JP3578341B2 - 卵母細胞または卵細胞への試料導入方法 - Google Patents

卵母細胞または卵細胞への試料導入方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は卵母細胞または卵細胞を選別する装置及び方法、ならびに該選別された細胞に試料を導入する方法に関する。また、特定の膜電位を有する卵母細胞または卵細胞集団、及びこれらを販売または譲渡する方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
卵母細胞は、遺伝子、色素、蛋白、ペプチド、薬物等の試料を導入し、これらの作用の確認、遺伝子機能の解析、遺伝子産物としての蛋白質の生産などの目的で広く使用されている。
従来の卵母細胞または卵細胞を選別する基準は、主に卵母細胞または卵細胞の外観である。たとえばアフリカツメガエル卵母細胞の選別基準は、直径が1.2mm、真球形であること、黒面と白面の境界が明瞭であること、斑点などがないこと、などである。また選別作業そのものは顕微鏡下の手作業によるものであった。
【0003】
【発明が解決しようとする課題】
上記の外観による卵母細胞または卵細胞の選別作業は、技術者個人の技量、熟練度等によって、選別した卵母細胞または卵細胞の質が変動するという問題があった。これは、選別基準があいまいで客観化しにくいことが一因である。また上記の従来技術では、選別した卵母細胞または卵細胞の格付けがしにくく、生存率や受精率、遺伝子等の試料導入効率などが細胞ごとにばらつきがあった。また、生存率や受精率、遺伝子導入効率などの親ごとの変動の是正は困難であった。その結果、生存率や受精率、遺伝子導入効率などのばらつきの少ない細胞の入手は偶然に頼っていた。本発明は卵母細胞または卵細胞の選別基準を数値化することを目的の一つとしている。
【0004】
さらに上記の従来技術では、選別した細胞の情報を保存することへの配慮がされておらず、選別基準の情報とその後の細胞反応との相関を得ることが困難であった。従って本発明の目的はこれらの相関を得ることにある。また、従来は卵母細胞を手作業で選別していたため、大量生産は不可能であった。従って本発明の他の目的は、一定の基準で選別したことを保証した卵母細胞または卵細胞を、生産・販売及び輸送すること、ならびに該細胞に試料を導入することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明は上記課題を解決するために、卵母細胞または卵細胞を選別するための計測手段と、計測結果に基づいて前記卵母細胞または卵細胞を選別する選別手段を有する卵母細胞または卵細胞の選別装置及び方法、ならびに該選別された細胞に試料を導入する方法を提供するものである。
【0006】
すなわち本発明は、複数の卵母細胞または卵細胞をフィルターなどにより一定の大きさの卵母細胞を選別する方法または機構と、上記複数の卵母細胞または卵細胞の膜電位を計測して一定の膜電位を有するものを分別する方法または機構を提供する。これにより、一定の質を有する卵母細胞または卵細胞を提供することが可能になった。
【0007】
まず、本発明は、卵母細胞または卵細胞の膜電位を計測する計測手段と、前記卵母細胞または卵細胞を膜電位の計測結果に基づいて選別する選別手段を有することを特徴とする卵母細胞または卵細胞の選別装置を提供する。これにより、一定の膜電位を有する卵母細胞または卵細胞を得ることが可能になった。
【0008】
本発明者らはアフリカツメガエル卵母細胞を始めとして種々の卵母細胞及び卵細胞の外観、すなわち形状、黒面及び白面の境界の明瞭さ、斑点などの有無と膜電位との間に相関があることを見出した。具体的には、真球形に近く、境界が明瞭であり、かつ斑点が見られない正常な卵母細胞においては特定の範囲、例えば単離直後に約−70mVに保たれている電位が、球形から外れたり、境界が不明瞭になったりしている細胞、あるいは斑点などがある細胞においては、その度合いに応じて浅く(膜電位の値が大きい、すなわち絶対値が小さく)なっていることを見出した。この知見を利用して、膜電位を計測することにより選別時に外観を観察する作業を省略することが可能になった。
【0009】
