アルミニウム又はアルミニウム合金を適当な電解液中で陽極酸化処理を行って得られる皮膜はアルマイトの名で親しまれている。このアルマイトを形成する陽極酸化処理は、それらの金属材料の硬度、耐食性あるいは装飾性を向上させる方法として工業的に広く利用されており、一般にその用途に合わせ硫酸系、シュウ酸系、リン酸系あるいはクロム酸系の電解液が選ばれる。
そのような陽極酸化処理のなかで、硫酸系の電解液を用いた陽極酸化処理法は、安価であること、その陽極酸化処理によって得られる皮膜は硬度が高く無色透明で着色が容易であること等の特徴を有するため、最も一般的に使用されている。そのような硫酸系の電解液を用いる陽極酸化処理の一般的な処理条件については非特許文献1に明らかにされている。
しかしながら、この硫酸系の電解液を用いた陽極酸化処理においてより高い硬度の陽極酸化皮膜を形成する試みもなされている。例えば、特許文献1には、硬度が高くなるほど皮膜中にクラックが入りやすくなることを克服するため、アルミニウム基材の成分組成の選定や陽極酸化処理時の処理液温度、電解条件、処理時間、硫酸濃度等を精緻に制御することによって解決すべきであることが提案されている。
また、特許文献2には、電解初期は15〜25℃の処理温度で電解した後、段階的に温度を低下させるか、または低温液で電解することにより、ロール素材の内面に近い側に低硬度の膜が、遠い側に高硬度の膜が得られ耐クラック性に優れた陽極酸化膜が得られることが開示されており、陽極酸化処理は、処理温度0〜20℃、陽極電流密度1〜10A/dm2、電解時間1〜2時間の範囲で行うのが好ましいことが開示されている。特許文献3には、低温度での陽極酸化処理は液冷却のためのエネルギー損失が大きいことから、アルカンスルホン酸と硫酸との混合電解液を用いた陽極酸化処理方法が提案されており、硫酸のみの電解液による陽極酸化皮膜より10%高硬度で20%厚い陽極酸化皮膜が得られることが開示されている。
一方、陽極酸化皮膜の耐食性を向上させることについては、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化皮膜は皮膜中の細孔を通して腐食が進行するという特性を有することから、一般的には封孔処理によって耐食性を向上させるという方法がとられている。封孔処理として加圧水蒸気処理および沸騰水浸漬処理が一般的に用いられる。例えば、特許文献1に、加圧水蒸気処理又は沸騰水浸漬処理であるかを問わず処理時の圧力、温度、時間等を精緻に制御することによって耐腐食性及び耐プラズマ性に優れたアルミニウム合金部材が得られることが開示されている。すなわち、ポーラス層とポアのないバリア層を有する陽極酸化皮膜が形成されたアルミニウムまたはアルミニウム合金材料であって、該バリア層組織の少なくとも一部がベーマイトおよび/または擬ベーマイトであって、且つりん酸−クロム酸浸漬試験(JISH8683-2)での該皮膜溶解速度が120mg/dm2/15min未満であり、更に5%Cl2-Arガス雰囲気下(300℃)に2時間静置した後の腐食発生面積率が15%未満であり、且つ皮膜硬度がHv.420以上である耐腐食性及び耐プラズマ性に優れたアルミニウム合金部材が得られることが開示されている。
日本金属学会編「改訂6版 金属便覧」丸善株式会社、平成16年4月5日、p.872
特開2004-225113号公報
特開2002-196603号公報
特開2004-502877号公報
しかしながら、従来のこのような硫酸系の電解液を用いたアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理は、高硬度の陽極酸化皮膜を形成させるには複雑な処理を必要とし、また、大がかりで高価な設備を必要とする。また、耐食性に優れた陽極酸化皮膜を形成させるには封孔処理等の特殊な処理を要する。さらに、高硬度かつ耐食性に優れた陽極酸化皮膜を得るにはそのようないずれの処理をも含んだ処理をしなければならないという問題を有する。
本発明は、このような従来の高硬度又は/及び耐食性に優れるアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜を得るための陽極酸化処理における問題点に鑑み、一般に広く行われている硫酸系の電解液を用いながら複雑な処理等を要せず高硬度、高耐食性、または高硬度かつ高耐食性を有する陽極酸化皮膜を形成することができる方法およびその方法により形成される陽極酸化皮膜を提供することを目的とする。
本発明者等は、一般に行われている硫酸系の電解液を用いたアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理において、電解液にアルコールを添加して陽極酸化処理を行った場合に、形成される陽極酸化皮膜の硬度及び耐食性が向上すること、その硬度及び耐食性は陽極酸化処理時の電流密度に左右されやすくしかも相反する影響を受けること等の知見を得て本発明を完成させた。
