JP3875970B2 - 酵母の好気的条件下の発酵によるエタノールの製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母の変異株を用いて、好気的条件下に発酵を行うことを特徴とする発酵によるエタノールの製造方法、及び、該エタノールの製造方法を用いたエタノール或いは発酵アルコール飲料の製造方法、更には該発酵エタノールの製造に用いられる、好気的条件下エタノール発酵能を有する新規酵母の変異株及びその取得方法に関する。
酵母の発酵によるエタノールの製造技術は、古来より、各種発酵食品や発酵アルコール飲料の製造に利用されてきた。近年、酵母の発酵によるエタノールの製造技術は、工業的には大別すると、エタノール等の工業用アルコールの発酵による製造技術、及び、酒類のような発酵アルコール飲料の製造技術が挙げられ、このような分野の技術として進展してきた。エタノール等の工業用アルコールの発酵による製造の原料としては、主としてデンプン質原料及び糖質原料が用いられる。デンプン質原料としては、米、麦、トウモロコシ、甘藷、馬鈴薯、キャッサバ等が挙げられ、これらのデンプン質原料は麹や酵素等を用いて糖化してエタノール発酵に供されている。
糖質原料としては、製糖工場の副産物として産出される糖蜜が主要な糖質原料であり、砂糖の産地では、砂糖キビの搾汁(cane juice)も用いられている。また、最近では、未利用資源活用の一環として開発された、ミカンジュース製造後の残留物を加圧搾汁することにより回収したミカン果汁廃液も発酵エタノールの製造原料として使用されている。糖質原料は、デンプン質原料と異なり、原料の処理や糖化を要しないため、施設、製造技術、コスト、エネルギーバランスなど多くの面で有利な原料であり、エタノール製造原料として最も多く用いられている。近年は、廃棄バイオマスの再資源化という観点から、各種飲食品等の製造に際して産出されるデンプン質や糖質を含有する製造残渣等を用いて、エタノール発酵を行う方法も報告されている。
酵母の発酵によるエタノールの製造技術の、酒類のような発酵アルコール飲料の製造への利用は、清酒、ビール等の発酵麦芽飲料、ぶどう酒やリンゴ酒等の果実酒、ウイスキーや焼酎等の蒸留酒等、古来より多くの酒類の製造技術として利用されている。これらの発酵アルコール飲料の製造原料としては、米、麦、麦芽、そば、甘藷、サトウキビ、ぶどうやリンゴ等の果実、及び、蜂蜜のようなデンプン質や糖質を含む原料を、デンプン質の場合は麹や酵素により糖化して、用いられているが、これらの製造原料を用い、酵母によりエタノール発酵を行って各種の発酵アルコール飲料が製造されている。最近では、飲食品製造残渣の有効利用という観点から、柑橘類を搾汁して果汁を採取した残渣を原料として用い、エタノール発酵して、発酵アルコール飲料を製造する方法のようなものも開示されている(特開2002−153231号公報)。
これらのエタノール等の工業用アルコールの発酵による製造技術、及び、酒類のような発酵アルコール飲料の製造技術は、いずれも、酵母の発酵によるエタノールの生成作用が基本となるが、そもそも、この酵母による発酵現象というのは、酵母が糖を無酸素的に分解してエタノールと二酸化炭素に分解するエタノール発酵の現象であるから、これらの発酵はいずれも嫌気的条件下で進行する。したがって、嫌気的条件下で、酵母による発酵を行うことによりエタノールの生産は促進されるが、一方、この嫌気的条件下でのエタノールの生産により、酵母の増殖は阻害され、酵母の活性は徐々に低下する。即ち、酵母の増殖、活性化には好気的条件下であることが必要であるが、酵母の発酵によるエタノールの生産には嫌気的条件下で発酵を進めることが必要となり、この嫌気的条件下での発酵が酵母の活性の低下を招来することになる。したがって、工業用アルコールの製造のための発酵或いは発酵アルコール飲料の製造のための発酵のいずれの場合の発酵においても、酵母によるエタノール発酵を行うに際しては、好気的条件下で酵母を培養して増殖、活性化を行う工程、及び、該増殖、活性化した酵母を用いて発酵を行いエタノールを産生する工程の両者が採用されているが、酵母の増殖、活性化とエタノール発酵との両者の条件を同時に満足させる発酵方法は開発されていない。
