JP4417661B2 - 放電管用含浸型陰極の製造方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、放電管用、とくにアーク放電管用の含浸型陰極の製造方法に関する。さらに詳しくは、イオン衝撃などに対する耐性が強く、長期間に亘って正常に動作させることができる放電管用含浸型陰極の製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
電子管や放電管に用いられる含浸型陰極は、たとえば図6にその製造工程が、図7に放電管用含浸型陰極の構造が、それぞれ示されるように、タングステン(W)粉末をプレス(20000psi)して焼成する(2500℃)ことにより多孔質体を形成し、Cuまたはプラスチックを多孔質体に充填し、陰極11の形状に加工する。そして、Cuまたはプラスチックを除去し、モリブデンなどの電極棒13にMo-Ruロウ材などによりロウ付する。一方、BaCO3、CaCO3、Al23などの電子放射物質の材料を調合し、焼成する(1100〜1200℃)ことにより含浸剤(電子放射物質)を準備し、陰極に塗布して水素炉または真空炉で熱処理(1700〜1800℃)をすることにより多孔質体内に電子放射物質を含浸する。そして、余剰の電子放射物質を除去し、表面仕上げをすることにより製造される。なお、タングステン粉末を所望の陰極形状に直接成形して焼結することにより、加工のための銅やプラスチックを含浸させる工程を省略する方法も用いられている。
【0003】
前述の方法により製造される含浸型陰極は、電子管や放電管内に封入され、950〜1050℃程度に加熱されると、含浸された電子放射物質の酸化物が陰極の基体金属と還元反応して遊離バリウムが生成し、陰極表面に拡散してバリウム単原子層を作り、陰極表面の仕事関数を低下させて電子放射が行われる。この含浸型陰極は、タングステン粉末などの高融点金属粉末の空隙部に電子放射物質が含浸されているため、放電管などの陰極に使用されても、比較的衝撃に耐えやすい。しかし、含浸型陰極は、酸化物陰極に比べて動作温度が高く、電子放射物質の蒸発が大きいため、進行波管や撮像管のようなグリッドを装着する電子管では電子放射物質が付着してグリッドエミッションが発生し特性劣化を引き起こすという問題がある。そのため、陰極表面の5〜15μmの厚さには、含浸された電子放射物質を除去して表面側に電子放射物質ができるだけ存在しないようにする含浸型陰極も考えられている(たとえば特許文献1参照)。
【0004】
【特許文献1】
特公平4−21977号公報
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
一方、アーク放電管に含浸型陰極を使用する場合、放電を行っている部分、いわゆる輝点直下の陰極表面は、イオン衝撃により非常に高温に晒されるため、陰極は局部的に過加熱され、電子放射物質として含浸されている酸化物の溶融温度を超えてしまい、酸化物が陰極表面に噴き出すという現象が発生する。その結果、図7に示されるように、含浸型陰極11の放電する先端部11a近傍に噴出しによる噴出し酸化物12が形成されてしまう。このような噴出しが発生すると、放電がその噴出し酸化物12の周辺で、不規則な異常放電を起し、発光のちらつきや異常な電圧変動が生じ、最終的に陰極の破壊に至る。
【0006】
前述の特許文献1に示されるように、電子放射物質を含浸させた後に、表面側の電子放射物質を除去することにより、陰極表面への負荷が少ない電子管やグロー放電管においては、このような問題を解消することができるが、アーク放電管のような20kW/mm2以上の負荷が働くような放電管では、5〜15μm程度の電子放射物質を除去しても、図7に示されるような噴出し酸化物12の発生を防止することができない。また、この電子放射物質の除去は、通常表面側から刷毛のようなものでブラッシングしたり、処理液で化学的に除去したり、熱的に除去する方法が用いられるが、いずれの方法を用いても前述の深さ以上深く除去することができない。すなわち、処理液を用いても、従来の気孔率20〜25%程度の間隙部を伝って内部深くに溶解しながら処理液が浸入することができず、除去深さを深くすることはできない。
