内燃機関には、ピストンとクランクシャフトとを連結するためにコネクティングロッド(あるいはコンロッド)と呼ばれる部材が用いられている。コネクティングロッドは、棒状のロッド本体部(軸部)と、ロッド本体部の一端に設けられた小端部と、ロッド本体部の他端に設けられた大端部とを備える。小端部がピストンに接続されるのに対し、大端部はクランクシャフトに接続される。
コネクティングロッドは、内燃機関の内部で往復運動する。従って、コネクティングロッドを軽量化すると、内燃機関をよりスムーズに回転させることができ、また、振動が減少する。このように、コネクティングロッドには軽量であることが求められている。
また、コネクティングロッドには、燃焼室で生じた爆発力がピストンを介して伝えられるので、十分な機械的強度が要求される。特に、高い回転数で運転される内燃機関(例えば自動二輪車用の内燃機関)では、コネクティングロッドにはいっそう高い機械的強度が求められるとともに、加速性能の向上のためのいっそうの軽量化が求められている。
鋼製コネクティングロッドの機械的強度を向上させる技術として、コネクティングロッドの表面に炭素を浸透させる浸炭処理が知られている。浸炭処理により、コネクティングロッドの表面近傍の炭素濃度が高くなるので、コネクティングロッドの焼入れ後に表面硬度が高くなる。従って、コネクティングロッドの機械的強度が向上する。また、コネクティングロッドを肉薄にしても十分な機械的強度を確保できるので、コネクティングロッドの軽量化を図ることもできる。なお、浸炭処理を行う場合でも、ロッド本体部には表面硬度が高くならないように浸炭防止処理が施されることが多い。ロッド本体部は靭性が高いことが好ましいからである。
特許文献1には、コネクティングロッドの表面硬度をさらに高くする手法として、高濃度浸炭処理が提案されている。高濃度浸炭処理では、カーボンポテンシャル(CP)が0.8%以上である雰囲気下での浸炭を複数回行う。これにより、コネクティングロッドの表面近傍に微細な粒状の炭化物が析出するとともに、表面近傍におけるマルテンサイト組織の結晶粒径が小さくなる。そのため、表面硬度が著しく高くなる。
ただし、高濃度浸炭処理においても、ロッド本体部の靭性を確保するために、ロッド本体部については他の部分よりも浸炭回数が少ないか、あるいは、全く浸炭が行われない。図8に、高濃度浸炭処理を行う場合のコネクティングロッドの製造工程の例を示す。
まず、素材である鋼を鍛造によってコネクティングロッドの形状に成形する(工程S11)。次に、コネクティングロッドの表面に防炭剤などによりマスキングを行う(工程S12)。その後、機械加工を行うことによって小端部のピストンピン孔や大端部のクランクピン孔などを形成する(工程S13)。
次に、1回目の浸炭および冷却(または焼入れ)工程を行う(工程S14)。浸炭は、カーボンポテンシャルが0.8%以上である雰囲気下で行われる。このとき、クランクピン孔の内周面などのマスキングパターンによって覆われていない部分(つまり機械加工の際の切削によりマスキングパターンが除去された部分)では、表面近傍における炭素濃度が高くなる。一方、ロッド本体部のようにマスキングパターンによって覆われている部分(つまり浸炭防止処理が施されている部分)では、炭素濃度はほとんど変化しない。続いて、コネクティングロッドの表面に残っているマスキングパターンを除去する(工程S15)。
その後、2回目の浸炭、焼入れおよび焼戻しを順次行う(工程S16)。2回目の浸炭もカーボンポテンシャルが0.8%以上である雰囲気下で行われる。このとき、コネクティングロッド表面のマスキングパターンは既に除去されているので、コネクティングロッド全体にわたって表面近傍における炭素濃度が高くなる。最後に、小端部の内周面や大端部の内周面の研磨工程が施される(工程S17)。
上述した製造方法によれば、浸炭防止処理が施されていない部分には2回浸炭が施される一方で、ロッド本体部のように浸炭防止処理が施されている部分には1回だけ浸炭が施される。そのため、ロッド本体部の靭性を確保しつつ、コネクティングロッド全体の強度を大きく向上させることができる。
しかしながら、ロッド本体部をさらに細くしてコネクティングロッドのいっそうの軽量化を図るために、ロッド本体部のさらなる高機械強度化が望まれている。例えば、ロッド本体部への浸炭防止処理を施すことなく、高濃度浸炭処理を行えば、ロッド本体部の表面硬度をさらに高くすることができる。ところが、その場合には、当然ながらロッド本体部の靭性が損なわれてしまう。
