JP5457159B2 - 新規セスキテルペン合成酵素遺伝子及びそれを利用したセスキテルペンの製造方法 - Google Patents

新規セスキテルペン合成酵素遺伝子及びそれを利用したセスキテルペンの製造方法 Download PDF

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本発明は、β-ビサボレンまたはγ-アモルフェンといった炭化水素セスキテルペンをファルネシル二リン酸から合成する酵素遺伝子、及び酵素を用いるセスキテルペンの製造方法に関する。本発明の方法により、組換え大腸菌等を用いて化学合成が困難なこれらのセスキテルペンの製造が可能になる。
イソプレノイド(テルペノイドとも呼ばれる)は23,000種を超える、自然界で最も多様な化合物の集団で、3,000種以上のセスキテルペンを含んでいる。イソプレノイドの中には、医薬品、農薬、機能性食品、香料として用いられているものなど産業上有用なものが多く含まれている。しかしながら、自然界における蓄積量は一部の例を除いて少なく、単品を多量調製するには莫大なコストと労力を必要とするものが多い。したがって、遺伝子組換え微生物または植物を利用したバイオテクノロジーによる多量生産のための開発研究が盛んに行われてきた。微生物の中で大腸菌は遺伝子組換えの技術や材料、情報が最も充実した微生物であるので、組換え大腸菌を用いてイソプレノイドを多量生産しようとする技術開発の研究が近年、盛んである。大腸菌はメバロン酸経路を持っておらず、非メバロン酸経路(2-C-メチル-D-エリストール4-リン酸(以後MEPと記載)を経由するのでMEP経路とも呼ばれる)により最初のイソプレノイド基質であるイソペンテニル二リン酸(イソペンテニルピロリン酸とも呼ばれる;以後IPPと記載)が作られる。IPPはIPPイソメラーゼ(以後Idiと呼ぶことがある)によりジメチルアリル二リン酸(以後DMAPPと記載)に変換され、DMAPPはファルネシル二リン酸(以後FPPと記載)合成酵素(シンターゼ)によりIPPと順次縮合することにより、炭素数10のゲラニル二リン酸(以後GPPと記載)、炭素数15のFPPに変換される。GPPから分岐して揮発成分であるモノテルペンが作られる。さらに、FPPから分岐して、セスキテルペンやトリテルペンが作られる。FPPはゲラニルゲラニル二リン酸(以後GGPPと記載)合成酵素によりIPPとさらに縮合して炭素数20のGGPPが合成される。このGGPPから分岐して、ジテルペンやカロテノイド(テトラテルペン)が合成される。大腸菌は、上記のテルペンは合成しないので、これらのイソプレノイドを大腸菌に合成させるためには、FPPからそのイソプレノイドまでの合成を担う生合成酵素遺伝子(群)を大腸菌に導入し、発現させる必要がある。
ショウガ(生姜;Zingiber officinale)は、熱帯アジア原産のショウガ科の多年草であり、食材や生薬として広く用いられている。ショウガにはいろんな栽培品種がある。例えば、日本で栽培される高級品種として、金時ショウガ(Zingiber officinale Roscoe, Kintoki cultivar)と呼ばれるショウガが挙げられる。ショウガからは、セスキテルペン合成酵素としてはゲルマクレンD合成酵素(germacrene D synthase)遺伝子のみが単離され解析されている(非特許文献1)。また、同じショウガ科植物であるハナショウガ[tropical ginger;shampoo ginger; Zingiber zerumbet]からは、α-フムレン合成酵素(α-humulene synthase)遺伝子(ZSS1)やβ-オイデスモール合成酵素(β-eudesmol synthase)遺伝子(ZSS2)が最近、単離され、その構造と機能解析が行われた(非特許文献2、3)。ショウガ科植物では、これら以外のセスキテルペン合成酵素(及びその遺伝子)は知られていなかった。
大腸菌はメバロン酸経路を有さないが、メバロン酸経路の酵素の遺伝子群(メバロン酸経路遺伝子群)を大腸菌に導入し発現させる研究も行われた。柿沼らは、メバロン酸経路のD-メバロン酸(D-mevalonic acid;D-mevalonate)以降の酵素であるメバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(phosphomevalonate kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase)、及び2型のIPPイソメラーゼ(IPP isomerase)等をコードする遺伝子群[ストレプトミセス(Streptomyces)属CL190株由来;非特許文献4;Accession no AB037666]を、パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)由来のカロテノイド生合成遺伝子群[crtEcrtBcrtIcrtYcrtZ;FPPからゼアキサンチン(zeaxanthin)を作るのに必要な生合成遺伝子群]とともに大腸菌に導入し、発現させた(非特許文献5)。本組換え大腸菌は、D-メバロン酸ラクトン(D-mevalonate lactone;以後、D-メバロノラクトン、メバロノラクトンまたはMVLと記載)を培地に基質として加えて培養することにより、ゼアキサンチンを合成することができた(非特許文献5)。また、上記メバロン酸経路遺伝子群を、ハナショウガのα-フムレン合成酵素遺伝子(α-humulene synthase;ZSS1)とともに大腸菌に導入し発現させると、その組換え大腸菌は0.5 mg/mLのMVLを培地に基質として加えて培養することにより、1 mLあたり1 mgのα-フムレンを生産することが示された(非特許文献6)。上記の組換え大腸菌において、ハナショウガのα-フムレン合成酵素遺伝子(ZSS1)の代わりにβ-オイデスモール合成酵素遺伝子(ZSS2)を導入し発現させると、その組換え大腸菌はMVLを培地に基質として加えて培養することにより、1 mLあたり100μgのβ-オイデスモールを生産することが示された(非特許文献3)。一方、上記メバロン酸経路遺伝子群を導入すること無しに、α-フムレン合成酵素遺伝子(ZSS1)を大腸菌に導入し発現させても、α-フムレンの生成は全く検出されなかった(非特許文献6)。したがって、メバロン酸経路遺伝子群を大腸菌に導入し発現させること、及び培地にMVL等のメバロン酸経路遺伝子群の基質を添加して培養することにより、結果的に、その組換え大腸菌内におけるFPPの生成量を多いに増量させることが示された。したがって、FPPを基質とするセスキテルペン合成酵素(sesquiterpene synthase;sesquiterpene cyclase)遺伝子、またはcrtE(GGPP合成酵素遺伝子)から始まるカロテノイド生合成遺伝子群を同時に導入し、発現させることにより、これらの産物であるセスキテルペンまたはカロテノイドを効率的に製造することが可能であることが明らかとなった(非特許文献6、7)。さらに、この系を利用すると、新規に取得された、または機能がわかっていないセスキテルペン合成酵素遺伝子配列の機能解析を行うことができる(非特許文献7)。すなわち、この遺伝子配列を発現するように導入した組換え大腸菌がセスキテルペンを生産しているかどうかを調べることができる(大腸菌は元々セスキテルペンを生産しない)。セスキテルペンが生産されている場合は、そのセスキテルペンの化学構造を解析することにより、そのセスキテルペン合成酵素遺伝子配列は、FPPからその化学構造を持つセスキテルペンの産物を合成する酵素をコードする遺伝子であることが同定されるからである。セスキテルペンは植物や微生物等(植物が主体)からすでに7,000種以上が単離されているが、まだ、多くのセスキテルペン合成酵素遺伝子が未知である。今後、この系により、同遺伝子の機能解析が進むものと期待される(非特許文献7)
