本発明の実施形態に係る電界放出型電極の製造方法を図を用いて説明する。
(実施形態1)
まず、本発明の実施形態に係る電界放出型電極の製造方法によって製造される電界放出型電極10を図面を用いて説明する。電界放出型電極10の断面を走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope;以下、SEM)によって走査した画像を図1に示す。また、電界放出型電極10の構成例を模式的に示す断面図を図2に示す。
なお、本実施形態の電界放出型電極10は、例えば図3に示すように電界放出蛍光管20等の電子機器に用いられる。電界放出蛍光管20は、図3に示すように、電子放出膜を有する電界放出型電極10(カソード電極)と、電界放出型電極10と対向するように設けられたアノード電極22と、これらカソード電極及びアノード電極22を真空雰囲気で封入するガラス管23と、アノード電極22の電界放出型電極10と対向する面に設けられた蛍光体膜24と、を備えており、電界放出型電極10には、ニッケルからなる配線26が接続され、アノード電極にはニッケルからなる配線27がそれぞれ接続されている。また、電界放出型電極(カソード電極)10とアノード電極22とは高圧駆動電源29に接続されている。
また、電界放出蛍光管20は、図3に示すような二極型に限られず、図4に示すように電子を引き出す、又は止める制御を行うためのグリッド電極28を追加し三極型としてもよい。グリッド電極28には電界放出型電極10からの電子放出量を調整することができるよう可変電圧V1が印加されており、アノード電極22には蛍光体膜24に適した固定電圧V2が印加されている。
電界放出型電極10は、図1及び図2に示すように基板11と、バリア層12と、電子放出膜13と、を有する。また、本実施形態では電子放出膜13は、曲面をなす花弁状(扇状)の複数のグラファイト構造の炭素薄片が起立しながら互いにランダムな方向に繋がりあっているカーボンナノウォール(Carbon Nano Wall;以下、CNWと記す)31と、CNW31上に連続して堆積された、粒径がナノメートルオーダー(1μm未満)の複数の微結晶ダイヤモンドを含む層である微結晶ダイヤモンド膜(炭素膜)32と、主にCNW31の一部が成長し、微結晶ダイヤモンド膜32の隙間を貫通し、微結晶ダイヤモンド膜32の表面から突き出ている針状のスティック33と、を有する。
次に、本実施の形態に係る電界放出型電極の製造方法を説明する。
まず、基板11を用意し、基板11の表面をエタノール又はアセトンにより脱脂・超音波洗浄を十分に行う。
基板11としては、少なくとも金属あるいは半金属のいずれかを含む導電性材料、例えばSi、Mo、Ni、ステンレス合金からなる基板を用いる。金属あるいは半金属は、基板11全体に含まれてもよく、電子放出膜13が形成される面側のみ形成されていてもよい。基板11上には図1及び図2に示すようにバリア層12と電子放出膜13とが形成されており、電子放出膜13はCVD(Chemical Vapor Deposition)装置によって成膜されるため、基板11は、この成膜温度以上の融点、好ましくは800℃以上、より好ましくは、1000℃以上の融点を備えることが好ましい。また、例えば、電界放出型電極10が電界放出蛍光管20に用いられる場合、蛍光管の真空封止に用いられるソーダガラスとほぼ同一の熱膨張率をもつ材料を用いることが好ましく、例えば42Ni合金を用いるのが好ましい。
基板11自体は、導電性材料であることが好ましいため金属あるいは半金属を含んでいる。このような材料は、直上に炭素からなる電子放出膜13をCVD装置によって形成しようとした場合、CVDにより原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素が基板11内に拡散してしまい、表面上にCNW31のような炭素膜が成長しにくい材料である。なお、炭素膜が成長しにくい現象は半金属基板(例えばSi基板)よりも金属基板(例えば鉄を含む基板)に顕著に見られる。詳細に後述するように、このバリア層12が介在することによって、基板11上に炭素からなる電子放出膜13をCVDで形成する際、原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素が基板11内に拡散することを防ぐことができる。
次に、基板11上に前処理(#8000のアルミナ砥粒で研磨し、表面粗さをRa10nmにする)を施した上で、バリア層12を形成する。バリア層12は、バリア層12の粒子を溶媒中に分散させたスラリーを形成し、スラリーをスプレーイングによって基板11上に塗布し、更にホットプレート等により基板11を加熱し、溶媒を揮発させ除去することにより基板11上に粒子を残存させ、形成される。
ここで、バリア層12は、CVDにより生じる反応性の高い炭素が内部に拡散しにくく且つ所定の粒径を有する粒子が基板11の表面に敷き詰められた層である。バリア層12は、炭素からなる電子放出膜13を成膜する際、基板11に含有される金属または半金属の影響を除去する、換言すれば原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素が基板内に拡散することを防ぐために設けられる。従って、基板11に含有される金属または半金属の影響を除去する、又は原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素が基板内に拡散することを抑制することができれば、材料に限定はなくいずれを用いることも可能である。バリア層12としてはダイヤモンド粒子、炭化ケイ素(SiC)等の炭化物、窒化ケイ素(Si3N4)等の窒化物、酸化鉄、酸化クロム、酸化アルミニウム等の酸化物等を用いることができる。
また、バリア層12は、複数種の炭化物を含んでもよく、複数種の窒化物を含んでもよく、複数種の酸化物を含んでもよく、炭化物、窒化物、酸化物の2種以上を複合してもよい。複数種が混在する場合、均等に分布するように密度等の物性が近似していることが好ましい。例えば、ダイヤモンド粒子と酸化アルミニウム粒子を混在した場合、ダイヤモンド粒子が局在化して分布されている箇所が優先的に成膜を開始してしまい不均一な膜になるので、ダイヤモンド粒子と酸化アルミニウムが均等に分布するように配置することが重要となる。
なお、電子放出膜13が炭素材料を有するため、バリア層12としては、膨張係数、耐熱性等の特性が近似している炭化物を用いるのが好ましく、次に窒化物、次に酸化物を用いるのが好ましい。いずれの材料を用いても良好な電子放出膜13が形成されるが、特にダイヤモンドを利用する場合、窒化物、酸化物を用いる場合と比較してバリア層を薄く形成してもシードとしての効果を十分得ることができる。
バリア層12の粒子は、基板11上に可能な限り均一に敷き詰められ、更にはバリア層12の表面の凹凸を減らし面方向に均一に形成することができるよう、粒径がそろっていることが好ましい。例えばバリア層12は、5nm〜1μmの粒径を有する粒子を有している。なお、特に研磨剤として用いられている粒子を利用すると、粒径がそろった粒子を低コストで入手することができ、製造コストを削減することができて好ましい。
また、バリア層12の厚みは、所定程度厚く形成することにより、上に形成される電子放出膜13の表面の凹凸を減少させることができる。しかし特に絶縁性の材料を用いる場合に顕著なように、厚く形成しすぎると絶縁体として上下方向の導通性を損ない、電界放出型電極としての機能を妨げる。一方で、薄く形成しようとしすぎて極微量の粒子で形成すると、基板11の表面に、バリア層12のない隙間が多く生じてしまい、基板11上に電子放出膜13を良好に形成することができない。従って、バリア層12の厚みは、用いる粒子の約1倍〜10倍程度の厚みを備えるように形成するとよい。また、バリア層12の厚みは、基板11の種類、バリア層12として用いる材料によって適宜変更する。例えば、基板11として鉄が含有される場合、バリア層12はシリコン基板やニッケルを含むニッケル基板を用いる場合より厚く形成することが好ましい。また、ニッケル基板を用いる場合は、シリコン基板を用いる場合より厚く形成することが好ましい。
図5に本実施形態でバリア層12として用いたダイヤモンド粒子を走査型電子顕微鏡で走査した画像を示す。また、図6にダイヤモンドのX線回折(X-Ray Diffraction (XRD))パターンを、図7にダイヤモンド粒子のラマン分光スペクトルを示す。