そこで、本願発明者は、高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドに対して、非特許文献1および2に開示されているような微粒子ショットピーニング(Fine Particle Bombarding:FPB)を行うことを検討した。微粒子ショットピーニングでは、ショット材として一般的なショットピーニングで用いられるものよりも格段に細かい微粒子(具体的には直径500μm以下)が用いられる。微粒子ショットピーニングとは、このような微粒子を高速で金属部品の表面に衝突させ、これによって生じる種々の現象を利用して表面改質を行う技術である。
微粒子ショットピーニングを行うことにより、金属部品の表面に高硬度で靭性に富んだナノ結晶組織が形成される。また、金属部品の表面に一般的なショットピーニングよりも大きな圧縮残留応力を付与することができるので、疲労強度が向上する。
高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドに対して、微粒子ショットピーニングを行うことにより、ロッド本体部の機械的強度および靭性をともに高くすることが可能になると考えられる。
しかしながら、本願発明者が実際に試作を行ったところ、高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドに対して微粒子ショットピーニングを行うと、コネクティングロッドの使用中にロッド本体部において表面を起点とする疲労亀裂による破損が発生することが判明した。この破損の原因を図9(a)および(b)を参照しながら説明する。図9(a)は、微粒子ショットピーニングを行う前のコネクティングロッドの表面近傍を模式的に示す断面図であり、図9(b)は、微粒子ショットピーニングを行った後のコネクティングロッドの表面近傍を模式的に示す断面図である。
図9(a)に示しているように、高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドの表面近傍では、鋼の母相2中に炭化物3と介在物4とが含まれている。微粒子ショットピーニングを行うと、炭化物3および介在物4が硬いために、主に母相2が塑性変形を伴いながら削り取られる。従って、図9(b)に示しているように、母相2の表面2aから炭化物3および介在物4が突出する。そのため、コネクティングロッドの使用時には、炭化物3および介在物4の突出部の根元に図示しているように応力が集中し、破損の起点となる。
本発明は、本願発明者が見出した上記知見に基づいてなされたものであり、その目的は、ロッド本体部の機械的強度に優れ、軽量化に適したコネクティングロッドおよびその製造方法を提供することにある。
本発明によるコネクティングロッドは、ロッド本体部と、前記ロッド本体部の第1端に設けられた小端部と、前記ロッド本体部の第2端に設けられた大端部とを備えたコネクティングロッドであって、前記コネクティングロッドは、鋼から形成されており、前記ロッド本体部表面の少なくとも一部における圧縮残留応力は、1000MPa以上であり、前記ロッド本体部の表面近傍に含まれる炭化物の外接円直径および介在物の外接円直径は、それぞれ10μm以下である。
ある好適な実施形態において、前記鋼の酸素含有量は10wtppm以下であり、前記鋼の硫黄含有量は0.01wt%以下である。
ある好適な実施形態において、前記ロッド本体部の表面から0.1mmの深さにおける炭素濃度は、0.9wt%以上1.2wt%以下である。
本発明による内燃機関は、上記構成を有するコネクティングロッドを備える。
本発明による輸送機器は、上記構成を有する内燃機関を備える。
本発明によるコネクティングロッドの製造方法は、ロッド本体部と、前記ロッド本体部の第1端に設けられた小端部と、前記ロッド本体部の第2端に設けられた大端部とを備えるコネクティングロッドの製造方法であって、0.1wt%以上0.45wt%以下の炭素、10wtppm以下の酸素および0.01wt%以下の硫黄を含む鋼から形成されたワークピースを用意する工程と、前記ワークピースに対して、0.9%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭処理を複数回行う工程であって、前記複数回行う浸炭処理のうちの最後の浸炭処理を0.9%以上1.2%以下のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行う工程と、前記浸炭処理が施された後の前記ワークピースに対して、微粒子ショットピーニングを行う工程と、を包含する。
