JP4370353B2 - Dna及びかかるdnaを用いた低温での目的蛋白質の発現方法 - Google Patents

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本発明は、遺伝子組換え技法において使用されるベクター、及び該ベクターを用いた蛋白質の発現方法に関する。
遺伝子組換え技術を用いた有用蛋白質の生産は、今日では広く用いられている技術である。中でも大腸菌を宿主とした発現系は最も一般的に用いられている発現系であり、多くの蛋白質が組換体によって生産されるようになってきた。これら組換体による有用蛋白質の生産には、RNAポリメラーゼに認識されるプロモーター支配下に目的遺伝子を配置した、いわゆる発現ベクターを構築して用いるのが一般的である。発現ベクターに用いられるプロモーターの例としては、例えば大腸菌を宿主とする場合には、lac、trp、tac、gal、ara等のプロモーター等が使用されている。また、これら大腸菌のRNAポリメラーゼに直接認識されるプロモーター以外のものを利用した発現ベクターとして、大腸菌に感染するバクテリオファージT7のRNAポリメラーゼに認識されるプロモーターを利用したpET−システム(ノバジェン(Novagen)社製)[ジャーナル オブ モレキュラー バイオロジー(J.Mol.Biol.)、第189巻、第113〜130頁(1986)、ジーン(Gene)、第56巻、第125〜135頁(1987)]がある。pET−システムの場合、T7RNAポリメラーゼを大腸菌内で発現させ、このT7RNAポリメラーゼにより発現ベクター上のT7プロモーター下流に配置された目的遺伝子の転写が行われ、更に宿主の翻訳システムによって目的蛋白質の合成が行われる。
しかしながら、pET−システムも含めた多くの大腸菌発現系で目的蛋白質が高レベルで発現された場合、目的蛋白質が不溶性の複合体、いわゆるインクルージョンボディとなり、活性型の目的蛋白質の量が非常に低くなる場合が多い。いくつかのポリペプチドでは、インクルージョンボディを可溶化後リフォールディング操作を行って活性型ポリペプチドを得た例が報告されているが、一般的にその回収量は低い場合が多く、また、各目的蛋白質ごとに適切なリフォールディング条件を検討する必要がある。そのため、活性型蛋白質を直接大腸菌内で発現させるシステムが求められていた。
インクルージョンボディの形成は、翻訳されたポリペプチド鎖が正しい立体構造にフォールディングする前の中間体の段階で、分子間相互作用により他のポリペプチド鎖と絡み合い、巨大な不溶性の複合体となることによると考えられている。このような場合、組換体大腸菌の培養温度を通常用いられる37℃よりも低い温度(20〜30℃)で行うと活性型蛋白質の発現量が増加することが知られている。これは、リボソームによる翻訳の速度が遅くなることにより、中間体が正しい構造にフォールディングする時間的ゆとりが得られることと、低温条件下で細胞内蛋白質分解酵素の働きが遅くなり、発現された活性型蛋白質の安定性が増すためと推測されている。このように、インクルージョンボディとなる蛋白質の生産には、低温条件下で組換体大腸菌を培養する方法は有効な方法として注目されてきた。
一方、対数増殖期の大腸菌の培養温度を37℃から10〜20℃に低下させると大腸菌の増殖は一時的に止まり、その間にコ−ルドショック蛋白質と呼ばれる一群の蛋白質の発現が誘導される。該蛋白質はその誘導レベルに応じて第I群(10倍以上)第II群(10倍未満)に分けられ、第I群の蛋白質としては、CspA、CspB、CspG、及びCsdAなどが挙げられる。中でもCspAは、37℃から10℃への温度シフトの1.5時間後にその発現量は全菌体蛋白質の13%までに達することから[プロシーディングズ オブ ザ ナショナル アカデミー オブ サイエンシーズ オブ ザ USA(Proc.Natl.Acad.Sci.USA)、第87巻、第283〜287頁(1990)]、低温における組換え蛋白質の生産にcspA遺伝子のプロモーターを利用することが試みられてきた。
cspA遺伝子を用いた低温条件下での組換体蛋白質発現系は、上述のように該遺伝子のプロモーターが低温で高効率で転写を開始させること以外に、以下のような有効性が示されている。
(1)cspA遺伝子から転写された翻訳可能なmRNAが機能を有するCspA蛋白質をコードしていない場合、より具体的には、CspA蛋白質のN末端配列の一部のみをコードしている場合には、このようなmRNAはコールドショック蛋白質も含めた他の大腸菌蛋白質の発現を長時間阻害し、その間は該mRNAの翻訳が優先的に行われる[ジャーナル オブ バクテリオロジー(J.Bacteriol.)、第178巻、第4919〜4925頁(1996)]。
(2)cspA遺伝子の開始コドンから12塩基下流の位置には、15塩基からなるダウンストリームボックス(downstream box)と呼ばれる配列があり、低温条件下での翻訳効率を高いものにしている。
(3)cspA遺伝子mRNAの転写開始点から開始コドンまでにある159塩基からなる5’非翻訳領域は、CspAの発現に対して、37℃では負の、低温条件下では正の影響を与えている。
しかしながら、該遺伝子のプロモーターは確かに低温で高効率で転写を開始することが可能であるが、実際には通常の培養に用いられる温度(37℃)においても作用しており、該遺伝子から転写されるmRNAの安定性が該遺伝子の発現を調節していることが示唆されている[モレキュラー マイクロバイオロジー(Molecular Microbiology)、第23巻、第355〜364頁(1997)]。そのため、cspA遺伝子のプロモーターを用いて構築されている発現ベクターでは発現調節が不完全であり、その産物が宿主にとって有害であるような遺伝子の場合、発現ベクターを含有する大腸菌を誘導可能な状態まで培養するのが困難であったり、あるいは発現ベクターの構築すら不可能なこともある。
例えば、米国特許第5654169号明細書には、cspA遺伝子のプロモーターを用いた発現プラスミドに、プロモーターの評価に一般に用いられるβガラクトシダーゼ遺伝子を挿入した場合ですら、発現産物の影響で構築物を大腸菌に保持することが困難であると記載されている。
一方、cspA遺伝子のプロモーターの有する転写開始能力は転写開始点から−37の位置より下流の領域に保持されていることは知られているが、その必須領域は確認されていない。また、上記の米国特許明細書にはcspA遺伝子のプロモーターとしての機能に必須な領域として該遺伝子の転写開始点から−40〜+96の領域が示されているが、該領域はmRNAに転写され、かつ蛋白質はコードしない領域を100塩基近くも含んでいる。このように、低温において効率のよい転写を達成しようとする場合に必要とされる、cspAプロモーターの最小領域はいまだ明らかにされていない。
したがって、本発明の目的は、その遺伝子産物が宿主にとって有害であるため、従来技術では発現系の構築あるいは効率よい遺伝子産物の生産が困難であった遺伝子であっても、該遺伝子を発現させるための形質転換体が作製可能であり、かつ低温条件下でも該遺伝子産物を高効率で発現させることが可能なベクターを提供することにある。
本発明者らは、かかる目的を達成するためにcspA遺伝子のプロモーターの下流にlacオペレーター配列を挿入することにより、プラスミドの構築や誘導可能状態までの培養中に、該プロモーターからの遺伝子発現を調節することを試みた。こうして構築されたlacオペレーターにより調節可能なcspAプロモーターを有する発現ベクターを用いることにより、lacオペレーター配列を持たないcspAプロモーターを利用した発現ベクターでは構築不可能であったエンド型フコース硫酸含有多糖分解酵素(Fdase2)をコードする遺伝子が挿入された該酵素発現プラスミドの構築に成功した。更に該プラスミドで形質転換された形質転換体の培養中にlacオペレーターを不活性化すると同時に培養温度を低くすることにより、該酵素を誘導発現することができることを見出した。このことは、オペレーター配列の導入により、常温(37℃)での発現が制御可能な低温発現ベクターの構築が可能となったことを示している。
更に、本発明者らはその機能を保持しうるcspAプロモーターの最小必要領域を決定し、本発明を完成するに至った。
本発明を概説すれば、本発明の第1の発明はベクターに関するものであって、下記の各要素を含有することを特徴とする:
(1)使用する宿主中でその作用を示すプロモーター、
(2)(1)のプロモーターの作用を調節するための調節領域、及び
(3)コールドショック蛋白質遺伝子mRNA由来の5’非翻訳領域をコードする領域、あるいは該非翻訳領域に少なくとも1以上の塩基の置換、欠失、挿入、付加が施された領域をコードする領域。
本発明の第2の発明は、下記工程を包含することを特徴とする目的蛋白質の発現方法に関する:
(1)発現させようとする目的蛋白質をコードする遺伝子を組込んだ本発明の第1の発明のベクターで宿主を形質転換する工程、
(2)得られた形質転換体を培養する工程、
(3)調節領域の機能を介してプロモーターの作用を誘導すると共に培養温度を通常の温度より低下させて目的蛋白質を発現させる工程。
更に、本発明の第3の発明は、単離されたcspAプロモーターに関し、配列表の配列番号5に示される塩基配列を含み、かつ135塩基以下の塩基配列からなることを特徴とする。
発明の実施の形態
以下に本発明を具体的に説明する。
本発明の第1の発明の(1)のプロモーターとしては特に限定はなく、使用する宿主中でRNAへの転写を開始する活性を有するものであればよい。任意のプロモーターを上記(3)のコールドショック蛋白質遺伝子mRNA由来の5’非翻訳領域をコードする領域と組合せて使用することにより、低温応答性のプロモーターとして使用することができる。なお、発現誘導時に高い転写効率が望まれる場合には、上記のcspA、cspB、cspG、csdAといったコールドショック蛋白質遺伝子由来のプロモーターが本発明に適しており、特にcspA遺伝子由来のプロモーターが好適である。
また、上記(2)の調節領域としては、(1)のプロモーターの下流に位置する遺伝子の発現を制御可能なものであれば特に限定はない。例えば、プロモーターより転写されたmRNAに相補的なRNA(アンチセンスRNA)を転写するような領域をベクターに導入しておくことにより、プロモーター下流の遺伝子からの目的蛋白質の翻訳を阻害することができる。アンチセンスRNAの転写を(1)のプロモーターとは異なる適当なプロモーターの制御下におくことにより、目的蛋白質の発現を調節することができる。また、種々の遺伝子の発現調節領域に存在するオペレーターを利用してもよい。例えば、大腸菌ラクトースオペロン由来のlacオペレーターを本発明に使用することができる。lacオペレーターは適当な誘導物質、例えばラクトースやその構造類似体、特に好適にはイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(IPTG)の使用によってその機能を解除し、プロモーターを作用させることが可能である。このようなオペレーター配列は、通常、プロモーター下流の転写開始点付近に配置される。
上記(3)のコールドショック蛋白質mRNA由来の5’非翻訳領域をコードする領域とは、mRNAの開始コドンよりも5’側の部分をコードしている領域である。大腸菌のコールドショック蛋白質遺伝子(cspA、cspB、cspG、及びcsdA)にはこの領域が特徴的に見出されており[ジャーナル オブ バクテリオロジー、第178巻、第4919〜4925頁(1996)、ジャーナル オブ バクテリオロジー、第178巻、第2994〜2997頁(1996)]、これらの遺伝子から転写されたmRNAのうちの5’末端より100塩基以上の部分が蛋白質に翻訳されない。この領域は遺伝子発現の低温応答性に重要であり、任意の蛋白のmRNAの5’末端にこの5’非翻訳領域を付加することにより、該mRNAから蛋白質への翻訳が低温条件下で起こるようになる。このコールドショック蛋白質mRNA由来の5’非翻訳領域は、その機能を保持する範囲においてその塩基配列に1以上の塩基の置換、欠失、挿入、付加が施されたものであってもよい。
