JP4255113B2 - 糖の脱硫酸化触媒 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、新規な糖の脱硫酸化触媒等に関する。
【0002】
【従来の技術】
まず、本明細書中で共通して用いる略号について説明する。
【0003】
ARSG:アリールスルファターゼG
4−MU:4−メチルウンベリフェロン
4−MUS:4−メチルウンベリフェリル硫酸
Gal:ガラクトース
Gal6S:6位が硫酸化されたガラクトース
GalNAc:N−アセチルガラクトサミン
GalNAc6S:6位が硫酸化されたN−アセチルガラクトサミン
Glc:グルコース
GlcN:グルコサミン
GlcNAc:N−アセチルグルコサミン
GlcNAc6S:6位が硫酸化されたグルコサミン
GlcNS6S:2位と6位の両方が硫酸化されたグルコサミン
GlcNS3S6S:2位、3位及び6位のいずれもが硫酸化されたグルコサミン
Hep:ヘパリン
KS:ケラタン硫酸
アリールスルファターゼ(arylsulfatase)は、フェノール類の硫酸モノエステルを加水分解する酵素である。非特許文献1及び2には、アリールスルファターゼの一種であるARSGの全アミノ酸配列及び全ヌクレオチド配列が開示されている。
【0004】
【非特許文献1】
European journal of human genetics vol.10 p813-818 (2002)
【非特許文献2】
ナガセ,T.(Nagase,T.)ら、“ホモ・サピエンス KIAA1001タンパク質のmRNA、完全CDS(Homo sapiens mRNA for KIAA1001 protein, complete cds.)”、AB023218、[online]、平成11年6月16日、NCBI[平成15年3月10日検索]、インターネット<http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=nucleotide&list_uids=4589645&dopt=GenBank>
しかしARSGが、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」、特に「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」に特異的に作用して、その6位の硫酸基を脱硫酸化する作用を有すことについては開示も示唆もない。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、ARGSやその融合タンパク質、ARGSを必須成分とする触媒、ARGSを用いる「GlcN骨格を有する硫酸化糖」の脱硫酸化方法等を提供することを課題とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を行った結果、ARGSやその融合タンパク質、ARGSを必須成分とする触媒、ARGSを用いる「GlcN骨格を有する硫酸化糖」の脱硫酸化方法等を提供するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、下記(A)又は(B)のタンパク質(以下「本発明タンパク質」という)を提供する。
(A)配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質。
(B)上記(A)のアミノ酸配列における1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は転位したアミノ酸配列を含み、かつ、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有するタンパク質。ここにいう「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」はGlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。本発明タンパク質は、特に配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列からなるものが好ましい。
【0008】
また本発明は、本発明タンパク質と他のペプチドとの融合タンパク質(以下「本発明融合タンパク質」という)を提供する。
【0009】
また本発明は、本発明タンパク質を必須成分とし、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有する触媒(以下「本発明触媒」という)を提供する。ここにいう「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」はGlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。
【0010】
