JP5531909B2 - 高張力鋼材およびその製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、高張力鋼材およびその製造方法に関する。
LPGの貯蔵容器、圧力容器など、湿潤硫化水素(HS)の環境下で使用される部材には、硫化物応力腐食割れ(以下、「SSC」と略記する)が発生する危険がある。SSCは、腐食反応によって発生した水素が硫化水素の存在により多量に鋼中に侵入するために生じる水素脆化割れの一種であると考えられている。鋼のSSCの発生のしやすさ(以下、「SSC感受性」と略記する)は、その化学組成、ミクロ組織等の影響を受ける。例えば、鋼の低温靭性を改善するには鋼にNiを含有させるのが有効であることが知られているが、非特許文献1に記載されているように、Niを含有させると、活性経路腐食が促進され、耐SSC性が劣化する。このため、SSCを伴う場合、鋼の低温靱性改善のためにNiを含有させることはできない。
この問題を解決するために、特許文献1には鋼を低合金化するとともに、Bを含有させた発明が開示されている。この発明では、鋼の強度(以下、「母材強度」と略記する)を確保するとともに、溶接熱影響部(以下、「HAZ」と略記する)の硬さ上昇を抑制し、鋼のSSC感受性を抑制できるとされている。また、特許文献2には、Bを含有させずに低C化を図ることによって焼入れ性を低下させてHAZの硬化を防止する一方、Nbを含有させ、その析出硬化作用を利用して母材強度の不足分を補う発明が開示されている。
特許文献3には、TiおよびNの含有量のバランスを最適化することにより焼入れ性を向上させて、HAZ組織をマルテンサイトと下部ベイナイトとの混合組織とする発明が開示されている。この発明では、HAZ部の低温靱性が優れた、引張強さが780MPa以上の鋼材が得られるとされている。また、特許文献4には、焼入れ性の最適化によりNiを含有させることなく、母材およびHAZ靭性を確保する発明が開示されている。
特開昭55−76044号公報 特開平2−8322号公報 特開2000−80434号公報 特開2002−339037号公報
山根康義ほか、硫化物環境下での低合金鋼の応力腐食割れ挙動、川崎製鉄技報、第17巻(1985)第2号、178〜184頁
LPGの貯蔵容器、圧力容器などの素材には、容量の拡大、性能の向上などの要求があり、さらなる高強度化が求められており、例えば、引張強さ(TS)が720MPa〜950MPa(以下、「HT720級」と略記する)である高張力鋼の使用が求められている。しかしながら、特許文献1および特許文献2に開示された高張力鋼はいずれも、TSが580MPa級(TSが580〜700MPa)であり、上記の要求に応えることができない。また、これらの文献に開示された鋼材を出発材料としてHT720級への高強度化を図ると、HAZの硬化を招き、HAZを含む継手部の低温靭性が不足するという問題がある。よって、これらの文献に開示された鋼材は、LPGの貯蔵容器、圧力容器などの湿潤硫化水素(HS)の環境下で使用される部材に適用することはできない。
LPGの貯蔵容器、圧力容器などの素材には、−20℃以下でのHAZ靭性に優れることが求められる。特許文献3に開示された高張力鋼は、HT780級(TSが780〜950MPa)と十分な強度を有するが、−20℃以下でのHAZ靭性が不十分である。また、特許文献4に開示された高張力鋼は、強度、靭性ともに十分な特性を持っているが、低炭素材料を前提として焼入れ性を向上させるものであるため、他の合金元素を多量に含有させざるを得ず、コストが高騰する。
本発明は、上記の問題を解決するためになされたものであり、高い強度(具体的には720MPa以上の引張強さ)と高い靭性を併せ持ち、HAZにおける低温靭性および耐SSC性に優れた高張力鋼を低コストで提供することを目的とする。
本発明者らは、上記の目的を達成するべく、種々の研究を重ねた結果、以下の知見を得た。