【0007】
さらに、本来電子放射物質を除去することは電子放射特性と逆行することで、最小限にとどめる必要があるのに、その除去する深さを精度よく制御することができないという問題がある。そのため、アーク放電管用の陰極としては、含浸型陰極を用いることができず、トリウム入りタングステン陰極などを使用せざるを得ないが、トリウムは放射性物質で、健康面および環境面の点から潜在的な問題を含んでいる。
【0008】
本発明は、このような問題を解決するためになされたもので、陰極に高い負荷がかかるアーク放電管においても、噴出し酸化物が陰極表面に形成されないで、安定した動作を続け、長寿命の陰極とすることができる放電管用含浸型陰極の製造方法を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、アーク放電管用の陰極にも、含浸型陰極を用いるため鋭意検討を重ねた。そして、前述の5〜15μm程度の深さの電子放射物質を除去した含浸型陰極を、比較的陰極負荷(イオン衝撃などによる負荷)が低い(10kW/mm2)放電管に適用した場合でも、その10〜60%は前述の噴出し酸化物が発生し、満足な結果が得られず、さらに陰極負荷の高い放電管(20kW/mm2)でも、80μm程度の深さまで電子放射物質を除去すれば、噴出し酸化物の発生を阻止することができることを見出した。
【0010】
一方で、電子放射物質を余り多く除去すると、電子放射物質が不足して電子放射特性および寿命の問題が懸念されたが、陰極負荷が大きいほどその表面温度が高くなり、除去した深さの温度が含浸型陰極の動作温度(950〜1050℃)に上昇すれば、陰極の内部から電子放射物質が陰極表面に供給され、正常に動作すると共に、寿命も問題ないことを見出した。すなわち、陰極への負荷の程度に応じて、電子放射物質の温度が動作温度になる程度の深さまで除去することが、正常な動作を続ける条件になることを見出した。
【0011】
本発明による含浸型陰極の製造方法は、(a)高融点金属により、表面の少なくとも一部に気孔率が25〜50%で、噴出し酸化物の発生がなく、かつ、陰極表面への電子放射物質の染み出しが得られる電子放射物質の除去深さを得られる厚さの表面層を有し、内部はそれより密な多孔質体を形成する工程、(b)前記表面層および前記多孔質体の空隙部に前記電子放射物質を含浸させる工程、および(c)前記表面層に付着した前記電子放射物質を除去し、さらに、前記表面層あるいは前期表面層および前記多孔質体に含浸された前記電子放射物質を前記除去深さにわたって除去する工程を有することを特徴とする。
【0012】
この構成にすることにより、高融点金属粉末が焼結された多孔質体は、その表面層の気孔率が通常の含浸型陰極(気孔率が20〜25%)より大きい、すなわち空隙部の体積が大きいため、電子放射物質を除去する処理液が浸透しやすく、気孔率の大きい表面層を厚くしておくことにより、所望の深さまで含浸された電子放射物質を除去することができる。逆に表面層より内部の多孔質体はその気孔率が小さいため、処理液が浸透しにくく、含浸された電子放射物質を除去し過ぎるということがなくなる。すなわち、深くまで電子放射物質を除去し過ぎて寿命を短くし過ぎることがないと共に、電子放射物質が小さい空隙部に保持されているため、蒸発は抑制されて、長時間に亘って保持される。
【0013】
一方、動作においては、一旦放電を始めると、イオン衝撃などにより、陰極表面の温度が上昇し、陰極の内部までその熱が伝導して温度が上昇し、多孔質体に含浸された電子放射物質が、表面層の電子放射物質が除去された空隙部の壁面を伝わって陰極表面に染み出し、電子放射に寄与する。この表面に染み出した電子放射物質は、空隙部内に埋め込まれたものではなく、表面層の空隙部の壁面に染み出してきたもので、量は非常に少ないため、イオン衝撃による負荷が大きく、高温になっても酸化物が噴出して陰極表面に噴出し酸化物を形成することはない。すなわち、陰極の動作として必要な電子放射物質は供給されながら、蒸発し過ぎたり噴出しを発生させる余分な電子放射物質は表面に存在しないため、非常に安定した動作を続け、寿命も長くなる。
