JP3724524B2 - 眼球制御系情報検出装置および眼球制御系の解析方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、眼球運動等に関わる眼球制御系の特性を解析するため等に用いられる眼球制御系の情報を検出する眼球制御系情報検出装置、および眼球制御系の情報を検出し、この情報に基づいて眼球制御系の特性を解析する眼球制御系の解析方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
テレビジョン受信機等の画像出力装置の特性を評価する方法の一つに画質評価があり、画質評価の一つとして視線を使った評価がある。視線を使った評価は、画面上の視線の動きを分析することによる評価である。この評価により、例えば、NTSC方式による画面とハイビジョンによる画面における視線の動きを比較すると、NTSC方式による画面では視線が画面中央付近に集中するが、ハイビジョンによる画面では視線が広い範囲で動き、より自然な動きに近いことが知られている。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
ところで、従来の視線分析では、視線がある位置にどの位の時間、停留しているかを分析する程度であり、様々な画質評価を行うための十分な情報は得られなかった。例えば、従来より、不規則な付随意眼球運動として、一点を見つめるときに無意識に生じる固視微動が知られており、同じ点を見ている場合でも固視微動の大きさ等から、その点に向けている視覚的注意の程度を知ることができる可能性があるが、従来の視線分析による情報ではそのような解析は困難である。
【0004】
一方、本出願の発明者等は、例えば特公平5−53490号公報に示されるように、フラクタル次元解析を用いて固視微動を解析し、眼球制御系の特性を定量化する方法を提案している。この方法によれば、眼球運動に関わる眼球制御系の特性の定量的な評価が可能となり、この定量的な評価は、例えば、眼科あるいは精神神経科における臨床診断や治療の効果の確認等に活用することが可能となると共に、上述のような画質評価に活用することも可能となる。
【0005】
ところで、固視微動のような微小な眼球運動を測定し、解析するためには、言うまでもなく、ノイズ成分の寄与は避けた方が良い。なお、本出願において、ノイズ成分とは、眼球制御系と関わりなく測定系等において重畳される純粋なノイズの他に、眼球制御系の情報のうち、分析しようとする成分以外の成分をも言う。すなわち、例えば特公平5−53490号公報に示されるように、固視微動は、その運動形態からマイクロサッカード,ドリフトおよびトレマーに分類されるが、例えばマイクロサッカード成分およびドリフト成分を分析しようとする場合にはトレマー成分はノイズ成分となる。
【0006】
ところで、本出願の発明者等は、例えば文献「吉松浩他:“水平両眼固視微動のドリフト成分のフラクタル次元解析”,テレビジョン学会誌Vol.49,No.8,第1042〜1051ページ,1995年」に示されるように、移動平均法による波形の平滑化によって、眼球運動の測定データからノイズ成分を取り除く技術を提案している。この技術では、ノイズ成分を取り除くために設けられた測定データの前処理において、測定データの波形から視線の大域的な運動に相当する眼球運動の低周波成分と超微小振幅且つ高周波の成分として知られるトレマー成分とを取り除くために、移動平均法を用いてFIR(有限インパルス応答)バンドパスフィルタを形成し、測定データの波形から微小振幅成分であるドリフト成分を抽出し、その波形を解析するようにしている。しかしながら、この技術では、解析可能な眼球運動成分は、注視時の微小振幅成分(ドリフト成分)に限られるという不具合があった。
【0007】
また、移動平均法による波形の平滑化の場合には、波形が急激に変化する部分で、微小な位相のずれを生じ、その後の計算で誤差を生じるという問題点がある。
【0008】
また、移動平均法による波形の平滑化の場合には、そのフィルタ特性はFIRフィルタとなり、位相のずれは少ないが、周波数特性が良くないために、平滑化後の波形に高周波成分すなわちノイズ成分が混入する。そのため、平滑化後の波形に対して時間微分処理を行う場合、時間微分された波形ではノイズの効果が増強され、時間微分された波形の判別が難しいという問題点がある。
【0009】
なお、従来の眼球制御系の評価方法としては、例えば、両目の眼球運動の時間微分の相互相関から眼精疲労を評価する方法(文献「吉野誠司他:“磁石変位センサによる両眼瞼振動の相互相関検出とVDT眼精疲労の測定”,電子情報通信学会MBE90−15,第41〜48ページ,1990年」参照。)が知られている。しかしなから、この評価方法では、まず、時間微分の精度が悪いという問題点がある。また、相互相関の時間依存性は複雑に振る舞うので、その解釈には専門的な知識が要求されるという問題点がある。また、この相互相関のフーリエ変換から両眼の相互相関の周波数成分の時間依存性を計算し、眼精疲労を評価することも考えられるが、これらの計算には多くの時間を要し、結果の表示も3次元的な画像表示が必要となるという問題点がある。
【0010】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので、その目的は、ノイズ成分が少なく且つ所望の成分に忠実な眼球制御系の情報を検出することができるようにした眼球制御系情報検出装置、およびノイズ成分が少なく且つ所望の成分に忠実な眼球制御系の情報を検出し、この情報に基づいて眼球制御系の特性を解析する眼球制御系の解析方法を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明の眼球制御系情報検出装置は、眼球制御系の時系列データを検出する検出手段と、ウェーブレット解析を用いて、検出手段によって検出された時系列データを平滑化して高周波成分が除去された成分を抽出する抽出手段と、抽出手段によって抽出された成分についての1階以上の時間微分データを求める時間微分データ演算手段と、時間微分データ演算手段によって求められた時間微分データの3次の統計量を演算する統計量演算手段とを備えたものである。
【0012】
本発明の眼球制御系の解析方法は、眼球制御系の時系列データを検出する検出手段と、検出手段によって検出された時系列データを処理して眼球制御系の解析を行うコンピュータとを備えた眼球制御系情報検出装置における眼球制御系の解析方法であって、検出手段によって検出された眼球制御系の時系列データを入力するステップと、ウェーブレット解析を用いて時系列データを平滑化して高周波成分が除去された成分を抽出するステップと、抽出された成分についての1階以上の時間微分データを求めるステップと、この時間微分データの3次の統計量を演算し、この3次の統計量を用いて眼球制御系の特性を解析するステップとを含む処理をコンピュータが実行するものである。
【0013】
