JP3759628B2 - ブリーチング除草剤耐性植物の製造 - Google Patents
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〔発明の背景〕
【産業上の利用分野】
本発明は、非光合成細菌であるエルウィニア(Erwinia)由来のフィトエンデサチュラーゼ(crtI)遺伝子を利用したブリーチング除草剤耐性植物の製造技術に関するものである。更に詳細には、本発明は、ノルフルラゾンやフルリドンのような植物のフィトエンデサチュラーゼを阻害する除草剤だけでなく、SAN380HやJ852等の植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対して耐性を有する植物の作出方法、ならびにErwinia由来のフィトエンデサチュラーゼ(crtI)遺伝子の、植物の形質転換におけるマーカー遺伝子としての使用に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
カロチノイド(carotenoid)は、黄〜橙〜赤色色素であり、自然界に最も広く存在する色素である。たとえば、魚類、鳥類、昆虫類およびその他の水産動物の中には、美しい色彩を呈するものが多いが、これらの多くはカロチノイド色素に起因している(松野隆男,幹渉.動物におけるカロチノイドの生理機能と生物活性、化学と生物,Vol.28,No. 4,p.219−227(1990)参照)。カロチノイドは、また、多くの生物で重要な生理的役割を果たしている。植物や光合成微生物では、カロチノイドは光合成の補助色素である他、光酸化的障害から組織や細胞を保護する機能を担っている(Rau, W. "Function of carotenooids other than in photosynthesis". Plant Pigments. London, Academic Press, 1988, p.231-255. (Goodwin, T. W. ed. )参照)。動物では、ビタミンAの前駆体である他、種々の癌に対する予防効果や増殖抑制作用があることが知られてきており、健康食品としても注目されつつある(末木一夫、β‐カロテン−解明すすむ生理活性、食品と開発,Vol.24,No. 11,p.61−65(1990)参照)。光合成を行なわない微生物においても、カロチノイド色素を持つものがあるが、これは、光酸化反応から細胞を保護する役割を持つのではないかと推定されている。
カロチノイドは、メバロン酸を出発物質として、ステロイドやテルペノイドと途中まで共通なイソプレノイド生合成経路によって合成される。イソプレン基本生合成系によって生じたC15のファルネシルピロリン酸(EPP)は、C5のイソペンテニルピロリン酸(IPP)と縮合することにより、C20のゲラニルゲラニルピロリン酸(GGPP)が作られる。次に、2分子のGGPPが縮合して、最初のカロチノイドである無色のフィトエン(phytoene)が合成される。フィトエンは、一連の不飽和反応により、フィトフルエン(phytofluene )、ζ‐カロチン(ζ‐carotene)、ノイロスポレン(neurosporene)、リコピン(lycopene)に変換される。このリコピンは環化反応によりβ‐カロチン(β‐carotene)に変換され、さらに、水酸基やケト基などが導入され、種々のキサントフィルと総称されるカロチノイドが合成されると考えられている(Britton, G. "Biosynthesis of carotenooids". Plant Pigments. London, Academic Press, 1988, p.133-182. (Goodwin, T. W. ed.) 参照)。
上記したように、カロチノイドは生物的に重要な働きをするにもかかわらず、カロチノイドの生合成を担う遺伝子や酵素の知見は最近までごく限られたものであった。これは、カロチノイドの生合成に関与する酵素が精製するには不安定な膜酵素であったため、酵素の機能や構造の解析が不可能であり、その結果として、これをコードする遺伝子のクローニングができなかったためである。最近になって本発明者らは、植物常在細菌Erwinia uredovoraのカロチノイド生合成遺伝子群を、その色調を指標に大腸菌にクローニングし、これらの遺伝子のいろいろな組み合わせを大腸菌で発現させ、大腸菌に蓄積したカロチノイド色素を解析するという独自の手法により、Er. uredovoraのカロチノイドの生合成経路を遺伝子および酵素のレベルで世界で始めて解明した。その結果、Er. uredovoraのカロチノイド生合成経路は、フィトエン、β‐カロチン、リコピン、ゼアキサンチンなどの基本的カロチノイドの生合成経路であることを明らかにした(Misawa, N.; Nakagawa, M.; Kobayashi, K.;Yamano, S.;Izawa, Y.;Nakamura.K.;Harashima k. Elucidation of the Erwinia uredovora carotenoid biosynthetic pathway by functional analysis of gene products expressed in Escherichia coli. Journal of Bacteriology, Vol. 172, No.12, p.6704-6712 (1992)、および、本発明者らによる特許出願特願平3−58786号公報(特願平2−53255号明細書):「カロチノイドの合成に有用なDNA鎖」)。その後、Ausichらは、同じErwinia属のErwinia herbicolaのカロチノイド生合成経路がEr. uredovoraのものと同じであることを明らかにした(WO91/13078号公報参照)。本発明者らは、また、Er. uredovoraのカロチノイド生合成遺伝子群を利用することにより、大腸菌(Escherichia coli)、エタノール生産細菌Zymomonas mobilis、植物病原細菌Agrobacterium tumefaciensなどの微生物に、フィトエン、β‐カロチン、リコピン、ゼアキサンチンなどの基本カロチノイドを作らせることを可能にした(Misawa, N.; Yamano, S.; Ikenaga, H. Production of β‐carotene in Zymomonas mobilis and Agrobacterium tumefaciens by introduction of the biosynthesis genes from Erwinia uredovora. Applied and Environmental Microbiology, Vol.57, No.6, p.1847-1849 (1991)、および上記のJournal of Bacteriology 、および本発明者らによる前記の特許出願明細書)。