本発明に係るアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法は、アルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化処理により高硬度皮膜を形成する方法であって、アルコールを添加した硫酸系電解液を用いて陽極酸化処理を行うことによって実施される。
上記アルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法において、陽極酸化処理は50〜200A/m2の電流密度で行うのが好ましい。
また、本発明に係るアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法は、アルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化処理により耐食性に優れた皮膜を形成する方法であって、アルコールを添加した硫酸系電解液を用いて陽極酸化処理を行うことによって実施される。
上記耐食性に優れたアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方において、陽極酸化処理は400〜600A/m2の電流密度で行うのが好ましい。
さらに、本発明に係るアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法は、アルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化処理により皮膜を形成する方法であって、まず50〜200A/m2の電流密度で陽極酸化処理をし、次に400〜600A/m2の電流密度で陽極酸化処理をすることによって実施される。
上記アルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法において、陽極酸化処理は、硫酸0.5〜2.5mol%、アルコール5〜50mol%及び残部水からなる電解液を用いて行うのが好ましく、その電解液に添加されるアルコールは、脂肪族アルコールを使用することができる。
上記のアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法を用いて、表面硬度Hv4〜7GPa、起電力式耐アルカリ試験による耐食性が4000s以上であるアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜を形成することができ、また、膜厚が5〜100μm、表面硬度Hv4〜7GPa、膜厚方向の硬度ばらつきが±10〜20%であるアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜を形成することができる。
本発明に係るアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法は、一般に広く行われている硫酸系の電解液を用いた陽極酸化処理設備を用いて、高硬度、高耐食性及び高硬度かつ高耐食性の陽極酸化皮膜を得ることができる。そして、そのようにして得られた陽極酸化皮膜は均質な特性を有する。
以下、本発明に係るアルミニウム又は/及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法の実施の形態について説明する。本発明に係るアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の形成方法は、アルコールを添加した硫酸系電解液を用いて陽極酸化処理を行う。すなわち、本発明は、アルコール、硫酸及び水からなる電解液を用い、公知の硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理と同等の方法で陽極酸化処理を行う方法である。以下に本発明の実施に用いる電解液の成分・組成、陽極酸化処理条件等について具体的に説明する。
電解液はアルコール、硫酸及び水からなる。硫酸の硫酸及び水(硫酸と水の溶液)に対する濃度は公知の電解液と同様に10〜20mass%とすることができる。この硫酸の濃度範囲は、陽極酸化皮膜の硬度を高める効果及び経済上からも好ましい。
アルコールは、陽極酸化皮膜の硬度を高めるにはその濃度ができるだけ低い方が好ましい。しかしながら、アルコールが電解液中に均一に溶解されるために、また陽極酸化皮膜の硬度を高めるには陽極酸化処理中にアルコール成分が多孔質皮膜内で十分に拡散できる程度の濃度を要するため、アルコール濃度は5mol%以上の濃度とするのが好ましい。