本発明の眼球制御系情報検出装置では、検出手段によって眼球制御系の時系列データが検出され、抽出手段によって、ウェーブレット解析を用いて、検出手段によって検出された時系列データより所望の成分が抽出される。ウェーブレット解析を用いて時系列データより所望の成分を抽出することによって、ノイズ成分が少なく且つ所望の成分に忠実な眼球制御系の情報を検出することが可能となる。
【0014】
本発明の眼球制御系の解析方法では、眼球制御系の時系列データを検出する検出手段と、検出手段によって検出された時系列データを処理して眼球制御系の解析を行うコンピュータとを備えた眼球制御系情報検出装置において、コンピュータによって、ウェーブレット解析を用いて時系列データより所望の成分が抽出され、この成分を用いて眼球制御系の特性の解析が行われる。
【0015】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。図1は本発明の第1の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の構成を示すブロック図、図2は図1におけるセンサ部の構成を示す説明図である。この図に示したように、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置は、眼球制御系の時系列データとして特に眼球運動の時系列データを検出するためのセンサ部11と、このセンサ部11の出力をアナログ−ディジタル(以下、A/Dと記す。)変換するA/Dコンバータ12と、このA/Dコンバータ12の出力データを取り込み、後述する種々の処理を行うコンピュータ13と、このコンピュータ13による処理結果を表示する表示装置14とを備えている。
【0016】
センサ部11は、強膜反射法(前出の吉松浩他の文献“水平両眼固視微動のドリフト成分のフラクタル次元解析”参照。)により眼球運動を測定するものであり、図2に示したように、眼球20に対して赤外光を照射する発光ダイオード21と、この発光ダイオード21の左右両側に配置される2つのフォトダイオード22,23と、フォトダイオード22,23の各出力信号を用いて所定の演算を行い、時系列データとして出力する演算回路24とを備えている。なお、左右両眼の眼球運動を測定する場合には、センサ部11は片眼ずつ設けられる。センサ部11は、例えばゴーグル型の保持部材に取り付けられ、被験者に保持部材を装着したときに、眼球20の下側に配置されるようになっている。
【0017】
フォトダイオード22,23は、それぞれ眼球の白目と黒目の境界における反射光量を検出するようになっている。演算回路24は、眼球運動の水平方向成分の時系列データとしてフォトダイオード22,23の出力信号の差を出力し、眼球運動の垂直方向成分の時系列データとしてフォトダイオード22,23の出力信号の和を出力するようになっている。なお、この場合、特に眼球運動の垂直方向成分の時系列データは眼球運動に対して非線形になるが、その補正はコンピュータ13によって行われる。
【0018】
なお、眼球運動の測定は、強膜反射法によるものに限らず、例えば二重プルキニエ反射光法(文献「T.N.Cornsweet,H.D.Crane:“Accurate two−dimentional eye trackerusing first and fourth Purkinje images”,JOURNAL OF THE OPTICAL SOCIETY OF AMERICA,VOLUME63,NUMBER8,第921〜928ページ,1993年」参照。)を用いても良い。
【0019】
A/Dコンバータ12は、所定のサンプリング周波数でセンサ部11の出力をサンプリングしてディジタルデータに変換し、コンピュータ13は、A/Dコンバータ12の出力データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行った後、眼球制御系の解析を行い、解析結果を表示装置14に表示させるようになっている。本実施の形態におけるコンピュータ13は、本発明における抽出手段およびフラクタル次元演算手段に対応する。
【0020】
次に、図3に示す流れ図を参照して、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作および本実施の形態に係る眼球制御系の解析方法について説明する。まず、センサ部11によって眼球運動を測定し、得られた時系列データを、A/Dコンバータ12によって所定のサンプリング周波数(例えば200Hz)でディジタル化し、このA/Dコンバータ12の出力データをコンピュータ13に入力する(ステップS101)。なお、ここで、時系列データは、眼球運動の水平方向成分および垂直方向成分に対応する2次元データであり、任意の2次元座標系すなわち極座標系や直交座標系上の座標に相当する。また、時系列データは、例えば視線の方向(角度)を表し、この場合、単位は度(deg)である。
【0021】
次に、コンピュータ13は、入力した時系列データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行う(ステップS102)。具体的には、例えば、2次元データである時系列データのうちの一方の座標軸のデータをx(t)(ただし、tは時間)としたとき、例えば16384点の1次元の時系列データx(t)に対し、9レベルまでのウェーブレット変換を行い、高周波成分を含む上位2または3レベルを除いたウェーブレット係数を用いてウェーブレット逆変換を行い、1次元の時系列データx(t)の波形の平滑化を行う。これにより、純粋なノイズを除去することができると共に、例えば固視微動の各成分のうちのトレマー成分を除き、マイクロサッカード成分およびドリフト成分を抽出することができる。
【0022】
次に、コンピュータ13は、平滑化された時系列データを用いて眼球制御系の解析を行う(ステップS103)。本実施の形態では、この眼球制御系の解析においてフラクタル次元を計算する。フラクタル次元としては、例えば相関次元を用いる。時系列なサンプリングデータで簡単にフラクタル次元を計算する方法としては、例えば文献「N.B.Abrahame他:Phys.Lett.,Vol.114A(5),第217〜221ページ,1986年」に記載された方法があり、本実施の形態ではこの方法を使用する。
【0023】
具体的には、コンピュータ13は、まず、データの前処理として、1次元の時系列データx(t)を適当なサンプリング周期でサンプリングして、離散的な時系列データ{xi =x(ti ):i=1,2,…,N}を生成する。次に、コンピュータ13は、位相空間の次元の設定を行う。すなわち、離散的な時系列データを、順にn個毎に分割し、n次元の擬似位相空間中のデータ点を生成する。ここでは、2次元の擬似位相空間を設定する例について説明する。この場合には、X1 (i)=(xi ,xi+1 )(ただし、i=1,3,…,2m+1,…,N−1、あるいはi=1,2,…,N−1)として、xi の対X1 を作成する。擬似位相空間上のX1 の軌跡は、トポロジカルには位相空間上の(x(t),v(t))(ただし、v(t)はx(t)の時間微分(速度)を表す。)の軌跡と同等となる。次に、コンピュータ13は、フラクタル次元としての相関関数の計算を行う。すなわち、前出のN.B.Abrahame他の文献に記載された方法に従い、擬似位相空間上のデータ点の集合について、以下で定義する相関次元fracdim を計算する。