S. Picard, M. E. Olsson, M. Brodelius, P. E. Brodelius, Arch. Biochem. Biophys. 452: 17-28, 2006 F. Yu, S. Okamoto, K. Nakasone, K. Adachi, S. Matsuda, H. Harada, N. Misawa, R. Utsumi, Planta 227: 1291-1299, 2008 F. Yu, H. Harada, K. Yamasaki, S. Okamoto, S. Hirase, Y. Tanaka, N. Misawa, R. Utsumi,FEBS Lett 582: 565-572, 2008 M. Takagi, T. Kuzuyama, S. Takahashi, H. Seto, J. Bacteriol., 182: 4153-4157, 2000 K. Kakinuma, Y. Dekishima, Y. Matsushima, T. Eguchi, N. Misawa, M. Takagi, T. Kuzuyama, H. Seto, J. Am. Chem. Soc., 123: 1238-1239, 2001 H. Harada, F. Yu, S. Okamoto, T. Kuzuyama, R. Utsumi, N. Misawa, Appl. Microbiol. Biotechnol. 81: 915-925, 2009 H. Harada, N. Misawa, Appl. Microbiol. Biotechnol. 84: 1021-1031, 2009
本発明は、FPPからセスキテルペンの合成に必要な新規酵素遺伝子を取得すること、及び取得した新規遺伝子を利用してセスキテルペンを製造する方法を提供することを課題とする。
本発明者らは、上記課題を解決するために、以下のように鋭意研究を行った。
(i)MVLからセスキテルペンの基質であるFPPを多量に作らせるため、ストレプトミセス(Streptomyces)属CL190株(非特許文献4;Accession no AB037666)から単離されたメバロン酸経路遺伝子群、すなわち、メバロン酸キナーゼ(MVA kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(PMVA kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(DPMVA decarboxylase)、及びIPPイソメラーゼ(IPP isomerase; 2型)を発現するためのプラスミドpAC-Mev(大腸菌ベクターpACYC184を使用;クロラムフェニコール(Cm)耐性;非特許文献6)を作製し、大腸菌を形質転換し、Cmを含む寒天培地上で生育する組換え大腸菌を得た。
(ii)金時ショウガの根茎から抽出した全RNAからcDNAを合成し、そこからPCRによって単離された、いくつかの全長の(セスキ)テルペン合成酵素遺伝子配列を大腸菌発現用ベクターに挿入し、プラスミド(その1例のプラスミド名はpET-Zo506FL3及びpET-Zo501FL2;いずれもアンピシリン(Ap)耐性)を作製した。これらのプラスミドの各々をiで作製したプラスミドを有する組換え大腸菌に導入して、MVL、Ap及びCmを含む培地で培養し、生成したセスキテルペンを分析することにより、FPPを変換してβ-ビサボレンを合成するβ-ビサボレン合成酵素(シンターゼ)遺伝子、及びFPPを変換してγ-アモルフェンを合成するγ-アモルフェン合成酵素(シンターゼ)遺伝子を発見することができた。
(iii)iiで取得したβ-ビサボレン合成酵素(シンターゼ)遺伝子及びγ-アモルフェン合成酵素(シンターゼ)遺伝子の大腸菌発現用プラスミド(それぞれpET-Zo506FL3及びpET-Zo501FL2)のいずれか1つのプラスミドを、iで作製したプラスミドを有する組換え大腸菌に導入して、MVL、Ap及びCmを含む培地で培養することにより、β-ビサボレンまたはγ-アモルフェンを製造する方法を提供することができた。
本発明は、上記知見に基づき完成されたものである。
即ち、本発明は、以下の〔1〕〜〔6〕を提供する。
〔1〕以下の(a)、(b)、(c)、又は(d)に示す遺伝子、
(a)配列番号4記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
(b)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつファルネシル二リン酸をβ-ビサボレンに変換する活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
(c)配列番号3記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子、
(d)配列番号3記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつファルネシル二リン酸をβ-ビサボレンに変換する活性を有するポリペプチドをコードするDNAからなる遺伝子。
〔2〕以下の(e)、(f)、(g)、又は(h)に示す遺伝子、
(e)配列番号10記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
(f)配列番号10記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつファルネシル二リン酸をγ-アモルフェンに変換する活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
(g)配列番号9記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子、
(h)配列番号9記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつファルネシル二リン酸をγ-アモルフェンに変換する活性を有するポリペプチドをコードするDNAからなる遺伝子。
〔3〕〔1〕又は〔2〕に記載の遺伝子を導入し、発現させた組換え大腸菌。
〔4〕〔1〕又は〔2〕に記載の遺伝子に加えて、以下の(1)〜(2)の遺伝子を導入し発現させた組換え大腸菌、
(1)メバロン酸又はメバロノラクトンからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、
(2)イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子。
〔5〕メバロン酸又はメバロノラクトンからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群及びイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子が、ストレプトミセス属CL190株由来の遺伝子群である〔4〕に記載の組換え大腸菌。
