JP4593754B2 - 化学物質の50%阻害濃度決定方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、内分泌攪乱物質(いわゆる環境ホルモン等の化学物質)の阻害濃度決定方法に関し、更に詳述すればエストロゲン等の受容体に対する内分泌攪乱性化学物質の50%阻害濃度決定方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
自然環境中には産業由来の化学物質が存在し、この化学物質の一部は、ホルモン様活性があるため、自然環境中に棲息する生物(以下、環境生物という)や人の生体内に取り込まれた場合、環境生物や人の内分泌系を攪乱し、生殖障害等を引き起こすことが疑われ、大きな社会問題となっている。この問題に対応する方法として、内分泌攪乱作用が疑われている化学物質に関する環境生物や人への暴露の実態調査や内分泌攪乱作用メカニズムの解明とともに、化学物質の内分泌物質様活性を評価する方法の開発が急務となっている。
【0003】
従来、化学物質の内分泌物質様活性を評価する方法として、例えば、ホルモン受容体の一種であるエストロゲン受容体に対する内分泌物質様活性を評価する方法として、放射ラベル化エストラジオール等の放射性リガンドを用いる結合試験方法がある。
【0004】
この結合試験方法は、リガンドとホルモン受容体との混合液に、試料の化学物質を添加し、ホルモン受容体に結合していたリガンドの一部を遊離させ、代わりに試料の化学物質を結合させる。ここで、遊離のリガンド濃度あるいはホルモン受容体に結合したリガンド濃度を測定することにより、リガンドに置き換わってホルモン受容体に結合した試料化学物質量を決定することができる。
【0005】
このホルモン受容体に結合した試料化学物質量は、試料化学物質のホルモン受容体への結合の強さに比例する。
【0006】
化学物質濃度と、ホルモン受容体に結合したリガンド濃度との関係、すなわち「リガンドとホルモン受容体との混合液における化学物質の結合曲線」は、図1に示すようになる。ホルモン受容体に結合しているリガンドの半分が化学物質に置き換わる化学物質濃度を、その化学物質の50%阻害濃度(IC50)と定義する。このIC50値は、リガンドの種類や濃度等の試験条件に依存するが、同一試験条件下においては化学物質とホルモン受容体との結合の強さに比例するので、IC50値から、化学物質のホルモン受容体への結合強度の相対的な関係を評価できる。すなわち、IC50値から化学物質のホルモン様活性の程度を評価できる。
【0007】
上記放射性リガンドは、高感度検出が可能である。しかし、この放射リガンドを用いた結合試験法においては、放射性物質を取扱うため、施設上の制限、安全面への配慮を必要とし、更に操作においても、遊離しているリガンドや試料化学物質、及び、ホルモン受容体に結合しているリガンドや試料化学物質をそれぞれ分離した後、その濃度を測定する必要がある。そのため、操作のステップが多くなるという問題点がある。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
上記結合試験方法において、この放射リガンドを非放射リガンドに変えることにより、手軽、かつ安価な、化学物質のホルモン様活性の程度を評価する方法になる可能性がある。
【0009】
本発明者等は上記問題を解決するために種々検討しているうちに、非放射リガンドとして、特定の構造のリガンドを用いることにより、リガンド単独では低い蛍光強度を示すが、ホルモン受容体と結合したときには強い蛍光強度を生じるものがあること、並びにこの様な性質を有するリガンドを用いる場合、遊離しているリガンドやホルモン受容体に結合しているリガンド等を分離することなく、そのまま簡単、かつ正確に内分泌攪乱物質等の化学物質の50%阻害濃度を決定することができることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0010】
従って、本発明の目的とするところは、操作のステップが少なく、誰でも手軽に、安価に化学物質のホルモン様活性を評価できる化学物質の50%阻害濃度決定方法を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成するために本発明は、
〔1〕 ホルモン受容体と結合することにより蛍光を発するリガンドとホルモン受容体との結合体を含む溶液に試料化学物質を添加し、試料化学物質の添加濃度に応じて変化する蛍光強度を測定し、前記ホルモン受容体とリガンドとの結合体を含む溶液の蛍光強度と、前記受容体とリガンドとの結合体を含む溶液においてリガンドを遊離させた状態の溶液との蛍光強度差の1/2の蛍光強度を示す試料化学物質の濃度を50%阻害濃度とする化学物質の50%阻害濃度決定方法であって、