本実施形態では、5nm〜500nm程度の粒径を有するダイヤモンド粒子を用いている。ダイヤモンド粒子の表面には水酸基を修飾させ、分子に水素結合を有する溶媒(アルコール、水等)に分散させる。ダイヤモンド粒子は例えば溶媒中に10mg/mlとなるように分散させる。このようにして粒子を分散させたスラリーを形成する。次に、このスラリーをスプレーイングによって、基板11上にダイヤモンド塗布量が例えば1μg/cm2となるように、塗布する。基板11をホットプレート等で加熱することにより溶媒を揮発させて除去し、基板11上にダイヤモンド粒子のみを残存させる。これによりバリヤ層12が形成される。なお、スラリーのような懸濁液を用いずにダイヤモンド粒子を基板11上に散布してもよい。この場合、乾燥された窒素等の不活性ガスをキャリアガスとともにダイヤモンド粒子をディスペンサー等の吐出ヘッドにより噴霧すればよい。
なお、ダイヤモンド粒子に代えて、例えば酸化アルミニウム粒子を用いる場合、酸化アルミニウムは水に対して分散し易いため親水処理を省略することが可能である。
また、スラリーには、基板との接着性を高める、溶媒を乾燥させる差異の粒子の凝集を防ぐために、ビニルアルコールやニトロセルロース等の粘着剤を混ぜてもよい。なお、粘着剤としては塗布後に加熱した際に残渣を残さないものが好ましい。
このように本実施形態では、基板11上にバリア層12を形成することにより、原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素の基板11への拡散を抑制し、基板11上に炭素からなる良好な電子放出膜13を形成することができる。なお、バリア層12に代えて基板11上に金属膜を形成し、金属膜上に電子放出膜13を形成する方法も考えられる。しかし、金属膜は電子放出膜を形成する際、熱応力によって剥離する問題がある。これに対し本願発明のように粒子からバリア層12を形成することにより、成膜時の熱によってバリア層12が剥離することを抑制することができ、良好な電子放出膜が形成される。
次に、基板11上に形成されたバリア層12上に電子放出膜13を形成する。電子放出膜は直流プラズマCVD装置によって成膜される。この直流プラズマCVD装置100の構成例を図8に示し、また成膜時の基板の温度変化を示すグラフを図9に示す。
図8に示す直流プラズマCVD装置100は、チャンバ110と、ステージ111と、陽極111aと、冷却部材112と、陰極113と、流路113aと、管路113b,113cと、窓114と、放射温度計115と、ガス供給用管路116と、排気用管路117と、出力設定部118と、制御部118aと、管路119a,119b,119cと、を備える。
チャンバ110は、基板11を外気から遮断する。チャンバ110内には、鋼でできているステージ111が配置され、ステージ111の上部に円板状の熱伝導性のよく、融点が高い金属(モリブデン等)からなる陽極111aが取付けられている。基板11は、陽極111aの上側載置面に固定される。ステージ111は、陽極111aとともに軸111xを中心にして回転するように設定されている。
陽極111aの下側には閉塞された空間111bが設けられており、空間111bには、冷却部材112が配置され、図示しない移動機構により、冷却部材112が矢印の通り上下に移動自在な構造になっている。冷却部材112は、銅等の熱伝導率の高い金属で形成され、その内部に冷却された水又は冷却された塩化カルシウム水溶液等の冷却媒体が管路119aから冷却部材112内の流路119bに入り、管路119cより排出されるように循環し、冷却部材112全体を冷やしている。このため、冷却部材112が上方に移動することにより、図8(b)に示すように、冷却部材112の面112aがステージ111の下面に当接すると、当接されたステージ111がその上部に位置する陽極111aを冷却して、陽極111aが基板11の熱を奪う。
陽極111aの上方には、一定の距離を置いて陽極111aと対向するように陰極113が配置されている。陰極113の内部には、冷却媒体が流れる流路113aが形成され、その流路の両端には、管路113b,113cが取付けられている。管路113b,113cは、チャンバ110に形成された孔を貫通し流路113aに連通している。管路113b、流路113a、管路113cには、水、塩化カルシウム水溶液等の冷却媒体が流れることにより陰極113の発熱を抑制する。
チャンバ110の側面には、耐熱性ガラスがはめ込まれた窓114が形成されており、チャンバ110の外側には窓114のガラスを介して基板11の温度を測定する放射温度計115が配置されている。
また、直流プラズマCVD装置100は、原料ガスをガス供給用管路116を介して導入する原料系(図示略)とチャンバ110内から気体を排気用管路117を介して排出してチャンバ110内の気圧を調整する排気系(図示略)と、出力設定部118とを備えている。
出力設定部118は、陽極111aと陰極113との間の電圧又は電流値を設定する制御装置であり、制御部118aと可変電源118bとを備えている。制御部118aは、放射温度計115の測定した基板11の温度を参照し、基板11の温度が予定の値になるように、陽極111aと陰極113との間の電圧又は電流値を調整する。
このようなCVD装置の陽極112a上に基板11を載置する。
次に、上面にバリア層12が形成された基板11を直流プラズマCVD装置100の陽極111a上に載置する。基板11の載置が完了すると、次に、チャンバ110内を排気系を用いて減圧し、続いて、ガス供給用管路116から水素ガスとメタン等の組成中に炭素を含有する化合物のガス(炭素含有化合物)とを導く。
原料ガス中の組成中に炭素を含有する化合物のガスは、全体の3vol%〜30vol%の範囲内にあることが望ましい。例えば、メタンの流量を50SCCM、水素の流量を500SCCMとし、全体の圧力を0.05〜1.5atm、好ましくは0.07〜0.1atmにする。また、基板11ごと陽極111aを10rpmで回転させ、基板11上の温度ばらつきが5%以内になるようにして陽極111aと陰極113との間に直流電源を印加し、プラズマを発生させ、プラズマ状態及び基板11の温度を制御する。
図9は、基板11表面で観測された放射率、及び放射率等に基づいて算出された基板11の表面温度を成膜時間に対してプロットした図である。図9に示すように成膜時間2時間までは、基板11のカーボンナノウォール31が成膜される箇所の温度を900℃〜1100℃に維持し成膜を行う。この温度は放射温度計115により測定されている。このとき、冷却部材112は、陽極111aの温度に影響がないように十分離間されている。放射温度計115は、直流プラズマCVD装置のプラズマ輻射を減算して基板11側の表面での熱輻射のみから温度を求めるように設定されている。
基板11の上面に形成されたバリア層12上に下地となるカーボンナノウォール31が十分成膜されたら、引き続きガス雰囲気を変えることなく連続したまま、プラズマにより加熱された陽極111aよりも遙かに低い温度の冷却部材112を上昇させてステージ111に当接させて陽極111aを冷却する。このとき、冷却された陽極111aは、その上で固定されている基板11を冷却させ、基板11側の表面が、図9に示すように、カーボンナノウォール31の成膜時より10℃以上低い複数のダイヤモンド微粒子32aの成膜適正温度にまで急冷する。このときの温度は、890℃〜950℃、より望ましくは920℃〜940℃である。なお、その後の温度を安定にするためにも、冷却時に陽極11a及び陰極13の印加電圧又は印加電流値をあまり変化させないことが好ましい。
基板11が一気に冷えたために、カーボンナノウォール31の成長が抑制されると、カーボンナノウォール31上に粒径が5nm〜10nmの複数のダイヤモンド微粒子32aが成長を開始し、やがてカーボンナノウォール31の成長に代わってダイヤモンド微粒子32aの成長が支配的になる。そして、ダイヤモンド微粒子32aの塊状体が層構造をなす微結晶ダイヤモンド膜32が形成されるとともに、ダイヤモンド微粒子32aの塊状体が形成されていない領域、つまり図13に示すようなダイヤモンド微粒子32aの塊状体間に位置する隙間に、カーボンナノウォール31の表面が変形したスティック33が成長し、その先端部が微結晶ダイヤモンド膜32の表面より突出するように形成される。また個々のダイヤモンド微粒子32a間には、sp2結合が支配的な相32bが形成される。カーボンナノウォール31の発生点は主にカーボンナノウォール31の表面であるが、それ以外にも発生することがある。しかしながら、後述するようにカーボンナノウォール31から成長しているスティック33の方が、機械的強度が大きく安定して電子放出することができる。
成膜の終了段階では、陽極111aと陰極113との間の電圧の印加を停止し、続いて、原料ガスの供給を停止し、パージガスとして窒素ガスをチャンバ110内に供給して常圧に復帰した後、常温に戻った状態で基板11を取り出す。
以上の工程により、電界放出型電極10が形成される。
次に、このようにして形成された電界放出型電極の電子放出膜を評価する。
電子放出膜13は、図1及び図2に示すようにCNW31と、微結晶ダイヤモンド膜(炭素膜)32と、スティック33と、を有している。
