JP4671514B2 - 時間分解電子スピン共鳴測定方法及び装置 - Google Patents

時間分解電子スピン共鳴測定方法及び装置 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、時間分解電子スピン共鳴測定方法及び装置に関する。本発明は、半導体及び光半導体の評価、光触媒物質及びその反応効率の評価、光触媒物質の反応メカニズムの研究、磁性体の評価、超撥水効果を示す物質の評価、化粧品素材の評価、顔料等塗料物質の評価等に適用すると有効である。
【0002】
【従来の技術】
電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance:ESR)、別名電子常磁性共鳴(Electron Paramagnetic Resonance:EPR)は、フリーラジカル、磁性体などの常磁性種、強磁性種を検出し、その電子状態や構造の情報を得る分光学的測定方法であり、装置も市販され、広く普及している。ESRの用途は、医科学、生化学におけるフリーラジカル、活性酸素などの検出、光励起により生成した短寿命化学種の検出、固体内に生じた欠陥の高感度検出、半導体の後続欠陥や不純物の検出、有機及び無機磁性体の詳細な研究などに用いられている。
【0003】
ESRの原理は、試料を適当な強度(典型的には100−1000mT)の磁場内に置き、適当な周波数(典型的には数100MHzから数10GHz)の電磁波を試料内で吸収させ、ゼーマン効果に由来する電磁波吸収の磁場強度(磁束密度)に対する変動を記録検出するものである。これによって検出されるものは、物質内に生成した電子スピン(常磁性)種と総括できるが、フリーラジカル、磁性体、固体における格子欠陥、切断した化学結合(ダングリングボンド)を検出することが可能である。
【0004】
現在最も典型的なESR装置は基本的構成要素として、マイクロ波源、測定用共振器、電磁石(磁場を掃引する)、検出器、Q曲線観察装置などを備える。このうち、測定用共振器(典型的には空洞共振器、ループギャップレゾネータなどを用いる)は、マイクロ波の吸収を増幅する目的で用いられる。これに外部付加回路として、たとえばS/Nを増大させる目的の必要に応じて、磁場変調装置及び変調検波回路、自動周波数制御回路、ホモダイン検波回路等が付加する。
【0005】
一方、このESR装置を用いた測定方法として時間分解ESR法がある。ここで「時間分解」とは、瞬間的な励起を行なったのちに過渡的に存在するラジカル種について時間を追ってその時点における信号を測定するという意味である。上記の常磁性種の多くには寿命の短いものが数多く存在するので、パルスレーザーなどを用いた励起により生成させた短寿命常磁性種が消失しない間(数100nsから数ms程度の間)にストレージオシロスコープなどで高速に検出する方法である。時間分解ESRは、パルス光で生じる短寿命の常磁性物質を測定するのに有利な方法である。この場合、磁場変調装置及び変調検波回路は使用することはできない。
【0006】
原理的にESR装置で検出される信号は電子スピン共鳴吸収ばかりでなく、試料の誘電率が変化した場合は、その変化も信号に含まれる。通常このうち、磁場を掃引することによって検出される信号が電子スピン共鳴吸収として理解される。時間分解ESRは、パルス光で生じる短寿命の常磁性物質からの信号を大きく増幅して測定するが、同時に大きな誘電率変化が試料に生じる場合(本明細書では、動的誘電率変化と呼ぶ)には、不必要なこの信号も同時に大きく増幅する欠点がある。動的誘電率変化は短寿命の常磁性種の前駆体である動的キャリア(電子、ホール、ならびにその集合体)の運動によって生じることが多いので、光触媒物質など実際に測定対象となる重要な試料でこの問題が生じるケースが多い。酸化チタンなどに代表される光触媒物質は、結晶状態や微粒子の大きさなど様々な固体状態のものが作られており、それらによって触媒としての反応性に微妙な違いが生じることが知られている。すなわち性能のよい光触媒は反応性に富むことが条件である。また、この中でも酸化チタンは、化粧品のUVケア製品の素材、あるいは白色塗料の原料として重要な工業製品であり、これらの用途に用いる場合は、安定であり、皮膚に有害反応を起こさないように、反応性の低い方が適合している。したがって、逆に表面ラジカルを消去する安定化剤を吸着させて反応を抑制する方策も採られている。