〔2〕 リガンドが、クメストロール、7−ニトロベンゾフラン架橋エチニルエストラジオール、又はフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールであること、並びに、
〔3〕 ホルモン受容体がエストロゲン受容体であることを含む。
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0013】
【発明の実施の形態】
本発明の化学物質のIC50決定方法において、評価の対象とされる試料化学物質は、特に制限がない。
【0014】
本発明の化学物質のIC50決定方法において、阻害対象であるホルモンとしては、エストロゲン、アンドロゲン、甲状腺ホルモン等の各種ホルモン、及びそれらのホルモン様化学物質が挙げられる。また、ホルモンの受容体としては、上記各種ホルモンの受容体が挙げられる。
【0015】
エストロゲン様活性を示す化学物質はメス化に関連した作用メカニズムを示す化学物質として最も注目されているものである。
【0016】
ホルモン受容体の調製方法は、特に限定されるものではないが、例えば、調製した発現ベクターを大腸菌へ導入し、大腸菌を培養することによりホルモン受容体である蛋白質を発現させ、次いでこの発現蛋白質の抽出、精製を行って調製する方法などが挙げられる。
【0017】
リガンドは、対象とするホルモン受容体へ特異的に結合し、その結合強度がある程度強く、かつ受容体に結合していないときは蛍光を生じないか生じても蛍光強度が低くいが、受容体に結合すると大きな蛍光強度及び/又は蛍光スペクトルに大きな変化を生じるものが好ましい。具体的には、リガンドが受容体に結合していない時と、結合している時とで蛍光強度の差が蛍光強度測定機器のS/N比の5倍以上、好ましくは20倍以上変化するものが望ましい。通常10倍以上蛍光強度が変化するものが使用できる。蛍光強度の差がS/N比の2倍未満の場合は、測定誤差が大きくなり、正確なIC50を決定しにくくなる。
【0018】
決定する試料化学物質のIC50が、エストロゲンに対するものである場合は、例えば下記の構造式で示されるクメストロール(Coum)、フルオレセイン架橋エチニルエストラジオール(FEE)及び7−ニトロベンゾフラン架橋エチニルエストラジオール(NBD)などが好ましいリガンドとして挙げられる。
【0019】
【化1】
【0020】
【化2】
【0021】
【化3】
【0022】
なお、フルオレセイン架橋エチニルエストラジオール(FEE)については、上記の構造式において、メチレン基の数nは、8〜12が好ましい。nが10のとき蛍光強度比が最も高くなり、高感度になるので特に好ましいものである。
【0023】
上記受容体、及びリガンドを用いて化学物質のIC50を決定する方法につき、以下説明する。
【0024】
リガンドとホルモン受容体との混合液に、試料化学物質を添加すると、ホルモン受容体に結合していたリガンドの一部が遊離し、代わりに試料化学物質がホルモン受容体に結合する。リガンドの蛍光強度は受容体に結合しているときの方が結合していないときより大きい。従って、受容体に結合しているリガンドの一部が試料化学物質に置き換わることにより、遊離したリガンドの割合に反比例して蛍光強度が減少する。
【0025】
リガンドとホルモン受容体との混合液に試料化学物質を添加量を変えて添加し、そのときの蛍光強度を測定し、縦軸に蛍光強度、横軸に試料化学物質濃度をとり、両者の関係をグラフにすると、「リガンドとホルモン受容体との混合液における試料化学物質の結合曲線」ができる。
【0026】
蛍光強度の測定に際しては、遊離しているリガンド、遊離している試料化学物質、ホルモン受容体に結合しているリガンドや試料化学物質をそれぞれ単離して濃度を測定する必要はない。本発明に於いて用いるリガンドは、受容体に結合していないときと比較して、受容体に結合しているときに大きな蛍光を生じるものである。
【0027】
本発明の化学物質のIC50の決定方法の一例としては、上記グラフにおいて、前記ホルモン受容体とリガンドとの結合体を含む溶液の蛍光強度と、前記受容体とリガンドとの結合体を含む溶液においてリガンドを遊離させた状態の溶液との蛍光強度差の1/2の蛍光強度を示す試料化学物質の濃度をグラフから読取り、これを化学物質のIC50とする方法がある。
【0028】
IC50の決定方法の他の例としては、対数曲線で近似することにより数学的に求める方法がある。即ち、試料化学物質のIC50を算出するには、以下のlogistic式