ある好適な実施形態において、前記微粒子ショットピーニングを行う工程は、前記ロッド本体部表面の少なくとも一部における圧縮残留応力が、1000MPa以上となるように実行される。
本発明によるコネクティングロッドでは、ロッド本体部表面の少なくとも一部における圧縮残留応力が、1000MPa以上である。つまり、本発明によるコネクティングロッドは、一般的なショットピーニングで付与されるのよりも大きな圧縮残留応力を付与されている。1000MPa以上の圧縮残留応力は、具体的には、微粒子ショットピーニングにより付与することができる。従来、高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドに対して微粒子ショットピーニングを行った場合、母相の表面から突出した炭化物および介在物が破損の原因となった。これに対し、本発明によるコネクティングロッドでは、ロッド本体部の表面近傍に含まれる炭化物および介在物の外接円直径がそれぞれ10μm以下と小さいので、表面における応力集中が防止され、表面を起点とする破損が発生しにくい。このように、本発明によるコネクティングロッドは、表面に1000MPa以上の大きな圧縮残留応力が付与されているとともに、表面を起点とする破損が発生しにくいので、疲労強度に優れている。また、本発明によるコネクティングロッドは、微粒子ショットピーニングを行っても表面を起点とする破損が発生しにくいので、高濃度浸炭処理と微粒子ショットピーニングとを併用することにより好適に製造され得る。そのため、本発明によるコネクティングロッドは、コンロッド本体部の機械的強度に優れ、軽量化に適している。
コネクティングロッドの材料として用いられる鋼において、外接円直径が10μm以上に成長する可能性がある介在物は、酸化物および硫化物である。鋼の酸素含有量を10wtppm以下とすることにより、酸化物の外接円直径を10μm以下にすることができる。また、鋼の硫黄含有量を0.01wt%以下とすることにより、硫化物の外接円直径を10μm以下にすることができる。このように、鋼の酸素含有量が10wtppm以下であり、且つ、鋼の硫黄含有量が0.01wt%以下であることによって、介在物の外接円直径を10μm以下にすることができる。
高濃度浸炭処理における(より具体的には最後の浸炭処理における)雰囲気のカーボンポテンシャルを1.2%以下とすることによって、炭化物の外接円直径を10μm以下とすることができる。また、カーボンポテンシャルを0.9%以上とすることにより、炭化物を表面近傍により確実に析出させ、高濃度浸炭処理の効果を十分に得ることができる。最後の浸炭処理における雰囲気のカーボンポテンシャルは、完成したコネクティングロッドにおけるロッド本体部の表面から0.1mmの深さにおける炭素濃度にほぼ等しい。そのため、ロッド本体部の表面から0.1mmの深さにおける炭素濃度が0.9wt%以上1.2wt%以下であると、高濃度浸炭処理の効果を十分に得つつ、炭化物の外接円直径を10μm以下にすることができると言える。
本発明によるコネクティングロッドは、各種の内燃機関に好適に用いられる。本発明によるコネクティングロッドは、軽量化に適しているため、本発明によるコネクティングロッドを備えた内燃機関では、応答性が向上する。また、コネクティングロッドが軽量化されることにより、内燃機関における往復部の重量が減少するので、一次振動(ピストンやコネクティングロッドを含む往復部の往復運動によってクランクシャフト一回転につき一回の周期で発生する振動)を低減できる。さらに、本発明によるコネクティングロッドは、疲労強度に優れているので、内燃機関の信頼性も向上する。
本発明によるコネクティングロッドを備えた内燃機関を輸送機器に用いると、一次振動が少ないので、乗員が感じる不快な振動が低減される。また、車体に対して振動対策を施さなくてもよいので、大幅な軽量化を実現できる。