本明細書において「領域」とは核酸(DNA又はRNA)上のある範囲を指す。また、本明細書に記載の「mRNAの5’非翻訳領域」とは、DNAからの転写によって合成されるmRNAのうち、その5’側に存在し、かつ蛋白質をコードしていない領域をいう。以降の本明細書においては該領域を「5’−UTR(5’−Untranlated Region)」と記載する。なお、特に断らない限り5’−UTRは大腸菌cspA遺伝子のmRNA、あるいはこれが改変されたものの5’非翻訳領域をさす。
本発明のベクターには上記に列記されたコールドショック蛋白質遺伝子由来の5’−UTRをコードする領域を使用することができるが、特にcspA遺伝子由来のものが好適に使用できる。更にその塩基配列を一部改変したものであってもよく、例えば上記(2)に示したオペレーターの導入等によってこの領域の塩基配列が改変されたものであってもよい。下記実施例に示されるように、配列表の配列番号1に示される塩基配列を含むmRNA、例えば配列表の配列番号2、3あるいは4に示される塩基配列のmRNAをコードする領域、更にこれらの配列に改変を加えたmRNAをコードする領域を含む領域を使用することができる。このコールドショック蛋白質遺伝子の5’−UTRをコードする領域は(1)のプロモーターと発現させようとする蛋白質をコードする遺伝子の開始コドンとの間に配置され、また、該領域上にオペレーターが導入されていてもよい。例えば配列表の配列番号2〜4に示される塩基配列の5’−UTRは、その塩基配列中にlacオペレーター配列を含んでおり、低温での選択的な目的蛋白質の発現に効果的である。
また、上記構成要素に加えて、用いる宿主のリボソーマルRNAのアンチダウンストリームボックス配列と相補性を有する塩基配列を5’非翻訳領域の下流に含有させることにより発現効率を上昇させることができる。例えば大腸菌の場合、16SリボソーマルRNAの1467−1481の位置にアンチダウンストリームボックス配列が存在し、この配列と高い相補性を示す塩基配列を含有するコールドショック蛋白質のN末端ペプチドをコードする領域を用いることができる。例えば、配列表の配列番号28に示される塩基配列あるいはその配列に高い相同性を有する配列を人工的に導入してもよい。アンチダウンストリームボックス配列と相補性を有する配列は、開始コドンから数えて1〜15塩基目程度のところから始まるように配置されると効果的である。目的蛋白質をコードする遺伝子は、該蛋白質がこれらのN末端ペプチドとの融合蛋白質として発現されるようにベクターに組込まれるか、あるいは、目的蛋白質をコードする遺伝子がアンチダウンストリームボックス配列と相補性を有するように、部位特異的変異導入法により塩基置換が導入される。目的蛋白質が融合蛋白質として発現されるようにベクターに組込まれている場合、該ペプチドは目的蛋白質が活性を失わない範囲で任意の長さのものであってよい。このような融合蛋白質発現用ベクターは、例えば適当なプロテアーゼによって該融合蛋白質から目的蛋白質を単離できるよう、その接続部分に工夫が施されたもの、精製あるいは検出に利用可能なペプチドと融合蛋白質として発現されるように工夫が施されたもの等であることができる。更に、目的蛋白質遺伝子の下流に転写終結配列(ターミネーター)が配置されたベクターはベクターの安定性が向上し目的蛋白質の高発現に有利である。
本発明のベクターは、ベクターとしての目的を達成できるものであれば一般的に用いられるベクター、例えばプラスミド、ファージ、ウイルス等のいずれであってもよい。また、本発明のベクターに含有される上記の構成要素以外の領域としては、例えば複製起点、選択マーカーとして使用される薬剤耐性遺伝子、オペレーターの機能に必要な調節遺伝子、例えばlacオペレーターに対してはlacI遺伝子、等を有することができる。また、本発明のベクターは宿主に導入された後にはそのゲノムDNA上に組込まれてもかまわない。
例えば、プラスミドとして構築された本発明のベクターを使用した目的蛋白質の発現は以下のような工程で実施される。本発明のプラスミドベクターに目的の蛋白質をコードする遺伝子をクローニングし、該プラスミドで適当な宿主を形質転換することにより、該蛋白質を発現させるための形質転換体を得ることができる。このような形質転換体はプロモーターの作用がオペレーターによって抑制されているため、非誘導状態では上記蛋白質が発現されず、仮に上記蛋白質が宿主にとって有害なものであっても上記ベクターは宿主中に安定に保持される。
上記の形質転換体を通常の培養温度、例えば37℃、非誘導状態で培養してその細胞数を増加させた後、オペレーターの作用を解除して転写を誘導し、目的の蛋白質を発現させる。この際、転写誘導を行う前、あるいは転写誘導と同時に培養温度を下げることにより、目的蛋白質がインクルージョンボディを形成することを抑制して活性を有する形の目的蛋白質を取得することができる。
以下に、具体的なプラスミドベクターの構築を挙げて、本発明について更に詳しく説明する。なお、本明細書においては特に断らない限り、大腸菌CspA蛋白質を「CspA」、該蛋白質の発現に関与する遺伝子上の領域を「cspA遺伝子」、該遺伝子のプロモーター領域を「cspAプロモーター」と記載する。また、GenBank 遺伝子データベースに受託番号M30139として登録、公開されている天然のcspA遺伝子の塩基配列を配列表の配列番号6に示す。該配列中、塩基番号426〜430及び448〜453がプロモーターのコア配列、塩基番号462が主要な(major)転写開始点(+1)、塩基番号609〜611がSD配列(リボソーム結合配列)、塩基番号621〜623及び832〜834がそれぞれCspAの開始コドン及び終止コドンである。したがって該配列中で5’−UTRをコードするのは塩基番号462から620の部分である。
まず、cspA遺伝子を利用した発現プラスミドとして、cspA遺伝子をそのまま用いたプラスミドベクターpMM031シリーズ(pMM031及びpMM031F1)を構築し、これらに外来遺伝子を導入した外来遺伝子発現プラスミドの構築及び該プラスミドを使用した蛋白質発現について説明する。
これらの発現プラスミドの詳細な構築方法は実施例1−(1)に記載されている。例えばプラスミドpMM031は、pUC系プラスミドの複製起点、アンピシリン耐性遺伝子などを含むプラスミドベクターpTV118N(宝酒造社製)のAflIII−EcoRIサイト間のlacプロモーターを含む領域が、cspA遺伝子のプロモーター領域、5’−UTRをコードする領域、及び13アミノ酸残基のCspAのN末端部分をコードする領域と置き換えられた構造をしている。なお、プラスミドpMM031F1では、CspAのN末端より13番目のアスパラギンをコードするコドンがリジンをコードするものに変化している。これらのpMM031シリーズに用いられているcspA遺伝子のプロモーター領域は、その機能に必須な領域を含む該遺伝子の転写開始点から数えて−67以降の領域である。また、CspAのN末端部分13アミノ酸残基をコードする領域は、cspA遺伝子の低温条件下での高い翻訳効率を担っているダウンストリームボックス配列を十分に含んでいる。これらのことから、pMM031シリーズは、cspA遺伝子の低温条件下での高い蛋白質発現効率を十分に反映することのできる発現ベクターである。
実際にpMM031シリーズのプラスミドが低温誘導型の発現ベクターとして機能し、有用蛋白質を活性型の蛋白質として発現できることは、実施例1−(2)にラウス関連ウイルス(Rous associated virus 2、RAV−2)由来の逆転写酵素遺伝子を例として用いて確認された。しかしながら、pMM031シリーズを用いて構築された該逆転写酵素発現ベクターにより形質転換された大腸菌を37℃で取扱った場合、外来の遺伝子を含有しないpMM031シリーズのプラスミドの形質転換体と比べて形成されるコロニーが小さく、また菌の生育速度が遅いことが観察された。このことは、cspA遺伝子、特に該遺伝子のプロモーターを利用した場合には37℃における発現の制御が不十分であり、蛋白質の生産には問題のあることを示唆する。
37℃におけるcspA遺伝子の発現制御の不正確さは、発現しようとする蛋白質が宿主にとって更に毒性の高いものである場合には発現プラスミドを構築することが不可能となるほど致命的なものであることが示された。実施例1−(3)に示したように、pMM031シリーズのプラスミドベクターを用いたエンド型フコース硫酸含有多糖分解酵素(Fdase2)発現プラスミドの構築を試みたとき、発現産物の宿主に対する毒性のために該プラスミドの構築は不可能であった。発現されたFdase2が宿主に対して影響を与えるために発現ベクターの構築が不可能となることは、その構築操作時の副産物として、該酵素をコードする遺伝子中の1あるいは2塩基の欠失によって読取り枠がずれ、該酵素を発現できなくなったプラスミドは得られていることから容易に推測される。更に、Fdase2の宿主大腸菌に対する毒性については、従来の技術として紹介したpET−システム(ノバジェン社製)のプラスミドpET3dを用いて該酵素発現ベクターを構築した後、T7RNAポリメラーゼ遺伝子を持つ発現用宿主大腸菌BL21(DE3)を形質転換しようとした際に形質転換体が得られないことからも示される。
そこで、本発明者らはこれらの結果を基に実用上有効な新たな発現ベクターの開発を行い、本発明のプラスミドベクターを見い出すに至った。
すなわち、本発明者らは、非誘導状態(37℃)での発現レベルを下げ、目的蛋白質の発現をコントロールできるような低温発現プラスミドベクターpMM037を開発した。pMM037は、pMM031シリーズのpMM031F1上にある転写開始点(+1)下流の+2〜+18の領域のかわりに、機能的なlacオペレーターが形成できるようにデザインされた31塩基の配列が挿入されている以外、pMM031F1と全く同じ構造をしている。プラスミドベクターpMM037上にコードされた5’−UTR、すなわち転写開始点〜CspA開始コドン直前の塩基までの塩基配列を配列表の配列番号2に示す。
この発現プラスミドベクターの構築方法は実施例2−(1)に記載されている。すなわち、機能的なlacオペレーターがcspAプロモーター下流に形成されるようにデザインされた、cspA遺伝子転写開始点上流の領域の配列とlacオペレーターの配列とを含むプライマーCSA+1RLAC(配列表の配列番号11に該プライマーの塩基配列を示す)を合成することができる。5’末端をリン酸化したこのプライマーと、pMM031シリーズのプラスミド構築に用いられたプライマーCSA−67FN(配列表の配列番号7に該プライマーの塩基配列を示す)とを用い、野生型cspA遺伝子を含むプラスミドpJJG02[ジャーナル オブ バクテリオロジー、第178巻、第4919〜4925頁(1996)]を鋳型としてPCRを行うことにより、cspA遺伝子のプロモーターの下流にlacオペレーター領域を配したDNA断片を得ることができる。このとき、プライマーCSA−67FN上のNcoIサイト、プライマーCSA+1RLAC上のNheIサイトのように、用いるプライマーの末端近くに制限酵素認識配列をデザインしておくとその後の構築、改変に便利である。得られたDNA断片をNcoI消化した後、プラスミドpTV118N(宝酒造社製)のNcoI−SmaI間に挿入してプラスミドpMM034を構築できる。
得られたpMM034をNcoIサイト及びpTV118N上にあるAflIII サイトで切断し、クレノウフラグメントを用いて末端を平滑化した後、セルフライゲーションすることにより、pTV118N由来のlacプロモーターを除いたプラスミドpMM035を構築できる。
