以下、本発明の車両の駆動力配分装置の実施の形態を説明する。
図1は、本実施形態の車両の駆動力配分装置を適用した電動車両の機械的構成の一例を示す概略構成図である。図1に示す電動車両は、バッテリ9から供給される電力により駆動されるモータ11によって左前輪1を、モータ12によって右前輪2を、モータ13によって左後輪3を、モータ14によって右後輪4をそれぞれ独立に駆動する。
前記モータ11〜14は三相同期電動機や三相誘導電動機等の力行運転および回生運転ができる交流機であり、バッテリ9はニッケル水素電池或いはリチウムイオン電池である。インバータ31〜34はモータ1〜4で発電された交流電流を直流電流に変換しバッテリ9に充電する、あるいはバッテリ9が放電した直流電流を交流電流に変換しモータ1〜4に供給する。各車輪の速度は車輪速センサ11〜14によって検出され、検出された各車輪の回転速度はコントローラ8に送信される。
各車輪1〜4の回転半径はRで全て等しく、各モータと各車輪間は減速比1、即ち、直接連結されている。また更に、輪荷重と横滑り角と路面摩擦係数が4輪で等しい場合には、駆動力とタイヤ横力との関係は4輪で同一となる、即ち、4輪とも同じタイヤ特性を有する。
車両の横方向加速度は車両重心位置に取り付けられた加速度センサ100によって、車両のヨーレートはヨーレートセンサ101によってそれぞれ検出され、検出された車両の横方向加速度とヨーレートはコントローラ8に送信される。
前輪1,2の舵角は,運転者によるステアリング5の操舵がステアリングギヤ15を介して機械的に調整される。なお、前輪1,2の舵角変化量はステアリング5の操舵角変化量に対して1/16になるように設定されている。各車輪1〜4の舵角は舵角センサ41〜44によって検出され、検出された各車輪の舵角はコントローラ8に送信される。
運転者によるステアリング5の回転角はステアリング角センサ25によって、アクセルペダル6とブレーキペダル7の踏込量はアクセルストロークセンサ26およびブレーキストロークセンサ27によってそれぞれ検出され、コントローラ8に送信される。
コントローラ8はCPU、ROM、RAM、インターフェース回路およびインバータ回路等からなり、車輪速センサ21〜24、ステアリング角センサ25、アクセルストロークセンサ26、ブレーキストロークセンサ27、加速度センサ100,ヨーレートセンサ101等で検出した信号を受信し、これらの信号を基にモータ1〜4にトルク配分を行う等の制御を行う。
また、コントローラ8はバッテリ9,インバータ31〜34,モータ11〜14には電圧/電流センサが設けられており、コントローラ8の指令値通りに各デバイスが稼働しているか常時監視できる監視システムを有している。
図2に示すフローチャートは、請求項1〜3に対応した、図1の電動車両において、コントローラ8で実行するモータ1〜4へのトルク配分制御を示すものである。コントローラ8で実行される制御内容について、以下に説明する。
先ず、ステップS10では、車輪速センサ21〜24で各輪1〜4の回転速度ω1,ω2,ω3,ω4(単位:rad/s)をそれぞれ検出し、各輪1〜4の半径Rを乗じて各輪の速度V1,V2,V3,V4(単位:m/s)を得ると共に、車速V(単位:m/s)を下記の式(1)、
V=(V1+V2+V3+V4)÷4 ・・・(1)
の通り求める。
また、アクセルストロークセンサ26およびブレーキストロークセンサ27によってアクセルペダル6とブレーキペダル7の踏込量AP(単位:%)およびBP(単位:%)をそれぞれ検出し、ステアリング角センサ25によってステアリング5の回転角θ(単位:rad)を検出し、車両の前後方向加速度αx(単位:m/s2)と横方向加速度αy(単位:m/s2)を加速度センサ100で検出し、ヨーレートγ(単位:rad/s)をヨーレートセンサ101で検出し、各車輪1〜4の舵角δ1,δ2,δ3,δ4を舵角センサ41〜44で検出する。
前記車速Vおよび各輪の速度V1〜V4は車両前進方向を正とし、ステアリング5の回転角θは反時計回りを正とし、車両の前後方向加速度αxは車両が前方に加速する方向を正とし、横方向加速度αyは車両が左旋回時に車両重心位置から旋回中心に向かう方向を正とし、ヨーレートγは車両を鉛直上方からみたときに反時計回りを正とする。
尚、舵角センサ41〜44を持たない車両ではステアリング5の回転角θから各輪1〜4の舵角δを求めるようにする。本実施例では前輪1,2の舵角δ1,δ2をδ1=δ2=θ/16とし、後輪3,4の舵角δ3,δ4をδ3=δ4=0とする。このような場合には、コンプライアンスステアやロールステア等、サスペンションの影響を考慮して各輪の舵角を補正できるようにすると尚よい。
ステップS20では、各輪1〜4の路面摩擦係数μ1,μ2,μ3,μ4(単位:なし)を推定する。推定方法は、例えば、特開平11-78843号公報記載のように、タイヤと路面との間の摩擦係数の勾配である路面摩擦係数勾配を推定することができる技術や、特開平10-114263号公報記載のように、路面摩擦係数勾配と等価的に扱うことのできる物理量として、スリップ速度に対する制動トルクの勾配や駆動トルクの勾配に基づいて推定する技術を用いる。
ステップS30では、後述するステップS200における左右前輪1,2,左後輪3,右後輪4の駆動力配分の指令値Fxi ***と、ステップS10で求めた車速Vから、車両の状態量である、ヨーレートγ(単位:rad/s),車両横すべり角β(単位:rad),各輪の輪荷重Wi(i=1〜4)(単位:N),各輪の横すべり角βi(単位:rad)をそれぞれ演算する。演算方法は後述する図3のフローチャートに従って行う。尚、各輪1〜4の横すべり角βiの符号は、車輪1〜4の前後方向から車輪速度の方向までの角度が鉛直上方から見て反時計回りになっている場合を正とする。
次に、このステップS30において、ヨーレートγ(単位:rad/s),車両横すべり角β(単位:rad),各輪1〜4の輪荷重Wi(単位:N),各輪1〜4の横すべり角βi(単位:rad)をそれぞれ演算する図3のフローチャートについて、以下に説明する。
ステップS31では、駆動力配分の目標値Fxi ***が出力された時の、車両前後方向力Fx,車両横方向力Fy,ヨーモーメントMを下記の式(2)〜式(4)、
Fx=Fx1 **'+Fx2 **'+Fx3 **'+Fx4 **' ・・・(2)
Fy=Fy1 **'+Fy2 **'+Fy3 **'+Fy4 **' ・・・(3)
M=[(Fx2 **'+Fx4 **')−(Fx1 **'+Fx3 **')]×Lt/2
+[(Fy1 **'+Fy2 **')×Lf−(Fy3 **'+Fy4 **')×Lr] ・・・(4)
ただし、Fxi **'=Fxi ***'cosδi−Fyi ***'sinδi,
Fyi **'=Fxi ***'sinδi+Fyi ***'cosδi
の通り求める。
なお、Fyi **は、各輪の駆動力配分の動的目標値Fxi **が各輪に加わった時に発生するタイヤ横力で、1演算周期前に求めた各輪1〜4の横すべり角βiと輪荷重Wiに基づいて駆動力とタイヤ横力との関係を表すタイヤ特性マップから設定する。各輪ともこのタイヤ特性マップは共通で、例えば、図4の通り設定される。
また、ステップS31では、車両前後方向力Fx,車両横方向力Fyをそれぞれ車両の質量で除し、車両の前後方向加速度αx(単位:m/s2)と横方向加速度αy(単位:m/s2)を求める。この時空気抵抗等を考えてαx,αyを求めると尚良い。
ステップS32では、ヨーモーメントMを車両のヨー慣性モーメントIで除した値を積分してヨーレートγを求める。尚、ヨーレートγの初期値は「0」とする。
ステップS33では、車両の横すべり角の時間微分値β'を、下記の式(5)、
β'=[(Fycosβ(k-1)−Fxsinβ(k-1))/mV]−γ ・・・(5)
ただし、β(k-1)は1演算周期前の車両の横すべり角βである。
の通り求めると共に、この車両の横すべり角の時間微分値β'を積分して車両の横すべり角βを求める。尚、車両の横すべり角βの初期値は「0」とする。
ステップS34では、各輪の輪荷重Wi(単位:N)を式(6)〜式(9)、
W1=(mgLr/2Ll)−(mhαx/2Ll)−(mhαy/Lt) ・・・(6)
W2=(mgLr/2Ll)−(mhαx/2Ll)+(mhαy/Lt) ・・・(7)
W3=(mgLf/2Ll)+(mhαx/2Ll)−(mhαy/Lt) ・・・(8)
W4=(mgLf/2Ll)+(mhαx/2Ll)+(mhαy/Lt) ・・・(9)
