JP4075562B2 - メチル基転移酵素、それをコードする遺伝子、その遺伝子を含有する形質転換体、及びその遺伝子を用いる形質転換法 - Google Patents
メチル基転移酵素、それをコードする遺伝子、その遺伝子を含有する形質転換体、及びその遺伝子を用いる形質転換法 Download PDFInfo
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、環境ストレスに対する耐性が付与された生物、及びその作出方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
ベタイン(グリシンベタイン、N,N,N−トリメチルグリシン)は、外的浸透圧変化に応じて細胞内の浸透圧を維持するための適合溶質の1つであり、多くの耐塩性生物において、種々の環境ストレスに反応して生合成される。
【0003】
最も良く知られているベタインの生合成経路は、コリンの2段階酸化である。多くのバクテリア、植物、動物は、乾燥又は塩ストレスの条件のもとでベタインを蓄積する。これらの生物においては、コリンからベタインアルデヒド、さらにベタインアルデヒドからベタインへの2段階酸化によってベタインが合成されることが分かっている。
【0004】
このうち、ベタインアルデヒドからベタインを生成する第2段階目に関与する酵素は、植物、動物、バクテリアにおいて同じもの、つまり、NAD+依存のベタインアルデヒドデヒドロゲナーゼ(BADH)である。
反対に、コリンからベタインアルデヒドを生成する第1段階目に関与する酵素は、これら生物の間で異なる。植物では、第1段階目はリスケ(Rieske)型の鉄−硫黄酵素であるコリンモノオキシゲナーゼ(CMO)によって触媒される。動物や多くのバクテリアにおいては、第1段階目は膜結合コリンデヒドロゲナーゼ(CDH)又は溶解性コリンオキシダーゼ(COX)によって触媒される。また、ある種のバクテリアにおいては、CDHやCOXが1段階目だけでなく2段階目も触媒する。
【0005】
しかし、大腸菌のCDH及びBADH、ホウレンソウのCMO及びBADH、バクテリアのCOXをそれぞれ植物に導入する試みが行われたが、すべてにおいてベタインはわずかしか蓄積しなかった(例えば、非特許文献1参照)。
【0006】
古細菌のメタン細菌、好気性従属真正細菌、嫌気性光栄養細菌、シアノバクテリアの中には単純な炭素源からベタインを合成するものがあることは今まで示唆されていたが、これらの生合成経路はほとんど知られていなかった。しかし最近、好気性従属真正細菌であるActinopolyspora halophila(アクチノポリスポラハロフィラ;以下、A. halophilaと記載する。)、嫌気性光栄養細菌であるEctothiorhodopspira halochloris(エクトチオロドスピラ ハロクロリス;以下、E. halochlorisと表記する。)が、グリシンから一連のメチル化反応によってベタインを合成することがわかった。そして2種のメチル基転移酵素遺伝子がE. halochlorisから単離された。
【0007】
2種の遺伝子のうち、第1の遺伝子によってコード化された酵素、グリシンサルコシンメチル基転移酵素(GSMT)は、グリシンをサルコシンに、サルコシンをジメチルグリシンに変換するメチル化反応を触媒する。第2の遺伝子によってコード化された酵素、サルコシングリシンメチル基転移酵素(SDMT)はサルコシンをジメチルグリシンに、ジメチルグリシンをベタインに変換するそれぞれのメチル化反応を触媒する。これら両方の反応において、S−アデノシルメチオニン(AdoMet)がメチル基供与体として作用する。一方A. halophilaからは、N−及びC−末端部分が、E. halochlorisから単離されたGSMT及びSDMTの配列とそれぞれ相同の配列を持つ1つのオープンリーディングフレームが発見された。A. halophilaのGSMTの機能性は得られなかったが、A. halophilaのSDMTがE. halochlorisのSDMTと類似した基質特異性を持っていることがわかった。
【0008】
これらベタイン合成に関する遺伝子をEscherichia coli(エシェリキア コリ;以下、E.coliと表記する。)に導入することによって、導入前のE.coliに比べ耐塩性が増強される事がわかっている。そこで、形質転換後も高レベルに環境ストレス耐性を発現することのできる新規遺伝子、及びそれを用いた、より高いストレス耐性を植物に付与する方法が求められていた。
【0009】
【非特許文献1】
デニス・ロンテン(Denis Rontein)、ギルス・バセット(Gilles Basset)、アンドリュー・ディー・ハンソン(Andrew D. Hanson)著、植物における耐浸透圧性物質の蓄積の代謝工学(Metabolic Engineering of Osmoprotectant Accumulation in Plants)、「メタボリック エンジニアリング(Metabolic Engineering)」、(米国)、2002年1月、第4巻、第1号、p.49−56