また本発明は、本発明タンパク質又は本発明触媒を、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」に接触させる工程を少なくとも含む、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」の脱硫酸化方法(以下「本発明脱硫酸化方法」という)を提供する。ここにいう「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は、「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」は、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。
【0011】
また本発明は、本発明タンパク質又は本発明触媒を、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」に接触させる工程を少なくとも含む、脱硫酸化された「GlcN骨格を有する糖」の生産方法(以下「本発明生産方法」という)を提供する。ここにいう「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は、「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」は、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。
【0012】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を、発明の実施の形態によって詳説する。
本発明タンパク質
本発明タンパク質は、下記(A)又は(B)のタンパク質である。
(A)配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質。
(B)上記(A)のアミノ酸配列における1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は転位したアミノ酸配列を含み、かつ、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有するタンパク質。
【0013】
なお、天然に存在するタンパク質には、それをコードするDNAの多型や変異の他、生成後のタンパク質の細胞内及び精製中の修飾反応などによってそのアミノ酸配列中にアミノ酸の置換、欠失、挿入又は転位等の変異が起こりうるが、それにもかかわらず変異を有しないタンパク質と実質的に同等の生理、生物学的活性を示すものがあることが知られている。このように(A)のタンパク質に対して構造的に若干の差違があってもその機能については大きな違いが認められないタンパク質も、本発明タンパク質に包含される。人為的にタンパク質のアミノ酸配列に上記のような変異を導入した場合も同様であり、この場合にはさらに多種多様の変異体を作製することが可能である。例えば、ヒトインターロイキン2(IL-2)のアミノ酸配列中の、あるシステイン残基をセリンに置換したポリペプチドがインターロイキン2活性を保持することが知られている(Science,224,1431(1984))。また、ある種のタンパク質は、活性には必須でないペプチド領域を有していることが知られている。例えば、細胞外に分泌されるタンパク質に存在するシグナルペプチドや、プロテアーゼの前駆体等に見られるプロ配列などがこれにあたり、これらの領域のほとんどは翻訳後、又は活性型タンパク質への転換に際して除去される。このようなタンパク質は、一次構造上は異なった形で存在しているが、最終的には(A)のタンパク質と同等の機能を有するタンパク質である。上記の(B)のタンパク質は、このようなタンパク質を規定するものである。
【0014】
本明細書において「数個のアミノ酸」とは、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性が失われない程度の変異を起こしてもよいアミノ酸の数を示し、例えば600アミノ酸残基からなるタンパク質の場合、2〜30程度、好ましくは2〜15、より好ましくは2〜8以下の数を示す。
【0015】
(B)のタンパク質は、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有する必要がある。
【0016】
このような活性を有するか否かは、GlcN骨格を有する硫酸化糖を基質として、その硫酸化糖が脱硫酸化されたか否かを検出することによって判定できる。脱硫酸化されたか否かは、例えば後述の実施例に示すような陰イオンクロマトグラフィーを用い、伝導率を検出すること等によって遊離した硫酸の量を測定したり、イオン交換クロマトグラフィー等を用いて脱硫酸化によるピークの変動等を検出したり、NMR、質量分析等を用いた構造解析等によって調べることができる
このような方法によって、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を保持しているアミノ酸の欠失、置換、挿入又は転位を容易に選択することができる。
【0017】
ここで、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また、「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」は、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。