Er. uredovoraのカロチノイド生合成遺伝子群を利用して、これらのカロチノイドを大腸菌に合成させ、解析するという上記の技術は、また、最もよく進んだ大腸菌の遺伝子操作実験の系を、カロチノイドの生合成研究に適用できることを意味した。このことは、生合成酵素の不安定性のために、植物などの生物において今まで遅々として進まなかった遺伝子および酵素のレベルでのカロチノイドの生合成研究を一気に進めることが可能なことを意味した。たとえば、次に示すようなこともその例である。Er. uredovoraのcrtEとcrtB遺伝子を保持する大腸菌は、フィトエンを合成することが知られており、光合成細菌Rhodobacter capsulatusおよびシアノバクテリアSynechococcus PCC7942においては、突然変異株の利用により、フィトエンデサチュラーゼ(phytoene desaturase)をコードすると考えられる遺伝子が取得されていた。前者の微生物の遺伝子産物の基質はフィトエンであるが、反応産物は明かにされていなかった。後者の微生物においては、基質も反応産物も明らかにされていなかった。Lindenらは、これらの遺伝子をcrtEとcrtBを保持する大腸菌に導入し、合成されたカロチノイドをHPLCで解析することにより、光合成細菌のフィトエンデサチュラーゼ(crtI遺伝子産物、CrtI)がノイロスポレンを、またシアノバクテリアのフィトエンデサチュラーゼ(Pds)がζ‐カロチンを、共にフィトエンを基質として合成することを見出した(Linden, H.; Misawa, N. ; Chamovitz, D.; Pecker, I; Hirschberg, J.;Sandmann, G. Functional complementation in Escherichia coli of different Phytoene desaturase genes and analysis of accumulated carotenes. Z. Naturforsch., Vol. 46c, p.1045-1051 (1991) 参照)。また、Synechococcus PCC7942のフィトエンデサチュラーゼ遺伝子を手掛りとして得られたトマト果実のフィトエンデサチュラーゼ遺伝子(pds)も、また、フィトエンを基質としてζ‐カロチンを合成することが、上記の系を用いて明かにされた(Pecker, I.; Chamovitz, D.; Linden, H.; Sandmann, G.; Hirschberg. J. A Single polypeptide catalyzing the conversion of phytoene to ζ‐carotene is transcriptinally regulated during tomato fruit ripning. Proc. Natl. Sci. USA, Vol.89, p.4962-4966 (1992)参照)。植物のフィトエンデサチュラーゼが、フィトエンを基質としてζ‐カロチンまでしか合成できないので、植物内には、ζ‐カロチンからリコピンを合成する別の酵素(ζ‐カロチンデサチュラーゼ)が存在するはずである。Lindenらは、この酵素をコードする遺伝子(zds)を、Er. uredovoraのカロチノイド生合成遺伝子等を利用してシアノバクテリア Anabaena PCC7120よりクローニングし、この遺伝子産物がζ‐カロチンからリコピンを合成する反応を触媒することを明かにした(Linden, H.; Vioque, A.; Sandmann, G. Isolation of a carotenoid biosynthesis gene coding for ζ‐carotene desaturase from Anabaena PCC7120 by heterologous complementation. FEMS Microbiol. Lett., Vol. 106, p.99-103 (1993) 参照)。しかし、この遺伝子の塩基配列は未報告である。
【0003】
〔発明の概要〕
【発明が解決しようとする課題】
図1は、植物およびシアノバクテリアとErwiniaにおけるβ‐カロチンまでの生合成経路を遺伝子および酵素(遺伝子産物)のレベルで、以上述べてきたことを含めて、現在までに明かにされた知見をまとめたものである。GGPPシンターゼとフィトエンシンターゼは、植物(あるいはシアノバクテリア)とErwinia間で、全く同じ機能を示し(Sandmann, G.; Misawa, N. New functional assignment of the carotenogenic genes crtB and crtE with constructs of these genes from Erwinia species. FEMS Microbiology Letters, Vol.90, p.253-258 (1992)参照)、アミノ酸配列レベルでも、30%前後のアイデンティーという意義深いホモロジィーを示した。したがって、GGPPシンターゼとフィトエンシンターゼは、種を超えて良く保存されているようである。一方、フィトエンデサチュラーゼにおいては、植物(あるいはシアノバクテリア)とErwinia間で、その機能は異なっている、すなわち、前者のフィトエンデサチュラーゼが、フィトエンを基質としてζ‐カロチンまでしか合成できないのに対して、後者のフィトエンデサチュラーゼCrtIはフィトエンを基質としてリコピンまで合成することができる。アミノ酸配列レベルでも、両者のフィトエンデサチュラーゼにホモロジーは一部のN‐末領域を除いて見出されない。また、前述したように、両者のフィトエンデサチュラーゼの機能は、光合成細菌のものとも異なっていることから、本酵素は多様性を獲得していると考えられる。
植物(あるいはシアノバクテリア)のフィトエンデサチュラーゼは、ノルフルラゾン(norflurazon )やフルリドン(fluridon)等のブリーチング除草剤と呼ばれる除草剤の作用部位である(Sandmann, G; Boger, P."Inhibition of carotenoid biosynthesis by herbicides". Target Sites of Herbicide Action. Boca Raton, FL: CRC Press, 1989, p.25-44. (Boger, P.; Sandmann, G. eds )参照)。ノルフルラゾンやフルリドンは酵素を直接に攻撃する非競合阻害剤(non-competitive inhibitor )であることが知られている。ErwiniaのフィトエンデサチュラーゼCrtIは、植物(あるいはシアノバクテリア)のものと、前述したように、機能や構造において異なっているので、これらのブリーチング除草剤に抵抗性であると予想することができる。事実、Ausichらは、Erwinia herbicolaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIを、葉緑体の移行に必要なトランジットペプチド配列を付加してタバコに導入することにより、0.8μg/ml(2.6μM)のノルフルラゾンを含む培地で正常に生育するタバコ形形質転換体を得たと記述している(前記WO91/13078号公報参照)。ただ、この公報では、ノルフルラゾンを含む培地で正常に生育するタバコ形質転換体において、Er. herbicolaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIがタバコ染色体に組み込まれ、その転写、翻訳が行われているということや、合成されたcrtI遺伝子産物がタバコ葉の葉緑体に輸送され、トランジットペプチドがプロセスされていることが実験的に確認されていないので、形質転換体だと考えられたタバコが、実際は、順化または順養によるノルフルラゾン自然抵抗性株であった可能性がある。事実、本発明者らは、3μM濃度のノルフルラゾンを含む培地では、タバコin vitro植物が正常に生育できるようになる場合があることを実験的に確認している。
一方、SAN380HやJ852等のブリーチング除草剤は、ζ‐カロチンからリコピンまでのデサチュレーション(脱水素)反応を阻害する除草剤であることが知られている(Boger, P.; Sandmann, G. "Modern herbicides affecting typical plant processes". Chemistry of Plant Protection. Vol. 6. Springer Publ., 1990, p.173-216. (Bowers, W.S.; Ebing, W., Martin, D., Wegler, R. eds )参照)。in vivo、in vitro共に、SAN380HまたはJ852で処理した植物体はζ‐カロチンを蓄積するようになるので、これらはζ‐カロチンデサチュラーゼ酵素を直接に攻撃する除草剤であると考えられている。ζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対するErwiniaのフィトエンデサチュラーゼcrtIを導入した植物体の抵抗性に関しては、前述したように、最近、ようやく、シアノバクテリアからζ‐カロチンデサチュラーゼをコードする遺伝子がクローニングされたばかりであり、そのアミノ酸配列がまだ明かにされていないことや、この抵抗性に関する研究例が現在までに全く無いことから、ErwiniaのcrtI遺伝子を利用して、ζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対する抵抗性を植物に与えられるかどうかは全くわからないのが現状であった。