【0010】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明の目的は、ベタイン合成に関与するメチル基転移酵素、それをコードする遺伝子、及びそれを用いる形質転換によって高レベルに耐環境性を発現することができる生物と、それを作出するための形質転換方法とを提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、耐塩性ラン藻からベタイン合成に関与する2種のメチル基転移酵素及びそれらをコードする遺伝子を取得し、それらを用いて供発現系を構築し、ラン藻に導入することによって上記目的が達成されることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち本発明は、配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で表されるグリシンサルコシンメチル基転移酵素である。
本発明は、前記グリシンサルコシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子である。
本発明は、配列表の配列番号2に記載の塩基配列で表される前記の遺伝子である。
本発明は、前記遺伝子を含むベクター及び形質転換体である。
【0013】
本発明は、配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列で表されるジメチルグリシンメチル基転移酵素である。
本発明は、前記ジメチルグリシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子である。
本発明は、配列表の配列番号4に記載の前記遺伝子である。
本発明は、前記遺伝子を含むベクター及び形質転換体である。
【0014】
本発明は、前記グリシンサルコシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列表2に記載の遺伝子と、前記ジメチルグリシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列表4に記載の遺伝子とを含む供発現ベクター及び形質転換体である。
【0015】
本発明は、前記供発現ベクターを宿主細胞に導入する形質転換法である。
本発明は、前記配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で表されるグリシンサルコシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列番号2に記載の塩基配列で表される遺伝子を含むベクターと、配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列で表されるジメチルグリシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列番号4に記載の塩基配列で表される遺伝子を含むベクターとを用いる、前記の形質転換法である。
【0016】
【発明の実施の形態】
本発明において、メチル基転移酵素及びそれをコードする遺伝子の取得には、ラン藻(シアノバクテリア)の1種であるAphanothece halophytica(アファノティーキ ハロフィティカ;以下、A. halophyticaと記載する。)を用いると良い。A. halophyticaは、0.25M〜3.0M NaClの広い範囲の塩分濃度条件下で生育することができる耐塩性ラン藻である。A. halophyticaは、高塩濃度下においてベタインを1mol/l以上蓄積する性質がある。
A. Halophyticaにおいてベタインは、前記E. Halochlorisと同様に、グリシンからサルコシン、サルコシンからジメチルグリシン、ジメチルグリシンからベタインの3段階のメチル化反応によって生合成される。これらの反応をE. Halochlorisとは異なる2種類の酵素が触媒する。
【0017】
第1の酵素は、グリシンサルコシンメチル基転移酵素(GSMT)である。GSMTは、グリシンの窒素にメチル基を転移しサルコシンを生成する、1段階目の反応を触媒する。さらに、サルコシンの窒素にメチル基を転移しジメチルグリシンを生成する、2段階目の反応も触媒する。
第2の酵素は、ジメチルグリシンメチル基転移酵素(DMT)である。DMTは、ジメチルグリシンの窒素にメチル基を転移しベタインを生成する、3段階目の反応を触媒する。
これら3段階のメチル化反応において、S−アデノシルメチオニンがメチル基供与体として作用する。S−アデノシルメチオニンはメチル基を転移した後、S−アデノシルホモシステインになる。
【0018】
メチル基転移酵素のアミノ酸配列は、例えば、ペプチドシーケンサーにより決定することができる。
【0019】
これらメチル基転移酵素をコードする遺伝子は、例えば、A. halophyticaのDNAを鋳型とするPCR反応によりそれぞれのコード領域を増幅し、得られたDNA断片をベクターに組み込み、遺伝子解析装置を用いることによってその塩基配列を決定する。