【0029】
【数1】
【0030】
ここで、Xは、溶液中の試料化学物質濃度(M)、
Yは、X(M)の溶液の蛍光強度、
Topは、一連の溶液の蛍光強度における頭打ちの数値、
Bottomは、一連の溶液の蛍光強度における底打ちの数値である。
に当てはめ、数学的にIC50を算出するものである。
【0031】
これらのIC50値の算出方法の何れにおいても、受容体に対する結合性が弱い化学物質については、測定濃度範囲内では受容体とリガンドとの結合体を含む溶液においてリガンドをほぼ完全に遊離させた状態にすることができないため、底打値が得られない。この場合、受容体に対する結合性が大きいことが知られている既知化合物(例えばエストラジオール等)を用いて、リガンドがほぼ完全に遊離するに十分な量の前記既知化合物を添加してリガンドを遊離させた状態の溶液の蛍光強度を底打値とすることができる。例えば、既知化合物がエストラジオールの場合は、受容体濃度の10倍以上、通常100倍程度添加することにより十分リガンドが遊離する。既知化合物としてエストラジオール以外の既知化合物を用いる場合は、その添加量は上記エストラジオールの添加量に相当する量を添加すればよい。
【0032】
ホルモン受容体と結合したときに蛍光強度の蛍光を生じさせる励起光の波長(励起波長)は、例えば、リガンドとしてクメストロールを用いる場合は、320〜400nmが好ましく、340〜380nmが更に好ましく、350〜370nmが特に好ましい。
【0033】
リガンドとしてフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールを用いる場合、励起波長は、420〜550nmが好ましく、450〜520nmが更に好ましく、475〜495nmが特に好ましい。
【0034】
上記IC50の決定に際しては、リガンドと、受容体と、化学物質とを含む溶液において、化学物質の濃度を種々変化させた多数の溶液の蛍光強度を測定する必要がある。この目的に好適な測定方法は、市販の多穴蛍光測定用マイクロプレートを利用するものである。
【0035】
例えば、96穴の市販マイクロプレートを利用する場合、3穴を一組とし(測定繰返し単位n=3)、所定濃度のリガンドのみを含む溶液を3穴のそれぞれに添加した組、所定濃度のリガンドと受容体とを含む溶液を次の3穴にそれぞれ添加した組、更に所定濃度のリガンドと受容体と第1濃度の化学物質を含む溶液をその次の3穴にそれぞれ添加した組を準備する。以下同様に、化学物質濃度のみを第2濃度、第3濃度、・・・・・と順次変化させた3穴に添加した組を準備する。
【0036】
ここで、溶液の溶媒としては、トリス塩酸又はリン酸系の緩衝液が好ましい。具体的には1mM EDTA、1mM EGTA、1mM NaVO3、10質量%グリセロール、0.5mg/ml γ−グロブリン、0.5mMフェニルメチルスルホニルフルオライド、0.2mMロイペプチンを含む10mMトリス塩酸緩衝液(pH)7.4)等が例示される。
【0037】
溶液中のリガンド濃度は1〜50nMが好ましい。溶液中の受容体濃度は2〜50nMが好ましい。
【0038】
溶液中の化学物質の濃度の変化範囲は、試料化学物質が受容体に結合する場合、緩衝液中の溶解度以下の濃度範囲で、少なくとも1濃度で試料溶液の蛍光強度が化学物質の受容体への結合により生じる蛍光強度の頭打と底打との間の中間になり、最小と最大濃度の蛍光強度ができるだけ頭打及び底打の値の近くになるようにして決定することが好ましい。
【0039】
次に、上記のようにして各溶液の組を準備したマイクロプレートを所定時間放置し、リガンド、受容体、化学物質の結合関係を平衡に至らしめる。その後、市販の蛍光マイクロプレートリーダー等を用いて、マイクロプレートの各穴に添加された前記溶液の蛍光強度を測定する。
【0040】
平衡に達するためには4〜37℃、通常室温で0.5〜2時間保てば十分である。
【0041】
上記のようにして得られた化学物質の各濃度に対する蛍光強度の測定結果を、前述のようにグラフ化し、又はlogistic式を用いて化学物質のIC50を決定できる。
【0042】
リガンドとして、クメストロール(Coum)又はフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールを用いる場合、リガンドは、ホルモン受容体と結合したときの発現蛍光スペクトルほどではないが、遊離のリガンドの状態でも、ある程度の蛍光スペクトルを示す。
【0043】
