JP4462857B2 - 嫌気性細菌を採取する方法、器具及びキット、ならびに嫌気性細菌を採取及び培養する方法及びキット - Google Patents

嫌気性細菌を採取する方法、器具及びキット、ならびに嫌気性細菌を採取及び培養する方法及びキット Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、嫌気性細菌を採取する方法、器具及びキット、ならびに嫌気性細菌を採取及び培養する方法及びキットに関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来、ヒトの皮膚のような平面または柔軟な曲面に存在する細菌叢に含まれる嫌気性細菌を採取する場合、通常は非嫌気的条件下でサンプルを採取し、非嫌気的条件下でサンプルを希釈した上で培地に接種し、その後に嫌気的条件において培養を行っている。つまり採取から接種までの工程ではサンプルが酸素に触れてしまうが、この工程を嫌気的条件にて実施する場合には巨大な装置である嫌気チャンバー等が必要で、実用的ではなかった。
【0003】
例えば従来ヒトの皮膚の細菌叢を採取する場合には、皮膚に円筒またはリングまたは穴の開いたシートを接着させて区分を作成し、その中を棒状の器具で削るか擦過する方法を取る。また採取したサンプルを培養する場合、界面活性剤を含む酸素を除去していない溶液にサンプルを懸濁して個々の菌体を分離した上で、嫌気環境下で数日間培養する(非特許文献1及び2)。この方法を用いて、Propionibacterium acnes等の嫌気性細菌を生菌の状態で、ある程度分離培養することができる。
【0004】
【非特許文献1】
Williamson P, Kligman AM. J Invest Dermatol 45: 498-503, 1965
【0005】
【非特許文献2】
Keyworth N, Millar MR, Holland KT. J Clin Microbiol 28: 941-3, 1990
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、嫌気度の高い嫌気性細菌は、酸素暴露後数秒から数十分で死滅することが知られている。そのため、細菌叢から嫌気度の高い嫌気性細菌を分離培養する場合や、嫌気性細菌をより多く分離培養する場合には、従来の採取・培養法をそのまま実施するだけでは限界がある。
【0007】
そのため採取環境をできるだけ酸素のない状態にすることが望まれる。その場合、嫌気チャンバー内にサンプルを入れるか、酸素を含まないガスで採取面を密閉する必要がある。嫌気チャンバー内にサンプルを入れる場合、装置が大掛かりな上、大量のガスが検査対象のヒト・動物に悪影響を与える可能性がある。また、酸素を含まないガスで採取面を密閉する場合、密閉空間内で採取作業を行うために特殊な器具を開発する必要があるが、その実施の報告はまだない。
【0008】
本発明は、このような従来の採取・培養法の問題点を解決しようとするもので、細菌叢の採取・培養のほぼ全工程を、比較的簡便かつ安全に嫌気的環境下で実施できるようにすることを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、空気より比重の重い嫌気的ガスが下方へ移動する現象を利用して、円筒状の器具にガスを吹き込む操作により被採取面をガスで覆い、細菌叢の採取工程を比較的簡便かつ安全に嫌気的環境下で行い、かつ、界面活性剤を含む溶液から酸素を除去しガスで封入することにより、採取したサンプルを嫌気的に懸濁し培養することを実現させた結果、嫌気性細菌を取得することに成功し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
本発明の要旨は以下の通りである。
[1] 区切られた区域内に存在する細菌叢を嫌気的ガスの吹き流し下に採取し、酸素を除去した溶液に懸濁させることを含む、嫌気性細菌を採取する方法。
[2] 嫌気性細菌を採取するために用いられる、側面にガス吹き込み口を有する円筒状の器具。
[3] [2]記載の器具を含む、嫌気性細菌を採取するためのキット。
[4] 区切られた区域内に存在する細菌叢を嫌気的ガスの吹き流し下に採取し、酸素を除去した溶液に懸濁させた後、嫌気的条件下で培養することを含む、嫌気性細菌の採取及び培養方法。