(a)HT720級の高張力鋼材のHAZ靭性を改善するためには、焼入れ性を最適化してHAZの結晶組織をマルテンサイトと下部ベイナイトとからなる混合組織とすること、および、C含有量を低減して低温HAZ靭性に悪影響を及ぼすとされる島状マルテンサイトの生成を抑制した結晶組織とすることが重要である。しかし、HAZの組織の適正化には高い焼入れ性が必要である。C含有量を低減した鋼材の焼入れ性を向上するためには、多量の合金元素を含有させることが必要となり、コスト高騰は避けられない。本発明者らは、特に高コストであるMoの含有量を0.3%未満と最小限の含有量としつつ、C含有量を上昇することを考えた。
(b)C含有量の上昇により低下するHAZ靭性は、Si含有量を低減することにより向上させることができる。その理由は、以下のように推測される。
Cが固溶されにくい鋼材は、溶接時の熱履歴によってCが粒界に濃縮し、HAZの低温靭性に悪影響を及ぼす島状マルテンサイトを形成する。鋼材中のSi含有量を低減すれば、Siが母材に固溶しにくくなり、Cが母材に固溶されやすくなる。その結果、溶接時の島状マルテンサイトの形成を抑制し、低温靭性を向上することが可能となる。
(c)母材靭性を確保するためには、焼入れ性を確保することが重要である。母材の焼入れ性を向上させるには、CrおよびMoを含有させることが有効であるが、これらは高価であり、コスト高騰を招く。よって、これらの元素の含有量は、最適化して必要最小限とする必要がある。その一方で、安価なC、SiおよびMnを有効活用するのがよい。そこで、母材靭性に影響するこれらの元素の効果を調査したところ、CrおよびMoについては下記(1)式を、C、SiおよびMnについては下記(2)式を満足する化学組成を有する鋼材であれば、経済性を確保しつつも、優れた低温靭性を有する鋼材が得られることを見出した。
4.0≦(1+2.33Cr)×(1+3.14Mo)≦6.0 (1)
14.0≦7.90C1/2×(1+0.64Si)×(1+4.10Mn)≦19.0 (2)
(d)鋼材の方位配列を制御するためには、適切な圧延を行うとともに、水冷処理により鋼材に適切な焼きを入れることが好ましい。特に、鋼材の引張強さを高くするためには母材組織をマルテンサイトにすることが好ましい。しかし、ラスマルテンサイトは、へき開面が揃っているので、母材靭性を劣化させる。適切な条件で鋼材を製造し、鋼材組織の圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下とすれば、へき開面が揃うこともなく、母材靭性の低下を抑えることができる。
(A)質量%で、C:0.10〜0.20%、Si:0.02〜0.25%、Mn:0.7〜1.6%、P:0.02%以下、S:0.008%以下、Cr:0.5〜1.2%、Mo:0.1〜0.3%未満、Ti:0.004〜0.025%、B:0.0005〜0.003%、Al:0.01〜0.05%およびN:0.01%以下を含有し、下記(1)式から求められるF値が4.0〜6.7であり、下記(2)式から求められるF値が14.0〜19.0であり、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、
圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下である高張力鋼材。
=(1+2.33Cr)×(1+3.14Mo) (1)
=7.90C1/2×(1+0.64Si)×(1+4.10Mn) (2)
ただし、上記式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
(A)質量%で、C:0.10〜0.20%、Si:0.02〜0.25%、Mn:0.7〜1.6%、P:0.02%以下、S:0.008%以下、Cr:0.5〜1.2%、Mo:0.1〜0.3%未満、Ti:0.004〜0.025%、B:0.0005〜0.003%、Al:0.01〜0.05%およびN:0.01%以下を含有し、下記(1)式から求められるF値が4.0〜6.0であり、下記(2)式から求められるF値が14.0〜19.0であり、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、
圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下である高張力鋼材。
=(1+2.33Cr)×(1+3.14Mo) (1)
=7.90C1/2×(1+0.64Si)×(1+4.10Mn) (2)
ただし、上記式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
(B)下記(a1)〜(a4)の工程を有することを特徴とする、圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下である高張力鋼材の製造方法。
(a1)上記(A)の化学組成を有するスラブを1000〜1200℃の温度に加熱し、その温度範囲で均熱する工程、
(a2)デスケーリングした後、圧延し、Ar点以上の温度で圧延を完了させ、300℃以下の温度に冷却する工程、
(a3)Ac点以上950℃以下の温度に再加熱し、その温度範囲で均熱した後、5℃/sec以上の冷却速度で、200℃以下の温度まで水冷する工程、および、
(a4)500℃以上Ac点以下の温度に再加熱し、冷却する工程
(C)下記(b1)〜(b3)の工程を有することを特徴とする、圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下である高張力鋼材の製造方法。
(b1)上記(A)の化学組成を有するスラブを1000〜1200℃の温度に加熱し、その温度範囲で均熱する工程、
(b2)デスケーリングした後、圧延し、(Ar点+30℃)以上の温度で圧延を完了させ、Ar点以上(Ar点+30℃)以下の温度から、5℃/sec以上の冷却速度で350℃以下まで水冷する工程、および
(b3)500℃以上Ac点以下の温度に再加熱し、冷却する工程
(C)下記(b1)〜(b3)の工程を有することを特徴とする高張力鋼材の製造方法。
(b1)上記(A)の化学組成を有するスラブを1000〜1200℃の温度に加熱し、その温度範囲で均熱する工程、
(b2)デスケーリングした後、圧延し、(Ar点+30℃)以上の温度で圧延を完了させ、Ar点以上(Ar点+30℃)以下の温度から、5℃/sec以上の冷却速度で350℃以下まで水冷する工程、および
(b3)500℃以上Ac点以下の温度に再加熱し、冷却する工程
上記(B)または(C)の高張力鋼材の製造方法は、さらに、質量%で、V:0.1%以下およびNb:0.02%以下の一方または両方を含有する化学組成を有するスラブを用いることが好ましい。
本発明によれば、Cr、Moといった高価な合金元素を使用することなく、低コストで、720MPa以上の高強度と高い靭性を併せ持ち、HAZにおける低温靭性および耐SSC性に優れた高張力鋼を提供することができる。
1.高張力鋼材の化学組成について
以下の説明において、含有量についての「%」は「質量%」を意味する。
C:0.10〜0.20%
Cは、鋼の強度を高めるとともに鋼の焼入れ性を高める作用があるので、0.10%以上含有させる。他方、C含有量が過剰であると、HAZの硬さが過度に高くなるとともに、島状マルテンサイトの生成量が増加する。このため、低温継手靱性が損なわれる。これを避けるためにC含有量は0.20%以下とする必要がある。望ましいC含有量は0.15%以下である。
Si:0.02〜0.25%
Siは、脱酸元素として有用であり、また鋼の強度を高める作用もあるので、0.02%以上含有させる。一方、すでに述べたように、島状マルテンサイトの生成を抑制するために母材へのSi固溶を避ける必要があるため、Siは一定量以下に制限する必要がある。よって、Si含有量は0.25%以下とする必要がある。Si含有量の好ましい下限は0.03%であり、好ましい上限は0.20%である。
Mn:0.7〜1.6%
Mnは、焼入れ性を高めて鋼の強度および靭性を確保する上で不可欠な元素であり、0.7%以上含有させる。しかしながら、Mn含有量が過剰な場合、低温継手靭性の劣化が顕著となる。したがって、Mnの含有量は1.6%以下とする必要がある。Mn含有量の好ましい下限は0.9%であり、好ましい上限は1.4%である。
