以下、図1〜図11に基づいて本発明の実施の形態を説明する。
図1に示すように、タンデム型のマスタシリンダ11は、運転者が操作するブレーキペダル12にプッシュロッド13を介して接続された第1ピストン14と、その前方に配置された第2ピストン15とを備えており、第1ピストン14および第2ピストン15間にリターンスプリング16が収納された第1液圧室17が区画され、第2ピストン15の前方にリターンスプリング18が収納された第2液圧室19が区画される。リザーバ20に連通可能な第1液圧室17および第2液圧室19はそれぞれ第1出力ポート21および第2出力ポート22を備えており、第1出力ポート21は液路Pa,Pb、VSA(ビークル・スタビリティ・アシスト)装置23および液路Pc,Pdを介して、例えば左右の後輪のディスクブレーキ装置24,25のホイールシリンダ26,27(第1系統)に接続されるとともに、第2出力ポート22は液路Qa,Qb、VSA装置23および液路Qc,Qdを介して、例えば左右の前輪のディスクブレーキ装置28,29のホイールシリンダ30,31(第2系統)に接続される。
液路Pa,Pb間に常開型電磁弁である第1マスタカットバルブ32が配置され、液路Qa,Qb間に常開型電磁弁である第2マスタカットバルブ33が配置される。第2マスタカットバルブ33の上流側の液路Qaから分岐する供給側液路Ra,Rbは、常閉型電磁弁であるシミュレータバルブ34を介してストロークシミュレータ35に接続される。ストロークシミュレータ35は、シリンダ36にスプリング37で付勢されたピストン38を摺動自在に嵌合させたもので、ピストン38の反スプリング37側に形成された液圧室39が供給側液路Rbに連通する。
第1、第2マスタカットバルブ32,33の下流側の液路Pbおよび液路Qbにタンデム型のスレーブシリンダ42が接続される。スレーブシリンダ42を作動させるアクチュエータ43は、モータ44の回転をギヤ列45を介してボールねじ機構46に伝達する。スレーブシリンダ42のシリンダ本体47には、ボールねじ機構46により駆動される第1ピストン48Aと、その前方に位置する第2ピストン48Bとが摺動自在に嵌合しており、第1ピストン48Aおよび第2ピストン48B間にリターンスプリング49Aが収納された第1液圧室50Aが区画され、第2ピストン48Bの前方にリターンスプリング49Bが収納された第2液圧室50Bが区画される。アクチュエータ43のボールねじ機構46で第1、第2ピストン48A,48Bを前進方向に駆動すると、第1、第2液圧室50A,50Bに発生したブレーキ液圧が第1、第2出力ポート51A,51Bを介して液路Pb,Qbに伝達される。
スレーブシリンダ42の第1、第2ピストン48A,48Bは図示せぬ連結手段で相互に連結されており、第1、第2ピストン48A,48Bの間隔の上限値(つまり第1液圧室50Aの容積の上限値)が規制されるようになっている。またスレーブシリンダ42の第2ピストン48Bの後退限(つまり第2液圧室50Bの容積の上限値)が規制されるようになっている。
スレーブシリンダ42のリザーバ69とマスタシリンダ11のリザーバ20とが排出側液路Rcで接続されており、ストロークシミュレータ35のピストン38の背室70が排出側液路Rdを介して排出側液路Rcの中間部に接続される。
尚、本明細書で、液路Pa〜Pdおよび液路Qa〜Qdの上流側とは第1、第2マスタカットバルブ32,33よりもマスタシリンダ11側を意味し、下流側とは第1、第2マスタカットバルブ32,33よりもスレーブシリンダ42側を意味するものとする。
VSA装置23の構造は周知のもので、左右の後輪のディスクブレーキ装置24,25の第1系統を制御する第1ブレーキアクチュエータ23Aと、左右の前輪のディスクブレーキ装置28,29の第2系統を制御する第2ブレーキアクチュエータ23Bとに同じ構造のものが設けられる。
以下、その代表として左右の後輪のディスクブレーキ装置24,25の第1系統の第1ブレーキアクチュエータ23Aについて説明する。
第1ブレーキアクチュエータ23Aは、上流側に位置する第1マスタカットバルブ32に連なる液路Pbと、下流側に位置する左右の後輪のホイールシリンダ26,27にそれぞれ連なる液路Pc,Pdとの間に配置される。