【0024】
【数1】
fracdim =log(C(r))/log(r)
【0025】
ただし、C(r)は以下で定義される相関関数、rは相関距離である。
【0026】
【数2】
C(r)=lim(1/N2 )ΣH(r−|X1 (i)−X1 (j)|)
【0027】
なお、H(x)は以下で定義されるヘビーサイドステップ(Heavisidestep)関数である。また、limはN→∞の極限を意味し、Σはi≠jとなるi,j(ただし、i,j:1,2,…,N)についての総和を意味する。
【0028】
【数3】
H(x)=0(x≦0のとき),H(x)=1(x>0のとき)
【0029】
コンピュータ13は、必要に応じて、以上のようにして計算されたフラクタル次元の値を予め測定しておいた標準的な健常者のフラクタル次元の値と比較する等の更なる解析を行い、フラクタル次元の値やフラクタル次元の比較結果等の解析結果を表示装置14に表示させて(ステップS104)、動作を終了する。このように、眼球運動の時系列データのフラクタル次元を用いることによって、眼球制御系の特性を定量化することが可能となる。
【0030】
なお、本実施の形態における眼球運動の測定では、停止した指標を注視させて微小な振幅の眼球運動(不随意運動)を検出するようにしても良いし、視線を移動させて大きな振幅の眼球運動(随意運動)を検出するようにしても良い。例えば、前出の吉野誠司他の文献に記載されている両眼の眼瞼運動の時間微分の相互相関から眼精疲労を評価する方法と同様にして、被験者の見る指標を振動させ、指標の動きに眼球運動、特にサッカードがどのように追従するかを測定し、その測定データについてフラクタル次元を計算するようにしても良い。もし、眼球運動が完全に指標の動きに追従すれば、そのフラクタル次元は1となる。
【0031】
本実施の形態では、ウェーブレット解析によるデータの平滑化(以下、ウェーブレット平滑化とも言う。)を行っているが、ここで、図4ないし図8を参照して、その優位性について説明する。
【0032】
まず、図4に、ウェーブレット平滑化のフィルタ特性を調べるために、乱数からなる時系列データをウェーブレット平滑化して得られたデータのパワースペクトルを示す。図4(a)はこのパワースペクトルを50Hz以下の範囲で示し、図4(b)は10Hz以下の範囲で示したものである。これらの図に示したように、本実施の形態において実施したウェーブレット平滑化は、眼球運動の解析に必要な20Hz以下ではほとんど平坦なフィルタ特性を持っている。図5(a)は、本実施の形態において測定して得られた眼球運動の時系列データのパワースペクトルを示したものである。このような時系列データに対して、図4の場合と同じフィルタ特性のウェーブレット平滑化を行って得られたデータのパワースペクトルを、図5(b)では100Hz以下の範囲で示し、図5(c)では10Hz以下の範囲で示す。特に図5(c)から分かるように、眼球運動の時系列データに対してウェーブレット平滑化を行った後のデータは、10Hz以下で1/f様のパワースペクトルを示し、完全な乱数とは異なり、また、図4に示したようにウェーブレット平滑化は20Hz以下ではほとんど平坦なフィルタ特性を持っていることから、フィルタにより生成された偽データでもないことが分かる。
【0033】
次に、ウェーブレット平滑化と、従来の移動平均法を用いた平滑化とを比較する。なお、移動平均法を用いたバンドパスフィルタの例を示すものとしては、前出の吉松浩他の文献“水平両眼固視微動のドリフト成分のフラクタル次元解析”の図2(F.I.Rバンドパスフィルタのパワースペクトラム)および図7(眼球運動とそのドリフト成分のパワースペクトラム)がある。
【0034】
図6(a)は注視時に測定して得られた眼球運動の時系列データの波形を示し、図6(b)は図6(a)に示したデータに対してウェーブレット平滑化を行った後の波形を示し、図6(c)は図6(a)に示したデータに対して移動平均法による平滑化を行った後の波形を示したものである。図6(d)は図6(b)に示した波形と図6(c)に示した波形とを重ね合わせて示したものである。図6(d)から分かるように、注視時では、ウェーブレット平滑化後の波形と移動平均法による平滑化後の波形の間に波形のずれ、すなわち位相のずれはほとんどない。
【0035】
図7は視線を大きく動かしたときに測定して得られた眼球運動の時系列データの波形(符号31)と、その移動平均法による平滑化後の波形(符号32)を示したものである。図8は、図7の場合と同様に視線を大きく動かしたときに測定して得られた眼球運動の時系列データの波形(符号33)と、そのウェーブレット平滑化後の波形(符号34)を示したものである。図7と図8を比較して分かるように、移動平均法による平滑化の場合には、波形が急激に変化する部分で位相ずれを若干生じるが、ウェーブレット平滑化ではほとんど位相ずれを生じない。
【0036】
このように、ウェーブレット平滑化では、注視時の微小な振幅の眼球運動に対しても、大きな振幅の眼球運動に対しても、精度良く、眼球運動の時系列データの平滑化が可能である。
【0037】
ところで、これまでの説明では、フラクタル次元として相関次元を用いた例を挙げたが、フラクタル次元としては、文献「Yoshimatsu,H. :“Statistical Study of Eye Movement When Using a Head−Mounted Display”,SID95 DIGEST,26,第368〜371ページ,1995年」に記載されているように、エントロピー、例えば1次情報エントロピーを用いても良い。1次情報エントロピーH1 は、以下のように定義される。
【0038】
【数4】
H1 =−ΣPi log2 Pi
【0039】
ただし、Pi は状態iをとる確率であり、Σは各状態iについての総和を意味する。本実施の形態における眼球運動の時系列データに当てはめると、時系列データの振幅毎の頻度を求め、各振幅を状態i、各振幅をとる確率をPi として、上式に従って1次情報エントロピーH1 を演算すれば良い。
【0040】
また、眼球制御系の解析を行う場合、フラクタル次元の拡張概念としてマルチフラクタルという概念を用いても良い。この場合には、例えば、マルチフラクタル構造を特徴付けるf(α)スペクトル(文献「T.C.Halsey他:Phys.Rev.,A33,第1141〜1151ページ,1986年」参照。)を用いて位相空間中のフラクタル次元の分布を調べるようにする。具体的には、例えば、位相空間中のデータ点の測定が終了したら、位相空間を部分空間に分割した後、各部分空間でフラクタル次元を計算する。そして、横軸をフラクタル次元、縦軸をその頻度としてヒストグラムを作成し、表示装置14に表示させる。眼球運動は単純なフラクタル構造ではなくマルチフラクタル構造である可能性もあるため、マルチフラクタルを用いた解析が有用となる可能性もある。
