローマ細胞としては、例えばP3X63-Ag.8.U1(P3U1)、NS-Iなどのマウスミエローマ細胞株が挙げられる。
次に、上記ミエローマ細胞と抗体産生細胞とを細胞融合させる。細胞融合は、血清を含まないDMEM、RPMI-1640培地などの動物細胞培養用培地中で、抗体産生細胞とミエローマ細胞とを混合し、細胞融合促進剤(例えばポリエチレングリコール等)の存在下で融合反応を行う。また、エレクトロポレーションを利用した市販の細胞融合装置を用いて細胞融合させることもできる。
細胞融合処理後の細胞から目的とするハイブリドーマを選別する。例えば、細胞懸濁液をウシ胎児血清含有RPMI-1640培地などで適当に希釈後、マイクロタイタープレート上にまく。各ウエルに選択培地(例えばHAT培地)を加え、以後適当に選択培地を交換して細胞培養を行う。その結果、選択培地で培養開始後、10〜30日程度で生育してくる細胞をハイブリドーマとして得ることができる。
次に、増殖してきたハイブリドーマの培養上清を、ヒトMUC1タンパク質に反応する抗体が存在するか否かについてスクリーニングする。ハイブリドーマのスクリーニングは、通常の方法に従えばよく、例えば酵素結合免疫吸着アッセイ(ELISA)、酵素免疫アッセイ(EIA)、又は放射性免疫アッセイ(RIA)等を採用することができる。融合細胞のクローニングは、限界希釈法等により行い、目的のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマを樹立する。
樹立したハイブリドーマからモノクローナル抗体を採取する方法として、通常の細胞培養法又は腹水形成法等を採用することができる。上記抗体の採取方法において抗体の精製が必要とされる場合は、硫安塩析法、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過、アフィニティークロマトグラフィーなどの公知の方法を適宜選択して、又はこれらを組み合わせることにより精製することができる。
本発明において使用可能なモノクローナル抗体のグロブリンタイプは、ヒトMUC1タンパク質との特異的結合活性を有するものである限り特に限定されるものではなく、IgG、IgM、IgA、IgE、IgDのいずれでもよいが、IgG及びIgMが好ましい。
さらに、上述のようにして作製したヒトMUC1タンパク質に対する抗原特異性を有する抗体分子からの遺伝子を適当な生物学的活性を有するヒト抗体分子からの遺伝子と共にスプライシングすることによって、キメラ抗体(Morrison et al., 1984, Proc. Natl. Acad. Sci., 81: 6851-6855; Neuberger et al., 1984, Nature, 312: 604-608; Takeda et al., 1985, Nature, 314: 452-454)を作製することができる。また、一本鎖抗体(米国特許第4,946,778号;Bird, 1988, Science 242: 423-426; Huston et al., 1988, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 85: 5879-5883; Ward et al., 1989, Nature 334: 544-546)、F(ab’)2フラグメント、及びFabフラグメントなども、当技術分野で公知の技術を利用して作製することができる。このような抗体誘導体及び抗体フラグメントも、目的とする活性、すなわちヒトMUC1タンパク質との反応性を保持する限り、本発明の「抗体」に包含されるものとする。
2.ヒトMUC1タンパク質の免疫学的測定用試薬
上述の通り作製した抗体を用いて、サンプル中のヒトMUC1タンパク質を検出することが可能である。この検出は、抗体を用いる測定方法、すなわち免疫学的測定方法であれば、任意の方法に基づいて実施することができる。例えば、ヒトMUC1タンパク質の検出は、免疫組織化学染色法及び免疫電顕法、並びに免疫アッセイ(酵素免疫アッセイ(ELISA、EIA)、蛍光免疫アッセイ、放射性免疫アッセイ(RIA)、免疫クロマト法及びウエスタンブロット法等)などを利用して実施することができる。 対象となるサンプルとしては、特に限定されるものではなく、例えば、組織又は細胞サンプル(胃、十二指腸、大腸、膵、胆嚢、胆管、気管支、肺等の癌の組織又は細胞)、生体液サンプル(胃粘液、十二指腸液、膵液、膵胆管系嚢胞性腫瘍の嚢胞内液、胆汁、腹水、喀痰、気管支肺胞洗浄液、血液、血清、血漿等)などが挙げられる。例えば、免疫染色の場合には、組織サンプル(生検標本、切除標本)、細胞診サンプルをサンプルとして用いることが好ましい。
本発明の免疫学的測定方法においては、サンプル中のヒトMUC1タンパク質を、本発明に係る抗体と結合させて、その結合を検出することによって、ヒトMUC1タンパク質を検出する。本発明において「検出」とは、ヒトMUC1タンパク質の存在の有無を検出することだけではなく、ヒトMUC1タンパク質を定量的に検出すること、ヒトMUC1タンパク質を免疫染色することも含む。
ヒトMUC1タンパク質についての免疫アッセイは、典型的には、試験対象のサンプルを本発明に係る抗体と接触させ、当技術分野で公知の手法を用いて結合した抗体を検出することを含む。「接触」は、サンプル中に存在するヒトMUC1タンパク質と本発明に係る抗体とが結合できるように近接することができる状態にすることを意味し、例えば、固形サンプルに対して抗体含有溶液を塗布すること、抗体含有溶液に固形サンプルを浸漬すること、液状サンプルと抗体含有溶液とを混合することなどの操作が含まれる。
免疫アッセイは、液相系及び固相系のいずれで行ってもよい。また免疫アッセイの形式も限定されるものではなく、直接固相法の他、サンドイッチ法、競合法などであってもよい。
本発明に係る抗体はまた、免疫組織化学染色法(例えば免疫染色法)又は免疫電顕法のように、ヒトMUC1タンパク質のin situ検出のために、組織学的に用いることも可能である。in situ検出は、被験体から組織学的サンプルを切除し(生検組織サンプル、組織のパラフィン包埋切片など)、それに標識した抗体を接触させることにより実施しうる。
免疫アッセイの操作法は、公知の方法(Ausubel, F.M.ら編, Short Protocols in Molecular Biology, Chapter 11 "immunology" John Wiley & Sons, Inc. 1995)により行うことができる。あるいは、ヒトMUC1タンパク質と抗体との複合体を、公知の分離手段(クロマト法、塩析法、アルコール沈殿法、酵素法、固相法等)によって分離し、標識のシグナルを検出するようにしてもよい。
免疫アッセイの一例として、例えば固相系を利用する場合、抗体を固相支持体又は担体(樹脂プレート、メンブレン、ビーズなど)に固定してもよいし、あるいはサンプルを固定してもよい。例えば、抗体を固相支持体に固定し、支持体を適当なバッファーで洗浄した後、サンプルを用いて処理する。次に固相支持体にバッファーを用いた2回目の洗浄を行って、未結合の抗体を除去する。そして固体支持体上の結合した抗体を、慣用的な手段により検出することによって、サンプル中のヒトMUC1タンパク質と抗体との結合を検出することができる。あるいはまた、固形サンプルを抗体を含む溶液で処理して、続いてバッファーを用いた洗浄を行って未結合の抗体を除去した後、固形サンプル上の結合した抗体を慣用的な手段により検出することができる。