【0018】
本発明タンパク質は、なかでも配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列からなることが好ましい。
【0019】
本発明タンパク質の製造方法は特に限定されず、天然物から上記(A)又は(B)のタンパク質を単離してもよく、化学合成等によって上記(A)又は(B)のタンパク質を製造してもよく、遺伝子工学的手法によって上記(A)又は(B)のタンパク質を製造してもよい。遺伝子工学的手法によって本発明タンパク質を製造する具体的方法については、後述する「本発明融合タンパク質」の説明を参照されたい。
<2>本発明融合タンパク質
本発明融合タンパク質は、本発明タンパク質と他のペプチドとの融合タンパク質である。
【0020】
本明細書における「他のペプチド」という用語は、「ポリペプチド」を含む概念として用いる。
【0021】
本発明融合タンパク質としては、本発明タンパク質とマーカーペプチドとの融合タンパク質等が例示される。このような本発明融合タンパク質は、精製又は分析を容易にすることができるというメリットがある。上記マーカーペプチドとしては例えばFLAGペプチド、プロテインA、インスリンシグナル配列、His、CBP(カルモジュリン結合タンパク質)、GST(グルタチオン S−トランスフェラーゼ)などが挙げられる。例えばFLAGペプチドとの融合タンパク質は、抗FLAG抗体を結合させた固相を用いたアフィニティークロマトグラフィーによって簡便に精製することができる。プロテインAとの融合タンパク質は、IgGを結合させた固相を用いたアフィニティークロマトグラフィーによって簡便に精製することができる。同様に、Hisタグとの融合タンパク質については磁性ニッケルを結合させた固相を用いることができる。またインスリンシグナルとの融合タンパク質は、細胞外(培地等)に分泌されることから、細胞破砕等の抽出操作が不要となる。
【0022】
本発明融合タンパク質は、以下の通り製造することができる。
【0023】
まず、本発明タンパク質のうち、前記(A)のタンパク質(配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質)をコードするDNA(以下「DNA(a)」という)を用意する。このDNAは、配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質をコードするものである限りにおいて特に限定されない。このようなDNAとしては、遺伝暗号の縮重によって種々の異なったヌクレオチド配列を有するDNAが存在するが、配列番号1におけるヌクレオチド番号459〜2036で示されるヌクレオチド配列によって特定されるDNAが好ましい。このDNAは、GenBank accession No. AB023218 として登録されている。
【0024】
また、本発明タンパク質のうち、前記(B)のタンパク質をコードするDNA(以下「DNA(b)」という)についても、前記(A)のアミノ酸配列における1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は転位したアミノ酸配列を含み、かつ、GlcN骨格を有する硫酸化糖(好ましくはGlcN骨格を有する6位硫酸化糖、より好ましくはGlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖)を脱硫酸化する活性を有するタンパク質をコードするものである限りにおいて使用することができる。このようなDNAとしては、例えば「DNA(a)」若しくは当該DNAに相補的なDNA又はこれらのDNAの塩基配列を有するDNAと、ストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAが例示される。
【0025】
ここで「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう(Sambrook, J. et al., Molecular CloninGlcaboratory Manual, second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)等参照)。「ストリンジェントな条件」として具体的には、50%ホルムアミド、4×SSC、50mMHEPES(pH7.0)、10×Denhardt's solution、100μg/mlサケ精子DNAを含む溶液中、42℃でハイブリダイズさせ、次いで室温で2×SSC、0.1%SDS溶液、50℃下で0.1×SSC、0.1%SDS溶液で洗浄する条件が挙げられる。
【0026】
上記DNA(a)又はDNA(b)のいずれかを保持するDNAを用いたタンパク質の発現は、当該DNAが保持されたベクター(好ましくは発現ベクター)を用いて行うことが好ましい。DNAのベクターへの組込みは、通常の方法によって行うことができる。
【0027】