【0041】
なお、以上のような眼球制御系の解析は、左眼と右眼のいずれか一方について行っても良いし、両眼について行っても良い。また、眼球運動の水平方向成分と垂直方向成分のいずれか一方について行っても良いし、両方について行っても良い。
【0042】
以上説明したように、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置および眼球制御系の解析方法によれば、ウェーブレット解析を用いて眼球運動の時系列データを平滑化したので、ノイズ成分が少なく、且つ振幅のみならず位相についても所望の成分に忠実な眼球制御系の情報を検出することが可能となる。そして、ウェーブレット平滑化後のデータを用いることによって、随意運動を含む眼球運動の情報をフラクタル次元解析やマルチフラクタルから効率良く且つ精度良く定量化することができる。その結果、非常に短時間の演算で、眼科あるいは精神神経科における臨床診断や治療の効果の確認等が可能となる。また、心理学の分野においては、視覚心理実験の際に眼球制御系の測定を併用することにより、視覚心理実験の結果をフラクタル次元を用いて定量的に評価することが可能となる。更に、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置によって検出される情報は、画像出力装置の画質評価にも活用することが可能である。
【0043】
次に、本発明の第2の実施の形態について説明する。本実施の形態は、第1の実施の形態のようにして計算されたフラクタル次元の時間依存性を解析することによって眼球制御系の特性を解析するようにした例である。本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の基本的な構成は、第1の実施の形態と同様に図1に示したようになる。なお、本実施の形態におけるコンピュータ13は、本発明における抽出手段、フラクタル次元演算手段および時間依存性データ演算手段に対応する。
【0044】
図9は、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。この動作では、まず、コンピュータ13は、第1の実施の形態と同様に、測定によって得られた眼球運動の時系列データを入力し(ステップS201)、この時系列データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行い(ステップS202)、平滑化後のデータを用いてフラクタル次元を計算する(ステップS203)。次に、コンピュータ13は、フラクタル次元の時間依存性を解析する(ステップS204)。具体的には、コンピュータ13は、適当な時間間隔で、平滑後のデータを切り出し、各時間間隔毎に、その時間間隔内のデータに基づいてフラクタル次元の計算を行って、フラクタル次元の時間依存性を求める。次に、コンピュータ13は、必要に応じて、以上のようにして計算されたフラクタル次元の時間依存性を予め測定しておいた標準的な健常者のフラクタル次元の時間依存性と比較する等の更なる解析を行い、解析結果を表示装置14に表示させて(ステップS205)、動作を終了する。なお、フラクタル次元の時間依存性の表示は、例えば、横軸に時間、縦軸にフラクタル次元をとり、各時間間隔毎のフラクタル次元の値をプロットして行う。
【0045】
このようにフラクタル次元の時間依存性を解析することにより、例えば視覚疲労の評価が可能となる。なお、本実施の形態においても、フラクタル次元としては、相関次元を用いても良いしエントロピーを用いても良い。また、マルチフラクタルを用いても良い。また、左右の各眼球について、それぞれ、眼球運動の水平方向成分および垂直方向成分の一方または両方の時系列データを同時に測定し、ウェーブレット平滑化を行った後、フラクタル次元の時間依存性を解析して、両眼の眼球制御系を含むシステムとしての総合的な指標を得るようにしても良い。なお、両眼の眼球運動のエントロピーの時間依存性を解析した例は、前出のYoshimatsu,H. の文献に記載されている。本実施の形態におけるその他の構成,動作および効果は第1の実施の形態と同様である。
【0046】
次に、本発明の第3の実施の形態について説明する。本実施の形態は、ウェーブレット平滑化後のデータの1階以上の時間微分データを求め、この時間微分データを用いて眼球制御系の特性を解析するようにした例である。本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の基本的な構成は、第1の実施の形態と同様に図1に示したようになる。なお、本実施の形態におけるコンピュータ13は、本発明における抽出手段および時間微分データ演算手段に対応する。
【0047】
図10は、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。この動作では、まず、コンピュータ13は、第1の実施の形態と同様に、測定によって得られた眼球運動の時系列データを入力し(ステップS301)、この時系列データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行う(ステップS302)。次に、コンピュータ13は、眼球制御系の解析のために、平滑化後のデータの1階以上の時間微分データを計算する(ステップS303)。次に、コンピュータ13は、必要に応じて、以上のようにして計算された時間微分データを用いて更なる解析を行い、解析結果を表示装置14に表示させて(ステップS304)、動作を終了する。
【0048】
ここで、図11ないし図15を参照して、本実施の形態においてウェーブレット平滑化後の時系列データを時間微分することの優位性について説明する。図11(a)はウェーブレット平滑化後の時系列データを1階時間微分して得られた角速度の波形を示し、図11(b)はその角速度のヒストグラムを示したものである。図10におけるステップS304では、例えばこれらの図に示したような表示を行う。一方、図12(a)は移動平均法による平滑化後の時系列データを1階時間微分して得られた角速度の波形を示し、図12(b)はその角速度のヒストグラムを示したものである。移動平均法による平滑化後の時系列データから角速度を求めた場合には、図12(a)より、角速度の波形の判別が難しいことが分かり、また、図12(b)より、角速度の分布にばらつきが生じており、ノイズの効果が増強されていることが分かる。これに対し、ウェーブレット平滑化後の時系列データから得られた角速度は、図11(a)に示したような波形となり、角速度の波形の判別が容易であることが分かる。また、図11(b)より、角速度の分布が滑らかになっており、ノイズが十分除去されていることが分かる。
【0049】
