JP2023142724A - 軸受部品 - Google Patents
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Abstract
【課題】 軸受部品の寿命を向上させる。【解決手段】 軸受部品は、軸受部品の表面において、軸受部品の使用時に荷重が作用する領域を有する。ここで、荷重が作用する領域の表面から所定深さまでの表層領域における相当ひずみは、表層領域以外である非表層領域における相当ひずみよりも大きい。表層領域の相当ひずみは、0.3以上2.0以下であることが好ましい。非表層領域の相当ひずみは、0.3未満であることが好ましい。表層領域を規定する所定深さは、500μm以下であることが好ましい。【選択図】 図2
Description
本発明は、軸受に用いられる鋼製の軸受部品に関する。
軸受用鋼には、その製造工程に由来して非金属介在物と呼ばれる異物が不可避的に含まれている。また、圧延や鍛造を経て製造された軸受において、非金属介在物の周囲に隙間が形成されていることがある。この隙間は、非金属介在物と母相である軸受用鋼との変形性の違いにより界面で発生するものと考えられ、この隙間が使用中に転がり疲れを受ける軸受部品内でのき裂の発生を助長し、き裂の起点になる場合がある。したがって、軸受の寿命を向上させるためには、非金属介在物の周囲の隙間を減らすことが有効である。
特許文献1では、転動部品の被加工面に塑性加工(バニシング加工)を施すことにより、非金属介在物及び母相の間に存在する隙間を埋めるようにしている。ここで、具体的な塑性加工では、ツールの先端の球形の押し付け部を転動部品(内輪)の被加工面に押圧している。なお、このツールの詳細については明確な開示はされていないが、実施例の記述ならびに開示されている図からみて、被加工面の全体に対してツールを押し付けつつ、それを移動させて加工することにより被加工面上に存在する微小な凹凸形状を平坦化している。
本願発明者らによれば、転動体(軸受に用いられるような転がり要素部品)を使用して、被加工面に対して、転がり接触を利用した部分的な押圧を行うことによって塑性加工を施すことにより、非金属介在物と母相の間に存在する隙間を効率良く埋めることができることが分かった。
そして、そのような塑性加工を施した軸受部品の内部における相当ひずみの量に着目したところ、相当ひずみの量が互いに異なる領域が存在していることが分かった。また、相当ひずみが互いに異なる領域が存在していることが隙間を埋めるために必要であることを見出した。この知見を利用した軸受部品において寿命が向上することが分かり、本願発明を完成させるに至った。特許文献1には、上述した知見について何ら開示されていない。
本発明である軸受部品は、この表面において、軸受部品の使用時に荷重が作用する領域を有する。ここで、荷重が作用する領域の表面から所定深さまでの表層領域における相当ひずみは、表層領域以外である非表層領域における相当ひずみよりも大きい。
表層領域の相当ひずみは、0.3以上2.0以下であることが好ましい。非表層領域の相当ひずみは、0.3未満であることが好ましい。表層領域を規定する所定深さは、500μm以下であることが好ましい。
軸受部品に含まれる非金属介在物と軸受部品の母相との間の距離、すなわち隙間の大きさについて、表層領域内における隙間の大きさは、非表層領域内の隙間の大きさよりも小さくなり、すなわち隙間が低減される。軸受部品の使用時に荷重が作用する領域に溝を形成することができる。この溝は、軸受部品の製造過程において、転動体を使用した部分的な押圧を行うことで形成させ、所定の仕上げ加工や必要な硬さを得るための熱処理(焼入焼戻し、浸炭、浸炭窒化、高周波焼入れなど)が施されたものである。所定の仕上げ加工(研削など)によっては、溝が無くなることもある。その場合においても、表層領域内において前記したような軸受部品内の非金属介在物と母相との間の隙間が低減された領域は残存する。
本発明によれば、表層領域での相当ひずみを非表層領域での相当ひずみよりも大きくすることにより、表層領域において、非金属介在物及び母相の間に存在する隙間を低減することができ、軸受部品の寿命を向上させることができる。
(軸受部品)
本実施形態である鋼製の軸受部品について、以下に説明する。この軸受部品は、自動車部品や産業機械部品などとして用いることができる。本発明の軸受部品としては、軸受に類似した作動機構や負荷様式を有する部品も含まれる。