次に、pMM035のlacオペレーター領域の下流にcspAmRNAの5’非翻訳領域をコードする配列を挿入することができる。すなわち、実施例1−(1)のように構築されたpMM031F1を鋳型として、プライマーCSA+20FN(配列表の配列番号12にプライマーCSA+20FNの塩基配列を示す)及びM13プライマーM4(宝酒造社製)を用いてPCRを行い、cspA遺伝子の転写開始点の下流19塩基目からpMM031F1のマルチクローニングサイトまでを含むDNA断片を得ることができる。このDNA断片をCSA+20FN上に配したNheIサイト、及びマルチクローニングサイト上のXbaIサイトで切断した後、先に得られたpMM035のNheI−XbaI間に、それぞれのサイトが再生する方向に挿入してpMM037を構築できる。
こうして得られたプラスミドpMM037の常温(37℃)における目的蛋白質の発現制御の能力及び低温における目的蛋白質の発現能力の有効性は、pMM037上にあるpTV118N由来のマルチクローニングサイトに目的蛋白質をコードする遺伝子を導入して調べることができる。
上記のエンド型フコース硫酸含有多糖分解酵素(Fdase2)をコードする遺伝子を有する発現プラスミドはオペレーターを持たないpMM031シリーズのプラスミドベクターでは構築することすらできない。しかしながら、該遺伝子をCspAのN末端部分をコードする配列と同じ読取り枠となるようプラスミドベクターpMM037に挿入して構築された発現プラスミドであるプラスミドpMFDA102は、lacリプレッサー高発現株の大腸菌、例えば大腸菌JM109中に安定に保持される。このように、上記のプラスミドベクターが実質上有効な発現制御の能力を有することが示される。
さらに、得られた形質転換体を常温(37℃)にて培養し、誘導に適した濁度に達した際に培養温度を低温、例えば15℃に下げると同時に、適当な誘導剤、例えば終濃度1mMのイソプロピル−β−D−チオガラクトシド(以下IPTGと略す)を添加し、更に適当な時間培養を続ける。この培養液より得られた菌体について、そこで発現されている蛋白質をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)により分析し、該融合ポリペプチドのバンドを検出することにより、pMM037の低温における目的蛋白質の発現能力を確認することができる。あるいは、得られた菌体を超音波処理等に付して菌体抽出液を調製し、その菌体抽出液に含まれる目的蛋白質の生理活性を測定すれば、活性型として発現された目的蛋白質の量を知ることができる。上記のプラスミドpMFDA102で形質転換された大腸菌は、上記の誘導操作により活性を有するFdase2蛋白質を発現した。
なお、上記のプラスミドベクターpMM037の構築において、cspA遺伝子の転写開始点直後(+2以降の位置)にlacオペレーターが導入されたにもかかわらず、cspAプロモーターはその本来の機能である低温での転写開始活性を保持していた。このことから、cspAプロモーターは転写開始点までの領域にその機能を保持していることがわかる。したがってcspAプロモーターの機能には、上記の−37の位置から転写開始点までの領域、すなわち配列表の配列番号6に示した天然のcspA遺伝子の塩基配列のうち、塩基番号425〜461の部分のみが必須である。このcspAプロモーターの必須領域の塩基配列を配列表の配列番号5に示す。
このようにして構築されたプラスミドベクターpMM037は、塩基の欠失、付加、挿入、置換等の変異を導入し改変することが可能であり、本発明の構成要素にこれら変異を導入したものも本発明の範囲内である。以下に、pMM037を基本構造として本発明者らが行った、本発明のベクターの改変例について説明する。
まず、5’−UTRをコードする領域に欠失変異を導入できる。実施例3−(1)に記載されているようにして、pMM037のlacオペレーター領域の直後にcspA遺伝子のSD配列をつないだプラスミド、すなわち、配列表の配列番号2に示されたpMM037上にコードされた5’−UTRのうち、塩基番号33〜161の部分が欠失したものをコードするプラスミドベクターpMM036を構築することができる。このpMM036は、5’−UTRをコードする配列に導入された欠失変異以外はpMM037と全く同じ構造をしている。
次に、発現させようとする蛋白質に融合させるCspAのN末端部分のアミノ酸残基の長さを変えることができる。実施例3−(2)に記載されているようにして、pMM037上のCspAのN末端部分をコードする領域をCspAの全アミノ酸配列コード領域(70アミノ酸残基)とし、その後ろにマルチクローニングサイトを配して、目的遺伝子がCspAの70アミノ酸残基との融合ポリペプチドとして発現されるプラスミドベクターpMM038を構築できる。このpMM038は、融合ポリペプチドとして発現されるCspAをコードする配列の全長が含まれている以外はpMM037と全く同じ構造をしている。
また、5’−UTRをコードする配列に置換変異を導入できる。実施例3−(3)に記載のように、pMM037上の5’−UTRをコードする領域上の天然のcspA遺伝子の転写開始点から数えて+20から+26に当る領域に6塩基の置換変異を導入したプラスミドベクターpMM047を構築することができる。このpMM047は、上記の置換変異以外はpMM037と全く同じ構造をしている。なお、プラスミドベクターpMM047で形質転換された大腸菌JM109は、Escherichia coli JM109/pMM047と命名、表示され、平成9年10月31日(原寄託日)より通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所(日本国茨城県つくば市東1丁目1番3号(郵便番号305−8566))にFERM P−16496として寄託され、前記通商産業省工業技術院生命工学工業技術研究所に受託番号FERM BP−6523(国際寄託への移管請求日:平成10年9月24日)として寄託されている。プラスミドベクターpMM047にコードされている5’−UTR、すなわち転写開始点からCspA開始コドン直前の塩基までの塩基配列を配列表の配列番号3に示す。
更に、これらの変異を同時に2つ以上導入することが可能である。実施例3−(4)に記載のように、上記のプラスミドpMM047の5’−UTRをコードする配列上に更に30塩基の欠失変異を導入したプラスミドベクターpMM048を構築することができる。このpMM048は、pMM047と同じ6塩基の置換変異及び天然のcspA遺伝子の転写開始点から数えて+56から+85に当る領域、すなわち配列表の配列番号3に示された塩基配列中の塩基番号70〜99の配列をコードする部分が欠失している以外はpMM037と全く同じ構造をしている。配列表の配列番号4に、プラスミドベクターpMM048にコードされている5’−UTRの塩基配列を示す。
上記のプラスミドベクターpMM047、pMM048が低温での蛋白質発現能力を保持していることから、これら2つのプラスミド構築に当ってcspA遺伝子由来の5’−UTRに導入された変異はその機能に影響を与えないことが示された。したがって低温での蛋白質発現に必須なcspA遺伝子由来の5’−UTR上の領域は、プラスミドpMM048にコードされた天然のcspA遺伝子の転写開始点から数えて+27〜+55及び+86〜+159の領域であることが示される。該領域の塩基配列を配列表の配列番号1に示す。
このようにして構築された、pMM037の改変プラスミドベクターpMM036、pMM038、pMM047、及びpMM048の常温(37℃)における目的蛋白質の発現制御の能力及び低温における目的蛋白質の発現能力の有効性は、例えば発現ベクターの発現能の評価によく用いられるβガラクトシダーゼ遺伝子(lacZ遺伝子)を利用して評価することができる。
すなわち、実施例3−(5)に記載のごとく、プラスミドpKM005[1983年、ニューヨーク アカデミック プレス発行、井上正順編集、エクスペリメンタル マニピュレーション オブ ジーン エクスプレッション(Experimental Manipulation of Gene Expression)、第15〜32頁]から得たlacZ遺伝子を含む約6.2kbpのDNA断片をプラスミドベクターpMM037及びその改変プラスミドに挿入することにより、CspAのN末端12アミノ酸残基及びマルチクローニングサイト由来の10アミノ酸残基がβ−ガラクトシダーゼの10番目のアミノ酸残基のところでつながった融合β−ガラクトシダーゼ発現ベクターを構築することができる。なおpMM038の場合は、CspAのN末端70アミノ酸残基及びマルチクローニングサイト由来の9アミノ酸残基がβ−ガラクトシダーゼの10番目のアミノ酸残基のところでつながった融合β−ガラクトシダーゼをコードしている。得られたlacZ遺伝子を含むプラスミドは、それぞれプラスミドpMM037lac、pMM036lac、pMM038lac、pMM047lac、及びpMM048lacと命名されている。
各プラスミドを用いて形質転換した大腸菌JM109を常温(37℃)にて培養し、誘導に適した濁度に達した際に培養温度を低温、例えば15℃に下げると同時に、適当な誘導剤、例えば終濃度1mMのIPTGを添加し、更に適当な時間培養を続けた後、得られた培養液中のβ−ガラクトシダーゼ活性を測定することにより、低温における蛋白質の発現能力を比較することができる。また、誘導直前の菌体を用いれば、37℃における非誘導状態での発現量も比較することができる。
β−ガラクトシダーゼ活性は、1972年、コールド スプリング ハーバー ラボラトリー発行、J.H.ミラー(J.H.Miller)著、エクスペリメンツ イン モレキュラー ジェネティクス(Experiments in Molecular Genetics)、第352〜355頁に記載の方法で測定できる。
表1に示されるとおり、いずれのプラスミドで形質転換した大腸菌でも37℃におけるβ−ガラクトシダーゼ活性は、コントロールとして用いたlacプロモーターの下流にlacZ遺伝子を導入したpTV118Nlacとほぼ同じレベルであり、37℃における発現が効果的にコントロールされていることがわかる。なお、このとき検出された37℃におけるβ−ガラクトシダーゼ活性は、培養に使用されたLB培地(トリプトン 1%、酵母エキス 0.5%、NaCl 0.5%、pH7.0)中に混在するラクトース等により若干誘導が行われているレベルである。
一方、いずれのプラスミドで形質転換した大腸菌でも15℃への温度シフト及び誘導剤の添加によってβ−ガラクトシダーゼ活性の増加が見られた。このことは、各プラスミドが低温において目的蛋白質を高発現する能力を有することを示している。なお、cspA遺伝子mRNA由来の5’−UTRの大部分を欠失したプラスミドpMM036に関しては、他のプラスミドに比べてβ−ガラクトシダーゼ発現量が低い。
また、pMM047lac、pMM048lacについて得られた結果は、これらのプラスミドがコードするmRNAの5’−UTRに導入された変異が低温での蛋白質発現に関して悪影響を及ぼさないこと、すなわち、配列表の配列番号1にその塩基配列を示したこれらの変異が導入されなかった領域がその機能に必須であることを示している。
さらに、これらのプラスミドで形質転換された形質転換体について各温度におけるβ−ガラクトシダーゼ発現量を調べてみたところ、10℃あるいは15℃のような低温状態ではプラスミドpMM038lac、pMM037lac、及びpMM047lacはいずれもコントロールであるpTV118Nlacと比較して高い発現量を、20℃では同レベルの発現量を、37℃では低い発現量をそれぞれ示した。このことは、これらのプラスミドがコードするmRNAの5’−UTRが、主に15℃以下の低温状態での蛋白質発現に有効であることを示している。一方、プラスミドpMM048lacはpTV118Nlacと20℃以下のような低温状態で高い発現量を、37℃でも同等の発現量を示した。このことは、pMM048に導入された変異の結果、該プラスミドが常温、低温双方での高い蛋白質発現能力を獲得したことを示している。