[5] [2]記載の器具及び培地を含む、嫌気性細菌を採取及び培養するためのキット。
【0011】
【発明の実施の形態】
本発明の好ましい態様を図面を参照しつつ、説明する。
本発明の嫌気性細菌を採取する方法の一例を図1に示す。被採取面1(例えば、ヒトの額、頬、腕、足、腹、背中、剃毛した頭などの皮膚など)を水平に配置して、これに円筒状の器具2を垂直に密着させた状態で手などにより固定し、吹き込み口3から嫌気的ガスを吹き込む(図1(a))。被採取面1を区切るために用いる器具は、円筒状の形状のものに限られるわけではなく、角柱状、円錐状、角錐状、半球状などいかなる形状の器具であってもよい。嫌気的ガスの例としては、二酸化炭素、窒素、二酸化炭素・窒素混合ガス、アルゴンなどを挙げることができる。この際に吹き込むガスの流量は3-5 ml / secとするのが好ましい。吹き込み開始から10秒以上経過した後に、試験管4にゴム栓5を用いて封入されている1 mlの溶液6(酸素が除去されている)の一部にて湿らせた滅菌綿棒7(図1(b))を操作口8から静かに挿入し、被採取面1を滅菌綿棒7にて往復運動にて擦過する(図1(c))。擦過する時間は20-60秒が好ましく、往復運動は50回以上まんべんなく行うことが好ましい。以上の操作により、区切られた区域内に存在する細菌叢を嫌気的ガスの吹き流し下に採取することができる。ここで、「細菌叢」とは、被採取面の最外層に付着する生きた微生物と、被採取面の擦過により採取される細胞層に含まれる生きた微生物の、総体のことをいう。
【0012】
その後速やかに、擦過溶液を含む滅菌綿棒7を溶液6の残りが入っている試験管に戻し(図1(d))、滅菌綿棒7の先端部を、試験管4に挿入した上でこの口部で折り、試験管4に入れられた溶液6の中に落とし込む(図1(e))。更に速やかにゴム栓5を試験管4にねじり込む(図1(f))。これで採取は完了となり、ほぼ1 mlの溶液6の中に被採取面1の擦過物と滅菌綿棒7の先端が入った状態になる。すなわち、採取された細菌叢は酸素を除去した溶液に懸濁されることになる。
【0013】
溶液6は、嫌気性細菌を生菌の状態で一時的に保存し、かつ容易に個々の菌体を分離させるための溶液である。その内容は以下の通りであるが、本発明の目的が達成される限り、この組成を変更してもよい。細菌叢を懸濁させる溶液6は、界面活性剤を含むことが好ましい。
KH2PO4 4.5 g
Na2H PO4 6.0 g
Tween 80 0.5 g
L-システイン 0.5 g
寒天 1.0 g
蒸留水 1000 ml
以上を混和したものを、1 mlずつ小試験管に分注し、試験管内の空気を嫌気性ガスにて置換してゴム栓をし、加圧加熱滅菌する。試験管内の空気を嫌気性ガスにて置換することにより、溶液6中の酸素が除去される。
【0014】
本発明の嫌気性細菌を採取するために用いられる器具の一例を図2に示す。この器具は、側面にガス吹き込み口を有する円筒状の形状である。円筒の内径は2 〜 4 cm(例えば、2.5 cm)で、外径は2.5 〜4.5 cm(例えば、2.9 cm)であり、高さは4 〜 6 cm(例えば、5 cm)であるとよい。材質としては、プラスチック、ガラス、銀鍍金された金属などが好ましい。ガス吹き込み口3は、内径が0.4〜 0.7 cm(例えば、0.5 cm)で、外径が0.8 〜 1.1 cm(例えば、0.9 cm)であり、長さが0.5 〜 2 cm(例えば、1 cm)のホース状の形状であるとよい。材質としては、プラスチック、ガラス、銀鍍金された金属などが好ましい。円筒とガス吹き込み口の材質は同じであることが好ましい。
【0015】
本発明の嫌気性細菌を採取するためのキットを構成する要素の一例を図3に示す。1回の採取に必要な要素は、嫌気的ガスが封入されている小ガスボンベ、円筒状の器具2(図2に示したもの)、溶液6を封入して滅菌した試験管及び滅菌綿棒7である。これらの1回分または複数回分をまとめてキットとする。
上記の要素以外のものとして、円筒状の器具2を接続するゴム管、滅菌ピペットなどが挙げられる。これらは比較的安価であるか、多くの実験室に常備されているものである。
【0016】