種々の濃度のエチルアルコールを添加した硫酸系電解液を用いて陽極酸化処理を行った結果を図1に示す。図1は、横軸に電解液中のエチルアルコールの濃度を示し、縦軸に得られた陽極酸化皮膜のビッカース硬度を示したグラフである。なお、この例は、アルミニウムAA1070(純度99.7%)の陽極酸化処理を行った場合であり、陽極酸化処理の条件は、電解液中の硫酸の濃度が2mol%(硫酸の硫酸及び水に対する濃度は13mass%)、電解液の温度が20℃、電流密度が50A/m2、処理時間が60minであった。
図1に示すように、エチルアルコールの濃度が増大するとともに陽極酸化皮膜の硬度は低下しており、エチルアルコールの濃度は低いほど陽極酸化皮膜の硬度は高い。エチルアルコールが25mol%の場合、陽極酸化皮膜の硬度Hv6.7GPaとなり、エチルアルコールを含まない電解液で陽極酸化処理を行った場合の硬度Hv3.9GPaに対し、硬度が約70%向上している。
陽極酸化処理を行う電流密度は、公知の電流密度を用いることができる。しかしながら以下に示すように、陽極酸化皮膜の硬度を高めるには、低電流密度が好ましく、耐食性を高めるには、高電流密度で陽極酸化処理をするのが好ましい。
図2は、エチルアルコールの濃度は25mol%とし、他の条件は図1の場合の陽極酸化処理条件と同等の条件とし、電流密度を種々に変化させて陽極酸化処理を行った場合の陽極酸化皮膜の硬度を示す。図2に示すグラフは、横軸がエチルアルコールの濃度、縦軸が得られた陽極酸化皮膜のビッカース硬度である。なお、図2には、エチルアルコールを含まない通常の硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理の場合(無添加)を破線で併記した。
図2によると、電流密度が50A/m2〜400A/m2の範囲で陽極酸化皮膜の硬度は次第に低下し、電流密度が400A/m2〜600A/m2の範囲では陽極酸化皮膜の硬度は電流密度に関係なくほぼ一定になることが分かる。また、電流密度が600A/m2の場合の陽極酸化皮膜の硬度は最低でそのときの硬度が約3.8GPaであり、その硬度は無添加の場合の陽極酸化皮膜の硬度よりわずかに高いことが分かる。すなわち、本発明において高硬度の陽極酸化皮膜を得るには、電流密度は、硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理に通常使用される電流密度(50〜200A/m2)を使用することができ、陽極酸化皮膜の硬度向上及び経済上から50A/m2程度の電流密度で陽極酸化処理を行うのがよい。
また、図2によると、エチルアルコールを含まない通常の硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理の場合もわずかであるが上記と同様な傾向を有することが分かる。すなわち、電流密度が高くなると陽極酸化皮膜の硬度は次第に低下し、50〜200A/m2の電流密度の場合に硬度が高いことが分かる。
図3は、電流密度及びエチルアルコールの濃度を除き図1の場合の陽極酸化処理条件と同等の条件で、電流密度及びエチルアルコール濃度を種々に変化させて陽極酸化処理を行った場合の陽極酸化皮膜の耐食性試験の結果を示す。図3に示すグラフは、エチルアルコールの濃度をパラメータとし、横軸に電流密度を示し、縦軸に陽極酸化皮膜の皮膜溶解時間を示す。なお、上記耐食性試験は、JIS H8681-1(アルミニウム及びアルミニウム合金の陽極酸化皮膜の耐食性試験方法)に規定する起電力式耐アルカリ試験に基づいて行った。図3に示すパラメータで、mol%とは、電解液中のエチルアルコールのmol%を示し、無添加は、エチルアルコールを含まない通常の硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理の場合を示す。
図3によると、エチルアルコールの濃度が25mol%の場合に、200A/m2以上の電流密度で陽極酸化処理を行うと著しく耐食性が向上することが分かる。また、この場合は電流密度が高くなるほど耐食性が向上することも分かる。さらに、図3のP点で示すように電流密度が400A/m2以上では、エチルアルコールを含まない通常の硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理の場合より耐食性に優れた陽極酸化皮膜が得られることが分かる。すなわち、高耐食性の陽極酸化皮膜を得るには、400〜600A/m2の電流密度で陽極酸化処理を行うのがよい。
なお、図3によると、エチルアルコールを含まない通常の硫酸系電解液を用いた陽極酸化処理の場合にも200A/m2以上の電流密度で陽極酸化処理を行うと著しく耐食性が向上することも分かる。
