JP4073986B2 - 脊髄潅流液 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、脊髄潅流液に関し、詳しくは、脊髄損傷の手術、治療に際し、損傷部位に潅流するためのヒアルロン酸またはその塩を含有する脊髄潅流液に関する。
【0002】
【従来の技術】
脊髄が損傷を受けると、機械的損傷に加え、炎症反応などにより二次変性が生じ、そのため脊髄機能障害を増強し、不可逆的変性に陥る。
【0003】
従来、脊髄損傷後の二次変性を抑制するために、多くの治療法が試みられてきたが、未だ効果的な治療法は確立されていない。例えば、デキサメタゾン、メチルプレドニゾロン等のステロイド薬を大量投与する方法が知られているが、治療効果を裏付けるまでには至っていない(「脊髄損傷の実際」赤津隆他、5〜6頁、南江堂(1991))。
【0004】
なお、特開平6−157322には、グリコサミノグリカン等の多糖類が急性神経障害治療薬として有効であることが記載されている。ここでは、主に硫酸化多糖類が有効であることが示されている。すなわち、具体的にはSY5YS型神経芽腫細胞を用いたin vitro試験において、4b−ホルボール−12b−ミリステート−13a−アセテート(PMA)の神経突起または軸索の形成に対する阻害効果に対し、培地中に存在させた各種の多糖類の拮抗作用を検討した実験結果が示されている。その結果から、硫酸化多糖類であるヘパリンまたはデルマタン硫酸は著明な神経突起形成効果を示しているのに対し、硫酸化されていないヒアルロン酸は対照と比較してほとんど効果がなかったことが分かる。また、ラットの座骨神経を切除したモデルでのin vivo実験ではヒアルロン酸は用いられていないが、この実験における多糖類の投与は腹腔内に投与していることから、この治療薬は注射薬を想定したものであることが分かり、潅流液としての用途については記載されていない。
【0005】
一方、本発明者らは、先に人工脊髄液を潅流液として用いて、脊髄機能に対する脊髄潅流療法の有効性を、脊髄誘発電位(spinal cord evoked potential;以下「SCEP」ともいう)を測定し、評価した(日整会誌(J.Jpn.Orthop.Assoc.) 71 (8) S1650 (1997))。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
人工脊髄液を潅流液として用いた本発明者らによる先の実験では、ある程度SCEPの回復が認められ、二次メディエーターの洗い出し効果、および酸素供給による血行改善効果があり、脊髄潅流液として有効であることが示されている。しかしながら、炎症抑制効果、フリーラジカル等の有害物質を捕捉する効果、組織保護効果は十分ではなく、また、人工潅流液は各種塩類、グルコース等を適切な量添加して調製しなければならず、組成が複雑で調製が煩雑であるため、脊髄潅流液としては必ずしも満足できるものではなかった。
【0007】
本発明は上記の問題点を解決すべくなされたものであり、複雑な調製を必要とせず、かつ、二次メディエーターの洗い出し効果だけでなく、炎症抑制効果、有害物質を捕捉する効果、組織保護効果等の優れた効果を兼ね備えた脊髄潅流液を提供することを課題とする。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、脊髄損傷による神経障害の治療において、障害部位をヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液で潅流することによって、有害物質を捕捉し、損傷後の二次変性を防止し、神経組織を保護し、障害からの回復を早めることを見出し、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、以下の特徴を有するものである。
【0009】
(1)ヒアルロン酸またはその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液からなる脊髄潅流液。
(2)脊髄損傷における脊髄潅流療法に使用される(1)記載の脊髄潅流液。
(3)急性脊髄損傷ラット・モデルに投与して、脊髄損傷後3時間目に脊髄誘発電位を測定した際に、脊髄損傷前のラットの該電位と比較して約40%以上の値が得られるように調製した(1)記載の脊髄潅流液。
【0010】
(4)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の含有量が0.2〜0.4重量%である(1)記載の脊髄潅流液。
(5)前記水性溶液の浸透圧比が0.9〜1.2である(1)記載の脊髄潅流液。
【0011】