抗体の結合活性は、周知の方法に従って測定しうる。当業者であれば、採用する免疫アッセイの種類及び形式、使用する標識の種類及び標識の対象などに応じて、各アッセイについての有効かつ最適な測定方法を決定することができる。
本発明の一実施形態においては、本発明の抗MUC1抗体と、サンプル中に存在するヒトMUC1タンパク質との反応を容易に検出するために、本発明の抗体を標識することにより該反応を直接検出するか、又は標識二次抗体若しくはビオチン−アビジン複合体等を用いることにより間接的に検出する。本発明で使用可能な標識の例とその検出方法について以下に記載する。
酵素免疫アッセイの場合には、例えば、ペルオキシダーゼ、β-ガラクトシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、グルコースオキシダーゼ、アセチルコリンエステラーゼ、乳酸デヒドロゲナーゼ、アミラーゼ等を用いることができる。また、酵素阻害物質や補酵素等を用いることもできる。これら酵素と抗体との結合は、グルタルアルデヒド、マレイミド化合物等の架橋剤を用いる公知の方法によって行うことができる。
蛍光免疫アッセイの場合には、例えば、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、テトラメチルローダミンイソチオシアネート(TRITC)等を用いることができる。これらの蛍光標識は、慣用の手法により抗体と結合させることができる。
放射性免疫アッセイの場合には、例えば、トリチウム、ヨウ素125及びヨウ素131等を用いることができる。放射性標識は、クロラミンT法、ボルトンハンター法等の公知の方法により、抗体に結合させることができる。
例えば、本発明の抗体を上記のように標識で直接標識する場合には、サンプルを標識した本発明の抗体と接触させて、ヒトMUC1−抗体の複合体を形成させる。定量の場合には、未結合の標識抗体を分離した後、結合標識抗体量又は未結合標識抗体量よりサンプル中のヒトMUC1タンパク質量を測定することができる。
また例えば、標識二次抗体を用いる場合には、本発明の抗体とサンプルとを反応させ(1次反応)、得られた複合体にさらに標識二次抗体を反応させる(2次反応)。1次反応と2次反応は逆の順序で行ってもよいし、同時に行ってもよいし、又は時間をずらして行ってもよい。1次反応及び2次反応により、ヒトMUC1−本発明の抗体−標識二次抗体の複合体、又は本発明の抗体−ヒトMUC1−標識二次抗体の複合体が形成される。そして定量を行う場合には、未結合の標識二次抗体を分離して、結合標識二次抗体量又は未結合標識二次抗体量よりサンプル中のヒトMUC1タンパク質量を測定することができる。
ビオチン−アビジン複合体系を利用する場合には、ビオチン化した抗体とサンプルとを反応させ、得られた複合体に標識を付加したアビジンを反応させる。アビジンは、ビオチンと特異的に結合することができるため、アビジンに付加した標識のシグナルを検出することによって、抗体とヒトMUC1タンパク質との結合を測定することができる。アビジンに付加する標識は特に限定されるものではないが、例えば酵素標識(ペルオキシダーゼ、アルカリホスファターゼなど)が好ましい。
標識シグナルの検出もまた、当技術分野で公知の方法に従って行うことができる。例えば、酵素標識を用いる場合には、酵素作用によって分解して発色する基質を加え、基質の分解量を光学的に測定することによって酵素活性を求め、これを結合抗体量に換算し、標準値との比較から抗体量が算出される。基質は、使用する酵素の種類に応じて異なり、例えば酵素としてペルオキシダーゼを使用する場合には、3,3’,5,5’-テトラメチルベンジジン(TMB)、ジアミノベンジジン(DAB)等を、また酵素としてアルカリフォスファターゼを用いる場合には、パラニトロフェノール等を用いることができる。蛍光標識は、例えば蛍光顕微鏡、プレートリーダー等を用いて検出及び定量することができる。放射性標識を用いる場合には、放射性標識の発する放射線量をシンチレーションカウンター等により測定する。
また本発明は、本発明の抗MUC1抗体を含む、ヒトムチン1(MUC1)タンパク質の免疫学的測定用試薬に関する。本発明の免疫学的測定用試薬において、抗MUC1抗体は標識されていてもよい。また、抗MUC1抗体は、遊離形態であってもよいし、固相支持体(例えば、メンブレン、ビーズ等)に固定化されていてもよい。
免疫学的測定用試薬には、本発明の抗MUC1抗体の他、免疫学的測定方法を実施するために有用な成分が含まれてもよい。そのような成分としては、例えば、免疫アッセイにおいて使用するためのバッファー、サンプル処理用試薬、標識、競合物、二次抗体などが挙げられる。
本発明の免疫学的測定用試薬を用いることによって、上述したヒトMUC1タンパク質の検出を容易かつ簡便に行うことができる。
3.ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害の判定
また本発明の抗体は、上述したように、ヒトMUC1タンパク質と特異的に反応するため、ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害の判定用試薬において用いることができる。ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害とは、その疾患又は障害の状態とヒトMUC1タンパク質の過剰発現又は過少発現との間に相関性がある疾患又は障害を意味する。例えば、ヒトMUC1タンパク質の過剰発現を検出することによって、癌、例えば胃癌では、乳頭腺癌(pap)、管状腺癌(tub)、低分化腺癌:充実型(por1)、低分化腺癌:非充実型(por2)、印環細胞癌(sig)、粘液癌(muc)、特殊な微小乳頭構造を示す癌のリンパ管侵襲病変の有無の判定、その他の様々なヒト癌(膵癌、胆管癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌及び肺癌)の有無の判定ができる。その他のヒト癌としては、例えば大腸の低分化腺癌及びそのリンパ節転移巣、膵癌(PDAC)、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の腸型及び胃型が挙げられる。
本発明の抗体は、特に胃癌細胞の検出に有用である。ここで本発明の抗体は、免疫染色に用いた場合に、特に低分化腺癌:非充実型(por2)及び/又は印環細胞癌(sig)を明りょうに染色することができ、このような疾患の診断を確実かつ信頼性をもって行うことができる。
本発明の判定用試薬は、上述した本発明の抗MUC1抗体を含むものである。従って、本発明の判定用試薬を用いて、疾患への罹患又は障害の存在が疑われる被験体から採取したサンプル中に含まれるヒトMUC1タンパク質を検出することによって、該被験体の疾患又は障害の存在を迅速かつ簡便に判定することができる。このような免疫学的測定方法を利用した疾患又は障害の判定用試薬は周知であり、当業者であれば、抗体以外の適当な成分を容易に選択することができる。また本発明の判定用試薬は、免疫学的測定方法を行うための手法であればいずれの手法においても利用することができる。
以下、本説明を実施例によりさらに詳細に説明する。なお、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]