【0007】
しかし、製法と表面ラジカルの反応性とを直接結びつけ、よりよい性能の材料の製法を導くのに役立つ検定方法の例は少ない。現在直接生成物を分析して、触媒としての性能を評価することの他、定常的な光を照射して生じる表面ラジカルを、定常的なESRで検出することが行われているが、長寿命のラジカルをとらえることしかできない。また、スピントラップ法で表面のラジカルを別の安定ラジカルに変換してESR検出することも行われているが、これは間接的な方法であるために得られる情報が限定される。反応に直接関係する短寿命の表面ラジカルを評価方法とした方法の例は知られていない。
【0008】
また、ESRは、切断した結合や不純物中心がラジカル中心として検出される場合があるので、すでにシリコンなどの半導体材料の欠陥測定に用いられている。特にESRは検出感度が高いので、これらの欠陥の検定方法に用いるための十分な感度を有する。さらにシリコンなどでは結晶状態の検定に用いられ、結晶、多結晶、アモルファス各状態の把握に用いられている。半導体ウエハーをそのまま測定できる空洞共振器も市販されている。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
光触媒、光半導体など、時間分解ESRの測定対象になる重要な固体試料の多くは、単寿命常磁性種が生じると同時に、動的キャリアなどを発生し、大きく誘電率が変化する特徴(動的誘電率変化)を持つ。この誘電率変化の信号が時間分解ESR信号と同程度か遙かに大きい信号強度を持って重なることが多く、これらの系では時間分解ESR測定を行うことが不可能であった。
本発明は、時間分解ESR測定において、動的キャリアなどによる過渡的な誘電率変化を効果的に除去し、動的誘電率変化信号の数%以下の弱い時間分解ESR信号のみを精度よく測定する方法及び装置を提供することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】
本発明の原理を、従来のESR測定の原理と比較して模式的に図1に示す。本発明においては、試料及び空洞共振器からなる試料室を2組用い、一方の試料室(主試料室)を磁場の中、もう一方(参照試料室)を磁場の外におく。原理的に時間分解ESR信号は主試料室のみに発生し、動的誘電率変化信号は主試料室と参照試料室の両方に発生する。この両方の試料室に単一のマイクロ波源から分割したマイクロ波を照射する。そして試料室を通過した後のマイクロ波信号を、マイクロ波の位相を180度ずらして合成しすることによってマイクロ波レベルで効果的に差信号に変換する。合成した後の信号には主として時間分解ESR信号のみが含まれる。
【0011】
すなわち従来の方法(図1下枠内)では、得られる信号は{(ESR信号)+(誘電率変化信号)}であるのに対し、本発明(図1上)では、(主試料室から得られる信号)={(ESR信号)+(誘電率変化信号)}、(参照試料室から得られる信号)=(誘電率変化信号)であることに基づいて、測定信号として、{(主試料室から得られる信号)−(参照試料室から得られる信号)=(ESR信号)}を取り出すためのマイクロ波回路を構成するものである。
【0012】
マイクロ波レベルでの合成の利点としては、次の点を上げることができる。単一のマイクロ波源から発生するマイクロ波を用いるので、通常のホモダイン検波回路などを含んだ既製品のESR用マイクロ波ユニットがそのまま利用可能である。また、マイクロ波レベルで動的誘電率変化信号を消去するので、消去の後にマイクロ波プリアンプを用いて信号精度を飽和することなく高めることも可能であり、さらに検出器のあとに用いる電気的プリアンプの増幅率を上げて信号精度を上げることも可能である。
【0013】
2つの試料室から生じた動的誘電率変化信号を効果的に取り除くためには、2つの試料室の実験条件をできるだけ等価にすることが望ましい。この場合、以下のような調整及び配慮が必要である。