【0020】
このようにして決定されるDNA断片の塩基配列及びこれにより推定されるアミノ酸配列は、配列表の配列番号1〜4に示すものが挙げられるが、前記DNA断片がコードするポリペプチドがグリシンサルコシンメチル基転移酵素活性又はジメチルグリシンメチル基転移酵素活性を損なわない範囲で、一部のアミノ酸又は核酸を除去、置換又は付加する等の改変を行ったものも本発明に含まれる。
【0021】
供発現系の構築方法は、例えば、得られた2種のDNAをそれぞれ、宿主細胞内で発現するプロモーター等を含むベクターと連結させ、得られた2種のベクターを互いに連結させることによって行う。このようにして構築した供発現ベクターをE. coli等に組み込み増幅させた後、宿主細胞に導入する。
【0022】
ベクターを宿主細胞に導入するには、外来遺伝子を導入するための常用方法、例えばアグロバクテリウム法、パーティクルガン法等の方法を用いることができる。また外来遺伝子が導入された細胞を再生するためにも常用の組織培養による方法を用いることができる。
【0023】
また本発明においては、光合成能を有する下等植物である淡水性ラン藻Synechococcus sp, PCC 7942(シネココッカス エスピー ピーシーシー 7942;以下、Synechococcusと表記する。)を宿主の1例として用いるが、ベタインは下等植物であるラン藻類から高等植物にわたってその作用が有効と考えられるため、本発明は全ての光合成植物に適用することが可能である。このような植物としては、例えば、タバコ、トウモロコシ、イネ、小麦、大麦、トマト、ジャガイモ、大豆、ワタ等の草本植物、さらにはユーカリ、アカシアなどの木本植物等に広く適用することができる。
【0024】
【実施例】
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0025】
[培養条件]
E. coil DH5α及びE. coil BL21(DE3)をLuria-Bertani培地(LB培地)又は0.2%のグルコースを唯一の炭素源として添加した最少培地で、37℃で増殖させた。最終濃度50μg/mlでアンピシリンを用いた。A. halophytica細胞も同様に増殖させた。TSK Bio Assist Qカラムは(東ソー(株))のものを用いた。放射能標識したS−アデノシル−L−[メチル−14C]−メチオニンはアマルシャム バイオサイエンスのものを用いた。
【0026】
[メチル基転移酵素遺伝子の単離]
メチル基転移酵素遺伝子はA. halophyticaのDNAを鋳型とし、NcoI及びBamHIの制限酵素部位を含む一組のプライマーを用いたPCR反応によって増幅させた。GSMTのコード領域(795bp)の増幅にはフォワードプライマー(5´−AACCATGGCTATCAAAGAAAAACA−3´(配列表の配列番号5))及びリバースプライマー(5´−CGGGATCCTTAATCTTTTTTCGCAAC−3´(配列表の配列番号6))を用いた。DMTのコード領域(834bp)の増幅にはフォワードプライマー(5´−TTCCATGGCTAAAGCAGACGCAGTC−3´(配列表の配列番号7))及びリバースプライマー(5´−GCGGATCCCTAGGGTTTGTGGAACTT−3´(配列表の配列番号8))を用いた。
【0027】
GSMTから増幅されたDNA断片(ApGSMT)とDMTから増幅されたDNA断片(ApDMT)は、別々にプラスミドベクターの1種であるpBluescriptSK+(インビトロジェン社)のEcoRV制限部位に連結し、ApGSMTからはpApGSMTSK+、ApDMTからはpApDMTSK+を得た。これら2種のプラスミドをE. coliDH5αに導入した。プラスミド中のApGSMTとApDMTのDNA配列はマルチキャピラリーDNAシーケンサ((株)島津製作所)によって解析された。
【0028】
[発現ベクターの構築]
T7プロモーターを含むプラスミドベクターの一種、pET3d(ノバジェン社)を用い、これをNcoIとBamHIによって二重消化した。pApGSMTSK+をNcoIとBamHIによって二重消化し、消化されたpET3dに連結し、pApGSMTを得た。一方、pApDMTSK+もNcoIとBamHIによって二重消化し、消化されたpET3dに連結し、pApDMTを得た。これら2種のプラスミド、pApGSMTとpApDMTはそれぞれApGSMTとApDMTとを含んでいる。
【0029】
[供発現ベクターの構築]
プラスミドpApGSMTをBglIIとBamHIとによって二重消化し、T7プロモーター部位とApGSMTの全塩基配列とを含むDNA断片を得た。一方、pApDMTをBamHIで消化した。前記DNA断片をpApDMTのBamHI制限部位に連結し、ApGSMTとApDMTの両方を含んだ供発現プラスミドpApGSDMTを得た。
【0030】
[E. coilにおけるメチル基転移酵素遺伝子の発現]