本実施例においては、ヒトMUC1タンパク質についてエピトープ候補の選定を行った。具体的には、ヒトMUC1タンパク質の分子断裂部位のC末端側に位置し、既に抗体の単離されているRegion-1(PLoS ONE vol 3. Issue 4. e2054, 2008)及びRegion-6(MUC1 Ab-5)以外のRegion-2からRegion-5の84アミノ酸領域(アミノ酸番号1155-1238: MUC1-universal region)を標的とすることにした(図4)。なお、既知の抗体を生起するために使用された抗原の位置は図5に示している。
上記の標的となる84アミノ酸領域内から、構成されるアミノ酸の極性(Polarity)をはじめ可触性(Accecibility)や柔軟性(Flexibility)などをパラメータにしたB細胞エピトープの予測解析を行ったところ、3つのエピトープが選定され(図2及び3におけるEpitope No.8、Epitope No.9、Epitope No.10に相当)、エピトープの存在しないRegion-2は除外した。
さらに、ホモロジー解析によりヒトとマウスとの種間で差がないRegion-4は異種タンパク質としての免疫原とならないため除外し、ヒトの変異体(イソタイプ)間でよく保存されているEpitope No.8を含むRegion-3、及びEpitope No.10を含むRegion-5の2つの領域に絞り込んだ。最終的に、エピトープ解析で得られたスコアの高いEpitope No.10(STDRSPY)(図2)が最も有望であると結論付け、このエピトープを含むRegion-5の19アミノ酸(RYVPPSSTDRSPYEKVSAG)を以下の実施例において免疫原として使用した(図4のRegion-5)。
なお、以下の実施例2に記載するように、上記のRegion-1のMUC1ペプチドのうち、「MUC1-1110-45aa」で示した45アミノ酸ペプチドについても、その全体の45アミノ酸ペプチド、並びに3等分した15アミノ酸ペプチド(図4)を免疫原としたモノクローナル抗体の作製を行い、Region-5の19アミノ酸(RYVPPSSTDRSPYEKVSAG)を免疫原として作製したモノクローナル抗体との比較に備えた。
[実施例2]
本実施例においては、MUC1ペプチドを抗原として用いてモノクローナル抗体を作製した。
(1)抗原免疫
特開2009-284771号公報の記載に基づき、以下のように抗原免疫を実施した。最初に、以下のアミノ酸配列を有する7種類のMUC1ペプチド(MUC1-1110_45aa-C、MUC1-1110_SPY-C、MUC1-N15-C、MUC1-MD15-C、MUC1-MD15_SPY-C、MUC1-CC-15、MUC1-Common)をFmoc固相合成法により人工合成した。
免疫原として用いた7種類のMUC1ペプチドのアミノ酸配列データ(架橋用 Cys を結合させた配列)
(a)MUC1-1110_45aa-C
GTINVHDVETQFNQYKTEAASRYNLTISDVSVSDVPFPFSAQSGAC(配列番号5)
(b)MUC1-1110_SPY-C
GTINVHDVETQFNQYKTEAASPYNLTISDVSVSDVPFPFSAQSGAC(配列番号6)
(c)MUC1-N15-C
GTINVHDVETQFNQYC(配列番号7)
(d)MUC1-MD15-C
KTEAASRYNLTISDVC(配列番号8)
(e)MUC1-MD15_SPY-C
KTEAASPYNLTISDVC(配列番号9)
(f)MUC1-CC-15
CSVSDVPFPFSAQSGA(配列番号10)
(g)MUC1-Common
CRYVPPSSTDRSPYEKVSAG(配列番号11)
図5に示される4個のペプチドのうち、「H-MUC1 1110-ecd(MUC1アミノ酸の1110〜1154番)」が「MUC1-1110_45aa-C」に該当するが、データベースでは、その45アミノ酸のうち、N末端から21番目(MUC1アミノ酸の1131番)は、図5又は配列番号5に示すとおり「R」であるが、非特許文献1(PLoS ONE vol 3. Issue 4. e2054, 2008)における記載では「P」となっていた。
そこで、データベースのとおりの45アミノ酸(MUC1アミノ酸の1110〜1154番)配列の「MUC1-1110_45aa-C」(配列番号5)と、非特許文献1のとおりの45アミノ酸配列の「MUC1-1110_SPY-C」(配列番号6)を作製した。
また、「MUC1-1110_45aa-C」の45アミノ酸を3等分し、N末端側の15アミノ酸配列の「MUC1-N15-C」(配列番号7)、中央部分の15アミノ酸配列の「MUC1-MD15-C」(配列番号8)、C末端側の15アミノ酸配列の「MUC1-CC-15」(配列番号10)を作製した。
さらに、「MUC1-1110_SPY-C」の45アミノ酸の中央部分の15アミノ酸配列の「MUC1-MD15_SPY-C」(配列番号9)も作製した。
この7種類のMUC1部分ペプチドをそれぞれ各1mg測り取り、マレイミド基導入済みKLH(キーホールリンペットヘモシアニン:Thermo社)タンパク質と水溶液中でペプチドのシステイン部分と架橋した。生成されたペプチド−KLH複合体溶液(免疫抗原溶液)を等量のフロイント完全アジュバントと混合し、各MUC1ペプチドを1mg/mLの濃度で含むエマルジョンを作製した。それぞれのペプチド−KLH複合体溶液(免疫抗原溶液)に対して、2〜3匹のC57BL6マウスを用意し、前記のエマルジョンの頚部皮下投与を実施した。投与量は200μL/shot/bodyとした。
免疫より14日後にマウスを開腹し、腫大した腋下リンパ節及び鼠径部リンパ節を採取した。
(2)細胞融合
採取したリンパ節をそれぞれ無血清培地(RPMI1640培地)に分散して洗浄した後、細胞融合用ミエローマ(P3U1)と5:1(リンパ節細胞:ミエローマ)の割合で混合した。細胞混合物を遠心分離して上清を除き、細胞ペレットを調製した。この細胞ペレットにRPMI1640培地に溶解して調製した50%PEG溶液を一定速度で、軽い振とうを加えながら添加して混合し、次いでRPMI1640培地20mLを同様に一定速度で加え、40mLにフィルアップし、この操作で細胞融合を実施した。
(3)HAT選択
(2)で得られた融合細胞は10%のウシ胎児血清を含有する100mLのRPMI1640に懸濁し、これを10枚の96ウェルプレートに100μL/ウェルずつ分注した。翌日よりエス・クロン クローニングメデューム(三光純薬社製)にHAT(H:ヒポキサンチン、A:アミノプテリン、T:チミジン)を加えたもの(HAT培地)に培地を交換して10日間の培養を行った。この間、融合日の翌日を含めて3回の培地交換をこのHAT培地で行った。この培地で成長してきた細胞はde novo合成系を持ちかつ不死化した融合細胞である。
(4)スクリーニング
イムノプレート(ナルジェヌンク社製)に、MUC1ペプチドのうち2種類のBSA架橋物(MUC1-1110_45aa-BSA及びMUC1-Common-BSA)をそれぞれ独立に5μg/mL PBS(リン酸緩衝生理食塩水)溶液の濃度で50μL/ウェルで添加し、4℃で一晩放置してペプチド−BSA架橋物(アッセイ用抗原溶液)を物理吸着させた。翌日、抗原溶液を捨てて50%Blocker Casein(Thermo社製)を200μL/ウェルになるように加え、室温(20〜30℃)で1時間放置してブロッキング操作を行った。その後、ブロッキング溶液を捨て、抗原プレートとして以下の操作に用いた。