本発明によるコネクティングロッドの製造方法では、0.1wt%以上0.45wt%以下の炭素を含む鋼から形成されたワークピースに対して、0.9%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭処理が複数回行われる。つまり、高濃度浸炭処理が行われる。さらに、高濃度浸炭処理が施されたワークピースに対して、微粒子ショットピーニングが行われる。この微粒子ショットピーニングにより、ワークピースの表面に、大きな圧縮残留応力を付与することができる。本発明によるコネクティングロッドの製造方法では、ワークピースを用意する工程において、10wtppm以下の酸素および0.01wt%以下の硫黄を含む鋼から形成されたワークピースが用意される。そのため、完成したコネクティングロッドの表面近傍における酸化物および硫化物の外接円直径を10μm以下にすることができる。また、複数回行われる浸炭処理のうちの最後の浸炭処理における雰囲気のカーボンポテンシャルが1.2%以下であるので、完成したコネクティングロッドの表面近傍における炭化物の外接円直径を10μm以下とすることができる。このように、炭化物および介在物(酸化物および硫化物)の外接円直径が10μm以下と小さいので、高濃度浸炭処理の後に微粒子ショットピーニングを行っても、表面を起点とする破損が発生しにくい。そのため、本発明によるコネクティングロッドの製造方法によれば、疲労強度に優れたコネクティングロッドが製造される。また、本発明によるコネクティングロッドの製造方法では、高濃度浸炭処理に加えて微粒子ショットピーニングが行われるので、コンロッド本体部の機械的強度に優れ、軽量化に適したコンロッドが製造される。
コネクティングロッドの疲労強度を高くする観点からは、微粒子ショットピーニングを行う工程は、ワークピースのロッド本体部に対応する部分の表面における圧縮残留応力が、なるべく大きくなるように実行されることが好ましく、具体的には、ロッド本体部表面の少なくとも一部における圧縮残留応力が1000MPa以上となるように実行されることが好ましい。
本発明によると、ロッド本体部の機械的強度に優れ、軽量化に適したコネクティングロッドおよびその製造方法が提供される。
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。なお、本発明は以下の実施形態に限定されるものではない。
図1(a)〜(c)に、本実施形態におけるコネクティングロッド1を示す。図1(a)は、コネクティングロッド1を模式的に示す平面図である。また、図1(b)は、図1(a)中の1B−1B’線に沿った断面図である。図1(c)は、図1(a)中の1C−1C’線に沿った断面図である。
コネクティングロッド1は、図1(a)および(b)に示すように、ロッド本体部10と、ロッド本体部10の一端(第1端)に設けられた小端部20と、ロッド本体部10の他端(第2端)に設けられた大端部30とを備える。コネクティングロッド1は、鋼から形成されている。
ロッド本体部(軸部)10は、棒状である。ロッド本体部10の断面形状は、典型的には、図1(c)に示すように、H字状である。
小端部20は、ピストンピンを通すための貫通孔(ピストンピン孔)22を有する。小端部20は、ピストンピンを介してピストンに接続される。ピストンピン孔22の内周面22aは、典型的には、ベアリングを介さずにピストンピンと接触する。
大端部30は、クランクピンを通すための貫通孔(クランクピン孔)32を有している。大端部30は、クランクピンを介してクランクシャフトに接続される。クランクピン孔32内には、典型的には、ローラベアリングなどの転がり軸受けが配置されるため、クランクピン孔32の内周面32aは、転がり軸受けと接触する。
コネクティングロッド1は、その製造工程において、高濃度浸炭処理を施されている。そのため、コネクティングロッド1の表面近傍には、図2に示すように、炭化物3が析出している。炭化物3は、具体的には、例えばFe3CやCr3Cである。また、コネクティングロッド1の表面近傍には、酸化物および/または硫化物などの介在物4も存在している。具体的には、酸化物は、例えばAl2O3やSiO2であり、硫化物は、例えばFeSやMnSである。
さらに、コネクティングロッド1には、その製造工程において、微粒子ショットピーニングが行われており、それにより圧縮残留応力が付与されている。また、図2に示しているように、微粒子ショットピーニングによって母相2が削り取られた結果、コネクティングロッド1の表面では炭化物3や介在物4が母相2の表面2aから突出している。
本実施形態では、ロッド本体部10の表面の少なくとも一部に、1000MPa以上の圧縮残留応力が付与されている。一般的なショットピーニングでは、せいぜい700MPa〜800MPa程度の圧縮残留応力しか付与できない。つまり、本実施形態におけるコネクティングロッド1には、一般的なショットピーニングで付与されるのよりも大きな圧縮残留応力が付与されている。なお、圧縮残留応力は、例えばX線残留応力測定器により測定することができる。