図2は、遊離のクメストロール(リガンド)の蛍光強度のpH依存性を示す蛍光スペクトルチャートである。pH6.5、pH7.0、pH7.4の溶液のいずれにおいても、最大蛍光波長は440nmであった。なお、溶液のpHを調節するには緩衝液を用いることが好ましい。
【0044】
この緩衝液中には、ホルモン受容体である蛋白質が器壁等に非特異的に吸着するのを防ぐために、γグロブリンを添加することが好ましい。
【0045】
図3は、遊離のクメストロールのみを含む溶液の蛍光強度と、エストロゲン受容体(ER)と結合したクメストロールを含む溶液の蛍光強度との比較を示す蛍光スペクトルチャートである。溶液のpHは、図2のデータから、測定の感度を高くするために、遊離クメストロールの蛍光強度の最も小さいpH6.5を用いた。
【0046】
図3に示されるように、クメストロールのみを含む溶液においても、ホルモン受容体と結合したクメストロールを含む溶液においても、最大蛍光波長は440nmであった。従って、蛍光強度を測定する波長は、最大蛍光波長の430〜450nmが最も好ましいが、装置上の制約がある場合はやや長波長側の、430〜470nmを用いてもよい。
【0047】
図4は、クメストロール濃度を10nMとして、ホルモン受容体濃度を変化した時の、溶液の蛍光強度の変化を示すグラフである。ホルモン受容体濃度が5×10-9M(5nM)から1×10-7M(100nM)まで増大するとともに、溶液の蛍光強度も増大している。
【0048】
図2に示すように、リガンドとしてクメストロールを用いる場合、溶液の蛍光スペクトルは、pH6.5〜7.4の範囲で大きく変化する。ホルモン受容体濃度を10nM、リガンド濃度を10nM一定として、エストラジオールの濃度を変化させた時の、溶液の蛍光強度の変化を各pH毎に調べた。その結果を、図5に示す。
【0049】
図5に示すように、蛍光強度の変化量は、pH7.0とpH7.4では大きな違いはなく、pH6.5の溶液では、pH7.0やpH7.4の溶液に比べて約1.6倍大きかった。これに加えて遊離しているリガンドが多い状態の溶液、すなわちlog[E2]が−5付近の溶液の蛍光強度は、pH6.5の溶液が、pH7.0やpH7.4の溶液よりかなり小さい。従って、「蛍光強度の変化率」すなわち「log[E2]が−10付近の溶液の蛍光強度/log[E2]が−5付近の溶液の蛍光強度」は、pH6.5の溶液が、pH7.0やpH7.4の溶液よりかなり大きくなる。よって、蛍光強度測定での結合曲線からホルモン様活性を評価するには、感度の点からはpH6.5の溶液が、pH7.0やpH7.4の溶液より適している。
【0050】
しかし、生体内における内分泌攪乱現象を反映させるためには、生体内のpHで測定を行うことが好ましい。従って、通常IC50を決定する場合、溶液のpHは生体内のpHと同等のpH7.4が好ましい。
【0051】
次に、リガンドとしてフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールを用いる場合につき、説明する。
【0052】
前記のように、蛍光スペクトルを発現させる励起波長は、420〜550nmが好ましく、450〜520nmが更に好ましく、475〜495nmが特に好ましい。
【0053】
蛍光強度を測定する波長は、最大蛍光波長の520〜530nmが最も好ましいが、装置上の制約から、やや長波長側の、500〜570nmを用いてもよい。
【0054】
ホルモン受容体濃度は、1〜100nMが好ましく、2〜50nMが更に好ましく、5〜20nMが特に好ましい。リガンド濃度は、0.5〜50nMが好ましく、1〜20nMが更に好ましく、2〜10nMが特に好ましい。
【0055】
緩衝液中のγグロブリン濃度は、0.001〜5mg/mLが好ましく、0.01〜3mg/mLが更に好ましく、0.02〜2mg/mLが特に好ましい。
【0056】
リガンドとしてフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールを用いる場合について、ホルモン受容体濃度を10nM、リガンド濃度を5nMとして、エストラジオールを試料化学物質として用いた場合の、試料化学物質の濃度を変化した時の、溶液の蛍光強度の変化を各pHについて調べた。その結果を、図6に示す。
【0057】
