JP2023067193A - 高強度鋼板およびその製造方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】降伏強度と引張強度が高く、伸び特性と母材の低温靱性に優れると共に、大入熱HAZ特性にも優れた高強度鋼板と、該高強度鋼板の製造方法を提供する。【解決手段】所定の化学成分組成を有すると共に、所定の式(1)で表されるPcmが0.30以下、所定の式(2)で表されるCeqが0.60以上、0.75以下、所定の式(3)で表されるBT値が2.50以上、3.00以下、および所定の式(4)で表されるLCB値が25以上、45以下であり、鋼組織が、ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率が96.0%以上、MA(Martensite-Austenite constituent)の面積率が4.0%以下、および旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比が3以上、20以下を満たす、高強度鋼板。【選択図】なし

Description

本発明は、高強度鋼板およびその製造方法に関する。
橋梁、船舶、海洋構造物、圧力容器、ラインパイプなどの溶接構造物の材料として用いられる高強度鋼板には、例えば寒冷地で使用のための良好な低温靭性が求められる。例えば特許文献1には、引張強さが780MPa以上であって、特に母材靭性、HAZ靭性に優れた高張力鋼板が提案されている。特許文献1では、前記鋼板を得るため、成分的に、Cを極低量に制限した上で、母材靭性、HAZ靭性に悪影響を与えるNb、V、Moの添加を抑制し、焼き入れ性向上元素であるMn、Ni、Cuを積極的に添加することによって、熱間圧延後の冷却速度を特に制御することなく、高冷却速度から低冷却速度のいずれにおいても、ベイニティックフェライトを主体とする組織を生成させるとともに、極低温圧延を積極的に行うことによってベイナイトブロックの微細化を図ることが提案されている。
また特許文献2と特許文献3には、引張強さが780MPa以上であって、降伏強度、降伏比及び低温靱性に優れると共に、優れた伸び特性も示す高張力鋼板として、ベイナイト及びマルテンサイトの面積に対する炭化物の面積率を5%以下、且つ当該炭化物の平均円相当直径を0.15μm以下に制御した鋼板が提案されている。特許文献2と特許文献3には、上記炭化物の形態の制御により、炭化物が微細分散し、例えば曲げ加工時等に炭化物を起点とした延性破壊が発生し難くなるため、伸び特性を向上できることが示されている。
特開2005-54250号公報 特開2019-173053号公報 特開2019-173054号公報
上記溶接構造物の材料として用いられる、例えば降伏強度700MPa以上の高張力鋼板には、近年、より優れた低温靭性が備わっていることが求められる。例えば、鋼板を角形鋼管の製造に供する場合、曲げ内半径2.5tの非常に厳しい冷間曲げ加工が施される場合がある。冷間曲げ加工が施されると、鋼板にひずみが導入されて強度が高まり、相対的に母材の低温靱性が低下しやすい。よって、上記冷間曲げ加工の様な条件の厳しい加工後も、母材の高い低温靱性を維持することが望まれる。そのためには、鋼板が上記用途に適用されうることを想定し、鋼板の状態で優れた低温靭性、すなわち低温で高い衝撃吸収エネルギーを示す必要がある。また、鋼板に上記冷間曲げ加工を施す場合、優れた冷間曲げ加工性を発揮させる観点から、高強度でありながら伸び特性に優れていることも求められる。
さらに、溶接構造物に用いる鋼板には、構造物の施工効率向上と施工コスト低減の観点から、溶接構造物の製造時に70kJ/cmを超える大入熱溶接が適用される。一般的に、大入熱溶接を行うと、溶接線近傍のボンド部と呼ばれる領域は、高温のオーステナイト(γ)領域に長時間保持された後徐冷されるため、加熱時のγ粒成長と、冷却過程での粗大フェライト(α)粒生成に代表される組織の粗大化が生じ易い。よって、大入熱溶接を施したときの溶接熱影響部のうちのボンド部の靱性(以下「大入熱HAZ靱性」ということがある)が高く、その結果、大入熱溶接後も安全性のより高い溶接構造物を得ることが求められている。
一方、上記特許文献1には、伸び特性が考慮されておらず、また、伸びを実現するための手段も検討されていない。更に、特許文献2および特許文献3には、大入熱溶接特性について何ら考慮されておらず、更に特許文献3は、鋼板の低温靱性についても何ら考慮されておらず、これらの特性の改良の余地があると思われる。本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、降伏強度と引張強度が高く、伸び特性と母材の低温靱性に優れると共に、大入熱HAZ特性にも優れた高強度鋼板を提供することを目的とする。