上記(3)で得られた各群960ウェルの融合細胞培養物のうち、959ウェルの培養上清(原液使用)をナンバリングした上で抗原プレートに投入し、一次反応を室温(20〜30℃)で1時間行った。反応が終了した各ウェルをPBSで3回洗浄し、次いでペーパータオルで充分に液を切った。検出には、抗マウスIgGラットモノクローナル抗体カクテル−ペルオキシダーゼ標識抗体を使用した。前記標識抗体の1μg/mL溶液を50μL/ウェルで添加し、室温(20〜30℃)で1時間反応させた。その後、標識抗体液を捨て、ウェルをPBSで4回洗浄した。ペーパータオルに打ち付けて洗浄液を充分に除き、次いでペルオキシダーゼ基質であるTMBZ[TMB One Component HRP Microwell Substrate]溶液(BIOFX社製)を50μL/ウェルで投入して室温で15分発色させた。反応終了後、等量の1mol/L硫酸を加えて反応を停止させて肉眼及びプレートリーダーで陽性株を確認した。96ウェルプレート10枚の反応からプレートリーダーにおける450nmの吸光度が2.0を超えるウェルを強陽性ウェルとして選択した。96ウェルが第一次スクリーニングで強陽性であった。
(5)陽性株選抜とクローニング、株樹立
(4)では、960ウェル(細胞群としては約10000コロニーを含む)のスクリーニング対象より免疫原として用いた7種類のMUC1ペプチドに対して明らかな陽性反応を示す28種類のハイブリドーマを得ることができた。そのうち、ヒト病理組織標本を用いた免疫組織染色法による緻密な組織学的スクリーニングにより、病理標本と抗体反応性に確固とした有意性のある5株(MUC1-N15-Cを認識する2株(clone 14Dとclone 27)、MUC1-MD15-CとMUC1-MD15_SPY-Cの双方を認識する1株(clone 79)、MUC1-CC-15を認識する1株(clone 37A)、MUC1-Commonを認識する1株(clone 014E))が存在することを見出した。それぞれ直ちに限界希釈法によりその選抜された5種類のハイブリドーマについて、クローニングを行った。完全クローニングされたMUC1抗体産生ハイブリドーマ5種類について、それぞれマスター及びスペアクローンとして各2種(本株・亜株)確保することができた(表1)。このことは、安定した抗体を将来的に継続して提供できることを意味する。
Figure 0005660486
さらに、胃癌、膵癌、胆管癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌及び肺癌の組織標本の免疫組織染色を行い、特に、胃癌が低分化腺癌又は印環細胞癌である場合に、MUC1-Commonを認識する1株(clone 014E)により産生されるモノクローナル抗体「clone 014E」が、低分化腺癌又は印環細胞癌の癌細胞を鮮明に染め出すことができることを見出し、手遅れになりやすいこれらの胃癌の早期診断の確診に効果を発揮することが明らかとなった。通常のHE標本だけでは、高度な病理学の知識や経験がなければ、肉芽組織や線維組織に紛れて見逃しとしてしまう胃の低分化腺癌又は印環細胞癌の癌細胞を、高度な病理学の知識や経験がない初心者でも見逃すことがないように、これらの癌細胞を鮮明に浮かび上がらせることのできるモノクローナル抗体「MUC1-common(clone 014E)」を開発できた。このような信頼性のある低分化腺癌又は印環細胞癌の癌細胞の免疫染色は、従来のMUC1に対する数多くの抗体や、今回、免疫原として用いた7種類のMUC1ペプチドに対して明らかな陽性反応を示す28種類のハイブリドーマから、ヒト病理組織標本を用いた免疫組織染色法による緻密な組織学的スクリーニングにより得られた有意性のある上述の5株の中でも、MUC1-commonを認識する1株(clone 014E))以外の4株では得られなかった染色性であり、モノクローナル抗体「MUC1-common(clone 014E)」の病理組織診断に貢献する価値は非常に高いと考えられる。
なお、ここで得られたハイブリドーマ株は、「MUC1-common (clone 014E)」として独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)特許微生物寄託センター(NPMD)(千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 NITEバイオテクノロジー本部)に2010年1月21日付で寄託され、受託番号NITE BP-867が付与されている。
(6)クローンの拡大培養
(5)で得られたハイブリドーマ本株を10%のウシ胎児血清を含有するRPMI1640培地で拡大培養し、その培養上清は純粋なモノクローナル抗体溶液として約250mLを冷蔵で確保し、免疫染色等のイムノアッセイに原液もしくは一部希釈して使用することができた。
(7)マウス腹水採取
MUC1ペプチドに反応性を示した前記のハイブリドーマクローンは、本株・亜株ともに凍結細胞としてマスター細胞を保管後、ほぼ並行しながら、本株をscid(T、B細胞欠損型)マウスの腹腔内で大量培養し、腹水として粗精製抗体を得た。腹水は、1個体あたりおよそ3〜5mLであった。これらは使用時までマイナス30度以下で保存した。
[実施例3]
本実施例においては、MUC1ペプチドを抗原として用いてポリクローナル抗体を作製した。
実施例2の「(1)抗原免疫」の項に記載してあるアミノ酸配列を有する7種類のMUC1ペプチドのうち、MUC1-common(配列番号11)をFmoc固相合成法により人工合成した。
このMUC1-commonのペプチドは、2mg測り取り、マレイミド基導入済みKLH(キーホールリンペットヘモシアニン:Thermo社)タンパク質と水溶液中でペプチドのシステイン部分と架橋した。生成されたペプチド−KLH複合体溶液(免疫抗原溶液)を等量のフロイント完全アジュバントと混合し、MUC1-commonのペプチドを0.4mg/mLの濃度で含む抗原架橋物1mLと等量のFCA(フロイント完全アジュバント)を混合してエマルジョンを作製し、ウサギ(KBL:JW 17週令、雄、体重3.00kg)を用いて、1回の免疫につき、0.400mg/ウサギの抗原量を背部皮下に注射して感作を行った。初回免疫後、3回目までの追加免疫を行った後に、部分採血血清を耳静脈から採取し、ELISAにより力価測定を行った。そこで抗体価の上昇を確認した後、4回及び5回目の追加免疫を行った後に、全採血を行い、ポリクローナル抗体「MUC1-common/p」を得た。
部分採血血清による力価測定結果では、免疫ペプチドに対して3回の免疫抗血清であるにもかかわらず、5000倍希釈で有意かつ充分な結合活性を有するポリクローナル抗体を取得できた。以下の表2にELISA結果を示す。
Figure 0005660486
得られた抗血清をさらに純度を上げる目的で、抗原ペプチド固定化カラムにより抗原アフィニティ精製を実施した。これにより血清から特異的なIgGのみを取出したことになり、動物ロットに比較的左右されがちなポリクローナル抗体ではあるが、かなり安定した反応性を持つ高純度抗体を取得できたことになる。また、今回実施した抗体作製と同様の方法を踏襲すれば、再現性のあるポリクローナル抗体「MUC1-common/p」が得られる。