図6に示すように、蛍光強度の変化量は、pH7.4、pH7.0、pH6.5の溶液の順で低下した。ただし、リガンドが遊離している状態の溶液、すなわちlog[E2]が−6付近の溶液の蛍光強度は、pH6.5の溶液が、pH7.0やpH7.4の溶液よりかなり小さい。従って、「蛍光強度の変化率」すなわち「log[E2]が−10付近の溶液の蛍光強度/log[E2]が−6付近の溶液の蛍光強度」の大きさは、pH6.5の溶液は、pH7.4の溶液ほどではないが、pH7.0の溶液と同等の値である。よって、蛍光強度測定で得られる結合曲線からホルモン様活性を評価するには、pH7.4の溶液が、pH6.5やpH7.0の溶液より適しているが、それらの間の差はさほど大きくない。
【0058】
前述のように、生体内での化学物質の受容体への結合性を評価する場合はpH7.4が望ましい。
【0059】
【実施例】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。
【0060】
実施例1及び2において、エストロゲン受容体、リガンド、緩衝液、及び試料化学物質は、以下のA乃至Dに示すものを用いた。
【0061】
A エストロゲン受容体
以下の▲1▼乃至▲6▼に示す方法でエストロゲン受容体を調製した。
【0062】
▲1▼発現ベクターの調製と大腸菌への導入
ヒト子宮ライブラリーからクローニングしたヒトエストロゲン受容体遺伝子のリガンド結合ドメインを発現ベクターpGEX−4T1のマルチクローニングサイトに挿入したプラスミドを大腸菌に導入後、アンピシリン含有LBプレートに接種して増殖させた。
【0063】
▲2▼エストロゲン受容体の発現
▲1▼で得られたコロニーをLB培地(20mL)に植菌し、37℃、一晩前培養を行った。この前培養液20mLを200mLLB培地に植菌し、37℃、2時間培養後、発現誘導剤イソプロピル−1−チオ−β−D−ガラクトPYラノジド(IPTG)を終濃度が1mMになるように加えて目的蛋白質の発現の誘導を行った後、25℃で一晩培養した。
【0064】
▲3▼発現蛋白質の抽出・精製
▲2▼で調製した発現蛋白質は、エストロゲン受容体のリガンド結合ドメインとグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白質であった。このGSTとグルタチオンとの特異的結合性を利用して以下の方法で発現蛋白質の抽出と精製を行った。
【0065】
▲1▼で調製した培養液を遠心分離することにより大腸菌を集菌した。この大腸菌をソニケーションバッファー(Tris−HCl:50mM 、pH8.0NaCl0.50mM 、EDTA1mM)に懸濁させた。その後、この懸濁液の大腸菌を超音波破砕機により破砕した。この可溶性画分にグルタチオン−セファロース樹脂を加え、エストロゲン受容体のリガンド結合ドメインとグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合発現産物をグルタチオン−セファロース樹脂に特異的に結合させた。このGST融合発現産物が結合した樹脂を遠心分離により回収し、過剰の還元型グルタチオンを用いることにより、GST融合発現産物を溶出し、この溶出液から目的のエストロゲン受容体のリガンド結合ドメインとグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白質を得た。
【0066】
▲4▼発現蛋白質の同定
▲3▼の溶出液について、SDS−ポリアクリルアミドゲル(PAGE)電気泳動を行い、図7に示す結果を得た。図7に示すように、発現蛋白質が所定の分子量を有していること及び十分に精製されていることを確認した。すなわち、分画処理前の試料には、発現誘導されたGST融合蛋白質の存在が確認された(レーン2、矢印)。しかし、その超音波処理後、可溶性画分中のこの蛋白質含量はかなり少なかった(レーン3)。これは、過剰な発現誘導で発現した蛋白質が大腸菌内で不溶性の封入体を形成しているためと考えられた。そこで、超音波処理後の可溶性画分について、グルタチオン−セファロース樹脂を用いた濃縮と精製を行った。レーン4は、GST融合蛋白質を結合した樹脂試料の電気泳動パターンを示し、レーン5は、グルタチオン−セファロース樹脂からグルタチオンにより蛋白質を溶出させた試料の電気泳動パターンを示す。両試料ともにGST融合蛋白質に相当する分子量のバンド(矢印)が検出された。この溶出液を最終精製製品とした。なお、レーン5の電気泳動パターンの低分子量成分はプロテアーゼによる分解生成物であると考えられる。
【0067】
GST検出キットにより発現蛋白質がGST活性を有していることを確認した。
【0068】
▲5▼発現蛋白質の濃度測定
▲3▼の溶出液の発現蛋白質濃度は、牛血清アルブミンを基準物質としてGPC(ゲル浸透クロマトグラフ)法により測定した{分析条件:カラム:TOSO G−3000SW/XL、溶離液:0.1Mリン酸緩衝液(pH7.0)、測定波長:220nm}。その測定結果、発現蛋白質濃度は16.9μmol/Lであった。この濃度の発現蛋白質液すなわち▲3▼の溶出液を後述の実施例1、2でのホルモン様活性の評価における添加原液とした。