本発明は、上述のような点に鑑み、ブリーチング除草剤に対して耐性を有する植物の製造に関する技術を提供することを目的とするものである。
【0004】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、非光合成細菌エルウィニア(Erwinia)のフィトエンデサチュラーゼ(crtI)遺伝子を利用することにより、ノルフルラゾンやフルリドンのような植物のフィトエンデサチュラーゼを阻害する除草剤だけでなく、SAN380HやJ852等の植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対する耐性を植物に与えることができることを見出し、この知見をもとに本発明を完成させるに至った。
すなわち、本発明によるζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害除草剤に対する耐性植物の作出法は、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA配列を、その遺伝情報が発現可能な状態で植物に導入すること、を特徴とするものである。
上記作出法によって得られるζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害除草剤に対する耐性植物は、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA配列が導入され、上記酵素活性を有するポリペプチドを産生する能力を有すること、を特徴とするものである。
さらに、本発明は、上記DNA配列の、植物の形質転換におけるマーカー遺伝子としての使用、すなわち、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA配列からなる、ζ−カロチンデサチュラーゼ阻害除草剤に対する形質転換確認用マーカー、にも関する。
【0005】
〔発明の具体的説明〕
本発明は、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチド、すなわちフィトエンデサチュラーゼ(以下、crtIともいう)をコードするDNA配列(以下、フィトエンデサチュラーゼ遺伝子もしくはcrtI遺伝子ともいう)を利用することにより、植物のフィトエンデサチュラーゼを阻害する除草剤のみならず、植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対して耐性を有する植物の製造に関する技術を提供するものである。
【0006】
ζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害除草剤に対する耐性植物の製造
本発明におけるζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害除草剤に対する耐性植物は、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA配列(フィトエンデサチュラーゼ遺伝子)が導入され、上記酵素活性を有するポリペプチド(フィトエンデサチュラーゼ)を産生する能力を有することを特徴とするものであり、このような植物は、本発明作出法により、すなわち、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA配列(フィトエンデサチュラーゼ遺伝子)を、その遺伝情報が発現可能な状態で植物に導入することを特徴とする方法により作出することができる。
フィトエンデサチュラーゼ遺伝子導入の対象となる植物としては、光合成を行なう任意の高等植物が使用可能であり、特に限定されないが、具体的には穀類あるいはタバコ、ペチュニア、ジャガイモなど、好ましくはイネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギなどがあげられる。
上記DNA配列(フィトエンデサチュラーゼ遺伝子)は、コードするポリペプチドが、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するものであれば任意のアミノ酸配列に対応するものでありうるが、その代表例としては非光合成細菌であるエルウィニア(Erwinia)属由来のフィトエンデサチュラーゼ遺伝子(crtI遺伝子)のDNA配列をあげることができる。このエルウィニア属由来のcrtI遺伝子は、フィトエンをζ‐カロチンを経てリコピンに変換するフィトエンデサチュラーゼのアミノ酸配列をコードするものである。
エルウィニア属細菌由来の遺伝子としては、具体的にはたとえば、Er. uredovaraのcrtI遺伝子を使用することができる。このcrtI遺伝子の塩基配列の詳細については、前記の論文Journal of Bacteriology, vol.172, p.6704-6712 (1992)に、コードされるポリペプチド(フィトエンデサチュラーゼ(CrtI))のアミノ酸配列と共に示されている。使用するDNA配列は、この論文に示されたものの他に、同一のポリペプチドをコードし縮重コドンにおいてのみ塩基配列が異なる縮重異性体でもよいことはいうまでもなく、さらには、アミノ酸配列中の一部のアミノ酸の置換、欠失、挿入あるいは付加などのアミノ酸変異もしくは変更があっても、フィトエンデサチュラーゼ活性を維持しているポリペプチドに対応する塩基配列を有するものであれば使用可能である。また、エルウィニア属細菌由来の遺伝子としては、Er.herbicolaのcrtI遺伝子(前記WO 91/13078号公開公報参照)も例示され、この塩基配列に関しても、上記Er. uredovoraの場合と同様に、縮重異性体あるいはアミノ酸変異に対応する塩基配列のものが使用できる。
これらのDNA配列は、一部または全部を化学合成することができるが、好ましくは細菌等の取得源から常法によりフィトエンデサチュラーゼをコードするゲノム遺伝子あるいはcDNAを単離して得ることができる(上記公開公報等参照)。
上記のようなDNA配列(フィトエンデサチュラーゼ遺伝子)は、プラスミド等のベクターに含有された形で、その遺伝情報が発現可能な状態で植物に導入して形質転換することにより、ブリーチング除草剤に対する耐性植物を作出することができる。上記ベクターとしては、たとえばバイナリーベクターであれば任意のものが使用可能であるが、好ましくはpBI 121などをあげることができる。
DNA配列を発現させてそれがコードするポリペプチド(フィトエンデサチュラーゼ)を産生させるためには、そのコーディング領域の他に、発現調節配列が必要であり、そのような発現調節配列としてはたとえばカリフラワーモザイクウィルス由来の35Sプロモーターなどを用いることができる。
さらに、産生されたポリペプチド(フィトエンデサチュラーゼ)を細胞の特定の場所(たとえば葉緑体)に輸送したい場合には、コーディング領域の上流に輸送に必要なトランジットペプチドをコードする塩基配列をさらに付加することによりその輸送が可能となる。トランジットペプチドをコードする配列としては、たとえば、図2に示されるように、エンドウのRubisco小サブユニットのトランジットペプチドをコードするDNA配列を利用することができる。したがって、本発明における「ポリペプチドをコードするDNA配列」は、このポリペプチドのコーディング領域のみを限定して指すのではなく、コーディング領域と共に発現調節配列やトランジットペプチドをコードする配列などを含むようなDNA配列をも包含するものとする。