膜電位の計測手段は、細胞内電極法または膜電位感受性色素法による膜電位計測手段とすることが好ましい。ここで、膜電位感受性色素法とは、予め細胞に色素を注入(染色)しておき、細胞の膜電位が変化するとこの色素により波長が変化するので、この波長を検出する方法である。
【0010】
ここで細胞内電極法とは、細胞膜の内外の電位差を測定する方法であり、一方の電極を細胞膜の外側に、他方の電極を細胞膜の内側におき、これらの電位差を測定する方法である。この他方の電極については、電極を0.1μmから0.5mm程度細胞表面から挿入する。
更に、膜電位を計測する際に用いる容器の内側にはアース用の金属がコーティングされていると、計測を簡便かつ迅速に行うことができる。
【0011】
更に本発明者等は、卵母細胞に遺伝子を導入した場合、導入前の卵母細胞の膜電位によって蛋白質の機能発現効率が異なることを見出した。つまり、卵母細胞間での蛋白質の機能発現効率のばらつきを抑えるためには、同じ膜電位を有する卵母細胞を選別することが重要となる。本発明は、さらに特定の膜電位を有する卵母細胞または卵母細胞を選択的に分取する手段を有する上記卵母細胞または卵細胞の選別装置を提供する。これにより、特定の膜電位を有する卵母細胞または卵細胞を選別することが可能になった。
【0012】
更に、本発明は、卵母細胞または卵細胞の大きさを計測する計測手段と、前記卵母細胞または卵細胞を大きさの計測結果に基づいて選別する選別手段を有することを特徴とする卵母細胞または卵細胞の選別装置を提供する。これにより、特定の大きさの卵母細胞または卵細胞のみを選別することが可能になった。この場合、卵母細胞または卵細胞の膜電位を記憶するコントロール部を設け、上記選別手段が上記コントロール部の情報に基づいて選別するように構成することが好ましい。
【0013】
特定の大きさの卵母細胞または卵細胞を分取するためには、一定の穴径を持つフィルターを用いることが好ましい。卵母細胞の直径が約1.2mmであることから、フィルターの穴径は1.4mm以下が好ましい。フィルターは、穴の形状がハニカムでも良いし、円でも良い。また、1.0mm以上1.4mm以下の穴径のフィルターを複数用いて、所定範囲の直径の卵母細胞または卵細胞を得るようにしても良い。
【0014】
更に本発明は、一定の大きさの卵母細胞または卵細胞を選別する手段と、
上記卵母細胞または卵細胞の膜電位を計測する手段を有することを特徴とする、卵母細胞または卵細胞選別装置を提供する。これにより、大きさ及び膜電位の点で特定の範囲内にある卵母細胞または卵細胞を選別することが可能となる。
【0015】
更に本発明は、卵母細胞または卵細胞を収容する開口部を有し、前記開口部の内側にアース用の金属がコーティングされたことを特徴とする卵母細胞または卵細胞の膜電位計測用トレイを提供する。
さらにまた本発明は、卵母細胞または卵細胞を選別するための計測工程を有する卵母細胞または卵細胞の選別方法を提供する。
【0016】
本発明の方法は、卵母細胞または卵細胞の膜電位を計測する計測工程、または卵母細胞または卵細胞の大きさを計測する工程、あるいはその双方の工程を含む。これにより、特定の範囲の膜電位及び/または大きさを有する卵母細胞または卵細胞のみを選別することができる。
【0017】
本発明の方法は、例えば、卵母細胞または卵細胞を一定の穴径を持つフィルターを用い、一定の大きさの卵母細胞または卵母細胞を選別する工程と、上記卵母細胞または卵細胞の膜電位を計測する工程を有する選別方法として提供することができる。
更に本発明は、選別時の卵母細胞または卵細胞の情報を保存し、その後の細胞反応との相関を容易に導き出すことを可能にするものである。
【0018】
上記卵母細胞または卵細胞選別装置または選別方法の発明により、本発明はさらに膜電位や細胞の大きさが所定の範囲内にある卵母細胞または卵細胞集団を提供する。
すなわち本発明は、一定の膜電位を有することを特徴とする選別された卵母細胞または卵細胞集団を提供する。試料導入等の用途を考慮した場合、好適な膜電位の範囲は、例えば−70〜−40mVの範囲である。この範囲の膜電位を有する卵母細胞または卵細胞であれば、例えば遺伝子を導入した場合、蛋白質発現効率が高いことが期待される。本発明においては、好適な卵母細胞または卵細胞として選別すべき基準をこのように数値化することができ、予め設定された基準に合う卵母細胞または卵細胞のみを選別することが可能である。更に、設定基準を適宜設定することによって、生存率、受精率、遺伝子導入効率、発現効率等の品質が非常に高い卵母細胞または卵細胞からなる細胞集団から、上記品質が非常に劣る細胞のみが除かれた細胞集団まで、得られる細胞集団の品質を適宜選択して提供することができる。