DNAを導入するベクターとしては、例えば、導入したDNAを発現させることができる適当な発現ベクター(ファージベクター或いはプラスミドベクター等)を使用することができ、本発明ベクターを組込む宿主細胞に応じて適宜選択できる。このような宿主−ベクター系としては、大腸菌(E. coli)と、pET15b(Novagen社製)、pTrcHis(インビトロゲン社製)、pGEX(ファルマシア バイオテック社製)、pTrc99(ファルマシア バイオテック社製)、pKK233-3(ファルマシア バイオテック社製)、pEZZZ18(ファルマシア バイオテック社製)、pCH110(ファルマシア バイオテック社製)、pBAD(インビトロゲン社製)、pRSET(インビトロゲン社製)又はpSE420(インビトロゲン社製)等の原核細胞用の発現ベクターとの組み合わせ、COS細胞や3LL-HK46細胞などの哺乳類細胞と、pGIR201(Kitagawa, H., and Paulson, J. C. (1994) J. Biol. Chem. 269, 1394-1401)、pEF-BOS(Mizushima, S., and Nagata, S. (1990) Nucleic Acid Res. 18, 5322)、pCXN2(Niwa, H., Yamanura, K. and Miyazaki, J. (1991) Gene 108, 193-200)、pCMV-2(イーストマン コダック(Eastman Kodak)製)、pCEV18、pME18S(丸山ら,Med. Immunol., 20, 27(1990))又はpSVL(ファルマシア バイオテック社製)等の哺乳類細胞用発現ベクターの組み合わせのほか、宿主細胞として昆虫細胞、酵母、枯草菌などが例示され、これらに対応する各種ベクターが例示される。上述の宿主−ベクター系の中でも特に原核細胞(特に大腸菌細胞)とpET15bとの組み合わせが好ましい。
【0028】
DNAを組込むベクターは、目的とする本発明タンパク質とマーカーペプチドとの融合タンパク質を発現するように構築されたものを用いることができる。DNAからのタンパク質の発現及び発現されたタンパク質の採取も、通常の方法に従って行うことができる。
【0029】
例えば、目的とするDNAが組み込まれた発現ベクターを適当な宿主に導入することによって宿主を形質転換し、この形質転換体を生育させ、その生育物から発現されたタンパク質を採取することによって行うことができる。
【0030】
ここで「生育」とは、形質転換体である細胞や微生物自体の増殖や、形質転換体である細胞を組み込んだ動物・昆虫等の生育を含む概念である。また、ここでいう「生育物」とは、形質転換体を生育させた後の培地(培養液の上清)及び培養された宿主細胞・分泌物・排出物等を包含する概念である。生育の条件(培地や培養条件等)は、用いる宿主に合わせて適宜選択できる。
【0031】
生育物からの本発明融合タンパク質の採取も、タンパク質の公知の抽出・精製方法によって行うことができる。
【0032】
例えば目的とする本発明融合タンパク質が、培地(培養液の上清)中に分泌される可溶性の形態で産生される場合には、培地を採取し、これをそのまま用いてもよい。また目的とする本発明融合タンパク質が細胞質中に分泌される可溶性の形態、又は不溶性(膜結合性)の形態で産生される場合には、窒素キャビテーション装置を用いる方法、ホモジナイズ、ガラスビーズミル法、音波処理、浸透ショック法、凍結融解法等の細胞破砕による抽出、界面活性剤抽出、又はこれらの組み合わせ等の処理操作によって目的とする本発明融合タンパク質を抽出することができ、その抽出物をそのまま用いてもよい。
【0033】
これらの培地や抽出物から、本発明融合タンパク質をさらに精製することもできる。精製は、不完全な精製(部分精製)であっても、完全な精製であってもよく、目的とする本発明融合タンパク質の使用目的等に応じて適宜選択することができる。
【0034】
精製方法として具体的には、例えば硫酸アンモニウム(硫安)や硫酸ナトリウム等による塩析、遠心分離、透析、限外濾過法、吸着クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、ゲルろ過法、ゲル浸透クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、電気泳動法等や、これらの組み合わせ等の処理操作が挙げられる。
【0035】
目的とする本発明融合タンパク質が製造されたか否かは、アミノ酸配列、作用、基質特異性等を分析することによって確認することができる。
【0036】
さらに、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質は、リソソーム病の1つであるアリールスルファターゼ欠損症の患者に対する酵素補充療法用の酵素として用いることができる。また、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質をコードするDNAも、このような患者に対する遺伝子治療用の遺伝子として用いることができる。
<3>本発明触媒
