JP4094971B2 - 植物の生育状態を測定する方法、及びそのためのキット - Google Patents
植物の生育状態を測定する方法、及びそのためのキット Download PDFInfo
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、植物のリノレン酸(18:3)又はその分解物の量を検出、同定、又は定量することからなる植物の生育状態を測定する方法、及びそのための測定キットに関する。また、本発明は、植物のリノレン酸の量を制御することからなる、植物の生育、例えば開花時期や寿命を制御する方法に関する。
さらに、本発明は、リノレン酸(18:3)又はその前駆体からなる植物の成長調整剤に関する。
【0002】
【従来の技術】
植物は食糧としてだけでなく、鑑賞用や、紙や薬品などの工業材料や燃料として多種多様な場において人類と深くかかわってきた。植物の発芽、成長、開花の時期については、自然の気候や土壌の状態により、経験と勘により判断されており、気候などの自然の影響により収穫が大きく左右されていた。植物の発芽、成長、開花の時期を調整・判断することは、鑑賞用の草花や、野菜などの食糧などのにおいて重要なだけでなく、森林における木材の育成においても極めて重要なことである。森林の木をいつ伐採するかということは、森林を維持・再生させてゆくために極めて重要なことであり、そのために木が実を多くつける年(生り年)を予測することが不可欠である。この判断を誤ったり、乱伐を行うと、森林の維持・再生ができず森林が消滅してゆくことになり、近年地球規模の環境問題として注目を集めてきていることである。
植物の成長を調整する手段として、温室などの人工的な気候環境により開花時期を調整したり、エチレンなどの化学薬品を用いて成長を促進させるなどの努力が行われてきたが、これらの多くも植物の成長を経験と勘により調整するものであり、植物の成長の過程を科学的の判断できる材料に基づくものではない。また、これらの手段は、比較的小規模の場所で行えるものであり、森林のような広大な場所で実施することは非現実的である。
植物の成長の過程を科学的に把握し、開花時期を科学的に予測し、調整することは、鑑賞用の草花や食糧用の植物だけでなく、森林の維持・再生においても極めて重要なことであり、森林の木の生り年を科学的に性格に判断することができるようになれば、経験と勘に頼ることなく森林の維持・再生を科学的に制御することができるようになる。
【0003】
本発明者らは、これまでに活性酸素(ROS)が生合成の基質としてばかりでなく植物の発育における制御因子として必要であることを示してきた。しかし、その制御機構は解明されておらず、どのような物質が植物の生育の制御因子になっているかは知られていない。
また、本発明者らは、発芽から花成に至る植物の形態形成が植物中の活性酸素やグルタチオン(GSH)などの酸化還元(レドックス)物質によって調節されていることを最近明らかにした。さらに、本発明者らは、シロイヌナズナの様々なエコタイプの花成の時期、活性酸素消去系酵素・アスコルビン酸ペルオキシダーゼ(APX)の活性、クロロフィル(Ch1)量、自然生態系における緯度に沿った地理分布の間には大きな相関があることを見出してきた。
また、活性酸素と生物の寿命についての研究もされてきている(非特許文献1参照)。
【0004】
一方、生体中の脂肪酸の役割についても研究が進められている。例えば、動物の寿命は心臓の脂質の18:3(リノレン酸)量に対して正に相関することが報告されているが、その機構は解明されていない(非特許文献2参照)。植物の寿命との関係についての報告はなされていない。
植物については、植物から脂肪酸を製造する方法については多数の特許出願があり、例えば、特許文献1には、植物に不飽和化酵素をコードする遺伝子を導入し、それを植物内で発現させて、不飽和脂肪酸、特にステアリドン酸を産生させる方法についての発明が開示されている。また、特許文献2には、苔類から脂肪酸を得る方法についての発明が開示されている。不飽和脂肪酸の含有量を改変した植物の製造も報告されている(非特許文献3参照)。
植物体における脂肪酸の役割については、例えば、植物の脂肪酸代謝、特に不飽和化酵素の性質と細胞内での局在化についての報告もなされている(非特許文献4参照)。