本実施形態である鋼製の軸受部品について、以下に説明する。この軸受部品は、自動車部品や産業機械部品などとして用いることができる。本発明の軸受部品としては、軸受に類似した作動機構や負荷様式を有する部品も含まれる。
軸受部品に用いられる鋼としては、例えば、JIS G4805に規定されている高炭素クロム軸受鋼鋼材(鋼種:SUJ2~5)、JIS G4051に規定されている機械構造用炭素鋼鋼材(鋼種:S53C,SCr420,SCM420,SNCM220,SNCM420,SNCM815)、JIS G4303に規定されているマルテンサイト系ステンレス鋼棒(鋼種:SUS420J2,SUS440Cなど)が挙げられる。
軸受部品の形状は、軸受部品の用途に応じて適宜決めることができる。例えば、図1に示すように、軸受部品10をリング状に形成することができる。軸受部品10の表面には溝11が形成されており、溝11は、軸受部品の使用時に発生する荷重を受ける領域である。図1に示す例では、円の軌道に沿った溝11を形成しているが、これに限るものではなく、上述したように、軸受部品の使用時に発生する荷重を受ける領域(位置)に溝11が形成されていればよい。
溝11は、後述する軸受部品の製造方法で説明するように、軸受部品の製造過程において転動体を使用した軸受部品表面の部分的な押圧によって形成されるものであり、所定の仕上げ加工や必要な硬さを得るための熱処理(焼入焼戻し、浸炭、浸炭窒化、高周波焼入れなど)が施されたものである。ここで、所定の仕上げ加工(研削など)によっては、上述したように形成された溝11が無くなることもある。
図2には、軸受部品10において、溝11を含む部分の断面(一部)を示す。図2に示すように、軸受部品10の内部には、相当ひずみが互いに異なる2つの領域(表層領域R1及び非表層領域R2)が存在している。表層領域R1は、溝11の表面を含み、溝11の表面から所定深さまでの領域である。所定深さとしては、500μm以下とすることができる。後述する軸受部品の製造方法によれば、上述した所定深さまでの領域において、表層領域R1(後述する塑性変形領域R3)を形成することができる。非表層領域R2は、軸受部品10の内部において、表層領域R1以外の領域である。境界BLは、表層領域R1及び非表層領域R2の境界である。
表層領域R1の相当ひずみは、非表層領域R2の相当ひずみよりも大きい。ここで、表層領域R1の相当ひずみは、0.3以上2.0以下とすることができ、1.0以上1.5以下とすることが好ましい。また、非表層領域R2の相当ひずみは、0.3未満である。表層領域R1では、溝11の表面からの深さ位置に応じて相当ひずみが異なることがあり、溝11の表面における相当ひずみが最も大きくなりやすい。本実施形態では、表層領域R1のいずれの深さ位置においても、相当ひずみが0.3以上2.0以下であればよい。
一般的に、相当ひずみは、CAE(Computer Aided Engineering)解析によって求めることができる。上述した深さ位置に応じた相当ひずみを把握するためには、以下に説明する方法によって相当ひずみを求めることができる。
まず、所定の鋼種から試験片を作製し、その試験片について、所定の据え込み率で据え込み加工を行った後、硬さを測定するとともに、CAE解析によって所定の据え込み率における相当ひずみを求める。ここで、冷間での据え込み率を種々に変化させることにより、互いに異なる硬さを有する複数の試験片を用意する。複数の試験片のそれぞれについて、硬さを測定するとともに、その据え込み率における相当ひずみをCAE解析から求めることにより、硬さ及び相当ひずみの相関関係が得られる。この相関関係は、例えば、一次関数などで表される。硬さとしては、例えば、ビッカース硬さ(HV)が挙げられ、各種の硬さに応じた試験機を用いて測定することができる。
上述した相関関係を用いることにより、軸受部品10の内部における相当ひずみを求めることができる。具体的には、軸受部品10の断面において、軸受部品10の表面からの深さ位置に応じた硬さを測定し、この硬さと相当ひずみとの上述した相関関係に基づいて、深さ位置に応じた相当ひずみを求めることができる。これにより、表層領域R1内の相当ひずみや、非表層領域R2内の相当ひずみを求めることができる。硬さと相当ひずみとの相関関係は、溝加工処理を行う時点での鋼のミクロ組織によっても変化するため、鋼種や転動体による押圧の条件を踏まえて硬さと相当ひずみとの相関関係を取得する必要がある。