本発明触媒は、本発明タンパク質又は本発明融合タンパク質を必須成分とし、GlcN骨格を有する硫酸化糖(好ましくはGlcN骨格を有する6位硫酸化糖、より好ましくはGlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖)を脱硫酸化する活性を有する触媒である。なお本発明は、脱硫酸化剤としての思想をも包含するものである。すなわち本発明には、「本発明タンパク質を必須成分とし、GlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有する脱硫酸化剤」という思想も包含されている。この脱硫酸化剤についての他の説明は、本発明触媒における説明と同様である。
【0037】
本発明触媒は、本発明タンパク質及び本発明融合タンパク質の少なくとも一方を含有していればよい。すなわち「本発明触媒」としては、本発明タンパク質又は本発明融合タンパク質自体をそのまま本発明触媒としてもよく、両者の混合物を用いてもよく、本発明タンパク質又は本発明融合タンパク質に加えて、これらのタンパク質に悪影響を与えず、かつ、本発明の効果に影響を与えない限りにおいて、他の成分を含有させてもよい。
【0038】
本発明触媒の形態も限定されず、溶液形態、凍結形態、凍結乾燥形態、担体と結合した固定化酵素形態のいずれであってもよい。
【0039】
本発明触媒は「GlcN骨格を有する硫酸化糖」の脱硫酸化や、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」から脱硫酸化された「GlcN骨格を有する糖」を生産する場合等に用いることができる。
<4>本発明脱硫酸化方法
本発明脱硫酸化方法は、本発明タンパク質又は本発明触媒を、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」に接触させる工程を少なくとも含む、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」の脱硫酸化方法である。
【0040】
ここにいう「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は、「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また、ここにいう「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」は、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。
【0041】
本発明脱硫酸化方法においては、本発明タンパク質及び本発明融合タンパク質の少なくとも一方を、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」に接触させればよい。これらのタンパク質と、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」との「接触」の方法は、これらの分子が相互に接触して酵素反応が生ずる状態となる限りにおいて特に限定されず、例えば前者に後者を添加してもよく、後者に前者を添加してもよく、両者を同時に添加してもよい。
【0042】
また、本発明タンパク質又は本発明融合タンパク質を担体(例えば、ゲル、ビーズ、膜、プレート等)に固定させ、これに「GlcN骨格を有する硫酸化糖」を接触させてもよい。
【0043】
両者を接触させた後の反応の条件は、本発明タンパク質又は本発明融合タンパク質が作用する条件である限りにおいて特に限定されない。
【0044】
例えばこれらのタンパク質の至適pH付近で反応させることが好ましく、当該pH下で緩衝作用を有する緩衝液中で反応を行うことがより好ましい。
【0045】
またこのときの温度も、これらのタンパク質の活性が保持されている限りにおいて特に限定されないが、35℃〜37℃程度が例示される。
【0046】
また本発明タンパク質又は本発明融合タンパク質の活性を増加させる物質がある場合には、その物質を添加してもよい。
【0047】
反応時間は、pH条件、温度条件、作用させるタンパク質及び基質の量、並びにどの程度の脱硫酸化を所望するか等によって適宜調節することができる。反応時間を長くすれば脱硫酸化の程度を増すことができ、反応時間を短くすれば脱硫酸化の程度を減ずることができる。
【0048】
また本発明脱硫酸化方法には、このような接触工程が少なくとも含まれていればよく、さらに他の工程が含まれていてもよい。
【0049】
本発明脱硫酸化方法により、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」を脱硫酸化することができる。「GlcN骨格を有する硫酸化糖」が脱硫酸化されたか否かは、例えば後述の実施例に示すような陰イオンクロマトグラフィーを用い、伝導率を検出すること等によって遊離した硫酸の量を測定したり、イオン交換クロマトグラフィー等を用いて脱硫酸化によるピークの変動等を検出したり、NMR、質量分析等を用いた構造解析等によって調べることができる。
【0050】
また本発明脱硫酸化方法には、このような接触工程が少なくとも含まれていればよく、さらに他の工程が含まれていてもよい。
