JP3619704B2 - 特定のs座位型を示す植物の作出方法 - Google Patents
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Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、特定のS座位型のSレセプターキナーゼ(以下、「SRK」という)遺伝子を雌しべにおいて発現するように植物に導入することにより特定のS座位型を示す植物を作出する方法に関する。このようにして作出された植物の雌しべ柱頭上では、導入したSRK遺伝子のS座位型と同一の型の花粉は花粉管を伸長することができないので、特定のS座位型の花粉による受精を排除して交配を行うことが可能になる。
【0002】
【従来の技術】
自家不和合性とは、雌雄両生殖器官が正常にも拘わらず、受粉時に雌しべが自己・非自己の花粉を認識して、自己花粉の発芽及び花粉管の伸長を阻害して、その受精を阻害する機構である。アブラナ科植物の自家不和合性は胞子体型に分類され、S複対立遺伝子(S1,S2,・・・・,Si)の一致・不一致により制御されており、S複対立遺伝子表現型が花粉と雌しべで同じ時に、その花粉管は雌しべ柱頭に侵入できないし、また種子が結実しない(Bateman (1955) Heredity 9:52−68)。S複対立遺伝子は胞子体的に機能するため、S対立遺伝子がヘテロである個体の雌しべと花粉の表現型は、S遺伝子間の優性・劣性関係により決定される。例えば、S1 S2ヘテロ個体においては、雌しべ側でS1とS2が共優性を示せば、雌しべ表現型はS1 S2となる。花粉側でS2が S1に対して劣性を示せば、花粉表現型S1となる。S遺伝子間の優性・劣性関係は、雌しべ側では共優性が一般的であり、花粉側では優性・劣性関係が多い(Hatakeyama et al. (1998) Heredity 80:241−247)。
【0003】
これらの事実から、自家不和合性においては、花粉と雌しべ間の特異性がS遺伝子によって認識され、雌しべと同じS遺伝子を持つ花粉が特異的に排除されて受精しないことといえる。すなわち、自家不和合性とは言うものの、必ずしも自己・非自己の認識ではなくて、その実体はS遺伝子間の認識作用である。したがって、雌しべ側に、あるS遺伝子の特異性を持たせれば、それと同じS遺伝子を持つ花粉の受精を特異的に排除することができる。
なお、このS複対立遺伝子はクラシカルな遺伝子分析によって遺伝子と呼ばれているものであり、以下に述べるように、そこには多数の遺伝子が存在することが明らかとなった。そのため本明細書では、このS複対立遺伝子を以下「S座位」と称する。
【0004】
雌しべ柱頭に特異的に発現し、S座位と例外なく行動を共にする、S糖タンパク質(S−locus specific glycoprotein; 以下「SLG」という)が、免疫学的手法によって明らかにされた(Nasralla and Wallace (1967) Heredity 22: 519−527, Hinata et al. (1982) Genetics 100: 649−697)。SLGはそれぞれS座位型に対応して異なった等電点を有する糖タンパク質で、開花数日前に発現が始まり、その発現時期は自家不和合性の発現時期と一致していた(Nishio and Hinata (1977) Heredity 41: 93−100)。このような状況証拠から、SLGがS座位に存在するSLG遺伝子の産物であり、自家不和合性の認識反応に関連した第1候補とされた。現在までに、数多くのSLG cDNAクローンとSLGゲノミックDNAクローンが単離され、その塩基配列が決定されている(特開昭62−143688号, Hinata et al. (1993) Int. Rev. Cytol., 143: 257−296)。
【0005】
その後、Brassica oleraceaの雌しべ柱頭から、SLGと相同性の高い細胞外ドメイン、疎水性の膜貫通ドメインとプロテインキナーゼの触媒ドメインを有するプロテインキナーゼがクローニングされ、この遺伝子はSレセプターキナーゼ(S−receptor Kinase; 以下「SRK」という)と呼ばれる。SRK遺伝子もS座位上に存在している(Stein et al.(1991) Proc. Natl. Acad. Sci. 88: 8816−8820)。SRK遺伝子は7つのエクソンから構成されており、その第1エクソンには細胞外ドメインがコードされている。第1イントロンの5’末端にはin−frameで終止コドンが存在し、選択的スプライシングにより生ずる細胞外ドメインからなるタンパク質(Extracellular domain of SRK;以下「eSRK」いう)も存在する(Giranton et al. Plant J. (1995) 8: 101−108)。
【0006】
SLG遺伝子とSRK遺伝子はいずれもS座位上にあり、パルスフィールド電気泳動実験からSLG遺伝子とSRK遺伝子の物理的距離は80−350kbである(Boys and Nasrallah (1993) Mol. Gen. Genet. 236, 369−373, Suzuki et al. (1997) Mol. Gen. Genet. 256: 257−264)。S座位上には未同定の花粉側因子を含め、少なくとも2つ以上の遺伝子が存在し、これら遺伝子は例外なくS座位と行動を共にすることから、S座位に存在するSLGやSRK等を総称して、Sハプロタイプ(S−haplotype)とも呼ばれる(Nasrallah and Nasrallah (1993) Plant Cell 5:1325−1335)。
【0007】
SLG/SRKの構造と優劣性には、一定の関係がある。B. oleraceaではSLG6に対するモノクローナル抗体と反応するか否かでSLGはclass I とclassIIに分類される(Nasrallah and Nasrallah (1993) Plant Cell 5:1325−1335)。アミノ酸配列を比較するとclass I SLG 遺伝子とclassII SLG遺伝子の相同性は約70%であり、class内の相同性は80%以上である。花粉側で劣性を示すSハプロタイプはclass II −タイプのSLG・SRK遺伝子を、花粉側で優性を示すSハプロタイプはclass I−タイプのSLG・SRK遺伝子を持つ(Tantikanjana et al. (1993) Plant Cell 5: 657−666, Hatakeyama et al. Genetics (1988) 149: 1587−1597)。
【0008】
SLGとSRKが自家不和合性の雌しべ側認識反応へ直接関与する証拠として、自家和合性突然変異体の解析と遺伝子導入による形質転換体の解析がある。S座位とは異なるScf1座位が変異して、認識作用を失った自家和合性のB. rapaでは、SLG発現量が減少していた。このことから、SLG発現量がその認識作用に関係していることが示唆される(Nasrallah et al. (1992) Plant J. 2: 497−506)。また、自家和合性のB. oleraceaでは、SRKの第1及び第2エクソンが欠失しており、SLGの発現量は正常であるが、SRKの発現はない。このことは認識反応にSRKの存在の必要性を示唆する(Nasrallah et al. Plant J. 5: 373−384 (1994))。
【0009】
SLG遺伝子をSLG遺伝子のプロモーターにアンチセンス方向につないで自家不和合性アブラナ(Brassica rapa)に導入した場合、内在のSLGとSRK遺伝子発現は抑制され、認識反応を失い、自家和合性になった(Shiba et al. Proc. Japan Acad. 71: 81−83 (1995))。SLG遺伝子及びSRK遺伝子を自家不和合性Brassicaに導入した場合、コ・サプレッションにより、内在SLG・SRKの遺伝子発現が抑制された結果、雌しべ表現型が変化し、自家和合性になった(Conner et al. (1997) Plant J. 11:809−824, Stahl et al. (1998) Plant Cell 10: 209−218)。
【0010】
以上の事実から、アブラナ科植物の自家不和合性における雌しべ側の認識物質がSLGとSRKの複合体であり、この両者が花粉からの情報を識別していると考えるのが定説であった。しかしこれらの結果はSLG/SRK両者の重要性を示すのであり、両者の内どちらが特異性決定に主導的な役割を果たすかに付いては、確かな証拠がなかった。また、SLG及びSRK遺伝子の導入実験も重ねられているが、遺伝子受容植物の雌しべに新規のS座位特性の表現型を付与するには至っていない。
【0011】