ただし、gは重力加速度(単位:m/s2)である
の通り求める。
ステップS35では、各輪1〜4の横すべり角βi(単位:rad)を式(10)〜式(13)、
β1=tan-1[(Vsinβ+γ×Lf)/(Vcosβ−0.5×γ×Lt)]−δ1 ・・・(10)
β2=tan-1[(Vsinβ+γ×Lf)/(Vcosβ−0.5×γ×Lt)]−δ2 ・・・(11)
β3=tan-1[(Vsinβ−γ×Lr)/(Vcosβ−0.5×γ×Lt)]−δ3 ・・・(12)
β4=tan-1[(Vsinβ−γ×Lr)/(Vcosβ+0.5×γ×Lt)]−δ4 ・・・(13)
の通り求める。
ステップS40では、車両前後方向力、横すべり角、ヨーレートの静的目標値を、それぞれ11通り設定する。本実施例ではこの車両前後方向力、横すべり角、ヨーレートの静的目標値はそれぞれFx*(j)(単位:N),β*(j)(単位:rad),γ*(j)(単位:rad/s)(j=1〜11)と標記する。
各静的目標値Fx*(j),β*(j),γ*(j)は、同じアクセルペダル6とブレーキペダル7とステアリング5の操作量AP・BPと車両速度Vにおいて、各輪駆動力にそれぞれ制約条件を設けて、この制約条件下で実現可能な車両前後方向力、横すべり角、ヨーレートの静的目標値である。本実施例では、図5の表の通り、11のパターンの制約条件を考えており、図5の表の一番左の列が、パターン番号j=1〜11を表している。
尚、図5において、Pmax(単位:kW)はバッテリ9が常温で充放電可能な最大電力の絶対値である。またPmaxiは各輪モータ11〜14の温度が常温となっている時の最大出力(単位:W)である。
一例として本実施例における、図5のパターン番号j=1における車両前後方向力、横すべり角、ヨーレートの静的目標値の設定方法を以降述べる。
まず、車両前後方向力の静的目標値Fx*(1)を、アクセルペダル6とブレーキペダル7の踏込量APおよびBPと車両速度Vに基づいて、下記の式(14)、
Fx*(1)=Fax *(1)+Fbx *(1) ・・・(14)
の通り求める。
式(14)中の目標駆動力Fax *(1)は、アクセルペダル6の踏込量APおよび車速Vに基づいて目標駆動力マップを参照したものであり、また目標制動力Fbx *(1)は、ブレーキペダル7の踏込量BPに基づいて目標制動力マップを参照した値である。尚、目標駆動力マップおよび目標制動力マップは、例えば、それぞれ図6および図7のように、設定される。また、車両前後方向力の静的目標値Fx*(1),目標駆動力Fax *(1),目標制動力Fbx *(1)は、何れも車両を前方に加速させる向きを正とする。尚、車両前後方向力の静的目標値Fx*(1)以外の車両前後方向力の静的目標値Fx*(2)〜Fx*(11)を設定する目標駆動力マップおよび目標制動力マップは、それぞれ別個に設定されており、図5の各車輪の出力の制約条件下で実現可能な値が設定される。
次に、車両の横すべり角の静的目標値β*(1)を、車両前後方向力の静的目標値Fx*(1)とステアリング5の回転角θと車両速度Vに基づいて目標車両横すべり角マップを参照して設定する。また、ヨーレートの静的目標値γ*(1)を、車両前後方向力の静的目標値Fx*とステアリング5の回転角θと車速Vに基づいて目標ヨーレートマップを参照して設定する。この目標車両車両横すべり角マップおよび目標ヨーレートマップは、例えば、それぞれ図8および図9のように設定されるマップであり、これら2つのマップの設定方法は後述するステップS60にてまとめて説明する。尚、車両の横すべり角の静的目標値β*(1)とγ*(1)以外の車両の横すべり角の静的目標値β*(2)〜β*(11)およびヨーレートの静的目標値γ*(2)〜γ*(11)を設定する目標車両車両横すべり角マップおよび目標ヨーレートマップはそれぞれ別個に設定されており、各車輪1〜4の出力の制約条件下で実現可能な値が設定される。
ステップS50では、車両前後方向力の動的目標値Fx**(j),車両横すべり角の動的目標値β**(j),ヨーレートの動的目標値γ**(j)を、各輪1〜4の駆動力配分で実現可能な範囲でドライバーの操縦性が好適となるように各静的目標値Fx*(j),β*(j),γ*(j)にそれぞれ時間的な遅れ要素を入れて求める。
本実施形態では、相応の伝達関数を用いて車両前後方向力,車両横すべり角,ヨーレートの各動的目標値Fx**(j),β**(j),γ**(j)を得る。特に車両横すべり角の動的目標値β**およびヨーレートの動的目標値γ**の応答は走行条件毎に異なる、実現可能な時間的遅れ要素を入れる。
また、ステップS50では、ヨーモーメント,車両横すべり角,車両横方向力についても、その動的目標値M**(j),βy**(j),Fy**(j)を求める。ヨーモーメントの動的目標値M**(j)は、ヨーレートの動的目標値γ**(j)に車両のヨー慣性モーメントIを乗じて求める。車両横すべり角の動的目標値βy**(j)を時間微分したβ'y**(j)については、車両横すべり角の動的目標値β**(j)を求める時に用いた時間的な遅れ要素の伝達関数に微分要素を乗じた伝達関数を車両横すべり角の静的目標値β*(j)に入れて求める。横方向力の動的目標値Fy**(j)は、下記の式(15)、
Fy**(j)=[mV(γ**(j)+β’**(j))+Fx**(j)sin(β**(j))]
/cos(β**(j)) ・・・(15)
の通り求める。
ステップS60では、駆動力配分の静的な目標値Fx* 1(J),Fx* 2(J),Fx* 3(J),Fx* 4(J)を、ステアリング5の回転角θ,車両速度V,車両前後方向力Fx*(J)から静的駆動力配分マップを参照して設定する。駆動力配分の静的な目標値Fx* i(1)(i=1〜4)を設定する静的駆動力配分マップは、例えば、図10(A)〜(B)のように設定される。尚、駆動力配分の静的な目標値Fx* i(1)以外の駆動力配分の静的な目標値Fx* i(2)〜Fx* i(11)を設定する静的駆動力配分マップはそれぞれ別個に設定されており、各車輪1〜4の出力の制約条件下で実現可能な値が設定される。
この静的駆動力配分マップと、ステップS40で用いた目標車両横すべり角マップおよび目標ヨーレートマップの求め方の例について、以下に説明する。
尚、この各マップを得る方法の説明では簡便のため符号jを除いて説明する。
4輪の駆動力和Fx all(単位:N),左右輪駆動力差ΔFx all(単位:N),前輪駆動力配分η(単位:なし),左右輪駆動力差の前輪配分Δη(単位:なし)を下記の式(16)〜式(19)、
Fx all=Fx1+Fx2+Fx3+Fx4 ・・・(16)
ΔFx all=(Fx2+Fx4)−(Fx1+Fx3) ・・・(17)
η=(Fx1+Fx2)/Fx all ・・・(18)
Δη=(Fx2−Fx1)/ΔFx all ・・・(19)
の通り定義する。尚、本実施例では、前輪駆動力配分ηおよび左右輪駆動力差の前輪配分Δηは常に0.6(前輪への配分を6割)とする。
そして、図5の各車輪1〜4の出力の制約条件下で取り得る駆動力和Fx all,左右輪駆動力差ΔFx all,ステアリング5の角度θ,車両前後方向力の静的目標値Fx*の4つのパラメータの組合せ全てに対して、次のようなシミュレーション或いは実験を行い、静的駆動力配分マップ,目標車両横方力マップ,目標ヨーレートマップを作成する。
まず最初に、選択された、駆動力和Fx all,左右輪駆動力差ΔFx allから各輪の駆動力配分Fxiを下記の式(20)〜式(23)、
Fx1=Fx all×(η/2)−ΔFx all×(Δη/2) ・・・(20)
Fx2=Fx all×(η/2)+ΔFx all×(Δη/2) ・・・(21)
Fx3=Fx all×[(1−η)/2]−ΔFx all×((1−Δη)/2) ・・・(22)
Fx4=Fx all×[(1−η)/2]+ΔFx all×((1−Δη)/2) ・・・(23)
の通り求め、選択されたステアリング5の角度θ'から前輪1,2の舵角をδ1=δ2=θ'/16(ステアリングギヤ比は1/16)とする。
次に、この設定された駆動力配分Fxiと前輪舵角δ1,δ2(後輪3,4の舵角δ3,δ4は「0」)で図1の車両を走行させ、且つ車両前後方向力「-Fx*」を車両重心位置において車両前後方向に加える。そして、十分時間が経過し車速V'が一定(定常状態)になった時の車両横すべり角βとヨーレートγを求める。尚、この実験或いはシミュレーションを行う場合には空気抵抗や転がり抵抗等の走行抵抗要素を除外するようにして行うと共に、シミュレーション上で実施する場合には各輪の駆動力とタイヤ横力等の非線形性を十分考慮した車両モデルを用いて行う。
