JP5568562B2 - イソプロピルアルコール生産細菌及びイソプロピルアルコール生産方法 - Google Patents

イソプロピルアルコール生産細菌及びイソプロピルアルコール生産方法 Download PDF

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Description

本発明は、イソプロピルアルコール生産細菌及びイソプロピルアルコール生産方法に関する。
プロピレンは、ポリプロピレンなどの合成樹脂や石油化学製品の重要な基礎原料であり、自動車用バンパーや食品容器、フィルム、医療機器などに幅広く使われている。
植物由来原料から製造されたイソプロピルアルコールは、脱水工程を経てプロピレンに変換できることから、カーボンニュートラルなプロピレンの原料として有望である。京都議定書によって2008年から2012年の間に先進国全体で二酸化炭素排出量を1990年比で5%削減することが義務付けられている現在、カーボンニュートラルなプロピレンはその汎用性から地球環境上極めて重要である。
植物由来原料を資化してイソプロピルアルコールを生産する細菌は既に知られている。例えば国際公開2009/008377号には、グルコースを原料としてイソプロピルアルコールを高生産するように改変された細菌が開示されており、イソプロピルアルコールの工業生産用生体触媒として優れていると記載されている。
大腸菌ではスクロースを資化できないことが知られているが、植物由来材料の中でも安価なスクロースを利用することができれば工業的に有利である。
従来の知見によれば微生物がスクロースを資化するメカニズムは、スクロースPTS(Phosphoenolpyruvate: Carbohydrate Phosphotransferase System)とスクロース非PTSの2つに大別される(例えば、特開2001−346578号公報)。スクロース非PTSはcscB(スクロースの取り込みを行う)、cscA(微生物内部でスクロースの分解を行う)、cscK(フルクトースのリン酸化を行う)及びcscR(cscB,A,Kの発現を制御する)の4つの因子から構成されていることが知られている。Biotechnolohy Letters,Vol.27,pp.1891−1896(2005)には、これら4つの因子の遺伝子をD−乳酸生産大腸菌にプラスミドを用いて導入し、スクロースからD−乳酸を生産したことが記載されている。
また、スクロースPTSはscrA(スクロースの取り込みを行う)、scrY(スクロースのリン酸化を行う)、scrB(微生物内部でスクロースの分解を行う)、scrR(scrA,Y,Bの発現を制御する)及びscrK(フルクトースのリン酸化を行う)の5つの因子から構成されていることが知られている。
一般に、菌が保有しない機能を微生物に導入する際には、その機能を発現する遺伝子の導入が検討される。スクロース資化能の場合、上記の各因子のDNAは900〜1500bpのサイズがあり、またイソプロピルアルコールを高生産させるために必要な4種の酵素(チオラーゼ、CoAトランスフェラーゼ、アセト酢酸デカルボキシラーゼ及びイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ)の遺伝子発現のために必要なDNAサイズは、約4800bpである。即ち、スクロースを資化する能力とIPAを生産する能力の両方を大腸菌に付与しようとすると、およそ9300bpのサイズのDNAの導入が必要となる。
しかしながら、これらを同時に大腸菌に導入することは、遺伝子導入に用いられるプラスミドDNAサイズの上限を超えることから非常に困難である。プラスミドベクターを2種類用い、各々のプラスミドDNAサイズを10000bp以下に抑えたとしても、通常、2種類のプラスミドを大腸菌に導入した場合、増殖を繰り返すうちにどちらか一方又は両方のプラスミドが脱落することが多い。これを避けるためには選択マーカーに対応した高価な抗生物質に大腸菌を常に暴露させておく必要があり、工業生産には向かない。
よって、スクロースを資化する能力とイソプロピルアルコールを高生産する能力を同時に大腸菌に付与することは困難であった。
一方、Can.J.Microbiol.,Vol.45,pp.18−422(1999)は、大腸菌にスクロース加水分解酵素(cscA)のみを導入することでスクロースを原料として大腸菌が増殖できるようになったことを開示している。しかしながら、該論文では同時に、cscA遺伝子を遺伝子組み換え技術によって大量発現させたときcscAのほとんど全てが細胞内に存在することも示しており、cscA(インベルターゼ)は細胞外ではなく細胞内において機能し、cscAが細胞外でスクロースを分解していると予想することはできない。
スクロースを資化できない大腸菌を用いてスクロースから物質生産をさせた例としては、スクロースを原料としたトリプトファンの生産を挙げることができる(例えば、特開2001−346578号公報)。しかしながら、この例では、スクロースからアミノ酸を生産する能力を大腸菌に与えるためには、少なくともcscAとcscBとcscKの遺伝子群を導入することが必要であると示している。
上記のように、スクロースを資化できない大腸菌にスクロースを資化する能力とイソプロピルアルコールを高生産する能力を同時に与えることは、導入すべきDNAのサイズが大きすぎるため非常に困難であった。
本発明は、安価で工業的に利用価値の高いスクロースからイソプロピルアルコールを効率よく生産するために有用なイソプロピルアルコール生産大腸菌及びイソプロピルアルコール生産方法を提供することを目的とする。
本発明は、以下のイソプロピルアルコール生産大腸菌及びイソプロピルアルコール生産方法を提供する。
〔1〕 スクロース非PTS遺伝子群のうちスクロース加水分解酵素遺伝子のみを含み、且つ、アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、CoAトランスフェラーゼ活性、及びチオラーゼ活性を付与されたイソプロピルアルコール生産大腸菌。
〔2〕記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、それぞれ、クロストリジウム属細菌、バチルス属細菌及びエシェリヒア属細菌からなる群より選択された少なくとも1種由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである〔1〕記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
3〕 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性及びイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性が、クロストリジウム属細菌由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものであり、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、エシェリヒア属細菌由来の酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである〔1〕又は2〕記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
4〕 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性がクロストリジウム・アセトブチリカム由来の酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものであり、前記イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性がクロストリジウム・ベイジェリンキ由来の酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものであり、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、エシェリヒア・コリ由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである〔1〕又は2〕記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
5〕 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子及びスクロース加水分解酵素をコードする遺伝子がプラスミドによって導入され、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、宿主大腸菌内のゲノム遺伝子により得られたものである〔1〕又は2〕記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
6〕 前記CoAトランスフェラーゼをコードする遺伝子及びチオラーゼをコードする遺伝子の発現のためのプロモーターが、グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター及びセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼプロモーターの少なくとも一方である〔5〕記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
7〕 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、すべてクロストリジウム属細菌由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである〔1〕又は2〕記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
8〕 〔1〕〜〔7〕のいずれかに記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌を用いて、スクロースを含む植物由来原料からイソプロピルアルコールを生産することを含むイソプロピルアルコール生産方法。
