JP3890724B2 - 被削性に優れたフェライト・パーライト型非調質鋼材 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、熱間での加工後に焼入れ焼戻しの所謂「調質処理」を施さなくとも、機械構造部材の素材として好適な被削性に優れたフェライト・パーライト型非調質鋼材に関する。より詳しくは、自動車、産業機械、土木建設機械などのエンジン部品や足廻り部品の素材、なかでもコンロッドやクランクシャフトなどの素材として好適な、例えば降伏強度(0.2%耐力)が480MPa以上、引張強度が800MPa以上、降伏比(降伏強度/引張強度)が0.6以上、疲労強度が360MPa以上で、且つ2mmUノッチシャルピー衝撃値が10J/cm2 以上であるフェライト・パーライト型のVを含有しない被削性に優れた非調質鋼材に関する。
【0002】
【従来の技術】
機械構造部品、なかでも自動車、産業機械、土木建設機械などのエンジン部品としてのクランクシャフトやコンロッドなどは、従来、機械構造用の炭素鋼(S45C、S50Cなど)や合金鋼(SCM440など)を用いて、熱間加工で所定の形状に粗加工し、次いで、切削加工によって所望の形状に仕上げた後、焼入れ焼戻しの調質処理を施して所望の形状と性能を確保していた。
【0003】
しかし、前記の調質処理を行うには多大の熱エネルギーを要するので製造コストが嵩む。そのため、省エネルギー及びコスト低減の観点から熱間加工のままで調質鋼と同等程度の特性を持つ非調質鋼の開発が行われてきた。
【0004】
非調質鋼としては、ベイナイト型、マルテンサイト型及びフェライト・パーライト型の非調質鋼が知られている。このうち、ベイナイト型とマルテンサイト型の非調質鋼では高い強度が得られるものの被削性が低い。このため切削加工による仕上げ成形に難があり、加えて大きな変態歪が生ずるため「曲がり」が大きくなるという問題があって、曲がり取りの矯正工程が必要なためにコストアップにつながる。例えば、特開平4−176842号公報で提案されているベイナイト型の「熱間鍛造用非調質鋼」においてもなお上記の被削性や曲がり発生の面で問題が残るものであった。
【0005】
特開平4−210449号公報には、その組織が主としてフェライト及びベイナイトで一部パーライトが混在した「高靭性熱間鍛造用非調質鋼」が提案されている。この公報で提案された技術は、組織にフェライトとパーライトを含むため、ベイナイト単相の場合に比べて変態歪による「曲がり」は幾分解消されるものである。しかし、組織中にベイナイトが占める割合が高い場合には変態歪の発生による「曲がり」を矯正する工程が必要でコストアップが避けられないものであった。
【0006】
更に、上記の特開平4−176842号公報及び特開平4−210449号公報に記載の鋼は、高価な元素であるVを必須成分として添加したものであるため、鋼の組成の面からのコストアップも避けられないものであった。
【0007】
一方、従来のフェライト・パーライト型の非調質鋼は、例えば特開昭62−167855号公報に開示されている様に、中炭素鋼にVを添加した化学組成を有し、Vの炭窒化物を析出させてフェライト基地を強化し、これによって高強度化及び高疲労強度化を達成しようとするものである。しかし、既に述べたようにVは高強度化には有効であっても高価な元素であるためコストの増加が避けられないという問題を含んでいた。
【0008】
又、近年、機械構造部品の高強度化に伴って、熱間鍛造後に所望の形状に成形するための切削加工のコストが嵩むという問題が生じている。このため、切削加工を容易にし、低コスト化を図るために被削性に優れた非調質鋼に対する要求がますます大きくなっている。
【0009】
従来、被削性を高めるために、鋼にPb、Te、Bi、Ca及びSなどの快削元素を単独あるいは複合添加することが行われてきた。しかし、JIS規格鋼である機械構造用鋼や、前記した特開平4−176842号公報、特開平4−210449号公報や特開昭62−167855号公報に記載されているような鋼に、単に上記の快削元素を添加しただけの場合には、所望の機械的性質、なかでも耐疲労特性を確保できないことが多い。