発現調節配列やトランジットペプチドをコードする配列などの連結あるいはこれらを含む発現ベクター等の作製に関する基本的な事項については、一般的な公知の方法(たとえば長田敏行著:「植物細胞の遺伝子操作」、蛋白質・核酸・酵素(臨時増刊)1983:12,Vol.28,No.14, 共立出版株式会社、p1551-1568の記載による方法など)を用いることができる。
また、このDNA配列(フィトエンデサチュラーゼ遺伝子)による植物の形質転換、すなわち植物に外来遺伝子を導入する方法としては、すでに報告され確立されている種々の方法、たとえばアグロバクラリウムのTiプラスミドをベクターとして用いる方法や、植物プロトプラストにエレクトロポレーションで遺伝子を導入する方法などを、遺伝子を導入しようとする植物の種類等に応じて適宜用いることができる(たとえば岡田吉美,飯田滋:「遺伝子工学的分子育種技術の現状と将来」植物バイオテクノロジーII,山田康之・岡田吉美編、現代化学・増刊20,東京化学同人,p233-264参照)。
外来遺伝子、すなわちフィトエンデサチュラーゼ遺伝子を導入する対象となる植物は前記した通りであるが、遺伝子導入のための植物材料としては、導入法等に応じて、葉、茎、根など任意の材料の中から適宜選択して用いることができる。
DNA配列(フィトエンデサチュラーゼ遺伝子)が導入された形質転換体は、通常の方法(たとえば本吉総男,宇垣正志:「コートタンパク質遺伝子によるウィルス抵抗性のトマト」植物バイオテクノロジーII,山田康之・岡田吉美編、現代化学・増刊20,東京化学同人,p153-161参照)により再生させ、幼植物体から馴化植物体にまで生育した形質転換植物を得ることができる。この形質転換植物は、フィトエンをζ‐カロチンを経てリコピンに変換するフィトエンデサチュラーゼを産生する能力を有し、ノルフルラゾンやフルリドンのような植物のフィトエンデサチュラーゼを阻害する除草剤だけでなく、SAN380HやJ852等の植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対して耐性を獲得したものである。
なお、上記した種々の薬剤に対する耐性試験は、一般的な公知の方法(たとえば、「微生物学実験法」:微生物研究法懇談会編,1975,講談社,IV.生理的性状観察法,p199-254に記載の方法)により実施することができる。
【0007】
ζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子およびコードされるポリペプチド
上記SAN380HあるいはJ852等のブリーチング除草剤の作用部位となるζ‐カロチンデサチュラーゼをコードする遺伝子に関しては、最近シアノバクテリアAnabaena(PCC7120)からこの遺伝子がクローニングされたばかりであり(前記FEMS Microbiol. Lett., Vol.106, p.99-103 (1993) 参照)、そのアミノ酸配列がまだ明かにされていないことや、この抵抗性に関する研究例が現在までに全く無いことから、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子を利用して、ζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対する抵抗性を植物に与えられるかどうかは全くわからない現状であった。さらに、本発明者らは後記の実験例9に示されているように、最近シアノバクテリアからクローニングされたこのζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子zdsの塩基配列をダイデオキシ法により決定し、そこから推定したアミノ酸配列をすでに報告されているいろいろな生物種のフィトエンデサチュラーゼと比較した。その結果、驚くべきことに、このζ‐カロチンデサチュラーゼzds遺伝子産物は、シアノバクテリアや植物のフィトエンデサチュラーゼと、一部のN‐末領域を除いてホモロジーはほとんど見出されず、むしろ、ErwiniaやRhodobacter capsulatusのフィトエンデサチュラーゼCrtIと約35%という意義深いホモロジーを示した。このことから、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼと植物のζ‐カロチンデサチュラーゼとは構造がよく似ていると考えられるので、当業者であれば、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子は、植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対する抵抗性を与えることはできないと予測するであろう。
図3〜5に、シアノバクテリア(Anabaena)由来のζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子の塩基配列およびそこから推定したアミノ酸配列を示してあるが(後記配列表参照)、このζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子の塩基配列およびコードされるポリペプチドのアミノ酸配列は、これまで知られていなかったものであり、本発明において初めて明らかにされたものである。
【0008】
フィトエンデサチュラーゼ遺伝子の用途
本発明において、上記の、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するポリペプチドをコードするDNA配列、すなわちフィトエンデサチュラーゼ(crtI)遺伝子(代表的には、エルウィニア属由来のもの)は、種々の外来遺伝子(たとえば薬剤耐性遺伝子など)による植物の形質転換実験等において、SAN380HあるいはJ852等の植物ζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害するブリーチング除草剤に対する形質転換確認用の遺伝子マーカーとして使用することができる。
これまでのところ、植物の形質転換実験は、植物病原菌Agrobacterium tumefaciensのTiプラスミド系を用いて行なわれるのが一般的であるが、外来遺伝子が植物に導入されたことを示すマーカー遺伝子は、抗生物質耐性遺伝子であるカナマイシンやハイグロマイシン耐性遺伝子ぐらいしか実際に使用できるものはなく、従ってこれらの薬剤に抵抗性を示す種々の植物種の形質転換あるいは一つの植物体への複数の遺伝子の導入実験等が、形質転換有無の確認の点から困難なものとなっていた。
後述の実験例8において、フィトエンデサチュラーゼ(crtI)遺伝子およびカナマイシン耐性遺伝子を含むプラスミドを有するアクロバクテリウム(A.tumefacience)の感染によって葉片(タバコ植物)を形質転換し、これをζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤(SAN380H)およびカナマイシンの有無の培地上で培養したところ、SAN380Hを含む培地上で、異常な生育、すなわち両薬剤を含まないコントロール培地上の場合と比べて生育の悪い多数の白色の不定芽形成、の中に一部正常に生育しカナマイシンを含む培地の場合より生育のよい緑色の不定芽形成が観察され、緑色の不定芽は、カナマイシンを含む培地上でも正常に生育した。この緑色の不定芽の部分を再生培地上で培養して幼植物体を形成させ、葉の染色体DNAを分析したところ、フィトエンデサチュラーゼ遺伝子とカナマイシン耐性遺伝子との両方が組み込まれていることが確認され、このことから、選択マーカーとしてのSAN380Hにより、外来遺伝子としてのカナマイシン耐性遺伝子が導入された植物体、すなわち形質転換体を選抜できたということがわかった。したがって、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子は、種々の外来遺伝子(たとえば薬剤耐性遺伝子など)による植物の形質転換実験等において、SAN380H等のζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対するマーカー遺伝子として使用できることが確認できた。
