JP4362318B2 - 耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板及びその製造方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、自動車部品などに用いられる1180MPa以上の引張強度を有し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板、及びその製造方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
近年、環境問題への対応のため、炭酸ガス排出低減や燃費低減を目的とする自動車の軽量化が望まれている。また、衝突安全性向上に対する要求はますます高くなっている。自動車の軽量化や衝突安全性向上のためには鋼材の高強度化が有効な手段であり、近年ではバンパーやドアインパクトビームなどの補強材やシートレールなどの用途に、引張強度を1180MPa以上に高めた超高強度鋼板が要望されている。
【0003】
しかしながら、一般に鋼材を高強度化すると、切欠き感受性が高まり環境の悪影響を受けやすくなる。特に腐食環境下では表面に腐食ピットが形成されるとこれが応力集中源となり、さらに腐食反応の進行に伴って発生する水素により水素脆化による割れ、所謂遅れ破壊が発生するという問題があった。
【0004】
遅れ破壊を防止する方法については、これまで高強度ボルトやPC鋼棒などで検討されており、結晶粒を微細化させる方法やP,Sなどの結晶粒界に偏析する不純物元素を低減して結晶粒界を強化する方法などが考えられているが、いずれの方法も本発明者らの試験では大幅な耐遅れ破壊特性の改善には至っていない。
【0005】
また、高強度ボルトやPC鋼棒などは、通常C量が0.3%を超える中炭素鋼を焼き入れ焼戻し処理して製造されるため、高温焼き戻し時に析出するVCやMo2 Cなどの炭化物を水素トラップサイトとして用いる方法が考えられている。しかしながら、炭化物の析出に長時間を要するため製造性に問題があることに加え、炭素量が高いがゆえに薄鋼板で要求される加工性や溶接性が劣悪である。
一方、炭素量を下げると高温焼き戻しでは所要の強度が得られない。従って、上記の方法を薄鋼板に適用することは困難である。
【0006】
高強度鋼板の耐遅れ破壊特性を向上させる技術として、例えば特許文献1には、フェライトを体積率で3〜50%含有する組織とする技術が提案されているが、本発明者らの試験では大幅な耐遅れ破壊特性の改善には至っていない。
以上のように、従来の技術では、1180MPa以上の引張強度を有し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板を製造することは困難であった。
【0007】
【特許文献1】
特許第3286047号公報
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記したような問題点を解決しようとするものであって、1180MPa以上の引張強度を有し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板、及びその製造方法を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、まず通常の薄鋼板製造プロセスによって製造した種々の強度レベルの高強度鋼板を用いて、耐遅れ破壊特性を詳細に解析した。
高強度鋼板の耐遅れ破壊特性の評価は、遅れ破壊が発生しない「限界拡散性水素量」を求めることにより評価した。この評価方法は、電解水素チャージにより種々のレベルの拡散性水素量を試料に含有させた後、遅れ破壊試験中に試料から大気中に水素が抜けることを防止するためCdめっきを施し、その後、大気中で所定の荷重を負荷し、遅れ破壊が発生しなくなる拡散性水素量を評価するものである。
【0010】
ここで、遅れ破壊試験片は、図1に示すような形状の切り欠き付きのものであり、遅れ破壊試験の負荷応力は引張強度の0.9倍である。なお、試料中の拡散性水素量はガスクロマトグラフによる昇温水素分析法で測定することができる。
本発明では、鋼材を100℃/hourの昇温速度で加熱した際に、室温から300℃までに鋼材から放出される水素量を拡散性水素量と定義している。
【0011】
図2に拡散性水素量と遅れ破壊に至るまでの破断時間の関係について解析した一例を示す。試料中に含まれる拡散性水素量が少なくなるほど遅れ破壊に至るまでの時間が長くなり、拡散性水素量がある値以下では遅れ破壊が発生しなくなる。この水素量を「限界拡散性水素量」と定義する。この限界拡散性水素量が高いほど鋼材の耐遅れ破壊特性は良好であり、鋼材の成分、熱処理等の製造条件によって決まる鋼材固有の値である。なお、試料中の拡散性水素量はガスクロマトグラフで容易に測定することができる。
【0012】