一方、ハクサイ、カブ、ツケナ、キャベツ、ブロッコリー、ダイコンなどのアブラナ科野菜においては、この自家不和合性の認識作用を利用して、雌しべと同じS座位遺伝子型を持つ花粉の受精を排除して、強制的に雑種を作製して、一代雑種品種(F1品種)が育成されている。したがって、遺伝子操作によって、特定のS座位関連遺伝子を導入すれば、その認識作用によって、特定のS座位型の花粉の受精を特異的に排除できると期待される。しかし、このS座位には上記のように、SLGとSRKが存在し、どの遺伝子を導入すればS座位の認識機能を付与できるかが明らかでなかった。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
品種改良においては、一代雑種品種(F1)育成に見られるように、特定の遺伝的性質を持つ花粉の受精を排除することが望まれる。本発明は、アブラナ科野菜の育種において、自家不和合性の認識反応を利用して、特定のS座位型を持つ花粉の受精を選択的に排除できる手段を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、遺伝子供与植物(B. rapa)から単離したSRKcDNAをSLGプロモーターにつなげた遺伝子導入ベクターをアグロバクテリウム法により、遺伝子供与植物とは異なるS座位型を示す遺伝子受容植物(B. rapa)へ導入し、該遺伝子を雌しべで発現させることにより、遺伝子受容植物の雌しべに遺伝子供与植物と同一のS座位型の性質を付与することに成功し、これによって、本発明を完成した。
即ち、本発明は、特定のS座位型のSRK遺伝子を雌しべにおいて発現するように植物に導入し、これによりその植物の雌しべに導入したSRK遺伝子と同一のS座位型の性質を付与することを特徴とする特定のS座位型を示す植物の作出方法である。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明の特定のS座位型を示す植物の作出方法は、特定のS座位型のSRK遺伝子を雌しべにおいて発現するように植物に導入し、これによりその植物の雌しべに導入したSレセプターキナーゼ遺伝子と同一のS座位型の性質を付与することを特徴とするものである。
SRK遺伝子は、アブラナ科植物由来のものであれば特に限定されないが、ブラシカ属に属する植物由来のものが好ましい。具体的には、ハクサイ、カブ、ツケナ(B.rapa)、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー(B.oleracea)、クロガラシ(B.nigra)由来のSRK遺伝子などを使用することができる。
また、レセプターキナーゼ遺伝子のS座位型は、特に限定されず、作出しようとする植物に応じて決めればよい。以下に各型のSRK遺伝子の入手先を示す。
【0015】
【0016】
遺伝子を導入する植物は、アブラナ科植物のものであれば特に限定されないが、ブラシカ属に属する植物が好ましい。具体的には、ハクサイ、カブ、ツケナ(B.rapa)、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー(B.oleracea)、クロガラシ(B.nigra)などを例示することができる。
遺伝子源となる植物(供与植物)と遺伝子導入の対象となる植物(受容植物)とは、同一の種類の植物であることが好ましいが、必ずしもそれに限定されるわけではない。供与植物のS座位型と受容植物のS座位型は、同一のclassに属するものであることが好ましい。例えば、classIに属するSRK28を導入する場合、受容植物の雌しべのS座位型は、classIIに属するS60よりもclassIに属するS52の方が好ましい。
【0017】
SRK遺伝子の導入方法は、SRK遺伝子を雌しべにおいて発現させることができる方法であれば特に限定されないが、アグロバクテリウム菌を用いた導入方法を使用するのが好ましい。
SRK遺伝子の導入は、SRK遺伝子と適当なプロモーターなどを含むベクターを用いて行うが、この際使用するプロモーターとしては、雌しべに特異的に機能するプロモーターを使用するのが好ましい。このようなプロモーターとしては、SLG遺伝子のプロモーター、SLR1(S−locus related glycoprotein 1)のプロモーター(Trick (1990) Plant Mol. Biol. 15:203−205)、STIG1(Stigma−specific gene)のプロモーター(Goldman et al(1994) EMBO 13:2976−2984)などを挙げることができる。
【0018】
なお、胞子体型自家不和合性のアブラナ科植物のS座位は2つのSRK遺伝子しか持てないが、本発明により、雌しべで機能する3つ以上のS座位遺伝子を持つ植物体の作出が可能になる。
本発明の方法により、特定のS座位型を持つ花粉の受精を選択的に排除できる植物を作出できる。これにより、例えば、アブラナ科野菜における一代雑種品種(F1品種)採種における獲得種子量の増加を計ることができる。F1採種圃場では、S座位遺伝子の異なる両親系統が栽植される。この場合には、花粉親系統の花数を増やす必要があるが、実際には種子親花粉によって受精・結実するために、花数が限られ、多くならない。花粉親系統に種子親系統花粉による受精を選択的に排除する能力を付加することによって、花粉親系統の開花期間を延長することができ、少数の花粉親を用いて、優良F1種子の獲得量を増加させることができる。また、本発明の方法は、F1採種において、自家不和合性が弱い系統を花粉親として用いる場合に特に有効である。
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0019】
【実施例】
[実施例1] Sレセプターキナーゼ(SRK)遺伝子導入ベクターの設計と構築
小国カブ(Brassica rapa L.)のS28ホモ系統から単離されたSRK28cDNA(Class I−haplotype)はプラスミドベクターpCRII(Invitrogen)のNotIサイトにクローニングされている(Watanabe et. al. (1994) Plant Cell Physiol. 35: 1221−1229、SRK28cDNAは東北大学農学部遺伝育種学研究室より入手できる)。このcDNAは5’翻訳領域が4bp(ATGA)不足している。SRK28cDNAの3’末端に存在するBamHI/HindIIIサイト(pCRIIのマルチクローニングサイト)にBamHI/HindIIIで切断したNosターミネーター(Nopaline synthase terminater)を挿入した。次に、SLG28ゲノミックDNA(Suzuki et al. (1996) Plant Cell Physiol. 37: 866−869)からプロモーター領域と翻訳領域を含むApaI/SacI断片(2.3kb)を切り出し、SRK28cDNAの5’上流域につないで、pSLGproSRK28を構築した。SRK28cDNAとSLG28ゲノミックDNAの5’翻訳領域塩基配列は969bpまで完全に一致しており、SacIサイトはSRK28cDNAとSLG28ゲノミックDNAの翻訳開始点から168bp下流に存在する。SLG28ゲノミックDNAは東北大学農学部遺伝育種学研究室より入手できる。pSLGproSRK28からSLG28プロモーター、SRK28cDNA、Nosターミネーターを含むHindIII断片を切り出し、アグロバクテリウムのバイナリーベクターであるpSLJ491(Jones et al. (1992) Transgenic research 1:285−297)に挿入し、遺伝子導入ベクターpSLJSRK28を構築した(図1)。
【0020】
[実施例2]アグロバクテリウムの形質転換
植物へ遺伝子を導入する手法は、植物病原菌のアグロバクテリウムを用いたバイナリーベクター法によった。アグロバクテリウム株はAgrobacterium tumefaciens A136株/pCIB542 (Hood et al. (1986) J. Bacteriol. 168: 1291−1301)を用いた。遺伝子導入法として凍結融解法を採用し(An et al. 1994 Plant Molecular Biology Manual II pp B/10−B/12)、50 mg/L カマナマイシン(Km)を含むYEB培地でpSLJSRK28を含むA136株を選抜した。
【0021】
[実施例3] 遺伝子受容植物の育成