最近、酵母によるエタノール発酵が嫌気的条件下でのみ可能であり、好気的条件下では望ましいエタノールの産生が得られないということから、この酵母による発酵のアルコール飲料製造上の制限を解消するために、好気的条件下でエタノール発酵を行う方法が開示された(特開2001−286276号公報)。この方法は、アミラーゼ活性及びアルコール脱水素酵素活性を有する担子菌を用いて、清酒、ビール、ワイン等のアルコール飲料の製造を行うものであるが、この技術そのものは酵母を用いるものではないから、従来行われている酵母を用いた工業用アルコール或いは発酵アルコール飲料の製造技術の代替として用いれるものではない。これまで知られている酵母を用いたエタノール発酵は、例えば、バイオマスのエタノール発酵生産のように、酵母の嫌気的な培養によって生産する方法のみである(斉木隆、西惟義著、栃蔵辰六郎他監修「発酵ハンドブック」pp43−48、共立出版(2001))。したがって、工業用アルコール或いは発酵アルコール飲料の製造のいずれにおいても、従来、酵母による好気的条件下における発酵、例えば、好気的な振とう培養や通気培養においてエタノール発酵生産を行っている例は見当たらない。
特開2001−286276号公報。 特開2002−153231号公報。 斉木隆、西惟義著、栃蔵辰六郎他監修「発酵ハンドブック」pp43−48、共立出版(2001)。
本発明の課題は、酵母の増殖、活性が保持される好気的条件下において発酵を行うことが可能な発酵によるエタノールの製造方法、及び、該アルコールの製造方法を用いたエタノール或いは発酵アルコール飲料の製造方法、更には該発酵エタノールの製造に用いられる、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する新規酵母の変異株及びその取得方法を提供することにある。
本発明者は、上記課題を解決すべく鋭意研究の結果、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する新規酵母の変異株を取得し、該酵母の変異株を用いて好気的条件下においてエタノール発酵を行うことにより、酵母の増殖、活性が保持される好気的条件下において酵母によるエタノール発酵が可能であり、高生産のエタノールの製造が可能であることを見い出し、本発明を完成するに至った。本発明のエタノールの製造方法において用いられる、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母の変異株としては、Saccharomyces cerevisiae NF1−1株(FERM BP−8400)を挙げることができる。従来、酵母によるエタノールの発酵は、嫌気的条件下に行うことが必要であったため、この嫌気的条件下のエタノール生産により、酵母の増殖は阻害され、その活性の低下を招来することとなっていたが、本発明の発酵によるエタノールの製造方法は、好気的条件下においてエタノール発酵を行うことが可能となったため、その発酵中に酵母の増殖、活性を保持することができ、高生産のエタノールの製造が可能である。
本発明のエタノールの製造方法は、発酵によるエタノールの製造や各種発酵アルコール飲料の製造等、広い範囲の発酵によるエタノールの製造に適用することができる。特に、本発明のエタノールの製造方法は、生産性が高く、かつ対糖収率も高いことから、廃棄バイオマス等、各種バイオマスを用いたエタノールの製造等に有効に用いることができる。また、本発明のエタノールの製造方法を用いて廃棄バイオマス資源からエタノールを製造するに際して、廃棄バイオマス資源として、トマト果汁やカキ果汁を用いるとエタノールの生産性が増大することから、本発明は発酵原料としてトマト果汁及び/又はカキ果汁、或いは該果汁を添加した糖質発酵原料又は廃棄バイオマスを用い、エタノールを製造する方法を包含するものである。
更に、本発明は、本発明のエタノールの製造方法で用いられる、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する新規酵母の変異株の取得方法を包含するものである。
