JP3785268B2 - 金属イオン発生装置、金属イオン注入装置及び金属イオン発生方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、金属イオンを発生させる金属イオン発生装置及び金属イオン発生方法、並びに金属やセラミック等からなるワーク(被イオン注入体)の表面を金属イオンでコーティングすると共に、その表層に金属イオンを注入する金属イオン注入装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
例えば、金属やセラミック等からなるワーク(被イオン注入体)の表層に金属イオンを注入すると、長寿命化、耐摩耗性の向上、硬度の増加、濡れ性の改善、表面改質等の新たな機能を持たせることができる。従来の金属イオン注入装置では、反応室内にワークと金属イオン源を配置し、反応室内を真空状態や低ガス圧状態とした上で、金属イオン源に連続的にアーク電流を流すことでプラズマを連続発生させて、金属イオン源から金属イオンを連続的に放出させながら、ワークに高圧のパルス電圧を印加して、金属イオンを電気的に誘引し、ワークの表面に引き付けることにより、ワークの表面を金属イオンでコーティングしたり、コーティング膜の付着強度を増大したり、或いはワークの表層に金属イオンを注入している。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、従来の金属イオン注入装置では、金属イオン源にアーク電流を連続に流し続けてプラズマを維持しながら、ワークに高圧のパルス電圧を印加しているので、金属イオンがワークの表層に注入され難い。これは、金属のプラズマを維持したままであると、金属イオンがワーク表面に付着・堆積してコーティング膜となり、ここでパルス電圧の印加によりワークが金属イオンを誘引しても、金属イオンがワーク表面のコーティング膜内に次々に注入されるに留まり、ワークの表層まで金属イオンが進入し難いからである。しかも、コーティング膜はワーク表面との結合力が弱いため剥がれ易い上に、金属イオンが必要以上に放出されるので、金属イオン源が無駄になる。
【0004】
又、従来の金属イオン注入装置では、電気式又は機械式のアークスタート(トリガ)が必要であるため、部品点数が多く、コストが掛かる上に、アーク電流は精精数十A〜数百Aであるため、発生可能な金属イオンはクロムやチタン等に限られている。更には、単純な形状のワークにはコーティング膜を施すことができるが、特に複雑な三次元形状のワークに対しては、ワークの形状に対応するアークを形成できないので、コーティング膜を形成できない部分があるだけでなく、金属イオンを注入できない場合もある。
【0005】
従って、本発明は、そのような問題点に着目してなされたもので、
▲1▼金属イオンをワークの表層に確実に注入する。
▲2▼コーティング膜を剥がれ難くする。
▲3▼金属イオン源を効率良く使用する。
▲4▼部品点数の削減等により低コストとする。
▲5▼金属イオンを発生させることのできる使用可能な金属材料を増やす。
▲6▼複雑な三次元形状のワークのどのような部分の表面にもコーティング膜を形成すると共に、その表層に金属イオンを注入する。
のような主な課題▲1▼〜▲6▼を解決する金属イオン発生装置、金属イオン注入装置及び金属イオン発生方法を提供することを目的とする。
【0006】
【課題を解決するための手段】
前記目的を達成するために、本発明の請求項1記載の金属イオン発生装置は、金属物をイオン源とする金属イオン源と、この金属イオン源の一端と他端に接続され、この金属イオン源の一端から他端にパルス状のアーク電流を流すアーク電源とを備え、パルス状のアーク電流を前記金属イオン源に流すことで、前記2端間の沿面にアーク放電による加熱により金属イオン源の表面を溶融し、金属イオン源から金属イオンを飛び出させることを特徴とする。
この発生装置では、金属イオン源にアーク電流を連続して流す従来の装置とは異なり、金属イオン源にパルス状のアーク電流を流すので、上記課題まる1からまる6を一挙に解決することができる。つまり、詳細は後述するが、パルス状のアーク電流を流すことで、金属イオン源の表面を流れる表皮効果を利用して、金属イオン源の表面が溶融し、金属イオン源から金属イオンが飛び出す。しかも、パルス状のアーク電流を流す時間を調整することで、必要な量の金属イオンだけ発生させることが可能である。