遺伝子受容植物として、コマツナ(B. rapa)の品種「おそめ(タキイ種苗(株)))」を購入し、栽植して自殖種子を得、その中からS60ホモ系統選抜して、これを用いた。おそめのS座位遺伝子型はS52S60ヘテロであり、花粉側でS52はS60に対して優性を示し、雌しべ側では共優性であった。SLG特異的primerを用いたPCR法により(Nishio et al. (1996) Theor. Appl. Genet. 92: 388−394)、SLG52とSLG60遺伝子をクローニングし、SLG52はClass I に属し、SLG60はClass IIに属することを確かめた。したがって、本実施例では、Class II S座位ホモ遺伝子型の植物が受容体となっている。
S28(遺伝子供与植物)のS座位遺伝子型とS60(遺伝子受容植物)−ハプロタイプ間の優劣性関係をあらかじめS28S60ヘテロ個体で調べたところ、雌しべ側ではS28とS60は共優性を示し、花粉側ではS28はS60に対して優性を示した。
【0022】
[実施例4] Brassica rapa L.の形質転換
実験は高崎らの方法(Takasaki et al. (1997) Breeding Science 47: 127−134, 特開平9−25267)に改良を加えて行った。S60ホモ系統の種子を無菌播種し、播種後6ー7日目の実生から胚軸(5−10 mm)を切り出し、タバコのBY−2のフィーダーセルを広げた共存培養培地 (MS salts, 100 mg/l myo−inositol, 1.3 mg/l thiamine−HCl, 200 mg/l KH2PO4, 1mg/l 2,4−dichloro−phenoxyacetic acid (2,4−D), 3%sucrose, 0.6% phytoagar)に移植し、24時間, 25℃, 暗黒下で前培養を行った。
【0023】
Agrobacteriumを50 mg/l カナマイシン (Km)と50 mg/l spectinomycin (Spec)含むYEB培地 (Grimsley et al. (1986) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83: 3282−3286)を用いて、200 rpm, 28℃で一晩振盪培養した。OD680=1.0 (1.2 × 109 bacterial cells/ ml)に達した培養液を200μM アセトシリンゴンを含む共存培養液体培地で10倍に希釈し、この液を感染液として使用した。共存培養培地で前培養した胚軸を感染液に30分間浸漬してAgrobacteriumを感染させた。その後、滅菌したペーパータオルの上で余分なAgrobacteriumを取り除き、胚軸を共存培養培地に戻した。共存培養後、胚軸を500 mg/lカルベニシリン (Cb)を含むカルス誘導培地 (B5 salts and vitamins, 1 mg/l 2,4−D, 3% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)に移植し、7日間培養した。その後、胚軸を10mg/L AgNO3, 500 mg/l Cb, 10 mg/l Kmを含むシュート形成培地 (B5 salts and vitamins, 3 mg/l BA, 1 mg/l Zeatin, 1% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)に移植した。1週間後、AgNO3フリーの同じ組成の新しい培地に継代し、その後2週間ごとに継代を続けた。6−8週間後、約2cmに生長した緑色のシュートをカルスから切り離し、500 mg/l Cbと50 mg/l Kmを含むシュート成熟培地 (B5 salts and vitamins, 1% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)に移植した。この間、すべてのプレート (90mm x 20mm)はサージカルテープ (MicroporeTM., 3M社)でシールし、25℃, 30−40 μEm−2s−1, 16時間日長下で維持した。3週間後、カナマイシン耐性シュートを250 mg/l Cbと50 mg/l Kmを含む発根培地 (B5 salts and vitamins, 2 mg/l indol−3−butyric acid (IBA), 1% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)の入ったアグリポットに移植した。3−4週間後、発根したカナマイシン耐性幼植物をポットに移した。1ヶ月間の順化後、P1温室の移し、生育させた。
【0024】
[実施例5] 形質転換体の確認
上記実施例4で得られたカナマイシン耐性植物の葉からCTAB法 (Murray and Thompson (1980) Nucl. Acids. Res. 8: 4321−4325)により、全DNAを抽出した。全DNAをHindIIIで切断し、0.8%アガロースゲルで電気泳動した後、ジオキシゲニンでラベルしたSRK28cDNA−Kinase domain (SRK28−KD)断片をプローブとしてサザンブロット解析を行った。SRK28−KDを挿入してあるプラスミドは東北大学農学部遺伝育種学研究室から入手できる。ラベリング、ハイブリダイゼーション、洗浄、検出は、DIG Nucleic Acid Detction Kit (Boehringer Mannheim社)のマニュアルに従い行った。ハイブリダイゼーション後の洗浄は、0.1xSSC, 0.1% SDSで65℃, 20分間を行い、これを2回行った。その結果、5個体にSRK28導入遺伝子の存在を確認した。また、XbaIで切断し導入遺伝子のコピー数を推定したところ、これら形質転換体には1−4コピー導入されていた(図2)。
【0025】
[実施例6] 交配実験による形質転換体の自家不和合性表現型の解析
得られた形質転換体における受粉時の花粉管行動を交配実験により調査した。花を花梗から摘み取り、寒天に挿し、所定の花粉と受粉後一晩放置した。翌日、雌ずいを1N NaOHで60℃,1時間半処理し、その後塩基性アニリンブルー液 (0.1M K3PO4, 0.1%アニリンブルー)に1時間浸漬し染色した。50%無蛍光グリセリンをスライドグラスにたらし、カバーグラスで雌しべを押しつぶした後、蛍光顕微鏡で花粉管の行動を観察した。
【0026】
得られた形質転換体の自家受粉はすべて不和合であった。形質転換体とS28ホモ系統(遺伝子供与植物)間の正逆交配を行った結果、No. 5の個体はS28ホモ系統の花粉の雌しべ柱頭への侵入を抑制し、他の形質転換体は花粉管が侵入した(抑制しなかった)。一方、すべての形質転換体の花粉はS28ホモ系統の雌しべに対して侵入した。また、形質転換体とS60ホモ系統(遺伝子受容体植物)間の正逆交配の結果は、いずれも花粉管の侵入を抑制した。以上の結果から、No. 5の個体の雌しべ表現型はS60からS28S60に変化し、花粉表現型はS60のままであることが明らかになった(表1)。
【0027】
【表1】
【0028】
次に雌しべ表現型の変化がS28特異的であるか否かを、形質転換体とClass Iに属するS24, S43, S45, S52ホモ系統及びClassIIに属するS29, S44ホモ系統間の正逆交配により調査した。No. 5の個体とこれら6つSテスターラインの正逆交配の結果はいずれにおいても花粉管の侵入が見られ、No. 5の個体の雌しべ表現型の変化はS28特異的であった。すなわち、SRK28遺伝子の導入によって、受容植物の雌しべにS28特異性を付与できた。
【0029】
[実施例7] 形質転換体におけるSRK28遺伝子の発現解析
形質転換体、S60ホモ系統及びS28ホモ系統の開花2日前の雌しべからpoly(A)+RNAをMicro−Fast Track (Invitrogen社)を用いて抽出した。ノーザンブロット解析はWatanabeらの方法 (Watanabe et al. (1994) Plant Cell Physiol. 35: 1221−1229)に従い行った。プローブとしてジゴキシゲニンで標識したSRK28−KD, SLG28cDNA, SLG60−PCR product及びβATPaseを用いた。プローブに用いたDNAは東北大学農学部遺伝育種研究室と(株)採種実用技術研究所から入手できる。ハイブリダイゼーション後の洗浄は、0.1xSSC, 0.1% SDSで65℃, 20分間を行い、これを2回行った。SRK28−KDをプローブしたノーザンブロット解析の結果、形質転換体の中では雌しべ表現型がS28S60に変化したNo.5の個体においてのみSRK28導入遺伝子の発現が確認された。一方、他の形質転換体ではSRK28導入遺伝子の発現は認められなかった。SLG28cDNAをプローブしたノーザンブロット解析の結果、SLG28様遺伝子の発現はどの形質転換体にも認められなかった。また、すべての形質転換体の内在SLG60及びSRK60遺伝子の発現は正常であった(図3)。