(1)試料量、試料管、温度調整用のデュワー瓶やクライオスタットなどが等価な2本の測定試料を用意すること。
(2)試料を含めた空洞共振器の共振マイクロ波周波数をできるだけ一致させること。
(3)試料を含めた空洞共振器の共振率(Q値)をできるだけ一致させること。
(4)試料に導入するマイクロ波強度をできるだけ一致させること。
(5)導入するレーザー光強度を調整すること。
【0014】
2つの試料室を等価にする具体的方法について説明する。2つの試料室には、まず試料量、試料管、温度調整用のデュワー瓶やクライオスタットなどが等価な2本の測定試料を装着する。このそれぞれの試料室について、最初にマイクロ波応答曲線(Q−ディップと呼ばれる吸収曲線を示す)を通常のESR装置に装着された装置を用いて測定する。共振周波数が異なっている場合、試料室に石英ロッド、テフロン管などの誘電物質を挿入し、共振周波数を一致させる。次に、反射してくるマイクロ波信号の位相を相対的に180度ずらして、さらに、照射マイクロ波の強度を調整して合成し、Q−ディップのない平坦な曲線を得るように調整する。次にパルスレーザー(QスイッチパルスYAGレーザーあるいはエキシマーレーザー等が望ましい)からのパルスレーザー光を試料に照射し、トランジェントオシロスコープなどで過渡的な信号を記録する。パルスレーザー光の強度を調整することによって、動的誘電率変化信号が合成により相殺され最も小さくなる条件に設定する。
【0015】
なお、通常測定試料室の共振周波数特性を用いて行う、自動周波数調整(AFC)装置は、この方法では2つの試料室からの反射マイクロ波のほとんどが消去されるため、別途外部に調整用の空洞共振器を設けた方が効果が高い。その場合、測定信号には調整用空洞共振器の共振周波数と、測定用試料室の共振周波数のずれによって発生する不要な変調信号が重なるので、かかる時間分解ESR測定の間にAFCの変調を停止する回路を付加することが望ましい。
【0016】
本発明による時間分解ESR測定は、光触媒物質や半導体物質を測定対象とすることができる。光触媒物質の測定に当たっては、酸化チタンなどの光触媒物質、あるいは反応物を吸着あるいは結合させた光触媒物質を固体のまま測定に供する。場合によっては液体窒素温度、液体ヘリウム温度などの低温において測定し、中間体の寿命や緩和時間を測定可能な範囲に調整する。光触媒として作用させることのできる波長(酸化チタンにおいては350nmより短波長の近紫外光が好ましい)のパルスレーザー光(最も望ましくはQスイッチYAGレーザー、エキシマーレーザーなどを用いる)で励起し、本発明の方法で測定する。時間分解ESRで同定できるのは、光触媒物質の表面ラジカル、又は反応物が表面で反応して生じたラジカルなどの短寿命の中間体であり、その生成量、寿命、反応プロセスを追跡することが可能である。すなわち、時間分解ESR信号の線形から、ラジカル種の種類、切断された結合の位置、局在状態を判定することができ、またそれらの時間変化から、それらの寿命、化学反応過程を知ることができる。このことによって、光触媒物質としての性能を評価し、反応しやすいものを選択することが可能である。一方、同じ物質を化粧品の材料や、顔料として用いる場合は、反応しにくいものを選択するとよい。
【0017】
ヒ素化ガリウム、シリコン、ゲルマニウム、ヒ素化ガリウムインジウムなどの半導体物質の測定に当たっては、バンド間励起が可能な十分短波長のパルスレーザーを用いる。必要に応じて、中間体の緩和時間と寿命を調整するために、液体窒素温度や液体ヘリウム温度を用いる。光励起して生じたキャリアが欠陥準位にとらえられ、発生した常磁性(孤立したスピン)を検出することがこの測定により可能である。すなわち、欠陥や不純物が存在すると、それらが孤立スピン種としてESR信号が現れる。固体内に欠陥が多く、結晶性が低い方が孤立スピンの発生量が大きいので、固体の結晶性、欠陥量、を評価することができる。もともと光励起しない基底状態でも同様の高感度測定が可能であるが、本発明による方法に比較すると欠陥量が小さく、相対的に感度が低い。本発明の方法では通常の基底状態測定では見られない、バンドギャップ間に存在するトラップ準位にとらえられた孤立スピン種が新たな測定対象となるので、孤立スピン種の増大により測定感度が向上し、なおかつ光励起によってキャリアなどが発生した半導体の作動状態における欠陥の影響を把握することができる利点がある。