そして最後に、静的駆動力配分マップ,目標車両横すべり角マップ,目標ヨーレートマップの車両速度V,ステアリング回転角θ,前後方向力Fx*,横すべり角β*,ヨーレートγ*,駆動力配分Fx* iをそれぞれ今シミュレーションを行った時のV',θ,Fx*,β,γ,Fxiとし、静的駆動力配分マップ,目標車両横方力マップ,目標ヨーレートマップを設定していく。これらのマップは、図5の各パターン毎に求める。
ステップS70では、車両前後方向力,車両横方向力,ヨーモーメントの動的目標値Fx**(j),Fy**(j),M**(j)をそれぞれ実現する各輪の駆動力配分Fx* i(j)を各j毎に求める。求め方は、先願技術(特願2006−5713号、平成18年1月13日出願の実施例)に記載の方法を用い求める。
この先願技術では、まず車両前後方向力,車両横方向力,ヨーモーメントの動的目標値Fx**(j),Fy**(j),M**(j)を概ね実現する各輪1〜4の駆動力配分Fxi ##を、線形近似した車両モデルの逆モデルを用いて求める。そして、この各輪1〜4の駆動力配分Fxi ##によって実現する車両挙動(前後方向力Fx##,車両横方向力Fy##,ヨーモーメントM##)を推定し、推定した車両挙動(Fx##,Fy##,M##)と、前記車両前後方向力,車両横方向力,ヨーモーメントの動的目標値(Fx**(j),Fy**(j),M**(j))との誤差を補償する駆動力補正量を求め、この駆動力補正量と各輪の駆動力配分Fxi ##との和を取ることによって各輪1〜4の駆動力配分Fxi **(J)を最終的に導出する。
また、横方向力とヨーモーメントが互いに強い従属関係にあることから、例えば、横方向力の動的目標値Fy**(j)を考えず、車両前後方向力,ヨーモーメントの動的目標値Fx**(j),M**(j)を実現する各輪1〜4の駆動力配分を求め、各輪1〜4の駆動力配分Fxi **(J)としても良い。この方法は、他の先願技術(特願2006−031009号、平成18年2月8日出願)に記載されており、例えば、上記の各輪1〜4の駆動力配分Fxi **(J)導出において、推定した車両横方向力Fy##と車両横方向力の動的目標値Fy**(j)の誤差を常に「0」とおいて、各輪1〜4の駆動力配分Fxi **(J)を導出する。
この車両横方向力とヨーモーメントとの従属関係について、以下に説明する。
車両のヨーレートγと、求心加速度Ygとの間には、下記の式(24)、
Yg=V×(γ+β’) ・・・(24)
の関係がある。尚、式(24)におけるβ'は車両の横すべり角βの時間微分値である。
上記式(24)から明らかなように、ヨーレートγと求心加速度Ygとの間の自由度はこの車両の横すべり角βの時間微分値β'のみであり、ヨーレートγと求心加速度Ygは互いに強い従属関係にあることが分かる。
そして、ヨーレートγはヨーモーメントMを時間積分した値を車両のヨー慣性モーメントIで除した値であり、求心加速度Ygは車両の横すべり角βが充分小さい時には車両横方向力とほぼ等しいことから、車両横方向力とヨーモーメントには強い従属関係があるということが分かる。
ステップS80では、各輪1〜4の駆動力の制約条件を求め、各輪駆動力制約条件フラグfsを設定する。このfsは、図5のパターン番号に対応しており、本実施例では次の通り設定される。
まず、バッテリ9の蓄電量Bsoc(単位:Wh)から使用可能最大電力マップを参照して、現在の使用可能最大電力P(単位:W)を求める。この使用可能最大電力マップは、バッテリ9が過放電となって劣化しないよう、蓄電量に応じて放電可能な最大電力の絶対値を定めたもので、例えば、図11のように設定される。その上で電力制限フラグfsbに、P=Pmaxであれば「fsb=0」を、Pmax>P≧0.75Pmaxであれば「fsb=1」を、0.75Pmax>P≧0.5Pmaxであれば「fsb=2」を、0.5Pmax>P≧0.25Pmaxであれば「fsb=3」を、0.25Pmax>Pであれば「fsb=4」を設定する。また、バッテリ9に異常が発生して電力の放電できない状態であることをコントローラ8が検出した場合、電力制限フラグfsbには使用可能最大電力Pの値にかかわらず「fsb=0」が設定される。
次に、各輪モータ11〜14が過熱して破損しないようにする各輪モータ11〜14の最大出力Pt maxi(i=1〜4) (単位:W)を求める。この各輪モータ11〜14の最大出力Pt maxiは、各輪のモータの温度Ti(i=1〜4)からモータ最大出力温度依存特性マップを参照して求める。このモータ最大出力温度依存特性マップは図12のように設定される。
そして、各輪モータ11〜14が常温で出力可能な最大出力Pmaxi(単位:W)に対するPt maxiの割合ξiを、下記の式(25)、
ξi=[(Pt maxi)/(Pmaxi)]×100 ・・・(25)
の通り各輪毎に求める。
その上で、モータ過熱判定フラグfsrに、全ての車輪モータ11〜14の最大出力割合ξiが100%の時は「fsr=0」を設定する。また、左前輪1以外の車輪モータ12〜14の最大出力割合ξiが100%で、左前輪1の割合ξ1のみが50%以上100%未満の場合にはモータ過熱判定フラグfsrに「fsr=10」を設定する。同様に、右前輪2、左後輪3、右後輪4それぞれについても、当該車輪2〜4の車輪モータ12〜14の最大出力割合ξiが50%以上100%未満で、残りの車輪の割合ξiが100%の場合にはそれぞれモータ過熱判定フラグfsrに「fsr=20,30,40」を設定する。上記以外の場合には、モータ過熱判定フラグfsrに「fsr=50」を設定する。
次に、各輪のモータ11〜14、およびインバータ31〜34に異常が発生していないかコントローラ8の監視システムを用いてチェックを行い、異常がないと判断された場合には、駆動機構故障判定フラグfsmに「fsm=0」を設定する。後輪3,4の何れか1輪或いは左右後輪3,4のモータ13,14或いはインバータ33〜34に異常が発生したと判断された場合には、駆動機構故障判定フラグfsmに「fsm=100」を設定する。前輪1,2の何れか1輪或いは左右前輪のモータ11,12或いはインバータ31,32に異常が発生したと判断された場合には、駆動機構故障判定フラグfsmに「fsm=200」を設定する。前輪1,2および後輪3,4共に何れか1輪以上でモータ11〜14或いはインバータ31〜34に異常が発生したと判断された場合には、駆動機構故障判定フラグfsmに「fsm=300」を設定する。
そして、これらのフラグfsb,fsr,fsmから図13の表を参照して、各輪駆動力制約条件フラグfsを設定する。尚、この各輪駆動力制約条件フラグfsは、初期状態では「fs=1」が設定されている。
本実施例では、各輪で出力可能な駆動力制限のパターンを図5や図13の表に示す11パターンで分類しているが、この分類を更に細かくすることによって、各輪で出力可能な駆動力に制限が加わった場合の車両性能を高めることができる。
上記分類を細かくする方法としては、例えば、使用可能最大電力が0.8Pmaxや0.3Pmax等の場合についても設定すればよい。また、例えば、ステップS20で求めた各輪1〜4の路面摩擦係数μ1,μ2,μ3,μ4の平均値を現在の路面摩擦係数μrとし、各路面摩擦係数において、車両挙動目標値を設定しても良い。また更に、使用可能電力が0.5Pmaxで、且つ前輪1,2の何れか1輪或いは左右輪のモータ11,12或いはインバータ31,32に異常が発生したと判断された場合のように、複数の制約条件が存在する場合における車両挙動目標値を設定すると尚良い。
ステップS90では、1周期前の各輪駆動力制約条件フラグfsと、現在の各輪駆動力制約条件フラグfsとが異なるならば、状態遷移フラグfkに「fk=1」を設定する。尚、この状態遷移フラグfkは、初期状態では「0」が設定されている。
本実施例において、後述する請求項3の技術を用いる場合、このステップS90において、1周期前の各輪駆動力制約条件フラグfsと、現在の各輪駆動力制約条件フラグfsとが異なるならば、基準各輪駆動力制約条件フラグfsoldに、この1周期前の各輪駆動力制約条件フラグfsを設定する。
ステップS100では、ステップS70で求めた、車両前後方向力,車両横方向力,ヨーモーメントの動的目標値、Fx**(j),Fy**(j),M**(j))をそれぞれ実現する各輪1〜4の駆動力配分の動的目標値Fxi **(j)の中から、各輪駆動力制約条件フラグj=fsとなる各輪1〜4の駆動力配分の動的目標値Fxi **(j)を選択し、この駆動力配分の動的目標値Fxi **(fs)を駆動力配分の指令値Fxi ***とする。