図13(a)はウェーブレット平滑化後の時系列データを2階時間微分して得られた角加速度の波形を示し、図13(b)はその角加速度のヒストグラムを示したものである。図10におけるステップS304では、例えばこれらの図に示したような表示を行う。一方、図14(a)は移動平均法による平滑化後の時系列データを2階時間微分して得られた角加速度の波形を示し、図14(b)はその角加速度のヒストグラムを示したものである。移動平均法による平滑化後の時系列データから角加速度を求めた場合には、図14(a)より、角加速度の波形の判別が難しいことが分かり、また、図14(b)より、角加速度の分布にばらつきが生じており、ノイズの効果が増強されていることが分かる。これに対し、ウェーブレット平滑化後の時系列データから得られた角加速度は、図13(a)に示したような波形となり、角加速度の波形の判別が容易であることが分かる。また、図13(b)から、角加速度の分布が滑らかになっており、ノイズが十分除去されていることが分かる。
【0050】
図15(a)はウェーブレット平滑化後の時系列データの波形を示し、図15(b)は、図15(a)に示したウェーブレット平滑化後の時系列データを1階時間微分して角速度を求め、横軸に角度、縦軸に角速度をとった位相空間上での(角度,角速度)の点の軌跡(リサージュ図形)を描いたものである。図10におけるステップS304では、例えば図15(b)に示したような表示を行う。図15(c)は、本実施の形態との比較のために、移動平均法による平滑化後の時系列データを1階時間微分して角速度を求め、図15(b)と同様の軌跡を描いたものである。なお、同様の例が、前出の吉松浩他の文献“水平両眼固視微動のドリフト成分のフラクタル次元解析”の図8に示されている。図15(b)に示したように、ウェーブレット平滑化後の時系列データから求めた角速度の場合にはカオスのアトラクタ様の軌跡が描かれ、図15(c)に示したように、移動平均法による平滑化後の時系列データから求めた角速度の場合にはノイズ様の軌跡が描かれる。このことからも、ウェーブレット平滑化が、移動平均法による平滑化に比べてよりノイズを除去できることが分かる。
【0051】
次に、図16を参照して、図15(b)に示したような位相空間上での(角度,角速度)の点の軌跡の表示が眼球制御系の解析に有用であることを説明する。図16(a),(b)は共に位相空間上での(角度,角速度)の点の軌跡を描いたものである。図16(a)ではアトラクタが小さくまとまっており、角度の振幅も角速度の振幅も小さい。一方、図16(b)ではアトラクタに拡がりがある。一般に、生体信号としては図16(b)の方が健康的な状態とされている。すなわち、眼球制御系として適度な眼球運動があり、注視位置も安定していることを意味する。このように、位相空間上での(角度,角速度)の点の軌跡の表示を行うことで、眼球制御系の定性的な評価を直感的に行うことが可能となる。なお、横軸に角度、縦軸に角加速度をとって、(角度,角加速度)の点の軌跡を表示するようにしても良い。
【0052】
このように本実施の形態によれば、ウェーブレット平滑化後の時系列データを時間微分して時間微分データを求めるようにしたので、移動平均法による平滑化後の時系列を時間微分する場合に比べて精度の高い時間微分データを得ることができる。なお、上記説明では、ウェーブレット平滑化後の時系列データを1階および2階時間微分して角速度および角加速度を求め、これらを適宜の方法で表示するようにしたが、3階時間微分して角加速度の時間微分データを求めたり、あるいは4階以上の時間微分データを求め、適宜の方法で表示するようにしても良い。本実施の形態におけるその他の構成,動作および効果は第1の実施の形態と同様である。
【0053】
次に、本発明の第4の実施の形態について説明する。本実施の形態は、ウェーブレット平滑化後の時系列データから視線の2次元的軌跡を求めると共に、ウェーブレット平滑化後の時系列データを1階以上時間微分して時間微分データを求め、視線の2次元的軌跡上に時間微分データをベクトルとして重ねて表示して、眼球制御系の特性を解析するようにした例である。本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の基本的な構成は、第1の実施の形態と同様に図1に示したようになる。なお、本実施の形態におけるコンピュータ13は、本発明における抽出手段、時間微分データ演算手段および視線軌跡測定手段に対応する。
【0054】
図17は、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。この動作では、まず、コンピュータ13は、第1の実施の形態と同様に、測定によって得られた眼球運動の時系列データを入力し(ステップS401)、この時系列データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行う(ステップS402)。次に、コンピュータ13は、眼球制御系の解析のために、平滑化後のデータから視線の2次元的軌跡を計算し(ステップS403)、更に、平滑化後のデータの1階以上の時間微分データを計算する(ステップS404)。次に、コンピュータ13は、解析結果の表示として、表示装置14において、視線の2次元的軌跡上に時間微分データをベクトルとして重ねて表示して(ステップS405)、動作を終了する。
【0055】
図18(a)は、本実施の形態による解析結果の表示の一例を示したものである。この図は、図17のステップS404で、平滑化後の時系列データの2階時間微分データすなわち角加速度を求め、ステップS405で、横軸に水平方向の角度、縦軸に垂直方向の角度をとった空間に視線の2次元的軌跡を表示すると共に、この軌跡上に、各時刻における角加速度をベクトルとして重ねて表示したものである。図18(b)は、本実施の形態との比較のために、移動平均法による平滑化後の時系列データの2階時間微分データすなわち角加速度を求め、図18(a)と同様にして、視線の2次元的軌跡上に角加速度をベクトルとして重ねて表示したものである。図18(b)に示したように、移動平均法による平滑化後の時系列データから求めた角加速度の場合には、ベクトルの方向および絶対値にばらつきがあり不正確である。これに対し、図18(a)に示したように、ウェーブレット平滑化後の時系列データから求めた角加速度の場合には、視線の2次元的軌跡に沿って角加速度が連続的に変化する様子が示され、軌跡の変化と整合する。
【0056】
次に、図19を参照して、図18(a)に示したような表示方法が眼球制御系の解析に有用であることを説明する。図19(a),(b)は、略同一の大きさの振幅を持つウェーブレット平滑後の2種類の時系列データについて、それぞれ、角加速度を求め、視線の2次元的軌跡上に角加速度をベクトルとして重ねて表示したものである。これらの図から、(a)に比べて(b)の方が、角加速度のベクトルの絶対値が総じて大きいことが分かる。これは、略同一の振幅と形状を持つ視線の軌跡であっても、角加速度すなわち眼球に加わる力または力積が異なる場合があることを示している。これらの力ないし力積は、眼球の運動を司る外眼筋に依るものであり、外眼筋の緊張度が高いほど、角加速度ベクトルの大きさが大きいと推定される。すなわち、(a)に比べて(b)の方が外眼筋が緊張した状態であると推定される。従って、本実施の形態による表示方法によって表示された情報を観察することで、眼球制御系に働く力あるいは負荷を推定することができ、その結果、視覚疲労あるいは視覚的注意の程度等を定性的に推定、評価することが可能となる。