【0018】
以上に基づく本発明の時間分解電子スピン共鳴測定方法及び時間分解電子スピン共鳴装置は以下の通りである。
(1)磁場中に配置された第1の空洞共振器に挿入された第1の試料と磁場外に配置された第2の空洞共振器に挿入された前記第1の試料と同等の第2の試料にマイクロ波を照射しながら同時にパルス光を照射するステップと、前記第1の空洞共振器から反射されて帰還する第1のマイクロ波信号と前記第2の空洞共振器から反射されて帰還する第2のマイクロ波信号との差を取るステップとを含み、試料の誘電率変化による動的な信号変化を消去して電子スピン共鳴信号のみを取り出すことを特徴とする時間分解電子スピン共鳴測定方法。
【0019】
(2)(1)記載の時間分解電子スピン共鳴方法において、前記第1の空洞共振器から反射されて帰還する第1のマイクロ波信号と前記第2の空洞共振器から反射されて帰還する第2のマイクロ波信号との差を取るステップは、前記第1のマイクロ波信号と前記第2のマイクロ波信号とを位相を180度ずらして合成することで差を取ることを特徴とする時間分解電子スピン共鳴方法。
【0020】
(3)同等の試料が挿入されている2つの空洞共振器の共鳴周波数が一致するように空洞共振器を調整するステップと、前記2つの空洞共振器からの反射マイクロ波信号の位相を相対的に180度ずらせるステップと、前記2つの空洞共振器からの反射マイクロ波を合成した合成信号がほぼゼロになるように2つの空洞共振器に導入するマイクロ波の相対強度を調整するステップと、前記2つの空洞共振器内の試料に同時にパルス光を照射したとき前記合成信号がほぼゼロになるように2つの空洞共振器内の試料に照射するパルス光の強度比を調整するステップと、前記2つの空洞共振器の一方にのみ磁場を印加した状態で2つの空洞共振器内の試料に同時にパルス光を照射し前記合成信号を検出信号として時間分解電子スピン共鳴信号を検出するステップとを含むことを特徴とする時間分解電子スピン共鳴測定方法。
【0021】
(4)磁場発生装置と、マイクロ波源と、前記磁場発生装置の発生する磁場中に位置し試料が挿入される第1の空洞共振器と、前記磁場発生装置の発生する磁場外に位置し試料が挿入される第2の空洞共振器と、前記マイクロ波源から発生されたマイクロ波を前記第1及び第2の空洞共振器に導く第1のマイクロ波回路と、前記第1及び第2の空洞共振器から反射されてきたマイクロ波を合成する第2のマイクロ波回路と、前記第2のマイクロ波回路で合成されたマイクロ波を検出する検出器と、前記第1の空洞共振器と第2の空洞共振器に導かれるマイクロ波の相対的な位相を調整するための前記第1のマイクロ波回路に設けられた移相器及び/又は前記第1及び第2の空洞共振器から反射されてきたマイクロ波の相対的な位相を調整するための前記第2のマイクロ波回路に設けられた移相器と、前記第1の空洞共振器と第2の空洞共振器に導かれるマイクロ波の相対的な強度を調整するための前記第1のマイクロ波回路に設けられた減衰器と、パルス光源と、前記パルス光源からのパルス光を分割して前記第1の空洞共振器内の試料と第2の空洞共振器内の試料に同時に照射するための光分割手段とを備えることを特徴とする時間分解電子スピン共鳴装置。
この装置によると、2つの空洞共振器から反射され帰還するマイクロ波信号を差を取ることにより、試料の誘電率変化による動的な信号変化を消去し、電子スピン共鳴信号のみを取り出すことができる。
【0022】
(5)(4)記載の時間分解電子スピン共鳴装置において、前記光分割手段は前記第1の空洞共振器内の試料に照射される光強度と第2の空洞共振器内の試料に照射される光強度の比を調整するための手段を有することを特徴とする時間分解電子スピン共鳴装置。
