JP4504501B2 - 粒子移動/固定装置 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、細胞等のような粒子を媒質中にて移動または固定させるための細胞移動/固定装置に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、粒子状の微小な対象物を操作するマイクロマニピュレーション技術の一種として、マイクロインジェクションという技術が知られている。
【0003】
マイクロインジェクションとは、例えばガラス管を加工してなるマイクロピペットと呼ばれる注射針を用い、細胞内にDNA、RNA、オルガネラ、各種蛋白質、各種薬液等を注入する手法のことを指す。このような技術は、特定遺伝子などを細胞内に選択的に導入しうる有効な手法として近年特に注目を浴びている。かかる手法は、類似の手法であるレーザーインジェクション等に比べて導入効率が高くてしかも安価といった利点を有している。
【0004】
上記技術においては、媒質中に浮遊している細胞に対してマイクロピペットを突き刺した状態で細胞内に液体を注入するため、突き刺し時には細胞を何らかの手段により固定しておく必要がある。また、細胞における特定の部位に遺伝子等を導入したい場合には、ピペットを突き刺しやすい所定の方向に当該部位を向けた状態で細胞を固定する必要がある。そして、従来では突き刺し用のマイクロピペットとは別の固定用ピペットを用い、その先端に細胞を吸い付けることにより、細胞の固定を図っていた。
【0005】
しかし、細胞を吸い付けて固定するという従来方法は、面倒で時間がかかるため、生産性の向上を期待することが難しかった。そこで、これに代わるものとして、本発明者らは図6に示すような細胞移動/固定装置61を備えるユニットを想到した。同図において細胞移動/固定装置61は、媒質62を満たすための容器を兼ねる取り付け用ホルダ63内にて支持されている。装置61を構成する基材であるガラス板64の中央部には、細胞65を1つ1つ収容するための細胞チャンバ66が設けられている。この図において、粒子収容部である細胞チャンバ66は、ガラス板64の表面側に形成された略椀状の凹部になっている。ガラス板64の表面側かつ細胞チャンバ66の近傍には、スパッタリング等によって複数の表面電極67aが設けられている。ガラス板64の裏面側かつ細胞チャンバ66の近傍には、同じくスパッタリング等によって複数の裏面電極67bが設けられている。これらの電極67a,67bは配線パターン68を介してパッド69に接続され、さらに各パッド69には図示しない給電用のリード線が接続されている。また、同装置61はホルダ63とともに顕微鏡のステージ71上に固定される。ステージ71の下方には対物レンズ72が配置されていて、ステージ71の上方にはマイクロピペット73が配置されている。
【0006】
従って、各リード線を介して各電極67a,67bへ高周波電圧を印加すると、細胞チャンバ66内に電界が発生し、その電界が細胞65に対して好適な誘電泳動力をもたらす。よって、細胞65を細胞チャンバ66内にて移動させて位置修正した後、その細胞65を固定させることが可能である。ゆえに、オペレータは装置61の下方側から細胞65の観察を行いながら、マイクロピペット73を操作してその先端を細胞65に突き刺すことができるようになっている。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、図6の装置61の構成では、表面電極67a−細胞65間の距離や、裏面電極67b−細胞65間の距離が長くなってしまうため、細胞65を移動または固定させるのに十分な誘電泳動力を得ることができない。また、表面電極67a−裏面電極67b間には、媒質62である水に比べて比誘電率の小さなガラス板64が介在している。このことも、十分な誘電泳動力を得ることができない原因の1つとなっている。
【0008】
さらに、前記装置61は細胞チャンバ66への細胞65の搬入・搬出を行うための構造を何ら備えていないため、オペレータはそのような作業をマイクロピペット73を用いて慎重に行う必要があり、極めて面倒である。
【0009】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その第1の目的は、粒子を移動・固定させるのに十分な誘電泳動力を得ることができる粒子移動/固定装置を提供することにある。
【0010】