【0057】
なお、上記説明では、視線の2次元的軌跡上に角加速度をベクトルとして重ねて表示するようにしたが、視線の2次元的軌跡上に角速度あるいは時系列データの3階以上の時間微分データをベクトルとして重ねて表示するようにしても良い。本実施の形態におけるその他の構成,動作および効果は第1の実施の形態と同様である。
【0058】
次に、本発明の第5の実施の形態について説明する。本実施の形態は、ウェーブレット平滑化によって、眼球運動の時系列データから瞬き部分を除去、あるいは瞬き部分を検出するようにしたものである。本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の基本的な構成は、第1の実施の形態と同様に図1に示したようになる。
【0059】
図20(a)は、測定によって得られた眼球運動の時系列データの波形を示したものであり、この波形には、瞬きによって生じた振幅が大きく且つ急峻な変化である瞬き部分41が含まれている。眼球運動の測定では、瞬きの検出と瞬きの除去の2点が重要であり、本実施の形態は、これらを行うものである。本実施の形態では、第1ないし第4の実施の形態と同様に、眼球運動の時系列データに対してウェーブレット平滑化を行う。これにより、図20(b)に示したように、瞬き部分41を含む時系列データの波形から瞬き部分41が自動的に除去されて、瞬き部分41は自然に平滑化される。この平滑後の時系列データは、第1ないし第4の実施の形態と同様にして眼球制御系の解析に用いられる。
【0060】
また、図20(c)は、図20(a)に示したようなウェーブレット平滑化前の時系列データと図20(b)に示したようなウェーブレット平滑化後の時系列データとの差分をとったデータの波形を示したものである。このようにウェーブレット平滑化前後の時系列データの差分をとることにより、瞬き部分42を抽出することができる。
【0061】
このように、本実施の形態によれば、ウェーブレット平滑化によって、眼球運動の時系列データから瞬き部分を除去して自然な平滑化を行うことが可能となると共に、眼球運動の時系列データから瞬き部分を容易に検出することも可能となる。本実施の形態におけるその他の構成,動作および効果は第1ないし第4の実施の形態と同様である。
【0062】
次に、本発明の第6の実施の形態について説明する。本実施の形態は、ウェーブレット平滑化後の時系列データから視線の2次元的位置を求めると共に、ウェーブレット平滑化後の時系列データを1階以上時間微分して時間微分データを求め、更に、この時間微分データの3次の統計量であるスキューネス(skewness;歪度)を計算し、視線の2次元的位置上に、時間微分データの3次の統計量をベクトルとして重ねて表示して、眼球制御系の特性を解析するようにした例である。本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の基本的な構成は、第1の実施の形態と同様に図1に示したようになる。なお、本実施の形態におけるコンピュータ13は、本発明における抽出手段、視線位置測定手段、時間微分データ演算手段および統計量演算手段に対応する。
【0063】
図21は、本実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。この動作では、まず、コンピュータ13は、第1の実施の形態と同様に、測定によって得られた片眼または両眼の眼球運動の時系列データを入力し(ステップS501)、この時系列データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行う(ステップS502)。次に、コンピュータ13は、眼球制御系の解析のために、平滑化後のデータから視線の2次元的位置を計算し(ステップS503)、次に、平滑化後のデータの1階以上の時間微分データを計算し(ステップS504)、更に、この時間微分データの3次の統計量であるスキューネスを計算する(ステップS505)。次に、コンピュータ13は、解析結果の表示として、表示装置14において、視線の2次元的位置上に、時間微分データの3次の統計量(スキューネス)をベクトルとして重ねて表示して(ステップS506)、動作を終了する。
【0064】
ここで、本実施の形態において使用する3次の統計量(スキューネス)について説明する。この3次の統計量は、データの統計分布の偏り具合を表すものであり、具体的には、以下の式で表される。
【0065】
【数5】
(1/N)Σ[(xj −<x>)/σ]3
【0066】
なお、上式において、Nはデータの個数、xj は各データ、<x>はデータxj の平均値、σはデータxj の標準偏差を表し、Σは全てのjについての総和を意味する。
【0067】
図22は、上述の3次の統計量を定性的に説明するための説明図である。この図において、横軸はデータxj の値(右方向が正方向、左方向が負方向)、縦軸は頻度である。この図に示したように、データxj の分布が、正方向について大きな値を多く含む分布のときは3次の統計量は正の値をとり、負方向について大きな値を多く含む分布のときは3次の統計量は負の値をとる。
【0068】
次に、本実施の形態による眼球制御系の特性を解析の具体例について説明する。この例では、被験者に所定の位置に表示される指標を注視させて、センサ部11によって眼球運動を測定し、得られた時系列データを、A/Dコンバータ12によって所定のサンプリング周波数(例えば100Hz)でディジタル化し、このA/Dコンバータ12の出力データをコンピュータ13に入力する。なお、ここで、時系列データは、眼球運動の水平方向成分および垂直方向成分に対応する2次元データであり、任意の2次元座標系すなわち極座標系や直交座標系上の座標に相当する。また、時系列データは、例えば視線の方向(角度)を表し、この場合、単位は度(deg)である。
【0069】
次に、コンピュータ13は、入力した時系列データに対してウェーブレット解析によるデータの平滑化を行う。具体的には、例えば、2次元データである時系列データのうちの一方の座標軸のデータをx(t)(ただし、tは時間)としたとき、例えば16384点の1次元の時系列データx(t)に対し、9オーダのダウベシウズ(Daubechies)のマザーウェーブレットを用いてウェーブレット変換を行い、高周波成分を含む上位2または3レベルを除いたウェーブレット係数を用いてウェーブレット逆変換を行い、1次元の時系列データx(t)の波形の平滑化を行う。その後、コンピュータ13は、平滑後のデータから視線の2次元的位置を計算し、次に、平滑化後のデータを2階時間微分して注視時の眼球運動の角加速度を求め、この角加速度の3次の統計量(スキューネス)を計算する。次に、コンピュータ13は、解析結果の表示として、表示装置14において、視線の2次元的位置上に、角加速度の3次の統計量をベクトルとして重ねて表示する。