【0019】
更に本発明においては、予め設定された基準、すなわち一定の膜電位を有するという条件に合う卵母細胞または卵細胞のみを選別した後、遺伝子等の試料を導入した卵母細胞または卵細胞集団を提供することができる。従って、例えば−70〜−40mVの範囲の膜電位を有することを条件として選別した後、遺伝子を導入した卵母細胞または卵細胞集団は、蛋白質発現効率が高いことが期待される。
さらに本発明は、一定の膜電位を有する複数の卵母細胞または卵細胞をセットにすることを特徴とする、複数の卵母細胞または卵細胞を販売又は譲渡する方法を提供する。
【0020】
更に本発明は、選別時の膜電位が一定である複数の卵細胞または卵母細胞を容器に入れ、上記容器に上記複数の卵母細胞または卵細胞の膜電位等の品質に関する情報を、例えば情報を記したラベルの形で添付して卵母細胞または卵細胞を販売又は譲渡する方法を提供する。膜電位に関する情報としては、容器に含まれる卵母細胞または卵細胞の膜電位の範囲、計測の条件、計測日時等を含むことができる。
【0021】
更に本発明は、膜電位に関する品質を保証して複数の卵母細胞または卵細胞を販売又は譲渡する方法を提供する。
よって、本発明により、客観的な基準により選別された複数の卵母細胞群または卵細胞群を、それらの情報と共に得ることが可能になった。
【0022】
更に本発明は、
卵母細胞の膜電位を計測する工程と、
前記卵母細胞を膜電位の計測結果に基づいて選別し、複数の卵母細胞を得る工程と、
前記複数の卵母細胞に、実質的に等しい深度で試料を注入する工程とを有することを特徴とする卵母細胞製造方法を提供する。
【0023】
【発明の実施の形態】
以下に、図面を参照しながら本発明を更に説明する。
【0024】
図1に、この方法の原理を示す。
ここではアフリカツメガエル卵母細胞での例を示すが、必ずしもアフリカツメガエル卵母細胞に限定するものではない。
【0025】
アフリカツメガエル卵母細胞を母体より摘出し、一つずつ単離するための酵素(コラゲナーゼ等)処理を行う。その後、適当な溶液で卵母細胞を洗浄する。その後、細胞の膜電位を計測する。アフリカツメガエル卵母細胞の場合、酵素処理直後(酵素処理から約2時間後)の膜電位は0〜−70mVの間である。これらのうち、膜電位が−10mV以上のものは、細胞表面に顕著なしみがあったり、黒面と白面の境界があいまいであったりする(図1)。また、膜電位が−20mV〜−40mVのものには形が真球でないものが多く含まれる(図1)。つまり、膜電位を計測することにより、目視による観察なしに目的の形状の卵母細胞を得ることができる。
【0026】
また、図2に示すように、例えばアフリカツメガエルの卵母細胞の場合、酵素処理直後の膜電位とその後の細胞の生存率には相関がある。酵素処理直後の膜電位が−20mV以下のものの、酵素処理後24時間後の生存率は0%である。以降4日後までの間、酵素処理直後の膜電位が深いもの(膜電位が小さいもの、すなわち絶対値が大きいもの)ほど生存率が高くなる。すなわち、酵素処理直後の膜電位を指標に細胞の生存率を求めることができる。
【0027】
続いて、卵母細胞に試料を注入した例について説明する。導入する試料としては、遺伝子、色素、蛋白、ペプチド、薬物等が挙げられる。尚、遺伝子の注入の場合には、cDNA、cRNA、DNA、RNA、合成したオリゴヌクレオチド等が挙げられる。この試料の注入は、ピペット等の針を用いて行われる。
【0028】