本発明の第2の目的は、粒子の搬入・搬出作業を容易に行うことができる粒子移動/固定装置を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
上記の課題を解決するために、請求項1に記載の発明では、媒質中にて浮遊する粒子を収容するための粒子収容部が形成された基材と、前記基材の表面側かつ前記粒子収容部の近傍に設けられた表面電極と、前記基材の裏面側かつ前記粒子収容部の近傍に設けられた裏面電極とを備え、前記電極への通電によって前記媒質中に電界を発生させ、その電界のもたらす誘電泳動力により前記粒子を移動または固定させるようにした粒子移動/固定装置において、前記電極の先端が、前記粒子収容部の中央部方向に張り出した状態で配置されていることを特徴とする粒子移動/固定装置をその要旨とする。
【0012】
請求項2に記載の発明は、請求項1において、前記基材はガラス板であり、前記粒子収容部は前記ガラス板を厚さ方向に貫通する貫通部であり、前記表面電極は前記ガラス板の表面側かつ前記貫通部の近傍に接合された導電性金属板であるとした。
【0013】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2において、前記基材はガラス板であり、前記粒子収容部は前記ガラス板を厚さ方向に貫通する貫通部であり、前記裏面電極は電極形成用の補助ガラス板の表面側に形成されたものであり、前記補助ガラス板は前記ガラス板の裏面側に貼り付けられているとした。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3のいずれか1項において、前記基材に搬送路を設けかつその搬送路の経路上に前記粒子収容部を配置するとともに、前記搬送路内に電界を発生させる搬送用電極を設けた。
【0015】
以下、本発明の「作用」について説明する。
請求項1に記載の発明によると、粒子収容部の中央部方向に張り出している電極の先端と、粒子収容部内の媒質中にて浮遊する粒子との距離が短くなる。これに加えて、表面電極の先端と裏面電極の先端との間に介在している基材の厚さも確実に小さくなる。従って、電極への通電によって媒質中に電界を発生させた場合、粒子を移動または固定させるのに十分な誘電泳動力を得ることができる。
【0016】
請求項2に記載の発明によると、ガラス板を厚さ方向に貫通する貫通部を粒子収容部とした結果、表面電極の先端と裏面電極の先端との間に基材が介在しなくなる。よって、十分な誘電泳動力を確実に得ることができる。また、導電性金属板からなる表面電極は、ある程度の強度を備えているため、その先端を粒子収容部の中央部方向に容易に張り出させることができる。即ち、比較的簡単に製造可能な装置とすることができる。
【0017】
請求項3に記載の発明によると、ガラス板を厚さ方向に貫通する貫通部を粒子収容部とした結果、表面電極の先端と裏面電極の先端との間に基材が介在しなくなる。よって、十分な誘電泳動力を確実に得ることができる。また、裏面電極が形成された補助ガラス板を貼り付ける構造にしたことにより、裏面電極の先端を粒子収容部の中央部方向に容易に張り出させることができる。即ち、比較的簡単に製造可能な装置とすることができる。
【0018】
請求項4に記載の発明によると、搬送用電極への通電によって搬送路内に電界を発生させることにより、その搬送路に沿って粒子を移動させることができる。従って、粒子収容部への粒子の搬入・搬出作業を容易に行うことができる。
【0019】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の粒子移動/固定装置を具体化した一実施形態のセルマニピュレーションシステム1を図1〜図5に基づき詳細に説明する。
【0020】
このセルマニピュレーションシステム1は、細胞移動/固定装置2、取り付け用ホルダ3、下部観察手段としての対物レンズ4、顕微鏡のステージ5、マイクロピペット6、マニピュレータ(図示略)、光源(図示略)等を含んで構成されている。また、細胞移動/固定装置2及び取り付け用ホルダ3によって、1つの細胞移動/固定ユニットUN1が構成されている。
【0021】