〔6〕〔3〕乃至〔5〕のいずれかに記載の組換え大腸菌を、メバロン酸又はメバロノラクトンを含む培地で培養して培養物又は菌体からβ-ビサボレン又はγ-アモルフェンを得ることを特徴とする、セスキテルペンの製造方法。
本発明は、ショウガが有するセスキテルペンであるβ-ビサボレンまたはγ-アモルフェンを、FPPを基質として合成する新規遺伝子を提供する。本発明によれば、β-ビサボレンまたはγ-アモルフェンを大腸菌等で効率的に製造することが可能となる。
金時ショウガ(Zingiber officinale Roscoe, Kintoki cultivar)の植物体及び各器官[葉(leaf)、幼根茎(young rhizome)、成熟根茎(mature rhizome)及び根(root)]を表す図。バーは5 cmを表す。 ZoTPS1と既知のショウガ由来セスキテルペンシンターゼのアミノ酸配列アラインメントを表す図。ZoGDSはZ. officinale RoscoeゲルマクレンDシンターゼ (AAX40665)を、 ZzZSS1と ZzZSS2はそれぞれZ. zerumbet Smith α-フムレンシンターゼ(BAG12020)と β-オイデスモールシンターゼ(BAG12021)を示す。全てのタンパク質に共通するアミノ酸は黒塗りで示した。縮重オリゴヌクレオチドプライマーに対応する配列の下部に矢印を付した。セスキテルペンシンターゼに高度に保存されているDDxxD、(N/D)xx(S/T)xxxE、RxRモチーフはアスタリスクで示した。 プラスミドpET-Zo506FL3の構造を表す図。ZoTps1のORFに相当するcDNA(1,653 bp)が、ベクターpETDuet-1のNdeI-KpnI間に挿入されている。 GC-MSを用いた大腸菌のセスキテルペン生成物の分析結果を表す図。a)ZoTps1を含むプラスミドpET-Zo506FL3及びプラスミドpAC-Mevを保持する大腸菌株ドデカン抽出液のクロマトグラム。新規なピーク1を矢印で示した。b)ZoTps1を含まないプラスミドpET21a及びプラスミドpAC-Mevを保持する対照大腸菌株ドデカン抽出液のクロマトグラム。c)aの矢印で示したピーク1(上図)及びβ-ビサボレン標準品(下図)のマススペクトル。 β-ビサボレン及びγ-アモルフェンの化学構造とファルネシル二リン酸(FPP)からの生合成を示す図。 金時ショウガ各器官(葉、幼根茎、成熟根茎及び根)におけるZoTps1の発現解析の結果を表す図。PCRにより、幼根茎(young rhizome)においてのみZoTps1転写産物が検出され、特異的に発現していることが示された。 ZoTPS5とZoTPS1及び既知のショウガ由来セスキテルペンシンターゼのアミノ酸配列アラインメントを表す図。ZoGeDはZ. officinale RoscoeゲルマクレンDシンターゼ (AAX40665)を、 ZzZSS1と ZzZSS2はそれぞれZ. zerumbet Smith α-フムレンシンターゼ(BAG12020)と β-オイデスモールシンターゼ(BAG12021)を示す。3種類以上のタンパク質について同一のアミノ酸を黒塗りで、類似するアミノ酸を灰色で示した。 GC-MSを用いた大腸菌のセスキテルペン生成物の分析結果を表す図。ピーク2はγ-アモルフェンと同定された。 金時ショウガ各器官(葉、幼根茎、成熟根茎及び根)におけるZoTps5の発現解析の結果を表す図。PCRにより、ZoTps5転写産物が幼根茎(young rhizome)で強く発現し、根でも弱いながら発現していることが示された。
以下、本発明を詳細に説明する。
1.メバロン酸経路遺伝子群
培地中に添加されたD-メバロノラクトン(D-mevalonolactone;MVL;自然にD-メバロン酸に変換される)を利用するためには、それを基質とするメバロン酸キナーゼから始まる4つのメバロン酸経路遺伝子、すなわち、メバロン酸キナーゼ(mevalonate kinase;MVA kinase)、ホスホメバロン酸キナーゼ(phosphomevalonate kinase; PMVA kinase)、ジホスホメバロン酸デカルボキシラーゼ(diphosphomevalonate decarboxylase;DPMVA decarboxylase)とIPPイソメラーゼ(Idi;IPP isomerase)が必要である。Idiには互いに構造が異なる、1型(type 1)と2型(type 2)のものが存在している。どちらのIdiを用いてもよいが、発明者らは実施例では2型のIdiを用いた。その理由は、発明者らが実施例で用いたストレプトミセス(Streptomyces)属CL190株由来のメバロン酸経路遺伝子群(非特許文献4;Accession no AB037666)では、MVA kinase、DPMVA decarboxylase、PMVA kinase、2型IPP isomerase遺伝子がこの順番で遺伝子群を形成していたので、この遺伝子群をそのままの形で用いる方がプラスミドの作製が容易であったからである。上記4遺伝子群の発現用プラスミドの一例が、発明者らが実施例で用いたpAC-Mev(大腸菌ベクターpACYC184を使用;クロラムフェニコール(Cm)耐性;非特許文献6)である。また、メバロン酸経路遺伝子群のソースであるが、発明者らは実施例ではストレプトミセス属CL190株由来のものを用いたが、酵母や他の細菌由来の相当遺伝子群を用いても問題ないことは言うまでもない(そのような例は非特許文献7に示されている)。また、発明者らは実施例では示していないが、2型idi遺伝子に加えて1型のidi遺伝子をさらに加えると、組換え大腸菌内でFPPの生産量が若干増量されることが分かっている(非特許文献6)。
また、発明者らはここでは、培地中にD-メバロノラクトン(MVL)を添加し、それを基質とするメバロン酸キナーゼから始まる4つのメバロン酸経路遺伝子を用いたが、それより上流のメバロン酸経路遺伝子群も同時に導入し、上流の酵素の基質を添加することも可能である。たとえば、発明者らは以前、D-メバロノラクトンより安価なアセト酢酸塩(たとえばlithium acetoacetate)を資化できるメバロン酸経路遺伝子群を組換え大腸菌に導入し、アセト酢酸塩を培地に添加して、α-フムレン等のイソプレノイドを効率生産できることを示した(非特許文献6)。
2.セスキテルペン合成酵素(セスキテルペンシンターゼ)
セスキテルペンは植物や微生物等(植物が主体)からすでに7,000種以上が単離され、化学構造がわかっているが、まだ、多くのセスキテルペン合成酵素(シンターゼ)遺伝子が未知である(非特許文献7)。触媒機能が明らかになっている植物等のセスキテルペン合成酵素(及びそれをコードする遺伝子)の例は非特許文献7にまとめられているので、それを参照されたいが、1例を挙げると、アメリカオオモミ(ベイモミ;grand fir)から単離されたδ-セリネン合成酵素やγ-フムレン合成酵素遺伝子(C. L. Steele, J. Crock, J. Bohlmann, R. Croteau, Sesquiterpene synthases from grand fir (Abies grandis). Comparison of constitutive and wound-induced activities, and cDNA isolation, characterization, and bacterial expression of δ-selinene synthase and γ-humulene synthase. J. Biol. Chem. 273:2078-2089, 1998)がある。