また図3に示すように、例えばアフリカツメガエルの卵母細胞の場合、酵素処理直後の膜電位と遺伝子導入による蛋白質機能発現率には相関がある。ここで蛋白質機能発現率が高いほど電流変化量は大きい。なお、ここではアフリカツメガエル卵母細胞にヒスタミン受容体遺伝子を導入し、ヒスタミン反応を計測した結果を例とするが、必ずしもヒスタミン受容体遺伝子やヒスタミン反応に限定されるべきものではない。ヒスタミン受容体遺伝子導入後、3日間培養した細胞を1μMヒスタミンにて刺激し、その電気的反応を計測すると、酵素処理直後の膜電位が深いものほど電気的反応が大きい。すなわち、酵素処理直後の膜電位を指標に、一定の蛋白質機能発現量の細胞を選別することができる。このようにして蛋白がほぼ均等に発現した細胞を複数得ることにより、これらの複数の卵母細胞各々に異なるリガンド等を反応させることでその結果を比較して、高精度にスクリーニングを行うことが可能となる。
【0029】
さらに、この原理を元に卵母細胞または卵細胞を選別する装置を作製することができる。ここではアフリカツメガエル卵母細胞を選別するための装置について図4に基づいて記述するが、本装置構成はアフリカツメガエル卵母細胞選別に限定されるべきものではない。酵素処理直後のアフリカツメガエル卵母細胞群1の中には完全に単離されていないものも多く含まれる。そこで例えば直径1mmのハニカム構造を有するフィルター2にて細胞群をろ過することによって、まず細胞を特定の大きさの細胞を選別する。この際、適度な圧力をかけることにより、スピードアップを図ることができる。単離した細胞を25°〜90°の傾斜を有し、楔形または半球で半径が1〜2mmの水路3に流す。この水路には緩衝液を満たす。緩衝液の構成は、例えば以下の組成のものを好適に使用することができる。この溶液のpHは7.5である。
NaCl 96mM
KCl 2mM
CaCl 1.8mM
MgCl 1mM
HEPES 5mM
硫酸ゲンタマイシン 50μg/ml
ピルビン酸ナトリウム 2.5mM
ペニシリン 10U/ml
ストレプトマイシン 10μg/ml
【0030】
水路の途中に卵母細胞を保持し、その状態で膜電位を計測するための歯車4を設ける。予め歯車4の内側にはアース用金属をコーティングしておく。ここでは膜電位の測定する際に用いる容器が歯車としても機能するものとなっているが、特に限定するものではない。図5に1個の卵母細胞または卵細胞を含有する容器の内側に金属コーティングした構成について拡大して示す。
【0031】
歯車4は定点で回転を止め、垂直方向から3M KClを満たしたガラス電極5を刺すことにより、細胞の膜電位を計測する。水路6に設けた弁7を予め入力しておいた膜電位基準によって開閉し、膜電位基準を満たす細胞8と、そうでない細胞9を別々の水路10に流す。このようにして膜電位基準を満たす細胞8のみを分取する。
【0032】
膜電位を計測する手段としてガラス電極5を例としているが、このような情報を得るために必要な手段は、ガラス電極法に限定されるものではない。例えば、膜電位感受性色素、金属電極により、これらの情報を基に細胞の膜電位を計測することができる。
【0033】
本発明の装置の別の例として、図6に示す例を挙げることができる。本実施例においては、卵母細胞または卵細胞は各々複数のウェルを有するプレートの各ウェルに1個ずつ入れられ、各ウェルはアドレス情報によって特定することが可能である。個々の卵母細胞または卵細胞について膜電位を計測した後、その情報は該細胞が位置するアドレス情報と共にコンピュータ(コントロール部)に記録することができる。予め設定した膜電位基準を満たす細胞は、その後、または計測直後に、記録された情報に基づき、例えばポンプ等を使用して分取される。
【0034】
本発明の方法および装置を使用することにより、客観的な選別基準を有する複数の卵母細胞または卵細胞を販売又は譲渡することが初めて可能になったのである。従って別の観点において、本発明は特定の選別基準が保証された卵母細胞または卵細胞を提供する。
また、特定の膜電位を有する卵母細胞または卵細胞のみを収集し、販売又は譲渡することができる。販売又は譲渡の際には、複数個の卵母細胞をパッケージングし、膜電位に関する条件等の情報を記載したラベルを付すことができる。
【0035】