P:0.02%以下
S:0.008%以下
PおよびSは、いずれも不純物として鋼材に混入する元素であり、なるべく低いほうが望ましい。低減した場合の靭性向上効果と経済性の両立を考えた場合、Pは0.02%まで、Sは0.008%まで許容できる。
Cr:0.5〜1.2%
Crは、鋼の焼入れ性を向上させると共に、強度および靭性を大きく改善する効果があるので、0.5%以上含有させる。しかしながら、その含有量が過剰な場合、継手部の靭性、特に低温靱性が劣化する。したがって、Cr含有量は、1.2%以下とする必要がある。Cr含有量の好ましい下限は0.6%であり、好ましい上限は1.1%である。
Mo:0.1〜0.3%未満
Moは、MnおよびCrと同様に、強度と靭性を改善する効果があるので、0.1%以上含有させる。しかしながら、Mo含有量が0.3%以上であるとHAZ靭性が劣化し、コスト高騰も顕著となる。したがって、Mo含有量は0.3%未満とする必要がある。Moの好ましい下限は0.15%であり、好ましい上限は0.28%である。
Ti:0.004〜0.025%
Tiは、スラブ加熱時のオーステナイト粒径の粗大化を抑制して、母材靭性を改善することができるので、0.004%以上含有させる。しかしながら、0.025%を超えるとその効果が頭打ちとなる他、炭化物を生成しHAZ靭性が劣化する。
B:0.0005〜0.003%
Bは、微量の添加で焼入れ性を向上させることができるので、0.0005%以上含有させる。しかしながら、その含有量が過剰な場合、溶接性の劣化が著しい。したがって、B含有量は0.003%以下とする必要がある。
値:4.0〜6.7
ただし、F=(1+2.33Cr)×(1+3.14Mo)である。
CrおよびMoには、鋼材の強度および靭性を向上させる効果がある。本発明の鋼材は、合金元素の含有量を極力低減した鋼材であるため、これらの元素の含有量については、それぞれの元素の寄与度を考慮して厳密に規定する必要がある。F値は、CrおよびMoの強度および靭性への寄与度を考慮した値である。HT720級の鋼材で必要とされる最低限の強度および靭性を得るには、CrおよびMoそれぞれの含有量を上記の範囲とするとともに、F値を4.0以上であることが必要である。一方、F値が6.7を超えると、上記の効果が飽和し、材料コストの高騰を招く。
N:0.01%以下
Nは、不純物として鋼材に混入するが、BNの生成を通じてBの効果を低減させる。よって、その含有量は低いことが好ましいが、0.01%まで許容できる。
値:4.0〜6.0
ただし、F=(1+2.33Cr)×(1+3.14Mo)である。
CrおよびMoには、鋼材の強度および靭性を向上させる効果がある。本発明の鋼材は、合金元素の含有量を極力低減した鋼材であるため、これらの元素の含有量については、それぞれの元素の寄与度を考慮して厳密に規定する必要がある。F値は、CrおよびMoの強度および靭性への寄与度を考慮した値である。HT720級の鋼材で必要とされる最低限の強度および靭性を得るには、CrおよびMoそれぞれの含有量を上記の範囲とするとともに、F値を4.0以上とすることが必要である。一方、F値が6.0を超えると、上記の効果が飽和し、材料コストの高騰を招く。
値:14.0〜19.0
ただし、F=7.90C1/2×(1+0.64Si)×(1+4.10Mn)である。
C、SiおよびMnは、前述のように、比較的安価に強度を確保できる元素であり、経済的な観点からは積極的に活用することが好ましい。しかし、本発明の鋼材は、合金元素の含有量を極力低減した鋼材であるため、これらの元素の含有量については、それぞれの元素の寄与度を考慮して厳密に規定する必要がある。F値は、C、SiおよびMnの強度への寄与度を考慮した値である。HT720級の鋼材で必要とされる最低限の強度を得るには、F値が14.0以上であることが必要である。一方、F値が19.0を超えるとHAZ靭性の劣化を招く。