図1に示した方法で採取した嫌気性細菌を培養する方法の一例を図4に示す。図1に示した方法で用いた溶液6、被採取面1の擦過物及び滅菌綿棒7の先端が入った試験管4を振とう混和する。振とう混和の際は、Vortex Mixerを用いて、20秒から40秒混和するのが好ましい。この混合液9の0.3 mlを滅菌ピペットにて採取し、溶液10の入った試験管11のゴム栓12を外して溶液10の2.7 mlに注入し、ゴム栓12をねじ込んだ上で同様に振とう混和する。これにより10倍希釈液3.0 mlができる。以下同様に102倍、103倍、104倍、105倍希釈液を作る。
【0017】
10倍、103倍、105倍希釈液を各0.5 ml採取し、寒天培地(好気培養用)13に接種する。これを好気培養装置に入れ、大気中で37℃にて培養する。2日(1/2 〜 1 日前後してもよい)後、培養装置から取り出し、目視によるコロニー形態ごとのコロニー数を、コロニー形態と菌種名を対照したアトラスを参照して計数する。同様に、各0.5 mlを寒天培地(嫌気培養用)14に接種し、嫌気培養装置に入れ、嫌気性ガス下で37℃にて培養する。7日(1 〜3 日前後してもよい)後、培養装置から取り出し、同様に計数する。
寒天培地(好気培養用)13の内容は以下の通りであるが、本発明の目的が達成される限り、この組成を変更してもよい。
カゼイン酵素分解物 15 g
ダイズ酵素分解物 5 g
NaCl 5 g
寒天 15 g
蒸留水 1000 ml
以上を混和し、シャーレに敷いたもの。
なお、好気的培養に用いる培地は、寒天培地に限定されるわけではなく、他の固体培地、液体培地などであってもよい。
【0018】
寒天培地(嫌気培養用)14の内容は以下の通りであるが、本発明の目的が達成される限り、この組成を変更してもよい。
ペプトン 10 g
酵母抽出物 5 g
牛肉抽出物 2.6 g
Na2HPO4 4.0 g
デキストロース 1.5 g
液状スターチ 0.5 g
L-システイン 0.2 g
L-システイン塩酸塩 0.5 g
Tween 80 0.5 g
寒天 15 g
蒸留水 1000 ml
以上を混和し、シャーレに敷いたもの。
なお、嫌気的培養に用いる培地は、寒天培地に限定されるわけではなく、他の固体培地、液体培地などであってもよい。
【0019】
嫌気培養装置を用いる代わりに、次の方法で代替とすることもできる。密閉できるタッパーウェアに酸素吸収剤を入れた上で嫌気性ガスを満たしたものを作成し、これに接種済みの寒天培地(嫌気培養用)を静置し、タッパーウェアごと好気培養装置に入れる。
【0020】
これで培養は終了となる。この方法により好気培養・嫌気培養それぞれの菌種ごとの菌数が計数結果より逆算できる。また、それぞれのコロニーを微生物学的手法により釣菌し、単一コロニーに含まれる生菌を用いた追加実験をすることも可能である。
【0021】
溶液10は、溶液6と同様の製法により作成されるが、全量が2.7 mlである点のみが溶液6と異なるものである。
【0022】
本発明の嫌気性細菌を採取及び培養するためのキットを構成する要素の一例を図5に示す。1回の採取及び培養に必要な要素は、嫌気的ガスが封入されている小ガスボンベ、円筒状の器具2(図2に示したもの)、溶液6、溶液10、滅菌綿棒7、酸素吸収剤(例えば、Anaeropack(登録商標)など)、寒天培地(好気培養用)13及び寒天培地(嫌気培養用)14である。これらの1回分または複数回分をまとめてキットとする。
【0023】
上記の要素以外のものとして、ガスボンベと円筒状の器具2を接続するゴム管、嫌気培養装置として用いる密閉できるタッパーウェア、好気培養装置、コロニー形態と菌種名を対照したアトラス、Vortex Mixer、滅菌ピペットなどが挙げられる。これらは比較的安価であるか、多くの実験室に常備されているものである。
【0024】
【実施例】
以下、本発明を実施例によって具体的に説明する。なお、これらの実施例は、本発明を説明するためのものであって、本発明の範囲を限定するものではない。
【0025】
16人の健常人の前額部皮膚を対象として、二酸化炭素を嫌気性ガスとして用いた。すなわち100 %二酸化炭素を蔵するボンベ、100 %二酸化炭素により封入した溶液6・溶液10を準備した。
【0026】