図7に、選別工程をとらないアフリカツメガエル卵母細胞集団の場合における静止膜電位の分布を示す。上記したように、アフリカツメガエル卵母細胞の場合、酵素処理直後の膜電位は0〜−70mVの間であるが、膜電位が−55mV以下(−60)、−55〜−45mV(−50)、−45〜−35mV(−40)、−35〜−25mV(−30)、−25〜−15mV(−20)、及び−15mVを超えるもの(−10)に分けてその全集団に占める割合を算出した結果、それぞれ約26%、約20%、約15%、約10%、約6%、約22%であった。この分布は、細胞の種類や採取条件によっても変動するが、選別基準となる膜電位の範囲を設定することによって、細胞集団からどの程度の割合で細胞が選別され得るかが理解される。図7から明らかなように、選別基準を高くすれば、品質が非常に高い細胞のみが得られるものの、得られる細胞数は少なくなり、販売を考慮した場合には価格が非常に高いものとならざるを得ない。一方、選別基準をより低く設定した場合には、選別される細胞群の品質の幅が広くなるものの、細胞数が比較的多くなるため、価格を低く設定することも可能となる。
【0036】
次に、本発明に係る膜電位を計測した卵母細胞または卵細胞を輸送する方法について、図8に従って記載する。上記の卵母細胞を販売・輸送する際には、該当する生物の卵母細胞または卵細胞用に通常使用される緩衝液に、例えば硫酸ゲンタマイシン、ペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質を加えた溶液を満たした容器11に卵母細胞または卵細胞12を入れ、発泡スチロール等の梱包材13を使用し、衝撃を避けながら、輸送することが好ましい。
【0037】
販売・輸送のために好適な容器としては、容器11内で細胞が比較的自由に移動でき、開閉できる蓋のある密閉可能なものであれば特に限定されるものではなく、その容積の9割5分程度まで上記の溶液を満たすことが好ましい。例えば50mlのコニカルチューブの場合には、約100〜200個の細胞、好ましくは約130〜180個の細胞を入れることが好ましい。この割合は細胞1個に対して約0.3〜0.5ml程度に相当するが、細胞の種類、容器の種類等によって変動し得る。
【0038】
この方法により卵母細胞または卵細胞の機能を損なうことなく購入先まで運搬することができる。
また、販売・譲渡の際には選別時の膜電位の情報を一緒に提供する。その方法としては例えばそれらの情報を記載した紙面を添付またはラベルを複数の卵母細胞を有する容器11に添付すること等がある。
【0039】
卵母細胞または卵細胞の膜電位は、単離直後から時間が経過するにつれて、次第に浅くなり、それと共に試料導入などの種々の用途に適さないものとなっていくことが判明している。具体的には、細胞の膜電位の平均値を算出したところ、以下の表1に示すような傾向が見られた。尚、4日目以降は死んだ細胞も多く見られ、生存している細胞のみで算出した。
【0040】
【表1】
Figure 0003578341
【0041】
このように、膜電位は時間が経過すると共に変化することから、酵素処理から24時間以内、好ましくは12時間以内に膜電位を測定すると良い。
従って、アフリカツメガエル卵母細胞に遺伝子を導入する場合には、酵素処理後40時間まで、特に36時間までの導入が望ましい。それに対応して導入が有効である期間を明示するために「○月○日までの使用が望ましい」等の記載をすることが好ましい。
【0042】
次に、膜電位計測後の卵母細胞に引き続き自動注入装置を用いて試料を注入する例を、図面を参照しながら説明する。
【0043】
図9に示す自動注入装置において、卵母細胞を整列配置させるトレイは、例えば水平方向に12個、直行方向に8個の計96個の深さ及び形状が均一な穴の開いたトレイが使用できるが、トレイの穴数は必ずしも96個には限定しない。卵母細胞を整列させるための穴の形状は、底面が円形の平面であって底面から開口部までの底面に平行な断面形状が一定である円筒形、又は底部が円錐形の形が好ましい。上記穴の開口部の直径は、用いる卵母細胞の直径以上である必要がある。また生理食塩水等を満たした上記穴中で卵母細胞が回転できる程度の余地があることが望ましく、具体的には用いる卵母細胞直径の105−150%を穴の最大直径とすることが望ましい。例えばアフリカツメガエルの卵母細胞の直径が約1.3mm程度であることから、穴の直径を1.4〜2mm程度とすることにより、細胞を傷つけることなく、特定の方向に固定することが可能になる。
【0044】