【0007】
又、パルス状のアーク電流を使用することから、アーク電流は、従来の連続アーク方式の数十A〜数百Aに比べて最大数千Aと非常に高くすることが可能なので、従来と同様にクロム、チタン等は勿論のこと、従来は金属イオン化が難しかった材料(例えば鉄、銅、ニッケル、タングステン、モリブデン)の金属イオンをも発生させることが可能となる。
【0008】
更に、表皮効果の利用による表面のアーク点弧が可能なので、即ち長柱状のアークを発生させることが可能となるので、被イオン注入体(ワーク)の形状に応じて様々な形態の金属イオン源を使用することで、複雑な三次元形状のワークのどのような部分の表面にもコーティング膜を形成することができると共に、その表層に金属イオンを注入することができる。
【0009】
具体的に、金属イオン源の形態としては、導電性のワイヤであり、前記アーク電源からこのワイヤの一端を経て他端にアーク電流が流されるもの(請求項2)、導電性の立体物であり、前記アーク電源からこの立体物の一端を経て他端にアーク電流が流されるもの(請求項3)、或いは一端から他端に開口する貫通孔を有する導電性の立体物と、この貫通孔に挿通される円筒状の絶縁体と、この絶縁体に挿入される導電性ワイヤとからなるものであり、前記導電性のワイヤの一端が前記立体物の一端に接続され、前記アーク電源から前記導電性ワイヤの他端を経て前記立体物の他端にアーク電流を流すもの(請求項4)が例示される。
【0010】
一方、本発明の請求項5記載の金属イオン注入装置は、反応室と、この反応室内に配置された金属イオン源及び被イオン注入体と、金属イオン源の一端と他端に接続され、この金属イオン源の一端から他端にパルス状のアーク電流を流すアーク電源と、被イオン注入体に負のパルス電圧を印加するパルス電圧発生源とを備え、パルス状のアーク電流を前記金属イオン源に流すことで、前記 2 端間の沿面にアーク放電による加熱により金属イオン源の表面を溶融して金属イオンを発生させ、前記負のパルス電圧により発生金属イオンをパルス電圧発生源に吸引して注入することを特徴とする。
この注入装置では上記金属イオン源発生装置を備えるため、前記したように従来の金属イオン源にアーク電流を連続的に流してプラズマを維持するのではなく、パルス状のアーク電流を流す。こうすることで、アーク電流を流したときだけ金属イオン源のプラズマが励起され、金属イオンが放出される。この後に、ワークに負のパルス電圧を印加すると(請求項6)、金属イオンはワークに吸引され、高速でワークの表面に付着すると共に、ワークの表層に侵入する。このようなこと高速で繰り返すことにより、ワークの表面に剥離し難い均一なコーティング膜が形成されると共に、ワークの表層に金属イオンが確実に注入される。
【0011】
又、金属イオン源にパルス状のアーク電流を流すタイミングと、ワークに負のパルス電圧を印加するタイミングを調整することで、単にコーティングと金属イオン注入を行うだけでなく、双方を所望に制御することができる。例えば、コーティングを主に行う場合は、アークの発生時間を長くすればよいし、金属イオン注入を主に行う場合は、アークの発生時間を短くすればよい。
【0012】
他方、本発明の請求項8記載の金属イオン発生方法は、金属物をイオン源とし、この金属イオン源の一端から他端に、アーク電源からパルス状のアーク電流を流し、前記 2 端間の沿面にアーク放電による加熱により金属イオン源の表面を溶融し、金属イオン源から金属イオンを飛び出させることを特徴とする。
この発生方法は、上記発生装置に係るもので、同様の作用効果が得られる。
【0013】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。
その一実施形態に係る金属イオン注入装置(実施形態に係る金属イオン発生装置を備えるもの)の基本構成を図1に示す。図1において、この金属イオン注入装置は、反応室(図1では図示せず)と、反応室内に配置された被イオン注入体(ワーク、ここでは例えばシリンダ)2と、同じく反応室内に配置された金属イオン源(導電性のワイヤや立体物、ここではワイヤ)3と、ワーク2に負のパルス電圧を印加するパルス電圧発生源(−パルス電圧印加)4と、金属イオン源3にパルス状のアーク電流を流すアーク電源5とを備える。