また、各輪駆動力制約条件フラグj=fsとなる車両前後方向力,車両横方向力,ヨーモーメントの動的目標値Fx**(j),Fy**(j),M**(j)を現在の車両挙動(車両前後方向力,車両横方向力,ヨーモーメント)の目標値Fx**,Fy**,M**に設定する。
ステップS110では、状態遷移フラグfkが「1」ならばステップS120に進む。状態遷移フラグfkが「0」ならば後述するステップS200に進む。
ステップS120では、電力の供給は無限という仮定の元で各輪1〜4が路面に伝達可能な駆動力の上限Fmaxi(単位:N)、および下限Fmini(単位:N)を求める。路面に伝達可能な駆動力の上限Fmaxiおよび下限Fminiの本実施例での求め方を、以下に説明する。
各輪1〜4において、モータ11〜14が過熱して破損しないようにする各輪1〜4の駆動力の上限Fd maxi(単位:N)および下限Fd mini(単位:N)を求める。この各輪1〜4の駆動力の上限,下限Fd maxi,Fd miniは、ステップS80で求めた各輪モータ11〜14の最大出力Ptmaxiから、下記の式(26)および式(27)、
Fd maxi=Pt maxi÷ωi ・・・(26)
Fd mini=−Pt maxi÷ωi ・・・(27)
の通り求める。
ここで、各輪のメカブレーキによる制動力とモータ11〜14の駆動力を協調制御できる車両であれば、各輪1〜4の駆動力の下限Fd miniに、各輪1〜4のメカブレーキの最大制動力を加算する。
またスリップ或いは車輪ロックを起こさない各輪1〜4の駆動力の上限Fs maxi(単位:N)と下限Fs mini(単位:N)を、ステップS20で推定した各輪1〜4の路面摩擦係数μiに各輪の輪荷重Wiを乗じて下記の式(28)、
Fs maxi=−Fs mini=μiWi ・・・(28)
の通り求める。
そして、各輪1〜4のモータ温度に依存する駆動力の上限Fd maxiと路面状態に依存する駆動力の上限Fs maxiとを比較して小さい方の値を各輪1〜4の駆動力の上限Fmaxiに設定し、同様に各輪1〜4のモータ温度に依存する駆動力の下限Fd miniと路面状態に依存する駆動力の下限Fs miniとを比較して大きい方の値を各輪1〜4の駆動力の下限Fminiに設定する。ただし、各輪1〜4の駆動力の上限Fmaxiは駆動力の最大値なので必ず「0」以上、各輪1〜4の駆動力の下限Fminiは制動力の最大値なので必ず「0」以下となるように制限を設ける。
ステップS130では、現在の各輪駆動力の制約下で実現可能な前後方向力、横方向力、ヨーモーメントの複数の組合せの集合を求める。本実施例での求め方について、以下に述べる。
まず、各輪1〜4毎にステップS120で求めた駆動力の上限値Fmaxiと下限値Fminiの間で10等分する。この10等分して得られた中間駆動力をFti(k)(k=1〜10)とする。尚、中間駆動力Fti(k)は、「k」が小さい方が駆動力の下限Fminiに近く、例えば、中間駆動力Ft1(1)=Fmin1(駆動力の下限)であり、中間駆動力Ft1(10)=Fmax1(駆動力の上限)である。
尚、本実施形態において、請求項2の技術を用いる場合、中間駆動力Fti(k)を求めた後、次の処理を行い、各輪の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せを選別する。
まず、1周期前のステップS200において、各輪モータ11〜14の各輪1〜4の駆動力配分指令値の和FX(=Fx1 ***+Fx2 ***+Fx3 ***+Fx4 ***)を求め、この各輪1〜4の駆動力和FXに対し、閾値FXth(単位:N)を加算または減じたFX+FXthとFX−FXthを求める。
そして、各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せ全てに対し、その各輪1〜4の駆動力和がFX+FXthとFX−FXthの範囲にある各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せのみを抽出し、以降の処理に進む。尚、この閾値FXthには本実施例では200[N]が設定される。
このように各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せを予め選別することによって以降の処理にかかる演算負荷を大きく低減できる場合がある。尚、ドライバーのアクセル操作の変化に伴う要求駆動力の変化に対応するため、閾値FXthではなく例えば係数FXp(0<p<1,単位:なし)を考え、(1+p)FXと(1−p)FXの範囲にある各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せを抽出するような処理としても良い。
そして、各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せ全てに対し(10の4乗で10000通り)、各輪1〜4の駆動力配分をそれぞれの組合せとした時の消費電力Poutを、下記の式(29)に従って求める。
式(29)中のPlossi(単位:W)は各輪1〜4のモータ駆動時のロスであり、各輪1〜4毎に、その車輪1〜4の駆動力配分Fxiと各輪1〜4の速度Viから図14のマップを参照して求める。図14のマップは各輪モータ11〜14駆動時の電気的,機械的なロスを駆動力と車輪速毎に予め求めておいたマップである。
尚、この消費電力Poutを求める際には、電力を使用する他の車載機器(エアコン,カーオーディオ,ヘッドライト等),エンジン補機,モータ冷却装置等の消費電力を上乗せすると尚よい。
そして、ステップS80で求めた現在使用可能な最大電力P以下となる各輪の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せのみを抽出し、Fsampi(l)とする。
尚、Fsampi(l)の(l)は抽出した最大電力P以下となる各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の組合せの数と等しく、その数は各輪1〜4の中間駆動力Ft1(k),Ft2(k),Ft3(k),Ft4(k)の全ての組合せである10000以下である。
最後に、全てのFsampi(l)について、駆動力配分を各Fsampi(l)とした時の前後方向力Fx(l)、横方向力Fy(l)、ヨーモーメントM(l)を求める。求め方は、図3のフローチャートにおいて駆動力配分の目標値Fxi **をこの各Fsampi(l)に置き換えて求める。
ステップS140では、現在の目標車両挙動を、ステップS130で求めた前後方向力Fx(l)、横方向力Fy(l)、ヨーモーメントM(l)の組合せの中から再設定する。再設定方法について以降述べる。
まず、現在の車両挙動(前後方向力,横方向力,ヨーモーメント、Fx,Fy,M)のを図3のフローチャートに基づき推定値する。具体的には、図3のフローチャートのステップS31において、式(2)〜式(4)を用いて求める。
そして、この推定された車両挙動(前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx,Fy,M(夫々現在値))と、ステップS100で求めた前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの暫定目標値Fx**,Fy**,M**(夫々目標値)との間にあり、且つ下記の式(30)、
J=Qx(Fx(l)−Fx)2
+Qy(Fy(l)−Fy)2
+Qm(M(l)−M)2 ,(l=1,2.・・) ・・・(30)
の評価関数Jを最小化する前後方向力Fx(l)、横方向力Fy(l)、ヨーモーメントM(l)の組合せを抽出する。
具体的には、まず各(l)における前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)について、それぞれ推定された車両挙動(前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx,Fy,M(夫々現在値))と前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの暫定目標値Fx**,Fy**,M**(夫々目標値)との間にある組合せを抽出する。