以上の実験から、No. 5の個体では、SRK28遺伝子が1コピー導入され、雌しべで発現していることが示された。その結果、S28花粉に対し不和合となり、雌しべ表現型がS60からS28S60に変化したと判断された。
【0030】
[実施例8] 自殖次代及び他殖当代におけるSRK28導入遺伝子の確認
No. 5の個体を蕾受粉して自殖種子(T1)を得ると共に、S52及びS60ホモ系統にNo. 5の個体の花粉を受粉してS52xNo.5とS60xNo.5の種子を得た。自殖及び他殖植物の葉から抽出したをゲノミックDNAを鋳型に、SRK28導入遺伝子に特異的なプライマーPK28(5’−CCTCTTATATTTTTCTGCCTCTGG−3’)とPK4(5’−CAATCCCAAAATCCGAGATCT−3’, Nishio et al. (1997) Theor. Appl. Genet. 95:335−342)を用いたPCR法によりSRK28遺伝子の存在の有無を確認した。なお、プライマーPK28はSRK28遺伝子の膜貫通ドメインの配列に従い、PK4はSRK28遺伝子の第4エクソンの配列に従って合成した。PCR反応は94℃ 1min, 55℃ 2min, 72℃ 3minを30サイクル行い、更に72℃ 5minの反応を行った。SRK28導入遺伝子をもつ個体では、期待通りに648bpのバンドが増幅された。
【0031】
上記のプライマー組合せで、S52xNo.5の個体ではわずかにSRK52遺伝子の増幅も認められたので、S52xNo.5個体についてはPCR−RFLP法(Nishio et al. (1996) Theor. Appl. Genet. 92: 388−394)により、SRK28遺伝子の存在の有無を確認した。S28−N(5’−ATGAAAGGTGTACGAAACATCTA−3’)とOckB(5’−CCTCTTATATTTTTCTGCCTCTGG−3’)を用い、上記条件下でPCR反応を行った。PCR産物をMboIで消化した後、5%アクリルアミドで電気泳動し、銀染色法によりバンド多型を検出した。PCR及びPCR−RFLPの結果、SRK28導入遺伝子を持つ個体と持たない個体は、自殖次代では16個体と4個体に分離し、一遺伝子を仮定したときの分離比3:1と良く適合した。S60xNo.5では6個体と5個体に分離し、S52xNo.5では6個体と5個体ずつ分離した。この結果も単遺伝子の分離に期待される1:1の分離比に適合する。すなはち、導入したSRK遺伝子は通常の遺伝子と同様な遺伝子行動をしていることが分かった。
【0032】
[実施例9] 自殖次代及び他殖当代における自家不和合性表現型
上記実施例6の方法に従い、自殖次代、S60xNo.5及びS52xNo.5における花粉管行動を交配実験により調査した。自殖次代では、SRK28導入遺伝子をもつ16個体の雌しべはS28花粉とS60花粉の花粉管侵入を特異的に抑制した。これら個体の花粉はS28雌しべ上では花粉管を侵入させ、S60雌しべに対して花粉管が侵入できなかった。一方、SRK28導入遺伝子をもたない4個体の雌しべと花粉はS28の花粉と雌しべに対して、それぞれ花粉管を侵入させ、S60の花粉と雌しべに対しては花粉管を侵入できなかった。また、S60xNo.5のSRK28導入遺伝子をもつ6個体と持たない個体5個体でも同様の結果が得られた。
【0033】
S52xNo.5では、SRK28導入遺伝子をもつ6個体の雌しべはS28, S52及びS60の花粉管侵入を特異的に抑制した。これら個体の花粉はS28及びS60の雌しべに対していずれも花粉管を侵入させ、S52雌しべに対しては花粉管の侵入が出来なかった。一方、SRK28導入遺伝子をもたない5個体の雌しべはS28の花粉と雌しべに対して花粉管侵入に抑制はなく、S52及びS60の花粉に対しては花粉管侵入を抑制した(表2)。
【0034】
【表2】
【0035】
[実施例10] 自殖次代及び交雑植物におけるSRK28導入遺伝子の発現
実施例7の方法に従い、自殖次代とS60x No. 5の雌しべからpoly(A)+RNAを抽出し、ノーザンブロット解析により、SRK28導入遺伝子の発現を調査した。SRK28−KDをプローブとして用いた結果、SRK28導入遺伝子を持つ個体ではいずれもSRK28導入遺伝子の発現が確認されたが、持たない個体ではSRK28導入遺伝子の発現は認められなかった。SLG28cDNAをプローブしたノーザンブロット解析の結果、SLG28様遺伝子の発現はどの形質転換体にも認められず、また、すべての形質転換体の内在SLG60及びSRK60遺伝子の発現は正常であった(図4)。
【0036】
以上の結果から、SRK28導入遺伝子をもつ個体の雌しべのmRNAに関する表現型は、それぞれの遺伝子型と一致し、また、花粉管の行動も導入SRK28および内在S座位遺伝子から推定される特性と一致した。
【0037】
[実施例11] 交配次代のS28花粉に対する種子稔性
S60x No. 5及びS52x No. 5の各個体の当日開花した雌しべにS28花粉を受粉した場合の結莢率及び種子稔性について調査した。No. 5個体には、SRK28遺伝子が1コピー導入されていた。よって、S60x No. 5及びS52x No. 5の各個体中、SRK28導入遺伝子を持つ個体は導入遺伝子を1コピーで持つものと考えられる。SRK28導入遺伝子を持つS60 x No. 5の結莢率は52.3%で、種子稔性は2.3であった。一方、SRK28導入遺伝子を持たないS60x No. 5の結莢率は100%で、種子稔性は10.9であり、S60にS28花粉を受粉した場合の結莢率及び種子稔性とほぼ等しかった(表3)。
【0038】
【表3】
【0039】
SRK28導入遺伝子を持つS52x No. 5の個体は結莢率は9.6%で、種子稔性は0.23であった。一方、SRK28導入遺伝子を持たないS60x No. 5の結莢率は100%で、種子稔性は15.9であり、S52S60にS28花粉を受粉した場合の結莢率及び種子稔性とほぼ等しかった(表3)。SRK28導入遺伝子を持つS52x No. 5個体がSRK28導入遺伝子を持つS60x No. 5の個体に比べ、結莢率、種子稔性が低かった。これは、SRK2 8導入遺伝子はClass Iに属し、Class IIであるS60のバックグランドよりも Class IであるS52のバックグランドで効率よく機能したためと考えられた。
一方、SRK28導入遺伝子を持つS60x No. 5及びS52x No. 5の個体の花粉をS28雌しべに受粉した場合の結莢率及び種子稔性は、S60及びS52S60花粉をS28雌しべに受粉した場合の結莢率及び種子稔性とほぼ等しかった(表4)。
【0040】
【表4】
【0041】
本実施例によって、SRK遺伝子導入植物の雌しべはそれに相応するS座位特異性を持つ花粉の花粉管侵入を抑制し、受精を妨げ、結実できないことが明らかである。
【0042】
【発明の効果】
本発明の方法により、特定のS座位型を持つ花粉の受精を選択的に排除できる植物を作出できる。これにより、効率的なF1採種が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】SRK遺伝子導入ベクターの設計と構築の概要を示す図である。
【図2】サザンハイブリダイゼーションによりSRK28導入遺伝子の存在を示す写真である。
A: HindIIIで切断
B: XbaIで切断
レーン60: 非形質転換体(S60) レーン1−5:形質転換体
【図3】ノーザンハイブリダイゼーションによるSRK28導入遺伝子の発現を示す写真である。
レーン60: 非形質転換体(S60)、レーン28: 遺伝子供与体(S28)、レーン1−5:形質転換体、レーン28には1μg poly(A)+RNAを、他のレーンには2μg poly(A)+RNA をロードしている。用いたプローブの種類を右側に示す。
【図4】ノーザンハイブリダイゼーションによる自殖次代のSRK28導入遺伝子の発現を示す写真である。
レーン60: 非形質転換体(S60)、レーン28: 遺伝子供与体(S28)、レーン2860: S28S60、レーン1−5: SRK28導入遺伝子を持つ個体、レーン6−9: SRK28導入遺伝子を持たない個体、レーン28には1μg poly(A)+RNAを、他のレーンには2μg poly(A)+RNA をロードしている。用いたプローブの種類を右側に示す。
【発明の属する技術分野】
本発明は、特定のS座位型のSレセプターキナーゼ(以下、「SRK」という)遺伝子を雌しべにおいて発現するように植物に導入することにより特定のS座位型を示す植物を作出する方法に関する。このようにして作出された植物の雌しべ柱頭上では、導入したSRK遺伝子のS座位型と同一の型の花粉は花粉管を伸長することができないので、特定のS座位型の花粉による受精を排除して交配を行うことが可能になる。