【0069】
▲6▼発現蛋白質の保存
得られた発現蛋白質は、小分けして冷凍庫中(−80℃)に保存し、後述の実施例1、2のホルモン様活性の評価における使用時に必要量だけ解凍して用いた。
【0070】
B リガンド
▲1▼フルオレセイン架橋エチニルエストラジオール(FEE)
17α−エチニルエストラジオールのエチニル基をカルボキシルエチニル基にし、このカルボキシルエチニル基にポリメチレンジアミンを結合させた後、ポリメチレンジアミンの末端アミノ基にフルオレセインを結合させたフルオレセイン−ポリメチレンジアミン−17α−エチニルエストラジオールを合成した。この合成されたフルオレセイン−ポリメチレンジアミン−17α−エチニルエストラジオールの分析において、メチレン架橋鎖はメチレン10個のものを使用した。
【0071】
▲2▼クメストロール(Coum)
Fluka社製、純度:95%のものを使用した。
【0072】
上記の各リガンドは、所定量をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して10mM溶液を調製した。これを後述の実施例1及び2でのホルモン様活性の評価における添加原液として、使用時に培地で希釈して所定濃度の添加液を調製した。
【0073】
C 緩衝液
以下の二種類の緩衝液▲1▼、▲2▼を後述の実施例1及び2でのホルモン様活性の評価に使用した。
【0074】
▲1▼pH7.4の緩衝液
EDTA 1mM、EGTA 1mM、NaVO3 1mM、グリセロール 10%、γ−グロブリン 0.5mg/mL、フェニルメチルスルホニルフルオライド 0.5mM、及びロイペプチン 0.2mMを含む10mM Tris緩衝液(pH7.4)
▲2▼pH6.5の緩衝液
EDTA 1mM、EGTA 1mM、NaVO3 1mM、グリセロール 10%、γ−グロブリン 0.5mg/mL、フェニルメチルスルホニルフルオライド 0.5mM、及びロイペプチン 0.2mMを含む10mM リン酸緩衝液(pH6.5)
D 試料化学物質
以下の天然・合成ホルモン、フェノール類、フタル酸エステル・アジピン酸エステル、及び農薬などの化学物質を、結合曲線データを測定するための試料化学物質として用いた。
○天然・合成ホルモン
・エストラジオール(E2)(和光純薬工業株式会社製、生化学用)
・エチニルエストラジオール(EE2)(和光純薬工業株式会社製、生化学用)・エストロン(E1)(和光純薬工業株式会社製、生化学用)
・エストリオール(E3)(和光純薬工業株式会社製、生化学用)
・バイオカニンA (BiochaninA) (Fluka社製、生化学用、純度〜99%)
○フェノール類
・ビスフェノールA(BPA)(東京化成工業株式会社製、TCI−EP)
・ノニルフェノール(NP)(東京化成工業株式会社製)
・オクチルフェノール(OP)(関東化学株式会社製、ファインケミカル用、純度〜99%)
・ペンタクロロフェノール(PCP)(和光純薬工業株式会社製、残留農薬試験用)
○フタル酸エステル・アジピン酸エステル
・アジピン酸ジ(2−エチルヘキシル)(DOA)(和光純薬工業株式会社製、可剤試験用)
・フタル酸ジベンジルブチル(BBP)(和光純薬工業株式会社製、フタル酸エステル試験用)
・フタル酸ジシクロヘキシル(CHP)(和光純薬工業株式会社製、フタル酸エステル試験用)
○農薬
・DDE (和光純薬工業株式会社製)
上記の各試料化学物質は、所定量をジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解して10mM溶液を調製した。これを後述の実施例1及び2でのホルモン様活性の評価における添加原液として、使用時に培地で希釈して所定濃度の添加液を調製した。
【0075】
実施例1
(ホルモン様活性の評価)
リガンドとしては、上記のクメストロール(Coum)を用いた。リガンド濃度は10nMであった。
【0076】
エストロゲン受容体としては、上記の方法で調製したエストロゲン受容体のリガンド結合ドメインとグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白質を用いた。エストロゲン受容体濃度は10nMで行った。
【0077】
緩衝液としては、pH6.5及び7.4の緩衝液を用いた。
【0078】
試料化学物質としては、上記の化学物質について行い、その試料化学物質濃度は、試料化学物質の結合度に応じて公比3〜10の8濃度に各溶液を調製した。