図1に示されるように、ステージ5の中央部には透孔11が設けられている。この透孔11の下方には対物レンズ4が上向き状態で配設されている。対物レンズ4は、図示しない操作手段を操作することにより垂直方向に移動することができる。光源は透孔11の上方に離間して配置されている。マイクロピペット6は、ステージ5の上側に配置されている。マイクロピペット6は、加熱溶融したガラス管を細く引き延ばすことによって製造される。マイクロピペット6の先端部は、直径数十μm〜数百μm程度の植物細胞12を突き刺すことができるように尖った形状に形成されている。なお、マイクロピペット6はマニピュレータを操作することにより三次元的に駆動される。マニピュレータの駆動方式としては、例えば油圧式、エア式、機械式などがある。マイクロピペット6の基端部は、図示しないシリンジ等の加圧器に接続されている。加圧器からは例えばDNAを含む溶液等が圧送されてくる。
【0022】
図1に示されるように、取り付け用ホルダ3は、透孔11のある顕微鏡ステージ5の上面中央部に対し、図示しないボルト等の締結により取り付けられている。ホルダ3は円形状をした有底状の部材であって、その底部中央には透孔が形成されている。ホルダ3の底部上面は、細胞移動/固定装置2の外周部下面側を支持している。その結果、ホルダ3内において装置2が水平に挟持された状態で載置されるようになっている。
【0023】
本実施形態の細胞移動/固定装置2は、2枚の基材を貼り合わせることによって構成された、いわゆる多層構造になっている。顕微鏡観察の都合上、透光性を有する基材が選択されることがよく、それを考慮してここではガラス製の基材が選択されている。なお、各種ガラスのなかでも、透明度の高いほう珪酸ガラスを選択することが特に好ましい。上側基材であるガラス板21の裏面側には、下側基材である補助ガラス板22が図示しない接着剤を介して貼り付けられている。前記接着剤としては、例えばUV硬化型の接着剤などが使用される。
【0024】
図1〜図3に示されるように、ガラス板21の厚さは100μm〜200μm程度であって、その平面形状は正方形になっている。正方形の一辺の大きさは20mm〜30mm程度に設定されている。ガラス板21は、培養液にて浮遊する植物細胞12を収容する粒子収容部としての細胞チャンバ16を備えている。本実施形態の細胞チャンバ16は、具体的にはガラス板21を厚さ方向に貫通する貫通孔である。図2に示す細胞チャンバ16は非円形状かつ等断面積であって、ガラス板21の中心部に位置している。かかる細胞チャンバ16には、粒子である植物細胞12が1つ1つ収容される。細胞チャンバ16は、1つのガラス板21について複数個設けられていてもよい。
【0025】
図2に示されるように、ガラス板21は搬送路としての搬送溝23を備えている。本実施形態の搬送溝23は、具体的にはガラス板21を厚さ方向に貫通する貫通溝である。図2の搬送溝23はガラス板21の中心部を通過しつつ一直線状に延びており、その途上には細胞チャンバ16が配置されている。図2における搬送溝23の右端部は、搬送溝23内に培養液13を供給するための入口部24になっている。同じくその左端部は、搬送溝23から培養液13を排出するための出口部25になっている。本実施形態の場合、細胞チャンバ16は入口部24及び出口部25のちょうど中間点に位置している。搬送溝23の幅は、細胞チャンバ16から入口部24または出口部25に向かうほど広くなっていることが好ましい。その理由は、入口部24または出口部25が広くなる結果、搬送溝23へ植物細胞12を供給等する作業が容易になるからである。
【0026】
細胞チャンバ16及び搬送溝23は、レーザー加工により形成されることが望ましい。その理由は、レーザー加工であれば、例えばエッチング加工等に比べて、簡単にかつ正確に微細な孔・溝を形成することができるからである。勿論、レーザー加工に代えて、例えばざぐり加工、ドリル加工、研削加工、エッチング加工等を行ってもよい。
【0027】
ガラス板21の表面側かつ細胞チャンバ16の近傍には、粒子駆動用の表面電極31が複数(ここでは4つ)接合されている。本実施形態では、銅、アルミニウム等のような導電性の金属からなる板材が、前記表面電極31として用いられている。これらの導電性金属板は、少なくとも1つの角部がある形状、例えば多角形状であることがよい。本実施形態では、正方形状の導電性金属板(5mm角)を用いている。
【0028】
図2に示されるように、各表面電極31の先端(即ち1つの表面電極31につき4つある角部のうちの1つ)は、細胞チャンバ16の中央部方向に張り出した状態で配置されている。従って、張り出している表面電極31の先端の下方領域には、厚いガラス板21が存在しておらず、比較的大きな空間ができている(図1参照)。なお、先端の張り出し量は、0.1mm〜1mm程度に設定されている。
