JP3815336B2 - 無方向性電磁鋼板 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、主として高効率モータに使用される無方向性電磁鋼板に係り、エアコンや冷蔵庫などのコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動用モータおよびスタータジェネレータなどに用いられて優れた磁気特性および加工性が要求される無方向性電磁鋼板に関する。
【0002】
【従来の技術】
近年、環境問題がクローズアップされ、省エネルギーへの取り組みは一段と活発となってきている。これにともない電気機器に多数使用されているモータの効率向上は極めて重要な課題となり、特に連続運転されることの多いエアコンや冷蔵庫のコンプレッサーモータに対して高効率化の要求が強い。
【0003】
自動車についてもその燃費向上が積極的に推進されており、モータを駆動力として使用する電気自動車や、モータとガソリンエンジンあるいはモータとディーゼルエンジンを駆動力として併用するハイブリッド自動車が実用化されている。これらに用いられるモータも、限られたエネルギーの中で最大限の走行距離を確保するために、その効率向上は極めて重要である。
【0004】
この様に、環境問題の解決にはモータの高効率化が不可欠であり、その設計方針、制御技術等の変化から、鉄心材料である無方向性電磁鋼板に要求される特性も変化してきている。
【0005】
エアコンや冷蔵庫のモータでは、モータ効率改善のために周波数を連続的に変化させることにより回転数を制御するインバータ制御方式が主流となっている。同様に、自動車の駆動用モータに関しても、自動車の走行速度に合わせてモータの回転数を低速回転から高速回転あるいはその逆へと常に変化させる必要があるため、やはりインバータ制御方式のモータが採用されている。これらのモータは、従来の商用周波数(50あるいは60Hz)より高周波(数百〜数千Hz)で、かつ非正弦波、例えばPWM(パルス幅変調波)やPAM(パルス増幅変調波)などで使用されるため、鉄心素材には非正弦波での高周波特性が求められる。
【0006】
高周波域での鉄損低減には鋼板の固有抵抗増加による渦電流損失の低減が有効であることから、例えば、特開平10−324957号公報には、3.0質量%を超える多量のSiを含有した無方向性電磁鋼板が開示されている。ところが、Si含有量が高い鋼板は、ビッカース硬度が高いため、鉄心形状に成形する連続打ち抜き工程で金型摩耗の進行が速く、打ち抜き端面の「かえり」が大きくなりやすく、加工性が不充分であった。したがって、Si含有量を増加させることによって鉄損を低減させた鋼板をモータ用鉄心として用いることには、実用面からの限界があった。
【0007】
図1は、鋼板のビッカース硬度が打ち抜き加工性に及ぼす影響を示すグラフである。この実験は、研磨した金型を使用して様々なビッカース硬度を有する鋼板に打ち抜き加工を施し、50μmを超えるかえりが発生するまでの打ち抜き回数Nを測定したものである。図1に示すように、鋼板のビッカース硬度が高いと金型の摩耗が著しくなり、50μmを超えるような大きなかえるが発生するまでの打ち抜き回数が低下する。
【0008】
このように大きなかえりが生じると、鉄心の積層厚を狂わせて占積率が低下し、素材の磁気特性がたとえ良好でもモータ性能が劣化する。さらに、積層した鉄心間の導通を引き起こして渦電流損を増大させるので、モータ効率の低下につながる。また、金型が早く摩耗するため、金型の取り替えで連続打ち抜き作業を中止する回数が多くなり鉄心の生産効率が低下するとともに、研磨費用も増加する。
【0009】
多量のSiを含有する鋼板は脆いため、通常の工業的プロセスにおける鋼板の冷間圧延方法では割れが発生しやすいという欠点もあった。磁気特性改善には熱延板焼鈍により冷間圧延前の結晶粒径を粗大化することが有効であるが、Siを多量に含有した鋼板は結晶粒径粗大化により特に遷移温度が高くなり、磁気特性改善効果と工業生産性との両立は困難であった。
【0010】
特開平10-183311号公報には、Siを0.1〜2%、Alを0.5〜2.5%に規制し、ビッカース硬さを160以下とすることにより打ち抜き加工性を改善した無方向性電磁鋼板が開示されている。しかしながら、高効率モータに必要な高周波域での低鉄損を得るためには、Si含有量をさらに増加させて固有抵抗を増加させる必要があるので、高合金系の無方向性電磁鋼板の加工性を高める手法として、この技術を適用することは難しい。