【0079】
上記条件で調製した溶液200μLを蛍光測定用マイクロプレートに添加し1時間放置後、励起波長:360nm、測定波長:465nmで、蛍光強度を測定した。
【0080】
なお、測定装置は、蛍光測定用マイクロプレートリーダー ポラリオン(TECAN社製)を用いた。
【0081】
以上の測定データから、各試料化学物質について結合曲線を作成し、その結合曲線からホルモン様活性を評価するためのIC50を算出した。その結果を表1に示す。
【0082】
【表1】
【0083】
表1のlog IC50の各数値は、2〜4回の繰り返し測定して得た測定値の平均値である。これらのlog IC50のうち、試料化学物質がエストラジオールで、pH6.5の緩衝液を用い、蛍光強度を測定した条件においては、4回の繰り返し測定を行った。各測定データから得られた結合曲線を、図8に示す。
【0084】
これらの結合曲線をlogistic式に当てはめて算出したlog IC50値は、それぞれ−8.07、−8.13、−8.07、−8.06とすべて実験誤差内で一致した。同様の結果が他の条件でも得られた。したがって、本実施例の条件において、IC50値の測定の再現性は良好と言える。
【0085】
緩衝液のpH、蛍光スペクトルの測定方法が異なる2種の条件、即ち表1における、pH6.5、及びpH7.4−蛍光強度の2種の条件から得られたIC50値は、それぞれの間において相関関係が高いことが解る。
【0086】
実施例2
(ホルモン様活性の評価)
リガンドは、上記のフルオレセイン架橋エチニルエストラジオール(FEE)を用いた。リガンド濃度は5nMで行った。
【0087】
エストロゲン受容体は、上記の方法で調製したエストロゲン受容体のリガンド結合ドメインとグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合蛋白質を用いた。エストロゲン受容体濃度は10nMであった。
【0088】
緩衝液としては、pH6.5の緩衝液を用いた。
【0089】
試料化学物質濃度は、試料化学物質の結合度に応じて公比3〜10の8濃度に各溶液を調製した。
【0090】
上記条件で調製した溶液200μLを蛍光測定用マイクロプレートに添加し1時間放置後、励起波長:485nm、測定波長:535nmで、蛍光強度を測定した。
【0091】
なお、測定装置は、蛍光測定用マイクロプレートリーダー ポラリオン(TECAN社製)を用いた。
【0092】
以上の測定データから、各試料化学物質について結合曲線を作成し、その結合曲線からIC50を算出した。その結果を表2に示す。
【0093】
【表2】
【0094】
表2のlog IC50の各数値は、2〜4回の繰り返し測定して得た測定値の平均値である。これらのlog IC50のうち、試料化学物質にエストラジオールを用い、蛍光強度を測定した条件においては、2回の繰り返し測定を行った。各測定データから得られた結合曲線を、図9に示す。
【0095】
これらの結合曲線をlogistic式に当てはめて算出したlog IC50値は、それぞれ−8.19、−8.25と実験誤差内で一致した。同様の結果が他の条件でも得られた。したがって、本実施例の条件において、IC50値の測定の再現性は良好と言える。
【0096】
表1及び2の結果から、それぞれ緩衝液がpH6.5の条件において、リガンドとしてクメストロール(Coum)を用いた場合に得られたIC50値と、リガンドとしてフルオレセイン架橋エチニルエストラジオール(FEE)を用いた場合に得られたIC50値とを比較すると、両者間において相関関係が高いことが解る。
【0097】
実施例3
(ホルモン様活性の評価)
リガンドとして、実施例2のフルオレセイン架橋エチニルエストラジオール(FEE)を用いる代りに合成した7−ニトロベンゾフラン架橋エチニルエストラジオール(NBD)を用いる以外は実施例2と同様にして化学物質(エストラジオール E2)の受容体への結合性を測定した。
【0098】
17α−エチニルエストラジオールのエチル基をカルボキシルエチニル基にし、このカルボキシルエチニル基にポリメチレンジアミンを結合させた後、ポリメチレンジアミンの末端アミノ基に7−ニトロベンゾフランを結合させてメチレン基の数の異なる7−ニトロベンゾフラン−ポリメチレンジアミン−17α−エチニルエストラジオールをそれぞれ合成した。合成した化合物のメチレン基は2〜12個のものであった。図10に、メチレン架橋鎖のメチレン基が8個の7−ニトロベンゾフラン−ポリメチレンジアミン−17α−エチニルエストラジオールを用いた場合のエストラジオール濃度と蛍光強度の関係を示す。