従来、高濃度浸炭処理が施されたコネクティングロッドに対して微粒子ショットピーニングを行った場合、母相の表面から突出した炭化物および介在物が破損の原因となった。本願発明者は、ロッド本体部の表面を起点とする破損の発生と、ロッド本体部の表面近傍のミクロ構造との関係を詳細に検討した結果、破損の発生のし易さと、炭化物および介在物のサイズとに相関関係があることを見出した。
本実施形態におけるコネクティングロッド1では、ロッド本体部10の表面近傍(具体的には表面から深さ0.05mmまでの領域)に含まれる炭化物3および介在物4の外接円直径D1およびD2(図2参照)がそれぞれ10μm以下と小さく、このことにより、ロッド本体部10の表面における応力集中が防止され、表面を起点とする破損の発生が抑制される。なお、炭化物3の外接円直径D1および介在物4の外接円直径D2とは、図2からもわかるように、文字通り、炭化物3および介在物4に外接する仮想的な円の直径である。炭化物3および介在物4のサイズ(例えば上述した外接円直径)は、金属顕微鏡(光学顕微鏡)または走査電子顕微鏡により測定することができる。
このように、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、表面に1000MPa以上の大きな圧縮残留応力が付与されているとともに、表面を起点とする破損が発生しにくいので、疲労強度に優れている。また、本実施形態におけるコネクティングロッドは、その製造工程において高濃度浸炭処理と微粒子ショットピーニングとを施されているので、コンロッド本体部10の機械的強度に優れ、軽量化に適している。従来のコネクティングロッドでは、高濃度浸炭処理に加えて微粒子ショットピーニングを施されると、表面を起点とする破損が発生する。これに対し、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、既に述べたように表面を起点する破損が発生しにくいので、高濃度浸炭処理および微粒子ショットピーニングの両方を含む製造方法により好適に製造され得る。
続いて、図3を参照しながら、本実施形態におけるコネクティングロッド1の製造方法を説明する。図3は、コネクティングロッド1の製造工程を示すフローチャートである。
まず、0.1wt%以上0.45wt%以下の炭素を含む鋼から鍛造により成形されたワークピースを用意する(工程S1)。0.1wt%以上0.45wt%以下の炭素を含む鋼としては、例えば、クロムモリブデン鋼であるSCM420を用いることができる。SCM420は、0.18wt%〜0.23wt%の炭素、0.90wt%〜1.20wt%以下のクロムおよび0.15wt%〜0.30wt%のモリブデンを含む。ワークピースの材料である鋼としては、上述したSCM420の他に、SCr420、SCM435、SCM440なども用いることができる。
また、本実施形態で用いられる鋼の酸素含有量は10wtppm以下であり、硫黄含有量は0.01wt%以下である。コンロッドの材料として一般的な鋼の酸素含有量は、15wtppm以上であり、硫黄含有量は0.020wt%前後である。つまり、本実施形態では、一般的な鋼よりも酸素含有量および硫黄含有量の少ない鋼(つまり清浄度の高い鋼)を用いる。なお、ここでは鍛造を例示したが、ワークピースを用意する工程における成形手法はこれに限定されるものではない。ワークピースは、例えば、焼結や鋳造、焼結鍛造などによって成形されてもよい。
次に、ワークピースに対して機械加工を行う(工程S2)。この機械加工により、鍛造後のワークピースの外径寸法が整えられる。例えば、バリ取り、ピストンピン孔22およびクランクピン孔32の形成、小端部20および大端部30の端面加工などが行われる。
続いて、ワークピースに対して1回目の浸炭および焼入れ(あるいは炉冷)を行う(工程S3)。この浸炭処理は、0.9%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われる。なお、浸炭処理を行うに先立ってワークピースに対してマスキングは行わない。1回目の浸炭処理の温度は、A1変態点(鋼の共析変態温度)以上に設定される。1回目の浸炭処理により、鋼の表面は過剰浸炭される。図4(a)に、1回目の浸炭処理によりコネクティングロッド1の表面近傍に形成される金属組織を模式的に示す。図4(a)に示しているように、比較的大きなマルテンサイトの結晶粒2’の間に、網目状の炭化物3が析出している。