第1ブレーキアクチュエータ23Aは左右の後輪のホイールシリンダ26,27に対して共通の液路52および液路53を備えており、液路Pbおよび液路52間に配置された可変開度の常開型電磁弁よりなるレギュレータバルブ54と、このレギュレータバルブ54に対して並列に配置されて液路Pb側から液路52側へのブレーキ液の流通を許容するチェックバルブ55と、液路52および液路Pd間に配置された常開型電磁弁よりなるインバルブ56と、このインバルブ56に対して並列に配置されて液路Pd側から液路52側へのブレーキ液の流通を許容するチェックバルブ57と、液路52および液路Pc間に配置された常開型電磁弁よりなるインバルブ58と、このインバルブ58に対して並列に配置されて液路Pc側から液路52側へのブレーキ液の流通を許容するチェックバルブ59と、液路Pdおよび液路53間に配置された常閉型電磁弁よりなるアウトバルブ60と、液路Pcおよび液路53間に配置された常閉型電磁弁よりなるアウトバルブ61と、液路53に接続されたリザーバ62と、液路53および液路Pb間に配置されて液路53側から液路Pb側へのブレーキ液の流通を許容するチェックバルブ63と、液路52および液路53間に配置されて液路53側から液路52側へブレーキ液を供給するポンプ64と、このポンプ64を駆動するモータ65と、ポンプ64の吸入側および吐出側に設けられてブレーキ液の逆流を阻止する一対のチェックバルブ66,67と、チェックバルブ63およびポンプ64の中間位置と液路Pbとの間に配置された常閉型電磁弁よりなるサクションバルブ68とを備える。
尚、前記モータ65は、第1、第2ブレーキアクチュエータ23A,23Bのポンプ64,64に対して共用化されているが、各々のポンプ64,64に対して専用のモータ65,65を設けることも可能である。
第1マスタカットバルブ32の上流の液路Paには、その液圧(上流液圧Pm)を検出する第1液圧センサSaが接続され、第2マスタカットバルブ33の下流の液路Qbには、その液圧(下流液圧Pp)を検出する第2液圧センサSbが接続され、第1マスタカットバルブ32の下流の液路Pbには、その液圧(下流液圧Ph)を検出する第3液圧センサScが接続される。
尚、第3液圧センサScはVSA装置23の制御用に設けられた液圧センサであり、第2液圧センサSbで検出される下流液圧Ppと、第3液圧センサScで検出される下流液圧Phとは同一であり、その何れか一方だけを用いることができる。
図2に示すように、第1、第2マスタカットバルブ32,33、シミュレータバルブ34、スレーブシリンダ42およびVSA装置23に接続された電子制御ユニットUには、前記第1液圧センサSaと、前記第2液圧センサSbと、前記第3液圧センサScと、ブレーキペダル12のストローク(ブレーキペダルストロークSt)を検出するブレーキペダルストロークセンサSdと、スレーブシリンダ42のストローク(スレーブシリンダストロークSs)を検出するスレーブシリンダストロークセンサSeと、モータ44の回転角を検出するモータ回転角センサSfと、各車輪の車輪速を検出する車輪速センサSg…とが接続される。
電子制御ユニットUは、前記各センサSa〜Sgの出力に基づいて、第1、第2マスタカットバルブ32,33、シミュレータバルブ34、スレーブシリンダ42およびVSA装置23の作動を制御する。
図3に示すように、電子制御ユニットUの一部であるマスタカットバルブ故障判定部は、上流特性判定手段M1と、下流特性判定手段M2と、故障判定手段M3と、バックアップ制御手段M4とを備える。上流特性判定手段M1には第1液圧センサSaで検出した上流液圧Pmと、ブレーキペダルストロークセンサSdで検出したブレーキペダルストロークStとが入力され、下流特性判定手段M2には第2液圧センサSbで検出した下流液圧Pp(あるいは第3液圧センサScで検出した下流液圧Ph)と、スレーブシリンダストロークセンサSeで検出したスレーブシリンダストロークSsとが入力される。
上流特性判定手段M1および下流特性判定手段M2に接続された故障判定手段M3は第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障を判定し、バックアップ制御手段M4は故障判定手段M3の判定結果に基づいて第1、第2マスタカットバルブ32,33、シミュレータバルブ34およびスレーブシリンダ42の作動を制御する。
次に、上記構成を備えた本発明の実施の形態の作用について説明する。
先ず、図4に基づいて正常時における通常の制動作用について説明する。