微結晶ダイヤモンド膜32が成膜される前のCNW31の表面(図1及び図2に示すCNW31と微結晶ダイヤモンド膜32との境界面に相当する面)を走査型電子顕微鏡によって走査した画像を図10に示す。また、CNW31のX線回折パターンを図11に、波長=532nmのレーザ光によるラマン分光スペクトルを図12に示す。図10に示すように、CNW31は、曲面をなす花弁状(扇状)の複数の炭素薄片が起立しながら互いにランダムな方向に繋がりあっている。CNW31は、0.1nm〜10μmの厚さである。また、図11に示すX線回折パターンから、グラファイトの面が確認される。更にラマン分光スペクトルを示す図12から、CNW31はsp2結合を有することが分かる。また、CNW31の炭素薄片は、1580cm−1付近のグラファイトの炭素−炭素結合の六角格子内での炭素原子の振動に起因する半値幅が50cm−1未満のGバンドのピークと、1350cm−1付近の格子欠陥をともなうグラファイトにみられるDバンドのピーク以外にピークがほとんど見られないことから、緻密で純度の高いsp2結合のグラファイトからなるといえる。これにより、CNW31の各炭素薄片は、格子間隔が0.34nmの数層〜数十層のグラフェンシートを含むことが分かる。グラフェンシートは、sp2結合を有し、導電性を示す。従って、CNW31は導電性を示す。
また、図2に模式的に詳細に後述するようにCNW31からはスティック33が成長している。また、スティック33の周囲には微結晶ダイヤモンド膜32のダイヤモンド微粒子32aが配置している。このようにスティック33がCNW31から成長することによって、スティック33とCNW31とが連続しているので、導体であるCNW31からスティック33に効率よく電子が供給され、スティック33から良好に電子が放出される。
次に、微結晶ダイヤモンド膜(炭素膜)32の表面を走査型電子顕微鏡によって上面から走査した画像を図13に示し、断面を走査した画像を図14に示す。また、CNW31上に形成された微結晶ダイヤモンド膜32のX線回折パターンを図15に、波長=532nmのレーザ光によるラマン分光スペクトルを図16に示す。なお、微結晶ダイヤモンド膜32は、詳細に後述するように純粋なグラファイトとダイヤモンド粒子だけでなく、sp2とsp3の両方の結合をもつ中間的な相が確認され、これらの複合体を有する膜であるため、炭素膜と称するのが正確ではあるが、説明の便宜上微結晶ダイヤモンド膜と称する。
微結晶ダイヤモンド膜32は、粒径が5nm〜10nmのsp3結合の複数のダイヤモンド微粒子を含んだ層構造であり、その表面には、図13に示すようにダイヤモンド微粒子が数十から数百個程度集まり、笹葉のような組織が形成されている。そして、このような微結晶ダイヤモンド膜32では、図13及び図14に示すように表面に笹葉が複数集まって、図2に模式的に示すように、表面が略円形状の密集した複数の塊状体となってCNW31を覆っている。微結晶ダイヤモンド膜32の塊状体の径は1μm〜5μm程度であり、CNW31上を覆っている程度に成長していることが望ましい。微結晶ダイヤモンド膜32の表面は、下地となっているCNW31の表面より起伏が少なく比較的平滑になっている。また、この微結晶ダイヤモンド膜32の各塊状体の界面(粒界)は、図13に示すように、隙間が形成されている。後述するように、微結晶ダイヤモンド膜32が成長していく過程で、微結晶ダイヤモンド膜32が立体障害となって、その下で成長し続けようとするCNW31に応力が加わった結果、CNW31の一部が針状に成長し、この隙間から突出したスティック33となっている。したがって、微結晶ダイヤモンド膜32及び微結晶ダイヤモンド膜32の塊状体間の隙間は、CNW31の成長を変質して多量のスティック33を形成させる効果を持っている。
微結晶ダイヤモンド膜32におけるX線回折パターンを調べると、図15に示すように、ダイヤモンド結晶の顕著なピークを有している。このような鋭敏なピークはダイヤモンドライクカーボンのような非晶質相では見られないことから結晶性ダイヤモンドが製造されていることが確認できる。また上記X線回折パターンでは、ダイヤモンドのピーク以外にも、グラファイトのピークもわずかに観察された。このことから、微結晶ダイヤモンド膜32の主表面には、ダイヤモンドのみではなく、スティック33や後述するsp2結合が支配的な相32b等の結晶性のあるグラファイトが存在し、微結晶ダイヤモンド膜32の表面は、完全な絶縁体ではなくスティック33が導通する程度に導電性を示しているために電子放出特性に優れていることが判る。
図16は、波長=532nmのレーザ光によるラマン分光測定を行ったものである。実線で示すスペクトルは、微結晶ダイヤモンド膜32の複数のダイヤモンド微粒子32aの集合体とsp2結合が支配的な相32bのラマンスペクトルを750cm−1〜2000cm−1の部分を抜き出し、抜き出した端部近傍を結ぶ線をベースラインとしてスペクトルからベースライン分の数値を取り除いたものである。
次いでポジションの初期値1140cm−1、1330cm−1、1333cm−1、1520cm−1、1580cm−1として擬Voigt型関数を置き、非線形最小二乗法でスペクトルにフィッティングを行う。
ここでは、1140cm−1付近にCNWの信号には見られなかった信号が見られる。これは、CVDダイヤモンドに見られるピークで、C−Cの結合角結合長さがsp3に近い構造を持ち、かつ結晶(あるいはクラスター)がナノオーダーサイズの相に由来するピークとみなされている。このことから、1140cm−1付近のピークは結晶性のダイヤモンド微粒子32aに起因することが考えられる。
また、図13の電子顕微鏡像や図15のX線回折パターンから推測されるダイヤモンド量に比べ、Dバンド、Gバンドのピーク強度よりも、微結晶ダイヤモンド由来ピークのピーク強度が小さい理由は、ラマン測定においてダイヤモンドの散乱断面積がグラファイトに比べて小さいことがあげられる。
また、1580cm−1近傍のGバンドのピーク、1330cm−1近傍にDバンドと思われる線幅の広いピークがみられる。これら微結晶ダイヤモンドのピークは以下のようなCNWのラマンスペクトルと大きく異なる特徴をもつ。
1)DバンドとGバンドのピーク強度の比が、比Dバンド強度/Gバンド強度がCNWのみの場合に比べて大きい。
2)Dバンドの半値全幅がCNWのみに比べて大きい(50cm−1以上)
3)Gバンド、Dバンドのピークより低波数側にもうひとつピークがある。
4)Dバンドのピーク位置(1330cm−1近傍)がCNWのみのDバンドのピーク位置(1350cm−1近傍)より波数的に低い。
Dバンドのピークの発生メカニズムについてはまだ統一的な見解が出されていないが、1)、2)の特徴は、ダイヤモンドライクカーボン、ガラス状カーボンなど、結晶(あるいはクラスター)内にsp3とsp2の中間的な相をもつ物質中に見られる特徴であることから、長距離秩序の乱れがラマン散乱の波数選択則に、また、短距離秩序の乱れがバンド構造や振動状態密度分布に変化を生じさせることがDバンドのピークの発生と半値全幅の広がりの要因のひとつと考えられている。また、比(Dバンドのピーク強度)/(Gバンドのピーク強度)は、sp2に対してsp3が多くなるほど大きくなることが知られており、何人かの研究者によってそれらの関係を表す経験的な関係式が提案されている。
また、3)のGバンドの低波数側近傍にあるピークは結晶の乱れによってダウンシフトをうけたGバンドのピークとみなされる場合が多く、CVDによる微結晶ダイヤモンドにおいてはダイヤモンド相とグラファイト相の粒界に存在する構造緩和を受けたsp2に由来すると考えられている。また、Dバンドの近傍のピークは、1333±3cm−1にピークをもつことからsp3に関連するピークではないかと考えられるが、通常のダイヤモンドのピークに比べて50cm−1以上の大きい半値半幅をもつこと、電子放出膜13の電子顕微鏡像観察では粒径が10nm以下の微結晶ダイヤモンドしか見られないこと、sp3とsp2の中間的な相でかつsp3に近い結合が優勢な相のDバンドに由来すると考えられる。また、4)のようにDバンドのピーク位置が、CNWにみられる1350cm−1よりも20cm−1以上低いことからもこのDバンドピークが通常のグラファイト中にみられるsp2リッチな状態でのDバンドとは構造的に異なっている可能性がある。しかし、未だDバンドの定義が未だ確立されていないこともあり、本出願では1330cm−1近傍の二つのピークを、ともにDバンドと呼称する。
このように微結晶ダイヤモンド膜32は、X線回折パターンより組成中にダイヤモンド及びsp2結合が支配的な相の存在が確認され、また、ラマン分光分析スペクトルより純粋なグラファイトとダイヤモンドだけでなく、sp2とsp3の両方の結合をもつ中間的な相が確認され、これらの複合体を有していることがわかる。