【0070】
上述の眼球運動の測定条件は、以下の通りである。眼球運動の測定方式には二重プルキニエ反射光法を用い、片眼について測定する。サンプリング周波数は100Hz、測定時間は一つの指標につき5分間とする。A/D変換および校正は、±10degarc(角度における度)を12ビットで量子化して行う。頭部の固定方法には、バイトボード(被験者の歯型を被験者に噛ませて被験者の頭部を固定する治具)を使用する。指標には、1m前方に表示される12minarc(角度における分)の赤の指標を使用する。指標の方位は、正面を固視する第1眼位(水平指標位置0,垂直指標位置0)、第1眼位から視線をずらして上下左右を固視する第2眼位(水平指標位置±6,垂直指標位置0),(水平指標位置0,垂直指標位置±6)、および第1眼位から視線をずらして斜め上方および斜め下方を固視する第3眼位(水平指標位置±4.24,垂直指標位置±4.24)とする。なお、指標位置の単位はdegarcである。被験者は成人男子2名とする。
【0071】
以上の測定条件によって眼球運動を測定し、解析した結果の一例(被験者の1名についての解析結果)を、図23に示す。この図は、横軸に水平指標位置、縦軸に垂直指標位置をとった空間に視線の2次元的位置を丸印で表示すると共に、この視線の2次元的位置上に、各指標注視時における眼球運動の巨視的な評価のために、各指標注視時における眼球運動の角加速度の大域的なオフセットを表すものとして、各指標注視時における眼球運動の角加速度の3次の統計量をベクトルとして重ねて表示したものである。この結果から、ほとんどの第2眼位および第3眼位に相当する位置の注視時に、角加速度の3次の統計量のベクトルは略第1眼位方向を向き、且つ第1眼位時に比べて大きな値を有していることが分かる。このことから、ほとんどの第2眼位および第3眼位に相当する位置の注視時に、巨視的に見てわずかながら、第1眼位方向への復元力を示唆する求心的な加速度が現れていると言える。ただし、図23に示した例では、右および右下の眼位では瞬きが多く、解析不能であった。
【0072】
このようにして、本実施の形態によれば、視線の2次元的位置上に、眼球運動の角加速度の3次の統計量のベクトルを重ねて表示することで、他の方法では、評価の難しい注視時の眼球運動に定常的に加わる微小な加速度を評価することが可能となる。
【0073】
一方、正面以外の位置を注視し続けると、視覚疲労が生じることが知られている。従って、本実施の形態における眼球運動の解析方法は、従来の手法では検出が困難であった視覚疲労の客観的な評価に応用可能である。すなわち、例えば図23に示した解析結果より、正面以外の位置を注視し続けると、眼球運動の角加速度の分布に第1眼位方向への偏りが発生し、眼球運動の角加速度の3次の統計量が大きくなることが予想されるので、眼球運動の角加速度の3次の統計量から視覚疲労の程度を推定することができる可能性がある。
【0074】
このように本実施の形態によれば、ウェーブレット平滑化後の時系列データを時間微分して時間微分データを求め、更に、この時間微分データの3次の統計量(スキューネス)を計算し、視線の2次元的位置上に、時間微分データの3次の統計量をベクトルとして重ねて表示して、眼球制御系の特性を解析するようにしたので、注視時における眼球運動の定常的且つ微小な変化を定量化することが可能となり、これにより、例えば視覚疲労の程度の推定が可能となる。また、本実施の形態によれば、視線の2次元的位置上に、時間微分データの3次の統計量をベクトルとして重ねて表示するという表示方法を採用することで、注視時における眼球運動の定常的且つ微小な変化の定性的な評価が容易になる。
【0075】
なお、上記説明では、視線の2次元的位置上に角加速度の3次の統計量をベクトルとして重ねて表示するようにしたが、視線の2次元的位置上に角速度あるいは時系列データの3階以上の時間微分データの3次の統計量をベクトルとして重ねて表示するようにしても良い。本実施の形態におけるその他の構成,動作および効果は第1の実施の形態と同様である。
【0076】
なお、本発明は上記各実施の形態に限定されず、例えば、前出のYoshimatsu,H. の文献に記載されているように、左右の各眼球について、それぞれ、眼球運動の水平方向成分および垂直方向成分の一方または両方の時系列データを同時に測定し、ウェーブレット平滑化を行った後、左右の各眼球の眼球運動間の相互相関を求め、この相互相関あるいはその時間依存性を解析して、両眼の眼球制御系を含むシステムとしての総合的な指標を得るようにしても良い。
【0077】
また、本発明における眼球制御系の時系列データは、上記各実施の形態で示したような眼球運動の時系列データに限定されない。例えば、文献「W.N.Charman:“Fluctuations in accommodation:a review”,Ophthal.Physiol.Opt.,1988,Vol.8,第153〜164ページ」によると、眼球の焦点調節にも、眼球運動の場合の固視微動に相当する微震運動(調節微動)があり、ノイズとみなされている。そこで、この焦点調節の微震運動の解析に本発明を適用して、焦点調節における微震運動の時系列データを検出し、ウェーブレット解析を用いて所望の成分を抽出し、上記各実施の形態と同様にフラクタル次元の解析等を行っても良い。
【0078】
また、文献「S.F.Stanten and L.Stark:IEEE.,BME−13,第140〜152ページ,1966年」によれば、通常の瞳孔運動に2Hz程度の周波数で常に存在するノイズ成分が確かめられている。そこで、この瞳孔運動の解析に本発明を適用して、瞳孔運動の時系列データを検出し、ウェーブレット解析を用いて所望の成分を抽出し、上記各実施の形態と同様にフラクタル次元の解析等を行っても良い。特に、瞳孔系は、自立神経系によりコントロールされており、眼科領域に限らず、精神疾患の診断や各種内科系疾患の治療効果の評価(定量化)に有用である。
【0079】
【発明の効果】
以上説明したように請求項1または2に記載の眼球制御系情報検出装置によれば、眼球制御系の時系列データを検出し、ウェーブレット解析を用いて、時系列データより所望の成分を抽出するようにしたので、ノイズ成分が少なく且つ所望の成分に忠実な眼球制御系の情報を検出することが可能になるという効果を奏する。
【0080】
また、ウェーブレット解析を用いて時系列データを平滑化して高周波成分が除去された成分を抽出するようにしたので、移動平均法による平滑化に比べて位相についても所望の成分に忠実な眼球制御系の情報を検出することが可能となり、その結果、例えば、注視時の微小振幅の眼球運動に限らず、大きな振幅の眼球運動に対しても、精度良く眼球運動の時系列データを平滑化することが可能となるという効果を奏する。
【0083】