次に、ワークピースに対して2回目の浸炭、焼入れおよび焼戻しを行う(工程S4)。この浸炭処理は、0.9%以上1.2%以下のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で行われる。2回目の浸炭処理の温度は、A1変態点以上で、Acm変態点(鋼のオーステナイトからセメンタイトが析出する変態温度)以下に設定される。2回目の浸炭処理により、過剰浸炭された表面層の炭素が内部に拡散する。図4(b)に、2回目の浸炭処理によりコネクティングロッド1の表面近傍に形成される金属組織を模式的に示す。図4(b)に示しているように、比較的小さなマルテンサイトの結晶粒2’の間に、微細な粒状の炭化物3が析出している。
続いて、複数回浸炭処理が施されたワークピースに対して、微粒子ショットピーニングを行う(工程S5)。この工程は、ロッド本体部10の表面の少なくとも一部における圧縮残留応力が、1000MPa以上(より好ましくは1200MPa以上)となるように実行される。なお、ロッド本体部10は、図1からもわかるように、大端部30側から小端部20側に向かうにつれて細くなる。そのため、圧縮残留応力は、ロッド本体部10の表面のうち、少なくとも小端部20近傍において1000MPa以上であることが好ましい。勿論、ロッド本体部10の表面全体にわたって圧縮残留応力が1000MPa以上であることがより好ましい。ショット材としては、500μm以下(典型的には20μm〜200μm程度)の直径を有する金属微粒子または非金属微粒子が用いられる。ショット材は、約200m/sに加速されてワークピースの表面に衝突する。ショット材の速度は、噴射圧力の調整により適宜制御される。
その後、ワークピースに対して研磨を行う(工程S6)。例えば、ピストンピン孔22の内周面22aやクランクピン孔32の内周面32aの研磨が行われる。このようにして、コネクティングロッド1が完成する。
本実施形態における製造方法では、0.1wt%以上0.45wt%以下の炭素を含む鋼から形成されたワークピースに対して、0.9%以上のカーボンポテンシャルを有する雰囲気下で浸炭処理が複数回行われる(工程S3およびS4)。つまり、高濃度浸炭処理が行われる。さらに、高濃度浸炭処理が施されたワークピースに対して、微粒子ショットピーニングが行われる(工程S5)。この微粒子ショットピーニングにより、ワークピースの表面に、1000MPa以上の大きな圧縮残留応力を付与することができる。
また、本実施形態における製造方法では、ワークピースを用意する工程において、10wtppm以下の酸素および0.01wt%以下の硫黄を含む鋼から形成されたワークピースが用意される。コネクティングロッド1の材料として用いられる鋼において、外接円直径が10μm以上に成長する可能性がある介在物4は、酸化物および硫化物である。本実施形態のように、鋼の酸素含有量および硫黄含有量を一般的な数値よりも少なく(それぞれ10wtppm以下、0.01wt%以下)に設定することにより、完成したコネクティングロッド1の表面近傍における酸化物および硫化物の外接円直径を10μm以下にすることができる。つまり、ロッド本体部10の表面近傍に外接円直径が10μmを超える介在物4が存在しないようにすることができる。
さらに、本実施形態における製造方法では、2回目の浸炭処理(つまり複数回行われる浸炭処理のうちの最後の浸炭処理)における雰囲気のカーボンポテンシャルが1.2%以下であるので、完成したコネクティングロッド1の表面近傍における炭化物3の外接円直径を10μm以下とすることができる。なお、カーボンポテンシャルを0.9%以上とすることにより、炭化物3を表面近傍により確実に析出させ、高濃度浸炭処理の効果を十分に得ることができる。2回目の浸炭処理(最後の浸炭処理)における雰囲気のカーボンポテンシャルは、完成したコネクティングロッド1における表面から0.1mmの深さにおける炭素濃度にほぼ等しいと言える。そのため、ロッド本体部10の表面から0.1mmの深さにおける炭素濃度が0.9wt%以上1.2wt%以下であることにより、高濃度浸炭処理の効果を十分に得つつ、炭化物3の外接円直径を10μm以下にすることができるとも言える。