エシェリヒア・コリB株を、グルコース及びフルクトースを糖源として10時間培養したときの培養上清中の糖の減少量を示すグラフである。
本発明のイソプロピルアルコール生産大腸菌は、スクロース非PTS遺伝子群に属するスクロース加水分解酵素遺伝子を少なくとも含むと共にイソプロピルアルコール生産系が付与又は強化されたイソプロピルアルコール生産大腸菌である。
本発明のイソプロピルアルコール生産方法は、上記イソプロピルアルコール生産大腸菌を用いて、スクロースを含む植物由来原料からイソプロピルアルコールを生産することを含むイソプロピルアルコール生産方法である。
本発明のイソプロピルアルコール生産大腸菌は、スクロースを資化するためにスクロース非PTS遺伝子群を構成するスクロース加水分解酵素遺伝子を少なくとも含むと共にイソプロピルアルコール生産系を備えているため、スクロースを資化できない大腸菌において、スクロースを資化する能力とイソプロピルアルコールを生産する能力が同時に発揮され、スクロースからイソプロピルアルコールを効率よく生産することができる。スクロース資化能を持たない大腸菌においてスクロース非PTS遺伝子群を導入し、スクロースを炭素源としてイソプロピルアルコールを生産させた例はこれまで全く報告されていない。
本発明は、非PTS遺伝子群を構成する遺伝子群に属する少なくともスクロース加水分解酵素遺伝子をイソプロピルアルコール生産大腸菌に導入することによって、イソプロピルアルコールを高生産する大腸菌でも、スクロースが高効率に資化されることを見出したものである。この結果、スクロースを資化する能力を付与するために導入するDNAサイズを大幅に減縮することができ、1つのプラスミドベクターにスクロース資化能力を付与するDNAとイソプロピルアルコール生産能力を付与するDNAを同時に連結させることが可能となった。これによって、スクロースを資化できない大腸菌に、スクロースを資化する能力とイソプロピルアルコールを生産する能力を同時に付与することができ、サトウキビや甜菜に由来し、安価で大量供給可能なスクロースから、効率よくイソプロピルアルコールを得ることができる。
特に、本発明のイソプロピルアルコール生産大腸菌は、スクロースの分解産物であるグルコースとフルクトースをほぼ同時に資化して、イソプロピルアルコールを生産することができるのでより効率的である。
一般に、大腸菌では通常グルコースの取り込みがフルクトースよりも優先され、グルコースの存在下ではフルクトースは充分に代謝されないことが知られている。このため、グルコースによる代謝抑制(カタボライトリプレッション)の影響を受けずに、効率よくイソプロピルアルコールの生産を行うことができたことは、驚くべきことである。
なお、本発明において「宿主」とは、ひとつ以上の遺伝子の菌体外からの導入を受けた結果、本発明のイソプロピルアルコール生産大腸菌となる当該大腸菌を意味する。
本明細書において「工程」との語は、独立した工程だけでなく、他の工程と明確に区別できない場合であっても本工程の所期の作用が達成されれば、本用語に含まれる。
また、本明細書において「〜」を用いて示された数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を示す。
以下、本発明について説明する。
本発明におけるスクロース非PTS遺伝子群とは、微生物のスクロース資化経路のうち非PTS系に関与する4つの遺伝子群のことをいう。詳しくは、リプレッサー蛋白質(cscR)、スクロース加水分解酵素(cscA)、フルクトキナーゼ(cscK)、スクロース透過酵素(cscB)で構成される遺伝子群である。本発明では、このうちcscAを少なくとも含む1種以上であればよく、例えば、cscAのみ、cscA及びcscKの組み合わせ、cscA及びcscBの組み合わせ、cscA及びcscRの組み合わせ、cscA、cscR及びcscKの組み合わせ、cscA、cscR及びcscBの組み合わせ等が挙げられる。なかでも、イソプロピルアルコールを更に効率よく生産するという観点から、cscAをコードする遺伝子のみを有し、その他の遺伝子を含まないことが好ましい。
本発明におけるスクロース加水分解酵素(インベルターゼ、CscA)とは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号3.2.1.26に分類され、スクロースからD−グルコースとD−フルクトースを生成する反応を触媒する酵素の総称を指す。
この酵素は、K12株及びB株等の大腸菌には本来保有されていない酵素であり、プロトン共輸送体、インベルターゼ、フルクトキナーゼ及びスクロース特異的リプレッサーを含む非PTS代謝経路の酵素の1つである(Canadian Journal of Microbiology, (1991) vol.45, pp418-422参照)。本発明においてこのCscAを付与することにより、特にcscAのみを付与することにより、菌体外におけるスクロースを細胞膜上でグルコース及びフルクトースに分解して細胞外へ放出し、グルコースPTS及びフルクトースPTSを介して細胞質内にリン酸化して取り込む。この結果、フルクトースを細菌におけるフルクトース代謝系へ供給して、解糖系を利用した資化を可能にすることができる。
本発明の宿主細菌に導入されるスクロース加水分解酵素(インベルターゼ、CscA)の遺伝子としては、この酵素を保有する生物から得られるスクロース加水分解酵素(インベルターゼ、CscA)をコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA、又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、アーウィニア属菌(Erwinia)、ポルテウス属菌(Proteus)、ビブリオ属菌(Vibrio)、アグロバクテリウム属菌(Agrobacterium)、リヒゾビウム属菌(Rhizobium)、スタフィロコッカス属菌(Staphylococcus),ビフィドバクテリウム属菌(Bifidobacterium)、エシェリヒア属菌(Escherichia)に由来するものを挙げることができ、例えばエシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。特に好ましくは、エシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。またcscAには、cscAを菌体のペリプラズムへ移行させるためのシグナル配列が付加されていることが好ましい。
本発明の宿主細菌に導入されるリプレッサー蛋白質(CscR)の遺伝子としては、この酵素を保有する生物から得られるリプレッサータンパク質(CscR)をコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA、又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、アーウィニア属菌(Erwinia)、ポルテウス属菌(Proteus)、ビブリオ属菌(Vibrio)、アグロバクテリウム属菌(Agrobacterium)、リヒゾビウム属菌(Rhizobium)、スタフィロコッカス属菌(Staphylococcus),ビフィドバクテリウム属菌(Bifidobacterium)、エシェリヒア属菌(Escherichia)に由来するものを挙げることができ、例えばエシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。特に好ましくは、エシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
本発明の宿主細菌に導入されるフルクトキナーゼ(CscK)の遺伝子としては、この酵素を保有する生物から得られるフルクトキナーゼ(CscK)をコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA、又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、アーウィニア属菌(Erwinia)、ポルテウス属菌(Proteus)、ビブリオ属菌(Vibrio)、アグロバクテリウム属菌(Agrobacterium)、リヒゾビウム属菌(Rhizobium)、スタフィロコッカス属菌(Staphylococcus),ビフィドバクテリウム属菌(Bifidobacterium)、エシェリヒア属菌(Escherichia)に由来するものを挙げることができ、例えばエシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。特に好ましくは、エシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
本発明の宿主細菌に導入される、スクロース透過酵素(CscB)の遺伝子としては、この酵素を保有する生物から得られる、スクロース透過酵素(CscB)をコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA、又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、アーウィニア属菌(Erwinia)、ポルテウス属菌(Proteus)、ビブリオ属菌(Vibrio)、アグロバクテリウム属菌(Agrobacterium)、リヒゾビウム属菌(Rhizobium)、スタフィロコッカス属菌(Staphylococcus),ビフィドバクテリウム属菌(Bifidobacterium)、エシェリヒア属菌(Escherichia)に由来するものを挙げることができ、例えばエシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。特に好ましくは、エシェリヒア・コリO157株由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
本発明におけるイソプロピルアルコール生産大腸菌とは、遺伝子組み換えにより導入又は改変されたイソプロピルアルコール生産能力を保有する大腸菌をいう。これにより、上記のCscA活性と組み合わせて、本来はスクロース資化能を有しない大腸菌であっても、スクロースからイソプロピルアルコールを効果的に生産することができる。