システムが正常に機能する正常時に、液路Paに設けた第1液圧センサSaが運転者によるブレーキペダル12の踏み込みを検出すると、常開型電磁弁よりなる第1、第2マスタカットバルブ32,33が励磁されて閉弁し、常閉型電磁弁よりなるシミュレータバルブ34が励磁されて開弁する。これと同時にスレーブシリンダ42のアクチュエータ43が作動して第1、第2ピストン48A,48Bが前進することで第1、第2液圧室50A,50Bにブレーキ液圧が発生し、そのブレーキ液圧は第1、第2出力ポート51A,51Bから液路Pbおよび液路Qbに伝達され、両液路Pb,QbからVSA装置23の開弁したインバルブ56,56;58,58を介してディスクブレーキ装置24,25;28,29のホイールシリンダ26,27;30,31に伝達されて各車輪を制動する。
また常閉型電磁弁よりなるシミュレータバルブ34が励磁されて開弁するため、マスタシリンダ11の第2液圧室19が発生したブレーキ液圧が開弁したシミュレータバルブ34を介してストロークシミュレータ35の液圧室39に伝達され、そのピストン38をスプリング37に抗して移動させることで、ブレーキペダル12のストロークを許容するとともに擬似的なペダル反力を発生させて運転者の違和感を解消することができる。
そして液路Qbに設けた第2液圧センサSbで検出したスレーブシリンダ42によるブレーキ液圧が、液路Paに設けた第1液圧センサSaで検出したマスタシリンダ11によるブレーキ液圧に応じた大きさになるように、スレーブシリンダ42のアクチュエータ43の作動を制御することで、運転者がブレーキペダル12に入力する操作量に応じた制動力をディスクブレーキ装置24,25;28,29に発生させることができる。
次に、VSA装置23の作用を説明する。
VSA装置23が作動していない状態では、レギュレータバルブ54,54が消磁されて開弁し、サクションバルブ68,68が消磁されて閉弁し、インバルブ56,56;58,58が消磁されて開弁し、アウトバルブ60,60;61,61が消磁されて閉弁する。従って、運転者が制動を行うべくブレーキペダル12を踏んでスレーブシリンダ42が作動すると、スレーブシリンダ42の第1、第2出力ポート51A,51Bから出力されたブレーキ液圧は、レギュレータバルブ54,54から開弁状態にあるインバルブ56,56;58,58を経てホイールシリンダ26,27;30,31に供給され、四輪を制動することができる。
VSA装置23の作動時には、サクションバルブ68,68が励磁されて開弁した状態でモータ65でポンプ64,64が駆動され、スレーブシリンダ42側からサクションバルブ68,68を経て吸入されてポンプ64,64で加圧されたブレーキ液が、レギュレータバルブ54,54およびインバルブ56,56;58,58に供給される。従って、レギュレータバルブ54,54を励磁して開度を調整することで液路52,52のブレーキ液圧を調圧するとともに、そのブレーキ液圧を開弁したインバルブ56,56;58,58を介してホイールシリンダ26,27;30,31に選択的に供給することで、運転者がブレーキペダル12を踏んでいない状態でも、四輪の制動力を個別に制御することができる。
従って、第1、第2ブレーキアクチュエータ23A,23Bにより四輪の制動力を個別に制御し、旋回内輪の制動力を増加させて旋回性能を高めたり、旋回外輪の制動力を増加させて直進安定性能を高めたりすることができる。
また運転者がブレーキペダル12を踏んでの制動中に、例えば左後輪が低摩擦係数路を踏んでロック傾向になったことを車輪速センサSg…の出力に基づいて検出した場合には、第1ブレーキアクチュエータ23Aの一方のインバルブ58を励磁して閉弁するとともに、一方のアウトバルブ61を励磁して開弁することで、左後輪のホイールシリンダ26のブレーキ液圧をリザーバ62に逃がして所定の圧力まで減圧した後、アウトバルブ61を消磁して閉弁することで、左後輪のホイールシリンダ26のブレーキ液圧を保持する。その結果、左後輪のホイールシリンダ26のロック傾向が解消に向かうと、インバルブ58を消磁して開弁することで、スレーブシリンダ42の第1出力ポート51Aからのブレーキ液圧を左後輪のホイールシリンダ26に供給して所定の圧力まで増圧することで、制動力を増加させる。