ショウガ(生姜;Zingiber officinale)からは、セスキテルペン合成酵素としてはゲルマクレンD合成酵素(germacrene D synthase)遺伝子のみが単離され解析されている(非特許文献1)。また、同じショウガ科植物であるハナショウガ[tropical ginger;shampoo ginger; Zingiber zerumbet]からは、α-フムレン合成酵素(α-humulene synthase)遺伝子(ZSS1)やβ-オイデスモール合成酵素(β-eudesmol synthase)遺伝子(ZSS2)が最近、単離され、その構造と機能解析が行われた(非特許文献2、3)。ショウガ科植物では、これら以外のセスキテルペン合成酵素(及びその遺伝子)は知られていなかった。
本発明では、金時ショウガ(Zingiber officinale Roscoe, Kintoki cultivar)と呼ばれる食用ショウガの高級品種の幼根茎(young rhizome)に発現している種々のセスキテルペン合成酵素遺伝子候補の全長cDNA断片を取得した。これらのcDNA断片を大腸菌ベクターpETDuet-1(Novagen社製;アンピシリン(Ap)耐性)に挿入したプラスミド(一例がpET-Zo506FL3及びpET-Zo501FL2)を作製した。
3.プラスミドを導入した大腸菌の培養、セスキテルペンの生産
2で作製した、セスキテルペン合成酵素遺伝子候補の全長cDNA断片を大腸菌ベクターpETDuet-1(Novagen社製)に挿入したプラスミド(一例がpET-Zo506FL3及びpET-Zo501FL2;Ap耐性)の各々について、1で作製したプラスミドpAC-Mev(Cm耐性)と共に大腸菌BL21(DE3)に導入し、ApとCmの2つに薬剤に対して耐性の組換え大腸菌を作製した。得られた組換え大腸菌を、D-メバロノラクトン(MVL;濃度の1例は0.5 mg/mL)を培地に加えて培養を行った。その際、大腸菌に導入されたセスキテルペン合成酵素遺伝子候補のcDNA断片が実際にセスキテルペン合成酵素を合成できる場合は、その合成酵素の働きにより、組換え大腸菌はセスキテルペンを生産するようになる。発明者らは、プラスミドpET-Zo506FL3を有する組換え大腸菌がβ-ビサボレンを合成すること、すなわちそのプラスミドに挿入されたcDNA(ZoTps1遺伝子と命名;この塩基配列は配列番号4に示されている)がβ-ビサボレン合成酵素(ZoTPS1;このアミノ酸配列は配列番号3に示されている)を合成する(コードする)こと、及びプラスミドpET-Zo501FL2を有する組換え大腸菌がγ-アモルフェンを合成すること、すなわちそのプラスミドに挿入されたcDNA(ZoTps5遺伝子と命名;この塩基配列は配列番号10に示されている)がγ-アモルフェン合成酵素(ZoTPS5;このアミノ酸配列は配列番号9に示されている)を合成すること(コードすること)を見出し、本発明を完成するに至った。
4.大腸菌の株及び遺伝子組換え実験方法
発明者らは大腸菌B株のBL21(DE3)を用いたが、大腸菌の株には、大腸菌K12株のJM109(DE3)など種々の株が存在するので、大腸菌の株としてBL21(DE3)に限定されるものでない。また、組換え大腸菌の培養培地として、発明者らはLB培地を利用したが、大腸菌の培養培地としては、2x YT培地、TB培地等多くの培地が存在するので、LB培地に限定されるものでない。また、発明者らが用いている遺伝子組換え実験方法としては、実施例で示されているメーカーによる実施マニュアル以外に、多くの手引書が存在している。たとえば、Sambrook and Russel, Molecular Cloning A Laboratory Manual (Third edition) Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001が例示できる。本手引書は包括的であり、通常の遺伝子組換え実験方法以外に、大腸菌株の種類、ベクターの種類、培養法等が示されているので、参考にして実験を行うことができる。
以下、本発明の実施の形態を説明する。
(A)β-ビサボレン合成酵素遺伝子
本発明のβ-ビサボレン合成酵素遺伝子は、(a)配列番号4記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、(b)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつファルネシル二リン酸をβ-ビサボレンに変換する活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、(c)配列番号3記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子、(d)配列番号3記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつファルネシル二リン酸をβ-ビサボレンに変換する活性を有するポリペプチドをコードするDNAからなる遺伝子を含む。
(a)の遺伝子は、金時ショウガから得られたβ-ビサボレン合成酵素をコードする遺伝子である。このβ-ビサボレン合成酵素は、ファルネシル二リン酸をβ-ビサボレンに変換する活性を持つ。(a)の遺伝子には、後述するZoTps1のほか、ZoTps1と同一のポリペプチドをコードするが、塩基配列の異なる遺伝子も含まれる。
(b)の遺伝子は、金時ショウガから得られたβ-ビサボレン合成酵素に対して酵素活性を失わせない程度の変異を導入したポリペプチドをコードする遺伝子である。このような変異は、自然界において生じる変異のほかに、人為的な変異をも含む。人為的変異を生じさせる手段としては、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)などを挙げることができる。変異したアミノ酸の数は、通常は、10アミノ酸以内であり、好ましくは5アミノ酸以内であり、更に好ましくは3アミノ酸以内であり、最も好ましくは1アミノ酸である。変異を導入したポリペプチドが酵素活性を保持しているかどうかは、例えば、変異を導入したポリペプチドをコードする遺伝子を大腸菌等に導入し、発現させ、その大腸菌等がβ-ビサボレンを生成することができるかどうか調べることによりわかる。配列番号4に記載のアミノ酸配列には、DDxxD(303-307番目のアミノ酸)、(N/D)xx(S/T)xxxE(448-455番目のアミノ酸)、RxR(266-268番目のアミノ酸)というセスキテルペンシンターゼに高度に保存されているモチーフが含まれている。これらのモチーフに変異が導入されると酵素活性が失われる可能性が高いので、変異はこれらのモチーフ以外のアミノ酸に導入されることが好ましい。また、図2には、β-ビサボレン合成酵素(ZoTPS1)と既知のショウガ由来のセスキテルペン合成酵素の共通するアミノ酸が示されているが(黒塗りにされたアミノ酸)、これらのアミノ酸はセスキテルペン合成酵素の活性に重要な役割を果たしている可能性があるので、変異はこれらのアミノ酸以外のアミノ酸に導入されることが好ましい。