一方、本発明のベクターは本発明の構成要素以外の領域に様々な機能をもつことができるのは当然である。例えば、本発明のベクターは、実質的に終止コドンを含まないようなマルチクローニングサイトやプラスミドの安定化のための転写ターミネーターなどを含むことができる。実施例4に記載のように、cspA遺伝子の開始コドンを含む部位がNcoIサイトあるいはNdeIサイトに変換され、CspAのN末端をコードする領域に続くマルチクローニングサイトが実質的に終止コドンを含まない配列に変更され、その下流には3つの読み取り枠いずれにも終止コドンが出現する配列を持ち、さらに下流にはcspA遺伝子由来の転写ターミネーター領域を含む、読取り枠がマルチクローニングサイト上で一つずつ異なるシリーズベクターを構築することができる。pMM047を基本骨格としたプラスミドはpCold01NCシリーズ(NcoIサイトを含む)あるいはpCold01NDシリーズ(NdeIサイトを含む)プラスミド、pMM048を基本骨格としたプラスミドはpCold02NCシリーズあるいはpCold02NDシリーズプラスミドと命名されている。このように実質的に終止コドンを含まず読取り枠が一つずつ異なるマルチクローニングサイトを持ったシリーズプラスミドは、外来遺伝子の挿入が容易であり発現ベクターが容易に構築できる。
これらpCold01シリーズおよびpCold02シリーズプラスミドが、その基本骨格となったプラスミドpMM047あるいはpMM048とそれぞれ同等の発現能を保持していることは、lacZ遺伝子を利用して評価することができる。表5に示されるとおり、上記のプラスミドにlacZ遺伝子が挿入されたプラスミドで形質転換された大腸菌は、表1に示されたpMM047lacあるいはpMM048lacで形質転換された大腸菌とそれぞれ同等のβ−ガラクトシダーゼ発現パターンを示し、上記のプラスミドがプラスミドpMM047あるいはpMM048とそれぞれ同等の発現能を保持していることが示される。
これまで具体的に例示してきた本発明のベクターは、すべてオペレーターとしてlacオペレーターを用いているため、遺伝子発現が目的の場合には宿主としてlacリプレッサー高発現株の大腸菌(lacI株)、例えば大腸菌JM109を使う必要がある。本発明のベクターには他のオペレーターを使用することも可能であり、この場合には当該オペレーターに適した制御方法が用いられるのは当然である。また、当業者には自明なことであるが、上記のpColdシリーズプラスミドのようにlacオペレーターを用いている場合でも、このプラスミド上にlacリプレッサー遺伝子(lacI遺伝子)を導入することにより、宿主に関する制限をなくすことができる。
例えば、実施例5に記載のように、lacI遺伝子を含むpCold03シリーズ及びpCold04シリーズプラスミドを構築することができる。これらのプラスミドはlacI遺伝子を持つ以外はそれぞれpCold01シリーズ及びpCold02シリーズプラスミドとそれぞれ全く同じ構造をしている。また、同様にしてlacI遺伝子の代わりにlacリプレッサー高発現遺伝子であるlacI遺伝子を用いたプラスミド、例えばpCold05シリーズ及びpCold06シリーズプラスミドを構築することも可能である。
このようにして構築されたlacI遺伝子あるいはlacI遺伝子を含むプラスミドの目的蛋白質の発現制御の能力、ならびに低温における目的蛋白質の発現能力の有効性は、これらのプラスミドにlacZ遺伝子を挿入し、lacI遺伝子を持たない大腸菌DH5αを宿主として用いることにより容易に評価できる。表6にはlacI、lacI遺伝子の効果が示されている。非誘導状態である37℃において、lacI遺伝子を持たないpCold01NC2lacでは発現が十分にコントロールされておらず、高いβ−ガラクトシダーゼ活性が認められる。なお、37℃においてpCold01より高い発現能を有するpCold02(pMM048の誘導体)の場合、大腸菌DH5αを宿主として形質転換体が得られない。それに対して、lacI遺伝子を持つpCold03NC2lac及びpCold04NC2lacは37℃における発現が効果的にコントロールされており、さらにlacI遺伝子が存在するpCold05NC2lac及びpCold06NC2lacは、より効果的に発現が抑制され効果的にコントロールされていることがわかる。また、これらのプラスミドについて、誘導状態での目的蛋白質の発現能力には実質上変化は見られていない。したがって、lacオペレーターを構成要素として含む本発明のベクターにlacI遺伝子あるいはlacI遺伝子を導入することにより、lacリプレッサーの有無による宿主に制限がなくなることが示される。
また、目的の遺伝子の発現効率を向上させるために、16SリボソーマルRNA中に存在するアンチダウンストリームボックス配列に高い相補性を有する塩基配列(ダウンストリームボックス配列)を本発明のベクターに導入することができる。大腸菌CspAのN末端部分をコードする領域に存在するダウンストリームボックス配列は、上記のアンチダウンストリームボックス配列に対して67%の相補性しか有していない。これをより高い相補性、好ましくは80%以上の相補性を有する塩基配列とすることにより、その下流に接続された遺伝子をより高い効率で発現させることが可能になる。
さらに、本発明のベクターは、発現された目的の遺伝子産物の精製を容易にするためのペプチドであるタグ配列をコードする塩基配列や、タグ配列のような目的の遺伝子産物中の余分なペプチドの除去に利用されるプロテアーゼ認識アミノ酸配列をコードする塩基配列を導入することができる。
精製用のタグ配列としては、数個のヒスチジン残基からなるヒスチジンタグやマルトース結合蛋白質、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ等が使用できる。ヒスチジンタグを付加された蛋白質はキレーティングカラムを使用して容易に精製することができ、他のタグ配列についてもこれらに特異的な親和性を有するリガンドを使用することにより、簡便に精製することができる。また、余分なペプチドの除去に利用されるプロテアーゼとしてはファクターXa、スロンビン、エンテロキナーゼ等を使用することができ、本発明のベクターにこれらのプロテアーゼによって特異的に切断されるアミノ酸配列をコードする塩基配列を導入すればよい。
例えば、実施例6には16SリボソーマルRNA中に存在するアンチダウンストリーム配列に完全に相補的なダウンストリームボックス配列、6個のヒスチジン残基からなるヒスチジンタグおよびファクターXaの認識アミノ酸配列をコードする塩基配列が導入されたプラスミド(pCold07シリーズ及びpCold08シリーズ)が記載されている。当該プラスミドのタンパク発現能をlacZ遺伝子を用いて評価することにより、相補性の低いダウンストリームボックス配列を有するプラスミドに比較して、発現されるβ−ガラクトシダーゼ活性が著しく上昇することが示される。また、誘導前におけるβ−ガラクトシダーゼ発現量は多少増加するが、これは許容できるレベルであり、上記のようにこれらのプラスミド上のlacI遺伝子をlacI遺伝子に変更することにより、効果的に抑制できる。
また、pCold07シリーズあるいはpCold08シリーズを用いた場合には、目的蛋白質はダウンストリームボックス配列にコードされるペプチド、ヒスチジンタグ、ならびにファクターXaの認識アミノ酸配列を含むリーダーペプチドとの融合蛋白質として発現される。この融合蛋白質はヒスチジンタグを含むことから、キレーティングカラムを用いて1ステップで精製することができる。次に、該蛋白質をファクターXaで処理することによりリーダーペプチドを目的蛋白質から切断し、さらにキレーティングカラムを再度通過させることによりリーダーペプチドが除去された目的蛋白質のみを取得することができる。
以下に実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例のみに限定されるものではない。
また、本明細書に記載の操作のうち、プラスミドの調製、制限酵素消化などの基本的な操作については1989年、コールド スプリング ハーバー ラボラトリー発行、T.マニアティス(T.Maniatis)ら編集、モレキュラー クローニング:ア ラボラトリー マニュアル第2版(Molecular Cloning:A Laboratory Manual 2nd ed.)に記載の方法によった。更に、以下に示すプラスミドの構築には、特に記載の無い限り大腸菌JM109を宿主とし、100μg/mlのアンピシリンを含むLB培地(トリプトン 1%、酵母エキス 0.5%、NaCl 0.5%、pH7.0)あるいはLB培地に1.5%の寒天を加え固化させたLBプレートを用いて37℃で好気的に培養した。
実施例1. pMM031シリーズ低温誘導ベクターの構築及び誘導能の検討
(1)プラスミドベクターpMM031及びpMM031F1の構築
cspA遺伝子を含むプラスミドpJJG02[ジャーナル オブ バクテリオロジー、第178巻、第4919〜4925頁(1996)]を鋳型として、合成プライマーCSA−67FN及びCSA13R(プライマーCSA−67FN及びCSA13Rの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号7、8に示す)を用いてPCRを行い、cspA遺伝子のプロモーターから13番目のアミノ酸残基をコードする領域までを含むDNA断片を得た。このDNA断片を上記の各プライマー上に配したNcoI、EcoRIサイトで切断した後、プラスミドpTV118N(宝酒造社製)のNcoI−EcoRI間に挿入してプラスミドpMM030を構築した。次に該プラスミドをNcoI(宝酒造社製)及びAflIII(NEB社製)で消化し、クレノウフラグメント(宝酒造社製)を用いて末端を平滑化した後、セルフライゲーションを行ってpTV118N由来のlacプロモーターを除いたプラスミドpMM031を得た。プラスミドpMM031は、cspA遺伝子のプロモーター領域(67塩基)、5’非翻訳領域(159塩基)、及びCspAのN末端から13番目のアミノ酸残基までをコードする領域(39塩基)の下流に、pTV118N由来のEcoRI−HindIIIのマルチクローニングサイトをもつプラスミドベクターである。
次に、pMM031上のcspA遺伝子の開始コドンから始まる読取り枠をマルチクローニングサイト上でずらすために、pMM031に挿入されたCspAのN末端部分をコードする領域の3’末端を1塩基欠失させたプラスミドベクターpMM031F1を構築した。プラスミドpMM031F1は、プライマーCSA13Rの代りにプライマーCSA13R2(配列表の配列番号9にプライマーCSA13R2の塩基配列を示す)を用いたほかはpMM031の構築と全く同じ方法で構築した。したがって、このプラスミドは、pMM031上のCspAのN末端領域のコード領域の3’末端が1塩基少ないこと以外はpMM031と同じである。なお、この1塩基の欠失により、該プラスミドpMM031F1にコードされるCspAのN末端から13番目のアミノ酸残基はアスパラギンからリジンに置換される。
(2)ラウス関連ウイルス(Rous associated virus 2、RAV−2)由来の逆転写酵素をコードする遺伝子を用いた、pMM031シリーズ低温誘導ベクターの誘導能の検討
特開平7−39378号公報に記載のEscherichia coli JM109/pT8RAV(FERM P−13716)よりラウス関連ウイルス(Rous associated virus 2、RAV−2)由来の逆転写酵素をコードする遺伝子を含むプラスミドpT8RAVを調製した。該プラスミドをEcoRI、SalI(共に宝酒造社製)で消化し、上記の逆転写酵素をコードする遺伝子及びその下流にある転写終結配列を含むDNA断片を得た。このDNA断片を(1)で得られたpMM031F1のEcoRI−SalI間に挿入してプラスミドpMM031RAVを構築した。