本発明の態様1は、
C:0.020質量%以上、0.10質量%以下、
Si:0.10質量%以上、0.60質量%以下、
Mn:1.55質量%以上、2.20質量%以下、
P :0質量%超、0.015質量%以下、
S :0質量%超、0.002質量%以下、
Al:0.015質量%以上、0.070質量%以下、
Ti:0.005質量%以上、0.025質量%以下、
N :0.0025質量%以上、0.0060質量%以下、
Ca:0.0005質量%以上、0.0030質量%以下、
B :0.0005質量%以上、0.0030質量%以下、
Cu:0.20質量%以上、0.70質量%以下、
Ni:1.05質量%以上、2.20質量%以下、
Cr:0.50質量%以上、1.50質量%以下、
Mo:0.25質量%以上、0.60質量%以下、および
V :0.01質量%以上、0.07質量%以下
を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、
下記式(1)で表されるPcmが0.30以下、
下記式(2)で表されるCeqが0.60以上、0.75以下、
下記式(3)で表されるBT値が2.50以上、3.00以下、および
下記式(4)で表されるLCB値が25以上、45以下であり、
鋼組織が、
ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率が96.0%以上、
MA(Martensite-Austenite constituent)の面積率が4.0%以下、および
旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比が3以上、20以下を満たす、高強度鋼板である。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/14 ・・・(2)
BT値=0.85×[Mn]+0.37×[Ni]+0.47×[Cr]+0.39×[Mo] ・・・(3)
LCB値=(0.33×[Mn]+0.15×[Ni]+0.69×[Cr]+1.01×[Mo])/[C] ・・・(4)
上記式(1)~(4)において、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]および[B]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,VおよびBの各含有量(質量%)を示し、含まない元素はゼロとする。
本発明の態様2は、
Nb:0質量%超、0.020質量%以下、Zr:0質量%超、0.010質量%以下、Mg:0質量%超、0.010質量%以下、およびREM:0質量%超、0.010質量%以下よりなる群から選択される1種以上を更に含む、態様1に記載の高強度鋼板である。
本発明の態様3は、
態様1または態様2に記載の化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が950℃以上、1250℃以下になるように加熱した後、表面温度が950℃以下の温度域で、累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度が表面温度で680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う未再結晶圧延工程を含む、圧延工程と、
圧延完了後に表面温度が300℃以下となるまで空冷する冷却工程と、
上記冷却後に、表面温度が540℃以上、640℃以下の温度域で焼戻しを行う焼戻し工程と
を含む、態様1または態様2に記載の高強度鋼板の製造方法である。
本発明の態様4は、
態様1または態様2に記載の化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が950℃以上、1250℃以下になるように加熱した後、表面温度が950℃以下の温度域で、累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度が表面温度で680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う未再結晶圧延工程を含む、圧延工程と、
圧延完了後に表面温度が300℃以下となるまで空冷する冷却工程と、
表面温度が750℃以上であって下記式(5)で計算されるAc3点未満となるように再加熱した後、10℃/s以上の平均冷却速度で表面温度が300℃以下となるまで冷却する、再加熱・焼入れ工程と、
上記再加熱・焼入れ後に、表面温度が540℃以上、640℃以下の温度域で焼戻しを行う焼戻し工程と