【0009】
【実施例】
以下の実施例は、本発明をさらに具体的に説明するためのものであり、本発明を限定するものではない。
実験例1:プラスミドpYPIET4の作製
ここで用いられた通常の遺伝子組換え実験は、特に言及されていない場合は、標準的な方法(Sambrook, J.; Fritsch, E.F.; Maniatis, T. Molecular Clonig: A Laboratory Manual. Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1989)に基づいている。
エンドウのリブロース‐1,5‐2リン酸(Rubisco)前駆体のトランジットペプチドをコードする配列(tp)は、プラスミドpSNIF83(Schreier, P.H.; Seftor, E.A.; Schell, J.; Bohnet, H.J. The use of nuclear-encoded sequences to direct the light-regulated synthesis and transport of a foreign protein into plant chloroplasts. The EMBO Journal, Vol. 4, p.25-32 (1985)参照)から204bpのHindIII −SphI断片として単離した。次に、Er. uredovoraのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIを有するプラスミドであるpCRT−I(Fraser, P.D.; Misawa, N.; Linden, H.; Yamano, S.; Kobayashi, k.; Sandmann, G. Expression in E. coli, purification and reactivation of the recombinant Erwinia uredovora phytoene desturase. J. Biol. Chem., Vol. 267, p.19819-19895 (1992) 参照)をBamHIとHindIII で二重消化した後、N末の一部を欠失したcrtIを含む1.57kbのBamHI−HindIII 断片を単離した。次に、crtIの開始コドンからBamHI部位までの76bpの配列を合成した。このcrtIの開始コドンには、SphIの粘着末端を生じるようにデザインした。そして、上記で得た3種類の断片を、tpを含む204bp HindIII −SphI断片、合成した76bp SphI−BamHI断片、N末の一部を欠失したcrtIを含む1.57kb BamHI−HindIII 断片の順で結合した。こうして得た1.84kbのHindIII 断片を、Klenow酵素で処理した後、東洋紡(株)から購入したバイナリーベクターpBI 121からSmaIとSacIによる二重消化によりβ‐グルクロニダーゼ遺伝子を除いたものに、カリフラワーモザイクウィルス(CaMV)の35Sプロモーターの転写のリードスルーを受けるように挿入した。こうして得たプラスミドをpYPIET4と名づけた。pYPIET4における、tp−crtI遺伝子を含む1.84kbのHindIII 断片部分を図2に示した。
【0010】
実験例2:アグロバクテリウムを介した植物体の形質転換
プラスミドpYPIET4は、ヘルパープラスミドpRK2013を用いた接合伝達法(Stuy, J.H. Plasmid transfer in Haemophilus influenzae. Journal of Bacteriology, Vol. 139, p.520-529 (1979) 参照)により、Agrobacterium tumefaciens LBA 4404に導入された。プラスミドpYPIET4を有するA. tumefaciens接合体は、リーフディスク法(Horsch, R.B.; Fry, J.E.; Hoffmann, N.L.; Eichholtz, D.; Rogers, S.G.; Fraley, R.T. A simple and general method for transferring genes into plants. Science, Vol. 227, p.1229-1231 (1985)参照)によりタバコ植物(Nicotiana tabacum varieties Samsun)を形質転換するのに用いられた。タバコ形質転換体の選択は、100μg/mlのカナマイシン、500μg/mlのカルベニシリン、1mg/lのベンジルアデニン、0.1mg/lのNAAを含むMS培地上で、26℃、16時間光照射下、8時間暗黒下の条件で行われた。ここで得られた不定芽を、植物ホルモンを含まないMS培地上に移し培養することにより根を形成させた。根を形成した幼植物は、土壌に移し、温室で栽培した。また、増殖、維持を行う場合は、根を形成した幼植物の頂芽または葉柄付きの茎を切り取り、植物ホルモンを含まない別のMS培地に置床し、培養を行った。
【0011】
実験例3:フィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIの植物体での発現
上記の方法により、計28株のカナマイシン耐性形質転換タバコを単離した。crtI遺伝子産物(CrtI)に対する抗体を用いたウエスタンブロット法により、これらの形質転換体の葉中でのcrtI遺伝子の発現を調べたところ、形質転換植物の半数においてcrtI遺伝子の発現が認められ、トランジットペプチドが切断されたCrtI蛋白質自身の大きさのバンドを現した。したがって、これら半数の形質転換植物において、葉中で合成されたtp−crtI遺伝子産物は、トランジットペプチドの情報に基づいて葉緑体に移行後、トランジットペプチドが切断されたと考えられた。このことは、また、CrtIに対する抗体を用いた免疫金粒子検出実験により確かめられた。すなわち、発現が確認されたタバコ形質転換体の1つ(ET4−1)からの葉を用いて、CrtIの抗体に吸着する金粒子で反応を行った後、その葉の超薄切片を電子顕微鏡で観察した。この実験方法は、Vivo, A; Andreu, J.M.; Vina, S.de.la.; Felipe, M.R.de. Leghemoglobin in lupin plants (Lupinus albus cv Multolupa). Plant Physiol., Vol. 90, p.452-457 (1989)に基づいて行った。その結果、ET4−1において、crtIの大部分が葉緑体内に取り込まれ、その内の89%がチラコイド膜に移行していることがわかった。なお、コントロールとして行った非形質転換タバコにおける免疫金粒子の反応は、ET4−1の10%以下であった。
【0012】
実験例4:フィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtI発現植物体のノルフルラゾン耐性
植物ホルモンを含まないMS培地で維持中のトランスジェニックタバコ(ウエスタンブロット実験によりcrtI遺伝子の発現が確認されたもの)14株から、葉柄付きの茎(脇芽増殖可能なもの)を切り取り、3μMのノルフルラゾン(SAN9789、4‐chloro‐5‐metylamino‐2‐(3‐trifluoromethylphenyl)‐pyridazin‐3(2H)one)を含み植物ホルモンを含まないMS培地に置床し、26℃、16時間光照射下、8時間暗黒下の条件で培養を行った。コントロールとして、形質転換しないタバコも同様に行った。その結果、ET4−1を含む11株には、部分的なブリーチング(葉が白くなること)が見られたが、コントロールと比べて、ブリーチングの程度は小さかった。残りの3株には、全くブリーチングは見られなかった。したがって、前者を中耐性株、後者を強耐性株とした。なお、コントロールとして、同一のin vitroタバコ植物体(形質転換しないもの)から取得した複数の葉柄付きの茎を3μMのノルフルラゾンを含み植物ホルモンを含まないMS培地に置床し上記と同様の条件で培養を行うと、コントロールの中には、外見上、中耐性株とほぼ同等の耐性を有するものも現われた。したがって、中耐性株の場合、このデータだけでは、トランスジェニックタバコの除草剤耐性の証明としては弱いので、さらに、次に示すように、種々の実験を行った。