また、ウェーブレット解析を用いて、時系列データより高周波成分が除去された成分を抽出し、この成分についての1階以上の時間微分データを求めるようにしたので、移動平均法による平滑化に比べて精度の高い時間微分データを得ることができるという効果を奏する。
【0085】
また、更に、時間微分データの3次の統計量を求めるようにしたので、注視時における眼球運動の定常的且つ微小な変化を定量化することが可能となり、これにより、例えば視覚疲労の程度の推定が可能となるという効果を奏する。
【0086】
また、請求項2記載の眼球制御系情報検出装置によれば、抽出された成分を用いて視線の2次元的位置を求めると共に、抽出された成分についての1階以上の時間微分データを求め、更に、時間微分データの3次の統計量を演算し、視線の2次元的位置上に3次の統計量をベクトルとして重ねて表示するようにしたので、請求項1記載の眼球制御系情報検出装置の効果に加え、注視時における眼球運動の定常的且つ微小な変化の定性的な評価が容易になるという効果を奏する。
【0090】
請求項3記載の眼球制御系の解析方法によれば、眼球制御系の時系列データを検出する検出手段と、検出手段によって検出された時系列データを処理して眼球制御系の解析を行うコンピュータとを備えた眼球制御系情報検出装置において、コンピュータが、ウェーブレット解析を用いて、時系列データを平滑化して高周波成分が除去された成分を抽出し、抽出された成分についての1階以上の時間微分データを求め、この時間微分データの3次の統計量を演算し、この3次の統計量を用いて眼球制御系の特性を解析するようにしたので、注視時における眼球運動の定常的且つ微小な変化を定量化することが可能となり、これにより、例えば視覚疲労の程度の推定が可能となるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第1の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の構成を示すブロック図である。
【図2】図1におけるセンサ部の構成を示す説明図である。
【図3】本発明の第1の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。
【図4】乱数からなる時系列データをウェーブレット平滑化して得られたデータのパワースペクトルを示す特性図である。
【図5】眼球運動の時系列データおよびそのウェーブレット平滑化後のデータの各パワースペクトルを示す特性図である。
【図6】眼球運動の時系列データに対するウェーブレット平滑化と移動平均法を用いた平滑化とを比較するための特性図である。
【図7】視線を大きく動かしたときに測定して得られた眼球運動の時系列データの波形とその移動平均法による平滑化後の波形を示す特性図である。
【図8】視線を大きく動かしたときに測定して得られた眼球運動の時系列データの波形とそのウェーブレット平滑化後の波形を示す特性図である。
【図9】本発明の第2の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。
【図10】本発明の第3の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。
【図11】ウェーブレット平滑化後の時系列データから得られた角速度の波形とヒストグラムを示す説明図である。
【図12】移動平均法による平滑化後の時系列データから得られた角速度の波形とヒストグラムを示す説明図である。
【図13】ウェーブレット平滑化後の時系列データから得られた角加速度の波形とヒストグラムを示す説明図である。
【図14】移動平均法による平滑化後の時系列データから得られた角加速度の波形とヒストグラムを示す説明図である。
【図15】ウェーブレット平滑化後の時系列データの波形とウェーブレット平滑化後の時系列データに基づく位相空間上での点の軌跡と移動平均法による平滑化後の時系列データに基づく位相空間上での点の軌跡とを示す説明図である。
【図16】ウェーブレット平滑化後の時系列データに基づく位相空間上での点の軌跡を示す説明図である。
【図17】本発明の第4の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。
【図18】本発明の第4の実施の形態による解析結果の表示の一例と比較例とを示す説明図である。
【図19】本発明の第4の実施の形態による解析結果の表示の例を示す説明図である。
【図20】本発明の第5の実施の形態における眼球運動の時系列データの波形とこの波形から瞬き部分を除去した波形および瞬き部分を抽出した波形を示す説明図である。
【図21】本発明の第6の実施の形態に係る眼球制御系情報検出装置の動作を示す流れ図である。
【図22】本発明の第6の実施の形態において使用する3次の統計量について説明するための説明図である。
【図23】本発明の第6の実施の形態による解析結果の一例を示す説明図である。
【符号の説明】
11…センサ部、12…A/Dコンバータ、13…コンピュータ、14…表示装置
Claims (4)
- 眼球制御系の時系列データを検出する検出手段と、
ウェーブレット解析を用いて、前記検出手段によって検出された時系列データを平滑化して高周波成分が除去された成分を抽出する抽出手段と、
前記抽出手段によって抽出された成分についての1階以上の時間微分データを求める時間微分データ演算手段と、
前記時間微分データ演算手段によって求められた時間微分データの3次の統計量を演算する統計量演算手段と
を備えたことを特徴とする眼球制御系情報検出装置。 - 前記抽出手段によって抽出された成分を用いて視線の2次元的位置を求める視線位置測定手段と、
前記視線位置測定手段によって求められた視線の2次元的位置上に前記統計量演算手段によって演算された3次の統計量をベクトルとして重ねて表示する表示手段とを、さらに備えた
ことを特徴とする請求項1記載の眼球制御系情報検出装置。 - 眼球制御系の時系列データを検出する検出手段と、前記検出手段によって検出された時系列データを処理して眼球制御系の解析を行うコンピュータとを備えた眼球制御系情報検出装置における眼球制御系の解析方法であって、
前記検出手段によって検出された眼球制御系の時系列データを入力するステップと、
ウェーブレット解析を用いて前記時系列データを平滑化して高周波成分が除去された成分を抽出するステップと、
抽出された成分についての1階以上の時間微分データを求めるステップと、
この時間微分データの3次の統計量を演算し、この3次の統計量を用いて眼球制御系の特性を解析するステップと
を含む処理を前記コンピュータが実行する
ことを特徴とする眼球制御系の解析方法。 - 前記コンピュータの処理ステップとして、
前記抽出された成分を用いて視線の2次元的位置を求めるステップと、
前記求められた視線の2次元的位置上に前記3次の統計量をベクトルとして重ねて表示手段に表示するステップと
をさらに含む
ことを特徴とする請求項3記載の眼球制御系の解析方法。
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