[実施例4]
本実施例においては、実施例2で調製した抗MUC1モノクローナル抗体(MUC1-common (clone 014E))を用いて、胃癌組織の免疫染色を行った。
(1)低分化腺癌の免疫染色
具体的には、低分化腺癌の生検標本(通常の病理診断に使用するホルマリン固定・パラフィン切片)を、撥水を確実に行うために、10%SMEM(スキムミルク(雪印)をEZバッファー(ロシュ・ダイアグノスティクス株式会社、コード番号:102982)の10倍希釈液に10%になるように溶解したもの)で室温にて機械(ベンタナXTシステム ベンチマーク)によるIMBR自動撥水防止処理を12分行った。次に脱パラフィン後、内因性パーオキシダーゼの活性除去を4分間行った。続いてpH 8.0のEDTAを用い抗原賦活化処理を30分間行った。一次抗体MUC1-common (clone 014E)(5倍希釈)を37℃にて24分反応させ、その上にHRP標識抗マウス/抗ラビット抗体(Multimer)(ロシュ・ダイアグノスティクス株式会社、コード番号:760-550)を8分反応させて一次抗体と結合させた。最後にDAB(ジアミノベンジジン)に過酸化水素をまぜた基質溶液で8分間反応させて発色させることにより、組織切片上の抗原の存在部位を確認した。発色後、機械にて発色定着剤4分、ヘマトキシリンII 8分、炭酸リチウム試薬4分の処理を行いコントラストをつけ、封入した(内因性から発色定着剤までは機械専用のKit ultra View DAB リサーチキットを使用した)。
対照として、従来の抗MUC1抗体であるMUC1-DF3(TFB社)による免疫染色と、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色も行った。
具体的には、MUC1-DF3による免疫染色は以下のごとく行った。撥水を確実に行うために、10%SMEMで室温にて機械(ベンタナXTシステム ベンチマーク)によるIMBR自動撥水防止処理を12分行った。次に脱パラフィン後、内因性パーオキシダーゼの活性除去を4分間行った。続いてpH 8.0のEDTAを用い抗原賦活化処理を30分間行った。一次抗体MUC1-DF3(50倍希釈)を37℃で32分反応させ、その上にHRP標識抗マウス/抗ラビット抗体(Multimer)を8分反応させて一次抗体と結合させる。最後にDABに過酸化水素をまぜた基質溶液で8分反応させて発色させることにより、組織切片上の抗原の存在部位を確認した。発色後、機械にて発色定着剤4分、ヘマトキシリンII 8分、炭酸リチウム試薬4分の処理を行いコントラストをつけ、封入した(内因性から発色定着剤までは機械専用のKit ultra View DAB リサーチキットを使用した)。
HE染色は以下のごとく行った。まず標本を脱パラフィン、水洗後、カラッチ(2倍)ヘマトキシリン液で20分間染色し、流水で軽く洗い、2%塩酸アルコール液に2〜5秒入れ分別した後、約20〜30分間流水水洗し(色出し)、次にエオジン染色液で5分間染色した後、脱水、透徹、封入した。
その結果を図6に示す。図6から明らかなように、HE染色では、増殖した肉芽組織や線維組織にまぎれて具体的な癌細胞の位置を特定することができず、「癌の見逃し診断」を行う危険性がある。一方、MUC1-common(clone 014E)を用いた染色では、癌細胞のみが特異的に染色され、明りょうに浮き上がって見える。従来の抗MUC1抗体(MUC1-DF3)を用いた場合には、癌細胞は全く染色されなかった。
(2)他の染色法との比較
続いて、古典的なムチンの組織化学的染色法である「ジアスターゼ消化PAS」、並びに他の上皮細胞抗原に対する抗体を用いた免疫染色との比較を行った。
ジアスターゼ消化PAS(D-PAS)は、まず標本を脱パラフィン、水洗後、リン酸緩衝液(PH6.5)100mlにαアミラーゼ0.2〜0.4gを溶かした液に室温で2時間入れ消化した後、10分間流水水洗し、2%過ヨウ素酸ナトリウム液に10分間入れた。流水水洗10分、蒸留水水洗後、シッフ試薬で5分間染色した。流水水洗で約2〜5分間(共染しない程度色出し)、ヘマトキシリンで約5〜10分核染色した後、2%塩酸アルコールで2〜5秒分別、流水水洗5〜10分間(色出し)の後、脱水、透徹、封入した。
また、他の上皮細胞抗原に対する抗体を用いた免疫染色として、基本的には上記の、MUC1-common(clone 014E)やMUC1-DF3の場合と同じ方法で、抗MUC4抗体clone 8G7(Nebraska大学、Dr. Batraより供与)及び1G8(インビトロジェン社製)、サイトケラチンを幅広く検出する抗体Keratin-AE1/AE3(Leica Biosystems Newcastle LTD製)(pH 8.0のEDTAを用いた抗原賦活化処理を30分、500倍希釈で37℃にて24分反応)及びKeratin-CAM5.2(日本ベクトン社製)(pH 8.0のEDTAを用いた抗原賦活化処理を30分、25倍希釈で37℃にて24分反応)、EMA(上皮膜抗原)に対する抗体(DAKO社製)(抗原賦活化なし、125倍希釈で37℃にて24分反応)、CEA(癌胎児性抗原)に対する抗体(ニチレイ社製)(抗原賦活化なし、50倍希釈で37℃にて24分反応)による免疫染色を行った。
その結果を図7〜10に示す。図7に示されるように、低分化腺癌:非充実型(por2)において、MUC1-common(clone O14E)のみではなく、MUC4(clone 8G7)でも癌細胞を検出することができた。また、ケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)でも癌巣周辺部の比較的細胞質の豊富な癌細胞は強く染色された。MUC4(clone 1G8)は癌細胞をある程度染色したが、毛細血管も染色されるため癌細胞を明りょうに浮かび上がらせることはできなかった。低分化腺癌:非充実型(por2)や印環細胞癌(sig)は毛細血管の多い肉芽組織に埋もれていることが多いため、MUC4(clone 1G8)はこのような癌細胞の検出には有効ではないと考えられる。一方、EMAやCEAは少数の癌細胞にのみ陽性で、MUC1-DF3ではまったく染色されなかった。特殊染色のジアスターゼ消化PAS染色もある程度はpor2の癌細胞を染色したが、MUC1-common(clone O14E)ほど鮮明ではなかった。
また図8に示されるように、低分化腺癌:非充実型(por2)において、細胞質の豊富ではない癌細胞でも、MUC1-common(clone O14E)とMUC4(clone 8G7)は癌細胞を検出することができた。MUC4(clone 1G8)も癌細胞をある程度染色したが、毛細血管も染色されるため癌細胞を浮かび上がらせることはできなかった。ケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)、EMA、CEAは癌細胞には弱陽性で、MUC1-DF3ではまったく染色されなかった。特殊染色のジアスターゼ消化PAS染色もpor2の癌細胞を染色するが、MUC1-common(clone O14E)ほど鮮明ではなかった。
図9に示されるように、別の低分化腺癌:非充実型(por2)の症例においては、MUC1-common(clone O14E)のみが癌細胞を検出できたが、MUC4(clone 8G7)やMUC1-DF3では癌細胞は染色されなかった。