【0011】
特開2001-73098号公報には、Siを1.5〜2.5%、Mnを1.0%以下、Alを1〜3%と規制して、ビッカース硬度を200を超えない範囲とすることにより、加工性と低鉄損を両立させる電磁鋼板が開示されている。しかしながら、この発明では、商用周波数域での鉄損について開示されているのみで、良好な打ち抜き加工性と高周波域での低鉄損の両立については、改善の余地がある。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は、上記の従来技術における問題点を解決するためになされたものであり、エアコンや冷蔵庫などのコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車などの駆動用モータおよびスタータジェネレータなど、主として高効率モータの鉄心素材として必要な、高い磁束密度と高周波域での低鉄損、さらには鉄心への成形工程における加工性とを兼ね備えた無方向性電磁鋼板を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、以下に述べるような詳細な検討およびそれに基づく知見をもとに、本発明を完成させた。
【0014】
インバータ制御されるモータの高効率化には固有抵抗の増加が有効である。固有抵抗はできる限り高い方が良く、合金含有量の増加により達成できるが硬度の増加は避けられない。鉄心への成形工程における打ち抜き加工性は硬度に大きく影響されるため、同等の固有抵抗であっても、より硬度の低い材料が実用上好ましい。逆に同等の硬度であれば、より固有抵抗の高い方がモータの効率向上につながる。
【0015】
Bozorth:Ferromagnetism(1951)の40頁に記載されているように、鉄の固有抵抗の上昇に対するSiとAlの寄与の大きさはほぼ同程度であり、Mnの寄与率はSiの50%程度である。これに対して、硬度上昇に対するSiの寄与は極めて大きく、Al、Mnの順に小さくなる。本発明者らはまず、Si、sol.AlおよびMnの各含有量を種々変化させた鋼の固有抵抗について詳細に検討を行った。それによれば、Mn含有量の増加による固有抵抗の上昇効果は従来の知見よりも大きく、Siの場合の約60%程度であることが判明した。
【0016】
そこで、本発明者らはこの点に着目し、従来の技術的認識とは逆に、Si含有量の増加を抑え、むしろsol.AlおよびMn含有量を増加させることによって、固有抵抗増加による高周波域での低鉄損と硬度適正化による鉄心への打ち抜き加工性の両立が可能なことを確認した。特に、従来あまり着目されることのなかったMnについて詳細に検討を行い、同等の固有抵抗であっても、Si含有鋼(例えば、2.0%Si−0.2%Mn−2.0%Al)よりもMnを多量に含有した鋼(例えば、1.2%Si−2.1%Mn−2.0%Al)の方が硬度が低いとの知見を得て、Mnを積極的に含有させることとした。
【0017】
次にSi、sol.AlおよびMnの含有量を種々変化させた鋼板の磁束密度について検討を行った。その結果、sol.AlおよびMnを積極的に含有させた鋼板では、同程度の固有抵抗を有する従来のSi含有鋼と比較して磁束密度が低下することが判明した。この欠点を克服するために、種々検討を行った結果、Pを適量含有させることにより磁束密度が上昇することを知見した。
【0018】
従来、Pは冷間圧延性を劣化させる元素と考えられており、固有抵抗の高い高合金系の無方向性電磁鋼板において積極的に含有させることは皆無であった。本発明者らは、Siを低減しsol.AlおよびMnを積極的に含有させることにより冷間圧延性を改善した場合、P含有量を増加させても冷間圧延性の劣化はわずかであり、鋼板の工業生産性を低下させることなく、鉄損、磁束密度、打ち抜き加工性を改善できるとの知見を得た。
【0019】
本発明は、このような知見に基づきなされたものであり、その要旨は次のとおりである。
【0020】