なお、本発明における「遺伝子組み換えにより」との文言は、生来の遺伝子の塩基配列に対する別のDNAの挿入、あるいは遺伝子のある部分の置換、欠失又はこれらの組み合わせによって塩基配列上の変更が生じているものであれば全て包含し、例えば、突然変異が生じた結果得られたものであってもよい。
本発明においてスクロース資化とは、スクロースを、そのまま、低分子化または高分子化して、好ましくは低分子化して、生体内に取り入れる能力、あるいは代謝的に別物質に変換する能力をいう。また、本発明において、資化とはスクロースをより低分子化する分解を含む。詳しくは、スクロースをD−グルコースとD−フルクトースに分解することを含む。
本発明におけるイソプロピルアルコール生産系は、対象となる大腸菌にイソプロピルアルコールを生産させるものであればいずれの系であってもよい。
本発明において付与又は強化されるイソプロピルアルコール生産系とは、遺伝子組み換えにより導入又は改変されたイソプロピルアルコール生産能力を発揮させるための構造をいう。このようなイソプロピルアルコール生産系は、対象となる大腸菌における本来のイソプロピルアルコール生産量を増加させるものであればいずれのものであってもよい。好ましくは、イソプロピルアルコール生産活性に関与する酵素活性の不活性化、低減化若しくは増強又はこれらの組み合わせを挙げることができる。これにより、上記のCscA活性と組み合わせて、本来はスクロース資化能を有しない大腸菌であっても、スクロースからイソプロピルアルコールを効果的に生産することができる。
好ましくは、イソプロピルアルコールの生産に関与する増強された酵素活性の付与を挙げることができる。更に好ましくは、チオラーゼ、CoAトランスフェラーゼ、アセト酢酸デカルボキシラーゼ、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼの酵素活性の増強を挙げることができる。即ち、本発明におけるイソプロピルアルコール生産大腸菌は、アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性の4種類の酵素活性が付与されていることが好ましい。
本発明における活性の「付与」とは、酵素をコードする遺伝子を宿主細菌の菌体外から菌体内に導入することの他に、宿主細菌がゲノム上に保有する酵素遺伝子のプロモーター活性を強化すること又は他のプロモーターと置換することによって酵素遺伝子を強発現させたものを含む。
本発明におけるアセト酢酸デカルボキシラーゼとは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号4.1.1.4に分類され、アセト酢酸からアセトンを生成する反応を触媒する酵素の総称を指す。
そのようなものとしては、例えば、クロストリジウム・アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)、クロストリジウム・ベイジェリンキ(Clostridium beijerinckii)等のクロストリジウム属細菌、バチルス・ポリミクサ(Bacillus polymyxa)等のバチルス属細菌由来のものが挙げられる。
本発明の宿主細菌に導入されるアセト酢酸デカルボキシラーゼの遺伝子としては、上述した各由来生物から得られるアセト酢酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、クロストリジウム属細菌又はバチルス属細菌に由来するものを挙げることができ、例えばクロストリジウム・アセトブチリカム、バチルス・ポリミクサ由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。特に好ましくは、クロストリジウム・アセトブチリカム由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
本発明におけるイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼとは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号1.1.1.80に分類され、アセトンからイソプロピルアルコールを生成する反応を触媒する酵素の総称を指す。
そのようなものとしては、例えば、クロストリジウム・ベイジェリンキ(Clostridium beijerinckii)等のクロストリジウム属細菌由来のものが挙げられる。
本発明の宿主細菌に導入されるイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼの遺伝子としては、上述した各由来生物から得られるイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、クロストリジウム属細菌に由来するものを挙げることができ、例えばクロストリジウム・ベイジェリンキ由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
本発明におけるCoAトランスフェラーゼとは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号2.8.3.8に分類され、アセトアセチルCoAからアセト酢酸を生成する反応を触媒する酵素の総称を指す。
そのようなものとしては、例えば、クロストリジウム・アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)、クロストリジウム・ベイジェリンキ(Clostridium beijerinckii)等のクロストリジウム属細菌、ローセブリア・インテスチナリス(Roseburia intestinalis)等のローセブリア属細菌、ファカリバクテリウム・プラウセンツ(Faecalibacterium prausnitzii)等ファカリバクテリウム属細菌、コプロコッカス(Coprococcus)属細菌、トリパノソーマ・ブルセイ(Trypanosoma brucei)等のトリパノソーマ、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli:大腸菌)等エシェリヒア属細菌由来のものが挙げられる。
本発明の宿主細菌に導入されるCoAトランスフェラーゼの遺伝子としては、上述した各由来生物から得られるCoAトランスフェラーゼをコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、クロストリジウム・アセトブチリカム等のクロストリジウム属細菌、ローセブリア・インテスチナリス等のローセブリア属細菌、ファカリバクテリウム・プラウセンツ等のファカリバクテリウム属細菌、コプロコッカス属細菌、トリパノソーマ・ブルセイ等のトリパノソーマ、エシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。より好適なものとしては、クロストリジウム属細菌又はエシェリヒア属細菌に由来するものを挙げることができ、特に好ましくは、クロストリジウム・アセトブチリカム又はエシェリヒア・コリ由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
本発明におけるチオラーゼとは、国際生化学連合(I.U.B.)酵素委員会報告に準拠した酵素番号2.3.1.9に分類され、アセチルCoAからアセトアセチルCoAを生成する反応を触媒する酵素の総称を指す。
そのようなものとしては、例えば、クロストリジウム・アセトブチリカム(Clostridium acetobutylicum)、クロストリジウム・ベイジェリンキ(Clostridium beijerinckii)等のクロストリジウム属細菌、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)等のエシェリヒア属細菌、ハロバクテリウム種(Halobacterium sp.)細菌、ズーグロア・ラミゲラ(Zoogloearamigera)等のズーグロア属細菌、リゾビウム種(Rhizobiumsp.)細菌、ブラディリゾビウム・ジャポニカム(Bradyrhizobium japonicum)等のブラディリゾビウム属細菌、カンジダ・トロピカリス(Candida tropicalis)等のカンジダ属細菌、カウロバクター・クレセンタス(Caulobacter crescentus)等のカウロバクター属細菌、ストレプトマイセス・コリナス(Streptomyces collinus)等のストレプトマイセス属細菌、エンテロコッカス・ファカリス(Enterococcus faecalis)等のエンテロコッカス属細菌由来のものが挙げられる。
本発明の宿主細菌に導入されるチオラーゼの遺伝子としては、上述した各由来生物から得られるチオラーゼをコードする遺伝子の塩基配列を有するDNA又はその公知の塩基配列に基づいて合成された合成DNA配列を利用することができる。好適なものとしては、クロストリジウム・アセトブチリカム、クロストリジウム・ベイジェリンキ等のクロストリジウム属細菌、エシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌、ハロバクテリウム種の細菌、ズーグロア・ラミゲラ等のズーグロア属細菌、リゾビウム種の細菌、ブラディリゾビウム・ジャポニカム等のブラディリゾビウム属細菌、カンジダ・トロピカリス等のカンジダ属細菌、カウロバクター・クレセンタス等のカウロバクター属細菌、ストレプトマイセス・コリナス等のストレプトマイセス属細菌、エンテロコッカス・ファカリス等のエンテロコッカス属細菌由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAが例示される。より好適なものとしては、クロストリジウム属細菌又はエシェリヒア属細菌に由来するものを挙げることができ、特に好ましくは、クロストリジウム・アセトブチリカム又はエシェリヒア・コリ由来の遺伝子の塩基配列を有するDNAである。