【0014】
金属イオン注入装置のより具体的な構成を図2に示す。図2では、反応室1にワーク2とワイヤ3が配置され、ワーク2はフィードスルー(高電圧導入部)25を介してパルス電圧発生源4に接続され、パルス電圧発生源4より負の高圧パルスがワーク2に印加される。ワイヤ3はアーク電源5に接続され、アーク電源5よりパルス状のアーク電流がワイヤ3に流される。
【0015】
ここに示すアーク電源5は、瞬時のアーク放電用のエネルギーを蓄積するためのコンデンサ11と、スイッチ12と、電流を観測するための測定器13と、電圧を観測するための測定器14と、直流電源15とを備える。コンデンサ11と直流電源15は並列接続され、これにスイッチ12が直列接続された回路がワイヤ3に接続される。
【0016】
なお、コンデンサ11及び直流電源15の極性はプラス・マイナスどちらでもよい。又、スイッチ12は、開閉スイッチ・閉スイッチのいずれでもよく、開閉スイッチとしてはトランジスタ、IGBT(Insulated Gate Bipolar Transis- tor )、GTO(ターンオフサイリスタ)等、閉スイッチとしてはサイラトロン、トリガトロン等を使用すればよい。更に、放電電流やワイヤ3の加熱領域を制御するために、回路中には直列或いは並列に抵抗やインダクタンスを設けてもよい。但し、加熱領域の制御は、表皮効果によりワイヤ3の表皮からの一部のみを集中的に加熱する。
【0017】
一方、反応室1には、バルブ21を介して反応室1内を真空状態又は低ガス圧状態にするための真空排気ポンプ23と、バルブ22を介して反応室1内に補助ガスとしてのアルゴン(Ar)又はその他のガスを導入するためのボンベ24とが連結されている。
パルス電圧発生源4は、例えば図3に示すような基本回路構成であり、大別して高電圧電源部31、高電圧モジュレータ部32、電源システム制御部33、電圧昇圧部(パルストランス)、フィードスルー(高電圧導入部)で構成され、図中の真空装置が上記反応室1に該当する。このパルス電圧発生源4では、高電圧電源部31からの電圧を高電圧スイッチ(大型4極真空管)によりパルス電圧に変換し、パルストランスにより昇圧し、所定のエネルギーを反応室1内のワーク2に供給する。最も、ここに示すパルス電圧発生源4の構成は一例であり、パルス電圧発生源4自体は既知であって、従来のものを使用してもよいので、詳細な説明は省略する。
【0018】
反応室1に配置される金属イオン源3は、ワーク2の形状に応じて様々な形態のものを使用すればよいが、その各種形態について図4〜図7を参照して説明する。まず、図4の(a)に示す金属イオン源3aは、導電性のワイヤであり、ワイヤの一端及び他端からアーク電流が流されるものであり、図4の(b)のワイヤ3bは、コイル状にしてインダクタンスを持たせ、低い電圧でアークプラズマが発生するようにしたものである。図4の(c)に断面で示す金属イオン源3cは、導電性の立体物であり、立体物の一端及び他端からアーク電流が流されるものであり、大径部分と小径部分からなる。図5の(d),(e)に示す立体物3d,3eも、大径部分と小径部分からなる。金属イオン源として立体物3c,3d,3eを使用することで、長柱状のアークを発生させることができ、しかも金属イオン源の長寿命化を図ることができる。
【0019】
図6の(a)のワイヤ3fは、ワイヤ3aの変形例で、ワーク2の形状に応じて曲げたものであり、このような形状に限らず、様々な形状に変形させればよい。図6の(b),(c)のワイヤ3g,3hは、ワイヤ3bの変形例で、同様にインダクタンスを持たせてあり、ワイヤ3gでは円錐形のプラズマが、ワイヤ3hではフットボール形のプラズマが発生する。
【0020】
図7の(a),(b)に示す金属イオン源3i,3jは、一端から他端に開口する貫通孔を有する導電性の立体物であり、貫通孔に円筒状の絶縁体50が挿通され、この絶縁体50に電線が挿入されて立体物の一端に接続され、立体物の他端及び電線を通じてアーク電流が流されるものである。立体物3i,3jは、いずれも大径部分と小径部分からなり、長柱状のアークを発生させることができる。特にこの立体物3i,3jは、アーク電流を流す地点が一方側にあるので、ワーク2が深い凹部や溝等を有する場合に、その凹部や溝に容易に位置決めすることができ便利である。
【0021】