即ち、質量%で、C:0.005%以下、Si:2.5%以下、Mn:1.0〜4.5%、S:0.005%以下、sol.Al:1.0〜3.5%、P : 0.11 〜 0.22 %およびN:0.005%以下を含み、残部がFeおよび不純物からなり、Si、sol.AlおよびMnの含有量が下記の(1)式および(2)式で示される関係を満たし、ビッカース硬度Hvが160〜220であり、固有抵抗ρとビッカース硬度Hvとが下記の(3)式で与えられる関係を満足する無方向性電磁鋼板。但し、(1)および(2)式中の元素記号はそれぞれの元素の含有量(質量%)を示し、(3)式中のρは固有抵抗(Ωm×10−8)を意味し、HvはJIS Z 2244に準じて測定したビッカース硬度を意味する。
3.5≦Si+sol.Al+0.6×Mn≦7.0 …(1)
Si≦sol.Al+Mn …(2)
ρ≧0.25×Hv+6 …(3)
【0021】
【発明の実施の形態】
以下、本発明における各構成要件について詳細に説明する。なお、成分含有量についての%は質量%を意味する。
【0022】
(A)C:0.005%以下
Cは、製品中に残存すると鉄損増大させるので、その含有量は少ないほど好ましい。特に、Cの含有量が過剰の場合は、鉄心として使用中に鋼中の固溶炭素が炭化物として析出し、鉄損を大きくする。従って、Cの含有量を0.005%以下とした。
【0023】
(B)Si:2.5%以下
Siの含有量を増加させると、鋼板の固有抵抗が上昇することにより、渦電流損が低下し、鉄損が低減する。しかし、Siは、硬度を著しく上昇させる元素であり、その含有量が2.5%を超えると、冷間圧延に供する母材の靱性および製品の打ち抜き加工性を著しく劣化させる。従って、Siの含有量を2.5%以下とした。望ましくは2.3%以下であり、さらに望ましくは2.0%以下である。なお、Siの含有量の下限値は、打ち抜き加工性の観点からは低くても問題はないため、特に定めないが、鉄損低減の観点からはその含有量を0.1%以上とするのが好ましい。Si含有量は要求される鉄損レベルと所望の硬度に応じて決定すればよい。
【0024】
(C)Mn:1.0〜4.5%
Mnは、鋼板の固有抵抗を上昇させるのに有効な元素であり、固有抵抗上昇への寄与率はSiのおよそ60%である。Siまたはsol.Alを含有させる場合と同等の固有抵抗にするために、多量にMnを含有させても、冷間圧延材の靱性劣化および製品の硬度上昇は極くわずかである。即ち、Mnは、冷間圧延母材の靱性および打ち抜き加工性と高周波域での低鉄損を両立させるために極めて重要な元素である。しかし、Mn含有量が1.0%に満たない場合は、Si含有量の低減による固有抵抗の減少を補うことができず、高周波域での鉄損低減効果が不充分である。一方、Mn含有量が4.5%を超えると、合金コストの上昇を招く。従って、Mn含有量を1.0〜4.5%とした。なお、望ましい下限値は1.5%であり、望ましい上限値は3.5%である。
【0025】
(D)S:0.005%以下
Sは、析出物や介在物を形成して鉄損を増加させる元素である。従って、S含有量を0.005%以下とした。なお、Sは低ければ低いほどよいため、下限は特に設けない。
【0026】
(E)sol.Al:1.0〜3.5%
sol.Alは、Siとほぼ同程度の固有抵抗を上昇させる効果を有し、渦電流損を低下させて鉄損を低減させる。しかも、Siと比べると含有量当たりの鋼板の硬度上昇が小さいため、打ち抜き加工性と高周波域での低鉄損の両立を図る上で極めて重要な元素である。Si含有量の低減による鉄損増加を補うために1.0%以上含有させる必要がある。望ましくは1.2%以上、さらに望ましくは1.5%以上である。硬度増加に対する寄与が小さいため、固有抵抗上昇による渦電流損失低減の観点からは含有量は多ければ多いほど良い。
【0027】
しかしながら、sol.Alは磁歪を増加させる元素であり、磁歪の増加はヒステリシス損失の増加につながる。また、上述のとおり、Siよりも磁束密度を低下させる作用が大きい。これらの作用は3.5%を超えると特に顕著になることから、sol.Al含有量の上限は3.5%とする。従って、sol.Alの含有量を1.0〜3.5%とした。好ましい上限は3.0%である。この範囲で要求される鉄損レベルと所望の硬度に応じてsol.Al量を決定すればよい。
【0028】
(F)P : 0.11 〜 0.22 %