(6)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩が以下の性質を有することを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の脊髄潅流液。
(A)エンドトキシン含量が0.03EU(エンドトキシン単位)/10mg以下、
(B)硫黄含量が電量滴定において0.01%以下、
(C)鉄含量が20ppm以下、
(D)タンパク質含量が0.1%以下、
(E)重量平均分子量が500,000〜4,000,000。
【0012】
(7)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が500,000〜2,200,000である(6)記載の脊髄潅流液。
(8)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が600,000〜1,200,000である(6)記載の脊髄潅流液。
(9)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が1,500,000〜2,200,000である(6)記載の脊髄潅流液。
【0013】
(10)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が1,900,000〜3,900,000である(6)記載の脊髄潅流液。
(11)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の極限粘度が11.0〜45(dl/g)である(6)記載の脊髄潅流液。
(12)前記水性溶液のpHが6〜8である(1)〜(11)のいずれかに記載の脊髄潅流液。
【0014】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。まず、本発明の脊髄潅流液を構成する水性溶液が含有するヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩について説明する。
【0015】
(1)ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩
本発明の脊髄潅流液に用いられるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩は、脊髄潅流液に用いたときに脊髄損傷を回復させる作用を有するものであり、生体に投与可能な純度を有する限り、特定の由来、製造法、分子量、塩の種類等には限定されない。本発明に好適なヒアルロン酸もくしはその塩の種類または脊髄潅流液の組成は、後述の急性脊髄損傷ラット・モデルを用いたSCEP測定による評価によって、選択することができる。
【0016】
上記本発明の脊髄潅流液に用いられるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩として、具体的には、以下の性質を有するヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を挙げることができる。
【0017】
(A)エンドトキシン含量が0.03EU(エンドトキシン単位)/10mg以下、
(B)硫黄含量が電量滴定において0.01%以下、
(C)鉄含量が20ppm以下、
(D)タンパク質含量が0.1%以下、
(E)重量平均分子量が500,000〜4,000,000。
【0018】
なお、上記(A)〜(E)の物性の測定は、ヒアルロン酸類について上記物性を測定する際に当業者によって通常用いられている方法によるものである。
さらに、上記性質を有する本発明の脊髄潅流液に用いられるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩のより具体的な例として、例えば、上記(A)〜(D)の性質を有し、さらに重量平均分子量が、500,000〜2,200,000程度、600,000〜1,200,000程度、1,500,000〜2,200,000程度、又は1,900,000〜3,900,000程度のヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を挙げることができる。
【0019】
なお、ヒアルロン酸の重量平均分子量は、例えば日本薬局方の粘度測定法(第十二改正、日本薬局方解説書、B−310〜B−321、1991年 広川書店発行 参照)に基づいて極限粘度を算出し、Laurent, T.C. et al, Biochim. Biophys. Acta, 42, 476(1960)に記載された下記換算式を用いて極限粘度値から求めることができる。
【0020】
【数1】