したがって、CNW31上の微結晶ダイヤモンド膜32は、全体として見かけ上、一層の膜形状であるが、これを微視的にみると、ダイヤモンドとグラファイトおよびその中間的な相の複合体であり、粒径が概ね5nm〜10nmのダイヤモンド微粒子32aの集合体と、ダイヤモンド微粒子32aの隙間に介在する、グラファイト、もしくはsp3が混在することで構造緩和をうけたグラファイト相との複合膜の構造となっている。
ここでスティック33を除いた電子放出膜13の厚さを3μmとすると、厚さ方向にダイヤモンド微粒子が数百個連続して積層されることになる。これらダイヤモンド微粒子は、それぞれ絶縁体であるが、隙間に介在するsp2結合の炭素が導電性を示すために、全体として電気伝導性を帯びている。
基板11上に設けられたCNW31上にダイヤモンド微粒子32a及びsp2結合が支配的な相32b層を形成した電子放出膜13を有する電界放出型電極10は、電流密度が1mA/cm2での電界放出時の電界強度が、例えば0.84V/μmであり、比較例として、基板上にCNW31と同じ構造のカーボンナノウォールのみを形成した電界放出型電極よりも、より低い電圧で電界放出し、より優れた電子放出特性を備えていることが確認された。また、電子放出膜13を有する電界放出型電極10は、基板上に直接ダイヤモンド微粒子32a及びsp2結合が支配的な相32bの層を形成した場合よりも若干電子放出特性が優れていることが確認された。
ここで1580cm−1近傍としたGバンドと1480cm−1〜1550cm−1の間にピークをもつダウンシフトを受けたGバンド(DSGバンド)の面積比を比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)とする。DSGバンドはCVD合成ダイヤモンド膜中では、混在するダイヤモンドとグラファイトの界面に存在するグラファイトに由来するとされていることから、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)は、換言すれば、比(構造緩和されたsp2結合の数)/(構造に歪のないsp2結合の数)に対応し、ダイヤモンド微粒子の粒界におけるグラファイト結晶の微細さを表す指標とみなせる。
また、図17(a)は、基板11に形成された電子放出膜13を上面から見た画像であり、図17(b)は、図17(a)の電子放出膜13の上方に蛍光体及び透明導電体(アノード電極)を配置させ、電子放出膜13の電界放出によりこの蛍光体が蛍光を発したときの画像である。
そして、図18(a)、図18(b)、図18(c)、図18(d)、図18(e)は、それぞれ図17(a)の点P1、点P2、点P3、点P4、点P5における表面のSEM画像である。点P1、点P2、点P3、点P4、点P5は1mmずつずれた位置であり、点P1が電子放出膜13の最も角隅に近く、点P5が最も中央に近い。
図18(a)に示すように、点P1は、基板の最も端に位置するためCVDによる活性種密度が低く、また温度等の影響によりカーボンナノウォールの成長が著しく、ダイヤモンド微粒子の塊状体が成長している箇所が少ない。このため、わずかにあるダイヤモンド微粒子の塊状体の下にもカーボンナノウォールが成長しているが、ダイヤモンド微粒子の塊状体がない部分ではカーボンナノウォールが引き続き成長しているためこの部分の頂点は、ダイヤモンド微粒子の塊状体よりも高い。図17(b)では、点P1において蛍光が見られないが、これは、電界放出型電極と透明導電体との電圧が低いだけで電圧を高くすればカーボンナノウォール等から電子が放出して発光する。
図18(b)に示すように、点P2は、点P1より内側に位置しているため点P1に比べ表面において、わずかにダイヤモンド微粒子の塊状体の占める割合が高いが、まだカーボンナノウォールが支配的である。点P2は、点P1同様に電圧を高くすればカーボンナノウォール等から電子が放出して発光する。
図18(c)に示すように、点P3は、点P2より内側に位置しているため点P2に比べ表面におけるダイヤモンド微粒子の塊状体の占める割合が高くなっており、ダイヤモンド微粒子の塊状体の隙間からスティックが成長しているのが見受けられる。表面全体として突出している部分(透明導電体との距離が短い部分)はスティックの先端のみならずカーボンナノウォールの先端もあるので、スティックに電界集中しにくく分散しやすい構造のため、低い電圧での電子放出特性は十分ではない。
図18(d)に示すように、点P4は、点P3より内側に位置しているため点P3に比べ表面におけるダイヤモンド微粒子の塊状体の占める割合が高くなっており、ダイヤモンド微粒子の塊状体の隙間から成長しているスティックの割合が高くなっている。このため、比較的表面全体として突出している部分(透明導電体との距離が短い部分)でのスティックの割合が高く、スティックの先端に集中しやすく、低い電圧で電子放出しやすくなっている。
図18(e)に示すように、点P5は、点P4より内側に位置しているため点P4に比べ表面におけるダイヤモンド微粒子の塊状体の占める割合が高くなっており、カーボンナノウォールが成長している部分が著しく減少し、ダイヤモンド微粒子の塊状体の隙間から成長しているスティックの割合が高くなっている。このため、比較的表面全体として突出している部分(透明導電体との距離が短い部分)はスティックが支配的になり、スティックの先端に電界集中しやすく、低い電圧で電子放出しやすくなっている。
図19は、点P1〜点P5における比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)を示す図である。
点P1では、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)が1.89と最も低く、カーボンナノウォールの成長を抑えることによって単独で突出するようなスティックを成長させるダイヤモンド微粒子の塊状体の割合が最も低い。
点P2では、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)が1.95と依然と低く、ダイヤモンド微粒子の塊状体の割合が低い。
点P3では、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)が2.48と高くなり、ダイヤモンド微粒子の塊状体の割合が高くなっている。したがってダイヤモンド微粒子の塊状体が表面を覆う割合が高くなることで、ダイヤモンド微粒子の塊状体がカーボンナノウォールの成長を抑えやすくなり、ダイヤモンド微粒子の塊状体の隙間からスティックの成長が促進されている。
点P4では、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)が2.63と高くなり、ダイヤモンド微粒子の塊状体の割合が高くなっている。表面では、ダイヤモンド微粒子の塊状体がカーボンナノウォールの成長を抑えている。
点P5では、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)が2.71と最も高く、ダイヤモンド微粒子の塊状体の割合が高くなっている。表面では、十分ダイヤモンド微粒子の塊状体がカーボンナノウォールを覆う割合になっている。
このことから、比(DSGバンド強度)/(Gバンド強度)は2.48以上でカーボンナノウォールのみで電子放出するよりも良好な電子放出特性が見られ、特に2.63以上で顕著に見られた。
図20は、電界放出型電極10の抵抗率に対する、1330cm−1近傍にピークをもつ二つのDピークの和と、GバンドおよびピークシフトしたGバンドの信号強度の和の比、比(Dバンド信号強度)/(Gバンド信号強度)を表したグラフである。なお、電界放出型電極10の抵抗率は、電界放出型電極10の厚さ方向に測定したものであり、基板11であるSi基板、CNW31は十分低抵抗であるので、実質的に微結晶ダイヤモンド膜32の抵抗率とみなしてよい。電界放出型電極10の抵抗率が0.6×104(Ω・cm)の電子放出膜13の比(Dバンド信号強度)/(Gバンド信号強度)が2.13であった。これは、電子放出膜13と比べてカーボンナノウォールの成長している割合が高いので抵抗率が低いことを意味している。
電界放出型電極10の抵抗率が1.8×104(Ω・cm)の電子放出膜13は、比(Dバンド信号強度)/(Gバンド信号強度)が2.08であり、比較的カーボンナノウォールの成長している割合が高いので抵抗率が低いことを意味している。
電界放出型電極10の抵抗率が5.6×104Ω・cmの電子放出膜13の比(Dバンド信号強度)/(Gバンド信号強度)2.61であり、他の電子放出膜13と比べてカーボンナノウォールの成長している割合が低いので抵抗率が高いことを意味している。