すなわち具体的には本発明は、好気的条件下においてアルコール発酵能を有する酵母の変異株Saccharomyces cerevisiae NF1−1株(FERM BP−8400)を用いて、好気的条件下に発酵を行うことを特徴とする発酵によるエタノールの製造方法(請求項1)や、好気的条件下の発酵が、液状発酵原料に酸素を供給しつつ行われることを特徴とする請求項1記載の発酵によるエタノールの製造方法(請求項2)や、液状発酵原料への酸素の供給が、液状発酵原料への通気及び/又は液状発酵原料の攪拌によってなされることを特徴とする請求項2記載の発酵によるエタノールの製造方法(請求項3)や、請求項1〜3のいずれか記載の発酵によるエタノールの製造方法を用い、液状発酵原料で好気的に発酵を行うことによりエタノールを生成蓄積せしめ、これを採取することを特徴とするエタノールの製造方法(請求項4)や、液状発酵原料として、デンプン質又は糖質発酵原料を用いることを特徴とする請求項4記載のエタノールの製造方法(請求項5)や、液状発酵原料として、廃棄バイオマス資源を培地に用いることを特徴とする請求項4記載のエタノールの製造方法(請求項6)や、廃棄バイオマス資源として、トマト果汁及び/又はカキ果汁、或いは該果汁を添加した糖質発酵原料又は廃棄バイオマスを発酵原料として用いることを特徴とする請求項6記載のエタノールの製造方法(請求項7)や、請求項1〜3のいずれか記載の発酵エタノールの製造方法を用い、醸造原料を好気的に発酵することを特徴とする発酵アルコール飲料の製造方法(請求項8)や、発酵アルコール飲料が、清酒、発酵麦芽飲料、果実酒、又は蒸留酒であることを特徴とする請求項8記載の発酵アルコール飲料の製造方法(請求項9)からなる。
また本発明は、酵母に突然変異処理を施し、突然変異処理を施した酵母をシクロヘキシイミドを含む分離培地を用いて純粋分離し、更に、液体培地を用いた静置或いは振とう培養を行い、二酸化炭素の発生量を測定することにより、高エタノール発酵能を有する酵母変異株を分離取得することを特徴とする好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母変異株の分離取得方法(請求項10)や、酵母の突然変異処理としてメタンスルホン酸エチル処理を用いることを特徴とする請求項10記載の好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母変異株の分離取得方法(請求項11)や、好気的条件下において高エタノール発酵能を有し、かつ、泡無し酵母の性質を有するSaccharomyces cerevisiae NF1−1株(FERM BP−8400)(請求項12)からなる。
本発明の発酵によるエタノールの製造方法は、酵母の増殖、活性が保持される好気的条件下において酵母によるエタノール発酵が可能であるから、高生産のエタノールの製造が可能であり、発酵によるエタノールの製造や各種発酵アルコール飲料の製造等、広い範囲の発酵によるアルコールの製造に、生産性の高いエタノールの製造方法として適用することができる。特に、本発明のエタノールの製造方法は、酵母の活性の維持と発酵とを両立させて発酵を行うことを可能とするものであり、生産効率が高く、かつ対糖収率も高くいことから、廃棄バイオマス等、各種バイオマスを用いたエタノールの製造等に有効に用いることができる。また、本発明のエタノールの製造方法は、生産性の高いエタノールの製造を可能とすることから、未利用農産物の有効利用等、廃棄バイオマスの再資源化の分野において、有効な再利用の技術としての期待ができるものである。更に、本発明におけるSaccharomyces cerevisiae NF1−1株のような好気的条件下においてアルコール発酵能を有する酵母の変異株は、該株を発酵アルコール飲料の製造に用いることにより、新鮮で飲みやすい低アルコール発酵酒を短時間で効率よく製造することが可能となる。