このうち、上記4種類の酵素はそれぞれ、クロストリジウム属細菌、バチルス属細菌及びエシェリヒア属細菌からなる群より選択された少なくとも1種由来のものであることが酵素活性の観点から好ましく、なかでも、アセト酢酸デカルボキシラーゼ及びイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼがクロストリジウム属細菌由来であり、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性がエシェリヒア属細菌由来である場合と、これら4種類の酵素がいずれもクロストリジム属細菌由来である場合が更に好ましい。
なかでも本発明にかかる4種類の酵素はそれぞれ、クロストリジウム・アセトブチリカム、クロストリジウム・ベイジュリンキ又はエシェリヒア・コリのいずれか由来のものであることが酵素活性の観点から好ましく、アセト酢酸デカルボキシラーゼがクロストリジウム・アセトブチリカム由来の酵素であり、CoAトランスフェラーゼ及びチオラーゼが、それぞれクロストリジウム・アセトブチリカム又はエシェリヒア・コリ由来の酵素であり、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼが、クロストリジウム・ベイジェリンキ由来の酵素であることがより好ましく、上記4種類の酵素は、酵素活性の観点から、アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性がクロストリジウム・アセトブチリカム由来であり、前記イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性がクロストリジウム・ベイジェリンキ由来であり、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性がエシェリヒア・コリ由来であることが特に好ましい。
また、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性がエシェリヒア・コリ由来である場合には、前記アセト酢酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子及びスクロース加水分解酵素をコードする遺伝子がプラスミドによって導入され、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、宿主大腸菌内のゲノム遺伝子により得られたものであることが、イソプロピルアルコール生産能の観点から好ましい。
本発明においてイソプロピルアルコールの生産に関与する酵素活性が増強され、イソプロピルアルコールを生産する大腸菌の例として、WO2009/008377号に記載のpIPA/B株又はpIaaa/B株を例示できる。
本発明における遺伝子のプロモーターとは、上記いずれかの遺伝子の発現を制御可能なものであればよいが、恒常的に微生物内で機能する強力なプロモーターで、かつグルコース存在下でも発現の抑制を受けにくいプロモーターで、具体的にはグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(以下GAPDHと呼ぶことがある)のプロモーターやセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼのプロモーターが例示できる。
本発明におけるプロモーターとはシグマ因子を有するRNAポリメラーゼが結合し、転写を開始する部位を意味する。例えばエシェリヒア・コリ由来のGAPDHプロモーターはGenBank accession number X02662の塩基配列情報において、塩基番号397−440に記されている。
大腸菌由来のCoAトランスフェラーゼ遺伝子(atoD及びatoA)とチオラーゼ遺伝子(atoB)は、atoD、atoA、atoBの順番で大腸菌ゲノム上でオペロンを形成しているため(Journal of Baceteriology Vol.169 pp 42-52 Lauren Sallus Jenkinsら)、atoDのプロモーターを改変することによって、CoAトランスフェラーゼ遺伝子とチオラーゼ遺伝子の発現を同時に制御することが可能である。
このことから、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、宿主大腸菌のゲノム遺伝子より得られたものである場合、充分なイソプロピルアルコール生産能力を獲得する観点から、両酵素遺伝子の発現を担うプロモーターを他のプロモーターと置換する等によって両酵素遺伝子の発現を強化することが好ましい。CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性を強化するために用いられるプロモーターとしては、前述のエシェリヒア・コリ由来のGAPDHプロモーター等を挙げることができる。
本発明におけるこれらの酵素の活性は、菌体外から菌体内へ導入されたもの又は、宿主細菌がゲノム上に保有する酵素遺伝子のプロモーター活性を強化又は他のプロモーターと置換することによって酵素遺伝子を強発現させたものとすることができる。
酵素活性の導入は、例えばそれら4種類の酵素をコードする遺伝子を遺伝子組換え技術を用いて宿主細菌の菌体外から菌体内に導入することにより行うことができる。このとき、導入される酵素遺伝子は、宿主細胞に対して同種又は異種のいずれであってもよい。菌体外から菌体内へ遺伝子を導入する際に必要なゲノムDNAの調製、DNAの切断及び連結、形質転換、PCR(Polymerase Chain Reaction)、プライマーとして用いるオリゴヌクレオチドの設計、合成等の方法は、当業者によく知られている通常の方法で行うことができる。これらの方法は、Sambrook, J., et.al., ”Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition”, Cold Spring Harbor Laboratory Press,(1989)などに記載されている。
本発明における能力の「付与」又は「強化」とは、酵素をコードする遺伝子を宿主細菌の菌体外から菌体内に導入することの他に、宿主細菌がゲノム上に保有する酵素遺伝子のプロモーター活性を強化すること又は他のプロモーターと置換することによって酵素遺伝子を強発現させたものを含む。
本発明において酵素の活性を付与した大腸菌とは、菌体外から菌体内へ何らかの方法によって該酵素活性が与えられた大腸菌を指す。これらの大腸菌は、例えば該酵素及び蛋白質をコードする遺伝子を、上述したものと同様の遺伝子組換え技術を用いて菌体外から菌体内に導入する等の方法を用いて作出することができる。
本発明において酵素の活性を強化した大腸菌とは、何らかの方法によって該酵素活性が強化された大腸菌を指す。これらの大腸菌は、例えば該酵素及び蛋白質をコードする遺伝子を、前述したものと同様の遺伝子組換え技術を用いて菌体外から菌体内にプラスミドを用いて導入する又は、宿主大腸菌がゲノム上に保有する酵素遺伝子のプロモーター活性を強化又は他のプロモーターと置換することによって酵素遺伝子を強発現させる、等の方法を用いて作出することができる。
本発明において大腸菌とは、本来、植物由来原料からイソプロピルアルコールを生産する能力を有するか否かに関わらず、何らかの手段を用いることにより植物由来原料からイソプロピルアルコールを生産する能力を有し得る大腸菌を意味する。
ここで上記の各遺伝子の導入対象となる大腸菌としては、イソプロピルアルコール生産能を有しないものであってもよく、上記の各遺伝子の導入及び変更が可能であればいずれの大腸菌であってもよい。
より好ましくは、イソプロピルアルコール生産能が予め付与された大腸菌であることができ、これにより、より効率よくイソプロピルアルコールを生産させることができる。特に、本発明よれば、本来はスクロース資化能を備えていない大腸菌にスクロース資化能を付与し、スクロースから効率よくイソプロピルアルコールを生産することができる。このような、スクロース資化能を本来は備えていない大腸菌としては、K12株、B株、C株及びその由来株等を挙げることができる。
このようなイソプロピルアルコール生産大腸菌としては、例えば国際公開2009/008377号パンフレットに記載されているアセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、CoAトランスフェラーゼ活性、及びチオラーゼ活性を付与され、植物由来原料からイソプロピルアルコールを生成しうるイソプロピルアルコール生成細菌などを挙げることができる。
本発明のイソプロピルアルコール生産方法は、上記イソプロピルアルコール生産大腸菌を用いてスクロースを含む植物由来原料からイソプロピルアルコールを生産させることを含むものであり、即ち、上記イソプロピルアルコール生産大腸菌とスクロースを含む植物由来原料とを接触させて培養する工程と、接触により得られたイソプロピルアルコールを回収する回収工程とを含むものである。
上記イソプロピルアルコール生産方法に用いられる植物由来原料は、植物から得られる炭素源であり、スクロースを含む植物由来原料であれば特に制限されない。本発明においては、根、茎、幹、枝、葉、花、種子等の器官、それらを含む植物体、それら植物器官の分解産物を指し、更に植物体、植物器官、またはそれらの分解産物から得られる炭素源のうち、微生物が培養において炭素源として利用し得るものも、植物由来原料に包含される。
このような植物由来原料に包含される炭素源には、スクロースの他に、一般的なものとしてデンプン、グルコース、フルクトース、キシロース、アラビノース等の糖類、またはこれら成分を多く含む草木質分解産物、セルロース加水分解物など又はこれらの組み合わせを挙げることができ、更には植物油由来のグリセリン又は脂肪酸も、本発明における炭素源に含んでもよい。
本発明における植物由来原料の例示としては、穀物等の農作物、トウモロコシ、米、小麦、大豆、サトウキビ、ビート、綿等、又はこれらの組み合わせを好ましく挙げることができ、その原料としての使用形態は、未加工品、絞り汁、粉砕物等、特に限定されない。また、上記の炭素源のみの形態であってもよい。
培養工程におけるイソプロピルアルコール生産大腸菌と植物由来原料との接触は、一般に、植物由来原料を含む培地でイソプロピルアルコール生産大腸菌を培養することにより行われる。