プラスミドpApGSMT、pApDMT及びpApGSDMTを、E. coil BL21(DE3)に導入した。
イソプロピル−β−D−チオガラクトピラノシド(IPTG)による誘導によってプラスミド上のT7プロモーターが働き、E. coliにおいてpApGSMTは酵素GSMTを発現し、pApDMTは酵素DMTを発現した。IPTGの濃度が0.1〜1.0mMのとき、E. coliに高レベルに発現され、発現レベルはIPTGが最終濃度の0.5mMのときにほとんど頭打ちとなった。
また、E. coliにおいてpApGSDMTは酵素GSMTと酵素DMTとを発現した。これら2種の遺伝子の供発現は発現レベルに影響を及ぼさなかった。SDS−PAGEによる解析の結果、GSMT、DMTは両方とも、0.5mMのIPTGを誘導した後に供発現細胞において高レベルに発現された。
【0031】
[E. coilにおいて発現したメチル基転移酵素の精製]
発現した細胞は、50μg/mlのアンピシリンを含むLB培地の中で620nmにおける濁度が0.6〜0.8となる対数増殖中期まで増殖させた。そして、0.5mMのIPTGを加え、細胞をさらに3時間増殖させた。細胞は5000×gで10分間遠心し、バッファーA(20mMTris−Cl pH8.0、2mMの2−メルカプトエタノール含有)で2回洗浄することにより採取した。全細胞抽出物はKubota Insonator201 M(クボタ(株))により180W、15分の音波処理を行うことによって得られた。未粉砕細胞は10,000×g、10分間の遠心により除去された。
【0032】
発現した酵素GSMTは、25%硫酸アンモニウムを添加して沈殿させた。沈殿分画をバッファーAに溶解し、バッファーAを用いて透析を行った。透析された溶液分画は、TSK BioAssist Qカラム(4.6mm×5.0cm)に通した。さらにGSMT分画を0〜1000mM NaClによって勾配溶離させた。200〜300mMで溶出した活性分画を集め、再びバッファーAで透析を行い、HPLCカラムに通した。HPLCを3回行った後、精製されたGSMTが得られた。
【0033】
発現した酵素DMTは、50〜75%硫酸アンモニウムを添加して沈殿させた。沈殿分画をバッファーAに溶解し、バッファーAを用いて透析を行った。透析された溶液分画は、TSK BioAssist Qカラム(4.6mm×5.0cm)に通した。さらにDMT分画を0〜1000mM NaClによって勾配溶離させた。350〜450mMで溶出した活性分画を集め、再びバッファーAで透析を行い、HPLCカラムに通した。HPLCを3回行った後、精製されたDMTが得られた。
【0034】
SDS−PAGEから推定した酵素の分子量はGSMTが30kDa、DMTが34kDaであった。Superdex200 column(60×2.6cm)ゲル濾過カラムクロマトグラフィー(アマルシャムファルマシアバイオテク)によって推定された、活性状態の酵素の分子量は、GSMTが32kDa、DMTが28kDaであった。ゲル濾過によるこの結果は、両方の酵素がモノマーであることを示唆している。
【0035】
[E. coilにおいて発現した酵素の活性]
メチル基転移酵素活性を、Rohaらの方法(Roha A、Wagner C、MacDonald RG、Bresnick E、J. Biol. Chem、1994年、269巻、p. 5750-5756)に準じて計測した。基質としては、メチル基受容体として作用するいくつかの種類の物質を用い、それぞれについて試験を行った。反応は下記の反応混合物に精製した4mMメチル基転移酵素S−アデノシル−L−メチオニン(45nCi S−アデノシル−L−[メチル−14C]−メチオニン)25μlを添加することによって開始した。
【0036】
【0037】
37℃で30分間放置した後、残留S−アデノシル−L−[メチル−14C]−メチオニンを吸着する炭素懸濁液(0.1M酢酸中133g/l)75μlを加えることによって反応を停止させ、氷中で10分間放置した。10分間遠心した後、転移された14C−メチル基を液体シンチレーションカウンターmodel 3200C(アロカ(株))によってアッセイするために、75μlの上澄み液を取り除いた。酵素活性は、1分間あたり転移されたメチル基のナノモル数として計算された。反応混合物のpHは下記のバッファーによって調節された。
【0038】
125mM リン酸ナトリウム緩衝液(pH6.0〜7.0)
125mM Hepes−KOH(pH7.0〜8.0)
125mM Tris−Cl(pH7.5〜8.8)
【0039】
図1(メチル基転移酵素活性;Methyltransferase activity)は、得られたGSMT及びDMTの酵素活性の試験結果を示す。すなわち、図1は、メチル基受容体となり得る各基質に対するDSMT及びDMTの相対活性を表す。
【0040】