【0029】
各々の表面電極31は、水との接触による電気分解を防止するために、絶縁層(例えば透明な絶縁樹脂材料からなる層)Rによって全体的に被覆されている。ただし、表面電極31においてガラス板21の外周部に位置する角部の表面については、前記絶縁層Rから外部に露出されている。そして、これらのリード取り出し部分に対しては、導電性接着剤32を用いてリード線33がそれぞれ接合されている。絶縁性の向上のため、前記導電性接着剤32はさらに樹脂層34によって全体的に被覆されている。本実施形態の場合、ガラス板21の上面側に接合された4本のリード線33は、上部開口を介してホルダ3の外部に引き出される。引き出されたリード線33は、数10kHz〜数MHzの高周波交流電圧を発生する装置(図示略)に対して電気的に接続される。
【0030】
図2に示されるように、ガラス板21の裏面側に貼り付けられている補助ガラス板22の表面中央部には、粒子駆動用の裏面電極41が複数(ここでは4つ)形成されている。本実施形態における各裏面電極41は、いずれも細長い長方形状になっている。各裏面電極41の先端(内側端)は、細胞チャンバ16の中央部方向に張り出した状態で配置されている。従って、張り出している裏面電極41の先端の上方領域には、厚いガラス板21が存在しておらず、比較的大きな空間ができている。なお、先端の張り出し量は、表面電極31のそれと同じく0.1mm〜1mm程度に設定されている。
【0031】
補助ガラス板22の外周部における4箇所には、矩形状の接続用パッド42が形成されている。これらの接続用パッド42は、いずれもガラス板21よりも外側に配置されている。各々の接続用パッド42と、それに対応する裏面電極41とは、線状パターン43を介して電気的に接続されている。これらの線状パターン43は、長さの異なる4つの直線部分43aからなり、各直線部分43aは互いに90°の角度をもってつながっている。前記線状パターン43は、裏面電極41の基端(外側端)を始点として図2の反時計回りに進みながら3回直角に屈曲した後、終点である接続用パッド42に接続している、と把握することもできる。 4本ある線状パターン43のそれぞれの直線部分43aは、等間隔を隔てながら互いに平行な位置関係を保つように配置されている。それぞれの線状パターン43は、搬送溝23を2箇所横切るように配設されている。より具体的には、各線状パターン43は、入口部24−細胞チャンバ16間で1回搬送溝23を横切り、細胞チャンバ16−出口部25間でもう1回搬送溝23を横切っている。
【0032】
また、この細胞移動/固定装置2は、植物細胞12のような粒子を誘電泳動力によって搬送するための搬送システムを備えている。即ち、本実施形態の装置2では前記搬送溝23に加えて、その搬送溝23内に電界を発生させるための搬送用電極E1が設けられている。この装置2では、上述した線状パターン43が、実質的には搬送用電極E1の役割を果たしている。別の言い方をすると、裏面電極41と接続用パッド42とをつなぐ導電領域が、搬送用電極E1として機能するようになっている。
【0033】
搬送用電極E1は複数(ここでは裏面電極41と同数の4つ)であって、それらは搬送溝23の延びる方向に対して所定の角度を持った状態(望ましくは図2,図3のように前記方向に対して直交する状態)で配設されることがよい。
【0034】
ここで、裏面電極41、接続用パッド42及び搬送用電極E1(線状パターン43)の形成手順を簡単に述べる。
まず、電極形成用の補助ガラス板22を用意する。本実施形態では、直径40mmかつ厚さ100μm〜200μm程度の円形状補助ガラス板22が用いられている。この補助ガラス板22の面積は前記ガラス板21のそれよりも大きい。このような補助ガラス板22の表面側に、従来公知の真空蒸着法によって、クロム層及び金層をその順で形成する。その結果、厚さ数μm程度であって2層構造の裏面電極41、接続用パッド42及び搬送用電極E1が得られる。
【0035】
次いで、補助ガラス板22の表面側の全体に透明な絶縁膜44を形成する。このような絶縁膜44を形成する理由は、裏面電極41を培養液13から隔てておくことにより、電圧印加時における水の電気分解を未然に防ぐためである。なお、絶縁膜44の厚さは数μm程度に設定されることがよい。このような薄い絶縁膜44は、例えばSOGをスピンコートすること等により形成可能である。なお、絶縁膜44が厚くなりすぎると、電極31,41間の距離の短縮にとってマイナスになるおそれがある。絶縁膜44において各接続用パッド42に対応する箇所には、リード引き出し用の開口部45が設けられる。後工程において、開口部45から露出する接続用パッド42には、上述した導電性接着剤32を用いてリード線33がそれぞれ接合される。絶縁性の向上のため、前記導電性接着剤32はさらに樹脂層34によって全体的に被覆される。