植物由来原料とイソプロピルアルコール生産大腸菌との接触密度は、イソプロピルアルコール生産大腸菌の活性によって異なるが、一般に、培地中の植物由来原料の濃度として、グルコース換算で初発の糖濃度を混合物の全質量に対して20質量%以下とすることができ、大腸菌の耐糖性の観点から好ましくは、初発の糖濃度を15質量%以下とすることができる。この他の各成分は、微生物の培地に通常添加される量で添加されればよく、特に制限されない。
また培地中のイソプロピルアルコール生産大腸菌の含有量としては、大腸菌の種類及び活性によって異なるが一般に、培養開始時に投入する前培養の菌液の量を培養液に対して0.1質量%〜30質量%、培養条件制御の観点から好ましくは1質量%〜10質量%とすることができる。
イソプロピルアルコール生産大腸菌の培養に用いられる培地としては、炭素源、窒素源、無機イオン、及びイソプロピルアルコールを生産するために微生物が要求する有機微量元素、核酸、ビタミン類等が含まれた培地であれば特に制限はない。
炭素源としては、スクロースの他、グルコース、フルクトース、糖蜜などの糖類、フマル酸、クエン酸、コハク酸などの有機酸、メタノール、エタノール、グリセロールなどのアルコール類、その他が適宜使用される。窒素源としては、有機アンモニウム塩、無機アンモニウム塩、アンモニアガス、アンモニア水等の無機体窒素源、及び蛋白質加水分解物等の有機体窒素源、その他が適宜使用される。無機イオンとしては、マグネシウムイオン、リン酸イオン、カリウムイオン、鉄イオン、マンガンイオン、その他が必要に応じて適宜使用される。
有機微量成分としては、ビタミン、アミノ酸等及びこれらを含有する酵母エキス、ペプトン、コーンスティープリカー、カゼイン分解物、その他が適宜使用される。
また、通常微生物の培地に添加される他の添加成分、例えば抗生物質等を、通常用いられる量で含むものであってもよい。なお、反応時の発泡を抑制するために消泡剤を適量添加することが好ましい。これらの成分の培地中の含有量は、通常、大腸菌の培養に適用される範囲であれば、特に制限はない。
なお、本発明に使用される培地としては、工業的生産に供する点を考慮すれば液体培地が好ましい。
本方法では、イソプロピルアルコールは、分離・回収率の観点から、培地と植物由来原料との混合液に溶解した態様、又は捕捉液に溶解した態様として回収されることが好ましい。捕捉液としては、トルエン若しくはジメチルホルムアミドなどの有機溶媒又は水などが挙げられる。捕捉液としては、中でも、イソプロピルアルコール生産時に副生される揮発性夾雑物とイソプロピルアルコールとを分離しやすい水が好ましい。そのような回収方法としては、例えば国際公開2009/008377号パンフレットに記載された方法などが挙げられる。
捕捉液又は混合物に溶解した態様として回収可能なイソプロピルアルコールの生産方法に適用可能な装置としては、例えば、国際公開2009/008377号パンフレットの図1に示される生産装置を挙げることができる。
この生産装置では、イソプロピルアルコール生産細菌と植物由来原料とを含む培地が収容された培養槽に、装置外部から気体を注入するための注入管が連結され、培地に対してエアレーションが可能となっている。
また、培養槽には、連結管を介して、捕捉液としてのトラップ液が収容されたトラップ槽が連結されている。このとき、トラップ槽へ移動した気体又は液体がトラップ液と接触してバブリングが生じる。
これにより、培養槽で通気培養により生成したイソプロピルアルコールは、エアレーションによって蒸散して培地から容易に分離される共に、トラップ槽においてトラップ液に補足される。この結果、イソプロピルアルコールを、より精製された形態で連続的に且つ簡便に生産することができる。
以下に、本発明の実施例を記載するが、本発明はこれらによって制限されるものではない。なお、記載中の「%」は特に断らない限り、質量基準である。
[実施例1]
<エシェリヒア・コリ由来チオラーゼ遺伝子、エシェリヒア・コリ由来CoAトランスフェラーゼ遺伝子、クロストリジウム属細菌由来アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子、クロストリジウム属細菌由来イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子、エシェリヒア・コリO157由来インベルターゼ遺伝子発現ベクターおよび該発現ベクター形質転換体の構築>
エシェリヒア・コリのチオラーゼおよびエシェリヒア・コリのCoAトランスフェラーゼのアミノ酸配列と遺伝子の塩基配列は既に報告されている。すなわち、チオラーゼをコードする遺伝子はGenBank accession number U00096に記載のエシェリヒア・コリMG1655株ゲノム配列の2324131〜2325315に記載されている。またCoAトランスフェラーゼをコードする遺伝子は上記エシェリヒア・コリMG1655株ゲノム配列の2321469〜2322781に記載されている。
これらの遺伝子を発現させるために必要なプロモーターの塩基配列として、GenBank accession number X02662の塩基配列情報において、397−440に記されているエシェリヒア・コリ由来のグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(以下GAPDHと呼ぶことがある)のプロモーター配列を使用することができる。
GAPDHプロモーターを取得するためエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてcgagctacatatgcaatgattgacacgattccg(配列番号1)、及びcgcgcgcatgctatttgttagtgaataaaagg(配列番号2)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素NdeI、SphIで消化することで約100bpのGAPDHプロモーターにあたるDNAフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントとプラスミドpBR322(GenBank accession number J01749)を制限酵素NdeI及びSphIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、GAPDHプロモーターが正しく挿入されていることを確認し、本プラスミドをpBRgapPと命名した。
イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子を取得するために、Clostridium beijerinckii NRRL B−593のゲノムDNAをテンプレートに用いて、aatatgcatgctggtggaacatatgaaaggttttgcaatgctagg(配列番号3)、及びgcggatccggtaccttataatataactactgctttaattaagtc(配列番号4)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素SphI、BamHIで消化することで約1.1kbpのイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に構築したpBRgapPを制限酵素SphI及びBamHIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼが正しく挿入されていることを確認し、本プラスミドをpGAP-IPAdhと命名した。
エシェリヒア・コリ由来のチオラーゼ遺伝子を取得するためエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてatggatccgctggtggaacatatgaaaaattgtgtcatcgtcag(配列番号5)、及びgcagaagcttgtctagattaattcaaccgttcaatcaccatc(配列番号6)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素BamHI、HindIIIで消化することで約1.2kbpのチオラーゼフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に作成したプラスミドpGAP-IPAdhを制限酵素BamHI及びHindIIIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収しチオラーゼ遺伝子が正しく挿入されていることを確認し、本プラスミドをpGAP-IPAdh-atoBと命名した。
エシェリヒア・コリ由来のCoAトランスフェラーゼαサブユニット遺伝子を取得するためエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてgctctagagctggtggaacatatgaaaacaaaattgatgacattacaagac(配列番号7)、及びtagcaagcttctactcgagttatttgctctcctgtgaaacg(配列番号8)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素XbaI、HindIIIで消化することで約600bpのCoAトランスフェラーゼαサブユニットフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に作成したプラスミドpGAP-IPAdh-atoBを制限酵素XbaI及びHindIIIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、CoAトランスフェラーゼαサブユニット遺伝子が正しく挿入されていることを確認し、本プラスミドをpGAP-IPAdh-atoB−atoDと命名した。
さらにエシェリヒア・コリ由来CoAトランスフェラーゼβサブユニット遺伝子を得るために、エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてaagtctcgagctggtggaacatatggatgcgaaacaacgtattg(配列番号9)、及びggccaagcttcataaatcaccccgttgc(配列番号10)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素XhoI、HindIIIで消化することで約600bpのCoAトランスフェラーゼβサブユニットフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に作成したプラスミドpGAP-IPAdh-atoB−atoDを制限酵素XhoI及びHindIIIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、CoAトランスフェラーゼβサブユニット遺伝子が正しく挿入されていることを確認し、本プラスミドをpGAP−IPAdh−atoB−atoD−atoAと命名した。