本発明は、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母の変異株を用いて、好気的条件下に発酵を行い、エタノールを製造することよりなる。本発明においては、まず、好気的条件下において発酵によりエタノールを生産することができる、工業的に使用可能な酵母の変異株を取得することからなる。変異株を取得するには、酵母に突然変異処理を施し、突然変異処理を施した酵母を分離培地を用いて純粋分離し、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する変異株を分離、取得する。酵母の突然変異処理としては、適宜、微生物の変異処理に用いられる公知の突然変異処理手段を用いることができる。例えば、γ線・X線・β線などの放射線やメタンスルホン酸エチル(ethyl methanesurufonate:EMS)、アジ化ナトリウムなどの化学変異処理剤を挙げることができるが、特に、メタンスルホン酸エチルによる処理を好適な変異処理として挙げることができる。
変異処理に用いる酵母としては、それぞれの目的に応じて従来エタノール発酵に用いられている酵母を選択することができるが、エタノール発酵や各種発酵アルコール飲料の製造に広く用いられているSaccharomyces属の酵母、例えば、Saccharomyces cerevisiaeを代表的な酵母として挙げることができる。突然変異処理を施した酵母は、例えば、シクロヘキシミドを含む培地のような分離培地を用いて、純粋分離する。純粋分離した酵母変異株は、好気的条件下において高エタノール発酵能を有する酵母の変異株を選別するために、液体培地を用いた静置又は振とう培養を行い、二酸化炭素の発生量を測定して、高エタノール発酵能を有する酵母変異株を分離取得する。
例を挙げて、本発明の酵母変異株の取得方法を説明すると、本発明においては、工業的に使用可能な、好気的条件下の発酵によりエタノールを生産する能力をもつ微生物を得るべく、清酒酵母きょうかい7号酵母を突然変異処理を施す酵母菌株として選択した。
該酵母菌株を、メタンスルホン酸エチル処理により突然変異処理を施した。該突然変異処理を施した酵母菌株をシクロヘキシミドを含む平板培養により純粋分離した。分離した変異株は、さらにFroth flotation法を用い、泡無し酵母を集積し、平板培養により単離した。単離した変異株は、表1に示した組成の培地Aにより静置或いは振とう培養を行い、二酸化炭素発生量を測定する。この例では、振とう培養において二酸化炭素量が優れている変異株を選別した。本例で取得した、好気的条件下の発酵によりエタノールを高生産する能力をもつ酵母変異株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに、NF1−1株(FERM BP−8400)として寄託されている。該酵母変異株は、好気的にエタノールの生産能を有し、生育の至適pHを酸性側に有するSaccharomyces属のcerevisiae種に属する新規の酵母変異株である。
Figure 0003875970
本発明のエタノールの製造方法は、液状発酵原料を用いた工業用アルコール等のエタノールの製造や各種発酵アルコール飲料の製造に用いることができる。
本発明のエタノールの製造方法を用いて発酵によりエタノールの製造を行うには、本発明で取得した酵母の突然変異酵母株を用い、好気的条件下に発酵を行って、培地中にエタノールを生成蓄積せしめる。培地は、通常液体培地が用いられる。好気的条件下の発酵は、適宜の手段により液状発酵原料に酸素を供給しつつ行われる。通常、液状発酵原料への酸素の供給は、液状発酵原料への通気及び/又は液状発酵原料の攪拌によってなされる。本発明においては、液状発酵原料に酸素を供給し、好気的に発酵を行うことにより、酵母の増殖や活性を保持し、高効率で、エタノールを生成蓄積せしめることができる。
本発明の方法を用いて、エタノールの製造を行う際の発酵原料としては、通常酵母を用いてエタノールの製造を行う場合に用いられている発酵原料を用いることができる。該発酵原料としては、デンプン質又は糖質発酵原料が用いられる。デンプン質原料としては、米、麦、トウモロコシ、甘藷、馬鈴薯、キャッサバ等が挙げられ、これらのデンプン質原料は麹や酵素等を用いて糖化してエタノール発酵に供されている。糖質原料としては、製糖工場の副産物として産出される糖蜜が主要な糖質原料であり、砂糖の産地で生産される、砂糖キビの搾汁(cane juice)も用いられる。また、未利用資源活用の一環として開発された、ミカンジュース製造後の残留物を加圧搾汁することにより回収したミカン果汁廃液等の果汁類も用いられ、その中に含まれるショ糖、グルコース及びフルクトース等が発酵に利用される。糖質原料は、デンプン質原料と異なり、原料の処理や糖化を要しないため、施設、製造技術、コスト、エネルギーバランスなど多くの面で有利な原料であり、エタノール製造原料として好適に用いることができる。