(c)の遺伝子は、ZoTps1と命名された金時ショウガから得られたβ-ビサボレン合成酵素遺伝子である。
(d)の遺伝子は、DNA同士のハイブリダイゼーションを利用することにより得られる遺伝子である。この遺伝子における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の37℃でのハイブリダイゼーション及び1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による37℃での洗浄処理といった条件であり、好ましくは、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の42℃でのハイブリダイゼーション及び0.5×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理といった条件であり、更に好ましくは、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の65℃でのハイブリダイゼーション及び0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理といった条件である。ハイブリダイゼーションを利用することにより得られたDNAが、活性を有するポリペプチドをコードするかどうかは、例えば、そのDNAを大腸菌等に導入し、発現させ、その大腸菌等がβ-ビサボレンを生成することができるかどうか調べることによりわかる。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、(c)の遺伝子(配列番号3)と通常、高い同一性を有する。高い同一性とは、80%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、更に好ましくは95%以上の同一性を指す。
(B)γ−アモルフェン合成酵素遺伝子
本発明のγ−アモルフェン合成酵素遺伝子は、(e)配列番号10記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、(f)配列番号10記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつファルネシル二リン酸をγ−アモルフェンに変換する活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、(g)配列番号9記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子、(h)配列番号9記載の塩基配列からなるDNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつファルネシル二リン酸をγ−アモルフェンに変換する活性を有するポリペプチドをコードするDNAからなる遺伝子を含む。
(e)の遺伝子は、金時ショウガから得られたγ−アモルフェン合成酵素をコードする遺伝子である。このγ−アモルフェン合成酵素は、ファルネシル二リン酸をγ−アモルフェンに変換する活性を持つ。(e)の遺伝子には、後述するZoTps5のほか、ZoTps5と同一のポリペプチドをコードするが、塩基配列の異なる遺伝子も含まれる。
(f)の遺伝子は、金時ショウガから得られたγ−アモルフェン合成酵素に対して酵素活性を失わせない程度の変異を導入したポリペプチドをコードする遺伝子である。このような変異は、自然界において生じる変異のほかに、人為的な変異をも含む。人為的変異を生じさせる手段としては、部位特異的変異誘発法(Nucleic Acids Res. 10, 6487-6500, 1982)などを挙げることができる。変異したアミノ酸の数は、通常は、10アミノ酸以内であり、好ましくは5アミノ酸以内であり、更に好ましくは3アミノ酸以内であり、最も好ましくは1アミノ酸である。変異を導入したポリペプチドが酵素活性を保持しているかどうかは、例えば、変異を導入したポリペプチドをコードする遺伝子を大腸菌等に導入し、発現させ、その大腸菌等がγ−アモルフェンを生成することができるかどうか調べることによりわかる。配列番号10に記載のアミノ酸配列には、DDxxD(301-305番目のアミノ酸)、(N/D)xx(S/T)xxxE(445-452番目のアミノ酸)、RxR(264-266番目のアミノ酸)というセスキテルペンシンターゼに高度に保存されているモチーフが含まれている。これらのモチーフに変異が導入されると酵素活性が失われる可能性が高いので、変異はこれらのモチーフ以外のアミノ酸に導入されることが好ましい。
(g)の遺伝子は、ZoTps5と命名された金時ショウガから得られたγ−アモルフェン合成酵素遺伝子である。
(h)の遺伝子は、DNA同士のハイブリダイゼーションを利用することにより得られる遺伝子である。この遺伝子における「ストリンジェントな条件」とは、特異的なハイブリダイゼーションのみが起き、非特異的なハイブリダイゼーションが起きないような条件をいう。このような条件は、通常、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の37℃でのハイブリダイゼーション及び1×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による37℃での洗浄処理といった条件であり、好ましくは、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の42℃でのハイブリダイゼーション及び0.5×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による42℃での洗浄処理といった条件であり、更に好ましくは、5×SSC、1%SDSを含む緩衝液中の65℃でのハイブリダイゼーション及び0.2×SSC、0.1%SDSを含む緩衝液による65℃での洗浄処理といった条件である。ハイブリダイゼーションを利用することにより得られたDNAが、活性を有するポリペプチドをコードするかどうかは、例えば、そのDNAを大腸菌等に導入し、発現させ、その大腸菌等がγ−アモルフェンを生成することができるかどうか調べることによりわかる。ハイブリダイゼーションにより得られるDNAは、(g)の遺伝子(配列番号9)と通常、高い同一性を有する。高い同一性とは、80%以上の同一性、好ましくは90%以上の同一性、更に好ましくは95%以上の同一性を指す。
(C)組換え大腸菌
本発明の組換え大腸菌は、上記β−ビサボレン合成酵素遺伝子又は上記γ−アモルフェン合成酵素遺伝子を導入し、発現させたものである。
また、本発明の組換え大腸菌は、好ましくは、β−ビサボレン合成酵素遺伝子又はγ−アモルフェン合成酵素遺伝子に加えて、(1)メバロン酸又はメバロノラクトンからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、及び(2)イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子を導入し、発現させたものである。これらの遺伝子を大腸菌に導入し、発現させることにより、メバロン酸又はメバロノラクトンからβ−ビサボレンやγ−アモルフェンの製造が可能になる。
(C−1)イソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群
イソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群としては、前述したストレプトミセス属CL190株由来のメバロン酸経路遺伝子群(非特許文献4)を用いることができるが、これ以外にも出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のメバロン酸経路遺伝子群(V. J. J. Martin, D. J. Pitera, S. T. Withers, J. D. Newman, J. D. Keasling, Nature Biotechonosy, 21: 796-802, 2003)、細菌ストレプトコッカス・プノイモニエ(Streptococcus pneumoniae)由来のメバロン酸経路遺伝子群(S. H. Yoon, Y. M. Lee, J. E. Kim, S. H. Lee, J. H. Lee, J. Y. Kim, K. H. Jung, Y. C. Shin, J. D. Keasling, S. W. Kim, Biotechnology & Bioengineering, 94: 1025-1032, 2006)なども用いることができる。
(C−2)イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子
イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子としては、前述したストレプトミセス属CL190株由来のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子(非特許文献4)を用いることができるが、これ以外にも大腸菌由来のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子(V. J. J. Martin, D. J. Pitera, S. T. Withers, J. D. Newman, J. D. Keasling, Nature Biotechonosy, 21: 796-802, 2003)、出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子(S. Kajiwara, P. D. Fraser, K. Kondo, N. Misawa, Biochemical Journal, 324: 421-426, 1997)、緑藻ヘマトコッカス・プルビアリス(Haematococcus pluvialis)由来のイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子(前述のJ. J. Martinらの文献、及び前述のS. Kajiwaraらの文献)なども用いることができる。
(D)セスキテルペンの製造方法
本発明のセスキテルペンの製造方法は、上記組換え大腸菌を、メバロン酸又はメバロノラクトンを含む培地で培養して培養物又は菌体からβ−ビサボレン又はγ−アモルフェンを得ることを特徴とするものである。
使用する培地は、メバロン酸又はメバロノラクトンを含み、大腸菌の培養に適したものであれば特に限定されず、前述したLB培地、2x YT培地、TB培地などにメバロン酸又はメバロノラクトンを添加したものを使用することができる。
培地中のメバロン酸又はメバロノラクトンの濃度は、培地1リットル当たり、約0.1〜5 gが好ましく、約0.5〜1 gがより好ましい。培地中のpHは、約6.0〜8.0が好ましく、約6.6〜7.6がより好ましい。培養は、通常、約20〜30℃で約1〜3日間行えばよい。
以上の培養により、β−ビサボレン又はγ−アモルフェンが生成する。
各生成物は、常法により精製され得る。例えば、必要に応じ遠心分離、濾過等の処理を施して菌体等の懸濁物を除去し、次いで一般的な抽出溶剤、例えば酢酸エチル、クロロホルム、メタノール等の有機溶剤で抽出し、有機溶剤を減圧下で除去し、そして減圧蒸留、クロマトグラフィー、イオン交換樹脂、又は吸着性樹脂等の処理を行うことにより精製され得る。
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。
〔実施例1〕β-ビサボレンシンターゼ(β-ビサボレン合成酵素)遺伝子(ZoTps1)cDNAの取得
金時ショウガ(Zingiber officinale Roscoe, Kintoki cultivar)の幼根茎(図1)から、RNeasy Plant Mini Kit(Qiagen社製)を用いて全RNAを抽出した。Reverse Transcription Reagent (Takara Bio社製) を用いて、製造元の指示に従いオリゴdTプライミングにより、全RNA 0.5 μgをcDNAに逆転写した。非特許文献3に記された高等植物のセスキテルペンシンターゼの保存ドメインの配列に基づく縮重オリゴヌクレオチドプライマー対(フォワード:5’-TTYCGAYTIYTIMGRMARCAIGG-3’(配列番号17)及びリバース:5’-TAIGHRTCAWAIRTRTCRTC-3’(配列番号18))を用いて、非特許文献3にある通りの条件でcDNAを鋳型としたPCRを行い、590 bpの増幅断片を得た。得られた増幅断片をpGEM-T Easy Vector System(Promega社製)を用いてクローン化し塩基配列を決定した。全長cDNAを単離するために、Smart RACE cDNA Amplification Kit(BD社製)、オリゴヌクレオチドプライマー対(506FLフォワード:5’-TGAAGTCCAACTTTGCAAGCTC-3’(配列番号1)及び506FLリバース:5’-GAAACGGCTTTTCACAAGATGC-3’(配列番号2))及びAdvantage2 Polymerase Mix(Clontech社製)を用いて、製造元の指示に従い断片を5’末端および3’末端に向かって伸長させ、全長cDNA配列を決定した。これらのcDNAのヌクレオチド配列を配列番号3に、該cDNAによりコードされるポリペプチドのアミノ酸配列を配列番号4に示す。また、配列番号3により特定されるcDNAをZoTps1と命名し、ZoTps1がコードする配列番号4により特定されるタンパク質をZoTPS1と命名した。
ZoTps1は、1650 bpのオープンリーディングフレーム(ORF)を含み、推定550アミノ酸残基、分子量64.4 kDa、及びpI of 4.95のタンパク質(ZoTPS1)をコードしていた。GenBank/EMBL/DDBJデータベースに対する相同性検索により、ZoTPS1は既知セスキテルペンシンターゼであるハナショウガ(Zingiber zerumbet Smith)由来α-フムレンシンターゼ(α-humulene synthase;ZSS1)と53%、同β-オイデスモール(β-ユーデスモール)シンターゼ(β-eudesmol synthase;ZSS2)と 50%、ショウガ(Zingiber officinale Roscoe)由来ゲルマクレンDシンターゼ(germacrene D synthase)と49%のアミノ酸配列一致度(identity)を示した。既知セスキテルペンシンターゼとの相同性から、ZoTPS1は、被子植物のセスキテルペンおよびジテルペンシンターゼの群であるTPS-aサブファミリー(J. Bohlmann, G. Meyer-Gauen, R. Croteau (1998) Plant terpenoid synthases: molecular biology and phylogenetic analysis. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95:4126-4133 参照のこと)に属することが分かった。さらにZoTPS1は、セスキテルペンシンターゼに高度に保存されているDDxxD、(N/D)xx(S/T)xxxE、RxRというモチーフを含んでいた(図2)。一方、既知のセスキテルペンシンターゼと同様に、ZoTPS1は、色素体輸送(transit)ペプチドを含まないことが予測された。