Pは、結晶粒界に偏析する傾向が強い元素であり、仕上焼鈍後の集合組織変化を通じて磁束密度を増加させる効果があるが、従来、Pは冷間圧延性を劣化させると考えられてきた。そこで、本出願人は、先に出願した特願2000-228714号の発明においては、無方向性電磁鋼板のP含有量を0.1%以下に制限することとした。しかし、その後の研究により、Siを低減しsol.AとMnを積極的に含有させることにより冷間圧延性を改善した鋼の場合、P含有量を増加させても冷間圧延性の劣化はわずかであることが判明した。また、以下に示すように、P含有量が0.11 %以上の場合にも鉄損および磁束密度を改善する効果が得られることが分かった。以下に実験結果を含めて説明する。
【0029】
図2は、1.3%Si−2.0%Mn−2.1%Alをベースとした種々のP含有量の鋼の磁束密度B50を示すグラフである。これらの鋼は1150℃でスラブ加熱を実施した後に熱間圧延により2.3mm厚の熱延板とし、800℃で10時間保持する熱延板焼鈍を施し、一回の冷間圧延により0.35mmに仕上げ、1000℃で30秒保持する仕上焼鈍を施したものである。図2から明らかなように、P含有量を0.22%以下の範囲で適正化することにより、磁束密度が増加する。
【0030】
図3は、仕上焼鈍後の鋼板の板厚中央部におけるX線積分強度を示すグラフである。図3に示すように、P含有量を0.22%以下の範囲で適正化することにより、磁気特性に悪影響を及ぼす{111}面の集積度に相当する{222}面の強度が抑制され、磁気特性改善に有効な{100}面の集積度に相当する{200}面の強度が増加している。即ち、磁気特性の改善に好ましい集合組織が発達している。
【0031】
P含有量の適正化は、上述のような集合組織の変化のみならず、固有抵抗の上昇による鉄損低減の効果も有する。Si、Mnおよびsol.Alは含有量が増加すると固有抵抗上昇に起因して鉄損は低減されるが、磁束密度の低下は避けられない。これに対してPは、上述のとおり、鉄損と磁束密度をともに改善する効果を有しており、本発明において極めて重要な元素である。
【0032】
Pの含有量が0.22%を超えると冷間圧延性を改善した本発明においても冷延時に破断が生じるおそれがあるため、上限は0.22%、望ましくは0.20%以下とする。
【0033】
(G)N:0.005%以下
Nは、その含有量が多いと窒化物を形成して鉄損を増加させる。従って、N含有量を0.005%以下とした。なお、N含有量は低ければ低いほどよいため、下限は特に設けない。
【0034】
(H)本発明の無方向性電磁鋼板は、上記の成分を含有し、残部はFeおよび不純物からなる。不純物としてTi、Nb、V、Zr等が含まれることがあるが、これらの元素が鋼板中に混入すると結晶粒の成長を抑制して鉄損が大きくなるため、これらの元素は極力低減させるのが望ましい。また、Feの一部に代えて、Sb、Sn、B、Cu、Ni等の元素を含有させても本発明の効果は失われない。
【0035】
本発明の無方向性電磁鋼板は、従来よりも多量のMnを含有するため、仕上焼鈍時にγ相が生じ、鉄損を劣化させる場合がある。このため、焼鈍温度でγ変態を起こさない鋼であるのが望ましい。
【0036】
(I)Si、sol.AlおよびMnそれぞれの含有量の関係
前述のとおり、Si、sol.AlおよびMnそれぞれの鋼板の固有抵抗の上昇に及ぼす寄与は、Siとsol.Alが同等であるのに対し、MnはSiの60%程度である。そこで、本発明においては、Si+sol.Al+0.6×Mnを鋼板の固有抵抗を調整するための指標とした。Si+sol.Al+0.6×Mnが3.5未満の場合には高周波域での鉄損の低減効果は不十分である。しかし、Si+sol.Al+0.6×Mnが7.0を超えると、磁束密度の過度の低下、硬度の上昇および冷間圧延母材の靱性劣化を招く。従って、本発明の無方向性電磁鋼板に含まれるSi、sol.AlおよびMnは、下記の(1)式で示される関係を満たす必要がある。
3.5≦Si+sol.Al+0.6×Mn≦7.0 …(1)
【0037】
次に、Si含有量とsol.AlおよびMnの含有量との関係について説明する。Siは、sol.AlおよびMnよりも鋼板の硬度を上げる作用が大きい。従って、Siは、鋼板の硬度に依存する打ち抜き加工性および冷間圧延性を損なう傾向が大きい。このため、Si、sol.AlおよびMnのそれぞれの含有量のバランスを調整する必要がある。Siの含有量がsol.AlおよびMnの合計含有量よりも多い場合、即ち、Si>sol.Al+Mnとなる場合には、鉄の固有抵抗を十分に高めることができるので、高周波域での鉄損を低減することができるが、打ち抜き加工性および冷間圧延性が劣化するのである。従って、Si、sol.AlおよびMnのそれぞれの含有量は、上記の(1)式に示される関係を満たすとともに、下記の(2)式で示す関係を満たす必要がある。