本発明のエタノールの製造方法を用いたエタノールの製造における発酵原料として、近年、廃棄バイオマスの再資源化という観点から注目されている、各種飲食品等の製造に際して産出されるデンプン質や糖質を含有する製造残渣等を用いることができる。本発明の発酵によるエタノールの製造において、特に注目すべきは、廃棄バイオマスとして、トマト果汁やカキ(柿)果汁を用いた場合のエタノール生産性が特に高く、該果汁、或いは該果汁を添加した糖蜜等の糖質発酵原料や廃棄バイオマスを液状発酵培地として用いて高生産にエタノールを製造することができることである。
例を挙げて、本発明のエタノールの製造について説明すると、本発明においては、上記本発明の変異酵母株を用い、更に上記するような発酵原料を用いて、好気的条件下に発酵を行い、培地中にエタノールを生成せしめる。発酵に際して、培地に含まれるショ糖、グルコース及びフルクトースの濃度は10%W/V以上に調整されることが好ましい。例えば、果汁や糖蜜などを用いる場合は、その添加方法は、培養開始時に全量を一括して添加する方法、逐次的または連続的に添加して総量として、上記の量となるようにする方法などいずれの方法でもよい。窒素源は硫酸アンモニウムが用いられ、その培地に対する添加量は0.5%W/Vが好ましい。ミネラルや無機塩類は加える必要はない。上記微生物の発酵開始時のpHは、6.0が最適であるので、約2Nの水酸化ナトリウムで調整する必要がある。
培養は通気攪拌の好気的条件下で行なわれる。培養温度は25〜30℃、好ましくは約30℃である。培養中のpHは無調整でよい。培養時間はエタノールの生成量が最大に達するまで培養すればよい。好ましくは、32時間である。かくして得られた培養液は一般的な発酵エタノール製造工程(斉木隆著、社団法人日本エネルギー学会編:バイオマスハンドブック、pp157−165、共オーム社出版局(2002))にしたがって精製すればよい。
本発明の発酵で得られるエタノールは燃料用、工業用、飲料用の各分野において使用することができる(斉木隆著、社団法人日本エネルギー学会編:バイオマスハンドブック、pp157−165、共オーム社出版局(2002))。
本発明のエタノールの製造方法は、各種の発酵アルコール飲料の製造に適用することができる。従来、酵母による発酵アルコール飲料の製造のための発酵は、嫌気的条件下に行うことが必要であったため、この嫌気的条件下のエタノール生産により、酵母の増殖は阻害され、その活性の低下を招来することとなっていたが、本発明の発酵によるエタノールの製造方法により、好気的条件下においてエタノール発酵を行うことが可能となったため、その発酵中に酵母の増殖、活性を保持しながら、発酵アルコール飲料の発酵を進めることができる。
本発明の発酵アルコール飲料の製造方法は、清酒、ビール等の発酵麦芽飲料、ぶどう酒やリンゴ酒等の果実酒、ウイスキーや焼酎等の蒸留酒等、従来より酵母を用いた酒類のような各種の発酵アルコール飲料の製造に適用することができる。
本発明の発酵アルコール飲料の製造方法を用いて、発酵アルコール飲料を製造するには、酵母として、好気的条件下においてエタノール発酵能を有する本発明の酵母を用い、好気的条件下に発酵を行う他は、その他の発酵条件、発酵原料等の製造方法においては、基本的に従来の発酵アルコール飲料の製造方法と変わるところはない。例えば、発酵アルコール飲料の製造原料としては、それぞれの発酵アルコール飲料に対応して、米、麦、麦芽、そば、甘藷、サトウキビ、ぶどうやリンゴ等の果実、及び、蜂蜜のようなデンプン質や糖質を含む原料が用いられ、従来発酵アルコール飲料の製造において行われているように、デンプン質の発酵原料を用いた場合は、麹や酵素によりデンプンを糖化して用いられる。最近、飲食品製造残渣の有効利用という観点から注目されている、柑橘類やリンゴのような果汁を採取した残渣を発酵原料として用い、本発明の方法によりエタノール発酵して、発酵アルコール飲料を製造することも適宜行うことができる。
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