【0036】
次に、裏面電極41を覆う絶縁膜44が形成された補助ガラス板22を、上記接着剤を用いてガラス板21の裏面側に貼り付ける。以上の結果、実質上、ガラス板21の裏面側かつ細胞チャンバ16の近傍に裏面電極41が設けられた状態となる。
【0037】
接続用パッド42に接合された4本のリード線33は、上部開口を介してホルダ3の外部に引き出される。引き出されたリード線33は、数10kHz〜数MHzの高周波交流電圧を発生する装置に対して電気的に接続される。
【0038】
ここで、電極の位置関係を説明する便宜上、表面電極31にU1,U2,U3,U4を付し、裏面電極41にD1,D2,D3,D4を付す(図2,図3参照)。これによると、電極U1−D1、U2−D2、U3−D3、U4−D4がそれぞれ対応する上下位置関係にあることがわかる。
【0039】
図4(a)〜(c)には、これら8つの電極31,41(U1〜U4,D1〜D4)に対する通電の仕方を説明するための表が示されている。
搬送溝23の長手方向に延びる軸線を中心として、図2の矢印A1の方向に植物細胞12を回転させたい場合には、U1+U2→U3+U4→D3+D4→D1+D2というように、特定の2つの電極31(41)に対してプラス電圧を印加することを行えばよい。このとき、前記特定の2つの電極31(41)以外の電極についてはGND(グランド)に接続しておく。通電をD1+D2→ D3+D4→ U3+U4→ U1+U2という順序で行えば、植物細胞12を前記軸線を中心として逆方向に回転させることができる。
【0040】
装置2の厚さ方向に平行な直線を中心として植物細胞12を右回転させたい場合には、U1→U2→U3→U4というように、特定の1つの電極31のみに対してプラス電圧を印加することを、右回りで順に行なえばよい。このとき、前記特定の1つの電極31以外の電極についてはGNDに接続しておく。これをU4→U3→U2→U1というように反対回りで順に行なえば、植物細胞12を前記直線を中心として左回転させることができる。
【0041】
植物細胞12を上昇させたい場合には、U1及びU2にプラスの電圧を印加し、かつU3及びU4にマイナスの電圧を印加し、それ以外のものについてはGNDに接続しておけばよい。植物細胞12を下降させたい場合には、U1〜U4にプラスの電圧を印加し、D1〜D4ついてはGNDに接続しておけばよい。また、植物細胞12を動かさずに固定したい場合には、 U1〜U4,D1〜D4に対して印加する電圧値を固定すればよい。即ち、各電極31,41に対して同じ電圧を印加すればよい。
【0042】
以上のような動作制御が可能なのは、リード線33を介して電極31,41へ高周波電圧を印加すると、細胞チャンバ16内に電界が発生し、その電界が植物細胞12に対して好適な誘電泳動力をもたらすからである。この場合、粒子状対象物である植物細胞12の誘電率は、一般的に媒質である培養液13の誘電率と異なるため、電界が働くことで植物細胞12が静電分極を起こす。その結果、細胞チャンバ16内にて好適な誘電泳動力が発生し、静電分極した植物細胞12が電界の強いほうへと引き寄せられるからである。
【0043】
次に、図5に基づいて本実施形態における搬送システムについて説明する。
説明の便宜上、装置2において最も外周側に位置する搬送用電極を「E11」、E11のすぐ内側に位置するものを「E12」、さらにE12のすぐ内側に位置するものを「E13」、最も内側に位置するものを「E14」とする。
【0044】
図5(a)では、植物細胞12が搬送用電極E11上に位置しており、このときまだ各電極E11〜E14には電圧は印加されていない。従って、搬送溝23内には何ら電界が発生していない。
【0045】
この状態で電極E12にプラス電圧を印加するとともに、電極E11をGNDに接続する。すると、発生する電界のもたらす誘電泳動力の作用によって、植物細胞12が電極E12上へと移動する(図5(b)参照)。次いで、電極E13にプラス電圧を印加するとともに、電極E12をGNDに接続する。すると、同じく誘電泳動力の作用によって、植物細胞12が電極E13上へと移動する(図5(c)参照)。そして、以上のような電圧印加を順次行えば、植物細胞12を搬送溝23に沿って移動させ、最終的に植物細胞12を細胞チャンバ16内に到らせることができる。