pMM031RAV及びpMM031を用いて大腸菌JM109(宝酒造社製)を形質転換し、100μg/mlのアンピシリンを含むLBプレート上にそれぞれの形質転換体のコロニーを形成させたところ、pMM031RAVにより形質転換された大腸菌のコロニーは、明らかにpMM031による形質転換体のコロニーよりも小さいことが観察された。次に、得られた形質転換体をそれぞれ100μg/mlのアンピシリンを含むLB培地に接種し、37℃で好気的に一晩培養した。この培養液をそれぞれ2本ずつ新鮮な5mlの同じ培地に1%ずつ植菌して37℃で好気的に培養し、濁度がOD600=0.6に達した時点でその一方の培養温度を15℃とし更に20時間培養した。この培養中、pMM031RAVによる形質転換体の誘導濁度到達までの培養時間は、pMM031による形質転換体の約2倍程度要した。培養終了後、培養液を遠心分離して菌体を集め、SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分析した結果、15℃で培養したpMM031RAVによる形質転換体でのみ、分子量約10万の逆転写酵素と考えられるバンドが観察され、pMM031上のcspA由来の蛋白質発現システムが低温誘導型であることが確認できた。
次に、大腸菌抽出液を調製し逆転写酵素活性を測定した。すなわち、pMM031RAVにより形質転換された大腸菌JM109を100μg/mlのアンピシリンを含むLB培地に接種し、37℃で好気的に一晩培養した。この培養液を新鮮な100mlの同じ培地に4%植菌して37℃で好気的に培養し、濁度がOD600=0.6に達した時点で培養温度を15℃とし更に5時間培養した。培養終了後、培養液を遠心分離して菌体を集め、破砕用緩衝液[50mM トリス−塩酸(pH8.3)、60mM NaCl、1mM EDTA、1% NP−40、1mM DTT、5μM 4−アミジノフェニルメタンスルホニルフルオライドハイドロクロライド]4.7mlに懸濁し、超音波処理により菌体を破砕した。これを遠心分離して上清を回収し、大腸菌抽出液を得た。この抽出液を酵素希釈液〔50mM トリス−塩酸(pH8.3)、10% グリセロール、0.1% NP−40、2mM DTT〕で10倍希釈した後、逆転写酵素活性を特開平7−39378号公報記載の方法で測定したところ、全体で約1061ユニットの逆転写酵素活性が検出された。これは少なくとも培養液1ml当り10ユニットの逆転写酵素が発現されていることを示し、pMM031の低温時の発現量が高いことが明らかになった。
(3)pMM031シリーズ低温誘導ベクターを用いたエンド型フコース硫酸含有多糖分解酵素(Fdase2)遺伝子のクローニング
アルテロモナス スピーシーズ(Alteromonas sp.)SN−1009株由来のエンド型フコース硫酸含有多糖分解酵素(ORF−2、以下Fdase2と略す。また該酵素をコードする遺伝子の塩基配列を配列表の配列番号10に示す)をコードする遺伝子を含むプラスミドpSFDA7を導入した大腸菌JM109株(Escherichia coli JM109/pSFDA7、FERM BP−6340)より常法に従ってプラスミドを調製した。得られたpSFDA7をHindIII(宝酒造社製)で消化後、1%アガロースゲル電気泳動により分離し、Fdase2のC末端領域をコードする約4.8kbのDNA断片を切り出して抽出精製した。このDNA断片をpMM031のHindIII サイトにcspAプロモーターとFdase2遺伝子の向きが同じになるように挿入しpMM031−Fdase2Cを得た。次に、pSFDA7をSnaBI(宝酒造社製)で消化し、Fdase2の4番目のアミノ酸残基からC末端アミノ酸までをコードする領域を含む約2.5kbのDNA断片を単離した。このDNA断片を先に得られたpMM031−Fdase2CのSmaI−SnaBI間に挿入することにより、pMM031上にあるCspAのN末端配列と同じ読取り枠にFdase2の4番目のアミノ酸残基以降が接続された融合ポリペプチド発現ベクターの構築を試みた。しかしながら、得られた形質転換体26個についてプラスミドを抽出精製して解析したところ、21個のプラスミドに約2.5kbのSnaBI断片が挿入されており、そのうち2個のみで該断片が正しい向きに挿入されていた。更にこの2個のプラスミドについて結合部分の塩基配列を解析したところ、SmaIの切断箇所に起こった1塩基の欠失のためにCspAとFdase2の読取り枠がずれており、目的の融合ポリペプチドを発現可能なプラスミドではなかった。
上記構築方法では、挿入されるDNA断片が平滑末端であり正逆両方向に挿入されるため、更に別の方法で融合ポリペプチド発現ベクターの構築を試みた。すなわち、プラスミドpSFDA7をSnaBI、XbaI(ともに宝酒造社製)で消化して得られる、Fdase2の4番目のアミノ酸残基以降その約半分をコードする約1kbのDNA断片を単離した。このDNA断片を先に得られたpMM031−Fdase2CのSmaI−XbaI間に挿入することにより、上記の融合ポリペプチド発現プラスミドの構築を試みた。しかしながら、得られた形質転換体12個についてプラスミドを抽出精製して解析したところ、上記の約1kbのDNA断片が挿入されたプラスミドは3個のみで、更にこれらの塩基配列解析の結果、やはりSmaIの切断箇所に1〜2塩基の欠失が起こっており、目的の融合ポリペプチドを発現しうるプラスミドは得られなかった。以上のことから、Fdase2のように発現産物が細胞の生育に大きな影響を与えるような遺伝子の場合、cspAプロモーターの機能が37℃では十分に抑制されておらず、その下流にコードされた遺伝子産物が発現することが発現プラスミドを構築できない原因であることが明らかとなった。
実施例2. 低温誘導プラスミドベクターpMM037の構築及び誘導能の検討(1)プラスミドベクターpMM037の構築
cspAプロモーターの下流にlacオペレーター領域を導入するために、プライマーCSA+1RLAC(配列表の配列番号11にプライマーCSA+1RLACの塩基配列を示す)をデザインし、合成した。CSA+1RLACの5’末端をメガラベルキット(MEGALABEL 、宝酒造社製)を用いてリン酸化した後、上記のプライマーCSA−67FNと共にプラスミドpJJG02を鋳型としたPCRを行い、cspA遺伝子のプロモーターの下流にlacオペレーター領域を配したDNA断片を得た。このDNA断片をNcoI(宝酒造社製)で消化した後、プラスミドpTV118N(宝酒造社製)のNcoI−SmaIサイト間に挿入してpMM034を構築した。該プラスミドをNcoI及びAflIIIで消化し、クレノウフラグメントを用いて末端を平滑化した後、セルフライゲーションを行ってpTV118N由来のlacプロモーターを除いたプラスミドpMM035を得た。
次に、実施例1−(1)で得られたプラスミドベクターpMM031F1を鋳型として、プライマーCSA+20FN(配列表の配列番号12にプライマーCSA+20FNの塩基配列を示す)及びM13プライマーM4(宝酒造社製)を用いてPCRを行い、該プラスミドベクター上のcspA遺伝子の転写開始点下流の19塩基目からpMM031F1のマルチクローニングサイトまでを含むDNA断片を得た。このDNA断片をプライマーCSA+20FN上に配したNheIサイト、及びマルチクローニングサイト上のXbaIサイトで切断した後、先に得られたpMM035のNheI−XbaIサイト間に、それぞれのサイトが再生する方向に挿入してプラスミドベクターpMM037を構築した。このpMM037は、cspA遺伝子のプロモーター領域(67塩基)、転写開始塩基(1塩基)、lacオペレーター由来5’非翻訳領域(31塩基)、cspA由来5’非翻訳領域(141塩基)、及びCspAのN末端部分のコード領域(38塩基)の下流にpTV118N由来のEcoRI−HindIIIのマルチクローニングサイトをもつプラスミドである。プラスミドベクターpMM037上にコードされる5’−UTR、すなわち転写開始点からCspA開始コドン直前の塩基までの塩基配列を配列表の配列番号2に示す。
(2)エンド型フコース硫酸含有多糖分解酵素(Fdase2)をコードする遺伝子を用いた、低温誘導プラスミドベクターpMM037の誘導能の検討
実施例1−(3)と同様にして、プラスミドベクターpMM037を用いてFdase2発現プラスミドを構築した。すなわち、実施例1−(3)で得たプラスミドpSFDA7をSnaBIで消化し、Fdase2の4番目のアミノ酸残基からC末端アミノ酸までをコードする領域を含む約2.5kbのSnaBI断片を単離した。このDNA断片を(1)で構築したプラスミドベクターpMM037のBamHIサイトをクレノウフラグメントにより平滑末端化したところに挿入することにより、pMM037上にあるCspAのN末端配列と同じ読取り枠にFdase2の4番目のアミノ酸残基以降が接続された融合ポリペプチド発現ベクターの構築を試みた。得られた形質転換体6個についてプラスミドを抽出精製して解析したところ、2個に約2.5kbのSnaBI断片が正しい向きに挿入されていた。そのうち1個の塩基配列を解析したところ、目的通りCspAとFdase2の読取り枠が一致した融合ポリペプチド発現ベクターであることが明らかとなった。こうして得られたプラスミドをプラスミドpMFDA102と命名した。
pMFDA102及びpMM037を用いて大腸菌JM109を形質転換した。この時、プレート上に形成された両形質転換体のコロニーの大きさに差は見られなかった。得られた形質転換体をそれぞれ100μg/mlのアンピシリンを含むLB培地に接種し、37℃で好気的に一晩培養した。この培養液をそれぞれ2本ずつ新鮮な5mlの同じ培地に1%ずつ植菌して37℃で好気的に培養し、濁度がOD600=0.6に達した時点で終濃度1mMとなるようにIPTGを加えた後、それぞれその一方の培養温度を15℃とし更に4時間培養した。この培養中、誘導前の両形質転換体の生育速度はほぼ同じであった。培養終了後、培養液を遠心分離して菌体を集め、細胞破砕用緩衝液〔20mMトリス塩酸緩衝液(pH7.5)、10mM CaCl、10mM KCl、0.3M NaCl〕1mlに懸濁し、超音波処理により菌体を破砕した。これを遠心分離して上清を回収し、大腸菌抽出液とした。この大腸菌抽出液をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動で分析した結果、15℃で培養したpMFDA102による形質転換体でのみ、分子量約9万のCspA−Fdase2融合ポリペプチドと考えられるバンドが観察された。以上のことから、lacオペレーターの導入により、Fdase2のようにその発現産物が細胞の生育に大きな影響を与えるような遺伝子についても発現プラスミドの構築が可能な低温誘導発現ベクターが構築されたことが示された。
次に、上記の大腸菌抽出液のエンド型フコース硫酸含有多糖分解活性を、WO97/26896号公報に記載の方法で調製したフコース硫酸含有多糖−Fを基質に用いた下記の操作により測定した。
12μlの2.5%のフコース硫酸含有多糖−F溶液、6μlの1M CaCl溶液、9μlの4M NaCl溶液、60μlの50mMの酢酸とイミダゾールとトリス−塩酸を含む緩衝液(pH7.5)、21μlの水、12μlの細胞破砕用緩衝液により適当に希釈した大腸菌抽出液とを混合し、30℃、3時間反応させた。反応液を100℃、10分間処理した後、遠心分離によって得られた上清の100μlをゲルろ過カラムを用いたHPLCにより分析し、基質フコース硫酸含有多糖−Fの平均分子量と反応生成物の平均分子量を比較した。対照として、大腸菌抽出液を含まない細胞破砕用緩衝液を用いて同様の条件により反応させたもの及びフコース硫酸含有多糖−F溶液の代りに水を用いて反応を行ったものを用意し、それぞれ同様にHPLCにより分析した。