次に、スティック33を走査型電子顕微鏡で走査した画像を図21に示す。図21に示すようにスティック33は、微結晶ダイヤモンド膜32から突出し、電子放出膜13の面方向(微結晶ダイヤモンド膜32の面方向)に対して略鉛直方向に延びるように形成される。スティック33は、径(太さ)方向に対する伸長方向のアスペクト比が約10以上、好ましくは30以上であり、径が10nm〜300nm程度のsp2結合の炭素を有し、中央の芯部の周辺を鞘部が覆う構造である。また、詳細に後述するようにスティック33はCNW31から成長しており、微結晶ダイヤモンド膜32のダイヤモンド微粒子の隙間から延びるように形成されている。またスティック33は、図21から明らかなように、内部まで炭素が形成されており、カーボンナノチューブのように薄い炭素層で内部が空洞になるように形成された筒状構造体ではないので電子放出により消耗しにくい。加えてCNW31から成長しているのでスティック33は機械強度が強い。
スティック33は、微結晶ダイヤモンド膜32表面で起立しており、導電性のCNW31と一体化しているため、CNW31と電気的に導通しているので、基板11に印加された電界を集中してスティック33の針状の先端部から電子を放出しやすい構造になっている。またスティック33の先端部は、微結晶ダイヤモンド膜32の頭頂部よりも高いので、つまりアノード電極と近接しているので、後述するように、基板11に所定の電圧が印加されるとスティック33の先端部から電子を放出することになる。
スティック33が、CNW31から成長していることを裏付ける理由は以下の通りである。
図22(a)は電子放出膜13をPEEM(photoemission electron microscopy)によって撮影した画像であり、図22(b)は走査型電子顕微鏡で走査した画像である。なお、PEEMは、静電レンズ系と画像取り込み装置とエネルギー分析器とを備えている。PEEMでは、紫外光を試料表面に照射し、試料表面から放出された光電子はレンズ系を通過し、マルチチャンネルプレートによって増幅され蛍光スクリーンに投影され、この蛍光スクリーンに投影された像はCCD(Charge Coupled Device)カメラによってコンピュータに取り込み、観察を行う。また、エネルギー分析器によって放出された電子のエネルギーを分析することができる。
なお、図22(a)のPEEM画像の右上の黒いパッチは意図的に付けたマーキングであり、図22(b)でもその先端が右上に黒く写っている。また、図22(a)及び(b)は、スケールが同じになるよう調整してある。図22(a)に示す画像の左下にグラファイトスティックによる黒点があり、図22(b)に示す画像でも、これと対応するように周辺部分まで薄く光っている。白く見える理由は明確ではないが、スティック33のエッジ効果と考えられる。
図22(a)に示す画像を撮影した際の電界(1.1V/μm、Ext2000V)では、電界放射による像は一つしか見えていないが、電界を2.2V/μmまで上昇させると、図22(a)に示す画像の左下の全ての点部分から電界放射による電子の像が確認することができた。図23は、図22(b)のSEM画像中央付近のうっすらと明るく光っている部分(図22(a)に示すPEEMの画像では電界放射点に対応する部分)を拡大したものである。左斜め上から中央に向かってマーキングが下地に薄く細くついており、周辺との対応関係が分かる。図23に示すように、画像をさらに拡大していくと、電界放射点の中央にはスティックが細く白い線としてSEM像で観察される。これによりこの電界では、電界放射は微結晶ダイヤモンドから起こっているのではなく、導体であるグラファイトのスティックから起こっていると結論づけられる。
試料上に多数存在する電界放射点からいくつかの点を選び、電界放射電子のエネルギー分析を行った。PEEMのアイリスアパチャーを10μm程度に閉じ、電界放射電子のみの局所電子分光を行った。図24(a)に電界放射電子によるスペクトルを示す。図24(b)に示すように、FNプロットは直線に乗り、このスペクトルが電界放射によるものであることを示している。また、スペクトルのピークは引出電界によらずフェルミ準位付近にあり、ピークのシフトは見られない。また引出電界の増加と共に低エネルギー側にテールが広がる、これは金属やカーボンナノチューブなどの導体から電界放射機構によるスペクトルに見られる特徴である。
また、スティックから放出される電子のエネルギーがフェルミ準位付近にあることから、スティックは導体であるグラファイトを有するカーボンナノウォールから成長していると結論づけられる。
CNW31は上述したように曲面をなす花弁状(扇状)の複数の炭素薄片が起立しながら互いにランダムな方向に繋がりあっているため、この炭素薄片の一部がダイヤモンド粒子の層の隙間から円錐状の形(突起状)となり、成長することによってスティック33が形成される。
なお、CNW31と微結晶ダイヤモンド膜32とは同一の装置で異なる温度条件下で連続して成膜されるが、CNW31に形成された突起状の部分に関してはCNW31が成長する条件、つまりグラファイトが成長する条件が維持されることで、周辺はダイヤモンド粒子等が形成されるが、突起状の部分だけはグラファイトが形成され最終的にスティック33が形成される。
また、このように電界放出膜13がCNW31から成長し且つ微結晶ダイヤモンド膜32の隙間から突出するスティック33を備えることにより、立体構造を有するため、平滑な電子放出膜と比較し、電界放出型電極10へ印加される電界強度が小さい場合であっても良好に電界放出を開始することが出来る。従って、電界放出型電極10は電子放出特性に優れる。
また、電界放出型電極10とアノード電極22との間の電界強度を大きくすると、スティック33から電界放射のみならず、電子放出膜30の表面からも電界放出が起きる。
次に、バリア層について検証した結果を以下に説明する。なお、本実施例では全てダイヤモンド粒子を用いて実験を行っているが、酸化アルミニウム、SiC等の炭化物、窒化物、酸化物の粒子についても、各粒子の特性により若干の違いはあるものの、本実施例から得られる結果とある程度同様のことがいえる。
(実施例1)
実施例1では、ダイヤモンド粒子を分散させた領域とそれ以外の領域とでカーボンナノウォールの成長に差が生ずるかを検証する。基板としては、Ni基板を用いる。基板上には予め前処理(#8000のアルミナ砥粒で研磨し、基板表面粗さRaを10nmとする)を施す。この前処理を施した基板上に、脱イオン水に平均粒径が50nmのダイヤモンド粒子を0.01g/mlで分散させたスラリーを塗布する。本実施例では、基板上にスラリーを0.3ml滴下する。その後、DCプラズマCVD装置を用いてカーボンナノウォールを成長させる。
図25は、スラリーを滴下させた後、カーボンナノウォールを成長させた基板の上面を示す画像である。図25に示す円形に見える部分が滴下された領域であり、円形の内側にはダイヤモンド粒子が分散されており、外側はダイヤモンド粒子が分散されていない。つまり図25に示すA点はスラリーが滴下され、ダイヤモンド粒子が分散された領域であり、B点はスラリーが滴下されておらず、ダイヤモンド粒子が分散されていない領域である。図26(a)に図25に示すA点表面を走査型顕微鏡で走査した画像を示す。図26(b)に図25に示すB点表面を走査型顕微鏡で走査した画像を示す。
図26(a)及び(b)から明らかなように、ダイヤモンド粒子が分散された領域ではカーボンナノウォールの成長が見られるが、ダイヤモンド粒子が分散されていないB点では全くカーボンナノウォールの成長が見られない。これにより、ダイヤモンド粒子を分散させることによって、基板上にカーボンナノウォールを形成することが可能となることがわかる。つまり、基板上にバリアとして機能する層を形成することによって、カーボンナノウォールとなる活性種である原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素が基板内に拡散してしまい炭素膜として堆積しにくいことを抑制することができ、基板上に例えばカーボンナノウォールを良好に成膜することができる。
(実施例2)
次に、実施例2では、スラリーに分散させるダイヤモンド粒子の量を変化させ、基板上にカーボンナノウォール/微結晶ダイヤモンド膜/スティックを形成した。本実施例では、基板としてはNi基板を用い、基板上に前処理(#8000のアルミナ砥粒で研磨する。表面粗さRaを10nmにする)を施す。その後、脱イオン水に粒径50nmのダイヤモンドを分散させ、スラリーA〜Dを作成する。スラリーA〜Dは図27(b)に示すようにダイヤモンド密度を、0.1mg/ml、1mg/ml、10mg/ml、100mg/ml、と変化させた。また、スラリーA−Dは図27(a)に示すように基板上に塗布した。この際、本実施例ではスラリーは基板上に滴下した上で基板上の特定の領域にダイヤモンド粒子が存在するよう金属棒で撹拌させた。この後、ヒータで加熱し脱イオン水を蒸発させ、バリア層を形成した。続いて、プラズマCVD装置によって、図9に示すように基板温度を変化させカーボンナノウォール及びその上の微結晶ダイヤモンド膜(CNW/微結晶ダイヤ層)を形成した。このように、つまり成膜時間が2時間までは、970℃以上に加熱されているので放射率(輻射率)の高いグラファイトであるカーボンナノウォールが成長しているが、成膜時間2時間直後に基板を冷却材で冷却して温度を下げることによって放射率の相対的に低いダイヤモンドの微結晶粒子の層が引き続き、カーボンナノウォールの表面を覆うように堆積していく。そして、微結晶ダイヤモンド粒子の層の隙間には、カーボンナノウォールから伸びたスティックが成長していく。