【0015】
すなわち、電子放射物質を除去する深さは、前述の電子放射物質の噴出し酸化物が生じない深さで、かつ、通常の動作に支障のない程度に定められる必要がある。噴出し酸化物が発生するのは、イオン衝撃などの負荷により変るため、その陰極が使用される放電管の性能や使用状況に応じて、陰極への負荷が大きい場合には深く除去する必要があり、負荷の小さい場合は除去する深さは小さくする必要がある。そのため、その使用目的に応じて、その除去すべき深さは定まり、表面層の厚さをその深さに基づいて設定する(表面層より内部にも数μm程度除去するように設定することが安定してよいが、除去のレートが表面層と内部とで異なるため、ほぼ表面層のみの除去に設定してもよい)ことにより、所望の深さだけ除去することができる。なお、上限は、通常の放電管では、経験的に300μm程度の厚さまで除去しても動作には問題はない。
【0016】
【発明の実施の形態】
つぎに、図面を参照しながら本発明の放電管用含浸型陰極の製造方法について説明をする。本発明による放電管用含浸型陰極の製造方法は、図1にその一実施形態により製造した放電管用含浸型陰極の断面説明図およびその一部Pの拡大断面説明図が示されるように、(a)高融点金属粉末1aにより、表面の少なくとも一部に気孔率が25〜50%の表面層2を有し、内部はそれより密な(空隙部1bの少ない)多孔質体1を形成する工程、(b)その表面層2および多孔質体1の空隙部1bに電子放射物質(図示せず)を含浸させる工程、および(c)表面層2に含浸された電子放射物質を除去する工程を有することを特徴とする。
【0017】
前述のように、本発明者らは、アーク放電管など、陰極への負荷の大きい放電管に含浸型陰極を用いるため、鋭意検討を重ねた。そして、陰極負荷が10kW/mm2の場合と、陰極負荷が20kW/mm2の場合とで、電子放射物質を除去する深さと噴出し酸化物の発生頻度との関係を調べた結果、図5に示されるように、陰極負荷が10kW/mm2の場合(A)には、20μmの深さ除去すれば、噴出し酸化物の発生頻度を殆ど0にすることができ、陰極負荷が20kW/mm2の場合(B)には、80μm程度の深さまで電子放射物質を除去しなければ、噴出し酸化物の発生頻度を殆ど0にすることはできなかった。逆にいえば、20kW/mm2の陰極負荷の場合でも、80μmの深さの電子放射物質を除去すれば、異常なく動作をさせることができることを見出した。なお、発生頻度は、1000個のサンプルで調べた。また、陰極負荷は、ランプ入力電力と放電中の輝点面積から算出した。
【0018】
一方で、必要以上の深さまで、電子放射物質を除去すると、陰極表面への電子放射物質の染み出しを充分に得ることができず、放電を持続することができなかった。しかし、この限界は、たとえば前述の陰極負荷が20kW/mm2の場合で、300μm程度の深さであり、深い方には、それほど厳格ではないものの、余分な除去はしない方が望ましい。したがって、一般的な言い方をすれば、15〜300μmの厚さの範囲で、その陰極の動作条件に応じて陰極の動作表面の電子放射物質を除去すれば、噴出しの発生もなく、正常な動作を持続することができる。
【0019】
前述のように、放電管用陰極の用途(印加電圧や管内のガス圧などの動作条件)に応じて、陰極負荷が定まり、その使用条件に応じて陰極表面から一定の深さの電子放射物質を除去する必要があるが、従来の気孔率が20〜25%の多孔質体では、処理液が充分に内部に浸透せず、22μm程度の深さまでが限度である。そのため、たとえば80μm程度という深い範囲に亘って電子放射物質を除去するためには、気孔率を25%以上と大きくする必要がある。一方、気孔率が50%を超えると多孔質体の組織を維持することが難しく、処理液で局部的腐食により破壊するため好ましくなかった。
【0020】