【0010】
鉄と鋼(vol.57(1971年)S484)には、脱酸調整快削鋼にTiを添加すれば被削性が高まる場合のあることが報告されている。しかし、Tiの多量の添加はTiNが多量に生成することもあって工具摩耗を増大させ、被削性の点からは好ましくないことも述べられている。例えば、C:0.45%、Si:0.29%、Mn:0.78%、P:0.017%、S:0.041%、Al:0.006%、N:0.0087%、Ti:0.228%、O:0.004%及びCa:0.001%を含有する鋼では却ってドリル寿命が低下して被削性が劣っている。このように、鋼に単にTiを添加するだけでは被削性は向上するものではない。
【0011】
又、硫黄快削鋼の硫化物形態制御の目的でZrが添加されることがあるが、例えば、鉄と鋼(vol.62(1976年)p.885)に記されているように、Zrは被削性に対してはほとんど影響を及ぼさない。つまり、鋼に単にZrを添加するだけでは被削性は向上するものではない。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
前記したクランクシャフトやコンロッドなどには、充分な耐疲労特性が要求される。しかし、靭性に関してはそれほど高い性能が要求されない場合もある。つまり、クランクシャフトやコンロッドなどの素材として、耐疲労特性はVを添加した非調質鋼材と同等であるが、靭性としては、例えば、2mmUノッチシャルピー衝撃値で10J/cm2 もあれば充分とされる場合もある。
【0013】
本発明の目的は、自動車、産業機械、土木建設機械などのエンジン部品や足廻り部品の素材、なかでもコンロッドやクランクシャフトなどの素材として好適な、Vを添加した非調質鋼材と同等の例えば360MPa以上の疲労強度を有するとともに、降伏強度(0.2%耐力)が480MPa以上、引張強度が800MPa以上、降伏比(降伏強度/引張強度)が0.6以上、且つ2mmUノッチシャルピー衝撃値が10J/cm2 以上であるフェライト・パーライト型のVを含有しない低コストで、しかも被削性に優れた非調質鋼材を提供することにある。
【0014】
【課題を解決するための手段】
本発明の要旨は、下記に示すフェライト・パーライト型非調質鋼材にある。
【0015】
すなわち、「重量%で、C:0.3〜0.6%、Si:0.5〜2.0%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.002〜0.2%、Cu:0.01〜0.5%、Ni:0〜0.2%、Cr:0〜0.5%、Mo:0〜0.2%、W:0〜0.35%、Ti:0〜1.0%、Zr:0〜1.0%で、且つ、Ti(%)+Zr(%):0.04〜1.0%、Nb:0〜0.03%、Al:0.01〜0.10%、N:0.008%以下、Pb:0〜0.30%、下記(1) 式で表されるfn1の値が0.75〜1.0%、下記(2) 式で表されるfn2が0%を超え、残部はFe及び不可避不純物の化学組成で、鋼中のTi炭硫化物及びZr炭硫化物の最大直径が10μm以下で、且つ、その量の和が清浄度で0.05%以上である被削性に優れたフェライト・パーライト型非調質鋼材。
【0016】
fn1=C(%)+0.1Si(%)+0.2Mn(%)+0.5Cu(%)+0.2Cr(%)−0.7S(%)・・・・・(1)、fn2=Ti(%)+Zr(%)−1.2S(%)・・・・・(2)」である。
【0017】
なお、本発明でいう「Ti炭硫化物」には単なるTi硫化物を、又、「Zr炭硫化物」には単なるZr硫化物をそれぞれ含むものとする。又、「(Ti及びZrの炭硫化物の)最大直径」とは「個々のTi及びZrの炭硫化物における最も長い径」のことを指す。Ti炭硫化物の清浄度やZr炭硫化物の清浄度は、光学顕微鏡の倍率を400倍として、JIS G 0555に規定された「鋼の非金属介在物の顕微鏡試験方法」によって60視野測定した値をいう。
【0018】
本発明者らは、Vを添加しないフェライト・パーライト型の非調質鋼材の化学組成と組織に関して種々検討を重ねた結果、下記の知見を得た。