このように基板上に成膜したCNW/微結晶ダイヤ層/スティックに、印加電圧6kV、パルス1kHz、duty比1%で電圧を印加し、電子放出をさせ蛍光板発光をさせた状態を図27(c)に示す。基板上にむらを生じさせず1層ダイヤモンドを敷き詰めるのに必要なダイヤモンド量は10μg/cm2であり、本実施例ではそれ以上のダイヤモンド量を塗布している。つまり、ダイヤモンド量の最も少ないスラリーAでも0.03g/cm2の塗布量であり、理論上は基板上を完全にダイヤモンド粒子で覆っている。しかし、図27(c)から明らかなように、スラリーの種類に関わらず、膜及びその電子放出にムラが発生する。
本実施例では、基板上を覆うのに十分なダイヤモンド粒子量を用いているものの、金属棒でダイヤモンド粒子を撹拌させ膜厚にムラを生じさせている。このムラにより、CNW/微結晶ダイヤ層/スティックを面方向に均一に形成することができない。従って、CNW/微結晶ダイヤ層/スティックを良好に形成させるためには、基板上にバリア層を形成するだけでなく、バリア層の厚みの均一性が重要であることがわかる。
(実施例3)
実施例3では、均一なバリア層を形成するためスラリーをスプレーイングにより基板上に塗布した。また、ダイヤモンド粒子の濃度は均一とし、ダイヤモンド粒子の粒径を変化させた。本実施例では、基板としてNi基板を用い、基板上には前処理(#8000のアルミナ砥粒で研磨し、表面粗さRaを10nmにする)を施す。その後、脱イオン水にダイヤモンド粒子を10mg/mlとなるように分散させ、スラリーを作成する。本例ではスラリーごとにダイヤモンド粒子の粒径を変化させた。ダイヤモンド粒子としては、50nm、100nm、200nm、500nm、1μm、3μm、5μmと変化させた。また、スラリーはスプレーイングによって基板上に塗布し、乾燥させ、バリア層を形成した。バリア層を形成後、プラズマCVD装置によって図28に示すような基板温度変化によってCNW/微結晶ダイヤ層/スティックを形成した。
このようにして、バリア層のダイヤモンド微粒子の粒径を変えた基板上にそれぞれ成膜したCNW/微結晶ダイヤ層/スティックに電圧を印加し、電子放出密度を測定した結果を図28に示す。また、CNW/微結晶ダイヤ層/スティックに、印加電圧6kV、パルス1kHz、duty比1%で電圧を印加し、電子放出をさせ蛍光板発光をさせた状態を図29(a)〜(g)に示す。図29(a)は、バリア層として粒径50nmのダイヤモンド粒子を用いたものであり、図29(b)は100nm、図29(c)は200nm、図29(d)は500nm、図29(e)は1μm、図29(f)は3μm、図29(g)は5μmの粒径のダイヤモンド粒子を用いたものである。また、各ダイヤモンド粒子の比表面積に対するダングリングボンド密度を図30に示す。
まず、図29(a)〜(g)から、500nm以下の粒径ではいずれの粒径でも基板全体から均一の電子放出が生じていることが確認でき、エミッションの効果が高く得られることが分かる。また、図28からは、同じ電界強度では、粒径が500nm以下のダイヤモンドでは粒径が1μm以上の場合と比較し50nm〜500nmの場合に、良好に電子放出がなされている点が確認できる。更に、粒径が50nm、100nmの場合にほぼ同じ電子放出密度を得ることができ、200nmと500nmとでは、それ以下の粒径の場合よりは若干電子放出強度が低下する点が分かる。
バリア層の各ダイヤモンドの比表面積に対するダングリングボンド密度を示す図30から、粒径500nm以下のダイヤモンド粒子では、比表面積に比例しダングリングボンド密度が増加する点が分かる。つまり、粒径が小さい程、表面に格子欠陥が局在していることが分かる。従って、500nm以下の粒子では粒径の小さい粒子を用いる方が電子放出特性を特に向上させることが可能である点が分かる。
また、塗布する粒子の粒径が小さいとスラリー中に均一に分散させ易いため、基板上に均一に粒子を塗布することが可能となり、更にはバリア層自体の凹凸を小さくすることが可能となり、面方向に厚みの均一なバリア層が形成されやすくなる。従って、バリア層の膜厚を均一に形成するという点からも所定程度粒径の小さい粒子を用いることが好ましいと言える。
(実施例4)
次に実施例4では、塗布する粒子の量を変更し電子放出密度を測定した。実施例4ではNi基板を用いて、実施例1〜3と同様に基板上に前処理(#8000のアルミナ砥粒で研磨し表面粗さRaを10nmにする)を施す。その後、脱イオン水に50nmの粒径を備えるダイヤモンド粒子を分散させ、スラリーを作成する。本例ではスラリーごとにダイヤモンドスラリー濃度を、0.1mg/ml、1mg/ml、10mg/mlと変化させた。また、スラリーはスプレーイングによってニッケル基板上に0.001ml/cm2となるよう塗布し、乾燥させ、バリア層を形成した。バリア層を形成後、プラズマCVD装置によってCNW/微結晶ダイヤ層/スティックを形成した。
図31にスラリー毎に形成されたCNW/微結晶ダイヤ層/スティックを有する基板の電子放出密度と、バリア層を形成しない点を除き上記と同様の処理を行った場合の基板の電子放出密度を示す。なお、ダイヤモンドスラリー濃度を基板上の1cm2あたりのダイヤモンド塗布量(重量)に変換すると、0.1mg/mlは0.1μg/cm2に、1mg/mlは1μg/cm2に、10mg/mlは10μg/cm2に相当する。また、図32(a)に1μg/cm2の塗布量のCNW/微結晶ダイヤ層/スティックに、印加電圧6kV、パルス1kHz、duty比1%で電圧を印加し、電子放出をさせ蛍光板発光をさせた状態の画像を示し、図32(b)に電子放出密度を測定したグラフを示す。
図31から分かるように、塗布量が0.1μg/cm2と10μg/cm2とでは電子放出密度に大きな差はみられないが、1μg/cm2とすると電子放出密度が向上する点が明らかである。本実施例では絶縁体であるダイヤモンド粒子をバリア層として用いているため、塗布量を多くすることによってバリア層が絶縁層として働き、電子放出膜への電子の供給が妨げられている。つまり、原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素の影響を除去する効果をより得るためにはバリア層をある程度厚く形成する方が好ましいが、バリア層を厚く形成しすぎると電子放出膜への電子の供給が抑制され電子放出特性が低下すると言える。
このように、実施例1〜4から、バリア層として用いる粒子はバリア層の凹凸を減少させるような粒径のものを用いることが好ましく、一方で、多すぎる量の粒子を塗布した場合、基板と成膜面との接合強度を低下させるだけでなく、基板とその上に形成されるCNWとスティックとの導通を阻害するため、電子放出素子としての性能を劣化させる恐れがある。特に実施例で用いたような絶縁性の高い粒子を使用するときはこの傾向が顕著である。また、基板上に良好な電子放出膜を形成し、且つ良好な電界放出特性を得るためには、バリア層としてその粒子によって作られる層が粒径の1〜10倍とすることが望ましい。
(実施例5)
次に、実施例5では実施例1〜4とは異なりFe−42wt%Ni(42Ni合金)基板を用い、電子放出膜を成膜した。具体的には、10mm四方のF42Ni合金基板を使用し、まず、錆や大きな傷を取り除くために#8000のアルミナ砥粒で表面を研磨し、表面粗さRaを10nm以下とした。その後、粒径50nmのダイヤモンド粒子を脱イオン水に1mg/ml、10mg/ml、100mg/mlの濃度で分散させたスラリーをスプレーイングによってそれぞれ基板上に0.001ml/cm2塗布し、その後、自然乾燥してバリア層を形成させた。この基板に上記実施例と同様の条件でCNW/微結晶ダイヤ層/スティックを成膜した。なお、ダイヤモンドスラリー濃度を基板上の1cm2あたりのダイヤモンド塗布量(重量)に変換すると、1mg/mlは1μg/cm2に、10mg/mlは10μg/cm2に、100mg/mlは10μg/cm2に相当する。