表層領域R1の相当ひずみが0.3以上であり、非表層領域R2の相当ひずみが0.3未満であるときには、表層領域R1において、非金属介在物及び母相の間の隙間が低減される。隙間が低減していることにより、隙間を起因として助長されるき裂の発生を抑制することができ、軸受部品10の寿命を向上させることができる。一方、表層領域R1の相当ひずみが2.0以下であるときには、表層領域R1に割れが生じることを防止できる。言い換えれば、表層領域R1の相当ひずみを2.0よりも大きくしようとすると、表層領域R1に割れが生じるおそれがある。
軸受部品10の疲労き裂は、一般的に転動体と転がり接触している母相内でヘルツ応力が最大となる深さ付近で発生し、その深さは転動体の大きさや溝11の曲率によって変化するものの、概ね母相表面から500μm以内で発生する。上述したように、表層領域R1は、溝11の表面から所定深さ(500μm以下)までの範囲内で存在するため、疲労き裂が発生しやすい範囲をカバーすることができる。このため、表層領域R1で非金属介在物と母相との間に隙間が発生しにくい状態にすることができる。それにより、隙間によって助長される疲労き裂の発生を抑え、軸受部品10の寿命を向上させることができる。
後述する軸受部品の製造方法において説明するように、溝11は、粗加工状態の部品(粗加工品)に転動体を押し付けながら転動体を転動させることによって形成される。ここで、転動体を粗加工品に押し付けるときの加工面圧が変化すると、表層領域R1の相当ひずみが変化する。このため、表層領域R1の相当ひずみが0.3以上2.0以下となるように、転動体を粗加工品に押し付けるときの加工面圧を調整すればよい。例えば、加工面圧を3.5GPa以上5.5GPa以下とすることにより、表層領域R1の相当ひずみを0.3以上2.0以下にしやすくなる。
非表層領域R2の相当ひずみは0.3未満であるため、非表層領域R2では、非金属介在物及び母相の間に隙間が発生していることがある。このため、非金属介在物及び母相の間の隙間の大きさに関して、表層領域R1内での隙間の大きさは、非表層領域R2内での隙間の大きさよりも小さくなる。非表層領域R2は、表層領域R1以外の領域であり、上述した軸受部品の疲労き裂が発生する範囲から外れているため、非表層領域R2に隙間が存在していたとしても、軸受部品の寿命に悪影響を与えることはない。
(軸受部品の製造方法)
次に、本実施形態である軸受部品の製造方法について、図3に示すフローチャートを用いて説明する。
次に、本実施形態である軸受部品の製造方法について、図3に示すフローチャートを用いて説明する。
ステップS101では、軸受部品の元になる粗加工品(後述する被加工品)を準備する。粗加工品は、後述するステップS102~S104の処理を経て最終製品となる軸受部品が得られるものである。このような粗加工品が得られればよく、公知の手段を用いて粗加工品を準備することができる。
例えば、粗加工品の準備においては、電炉におけるアーク溶解炉又は転炉による溶鋼の酸化精錬処理と、取鍋精錬炉(LF)による還元精錬処理と、還流式真空脱ガス装置(RH)による還流真空脱ガス処理(RH処理)と、連続鋳造又は一般造塊による鋼塊の鋳造処理と、それに続く塑性加工処理とを行うことにより、所定形状の鋼材を製造する。ここで、塑性加工処理としては、鋼塊の熱間圧延や、熱間での圧鍛が行われ、それに引き続いて冷間圧延、冷間での圧鍛、冷間でのしごき加工が行われても良い。また、鋼材の形状としては、棒鋼、管材、素形材等が挙げられる。
次に、熱間鍛造、亜熱間鍛造、温間鍛造、冷間鍛造、ローリング鍛造、冷間転造、冷間ヘッダー加工、引抜き加工などのいずれか、あるいはそれらを組み合わせた加工を行ったり、必要に応じて軟化や組織調整を目的とした熱処理や旋削を行ったりすることにより、粗加工品が成形される。
ステップS102では、ステップS101の処理で準備された粗加工品を被加工品として、それに対して、溝を加工する処理(溝加工処理)を行う。この溝加工処理では、粗加工品(被加工品)の表面に対して転動体を所定の荷重で押し付けながら、転動体を転動させることにより(言い換えれば、転動体を転がり接触させながら押し付けることにより)、転動体と接触する粗加工品の表面を塑性変形させて溝を形成する。例えば、同一軌道上において、転動体を粗加工品と転がり接触させながら粗加工品の周方向に周回するように複数回だけ転動させることにより、所望の形状を有する溝を所定の軌道に沿って形成することができる。転動体を周回させる回数は、1回でも良いし複数回でも良い。