【0046】
次に、このように構成されたシステム1の具体的な使用方法の一例を述べておく。
顕微鏡ステージ5上にホルダ3をセットし、かつそのホルダ3の底部上面に細胞移動/固定装置2を固定しておく。この状態で搬送溝23及び細胞チャンバ16内を滅菌した培養液13で満たしておく。その結果、搬送溝23及び細胞チャンバ16内がともに培養液13のある環境となり、乾燥に弱い植物細胞12の死滅が未然に回避される。なお、植物細胞12は、プロトプラストや花粉等のような単細胞であってもよいほか、胚珠などの特定器官やカルス等のような細胞群(即ち多細胞)であってもよい。
【0047】
オペレータは図示しない培養液供給装置を駆動して、培養液13に流れを生じさせ、搬入溝23の入口部24に植物細胞12を導入する。そして、搬送用電極E1に上記のごとく電圧を印加することにより、搬送システムを駆動する。その結果、植物細胞12を搬送溝23に沿って動かし、細胞チャンバ16内に移送させる。次いで、オペレータは顕微鏡観察を行いながら電極31,41に高周波電圧を印加し、植物細胞12の位置修正を行なう。この場合、特定遺伝子を導入したい部位が例えば胚であれば、胚の部分をマイクロピペット6の先端部に向けるように調整する。
【0048】
次いでオペレータは、顕微鏡を観察しながらマイクロピペット6を駆動操作して、その先端部をターゲットである植物細胞12に向けてゆっくりと前進させる。マイクロピペット6の先端部が植物細胞12の胚に突き刺さったことを顕微鏡により確認した後、オペレータはシリンジの頭部を静かに押圧し、外部にDNAの入った液体を押し出すようにする。すると、マイクロピペット6を経由してその先端部から当該液体が吐出される。従って、植物細胞12の胚にDNAを注入することができる。上記のような導入処理が終了した後、オペレータはマイクロピペット6を後退させて、その先端部を植物細胞12から抜き去る必要がある。以上の結果、特定遺伝子を植物細胞12内に選択的にかつ効率よく導入することができる。この後、遺伝子導入がなされた植物細胞12は、搬送システムの駆動によって再び搬送溝23を移動し、出口部25に移送される。そして、前記培養液供給装置を駆動させ、植物細胞12を装置2の外部に排出する。
【0049】
従って、本実施形態によれば以下のような効果を得ることができる。
(1)この装置2では、各々の表面電極31の角部の先端が細胞チャンバ16の中央部方向に張り出した状態で配置されている。また、各々の裏面電極41の角部の先端も、同様に細胞チャンバ16の中央部方向に張り出した状態で配置されている。従って、張り出している電極31,41の先端と、細胞チャンバ16内の培養液13中にて浮遊する植物細胞12との距離が、従来構造に比較して確実に短くなる。これに加えて、表面電極31の先端と裏面電極41の先端との間に介在しているガラスの厚さも確実に小さくなる。従って、電極31,41への通電によって培養液13中に電界を発生させた場合、植物細胞12を移動または固定させるのに十分な誘電泳動力を得ることができる。
【0050】
(2)この装置2では、ガラス板21を厚さ方向に貫通する細胞チャンバ16を、粒子収容部としてガラス板21に設けている。その結果、表面電極31の先端と裏面電極41の先端との間に、水に比べて比誘電率の小さなガラスが殆ど介在しない状態となる。なお、表面電極31−裏面電極41間には絶縁膜44が一応存在しているものの、ガラス板21に比べて極めて薄く、無視してよい程度のものである。よって、実施形態の構成によれば、十分な誘電泳動力を確実に得ることができる。また、導電性金属板からなる表面電極31は、少なくとも自重に耐えうる程度の強度を備えている。このため、その先端を細胞チャンバ16の中央部方向に容易に張り出させることができ、その際においても変形して垂れ下がるようなことは起こりにくい。即ち、本実施形態の装置2は、比較的簡単に製造することが可能な構造となっている。
【0051】
(3)この装置2では、裏面電極41、接続用パッド42、搬送用電極E1が形成された補助ガラス板22をガラス板21に貼り付けた構造になっている。裏面電極41の先端を細胞チャンバ16の中央部方向に容易に張り出させることができる。即ち、本実施形態の装置2は、比較的簡単に製造することが可能な構造となっている。