GSMTについては、グリシン(glycine)、サルコシン(sarcosine)、ジメチルグリシン(dimethylglycine)、プロリン(proline)、アラニン(alanine)、イソロイシン(isoleucine)、バリン(valine)、アスパラギン(asparagine)、グルタミン(glutamine)、ロイシン(leucine)、セリン(serine)、スレオニン(threonine)、フェニルアラニン(phenylalanine)、メチオニン(methionine)、システイン(cysteine)、エタノールアミン(ethanolamine;(EA))、モノメチルエタノールアミン(monomethyl-EA)、ホスホリルエタノールアミン(phosphoryl-EA)、ホスファチジルエタノールアミン(phosphatidyl-EA)の19種を基質に用い、それぞれについて試験を行った。
【0041】
DMTについては、上記19種の基質に加え、イソ吉草酸(isovaleric acid)、酪酸(n-butyric acid)、t−ブチル酢酸(t-butylacetic acid)、プロピオン酸(propionic acid)を基質に用い、それぞれについて試験を行った。
図1が示すように、GSMTは、グリシンとサルコシンに対して厳密な特異性を有し、DMTはジメチルグリシンのみに対して厳密な特異性を有していた。
【0042】
また、精製されたGSMT及びDMTはアルカリpHにおいて高い活性を示した。GSMT及びDMTの最適pHは、Tris−Cl緩衝液、pH8.8において得られた。
【0043】
[E. coliにおいて発現した酵素の特性]
メチル基受容体であるグリシン、サルコシン及びジメチルグリシンの濃度をそれぞれ0mM〜50mMに変化させ、一方、メチル基供与体であるS−アデノシル−L−メチオニンの濃度は0〜10mMに変化させ、GSMT及びDMTの動力学的パラメーターであるKmを計測した。グリシンとサルコシンに対し特異性を有するGSMTは、グリシンに対するKm値が1.5mM、サルコシンに対するKm値が0.8mM、S−アデノシル−L−メチオニンに対するKm値が0.65mMであり、これらの基質に対して低い値を示した。
【0044】
ジメチルグリシンに対し特異性を有するDMTは、ジメチルグリシンに対するKm値が0.18mM、S−アデノシル−L−メチオニンに対するKm値が0.5mMであり、両方の基質に対して低い値を示した。
【0045】
メチル基転移酵素の強力な阻害剤であるS−アデノシル−L−ホモシステインは、グリシンがメチル基受容体として使用されたときは0.8mM、サルコシンがメチル基受容体として使用されたときは1.0mMの濃度で、GSMTの活性を完全に阻害した。1.0mMのS−アデノシル−L−ホモシステインの存在下で、DMT活性も完全に阻害された。
【0046】
塩化ナトリウムを加えない時の活性を100%とすると、GSMT、DMTは両方とも、1Mの塩化ナトリウムの存在下で85%、2Mの塩化ナトリウムの存在下で65〜70%の活性を保っていることがわかった。このように、2Mという高濃度の塩化ナトリウムを含んでいても、塩化ナトリウムがそれぞれの酵素活性に大きく影響することはない。すなわち、GSMT及びDMTは、高濃度の塩に対する耐性を有しており、高い塩濃度の存在下でもベタインを合成することができる。さらにベタインは、塩化ナトリウムの影響による過酷な条件下でDMT活性を保護する効果がある。例えば0.5Mのベタインを反応混合物に加えるとDMTはその活性を100%まで回復することができた。
【0047】
[発現したE. coli細胞中の高塩濃度条件下におけるベタインの含量]
発現ベクターを組み込んだE. coliを富栄養培地(過剰の塩として0.3Mの塩化ナトリウムが添加されているLB培地)で増殖させたときの発現細胞中のベタイン含量を、質量分析器KOMPACT MALDI IV tDE(島津/クレイトス)を用いて分析した。発現細胞中のベタイン量は0.3Mの高塩濃度の条件下ではコントロール細胞より3−フォールドから6−フォールド高かった。
【0048】
唯一の炭素源として0.2%のグルコースを添加された最少培地では、標準塩濃度及び高塩濃度のどちらの条件においても、発現細胞中のベタイン量はコントロール細胞より約2−フォールド高かった。富栄養培地中の発現細胞の増殖率がコントロール細胞より高いということは、発現細胞がコントロール細胞より高い耐塩性を有していることを示している。
【0049】
[アップショック及びダウンショックの条件における発現レベル]
ウェスタンブロット法による分析から、野生型のA. halophlyticaにおいては、GSMT及びDMTは、高塩濃度の条件で培養したとき高レベルで発現した。すなわち、GSMT及びDMTは、0.5Mの塩化ナトリウムよりも2.5Mの塩化ナトリウムを含む培地の培養細胞の方が強い交差反応バンドを示した。なお、ウェスタンブロット法を行うにあたり、精製したGSMTとDMTとをそれぞれwhite New Zealand rabbit(ホワイトニュージーランドウサギ)のメスに注射することによって、それぞれの酵素に対する抗体を調製した。
【0050】