(好気的にエタノール発酵能を有する酵母変異株を用いたエタノールの生産性)
前記表1に示した液体培地Aを15mlの試験管に5ml分注し、121℃で15分間蒸気滅菌した。この種培地に、好気的にエタノール発酵能を有する酵母変異株NF1−1株(FERM BP−8400)の斜面培養物を1エーゼ接種して30℃で24時間静置培養し、種培養物とした。主培地としては表2に示した糖蜜液体培地を500mlの三角フラスコに100ml分注し、上記の種培養物を5%濃度で加え、静置培養(嫌気条件)および回転振とう(180rpm)(好気条件)し、30℃で培養した。二酸化炭素発生が認められなくなった時点で培養を終了した。比較のためにきょうかい7号酵母も同様な条件で同時に培養した。静置培養では何れの菌株も7日間で発酵が終了し、振とう培養では2日間で発酵が終了した。培養終了後、遠心分離(10,000rpm、15分)により、菌体を除去した。得られた上澄液はガスクロマトグラフィーによりエタノールを定量して、生成量を求め、生産性を比較した。そのエタノール生成量と生産性の結果を表3に示した。表3に示したように、静置培養では生産性がきょうかい7号酵母より低かったNF1−1株は、振とう培養では逆にきょうかい7号酵母より高くなり、生産性が最もすぐれていた。
Figure 0003875970
Figure 0003875970
(トマト培地及びカキ(柿)培地を用いたエタノールの生産性)
表4に示した糖度を20%に調整したそれぞれの液体培地5mlを15mlの試験管に分注し、121℃で15分間蒸気滅菌した。この種培地に、酵母変異株NF1−1株(FERM BP−8400)の斜面培養物を1エーゼ接種して30℃で24時間静置し、種培養物とした。主培地としては表4に示したそれぞれの液体培地を500mlの三角フラスコに100ml分注し、121℃で15分間蒸気滅菌した。上記の種培養物を5%濃度となるよう同じ組成の主培地に移植し、回転数180rpm、30℃の条件下で二酸化炭素発生量が認められなくなるまで培養した。比較のために合成培地である表1に示した培地Aも同時に用いた。培養終了後、遠心分離(10,000rpm、15分)により、菌体を除去した。得られた上澄液はガスクロマトグラフィーによりエタノールを定量して、生成量を求め、生産性を比較した。
Figure 0003875970
表4に示したトマト抽出液は、廃棄される完熟トマトから加熱抽出後、遠心分離(5,000rpm、15分)して調製し、カキ抽出液は、廃棄される庄内柿から発明者の一人が開発した方法(河東田茂義・末永秀清、軟化したカキ‘平核無’果実の微生物による利用、山形農林学会報、第44号、pp.25−27、1987)により調製した。エタノール生成量及び生産性は表5に示した。比較のためにきょうかい7号酵母の結果を加えた。エタノールの収量が最高値に達するまでの発酵時間は、トマト培地が1日、カキ培地が2日及び合成培地である培地Aが4日であった。表5の結果は、廃棄バイオマスとして用いたトマト果汁及びカキ果汁のエタノール生産性が高く、しかも本発明で得られた菌株NF1−1はきょうかい7号と比較してすぐれていることを示していた。
Figure 0003875970
(通気攪拌条件によるエタノールの生産性)
表2に示した糖蜜培地を15mlの試験管に5ml分注し、121℃で15分間蒸気滅菌した。この前培養培地に、NF1−1株(FERM BP−8400)の斜面培養物を1エーゼ接種して30℃で24時間静置培養し、前培養物とした。種培地としては表2に示した糖蜜培地を500mlの三角フラスコに100mL分注し、上記の前培養物を5%濃度で加え、回転振とう(180rpm)(好気条件)し、30℃で24時間培養し、種培養物とした。一方、主培地としては表2に示した糖蜜培地7L分を10Lのジャーファーメンターに無滅菌で仕込んた。上記の種培養物を5%濃度となるよう主培地に移植し、撹拌数200rpm、通気0.5vvm、30℃の条件下で培養した。一定時間毎に試料を採取し、遠心分離(10,000rpm、15分)により、菌体を除去した。得られた上澄液はガスクロマトグラフィーによりエタノールを定量して、生成量を求めた。