そこで、高強度鋼板の限界拡散性水素量を増加させる手段を種々検討した。その結果、焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織を形成させれば、限界拡散性水素量を大幅に高めることができることを見出した。さらに研究を進めた結果、鋼材の成分及び熱処理などの製造条件を適切に制御することにより、通常の薄鋼板製造プロセスにおいて上記したような組織を形成し、1180MPa以上の引張強度を有しかつ耐遅れ破壊特性に優れた鋼が得られることを知見した。
【0013】
本発明はこのような知見に基づいて構成したものであり、その要旨は次の通りである。
(1) 質量%で、
C :0.05〜0.3%、 Si:3.0%未満、
Mn:0.5〜3.0%、 P :0.02%以下、
S :0.02%以下、 Al:0.005〜0.1%、
N :0.001〜0.05%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、鋼の組織が焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織からなり、かつ引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
(2) 前記(1)記載の成分を含有し、さらに質量%で、
Mo:0.1〜3.0%、 V :0.02〜0.5%
の1種または2種を含有することを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
(3) 前記(1)または(2)記載の成分を含有し、さらに質量%で、
Cr:0.05〜3.0%、 Ni:0.05〜5.0%、
Cu:0.05〜2.0%、 W :0.05〜3.0%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
(4) 前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の成分を含有し、さらに質量%で、
Ti:0.005〜0.3%、 Nb:0.005〜0.3%、
B :0.0003〜0.05%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
(5) 前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の成分を含有し、さらに質量%で、
Ca:0.001〜0.01%、Mg:0.0005〜0.01%、
Zr:0.001〜0.05%、REM:0.001〜0.05%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
(6) 限界拡散性水素量が0.2ppm以上であることを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
【0014】
(7) 前記(1)〜(6)のいずれか1項に記載の高強度鋼板を製造する方法であって、前記(1)〜(5)のいずれか1項に記載の成分からなる鋼スラブを1100℃以上の温度に加熱し、850℃以上の仕上げ圧延温度で熱間圧延し、マルテンサイト変態開始温度以下まで20℃/秒以上で冷却して巻き取り、マルテンサイト組織とした後、酸洗し、冷間圧延を行い、Ac1 変態点以上Ac3 変態点未満の温度に加熱して連続焼鈍を行い、加熱温度からマルテンサイト変態開始温度以下まで20〜300℃/秒で冷却し、その後、再加熱するかまたはそのままの状態で100℃〜Ac1 変態点で焼戻すことを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板の製造方法。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下に、本発明における各要件の意義及び限定理由について具体的に説明する。まず、本発明における高強度鋼板の成分限定理由について説明する。
C:Cは鋼の強度を増加させる元素として添加されるものである。0.05%未満では1180MPa以上の引張強度の確保が困難であり、0.3%を超える過剰の添加は延性、溶接性、靭性などを著しく劣化させる。従ってC含有量は0.05〜0.3%とした。
【0016】
Si:Siは固溶強化により鋼板の強度を増大させるのに有用な元素であるが、3.0%を超える過剰の添加は熱間圧延で生じるスケールの剥離性や化成処理性を著しく劣化させるため、Si含有量は3.0%未満とした。Si量の下限は特に限定しないが、強度を増大させるためには0.05%以上含有することが好ましい。
【0017】
Mn:Mnは焼入れ性を高めるために有効な元素であるが、一方で粒界を脆化させ耐遅れ破壊特性を劣化させる有害な元素である。0.5%未満では焼入れ性を高める効果が発現されず、3.0%を超える過剰の添加は耐遅れ破壊特性を劣化させる。従ってMn含有量は0.5〜3.0%とした。
【0018】
P:Pは粒界に偏析して粒界強度を低下させ、靱性を劣化させる不純物元素であり、可及的低レベルが望ましいが、現状精錬技術の到達可能レベルとコストを考慮して、上限を0.02%とした。