Si≦sol.Al+Mn …(2)
【0038】
なお、好ましくは、1.2×Si≦sol.Al+Mnであり、更に好ましくは、2.0×Si≦sol.Al+Mnである。
【0039】
上記の(1)式および(2)式を満たす組成にすることによって、固有抵抗の低下を伴うことなく、硬度低下および冷間圧延母材の靱性向上が可能となる。言い換えれば、硬度上昇および冷間圧延母材の靱性劣化を伴うことなく、固有抵抗の増加が可能となる。要するに、鉄損特性の劣化を伴うことなく、鋼板の打ち抜き性および冷間圧延性を高められ、鋼板の打ち抜き性および冷間圧延性の劣化を伴うことなく、鉄損特性を改善できるのである。
【0040】
(J)硬度
鋼板の機械的性質の中でも、硬度の管理は高効率モータに用いられる電磁鋼板においては極めて重要である。前述の図1に示すように、硬度がビッカース硬度Hvで220を超えると打ち抜き金型の摩耗が顕著になり、かえり高さが50μmに達するまでの打ち抜き回数が100万回以下となる。そのため、金型を研磨し直す必要が生じ、鉄心の生産性が大幅に低下する。また、摩耗した金型で打ち抜かれた鋼板はかえりが大きくなりやすく、積層した鉄心間の導通を引き起こし渦電流損を増大させ、モータの効率低下につながる。1回の研磨当たりの打ち抜き回数が100万回以上、即ち、ビッカース硬度Hvが220以下なる条件は鉄心製造コストの観点から重要であり、本発明でもビッカース硬度の上限は220とする。
【0041】
打ち抜き加工性の観点からは硬度は低い程好ましいが、過度に低くなると、高速回転するロータに用いた場合には、材料強度を確保することができない。特に、永久磁石をロータ内部に埋め込んだ形式のいわゆるIPMモータに用いる場合には材料強度は極めて重要となり、硬度が160未満になると材料強度が不足する。従って、硬度はビッカース硬度Hvで160〜220の範囲とした。望ましくは、ビッカース硬度Hvで160〜210の範囲である。
【0042】
なお、ビッカース硬度はJIS Z 2244に準じて試験力:9.807〜49.03N(試験荷重:1〜5kg)の範囲で選定し、鋼板の表面にて測定すればよい。
【0043】
(K)固有抵抗とビッカース硬度の関係
固有抵抗とは、鋼板自体の固有抵抗をいい、鋼板そのものの鉄損特性向上のみならず、鉄心に使用した場合のモータ効率の向上にとって極めて重要である。非正弦波でかつ商用周波数以上で連続運転されることの多いエアコン等のコンプレッサーモータ、電気自動車およびハイブリッド自動車の駆動モータ等では特に重要であり、固有抵抗が小さいと商用周波数での鉄損特性が良好であっても実際のモータ効率に反映されない。
【0044】
図4は固有抵抗とビッカース硬度のバランスが高周波域での鉄損と打ち抜き加工性との関係に及ぼす影響を示すグラフである。同図は、C:0.002%、S:0.003%、N:0.001%を基本成分とし、さらにSi、sol.Al、MnおよびPの含有量を種々変化させて製造した鋼板に、公知の表面被覆を0.4μmの厚さで施した0.35mmの厚さの無方向性電磁鋼板につき、調査した結果である。
【0045】
結晶粒径は、測定の結果、鋼の成分組成によらずほぼ110μmであった。これらの無方向性電磁鋼板の打ち抜き加工性を連続打ち抜き試験によって評価した。打ち抜き試験は、コア形状:縦17mm×横17mm、ストローク数:300回/分で行った。ここで、打ち抜き加工性は、打ち抜いたブランクのかえり高さが50μmを超えるまでの打ち抜き回数で評価した。
【0046】
高周波域での鉄損は、JIS C 2550に規定される25cmエプスタイン試験枠を用い、従来の正弦波ではなく非正弦波のうちPWM(パルス幅変調)によりキャリア周波数3kHz、励磁周波数400Hz、磁束密度1.0Tのときの鉄損(W10/400)を測定した。
【0047】