また、植物ではリノレン酸(18:3)は、リノール酸(18:2)から細胞質(Cytoplasmic)においてはFAD3と呼ばれる酵素により生合成され、葉緑体(Chloroplastic)においてはFAD7やFAD8と呼ばれる酵素により生合成されることも知られている(図1参照)。
【0005】
【特許文献1】
特表2002−517255号
【特許文献2】
特開平5−111384号
【非特許文献1】
中野稔ら、「活性酸素−生物での生成・消去・作用の分子機構−」、共立出版
【非特許文献2】
Pamplona, et al., J. Geront., 55A(6), B266-B291 (2000)
【非特許文献3】
Naoier, et al., Current Opinion in Plant Biology, 2, 123-127 (1999)
【非特許文献4】
「蛋白質 核酸 酵素」、第44巻、第15号、第2149−2172頁
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、植物の生育の制御因子を解明し、当該因子を計測することにより、植物の生育状況を測定することを目的としている。また、本発明は、当該因子により植物の生育を制御し、寿命を制御することを目的としている。
【0007】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、活性酸素(ROS)が植物の生合成の基質としてばかりでなく、植物の発育における制御因子として必要であることを示してきた。そして、植物体内のROSの定常濃度が高いシロイヌナズナ変異体をスクリーニングしてきた。これらの変異体を調べたところ、長日・低照度下で野生型より早咲きであった。また、野生型植物の花成はROSの発生剤であるパラコートで促進され、ROSの濃度を低下させる低酸素分圧条件で抑制されたが、変異体ではその効果が認められなかった。
本発明者らは、これらの結果から、植物の発育を制御する因子が活性酸素(ROS)以外に存在し、ROSにより当該因子の量が制御され、その結果として植物の発育が制御されていると考え、当該因子を探索した結果、当該因子がリノレン酸(18:3)であることが判明し、本発明に至った。
【0008】
本発明は、植物のリノレン酸(18:3)又はその分解物の量を検出、同定、又は定量することからなる植物の生育状態を測定する方法に関する。より詳細には、本発明は、リノレン酸(18:3)又はその分解物の量が、全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)を測定することからなる植物の生育状態を測定する方法に関する。
また、本発明は、植物のリノレン酸の量を制御することからなる、植物の生育を制御する方法に関する。より詳細には、本発明は、植物のリノレン酸の量の制御が、リノレン酸(18:3)又はその前駆体を使用する方法や、リノレン酸の生合成酵素をコードする遺伝子の操作である方法に関する。また、本発明における植物の生育の制御が、植物の開花時期の制御や、植物の寿命の制御である植物の生育の制御方法に関する。
さらに、本発明は、リノレン酸(18:3)又はその前駆体からなる植物の成長調整剤に関する。
また、本発明は、リノレン酸(18:3)又はその分解物の量を検出、同定、又は定量するための試薬及び装置からなる植物の生育状態を測定するための測定キットに関する。
【0009】
本発明者らは、イロイヌナズナの変異体を入手し(Nottingum Arabidopsis Stock Centre (http://nasc.nott.ac.uk/)より入手)、これらの変異体を育成して、7日目に小川らの方法(Ogawaら 2001 Plant Cell Physiology 42: 286-291)により活性酸素量を定性的に検出し、野生型よりも高い値を示したものを選抜した。これらの変異体を調べたところ、長日・低照度下で野生型より早咲きであった。また、野生型植物の花成は活性酸素(ROS)の発生剤であるパラコート処理により促進された。即ち、吸水後2週間(14日)目に水処理したものでは開花時のロゼット葉数が平均約53枚であったが、吸水後2週間(14日)目にパラコート処理したものではロゼット葉数が平均約38枚になり、吸水後4週間(28日)目にパラコート処理したものではロゼット葉数が平均約45枚になった。結果を図2のグラフに示す。図2の縦軸はロゼット葉数(枚)を示し、横軸は左から吸水後2週間(14日)目のパラコート処理(白抜き)、吸水後4週間(28日)目のパラコート処理(黒色(原図は青色))、吸水後2週間目(14日)目に水処理(灰色(原図は赤色))を示す。