【0019】
S:Sは熱間加工性及び靭性を劣化させる不純物元素であり、可及的低レベルが望ましいが、現状精錬技術の到達可能レベルとコストを考慮して、上限を0.02%とした。
【0020】
以上にAlとNを加えた元素が本発明の基本成分であり、上記以外はFe及び不可避的不純物からなるが、所望の強度レベルやその他の必要特性に応じて、Mo,V,Cr,Ni,Cu,Ti,Nb,B,Ca,Mg,Zr,REMの1種または2種以上を添加しても良い。
【0021】
Mo:MoはV,Cとともに(Mo,V)2 Cを形成し、拡散性水素をトラップすることにより耐遅れ破壊特性を向上させる元素であるが、0.1%未満ではその効果が発現されず、3.0%を超える過剰の添加は靭性を低下させるため、Mo含有量は0.1〜3.0%とした。
【0022】
V:VはMo,Cとともに(Mo,V)2 Cを形成し、拡散性水素をトラップすることにより耐遅れ破壊特性を向上させる元素であるが、0.02%未満ではその効果が発現されず、0.5%を超える過剰の添加は靭性を低下させるため、V含有量は0.02〜0.5%とした。
【0023】
Cr,Ni,Cu,W:Cr,Ni,Cu,Wはいずれも耐食性及び強度を向上させる有効な元素である。この効果はそれぞれ0.05%未満では発現されず、Crは3%、Niは5%、Cuは2%、Wは3%を超える過剰添加は靭性を劣化させる。従って、Crの含有量を0.05〜3.0%、Niの含有量を0.05〜5.0%、Cuの含有量を0.05〜2.0%、Wの含有量を0.05〜3.0%とした。
【0024】
Al:Alは脱酸剤として、またAlNを形成し結晶粒粗大化を抑制する効果があるが、0.005%未満ではその効果が発現されず、0.1%を超えて過剰添加すると靭性が劣化するため、Alの含有量を0.005〜0.1%とした。
【0025】
Ti:TiはTiNを形成し結晶粒粗大化を抑制する効果があるが、0.005%未満ではその効果が発現されず、0.3%を超えて過剰添加すると靭性が劣化するため、Tiの含有量を0.005〜0.3%とした。
【0026】
Nb:Nbは微細な炭窒化物を形成し結晶粒粗大化を抑制する効果があるが、0.005%未満ではその効果が発現されず、0.3%を超えて過剰添加すると靭性が劣化するため、Nbの含有量を0.005〜0.3%とした。
【0027】
B:Bは自ら粒界に偏析することにより粒界結合力を向上させるとともにP,S及びCuの粒界偏析を抑制し、粒界強度を高め、遅れ破壊特性や靭性を向上させるのに有効な元素であり、また焼入れ性を高めるのに有効な元素でも有る。
これらの効果は0.0003%未満では発現されず、0.05%を超えて過剰添加すると粒界に粗大な析出物が生成し、熱間加工性や靭性が劣化するため、Bの含有量を0.0003〜0.05%とした。
【0028】
N:Nは窒化物を形成し結晶粒粗大化を抑制する効果があるが、0.001%未満ではその効果が発現されず、0.05%を超えて添加すると靭性が劣化するため、N含有量を0.001〜0.05%とした。
【0029】
Ca,Mg,Zr,REM:Ca,Mg,Zr,REMは、いずれもSによる熱間加工性や靭性の劣化を抑制し、かつ、耐遅れ破壊特性を向上させる有効な元素である。Caは0.001%未満、Mgは0.0005%未満、Zrは0.001%未満、REMは0.001%未満ではこの効果は発現されず、Caは0.01%、Mgは0.01%、Zrは0.05%、REMは0.05%を超える過剰添加は靭性を劣化させる。従って、Caの含有量を0.001〜0.01%、Mgの含有量を0.0005〜0.01%、Zrの含有量を0.001〜0.05%、REMの含有量を0.001〜0.05%とした。
【0030】
限界拡散性水素量については0.2ppm未満であると、耐遅れ破壊特性が十分ではなく、実際に使用される代表的な環境で遅れ破壊を生じる場合があるため、0.2ppm以上とする。
【0031】
次に本発明における高強度鋼板の組織形態の限定理由について述べる。
本発明者らは、成分と熱処理条件を変化させて同一強度レベルで組織の異なる種々の鋼材を作製し、限界拡散性水素量を測定した。限界拡散性水素量と組織の関係について解析した一例を図3に示す。従来の焼入れ焼戻し方法による焼戻しマルテンサイトの単一組織では限界拡散性水素量は低いが、焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織にすることによって限界拡散性水素量が大幅に増大し耐遅れ破壊特性が向上することがわかる。
【0032】
高強度でかつ耐遅れ破壊特性を大幅に向上させるためには、焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織において、焼戻しマルテンサイト間の平均間隔は10μm以下が望ましく、より望ましい条件は5μm以下である。平均間隔は切断法によって測定することができる。また、層状組織の焼戻しマルテンサイト中に面積率で残留オーステナイト、ベイナイト、パーライトの1種又は2種以上が面積率で10%以下存在していても耐遅れ破壊特性に対して何ら差し支えがない。