NaClを含まない培地では、A. halophlytica細胞は増殖することができない。A. halophlytica細胞が塩濃度の条件を変更(塩化ナトリウムのアップショック及びダウンショック)された場合、GSMT及びDMTは、塩濃度のアップショックを受けた時発現レベルを高め、DMTのレベルはGSMTに比べて高強度のバンドを有する事がわかった。反対にダウンショックの条件においては、これら2種の遺伝子の発現度は減少する。塩のアップショック及びダウンショックの条件下におけるウェスタンブロット法の分析結果から、GSMT及びDMTは野生型のA. halophlyticaにおいてベタイン量の調整に関与し、塩のダウンショック条件においてはより重要な役割を果たすことを示している。
【0051】
[淡水性ラン藻における形質転換]
淡水性ラン藻Synechococcusを宿主として用いた形質転換は、Porter R. D.、「DNA Transformation」、Methods in Enzymology 、167巻、p. 703-712に記載されている方法に従って行った。まず、BG11培地(Rippka, R. et al.、J. Gen. Microbiol.、1979年、111巻、 1号)で淡水性ラン藻Synechococcusを生育させ、導入するDNA体積の1〜9倍のラン藻をセルで混合した。次に15〜60分かけてDNAを取り込み、10μg/mlのDNAase、10mMのMg2+を加え、取り込みを停止した。これをアンピシリン培地において光照射のもとで増殖させた。さらにスクリーニングを行い、形質転換ラン藻を得た。
【0052】
[野生型淡水性ラン藻と形質転換ラン藻との生育速度の比較]
(1)NaClを加えない培地(BG11)で生育させた場合
野生型淡水性ラン藻Synechococcusと、前述の方法で得られた酵素GSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子をSynechococcusに導入した形質転換ラン藻と、同様の方法で得られた、コリンの酸化によってベタインを合成する酵素CDH及びBADHをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻とを、NaClを加えないBG11培地で生育させたときの結果を図2に示す。図2及び後述する図3〜5において、縦軸は730nmにおける濁度(OD730)を表し、横軸は日数(Day)を表す。また、Controlは野生型淡水性ラン藻コントロール)を表し、GSMT/DMTは酵素GSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻を表し、CDH/BADHは酵素CDH及びBADHをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻を表す。図2が示すように、コントロール、GSMT/DMT及びCDH/BADHの生育速度はほぼ同じであった。
【0053】
(2)0.4M NaClを含む培地(BG11+0.4M NaCl)で生育させた場合
野生型淡水性ラン藻と、酵素GSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻と、酵素CDH及びBADHをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻とを、0.4M NaClを含む培地で生育させた時の結果を図3に示す。図3が示すように、コントロール及びCDH/BADHは生育することができなかったが、GSMT/DMTは生育した。
【0054】
(3)0.5M NaClを含む培地(BG11+0.5M NaCl)で生育させた場合
野生型淡水性ラン藻と、酵素GSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻と、酵素CDH及びBADHをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻とを、0.5M NaClを含む培地で生育させた時の結果を図4に示す。図4が示すように、コントロール及びCDH/BADHは生育することができなかったが、GSMT/DMTは生育した。
【0055】
(4)海水(sea water)中で生育させた場合
野生型淡水性ラン藻と、酵素GSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻と、酵素CDH及びBADHをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻とを、海水中で生育させた時の結果を図5に示す。図5が示すように、コントロール及びCDH/BADHは生育することができなかったが、GSMT/DMTは生育した。
【0056】
[形質転換ラン藻におけるベタインの蓄積量]