【0013】
実験例5:ブリーチング除草剤中耐性トランスジェニック植物の分析
免疫金粒子検出実験によりcrtI遺伝子産物の葉緑体への取り込みが確かめられたトランスジェニックタバコET4−1を用いて、種々のブリーチング除草剤抵抗性試験を行った。in vitroで培養されているET4−1と非形質転換タバコから、それぞれ、葉柄付きの茎(脇芽増殖可能なもの)を切り取り、3μMのノルフルラゾンを含み植物ホルモンを含まないMS培地に置床し、26℃、16時間光照射下、8時間暗黒下の条件で、17日間、培養を行った。両者にブリーチングが認められたが、ブリーチングの程度は、ET4−1よりコントロールの非形質転換タバコの方が強かった。これらの葉を用いてカロチノイド含有量とクロロフィル含量の定量を行った結果を表1に示す。
3μMノルフルラゾン存在下、ET4−1では、カロチノイド色素とクロロフィル含量は、ノルフルラゾンを加えないコントロールと比べて、30%程の減少に過ぎないが、非形質転換体では、カロチノイド色素、クロロフィル含量ともに80%以上の減少を示し、フィトエンデサチュラーゼの基質であるフィトエンの蓄積が認められた。次に、ET4−1と非形質転換タバコを土壌に移植し、1週間、通常の水で栽培した後、3μMノルフルラゾンを含む水を与え続けた。非形質転換タバコでは、ノルフルラゾン添加後、6日目にブリーチングが認められ始めたのに対し、ET4−1では、ノルフルラゾン添加後、11日目にブリーチングが認められ始めた。以上の結果より、ET4−1は、ノルフルラゾンに対して、ある程度の抵抗性を獲得していると結論した。
同様にして、ノルフルラゾンだけでなく、他のフィトエンデサチュラーゼ阻害剤であるフルリドン(EL171、1‐methyl‐3‐phenyl‐5‐(3‐trifluoromethylphenyl)‐4(1H)‐pyridone)、ζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤であるSAN380H(下記構造式参照)およびJ852(下記構造式参照)に対しても、抵抗性が上昇していることがわかった。さらに、これらの植物体から種子を取り、種子から発芽した幼植物を用いて、このブリーチング除草剤抵抗性が次世代に受け継がれることを確認した。
【化1】
【化2】
【0014】
実験例6:ブリーチング除草剤強耐性トランスジェニック植物の分析
3μMのノルフルラゾンを含むMS培地で全くブリーチングを生じなかった3株のトランスジェニックタバコのうち1株ET4−208を用いて、さらなるブリーチング除草剤抵抗性試験を行った。
in vitroで培養されているET4−208と非形質転換タバコから、それぞれ葉柄付きの茎(脇芽増殖可能なもの)を切り取り、10μMのノルフルラゾンを含み植物ホルモンを含まないMS培地、および、3μMのフルリドンを含み植物ホルモンを含まないMS培地に置床し、26℃、16時間光照射下、8時間暗黒下の条件で、28日間、培養を行った。その結果、10μMのノルフルラゾン、3μMのフルリドンともに、非形質転換タバコにおいては、強いブリーチングが生じ、茎葉は白色を呈した。一方、ET4−208には、10μMのノルフルラゾン、3μMのフルリドンともに全くブリーチングは認められなく、このin vitro植物体は、除草剤を含まない培地でのコントロールタバコと同程度に正常に生育した。さらに、10μMのノルフルラゾン存在下のET4−208の茎葉を用いて、カロチノイド含量とクロロフィル含量の定量を行い、クロロフィル、カロチノイド含量ともに、ノルフルラゾンを加えないコントロールと同じであることを確認した。
次に、植物ホルモンを含まないMS培地で発根しているET4−208と非形質転換タバコを土壌に移植し、1週間、通常の水で栽培した後、3μMノルフルラゾンを含む水を与え続けた。非形質転換タバコでは、ノルフルラゾン添加後、6日目にブリーチングが認められ始め、25日以内に枯死したが、ET4−208は、全くブリーチングを呈すること無く正常に生育し、ノルフルラゾン添加後2ケ月以内に種子を形成した。
以上の結果より、ET4−208は、ノルフルラゾンやフルリドン等の植物型のフィトエンデサチュラーゼを阻害するブリーチング除草剤に対して強力な耐性能を獲得していることがわかった。
【0015】
実験例7:トランスジェニック植物のζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対する耐性試験
植物型のフィトエンデサチュラーゼを阻害するブリーチング除草剤に対して耐性であることがわかったトランスジェニックタバコET4−208を用いて、ζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害するブリーチング除草剤に対する抵抗性試験を行った。
in vitroで培養されているET4−208と非形質転換タバコから、それぞれ、葉柄付きの茎(脇芽増殖可能なもの)を切り取り、10μMのSAN380Hを含み植物ホルモンを含まないMS培地、および、20μMのJ852を含み植物ホルモンを含まないMS培地に置床し、26℃、16時間光照射下、8時間暗黒下の条件で、14日間、培養を行った。その結果、10μMのSAN380H、20μMのJ852ともに、非形質転換タバコにおいては、強いブリーチングが生じ、茎葉は白色を呈した。一方、ET4−208には、10μMのSAN380H、20μMのJ852ともに全くブリーチングは認められなく、このin vitro植物体は、除草剤を含まない培地でのコントロールタバコと同程度に正常に生育した。さらに、10μM SAN380H存在下のET4−208の茎葉を用いて、カロチノイド含量とクロロフィル含量の定量を行い、クロロフィル、カロチノイド含量ともに、SAN380Hを加えないコントロールと同じであることを確認した。
次に、植物ホルモンを含まないMS培地で発根しているET4−208と非形質転換タバコを土壌に移植し、5日間、通常の水で栽培した後、10μMのJ852を含む水を与え続けた。非形質転換タバコでは、J852添加後、10日目にブリーチングが認められ始め、40日以内に枯死したが、ET4−208は、全くブリーチングを呈すること無く正常に生育し、J852添加後2ケ月以内に種子を形成した。
以上の結果より、ET4−208は、ノルフルラゾンやフルリドン等の植物型のフィトエンデサチュラーゼを阻害するブリーチング除草剤に対してだけでなく、SAN380HやJ852等のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害するブリーチング除草剤に対しても強力な耐性能を獲得していることがわかった。
【0016】
実験例8:ζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対するマーカー遺伝子
Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIがζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対するマーカー遺伝子として使えることを示すため、以下の実験を行った。