さらに、多孔質体(陰極基体)の全体に亘って気孔率を、たとえば25〜50%程度に上げると、所定の深さまでの電子放射物質を除去する制御が難しく、所望の深さだけ電子放射物質を除去することが困難であると共に、全体的に気孔率が大きいと、動作中の電子放射物質の消耗が激しく、寿命を短縮するという問題が発生し、所望の除去する厚さに相当する部分の気孔率を大きくし、それより内部の気孔率は従来の気孔率と同程度の小さい気孔率にすることにより、所定の深さだけ正確に電子放射物質を除去することができ、かつ、寿命にも問題が生じないことを見出した。
【0021】
つぎに、本発明の含浸型陰極の製造方法について詳細に説明をする。まず、図1に放電管用含浸型陰極の一例が示されるように、表面の少なくとも一部に気孔率が25〜50%の表面層2を有し、内部はそれより密な(空隙部1bの少ない)高融点金属粉末1aの多孔質体1を形成する。多孔質体1は、たとえばタングステンやモリブデンなどの高融点金属の粉末を成形、焼結して所望の形状に形成したもので、図1に示される例では、放電管の電極とするモリブデン棒(電極棒)3の先端部に直接タングステン粉末を成形し、その電子放射面側の表面に気孔率の大きい表面層2が形成されている。タングステン粉末としては、粒径が1.5〜50μmφ程度のものが好ましく、たとえば5μm程度のものが用いられる。1.5μmφより小さいと、粉末間の間隙部が殆どなくなり、所望の気孔率が得られなくなり、また、50μmφより大きくなると、ヒータ線1や粉末間同士の密着力が弱くなって剥れやすくなると共に、気孔率が大きくなり過ぎて、電子放射物質が直接表面に露出して、イオン衝撃などにより蒸発しやすく消耗が激しくなるからである。
【0022】
多孔質体1の気孔率は、従来の通常の多孔質体と同様に、20〜25%程度になるように形成されている。また、表面層2の気孔率は、前述のように、この空隙部に含浸させた電子放射物質を除去するため、空隙部の体積が大きくなるように25〜50%程度に形成されている。このような気孔率の異なる層を形成するには、たとえばプレス成形する際の圧力を大きくすれば気孔率が小さくなり、圧力を弱くすれば、粉末間の押圧が弱くなって、空隙部が多くなり、気孔率が大きくなる。また、成形後の焼結の温度を高くしたり、焼結時間を長くしたりすると、収縮が大きくなり気孔率を小さくすることができる。そのため、本体となる多孔質体1と、その電子放射面である表面層2とを別々に成形・焼結して条件を変えることにより、その気孔率を調整することができる。
【0023】
しかし、図1に示されるように、電子放射面が傾斜面を有する陰極形状の場合、たとえばプレスする際に、図1に示される状態で、縦および横方向に圧力をかけると、斜面部分は粉末が滑りながら圧縮されるため、その粉末の摩擦のため、プレス圧が上がらず、結果として斜面や凸部には圧力がかからず、他の部分よりも気孔率を大きくすることができる。すなわち、図1に示されるような形状の場合、一度に成形・焼結をしても、斜面の部分は圧力が小さくなり、気孔率の大きい表面層2を斜面部分に形成することができる。このような形状の陰極でなくても、たとえば平面的な形状の陰極でも、その電子放射面(放電管に使用する場合その放電面)が斜面となるようにプレスして成形することにより、その表面層のみの気孔率を大きくすることができる。もちろん、多孔質体1を成形・焼結してから、さらにその表面に小さい圧力でタングステン粉末を成形して焼結してもよい。表面層2の厚さを正確に制御したい場合には、この方法による方が、制御しやすい。
【0024】
つぎに、多孔質体1の空隙部1bに電子放射物質を含浸させる。すなわち、電子放射物質の原料である、たとえば炭酸バリウムBaCO3、炭酸カルシウムCaCO3、酸化アルミニウムAl23の粉末をモル比で4:1:1に配合した材料を、前述の表面層2の表面に塗布して、水素雰囲気中で1500〜1800℃程度にて保持することにより、3元系酸化化合物からなる電子放射物質として、表面層2および多孔質体1の高融点金属粉末1aの空隙部1bに含浸される。なお、含浸されないで、表面に付着した電子放射物質は、機械的に研磨して除去してもよいし、湿度50%から70%に保持された雰囲気に1〜8時間放置して、粉末の隙間外にある電子放射物質のみを脆化させ、振動を与えることにより、簡単に除去することもできる。