上述したように、本実施形態の製造方法によれば、表面近傍に含まれる炭化物3および介在物4の外接円直径が10μm以下であるコネクティングロッド1を製造することができる。既に述べたように、ロッド本体部10の表面近傍に含まれる炭化物3および介在物4の外接円直径が10μm以下であることにより、表面を起点とする破損の発生が抑制される。そのため、本実施形態の製造方法によれば、疲労強度に優れたコネクティングロッドが製造される。また、本実施形態の製造方法によれば、高濃度浸炭処理に加えて微粒子ショットピーニングが行われるので、コンロッド本体部10の機械的強度に優れ、軽量化に適したコネクティングロッド1が製造される。
表1に、本実施形態の製造方法により実際に製造したコネクティングロッド1(実施例1〜4)について、2回目の浸炭処理における雰囲気のカーボンポテンシャル(CP)、鋼の酸素含有量および硫黄含有量と、炭化物3の外接円直径D1および介在物4(酸化物および硫化物)の外接円直径D2との関係を示す。なお、実施例1〜4の製造に際し、鍛造工程(工程S1)では、0.25wt%以下の炭素を含む鋼を用いて1200℃での熱間鍛造により成形を行った。また、1回目の浸炭処理は910℃〜930℃で300分間行い、2回目の浸炭処理は850℃〜920℃で150分間行った。微粒子ショットピーニングは、ショット材として45μmの平均直径を有する高速度鋼SKH59製微粒子を用いて、0.5MPaの噴射圧力で30秒間行った。
また、表1には、カーボンポテンシャル、酸素含有量および硫黄含有量の少なくとも1つが本実施形態とは異なる製造方法により製造したコネクティングロッド(比較例1〜5)についても、同様のデータを示している。
表1からわかるように、実施例1〜4では、浸炭雰囲気のカーボンポテンシャルが1.2%以下であるので、炭化物3の外接円直径D1が10μm以下である。これに対し、比較例1および5では、浸炭雰囲気のカーボンポテンシャルが1.2%を超えているので、炭化物3の外接円直径D1が10μmを超えている。
また、表1からわかるように、実施例1〜4では、鋼の酸素含有量が10wtppm以下であり、鋼の硫黄含有量が0.01wt%以下であるので、酸化物および硫化物(介在物4)の外接円直径D2が10μm以下である。これに対し、比較例1〜4では、鋼の酸素含有量が10wtppmを超えており、鋼の硫黄含有量が0.01wt%を超えているので、酸化物および硫化物(介在物4)の外接円直径D2が10μmを超えている。
図5に、実施例1〜4および比較例1〜5について、疲労強度を測定した結果を示す。図5は、実施例1〜4および比較例1〜5に対して実体曲げ疲労試験を行ったときの、破損までの曲げ繰り返し数Nと、応力振幅σaとの関係を示すグラフである。また、図5には、図8を参照しながら説明した従来の製造方法により製造されたコンロッドについて疲労強度を測定した結果も併せて示している。
図5に示されているように、比較例1〜5では、実施例1〜4に比べて少ない繰り返し数Nで破損が発生している。つまり、炭化物3および介在物4の外接円直径D1およびD2が10μm以下である実施例1〜4は、炭化物3および介在物4の外接円直径D1およびD2が10μmを超えている比較例1〜5に比べて疲労強度が向上している。また、図5に示されているように、微粒子ショットピーニングが施されない従来のコネクティングロッドは、比較例1〜5よりもさらに少ない繰り返し数Nで破損が発生している。図5に示す例では、実施例1〜4の疲労強度は、従来のコネクティングロッドの疲労強度よりも40%程度向上している。
上述したように、本発明によれば、ロッド本体部10の機械的強度に優れ、軽量化に適したコネクティングロッド1が得られる。本発明によれば、具体的にはコネクティングロッド1を20%程度軽量化することが可能になる。なお、図1には、一体型と呼ばれるタイプのコネクティングロッド1を例示しているが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、大端部が2つに分割された分割型と呼ばれるタイプのコネクティングロッドにも好適に用いられる。また、本実施形態では、浸炭処理を2回行う場合を例示したが、浸炭処理は複数回実行すればよく、特許文献1に記載されているように浸炭処理を3回以上行ってもよい。例えば、真空浸炭の場合、浸炭処理を3回以上行うことが好ましく、その場合には、最後の浸炭処理におけるカーボンポテンシャルを0.9%以上1.2%以下にすればよい。