本発明によると、光触媒、光半導体などの動的誘電率変化の大きい機能性材料ならびにそれを含む試料における時間分解ESR測定が可能になる。この時間分解ESR法は光触媒の反応性に直接関係ある短寿命ラジカルの測定方法であるので、本発明は、光触媒物質の検定に最も効果的な検定法をも提供する。
【0023】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明する。
図2に、本発明によるESR装置のマイクロ波回路の例を示す。既製のESR測定装置のマイクロ波ユニット(マイクロ波源と検出器を兼ねる)10に付加する形で、分波回路20と外部AFC装置30を装着した。マイクロ波ユニット10のマイクロ波出口から出たマイクロ波を分波回路20のサーキュレータC0において2つに分割し、サーキュレータC1,C2から2台の空洞共振器CV1,CV2に導き、その反射波を再びサーキュレータC0において合成する。2つの空洞共振器の一方CV1にのみ電磁石により外部磁場を印加する。その2経路の間に減衰器AT1,AT2、移相器PS1,PS2、シャッタSH1,SH2を設け、マイクロ波の位相と強度を2つの経路で独立に調整できるようにしている。また単行管D1,D2によって余計なマイクロ波反射波を除く。合成した信号は、サーキュレータC0を通じて再びマイクロ波ユニット10のマイクロ波入り口に戻す。
【0024】
この回路構成によると、既製のマイクロ波ユニット10内にホモダイン検波回路が装備されている場合でも、そのままそのマイクロ波ユニットを利用できる。また、必要に応じて検出器の前にマイクロ波を増幅するプリアンプを設置することも可能である。調整を行うためのQ−カーブ測定用オシロスコープ40は、ESR測定装置に予め装備されているものを用いた。2つの空洞共振器CV1,CV2内の試料S1,S2にパルスレーザ50から励起レーザーパルス光を照射する。磁場掃引装置60で外部磁場を変化させながら、パルスレーザーからのトリガ信号に同期した信号を、トランジェントオシロスコープ70に記録、積算し、信号処理装置80によりデータ処理して蓄積した。信号処理装置80としてはパーソナルコンピュータを用いた。
【0025】
次に、2つの試料室を等価にする調整方法について、図3に示した空洞共振器の共鳴曲線の変化を参照して説明する。なお、以下の操作のうち(1)と(2)は通常のESR装置でも行う操作である。(3)〜(7)が本発明で新たに加える操作である。なお、以下の(1)〜(7)の操作は空洞共振器CV1及び試料S1に磁場を印加しない状態で行うのが望ましい。
(1)空洞共振器CV1,CV2に試料S1,S2を装着した状態で、スイッチSH1,SH2によりマイクロ波の回路を適宜開閉し、Q−カーブ測定用オシロスコープ40により試料室の共鳴曲線をそれぞれ独立に測定する。
(2)ESR信号がないときに、それぞれの試料室からの反射が0となるようにそれぞれの空洞共振器を調整する。
(3)2つの試料室の共鳴周波数を一致させる。このとき、空洞共振器内に石英棒などの誘電体を適当な長さ挿入するなどする(共鳴周波数調整:図3の[A])。
【0026】
(4)2つの試料室から反射され帰還する信号について相対的に180度位相をずらせる。ホモダイン回路が装備されている場合は、そのRef信号を基準にして、主試料室からの信号を0度、参照試料室からの信号を180度ずらせる(位相を反転させる:図3の[B])。
(5)さらに、減衰器AT1,AT2により2つの試料室に導入するマイクロ波の強度を調整して、2つの信号が相殺するようにする(マイクロ波パワー調整:図3の[C])。
(6)外部AFC回路30の周波数を試料室の共鳴周波数に合わせる。
(7)パルスレーザ50から試料S1,S2にレーザー光を照射し、キャリア信号を観察する。双方の信号が独立に最大になるように、光路を調整する。さらにキャリア信号が相殺されて最小になるように光の強度比を調整する。
【0027】
図4は、2つの試料室に送る励起光パルス強度を調整するレーザー光分配光学系の概略図である。回転ステージRSに装着した1/2波長板HWPを回転させることによってレーザー光の線偏光方向を回転させ、偏光プリズムPを通過せしめることにより、2つに分配したレーザービームの強度について、連続的に光量比を調整することができる。これを3枚のミラーM1〜M3を用いて主試料室と参照試料室に分配する。