このように、ワーク2の形状に応じて図4〜図7に示すような様々な形態の金属イオン源3を使用することで、複雑な三次元形状のワークであっても、ワークのどのような部分の表面にもコーティング膜を形成することができると共に、その表層に金属イオンを注入することができる。
次に、上記のように構成した金属イオン注入装置の動作について説明する。この装置による金属イオンのコーティング及び注入動作は、大体次の段階順a〜pになる。
a)ワイヤにパルス状のアーク電流が流される。
b)ワイヤに表皮効果が現れる。
c)ワイヤの表面に電流が集中する。
d)ワイヤが加熱される。
e)ワイヤから熱電子が飛び出る。
f)エレクトロンで励起される。
g)アーク放電に移行する。
h)ワイヤがアークにより加熱される。
i)ワイヤの表面が溶融する。
j)ワイヤから金属イオンが飛び出す。
k)必要な金属イオン量を確保する。
l)前記スイッチ12が開閉スイッチの場合、アーク電源をOFFする。
m)プラズマが消滅し、金属イオンの発生が止まる(金属イオンの消時間は500〜2000μs以内である)。
n)発生した金属イオンが拡散する(次のoの段階を待つディレイ時間)。
o)ワークに負のパルス電圧が印加される。
p)ワークが金属イオンを誘引する。
【0022】
図8は、アーク電源5からワイヤ3に流すパルス状のアーク電流の波形と、パルス電圧発生源4からワーク2に印加する負の高圧パルスの波形とのタイミング図を示し、図9は、高圧パルス(出力電圧)の波形と出力電流の波形を示す。勿論、アーク電流と負の高圧は高速パルスである。アーク電流は、数百A〜数千Aであり、負のパルス電圧は、数kV〜数十kVであり、ワーク2の材質・表面改質深さにもよるが、最大100kVの出力であれば十分である。
【0023】
図8において、前記したようにアーク電流はパルス状であるが、ワイヤ3に高速なパルス電流が流れると、表皮効果のため表面に電流が集中する。従って、ワイヤ3の表面が加熱され、熱電子が放出される。又、温度上昇による抵抗値の増大によってワイヤ3の両端に電位差が生じ、或る時点でアーク放電に移行する。アーク放電に移行した後、ワイヤ3の表面は更に加熱されるので、ワイヤ3の表面はやがて溶融し、金属イオンが発生する。これらの過程で得られた金属イオンの残存時間の間に、ワーク2に負の高圧パルスがタイミング良く印加されることで、金属イオンがワーク2に誘引され、ワーク2の表面にコーティング膜が形成され、ワーク2の表層に金属イオンが注入される。
【0024】
図9において、ステップ1では、ワーク2に負のパルス電圧が印加され、金属イオンがワーク2の表面に誘引されると同時に表層に注入される。ステップ2では、途中でワーク2とワイヤ3との間でアーク放電による短絡が起きたときは、過電流検出により遮断され、再印加のための適当なブランキング時間(一時停止)が経過した後、自動復帰し、再びプラズマが発生し、金属イオンがワーク2に注入される。
【0025】
前記したように、この金属イオン注入装置では、パルス状のアーク電流を流すタイミングと負のパルス電圧を印加するタイミングを調整することで、金属イオンのコーティングと注入を所望に制御することができる。例えば、コーティングを主に行いたい場合は、アーク放電を長くして、負のパルス電圧の印加によりワーク表面のコーティング膜を叩くことで、コーティング膜の付着強度を高めることができる。逆に、金属イオン注入を主に行いたい場合は、注入に必要な金属イオン量が得られる時間だけアーク放電を行えばよい。
【0026】
ここで、金属イオンがワーク2に注入される原理作用について説明する。ワイヤ3は、反応室1内(真空から加圧領域)に配置され、当初は室温にあり、抵抗値も低い。アーク電源5では、コンデンサ11が所定の電圧に充電され、電荷が蓄積される。ここで、スイッチ12をオンにすると、コンデンサ11の電荷がワイヤ3に流れる。最初、電流は抵抗値の低いワイヤ3の中を流れるため、ワイヤ3は加熱される。時間の経過に連れてワイヤ3の抵抗値が徐々に増加すると共に、加熱に従いワイヤ3の周囲には粒子雲が形成される。一方、ワイヤ3の周囲の放電媒質は気体であり、図10に示すようにパッシェンの法則に従う絶縁破壊電圧を有する。
【0027】