図33(a)にバリア層を成膜しない場合の電子放出膜13の表面を走査型電子顕微鏡で走査した画像を示す。また、図33(b)は、バリア層となるダイヤモンド塗布量1μg/cm2の場合の電子放出膜13の表面を走査型電子顕微鏡で走査した画像である。図34(a)は、バリア層となるダイヤモンド塗布量10μg/cm2の場合の電子放出膜13の表面の画像であり、図34(b)は、図34(a)の電子放出膜13に印加電圧6kV、パルス1kHz、duty比1%で電圧を印加し、電子放出をさせ蛍光板発光をさせた状態を示す画像である。また、図35(a)は、バリア層となるダイヤモンド塗布量100μg/cm2の場合の電子放出膜13の表面の画像であり、図35(b)は図35(a)の電子放出膜13に図34(b)と同様に電圧を印加し、電子放出をさせ蛍光板発光をさせた状態を示す画像である。図33(a)、図33(b)、図34(a)、図35(a)に示す電子放出膜13は、バリア層となる単位面積あたりのダイヤモンド塗布量が違う以外は製造条件は同じになっている。
電子放出膜の表面を示す画像である図33(a)と、図33(b)と、図34(a)と、図35(a)と、を比較して明らかなように、バリア層として塗布される単位面積あたりのダイヤモンド量が多くなるに従って基板上が微結晶ダイヤモンド膜で覆われる面が多くなっている。図33(a)に堆積されたものは、結晶性のない煤のような無定形炭素が堆積されていることが確認され、図33(b)、図34(a)及び図35(a)では、結晶性のあるCNW/微結晶ダイヤ層/スティックであることが確認された。これは、一般に42Ni合金の基板では鉄が触媒効果をもつことにより、一般にカーボンナノウォールや微結晶ダイヤモンド膜を形成することはできず無定形炭素のみが堆積してしまうことに要因があった。バリア層としてのダイヤモンドの塗布量が完全に基板を覆うに足りなければ、ダイヤモンド粒子間の隙間から鉄原子が拡散してCNW/微結晶ダイヤ層/スティックの形成を阻害し、部分的にしかCNW/微結晶ダイヤ層/スティックが形成されないことによる。従って、ダイヤモンド粒子が塗布されていない、図33(a)に示す場合と、ダイヤモンド粒子の塗布量が十分ではない図33(b)に示す1μg/cm2の場合では、電圧を印加しても電界放出が得られない。
また、理論上、バリア層として粒径50nmのダイヤモンド粒子が約1層堆積する10μg/cm2の量を塗布した基板では、ダイヤモンド粒子が基板表面を完全に覆うため、CVDにより堆積された微結晶ダイヤモンド層が基板表面全域に形成されることが分かる(図34(a)参照)。また、10μg/cm2の量を塗布した基板における電子放出密度を測定したグラフを図36に示す。図34(b)及び図36から明らかなように、10μg/cm2の量を塗布した基板では良好な電界放出が得られる。
また、図35(a)に示すように、更にダイヤモンド粒子が完全に層を形成する100μg/cm2では成膜面が完全に微結晶ダイヤモンド膜で覆われるだけでなく、その表面形状の均一性が向上することが確認できた。また、図35(b)に示すように良好な電界放出が得られる。このように充分に層を成すことのできる量のダイヤモンド粒子を使うことで、塗布の均一性が向上することによって、その上に形成されるCNW/微結晶ダイヤ層/スティックの均一性も向上する。このように充分な量の粒子を基板上に配することで、たとえ基板に成膜するにあたって原料ガスを分解してなる反応性の高い炭素が基板の内部に拡散してしまうような望まれない原子或いは原子団が基板に含まれている場合でも、均一な成膜が行えることが確認できた。
上述したように、本実施形態の電界放出型電極の製造方法によれば、基板11と電子放出膜13との間にバリア層12を設けることによって、基板11上に良好な電子放出特性を備える電子放出膜13を速やかに形成することができる。
また、本実施形態ではカーボンナノウォール31から成長したスティック33を形成することにより、スティック33はカーボンナノウォール31から良好に電子の供給を受けるため、電子放出膜13は優れた電界放出特性を備える。
(実施形態2)
本発明の実施形態2に係る電界放出型電極の製造方法を図を用いて説明する。本実施形態が上述した実施形態1と異なるのは、実施形態1ではバリア層としてダイヤモンド粒子を用いていたが、本実施形態では炭化物であるSiCを用いる点にある。実施形態1と共通する部分については詳細な説明は省略する。
本実施形態では、バリア層としてSiC粒子を用い、実施形態1と同様の工程によって電界放出型電極を形成した。図37は本実施形態の電界放出型電極の断面を走査型電子顕微鏡で走査した画像であり、図38は電界放出型電極に印加電圧6kV、パルス1kHz、duty比1%で電圧を印加した際の電子放出による蛍光板発光を示す画像である。また、図39は電子放出特性を示すグラフである。なお、図37に示す断面のSEM画像では基板としてSi基板を用いている。これは断面の画像を得るためには基板を傷つけずに割ることが出来るシリコン基板を用いる必要があるためである。Si基板には鏡面加工が施されており、通常、このようなSi基板表面にプラズマCVDを行うと、CNWが成長することがあるが、その成長速度は迅速ではなく、本願発明では、成長速度を加速できる効果がある。
また、本実施形態では、シリコン基板は鏡面研磨された面を使用し、粒径1μmのSiC粒子を脱イオン水に100mg/mlの濃度で分散させたスラリーをスプレーイングによって1mg塗布し、その後、自然乾燥させた。続いて、DCプラズマCVD装置によってSiC粒子の層上にCNW/微結晶ダイヤ膜/スティック構造を形成した。
図37から明らかなように、シリコン基板上に、SiCからなるバリア層、カーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜が形成され、微結晶ダイヤモンド膜上にスティックが形成されている。また、図38及び図39とから、面方向にほぼ均一の電界放出が生じており、電子放出密度も良好に得られる点が分かる。
また、SiC粒子の塗布量を10μg/cm2と100μg/cm2とに変化させ、バリア層を形成したもの、さらにそのバリア層上にCVDによりCNW/微結晶ダイヤ層/スティック構造を成膜した後の断面の画像と上面の画像とを図40〜43に示す。図40(a)〜(c)は、いずれも塗布量が10μg/cm2の場合であり、図42(a)〜(c)はいずれも塗布量が100μg/cm2の場合である。なお、いずれも成膜条件は上述した実施形態2と同様である。
図40(a)は、SiC塗布量10μg/cm2の場合のバリア層を形成した後の基板断面を走査型電子顕微鏡で走査した画像である。また、図40(b)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とスティックをCVDにより形成した後の断面を示す画像であり、図40(c)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とスティックを形成した後の上面を示す画像である。また、図41はSiC塗布量10μg/cm2の場合の発光状態を示す画像である。
同様に、図42(a)は、SiC塗布量100μg/cm2の場合のバリア層を形成した後の基板断面を走査型電子顕微鏡で走査した画像である。また、図42(b)は、バリア層上にカーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とスティックをCVDにより形成した後の断面を示す画像であり、図42(c)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とスティックを形成した後の上面を示す画像である。また、図43はSiC塗布量10μg/cm2の場合の発光状態を示す画像である。
図40(a)から明らかなように、SiC塗布量を10μg/cm2とした場合、基板上に載置されたSiCが層を形成するまでに至っておらず、シリコン基板の鏡面加工された面がむき出しとなっている部分が多い。このように鏡面加工された面のうちSiCが十分塗布されていない部分にはCVDによりカーボンナノウォールの成長が迅速ではなく、図40(b)及び40(c)に示すようにSiCが十分に塗布されている面から優先的にカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜が成長を開始し、このような成長速度の差によってカーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜の表面の凹凸が大きくなる。また、このようにカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜の表面の凹凸が大きくなることにより、スティックにも段差が生じ且つ起立しにくくなるので図41に示すように電界放出にもムラが生ずる。
一方、SiC塗布量を100μg/cm2とした場合、図42(a)から明らかなように、10μg/cm2の場合と異なり基板上に載置されたSiCが連続した層を形成している。従って、図42(b)及び42(c)に示すようにシリコン基板の上面全体にCVDによりカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜、スティックが形成され、これらの膜の表面の凹凸が少なくなる。従って、図43に示すように10μg/cm2の場合と異なり電界放出が面方向に均一に生ずる。