〔η〕=0.036・M0.78
η:極限粘度(dl/g)、M:分子量
【0021】
また、エンドトキシン含量は、例えば日本工業規格(JIS)、生化学試薬通則、K 8008、4.3の「エンドトキシン試験」によって測定できる。硫黄含量は公知の電量滴定によって、鉄含量は原子吸光分析(JIS K 0121)によって、タンパク質含量はローリー法(Lowry, O.C. et al,J.Biol.Chem., 193,265(1951))によってそれぞれ測定できる。
【0022】
また、本発明の脊髄潅流液に用いられるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩として、上記(A)〜(E)の性質を有し、さらに極限粘度が11.0〜45(dl/g)であるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を挙げることもできる。
【0023】
本発明の脊髄潅流液において、エンドトキシン含量、硫酸化グリコサミノグリカン含量の指標である硫黄含量、鉄含量、タンパク質含量、重量平均分子量、さらに極限粘度等が上記範囲を外れたヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を用いると、炎症の増悪、出血の増悪やアレルギー反応等を引き起こしたり、あるいは所期の効果が認められないことがある。
【0024】
本発明の脊髄潅流液に用いられるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩としては、通常、ヒアルロン酸ナトリウム、ヒアルロン酸カリウム、ヒアルロン酸カルシウム等の水溶性の薬学的に許容される金属塩が挙げられる。このうち、医薬品、医療用具等の医療目的に主に使用されるヒアルロン酸ナトリウムが好ましい。ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の由来、製造法は限定されず、鶏冠、動物の臍帯、皮膚、硝子体等から加熱処理、有機溶媒処理、細断、プロテアーゼ処理等を適宜に組み合わせて抽出し、硫酸アンモニウムによる塩析、エタノール等の有機溶媒による沈澱、四級アンモニウム塩による分別沈澱、除蛋白、吸着剤(セライト、活性炭等)による不純物の吸着、限外濾過、膜濾過等を適宜に組み合わせて精製することができる(特公昭61−8083、特公昭61−60081、特公昭61−21241、特公平6−8323、米国特許4,141,973、米国特許5,449,104等参照)。また、溶血性連鎖球菌(ストレプトコッカス属)等の微生物を用いる発酵法によって製造することもできる(米国特許4,946,780、米国特許4,780,414等参照)。
【0025】
さらに、この様なヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液としては市販されているものもあるので、これら市販品をそのまま、あるいは適宜ヒアルロン酸塩の濃度を調整して本発明の脊髄潅流液に用いることも可能である。この様なヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液の市販品のうち、例えば、上記(A)〜(D)に示す物性を示すヒアルロン酸ナトリウム(HA-Na)を含有する医療用の製品としては、生化学工業(株)製のアルツ(登録商標、HA-Naの重量平均分子量:60万〜120万)、オペガン(登録商標、HA-Naの重量平均分子量:60万〜120万)、オペガンハイ(登録商標、HA-Naの重量平均分子量:190万〜390万)や、参天製薬(株)製のヒアレイン(登録商標、HA-Naの重量平均分子量:60万〜120万)、(株)資生堂製のオペリード(登録商標、HA-Naの重量平均分子量:153万〜213万)、カビ ファルマシア(株)製のヒーロン(登録商標、HA-Naの重量平均分子量:190万〜390万)等を挙げることができる。
【0026】
(2)脊髄潅流液
本発明の脊髄潅流液は、上記ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を、本発明の脊髄潅流液としての効果が十分に発揮される有効量含有する水性溶液からなる。ここで水性溶液とはヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を水性溶媒に含有させた溶液を意味し、水性溶媒とは、ヒアルロン酸又はその塩を溶解もしくは懸濁しうる、水又は水を含む溶媒を意味し、緩衝液、塩類溶液も包含される。
【0027】