本発明の高張力鋼材は、上記の各元素を上記それぞれに定められる範囲で含有し、残部はFeおよび不純物からなる化学組成を有するものである。なお、不純物とは、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
本発明の高張力鋼材は、上記の化学組成に加え、VおよびNbの一方または両方を添加てもよい。各元素の添加目的および好ましい含有量の範囲は下記の通りである。
V:0.1%以下
Vは、鋼材を焼戻しした際の強度低下を抑制する効果を有するので、必要に応じて添加してもよい。ただし、その含有量が過剰な場合には溶接性の劣化を招く。よって、Vを添加する場合には、その含有量を0.1%以下とする。上記の効果が顕著となるのは、その含有量が0.01%以上の場合である。
Nb:0.02%以下
Nbは、Vと同様に、焼戻し時の強度低下を抑制する効果を有し、しかも、圧延時、および処理時において結晶を細粒化して、靭性を向上させる効果を有しているため、必要に応じて添加してもよい。ただし、その含有量が過剰な場合には溶接性およびHAZ靭性の劣化を招く。よって、Nbを添加する場合には、その含有量を0.02%以下とする。上記の効果が顕著となるのは、その含有量が0.005%以上の場合である。
2.高張力鋼材の組織について
本発明の鋼材は、上記の化学組成を有するとともに、「圧延方向の板厚1/4位置の(100)面のX線面強度比」が1.5以下であることが必要である。母材靭性の低下を防止するためには、へき開面が揃ったラスマルテンサイトの生成を抑える必要がある。板厚1/4位置の(100)面のX線面強度比を1.5以下に制限すると、へき開面が揃っていない組織が得られる。なお、板厚1/4位置での組織のX線面強度比を見るのは、鋼材の平均的な位置での組織のへき開面を見るためである。
3.高張力鋼材の製造方法について
本発明にかかる高張力鋼材を得る方法については、上記の組織が得られるのであれば、特に制約はないが、たとえば、下記の製造方法を採用することができる。
<スラブの準備>
まず、上述のような化学組成を有するスラブを用意する。スラブの製造方法は問わないが、たとえば、連続鋳造法により製造すればよい。
<加熱工程>
スラブは1000〜1200℃で加熱し、その温度範囲で均熱するのがよい。加熱温度が1000℃未満であると合金元素の固溶が不十分となり強度低下を招くおそれがある。一方、加熱温度が1200℃を超えると結晶粒の粗大化を招き靭性が低下するおそれがある。均熱は、鋼板表面温度と鋼板内部の温度差が40℃以下となるまで行うのがよい。均熱時間は、設備仕様に従い、上記の条件を満足するのに十分な時間とすればよい。
<圧延工程>
圧延前には、スラブをデスケーリングするのがよい。本発明で規定される化学組成を満足するスラブは、Si含有量が0.25%以下と低いため、スケールの成長が早く、圧延時にスケールに起因する鋼板表面疵が発生しやすい。よって、加熱炉から抽出されたスラブは圧延前にデスケーリングするのがよい。デスケーリングは圧延パス毎に行うことが好ましい。
デスケーリング後の圧延では、製造能率を低下させないために、Ar点以上で圧延を完了させるのがよい。また、圧延後の鋼板の取り扱いを容易にするため、圧延完了後、300℃以下の温度に冷却するのがよい。ただし、直接焼入れを行う場合にはこの限りではない。これについては後述する。
<焼入れ・焼戻し工程>
圧延後は、焼入れを行う。焼入れは、圧延後の鋼材を冷却した後、再加熱し、焼入れを行う、通常の焼入れでもよいし、圧延後の鋼材をそのまま焼入れする、いわゆる直接焼入れでもよい。
通常の焼入れの場合には、圧延の鋼材を300℃以下の温度まで冷却した後、再加熱を行う。再加熱は、均一な焼入れ組織を得るためにAc点以上の温度とするのが好ましい。しかし、極端な結晶粒の粗大化を避けるためには、再加熱温度は950℃以下とすることが好ましい。焼入れは、厚肉材においても十分な焼入れ組織を得るために5℃/sec.以上の冷却速度で、200℃以下の温度になるまで冷却することが好ましい。