【0025】
その後、多孔質体のうちの表面層2に含浸された電子放射物質(図示せず)を除去する。この含浸された電子放射物質を除去するには、たとえば純水とエタノールとの混合溶液からなる処理液中に浸漬することにより行なうことができる。なお、多孔質体1の放電面(表面層2)と異なる露出面には、レジストなどを塗布して、除去されないように保護することが好ましい。放電面でなければイオン衝撃などによる昇温がないため、電子放射物質の噴出しも起らないからである。
【0026】
前述の純水とエタノールとの混合溶液からなる処理液により含浸された電子放射物質を除去する場合、多孔質体の気孔率により、その除去スピードが大きく変る。すなわち、気孔率が18〜22%の場合(C)と、気孔率が25〜30%の場合(D)と、気孔率が35〜40%の場合(E)とで、それぞれ浸漬時間に対する電子放射物質が除去される深さ(μm)との関係が図3に示されるように、気孔率が18〜22%の場合(C)では、2分以上浸漬しても8μm程度の深さで、それ以上除去することができないのに対して、気孔率が25%以上では、浸漬する時間が長いほど深くまで除去することができ、しかも、気孔率が大きいほど同じ時間でもその除去される深さが深くなることが分る。そのため、表面層2の気孔率を25〜50%にしておけば、その気孔率が何%であるかを予め検出しておくことにより、処理時間の制御により、所望の深さだけ除去することができる。
【0027】
また、表面層2の深さを所望の深さに合せておき、それより下側の多孔質体1の気孔率を20%程度にしておくことにより、図3から明らかなように、気孔率の小さい多孔質体1には殆ど電子放射物質の除去が進行せず、正確に表面層のみの除去をすることができる。したがって、このように表面層の厚さを所望の除去する深さより数μm程度薄くしておいて、充分に長い時間をかけて除去処理を行うことにより、多孔質体1に数μmの除去部分が形成されて、表面層2の電子放射物質を殆ど完全に除去することができ、正確な深さで電子放射物質の除去をすることができる。
【0028】
前述の純水とエタノールとの混合溶液からなる処理液で処理しながら、超音波照射を併用することにより、除去スピードを加速することができ、気孔率が20%と空隙部の少ない多孔質体内に含浸された電子放射物質でも除去することができる。すなわち、気孔率が約20%の多孔質体に含浸された電子放射物質を純水とエタノールとの混合溶液に浸漬して超音波を照射したときの浸漬時間に対する電子放射物質が除去された深さの関係は、図4に示されるように、5分で約48μmと、超音波を照射しない場合に比べて、非常に電子放射物質の除去を短時間で行うことができる。気孔率が大きい場合には、電子放射物質の除去される深さはさらに大きくなる。
【0029】
前述の図1に示される構造の放電管用含浸型陰極を表面層2の気孔率を約35%、厚さを100μm、多孔質体1の気孔率を20%として、前述の電子放射物質を含浸させ、純水とエタノールの混合溶液に4分浸漬したものを半分に切断して、その断面をEPMA(電子線局所分析装置)を用いて分析した。EPMAは、試料に0.3μm程度に絞った電子線を照射し、照射部から放出される固有X線を測定し、定性分析をする装置で、BaのX線強度を検出した結果を図2に示す。図2は、左端が表面層2の外表面で、右に行くほど(y軸)表面層2の斜面と垂直方向に内部に進む方向を示し、縦軸がその場所におけるBa強度を相対的に示した図である。図2から明らかなように、表面層は殆ど電子放射物質が除去されてBaの量が非常に小さいのに対して、表面層2の下側の多孔質体1には、充分にBaが含浸されていることが分る。
【0030】