【0002】
【従来の技術】
自家不和合性とは、雌雄両生殖器官が正常にも拘わらず、受粉時に雌しべが自己・非自己の花粉を認識して、自己花粉の発芽及び花粉管の伸長を阻害して、その受精を阻害する機構である。アブラナ科植物の自家不和合性は胞子体型に分類され、S複対立遺伝子(S1,S2,・・・・,Si)の一致・不一致により制御されており、S複対立遺伝子表現型が花粉と雌しべで同じ時に、その花粉管は雌しべ柱頭に侵入できないし、また種子が結実しない(Bateman (1955) Heredity 9:52−68)。S複対立遺伝子は胞子体的に機能するため、S対立遺伝子がヘテロである個体の雌しべと花粉の表現型は、S遺伝子間の優性・劣性関係により決定される。例えば、S1 S2ヘテロ個体においては、雌しべ側でS1とS2が共優性を示せば、雌しべ表現型はS1 S2となる。花粉側でS2が S1に対して劣性を示せば、花粉表現型S1となる。S遺伝子間の優性・劣性関係は、雌しべ側では共優性が一般的であり、花粉側では優性・劣性関係が多い(Hatakeyama et al. (1998) Heredity 80:241−247)。
【0003】
これらの事実から、自家不和合性においては、花粉と雌しべ間の特異性がS遺伝子によって認識され、雌しべと同じS遺伝子を持つ花粉が特異的に排除されて受精しないことといえる。すなわち、自家不和合性とは言うものの、必ずしも自己・非自己の認識ではなくて、その実体はS遺伝子間の認識作用である。したがって、雌しべ側に、あるS遺伝子の特異性を持たせれば、それと同じS遺伝子を持つ花粉の受精を特異的に排除することができる。
なお、このS複対立遺伝子はクラシカルな遺伝子分析によって遺伝子と呼ばれているものであり、以下に述べるように、そこには多数の遺伝子が存在することが明らかとなった。そのため本明細書では、このS複対立遺伝子を以下「S座位」と称する。
【0004】
雌しべ柱頭に特異的に発現し、S座位と例外なく行動を共にする、S糖タンパク質(S−locus specific glycoprotein; 以下「SLG」という)が、免疫学的手法によって明らかにされた(Nasralla and Wallace (1967) Heredity 22: 519−527, Hinata et al. (1982) Genetics 100: 649−697)。SLGはそれぞれS座位型に対応して異なった等電点を有する糖タンパク質で、開花数日前に発現が始まり、その発現時期は自家不和合性の発現時期と一致していた(Nishio and Hinata (1977) Heredity 41: 93−100)。このような状況証拠から、SLGがS座位に存在するSLG遺伝子の産物であり、自家不和合性の認識反応に関連した第1候補とされた。現在までに、数多くのSLG cDNAクローンとSLGゲノミックDNAクローンが単離され、その塩基配列が決定されている(特開昭62−143688号, Hinata et al. (1993) Int. Rev. Cytol., 143: 257−296)。
【0005】
その後、Brassica oleraceaの雌しべ柱頭から、SLGと相同性の高い細胞外ドメイン、疎水性の膜貫通ドメインとプロテインキナーゼの触媒ドメインを有するプロテインキナーゼがクローニングされ、この遺伝子はSレセプターキナーゼ(S−receptor Kinase; 以下「SRK」という)と呼ばれる。SRK遺伝子もS座位上に存在している(Stein et al.(1991) Proc. Natl. Acad. Sci. 88: 8816−8820)。SRK遺伝子は7つのエクソンから構成されており、その第1エクソンには細胞外ドメインがコードされている。第1イントロンの5’末端にはin−frameで終止コドンが存在し、選択的スプライシングにより生ずる細胞外ドメインからなるタンパク質(Extracellular domain of SRK;以下「eSRK」いう)も存在する(Giranton et al. Plant J. (1995) 8: 101−108)。
【0006】
SLG遺伝子とSRK遺伝子はいずれもS座位上にあり、パルスフィールド電気泳動実験からSLG遺伝子とSRK遺伝子の物理的距離は80−350kbである(Boys and Nasrallah (1993) Mol. Gen. Genet. 236, 369−373, Suzuki et al. (1997) Mol. Gen. Genet. 256: 257−264)。S座位上には未同定の花粉側因子を含め、少なくとも2つ以上の遺伝子が存在し、これら遺伝子は例外なくS座位と行動を共にすることから、S座位に存在するSLGやSRK等を総称して、Sハプロタイプ(S−haplotype)とも呼ばれる(Nasrallah and Nasrallah (1993) Plant Cell 5:1325−1335)。
【0007】
SLG/SRKの構造と優劣性には、一定の関係がある。B. oleraceaではSLG6に対するモノクローナル抗体と反応するか否かでSLGはclass I とclassIIに分類される(Nasrallah and Nasrallah (1993) Plant Cell 5:1325−1335)。アミノ酸配列を比較するとclass I SLG 遺伝子とclassII SLG遺伝子の相同性は約70%であり、class内の相同性は80%以上である。花粉側で劣性を示すSハプロタイプはclass II −タイプのSLG・SRK遺伝子を、花粉側で優性を示すSハプロタイプはclass I−タイプのSLG・SRK遺伝子を持つ(Tantikanjana et al. (1993) Plant Cell 5: 657−666, Hatakeyama et al. Genetics (1988) 149: 1587−1597)。
【0008】
SLGとSRKが自家不和合性の雌しべ側認識反応へ直接関与する証拠として、自家和合性突然変異体の解析と遺伝子導入による形質転換体の解析がある。S座位とは異なるScf1座位が変異して、認識作用を失った自家和合性のB. rapaでは、SLG発現量が減少していた。このことから、SLG発現量がその認識作用に関係していることが示唆される(Nasrallah et al. (1992) Plant J. 2: 497−506)。また、自家和合性のB. oleraceaでは、SRKの第1及び第2エクソンが欠失しており、SLGの発現量は正常であるが、SRKの発現はない。このことは認識反応にSRKの存在の必要性を示唆する(Nasrallah et al. Plant J. 5: 373−384 (1994))。
【0009】
SLG遺伝子をSLG遺伝子のプロモーターにアンチセンス方向につないで自家不和合性アブラナ(Brassica rapa)に導入した場合、内在のSLGとSRK遺伝子発現は抑制され、認識反応を失い、自家和合性になった(Shiba et al. Proc. Japan Acad. 71: 81−83 (1995))。SLG遺伝子及びSRK遺伝子を自家不和合性Brassicaに導入した場合、コ・サプレッションにより、内在SLG・SRKの遺伝子発現が抑制された結果、雌しべ表現型が変化し、自家和合性になった(Conner et al. (1997) Plant J. 11:809−824, Stahl et al. (1998) Plant Cell 10: 209−218)。
【0010】
以上の事実から、アブラナ科植物の自家不和合性における雌しべ側の認識物質がSLGとSRKの複合体であり、この両者が花粉からの情報を識別していると考えるのが定説であった。しかしこれらの結果はSLG/SRK両者の重要性を示すのであり、両者の内どちらが特異性決定に主導的な役割を果たすかに付いては、確かな証拠がなかった。また、SLG及びSRK遺伝子の導入実験も重ねられているが、遺伝子受容植物の雌しべに新規のS座位特性の表現型を付与するには至っていない。
【0011】
一方、ハクサイ、カブ、ツケナ、キャベツ、ブロッコリー、ダイコンなどのアブラナ科野菜においては、この自家不和合性の認識作用を利用して、雌しべと同じS座位遺伝子型を持つ花粉の受精を排除して、強制的に雑種を作製して、一代雑種品種(F1品種)が育成されている。したがって、遺伝子操作によって、特定のS座位関連遺伝子を導入すれば、その認識作用によって、特定のS座位型の花粉の受精を特異的に排除できると期待される。しかし、このS座位には上記のように、SLGとSRKが存在し、どの遺伝子を導入すればS座位の認識機能を付与できるかが明らかでなかった。
【0012】
【発明が解決しようとする課題】