従来の無方向性電磁鋼板の評価指標であるW15/50(1.5T、50Hzにおける鉄損(W/kg))ではなく、W10/400を評価指標としたのは、無方向性電磁鋼板の磁気特性とモータ効率との相関の強さについての検討で得られたW10/400の方がモータ効率との相関が強いという知見に基づいている。
【0048】
図5は、打ち抜き加工性と高周波域での鉄損の関係を示すグラフである。これらの二つの特性を回帰分析し、下記の(a)式を得た。なお、(a)式中のNはかえりが50μmを超えるまでの打ち抜き回数(回)を示す。
W10/400=1.3×10−6×N+14.8 …(a)
【0049】
ここで、鉄損が同レベルであれば、打ち抜き回数の多い方が良好であり、打ち抜き回数が同レベルであれば鉄損の低い方が良好である。従って、下記の(b)式の関係を打ち抜き加工性と非正弦波での高周波域での鉄損が両立している指標とした。
W10/400≦1.3×10−6×N+14.8 …(b)
【0050】
本発明者らは、C、Si、Mn、S、sol.AlおよびN含有量が本発明の範囲内であって、且つ、固有抵抗ρ(Ωm×10−8)とビッカース硬度Hvとが下記の(3)式の関係を満足する場合に、上記の(b)式の指標を満たす特性が得られるとの知見を得た。
ρ≧0.25×Hv+6 …(3)
【0051】
板厚、表面被覆厚さ、打ち抜き条件によって打ち抜き回数Nは変化するため、(a)式および(b)式の係数(1.3×10−6)および切片(14.8)は変化するが、本発明者らは(3)式の関係を満たしていれば、板厚、表面被覆厚さ、打ち抜き条件が変化しても、高周波域での鉄損と打ち抜き加工性が両立することを確認し、これを指標とした。
【0052】
鉄損低減の観点からは、さらに固有抵抗を上昇させることが望ましく、ρ≧0.25×Hv+8とするのがよい。より好ましくは、ρ≧0.25×Hv+10である。高周波特性が望まれる場合には、ρ≧0.25×Hv+12とするのがさらに好ましい。この範囲の中から、所望の鉄損レベルと材料強度に応じて硬度と固有抵抗を選択する。
【0053】
なお、固有抵抗は公知の方法、例えば四端子法によって測定すればよい。ここで、固有抵抗とは製品段階での鋼板自体の固有抵抗をいい、表面被覆を施す前あるいは表面被覆を除去して測定すればよい。熱延板焼鈍後、表面被覆前、表面被覆除去後の固有抵抗を調査したが値に変化はなかったため、熱延板焼鈍後の固有抵抗値を製品の固有抵抗値として使用してもよい。
【0054】
鉄損は結晶粒径および板厚にも影響されるが、結晶粒径、板厚が同等の条件で比較した場合、上記の(3)式の条件を満たしていれば、打ち抜き加工性と高周波域での鉄損の両立が可能である。従って、本発明では結晶粒径、板厚は特に規定しないが、望ましい結晶粒径の範囲は60〜200μmであり、望ましい板厚の範囲は0.1〜0.6mmである。高周波域での鉄損および打ち抜き後の鉄心のカシメ強度を考慮すると、結晶粒径は60〜150μm、板厚は0.2〜0.4mmの範囲がさらに好ましい。これらの範囲内で、使用される周波数域に応じて結晶粒径、板厚を選択すればよい。
【0055】
以下、本発明の無方向性電磁鋼板を製造する方法の一例を説明する。
【0056】
(L)スラブ加熱および熱間圧延について
上記鋼組成のスラブは、1000〜1300℃の温度で加熱し通常の熱間圧延を行うのが望ましい。これは、スラブ加熱温度が1300℃を超えると、鋼中のMnSが溶解し、結晶粒成長を阻害するため磁気特性の劣化を招くからである。同様の観点から、1250℃以下であればより望ましい。一方、スラブ加熱温度が1000℃未満となると圧延性が低下するため、スラブ加熱温度は1000℃以上であることが望ましく、1050℃以上であればさらに望ましい。なお、熱間圧延のその他の条件は、公知の条件に従えばよい。
【0057】
(M)熱延板焼鈍および冷間圧延について
熱間圧延後、必要に応じて磁気特性改善のために熱延板焼鈍を行うのが望ましい。これは、冷間圧延前の結晶粒径を粗大化させることによって、磁気的に好ましい集合組織を発達させるためである。しかし、この熱延板焼鈍の温度が700℃未満では磁気特性改善の効果が得られず、1100℃を超えるとその効果は飽和する。従って、磁気特性改善効果を得るためには、熱延板焼鈍温度を700〜1100℃とするのが望ましい。
【0058】