上記有効量とは、例えば、後述の実施例に示す急性脊髄損傷ラット・モデルを用いたSCEP測定による予備的な評価において、脊髄損傷後3時間目にSCEPを測定した際に、脊髄損傷前のラットのSCEPの(振幅の)値と比較して約40%以上の値を得るのに十分な量を示す。具体的には、溶液が含有するヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩にもよるが、前記溶液におけるヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の含有濃度が0.1〜0.8重量%程度、より好ましくは0.2〜0.4重量%程度、最も好ましくは0.4重量%となるような濃度を挙げることができる。
【0028】
本発明の脊髄潅流液において、前記溶液のヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の含有量が、0.1重量%未満では、上記SCEP値の回復が十分でない等の理由から本発明の脊髄潅流液として有効に使用できないことがあり、また0.8重量%を越えると高い粘性のために潅流操作が困難となることがある。
【0029】
また、本発明の脊髄潅流液を構成する上記ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液は、生体の脊髄液とpHおよび浸透圧が類似するように調製されていることが好ましい。このような範囲は、pHが約6〜8であることが好ましく、浸透圧比は概ね0.9〜1.2であることが好ましい。
【0030】
本発明の脊髄潅流液において、前記水性溶液のpHを上記6〜8程度とすることで損傷部位に対する刺激性を軽減することができる。前記水性溶液のpHが6より小さい場合、あるいはpHが8を越える場合、損傷部位に対する刺激性が強く、炎症抑制作用、組織保護作用が低下することがあり、治癒が遅れることがある。
【0031】
また、本発明の脊髄潅流液において、前記水性溶液を、生体の脊髄液とほぼ等張、すなわち浸透圧比を上記0.9〜1.2程度とすることで、上記pHの場合と同様に損傷部位に対する刺激性を軽減することができる。前記水性溶液の浸透圧比が0.9より小さい場合、あるいは浸透圧比が1.2を越えた場合、脊髄に対する刺激性が強くなることがある。
【0032】
さらに、上記本発明のヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液からなる脊髄潅流液においては、前記ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液として、20℃においてずり速度9.6sec-1で測定したときのみかけ粘度が10〜1500mPa・sである水溶液が好ましく用いられる。
【0033】
上記本発明の水性溶液からなる脊髄潅流液において、前記水性溶液のみかけ粘度を10〜1500mPa・s程度とすることで、有害物質の洗い出しが容易になる。
【0034】
本発明の脊髄潅流液は、上記ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を上記含有量の範囲で、適当な水性溶媒に溶解させて製造することが可能である。前記溶媒としては、水、緩衝液、生理食塩水、水溶性有機溶媒を含む水等を挙げることが可能であるが、本発明においては、前記溶媒として水又はリン酸緩衝生理食塩水(PBS)を用いることが好ましい。PBSの組成は以下のとおりである。
【0035】
リン酸二水素ナトリウム(第一リン酸ナトリウム)
リン酸水素二ナトリウム(第二リン酸ナトリウム)
塩化ナトリウム
【0036】
なお、本発明において脊髄潅流液とは、上記ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液のみならず、使用時に溶液となるように調製された固体状の組成物(凍結乾燥物、粉末等)も意味する。この様な組成物を、固体状の組成物として流通または保存し、必要な時に、濃度、みかけ粘度、pH、浸透圧比等が上述した本発明の脊髄潅流液を構成する溶液のそれと同様になるように、水性溶媒で溶解し、使用に供する。
【0037】
また、本発明の脊髄潅流液においては、上記ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩と上記水性溶媒以外に必要に応じて配合される任意成分を含有することができる。この様な任意成分としては、薬学的に許容される補助剤、例えば、pH調節剤、緩衝剤、張度調節剤、浸潤剤、安定化剤、無機塩類、界面活性剤、消泡剤、糖類、糖アルコール等など;医薬として許容される生理活性物質、例えば抗炎症剤、鎮痛剤、ビタミン剤、抗菌剤、成長因子、接着因子を挙げることが可能である。
【0038】