被験者を座らせ、被採取面1である前額部皮膚を水平にするよう頭部を配置し、円筒状の器具2を垂直に密着させた。吹き込み口3から100 %二酸化炭素を3 ml / secで吹き込み、10秒経過の後に、試験管4にゴム栓5を用いて封入されている1 mlの溶液6の一部にて湿らせた滅菌綿棒7を操作口8から静かに挿入し、被採取面1を滅菌綿棒7にて30秒間、64回往復運動にて擦過した。その後速やかに、擦過溶液を含む滅菌綿棒7を溶液6の残りが入っている試験管に戻し、滅菌綿棒7の先端部を、試験管4に挿入した上でこの口部で折り、試験管4に入れられた溶液6の中に落とし込み、ゴム栓5を試験管4にねじり込んだ。これで採取は完了である。
【0027】
試験管4をVortex Mixerを用いて、25秒混和した。この混合液9の0.3 mlを滅菌ピペットにて採取し、溶液10の2.7 mlに加え、同様に振とう混和した。これにより10倍希釈液3.0 mlができた。以下同様に102倍、103倍、104倍、105倍希釈液を作った。このうち10倍、103倍、105倍希釈液を各0.5 ml採取し、TS培地(Becton Dickinson Microbiological Systems社製Trypticase Soy Agar 40 gを、1000 mlの蒸留水に溶かして作成したもの)に接種した。これを好気培養装置(Eyela社製Vaccum oven、VOS-600SD)に入れ、大気中で37℃にて2日間培養し、目視によるコロニー形態ごとのコロニー数を、コロニー形態と菌種名を対照した自製のアトラスを参照して計数した。同様に、各0.5 mlをEG培地(Merck社製Eggerth Gagnon Agar (Basis) 39.3 gと、関東化学社製Tween 80 0.5 gを、1000 mlの蒸留水に溶かして作成したもの)に接種し、嫌気培養装置(平山製作所製嫌気製培養ジャーJ型を、Eyela社製Vaccum oven、VOS-600SD内に静置したもの)にて、100 %二酸化炭素下で37℃にて7日間培養し、同様に計数した。これで培養は完了である。この実施16例における皮膚表面の細菌の同定・計数結果を表1に示す。
【0028】
【表1】
Figure 0004462857
【0029】
また、この実施例において本発明の効果を検証するため、吹き流しと溶液封入に、100 %二酸化炭素の代わりに大気を用いた実験を行い、表2に示す結果を得た。
【0030】
【表2】
Figure 0004462857
【0031】
【発明の効果】
本発明により、細菌叢の採取工程を比較的簡便かつ安全に嫌気的環境下で実施することができるようになった。また、本発明により、細菌叢の培養工程を嫌気的環境下で実施することができるようになった。本発明のキットを用いれば、細菌叢の採取および培養の全工程に必要な器具をまとめて入手することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の嫌気性細菌を採取する方法の一例を示す。
【図2】 本発明の嫌気性細菌を採取するために用いられる器具の一例の全体斜視図を示す。
【図3】 本発明の嫌気性細菌を採取するためのキットを構成する要素の一例を示す。
【図4】 図1に示した方法で採取した嫌気性細菌を培養する方法の一例を示す。
【図5】 本発明の嫌気性細菌を採取及び培養するためのキットを構成する要素の一例を示す。
【符号の説明】
1・・・被採取面
2・・・円筒状の器具
3・・・吹き込み口
4・・・試験管
5・・・ゴム栓
6・・・溶液
7・・・滅菌綿棒
8・・・操作口
9・・・混合液
10・・・溶液
11・・・試験管
12・・・ゴム栓
13・・・寒天培地(好気培養用)
14・・・寒天培地(嫌気培養用)

Claims (4)

  1. 操作口とガス吹き込み口を有する器具で区切られた被採取面に存在する細菌叢を嫌気的ガスの吹き流し下に採取し、酸素を除去した溶液に懸濁させることを含む、嫌気性細菌を採取する方法。
  2. 細菌叢が存在する被採取面を区切るための器具であって、操作口とガス吹き込み口を有する前記器具を含む、嫌気性細菌を採取するためのキット。
  3. 操作口とガス吹き込み口を有する器具で区切られた被採取面に存在する細菌叢を嫌気的ガスの吹き流し下に採取し、酸素を除去した溶液に懸濁させた後、嫌気的条件下で培養することを含む、嫌気性細菌の採取及び培養方法。
  4. 細菌叢が存在する被採取面を区切るための器具であって、操作口とガス吹き込み口を有する前記器具及び培地を含む、嫌気性細菌を採取及び培養するためのキット。
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