【0019】
(a)鋼にCuを1重量%程度含有させれば、Cuが微細析出して析出強化するが、Cuの含有量が1重量%未満では殆どその効果は認められない。しかし、鋼にCuとともに含有量で0.5重量%以上のSiを複合添加した場合には、Cuの含有量が1重量%未満であっても、Cuの析出強化の効果が発揮され、しかも降伏比と衝撃値が著しく向上する。
【0020】
(b)重量%で、0.3%以上のC、0.5%以上のSi、1.0%以上のMn及び0.01%以上のCuを含有する鋼の組織がフェライト・パーライト組織である時、鋼の引張強度は前記(1) 式で表されるfn1で整理できる。そして、fn1の値が0.75%以上であれば、800MPa以上の引張強度が得られて360MPa以上の疲労強度が安定して確保できるとともに、480MPa以上の降伏強度、0.6以上の降伏比が得られる。但し、fn1の値が1.0%を超えると靭性が大きく低下するため、2mmUノッチシャルピー衝撃値が10J/cm2を下回ってしまう。
【0021】
(c)鋼に適正量のTiやZrを添加し、鋼中の介在物制御として硫化物をTi炭硫化物やZr炭硫化物に変え、更にTi炭硫化物やZr炭硫化物を鋼材に微細に分散させれば、鋼材の被削性が飛躍的に向上する。
【0022】
そこで、更に研究を続けた結果、下記の事項を見いだした。
【0023】
(d)Sとのバランスを考慮して鋼にTiとZrのいずれかを積極的に添加すると、鋼中にTi炭硫化物あるいはZr炭硫化物が形成され、Ti及びZrを添加すると、鋼中にはTi炭硫化物とZr炭硫化物とが形成される。
【0024】
(e)鋼中に上記したTi炭硫化物やZr炭硫化物が生成すると、MnSの生成量が減少する。
【0025】
(f)鋼中のS含有量が同じ場合には、Ti炭硫化物やZr炭硫化物はMnSよりも大きな被削性改善効果を有する。これは、Ti炭硫化物やZr炭硫化物の融点がMnSのそれよりも低いため、切削加工時に工具のすくい面での潤滑作用が大きくなることに基づく。
【0026】
(g)Ti炭硫化物やZr炭硫化物の効果を充分発揮させるためには、N含有量を低く制限することが重要である。これは、N含有量が多いとTiNやZrNとしてTiやZrが固定されてしまい、Ti炭硫化物やZr炭硫化物の生成が抑制されてしまうためである。
【0027】
(h)製鋼時に生成したTi炭硫化物やZr炭硫化物は、通常の熱間加工のための加熱温度では基地に固溶しないし、凝集もしない。したがって、オーステナイト領域において所謂「ピン止め作用」が発揮されるので、オーステナイト粒の粗大化防止に有効である。
【0028】
(i)Ti炭硫化物やZr炭硫化物によって被削性を高めるとともに大きな強度、特に、大きな疲労強度を確保するためには、Ti炭硫化物やZr炭硫化物のサイズと、その清浄度で表される量(以下、単に「清浄度」という)を適正化しておくことが重要である。
【0029】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものである。
【0030】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、化学成分の含有量の「%」は「重量%」を意味する。
【0031】
(A)素材鋼の化学組成
C:
Cは、SとともにTiやZrと結合してTi炭硫化物やZr炭硫化物を形成し、被削性を高める作用を有する。Cは、鋼の強度を確保するのにも有効な元素である。しかし、その含有量が0.3%未満ではフェライト・パーライト型の非調質鋼の場合には所望の強度が得られない。一方、0.6%を超えて含有するとフェライト・パーライト組織におけるフェライト相の体積率が低下し、それに伴ってフェライト強化の効果が薄れて疲労強度が低下するとともに硬いパーライト相により被削性も劣化するようになるし、靭性も低下してしまう。したがって、Cの含有量を0.3〜0.6%とした。
【0032】
Si:
Siは、脱酸を促進するとともに、フェライト中に固溶してフェライトを強化し、静的強度と疲労強度を高める作用がある。更に、Siは後述のCuと複合添加すると、Cuの析出強化作用を促進させる作用や、降伏比や衝撃値を高める作用も有する。前記の効果を充分発揮させるためには、Siの含有量を0.5%以上とすることが必要である。一方、Siを2.0%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Siの含有量を0.5〜2.0%とした。
【0033】
Mn:
Mnは、脱酸作用や強度を高める作用がある。その効果を確保するためには、1.0%以上の含有量を必要とする。しかし、Mnを2.0%を超えて含有させるとその効果は飽和してコストが嵩むだけでなく、むしろ焼入れ性が高くなりすぎてベイナイト組織あるいは島状マルテンサイト組織の生成を促進し、降伏比及び被削性が低下するようになる。したがって、Mnの含有量を1.0〜2.0%とした。
【0034】
P:
Pは鋼中に不純物として含有されるものであり、必須成分として添加しなくても良い。添加すれば降伏強度を高める作用がある。この効果を確実に得るには、Pは0.005%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、その含有量が0.05%を超えると靭性の著しい低下を招く。したがって、Pの含有量を0.05%以下とした。
【0035】
S:
Sは、CとともにTiやZrと結合してTi炭硫化物やZr炭硫化物を形成し、被削性を高める作用を有する。しかし、その含有量が0.002%未満では所望の効果が得られない。
【0036】
従来、快削鋼にSを添加する目的は、MnSを形成させて被削性を改善させることにあった。しかし、本発明者らの検討によると、上記のMnSの被削性向上作用は、切削時の切り屑と工具表面との潤滑性を高める機能に基づくことが判明した。しかもMnSは巨大化し、鋼材本体の地疵を大きくし、欠陥となる場合がある。本発明におけるSの被削性改善作用は、適正量のCとTi、Zrとの複合添加によってTiやZrの炭硫化物を形成させることで初めて得られる。このためには、上記したように0.002%以上のSの含有量が必要である。一方、Sを0.2%を超えて含有させても被削性に与える効果に変化はないが、鋼中に粗大なMnSが再び生じるようになり、地疵等の問題が生じる。更に、熱間での加工性が著しく劣化し熱間加工が困難になる。したがって、Sの含有量を0.002〜0.2%とした。なお、Sの好ましい含有量は0.02〜0.1%である。
【0037】
Cu:
Cuは、既に述べたように、Siと複合添加すると微量でも析出強化作用を有する。しかしながら、その含有量が0.01%未満では添加効果に乏しい。一方、Siと複合添加した場合にはCuを0.50%を超えて含有させても前記の効果は飽和して経済性が損なわれるだけでなく、靭性の著しい低下をもたらす。したがって、Cu含有量を0.01〜0.5%とした。なお、Cu含有量は0.05%以上とすることが好ましく、より好ましいCu含有量の下限値は0.10%である。
【0038】
Ni:
Niは添加しなくても良い。添加すれば靭性を高める作用がある。この効果を確実に得るには、Niは0.05%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Niを0.2%を超えて含有させても前記の効果は飽和して経済性を損なうし、被削性が低下する。したがって、Niの含有量を0〜0.2%とした。
【0039】
Cr:
Crは添加しなくても良い。添加すれば強度を高める作用を有する。この効果を確実に得るには、Crは0.1%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、0.5%を超えて含有させても前記の効果は飽和しコストが嵩むばかりである。したがって、Cr含有量を0〜0.5%とした。
【0040】
Mo:
Moは添加しなくても良い。添加すればNiと同様に靭性を向上させる作用がある。この効果を確実に得るには、Moは0.05%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Moを0.2%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Mo含有量を0〜0.2%とした。