このようにバリア層12として、SiC粒子を用いた場合も、優れた電子放出特性を備える電子放出膜を形成することが可能である。なお、上述したようにダイヤモンド粒子と比較し、塗布する粒子量を多くする必要がある。
(実施形態3)
本発明の実施形3に係る電界放出型電極を図を用いて説明する。本実施形態が上述した実施形態1と異なるのは、実施形態1ではバリア層としてダイヤモンド粒子を用いていたが、本実施形態では酸化物である酸化アルミニウム(Al2O3)を用いる点にある。実施形態1と共通する部分については詳細な説明は省略する。
本実施形態では、バリア層として酸化物であるAl2O3粒子を用い、実施形態1と同様の工程により電界放出型電極を形成した。図44は本実施形態の電界放出型電極の断面を走査型電子顕微鏡で走査した画像であり、図45は印加電圧6kV、パルス1kHz、duty比1%で電圧を印加した際の電子放出による蛍光板発光を示す画像である。また、図46は電子放出特性を示すグラフである。なお、図44の断面のSEM画像では基板としてSi基板を用いている。これは断面の画像を得るためには基板を傷つけずに割ることが出来るシリコン基板を用いる必要があるためである。Si基板には鏡面加工が施されており、通常、このようなSi基板表面にCNWが成長することはあるがその成長速度は早くない。従って、本願発明では、Al2O3粒子をバリア層として適用することによって速やかに成長を促進することができる。
の効果を十分示すことが可能である。
また、本実施形態では、シリコン基板は鏡面研磨された面を使用し、粒径0.4μmのAl2O3粒子を脱イオン水に100mg/mlの濃度で分散させたスラリーをスプレーイングによって1mg塗布し、その後、自然乾燥させた。続いて、DCプラズマCVD装置によってCNW/微結晶ダイヤ膜/スティックを形成した。
図44から明らかなように、シリコン基板上に、Al2O3からなるバリア層、カーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜が形成され、微結晶ダイヤモンド膜上にスティックが形成されている。バリア層は約0.8μmの厚みに形成される。一般に炭化物が析出しにくい酸化物粒子であるが、本実施形態では図44に示すように良好にカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜及びスティックを成膜することができている。更に図45及び図46から電界放出が面方向にほぼ均一に発生し、良好な電子放出特性が得られていることが分かる。
また、Al2O3粒子の塗布量を10μg/cm2と100μg/cm2とに変化させ、バリア層を形成したもの、さらにそのバリア層上にCVDによりカーボンナノウォールを成膜した後の断面の画像と上面の画像とを図47〜図50に示す。図47(a)〜(c)、図48は、塗布量が10μg/cm2の場合であり、図49(a)〜(c)、図50は塗布量が100μg/cm2の場合である。なお、いずれも成膜条件は上述した実施形態2と同様である。
図47(a)は、Al2O3塗布量10μg/cm2の場合のバリア層を形成した後の基板断面を走査型電子顕微鏡で走査した画像である。また、図47(b)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とスティックを形成した後の断面を示す画像であり、図47(c)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とスティックを形成した後の上面を示す画像である。また、図48はAl2O3塗布量10μg/cm2の場合の発光状態を示す画像である。
同様に、図49(a)は、Al2O3塗布量100μg/cm2の場合のバリア層を形成した後の基板断面を走査型電子顕微鏡で走査した画像である。また、図49(b)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とを形成した後の断面を示す画像であり、図49(c)は、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜とを形成した後の上面を示す画像である。また、図50はAl2O3塗布量100μg/cm2の場合の発光状態を示す画像である。
図47(a)から明らかなように、Al2O3塗布量を10μg/cm2とした場合、基板上に載置されたAl2O3が層を形成するまでに至っておらず、シリコン基板の鏡面加工された面がむき出しとなっている部分が多い。このように鏡面加工された面のうちAl2O3が形成されていない部分にはAl2O3が塗布された面より成長速度が遅く、図47(b)及び47(c)に示すように十分にAl2O3が塗布されている面に優先的にカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜が形成され、カーボンナノウォールと微結晶ダイヤモンド膜の表面の凹凸が大きくなる。また、このようにカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜の表面の凹凸が大きくなることにより、図48に示すように電界放出にもムラが生ずる。
一方、Al2O3塗布量を100μg/cm2とした場合、図49(a)から明らかなように、10μg/cm2の場合と異なり基板上に載置されたAl2O3が層を形成している。従って、図49(b)及び(c)に示すようにシリコン基板の上面全体にAl2O3が介してCVDによりカーボンナノウォール、微結晶ダイヤモンド膜、スティックが形成され、これらの膜の表面の凹凸が少なくなる。従って、図50に示すように10μg/cm2の場合と異なり電界放出が面方向に均一に生ずる。
このように、バリア層12としてAl2O3用いた場合でも良好な電子放出特性を備える電子放出膜13が形成される点が分かる。しかし、SiCを用いた場合と同様にダイヤモンド粒子と比較して塗布量を多くする必要がある。
本発明は上述した実施形態に限られず、様々な変形及び応用が可能である。
例えば上述した実施形態では、粒子を溶媒に分散させたスラリーを基板状に塗布し、溶媒を揮発させることで粒子を基板上に残存させ、バリア層12を形成する場合を例に挙げて説明したが、これに限られない。例えば、水熱合成法によって基板11上に直接、酸化アルミニウム等の結晶を析出させ、形成することも可能である。また、アルコキシドを基板11上にスピンコートし、焼成する方法であるゾルゲル法によって基板11上に直接合成する方法を用いても良い
また、上述した実施形態では、電子放出膜13はCNW31と、微結晶ダイヤモンド膜32と、スティック33と、を有する場合を例に挙げて説明したが、これに限られない。例えば、電子放出膜13はカーボンナノウォール(CNW)のみを有しても良い。この場合、基板11上にバリア層12を形成後、プラズマCVD装置100によって電子放出膜13を形成する際に、CNWが生長する条件である900℃〜1100℃に維持し、CNWが十分に生長したら、原料ガスの供給を停止して成膜を終了させればよい。
また本実施形態における電界放出型電極を備えた光源は、FED(フィールドエミッションディスプレイ)に適用可能であり、また、液晶パネルのバックライトやその他家庭用光源にも適用でき、さらには、パソコン、デジタルカメラ、携帯電話等の光源、車載用光源にも適用することが可能である。
また、本発明の実施形態に係る電界放出型電極は光源に限られず、例えば軟X線発生装置に用いることも可能である。また、軟X線発生装置は、例えばイオン発生装置に用いることができる。イオン発生装置では、軟X線発生装置から発せられた軟X線を帯電物体周辺の雰囲気中に直接照射し、該雰囲気中の空気をイオン化させ、正イオンと、負イオン及び/又は電子とを生成する。この生成された正イオンにより負電荷を、負イオン及び/又は電子によって正電荷を中和することができる。
イオン発生装置は、例えば帯電物体の中和を目的とする場合に好適に適用される。また、中和以外の目的に利用しても良い。なお、中和を目的とする場合、例えばクリーンルーム、ウエハ・液晶基体搬送装置、ウエット処理装置、イオン注入装置、プラズマ装置、イオンエッチング装置、電子ビーム装置、フィルム製造装置、その他帯電物体を取り扱う装置に好適に適用可能である。また、このような帯電物体を中和する目的で、建物、乗り物(自動車、飛行機、電車等)の居住室、植物栽培室等に適用することも可能である。
10・・・電界放出型電極、11・・・基板、12・・・バリア層、13・・・電子放出膜、20・・・電界放出蛍光管、22・・・アノード電極、23・・・ガラス管、24・・・蛍光体膜、26,27・・・配線、28・・・グリッド電極、29・・・高圧駆動電源、31・・・カーボンナノウォール(CNW)、32・・・微結晶ダイヤモンド膜、33・・・スティック