遺伝子等の試料を導入するための針は、ピペット様の針であることが好ましいが、特に限定するものではない。また、卵母細胞の向き等の細胞情報を収得するためにデジタルカメラ28を、導入針26が卵母細胞表面が接触したことを検知するための手段として、CCDカメラ27を通した視覚情報を例としているが、これらの情報を得るために必要な手段はデジタルカメラ28やCCDカメラ27に限定されるものではない。例えば、圧力、温度、電気、湿度、pH等の変化を感知するセンサーを導入装置にとりつけることで、これらの情報を基に細胞表面を検知することができる。
【0045】
トレイ29の穴に膜電位計測後で試料導入前の卵母細胞を並べ、トレイ29に生理食塩水34を満たした後、直交移動台31と水平移動台32の上に設置する。この直交移動台31と水平移動台32の移動を制御装置21によりX軸方向及びY軸方向に制御することによって、導入針26から試料を導入する卵母細胞33の位置を決定することが好ましいが、図9の構成と逆に、トレイ29を固定し、導入針26を移動可能な構成とすることもできる。
トレイ29が破線の位置にあるとき、デジタルカメラ28で卵母細胞を撮影し、制御装置21にその撮影データを送ることにより、卵母細胞の良否及び向きなどの情報を蓄積することができる。
【0046】
水平移動台32と直交移動台31を制御装置21の指示で動作し、トレイ29に並べられた卵母細胞のうち所定の位置にある最初の卵母細胞33の中心を遺伝子導入針26の下方位置に移動する。ここで導入針のZ軸方向の移動のために導入針移動台24が制御装置21の指示で動作し、導入装置25に装着された導入針26の先端を卵母細胞の表面よりわずかに離れた位置、例えば数100mm手前まで下降させる。ここで、CCDカメラ27で撮影された画像をモニター23で観察しながら、制御補助装置22で指令を出し、導入針移動台24を低速で下降させる。視覚情報、圧力変化、温度変化、電気変化、湿度変化、pH変化等で卵母細胞33の表面に導入針26の先端が接触したことを検知し、この位置で導入針移動台24を止める。この位置が以降の遺伝子導入操作の基準点となる。この位置を制御装置21に記憶させ、以下の操作を実施する。すなわち、上記基準点から試料を導入する位置までの、トレイの置かれている面に対して垂直方向の導入針の移動距離、深度を設定し、上記設定された深度で導入針26を刺入して試料を一定量吐出させる。試料導入のためには、例えば上記の卵母細胞33表面に導入針26が接触した位置から0.2mm下方に導入針を下げるといったZ軸制御を行うことができる。細胞への導入針26の最適な導入深度は、導入する試料の種類や導入の目的により異なり、適宜設定することができる。試料は導入深度が浅すぎると細胞中に広がらず、又深すぎると核を傷つけたり細胞を傷める確率が高くなる。よって、試料の導入にはほぼ一定の深度に導入することが発現効率の点からも望ましい。例えば、細胞質内にmRNAを導入し、蛋白質を発現させたい場合には、細胞表面から0.02〜0.1mmの深度に針を刺入することが望ましい。一方、核内にDNAを導入し、蛋白質を発現させたい場合には、細胞表面から0.05〜0.2mmの深度に針を刺入することが望ましい。但し、導入時に卵母細胞の形状が針の接触によりわずかにゆがむため、実際には設定した深度よりも浅い位置に試料が導入される。試料導入のための時間は、細胞への注入量等に応じて、針が細胞内に注入されている時間を設定することにより制御する。尚、導入効率を更に向上させるために、導入針26は複数個にすることもできる。この場合、装置の駆動部は、導入針とトレイの相対的位置を1次元又は2次元方向に移動させることで十分とすることもできる。
【0047】
この後、最初の卵母細胞の3次元的な位置情報を基に、自動制御によりトレイ29内の二つ目以降の任意の数の卵母細胞に、指示された時間と速度及び導入深度で試料を自動的に導入する。また、卵母細胞の大きさにばらつきがある場合があるため、導入の都度表面位置検出を行う機能も備えさせることもできる。また、卵母細胞の細胞情報をコンピュータに記憶させ、必要時にそれを引き出すこともできる。
【0048】
更に、試料導入時の上記導入針26及び卵母細胞33の動きや、導入時の卵母細胞の視覚情報等をコンピュータに記憶させ、導入操作終了後に試料導入位置、深度、細胞の特徴等を読み出すように設定することもできる。この場合、各卵母細胞に関する視覚情報は番号を付す等することによって上記トレイ上の位置と関連付けて行うことが望ましい。