図10では、低分化腺癌:非充実型(por2)切除例の浸潤部において、MUC1-common(clone O14E)とケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)は癌細胞を検出することができた。CEAではごく少数の癌細胞がごく弱く染色されたのみで、MUC4(clone 8G7)、MUC4(clone 1G8)、EMA、MUC1-DF3ではまったく染色されなかった。特殊染色のジアスターゼ消化PAS染色は少数のpor2の癌細胞を染色するが、MUC1-common(clone O14E)ほど鮮明ではなかった。
(3)印環細胞癌の免疫染色
上記(1)と同様にして、印環細胞癌の生検標本(通常の病理診断に使用するホルマリン固定・パラフィン切片)を免疫染色した。また(1)及び(2)と同様の対照試験も行った。
その結果を図11に示す。印環細胞癌(sig)において、MUC1-common(clone O14E)とケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)は癌細胞を検出することができた。MUC4(clone 1G8)とCEAはごく少数の癌細胞にのみ弱く陽性で、MUC4(clone 8G7)、EMA、MUC1-DF3では癌細胞はまったく染色されなかった。なお、印環細胞癌(sig)は、特殊染色のジアスターゼ消化PAS染色においてもかなり鮮明に染色された。
[実施例5]
本実施例においては、胃癌切除標本における抗MUC1抗体による免疫染色の比較を行った。
具体的には、胃癌切除標本59例(癌細胞の変性の少ない早期癌の手術摘出標本を対象とした)について、MUC1-common(clone 014E)及びMUC-DF3を用いた免疫染色を行った。免疫染色の手順は実施例4と同様である。
胃癌は通常、2種以上の異なる組織型が混在することが多く、実際、今回検索した胃癌切除標本59例において、組織型別に分類すると、総計100病変(乳頭腺癌(pap)10病変、管状腺癌(tub)44病変、低分化腺癌:充実型(por1)5病変、低分化腺癌:非充実型(por2)23病変、印環細胞癌(sig)15病変、粘液癌(muc)3病変)、並びに、特殊な微小乳頭構造(micro-papillary pattern)を示す癌のリンパ管侵襲病変(ly/mp)3病変を解析することができた。
染色性は、癌細胞の中で陽性細胞数により、以下のとおり評価した:
0:0%
+/-:over 0% to under 5%
1+:more than 5% to under 25%
2+:more than 25% to under 50%
3+:more than 50% to under 75%
4+:more than 75%
その結果を表3に示す。
Figure 0005660486
表3は、胃癌59症例の100病変におけるMUC1-common(clone 014E)又はMUC-DF3による免疫染色の結果を示す。「Type」は病変の種類を示し、「Total」は病変数を示している。この結果は以下のようにまとめられる。
(1)乳頭腺癌(pap)1O病変
MUC1-common(clone 014E)は、10病変中、4+が8病変、3+が1病変、2+が1病変であった。一方、MUC-DF3は1O病変中、4+が5病変、3+が1病変、2+が3病変、0が1病変であった。双方の抗体とも、陽性所見は主に細胞先端部にみられた。
(2)管状腺癌(tub)44病変
MUC1-common(clone 014E)は、44病変中、4+が40病変、2+が2病変、+/-が1病変、0が1病変であった。一方、MUC-DF3は、44病変中、4+が5病変、3+が3病変、2+が7病変、1+が9病変、+/-が8病変、0が12病変、と様々な程度の陽性所見を示した。双方の抗体とも、陽性所見は主に細胞先端部にみられた。
(3)低分化腺癌:充実型(por1)5病変
MUC1-common(clone 014E)は、5病変中、4+が1病変、3+が1病変、0が3病変であった。一方、MUC-DF3は、5病変中、4+が1病変、3+が1病変、1+が1病変、0が2病変であった。双方の抗体とも、陽性所見がある場合は主に細胞質にみられた。
(4)低分化腺癌:非充実型(por2)23病変
MUC1-common(clone 014E)は、23病変全てにおいて4+で、全ての癌細胞に陽性であり(陽性率100%)、陽性所見は細胞質にみられた。一方、MUC-DF3は23病変において全て陰性であった(陽性率0%)。
(5)印環細胞癌(sig)15病変
MUC1-common(clone 014E)は、15病変中、4+が14病変、3+が1病変であった。一方、MUC-DF3は、13病変中、3+が1病変、+/-が2病変、0が12病変であった。双方の抗体とも、陽性所見は主に細胞質内分泌物にみられた。
(6)粘液癌(muc)3病変
MUC1-common(clone 014E)は、3病変全てにおいて4+で全ての癌細胞において細胞質や細胞表面に陽性であった(陽性率100%)。一方、MUC-DF3は、1病変において3+であったが、2病変においては陰性であった。
(7)特殊なmicro-papillary patternを示す癌のリンパ管侵襲病変(ly/mp)
MUC1-common(clone 014E)は、3病変において4+で全ての癌細胞に陽性であり、主としてmicro-papillary patternの表面を覆うような陽性所見が得られた。一方、MUC-DF3は、4+が1病変、1+が1病変、0が1病変であった。
上記の所見をまとめると、MUC1-common(clone 014E)は、国際的に広く知られているLauren's c1assificationで、「intestinal type」に分類される乳頭型(pap)や管状型(tub)でもかなり高率の陽性率を示し、乳頭状構造や管状構造の主に細胞先端部に陽性であるが、「diffuse type」に分類される低分化腺癌:充実型(por1)、低分化腺癌:非充実型(por2)及び印環細胞癌(sig)のうちで、低分化腺癌:非充実型(por2)は全例において全ての癌細胞に、印環細胞癌(sig)においてもほとんどの癌細胞の細胞質に陽性染色が見とめられた。
また、胃生検組織標本において見逃しやすい胃癌細胞である「低分化腺癌:非充実型(por2)」と「印環細胞癌(sig)」に焦点を絞って、生検標本と切除標本を用いて、実施例4と同様に他の免疫染色法や染色法との比較を行った。その結果を表4に示す。
Figure 0005660486
表4に示す数値は、試験した病変の総数に対する4+(more than 75%)の陽性病変数とした。「低分化腺癌:非充実型(por2)」と「印環細胞癌(sig)」における胃癌細胞の検出において、MUC1-common(clone O14E)は全ての症例において胃癌細胞を検出することができた。ケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)もかなり胃癌細胞を高率に染色したが、その他の抗体による免疫染色の陽性率は半分以下であった。