〔実施例2〕プラスミドpET-Zo506FL3の作製
ZoTps1に特異的なオリゴヌクレオチドプライマー対506-F(5’-AGACAGACATATGGAACTTGTTGATACTCC-3’(配列番号5)、下線はNdeI認識部位を示す)及び506-R(5’-GAGGTACGGTACCTCAAATAGGGATAGGATGAAC-3’ (配列番号6)、下線はKpnI認識部位を示す)及びAdvantage2 Polymerase Mix(Clontech社製)を用いて、金時ショウガcDNAを鋳型としたPCR(反応組成:製造元の指示に従った;反応条件:変性94℃で2分間、次に、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で4分間を5サイクル、次いで94℃で30秒間、60℃で30秒間、72℃で4分間を25サイクル)を行い、全長ZoTps1配列を含むcDNAを増幅した。得られたcDNAはプラスミドpGEM-T Easy Vector System(Promega社製)によりクローン化し、pGEMT-Zo506FL3を作製した。このプラスミドDNAを制限酵素NdeI-KpnIで消化し、得られた全長ZoTps1配列をpETDuet-1プラスミド(Novagen社製)のマルチクローニングサイト2(MCS2)のNdeI-KpnI部位に連結して、pET-Zo506FL3プラスミドを作製した(図3)。
〔実施例3〕プラスミドpET-Zo506FL3及びプラスミドpAC-Mevを持つ大腸菌によるβ-ビサボレン生産
プラスミドpET-Zo506FL3及びプラスミドpAC-Mev(非特許文献6)を用いた大腸菌の形質転換法、組換え大腸菌の培養法、培養した大腸菌の菌体からのβ-ビサボレン(β-bisabolene)の抽出、同定法は非特許文献2、3、6の通りである。ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いた分析の結果、ZoTps1を含まないプラスミドpET21a及びプラスミドpAC-Mevを保持する対照大腸菌株では、菌体からのドデカン抽出液中にいずれのセスキテルペンの生成も確認されなかったのに対し、ZoTps1を含むプラスミドpET-Zo506FL3及びプラスミドpAC-Mevを保持する大腸菌株では、菌体からのドデカン抽出液中に新規なピークが見られた。マススペクトルの比較により、このピーク1はβ-ビサボレンであると同定された(図4)。この結果から、ZoTps1がβ-ビサボレンシンターゼ(β-bisabolene synthase)をコードする遺伝子であることが判明した。β-ビサボレンの化学構造は図5に示されている。
〔実施例4〕ZoTps1の発現様式の同定
図1に示す金時ショウガの各器官(葉、幼根茎、成熟根茎及び根)から上述のように全RNAを抽出してcDNAを調製した。ZoTps1に特異的なオリゴヌクレオチドプライマー対(5’-ATGGTTCGCAAGCTTTCCTAAG-3’(配列番号7)及び 5’-ATTCGGTAGATCGCGAAGAGTG-3’ (配列番号8))を用いて、各器官それぞれのcDNAを鋳型としたPCR(反応液組成:全量20μl中にcDNA調製液2 μl、0.3 μM 各プライマー、200 μM 各dNTP、および0.5 U GoTaq DNAポリメラーゼ(Promega社製)を含む;反応条件:変性96℃で5分間、次に、96℃で1分間、58℃で1分間、72℃で1分間を30サイクル、最後に72℃で1分間伸長)を行い、各器官におけるZoTps1の発現様式を調べた。その結果、ZoTps1は幼根茎でのみ転写産物の増幅が確認され、幼根茎に特異的に発現していることが判明した(図6)。
以上の結果より、プラスミドpET-Zo506FL3及びプラスミドpAC-Mevを導入した大腸菌を用いて、β-ビサボレンの選択的な生産が可能であることが示された。
〔実施例5〕γ-アモルフェンシンターゼ(γ-アモルフェン合成酵素)遺伝子(ZoTps5)cDNAの取得
実施例1で示した方法と同じ方法で、金時ショウガ(Z. officinale Roscoe, Kintoki cultivar)の幼根茎(図1)から全RNAを抽出し、cDNAに逆転写した。非特許文献3に記された高等植物のセスキテルペンシンターゼの保存ドメインの配列に基づく縮重オリゴヌクレオチドプライマー対(フォワード:5’-TTYCGAYTIYTIMGRMARCAIGG-3’(配列番号17)及びリバース:5’-TAIGHRTCAWAIRTRTCRTC-3’(配列番号18))を用いて、非特許文献3にある通りの条件でcDNAを鋳型としたPCRを行い、590 bpの増幅断片を得た。得られた増幅断片をpGEM-T Easy Vector System(Promega社製)を用いてクローン化し塩基配列を決定した。全長cDNAを単離するために、Smart RACE cDNA Amplification Kit(BD社製)、オリゴヌクレオチドプライマー対(ZoZSS-5race, 5’-TGAAGTCCAACTTTGCAAGCTC-3’(5’-RACE用;配列番号11)及びZSS5-01-5F, 5’-GACAAACCTCTTGATCACTACTTCCTAAG-3’( 3’-RACE用;配列番号12)及びAdvantage2 Polymerase Mix(Clontech社製)を用いて、製造元の指示に従い断片を5’末端および3’末端に向かって伸長させ、全長cDNA配列を決定した。これらのcDNAのヌクレオチド配列を配列番号9に、該cDNAによりコードされるポリペプチドのアミノ酸配列を配列番号10に示す。また、配列番号9により特定されるcDNAをZoTps5と命名し、ZoTps5がコードする配列番号10により特定されるタンパク質をZoTPS5と命名した。
ZoTps5は、1644 bpのオープンリーディングフレーム(ORF)を含み、推定547アミノ酸残基、分子量64.6 kDa、及びpI of 5.11のタンパク質(ZoTPS5)をコードしていた。GenBank/EMBL/DDBJデータベースに対する相同性検索により、ZoTPS5は既知セスキテルペンシンターゼであるハナショウガ(Z. zerumbet Smith)由来α-フムレンシンターゼ(ZSS1)と65%、同β-オイデスモールシンターゼ(ZSS2)と 63%、ショウガ(Z. officinale Roscoe)由来ゲルマクレンDシンターゼと60%のアミノ酸配列一致度(identity)を示した。また、本発明によるβ-ビサボレンシンターゼ(ZoTPS1;実施例1−3)とは53%のアミノ酸配列一致度を示した。図7にZoTPS5とZoTPS1及び既知のショウガ由来セスキテルペンシンターゼのアミノ酸配列アラインメントを示した。ZoTPS5は、セスキテルペンシンターゼに高度に保存されているDDxxD、(N/D)xx(S/T)xxxE、RxRというモチーフを含んでいた。一方、既知のセスキテルペンシンターゼと同様に、ZoTPS5は、色素体輸送(transit)ペプチドを含まないことが予測された。