また、図3にこれらのシロイヌナズナの生育の状況を写した写真を示す。図3は図面に代わるカラー写真である。図3の左側はパラコート処理を行ったシロイヌナズナであり、右側は水処理だけのイロイヌナズナである。パラコート処理した方には花芽が見えているが、水処理のものにはまだ見えていない。開花時のロゼット葉数と開花時期とには相関があり、シロイヌナズナの場合には茎頂分裂組織は発芽より葉器官を作り、開花時には葉器官を作るのを止めて花器官を作るようになるので、開花時のロゼット葉数は開花時、即ち花芽が誘導された指標となることが知られている。
これらの結果、活性酸素(ROS)が過剰になると植物は早咲きになる、即ち開花が促進され、その結果として開花時のロゼット葉数が減少することが示された。
【0010】
本発明者らは、この原因を解析するために、これらの変異株の遺伝子の変異を検討した。この結果、これらの変異株は、リノレン酸生合成酵素の1種であるFAD7に変異を持つ変異体であることがわかった。シロイヌナズナのFAD7のアミノ酸及び塩基配列はすでに知られている(D26019)が、本明細書の配列表の配列番号1にその塩基配列を示し、配列番号2にそのアミノ酸配列を示しておく。FAD7は図1に示されるように、葉緑体におけるリノレン酸(18:3)の生合成酵素である。この酵素は葉緑体に局在し、常に発現していることが知られている。
【0011】
図1に示されるようにリノレン酸(18:3)の生合成酵素は、前記したFAD7のほかにFAD8(葉緑体)及びFAD3(細胞質)が知られており、これらの2重及び3重変異体を製造した。
その結果、FAD7及びFAD8遺伝子の変異体との2重変異体はさらに活性酸素量が高い値を示した。さらに、細胞質型FAD3の変異が導入された3重変異体では検出される活性酸素量がさらに高い値を示した。
【0012】
本発明者らは、これらの酵素の遺伝子の発現と活性酸素(ROS)や発育との関係を調べるために、FAD3の過剰発現種を製造した。この過剰発現種を「35S::FAD3」と命名した。
これらの変異体及び野生型について活性酸素(ROS)量を小川らの方法(Ogawaら 2001 Plant Cell Physiology 42: 286-291)によるMCLA発光により定性的に測定した結果を次の表1に示す。
【0013】
表1中の発光量は野生型のもの量を「+」としている。「nd」は検出できなかったことを示す。
【0014】
この結果は、リノレン酸の生合成酵素の遺伝子の発現量と活性酸素の定常濃度に関連性があることを示しており、リノレン酸の生合成酵素の遺伝子の発現量が少ないと活性酸素の定常濃度が高くなり、またリノレン酸の生合成酵素の遺伝子の発現量が過剰になると活性酸素の定常濃度が極度に低下することを示している。
【0015】
次に、これらの変異体におけるロゼット葉数の変化について検討した。これらの変異体及び野生型を光強度が16−25μE・m−2・s−1で24時間明期で育成したときのロゼット葉数をカウントした結果を図4に示す。図4の縦軸はロゼット葉数(枚)であり、横軸は左から35S::FAD3体(濃い灰色(原図は青色))、野生型(少し薄い灰色(原図は赤色))、fad2変異体(薄い灰色(原図は黄緑色))、fad7変異体(やや薄い灰色(原図は橙色))、fad7及びfad8の2重変異体(黒色(原図は黒色))、fad3、fad7及びfad8の3重変異体(ほぼ白色(原図は黄色))をそれぞれ示す。なお、リノレン酸の量はこの順序で低くなっている。
この結果、野生型では平均約18枚程度であるが、活性酸素の定常濃度が低く、リノレン酸の過剰発現型である35S::FAD3ではロゼット葉数が極度に増加し、平均約28枚程度になるが、リノレン酸の生合成酵素の変異株ではロゼット葉数が減少し、とりわけ葉緑体におけるリノレン酸の生合成酵素FAD7及びFAd8の変異株では葉数が大きく減少することがわかった。
また、図5にこれらのシロイヌナズナの生育の状況を写した写真を示す。図5は図面に代わるカラー写真である。図5の左側は野生型(Columbia)であり、右側はリノレン酸の発現量を過剰にした形質転換体(35S::FAD3)である。ロゼット葉の茂りかたに大きな相違が見られる。