品種改良においては、一代雑種品種(F1)育成に見られるように、特定の遺伝的性質を持つ花粉の受精を排除することが望まれる。本発明は、アブラナ科野菜の育種において、自家不和合性の認識反応を利用して、特定のS座位型を持つ花粉の受精を選択的に排除できる手段を提供することを目的とする。
【0013】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、上記の課題を解決すべく鋭意検討を重ねた結果、遺伝子供与植物(B. rapa)から単離したSRKcDNAをSLGプロモーターにつなげた遺伝子導入ベクターをアグロバクテリウム法により、遺伝子供与植物とは異なるS座位型を示す遺伝子受容植物(B. rapa)へ導入し、該遺伝子を雌しべで発現させることにより、遺伝子受容植物の雌しべに遺伝子供与植物と同一のS座位型の性質を付与することに成功し、これによって、本発明を完成した。
即ち、本発明は、特定のS座位型のSRK遺伝子を雌しべにおいて発現するように植物に導入し、これによりその植物の雌しべに導入したSRK遺伝子と同一のS座位型の性質を付与することを特徴とする特定のS座位型を示す植物の作出方法である。
【0014】
【発明の実施の形態】
本発明の特定のS座位型を示す植物の作出方法は、特定のS座位型のSRK遺伝子を雌しべにおいて発現するように植物に導入し、これによりその植物の雌しべに導入したSレセプターキナーゼ遺伝子と同一のS座位型の性質を付与することを特徴とするものである。
SRK遺伝子は、アブラナ科植物由来のものであれば特に限定されないが、ブラシカ属に属する植物由来のものが好ましい。具体的には、ハクサイ、カブ、ツケナ(B.rapa)、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー(B.oleracea)、クロガラシ(B.nigra)由来のSRK遺伝子などを使用することができる。
また、レセプターキナーゼ遺伝子のS座位型は、特に限定されず、作出しようとする植物に応じて決めればよい。以下に各型のSRK遺伝子の入手先を示す。
【0015】
【0016】
遺伝子を導入する植物は、アブラナ科植物のものであれば特に限定されないが、ブラシカ属に属する植物が好ましい。具体的には、ハクサイ、カブ、ツケナ(B.rapa)、キャベツ、カリフラワー、ブロッコリー(B.oleracea)、クロガラシ(B.nigra)などを例示することができる。
遺伝子源となる植物(供与植物)と遺伝子導入の対象となる植物(受容植物)とは、同一の種類の植物であることが好ましいが、必ずしもそれに限定されるわけではない。供与植物のS座位型と受容植物のS座位型は、同一のclassに属するものであることが好ましい。例えば、classIに属するSRK28を導入する場合、受容植物の雌しべのS座位型は、classIIに属するS60よりもclassIに属するS52の方が好ましい。
【0017】
SRK遺伝子の導入方法は、SRK遺伝子を雌しべにおいて発現させることができる方法であれば特に限定されないが、アグロバクテリウム菌を用いた導入方法を使用するのが好ましい。
SRK遺伝子の導入は、SRK遺伝子と適当なプロモーターなどを含むベクターを用いて行うが、この際使用するプロモーターとしては、雌しべに特異的に機能するプロモーターを使用するのが好ましい。このようなプロモーターとしては、SLG遺伝子のプロモーター、SLR1(S−locus related glycoprotein 1)のプロモーター(Trick (1990) Plant Mol. Biol. 15:203−205)、STIG1(Stigma−specific gene)のプロモーター(Goldman et al(1994) EMBO 13:2976−2984)などを挙げることができる。
【0018】
なお、胞子体型自家不和合性のアブラナ科植物のS座位は2つのSRK遺伝子しか持てないが、本発明により、雌しべで機能する3つ以上のS座位遺伝子を持つ植物体の作出が可能になる。
本発明の方法により、特定のS座位型を持つ花粉の受精を選択的に排除できる植物を作出できる。これにより、例えば、アブラナ科野菜における一代雑種品種(F1品種)採種における獲得種子量の増加を計ることができる。F1採種圃場では、S座位遺伝子の異なる両親系統が栽植される。この場合には、花粉親系統の花数を増やす必要があるが、実際には種子親花粉によって受精・結実するために、花数が限られ、多くならない。花粉親系統に種子親系統花粉による受精を選択的に排除する能力を付加することによって、花粉親系統の開花期間を延長することができ、少数の花粉親を用いて、優良F1種子の獲得量を増加させることができる。また、本発明の方法は、F1採種において、自家不和合性が弱い系統を花粉親として用いる場合に特に有効である。
以下、本発明を実施例に基づき具体的に説明する。もっとも、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0019】
【実施例】
[実施例1] Sレセプターキナーゼ(SRK)遺伝子導入ベクターの設計と構築
小国カブ(Brassica rapa L.)のS28ホモ系統から単離されたSRK28cDNA(Class I−haplotype)はプラスミドベクターpCRII(Invitrogen)のNotIサイトにクローニングされている(Watanabe et. al. (1994) Plant Cell Physiol. 35: 1221−1229、SRK28cDNAは東北大学農学部遺伝育種学研究室より入手できる)。このcDNAは5’翻訳領域が4bp(ATGA)不足している。SRK28cDNAの3’末端に存在するBamHI/HindIIIサイト(pCRIIのマルチクローニングサイト)にBamHI/HindIIIで切断したNosターミネーター(Nopaline synthase terminater)を挿入した。次に、SLG28ゲノミックDNA(Suzuki et al. (1996) Plant Cell Physiol. 37: 866−869)からプロモーター領域と翻訳領域を含むApaI/SacI断片(2.3kb)を切り出し、SRK28cDNAの5’上流域につないで、pSLGproSRK28を構築した。SRK28cDNAとSLG28ゲノミックDNAの5’翻訳領域塩基配列は969bpまで完全に一致しており、SacIサイトはSRK28cDNAとSLG28ゲノミックDNAの翻訳開始点から168bp下流に存在する。SLG28ゲノミックDNAは東北大学農学部遺伝育種学研究室より入手できる。pSLGproSRK28からSLG28プロモーター、SRK28cDNA、Nosターミネーターを含むHindIII断片を切り出し、アグロバクテリウムのバイナリーベクターであるpSLJ491(Jones et al. (1992) Transgenic research 1:285−297)に挿入し、遺伝子導入ベクターpSLJSRK28を構築した(図1)。
【0020】
[実施例2]アグロバクテリウムの形質転換
植物へ遺伝子を導入する手法は、植物病原菌のアグロバクテリウムを用いたバイナリーベクター法によった。アグロバクテリウム株はAgrobacterium tumefaciens A136株/pCIB542 (Hood et al. (1986) J. Bacteriol. 168: 1291−1301)を用いた。遺伝子導入法として凍結融解法を採用し(An et al. 1994 Plant Molecular Biology Manual II pp B/10−B/12)、50 mg/L カマナマイシン(Km)を含むYEB培地でpSLJSRK28を含むA136株を選抜した。
【0021】
[実施例3] 遺伝子受容植物の育成
遺伝子受容植物として、コマツナ(B. rapa)の品種「おそめ(タキイ種苗(株)))」を購入し、栽植して自殖種子を得、その中からS60ホモ系統選抜して、これを用いた。おそめのS座位遺伝子型はS52S60ヘテロであり、花粉側でS52はS60に対して優性を示し、雌しべ側では共優性であった。SLG特異的primerを用いたPCR法により(Nishio et al. (1996) Theor. Appl. Genet. 92: 388−394)、SLG52とSLG60遺伝子をクローニングし、SLG52はClass I に属し、SLG60はClass IIに属することを確かめた。したがって、本実施例では、Class II S座位ホモ遺伝子型の植物が受容体となっている。
S28(遺伝子供与植物)のS座位遺伝子型とS60(遺伝子受容植物)−ハプロタイプ間の優劣性関係をあらかじめS28S60ヘテロ個体で調べたところ、雌しべ側ではS28とS60は共優性を示し、花粉側ではS28はS60に対して優性を示した。
【0022】
[実施例4] Brassica rapa L.の形質転換