この増圧によって左後輪が再びロック傾向になった場合には、前記減圧→保持→増圧を繰り返すことにより、左後輪のロックを抑制しながら制動距離を最小限に抑えるABS(アンチロック・ブレーキ・システム)制御を行うことができる。
以上、左後輪のホイールシリンダ26がロック傾向になったときのABS制御について説明したが、右後輪のホイールシリンダ27、左前輪のホイールシリンダ30、右前輪のホイールシリンダ31がロック傾向になったときのABS制御も同様にして行うことができる。
次に、図5に基づいて電源の失陥等によりスレーブシリンダ42が作動不能になった場合の作用について説明する。
電源が失陥すると、常開型電磁弁よりなる第1、第2マスタカットバルブ32,33は自動的に開弁し、常閉型電磁弁よりなるシミュレータバルブ34は自動的に閉弁し、常開型電磁弁よりなるインバルブ56,56;58,58およびレギュレータバルブ54,54は自動的に開弁し、常閉型電磁弁よりなるアウトバルブ60,60;61,61およびサクションバルブ68,68は自動的に閉弁する。この状態では、マスタシリンダ11の第1、第2液圧室17,19に発生したブレーキ液圧は、ストロークシミュレータ35に吸収されることなく第1、第2マスタカットバルブ32,33、レギュレータバルブ54,54およびインバルブ56,56;58,58を通過して各車輪のディスクブレーキ装置24,25;30,31のホイールシリンダ26,27;30,31を作動させ、支障なく制動力を発生させることができる。
尚、スレーブシリンダ42の失陥時に第1、第2ピストン48A,48Bの後退を規制する部材を別途設けても良い。この場合は通常動作時に駆動抵抗を増加させない構造であることが望ましい。
次に、図6および図7に基づいてスレーブシリンダ23の制御を説明する。
図6に示すように、ブレーキペダルストロークセンサSdで検出したブレーキペダルストロークStは、ペダルストローク−目標液圧マップにより、スレーブシリンダ42に発生させるべき目標液圧に変換される。このペダルストローク−目標液圧マップは、図7に示す手順で算出される。
即ち、ブレーキペダル12の踏力および車両に発生させるべき減速度の関係を示すマップと、スレーブシリンダ42が発生するブレーキ液圧および車両の減速度の関係を示すマップとから、ブレーキペダル12の踏力およびスレーブシリンダ42に発生させるべきブレーキ液圧の関係を示すマップを算出する。続いて、このマップと、ブレーキペダルストロークStおよびブレーキペダル12の踏力の関係を示すマップとから、ブレーキペダルストロークStおよびスレーブシリンダ42に発生させるべき目標液圧の関係を示すマップ(ペダルストローク−目標液圧マップ)を算出する。
図6に戻り、ペダルストローク−目標液圧マップから算出したスレーブシリンダ42に発生させるべき目標液圧と、第2液圧センサSbで検出したスレーブシリンダ42が発生する実液圧との偏差を算出し、この偏差から算出した液圧補正量を目標液圧に加算することで補正を行う。続いて、補正後の目標液圧を、スレーブシリンダ42が発生する液圧とスレーブシリンダストロークSsとの関係を示すマップに適用し、スレーブシリンダ42の目標ストロークを算出する。続いて、スレーブシリンダ42の目標ストロークに所定のゲインを乗算して算出したモータ44の目標回転角と、モータ回転角センサSfで検出したモータ44の実回転角との偏差を算出し、この偏差から算出したモータ制御量でモータ44を駆動することで、スレーブシリンダ42はブレーキペダルストロークセンサSdで検出したブレーキペダルストロークStに対応するブレーキ液圧を発生する。
尚、図示しない駆動モータを備えて回生制動が可能な電気自動車やハイブリッド車両では、上述した目標液圧から回生制動力に相当する液圧分を減算した値を最終的な目標液圧とすれば、回生制動力(回生トルク)を考慮した上で、ブレーキペダルストロークStに対応した目標液圧を設定することができる。ここで、回生制動力および回生制動力相当のブレーキ液圧は公知の手法により求めることができ、例えば、ブレーキペダルストロークStに対応した回生制動力基準値をマップ等により求め、この回生制動力基準値と、バッテリの残容量や気温によって決定される回生制動力制限値とのうち、何れか小さい方に対応して回生制動力目標値を設定し、この回生制動力目標値に相当するブレーキ液圧をマップ等により求め、このブレーキ液圧を上述した目標液圧から減算すれば良い。