そして、この抽出された組合せについてのみ、上記した式(30)による評価を行い、評価関数Jを最小化する前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを抽出し、この時の(l)をfaに設定する。
上記式(30)のQx,Qy,Qmは各挙動に対する重みであり、本実施例では全て1.0が設定される。この重みQx,Qy,Qmの値は、ドライバーにとって好適となるように、例えば、直進中は前後方向重みQxを横方向重みQyに対して大きくしたり、旋回中は逆に前後方向重みQxに対して横方向重みQyを大きくする等、走行条件に応じて変化させると尚よい。
ここで、横方向力とヨーモーメントは互いに強い従属関係にあるので、下記の式(31)、
J=Qx(Fx(l)−Fx)2+Qm(M(l)−M)2 ,(l=1,2,・・) ・・・(31)
の評価関数を最小化する前後方向力とヨーモーメントの組合せFx(fa),M(fa)を抽出してもよい。
また、各輪1〜4の駆動力に制限が加わるようなシーンでは、横方向の運動のみを考え、下記の式(32)、
J=Qy(Fy(l)−Fy)2+Qm(M(l)−M)2 ,(l=1,2,・・) ・・・(32)
の評価関数を最小化する横方向力とヨーモーメントの組合せFy(fa),M(fa)を抽出してもよい。
また、前記ステップS70で述べたように、前後方向力とヨーモーメントの動的目標値のみ考え、横方向力の動的目標値Fy**(j)を設定しないようにした場合には、上記式(31)の評価関数を用いて前後方向力とヨーモーメントの組合せFx(fa),M(fa)を抽出するようにする。
ステップS150では、ステップS140で選択された前後方向力Fx(fa)、横方向力Fy(fa)、ヨーモーメントM(fa)の組合せを実現するFsampi(fa)を駆動力配分の指令値Fxi ***に再設定する。
ステップS160では、ステップS100で設定された前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの新たな目標値Fx**,Fy**,M**と、ステップS140で選択された前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せ(Fx(fa),Fy(fa),M(fa))との誤差の2乗和G(下記の式(33)、
G=(Fx(fa)−Fx**)2+(Fy(fa)−Fy**)2+(M(fa)−M**)2 ・・・(33)
により求める)が10以下ならば、新たに設定された車両挙動目標値に到達したとして、状態遷移フラグfkに0を設定する。
尚、ステップS70において、例えば、横方向力の新たな目標値Fy**が設定されないような場合には、下記の式(34)、
G'=(Fx(fa)−Fx**)2+(M(fa)−M**)2 ・・・(34)
の2乗和G'が10以下ならば、新たに設定された車両挙動目標値に到達したとして、状態遷移フラグfkに0を設定するようにする。
ステップS200では、前記ステップS150で再設定した駆動力配分の指令値Fxi ***を各輪の半径Rで除した値を、各輪1〜4のモータ11〜14が出力するように制御を行う。
以上の構成になる車両の駆動力配分装置における動作の概略について、以下に説明する。
一例として、図15に示すような、四輪独立駆動車が輪荷重配分で駆動力配分を行いながら左方向に急旋回している状態において、突然、左前輪1がスリップや故障などで駆動力が出せなくなった場合について考える。
比較例として、特開平8−230499号公報に示された従来技術を用いて、各輪1〜4の駆動力を「0」に移行させた場合の、各輪1〜4の駆動力変化と車両挙動変化の一例を図16のタイムチャートで示す。図16のタイムチャートは、上から順に、この四輪独立駆動車の左前輪1,右前輪2,左後輪3,右後輪4の駆動力と、前後力,横力,ヨーモーメントの時系列変化を表した図で、時刻(t1)で突然左前輪1が駆動力を出せなくなったことを想定している。
比較例では、図16に示す通り、残り3輪2〜4の駆動力は緩やかに減少するだけなので、左前輪1の駆動力が出せなくなった時点t1直後には、前後力,横力,ヨーモーメントに図16の(B)のような急激な変化が発生し、ドライバーの運転性を損ねてしまう虞がある。
また、残り3輪2〜4の駆動力は前後力,横力,ヨーモーメントといった車両挙動をある目標値となるよう制御しているわけではないため、図16の(C)のように、残り3輪の駆動力を減少させる過渡状態において、これらの車両挙動が振動的に変化してドライバーの運転性を損ねる場合がある。
本実施形態においては、前後輪のうち少なくとも一方で左右輪を独立に駆動できる車両、例えば、前輪1,2と左後輪3と右後輪4を夫々独立に駆動する車両、或いは左前輪1と右前輪2と後輪3,4を夫々独立に駆動する車両、或いは四輪1〜4を夫々独立に駆動する車両において、何れか1輪以上で要求された駆動力を出せない場合における各輪1〜4の駆動力再配分技術を提案している。
即ち、まず、各輪1〜4の駆動力制限値を検出或いは推定する駆動力制限検出手段(ステップS80)と、前記各輪1〜4の駆動力制限値に基づいて、前記目標車両挙動設定手段(ステップS100)によって設定された車両挙動目標値を変更する必要があることを判定する車両挙動目標値変更要否判定手段(ステップS90)とにより、何れか1輪以上で要求された駆動力を出せない場合を判定する。
そして、車両挙動目標値変更要否判定手段(ステップS90)によって前記車両挙動目標値を変更すべき状態にあると判定された場合に、目標車両挙動設定手段において目標値を設定した車両挙動について新たな目標値を設定する車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)を備えることにより、この駆動力が出せなくなった状態での目標車両挙動(前後力,横力,ヨーモーメント)を新たに設定する。
例えば、四輪独立駆動車において、後輪の何れか1輪、或いは左右後輪3,4で駆動力を出せなくなった場合には、この車両を前輪1,2のみを駆動する前輪駆動車として考えて、予めオフラインで設計した目標車両挙動をこの新たな目標車両挙動とする。
次に、前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)において新たな目標値を設定した車両挙動の内少なくとも2つ以上の車両挙動について、当該車両が実現可能な組合せの複数の集合を、前記各輪の駆動力制限値に基づいて求める実現可能車両挙動演算手段(ステップS130)により、各輪の駆動力制限内で実現可能な車両挙動の組合せを全て求める。
これは原理的には、各輪1〜4の駆動力制限内で取りうる駆動力配分の組合せ全てを抽出し、車両の数式モデル等を用い、この抽出したそれぞれの駆動力配分によって実現する駆動力配分を求めることによって得られる。
次に、前記実現可能車両挙動演算手段(ステップS130)において当該車両が実現可能として求めた実現可能な車両挙動の組合せの複数の集合の中から、当該車両の車両挙動の現在値と前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)によって再設定された車両挙動目標値との間で、当該車両挙動の現在値との差を評価する評価関数を最小とする車両挙動を選択する目標車両挙動選択手段(ステップS140)により、この複数の車両挙動の組合せの集合の中から現在の車両挙動と新たに設定された目標車両挙動との間で、現在の車両挙動に最も近い車両挙動の組み合わせを選択する。この最も近い車両挙動とは、現在の前後方向力,横方向力,ヨーモーメントとの差を評価する評価関数等を考え、この評価関数を最小化するような車両挙動を選択する。
そして、前記目標車両挙動選択手段(ステップS140)により選択された車両挙動を実現する駆動力配分を求める駆動力配分決定手段(ステップS150)により、この選択された車両挙動の組合せを実現する駆動力配分は既知であるので、この駆動力配分となるよう各輪の駆動トルクを制御する(ステップS200)。
尚、各輪1〜4の駆動力制限内で実現可能な車両挙動の集合の演算方法、および選択された車両挙動を実現する駆動力配分の求め方の例については、既に説明した通りである。
したがって、本実施形態の車両の駆動力配分装置においては、比較例と同様に時刻(t1)で突然左前輪が駆動力を出せなくなった場合に、各輪1〜4の駆動力が「0」となるように車両挙動目標値を設定した結果の一例を、図17のタイムチャートに示す。図17タイムチャートは、上から順に図16と同じデータを表している。図17の領域(B),(C),(D)は、左前輪1で駆動力が出せないという制約下において、実現可能な前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの範囲である。