エタノール生成量の増加が認められなくなった時点で培養を終了した。比較のためにきょうかい7号酵母も同様な条件で同時に培養した。そのエタノール生成量と生産性の結果は、NF1−1株においては培養32時間で最高値93.9g/L(生産性約2.9g/(L・h))で、きょうかい7号では培養32時間で最高値79.8g/L(生産性約2.5g/(L・h))であった。これらの生成量は、これまで報告されている糖蜜を発酵原料とした回分法の培養容積当たりの生産性が1.3〜1.5g/(L・h)(通商産業省基礎産業局アルコール課監修:アルコールハンドブック、第9版、技報道出版(1997)参照)に比べ、2倍ほど高い。特に、NF1−1株のエタノール生成量も生産性のいずれもすぐれていた。さらに、きょうかい7号酵母の場合、この培養条件では泡が著しく形成され、エタノール生成が開始される培養開始後12時間まで消泡剤を添加しなければならないが、泡無し酵母であるNF1−1株では培養開始時にわずかの消泡剤の添加でよい。
これまでのNF1−1株によるエタノール発酵条件を比較すると表6にまとめることができる。NF1−1株による通気培養の有効性が示されている。
Figure 0003875970
(トマト果汁添加によるエタノール生産性への影響)
糖蜜原液を2倍希釈したものにトマト果汁を表7に示した割合で加えたそれぞれの培地(糖蜜:トマト培地)を15mlの試験管に5ml分注し、121℃で15分間蒸気滅菌した。この前培養培地に、NF1−1株(FERM BP−8400)の斜面培養物を1エーゼ接種して30℃で24時間静置培養し、種培養物とした。同じ比率の糖蜜:トマト培地を500mlの三角フラスコに100ml分注し、上記の同じ比率の種培養物を5%濃度で加え、回転振とう(180rpm)(好気条件)し、30℃で培養した。一定時間毎に試料を採取し、遠心分離(10,000rpm、15分)により、菌体を除去した。得られた上澄液はガスクロマトグラフィーによりエタノールを定量して、生成量を求めた。
エタノール生成量の増加が認められなくなった時点で培養を終了した。比較のためにきょうかい7号酵母も同様な条件で同時に培養した。結果を表7に示す。発酵時間はトマト果汁を添加する割合の増加にしたがい短時間で終了し、特に5:5の場合はトマト果汁培地の発酵終了時間と同じであった。そのときのエタノール生成量と生産性の結果は、NF1−1株においては61.5g/L(生産性約2.6g/(L・h))で、きょうかい7号で61.0g/L(生産性約2.5g/(L・h))であった。この場合もNF1−1株のエタノール生成量も生産性のいずれもきょうかい7号よりすぐれていた。
Figure 0003875970
(トマト果汁による発酵アルコール飲料の製造)
完熟トマト果実をジューサーにかけ、さらに晒布で濾過したトマト果汁を15mlの試験管に5ml分注し、121℃で15分間蒸気滅菌し前培養培地とした。この前培養培地に、Saccharomyces cerevisiae NF1−1株(FERM BP−8400)の斜面培養物を1エーゼ接種して30℃で24時間静置培養し、前培養物とした。種培地としては前培養培地と同様に調製したトマト果汁を500mlの三角フラスコに100ml分注し、上記の前培養物を5%濃度で加え、回転振とう(180rpm)(好気条件)し、30℃で24時間培養し、種培養物とした。一方、主培地としては前培養培地と同様に調製したトマト果汁に10%になるようにショ糖を添加した。その主培地4リットル分を10リットルのジャーファーメンターに無滅菌で仕込んた。上記の種培養物を5%濃度となるよう主培地に移植し、撹拌数200rpm、通気0.1vvm、30℃の条件下で培養した。
一定時間毎に試料を採取し、遠心分離(10,000rpm、15分)により、菌体を除去した。得られた上澄液はガスクロマトグラフィーによりエタノールを定量して、生成量を求めた。エタノール生成量の増加が認められなくなった時点で発酵を終了した。比較のためにきょうかい7号酵母も同様な条件で同時に培養した。そのエタノール生成量の結果を表8に示した。NF1−1株もきょうかい7号株も20時間以降は、これ以上のエタノール生成はなかった。NF1−1株においては培養20時間で最高値7.6%(60.0g/L、生産性約3.0g/(L・h))で、きょうかい7号では培養20時間で最高値6.7%(52.9g/L、生産性約2.6g/(L/h))であった。この場合も、NF1−1株のエタノール生成量も生産性のいずれもすぐれていた。