【0028】
図5に、酸化チタン(Degussa社製P25)の室温での動的誘電率変化を消去した結果を示す。図4に示した1/2波長板HWPを回転させることによって光量を調整する。主試料室に生じる動的誘電率変化信号は正の信号、参照試料室に生じる動的誘電率変化信号は負の信号として記録された。光の強度の調節のみにより100%主試料室で生じる動的誘電率変化信号(線A)と100%参照試料室で生じる動的誘電率変化信号(線B)の強度を等しくすると、線Cに示すようにほぼ動的誘電率変化信号を消去することができる。光の分配比率のみに信号強度が依存するとすると、理論的に信号のピーク値は任意の回転角θに対して次式で表される。
【0029】
【数1】
Figure 0004671514
【0030】
ただし、IMainは主試料室の信号強度、IRefは参照試料室の信号強度、I0は全レーザーエネルギーである。信号強度の変化はこの式によく一致した。したがって、HWPの回転角を調整することにより必ず動的誘電率変化信号を消去できることが理論的に証明される。実験の結果、わずかな線形のずれによる残留信号がみられるものの、動的誘電率変化信号を単一試料室の場合に比べて常に5%以下にすることができることがわかった。
【0031】
次に、試料に酸化チタン粉末を用い、ナノ秒YAGレーザーからの10Hzのレーザーパルスで繰り返し励起し、得られる信号の時間変化をトランジェントオシロスコープで記録した。外部磁場が約320mTから約340mTまでの201点を測定点として、各点あたり200回の測定を10Hzにて行い、レーザー励起後50マイクロ秒までの時間分解信号をオシロスコープ上で積算した。この結果から、励起後9マイクロ秒で見られる信号を磁場の変化についてプロットした時間分解ESRスペクトルを図6に示す。
【0032】
図6において、縦軸上向きはマイクロ波の発光、下向きはマイクロ波の吸収を示す。この発光ないしは吸収のピークが現れることは、目的とした表面ラジカル、ないしは表面付近に生成したラジカル種が励起後9マイクロ秒に時間分解電子スピン共鳴信号を与え、これらの何らかのラジカル種の存在することが示される。この測定における信号の全ふれ幅は、図5の動的誘電率変化信号の最大振幅の約1%であり、この程度の微弱な時間分解ESR信号の測定が新たに可能となった。一方、吸収、発光の区別は関与する化学反応のメカニズムに関する情報を与える。この測定及びその解析によって光触媒物質の表面における化学反応の短寿命な中間体を検出、定量できるので、光触媒物質の機能に直接関係のある評価が可能になる。
【0033】
本発明により実現するのは、まず第1に、酸化チタンに代表される光触媒物質について、その反応性に対する直接の評価である。結晶や粉末の製造プロセスにおいて、その触媒能の直接評価に用い、数値として検定できる方法を提供できる。この方法は同じ物質を用いた顔料物質の安定性、化粧品担体の安全性の評価方法として転用することができる。この評価方法は、性能のよい材料の開発及び処理方法に直接結びつけることができる。第2に、半導体物質について、基底状態には存在しない短寿命の格子欠陥(主としてバンドギャップの間に存在するトラップ準位)を新たに生成し、測定を行なうことが可能となる。これにより固体の格子欠陥量、結晶状態の評価を行うことができる。
【0034】
【発明の効果】
本発明によると、動的キャリアなどによる過渡的な誘電率変化を効果的に除去して、光触媒、光半導体などの動的誘電率変化の大きい機能性材料の時間分解ESR測定が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の原理図を示す図。
【図2】本発明によるESR装置のマイクロ波回路の例を示す図。
【図3】2つの試料室を等価にする調整方法についての説明図。
【図4】2つの試料室に送る励起光パルス強度を調整するレーザー光分配光学系の概略図。
【図5】動的誘電率変化信号の除去状況を示す図。
【図6】時間分解ESR信号の測定例を示す図。
【符号の説明】