<5>本発明生産方法
本発明生産方法は、本発明タンパク質又は本発明触媒を、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」に接触させる工程を少なくとも含む、脱硫酸化された「GlcN骨格を有する糖」の生産方法である。
【0051】
ここにいう「GlcN骨格を有する硫酸化糖」は、「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」であることが好ましい。また、ここにいう「GlcN骨格を有する6位硫酸化糖」は、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖であることが好ましい。
【0052】
本発明生産方法においては、本発明タンパク質及び本発明融合タンパク質の少なくとも一方を、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」に接触させればよい。これらのタンパク質と「GlcN骨格を有する硫酸化糖」との「接触」の方法、接触後の反応の条件・時間等については、前記の「<4>本発明脱硫酸化方法」における説明と同様である。
【0053】
本発明生産方法には、このような接触工程が少なくとも含まれていればよく、さらに他の工程が含まれていてもよい。
【0054】
本発明生産方法により、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」から、脱硫酸化された「GlcN骨格を有する糖」を生産することができる。これらが生産されたか否かは、例えば後述の実施例に示すような陰イオンクロマトグラフィーを用い、伝導率を検出すること等によって遊離した硫酸の量を測定したり、イオン交換クロマトグラフィー等を用いて脱硫酸化によるピークの変動等を検出したり、NMR、質量分析等を用いた構造解析等によって調べることができる。
【0055】
また、生成物中から「脱硫酸化された『GlcN骨格を有する糖』」を単離する方法等は、公知の方法によって行うことができる。
【0056】
【実施例】
以下に、本発明の実施例を具体的に説明する。しかしながら、これらによって本発明の技術的範囲が限定されるものではない。
(1)ARSG遺伝子の発現
COS−7細胞を、10%のウシ胎児血清を含むDMEM培地中で約20〜40%コンフルエントになるまで培養した。培養は5%COの下で37℃で実施した。
【0057】
配列番号1で示される塩基配列(ARSGのcDNA)をpFLAG-CMV6ベクターに組み込んだ発現ベクターを、TransFast Transfection kit(Promega社製)を用いてCOS−7細胞にトランスフェクトし、10%のウシ胎仔血清を含むDMEM培地中、37℃で3日間培養した。培養は5%COの下で37℃で実施した。
【0058】
なお、pFLAG-CMV6への組み込みは、ARSGのN末端側にFLAGペプチドが結合した形で発現されるように(以下、これによって発現される融合タンパク質を「N−」と略記する)、又はARSGのC末端側にFLAGペプチドが結合した形で発現されるように(以下、これによって発現される融合タンパク質を「C−」と略記する)行った。
【0059】
また、配列番号1で示される塩基配列(ARSGのcDNA)が組み込まれていないpFLAG-CMV6ベクターをトランスフェクトした細胞についても、同様に培養した。
(2)酵素液の調製
上記(1)で培養された細胞(ARSGのcDNAを組み込んだ発現ベクターをトランスフェクトしたもの、又はARSGのcDNAを組み込んでいない発現ベクターをトランスフェクトしたもの)を、10mM Tris-HCl(pH7.4又はpH6.0)、0.5% Triton X-100及び0.25M シュークロースを含有する溶液中、氷冷下でセルスクレーパーを用い破砕した。この破砕後の液をそのまま酵素液として用いた。以下、ARSGのcDNAを組み込んだ発現ベクターをトランスフェクトした細胞の酵素液を「ARSG酵素液」と、ARSGのcDNAを組み込んでいない発現ベクターをトランスフェクトした細胞の酵素液を「mock酵素液」という。
(3)脱硫酸化活性の解析
(2)で調製された酵素液を4−MUS(SIGMA社製)に作用させることによって脱硫酸化活性の有無を解析した。反応は、10mM 4−MUS(基質)、10mM 酢酸鉛、50mM 酢酸ナトリウム液(主としてpH6。場合によってはpH4、pH5又はpH7)を含有する反応混合液に、(2)で調製された酵素を添加して、37℃でインキュベートすることによって行った。インキュベート後、0.5M Na2CO/NaHCO(pH11)を反応液の5倍量添加することによって反応を停止させた。蛍光光度計を用いて360nmの波長で励起し460nmの光の強度を検出することにより、脱硫酸化によって遊離した4−MUを検出した。
【0060】