さらにエシェリヒア・コリO157株由来のcscAを取得するために、エシェリヒア・コリO157株のゲノムDNAをテンプレートに用いてgctggtggaacatatgacgcaatctcgattgcatg(配列番号11)、及びttaacccagttgccagagtgc(配列番号12)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントをT4ポリヌクレオチドキナーゼで末端リン酸化することで約1470bpのcscAフラグメントを得た。このDNAフラグメントと先に作成したpGAP−IPAdh−atoB−atoD−atoAを制限酵素HindIIIで消化の後、T4DNAポリメラーゼで平滑末端とし、さらにアルカリフォスファターゼで末端を脱リン酸化したものとを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られた菌体からプラスミドを回収し、CoAトランスフェラーゼβサブユニット遺伝子の3’末端側とcscAの5’末端側が連結されcscAが正しく挿入されていることが確認されたプラスミドをpGAP−IPAdh−atoB−atoD−atoA−cscAと命名した。
なおエシェリヒア・コリO157のゲノムは標準物質及び計量技術研究所より入手することができる。
アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子を取得するために、Clostridium acetobutylicum ATCC824のゲノムDNAをテンプレートに用いて、caggtaccgctggtggaacatatgttaaaggatgaagtaattaaacaaattagc(配列番号13)、及びgcggatccttacttaagataatcatatataacttcagc(配列番号14)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素KpnI、BamHIで消化することで約700bpのアセト酢酸デカルボキシラーゼフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に作成したプラスミドpGAP-IPAdh-atoB−atoD−atoA−cscAを制限酵素KpnI及びBamHIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子が正しく挿入されていることを確認し、本プラスミドをpGAP-Iaaa-cscAと命名した。このプラスミドをエシェリヒア・コリB株(ATCC11303)に形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むLB寒天プレートで37℃で一晩培養し、得られた形質転換体をpGAP-Iaaa-cscA/B株とした。
[実施例2]
<3L培養槽を使用したエシェリヒア・コリpGAP-Iaaa-cscA/B株によるスクロースからのイソプロピルアルコール生産>
本実施例では、WO2009/008377号パンフレット図1に示される生産装置を用いてイソプロピルアルコールの生産を行った。培養槽には3リットル容のものを使用し、トラップ槽には10L容のものを使用した。培養槽、トラップ槽、注入管、連結管、排出管は、すべてガラス製のものとした。トラップ槽には、トラップ液としての水(トラップ水)を、6Lの量で注入した。なお、培養槽には廃液管を設置して、糖や中和剤の流加により増量した培養液を適宜培養槽外に排出した。
実施例1において得られたpGAP-Iaaa-cscA/B株を前培養としてアンピシリン50μg/mLを含むLB Broth, Miller培養液(Difco244620)25mLを入れた100mL容三角フラスコ植菌し、一晩、培養温度35℃、120rpmで攪拌培養を行った。前培養液全量を、以下に示す組成の培地1475gの入った3L容の培養槽(ABLE社製培養装置BMJ−01)に移し、培養を行った。
培養は大気圧下、通気量1.5L/min、撹拌速度550rpm、培養温度35℃、pH7.0(NH水溶液で調整)で行った。培養開始から8時間後までの間、40wt/wt%のスクロース水溶液を5g/L/時間の流速で添加した。その後は40wt/wt%のスクロース水溶液を15g/L/時間の流速で添加した。培養開始から48時間後に菌体培養液をサンプリングし、遠心操作によって菌体を除いた後、得られた培養上清中のイソプロピルアルコールの蓄積量をHPLCで定法に従って測定した。
<培地組成>
コーンスティープリカー(日本食品化工製):20g/L
FeSO・7HO:0.09g/L
HPO:2g/L
KHPO:2g/L
MgSO・7HO:2g/L
(NHSO4:2g/L
アデカノールLG126(旭電化工業)0.6g/L
(残部:水)
その結果、培養開始48時間後に5.9g/Lのイソプロピルアルコールの蓄積が確認された。なお、測定値は、培養後の培養液とトラップ水(6L)中の合算値である。
この結果より、スクロース非PTS遺伝子群のうちcscAを導入することによってスクロースが分解されて、分解物であるグルコースとフルクトースが速やかに細胞内へ取り込まれ、イソプロピルアルコールへ変換されたことがわかった。
[実施例3]
宿主大腸菌のゲノム上のCoAトランスフェラーゼ遺伝子(atoD及びatoA)とチオラーゼ遺伝子(atoB)の発現を強化し、導入するプラスミドベクターにはアセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子及びcscAのみを連結してプラスミド全長のDNAサイズを小さくして、スクロースからのイソプロピルアルコールの生産を試みた。
<エシェリヒア・コリB株ゲノム上atoDプロモーターのGAPDHプロモーターへの置換>
エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number U00096)、エシェリヒア・コリMG1655株のCoAトランスフェラーゼ αサブユニットをコードする遺伝子(以下、atoDと略することがある)の塩基配列も報告されている。すなわちatoDはGenBank accession number U00096に記載のエシェリヒア・コリMG1655株ゲノム配列の2321469〜2322131に記載されている。
上記の遺伝子を発現させるために必要なプロモーターの塩基配列として、GenBank accession number X02662の塩基配列情報において、397−440に記されているエシェリヒア・コリ由来のグリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼ(以下GAPDHと呼ぶことがある)のプロモーター配列を使用することができる。GAPDHプロモーターを取得するためエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてcgctcaattgcaatgattgacacgattccg(配列番号15)、及びacagaattcgctatttgttagtgaataaaagg(配列番号16)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素MfeI及びEcoRIで消化することで約100bpのGAPDHプロモーターをコードするDNAフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントとプラスミドpUC19(GenBank accession number X02514)を制限酵素EcoRIで消化し、さらにアルカリフォスファターゼ処理したものとを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニー10個をそれぞれアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、プラスミドを回収し、制限酵素EcoRI及びKpnIで消化した際、GAPDHプロモーターが切り出されないものを選抜し、さらに、DNA配列を確認しGAPDHプロモーターが正しく挿入されたものをpUCgapPとした。得られたpUCgapPを制限酵素EcoRI及びKpnIで消化した。
さらにatoDを取得するために、エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAをテンプレートに用いてcgaattcgctggtggaacatatgaaaacaaaattgatgacattacaagac(配列番号17)、及びgcggtaccttatttgctctcctgtgaaacg(配列番号18)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素EcoRI及びKpnIで消化することで約690bpのatoDフラグメントを得た。このDNAフラグメントを先に制限酵素EcoRI及びKpnIで消化したpUCgapPと混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られた菌体からプラスミドを回収し、atoDが正しく挿入されていることを確認し、このプラスミドをpGAPatoDと命名した。
なおエシェリヒア・コリMG1655株はアメリカンタイプカルチャーコレクションより入手することができる。
上述した通り、エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAにおけるatoDの塩基配列も報告されている。エシェリヒア・コリMG1655株のatoDの5’近傍領域の遺伝子情報に基づいて作成された、gctctagatgctgaaatccactagtcttgtc(配列番号19)とtactgcagcgttccagcaccttatcaacc(配列番号20)を用いて、エシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAを鋳型としてPCRを行うことにより約1.1kbpのDNA断片を増幅した。