【0052】
また、補助ガラス板22に裏面電極41等をあらかじめ形成しておくことができるので、あえて導電性金属板等の材料を用いなくてもよく、通常の薄膜形成法にて薄い裏面電極41等を簡単に形成することができる。
【0053】
(4)この装置2では、経路上に細胞チャンバ16を有する搬送溝23が設けられるとともに、搬送溝23内に電界を発生させる搬送用電極E1が設けられている。従って、搬送用電極E1への通電によって好適な誘電泳動力が発生し、その力により搬送溝23に沿って植物細胞12を移動させることができる。従って、細胞チャンバ16への植物細胞12の搬入作業や、細胞チャンバ16からの植物細胞12の搬出作業を容易に行うことができる。
【0054】
(5)本実施形態の搬送溝23は一方向に延びており、全体的にみて屈曲していない。これに加え、各搬送用電極E1は搬送溝23の延びる方向に対して直交している。従って、植物細胞12の移動時に、植物細胞12が搬送溝23の側壁に衝突したり摺接したりする可能性が小さい。ゆえに、植物細胞12の損傷が最小限に押えられ、収率も確実に向上するという利点がある。
【0055】
さらに、本装置2では、裏面電極41と接続用パッド42とをつなぐ線状パターン43が搬送用電極E1として機能するようになっている。このため、裏面電極41へ通電を行うための接続用パッド42やリード線33を、搬送用電極E1へ通電を行うためのものとして兼用することができる。従って、省スペース化及び構造の簡素化が達成される。
【0056】
なお、本発明の実施形態は以下のように変更してもよい。
・ 裏面電極41と接続用パッド42とをつなぐ線状パターン43を搬送用電極E1として兼用するのではなく、それとは別個に搬送用電極E1を設ける構成にしてもよい。
【0057】
・ 粒子収容部16や搬送路23は、必ずしもガラス板21の表裏を貫通していなくてもよい。ただし、実施形態のような貫通構造のほうが、レーザーによる加工形成が簡単であるほか、誘電率の観点からみても好適なものとなる。
【0058】
・ 補助ガラス板22の表面側に対して裏面電極41等を形成する方法として、実施形態にて例示した真空蒸着のみならず、例えばスパッタリング、イオンプレーティング、CVD、PVD、めっき、印刷等を採用してもよい。
・ ガラス板21及び補助ガラス板22の形成材料として、ほう珪酸ガラス以外のもの、例えばシリカガラス等を用いてもよい。なお、ガラスに限定されることはなく、ジルコニア等に代表されるような透明のセラミック材料を基材の形成材料として選択してもよい。
【0059】
・ 電極31,41の数、形状、レイアウト等は、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて任意に変更可能である。
・ 搬送用電極E1や搬送溝23は特に必要がなければ省略されてもよい。
【0060】
・ 実施形態にて示した植物用の培養液13を媒質として用いるのみならず、養分を殆ど含まない単なる蒸留水等を媒質として用いても構わない。勿論、媒質は粒子の種類に応じて適宜変更することが可能である。
【0061】
・ 本発明のシステム1は、実施形態において述べたような植物細胞12へのDNAそのものの導入のみに使用されるに止まらず、様々な用途に用いられることができる。例えば、粒子状対象物を動物の卵細胞とした場合には、顕微受精技術の1つである卵子細胞質への精子のインジェクション(卵細胞質精子注入法)等に利用することができる。勿論、本発明のシステム1は、細胞12等のような生物を対象物とした操作のみならず、非生物を対象物とした操作にも利用されることができる。
【0062】
次に、特許請求の範囲に記載された技術的思想のほかに、前述した実施形態によって把握される技術的思想をその効果とともに以下に列挙する。
(1)媒質中にて浮遊する粒子を収容するための粒子収容部が形成された基材と、前記粒子収容部の近傍に設けられた電極とを備え、前記電極への通電によって前記媒質中に電界を発生させ、その電界のもたらす誘電泳動力により前記粒子を移動または固定させるようにした粒子移動/固定装置において、前記基材は、前記粒子を誘電泳動力によって搬送する搬送システムを備えていることを特徴とする粒子移動/固定装置。従って、この技術的思想1に記載の発明によれば、粒子の搬入・搬出作業を容易に行うことができる粒子移動/固定装置を提供することができる。
【0063】