〔実施例6〕プラスミドpET-Zo501FL2の作製
ZoTps5に特異的なオリゴヌクレオチドプライマー対501-F(5’-AGACAGACATATGGAGAAGCAATCAACCAC-3’(配列番号13)、下線はNdeI認識部位を示す)及び501-R(5’-GAGGTACGGTACCTTAAATAAGAACAGATTCAACC-3’(配列番号14)、下線はKpnI認識部位を示す)及びAdvantage2 Polymerase Mix(Clontech社製)を用いて、金時ショウガcDNAを鋳型としたPCR(反応組成:製造元の指示に従った;反応条件:変性94℃で2分間、次に、94℃で30秒間、55℃で30秒間、72℃で4分間を5サイクル、次いで94℃で30秒間、60℃で30秒間、72℃で4分間を25サイクル)を行い、全長ZoTps5配列を含むcDNAを増幅した。得られたcDNAはプラスミドpGEM-T Easy Vector System(Promega社製)によりクローン化し、pGEMT-Zo506FL3を作製した。このプラスミドDNAを制限酵素NdeI-KpnIで消化し、得られた全長ZoTps5配列をpETDuet-1プラスミド(Novagen社製)のマルチクローニングサイト2(MCS2)のNdeI-KpnI部位に連結して、pET-Zo501FL2プラスミドを作製した。
〔実施例7〕
プラスミドpET-Zo501FL2及びプラスミドpAC-Mevを持つ大腸菌によるγ-アモルフェン生産
プラスミドpET-Zo501FL2及びプラスミドpAC-Mev(非特許文献6)を用いた大腸菌の形質転換法、組換え大腸菌の培養法、培養した大腸菌の菌体からのγ-アモルフェン(γ-amorphene)の抽出法は非特許文献2、3、6の通りである。ガスクロマトグラフ質量分析計(GC-MS)を用いた分析の結果、ZoTps5を含まないプラスミドpET21a及びプラスミドpAC-Mevを保持する対照大腸菌株では、菌体からのドデカン抽出液中にいずれのセスキテルペンの生成も確認されなかったのに対し、ZoTps5を含むプラスミドpET-Zo501FL2及びプラスミドpAC-Mevを保持する大腸菌株では、菌体からのドデカン抽出液中に新規なピークが見られた。この新規なピーク2を与える炭化水素は、ジクロロメタン中1 mMのp-トルエンスルホン酸一水和物の存在下、2時間の反応で、ピーク3及びピーク4の異性化産物を生成した。マススペクトルの比較により、これらのピークはそれぞれα-アモルフェン及びδ-アモルフェンと同定されたことから、ピーク2はγ-アモルフェンであると同定された(図8、非特許文献:N. Bulow, W. A. Konig, Phytochemistry 55: 141-168, 2000、W. N. Setzer, Int. J. Mol. Sci. 9: 89-97, 2008及びA. M. Adio, Tetrahedron 65: 1533-1552, 2009)。これらの結果から、ZoTps5がγ-アモルフェンシンターゼ(γ-amorphene synthase)をコードする遺伝子であることが判明した。γ-アモルフェンの化学構造は図5に示されている。以上の結果より、プラスミドpET-Zo501FL2及びプラスミドpAC-Mevを導入した大腸菌を用いて、γ-アモルフェンの生産が可能であることが示された。
〔実施例8〕ZoTps5の発現様式の同定
図1に示す金時ショウガの各器官(葉、幼根茎、成熟根茎及び根)から上述のように全RNAを抽出してcDNAを調製した。ZoTps5に特異的なオリゴヌクレオチドプライマー対(5’-CAGCTTCCCCAAATCATCAAAG-3’(配列番号15)及び5’-GATCGAGGCATTCTTTGTTGTG-3’(配列番号16))を用いて、各器官それぞれのcDNAを鋳型としたPCR(反応液組成:全量20μl中にcDNA調製液2 μl、0.3 μM 各プライマー、200 μM 各dNTP、および0.5 U GoTaq DNAポリメラーゼ(Promega社製)を含む;反応条件:変性96℃で5分間、次に、96℃で1分間、58℃で1分間、72℃で1分間を30サイクル、最後に72℃で1分間伸長)を行い、各器官におけるZoTps5の発現様式を調べた。その結果、ZoTps5は幼根茎で強い転写産物の増幅が確認され、根で弱い増幅が確認された。葉及び成熟根茎では発現は認められなかった(図9)。
本発明により、医薬品、農薬、機能性食品、香料などに用いられるセスキテルペンを組換え大腸菌を用いて製造することが可能になる。このため、本発明は、様々な産業分野において利用可能である。

Claims (6)

  1. 以下の(a)、(b)、又は(c)に示す遺伝子、
    (a)配列番号4記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
    (b)配列番号4記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつファルネシル二リン酸をβ-ビサボレンに変換する活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
    (c)配列番号3記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子。
  2. 以下の(e)、(f)、又は(g)に示す遺伝子、
    (e)配列番号10記載のアミノ酸配列からなるポリペプチドをコードする遺伝子、
    (f)配列番号10記載のアミノ酸配列において、1もしくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換もしくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつファルネシル二リン酸をγ-アモルフェンに変換する活性を有するポリペプチドをコードする遺伝子、
    (g)配列番号9記載の塩基配列からなるDNAからなる遺伝子。
  3. 請求項1又は請求項2に記載の遺伝子を導入し、発現させた組換え大腸菌。
  4. 請求項1又は請求項2に記載の遺伝子に加えて、以下の(1)及び(2)の遺伝子を導入し発現させた組換え大腸菌、
    (1)メバロン酸又はメバロノラクトンからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群、
    (2)イソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子。
  5. メバロン酸又はメバロノラクトンからイソペンテニル二リン酸までの合成を行うメバロン酸経路遺伝子群及びイソペンテニル二リン酸イソメラーゼ遺伝子が、ストレプトミセス属CL190株由来の遺伝子群である請求項4に記載の組換え大腸菌。
  6. 請求項3乃至5のいずれか一項に記載の組換え大腸菌を、メバロン酸又はメバロノラクトンを含む培地で培養して培養物又は菌体からβ-ビサボレン又はγ-アモルフェンを得ることを特徴とする、セスキテルペンの製造方法。
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