を含む、態様1または態様2に記載の高強度鋼板の製造方法である。
Ac3点=-230.5×[C]+31.6×[Si]-20.4×[Mn]-39.8×[Cu]-18.1×[Ni]-14.8×[Cr]+16.8×[Mo]+912 ・・・(5)
上記式(5)において、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr]および[Mo]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,CrおよびMoの各含有量(質量%)を示し、含まない元素はゼロとする。
本発明によれば、降伏強度と引張強度が高く、伸び特性と母材の低温靱性に優れると共に、大入熱HAZ特性にも優れた高強度鋼板と、該高強度鋼板の製造方法を提供できる。
本発明者らは鋭意検討した結果、所定の化学成分組成、特には、後述のBT値、LCB値等のパラメータの最適化、最適量のMoおよびVを含有させると共に、鋼板の製造過程において、圧延条件と圧延後の冷却条件等を制御することにより、所望の強度として所望の引張強度と降伏強度、特には所望の降伏強度、伸び、母材の低温靭性および大入熱HAZ靭性の全てを兼ね備えた鋼板が得られることを見出した。
特に、所定量のVを含有させることにより、Vの炭窒化物であるV(C,N)が鋼中に微細に分散し、強度(引張強度、降伏強度)、伸びを向上させ、特に圧延後の冷却が空冷である場合にも、高い降伏強度を確保することができる。さらに所定量のVを含有させることにより、溶接時に、継手部に上記V(C,N)が析出して粒内フェライトの生成が促進され、継手部の組織が微細化することにより大入熱HAZ靱性を向上できる。そしてその結果、高強度(高い降伏強度と高い引張強度)、優れた伸び、および母材の優れた低温靭性と、優れた大入熱HAZ靭性の全てを併せて達成できることを見いだした。なお、本発明における「空冷」とは、圧延後の鋼板を大気中に放置し、周囲の大気により抜熱されることによる冷却を意味する。前記冷却の冷却速度は季節により異なりうるが、本発明には影響しない。また本明細書では、母材の低温靱性を「母材靱性」または「母材の靱性」ということがあり、大入熱HAZ靱性を「HAZ靱性」ということがある。以下、本実施形態の高強度鋼板(以下「鋼板」ということがある)の鋼組織、化学成分組成、特性、および高強度鋼板の製造方法について順に説明する。
1.鋼組織
以下に本発明の高強度鋼板の鋼組織の詳細を説明する。以下の鋼組織の説明では、そのような組織を有することにより各種の特性を向上できるメカニズムについて説明している場合がある。これらは本発明者らが現時点で得られている知見により考えたメカニズムであるが、本発明の技術的範囲を限定するものではないことに留意されたい。
[ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率が96.0%以上]
鋼板の製造過程にて高温で変態が開始される等により、鋼板の鋼組織に占める軟質なフェライトの量が多くなると、高強度、特に、降伏強度700MPa以上を満足することが困難になる。よって、高強度の確保にはベイナイト及びマルテンサイトを主体組織とすることが必要である。具体的には、ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率を、鋼の全組織に対して96.0%以上とする必要がある。ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率が96.0%を下回ると、鋼組織に占めるフェライトが増加し、上述の通り引張特性の確保が困難になる。ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率は、好ましくは98%以上である。ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率は高いほどよく、上限は特に限定されず、最も好ましくは100%である。なお、ベイナイトとマルテンサイトの個々の分率は特に限定されない。ベイナイトとマルテンサイトのうちの1以上が主体組織であればよく、例えばベイナイトの面積率が鋼の全組織に対して96.0%以上でも問題なく、更にはベイナイトの面積率が鋼の全組織に対して100%、すなわち鋼の全組織がベイナイトで形成されていてもよい。残部組織は後述のMAの面積率が4.0%以下であれば特に限定しない。MA以外の残部組織としては、例えばフェライト、パーライト等が挙げられる。
[MA(Martensite-Austenite constituent)の面積率が4.0%以下]