このように本実施形態では、駆動力の再配分をすることにより、車両挙動の変化を最小限に抑えながら新たな目標車両挙動に遷移するので、比較例である図16の(B)のような駆動力を出せなくなった直後の車両挙動変化の抑制や、図16の(C)のように車両挙動が振動的になることを防止できる効果が期待でき、ドライバーの運転性を向上させることができる。これは請求項1の効果である。
また、本実施形態において、ステップS130に記載した、一周期前の制御周期における各輪の駆動力和とほぼ等しい駆動力和となる駆動力配分についてのみ、実現する車両挙動を求める構成(請求項2)の方法、即ち、実現可能車両挙動演算手段(ステップS130)として、前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)において新たな目標値を設定した車両挙動について、各輪1〜4の駆動力の和が一周期前の制御周期において前記駆動力配分決定手段(ステップS150)によって求められた各輪の駆動力の和から所定の範囲内にある駆動力配分に対してのみ、当該車両が実現可能な値の組合せの複数の集合を求めてもよい。
これは、各輪1〜4の舵角を微小とした場合、各輪1〜4の駆動力和は前後方向力とほぼ等しくなる。従って、前後方向力を含む車両挙動の変化を緩やかにする駆動力配分は、一周期前の制御周期における各輪1〜4の駆動力和と駆動力和がほぼ等しい駆動力配分の中にあることを利用している。
このような構成とすることによって、各輪1〜4の駆動力制限内で取り得る全ての駆動力配分によって実現する車両挙動を求める必要がなくなり、演算負荷を大幅に低減できるので、演算装置のコストダウンが期待できる。
本実施形態において、下記の記載する請求項3の技術を用いる場合について説明する。この請求項3の技術では、前記ステップS140において、以下に説明する方法により、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せ(Fx(fa),Fy(fa),M(fa))を設定する。
まず、図2のフローチャートによる制御の一周期前のステップS100において求めた、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの現在の動的目標値Fx**,Fy**,M**を1ステップ前車両挙動目標値Fx old**,Fy old**,Mold**に設定する。
また、同じく制御の一周期前において、ステップS90で求めた基準各輪駆動力制約条件フラグfsoldから、j=fsoldとなる車両挙動基準目標値Fx**(fsold),Fy**(fsold),M**(fsold)を1ステップ前車両挙動基準目標値Fx base old**,Fy base old**,Mbase old**に設定する。
また、同じく制御の一周期前において、このステップS140で推定した車両挙動Fx,Fy,Mを1ステップ前車両挙動Fx old,Fy old,Moldに設定する。
また、現在の制御周期においても、ステップS90で求めたfsoldから、j=fsoldとなる前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの動的目標値Fx**(fsold),Fy**(fsold),M**(fsold)を求め、車両挙動基準目標値Fx base**,Fy base**,Mbase**に設定する。
次に、最遅内分比車両挙動応答Fx ns,Fy ns,Mnsを、下記の式(35)〜式(37)、
Fx ns=Fx base**+(Fx**−Fx base**)
×[(Fx base old**−Fx old)/(Fx base old**−Fx old**)]・・・(35)
Fy ns=Fy base**+(Fy**−Fy base**)
×[(Fy base old**−Fy old)/(Fy base old**−Fy old**)]・・・(36)
Mns=Mbase**+(M**−Mbase**)
×[(Mbase old**−Mold)/(Mbase old**−Mold**)] ・・・(37)
の通り求める。
そして、ステップS130で求めた評価関数Jを最小化する前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せについて、それぞれ最遅内分比車両挙動応答Fx ns,Fy ns,Mnsと前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの現在の目標値Fx**,Fy**,M**との間にある組合せを抽出する。
そして、この抽出された組合せについてのみ、前記した式(30)による評価を行い、評価関数Jを最小化する前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを選択し、この時の(l)をfaに設定し、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せFx(fa),Fy(fa),M(fa)を設定する。
また、最遅内分比車両挙動応答と車両挙動(Fx nsとFx,Fy nsとFy,MnsとM)について、それぞれ現在の目標値Fx**,Fy**,M**との差が小さい方の値と現在の目標値Fx**,Fy**,M**との間にある前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを抽出した上で、式(30)による評価を行うと尚よい。
また、横方向力や前後方向力の動的目標値を評価しない、或いは設定しない場合には、前記した式(31)や式(32)による評価を行い、車両挙動の組合せを抽出するようにしてもよい。
以上をまとめると、目標車両挙動選択手段(ステップS140)として、一周期前の制御周期において前記目標車両挙動設定手段(ステップS100)によって設定された車両挙動目標値(1ステップ前車両挙動基準目標値)Fx base old**と同じく一周期前の制御周期において前記目標車両挙動選択手段(ステップS140)によって選択された車両挙動(1ステップ前車両挙動)Fx oldとの差(A)と、同じく一周期前の制御周期において前記目標車両挙動選択手段(ステップS100)によって選択された車両挙動(1ステップ前車両挙動目標値)Fx old**と同じく一周期前の制御周期において前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)によって決定された車両挙動目標値(1ステップ前車両挙動基準目標値)Fx base old**との差(B)とを求め、前記車両挙動差(A)と前記車両挙動差(B)との比を求める車両挙動内分比演算手段[(Fx base old**−Fx old)/(Fx base old**−Fx old**)]と、前記目標車両挙動設定手段(ステップS100)によって設定された車両挙動目標値(車両挙動基準目標値)Fx base**と前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)によって決定された車両挙動目標値Fx**との間で、前記車両挙動内分比演算手段で求めた内分比となる車両挙動Fx nsを求める車両挙動内分値設定手段[Fx base**+(Fx**−Fx base**)×[(Fx base old**−Fx old)/(Fx base old**−Fx old**)]]と、を備え、前記車両挙動内分値設定手段によって設定された車両挙動Fx nsと前記車両挙動目標値再設定手段によって再設定された車両挙動目標値Fx**との間で、且つ前記車両挙動内分値設定手段によって設定された車両挙動Fx nsとの誤差を評価する評価関数を最小とする車両挙動の組合せを選択するようにしている。
この請求項3による方法では、各輪1〜4で問題なく要求駆動力が出せる場合における車両挙動目標値と、何れか1輪以上で要求された駆動力を出せない場合の車両挙動目標値との間で、その内分比が一周期前の制御周期と比較して変化しない、或いは何れか1輪以上で要求された駆動力を出せない場合の車両挙動目標値に近づく車両挙動となるように駆動力配分を制御する構成としている。
このような構成とすることによって、車両挙動の変化を期待して行ったドライバーの操作に対する車両挙動の応答が、ドライバーにとってより好適となることが期待できる。