【0041】
W:
Wは添加しなくても良い。添加すればNiやMoと同様に靭性を向上させる作用がある。この効果を確実に得るには、Wは0.1%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、Wを0.35%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Wの含有量を0〜0.35%とした。
【0042】
Ti、Zr:
Ti、Zrは本発明において重要な元素であって、それぞれC及びSと結合してTi炭硫化物やZr炭硫化物を形成し、被削性を高める作用を有する。上記の効果は、TiとZrの含有量に関し、Ti(%)+Zr(%)の値が0.04%以上の場合に確実に得られる。しかし、Ti(%)+Zr(%)の値で1.0%を超えるTiとZrを含有させても被削性向上効果は飽和するのでコストが嵩んでしまう。なお、Ti(%)+Zr(%)の値が0.04〜1.0%でありさえすれば良いので、必ずしもTiとZrを複合して含有させる必要はない。Zrを添加しない、つまり、Tiを単独添加する場合に、Tiを1.0%を超えて含有させるとTi炭硫化物による被削性向上効果が飽和してコストが嵩むばかりか、Ti炭硫化物が粗大化して却って靭性の低下を招いてしまう。逆に、Tiを添加しない、つまりZrを単独で添加する場合に、Zrを1.0%を超えて含有させるとZr炭硫化物による被削性向上効果が飽和してコストが嵩むばかりか、Zr炭硫化物が粗大化して却って靭性の低下を招いてしまう。したがって、TiとZrの含有量をいずれも0〜1.0%で、且つ、Ti(%)+Zr(%)の値を0.04〜1.0%とした。なお、良好な被削性と靭性を安定して得るためには、TiとZrの含有量の上限はそれぞれ0.8%とすることが好ましい。
【0043】
Nb:
Nbは添加しなくてもよい。添加すれば強度を高める作用がある。この効果を確実に得るには、Nbは0.01%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、0.03%を超えて含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Nbの含有量を0〜0.03%とした。
【0044】
Al:
Alは、鋼の脱酸の安定化及び均質化を図るとともに、結晶粒を微細化し、強度を高める作用を有する。しかし、その含有量が0.01%未満では添加効果に乏しい。一方、0.10%を超えると被削性や熱間加工性の低下を招く。したがって、Al含有量を0.01〜0.10%とした。なお、Al含有量とは所謂「sol.Al(酸可溶性Al)量」のことをいう。
【0045】
N:
本発明においてはNの含有量を低く制御することが極めて重要である。すなわち、NはTiやZrとの親和力が大きいために容易にTiやZrと結合してTiNやZrNを生成し、TiやZrを固定してしまうので、Nを多量に含有する場合には前記したTi炭硫化物やZr炭硫化物の被削性向上効果が充分に発揮できないこととなる。特に、TiやZrの含有量が低めの場合には、N含有量の影響が顕著となる。更に、粗大なTiNやZrNは靭性を低下させてしまう。したがって、N含有量を0.008%以下とした。なお、Ti炭硫化物やZr炭硫化物の効果を高めるために、N含有量の上限は0.006%とすることが好ましい。
【0046】
Pb:
Pbは添加しなくても良い。添加すれば被削性を一段と高める作用を有する。この効果を確実に得るには、Pbは0.05%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、その含有量が0.30%を超えると疲労強度が著しく低下して耐疲労特性の劣化を招く。従って、Pbの含有量を0〜0.30%とした。
【0047】
fn1:
重量%で、0.3%以上のC、0.5%以上のSi、1.0%以上のMn及び0.01%以上のCuを含有する鋼の組織がフェライト・パーライト組織である場合において、熱間加工ままの状態での引張強度は前記した(1) 式で表されるfn1で整理できる。そして、このfn1の値が0.75%以上の場合に、800MPa以上の引張強度が得られて360MPa以上の疲労強度が安定して確保できるとともに、480MPa以上の降伏強度、0.6以上の降伏比が得られる。一方、fn1の値が1.0%を超えると靭性が大きく低下するため、2mmUノッチシャルピー衝撃値が所望の10J/cm2を下回ってしまう。したがって、fn1を0.75〜1.0%とした。
【0048】
fn2:
N含有量が0.008%以下で、前述の(2) 式で表されるfn2が0%を超える値(fn2=Ti(%)+Zr(%)−1.2S(%)>0%)の場合に前記したTi炭硫化物とZr炭硫化物の被削性向上効果が確保できる。fn2が0%以下の値(fn2≦0%)の場合には、S量が過剰となるため、その分MnSが過剰生成してTi炭硫化物とZr炭硫化物による被削性向上効果が低下してしまう。したがって、(2) 式で表されるfn2に関して0%を超える値(fn2>0%)と規定した。このfn2の値の上限は特に規定されるものではなく、Ti(%)+Zr(%)の値が1.0%でSが0.002%の場合の値であっても良い。
【0049】
(B)Ti炭硫化物、Zr炭硫化物のサイズと量
上記の化学組成を有する非調質鋼材の被削性をTi炭硫化物やZr炭硫化物によって高めるとともに、所望の強度と靭性を確保するためには、Ti炭硫化物やZr炭硫化物のサイズと清浄度(TiとZrを複合添加する場合にはTi炭硫化物とZr炭硫化物の清浄度の和)で表される量を適正化しておくことが重要である。
【0050】
鋼中のTi炭硫化物及びZr炭硫化物の最大直径が10μmを超えると疲労強度や靭性が低下してしまう。なお、Ti炭硫化物及びZr炭硫化物の最大直径はいずれも7μm以下とすることが好ましい。Ti炭硫化物とZr炭硫化物は、それらの最大直径が小さすぎると被削性向上効果が小さくなってしまう。したがって、Ti炭硫化物とZr炭硫化物の最大直径の下限値は0.5μm程度とすることが好ましい。
【0051】
最大直径が10μm以下のTi炭硫化物及びZr炭硫化物の量の和が清浄度で0.05%未満の場合には、Ti炭硫化物及びZr炭硫化物による被削性向上効果が発揮できない。したがって、Ti炭硫化物及びZr炭硫化物の最大直径が10μm以下で、且つその量の和を清浄度で0.05%以上とした。なお、前記の清浄度の和は0.08%以上とすることが好ましい。上記のTi炭硫化物とZr炭硫化物の清浄度の和の値が大きすぎると疲労強度が低下する場合があるので、上記の清浄度の和の上限値は2.0%程度とすることが好ましい。
【0052】
上記したようなTi炭硫化物とZr炭硫化物の形態は基本的にはTi、Zr、S及びNの含有量で決定される。しかし、Ti炭硫化物やZr炭硫化物のサイズと清浄度(清浄度の和)を上述の値とするためには、TiやZrの酸化物が過剰に生成することを防ぐことが重要である。このためには、鋼が前記(A)項で述べた化学組成を有しているだけでは充分でない場合があるので、例えば、Si及びAlで充分脱酸し、最後にTiやZrを添加する製鋼法を採れば良い。
【0053】
なお、Ti炭硫化物とZr炭硫化物は、鋼材から採取した試験片を鏡面研磨し、その研磨面を被検面として倍率400倍以上で光学顕微鏡観察すれば、色と形状から容易に他の介在物と識別できる。すなわち、前記の条件で光学顕微鏡観察すれば、Ti炭硫化物及びZr炭硫化物の「色」は極めて薄い灰色で、「形状」はJISのB系介在物やC系介在物に相当する粒状(球状)として認められる。Ti炭硫化物及びZr炭硫化物の詳細判定は、前記の被検面をEDX(エネルギー分散型X線分析装置)などの分析機能を備えた電子顕微鏡で観察することによって行うこともできる。
【0054】
前記のTi炭硫化物やZr炭硫化物の清浄度は、既に述べたように、光学顕微鏡の倍率を400倍として、JIS G 0555に規定された「鋼の非金属介在物の顕微鏡試験方法」によって60視野測定した値をいう。なお、Ti炭硫化物やZr炭硫化物の最大直径も、倍率が400倍の光学顕微鏡で60視野観察して調査すれば良い。