1単位の酵素は、上記反応系において1分間に1μmolのフコース硫酸含有多糖−Fのフコシル結合を切断する酵素量とする。切断されたフコシル結合の定量は下記式により求めた。
{(12×2.5)/(100×MF)}×{(MF/M)−1}×{1/(180×0.01)}×1000=U/ml
(12×2.5)/100×MF:反応系中に添加したフコース硫酸含有多糖−F(mg)
MF:基質フコース硫酸含有多糖−Fの平均分子量
M:反応生成物の平均分子量
(MF/M)−1:1分子のフコース硫酸含有多糖−Fが酵素により切断された数
180:反応時間(分)
0.01:酵素液量(ml)
なお、HPLCの条件は下記によった。
装置:L−6200型(日立製作所製)
カラム:OHpak SB−806(8mm×300mm)(昭和電工社製)
溶離液:5mM NaN、25mM CaCl、50mM NaClを含む25mMのイミダゾール緩衝液(pH8)
検出:示差屈折率検出器(Shodex RI−71、昭和電工社製)
流速:1ml/分
カラム温度:25℃
なお、反応生成物の平均分子量の測定のために、市販の分子量既知のプルラン(STANDARD P−82、昭和電工社製)を上記のHPLC分析と同条件で分析し、プルランの分子量とOHpak SB−806の保持時間との関係を曲線に表し、上記酵素反応生成物の分子量測定のための標準曲線として用いた。その結果、15℃で培養したpMFDA102による形質転換体の抽出液にのみ明らかなエンド型フコース硫酸含有多糖分解活性が検出され、該抽出液中のエンド型フコース硫酸含有多糖分解活性は42.6mU/mlであった。このことより、pMM037が低温条件下で目的蛋白質を活性型として発現させることができることが示された。
実施例3. 低温誘導プラスミドベクターpMM037の改変及び誘導能の検討(1)プラスミドベクターpMM036の構築
SD配列の上流にXbaIサイトが導入されているcspA遺伝子を含むプラスミドpJJG21[モレキュラー マイクロバイオロジー、第23巻、第355〜364頁(1997)]を鋳型として、プライマーCSA+20FN及びCSA13R2を用いたPCRを行い、得られた増幅DNA断片をXbaI、EcoRI(宝酒造社製)消化してcspA遺伝子のSD配列から13番目のアミノ酸残基をコードする領域を含むDNA断片を得た。このDNA断片を実施例2−(1)で得られたプラスミドベクターpMM037のNheI−EcoRI間に挿入してプラスミドベクターpMM036を構築した。このpMM036は、配列表の配列番号2に示されたプラスミドpMM037上の5’−UTRをコードする塩基配列のうち、塩基番号33〜161の配列が欠失しているほかはプラスミドpMM037と同じ構造である。
(2)プラスミドベクターpMM038の構築
pMM037ではCspAのN末端領域のコード領域(38塩基)の下流にマルチクローニングサイトがあり、目的遺伝子はCspAのN末端12アミノ酸残基との融合ポリペプチドとして発現される。融合ポリペプチドの発現におけるCspAのN末端アミノ酸残基の長さを検討するために、CspAの全コード領域(70アミノ酸残基)の後ろにマルチクローニングサイトを配し、目的遺伝子がCspAの70アミノ酸残基と融合ポリペプチドの形で発現することのできるプラスミドベクターpMM038を構築した。すなわち、上記のプラスミドpJJG02を鋳型として、プライマーCSA+20FN及びCSA70R(プライマーCSA70Rの塩基配列を配列表の配列番号13に示す)を用いてPCRを行い、該プラスミド上のcspA遺伝子の転写開始点下流の19塩基目からCspAの70番目のアミノ酸残基をコードする領域までを含むDNA断片を得た。このDNA断片を各プライマー上に配したNheI、EcoRIサイトで切断した後、実施例2−(1)で得られたpMM037のNheI−EcoRI間に挿入してプラスミドベクターpMM038を構築した。このpMM038は、pMM037上のCspAのN末端から13アミノ酸残基までをコードする領域がCspAの全アミノ酸配列(70アミノ酸残基)をコードするものに置き換えられたプラスミドベクターである。
(3)プラスミドベクターpMM047の構築
プラスミドベクターpMM037上の5’−UTRをコードする領域に6塩基の変異を導入するために、プライマーCSA+27NF1(配列表の配列番号14にプライマーCSA+27NF1の塩基配列を示す)を合成し、pMM037の構築と同様な方法でpMM047を構築した。すなわち、実施例1−(1)で得られたプラスミドベクターpMM031F1を鋳型として、プライマーCSA+27NF1及びM13プライマーM4を用いてPCRを行い、増幅DNA断片を得た。このDNA断片をCSA+27NF1上に配したNheIサイト、及びマルチクローニングサイト上のXbaIサイトで切断した後、実施例2−(1)で得られたpMM035のNheI−XbaI間に、それぞれのサイトが再生する方向に挿入してプラスミドベクターpMM047を構築した。このpMM047は、pMM037上の5’−UTRをコードする領域のうち、lacオペレーター由来の部分の下流に6箇所の塩基置換変異が導入されている。プラスミドベクターpMM047上にコードされる5’−UTR、すなわち転写開始点からCspA開始コドン直前の塩基までの塩基配列を配列表の配列番号3に示す。
(4)プラスミドベクターpMM048の構築
プラスミドベクターpMM047の5’−UTRをコードする配列上に30塩基の欠失変異を導入したプラスミドベクターpMM048を構築した。すなわち、pMM047上に存在する天然のcspA遺伝子の転写開始点下流の+56から+85の領域に相当する部分が欠失するように、プライマーD3F及びD3R(プライマーD3F及びD3Rの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号15、16に示す)デザインし、合成した。プラスミドpJJG02を鋳型として、プライマーD3RとCSA+27NF1の組合せ、及びプライマーD3FとCSA13R2の組合せでそれぞれPCRを行った。この反応液をポリアクリルアミドゲル電気泳動に供し、プライマーと分離された増幅DNA断片をゲルより抽出、精製した。得られた各増幅DNA断片をPCR反応緩衝液中で混合し、熱変性後、徐冷してヘテロ二本鎖を形成させた。この混合液にTaq DNAポリメラーゼ(宝酒造社製)を加え、72℃で保温して二本鎖の合成を完結させた後、プライマーCSA+27NF1とCSA13R2を加えて2度目のPCRを行った。得られた増幅DNA断片を各プライマー上に配したNheI、EcoRIサイトで切断した後、実施例2−(1)で得られたプラスミドベクターpMM037のNheI−EcoRI間に挿入してプラスミドベクターpMM048を構築した。このpMM048は、pMM047上の5’−UTRをコードする領域のうち、天然のcspA遺伝子由来5’−UTRの転写開始点から+56〜+85の領域に相当する部分が欠失したものである。プラスミドベクターpMM048上にコードされる5’−UTR、すなわち転写開始点からCspA開始コドン直前の塩基までの塩基配列を配列表の配列番号4に示す。
(5)β−ガラクトシダーゼ遺伝子を用いた、改変型低温誘導ベクターの誘導能の検討
β−ガラクトシダーゼ(lacZ)遺伝子を含むプラスミドpKM005[1983年、ニューヨーク アカデミック プレス発行、井上正順編集、エクスペリメンタル マニピュレーション オブ ジーン エクスプレッション、第15〜32頁]をBamHI、SalI(共に宝酒造社製)で消化後、1%アガロースゲル電気泳動により分離し、lacZ遺伝子を含む約6.2kbのDNA断片を切出して抽出精製した。得られたDNA断片を上記のプラスミドベクターpMM036、pMM038、pMM047、pMM048及び実施例2−(1)で得られたプラスミドベクターpMM037のBamHI−SalI間に挿入し、得られたプラスミドをそれぞれプラスミドpMM036lac、pMM038lac、pMM047lac、pMM048lac及びpMM037lacと命名した。これらのプラスミドは、pMM038lacを除いて、いずれもCspAのN末端12アミノ酸残基及びマルチクローニングサイト由来の10アミノ酸残基がβ−ガラクトシダーゼの10番目のアミノ酸残基のところでつながった融合β−ガラクトシダーゼをコードしている。また、pMM038lacは、CspA全長に当る70アミノ酸残基及びマルチクローニングサイト由来の9アミノ酸残基がβ−ガラクトシダーゼの10番目のアミノ酸残基のところでつながった融合β−ガラクトシダーゼをコードしている。
一方、同様にして実施例1−(1)で得られたpMM031F1を用いて融合β−ガラクトシダーゼ発現ベクターの構築を試みたが、得られた形質転換体のコロニーは非常に小さく、37℃でも発現された遺伝子産物の影響が大きいと考えられたために以下の検討は行わなかった。また、ほかのプロモーターを持つ発現プラスミドとして、lacプロモーター−オペレーターを含有するプラスミドベクターpTV118N(宝酒造社製)についても同様にしてBamHI−SalI間にlacZ遺伝子を含む約6.2kbのDNA断片を挿入したプラスミドpTV118Nlacを構築し、誘導能の比較検討を行った。
上記の各プラスミドを用いて大腸菌JM109を形質転換し、得られた形質転換体をそれぞれ100μg/mlのアンピシリンを含むLB培地に接種し、37℃で好気的に一晩培養した。この培養液をそれぞれ新鮮な5mlの同じ培地に1%ずつ植菌して37℃で好気的に培養し、濁度がOD600=0.6〜0.8に達した時点で一部サンプリングした後、終濃度1mMとなるようにIPTGを加え、培養温度を15℃として更に培養した。これら誘導直前の37℃培養液及び誘導後3時間後、10時間後にサンプリングされた培養液を試料として1972年、コールド スプリング ハーバー ラボラトリー発行、J.H.ミラー(J.H.Miller)著、エクスペリメンツ イン モレキュラー ジェネティクス、第352〜355頁に記載の方法でβ−ガラクトシダーゼ活性の測定を行った。
表1に示されるように、どのプラスミドを含有する形質転換体も、誘導前にはコントロールとして用いたpTV118Nlacと同等、あるいはそれよりも低いβ−ガラクトシダーゼ活性しか発現しておらず、各プラスミドのcspAプロモーターの作用が正確にコントロールされていることが示された。また誘導後はプラスミドpMM036lacを除くすべてのプラスミドを含有する形質転換体でpTV118Nlacを含有するものの10倍以上のβ−ガラクトシダーゼ活性を発現していた。
Figure 0004370353
(6)37℃での蛋白質発現能力の評価
実施例3−(5)で作製された形質転換体のうち、プラスミドpMM037lacで形質転換されたもの以外のものを使用して、各形質転換体の37℃における蛋白質発現能力の評価を行った。培養にM9培地(1mM MgSO、1mM CaCl、0.2%グルコース、0.2%カザミノ酸、0.05mg/mlトリプトファン、2μg/mlチアミン、100μg/mlアンピシリンを含有するもの)を使用し、IPTG添加後も培養温度を37℃に保ったほかは実施例3−(5)同様の操作で実験を行った。また、β−ガラクトシダーゼ活性は誘導直前、誘導2時間後の2点について測定した。得られた結果を表2に示す。
5’−UTRの大部分を欠失したプラスミドpMM036lacで形質転換された大腸菌の誘導2時間後のβ−ガラクトシダーゼ活性は、実施例3−(5)の結果とは逆にpMM038lac、pMM047lacを含有するものよりも高い。またpMM048lacとpTV118Nlacでは、誘導後に発現される活性に差は見られない。このことは、pMM048が低温条件下のみならず、37℃における蛋白質発現にも有効であることを示している。
Figure 0004370353
(7)10℃及び20℃での蛋白質発現能力の評価