10mMの4−MUSを用い、pH6の条件下で、反応時間を3時間として、種々の濃度の酵素液を作用させた場合の結果を図1に示す。図1中、「丸印」は「ARSG酵素液」を用いた結果を、「四角印」は「mock酵素液」を用いた結果をそれぞれ示す。図1の横軸の「5」、「10」、「15」及び「20」は、(2)で調製された酵素液を終濃度でそれぞれ「5%」、「10%」、「15%」及び「20%」(いずれもvol/vol)含有する溶液を意味する。蛍光強度の「*200」は、200倍希釈液の測定結果であることを意味する。
【0061】
この結果、「ARSG酵素液」を用いた場合、酵素液濃度の増加に伴って遊離の4−MUが増加したことから、「ARSG酵素液」中に含まれるARSGの作用によって脱硫酸化が引き起こされていることが示された。
【0062】
種々の濃度の4−MUSを用い、pH6の条件下で、反応時間を3時間として、終濃度20%(vol/vol)の酵素液を作用させた場合の結果を図2に示す。図2中の「丸印」、「四角印」及び「*200」の意味は、図1と同様である。
【0063】
この結果、「ARSG酵素液」を用いた場合、5.0mM程度までは基質(4−MUS)濃度の増加に伴って遊離の4−MUが増加したが、さらに10mMまでは濃度の増加に伴い遊離の4−MU濃度は漸増した。このことから「ARSG酵素液」中に含まれるARSGの、基質濃度依存的な活性の増加が示された。
【0064】
10mMの4−MUSを用い、種々のpH条件下で、反応時間を3時間として、終濃度20%(vol/vol)の酵素液を作用させた場合の結果を図3に示す。図3中、「太線で結ばれた丸印」は「ARSG酵素液(N−)」を用いた結果を、「細線で結ばれた丸印」は「ARSG酵素液(C−)」を用いた結果を、「四角印」は「mock酵素液」を用いた結果をそれぞれ示す。蛍光強度の「*1000」は、1000倍希釈液の測定結果であることを意味する。
【0065】
この結果、「ARSG酵素液(N−)」、「ARSG酵素液(C−)」ともに脱硫酸化活性を有すること、およびこれらの至適反応pHは6付近であることが示された。
【0066】
10mMの4−MUSを用い、pH6の条件下で、種々の反応時間で終濃度20%(vol/vol)の酵素液を作用させた場合の結果を図4に示す。図4中の「丸印」、「四角印」及び「*200」の意味は、図1と同様である。
【0067】
この結果、「ARSG酵素液」を用いた場合、反応時間が増加するにつれて遊離の4−MUが増加したことから、「ARSG酵素液」中に含まれるARSGの、反応時間依存的な活性の増加が示された。
【0068】
以上の結果から、ARSGは脱硫酸化活性を有することが確認された。
(4)基質特異性の解析
(2)で調製された酵素液を種々の基質と反応させることによって、酵素の基質特異性を解析した。反応混合液(100μl)の組成は、10mM(Gal6S、GalNAc6S、GlcNAc6S、GlcNS6S、GlcNS3S6Sの場合)又は0.25%(Hep及びKSの場合)の基質、10mM (CHCOO)Pb、50mM 酢酸ナトリウム緩衝液(pH6)及び(2)で調製された酵素液(終濃度20%(vol/vol))とした。反応は、37℃で2日間インキュベートすることによって行った。
【0069】
この実施例で用いた基質は、Gal6S、GalNAc6S、GlcNAc6S、GlcNS6S、GlcNS3S6S(Calbiochem社製)、Hep(Sigma社製)及びKS(生化学工業株式会社製)のものをそれぞれ用いた。
【0070】
インキュベート後の溶液を、陰イオンクロマトグラフィー(カラム:TSKgel IC-Anion-PW(東ソー株式会社製)、溶出液:TSKeluent IC-Anion-A(東ソー株式会社製)、流速:1.2mL/分)に付した。溶出された液の伝導率を Chromatopac(島津製作所製)で検出し、そのピークの出現の有無を確認した。また、ピークの出現が観察されたものについては、そのピークの面積を算出した。このピークは、脱硫酸化によって生じた遊離の硫酸を反映するものである。
【0071】
結果を表1に示す。表1中の「丸印」は伝導率のピークが観察されたことを、「バツ印」は伝導率のピークが観察されなかったことを示す。表1中の数値は、算出されたピーク面積を示す。
【0072】
【表1】
Figure 0004255113
【0073】
表1より、ARSGは、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNA3S6Sのいずれの硫酸化糖をも脱硫酸化することが示された。これらの硫酸化糖は、いずれもGlcN骨格を有し、かつ、6位に硫酸基を保持していることから、ARSGはGlcN骨格を有する6位硫酸化糖に存在する6位の硫酸基を脱硫酸化することが示唆された。
【0074】
一方、ARSGは、GalNAc6S、Gal6S、Hep及びKSのいずれの硫酸化糖をも実質的に脱硫酸化しなかったことから、ARSGはGlcN骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化するが、少なくともガラクトース骨格を有する硫酸化糖は脱硫酸化しないことが示された。
【0075】
このことから、ARSGは、GlcN骨格を有する6位硫酸化糖を脱硫酸化し、脱硫酸化された「GlcN骨格を有する糖」が生産されることが示された。