転動体を保持しながら回転できるようにする治具を用いれば、転動体を粗加工品に押し付けながら転動体を転動させることができる。転動体の回転を維持する治具としては、例えば、軸受用の保持器が利用できる。また、転動体の回転に伴って試験片が回転しないようにするため、試験片を保持する治具や機構は必要である。また、転動体は2つの物体間を転動するものであるから、加工しようとする試験片とともに転動体を挟むように相対する側に配置される部材も必要である。転動体を挟む機構としては、例えば、上板及び下板によって転動体を上下で挟む機構や、軸受部品の内輪と外輪の間に転動体を挟む機構を用いることができる。
また、転動体を上下で挟む機構において、下板として使用する粗加工品に溝加工処理を行いたいとき、上板の硬さが低いと、転動体を保持器で保持しながら転動させた際に上板に転動体による溝がより深く形成され、上板と保持器とが接触してしまい、下板(粗加工品)への溝加工処理が継続できなくなる場合がある。それを回避するため、上板の材料としては、下板(粗加工品)よりも硬い材料を選択する必要がある。ここで、下板(粗加工品)の硬さは特に制限されない。また、転動による粗加工品への焼付きを防ぐため、転動時には潤滑油を転動部(転動体及び粗加工品の接触部分)に供給することが望ましい。溝加工処理自体は短い時間で行われるため、潤滑油は転動部に予め塗布する程度であっても良い。
溝は、軸受部品の使用時に発生する荷重を受ける領域に形成すればよく、溝を形成する位置は、荷重を受ける領域の位置に応じて予め決めておくことができる。また、転動体を転がり接触させながら押し付けることによって溝を形成しているため、溝の形状は転動体の外形に沿った形状となり、溝の幅は転動体のサイズに依存する。このため、予め軸受部品で荷重を受ける領域が判明していれば、この領域の幅をカバーすることができるサイズの転動体を用いることができる。
転動体としては、球体を用いることができる。また、ころを用いることもできる。溝を形成するときの転動体の数は、溝の形成を安定的に行うため、複数の転動体を用いることが望ましい。複数の転動体を用いる場合には、すべての転動体を同一の軌道上で転動させればよい。転動体を粗加工品(被加工品)に押し付ける荷重は、粗加工品に溝を形成できる荷重であればよく、例えば、3.5GPa以上5.5GPa以下の範囲内の加工面圧を設定することができる。なお、溝の形成にともなって転動体と粗加工品(被加工品)との接触状態が変化して加工面圧が低下する場合が生じるが、溝の形成の開始時点において上述した加工面圧(3.5GPa以上5.5GPa以下)を確保できれば良い。転動体に用いる材料は、粗加工品(被加工品)に溝を形成できる材料であればよく、公知の材料から適宜採用することができる。また、軸受部品に用いられる転動体を流用しても良い。
上述した溝加工処理では、粗加工品(被加工品)の部分的な押圧による加工であり加工の負荷が比較的低いため、冷間での加工が可能であり、以下に示す種々のメリットが得られる。
まず、温間で加工を行う際は発火防止のために油を使用することができず、その結果、溝を形成する際に焼付きが発生する場合がある。それに対し冷間で加工を行えることで加工中に潤滑油を使用できるため、焼付きを防止することができる。また、冷間加工では温間加工に比べて、加工により非金属介在物と母相との間の隙間を効率的に埋めることができる。これは隙間の閉塞による軸受部品の寿命向上効果を得る点で有利である。ただし、溝加工処理は冷間加工に限られない。
本実施形態の軸受部品10では、表層領域R1での相当ひずみを非表層領域R2での相当ひずみよりも大きくすることにより、表層領域R1において、非金属介在物と母相の間に存在する隙間を低減でき、軸受部品10の寿命を向上させることができる。そして、表層領域R1の深さと相当ひずみを大きくするほど、また溝11の幅が広いほど、隙間が閉塞する領域を大きくすることができる。
この表層領域R1の深さと相当ひずみの大きさ、ならびに溝11の幅は、加工面圧の大きさと母相(被加工品)の硬さによって変化する。被加工品の硬さが同じで加工面圧を大きくした場合、表層領域R1の深さと相当ひずみはともに大きくなり、溝11の幅も広くなる。また、加工面圧が同じで被加工品の硬さを大きくした場合、塑性変形は起こりにくくなり、表層領域R1の深さと相当ひずみはともに小さくなり、溝11の幅も狭くなる。また、加工面圧ならびに被加工品の硬さが大きすぎた場合、被加工品が著しい加工硬化を生じ、溝11のエッジ部で割れが発生しやすくなる。