直接焼入れの場合には、十分な焼入れ性を確保するために、(Ar点+30)℃以上で圧延を完了させることが好ましい。また、圧延後、Ar点以上(Ar点+30)℃以下の温度から水冷を行うことが好ましい。焼入れ温度がAr点未満では均一な焼入れ組織が得られにくく、焼入れ温度が(Ar点+30)℃を超えると結晶粒の粗大化を招く恐れがあるからである。特に、均一な焼入れ組織を得るためには、5℃/sec.以上の冷却速度で、350℃以下の温度になるまで冷却することが好ましい。
<焼戻し工程>
焼入れ後は、最終工程として焼戻しを行うことが好ましい。焼戻し温度は、500℃以上Ac点以下とするのが好ましい。焼戻し温度が500℃未満では、十分な焼戻し効果が得られず低温靭性が確保できないおそれがある。また、焼戻し温度がAc点を超えると、本発明の化学組成を有する鋼材では、HT720級の強度を確保できないおそれがある。焼戻し後の鋼材は、空冷すればよい。焼戻し後、水冷を行うことで、更なる高靭性をえることが可能であるが、本発明鋼は空冷でも十分な靭性を確保できる。
なお、Ar点(℃)、Ac点(℃)およびAc点(℃)は、鋼材の化学組成および厚さt(mm) から、以下の式で計算するものとする。各式中の元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
Ar点=910−310C−80Mn−20Cu−15Cr−55Ni−80Mo+0.35(t−8)
Ac点=910.7−295.7C+61.2Si−30.3Mn+333.1P−27.1Cu−2.6Cr−27.5Ni−1.8Mo+70.9V
Ac点=712+20.1Si−17.8Mn−9.8Mo+11.9Cr−19.1Ni
Figure 0005531909
表1に示す化学組成を有する鋼をラボの真空溶解炉にて溶製し、得られた180kgのスラブを小型圧延機にて圧延し、得られた鋼材に熱処理して供試材を得た。表2には、各供試材についての製造条件を示す。
Figure 0005531909
Figure 0005531909
いずれの例においても、スラブの加熱後には表2に示すスラブ加熱温度で60分間均熱を行った。また、いずれの例でも、各圧延パスでデスケーリングを行った。再加熱後焼入れした例では、いずれも再加熱後には表2に示す再加熱温度で板厚2mm/分の均熱を行った。いずれの例でも焼戻し後は大気中に放冷した。
得られた供試材の板厚1/4位置の圧延方向に直角な方向から引張試験片を採取し、引張試験を行った。次に、得られた供試材の板厚1/4位置の圧延方向に平行な方向からJIS4号試験片を採取し、延性−脆性遷移温度(vTrs)を測定した。また、供試材を母材とする溶接継手を入熱36kJ/cmのサブマージアーク溶接にて作製し、ノッチ位置をF.L.とするシャルピー試験を行った。さらに、圧延面におけるX線強度、すなわち圧延方向の板厚1/4位置についてX線回折法によりX線強度を測定すると共に、ランダム方位のサンプルについても同様の測定を行い、両測定の(100)面のX線強度の比から(100)面のX線面強度比を算出した。これらの結果を表3に示す。
母材強度の目標値は降伏点(YS)が620MPa以上、引張強さ(TS)が720MPa以上、母材靭性の目標値はvTrsが−50℃以下、HAZ靭性の目標値は−50℃での吸収エネルギー−50が50J以上とした。
得られた溶接継手の表面から溶接ビードを残したまま、長さ115mm、幅30mm、厚さ1.5mmのSSC試験用素材を切り出し、4点曲げによって降伏応力の100%に相当する応力を付与してSSC試験片を作製した。これらの試験片を、5.0%NaCl+0.5%CHCOOH水溶液に分圧を調整したHSガスを通気し、HS濃度を100ppmとした飽和水溶液中に720時間浸潰した。光学顕微鏡を用いて、浸漬後の試験片表面の割れの有無を調査した。割れが観察されなかった場合を良好(○)、割れが認められた場合を不良(×)として評価した。
Figure 0005531909