【0033】
また、焼戻しマルテンサイトの層状組織において、フェライト分率は面積率で10〜70%の範囲が望ましい条件である。これは、フェライト分率が10%未満では耐遅れ破壊特性の向上効果が小さく、一方、70%を超えると1180MPa以上の高強度にすることが困難になるためである。
【0034】
尚、本発明において、焼戻しマルテンサイト、フェライト、残留オーステナイト、ベイナイト、パーライトの各組織の面積率は、鋼板のC断面t/4部を光学顕微鏡または走査型電子顕微鏡により200〜1000倍で10視野観察した場合の平均値と定義する。
【0035】
次に製造条件の限定理由について述べる。
本発明においては、上記化学成分を有する鋼スラブを1100℃以上の温度に加熱し、850℃以上の仕上げ圧延温度で熱間圧延し、マルテンサイト変態開始温度以下まで20℃/秒以上で冷却して巻き取り、マルテンサイト組織とする。スラブ加熱温度が1100℃未満であると、炭化物等が十分に固溶せずに必要な強度や耐遅れ破壊特性が得られないため、スラブ加熱温度の下限は1100℃とした。
【0036】
仕上げ圧延温度が850℃未満であると、熱延中に炭化物等が析出し粗大化するために必要な耐遅れ破壊特性が得られないので、仕上げ圧延温度の下限は850℃にした。熱間圧延後の組織をマルテンサイト組織とするために、熱間圧延後の冷却速度を20℃/秒以上とし、冷却終点温度をマルテンサイト変態温度以下とした。
【0037】
鋼板をマルテンサイト変態開始温度以下で巻き取った後、酸洗し、冷間圧延を行い、連続焼鈍を行う。巻き取り温度の下限は特に限定しないが、製造性を考慮して室温以上とすることが好ましい。なお、熱延鋼板を巻き取って酸洗した後、冷間圧延を行わずに直接焼鈍しても何ら問題ない。
【0038】
連続焼鈍を行うに際し、加熱温度がAc1 変態点未満あるいはAc3 変態点以上であると、最終的に焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織が得られないため、加熱温度はAc1 変態点以上Ac3 変態点未満の温度範囲に限定した。なお、(Ac1 変態点+10)〜(Ac3 変態点−10)℃の温度範囲がより望ましい条件である。
【0039】
二相域に加熱後、加熱温度から冷却を開始するが、冷却速度が20℃/秒未満であると、冷却中に多量のフェライト、パーライト、ベイナイトが生成し強度が低下する可能性が高くなるため、冷却速度の下限を20℃/秒に限定した。冷却中に生成しやすいフェライト、パーライト、ベイナイトをできるだけ防止する観点で、より望ましい冷却速度は50℃/秒以上である。一方、冷却速度が300℃/秒を超えると焼割れが発生しやすくなるので、冷却速度を300℃/秒以下とする。なお、マルテンサイトを生成させるため冷却の終了温度は、マルテンサイト変態開始温度(Ms点)以下である。冷却後、後述の焼戻し温度まで再加熱しても良く、再加熱せずに冷却を終了した温度でそのまま保持し、後述の焼戻し処理をしてもかまわない。
【0040】
次に焼戻し処理条件について述べる。二相域熱処理後の鋼はマルテンサイトとフェライトの二相組織である。マルテンサイト中の過剰な転位や残留応力を回復により消滅させ、過飽和炭素原子を炭化物として析出させることによって、靭性、延性を高めるために焼戻しを行う。特にV,Mo,Nb,Tiを含む鋼では、焼戻し処理によってこれらの合金元素の炭窒化物が生成し、耐遅れ破壊特性が向上する。
【0041】
この焼戻し処理において加熱温度がAc1 変態点を超えると、逆変態が生じて最終的に焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織が得られないため、加熱温度はAc1 変態点以下に制限した。一方、加熱温度が100℃未満であれば前記の効果が得られないので、加熱温度は100℃以上とする。なお、耐遅れ破壊特性向上の点で、焼戻し時の加熱速度は5℃/秒以上が望ましく、焼戻し後の冷却速度は20℃/秒以上が望ましい。
【0042】
【実施例】
以下、実施例により本発明の効果をさらに具体的に説明する。
表1に示す組成を有する鋼を、表2に示す条件で熱間圧延し、冷間圧延した後、表2に示す条件で焼鈍した。焼鈍後の組織、降伏応力及び引張強度を表2に併せて示す。本発明例(No.1〜5)では、いずれも1180MPa以上の引張強度が得られている。これらの鋼板の耐遅れ破壊特性について前述した限界拡散性水素量で評価した。耐遅れ破壊特性評価結果を表2に併せて示す。
【0043】
表1、表2より、本発明例(No.1〜5)では、いずれも限界拡散性水素量が0.2ppm以上であり、耐遅れ破壊特性が優れている。特にMo,Vを含有するもの(No.2、3)は、いずれも限界拡散性水素量が0.8ppm以上であり、耐遅れ破壊特性が格段に優れている。
【0044】