以上から、先に示した加工面圧のみならず、被加工品の硬さの調整も重要である。冷間で溝11の形成を行う場合には、被加工品の硬さは、ロックウェル硬さで少なくとも99HRB以下とするのが望ましい。溝11の形成に利用する転動体の硬さについては、通常の軸受部品の転動体として利用される程度の硬さがあれば良い。例えば、ロックウェル硬さで58HRC以上が目安であり、より好ましくは60HRC以上である。ただし、粗加工品の硬さによっては、硬さが58HRC以下の転動体も選択できる。
上述した溝加工処理の一例について、図4を用いて説明する。図4では、リング状に形成された粗加工品30の上面に対して球状の転動体20を押し付けながら矢印Dの方向(粗加工品30の周方向)に周回するように転動させることにより、溝11を形成している。ここでは、3つの転動体20を用いており、3つの転動体20は、同一の軌道上で転動する。転動体20を用いた溝加工処理では、例えばスラスト型転がり疲労試験に用いられている試験機と同様な機構を有する装置を溝加工処理に用いることができる。
図5は、図4に示す例において、転動体20及び粗加工品30の接触部分を示す断面図である。粗加工品30の表面は、転動体20からの荷重F1を受けることにより、塑性変形する。ここで、図5に示す領域R3(ハッチングで示した領域)は、粗加工品30の内部において、塑性変形する領域(以下、「塑性変形領域」という)であり、上述した表層領域R1(図2参照)に相当する。図5に示す境界BLは、粗加工品30の内部において、塑性変形領域R3と、塑性変形しない領域(以下、「非塑性変形領域」という)R4との境界を示す。非塑性変形領域R4は、上述した非表層領域R2(図2参照)に相当する。
図5に示すように、転動体20を粗加工品30に押し付けると、塑性変形領域R3は、転動体20から荷重F1を受けるとともに、非塑性変形領域R4から拘束力F2を受ける。ここで、図5から分かるように、荷重F1は、転動体20の複数の径方向に作用し、拘束力F2は、荷重F1に対する反力として作用する。このような荷重F1及び拘束力F2が塑性変形領域R3に作用することにより、塑性変形領域R3において、非金属介在物及び母相の間に隙間が存在するときにおいて、非金属介在物に近づく方向に母相を変形させて隙間を埋めやすくなる。そして、塑性変形領域R3に相当する表層領域R1(図2参照)において、相当ひずみを0.3以上2.0以下とすることができる。
特許文献1では、押し付け部を被加工面に押圧しているものの、溝の表面を含む表層領域R1の相当ひずみを、非表層領域R2の相当ひずみよりも大きくすることについて、何ら開示されていない。
特許文献1では、上述したように、被加工面の全体に対してツールを押し付けつつ、ツールを移動させて加工が行われる。それにより被加工面の全体において、微小な凹凸形状が平坦化する。特許文献1には、冷間ローリング加工を想定した成形ロールとマンドレルを使った被加工面全体に対する加工についても提示がされている。それに対して、本実施形態の製造方法では、粗加工品の一部の領域に対して転動体の外形に沿った溝が形成される。これにより、特許文献1のようにツールを移動させて被加工面の全体に対して加工をする必要や、成形ロールやマンドレルを用意して加工をする必要がなく、軸受部品として使用させる際に転がり疲れを受ける領域内についてのみ非金属介在物の周囲に存在する隙間の軽減を行うことができる。また、上述の通り、粗加工品(被加工品)とそれと相対する部材(相手部材)との間に転動体を挟んだ状態にして、相手部材を通じて転動体に荷重を加えながら溝加工処理を行えば、特許文献1のような加工のための特別な加工装置やツールを用いる必要がなく、簡便な加工が可能になる。これらの点において、本実施形態の製造方法は、特許文献1と異なる。以下、特許文献1との相違点について、さらに具体的に説明する。
本実施形態の製造方法では、転動体の外形に沿った溝を形成することにより、図5に示すように、塑性変形領域R1に対して荷重F1及び拘束力F2を作用させやすくなる。結果として、塑性変形領域R1に存在する隙間を埋めやすくなり、溝11の全体において隙間を埋めやすくなる。一方、特許文献1では、押し付け部を被加工面に押圧しているものの、被加工面の微小な凹凸を平坦化させることを目的としているため、本実施形態のように溝を形成する場合と比べて、図5に示す塑性変形領域R1を形成しにくくなり、塑性変形領域R1に対して荷重F1及び拘束力F2を作用させにくくなる。したがって、本実施形態によれば、特許文献1と比べて、非金属介在物の周囲に存在する隙間を効率良く埋めやすくなる。