実験は高崎らの方法(Takasaki et al. (1997) Breeding Science 47: 127−134, 特開平9−25267)に改良を加えて行った。S60ホモ系統の種子を無菌播種し、播種後6ー7日目の実生から胚軸(5−10 mm)を切り出し、タバコのBY−2のフィーダーセルを広げた共存培養培地 (MS salts, 100 mg/l myo−inositol, 1.3 mg/l thiamine−HCl, 200 mg/l KH2PO4, 1mg/l 2,4−dichloro−phenoxyacetic acid (2,4−D), 3%sucrose, 0.6% phytoagar)に移植し、24時間, 25℃, 暗黒下で前培養を行った。
【0023】
Agrobacteriumを50 mg/l カナマイシン (Km)と50 mg/l spectinomycin (Spec)含むYEB培地 (Grimsley et al. (1986) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 83: 3282−3286)を用いて、200 rpm, 28℃で一晩振盪培養した。OD680=1.0 (1.2 × 109 bacterial cells/ ml)に達した培養液を200μM アセトシリンゴンを含む共存培養液体培地で10倍に希釈し、この液を感染液として使用した。共存培養培地で前培養した胚軸を感染液に30分間浸漬してAgrobacteriumを感染させた。その後、滅菌したペーパータオルの上で余分なAgrobacteriumを取り除き、胚軸を共存培養培地に戻した。共存培養後、胚軸を500 mg/lカルベニシリン (Cb)を含むカルス誘導培地 (B5 salts and vitamins, 1 mg/l 2,4−D, 3% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)に移植し、7日間培養した。その後、胚軸を10mg/L AgNO3, 500 mg/l Cb, 10 mg/l Kmを含むシュート形成培地 (B5 salts and vitamins, 3 mg/l BA, 1 mg/l Zeatin, 1% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)に移植した。1週間後、AgNO3フリーの同じ組成の新しい培地に継代し、その後2週間ごとに継代を続けた。6−8週間後、約2cmに生長した緑色のシュートをカルスから切り離し、500 mg/l Cbと50 mg/l Kmを含むシュート成熟培地 (B5 salts and vitamins, 1% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)に移植した。この間、すべてのプレート (90mm x 20mm)はサージカルテープ (MicroporeTM., 3M社)でシールし、25℃, 30−40 μEm−2s−1, 16時間日長下で維持した。3週間後、カナマイシン耐性シュートを250 mg/l Cbと50 mg/l Kmを含む発根培地 (B5 salts and vitamins, 2 mg/l indol−3−butyric acid (IBA), 1% sucrose, 0.6% phytoagar, pH 5.8)の入ったアグリポットに移植した。3−4週間後、発根したカナマイシン耐性幼植物をポットに移した。1ヶ月間の順化後、P1温室の移し、生育させた。
【0024】
[実施例5] 形質転換体の確認
上記実施例4で得られたカナマイシン耐性植物の葉からCTAB法 (Murray and Thompson (1980) Nucl. Acids. Res. 8: 4321−4325)により、全DNAを抽出した。全DNAをHindIIIで切断し、0.8%アガロースゲルで電気泳動した後、ジオキシゲニンでラベルしたSRK28cDNA−Kinase domain (SRK28−KD)断片をプローブとしてサザンブロット解析を行った。SRK28−KDを挿入してあるプラスミドは東北大学農学部遺伝育種学研究室から入手できる。ラベリング、ハイブリダイゼーション、洗浄、検出は、DIG Nucleic Acid Detction Kit (Boehringer Mannheim社)のマニュアルに従い行った。ハイブリダイゼーション後の洗浄は、0.1xSSC, 0.1% SDSで65℃, 20分間を行い、これを2回行った。その結果、5個体にSRK28導入遺伝子の存在を確認した。また、XbaIで切断し導入遺伝子のコピー数を推定したところ、これら形質転換体には1−4コピー導入されていた(図2)。
【0025】
[実施例6] 交配実験による形質転換体の自家不和合性表現型の解析
得られた形質転換体における受粉時の花粉管行動を交配実験により調査した。花を花梗から摘み取り、寒天に挿し、所定の花粉と受粉後一晩放置した。翌日、雌ずいを1N NaOHで60℃,1時間半処理し、その後塩基性アニリンブルー液 (0.1M K3PO4, 0.1%アニリンブルー)に1時間浸漬し染色した。50%無蛍光グリセリンをスライドグラスにたらし、カバーグラスで雌しべを押しつぶした後、蛍光顕微鏡で花粉管の行動を観察した。
【0026】
得られた形質転換体の自家受粉はすべて不和合であった。形質転換体とS28ホモ系統(遺伝子供与植物)間の正逆交配を行った結果、No. 5の個体はS28ホモ系統の花粉の雌しべ柱頭への侵入を抑制し、他の形質転換体は花粉管が侵入した(抑制しなかった)。一方、すべての形質転換体の花粉はS28ホモ系統の雌しべに対して侵入した。また、形質転換体とS60ホモ系統(遺伝子受容体植物)間の正逆交配の結果は、いずれも花粉管の侵入を抑制した。以上の結果から、No. 5の個体の雌しべ表現型はS60からS28S60に変化し、花粉表現型はS60のままであることが明らかになった(表1)。
【0027】
【表1】
【0028】
次に雌しべ表現型の変化がS28特異的であるか否かを、形質転換体とClass Iに属するS24, S43, S45, S52ホモ系統及びClassIIに属するS29, S44ホモ系統間の正逆交配により調査した。No. 5の個体とこれら6つSテスターラインの正逆交配の結果はいずれにおいても花粉管の侵入が見られ、No. 5の個体の雌しべ表現型の変化はS28特異的であった。すなわち、SRK28遺伝子の導入によって、受容植物の雌しべにS28特異性を付与できた。
【0029】
[実施例7] 形質転換体におけるSRK28遺伝子の発現解析
形質転換体、S60ホモ系統及びS28ホモ系統の開花2日前の雌しべからpoly(A)+RNAをMicro−Fast Track (Invitrogen社)を用いて抽出した。ノーザンブロット解析はWatanabeらの方法 (Watanabe et al. (1994) Plant Cell Physiol. 35: 1221−1229)に従い行った。プローブとしてジゴキシゲニンで標識したSRK28−KD, SLG28cDNA, SLG60−PCR product及びβATPaseを用いた。プローブに用いたDNAは東北大学農学部遺伝育種研究室と(株)採種実用技術研究所から入手できる。ハイブリダイゼーション後の洗浄は、0.1xSSC, 0.1% SDSで65℃, 20分間を行い、これを2回行った。SRK28−KDをプローブしたノーザンブロット解析の結果、形質転換体の中では雌しべ表現型がS28S60に変化したNo.5の個体においてのみSRK28導入遺伝子の発現が確認された。一方、他の形質転換体ではSRK28導入遺伝子の発現は認められなかった。SLG28cDNAをプローブしたノーザンブロット解析の結果、SLG28様遺伝子の発現はどの形質転換体にも認められなかった。また、すべての形質転換体の内在SLG60及びSRK60遺伝子の発現は正常であった(図3)。
以上の実験から、No. 5の個体では、SRK28遺伝子が1コピー導入され、雌しべで発現していることが示された。その結果、S28花粉に対し不和合となり、雌しべ表現型がS60からS28S60に変化したと判断された。
【0030】
[実施例8] 自殖次代及び他殖当代におけるSRK28導入遺伝子の確認
No. 5の個体を蕾受粉して自殖種子(T1)を得ると共に、S52及びS60ホモ系統にNo. 5の個体の花粉を受粉してS52xNo.5とS60xNo.5の種子を得た。自殖及び他殖植物の葉から抽出したをゲノミックDNAを鋳型に、SRK28導入遺伝子に特異的なプライマーPK28(5’−CCTCTTATATTTTTCTGCCTCTGG−3’)とPK4(5’−CAATCCCAAAATCCGAGATCT−3’, Nishio et al. (1997) Theor. Appl. Genet. 95:335−342)を用いたPCR法によりSRK28遺伝子の存在の有無を確認した。なお、プライマーPK28はSRK28遺伝子の膜貫通ドメインの配列に従い、PK4はSRK28遺伝子の第4エクソンの配列に従って合成した。PCR反応は94℃ 1min, 55℃ 2min, 72℃ 3minを30サイクル行い、更に72℃ 5minの反応を行った。SRK28導入遺伝子をもつ個体では、期待通りに648bpのバンドが増幅された。