高強度を確保するには、MAの面積率を鋼の全組織に対して4.0%以下とする必要がある。MAとは、martensite-austenite constituentの略であり、マルテンサイトとオーステナイトの複合体(複合組織)である。MAの面積率が4.0%を超えると、硬質なMAによる降伏比の低減効果により、降伏強度が低下し、高い降伏強度を達成することができない。加えて、硬質なMAが鋼組織中に分散すると、MAを起点に亀裂が発生し、母材の高い低温靱性が得られない。MAの面積率は、好ましくは1%以下である。MAの面積率は少ないほどよく、下限は特に限定されず、最も好ましくは0%である。
[旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比が3以上、20以下]
前述の通り、例えば条件の厳しい冷間曲げ加工を行った後にも、母材の良好な低温靭性(vE-40≧100J)を確保するには、鋼組織を上述の通りベイナイト及びマルテンサイト主体とするとともに、旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比を大きくする必要がある。ここで、「旧オーステナイト粒(旧γ粒)」とは、ベイナイトやマルテンサイトに変態する前の組織粒をいう。前記変態後も旧オーステナイト粒の粒界は残るため、それを旧γ粒と表現している。
前記アスペクト比は、母材の良好な低温靭性を確保するため3以上とする。前記アスペクト比は好ましくは4以上である。一方、前記アスペクト比が大きすぎると、母材の低温靱性がかえって劣り、-40℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギーが小さくなる。よって、前記アスペクト比は20以下とする。前記アスペクト比は好ましくは10以下である。なお、上記「圧延方向」とは、鋼板の製造過程における圧延工程で1回以上の圧延パスのうち最終の圧延パス(最終パス)の圧延の方向をいう。本実施形態の製造方法で製造された鋼板では、特に、未再結晶圧延工程で1回以上の圧延パスのうち最終の圧延パス(最終パス)の圧延の方向をいう。
2.化学成分組成
以下に本実施形態に係る高強度鋼板の化学成分組成について説明する。
[C:0.020質量%以上、0.10質量%以下]
Cは、鋼板の高強度化に寄与する元素である。C含有量が0.020質量%未満であると、所望の組織が十分得られず、必要な母材強度を確保することが困難になる。そのため、C含有量は0.020質量%以上とする。C含有量は、好ましくは0.030質量%以上、より好ましくは0.040質量%以上である。一方、Cは、HAZ靭性を劣化させる元素であり、また耐溶接割れ性を劣化させやすい元素でもある。C含有量が0.10質量%を超えると、母材強度は確保しやすくなるが、鋼板表面部の硬さが大きくなり曲げ加工性が劣化する。更に、C含有量が過剰であると、MAが残留しやすくなり、高強度と高い母材靭性を得ることが困難となる。また、焼戻し後に析出する炭化物のサイズ(炭化物の平均円相当直径)が大きくなり、伸び特性の低下を招く。これらの観点から、C含有量の上限は0.10質量%とする。C含有量は、好ましくは0.065質量%以下、より好ましくは0.060質量%以下である。
[Si:0.10質量%以上、0.60質量%以下]
Siは、脱酸材として有効な元素である。またSiは、母材強度の向上に有効な元素である。更に、Siはセメンタイトに固溶しにくい元素であるため、セメンタイトを微細分散させ、伸びの向上にも寄与する。これらの効果を発揮させるため、Si量を0.10質量%以上とする。Si量は好ましくは0.15質量%以上、より好ましくは0.20質量%以上である。しかし、Si含有量が過剰になると、MAが形成され母材の強度と低温靭性の確保が困難となる。加えて、大入熱HAZ靭性と溶接性の劣化も招きやすくなる。よってSi含有量は0.60質量%以下とする。Si含有量は、好ましくは0.50質量%以下、より好ましくは0.40質量%以下である。
[Mn:1.55質量%以上、2.20質量%以下]
Mnは、オーステナイトを安定化させ、変態温度を低温化させる元素である。またMnは、低温変態による結晶粒の微細化効果により母材の低温靱性の確保に有効な元素である。更にMnは、焼入れ性を向上させることによる強度向上に有効な元素である。更には、Mnは、低温変態により鋼中セメンタイトをベイナイト中に微細分散させ、伸びの向上に寄与する元素でもある。これらの効果を発揮させるため、Mn量を1.55質量%以上とする。Mn量は、好ましくは1.60質量%以上である。しかし、Mnを過剰に含有させると、伸び特性、母材の低温靭性および大入熱HAZ靭性がかえって劣化する。そのため、Mn含有量の上限は2.20質量%とする。好ましい上限は2.10質量%である。Mn含有量は、2.00質量%以下であってもよい。