【0055】
(A)に記載の化学組成を有する鋼は、例えば、上記したような方法で溶製された後、例えば通常の方法による熱間での圧延や鍛造を受け、更に切削加工されてコンロッドやクランクシャフトなど所定形状の部品に仕上げられる。なお、通常の方法による熱間での圧延や鍛造を行った後の冷却は、フェライト・パーライト組織となるような冷却速度での冷却、例えば空冷や放冷とすれば良い。
【0056】
【実施例】
表1〜4に示す化学組成の鋼を通常の方法によって試験炉を用いて150kg真空溶製した。なお、Ti酸化物及びZr酸化物の生成を防ぐために、Si及びAlで充分脱酸し種々の元素を添加した最後にTiとZrを添加して、Ti炭硫化物とZr炭硫化物のサイズと清浄度(清浄度の和)を調整するようにした。
【0057】
表1、表2における鋼1〜15は化学組成が本発明で規定する範囲内にある本発明例の鋼であり、表3、表4における鋼16〜19及び鋼21〜31はその成分のいずれかが本発明で規定する含有量の範囲から外れた比較例の鋼である。比較例の鋼のうち鋼31は、従来タイプのVを含有させたフェライト・パーライト型の非調質鋼である。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
【表4】
【0062】
次いで、これらの本発明例の鋼及び比較例の鋼を通常の方法によって鋼片とした後、1150〜1200℃に加熱してから、1000℃の仕上げ温度で直径20mmの丸棒及び厚さ12mmで幅が60mmの鋼板に熱間鍛造し、その後常温まで空冷した。
【0063】
こうして得られた丸棒の中心部から平行部径が6mmの小野式回転曲げ疲労試験片を切り出して常温(室温)、大気中、3000rpmの条件で疲労試験を行なった。又、丸棒の中心部からJIS4号引張試験片及びJIS3号シャルピー試験片(2mmUノッチシャルピー試験片)を切り出し、常温で引張試験を行った。直径20mmで厚さが20mmの試験片を切り出して、光学顕微鏡による中心部の組織観察も行った。
【0064】
上記の熱間鍛造ままの丸棒からは、JIS G 0555の図5に則って試験片を採取し、鏡面研磨した300mm2 の被検面を、倍率が400倍の光学顕微鏡で60視野観察して、Ti炭硫化物及びZr炭硫化物を他の介在物と区分しながらその清浄度(清浄度の和)も測定した。Ti炭硫化物及びZr炭硫化物の最大直径も、倍率が400倍の光学顕微鏡で60視野観察して調査した。
【0065】
被削性評価のためのドリル穿孔試験も実施した。すなわち、前記した熱間鍛造した厚さ12mmで幅が60mmの鋼板を用いて、その厚さ方向に貫通孔を開け、刃先摩損により穿孔不能となったときの貫通孔の個数を数え、被削性の評価を行った。貫通孔の個数が1000個に達したものはその時点で穿孔試験を中止した。穿孔条件は、JIS高速度工具鋼SKH51のφ8mmストレ−トシャンクドリルを使用し、水溶性の潤滑剤を用いて、穴の中心間隔10mm、送り0.15mm/rev、回転数745rpmの条件で行った。
【0066】
表5に各種試験の結果を示す。なお、「Ti、Zr炭硫化物」とした欄において、TiとZrとを複合添加した場合には「最大直径」はいずれか大きい方の炭硫化物の値であり、清浄度は清浄度の和を意味する。
【0067】
【表5】
【0068】
表5から、化学組成及び最大直径が10μm以下のTi炭硫化物及びZr炭硫化物の清浄度(清浄度の和)が本発明で規定する範囲内にある本発明例の鋼1〜15を素材とするものにあっては、いずれも良好な被削性とともに、従来のVを含有させたフェライト・パーライト型の非調質鋼である鋼31と同等の耐疲労特性、すなわち360MPa以上の疲労強度(疲労限度)を有しており、しかも所望の480MPa以上の降伏強度(0.2%耐力)、800MPa以上の引張強度、0.6以上の降伏比と、10J/cm2 以上の2mmUノッチシャルピー衝撃値が得られている。
【0069】