次に、図3に示すマスタカットバルブ故障判定部による第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障の判定について説明する。
図8は、第1、第2マスタカットバルブ32,33の何れか一方が開弁故障したときに発生する事象を説明するものである。
図8(A)は、ブレーキペダルストロークStの変化に対する上流液圧Pmの変化特性を示すものであり、同図に実線で理想特性として示されるように、ブレーキペダルストロークStがゼロから増加を開始した当初は、上流液圧Pmが小さい勾配で立ち上がる。上流液圧Pmの立ち上がりの勾配が小さくなる理由は、マスタシリンダ11のカップシールの撓みや、液路Pa,Qaの内圧増加による膨らみ等が原因であり、この傾向はブレーキ液の粘性が高まる低温時に顕著になる。ブレーキペダルストロークStが所定値を超えると、そのブレーキペダルストロークStの増加に応じて上流液圧Pmは前述した勾配よりも大きい一定の勾配で増加する。
理想特性に対する上流液圧Pmの検出のバラつきの上限値および下限値を考慮して、斜線を施した二つの負荷剛性異常領域が設定されており、例えば第1液圧センサSaが設けられた液路Pa側の第1マスタカットバルブ32が開弁故障すると、即ち、本来は閉弁すべき第1マスタカットバルブ32が開弁状態で固着すると、ブレーキペダルストロークStの増加に応じて変化する上流液圧Pmが、上側の負荷剛性異常領域に入ることで、上流剛性の異常が検出される。
即ち、第1マスタカットバルブ32が開弁故障した状態でブレーキペダル12を踏み込むと、マスタシリンダ11から送出されたブレーキ液の一部はストロークシミュレータ35に流入するが、第1マスタカットバルブ32が開弁故障していると、前記ブレーキ液の残部は第1マスタカットバルブ32を通過してスレーブシリンダ42側に逃げるため、上流液圧Pmの立ち上がりは正常時よりも低くなる。そしてストロークシミュレータ35が満杯になると、スレーブシリンダ42が発生したブレーキ液圧が第1マスタカットバルブ32を逆流してマスタシリンダ11にキックバックとして伝達されるが、運転者が前記キックバックに対抗してブレーキペダル12を踏み続けると、上流液圧Pmが急激に高まって上側の負荷剛性異常領域に入ることで、上流剛性の異常が検出される。
以上、第1、第2マスタカットバルブ32,33のうちの第1マスタカットバルブ32が開弁故障した場合について説明したが、第2マスタカットバルブ33が開弁故障した場合にも上流液圧Pmは同様に変化する。その理由は、第1液圧センサSaが設けられた液路Paの液圧と、第1液圧センサSaが設けられていない液路Qaの液圧とは、マスタシリンダ11の移動可能な第2ピストン15を挟んで実質的に拮抗しているため、液路Paの液圧と液路Qaの液圧とが一致するからである。
図8(B)は、スレーブシリンダストロークSsの変化に対する下流液圧Pp(Ph)の変化特性を示すものであり、同図に実線で理想特性として示されるように、スレーブシリンダストロークSsがゼロから増加を開始した当初は、下流液圧Ppが小さい勾配で立ち上がる。下流液圧Ppの立ち上がりの勾配が小さくなる理由は、スレーブシリンダ42のカップシールの撓みや、液路Pb,Qbの内圧増加による膨らみ等が原因であり、この傾向はブレーキ液の粘性が高まる低温時に顕著になる。スレーブシリンダストロークSsが所定値を超えると、そのスレーブシリンダストロークSsの増加に応じて下流液圧Ppは前述した勾配よりも大きい一定の勾配で増加する。
理想特性に対する下流液圧Ppの検出のバラつきの上限値および下限値を考慮して、斜線を施した二つの負荷剛性異常領域が設定されており、例えば第2液圧センサSbが設けられた液路Qb側の第2マスタカットバルブ33が開弁故障すると、即ち、本来は閉弁すべき第2マスタカットバルブ33が開弁状態で固着すると、スレーブシリンダストロークSsの増加に応じて変化する下流液圧Ppが、下側の負荷剛性異常領域に入ることで、下流剛性の異常が検出される。
即ち、第2マスタカットバルブ33が開弁故障した状態でスレーブシリンダ42が作動すると、スレーブシリンダ42から送出されたブレーキ液は、第2マスタカットバルブ33を逆流してストロークシミュレータ35に流入するため、下流液圧Ppは殆ど立ち上がらない。そしてストロークシミュレータ35が満杯になると、下流液圧Ppが通常よりも遅れて立ち上がって下側の負荷剛性異常領域に入ることで、下流剛性の異常が検出される。