また、本実施形態において、下記に記載する請求項4の技術を用いる場合について説明する。この請求項4の技術では、前記ステップS140において、時間閾値Tw(単位:sec)以下で、車両挙動がステップS100で設定した前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの動的目標値Fx**,Fy**,M**に到達するように、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せFx(fa),Fy(fa),M(fa)を選択する。その方法について以下に述べる。
まず、推定された車両挙動Fx,Fy,Mと、この車両挙動の目標値Fx**,Fy**,M**の差を取り、最遅車両挙動応答Fx s,Fy s,Msを下記の式(38)〜式(40)、
Fx s=Fx+(Fx**−Fx)×(Tfk/Tw) ・・・(38)
Fy s=Fy+(Fy**−Fy)×(Tfk/Tw) ・・・(39)
Ms=M+(M**−M)×(Tfk/Tw) ・・・(40)
の通り求める。
尚、式(38)〜式(40)のTfk(単位:sec)は、状態遷移フラグfkが「0」から「1」に変化した瞬間からの時間であり、コントローラ8内蔵のタイマーでカウントされる。時間Tfkは状態遷移フラグfkが「0」の場合には常に「0」が代入される。
本実施例では、時間Twに1.0[sec]が設定されるが、急旋回時や路面摩擦係数が低い路面を走行している場合には、この時間Twをもっと長くするようにすると尚よい。
また、最遅車両挙動応答Fx s,Fy s,Msを、上記した式(38)〜式(40)の通り求めず、車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**に時間的な遅れをかけて到達するようにしてもよい。
そして、ステップS130で求めた前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せについて、それぞれ最遅車両挙動応答Fx s,Fy s,Msと車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**との間にある組合せを抽出する。そして、この抽出された組合せについてのみ、前記した式(30)による評価を行い、評価関数Jを最小化するFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを選択し、この時の(l)をfaに設定し、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せFx(fa),Fy(fa),M(fa)を設定する。
また、最遅車両挙動応答と推定された車両挙動(Fx sとFx,Ry sとFy,MsとM)について、それぞれ車両挙動の目標値Fx**,Fy**,M**との差が小さい方の値と車両挙動の目標値Fx**,Fy**,M**との間にある前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを抽出した上で、前記した式(30)による評価を行うと尚よい。
また、横方向力や前後方向力の動的目標値を評価しない、或いは、設定しない場合には、前記した式(31)や式(32)による評価を行い、車両挙動の組合せを抽出するようにしてもよい。
以上を要約すれば、目標車両挙動選択手段(ステップS140)として、前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)によって再設定された車両挙動への到達する最も遅い車両挙動(Fx s,Fy s,Ms)の応答速度を設定する最遅車両挙動応答設定手段(式38〜40)を備え、前記最遅車両挙動応答設定手段によって設定された車両挙動(Fx s,Fy s,Ms)と、前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)によって再設定された車両挙動目標値(Fx**,Fy**,M**)との間から当該車両挙動の現在値との誤差を評価する評価関数を最小とする車両挙動の組合せを選択するようにしている。
この請求項4による方法では、現在の車両挙動と新たに設定された目標車両挙動との間の複数の車両挙動の組合せの集合を、ある時間閾値よりも早く新たに設定された目標車両挙動に到達する複数の車両挙動の組合せのみに制限し、この制限された複数の車両挙動の組合せの中で現在の車両挙動に最も近い車両挙動の組合せを選択する構成としている。
このような構成とすることによって、新たに設定された目標車両挙動に、任意に設定されたある時間閾値以内で到達することができる。これは新たに設定される目標車両挙動への遷移時間をドライバー等が予め予想できるため、ドライバーの運転性向上が期待できる。
また、本実施形態において、下記に記載する請求項5の技術を用いる場合について説明する。この請求項5の技術では、前記ステップS140において、以下に説明する方法により、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せFx(fa),Fy(fa),M(fa)を設定する。
まず、モータ11〜14の温度Tiの時間変化dTi(単位:deg/s)を求め、何れか1輪以上でこの温度Tiの時間的変化dTiが温度変化閾値dTth、或いは、温度Tiが温度閾値Tthを超えた場合、推定された車両挙動Fx,Fy,Mと、この車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**の差を取り、制限変化時最遅車両挙動応答Fx ss,Fy ss,Mssを、下記の式(41)〜式(43)、
Fxss=Fx+(Fx**−Fx)×(Tem/Tm) ・・・(41)
Fyss=Fy+(Fy**−Fy)×(Tem/Tm) ・・・(42)
Mss=M+(M**−M)×(Tem/Tm) ・・・(43)
の通り求める。
尚、式(41)〜式(43)のTm(単位:sec)は、本実施例では0.1[sec]が設定される。また、Tmは状態遷移フラグfkが0の場合には常に0が代入される。また経過Tem(単位:sec)は、温度の時間的変化dTiが温度変化閾値dTth、或いは、温度Tiが温度閾値Tthを超えた瞬間からの時間であり、コントローラ8内蔵のタイマーでカウントされる。
本実施例では、Tmに0.1[sec]が設定されるが、温度Tiが高くなる、或いは、その時間変化dTiが大きくなる場合には、Tmを短くするように設定すると尚よい。
また、制限変化時最遅車両挙動応答Fx ss,Fy ss,Mssを式(41)〜式(43)の通り求めず、車両挙動の目標値Fx**,Fy**,M**に時間的な遅れをかけて到達するようにしてもよい。
そして、ステップS130で求めた前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せに対して、それぞれ制限変化時最遅車両挙動応答Fx ss,Fy ss,Mssと車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**との間にある組合せを抽出する。そして、この抽出された組合せについてのみ、前記した式(30)による評価を行い、評価関数Jを最小化する前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを選択し、この時の(l)をFaに設定し、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せ(Fx(fa),Fy(fa),M(fa))を設定する。
また、制限変化時最遅車両挙動応答と推定した車両挙動(Fx ssとFx,Fy ssとFy,MssとM)について、それぞれ車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**との差が小さい方の値と車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**との間にある前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを抽出した上で、前記した式(30)による評価を行うと尚よい。
また、横方向力や前後方向力の動的目標値を評価しない、或いは設定しない場合には、前記した式(31)や式(32)による評価を行い、車両挙動の組合せを抽出するようにしてもよい。