これに対して、成分のいずれかが本発明で規定する含有量の範囲から外れた比較例の鋼は、以下に述べるように、疲労強度、降伏強度、引張強度、降伏比、2mmUノッチシャルピー衝撃値の少なくとも1つが所望の値に達していないか、被削性が低い。
【0070】
C量が低めに外れた鋼16は、引張強度及び疲労強度が所望の値に達していない。
【0071】
Si量が低めに外れた鋼17は、降伏強度、引張強度、降伏比、及び疲労強度がいずれも所望の値に達していない。
【0072】
Mn量が低めに外れた鋼18は、引張強度及び疲労強度が所望の値に達していない。
【0073】
Cu量が低めに外れた鋼22は、降伏強度、引張強度、降伏比、及び疲労強度がいずれも所望の値に達していない。
【0074】
N量が高めに外れた鋼23は、被削性が劣っている。
【0075】
Ti(%)+Zr(%)の値が低めに外れた鋼24は、被削性が劣っている。
【0076】
fn1の値が低めに外れた鋼25及び鋼30は、引張強度及び疲労強度が所望の値に達していない。
【0077】
C量及びMn量が低めに外れた鋼27は、降伏強度、引張強度及び疲労強度がいずれも所望の値に達していない。
【0078】
Si量、Mn量、Cu量及びfn1が低めに外れた鋼28は、降伏強度、引張強度、降伏比、及び疲労強度がいずれも所望の値に達していない。
【0079】
P量が高めに外れた鋼19及びC量が高めに外れた鋼26は、いずれも2mmUノッチシャルピー衝撃値が所望の値に達していない。
【0080】
Mn量が高めに外れた鋼29は、降伏比が所望の値に達していないし、組織がフェライト・パーライト・ベイナイトの混合組織であるため、被削性が低い。更に、曲がり発生の面でも問題があった。
【0081】
Cu量が高めに外れるとともにTi(%)+Zr(%)の値が低めに外れた鋼21は、2mmUノッチシャルピー衝撃値が所望の値に達しておらず、しかも被削性も劣っている。
【0082】
なお、従来タイプのVを含有させたフェライト・パーライト型の非調質鋼である鋼31は、fn1の値が本発明の規定値を下回るが、Vの析出強化により所望の耐疲労特性と引張特性、つまり、360MPa以上の疲労強度、480MPa以上の降伏強度、800MPa以上の引張強度、0.6以上の降伏比を有している。更に、2mmUノッチシャルピー衝撃値についても、所望の10J/cm2 以上の値を有している。しかし、被削性は本発明例の鋼に比べて劣っている。
【0083】
【発明の効果】
本発明による被削性に優れたフェライト・パーライト型非調質鋼を用いれば、360MPa以上の疲労強度、480MPa以上の降伏強度、800MPa以上の引張強度、0.6以上の降伏比及び10J/cm2 以上の2mmUノッチシャルピー衝撃値を有する自動車、産業機械、土木建設機械などのエンジン部品や足廻り部品、なかでもコンロッドやクランクシャフトなどを低コストで製造することが可能で、産業上の効果は大きい。
Claims (1)
- 重量%で、C:0.3〜0.6%、Si:0.5〜2.0%、Mn:1.0〜2.0%、P:0.05%以下、S:0.002〜0.2%、Cu:0.01〜0.5%、Ni:0〜0.2%、Cr:0〜0.5%、Mo:0〜0.2%、W:0〜0.35%、Ti:0〜1.0%、Zr:0〜1.0%で、且つ、Ti(%)+Zr(%):0.04〜1.0%、Nb:0〜0.03%、Al:0.01〜0.10%、N:0.008%以下、Pb:0〜0.30%、下記(1) 式で表されるfn1の値が0.75〜1.0%、下記(2) 式で表されるfn2が0%を超え、残部はFe及び不可避不純物の化学組成で、鋼中のTi炭硫化物及びZr炭硫化物の最大直径が10μm以下で、且つ、その量の和が清浄度で0.05%以上である被削性に優れたフェライト・パーライト型非調質鋼材。
fn1=C(%)+0.1Si(%)+0.2Mn(%)+0.5Cu(%)+0.2Cr(%)−0.7S(%)・・・・・(1)
fn2=Ti(%)+Zr(%)−1.2S(%)・・・・・(2)
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