実施例3−(5)で作製された形質転換体のうち、プラスミドpMM036lacで形質転換されたもの以外のものを使用して、各形質転換体の10℃及び20℃における蛋白質発現能力の評価を行った。実験はIPTG添加後の培養温度を10℃あるいは20℃に保ったほかは実施例3−(5)同様の操作で行った。β−ガラクトシダーゼ活性は、10℃の場合は誘導3時間後、及び誘導7時間後、誘導21時間後の3点、20℃の場合は誘導1時間後、誘導3時間後、及び誘導7時間後の3点について測定した。10℃の結果を表3に、20℃の結果を表4にそれぞれ示す。
表3に示されるように、10℃のような低温条件下においても各プラスミドを含有するすべての形質転換体でpTV118Nlacを含有するものよりはるかに高いβ−ガラクトシダーゼ活性の誘導発現が観察され、これらベクターの低温条件下での高発現性が確認された。中でもpMM038lacは発現量は他の構造物より発現量が高く、本発明のベクターに導入される目的遺伝子がCspAの全コード領域との融合蛋白質として発現される場合、特に効果的であることを示している。一方、5’−UTRに30塩基の欠失変異が導入されたpMM048lacでは、変異を持たないpMM047lacと比べて同等かあるいは若干高い発現量を示し、10℃のような低温条件下における蛋白質発現にも有効であることを示している。また、表4に示されるように、 20℃の温度条件下ではpMM047lacの場合、他のプラスミドを含有する形質転換体より低いβ−ガラクトシダーゼ活性の誘導発現が観察された。
これらの実験結果と、実施例3−(5)及び(6)で示された15℃及び37℃におけるβ−ガラクトシダーゼ活性の誘導量から、pMM047は主に15℃以下のような低温特異的な発現パターンを持つベクター、pMM047の5’−UTRに30塩基の欠失変異が導入されたpMM048は低温から常温(37℃)までの広い温度範囲で効率的に目的蛋白質を発現することができるベクター、であることが示された。
Figure 0004370353
Figure 0004370353
実施例4. pCold01及びpCold02シリーズプラスミドの構築および誘導能の検討
(1)pCold01シリーズプラスミドの構築
cspA遺伝子を含むプラスミドpJJG02を鋳型として、合成DNAプライマーCSA−ter−FHX及びCSA−ter−R(プライマーCSA−ter−FHX及びCSA−ter−Rの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号17、18に示す)を用いてPCRを行い、cspA遺伝子の転写ターミネーター領域を含むDNA断片を得た。このDNA断片を各プライマー上に配したHindIII、EcoO109Iサイトで切断した後、実施例3−(2)で得られたpMM038のマルチクローニングサイトの最後にあるHindIIIとその下流にあるEcoO109Iサイト間に挿入してpMM039を構築した。次に、pMM039のマルチクローニングサイト中にあるKpnI−SalI間に、合成オリゴヌクレオチドKS−linker1及びKS−linker2(KS−linker1及びKS−linker2の塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号19、20に示す)をアニーリングさせた合成DNAリンカーを挿入してpMM040を構築した。
一方、翻訳開始コドンの所にNcoIサイトを導入するために、プライマーCSA1NC−F及びCSA1NC−R(プライマーCSA1NC−F及びCSA1NC−Rの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号21、22に示す)を合成した。プラスミドpJJG02を鋳型としてプライマーCSA1NC−FとCSA70Rの組合せで、プラスミドpMM047を鋳型としてプライマーCSA1NC−RとCSA+27NF1の組合せでそれぞれ1回目のPCR反応を行った。この反応液を3%アガロースゲル電気泳動に供し、プライマーと分離された増幅DNA断片をゲルより抽出、精製した。得られた各増幅DNA断片をPCR反応緩衝液中で混合し、熱変性後、徐冷してヘテロ二本鎖を形成させた。この混合液にTaq DNAポリメラーゼ(宝酒造社製)を加え、72℃で保温して二本鎖の合成を完結させた後、プライマーCSA+27NF1とCSA13Rの組合せで2回目のPCRを行なった。得られた増幅DNA断片をpT7Blue T−ベクター(ノバジェン社製)にサブクローニングして塩基配列を確認した後、各プライマー上に配したNheI、EcoRIサイトで切断して遊離するDNA断片をプラスミドベクターpMM040のNheI−EcoRI間に挿入してプラスミドベクターpCold01NC1を構築した。
さらに、プライマーCSA13Rの代りにプライマーCSA13R2あるいはCSA13R3(配列表の配列番号23にプライマーCSA13R3の塩基配列を示す)を用いて2回目のPCR反応を行うことにより、pCold01NC1に挿入されたCspAのN末端部分をコードする領域の3’末端を1塩基欠失させたプラスミドベクターpCold01NC2および1塩基付加させたプラスミドベクターpCold01NC3をそれぞれ同様にして構築した。
これら3種類のプラスミドは、各プラスミド上のcspA遺伝子の開始コドンのところにNcoIサイトがあり、そこから始まる読取り枠がマルチクローニングサイト上でそれぞれ異なるシリーズベクターである。また、これらプラスミドは、マルチクローニングサイトの下流には、3つの読み取り枠いずれにも終止コドンが出現する配列を持ち、さらに下流にはcspA遺伝子由来の転写ターミネーター領域を含む。なお、pCold01NC2では、この1塩基の欠失により、該プラスミドにコードされるCspAのN末端から13番目のアミノ酸残基はアスパラギンからリジンに置換される。
次に、CSA1NC−FとCSA1NC−Rの代りにプライマーCSA1ND−F及びCSA1ND−R(プライマーCSA1ND−F及びCSA1ND−Rの塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号24、25に示す)を用いて1回目のPCR反応をそれぞれ行うことにより、pCold01NCシリーズプラスミドの翻訳開始コドンの所にあるNcoIサイトをNdeIサイトに置き換えたpCold01NDシリーズプラスミド、pCold01ND1、ND2、及びND3を全く同様な方法で構築した。
このように構築された6種類のpCold01シリーズプラスミドは、pMM047を基本骨格とした発現システムを持ち、開始コドンのところに配した制限酵素サイト及びマルチクローニングサイト以降の配列以外はpMM047と同じである。
(2)pCold02シリーズベクターの構築
実施例4−(1)と同様の方法で、6種類のpCold02シリーズプラスミドを構築した。すなわち、プライマーCSA1NC−RとCSA+27NF1の組合せあるいはプライマーCSA1ND−RとCSA+27NF1の組合せによる1回目のPCR反応において、プラスミドpMM047の代わりにプラスミドpMM048を鋳型として用いることにより、実施例4−(1)と全く同じ工程でpCold02シリーズプラスミド、pCold02NC1、NC2、NC3、ND1、ND2、及びND3を構築した。
このように構築された6種類のpCold02シリーズプラスミドは、pMM048を基本骨格とした発現システムを持ち、開始コドンのところに配した制限酵素サイト及びマルチクローニングサイト以降の配列以外はpMM048と同じである。また、これらは、pMM048に特徴的である天然のcspA遺伝子由来5’−UTRの転写開始点から+56〜+85の領域に相当する部分の欠失以外は、pCold01シリーズの相当するプラスミドとそれぞれ同じである。
(3)β−ガラクトシダーゼ遺伝子を用いた、pCold01及びpCold02の誘導能の検討
実施例3−(5)と同様の方法により、pCold01及びpCold02の誘導能をβ−ガラクトシダーゼ遺伝子を用いて検討した。まず、pCold01NC2、pCold01ND2、pCold02NC2、及びpCold02ND2のBamHI−SalI間にlacZ遺伝子を含む約6.2kbのDNA断片を挿入し、得られたプラスミドをそれぞれプラスミドpCold01NC2lac、pCold01ND2lac、pCold02NC2lac、及びpCold02ND2lacと命名した。これらのプラスミドは、いずれもCspAのN末端12アミノ酸残基及びマルチクローニングサイト由来の10アミノ酸残基がβ−ガラクトシダーゼの10番目のアミノ酸残基のところでつながった融合β−ガラクトシダーゼをコードしている。
上記の各プラスミドを用いて大腸菌JM109を形質転換し、得られた形質転換体について、実施例3−(5)同様の操作で15℃における発現誘導実験を行った。β−ガラクトシダーゼ活性は誘導直前、誘導3時間後、及び誘導10時間後の3点について測定した。pCold01NC2lac、及びpCold02NC2lacについての結果を表5に示す。なお、NDシリーズベクターを用いた場合は、それに相当するNCシリーズベクターを用いた場合とほぼ同等の誘導能を示した。
表5に示されるように、各プラスミドを含有する形質転換体は、37℃における誘導前では低いβ−ガラクトシダーゼ活性しか発現しておらず、各プラスミドのcspAプロモーターの作用が正確にコントロールされていることが示された。また誘導後は実施例3−(5)で示されたpMM047lac及びpMM048lacとそれぞれほぼ同様のβ−ガラクトシダーゼ活性の増加が見られる。従って、pColdプラスミドは、導入遺伝子の発現のために設計されたマルチクローニングサイトおよび転写ターミネーターを持つと共に、37℃における発現がコントロールされ、低温条件下で高効率に導入遺伝子産物を発現させることができるシリーズプラスミドである。
Figure 0004370353
実施例5 lacI遺伝子を導入したpColdシリーズプラスミドの構築および宿主の検討
(1)pCold03シリーズ及びpCold04シリーズプラスミドの構築
実施例4−(1)及び(2)で作製されたpCold01シリーズ及びpCold02シリーズプラスミドは、そのプラスミドベクター上にリプレッサー遺伝子を持たないため宿主としてlacリプレッサー高発現の大腸菌株を使う必要があった。そこでpCold01、02をもとにして、これにlacI遺伝子が導入されたプラスミドベクターpCold03、04、ならびにlacI遺伝子が導入されたプラスミドベクターpCold05、06をそれぞれ構築した。
まず実施例4−(1)で得られたpMM040をEcoT22Iで消化した後、T4DNAポリメラーゼを用いて末端を平滑化した。これにpET21b(ノバジェン社製)をSphI、PshAI(共に宝酒造社製)で消化し、T4DNAポリメラーゼを用いて末端を平滑化して得られたlacI遺伝子を含むDNA断片を挿入し、そのうちlacI遺伝子の向きがcspAプロモーターと逆方向に挿入されたプラスミドを構築し、pMM040Iと命名した。同様に、プラスミドpMJR1560[ジーン、第51巻、第225〜267頁(1987)]をKpnI、PstI(共に宝酒造社製)で消化して得られるlacI遺伝子を含むDNA断片の末端を平滑化し、これをpMM040の平滑化されたEcoT22Iサイトに導入した。lacI遺伝子の向きがcspAプロモーターと逆方向に挿入されたプラスミドを選んで、これをpMM040Iと命名した。
実施例4−(1)及び(2)に記載されたpCold01及び02の構築の際と同様に、pMM040I、pMM040IのNheI−EcoRI間に各シリーズベクター用のNheI−EcoRIフラグメントを挿入してすることにより、pCold03、pCold04、pCold05、pCold06各シリーズのプラスミドベクター、それぞれ6種類を構築した。このように構築されたpCold03及びpCold04シリーズプラスミドは、lacI遺伝子を持つ以外はそれぞれpCold01シリーズ及びpCold02シリーズプラスミドと同じ構造をしている。また、pCold05及びpCold06シリーズプラスミドは、pCold03及びpCold04シリーズプラスミドのlacI遺伝子がそれぞれlacI遺伝子に置換されたものである。