さらに、本発明の脊髄潅流液を障害部位に適用する際、該潅流液に酸素、空気等の気体を含ませることもできる。酸素、空気等を含ませた潅流液を用いて障害部位を潅流することによって、酸素を供給し、血行を改善することができる。ただし、気体を含ませる場合は泡立ちを防止することが必要である。
【0039】
(3)脊髄潅流方法(適用方法)
本発明の脊髄潅流液は、直接脊髄損傷部位に適用する潅流液であって、通常の注射薬、経口薬等の医薬品とは区別される。
【0040】
脊髄損傷における脊髄潅流療法自体は公知であり(T.I.Cohen,et al., J.Neurotrauma,13(7):361-369,1996; P.C.Francel,et al., J.Neurosurg.,79:742-751,1993; C.H.Tator et al. J.Neurosurg.,39:52-64,1973; J.L.Osterholm et al.,Neurosurgery.,15(30):373-380,1984等参照)、本発明の脊髄潅流液も公知の方法に準じて、ヒトを含む脊椎動物の脊髄損傷部位に適用される。例えば、損傷部位にカテーテルを挿入し、適当な流速で脊髄潅流液を該部位に流入させ、排出する方法等を採ることができる。
【0041】
一般に脊髄損傷としては、外傷性脊髄損傷、脊椎変性疾患(脊椎症等)、脊椎炎症性疾患(脊椎炎、慢性関節リウマチ等)、腫瘍(脊髄腫瘍、脊椎腫瘍等)、血管性疾患(脊髄出血、隋外血管障害による脊髄麻痺等)、脊髄炎(クモ膜炎、ウイルス性脊髄炎、細菌性脊髄炎等)、多発性硬化症、筋萎縮性側索硬化症等が挙げられ、本発明の脊髄潅流液が有効である限り、本発明の適用範囲は上記の特定の疾患には限定されない。特に外傷性脊髄損傷に有効である。
【0042】
本発明の脊髄潅流液の投与量、すなわち総潅流量は流速と潅流時間で決定されるが、総潅流量が不足すると、二次メディエーターの洗い出しが不十分で所期の目的を達成できない。また、総潅流量が多すぎると、損傷部位に悪影響を及ぼすことがある。したがって、総潅流量(流速及び潅流時間)は、医師等により患者の病態、患部の損傷程度、体重、年齢等を勘案して決定される。
【0043】
なお、ヒアルロン酸の安全性(毒性、非炎症性)については、既に数多くの実験がなされており、その安全性が確認されている。
【0044】
【実施例】
以下に本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例によりなんら限定されるものではない。
【0045】
〔脊髄潅流液〕
エンドトキシン含量が0.006EU(エンドトキシン単位)/10mg、電量滴定における硫黄含量が0.005%、鉄含量が4.6ppm、タンパク質含量が0.01%、重量平均分子量89万のヒアルロン酸ナトリウムを、PBS(リン酸緩衝生理食塩水)に、0.4重量%の濃度で含有するように、脊髄潅流液を作製した。また、対照としてヒアルロン酸ナトリウムを含まないPBSを用いた。
【0046】
上記で得られた脊髄潅流液およびPBSについて、極限粘度および浸透圧比を測定した。結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
〔治療対象と実験方法〕
体重385〜410gのウィスター系成熟雄ラット15匹に気管切開を行い、ハロセン(1〜2%)を用いて吸入麻酔した後、筋弛緩剤である塩化スキサメトニウム(5〜8mg/kg,im)を投与して非動化した。次いでラット背部を切開して脊椎を露出させた後、第8〜10胸椎の椎弓を切除し、その頭尾側棘突起にて定位固定装置(stereotaxic frame)に固定した。
【0049】
術野頭尾側に硬膜外カテーテル電極を挿入し、腰の部分の電位を測定することにより、下行性の脊髄誘発電位(SCEP)を測定した。筋電計はDANTEC社製のCantataを用い、刺激幅50マイクロ秒(μsec)、頻度0.1〜5ヘルツ(Hz)に設定した。刺激強度は最大上刺激とし、解析はSCEP第1電位の振幅を指標とした。
【0050】
脊髄損傷モデルは椎弓切除部の胸髄背側正中を、マイクロマニピュレーターにより、合成樹脂を加工した直径3mmの球形状の圧迫子を用いて、0.01mm/秒の低速度で圧迫することにより作製した。損傷程度をコントロールするために、圧迫中のSCEPをモニターし、振幅幅が受傷前の約50%となった時点以降圧力を維持し、その1時間後、圧迫を解除し、SCEPを計測し、記録した(解除時)。
【0051】
15匹のラットを3群に分け、10匹について潅流を行い、残りの5匹を無治療の対照群(無治療群)とした。潅流を行う10匹については、圧迫解除直後に損傷部硬膜を切開し、5匹をヒアルロン酸ナトリウムを含むPBS溶液からなる潅流液(HA潅流群)で、5匹をPBSからなる潅流液(PBS潅流群)でそれぞれ潅流した。これら2群について、37℃に加温した各潅流液を用い、損傷部脊髄を3時間以上、約1mL/分の潅流速度で潅流した。