冷間圧延は1回または中間焼鈍をはさむ2回以上で行い、所望の板厚を有する鋼板とするのが望ましい。ここで、1回の冷間圧延とは、中間焼鈍をはさまずに所望の板厚まで冷間圧延することをいう。また、2回以上の冷間圧延とは、中間焼鈍をはさんで複数回の冷間圧延を行うことをいう。本発明で規定する範囲の鋼組成であれば、冷間圧延母材の靱性が確保されていることから、1回の冷間圧延で所望の板厚まで仕上げるのが製造コストの面からは望ましいが、冷間圧延の回数は目的に応じて選択すればよい。
【0059】
(N)仕上焼鈍について
仕上焼鈍は連続焼鈍による方法が好ましい。この焼鈍によって、硬度Hvを160〜220とする。仕上焼鈍温度が800℃未満では、再結晶組織が十分に得られず磁気特性は不良となり、また、硬さの上昇をも招く。1150℃を超えると結晶粒が著しく粗大化し、モータ鉄心への打ち抜き加工の際に、割れを生じる場合がある。また磁気特性の面からも、結晶粒の過度の粗大化は商用周波数以上での鉄損の増加につながり、好ましくない。従って、仕上焼鈍温度は、800〜1150℃とするのが望ましい。特に、850〜1150℃とするのが望ましい。上記以外の焼鈍条件は、公知の条件に従えばよい。
【0060】
仕上焼鈍後、打ち抜き加工性を重視する用途には、鋼板表面に樹脂のみあるいは、樹脂と無機質バインダーとの混合物からなる表面被覆を施すとよい。このような仕上焼鈍後の表面被覆については、公知の方法を採用すればよい。
【0061】
【実施例】
表1に示す化学組成を有するスラブから表2に示す製造条件で鋼板を作製し、これを供試材とした。さらに、いずれの供試材もアクリル樹脂エマルジョン、クロム酸マグネシウムおよびホウ酸の混合物からなる膜厚0.4μmの表面被覆を施した。なお、熱間圧延の後には、鋼板を酸洗した。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
熱延板(厚さ2.3mm)の焼鈍は、水素雰囲気中にて10時間の箱焼鈍によって行い、仕上焼鈍は、連続焼鈍によって行った。また、冷間圧延条件の「1回」とは、1回の冷間圧延により、0.35mmの厚さに仕上げたものをいい、「2回」とは、800℃で1時間均熱する箱焼鈍による中間焼鈍をはさみ2回の冷間圧延を行い、0.35mmの厚さに仕上げたものをいう。
【0065】
それぞれの化学組成条件および製造条件で作製した供試材について、下記の方法によって各種の性能を調査した。
【0066】
表面硬さは、JIS Z 2244に準じて試験力:9.807N(試験荷重:1kg)で測定し、固有抵抗は、表面被覆を除去した後、四端子法によって測定した。冷間圧延時に破断した鋼種については、熱延焼鈍後の鋼板から試験片を採取して測定した。これらの結果を表3に示す。
【0067】
磁気特性は、JIS C 2550に規定された25cmエプスタイン試験枠を用い、5000A/mにおける磁束密度(B50)と非正弦波のうちPWM(パルス幅変調)により、キャリア周波数が3kHz、励磁周波数が400Hz、磁束密度が1.0Tのときの鉄損(W10/400)を測定した。また、打ち抜き加工性については、連続打ち抜き試験を実施し、打ち抜き後のブランクのかえり高さが50μmを超えるまでの打ち抜き回数で評価した。なお、打ち抜き試験条件は前述のとおりである。これらの結果も表3に併記する。
【0068】
【表3】
【0069】
No.14は、硬度が本発明の範囲を超えており、(3)式で示される関係を満たさないため、磁気特性および打ち抜き加工性のいずれについても劣っていた。No.15は、更に、SiおよびMn含有量が本発明の範囲外であり、特に打ち抜き加工性が劣っていた。No.16は、(3)式で示される関係を満たしているが、sol.Al含有量が本発明の範囲を超えることから、磁気特性が劣っていた。
【0070】
No.17および18は、SまたはNのいずれかの含有量が本発明で規定する範囲よりも高いため、(3)式で示される関係を満たしているものの、磁気特性が劣っていた。No.19は、Mnおよびsol.Al含有量が本発明で規定する範囲の下限値未満であるため、硬度は適正範囲に入っているものの、(3)式で示される関係を満たしておらず、高周波域での鉄損が劣っていた。
【0071】