【0049】
上記の構成の装置を使用することにより、卵母細胞の特定位置及び深度に試料を導入することができ、導入された試料の機能発現効率(導入効率)がほぼ同品質の卵母細胞を、迅速に、かつ大量に生産することができる。従って、本発明は、本発明の装置を使用して所定範囲の膜電位を有する卵母細胞の特定の位置及び深度に試料を導入する方法も提供する。
【0050】
従って、上記自動注入装置を使用することにより、操作者の技量に依存することなく、約80〜90%の導入効率が達成され、所定範囲の膜電位を有すると共に試料導入条件の制御された複数の卵母細胞を販売又は譲渡することが可能になるのである。
従って別の観点において、本発明は所定範囲の膜電位を有すると共に、特定の位置及び深度への試料の導入が保証された両生類卵母細胞を提供する。
【0051】
このような自動注入装置を用いて試料を注入すると、所定範囲の膜電位を有する卵母細胞に、ほぼ均等な条件で試料を注入しているため、特に、蛋白発現量等がほぼ均等な卵母細胞集団が得られることとなる。これは、ほとんど均質な卵母細胞集団であるため、特にスクリーニングに有用である。
【0052】
【発明の効果】
本発明により、客観的な選別基準を有する卵母細胞または卵細胞を得ることができる。また細胞の選別基準を情報として保存しておくことにより、生存率や受精率、遺伝子導入効率などとの相関を得ることができる。
また本発明の方法によって得られた、特定の膜電位を有する卵母細胞または卵細胞のみを回収し、販売又は譲渡することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【図1】膜電位と細胞の形状の関係を示す。
【図2】膜電位と細胞の生存率の関係を示す。
【図3】膜電位と細胞反応の一例を示す。
【図4】本発明の装置の一例を示す。
【図5】卵母細胞または卵細胞を含有する容器の内側に金属コーティングした構成の一例を拡大して示す。
【図6】本発明の装置の別の一例を示す。
【図7】選別していない卵母細胞集団における特定の膜電位を有する細胞の割合を示す。
【図8】卵母細胞または卵細胞の輸送方法を示す。
【図9】本発明に使用する自動注入装置の一例を示す。
【符号の説明】
1:卵母細胞群、2:フィルター、3:水路、4:歯車、5:ガラス電極、6:水路、7:弁、8:基準を満たす細胞、9:基準を満たさない細胞、10:水路、11:容器、12:卵母細胞または卵細胞群、13:梱包材、21:制御装置、22:制御補助装置、23:モニター、24:導入針移動台、25:導入装置、26:導入針、27:CCDカメラ、28:デジタルカメラ、29:トレイ、30:光源、31:直交移動台、32:水平移動台、33:卵母細胞、34:生理食塩水、A:電流計、PC:コンピュータ、P:ポンプ

Claims (5)

  1. 試料が導入される前の卵母細胞または卵細胞の静止膜電位を計測する計測工程と、
    前記卵母細胞または卵細胞を静止膜電位の計測結果に基づいて選別する工程と、
    最上面開口部の最大径が両生類卵母細胞の直径の105−150%である複数の穴を有するトレイに、前記選別された複数の卵母細胞または卵細胞を移す工程と、
    前記穴上の前記卵母細胞または卵細胞に、試料を導入する導入針を有する装置を用い、上記トレイに対する上記導入針の相対的位置を移動させながら、前記選別された複数の卵母細胞または卵細胞の各々に、実質的に同じ導入深度で、試料を導入する工程とを有することを特徴とする試料導入方法。
  2. 上記計測工程が細胞内電極法または膜電位感受性色素法を用いた計測工程であることを特徴とする請求項1に記載の試料導入方法。
  3. 静止膜電位が−70mV以上−40mV以下の前記卵母細胞または卵細胞を選別することを特徴とする請求項1に記載の試料導入方法。
  4. 前記導入深度は、細胞表面から 0.02 0.1mm の範囲内であることを特徴とする請求項1記載の試料導入方法。
  5. 前記導入深度は、細胞表面から 0.05 0.2mm の範囲内であることを特徴とする請求項1記載の試料導入方法。
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