Figure 0003875970
これらの発酵酒を比較するために、10人のパネラーによって3点評価法により官能試験をおこなった。その結果、最も評価が高かったのはNF1−1株による培養12時間目が1.75で、最も低かったのがきょうかい7号株の培養20時間目で2.85であった。16時間目以降では酸味がきついため、酸味の好き嫌いで評価が分かれる結果となっていた。官能試験とトマト酒に含まれる有機酸と還元糖との関連性をみるために有機酸および還元糖の分析をおこなった。有機酸は液体クロマトグラフィー法、還元糖はジニトロフタル酸による比色定量法により定量した。その結果(トマト酒の有機酸及び還元糖量)を表9にまとめた。
Figure 0003875970
その結果、最も評価の高かったNF1−1株の発酵12時間の酒は、強い刺激的な酸味を示すピルビン酸と酢酸含量が低く、還元糖量が高かった。そのため甘いトマトの風味が生き、丸味ある飲みやすい酸味の生きたすっきりした味が保たれていた。最も評価の低かったきょうかい7号株の発酵20時間の酒は酢酸含量が最も高かく、還元糖は1%以下であった。そのため酸味と渋みが引き立ち、くどさが感じられる結果となっていた。以上の結果から、NF1−1株を用いることで、発酵時間が12時間以内の短時間で、新鮮で飲みやすい低アルコールの発酵トマト酒の醸造が可能である。他の果汁や野菜ジュースを単独であるいは混合しても同様に低アルコールの発酵酒の醸造が可能である。

Claims (12)

  1. 好気的条件下においてアルコール発酵能を有する酵母の変異株Saccharomyces cerevisiae NF1−1株(FERM BP−8400)を用いて、好気的条件下に発酵を行うことを特徴とする発酵によるエタノールの製造方法。
  2. 好気的条件下の発酵が、液状発酵原料に酸素を供給しつつ行われることを特徴とする請求項1記載の発酵によるエタノールの製造方法。
  3. 液状発酵原料への酸素の供給が、液状発酵原料への通気及び/又は液状発酵原料の攪拌によってなされることを特徴とする請求項2記載の発酵によるエタノールの製造方法。
  4. 請求項1〜3のいずれか記載の発酵によるエタノールの製造方法を用い、液状発酵原料で好気的に発酵を行うことによりエタノールを生成蓄積せしめ、これを採取することを特徴とするエタノールの製造方法。
  5. 液状発酵原料として、デンプン質又は糖質発酵原料を用いることを特徴とする請求項4記載のエタノールの製造方法。
  6. 液状発酵原料として、廃棄バイオマス資源を培地に用いることを特徴とする請求項4記載のエタノールの製造方法。
  7. 廃棄バイオマス資源として、トマト果汁及び/又はカキ果汁、或いは該果汁を添加した糖質発酵原料又は廃棄バイオマスを発酵原料として用いることを特徴とする請求項6記載のエタノールの製造方法。
  8. 請求項1〜3のいずれか記載の発酵エタノールの製造方法を用い、醸造原料を好気的に発酵することを特徴とする発酵アルコール飲料の製造方法。
  9. 発酵アルコール飲料が、清酒、発酵麦芽飲料、果実酒、又は蒸留酒であることを特徴とする請求項8記載の発酵アルコール飲料の製造方法。
  10. 酵母に突然変異処理を施し、突然変異処理を施した酵母をシクロヘキシイミドを含む分離培地を用いて純粋分離し、更に、液体培地を用いた静置或いは振とう培養を行い、二酸化炭素の発生量を測定することにより、高エタノール発酵能を有する酵母変異株を分離取得することを特徴とする好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母変異株の分離取得方法。
  11. 酵母の突然変異処理としてメタンスルホン酸エチル処理を用いることを特徴とする請求項10記載の好気的条件下においてエタノール発酵能を有する酵母変異株の分離取得方法。
  12. 好気的条件下において高エタノール発酵能を有し、かつ、泡無し酵母の性質を有するSaccharomyces cerevisiae NF1−1株(FERM BP−8400)。
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