【0031】
上記のプライマー組合せで、S52xNo.5の個体ではわずかにSRK52遺伝子の増幅も認められたので、S52xNo.5個体についてはPCR−RFLP法(Nishio et al. (1996) Theor. Appl. Genet. 92: 388−394)により、SRK28遺伝子の存在の有無を確認した。S28−N(5’−ATGAAAGGTGTACGAAACATCTA−3’)とOckB(5’−CCTCTTATATTTTTCTGCCTCTGG−3’)を用い、上記条件下でPCR反応を行った。PCR産物をMboIで消化した後、5%アクリルアミドで電気泳動し、銀染色法によりバンド多型を検出した。PCR及びPCR−RFLPの結果、SRK28導入遺伝子を持つ個体と持たない個体は、自殖次代では16個体と4個体に分離し、一遺伝子を仮定したときの分離比3:1と良く適合した。S60xNo.5では6個体と5個体に分離し、S52xNo.5では6個体と5個体ずつ分離した。この結果も単遺伝子の分離に期待される1:1の分離比に適合する。すなはち、導入したSRK遺伝子は通常の遺伝子と同様な遺伝子行動をしていることが分かった。
【0032】
[実施例9] 自殖次代及び他殖当代における自家不和合性表現型
上記実施例6の方法に従い、自殖次代、S60xNo.5及びS52xNo.5における花粉管行動を交配実験により調査した。自殖次代では、SRK28導入遺伝子をもつ16個体の雌しべはS28花粉とS60花粉の花粉管侵入を特異的に抑制した。これら個体の花粉はS28雌しべ上では花粉管を侵入させ、S60雌しべに対して花粉管が侵入できなかった。一方、SRK28導入遺伝子をもたない4個体の雌しべと花粉はS28の花粉と雌しべに対して、それぞれ花粉管を侵入させ、S60の花粉と雌しべに対しては花粉管を侵入できなかった。また、S60xNo.5のSRK28導入遺伝子をもつ6個体と持たない個体5個体でも同様の結果が得られた。
【0033】
S52xNo.5では、SRK28導入遺伝子をもつ6個体の雌しべはS28, S52及びS60の花粉管侵入を特異的に抑制した。これら個体の花粉はS28及びS60の雌しべに対していずれも花粉管を侵入させ、S52雌しべに対しては花粉管の侵入が出来なかった。一方、SRK28導入遺伝子をもたない5個体の雌しべはS28の花粉と雌しべに対して花粉管侵入に抑制はなく、S52及びS60の花粉に対しては花粉管侵入を抑制した(表2)。
【0034】
【表2】
【0035】
[実施例10] 自殖次代及び交雑植物におけるSRK28導入遺伝子の発現
実施例7の方法に従い、自殖次代とS60x No. 5の雌しべからpoly(A)+RNAを抽出し、ノーザンブロット解析により、SRK28導入遺伝子の発現を調査した。SRK28−KDをプローブとして用いた結果、SRK28導入遺伝子を持つ個体ではいずれもSRK28導入遺伝子の発現が確認されたが、持たない個体ではSRK28導入遺伝子の発現は認められなかった。SLG28cDNAをプローブしたノーザンブロット解析の結果、SLG28様遺伝子の発現はどの形質転換体にも認められず、また、すべての形質転換体の内在SLG60及びSRK60遺伝子の発現は正常であった(図4)。
【0036】
以上の結果から、SRK28導入遺伝子をもつ個体の雌しべのmRNAに関する表現型は、それぞれの遺伝子型と一致し、また、花粉管の行動も導入SRK28および内在S座位遺伝子から推定される特性と一致した。
【0037】
[実施例11] 交配次代のS28花粉に対する種子稔性
S60x No. 5及びS52x No. 5の各個体の当日開花した雌しべにS28花粉を受粉した場合の結莢率及び種子稔性について調査した。No. 5個体には、SRK28遺伝子が1コピー導入されていた。よって、S60x No. 5及びS52x No. 5の各個体中、SRK28導入遺伝子を持つ個体は導入遺伝子を1コピーで持つものと考えられる。SRK28導入遺伝子を持つS60 x No. 5の結莢率は52.3%で、種子稔性は2.3であった。一方、SRK28導入遺伝子を持たないS60x No. 5の結莢率は100%で、種子稔性は10.9であり、S60にS28花粉を受粉した場合の結莢率及び種子稔性とほぼ等しかった(表3)。
【0038】
【表3】
【0039】
SRK28導入遺伝子を持つS52x No. 5の個体は結莢率は9.6%で、種子稔性は0.23であった。一方、SRK28導入遺伝子を持たないS60x No. 5の結莢率は100%で、種子稔性は15.9であり、S52S60にS28花粉を受粉した場合の結莢率及び種子稔性とほぼ等しかった(表3)。SRK28導入遺伝子を持つS52x No. 5個体がSRK28導入遺伝子を持つS60x No. 5の個体に比べ、結莢率、種子稔性が低かった。これは、SRK2 8導入遺伝子はClass Iに属し、Class IIであるS60のバックグランドよりも Class IであるS52のバックグランドで効率よく機能したためと考えられた。
一方、SRK28導入遺伝子を持つS60x No. 5及びS52x No. 5の個体の花粉をS28雌しべに受粉した場合の結莢率及び種子稔性は、S60及びS52S60花粉をS28雌しべに受粉した場合の結莢率及び種子稔性とほぼ等しかった(表4)。
【0040】
【表4】
【0041】
本実施例によって、SRK遺伝子導入植物の雌しべはそれに相応するS座位特異性を持つ花粉の花粉管侵入を抑制し、受精を妨げ、結実できないことが明らかである。
【0042】
【発明の効果】
本発明の方法により、特定のS座位型を持つ花粉の受精を選択的に排除できる植物を作出できる。これにより、効率的なF1採種が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】SRK遺伝子導入ベクターの設計と構築の概要を示す図である。
【図2】サザンハイブリダイゼーションによりSRK28導入遺伝子の存在を示す写真である。
A: HindIIIで切断
B: XbaIで切断
レーン60: 非形質転換体(S60) レーン1−5:形質転換体
【図3】ノーザンハイブリダイゼーションによるSRK28導入遺伝子の発現を示す写真である。
レーン60: 非形質転換体(S60)、レーン28: 遺伝子供与体(S28)、レーン1−5:形質転換体、レーン28には1μg poly(A)+RNAを、他のレーンには2μg poly(A)+RNA をロードしている。用いたプローブの種類を右側に示す。
【図4】ノーザンハイブリダイゼーションによる自殖次代のSRK28導入遺伝子の発現を示す写真である。
レーン60: 非形質転換体(S60)、レーン28: 遺伝子供与体(S28)、レーン2860: S28S60、レーン1−5: SRK28導入遺伝子を持つ個体、レーン6−9: SRK28導入遺伝子を持たない個体、レーン28には1μg poly(A)+RNAを、他のレーンには2μg poly(A)+RNA をロードしている。用いたプローブの種類を右側に示す。
Claims (5)
- アブラナ科植物の特定のS座位型のSレセプターキナーゼ遺伝子を雌しべにおいて発現するようにアブラナ科植物に導入し、これによりその植物の雌しべに導入したSレセプターキナーゼ遺伝子と同一のS座位型の性質を付与することによって、同一の S 座位型の花粉が当該雌しべ柱頭上では花粉管を伸長することができないようにすることを特徴とする特定のS座位型を示すアブラナ科植物の作出方法。
- アブラナ科植物が、ブラシカ属に属する植物であることを特徴とする請求項1記載のアブラナ科植物の作出方法。
- Sレセプターキナーゼ遺伝子の植物への導入を、アグロバクテリウム菌を用いて行うことを特徴とする請求項1又は2記載のアブラナ科植物の作出方法。
- Sレセプターキナーゼ遺伝子の植物への導入を、Sレセプターキナーゼ遺伝子と雌しべに特異的に機能するプロモーターとを含むベクターを用いて行うことを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載のアブラナ科植物の作出方法。
- 雌しべに特異的に機能するプロモーターが、S糖タンパク質遺伝子のプロモーターであることを特徴とする請求項4記載のアブラナ科植物の作出方法。
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