ワイヤ3の加熱に従い、ワイヤ3間の電圧が増加し、ワイヤ3間には回路を流れる電流とワイヤ3の抵抗との積による電圧降下が生じる。この電圧は、同時にワイヤ3の周囲の媒質にも加わることになる。ワイヤ3の抵抗が増加することで、ワイヤ3中に流れる電流が次第に少なくなる。即ち、ワイヤ3中の通電が困難になり、ワイヤ3間の電圧について言えば、抵抗の増加が電流の減少を補い、条件によっては電圧の増加をもたらす。又、粒子雲の形成は放電媒質の絶縁破壊電圧の低下をもたらすと考えられる。ワイヤ3間の電圧が周囲媒質の絶縁破壊電圧を満足する値に達すると、金属原子や粒子を含む周囲媒質が絶縁破壊して放電が発生し、ギャップインピーダンスは急激に低い値となる。
【0028】
放電媒質のインピーダンスの低下により、ワイヤ3中に電流は流れなくなり、電流の殆どは周囲媒質を流れるようになる。従って、ワイヤ3周囲の絶縁破壊は金属イオン及び電子を含むいわゆるプラズマとなり、ワイヤ3を金属イオン源として供用できる。ここで、ワーク2に印加する負のパルス電圧により金属イオンをワーク2に誘引することが可能となる。
【0029】
そのような一連の現象の発生例を図11〜図14に示す。但し、図11は電流波形を表し、図12は金属線間の電圧波形を表し、図13は電流波形を表し、図14は金属線間の電圧波形を表す。
図11において、電流は時刻ゼロで立ち上がるが、ワイヤの加熱に従い抵抗が増加する結果、電流は減衰を始める。約13μs付近より電流は再度増加に向かい、アークが発生したことが分かる。なお、10μs付近より電流が比較的一定となる現象が生じているが、これは、ワイヤの膨張による抵抗の減少と加熱による抵抗の増加が相殺する結果、ほぼ一定の抵抗となるためと考えられる。
【0030】
図12において、電流の通電に従い電圧は増加に向かい、ワイヤの抵抗加熱が行われる。一方、立ち上がり部は若干下に凸の形である。これは、加熱に従い抵抗が増加する結果、時間の経過とともに電圧が増加するためである。電流の減少に従い電圧は減少するが、詳細にみると電流の降下部で電圧は最大に達しているのが分かる。これは、電流の減少による回路インダクタンスの誘導電圧が発生し、コンデンサの電荷の方向と同じ向きになり、等価的にワイヤに加わる電圧が高くなるためである。アークの発生により、電圧は急激に低下し、観測の範囲内では80〜200V程度のアーク電圧となる。
【0031】
又、アーク電圧は90V程度の値を維持した後、消弧に向かう。電流がゼロになると共に電圧もゼロとなる。最大電流値付近のアーク抵抗は約22mΩと小さな値になる。なお、回路の特性インピーダンスは95mΩである。勿論、アーク抵抗及び特性インピーダンスは単なる一例であり、ワーク2の形状によって大幅に変わる。
【0032】
図13において、アーク電流は正弦波状であることが分かる。これは、アークの形成に伴いアーク抵抗が小さくなり、回路が再び振動条件となるためである。放電時間は一例として約60μsであり、回路インダクタンスは一例として約1.8μHであることが分かる。電流は第一半波で終了しているが、これは、コンデンサの残留電圧が第二半波の再点弧電圧に達しなかったためである。最大電流値は約4000Aである。
【0033】
図14は、金属線及び500Vでのshunting discharge(周囲アーク)を示す図であり、観測条件は、コンデンサの容量が200μF、金属線(ワイヤ)が直径0.1mm、長さ30mmのタングステン線、圧力が空気の14Torrである。(a)では、中心部に加熱された金属線があり、その金属線のごく近傍に濃い粒子雲が現れ、更にその外側には放出された粒子雲が現れる。(b)では、中心部は膨張した金属線があり、その金属線のごく近傍には濃い粒子雲が形成され、更にその周囲では薄い粒子雲が膨張する。右側では、金属線の止め方による局部溶融が起こったため、粒子が広がっている。(c)では、薄い粒子雲は更に広がるが、金属線の周囲に存在する粒子雲中でほぼ金属線の沿面に沿う形で周囲アークが形成される。(d)では、アークが著しく膨張し、濃い粒子雲中に発生したアークは、そのまま粒子雲を引き連れるようにして膨張し、薄い粒子雲に重畳する。従って、アークの半径はほぼ薄い粒子雲の端に達しており、約6μsの間に約6mm膨張する。よって、膨張速度は1000m/sである。
【0034】