【0099】
図10に示すように、NBDもFEEと同様に本阻害濃度決定方法に用いることができることを確認した。
【0100】
比較例1
(ホルモン様活性の評価)
放射ラベルエストラジオールをリガンドとして用い、実施例1で用いた試料化学物質についてIC50を決定した。
【0101】
試料化学物質と放射リガンドとを競争結合させた後に、デキストラン被覆活性炭で遊離のリガンドを除去した後、溶液の放射活性を測定することにより、エストロゲン受容体に結合したリガンド量を算出した。
【0102】
図11は、放射リガンドを用いる結合試験法で測定したIC50値と、実施例1のIC50値のうちpH7.4の緩衝液中で蛍光強度を測定する方法で測定したIC50値との関係を示す。
【0103】
図11に示されるように、本発明方法で測定したIC50値と、放射リガンドを用いる結合試験法で測定したIC50値とは、良好な相関関係がある。従って、本発明方法は従来の結合試験法の代わりに使用できると結論される。
【0104】
【発明の効果】
本発明のIC50の決定方法は、放射リガンドを用いていないので、放射線発生のための管理区域の設置、並びに、作業者の厳格な使用記録管理、及び健康管理などの大掛りな設備や管理義務を必要とせず、誰でも手軽に、安価にIC50を決定できる。
【0105】
本発明方法は、遊離しているリガンドや試料化学物質、及び、ホルモン受容体に結合しているリガンドや試料化学物質を単離することなく蛍光強度を測定するので、操作が簡単である。
【図面の簡単な説明】
【図1】試料濃度と、ホルモン受容体に結合したリガンド濃度との模式的関係を示すグラフである。
【図2】クメストロール(リガンド)の蛍光強度のpH依存性を示す蛍光スペクトルチャートである。
【図3】遊離のクメストロール(リガンド)と、ホルモン受容体と結合したクメストロールとの蛍光強度の比較を示す蛍光スペクトルチャートである。
【図4】リガンドとしてクメストロールを用いた場合における、リガンド濃度を10nMとして、ホルモン受容体濃度を変化した時の、溶液の蛍光強度の変化との関係を示すグラフである。
【図5】リガンドとしてクメストロールを用いた場合における、溶液のpHと、試料物質のエストラジオールの濃度と、蛍光強度の関係を示すグラフである。
【図6】リガンドとしてフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールを用いる場合における、溶液のpHと、試料化学物質のエストラジオールの濃度と、蛍光強度の関係を示すグラフである。
【図7】リガンド結合ドメインとグルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)融合発現産物の溶出液のSDS−ポリアクリルアミドゲル(PAGE)電気泳動チャートである。
【図8】リガンドとしてクメストロールを用いた場合における、エストラジオールの4回の繰り返し測定した結合曲線を示すグラフである。
【図9】リガンドとしてフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールを用いた場合における、エストラジオールの2回の繰り返し蛍光強度を測定した結合曲線を示すグラフである。
【図10】リガンドとして7−ニトロベンゾフラン−オクタメチレンジアミン−17α−エチニルエストラジオールを用いた場合における、エストラジオールの結合曲線を示すグラフである。
【図11】放射リガンドを用いる結合試験法で測定したIC50値と、実施例1で決定したIC50との関係を示すグラフである。
Claims (3)
- ホルモン受容体と結合することにより蛍光を発するリガンドとホルモン受容体との結合体を含む溶液に試料化学物質を添加し、試料化学物質の添加濃度に応じて変化する蛍光強度を測定し、試料化学物質を添加する前の前記ホルモン受容体とリガンドとの結合体を含む溶液の蛍光強度である頭打の数値と、前記受容体とリガンドとの結合体を含む溶液においてリガンドを遊離させた状態の溶液の蛍光強度である底打ちの数値との差の1/2の蛍光強度を示す試料化学物質の濃度を50%阻害濃度とする化学物質の50%阻害濃度決定方法。
- リガンドが、クメストロール、7−ニトロベンゾフラン架橋エチニルエストラジオール、又はフルオレセイン架橋エチニルエストラジオールである請求項1に記載の化学物質の50%阻害濃度決定方法。
- ホルモン受容体がエストロゲン受容体である請求項1に記載の化学物質の50%阻害濃度決定方法。
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