No.20は、C含有量が本発明で規定する範囲の上限を超えているため、磁気特性が劣っていた。さらに、鉄心として使用中に磁気特性が劣化する問題をも有していた。No.21は、P含有量が本発明で規定する範囲に満たないため、同程度のSi、Mn、sol.Al量を含有するNo.1および14と比較して磁束密度が低い。No.21はSiおよびMn含有量が本発明で規定する範囲外であり、No.22はP含有量が本発明で定める上限を超えていることから、固有抵抗は高いが冷間圧延母材の靱性を確保できず、冷間圧延時に破断した。
【0072】
本発明で規定する化学組成の範囲内にあるNo.1〜13はいずれも、冷延母材の靱性が確保されているため、冷間圧延時に破断することはなかった。
【0073】
同程度の固有抵抗を有するNo.7および8(ともに本発明例)とNo.15(比較例)を比較すると、高周波域での鉄損(W10/400)は同程度であるが、No.7および8は硬度と固有抵抗のバランスが良好なため、打ち抜き加工性が極めて良好であり、磁束密度も高い。また、同程度の硬度を有するNo.1、8および13(すべて本発明例)とNo.19(比較例)を比較すると、打ち抜き加工性は同程度であるが、No.1、8および13は硬度と固有抵抗のバランスが良好なため、高周波域での鉄損が良好であった。
【0074】
このようにNo.1〜13は、化学組成が本発明の範囲内にあり、硬度と固有抵抗のバランスも良好なため、従来のSi含有量の高い鋼板(比較例であるNo.15)と比較して、鉄心への打ち抜き加工性を維持したまま高周波域での鉄損が向上している。No.1〜5、9〜12では、No.15よりも固有抵抗が増加しているにもかかわらず、硬度は低減しており、高周波域での鉄損および打ち抜き加工性ともに大きく改善されていた。
【0075】
以上の関係を図を使って整理する。
【0076】
図6は、本発明例と比較例の高周波域における鉄損および打ち抜き性のバランスを示すグラフであり、図7は、本発明と比較例の磁束密度および高周波域における鉄損のバランスを示すグラフである。これらの図に示すように、本発明例は、比較例に比べて、高周波域における鉄損と打ち抜き回数とのバランスおよび磁束密度と高周波域における鉄損とのバランスが優れることが分かる。
【0077】
【発明の効果】
本発明の無方向性電磁鋼板は、エアコンや冷蔵庫等のインバータ制御によるコンプレッサーモータ、電気自動車やハイブリッド自動車等のインバータ制御される自動車の駆動用モータおよびスタータジェネレータ等の自動車電装部品用モータの鉄心素材として使用される場合に、打ち抜き加工性に優れるとともに、高周波域における鉄損が低く、磁束密度も高いためモータ効率の向上に大きく寄与することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】鋼板のビッカース硬度が打ち抜き加工性に及ぼす影響を示すグラフである。
【図2】磁束密度B50に及ぼすP含有量の影響を示すグラフである。
【図3】仕上焼鈍後のX線積分強度に及ぼすP含有量の影響を示すグラフである。
【図4】固有抵抗とビッカース硬度のバランスが磁気特性と打ち抜き加工性の関係に及ぼす影響を示すグラフである。
【図5】打ち抜き加工性と高周波域での鉄損の関係を示すグラフである。
【図6】本発明例と比較例の高周波域における鉄損および打ち抜き性のバランスを示すグラフである。
【図7】本発明と比較例の磁束密度および高周波域における鉄損のバランスを示すグラフである。
Claims (1)
- 質量%で、C:0.005%以下、Si:2.5%以下、Mn:1.0〜4.5%、S:0.005%以下、sol.Al:1.0〜3.5%、P : 0.11 〜 0.22 %およびN:0.005%以下を含み、残部がFeおよび不純物からなり、Si、sol.AlおよびMnの含有量が下記の(1)式および(2)式で示される関係を満たし、ビッカース硬度Hvが160〜220であり、固有抵抗ρとビッカース硬度Hvとが下記の(3)式で与えられる関係を満足する無方向性電磁鋼板。但し、(1)および(2)式中の元素記号はそれぞれの元素の含有量(質量%)を示し、(3)式中のρは固有抵抗(Ωm×10−8)を意味し、HvはJIS Z 2244に準じて測定したビッカース硬度を意味する。
3.5≦Si+sol.Al+0.6×Mn≦7.0 …(1)
Si≦sol.Al+Mn …(2)
ρ≧0.25×Hv+6 …(3)
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