本発明によれば、高融点金属粉末を焼結した多孔質体の電子放射が行われる陰極表面に、気孔率の大きい表面層を形成しているため、陰極基体の電子放射面側における所定の深さの電子放射物質を除去することができる。すなわち、多孔質体の気孔率が一般的な20〜25%では、余り内部まで除去することができず、放電管のようにイオン衝撃による陰極負荷の大きい陰極には満足な結果が得られず、また、全体の気孔率を大きくすると、電子放射物質の消耗が激しく、寿命の問題が生じるが、本発明では、電子放射物質を除去する深さに相当する部分の表面層のみの気孔率を大きくしているため、所望の深さの電子放射物質を除去することができると共に、内部では電子放射物質を充分に保持することができる。しかも、表面層と内部とで気孔率を異ならせているため、表面層とそれより内部とで電子放射物質の除去スピード(エッチングレート)が異なり、電子放射物質を除去する深さを表面層の厚さ近傍で正確に制御することもできる。換言すれば、表面層の厚さを除去したい深さ近傍の厚さにすることにより、電子放射物質の除去深さを、非常に正確に制御することができる。
【0031】
また、動作の際には、イオン衝撃などによる陰極負荷により陰極表面の温度が上昇し、その熱が陰極基体の内部まで伝導するため、多孔質体内に含浸された電子放射物質が溶融し、表面層の空隙部内壁を伝って陰極表面に達し、電子放射に寄与する。そのため、表面層においては、その空隙部の内壁のみに電子放射物質が染み出した状態で、空隙部全体に電子放射物質が埋まっている訳ではないため、過剰な電子放射物質が陰極表面に現れることはなく、表面で損傷した電子放射物質は、順次空隙部の内壁を介して内部から補給され、正常動作を続け、従来の噴出しという現象は発生しない。
【0032】
以上の例では、多孔質体1と表面層2とをほぼ同じ粒径のタングステン粉末を用いて形成したが、粒径の異なるタングステン粉末を用いることもできる。いずれにしても、表面層の気孔率を大きくすることにより、表面層の電子放射物質を容易に除去することができる。また、上述の説明では、特徴部分の説明を主として行っているが、その他の部分は従来の含浸型陰極の製造方法と同様に行えばよいことは言うまでもない。
【0033】
【発明の効果】
以上のように、本発明によれば、含浸型陰極が用いられる用途に応じて、陰極表面からの所定の深さの電子放射物質を除去することができるため、アーク放電のような陰極負荷の大きな放電管でも、噴出し酸化物の発生を防止することができ、かつ、寿命の低下や電子放出能力不足によるミス放電を起すという問題を生じさせることなく、正常な動作を長時間に亘って行なうことができる放電管用含浸型陰極を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の製造方法により得られる含浸型陰極の断面を示す説明図である。
【図2】本発明により製造した含浸型陰極の断面で検出した陰極表面から内部に向ってのBa強度を示す分布図である。
【図3】電子放射物質を除去するための処理液に浸漬したときの、気孔率による浸漬時間に対する電子放射物質の除去深さの関係を示す図である。
【図4】処理液に浸漬しながら超音波を照射したときの浸漬時間に対する電子放射物質の除去深さの関係を示す図である。
【図5】陰極負荷が10kW/mm2の場合(A)と20kW/mm2の場合(B)における電子放射物質の除去深さに対する酸化物噴出しの発生頻度を示す図である。
【図6】従来の含浸型陰極を製造するフローの一例を示す説明図である。
【図7】従来の放電管用含浸型陰極の一例を示す断面説明図である。
【符号の説明】
1 多孔質体
1a 高融点金属粉末
1b 空隙部
2 表面層
3 含浸型陰極
4 モリブデン棒

Claims (1)

  1. (a)高融点金属により、表面の少なくとも一部に気孔率が25〜50%で、噴出し酸化物の発生がなく、かつ、陰極表面への電子放射物質の染み出しが得られる電子放射物質の除去深さを得られる厚さの表面層を有し、内部はそれより密な多孔質体を形成する工程、
    (b)前記表面層および前記多孔質体の空隙部に前記電子放射物質を含浸させる工程、および
    (c)前記表面層に付着した前記電子放射物質を除去し、さらに、前記表面層あるいは前期表面層および前記多孔質体に含浸された前記電子放射物質を前記除去深さにわたって除去する工程
    を有する放電管用含浸型陰極の製造方法。
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