(2)β−ガラクトシダーゼ遺伝子を用いたlacリプレッサーの効果の検討
実施例3−(5)と同様に、プラスミドpKM005をBamHIおよびSalIで消化後、lacZ遺伝子を含むDNA断片を抽出精製した。得られたDNA断片を、上記のプラスミドベクターpCold03、04、05、06シリーズのうちフレームの合うNC2のBamHI−SalI間に挿入し、得られたプラスミドをそれぞれpCold03NC2lac、pCold04NC2lac、pCold05NC2lac、pCold06NC2lacと命名した。
実施例4−(3)で構築したpCold01NC2lac、pCold02NC2lac及び上記プラスミドpCold03NC2lac、pCold04NC2lac、pCold05NC2lac、pCold06NC2lacの計6種類を用いて、lacリプレッサー遺伝子を保持していない大腸菌DH5α株(宝酒造社製)の形質転換を試みた。また、同時にlacZ遺伝子を持たないプラスミドベクターpCold01NC2についてもコントロールとして形質転換を試みた。常法にしたがって、大腸菌DH5α株をコンピテントセル法で形質転換を行ったところpCold02NC2lac以外のプラスミドの場合はすべてコントロールと同等の形質転換効率で形質転換体が得られたが、pCold02NC2lacの場合は形質転換体が全く得られなかった。また、pCold01NC2lacの場合、得られた形質転換体のコロニーは他の形質転換体のものよりも小さかった。
次に、各プラスミドの目的蛋白質の発現制御の能力及び低温における目的蛋白質の発現能力を調べた。すなわち、得られた形質転換体をそれぞれ100μg/mlのアンピシリンを含むLB培地に接種し、37℃で好気的に一晩培養した。この培養液をそれぞれ新鮮な5mlの同じ培地に2%づつ植菌して37℃で好気的に培養し、濁度がOD600=0.6前後に達した時点で一部サンプリングした後、終濃度1mMとなるようにIPTGを加え、培養温度を15℃として更に培養した。これら誘導直前の37℃培養液及び誘導後3時間後、7時間後、24時間後にサンプリングされた培養液を試料として、実施例3−(5)と同様にしてβ−ガラクトシダーゼ活性の測定を行った。
表6に示されるように、lacI遺伝子を持たないpCold01NC2lacを有する形質転換体は37℃の非誘導状態においても高いβ−ガラクトシダーゼ活性を示し、lacI遺伝子あるいはlacI遺伝子を含むその他のプラスミドによる形質転換体では、低いβ−ガラクトシダーゼ活性を示した。このことは、プラスミド上にlacIやlacI遺伝子を有するpCold03からpCold06までのシリーズのプラスミドは、37℃の培養条件において発現の抑制が実質上有効に行われていることを示している。さらに、このことは37℃においてcspA遺伝子の5’−UTRをコードする領域の機能だけでは発現調節が不完全であり、これらプラスミド上に配したオペレーター配列が正常に機能することによって実質的な発現調節が初めて可能であることを示している。また、lacI遺伝子を有するpCold05NC2lac、pCold06NC2lacの形質転換体のβ−ガラクトシダーゼ活性は、lacI遺伝子を有するpCold03NC2lac、pCold04NC2lacの形質転換体よりも低くなり、lacI遺伝子の方が効果的に発現を制御できることが明らかとなった。
一方、低温への温度シフトと誘導剤の添加による発現誘導後は、lacI遺伝子あるいはlacI遺伝子を含むプラスミドによる形質転換体のいずれの場合も経時的なβ−ガラクトシダーゼ活性の上昇が見られた。これらの誘導レベルは、表5に示したlacリプレッサー高発現大腸菌株をpCold01NC2lacあるいはpCold02NC2lacで形質転換した形質転換体の誘導パターンと良く一致しており、lacI遺伝子をベクター上に配置しても目的蛋白質の発現誘導能に影響を与えないことを示している。このことは、オペレーターとしてlacオペレーターを用いた本発明のベクターの場合、ベクター上にlacI遺伝子あるいはlacI遺伝子を導入することにより、lacI遺伝子に関する宿主の制限が無くなることを示している。
Figure 0004370353
実施例6. 相補性の高いダウンストリームボックス配列と精製用のタグを持つ低温誘導ベクターpCold07及びpCold08シリーズプラスミドの構築および誘導能の検討
(1)プラスミドpCold07NC2、pCold08NC2の構築
pCold03シリーズあるいはpCold04シリーズプラスミドでは、CspAのN末端コード領域の下流にマルチクローニングサイトがあり、目的蛋白質はCspAのN末端12あるいは13アミノ酸残基との融合蛋白質として発現される。このCspAのN末端コード領域中にはダウンストリームボックス配列が存在するが、大腸菌のアンチダウンストリームボックス配列を16SリボソーマルRNA中の1467−1481の15塩基と考えた場合、この配列は該15塩基中10塩基が結合する程度の相補性を示す。CspAのN末端をコードする塩基配列を上記の15塩基の配列と完全に相補的な、配列表の配列番号28に示される塩基配列に置換し、さらにその下流に精製用のタグ配列として6残基のヒスチジン残基をコードする配列、及びこれらの塩基配列にコードされるリーダーペプチドを切除するための、プロテアーゼファクターXaの認識アミノ酸配列をコードする塩基配列を導入したプラスミドpCold07NC2、pCold08NC2を構築した。
まず、プラスミドpCold03NC2をNcoIおよびEcoRIで消化し、pCold03NC2上のcspA遺伝子のN末端配列をコードする領域を除きベクター断片を調製した。次に、合成オリゴヌクレオチドDB−3及びDB−4(DB−3及びDB−4の塩基配列をそれぞれ配列表の配列番号26、27に示す)を合成し、アニーリングさせた後、先に調製したpCold03NC2のNcoI−EcoRI間に挿入して、プラスミドpCold07NC2を構築した。また、全く同じ工程により、プラスミドpCold04NC2上のcspA遺伝子のN末端配列をコードする領域を該合成DNAリンカーで置き換えたプラスミドpCold08NC2を構築した。
(2)β−ガラクトシダーゼ遺伝子を用いた、改変型低温誘導ベクターの誘導能の検討
実施例4−(3)で構築したプラスミドベクターpCold01NC2lacをBamHI及びSalI消化後、lacZ遺伝子を含む約6.2kbのDNA断片を抽出精製した。得られたDNA断片を上記のプラスミドpCold07NC2及びpCold08NC2のBamHI−SalI間にそれぞれ挿入し、得られたプラスミドをpCold07NC2lac及びpCold08NC2lacとそれぞれ命名した。これらのプラスミドは、いずれもN末端に16SリボソーマルRNA中のアンチダウンストリームボックス配列と完全に相補的なダウンストリームボックス配列にコードされる5アミノ酸残基、精製用のタグ配列として6残基のヒスチジン残基、ファクターXa認識アミノ酸配列である4アミノ酸残基、及びマルチクローニングサイト由来の10アミノ酸残基の合計25残基からなるN末端リーダーペプチドがβ−ガラクトシダーゼの10番目のアミノ酸残基のところでつながった融合β−ガラクトシダーゼをコードしている。一方、ほかのプロモーターを持つ発現プラスミドとして、pET−システムプラスミドのpET21b(ノバジェン社製)についても同様にしてBamHI−SalI間にlacZ遺伝子を含む約6.2kbのDNA断片を挿入したプラスミドpET21blacを構築し、誘導能の比較検討を行った。
上記の各プラスミド、実施例4で構築したpCold01NC2lac、及びpCold02NC2lacを用いて大腸菌JM109[pET21blacの場合は大腸菌JM109(DE3)、プロメガ社製]を形質転換し、得られた形質転換体について、実施例3−(5)と同様の操作で15℃における発現誘導実験を行った。β−ガラクトシダーゼ活性は誘導直前、誘導3時間後、及び誘導10時間後の3点について測定した。
表7に示されるように、pCold07NC2lac、pCold08NC2lacを含有する形質転換体は、37℃における誘導前では低いβ−ガラクトシダーゼ活性しか発現しておらず、各プラスミドのcspAプロモーターの作用が正確にコントロールされていることが示された。また誘導後7時間においてプラスミドpCold07NC2lacを含有する形質転換体ではpCold03NC2lacを含有するものの5倍以上のβ−ガラクトシダーゼ活性を、プラスミドpCold08NC2lacを含有する形質転換体ではpCold04NC2lacを含有するものの4倍以上のβ−ガラクトシダーゼ活性を発現していた。また、既存の発現ベクターのなかで有力な発現ベクターであるpETシステムと比較して、pCold07シリーズ及びpCold08シリーズプラスミドは特に低温誘導後短時間で高い発現能を有することが明らかとなった。
Figure 0004370353
発明の効果
本発明により、常温での発現が制御可能であり、かつ低温条件において高い発現効率を示す発現ベクターが提供される。該ベクターを用いることにより、宿主に対して有害な作用を示すような蛋白質をコードする遺伝子を含有させた形質転換体を得ることができる。また該ベクターを利用して低温条件下で蛋白質発現を行うことにより、インクルージョンボディの形成を抑え、活性を保持した蛋白質を効率よく得ることが可能となる。
配列番号7はプライマーCSA−67FNの塩基配列を示す。
配列番号8はプライマーCSA13Rの塩基配列を示す。
配列番号9はプライマーCSA13R2の塩基配列を示す。
配列番号11はプライマーCSA+1RLACの塩基配列を示す。
配列番号12はプライマーCSA+20FNの塩基配列を示す。
配列番号13はプライマーCSA70Rの塩基配列を示す。
配列番号14はプライマーCSA+27NF1の塩基配列を示す。
配列番号15はプライマーD3Fの塩基配列を示す。
配列番号16はプライマーD3Rの塩基配列を示す。
配列番号17はプライマーCSA−ter−FHXの塩基配列を示す。
配列番号18はプライマーCSA−ter−Rの塩基配列を示す。
配列番号19は合成オリゴヌクレオチドKS−linker1の塩基配列を示す。
配列番号20は合成オリゴヌクレオチドKS−linker2の塩基配列を示す。
配列番号21はプライマーCSA1NC−Fの塩基配列を示す。
配列番号22はプライマーCSA1NC−Rの塩基配列を示す。
配列番号23はプライマーCSA13R3の塩基配列を示す。
配列番号24はプライマーCSA1ND−Fの塩基配列を示す。
配列番号25はプライマーCSA1ND−Rの塩基配列を示す。
配列番号26は合成オリゴヌクレオチドDB−3の塩基配列を示す。
配列番号27は合成オリゴヌクレオチドDB−4の塩基配列を示す。

Claims (4)

  1. 配列表の配列番号2〜4のいずれかに示される塩基配列のmRNAに対応するDNA配列であるDNA。
  2. ロモーターと発現させようとする目的蛋白質をコードする遺伝子の開始コドンとの間に請求項1に記載のDNAを配置することを特徴とする、低温での目的蛋白質の発現方法。
  3. ロモーターと発現させようとする目的蛋白質をコードする遺伝子の開始コドンとの間に請求項1に記載のDNAを配置させたプラスミドを作製し、該プラスミドで宿主を形質転換して得られた形質転換体を使用することを特徴とする、請求項記載の目的蛋白質の発現方法。
  4. 大腸菌を宿主として実施される請求項記載の目的蛋白質の発現方法。
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