(2)媒質中にて浮遊する粒子を収容するための粒子収容部が形成された基材と、前記粒子収容部の近傍に設けられた電極とを備え、前記電極への通電によって前記媒質中に電界を発生させ、その電界のもたらす誘電泳動力により前記粒子を移動または固定させるようにした粒子移動/固定装置において、前記基材には、前記粒子収容部に連通する搬送路と、その搬送路内に電界を発生させる搬送用電極とが設けられていることを特徴とする粒子移動/固定装置。従って、この技術的思想2に記載の発明によれば、粒子の搬入・搬出作業を容易に行うことができる粒子移動/固定装置を提供することができる。
【0064】
(3)請求項4、技術的思想1,2において、前記搬送用電極は複数であって、それらは前記搬送路の延びる方向に対して角度を持った状態で配設されていること。
【0065】
(4)請求項4、技術的思想1,2において、前記搬送用電極は複数であって、それらは前記搬送路を横切るように配設されていること。
(5)請求項4、技術的思想1,2において、前記搬送用電極は複数であって、それらは前記搬送路の延びる方向に対して直交していること。従って、この技術的思想5に記載の発明によれば、粒子が搬送路の側壁に衝突・摺接しにくくなるため、粒子の損傷が最小限に押えられ、収率も向上する。
【0066】
【発明の効果】
以上詳述したように、請求項1に記載の発明によれば、粒子を移動・固定させるのに十分な誘電泳動力を得ることができる粒子移動/固定装置を提供することができる。
【0067】
請求項2,3に記載の発明によれば、十分な誘電泳動力を確実に得ることができるにもかかわらず、比較的簡単に製造することができる。
請求項4に記載の発明によれば、粒子の搬入・搬出作業を容易に行うことができる粒子移動/固定装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明を具体化した実施形態の細胞移動/固定装置を備えるユニットを利用したセルマニピュレーションシステムを示す概略断面図。
【図2】実施形態の細胞移動/固定装置の平面図。
【図3】細胞移動/固定装置を構成する補助ガラス板上に形成された電極のパターン形状を説明するための平面図。
【図4】(a)〜(c)は、細胞移動/固定装置の各電極に対する電圧印加パターンを説明するための表。
【図5】(a)〜(c)は、細胞移動/固定装置の備える搬送システムを説明するための要部拡大平面図。
【図6】従来の細胞移動/固定装置を利用したセルマニピュレーションシステムを示す概略断面図。
【符号の説明】
2…粒子移動/固定装置、12…粒子としての植物細胞、13…媒質としての培養液、16…粒子収容部としての貫通部(細胞チャンバ)、21…基材としてのガラス板、22…電極形成用の補助ガラス板、23…搬送路としての搬送溝、31(U1〜U4)…表面電極としての導電性金属板、41(D1〜D4)…裏面電極、E1…搬送用電極。
Claims (4)
- 媒質中にて浮遊する粒子を収容するための粒子収容部が形成された基材と、前記基材の表面側かつ前記粒子収容部の近傍に設けられた表面電極と、前記基材の裏面側かつ前記粒子収容部の近傍に設けられた裏面電極とを備え、前記電極への通電によって前記媒質中に電界を発生させ、その電界のもたらす誘電泳動力により前記粒子を移動または固定させるようにした粒子移動/固定装置において、
前記電極の先端が、前記粒子収容部の中央部方向に張り出した状態で配置されていることを特徴とする粒子移動/固定装置。 - 前記基材はガラス板であり、前記粒子収容部は前記ガラス板を厚さ方向に貫通する貫通部であり、前記表面電極は前記ガラス板の表面側かつ前記貫通部の近傍に接合された導電性金属板であることを特徴とする請求項1に記載の粒子移動/固定装置。
- 前記基材はガラス板であり、前記粒子収容部は前記ガラス板を厚さ方向に貫通する貫通部であり、前記裏面電極は電極形成用の補助ガラス板の表面側に形成されたものであり、前記補助ガラス板は前記ガラス板の裏面側に貼り付けられていることを特徴とする請求項1または2に記載の粒子移動/固定装置。
- 前記基材に搬送路を設けかつその搬送路の経路上に前記粒子収容部を配置するとともに、前記搬送路内に電界を発生させる搬送用電極を設けたことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の粒子移動/固定装置。
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