以上を要約すると、前記目標車両挙動選択手段(ステップS140)は、各輪1〜4の駆動力制限値の変化を予測する駆動力制限値変化予測手段(式41〜43)を備え、
前記駆動力制限値変化予測手段によって当該各輪1〜4の駆動力制限値がより小さくなり駆動力配分の自由度が減少傾向にあると判断された場合には、当該各輪1〜4の駆動力制限値の変化量に応じて、前記車両挙動目標値再設定手段(ステップS100)によって再設定された車両挙動へ到達する最も遅い車両挙動の応答速度を設定する制限変化時最遅車両挙動応答(Fx ss,Fy ss,Mss)と、前記車両挙動目標値再設定手段によって再設定された車両挙動目標値(Fx**,Fy**,M**)との間から、前記実現可能車両挙動演算手段(ステップS130)による当該車両が実現可能な値の組合せの複数の集合を求めるようにしている。
この請求項5による方法では、各輪1〜4の駆動力制限が現在よりも更に厳しくなることを予測する機能を備え、駆動力制限が厳しくなると予測される場合には、現在の車両挙動と新たに設定された目標車両挙動との間で、請求項1よりも速やかに新たに設定された目標車両挙動に到達する車両挙動となるように制御する構成としている。
このような構成とすることによって、車両挙動の変化を最小限に抑えながら新たな目標車両挙動に遷移すると、一部の車輪の駆動力配分が大きくなりモータ等の駆動源が過熱して更に駆動力制限が厳しくなって、結果的に車両挙動変化が大きくなってしまうことを防止でき、ドライバーの運転性向上が期待できる。
また、ステップS140において、請求項3と請求項4と請求項5の技術の内2つ、或いは3つを同時に使用すると尚よい。例えば、請求項3と請求項4と請求項5の技術を3つ同時に用いる場合、最遅内分比車両挙動応答と最遅車両挙動応答と制限変化時最遅車両挙動応答と推定した車両挙動(Fx nsとFx sとFx ssとFx,Fy nsとFy sとFy ssとFy,MnsとMsとMssとM)について、それぞれ車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**との差が小さい方の値を選択し、選択した各前後力,横力,ヨーモーメントと車両挙動の動的目標値Fx**,Fy**,M**との間にある前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを抽出し、この抽出された組合せについてのみ、前記した式(30)による評価を行い、評価関数Jを最小化する前後方向力,横方向力,ヨーモーメントFx(l),Fy(l),M(l)の組合せを求め、この時の(l)をFaに設定し、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せFx(fa),Fy(fa),M(fa)を設定する。
尚、この場合も、横方向力や前後方向力の動的目標値を評価しない、或いは、設定しない場合には、前記した式(31)や式(32)による評価を行い、車両挙動の組合せを抽出するようにしてもよい。
また、本実施形態において、下記に記載する請求項6の技術を用いる場合について説明する。この請求項6の技術では、前記した式(30)の評価関数を下記の式(44)、
J=Qx(Fx(l)−Fx)2+Qy(Fy(l)−Fy)2+Qm(M(l)−M)2
+dQx[(dFx(l)/dt)−(dFx/dt)]2
+dQy[(dFy(l)/dt)−(dFy/dt)]2
+dQm[(sM(l)/dt)−(dM/dt)]2 ・・・(44)
に置き換える。
上記式(44)のdQx,dQy,dQmも重みであり、本実施例では全て1.0が設定される。この重みQx,Qy,Qmはドライバーにとって好適となるように、例えば、直進中はQxをQyに対して大きくしたり、旋回中は逆にQxに対してQyを大きくする等、走行条件に応じて変化させると尚よい。
また、上記式(44)のdFx(l)/dt,dFy(l)/dt,dM(l)/dt,dFx/dt,dFy/dt,dM/dtは、下記の式(45)〜式(50)、
dFx(l)/dt=(Fx(l)−Fx)/Tsamp ・・・(45)
dFy(l)/dt=(Fy(l)−Fy)/Tsamp ・・・(46)
dM(l)/dt=(M(l)−M)/Tsamp ・・・(47)
dFx/dt=(Fx−Fxold)/Tsamp ・・・(48)
dFy/dt=(Fy−Fyold)/Tsamp ・・・(49)
dM/dt=(M−Mold)/Tsamp ・・・(50)
の通り求める。
尚、上記式(45)〜式(50)中のTsampは、図2のフローチャートによる制御周期(単位:sec)であり、本実施例では0.01[sec]が設定される。
即ちこれら式(45)〜式(50)の値は、前後力,横力,ヨーモーメントの時間微分値であり、前記式(44)の評価関数を用いることにより、各車両挙動の時間微分変化を最小化し、ドライバーの運転性を向上させる、前後方向力,横方向力,ヨーモーメントの組合せFx(fa),Fy(fa),M(fa)を設定することができる。
尚、この場合も、横方向力や前後方向力の動的目標値を評価しない、或いは設定しない場合には、下記した式(51)や式(52)、
J=Qx(Fx(l)−Fx)2+Qm(M(l)−M)2
+dQx[(dFx(l)/dt)−(dFx/dt)]2
+dQm[(dM(l)/dt)−(dM/dt)]2 ・・・(51)
J=Qy(Fy(l)−Fy)2+Qm(M(l)−M)2
+dQy[(dFy(l)/dt)−(dFy/dt)]2
+dQm[(dM(l)/dt)−(dM/dt)]2 ・・・(52)
による評価を行い、車両挙動の組合せを抽出するようにしてもよい。
この請求項6による方法では、車両挙動の時間差分の変化が小さくなるような構成としている。このような構成とすることによって、車両挙動変化の連続性が向上し、ライバーの運転性向上が期待できる。
以上説明した本実施形態における車両の駆動力配分装置の技術は、図18に示すような、後輪3,4のみを左右独立に駆動する車両にも適用可能である。図18に示す電動車両は、前輪1,2に対して、エンジン10とバッテリ9から供給される電力により駆動されるモータ12とを駆動力源として備え、変速機13、デファレンシャル14を介して駆動力を左前輪1、右前輪2に伝達する。また、エンジン10とモータ12の間にはクラッチ11を備え、エンジン10の停止時にはクラッチ11を開放してモータ12のみを駆動力源とした走行も可能とする。また、左後輪3にモータ15、右後輪4にモータ16を備え、それぞれ独立に駆動することができる。尚、デファレンシャル14は、左右輪1,2の回転数に差異が生じた場合に、一般のオープンデファレンシャル機構では、図19(A)に示すように、左右輪1,2への駆動力配分が同じであるのに対し、図19(B)に示すように、回転速度が低い側の左右輪1または2側への駆動力配分を高くするような特性を有するビスカスデファレンシャル機構である。したがって、左側への旋回時には旋回内輪である左前輪1への駆動力配分が増加され、右側への旋回時には旋回内輪である右前輪2への駆動力配分が増加される。
このような車両に適用する場合には、前輪左右輪1,2の駆動力配分が図19(B)の通りになっている前提で、ステップS30の車両挙動推定や、ステップS40〜S60の車両挙動や駆動力配分の静的目標値導出を行う。
また、ステップS40における図5の各輪駆動力の制約条件については、エンジン10による発電が可能である点や、エンジン10やトランスミッション13が故障した場合等について考慮すると良い。
また、ステップS70における車両挙動や駆動力配分の動的目標値については、例えば、先願技術(特願2006−8403号、平成18年1月17日出願)を用いて求める。
また、本実施形態における車両の駆動力配分装置の技術は、図20に示すように、エンジン52により駆動されて発電するジェネレータ51を備えて、ジェネレータ51により得られる電力および/またはバッテリ9よりの電力により駆動されるモータ11〜14を各車輪1〜4毎に備え、四輪を独立に駆動できるハイブリッド車両にも適用可能である。この場合には、ステップS40における図5の各輪駆動力の制約条件について、エンジン52による発電が可能である点を考慮すれば良い。
また、本実施形態における車両の駆動力配分装置の技術は、図1や図18や図20に示す車両だけでなく、後輪3,4を前輪1,2とは違う角度で転舵できる車両や、ステアリング5の操舵量θと独立して各輪1〜4の舵角δiを制御できる車両等、ステアバイワイヤを装備した車両にも適用可能である。この場合には現在の操舵量をステップS10における舵角δiに反映させればよい。