軸受部品10の疲労き裂は、軸受部品10の軌道表面直下であってヘルツ接触応力が最大となる軌道表面からの深さ(一般的な軸受部品では200μm以下)近傍で発生すると考えられている。上述した本実施形態の塑性変形領域R1は、少なくとも疲労き裂が発生する範囲をカバーするように形成させることができるため、塑性変形領域R1に存在する隙間が埋まることにより、疲労き裂の原因となる非金属介在物の周囲の隙間を無くして軸受部品10の寿命を向上させることができる。
上述した溝加工処理を行うと、溝11の周囲に盛り上がり部分が発生してしまうことがある。この場合には、盛り上がり部分を研削によって取り除くことができる。また、溝11の表面に対して研磨処理を行うことにより、溝11の表面を平滑化するようにしてもよい。また、上述したように、所定の仕上げ加工(研削など)によっては、溝11が無くなることもある。これらの工程は、図3のステップS102とステップS103の間で行うことができる。また、研削量や研磨量が少ない場合は、この研削や研磨を後述するステップS104の処理で兼ねるようにしても良い。
図3に戻り、ステップS103では、溝加工処理を行った粗加工品(被加工品)に対して熱処理を行う。この熱処理は、粗加工品(被加工品)に所定の硬度を与えるための熱処理であり、例えば、全体焼入焼戻し(ズブ焼入焼戻し)、浸炭焼入焼戻し、浸炭窒化焼入焼戻し、浸炭浸窒焼入焼戻し、高周波焼入焼戻しなどの焼入焼戻し、および窒化処理等が挙げられる。ここで、所定の硬度としては、例えば、ロックウェル硬さで58HRC以上とすることが好ましく、より好ましくは60HRC以上とする。熱処理方法として上述のうち表面硬化手法を用いる場合は、前述の硬さは部品の表面付近の硬さとする。
ステップS104では、熱処理(S103)を行った粗加工品(被加工品)に対して仕上げ加工と軌道面の研磨処理を行う。粗加工品(被加工品)の仕上げ加工と、研磨処理による粗加工品(被加工品)の軌道面の平滑化により、最終製品である軸受部品を得ることができる。
下記表1に示す化学組成と、残部としてFeならびに不可避不純物を有する鋼を用意した。この鋼種は、JIS G4805に規定されているSUJ2である。
上述した鋼であるSUJ2鋼をアーク溶解炉で溶製した後、取鍋精錬炉にて還元精錬を行い、不純物除去や余分な酸素の除去を行った後、さらに、還流式真空脱ガス処理を行い、さらに酸素を低減した。次に、それを連続鋳造にて鋳込むことで鋼塊を作製し、その鋼塊を熱間圧延することにより、直径がφ65mmの棒鋼を作製した。その棒鋼に対して、900℃で1.5時間保持した後に空冷する焼ならしを施してから、さらに最高点温度を800℃とした加熱の後に徐冷を行う球状化焼なましを施した。この棒鋼から、リング状に形成された試験片100(図6参照)を作製した。
ここで、試験片100の直径(外径)は54mmであり、内径は29mmである。ここで示した製鋼工程はSUJ2鋼を電炉で製造する場合における製法の一例であり、また、熱処理方法もSUJ2鋼の加工の前処理として一般的なものを示したものであり、これらの方法は軸受部品の製造方法や鋼種に応じて適切に選定すれば良い。試験片100のサイズは本実施例の効果の確認のために用いた形状に過ぎないため、本発明においては試験片100の形状に特に左右されるものではない。
次に、マイクロドリルを用いることにより、試験片100の一方の面(これを上面とする)に直径4.5mmで深さ6mmのドリルホール101(図6参照)を加工した。非金属介在物を模擬した人工の球形のAl2O3粒子102を複数個用意し、上述した鋼の主要成分と同じ組成を有する粉末を混合して焼結した部材(以下、「焼結材」という)103をドリルホール101に埋め込んだ。Al2O3粒子102の直径は150μm程度であり、ドリルホール101及び複数のAl2O3粒子102の間に形成された隙間を焼結材103で充填した。
なお、ここで非金属介在物を模擬したAl2O3粒子102を複数個包含した焼結材103を準備する理由について説明する。上記の製鋼工程で溶製された鋼は、非金属介在物に関して清浄性が高い、すなわち非金属介在物の存在頻度が小さいことから、本発明における非金属介在物の周囲の隙間を軽減する効果の確認が容易に行えないことになる。その確認を容易にするために、上述した焼結材103を準備した。