本発明において、陽極酸化処理時間は電流密度を50A/m2とした場合、50min以上とするのがよい。図4は、陽極酸化処理時間を種々変え、アルミニウムAA1070(純度99.7%)の陽極酸化処理を行った場合の陽極酸化皮膜のビッカース硬度を示す。陽極酸化処理は、濃度2mol%の硫酸、濃度25mol%のエチルアルコール及び残部水の電解液を用い、電解液の温度を20℃、電流密度を50A/m2として行った。図4によると、陽極酸化皮膜の硬度は、処理時間が増すほど急速に高くなるが、処理時間が50〜60minになるとほとんど硬度の向上がみられないことが分かる。すなわち、陽極酸化処理時間は電流密度を50A/m2とした場合、50〜60minとするのがよい。なお、電流密度を高くした場合の処理時間は短くなる。
本発明において陽極酸化処理を行う電解液の温度は、通常の硫酸系の電解液を用いて行われる陽極酸化処理の場合と同等でよい。しかしながら、本発明においては、通常の硫酸系の電解液を用いて行われる陽極酸化処理の電解液温度の上限範囲である20℃で行うことができる。これにより、従来の方法よりも電解液の冷却に要するエネルギーを少なくすることができる。
本発明の適用範囲は、上述のアルミニウムAA1070の陽極酸化処理に限られない。例えば、Al-Mg合金AA5052、Al-Mg-Si合金AA6063等の陽極酸化処理にも同様に用いることができる。
以上説明したように、上記方法により、従来の硫酸系電解液を用いるアルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理方法と同等の方法で、アルミニウム又はアルミニウム合金の高硬度の陽極酸化皮膜又は高耐食性の陽極酸化皮膜を得ることができる。しかしながら、本発明はこれに限らない。以下に示す方法により高硬度かつ高耐食性の陽極酸化皮膜を得ることができる。すなわち、その発明方法は、まず50〜200A/m2の電流密度で陽極酸化処理をし、次に400〜600A/m2の電流密度で陽極酸化処理をする二段階処理法により陽極酸化処理を行うものである。この場合、電解液は、硫酸0.5〜2.5mol%、アルコール5〜50mol%及び残部水からなるものを用いて陽極酸化処理を行うのがよく、400〜600A/m2の電流密度で陽極酸化処理する第二段階の処理時間は、10〜15minとするのがよい。以下本発明方法について具体的に説明する。
図5に、アルミニウムAA1070(純度99.7%)を上記二段階処理法により陽極酸化処理を行って得た陽極酸化皮膜のJIS H8681-1に規定する起電力式耐アルカリ試験に基づく皮膜溶解時間と、ビッカース硬度を示す。陽極酸化処理は、濃度2mol%の硫酸、濃度25mol%のエチルアルコール及び残部水からなる電解液を用い、まず50A/m2の電流密度で50min間の一段目の陽極酸化処理を行った。つぎに、600A/m2の電流密度で二段目の陽極酸化処理を処理時間を種々に変えて行った。電解液の温度は20℃に保持した。図5のグラフの横軸は二段目の陽極酸化処理の処理時間を示し、縦軸は皮膜溶解時間(左側)と、ビッカース硬度(右側)を示す。
図5に示す皮膜硬度曲線(実線)によると、一段目の陽極酸化処理で得られた陽極酸化皮膜の硬度は、二段目の陽極処理の処理時間が長くなるに従って次第に低下することが分かる。一方、皮膜溶解時間曲線(破線)をみると、陽極酸化処理時間が5minまでは皮膜溶解時間は水平であるが、5minを超えると急速に立ち上がり、陽極酸化処理時間が10〜20minの範囲では立ち上がりの傾きが次第に小さくなり20minを超えると立ち上がりの傾きが一層小さくなる。
これらの結果から、二段目の陽極酸化処理を10〜15min行うことにより、高硬度かつ高耐食性の陽極酸化皮膜を得ることができることが分かる。すなわち、アルミニウム又はアルミニウム合金の陽極酸化処理を行うについて、アルコールを添加した硫酸系電解液を用い、まず50〜200A/m2の電流密度で陽極酸化処理をし、次に400〜600A/m2の電流密度で陽極酸化処理をすることにより、高硬度かつ高耐食性の陽極酸化皮膜を得ることができる。
本発明において、電解液に添加するアルコールの種類は特に問わない。メチルアルコール、エチルアルコール、トリフルオロエタノール、イソプロピルアルコール、エチレングリコール、グリセリンを使用することができる。また、さらに広く脂肪族アルコールを使用することもできる。しかしながら図6に示すように、電解液としてエチルアルコール、硫酸及び水からなる電解液を用いるのがよい。
図6は、2mol%の硫酸、25mol%の各種アルコール及び水からなる電解液を用いて種々の電流密度でアルミニウムAA1070(純度99.7%)の陽極酸化処理をした場合の陽極酸化皮膜のビッカース硬度を示す。なお、電解液の温度は20℃に保持した。
図6によると、電解液にアルコールを添加することによって得られる陽極酸化皮膜の硬度が向上することが分かる。また、陽極酸化皮膜の硬度の向上は、エチルアルコールを添加した場合に最も効果があることが分かる。