なお、表4に示すように「低分化腺癌:非充実型(por2)」と「印環細胞癌(sig)」をかなり高率に染色したケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)による免疫染色でも、実施例4の「(2)他の染色法との比較」にも記載しているように、低分化腺癌:非充実型(por2)の癌巣周辺部の比較的細胞質の豊富な癌細胞は強く染色されるものの、癌巣中心部の細胞質の少ない癌細胞を明瞭に染め出すことができなかったり(図7)、癌細胞が全体に弱陽性であることも多く(図8)、低分化腺癌:非充実型(por2)の染色性において、ケラチン(Keratin-AE1/AE3及びKeratin-CAM5.2)ではMUC1-common(clone O14E)ほど鮮明な陽性所見は得られず、MUC1-common(clone O14E)による免疫染色の優位性が明らかである。
以上の所見により、胃生検組織標本において見逃しやすい胃癌細胞である「低分化腺癌:非充実型(por2)」や「印環細胞癌(sig)」が本発明の抗体により鮮明に検出できることを確認できた。このような癌の中でも特に「スキルス胃癌」と呼ばれ、癌細胞が肉芽組織や線維化組織に埋もれるように散在し、検出することが困難な「低分化腺癌:非充実型(por2)」の癌細胞を、本発明の抗体は、確実に、しかも「浮き出させる」ように容易に染色でき、胃生検の病理組織診断の確実性を著明に向上させる。なお今回作製されたMUC1-common(clone O14E)は、正常の胃粘膜をも陽性に染めるが、正常の胃粘膜は、形態的に認識するのが容易であるので、免疫染色でも、癌細胞と区別するのに支障はない。また、本発明の抗体は、「スキルス胃癌」で大きな問題となる腹膜播腫の癌細胞の有力な検出手段ともなり得る。
[実施例6]
本実施例においては、実施例3で調製した抗MUC1ポリクローナル抗体「MUC1-common/p」を用いて、実施例4と同様に、胃癌組織の免疫染色を行った。その結果、低分化腺癌や印環細胞癌において、抗MUC1モノクローナル抗体「MUC1-common (clone 014E)」と全く同じ染色結果が得られた(図6の「MUC1-common/p」)。
このように、モノクローナル抗体と全く同じ染色性が得られるポリクローナル抗体を有することは、他のターゲット蛋白との二重染色(二次抗体を変えることで同一組織上で2種類のターゲットを染め分ける)を可能にするというさらに幅広い応用面においても有利である。
[実施例7]
本実施例においては、胃癌及び大腸癌切除標本、並びに胃癌患者の腹水細胞診標本において抗MUC1抗体による免疫染色の比較を行った。
具体的には、胃の低分化腺癌:非充実型(por2)、大腸の低分化腺癌のリンパ節転移巣、及び胃の低分化腺癌患者の癌性腹膜炎の腹水細胞診標本について、MUC1-common(clone 014E)を用いた免疫染色を行った。免疫染色の手順は実施例4と同様である。
その結果を図12及び13に示す。なお、図中、「MUC1-014E」とは、MUC1-common (clone O14E)を意味する。
図12に示されるように、実施例4〜6の結果と一致して、「MUC1-common (clone O14E)」(MUC1-014E)の免疫染色が、胃の低分化腺癌:非充実型(por2)の癌細胞を鮮明に「浮かび上がらせる」ように免疫染色ができた(図12A)。
さらに、「MUC1-014E」の免疫染色が、大腸の低分化腺癌のリンパ節転移をも鮮明に「浮かび上がらせる」ように免疫染色ができ、胃の低分化腺癌:非充実型(por2)の場合と同様に、サイトケラチンを幅広く検出する抗体(Keratin-AE1/AE3(CK-AE1/AE3)、Keratin-CAM5.2(CK-CAM5.2))よりもより鮮明な染色性が得られる(図12B)。なお、大腸の低分化腺癌のリンパ節転移巣は、従来の抗MUC1抗体である「MUC1-DF3」では、胃の低分化腺癌:非充実型(por2)と同様染色されなかった(図12B)。
また、図13に示されるように、「MUC1-014E」の免疫染色により、胃の低分化腺癌患者の癌性腹膜炎の腹水細胞診標本において、癌細胞は鮮明に染色され、正常の体腔上皮細胞や炎症細胞はほとんど染色されなかった。
以上のように、本発明の抗MUC1抗体の免疫染色は、癌の原発巣のみでなく、癌の転移巣の検出や、腹水・胸水等の細胞診にも応用できる。
[実施例8]
本実施例においては、膵腫瘍切除標本及び正常膵組織における抗MUC1抗体による免疫染色の比較を行った。
具体的には、膵癌(PDAC)と、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の腸型(IPMN-intestinal type)と胃型(IPMN-gastric type)について、MUC1-common(clone 014E)を用いた免疫染色を行った。免疫染色の手順は実施例4と同様である。その結果を図14に示す。
図14において、「MUC1-014E」とはMUC1-common (clone O14E)を意味し、「MUC1-CORE」とはヒトムチン1タンパク質のコア領域に対する抗体を意味し、「MUC1-DF3」とはヒトムチン1タンパク質のコア領域に少量の糖鎖が付加された抗原に対する抗体を意味し、「MUC1-MY.1E12」とはヒトムチン1タンパク質のコア領域におけるシアル酸を含む糖鎖が付加された抗原(シアル化MUC1)に対する抗体を意味し、「MUC1-HMFG-1」とはヒトムチン1タンパク質のコア領域における末端までの長い糖鎖が付加された抗原(成熟型MUC1)に対する抗体を意味する。
図14に示すように、膵癌(PDAC)と、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)の腸型(IPMN-intestinal type)と胃型(IPMN-gastric type)において、各種MUC1の発現状況が異なり、殊に、膵管内乳頭粘液性腫瘍の胃型(IPMN-gastric type)において、糖鎖が付加されていない「MUC1-CORE」や、糖鎖が少ししか付加されてない「MUC1-DF3」が染色されないにもかかわらず、「MUC1-MY.1E12」と「MUC1-HMFG-1」という糖鎖の付加されたMUC1が陽性に染色されるという現象の説明がこれまでは困難であった。しかしながら「MUC1-014E」による免疫染色で、「MUC1-014E」が、PDAC、IPMN腸型及びIPMN胃型のすべてに発現していることが明らかとなり、これらすべての膵腫瘍においてMUC1自体は合成されているという生命現象が分かり、「MUC1-MY.1E12」と「MUC1-HMFG-1」という糖鎖の付加されたMUC1がIPMN-胃型に発現する理由が説明できるようになった。
また、正常の膵組織における各種MUC1の発現状況を上記と同様に免疫染色により調べた。その結果を図15に示す。
正常の膵組織において、図15のAに示すような糖鎖が付加されていない「MUC1-CORE」や、糖鎖が少ししか付加されてない「MUC1-DF3」の発現範囲よりも、図15のBに示すような「MUC1-MY.1E12」及び「MUC1-HMFG-1」という糖鎖の付加されたMUC1の発現範囲が広いという現象の説明がこれまでは困難であった。しかしながら「MUC1-014E」による免疫染色で、「MUC1-014E」が広い範囲に発現していることから、正常の膵組織の広い範囲においてMUC1自体は合成されているという生命現象が分かり、「MUC1-MY.1E12」と「MUC1-HMFG-1」という糖鎖の付加されたMUC1の発現範囲が広いという理由が説明できるようになった。