[P:0質量%超、0.015質量%以下]
P(リン)は、母材の低温靱性と大入熱HAZ靭性に悪影響を及ぼす元素である。そのため、P含有量を0.015質量%以下に抑える必要がある。P含有量は、好ましくは0.0090質量%以下に抑える。P量は、少なければ少ないほど好ましいが、通常0.001質量%以上含まれうる。
[S:0質量%超、0.002質量%以下]
S(硫黄)は、MnSを形成して母材の低温靱性と大入熱HAZ靭性、更には母材の伸びを劣化させる元素である。そのため、S含有量は0.002質量%以下とする。S含有量は、好ましくは0.0010質量%以下に抑える。S量は、少なければ少ないほど好ましいが、通常0.0005質量%以上含まれうる。
[Al:0.015質量%以上、0.070質量%以下]
Alは、脱酸に必要な元素であり、0.015質量%以上含有させる。Al量は好ましくは0.020質量%以上である。一方、Alを過剰に含有させると、アルミナ系の粗大な介在物が形成され母材の低温靱性が低下する。そのため、Al含有量は0.070質量%以下とする。Al含有量は好ましくは0.040質量%以下である。
[Ti:0.005質量%以上、0.025質量%以下]
Tiは、高強度の確保、母材の低温靭性と大入熱HAZ靭性の向上に寄与する元素である。詳細には、Tiは、Nと窒化物(TiN)を形成し、母材の組織の微細化に作用して母材の低温靱性の向上に寄与する。また、HAZにおけるオーステナイト粒(γ粒)の粗大化を防止し、HAZの組織を微細化することで大入熱HAZ靭性の向上に寄与する。更にTiは、Bと組み合わせて使用することにより、フリーBを形成して焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する。これらの効果を発揮させるには、Tiを0.005質量%以上含有させる必要がある。Ti量は、好ましくは0.010質量%以上である。しかし、Ti含有量が過剰であると、TiNの他にTiCが析出し、母材の低温靭性と大入熱HAZ靭性が劣化する。よってTi含有量は0.025質量%以下、好ましくは0.020質量%以下とする。
[N:0.0025質量%以上、0.0060質量%以下]
Nは、TiとTiNを形成し、溶接時におけるγ粒の粗大化を防止し、大入熱HAZ靭性を向上させるのに有効な元素である。また母材の低温靱性の向上にも寄与する。N含有量が0.0025質量%未満であると、TiNが不足し、上記γ粒が粗大になり、大入熱HAZ靭性が劣化する。また、母材の低温靱性も劣化する。そのため、N含有量は0.0025質量%以上、好ましくは0.0030質量%以上とする。一方、N含有量が過剰になり、0.0060質量%を超えると、BNが形成されて、母材の強度と低温靭性、および大入熱HAZ靭性が劣化する。そのため、N含有量の上限は0.0060質量%とする。N含有量は、好ましくは0.0055質量%以下である。
[Ca:0.0005質量%以上、0.0030質量%以下]
Caは、MnSを球状化し、母材の低温靭性および耐溶接割れ性の向上に有効に作用する元素である。更にCaは、溶鋼中で低融点のAl-Ca酸化物を形成し、酸化物の凝集合体を防ぐ効果があり、大入熱HAZ靭性の改善に寄与する元素である。これらの効果を有効に発揮させるため、Caを0.0005質量%以上、より好ましくは0.0010質量%以上含有させる。しかし、Ca含有量が過剰であると、介在物が粗大化し、母材靭性を劣化させる。そのため、Ca含有量の上限は0.0030質量%とする。Ca含有量の上限は0.0025質量%とすることが好ましい。
[B:0.0005質量%以上、0.0030質量%以下]
Bは、溶接熱影響部においてオーステナイト粒界に偏析して粒界からの粗大なフェライト析出を抑制し、HAZ靭性向上に有効な元素である。またTiと共に含有させることにより、焼入れ性を高め、強度の向上に寄与する。そのため、Bは0.0005質量%以上含有させる。B量は、好ましくは0.0008質量%以上である。しかし、B含有量が過剰であると、粗大な析出物が形成されて焼入れ性がかえって低下する。そのため、B含有量の上限は0.0030質量%とする。B量は、好ましくは0.0025質量%以下、より好ましくは0.0020質量%以下である。
[Cu:0.20質量%以上、0.70質量%以下]
Cuは、溶接性とHAZ靭性に大きな悪影響を及ぼすことなく、母材の強度と靭性を向上させるのに有効な元素である。該効果を有効に発揮させるため、Cu量は0.20質量%以上とする。Cu量は、好ましくは0.30質量%以上、より好ましくは0.35質量%以上である。しかし、原料コストを低減する観点から、Cuは少ない方がよい。そのため、Cu量は0.70質量%以下、好ましくは0.60質量%以下、より好ましくは0.50質量%以下とする。