プラスミドpYPIET4を有するA. tumefaciens接合体を用いて、リーフディスク法(Horsch, R.B.; Fry, J.E.; Hoffmann, N.L.; Eichholtz, D.; Rogers, S.G.; Fraley, R.T. A simple and general method for transferring genes into plants. Science, Vol. 227, p.1229-1231 (1985)参照)により、タバコ植物(Nicotiana tabacum varietiesSamsun)への感染処理を行った。2日間、フィーダープレート上で培養した後、感染処理したタバコの葉を、カナマイシンの変わりに20μMのSAN380Hを含み、300μg/mlのクラフォラン、1mg/lのベンジルアデニン、0.1mg/lのNAAを含むMSプレート上に移し、26℃、16時間光照射下、8時間暗黒下の条件で培養を行った。コントロールとして、300μg/mlのクラフォラン、1mg/lのベンジルアデニン、0.1mg/lのNAAのみを含むMSプレート、および、100μg/mlのカナマイシンを含み、300μg/mlのクラフォラン、1mg/lのベンジルアデニン、0.1mg/lのNAAを含むMSプレート上にも置床し、同様にして培養を行った。そして、これら各々のタバコ葉のディスクを、2週間おきに、同じプレート上に置床した。
SAN380Hもカナマイシンも含まないコントロールのプレート上では、培養2週間目から多くの不定芽が形成され始め、培養4週間目には、葉ディスク一面にカルスと不定芽が形成された。培養4週間目では、1プレートあたり(6個のディスクを置床したプレート1つあたり)、緑色カルスから30個程度の緑色の不定芽が形成されていた。一方、カナマイシンを含む通常の形質転換選抜用のプレート上では、培養4週間目には、1プレートあたり、1−2個の不定芽しか形成されていなかったので、カナマイシンを含まないプレート上で形成された不定芽の大部分は形質転換体ではないと考えられた。
一方、カナマシインの変わりにSAN380Hを含むプレート上では、培養4週間目には、1プレートあたり、20個程度の白い不定芽が観察されたが、SAN380Hもカナマイシンも含まないコントロールのものと比べて、不定芽の生育は悪かった。そして、この多くの白い不定芽に混って、1プレートあたり、3個の正常に生育する緑色の不定芽が形成されていた。この緑色の不定芽の生育は、100μg/mlのカナマシインを含むプレートで生えてきたものより優れていた。また、この緑色の不定芽を単離し、カナマイシンを含むMSプレート上に置床しても正常に生育することができた。次に、SAN380Hを含むプレート上で形成した緑色の不定芽を単離し、植物ホルモンを含まないMS培地上に移し培養することにより幼植物体を形成させた。これらの幼植物体の葉から染色体DNAを取得し、サザン分析を行うことにより、crtI遺伝子とカナマイシン耐性遺伝子NPTIIとの両方が組み込まれていることを確認した。このことは、選択マーカーとしてのSAN380Hにより、外来遺伝子としてのカナマイシン耐性遺伝子が導入された植物体を選抜できたということを意味している。したがって、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIはSAN380H等のζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対するマーカー遺伝子として使えることが明かとなった。
【0017】
実験例9:シアノバクテリアのζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子zdsの塩基配列の決定
LindenらによってクローニングされたシアノバクテリアAnabaena PCC7120のζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子zds(Linden, H.; Vioque, A.; Sandmann, G. Isolation of a carotenoid biosynthesis gene coding for ζ-carotene desaturase from Anabaena PCC7120 by heterologous complementation. FEMS Microbiol. Lett., Vol. 106, p.99-103 (1993)参照)の塩基配列の決定を、エキソヌクレアーゼIII とマングビーンヌクレアーゼを組み合わせたデレーション反応の後、ダイデオキシ法により行った。499アミノ酸からなるペプチドをコード可能な1497bpのオープンリーディングフレームが観察された。図3〜5(配列表:配列番号1)にその塩基配列とそこから推定したアミノ酸配列を示した。ζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子の塩基配列やアミノ酸配列はこの報告が最初である。
さらに、Genbank、EMBLのデーターベースを用いて、zds遺伝子産物(Zds)のホモロジー検索を行ったところ、ホモロジーが認められたものは、すべて、カロチノドデサチュラーゼであった。このカロチノイドデサチュラーゼは、Rhodobacter capsulatusのcrtD以外は、すべて、フィトエンデサチュラーゼであった。その中で特に高いホモロジーが認められたのは、ErwiniaとR. capsulatusのCrtIであった。図6〜7に、ZdsとEr. uredovoraのCrtI、および、R.capsulatusのCrtIのアミノ酸配列の比較を行った結果を示した。ギャップを考慮したホモロジー分析の結果、Zdsは、Er. uredovoraのCrtI、および、R. capsulatusのCrtIと、それぞれ、36%、34%のアイデンティティーを示した。一方、植物やシアノバクテリアのフィトエンデサチュラーゼとは、一部のN‐末領域を除いて、ほとんどホモロジーは認められなかった。この領域は、NADやFAD等の補酵素の結合領域であると推定されている。この領域のみ、シアノバクテリアSynechococcus PCC7942のフィトエンデサチュラーゼ遺伝子pds(Chamovitz, D; Pecker, I.; Hirschberg, J. The molecular basis of resistance to the herbicide norflurazon. J. Plant Mol. Biol., Vol. 16, p.967-974 (1991) 参照)、および、ダイズのフィトエンデサチュラーゼpds1(Bartley, G.E.; Vitanen, P.V.; Pecker, I.; Chamovitz, D.; Hirschberg. J.; Scolnik, P.A. Molecular cloning and expression in photosynthetic bacteria of a soybean cDNA coding for phytoene desaturase, an enzyme of the carotenoid biosynthesis pathway. Proc. Natl. Acad. Sci.USA, Vol. 88, p.6532-6536 (1991) 参照)を合わせて図6〜7に示した。
【0018】
【発明の効果】
背 景