Al2O3粒子102を包含する焼結材103によってドリルホール101を埋めた後、HIP(Hot Isostatic Pressing)加工によって、Al2O3粒子102を包含する焼結材103を試験片100の母相に密着させた。HIP加工を行う場合、具体的には、まず、ドリルホール101に充填された焼結材103に対して必要に応じた抜け止めを施して、低炭素鋼製の容器に試験片100を収容し、試験片100に形成された内径穴部に芯金を入れてから容器を密閉する。そして、容器の内部を真空脱気した後、所定圧力(例えば、147MPa)及び所定温度(例えば、1170℃)で所定時間(例えば、5時間)だけ保持した後に徐冷することにより、Al2O3粒子102及び焼結材103を試験片100の母相に密着させることができる。
HIP加工を行った後、前述と同様の方法による焼ならしと球状化焼なましを行い、試験片100を収容した容器を取り除くための旋削を行うととともに、試験片100の形状に再加工し、試験片100の表面を研磨した。
次に、引張が可能な試験機を用いて、試験片100に対して所定方向の引張力を加えた。これにより、試験片100は図7に示すように変形し、この変形に伴って、Al2O3粒子102の周囲に隙間Sが形成される。この隙間Sは、軸受部品において非金属介在物の周囲に存在する場合がある隙間を模擬したものであり、本実施例では、意図的に隙間Sを形成させている。
次に、図7に示す試験片100に対して溝加工処理を行った試験片(実施例)100と、図7に示す試験片100に対して溝加工処理を行わなかった試験片(比較例)100とを用意した。ここで、試験片(比較例)100では、溝加工処理を行っていないため、Al2O3粒子102の周囲には隙間Sが形成されたままである。
溝加工処理では、隙間Sを伴ったAl2O3粒子102が試験片100の表面からの深さが50~300μm程度に埋まっていた箇所に対して、図8に示すように、その表面に溝104が形成されるようにした。溝104は、リング形状の試験片100の周方向に沿って形成されているとともに、円形の軌道上に形成されている。ここで、図8に示す例では、上述の深さ範囲にある一部のAl2O3粒子102と重なる位置に溝104が形成されているが、溝104の幅は転動体の大きさや溝加工処理時の加工面圧に依存するので、その選定によってはすべてのAl2O3粒子102と重なる位置に溝104を形成することもできる。実施例の溝加工処理では、直径が9.525mmである焼入焼戻し状態のSUJ2鋼からなる球形の転動体を用い、4.0GPa及び4.5GPaのそれぞれの加工面圧で転動体を試験片100に押し付け、それぞれ転動体を周方向に周回させることで溝104を形成させた。溝104の幅は2.5mmほどであり、溝104の深さは170μmほどである。
実施例及び比較例である試験片100について、溝加工面に対して深さ方向に研磨を行い、Al2O3粒子の最大径付近が露出するところまで研磨した後、光学顕微鏡によって溝104の真上方向(すなわち溝加工面を観察できる方向)からAl2O3粒子102を観察した。観察した試験片100は、4.5GPaの加工面圧で転動体を試験片100に押し付けることによって形成された試験片100である。実施例である試験片100については、図9に示すように、Al2O3粒子102の周囲に隙間Sが存在しておらず、隙間Sが埋められていることを確認した。一方、比較例である試験片100については、図10に示すように、Al2O3粒子102の周囲に隙間Sが存在したままであることを確認した。
実施例の軸受部品について相当ひずみを求めたところ、軸受部品の内部において、相当ひずみが互いに異なる表層領域R1及び非表層領域R2(図2参照)が存在していた。ここで、表層領域R1については、溝104の表面(深さが0μmである位置)での相当ひずみと、この表面からの深さが200μmである深さ位置での相当ひずみを求めた。相当ひずみの求め方は、上述した通りであり、深さ位置での硬さを測定した後、予め求めた硬さ及び相当ひずみの相関関係に基づいて、深さ位置での相当ひずみを求めた。
上記の要領により相当ひずみを求めた結果を下記表2,3に示す。下記表2,3では、溝104を形成したときの加工面圧(4.0GPa,4.5GPa)が互いに異なる。なお、比較例の軸受部品について相当ひずみを求めたところ、軸受部品の表面からの深さ位置にかかわらず、相当ひずみは0.3未満であった。すなわち、比較例の軸受部品では、実施例のように、相当ひずみが互いに異なる2つの領域(表層領域R1及び非表層領域R2)が存在していなかった。