本実施形態におけるコネクティングロッド1は、乗用車、オートバイ、バス、トラック、トラクター、飛行機、モーターボート、土木車両などの各種輸送機器用の内燃機関に好適に用いられる。図6に、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100の一例を示す。内燃機関100は、クランクケース110、シリンダブロック120およびシリンダヘッド130を有している。
クランクケース110内にはクランクシャフト111が収容されている。クランクシャフト111は、クランクピン112およびクランクウェブ113を有している。
クランクケース110の上に、シリンダブロック120が設けられている。シリンダブロック120には、円筒状のシリンダスリーブ121がはめ込まれており、ピストン122は、シリンダスリーブ121内を往復し得るように設けられている。
シリンダブロック120の上に、シリンダヘッド130が設けられている。シリンダヘッド130は、シリンダブロック120のピストン122やシリンダスリーブ121とともに燃焼室131を形成する。シリンダヘッド130は、吸気ポート132および排気ポート133を有している。吸気ポート132内には燃焼室131内に混合気を供給するための吸気弁134が設けられており、排気ポート133内には燃焼室131内の排気を行うための排気弁135が設けられている。
ピストン122とクランクシャフト111とは、コネクティングロッド1によって連結されている。具体的には、コネクティングロッド1の小端部20に形成されたピストンピン孔にピストン122のピストンピン123が挿入されているとともに、大端部30に形成されたクランクピン孔にクランクシャフト111のクランクピン112が挿入されており、そのことによってピストン122とクランクシャフト111とが連結されている。クランクピン孔の内周面とクランクピン112との間には、ローラベアリング(転がり軸受け)114が設けられている。
本実施形態におけるコネクティングロッド1は、軽量化に適しているため、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100では、応答性が向上する。また、コネクティングロッド1が軽量化されることにより、内燃機関100における往復部の重量が減少するので、一次振動(ピストン120やコネクティングロッド1を含む往復部の往復運動によってクランクシャフト111一回転につき一回の周期で発生する振動)を低減できる。さらに、本実施形態におけるコネクティングロッド1は、疲労強度に優れているので、内燃機関100の信頼性も向上する。
図7に、図6に示した内燃機関100を備えた自動二輪車を示す。図7に示す自動二輪車では、本体フレーム301の前端にヘッドパイプ302が設けられている。ヘッドパイプ302には、フロントフォーク303が車両の左右方向に揺動し得るように取り付けられている。フロントフォーク303の下端には、前輪304が回転可能なように支持されている。
本体フレーム301の後端上部から後方に延びるようにシートレール306が取り付けられている。本体フレーム301上に燃料タンク307が設けられており、シートレール306上にメインシート308aおよびタンデムシート308bが設けられている。
また、本体フレーム301の後端に、後方へ延びるリアアーム309が取り付けられている。リアアーム309の後端に後輪310が回転可能なように支持されている。
本体フレーム301の中央部には、図6に示した内燃機関100が保持されている。内燃機関100は、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えている。内燃機関100の前方には、ラジエータ311が設けられている。エンジン100の排気ポートには排気管312が接続されており、排気管312の後端にマフラー313が取り付けられている。
内燃機関100には変速機315が連結されている。変速機315の出力軸316に駆動スプロケット317が取り付けられている。駆動スプロケット317は、チェーン318を介して後輪310の後輪スプロケット319に連結されている。変速機315およびチェーン318は、内燃機関100により発生した動力を駆動輪に伝える伝達機構として機能する。
図7に示した自動二輪車には、本実施形態におけるコネクティングロッド1を備えた内燃機関100が用いられているので、一次振動が少なく、乗員が感じる不快な振動が低減される。また、車体に対して振動対策を施さなくてもよいので、大幅な軽量化を実現できる。