本発明で規定される条件を満足するNo.1〜20はいずれも、母材の強度および靭性、ならびに、HAZ靭性のすべてが目標値を満足していた。一方、No.21は、Cの含有量が過剰であり、母材およびHAZのいずれの靭性も目標に満たなかった。No.22は、Siの含有量が過剰であり、HAZ靭性が不足していた。No.23は、Mnの含有量が過剰であり、母材およびHAZのいずれの靭性も目標に満たなかった。鋼材No.24は、Crの含有量が過剰であり、HAZ靭性が不足していた。鋼材No.25は、Tiの含有量が過剰であり、HAZ靭性が不足していた。鋼材No.26は、Bの含有量が過剰であり、母材靭性が不足していた。鋼材No.27は、Alの含有量が過剰であり、HAZ靭性が不足していた。鋼材No.28は、Nの除去が不十分であり、母材靭性が不足していた。鋼材No.29は、式(1)を満足せず、母材およびHAZのいずれの靭性も目標に満たなかった。鋼材No.30は、式(2)を満足せず、母材の強度および靭性が不足していた。鋼材No.31は、化学組成は本発明で規定される範囲を満たすものの、(100)面のX線強度比が大きくなり、母材靭性が不足していた。Niを含有する鋼材No.32は、母材強度、靭性、HAZの靭性とも良好であったが、耐SSC性が不足していた。
本発明によれば、Cr、Moといった高価な合金元素を使用することなく、低コストで、720MPa以上の高強度と高い靭性を併せ持ち、HAZにおける低温靭性および耐SSC性に優れた高張力鋼を提供することができる。

Claims (4)

  1. 質量%で、C:0.10〜0.20%、Si:0.02〜0.25%、Mn:0.7〜1.6%、P:0.02%以下、S:0.008%以下、Cr:0.5〜1.2%、Mo:0.1〜0.3%未満、Ti:0.004〜0.025%、B:0.0005〜0.003%、Al:0.01〜0.05%およびN:0.01%以下を含有し、下記(1)式から求められるF値が4.0〜6.7であり、下記(2)式から求められるF値が14.0〜19.0であり、残部Feおよび不純物からなる化学組成を有し、
    圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下であることを特徴とする高張力鋼材。
    =(1+2.33Cr)×(1+3.14Mo) (1)
    =7.90C1/2×(1+0.64Si)×(1+4.10Mn) (2)
    ただし、上記式中の各元素記号は、それぞれの元素の含有量(質量%)を意味する。
  2. さらに、質量%で、V:0.1%以下およびNb:0.02%以下の一方または両方を含有する化学組成を有することを特徴とする請求項1に記載の高張力鋼材。
  3. 下記(a1)〜(a4)の工程を有することを特徴とする、圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下である高張力鋼材の製造方法。
    (a1)請求項1または2に記載の化学組成を有するスラブを1000〜1200℃の温度に加熱し、その温度範囲で均熱する工程、
    (a2)デスケーリングした後、圧延し、Ar点以上の温度で圧延を完了させ、300℃以下の温度に冷却する工程、
    (a3)Ac点以上950℃以下の温度に再加熱し、その温度範囲で均熱した後、5℃/sec以上の冷却速度で、200℃以下の温度まで水冷する工程、および、
    (a4)500℃以上Ac点以下の温度に再加熱し、冷却する工程
  4. 下記(b1)〜(b3)の工程を有することを特徴とする、圧延方向の板厚1/4位置における(100)面のX線面強度比が1.5以下である高張力鋼材の製造方法。
    (b1)請求項1または2に記載の化学組成を有するスラブを1000〜1200℃の温度に加熱し、その温度範囲で均熱する工程、
    (b2)デスケーリングした後、圧延し、(Ar点+30℃)以上の温度で圧延を完了させ、Ar点以上(Ar点+30℃)以下の温度から、5℃/sec以上の冷却速度で350℃以下まで水冷する工程、および
    (b3)500℃以上Ac点以下の温度に再加熱し、冷却する工程
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