【0052】
各群について、1時間、2時間及び3時間後の各時点においてSCEPを計測し、記録した。圧迫前のSCEPの振幅の値を100としたとき、圧迫および潅流開始後に各群のSCEPの振幅の相対値の平均を求め、脊髄潅流による効果を比較した(図1)。
【0053】
〔結果及び考察〕
図1から明らかなように、無治療群では脊髄損傷後やや回復したSCEPの振幅が漸減し、3時間後以降ほぼ消失した。この変化は脊髄虚血、微小出血、炎症反応などの脊髄の二次変性を表すものと考えられる。一方、潅流を行った群のSCEP振幅は1時間後に回復した後はほぼ一定であった。PBS潅流群では約25%までしか回復しなかったが、HA潅流群は約40%まで回復した。また、HA潅流群では損傷部位の炎症が抑制され、組織学的にも改善が認められた。
【0054】
【発明の効果】
本発明の脊髄潅流液は、ヒアルロン酸またはその塩を用いるので、公知のステロイドの大量投与と比較して、副作用がなく安全である。また、公知の人工脊髄液と比較して組成が単純で、調製が簡単である。
【0055】
また、本発明の脊髄潅流液、ヒアルロン酸またはその塩を用いることにより、以下のような効果を有すると推定される。
▲1▼ヒアルロン酸のフリーラジカルのスカベンジャーとしての機能により二次変性を防止できる。
▲2▼ヒアルロン酸が炎症を抑制する。
▲3▼ヒアルロン酸により障害組織が保護される。
▲4▼脊髄損傷後に蓄積する乳酸、遊離脂肪酸などの二次メディエーター(有害物質)を洗い出し、微小出血、虚血性変化等の二次変性を防止する。
▲6▼ヒアルロン酸による損傷神経組織の再生作用が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 HA潅流群、PBS潅流群及び無治療群における平均SCEP振幅の経時的変化を示す図である。
Claims (11)
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩を含有する水性溶液からなる脊髄潅流液であって、ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩が以下の性質を有する脊髄潅流液。
(A)エンドトキシン含量が0.03EU(エンドトキシン単位)/10mg以下、(B)硫黄含量が電量滴定において0.01%以下、(C)鉄含量が20ppm以下、(D)タンパク質含量が0.1%以下、(E)重量平均分子量が500,000〜4,000,000。 - 脊髄損傷における脊髄潅流療法に使用される請求項1に記載の脊髄潅流液。
- 急性脊髄損傷ラット・モデルに投与して、脊髄損傷後3時間目に脊髄誘発電位を測定した際に、脊髄損傷前のラットの該電位と比較して約40%以上の値が得られるように調製した請求項1又は2に記載の脊髄潅流液。
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の含有量が0.2〜0.4重量%である請求項1〜3のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- 前記水性溶液の浸透圧比が0.9〜1.2である請求項1〜4のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が、500,000〜2,200,000である請求項1〜5のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が、600,000〜1,200,000である請求項1〜6のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が、1,500,000〜2,200,000である請求項1〜6のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の重量平均分子量が、1,900,000〜3,900,000である請求項1〜5のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- ヒアルロン酸及び/又はその薬学的に許容される塩の極限粘度が11.0〜45(dl/g)である請求項1〜9のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
- 前記水性溶液のpHが6〜8である請求項1〜10のいずれか1項に記載の脊髄潅流液。
Priority Applications (1)
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