10:マイクロ波ユニット、20:分波回路、30:外部AFC装置、40:Qカーブ測定用オシロスコープ、50:パルスレーザ、60:磁場掃引装置、70:トランジェントオシロスコープ、80:信号処理装置、C0〜C2:サーキュレータ、PS1,PS2:フェーズシフタ(移相器)、AT1,AT24:アッテネータ(減衰器)、SH1,SH2:シャッタ、D1,D2:単行管、CV1,CV2:キャビティ(空洞共振器)、S1,S2:試料、HWP:1/2波長板、RS:回転ステージ、P:偏光プリズム、M1〜M3:ミラー

Claims (5)

  1. 磁場中に配置された第1の空洞共振器に挿入された第1の試料と磁場外に配置された第2の空洞共振器に挿入された前記第1の試料と同等の第2の試料にマイクロ波を照射しながら同時にパルス光を照射するステップと、前記第1の空洞共振器から反射されて帰還する第1のマイクロ波信号と前記第2の空洞共振器から反射されて帰還する第2のマイクロ波信号との差を取るステップとを含み、
    試料の誘電率変化による動的な信号変化を消去して電子スピン共鳴信号のみを取り出すことを特徴とする時間分解電子スピン共鳴測定方法。
  2. 請求項1記載の時間分解電子スピン共鳴方法において、前記第1の空洞共振器から反射されて帰還する第1のマイクロ波信号と前記第2の空洞共振器から反射されて帰還する第2のマイクロ波信号との差を取るステップは、前記第1のマイクロ波信号と前記第2のマイクロ波信号とを位相を180度ずらして合成することで差を取ることを特徴とする時間分解電子スピン共鳴方法。
  3. 同等の試料が挿入されている2つの空洞共振器の共鳴周波数が一致するように空洞共振器を調整するステップと、
    前記2つの空洞共振器からの反射マイクロ波信号の位相を相対的に180度ずらせるステップと、
    前記2つの空洞共振器からの反射マイクロ波を合成した合成信号がほぼゼロになるように2つの空洞共振器に導入するマイクロ波の相対強度を調整するステップと、
    前記2つの空洞共振器内の試料に同時にパルス光を照射したとき前記合成信号がほぼゼロになるように2つの空洞共振器内の試料に照射するパルス光の強度比を調整するステップと、
    前記2つの空洞共振器の一方にのみ磁場を印加した状態で2つの空洞共振器内の試料に同時にパルス光を照射し前記合成信号を検出信号として時間分解電子スピン共鳴信号を検出するステップと
    を含むことを特徴とする時間分解電子スピン共鳴測定方法。
  4. 磁場発生装置と、
    マイクロ波源と、
    前記磁場発生装置の発生する磁場中に位置し試料が挿入される第1の空洞共振器と、
    前記磁場発生装置の発生する磁場外に位置し試料が挿入される第2の空洞共振器と、
    前記マイクロ波源から発生されたマイクロ波を前記第1及び第2の空洞共振器に導く第1のマイクロ波回路と、
    前記第1及び第2の空洞共振器から反射されてきたマイクロ波を合成する第2のマイクロ波回路と、
    前記第2のマイクロ波回路で合成されたマイクロ波を検出する検出器と、
    前記第1の空洞共振器と第2の空洞共振器に導かれるマイクロ波の相対的な位相を調整するための前記第1のマイクロ波回路に設けられた移相器及び/又は前記第1及び第2の空洞共振器から反射されてきたマイクロ波の相対的な位相を調整するための前記第2のマイクロ波回路に設けられた移相器と、
    前記第1の空洞共振器と第2の空洞共振器に導かれるマイクロ波の相対的な強度を調整するための前記第1のマイクロ波回路に設けられた減衰器と、
    パルス光源と、
    前記パルス光源からのパルス光を分割して前記第1の空洞共振器内の試料と第2の空洞共振器内の試料に同時に照射するための光分割手段とを備えることを特徴とする時間分解電子スピン共鳴装置。
  5. 請求項4記載の時間分解電子スピン共鳴装置において、前記光分割手段は前記第1の空洞共振器内の試料に照射される光強度と第2の空洞共振器内の試料に照射される光強度の比を調整するための手段を有することを特徴とする時間分解電子スピン共鳴装置。
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