BG11培地中のNaCl濃度を変化させ、野生型の淡水性ラン藻と、前記の方法で得られたGSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻とのベタイン蓄積量を、質量分析器KOMPACT MALDI IV tDE(島津/クレイトス)を用いて分析した。培地は、NaCl濃度が0.3M、0.4M、0.5Mのものを用いた。その結果を図6(GSMT及びDMTを発現するSynechococcus sp. PCC 7942細胞におけるベタインの蓄積量;Accumulation of betaine in Synechococcus sp. PCC 7942 cells expressing DSMT and DMT)に示す。
【0057】
図6において、縦軸はベタイン(Betaine)を1mgタンパク質当たりのナノモル数(nmol/mg protein)で表し、横軸は培地のNaCl濃度を表す。また、controlは野生型淡水性ラン藻(コントロール)を表し、GSMT/DMTは酵素GSMT及びDMTをコードするそれぞれの遺伝子を導入した形質転換ラン藻を表す。図6が示すように、コントロールはベタインを蓄積しなかったが、GSMT/DMTはベタインを蓄積し、その量は塩濃度の増加とともに増加した。
【0058】
【発明の効果】
本発明によると、ベタイン合成に関与するメチル基転移酵素、それをコードする遺伝子、及びそれを用いる形質転換によって高レベルに耐環境性を発現することができる生物と、それを作出するための形質転換方法とを提供することができる。
【配列表】
【0059】
【配列表フリーテキスト】
配列番号5〜8は合成プライマーである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 GSMT及びDMTのメチル基転移酵素活性の試験結果である。
【図2】 NaClを含まない培地における野生型淡水性ラン藻及び形質転換ラン藻を生育させた場合のそれぞれの生育速度を表わしたグラフである。
【図3】 0.4M NaClを含む培地で野生型淡水性ラン藻及び形質転換ラン藻を生育させた場合のそれぞれの生育速度を表わしたグラフである。
【図4】 0.5M NaClを含む培地で野生型淡水性ラン藻及び形質転換ラン藻を生育させた場合のそれぞれの生育速度を表わしたグラフである。
【図5】 海水中で野生型淡水性ラン藻及び形質転換ラン藻を生育させた場合のそれぞれの生育速度を表わしたグラフである。
【図6】 野生型淡水性ラン藻及び形質転換ラン藻におけるベタインの蓄積量を表わしたグラフである。
Claims (14)
- 配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で表されるグリシンサルコシンメチル基転移酵素。
- 請求項1に記載のグリシンサルコシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子。
- 配列表の配列番号2に記載の塩基配列で表される請求項2に記載の遺伝子。
- 請求項2又は3に記載の遺伝子を含むベクター。
- 請求項2又は3に記載の遺伝子を含む形質転換体。
- 配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列で表されるジメチルグリシンメチル基転移酵素。
- 請求項6に記載のジメチルグリシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子。
- 配列表の配列番号4に記載の塩基配列で表される請求項7に記載の遺伝子。
- 請求項7又は8に記載の遺伝子を含むベクター。
- 配列表7又は8に記載の遺伝子を含む形質転換体。
- 請求項2又は3に記載の遺伝子、及び請求項7又は8に記載の遺伝子を含む供発現ベクター。
- 請求項2又は3に記載の遺伝子、及び請求項7又は8に記載の遺伝子を含む形質転換体。
- 配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で表されるグリシンサルコシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列番号2に記載の塩基配列で表される遺伝子、及び配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列で表されるジメチルグリシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列番号4に記載の塩基配列で表される遺伝子を含む供発現ベクターを宿主細胞に導入する形質転換法。
- 前記配列表の配列番号1に記載のアミノ酸配列で表されるグリシンサルコシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列番号2に記載の塩基配列で表される遺伝子を含むベクターと、配列表の配列番号3に記載のアミノ酸配列で表されるジメチルグリシンメチル基転移酵素をコードする遺伝子又は前記配列番号4に記載の塩基配列で表される遺伝子を含むベクターとを用いる、請求項13に記載の形質転換法。
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