【0016】
次に、開花時のロゼット葉数と全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)について、20%酸素下と6.5%の低酸素下において検討した。結果を図6に示す。図6の上の段は開花時のロゼット葉数(枚)を示し、下の段は全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)を示す。図6に左側の3つは20%酸素下の場合であり、右側3つは6.5%の低酸素下の場合を示す。各々の3つの棒グラフは、それぞれ左側から35S::FAD3(黒色(原図は青色))、野生型(濃い灰色(原図は赤色))、fad3、fad7及びfad8の3重変異体(薄い灰色(原図は黄緑色))をそれぞれ示す。
35S::FAD3は、通常の酸素量でも低酸素量においてもリノレン酸を過剰に発現していることがわかる。そして、この過剰発現型では開花時のロゼット葉数も多い。一方、3重変異体ではリノレン酸はほとんど産生されておらず、開花時のロゼット葉数も少ないし、酸素量による影響をほとんど受けていない。これに対して過剰発現型や野生型は、酸素量による影響を受けることがわかる。
野生型植物の花成はROSの発生剤であるパラコートで促進され、ROSの濃度を低下させる低酸素分圧条件で抑制されたが、変異体ではその効果が認められなかった。
【0017】
以上のことから、植物の発育(例えば、開花時の葉数)と全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)に何らかの相関が示されたので、本発明者らはこれらの相関を検討した。結果を図7に示す。図7の縦軸は開花時の全葉数(枚)であり、横軸は全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)である。この相関をとったところ、二乗相関係数0.9376で両者に強い相関があることがわかった。
即ち、植物の開花や発育は、植物中におけるリノレン酸の量、より詳細には全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)をパラメーターとして観察することができることがわかった。そして、植物はリノレン酸の量、より詳細には全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)により活性酸素(ROS)の定常濃度が調整され、それに応じて成長段階が調整されていることが判明した。
【0018】
本発明は、植物の生育の制御因子としてリノレン酸(18:3)が関与していることを明らかにするものであり、本発明は、植物のリノレン酸(18:3)又はその分解物の量を検出、同定又は定量することからなる植物の生育状態を測定する方法、及びそのための測定キットを提供するものである。
本発明の方法によれば、植物のリノレン酸(18:3)又はその分解物の量を検出、同定、又は定量することにより、植物の発育の段階を知ることができ、またその変化をみることにより植物の開花時期を予測できる、例えば、森林の木における生り年を科学的に予測でき、木の伐採可能な時期を植物の成長に適して決定できることから、森林の維持・再生に極めて有効な方法となる。
また、スギ花粉の飛散が花粉症の原因として問題となっているが、スギの開花時期の予測にも本発明の方法を適用することができ、スギ花粉の飛散を予測することが可能となる。
さらに、鑑賞用の植物や食糧用の植物においても、結実の時期を科学的に予測可能となるだけでなく、植物の生育状況を的確に把握することも可能となることから、集荷時期を適切の予測できるだけでなく、植物を最もよい状態で出荷できることになる。
【0019】
本発明におけるリノレン酸の測定法としては、通常の脂肪酸類の測定方法を採用することができる。例えば、定量的な方法としては、ガスクロマトグラフィーや薄層クロマトグラフィー(新生化学実験講座4、脂質I、中性脂肪とリポタンパク質、日本生化学会編、東京化学同人)などが挙げられるが、これに限定されるものではない。本発明は、リノレン酸(18:3)の具体的な測定方法自体ではなく、植物の発育状態と植物中におけるリノレン酸(18:3)の量、特に全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)に強う相関があることを見出したことにあるのであり、リノレン酸の測定方法としては各種の手段を採用することができる。