図11〜図14の場合、アークの発生は約13μsであり、ワイヤの温度は約1900℃と考えられる。結果として、ワイヤは沸点以下においても金属蒸気を発生しているのは明らかであり、金属を残したままアークの形成に至っていることが分かる。この現象は従来よりShunt discharge 又はPeripheral arc等と称されている。従来の研究で観測されている全ての現象によると、最終的にワイヤは溶融爆発して1回の放電で消滅する。しかしながら、この金属イオン注入装置では、発生する現象を適当に制御してワイヤ(金属イオン源)を電極間に残しながら周囲の蒸気や粒子雲を用いて金属イオン源として活用しようとするものである。
【0035】
又、プラズマからのスペクトルの観測例を図15に示す。図15において、測定条件は、コンデンサの容量が20μF、ワイヤが直径0.4mm、長さ35mmのタングステン線、圧力がアルゴンガスの10Torrである。図15から明らかなように、金属スペクトルが現れているのが分かる。
このように実施形態の金属イオン注入装置では、金属プラズマ発生用の電源自身により金属イオン源を加熱し、金属イオン源の表面層のみを蒸発させ、金属イオン源そのものは残したまま、金属イオン源の周囲に発生する金属粒子雲中で絶縁破壊を達成する。従って、金属プラズマ発生用のトリガとなる金属プラズマや金属原子雲の生成のための別電源を設けることなく、1つの電源により金属プラズマ形成に至る点(即ち、トリガレスでプラズマを励起させて、金属イオンを発生させている点)が大きな特徴であり、金属イオン源を繰り返して使用できることから、簡便でコストパフォーマンスに優れている。
【0036】
金属イオン源の溶融、発生する金属イオン量の制御は、金属イオン源そのものの形状や大きさのみでなく、周囲ガス圧力、金属イオン源中を流れる電流値、印加電圧、印加時間により可能である。例えば、アーク放電の周波数によっては、表皮効果により金属イオン源の断面を流れる電流領域が変化するため、生成される金属イオン量の制御ができる。又、前記スイッチ12として開閉スイッチを使用することで、任意の時間だけアークを発生させることが可能となる。
【0037】
更に、アーク電流は最大数千Aが可能であるため、従来の連続アーク放電式(数十A〜数百A)では金属イオン化が困難であった材料(例えば鉄、銅、ニッケル、タングステン、モリブデン)も容易に金属プラズマ化することができ、コーティング膜の生成のみでなく金属イオンの注入を行うことができる。
【0038】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の請求項1記載の金属イオン発生装置、請求項5記載の金属イオン注入装置、及び請求項8記載の金属イオン発生方法によれば、いずれも従来のように金属イオン源にアーク電流を連続的に流してプラズマを常時維持するのではなく、パルス状のアーク電流を流すようにするので、次の効果(1)〜(8)が得られる。
(1)表皮効果を利用することで、トリガレスでプラズマを励起させて、金属イオンを発生させるので、構造を簡素化し、信頼性を高めることができる。
(2)金属イオンで被イオン注入体の表面を強固にコーティングすることができ、また金属イオンを被イオン注入体の表層まで確実に注入することができる。
(3)金属イオン源を効率良く繰り返し使用できることから、簡便でコストパフォーマンスに優れている。
(4)被イオン注入体の形状に応じた様々な形態の金属イオン源を使用することで、複雑な三次元的立体構造を有する被イオン注入体であっても、
どのような部分の表面にも金属イオンによるコーティング膜を形成することができると共に、その表層に金属イオンを注入することができる。
(5)従来金属イオン化が困難であった材料(鉄、銅、ニッケル、タングステン、モリブデン等)も金属イオン源として使用することができる。
(6)必要な量の金属イオンだけを発生させることができ、余分なコーティングを行うことが無くなり、金属イオンが無駄にならない。
(7)パルス状のアーク電流を流すタイミングと負のパルス電流を印加するタイミングを調整することで、金属イオンのコーティングと注入を所望に制御することができる。例えば、コーティングをできるだけ抑えて、金属イオン注入のみを積極的に行うことが可能である。
(8)部品点数の削減等により低コストである。
【図面の簡単な説明】
【図1】一実施形態に係る金属イオン注入装置の基本構成を示す図である。