また、エシェリヒア・コリMG1655株のGAPDHプロモーターの配列情報に基づいて作製されたggtctagagcaatgattgacacgattccg(配列番号21)とエシェリヒア・コリMG1655株のatoDの配列情報に基づいて作製された配列番号18のプライマーを用いて、先に作製した発現ベクターpGAPatoDを鋳型としてPCRを行い、GAPDHプロモーターとatoDからなる約790bpのDNAフラグメントを得た。
上記により得られたフラグメントをそれぞれ、制限酵素PstIとXbaI、XbaIとKpnIで消化し、このフラグメントを温度感受性プラスミドpTH18cs1(GenBank accession number AB019610)〔Hashimoto-Gotoh, T., Gene, 241, 185-191 (2000)〕をPstIとKpnIで消化して得られるフラグメントと混合し、リガーゼを用いて結合した後、DH5α株に形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに30℃で生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB液体培地で30℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収した。このプラスミドをエシェリヒア・コリB株(ATCC11303)に形質転換し、クロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに30℃で一晩培養し、形質転換体を得た。得られた形質転換体をクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB液体培地に接種し、30℃で一晩培養した。得られた培養菌体をクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに塗布し、42℃で培養しコロニーを得た。得られたコロニーを抗生物質を含まないLB液体培地で30℃で2時間培養し、抗生物質を含まないLB寒天プレートに塗布して42℃で生育するコロニーを得た。
出現したコロニーの中から無作為に100コロニーをピックアップしてそれぞれを、抗生物質を含まないLB寒天プレートとクロラムフェニコール10μg/mlを含むLB寒天プレートに生育させ、クロラムフェニコール感受性のクローンを選んだ。さらにはこれらのクローンの染色体DNAからPCRによりGAPDHプロモーターとatoDを含む約790bp断片を増幅させ、atoDプロモーター領域がGAPDHプロモーターに置換されている株を選抜し、以上を満足するクローンをエシェリヒア・コリB株atoD欠失GAPpatoDゲノム挿入株と命名した。
なお、エシェリシア・コリB株(ATCC11303)は細胞・微生物・遺伝子バンクであるアメリカンタイプカルチャーコレクションより入手することができる。
[実施例4]
<クロストリジウム属細菌由来アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子、クロストリジウム属細菌由来イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子発現ベクターおよび該発現ベクター形質転換体の構築>
クロストリジウム属細菌のアセト酢酸デカルボキシラーゼはGenBank accession number M55392に、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼはGenBank accession number AF157307に記載されている。
イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子を取得するために、Clostridium beijerinckii NRRL B−593のゲノムDNAをテンプレートに用いて、AATATGCATGCTGGTGGAACATATGAAAGGTTTTGCAATGCTAGG(配列番号3)、及びgcggatccttataatataactactgctttaattaagtc(配列番号22)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素SphI、BamHIで消化することで約1.1kbpのイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に作成したプラスミドpBRgapPを制限酵素SphI及びBamHIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収しIPAdhが正しく挿入されていることを確認し、このプラスミドをpGAP-IPAdhと命名した。
アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子を取得するために、Clostridium acetobutylicum ATCC824のゲノムDNAをテンプレートに用いて、caggatccgctggtggaacatatgttaaaggatgaagtaattaaacaaattagc(配列番号23)、及びggaattcggtaccttacttaagataatcatatataacttcagc(配列番号24)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素BamHI、EcoRIで消化することで約700bpのアセト酢酸デカルボキシラーゼフラグメントを得た。得られたDNAフラグメントと先に作成したプラスミドpGAP-IPAdhを制限酵素BamHI及びEcoRIで消化することで得られるフラグメントを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られたコロニーをアンピシリン50μg/mLを含むLB液体培地で37℃で一晩培養し、得られた菌体からプラスミドを回収し、adcが正しく挿入されていることを確認し、このプラスミドをpGAP-Iaと命名した。
このプラスミドpGAP-Iaを実施例3で作成したエシェリヒア・コリB株atoD欠失GAPpatoDゲノム挿入株のコンピテントセルに形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートで37℃で一晩培養することにより、エシェリヒア・コリpGAP-Ia/GAPpatoDゲノム挿入株を得た。
なお、Clostridium acetobutylicum ATCC824、エシェリシア・コリB株は細胞・微生物・遺伝子バンクであるアメリカンタイプカルチャーコレクションより入手することができる。また、Clostridium beijerinckii NRRL B−593は細胞・微生物バンクであるVTTカルチャーコレクションより入手することができる。
[実施例5]
<クロストリジウム属細菌由来アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子、クロストリジウム属細菌由来イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子、エシェリヒア・コリO157由来インベルターゼ遺伝子発現ベクターおよび該発現ベクター形質転換体の構築>
エシェリヒア・コリO157株のゲノムDNAの全塩基配列は公知であり(GenBank accession number AE005174)、エシェリヒア・コリO157株のインベルターゼをコードする遺伝子(以下、cscAと略することがある)の塩基配列も報告されている。すなわちcscAはGenBank accession number AE005174に記載のエシェリヒア・コリO157株ゲノム配列の3274383〜3275816に記載されている。
cscAを取得するために、エシェリヒア・コリO157株のゲノムDNAをテンプレートに用いてATGGTACCGCTGGTGGAACATATGACGCAATCTCGATTGCATG(配列番号25)、及びCGAATTCTTAACCCAGTTGCCAGAGTGC(配列番号26)によりPCR法で増幅し、得られたDNAフラグメントを制限酵素KpnI及びEcoRIで消化することで約1470bpのcscAフラグメントを得た。このDNAフラグメントと先に実施例4で作成したpGAP−Ia(クロストリジウム属細菌由来アセト酢酸デカルボキシラーゼ遺伝子、クロストリジウム属細菌由来イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子発現ベクター)を制限酵素KpnI及びEcoRIで消化したものとを混合し、リガーゼを用いて結合した後、エシェリヒア・コリDH5α株コンピテントセル(東洋紡績株式会社 DNA−903)に形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートに生育する形質転換体を得た。得られた菌体からプラスミドを回収し、cscAが正しく挿入されていることを確認し、このプラスミドをpGAP-Ia-cscAと命名した。
このプラスミドpGAP-Ia-cscAを実施例3で作成したエシェリヒア・コリB株atoD欠失GAPpatoDゲノム挿入株のコンピテントセルに形質転換し、アンピシリン50μg/mLを含むLB寒天プレートで37℃で一晩培養することにより、エシェリヒア・コリpGAP-Ia-cscA/GAPpatoDゲノム挿入株を得た。
なおエシェリヒア・コリO157のゲノムは標準物質及び計量技術研究所より入手することができる。
[実施例6]
<3L培養槽を使用したエシェリヒア・コリpGAP-Ia-cscA/GAPpatoDゲノム挿入株によるスクロースからのイソプロピルアルコール生産>
実施例5で得られたエシェリヒア・コリpGAP-Ia-cscA/GAPpatoDゲノム挿入株を用いて、実施例2と同様にイソプロピルアルコール生産検討を行った。
また、培養槽中のスクロース、グルコース、フルクトースの蓄積量を測定し、結果を表1に示した。