また、本発明における測定キットとしても、リノレン酸の量を測定することができる各種の測定用のキットを使用することができる。特に森林などにおけるリノレン酸の測定では、携帯に便利な簡便なものが好ましい。
【0020】
また、本発明は、リノレン酸(18:3)又はその前駆体からなる植物の成長調整剤に関する。リノレン酸(18:3)又はその前駆体を用いて、樹木等などの植物の花をつけるまでの期間(何年も)を早めることも可能となり、また、植物の育種をはやめたりすることも期待できる。さらに、球根などの出芽を抑制する生長調節補助剤の開発も期待できる。
また、リノレン酸の量を分子遺伝的に調節するも可能である。リノレン酸の生合成酵素の遺伝子の欠損や導入により、植物のリノレン酸の発現量を調整することも可能である。さらに、リノレン酸の生合成酵素の遺伝子をコードしている上流のプロモーターを操作することにより、当該酵素の発現時期を制御することも可能となる。そして、このようなリノレン酸の生合成に関与する酵素の遺伝子の操作により、植物の寿命を制御、即ち、遺伝子の制御によるリノレン酸量の制御により寿命(花芽形成)の制御も可能となる。これを利用すると樹木や草花等の植物の花をつけるまでに要する時間(何年も)を調整することが可能となり、植物の寿命を任意に制御することが可能となる。
【0021】
また、本発明は、植物のリノレン酸の量を制御することからなる、植物の生育を制御する方法を提供するものである。植物のリノレン酸の量の制御手段としては、リノレン酸(18:3)又はその前駆体を使用いて、根などから吸収させる方法や、散布などにより直接投与することも可能である。
また、植物のリノレン酸の量の制御手段として、リノレン酸の生合成酵素をコードする遺伝子を操作することできる。リノレン酸の生合成酵素をコードする遺伝子としては、前記してきたfad3、fad7及び/又はfad8などが挙げられる。これらのシロイヌナズナの遺伝子の塩基配列及びアミノ酸配列を配列表の配列番号1〜6に示しておく。配列番号1はfad7の塩基配列であり、配列番号2はfad7のアミノ酸配列である。配列番号3はfad3の塩基配列であり、配列番号4はfad3のアミノ酸配列である。配列番号5はfad8の塩基配列であり、配列番号6はfad8のアミノ酸配列である。これらの遺伝子を欠損させたり、導入させることによりリノレン酸の発現量を調整できる。また、これらの遺伝子の上流のプロモーター領域を操作することもできる。
また、本発明の植物の生育の制御としては、植物の開花時期の制御、発芽時期の制御、植物の寿命の制御などが挙げられる。
【0022】
【実施例】
次に実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0023】
実施例1 (高活性酸素量株の選抜)
Nottingum Arabidopsis Stock Centre (http://nasc.nott.ac.uk/)より、既知変異体、およびT−DNA挿入ラインの種子を入手した。さらに、メタンスルホン酸エチル処理により変異体を作製した(モデル植物の実験プロトコール,秀潤社参照)。これらの変異体をそれぞれ、摂氏22度で、16時間明期/8時間暗期で種子を、1/2ムラシゲスクーグ培地で吸水(Ogawa ら 2001 Plant Cell Physiology 42: 524-530参照)させた後、7日目に活性酸素量を小川らの方法(Ogawaら 2001 Plant Cell Physiology 42: 286-291)により定性的に検出し、野生型よりも高い値を示したものを選抜した。
次に、この変異体を調べたところ、長日・低照度下で野生型より早咲きであった。
選抜された変異体は、既知のFAD7に変異を持つ変異体であった。この酵素は葉緑体に局在し、常に発現していることが知られている。
また、誘導性FAD8遺伝子の変異体との2重変異体を作製した。このものは、さらに活性酸素量が高い値を示した。さらに、細胞質型FAD3の変異が導入された3重変異体を作製した。このものでは検出される活性酸素量がさらに高い値を示した。
【0024】
実施例2 (過剰発現体(35S::FAD3)の作成)
(1)FAD3遺伝子の単離