以上、第1、第2マスタカットバルブ32,33のうちの第2マスタカットバルブ33が開弁故障した場合について説明したが、第1マスタカットバルブ32が開弁故障した場合にも下流液圧Ppは同様に変化する。その理由は、第2液圧センサSbが設けられた液路Qbの液圧と、第2液圧センサSbが設けられていない液路Pbの液圧とは、スレーブシリンダ42の移動可能な第2ピストン48Bを挟んで実質的に拮抗しているため、液路Qbの液圧と液路Pbの液圧とが一致するからである。
以上のように、第1、第2マスタカットバルブ32,33の少なくとも一方が開弁故障すると、上流液圧Pmおよび下流液圧Ppの両方に異常が発生することになる。
次に、第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障を判定する手順を、図9〜図11のフローチャートに基づいて説明する。
先ず、図9のメインルーチンのステップS1でブレーキペダルストロークセンサSdにより検出したブレーキペダルストロークStを読み込み、ステップS2で第1液圧センサSaにより検出した上流液圧Pmを読み込み、ステップS3で第2液圧センサSb(あるいは第3液圧センサSc)により検出した下流液圧Pp(あるいは下流液圧Ph)を読み込み、ステップS4でスレーブシリンダストロークセンサSeにより検出したスレーブシリンダストロークSsを読み込んだ後、ステップS5で上流特性判定手段M1によって第1、第2マスタカットバルブ32,33の上流側の液圧剛性を診断するとともに、ステップS6で下流特性判定手段M2によって第1、第2マスタカットバルブ32,33の下流側の液圧剛性を診断する。
図10は前記ステップS5(上流剛性診断)のサブルーチンを示すもので、先ずステップS21でブレーキペダルストロークStに対する上流液圧Pmがマップから求められる本来の値よりも大きいとき、ステップS22で上流液圧Pmの上昇量が最大であれば、ステップS23でマスタシリンダ11から第1、第2マスタカットバルブ32,33までの液路Pa,Qaの一方が閉塞したと判定し、前記ステップS22で上流液圧Pmの上昇量が最大でなければ、ステップS24で上流剛性が上昇していると判定する。上流剛性の上昇は、例えば第1、第2マスタカットバルブ32,33が半開状態で固着したような場合に発生する。
前記ステップS21でブレーキペダルストロークStに対する上流液圧Pmがマップから求められる本来の値よりも大きくなく、かつステップS25でブレーキペダルストロークStに対する上流液圧Pmが、マップから求められる本来の値よりも小さいとき、ステップS26で上流液圧Pmの低下量が最大であれば、ステップS27で第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障により上流剛性が低下した可能性があると判定し、前記ステップS26で上流液圧Pmの低下量が最大でなければ、ステップS28で液路Paあるいは液路Qaにリークが発生したと判定する。
図11は前記ステップS6(下流剛性診断)のサブルーチンを示すもので、先ずステップS31でスレーブシリンダストロークSsに対する下流液圧Ppがマップから求められる本来の値よりも大きいとき、ステップS32で下流液圧Ppの上昇量が最大であれば、ステップS33でスレーブシリンダ42からABSユニット23までの液路Pb,Qbの一方が閉塞したと判定し、前記ステップS32で上流液圧Pmの上昇量が最大でなければ、ステップS34で下流剛性が上昇していると判定する。下流剛性の上昇は、例えばABSユニット23からホイールシリンダ26,27;30,31までの液路Pc,Pd,Qc,Qdが閉塞したような場合に発生する。
前記ステップS31でスレーブシリンダストロークSsに対する下流液圧Ppがマップから求められる本来の値よりも大きくなく、かつステップS35でスレーブシリンダストロークSsに対する下流液圧Ppがマップから求められる本来の値よりも小さいとき、ステップS36で下流液圧Ppの低下量が最大であれば、ステップS37で第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障により下流剛性が低下した可能性があると判定し、前記ステップS36で下流液圧Ppの低下量が最大でなければ、ステップS38で液路Pbあるいは液路Qbにリークが発生したと判定する。