一方、焼鈍温度がAc3 変態点を超えている比較例(No.6)では、焼戻しマルテンサイト単相組織となっているために限界拡散性水素量が0.1ppm以下と低く、耐遅れ破壊特性に劣ることがわかる。また、焼鈍温度がAc1 変態点未満である比較例(No.7)では、セメンタイトが球状化した高温焼戻しマルテンサイト単相組織となっているために、限界拡散性水素量が0.1ppm以下と低く、耐遅れ破壊特性に劣ることがわかる。また、焼鈍後の冷却速度が20℃/秒未満である比較例(No.8)では、冷却途中に面積率で20%のフェライトと20%のパーライトが生成したため、限界拡散性水素量が0.1ppm以下と低く、耐遅れ破壊特性に劣ることがわかる。
【0045】
また、熱間圧延後の冷却停止温度が600℃である比較例(No.9)では、焼鈍後に塊状のフェライトと焼戻しマルテンサイトの混合組織が生成しているために、限界拡散性水素量が0.1ppm以下と低く、耐遅れ破壊特性に劣ることがわかる。また、鋼成分のうち1種又は2種以上が本発明の範囲から逸脱している比較例(No.10、11)では、引張強度が1180MPa未満となっており、高強度鋼板として必要な引張強度が得られていないことがわかる。
【0046】
以上より、鋼成分を本発明で示した範囲に特定し、本発明で示した条件で製造することにより、焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織からなり、1180MPa以上の引張強度を有し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた鋼板が得られることが明らかである。
【0047】
【表1】
【0048】
【表2】
【0049】
【発明の効果】
以上のように本発明によれば、1180MPa以上の引張強度を有し、かつ耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】遅れ破壊試験片の形状と寸法を示す図である。
【図2】遅れ破壊試験における拡散性水素量と破断時間の関係の一例を示す図である。
【図3】限界拡散性水素量と組織の関係を示す図である。
Claims (7)
- 質量%で、
C :0.05〜0.3%、
Si:3.0%未満、
Mn:0.5〜3.0%、
P :0.02%以下、
S :0.02%以下、
Al:0.005〜0.1%、
N :0.001〜0.05%
を含有し、残部がFe及び不可避的不純物からなり、鋼の組織が焼戻しマルテンサイトとフェライトの層状組織からなり、かつ引張強度が1180MPa以上であることを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。 - さらに質量%で、
Mo:0.1〜3.0%、
V :0.02〜0.5%
の1種または2種を含有することを特徴とする請求項1記載の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。 - さらに質量%で、
Cr:0.05〜3.0%、
Ni:0.05〜5.0%、
Cu:0.05〜2.0%、
W :0.05〜3.0%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1又は2記載の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。 - さらに質量%で、
Ti:0.005〜0.3%、
Nb:0.005〜0.3%、
B :0.0003〜0.05%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。 - さらに質量%で、
Ca:0.001〜0.01%、
Mg:0.0005〜0.01%、
Zr:0.001〜0.05%、
REM:0.001〜0.05%
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。 - 限界拡散性水素量が0.2ppm以上であることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板。
- 請求項1〜6のいずれか1項に記載の高強度鋼板を製造する方法であって、請求項1〜5のいずれか1項に記載の成分からなる鋼スラブを1100℃以上の温度に加熱し、850℃以上の仕上げ圧延温度で熱間圧延し、マルテンサイト変態開始温度以下まで20℃/秒以上で冷却してマルテンサイト変態開始温度以下で巻き取り、マルテンサイト組織とした後、酸洗し、冷間圧延を行い、Ac1 変態点以上Ac3 変態点未満の温度に加熱して連続焼鈍を行い、加熱温度からマルテンサイト変態開始温度以下まで20〜300℃/秒で冷却し、その後、再加熱するかまたはそのままの状態で100℃〜Ac1 変態点で焼戻すことを特徴とする耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板の製造方法。
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