キアジーン(QIAGEN)社製のアールナアジー植物ミニキット(RNeasy Plant Mini Kit)を用いることによりRNAを単離しストラタジーン(STRATAGENE)社製のプロスター(ProSTAR)を用いてcDNAを作成し、そのcDNAを鋳型にPCR(94℃,30秒,55℃,30秒,72℃,60秒,30サイクル)によりFAD3遺伝子を増幅した。増幅した遺伝子はpGEM−Tイージーベクター(pGEM-T Easy vector (Promega))にサブクローニングし、DNA解析装置により解析を行いFAD3遺伝子の配列であることを確認した。
(2)FAD3遺伝子の植物体での過剰発現
適用した形質転換技術は、ヒンチィー(Hinchee)らにより概説されたアグロバクテリウム遺伝子搬送システム(“Plant Cell and Tissue Culture"pp.231-270eds.I.K.Vasil T.A Thorpe,KluwerAcademic Publisher 1994 参照)を基にして、ペルレグリネシー(Pellegrineschi)らにより記載されたベクターのシステム(1995,BiochemicalSociety Transitions23:247-250)を使用した。
前記(1)1で得た遺伝子配列をSacI/SacIIによりベクターより切り出し、pブルースクリプト(pBlueScript(STRATAGENE))にサブクローニングした。これより、XbaI/SacIで目的の遺伝子を切り出し、pBI121(Clontech)の35Sの下流、XbaI/SacIサイトに入れた。このようにして作成した形質転換用ベクターを、アグロバクテリウムLBA4404へ移動させた。これをクロウフ(Clough)らにより記載された浸潤法(1998, The Plant Journal 16:735-743)により、野生型シロイヌナズナエコタイプCol−0に導入した。カナマイシン含有培地で形質転換体を選抜し、自家受粉によるT3世代の植物を使用した。この酵素遺伝子の過剰発現体はリノレン酸(18:3)が蓄積し遅咲きでありROSの定常濃度が低下していた。
同様にして、FAD3以外にFAD7、又はFAD8についても、本明細書に記載の配列表に基づいて過剰発現型を製造し得る。これらの変異体でも同様に花成遅延の効果を期待できる。
【0025】
実施例3 (パラコート処理による生育)
野生型のシロイヌナズナエコタイプCol−0の種子を、摂氏22度で、16時間明期/8時間暗期で種子を、1/2ムラシゲスクーグ培地で吸水(Ogawa ら 2001 Plant Cell Physiology 42: 524-530参照)させた後、2週間目に2.0Mのパラコートで処理した。
同様に、吸水後、4週間目に2.0Mのパラコートで処理した。
比較として、吸水後、2週間目に水処理した。
これらのそれぞれについて、ロゼット葉数をカウントした。
結果を図2、及び図3に示す。
【0026】
実施例4 (野生型及び各種の変異体の育成)
実施例2で得られた35S::FAD3のリノレン酸過剰発現変異体、野生型、fad2変異体、実施例1で選抜してきたfad7変異体、fad7及びfad8の2重変異体、並びにfad3、fad7及びfad8の3重変異体のそれぞれを生育させ、それぞれの開花時のロゼット葉数を測定した。
結果を図4に示す。
また、野生型及び35S::FAD3型の生育状況を図5にカラー写真で示す。
【0027】
実施例5 (低酸素量下での育成実験)
実施例2で得られた35S::FAD3のリノレン酸過剰発現変異体、野生型、並びにfad3、fad7及びfad8の3重変異体のそれぞれを、通常の20%酸素の条件下、及び6.5%酸素の低酸素条件下で、24時間明期で、光強度60μE・m−2・s−1で生育させ、それぞれの開花時のロゼット葉数、及びリノレン酸の含有量を測定した。
結果を図6に示す。
【0028】
実施例6 (開花時の全葉数とリノレン酸の含有量の相関)
野生型、及び種々の変異体について、開花時の全葉数と全脂肪酸に対するリノレン酸(18:3)の含有量(%)の相関を調べた。
結果を図7に示す。両者の二乗相関係数R2は0.9376と非常に高い値であった。
【0029】
【発明の効果】