【0076】
また上記の結果から、ARSGはエキソ型のスルファターゼであることが示唆された。
【0077】
【発明の効果】
本発明タンパク質、本発明融合タンパク質及び本発明触媒は、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」の脱硫酸化に用いることができ極めて有用である。また本発明脱硫酸化方法も、「GlcN骨格を有する硫酸化糖」を簡便、迅速、大量かつ安価に脱硫酸化することができ、極めて有用である。特に、化学的に脱硫酸化する場合には酸性条件下等でのシビアな条件下で処理する必要があり、糖鎖自体の分解を招くおそれがある。本発明タンパク質等を用いれば、このような心配もない。例えば、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等を、GlcNAc-Galを基本骨格とする硫酸化オリゴ糖(特開2000−256385号公報等参照)に作用させ、このような硫酸化糖に存在する硫酸基を脱硫酸化することもできる。
【0078】
また本発明生産方法も、脱硫酸化された「GlcN骨格を有する糖」を簡便、迅速、大量かつ安価に生産することができ極めて有用である。
【0079】
硫酸化糖における硫酸基の含量は、種々の生理活性の発現において重要な役割を果たしていると考えられている。したがって、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等を用いて脱硫酸化することにより、望ましい生理活性を発現させたり、望ましくない生理活性の発現を抑制することもできる。したがって、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等は、医薬の素材として利用できる可能性も秘めている。
【0080】
さらに、本発明タンパク質の機能が解明されたことから、生体内において脱硫酸化や硫酸化が疾病等の生理状態と関連している場合には、このような本発明タンパク質に対するモジュレーターを開発することにより、このような生理状態をコントロールすることも可能である。
【0081】
また、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等は、試薬等としても利用することができる。例えば、脱硫酸化された糖鎖に結合するレクチンを用いて免疫組織染色等を行う前に、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等を用いて組織を前処理することによって、硫酸化糖を脱硫酸化し、レクチンによる染色感度を上昇させることもできる。例えば、組織を本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等で処理することにより、組織中に存在している硫酸化糖の非還元末端に存在するGlcNAc6Sの6位の硫酸基を脱硫酸化し、非還元末端にGlcNAcを発現させることによって、コンカナバリンAやマンノースバインディング蛋白を結合させることができる。
さらに、本発明タンパク質や本発明融合タンパク質等を用いて非還元末端に存在するGlcNAc6SをGlcNAcに変換し、これをマンノースバインディング蛋白質(マンノースレクチン;ヒトを含む哺乳類細胞に存在する)に結合させることによって、マンノースレクチンを活性化させる免疫系を活性化できる可能性もある。
Figure 0004255113
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【図面の簡単な説明】
【図1】 酵素液の濃度を変化させて反応させた場合の結果を示す。
【図2】 4−MUS(基質)の濃度を変化させて反応させた場合の結果を示す。
【図3】 種々のpH条件下で反応させた場合の結果を示す。
【図4】 種々の反応時間で反応させた場合の結果を示す。

Claims (3)

  1. 下記(A)又は(B)のタンパク質を必須成分とし、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有する触媒;
    (A)配列番号2におけるアミノ酸番号1〜525で示されるアミノ酸配列を含むタンパク質、
    (B)上記(A)のアミノ酸配列における1もしくは数個のアミノ酸が欠失、置換、挿入又は転位したアミノ酸配列を含み、かつ、グルコサミン骨格を有する硫酸化糖を脱硫酸化する活性を有するタンパク質。
  2. 請求項1に記載の触媒を、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖に接触させる工程を少なくとも含む、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖の脱硫酸化方法。
  3. 請求項1に記載の触媒を、GlcNAc6S、GlcNS6S及びGlcNS3S6Sから選ばれる1又は2以上の硫酸化糖に接触させる工程を少なくとも含む、脱硫酸化された「グルコサミン骨格を有する糖」の生産方法。
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