その結果、培養開始48後時間に31.4g/Lのイソプロピルアルコールの蓄積が確認された。なお、測定値は、培養後の培養液とトラップ水中の合算値である。
この結果より、アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性及びイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性をクロストリジウム属細菌由来の遺伝子とし、これらとスクロース非PTS遺伝子群のうちのcscAのみを導入することによって、スクロースが分解されて、分解物であるグルコースとフルクトースが速やかに細胞内へ取り込まれ、イソプロピルアルコールへ変換されたことがわかった。また、本結果では、スクロースの分解によりグルコースとフルクトースは等モル生成されているはずであるが、フルクトースが培地中に蓄積することはなく、グルコースによる代謝抑制(カタボライトリプレッション)の影響を受けずに、効率よくイソプロピルアルコールの生産が行われていることが確認できた。
[実施例7]
<1L培養槽を使用したエシェリヒア・コリpGAP-Ia-cscA/GAPpatoDゲノム挿入株による糖蜜からのイソプロピルアルコール生産>
実施例6と同様にイソプロピルアルコール生産検討を行った。ただし40wt/wt%のスクロース水溶液に代えて、80wt/wt%の糖蜜(大日本明治精糖製)を用いて行った。培養開始48後時間に29.4g/Lのイソプロピルアルコールの蓄積が確認された。なお、測定値は、培養後の培養液とトラップ水中の合算値である。
[比較例1]
<3L培養槽を使用したエシェリヒア・コリpGAP-Ia/GAPpatoDゲノム挿入株によるイソプロピルアルコール生産>
実施例2と同様な条件で、実施例4で作成したpGAP-Ia/GAPpatoDゲノム挿入株についてイソプロピルアルコール培養検討を行った。その結果、48時間後においても、イソプロピルアルコールの生産は確認されず、添加したスクロースは、ほぼ同量、培養上清に残されていた。
このことは、イソプロピルアルコール生産能が付与されていてもCscAが導入されていないと、イソプロピルアルコールが生産できないことを示している。
[比較例2]
<3L培養槽を使用したエシェリヒア・コリpGAP-Ia-cscA/B株によるイソプロピルアルコール生産>
実施例5で作成したプラスミドpGAP-Ia-cscAをエシェリヒア・コリB株(ATCC11303)に形質転換し、アンピシリン50μg/mlを含むLB寒天プレートで37℃で一晩培養し、得られた形質転換体をpGAP-Ia-cscA/B株とした。作成したpGAP-Ia-cscA/B株について実施例2と同様な条件で、イソプロピルアルコール培養検討を行った。48時間においてイソプロピルアルコールの生産は確認されなかった。
このことは、イソプロピルアルコール生産能が付与されていなければ、CscAのみをエシェリヒア・コリB株に導入してもイソプロピルアルコールが生産できないことを示している。
[比較例3]
<大腸菌B株におけるグルコースによる代謝抑制(カタボライトリプレッション)の確認>
本発明のイソプロピルアルコール生産大腸菌の宿主であるB株は、本来的にグルコースによる代謝抑制(カタボライトリプレッション)の影響を受ける大腸菌であることを確認した。
大腸菌B株(ATCC11303)を前培養としてLB Broth, Miller培養液(Difco244620)5mLを入れた14mL容量のプラスチックチューブ(FALCON社製 2057)に植菌し、一晩、培養温度37℃、120rpmで攪拌培養を行った。前培養液0.3mLを、表2に示す1〜4の組成の培地30mLが入った100mL容のバッフル付フラスコに移し、培養を行った。培養は、撹拌速度120rpm、培養温度37℃で行った。
培養開始から0、2、4、6、8、10時間後に菌体培養液をサンプリングし、遠心操作によって菌体を除いた後、得られた培養上清中のグルコースとフルクトースの含有量をF−キット グルコース/フルクトース(J.K.インターナショナル 製品番号139106)で測定した。結果を図1に示す。図1において黒丸はグルコースの減少量を、白丸はフルクトースの減少量をそれぞれ示す。更に、培養0時間目から各培養時間でグルコース又はフルクトースがどのくらい減少したか算出した。各培地における10時間後のグルコース減少量を表2に示す。
表2に示されるように、10時間後のフルクトースグルコース減少量を比較したところ、糖源としてフルクトースのみを含む培地No.4は3.4g/Lとなっているのに対して、糖源がグルコースとフルクトースの双方を含む培地No.2では、フルクトースの取り込みが抑制されることが示された。このことにより、B株では、糖源がフルクトース単独の場合には、グルコースと同様にフルクトースは取り込まれるが、グルコースとフルクトースが共存した場合にはフルクトースの取り込みが抑制されることが確認された。
このように本発明によれば、安価で工業的に利用価値の高いスクロースからイソプロピルアルコールを効率よく生産するために有用なイソプロピルアルコール生産大腸菌及びイソプロピルアルコール生産方法を提供することができる。
2009年9月16日に出願された日本国特許出願第2009−214694号の開示はその全体が参照により本明細書に取り込まれる。
本明細書に記載された全ての文献、特許出願、および技術規格は、個々の文献、特許出願、および技術規格が参照により取り込まれることが具体的かつ個々に記された場合と同程度に、本明細書中に援用されて取り込まれる。

Claims (8)

  1. スクロース非PTS遺伝子群のうちスクロース加水分解酵素遺伝子のみを含み、且つ、アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、CoAトランスフェラーゼ活性、及びチオラーゼ活性を付与されたイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  2. 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、それぞれ、クロストリジウム属細菌、バチルス属細菌及びエシェリヒア属細菌からなる群より選択された少なくとも1種由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである請求項1記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  3. 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性及びイソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性が、クロストリジウム属細菌由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものであり、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、エシェリヒア属細菌由来の酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである請求項1又は請求項2記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  4. 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性がクロストリジウム・アセトブチリカム由来の酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものであり、前記イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性がクロストリジウム・ベイジェリンキ由来の酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものであり、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、エシェリヒア・コリ由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである請求項1又は請求項2記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  5. 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼをコードする遺伝子、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼをコードする遺伝子及びスクロース加水分解酵素をコードする遺伝子がプラスミドによって導入され、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、宿主大腸菌内のゲノム遺伝子により得られたものである請求項1又は請求項2記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  6. 前記CoAトランスフェラーゼをコードする遺伝子及びチオラーゼをコードする遺伝子の発現のためのプロモーターが、グリセルアルデヒド3−リン酸デヒドロゲナーゼプロモーター及びセリンヒドロキシメチルトランスフェラーゼプロモーターの少なくとも一方である請求項5記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  7. 前記アセト酢酸デカルボキシラーゼ活性、イソプロピルアルコールデヒドロゲナーゼ活性、前記CoAトランスフェラーゼ活性及びチオラーゼ活性が、すべてクロストリジウム属細菌由来の各酵素をコードする遺伝子の導入により得られたものである請求項1又は請求項2記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌。
  8. 請求項1〜請求項7のいずれか1項記載のイソプロピルアルコール生産大腸菌を用いて、スクロースを含む植物由来原料からイソプロピルアルコールを生産することを含むイソプロピルアルコール生産方法。
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