【図2】同金属イオン注入装置のより具体的な構成を示す図である。
【図3】同金属イオン注入装置におけるパルス電圧発生源の概略構成を示す図である。
【図4】同金属イオン注入装置に使用する金属イオン源の各種形態例を示す図である。
【図5】同金属イオン注入装置に使用する金属イオン源の各種形態例を示す図である。
【図6】同金属イオン注入装置に使用する金属イオン源の各種形態例を示す図である。
【図7】同金属イオン注入装置に使用する金属イオン源の各種形態例を示す図である。
【図8】同金属イオン注入装置におけるアーク電源のアーク電流とパルス電圧発生源の負の高圧パルスを示すタイミング図である。
【図9】同金属イオン注入装置におけるパルス電圧発生源の高圧パルス(出力電圧)と出力電流を示す波形図である。
【図10】パッシェンの法則に従う絶縁破壊電圧を示すグラフである。
【図11】アークを発生させる場合の電流波形を示すグラフである。
【図12】アークを発生させる場合のワイヤ間の電圧波形を示すグラフである。
【図13】アークを発生させる場合の電流波形を示すグラフである。
【図14】金属線と500Vでのshunting dischargeを示す状態変化図である。
【図15】2.0kVでのshunting dischargeにより得られるスペクトルの波長と強度との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
1 反応室(真空装置)
2 ワーク(被イオン注入体)
3 ワイヤ(金属イオン源)
4 パルス電圧発生源
5 アーク電源
11 コンデンサ
12 スイッチ
15 直流電源
50 絶縁体
Claims (8)
- 金属物をイオン源とする金属イオン源と、この金属イオン源の一端と他端に接続され、この金属イオン源の一端から他端にパルス状のアーク電流を流すアーク電源とを備え、パルス状のアーク電流を前記金属イオン源に流すことで、前記2端間の沿面にアーク放電による加熱により金属イオン源の表面を溶融し、金属イオン源から金属イオンを飛び出させることを特徴とする金属イオン発生装置。
- 前記金属イオン源は、導電性のワイヤであり、前記アーク電源からこのワイヤの一端を経て他端にアーク電流が流されるものであることを特徴とする請求項1記載の金属イオン発生装置。
- 前記金属イオン源は、導電性の立体物であり、前記アーク電源からこの立体物の一端を経て他端にアーク電流が流されるものであることを特徴とする請求項1記載の金属イオン発生装置。
- 前記金属イオン源は、一端から他端に開口する貫通孔を有する導電性の立体物と、この貫通孔に挿通される円筒状の絶縁体と、この絶縁体に挿入される導電性ワイヤとからなるものであり、前記導電性のワイヤの一端が前記立体物の一端に接続され、前記アーク電源から前記導電性ワイヤの他端を経て前記立体物の他端にアーク電流を流すものであることを特徴とする請求項1記載の金属イオン発生装置。
- 反応室と、この反応室内に配置された金属イオン源及び被イオン注入体と、金属イオン源の一端と他端に接続され、この金属イオン源の一端から他端にパルス状のアーク電流を流すアーク電源と、被イオン注入体に負のパルス電圧を印加するパルス電圧発生源とを備え、パルス状のアーク電流を前記金属イオン源に流すことで、前記 2 端間の沿面にアーク放電による加熱により金属イオン源の表面を溶融して金属イオンを発生させ、前記負のパルス電圧により発生金属イオンをパルス電圧発生源に吸引して注入することを特徴とする金属イオン注入装置。
- 前記パルス電圧発生源は、前記アーク電源からのアーク電流が金属イオン源に流れた後に負のパルス電圧を印加することを特徴とする請求項5記載の金属イオン注入装置。
- 前記金属イオン源は導電性のワイヤであり、この導電性ワイヤの巻回した外形の輪郭形状が、被イオン注入体の形状に応じた形状に形成されるものであることを特徴とする請求項5又は請求項6記載の金属イオン注入装置。
- 金属物をイオン源とし、この金属イオン源の一端から他端に、アーク電源からパルス状のアーク電流を流し、前記 2 端間の沿面にアーク放電による加熱により金属イオン源の表面を溶融し、金属イオン源から金属イオンを飛び出させることを特徴とする金属イオン発生方法。
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