[実施例9]
本実施例では、ヒト大腸の正常粘膜と癌組織の腺管分離サンプルにおける「MSE(Methylation specific electrophoresis)法」によるMUC1のDNAメチル化解析の結果が、本発明の免疫染色と高い相関を示すか否かを検証した。
具体的には、ヒト大腸の正常粘膜と癌組織を、間質の混入を来すことなく理想的に分離できるヒト大腸の腺管分離サンプル(岩手医科大学病理・中村眞一先生、菅井有先生より供与)において、DNAプロモーター領域のメチル化解析をMSE(Methylation specific electrophoresis)法にて行い、そのmRNAの発現解析、免疫染色によるタンパク質の発現確認との比較を行った。その結果を図16に示す。
その結果、MSE法において、低メチル化を呈したサンプル全てにおいて、mRNAの高発現を示した。その結果は、従来の抗MUC1抗体である「MUC1-DF3」の染色結果とは一致しないが、「MUC1-014E」の免疫染色結果とは高い相関を示し、ヒト大腸の腺管分離サンプルにおいてMSE法によるMUC1のメチル化解析が可能であることを示すことができた。
[実施例10]
本実施例では、ヒト手術症例サンプルにおける「MSE(Methylation specific electrophoresis)法」によるMUC1のDNAメチル化解析の結果が、本発明の免疫染色と相関を示すか否かを検証した。
具体的には、大腸癌及び膵癌のヒト手術症例標本の腫瘍部と非腫瘍から得られたサンプルにおいて、DNAプロモーター領域のメチル化解析をMSE法にて行い、そのmRNAの発現解析、免疫染色によるタンパク質の発現確認との比較を行った。その結果を図17に示す。
その結果、MSE法において、低メチル化を呈したサンプル全てにおいて、mRNAの高発現を示した。その結果は、従来の抗MUC1抗体である「MUC1-DF3」の染色結果とは一致しないが、「MUC1-014E」の免疫染色結果とは高い相関を示し、ヒト手術症例サンプルにおいてもMSE法によるMUC1のメチル化解析が可能であることを示すことができた。
[実施例11]
本実施例では、膵臓疾患サンプルにおける「MSE(Methylation specific electrophoresis)法」によるMUC1のDNAメチル化解析の結果が、本発明の免疫染色と相関を示すか否かを検証した。
具体的には、ヒトの膵癌(PDAC)や管内乳頭粘液性腫瘍・胃型(IPMN-gastric)の症例から逆行性膵管造影時に得られた膵液、あるいは、膵管内乳頭粘液性腫瘍・腸型(IPMN-intestinal)手術症例の嚢胞内液のサンプルにおいてMUC1のDNAプロモーター領域のメチル化解析をMSE法にて行い、由来する腫瘍組織におけるタンパク質の発現を免疫染色によって検索し、比較を行った。その結果を図18に示す。
その結果、MSE法において、低メチル化のバンドが認められたサンプルの全てにおいて、「MUC1-014E」の免疫染色が陽性であり、従来の抗MUC1抗体である「MUC1-DF3」の染色結果とは一致しない場合でも(IPMN-gastricとIPMN-intestinalの図参照)、「MUC1-014E」の免疫染色結果とは高い相関を示した。「MUC1-014E」の免疫染色をすることにより、はじめて、ヒト膵腫瘍の膵液や嚢胞内液のサンプルにおいてもMSE法によるMUC1のメチル化解析が可能であることを示すことができた。
本発明により、ヒトムチン1(MUC1)タンパク質に対する抗体及びその抗体を作製するための抗原ペプチドが提供される。本発明の抗MUC1抗体を用いることにより、高感度に、信頼性をもって、かつ簡便にMUC1タンパク質の存在を検出することができ、結果としてMUC1に関連する疾患又は障害を判定することが可能となる。従って、医療診断分野や医薬分野において有用と考えられる。
受託番号NITE BP-867(MUC1-common(clone 014E)、2010年1月21日付寄託)
配列番号1及び2:人工配列(合成ペプチド)
配列番号5〜11:人工配列(合成ペプチド)

Claims (15)

  1. 以下の(a)又は(b)のペプチドを抗原として用いて作製され、かつヒトムチン1(MUC1)タンパク質と反応することを特徴とする抗体。
    (a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド
    (b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつヒトMUC1タンパク質の抗原性を有するペプチド
  2. ペプチドが配列番号1又は配列番号11に示されるアミノ酸配列からなるものである、請求項1に記載の抗体。
  3. モノクローナル抗体又はポリクローナル抗体である、請求項1又は2に記載の抗体。
  4. 標識されている、請求項1〜3のいずれか1項に記載の抗体。
  5. ペプチドがキャリアタンパク質と結合されている、請求項1〜4のいずれか1項に記載の抗体。
  6. 請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗体を含むことを特徴とするヒトムチン1(MUC1)タンパク質の免疫学的測定用試薬。
  7. 請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗体を含むことを特徴とするヒトムチン1(MUC1)タンパク質に関連する疾患又は障害の判定用試薬。
  8. ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害が、胃癌、膵癌、胆管癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌及び肺癌からなる群より選択されるものである、請求項7に記載の試薬。
  9. 胃癌が低分化腺癌又は印環細胞癌である、請求項8に記載の試薬。
  10. (a)請求項1〜5のいずれか1項に記載の抗体と、被験体に由来するサンプルとを接触させるステップ、
    (b)該抗体がサンプル中のヒトムチン1(MUC1)タンパク質と結合したか否かを検出するステップ
    を含む、被験体においてヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害を判定するための方法。
  11. ヒトMUC1タンパク質に関連する疾患又は障害が、胃癌、膵癌、胆管癌、大腸癌、卵巣癌、乳癌及び肺癌からなる群より選択されるものである、請求項10に記載の方法。
  12. 胃癌が低分化腺癌又は印環細胞癌である、請求項11に記載の方法。
  13. サンプルが、生検組織サンプル、手術摘出組織サンプル及び細胞診サンプルからなる群より選択される、請求項10〜12のいずれか1項に記載の方法。
  14. 以下の(a)又は(b)のペプチド。
    (a)配列番号1に示されるアミノ酸配列からなるペプチド
    (b)配列番号1に示されるアミノ酸配列において1個のアミノ酸が付加されたアミノ酸配列からなり、かつヒトMUC1タンパク質の抗原性を有するペプチド
  15. 配列番号1又は配列番号11に示されるアミノ酸配列からなるものである、請求項14に記載のペプチド。
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