次に、上記と同様方法により別途作製した実施例の試験片100について、溝加工面の表面を平滑化させるため、表層領域R1が残る程度に転動体を押し付けることによって形成された溝104を研磨によって除去した。このとき、溝104は研磨で除去されているが、溝加工処理に伴って介在物周囲の隙間が埋められた領域は残存している。次に、上述した実施例及び比較例における試験片100に対して焼入焼戻し処理を行うことによって、硬度(ロックウェル硬さ)を58HRC以上とした軸受部品を製造した。溝加工処理時に付与された相当ひずみに伴って鋼のミクロ組織内に導入された転位は、この熱処理の過程における回復・再結晶を経て解消されるが、非金属介在物の周囲の隙間を軽減する効果は熱処理後も維持される。なお、軸受部品としてより望ましい硬さは60HRC以上である。
上述した軸受部品について、スラスト型転がり疲労試験を行った。スラスト型転がり疲労試験では、上板として、SUJ2製単式スラスト軸受のレース(型番51305)を用い、下板として、試験片100を用いた。上板及び下板の間には、保持器を利用して3個の転動体を直径38.5mmの円軌道上に等間隔(120°ピッチ)で配置した。ここで、転動体としては、直径が9.525mmであるSUJ2製の鋼球を用いた。実施例である試験片100については、溝104が円周上に形成されていた箇所ならびにその下部に埋設されているAl2O3粒子の位置上と重なるように転動体(鋼球)を配置し、比較例である試験片100については、Al2O3粒子102が埋設されている位置上と重なるよう転動体(鋼球)を配置した。
そして、スラスト型転がり疲労試験を行うにあたり、転動体(鋼球)から試験片(実施例/比較例)100に対して5.3GPaの最大ヘルツ接触応力が加わるように荷重を付与した。ここで、負荷サイクル速度は1800サイクル/minとし、潤滑のためにISO VG68油浴に浸漬させた。また、このスラスト型転がり疲労試験は常温で行った。
上述したスラスト型転がり疲労試験の結果から、ワイブル分布関数に基づいて、短寿命側から10%の試験片100にはく離が生じるまでの総回転数を求め、これをL10寿命とした。比較例のL10寿命を1.0として指数化した場合の実施例及び比較例におけるL10寿命を下記表4に示す。
上記表4に示す通り、実施例によれば、比較例よりもL10寿命が向上した。本実施例のように、軸受部品の内部において、相当ひずみが相対的に大きい表層領域R1と、相対ひずみが相対的に小さい非表層領域R2とをいったん形成しておくことにより、軸受部品のL10寿命を向上できることが分かった。一方、比較例のように、相当ひずみが互いに異なる2つの領域(表層領域R1及び非表層領域R2)を形成させていない場合には、L10寿命に劣っている。
10:軸受部品、11:溝、20:転動体、30:粗加工品、100:試験片、
101:ドリルホール、102:Al2O3粒子、103:焼結材、104:溝、
R1:表層領域、R2:非表層領域、R3:塑性変形領域、R4:非塑性変形領域
101:ドリルホール、102:Al2O3粒子、103:焼結材、104:溝、
R1:表層領域、R2:非表層領域、R3:塑性変形領域、R4:非塑性変形領域
Claims (6)
- 軸受部品の表面において、軸受部品の使用時に荷重が作用する領域を有し、
前記領域の表面から所定深さまでの表層領域における相当ひずみが、前記表層領域以外である非表層領域における相当ひずみよりも大きいことを特徴とする軸受部品。 - 前記表層領域の相当ひずみが0.3以上2.0以下であることを特徴とする請求項1に記載の軸受部品。
- 前記非表層領域の相当ひずみが0.3未満であることを特徴とする請求項1又は2に記載の軸受部品。
- 前記所定深さが500μm以下であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1つに記載の軸受部品。
- 軸受部品に含まれる非金属介在物と軸受部品の母相との間の距離について、前記表層領域内の前記距離が前記非表層領域内の前記距離よりも小さいことを特徴とする請求項1から4のいずれか1つに記載の軸受部品。
- 軸受部品の使用時に荷重が作用する領域には、溝が形成されていることを特徴とする請求項1から5のいずれか1つに記載の軸受部品。
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