前述したように、フィトエンデサチュラーゼは、遺伝子レベルで今までに明かにされたカロチノイド合成酵素の中で、唯一、生物間で多様性を有している酵素である。また、前述したように、植物において、フェトエンからζ‐カロチンを経てリコピンに至るデサチュレーション反応は、ブリーチング除草剤と呼ばれる多くの除草剤の作用部位である。Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼは、フィトエンからζ‐カロチンを経てリコピンに至るデサチュレーション反応を一つの酵素で触媒できる酵素であり(前記Journal of Bacteriology, Vol. 172, No.12, p.6704-6712 (1992)、および本発明者らによる前記特許出願明細書)、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼのような強力な脱水素機能を示す酵素は、現在までにその機能が明かにされているいくつかの生物のフィトエンデサチュラーゼの中では唯一のものである。また、前述したように、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼと植物のフィトエンデサチュラーゼは、アミノ酸配列レベルで、ホモロジーは一部のN‐末領域を除いて見出されないことから、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子を、葉緑体への移行に必要なトランジットペプチド配列を付加して植物に導入することにより、植物のフィトエンデサチュラーゼを阻害する除草剤に抵抗性を与えることが可能であることが予想される。一方、植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対する抵抗性に関しては、最近、ようやく、シアノバクテリアAnabaena PCC7120からこの酵素をコードする遺伝子がクローニングされたばかりであり(前記FEMS Microbiol. Lett., Vol. 106, p.99-103 (1993)参照)、そのアミノ酸配列がまだ明かにされていないことや、この抵抗性に関する研究例が現在までに全く無いことから、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子を利用して、ζ‐カロチンデサチュラーゼ阻害剤に対する抵抗性を植物に与えられるかどうかは全くわからないのが現状であった。さらに、本発明者らは、最近シアノバクテリアからクローニングされたこのζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子の塩基配列を決定し、そこから推定したアミノ酸配列をすでに報告されているいろいろな生物種のフィトエンデサチュラーゼと比較をした。その結果、驚くべきことに、このζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子産物は、シアノバクテリアや植物のフィトエンデサチュラーゼと、一部のN‐末領域を除いてホモロジーはほとんど見出されず、むしろ、ErwiniaやRhodobacter capsulatusのフィトエンデサチュラーゼと約35%という意義深いホモロジーを示した。このことから、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼと植物のζ‐カロチンデサチュラーゼとは構造がよく似ていると考えられるので、当業者であれば、Erwiniaのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子は、植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対する抵抗性を与えることはできないと予測するであろう。
一方、植物の形質転換実験は、植物病原菌Agrobacterium tumefaciensのTiプラスミドの系を用いて、現在では普通に行われているが、外来遺伝子が植物に導入されたことを示すマーカー遺伝子は、抗生物質耐性遺伝子であるカナマイシンやハイグロマイシン耐性遺伝子位しか実際に使えるものは無く、このことが、これらの薬剤に抵抗性を示す種々の植物種の形質転換や、一つの植物体への複数の遺伝子の導入実験等を困難なものにしていた。
本発明の効果
本発明により、フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するフィトエンデサチュラーゼ遺伝子を利用して、ノルフルラゾンやフルリドンのような植物のフィトエンデサチュラーゼを阻害する除草剤だけでなく、SAN380HやJ852等の植物のζ‐カロチンデサチュラーゼを阻害する除草剤に対する耐性を植物に与えることが可能になったとともに、これらの除草剤を形質転換時のマーカーとして使用することが可能になった。
【0019】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】Erwiniaと植物およびシアノバクテリアにおける、ファルネシルピロリン酸からβ‐カロチンまでの生合成経路を示す説明図。
【図2】作製した、Erwinia uredovoraのフィトエンデサチュラーゼ遺伝子crtIの植物への導入用プラスミドのcrtI部分を示す説明図。このcrtIには、葉緑体へのターゲティングに必要なエンドウのRubisco小サブユニットのトランジットペプチド配列が付加されている。
【図3】シアノバクテリアAnabaena PCC7120のζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子zdsの塩基配列およびそこから推定したアミノ酸配列を示す説明図。下線は、リボソーム結合部位と推定される配列である。
【図4】図3に続く塩基配列およびアミノ酸配列を示す説明図。
【図5】図4に続く塩基配列およびアミノ酸配列を示す説明図。
【図6】Anabaena PCC7120のζ‐カロチンデサチュラーゼ遺伝子産物Zdsと種々の生物から取得されたフィトエンデサチュラーゼのアミノ酸配列の比較を示す説明図。
Eu−CrtI、Rc−CrtI、Pds、Pds1は、それぞれ、Erwinia uredovoraのCrtI、Rhodobacter capsulatusのCrtI、Synechococcus PCC7942のPds、ダイズのPds1を示している。下線は、このすべてに共通なアミノ酸を示し、*はEr. uredovoraのCrtIおよびR. capsulatusのCrtIと共通なアミノ酸を示している。
【図7】図6に続くアミノ酸配列の比較を示す説明図。
Claims (7)
- フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するエルウィニア属由来のフィトエンデサチュラーゼをコードする遺伝子を、その遺伝情報が発現可能な状態で、アグロバクテリウム法、エレクトロポレーション法のいずれかの方法で形質転換可能な光合成を行う高等植物に導入することを特徴とする、ζ-カロチンデサチュラーゼ阻害除草剤に対する耐性植物の作出法。
- エルウィニア属由来のフィトエンデサチュラーゼが、Erwinia uredovoraまたはErwinia herbicola由来のものである、請求項1に記載の作出法。
- フィトエンデサチュラーゼのポリペプチドが、図6〜7に示されるアミノ酸配列に示されるアミノ酸配列を有するエルウィニア属由来のポリペプチド、または該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである、請求項2に記載の作出法。
- フィトエンデサチュラーゼのポリペプチドが、トランジットペプチドを有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の作出法。
- フィトエンをリコピンに変換する酵素活性を有するエルウィニア属由来のフィトエンデサチュラーゼをコードする遺伝子からなる、ζ-カロチンデサチュラーゼ作用を阻害する活性を有する除草剤への耐性が付与された形質転換植物を確認するためのマーカー。
- エルウィニア属由来のフィトエンデサチュラーゼが、Erwinia uredovora またはErwinia herbicola由来のものである、請求項5に記載のマーカー。
- フィトエンデサチュラーゼのポリペプチドが、図6〜7に示されるアミノ酸配列に示されるアミノ酸配列を有するエルウィニア属由来のポリペプチド、または該アミノ酸配列において1もしくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、もしくは付加されたアミノ酸配列を有するポリペプチドである、請求項6に記載のマーカー。
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