本発明は、植物の発育における制御因子である活性酸素(ROS)を制御する因子がリノレン酸(18:3)であることを見出したものであり、この知見に基づいて植物の生育状況をリノレン酸の量の測定により植物の生育状況を決定する方法を提供するものである。本発明により、植物を伐採できるか否かを判断することができるだけでなく、植物の生育を制御することも可能となる。
【0030】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】図1は、植物におけるリノレン酸(18:3)の生合成経路を示したものである。
【図2】図2は、野生型シロイヌナズナを活性酸素(ROS)の発生剤であるパラコート処理したときの発育を開花時のロゼット葉数で検討した結果を示すものである。図2の縦軸はロゼット葉数(枚)を示し、横軸は左から吸水後2週間(14日)目のパラコート処理(白抜き)、吸水後4週間(28日)目のパラコート処理(黒色(原図は青色))、吸水後2週間目(14日)目に水処理(灰色(原図は赤色))を示す。
【図3】図3は、野生型シロイヌナズナを活性酸素(ROS)の発生剤である2.0Mのパラコート処理したときの発育を状態を示す図面に代わるカラー写真である。図3の左側はパラコート処理を行ったシロイヌナズナであり、右側は水処理だけのイロイヌナズナである。パラコート処理した方には花芽が見えているが、水処理のものにはまだ見えていない。
【図4】図4は、野生型及び各種の変異体におけるロゼット葉数の変化について検討した結果を示す。図4の縦軸はロゼット葉数(枚)であり、横軸は左から35S::FAD3体(濃い灰色(原図は青色))、野生型(少し薄い灰色(原図は赤色))、fad2変異体(薄い灰色(原図は黄緑色))、fad7変異体(やや薄い灰色(原図は橙色))、fad7及びfad8の2重変異体(黒色(原図は黒色))、fad3、fad7及びfad8の3重変異体(ほぼ白色(原図は黄色))をそれぞれ示す。なお、リノレン酸の量はこの順序で低くなっている。
【図5】図5は、野生型及びリノレン酸の発現量を過剰にした形質転換体(35S::FAD3)のシロイヌナズナのそれぞれの生育の状況を示す図面に代わるカラー写真である。図5の左側は野生型(Columbia)であり、右側は変異体である。
【図6】図6は、開花時のロゼット葉数と全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)について、20%酸素下と6.5%の低酸素下において検討した結果を示すものである。図6の上の段は開花時のロゼット葉数(枚)を示し、下の段は全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)を示す。図6に左側の3つは20%酸素下の場合であり、右側3つは6.5%の低酸素下の場合を示す。各々の3つの棒グラフは、それぞれ左側から35S::FAD3(黒色(原図は青色))、野生型(濃い灰色(原図は赤色))、fad3、fad7及びfad8の3重変異体(薄い灰色(原図は黄緑色))をそれぞれ示す。
【図7】図7は、開花時の全葉数(枚)と全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)との相関を示すものである。図7の縦軸は開花時の全葉数(枚)であり、横軸は全脂肪酸に対するリノレン酸の含有量(%)である。
Claims (7)
- 植物のリノレン酸の量を制御することからなる、植物の生育を制御する方法。
- 植物のリノレン酸の量の制御が、リノレン酸(18:3)を植物に添加するものである請求項1に記載の方法。
- 植物のリノレン酸の量の制御が、リノレン酸の生合成酵素をコードする遺伝子の操作である請求項1に記載の方法。
- リノレン酸の生合成酵素をコードする遺伝子が、FAD3、FAD7及び/又はFAD8である請求項3に記載の方法。
- 植物の生育の制御が、植物の開花時期の制御である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
- 植物の生育の制御が、植物の寿命の制御である請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
- リノレン酸(18:3)又は植物のリノレン酸の生合成酵素をコードする遺伝子を含むDNAからなる植物の成長調整剤。
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