図9のフローチャートに戻り、ステップS7で上流剛性および下流剛性が共に低下しており、かつ上流液圧Pmおよび下流液圧Ppが一致していれば、ステップS8で故障判定手段M3が第1、第2マスタカットバルブ32,33の少なくとも一方が開弁故障したと判定し、バックアップ制御手段M4が第1、第2マスタカットバルブ32,33に開弁指令を出力し、シミュレータバルブ34に閉弁指令を出力し、スレーブシリンダ42の作動を停止し、マスタシリンダ11が発生したブレーキ液圧で制動を行うバックアップ制御に移行する。
前記ステップS7で上流剛性および下流剛性が共に低下したことが判定されれば、その時点で第1、第2マスタカットバルブ32,33の少なくとも一方が開弁故障したと判定することが可能であるが、更に上流液圧Pmおよび下流液圧Ppが一致することを判定条件に加えることで、第1、第2マスタカットバルブ32,33の少なくとも一方が開弁故障したことを一層確実に判定することができる。
また上流側のリークあるいは下流側のリークの何れか一方だけが発生した場合には、マスタシリンダ11のブレーキ液圧により制動を行うバックアップ制御に移行することなく、スレーブシリンダ42によって引き続き制動を継続することができる。なぜならば、第1、第2マスタカットバルブ32,33の上流側にリークが発生した場合には、スレーブシリンダ42によって支障なく制動を行うことができ、また第1、第2マスタカットバルブ32,33の下流側にリークが発生した場合には、スレーブシリンダ42の下流の2系統のうちのリークが発生していない1系統により制動を行うことができるからである。ただし、スレーブシリンダ42の下流の2系統の両方がリークした場合には制動が不能になるが、そのような事態が発生する確立は非常に低くなる。
また上流側のリークおよび下流側のリークの両方が発生した場合には、スレーブシリンダ42の作動による制動が不能であると判定し、図5で説明した異常時のバックアップ制御に移行し、マスタシリンダ11のリークが発生していない系統およびスレーブシリンダ42のリークが発生していない系統による制動に切り換えることで、必要最小限の制動力を確保することができる。
ところで、図7で説明したように、車両が回生制動を行う場合には、ブレーキペダルストロークStにより定まるトータルの制動力の一部が回生制動によって賄われるため、スレーブシリンダ42によって賄われる制動力が回生制動を行わない場合に比べて小さくなるように、ブレーキペダルストロークStに対するスレーブシリンダストロークSsの目標値が低く設定される。
これにより、回生制動力およびスレーブシリンダ42による液圧制動力を合算したトータルの制動力を目標制動力に一致させることができ、しかも前記小さく設定したスレーブシリンダストロークSsの目標値を図8(B)のマップに適用することで、回生制動中であっても下流剛性の異常を支障なく検出することができる。
また車両が停止状態にあるときには、車両が走行状態にあるときに比べて必要な制動力が小さくなるため、ブレーキペダルストロークStに対するスレーブシリンダストロークSsの目標値が低く設定される。
これにより、スレーブシリンダ42の消費電力を節減することができ、しかも前記小さく設定したスレーブシリンダストロークSsの目標値を図8(B)のマップに適用することで、車両の停止中であっても下流剛性の異常を支障なく検出することができる。
以上、本発明の実施の形態を説明したが、本発明はその要旨を逸脱しない範囲で種々の設計変更を行うことが可能である。
例えば、実施の形態では上流剛性および下流剛性が共に低下し、かつ上流液圧Pmおよび下流液圧Ppが一致したときに第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障を判定しているが、上流液圧Pmおよび下流液圧Ppが一致するという条件を省略し、上流剛性および下流剛性が共に低下したときに第1、第2マスタカットバルブ32,33の開弁故障を判定しても良い。
また実施の形態では下流液圧検出手段として第2液圧センサSbおよび第3液圧センサScの二つを備えているが、その一方だけを備えるものであっても良い。
また図9のフローチャートのステップS7で上流液圧Pmおよび下流液圧Ppが一致するということは、上流液圧Pmおよび下流液圧Ppの差分が所定値以下であることを含むものとする。