[Ni:1.05質量%以上、2.20質量%以下]
Niは、溶接性とHAZ靭性に大きな悪影響を及ぼすことなく、母材の強度と靭性を向上させるのに有効な元素である。該効果を有効に発揮させるため、Ni量は1.05質量%以上とする。Ni量は、好ましくは1.10質量%以上、より好ましくは1.20質量%以上である。しかし、原料コストを低減する観点から、Niは少ない方がよい。そのため、Ni量は2.20質量%以下、好ましくは2.00質量%以下、より好ましくは1.90質量%以下とする。
[Cr:0.50質量%以上、1.50質量%以下]
Crは高強度化に寄与する元素である。加えて、Crは合金炭化物を形成して安定化させる元素であり、炭化物のサイズを抑える効果がある。これらの効果を有効に得るため、Cr量は0.50質量%以上、好ましくは0.60質量%以上とする。一方、原料コスト低減の観点から、Cr量は1.50質量%以下、好ましくは0.95質量%以下、より好ましくは0.80質量%以下とする。
[Mo:0.25質量%以上、0.60質量%以下]
Moは、本発明において重要な元素の一つである。Moは炭化物として鋼中に微細に分散し、強度を向上させる効果を有する。特に、鋼板の製造過程における圧延後の冷却が加速冷却よりも冷却速度の緩やかな空冷であっても、高い降伏強度を確保するために必要な元素である。該効果を得るため、Mo量は0.25質量%以上、好ましくは0.30質量%以上、より好ましくは0.40質量%以上とする。一方、Mo量が多すぎるとHAZ靭性の劣化を招くため、Mo量は0.60質量%以下、好ましくは0.50質量%以下とする。
[V:0.01質量%以上、0.07質量%以下]
Vも、本発明において重要な元素の一つである。Vは、V炭窒化物(「V(C,N)」と示すこともある)として鋼中に微細に分散し、強度、伸びを向上させる効果を有する。特に、鋼板の製造過程における圧延後の冷却が加速冷却よりも冷却速度の緩やかな空冷であっても、高い降伏強度を確保するために必要な元素である。さらに、継手部ではV(C,N)の析出により粒内フェライトの生成が促進され、継手部の組織が微細化することにより大入熱HAZ靱性が向上する。これらの効果を得るため、V量は0.01質量%以上、好ましくは0.02質量%以上とする。一方、V量が多すぎる場合、粗大V(C,N)が析出して大入熱HAZ靭性がかえって劣化しやすい。よってV量は、0.07質量%以下、好ましくは0.06質量%以下、より好ましくは0.05質量%以下とする。
[残部がFe及び不可避不純物]
上記元素を含み、残部は、Fe及び不可避不純物からなる。不可避不純物としては、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる微量元素(例えば、As、Sb、Snなど)の混入が許容される。なお、例えば、PおよびSのように、通常、含有量が少ないほど好ましく、従って不可避不純物であるが、その組成範囲について上記のように別途規定している元素がある。このため、本明細書において、残部を構成する「不可避不純物」という場合は、別途その組成範囲が規定されている元素を除いた概念である。
本実施形態に係る高強度鋼板は、化学成分組成において、以上に述べた元素を含んでいればよい。下記に述べる選択元素は、含まれていなくてもよいが、上記元素と共に必要に応じて含有させることにより、大入熱HAZ靱性等の更なる向上に寄与する。以下、選択元素について説明する。
[Nb:0質量%超、0.020質量%以下、Zr:0質量%超、0.010質量%以下、Mg:0質量%超、0.010質量%以下、およびREM:0質量%超、0.010質量%以下よりなる群から選択される1種以上]
これらの元素は、母材とHAZの結晶粒の微細化に寄与し、母材と大入熱HAZの靱性等の更なる向上に有効な元素である。以下、各元素について説明する。
Nbは、製造過程でのオーステナイト結晶粒の再結晶抑制効果を通じて、フェライト結晶粒の微細化に寄与する元素である。当該効果を得るため、Nb量は0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.003質量%以上である。Nb含有量は、更に好ましくは0.008質量%以上である。一方、Nb含有量が過剰になると母材靭性が低下するため、その上限を0.020質量%とすることが好ましい。Nb含有量は、より好ましくは0.018質量%以下、更に好ましくは0.015質量%以下である。
Zrは、Tiと同様に窒化物を形成し、大入熱HAZ靱性を向上させるのに有効な元素である。該効果を得るため、Zr含有量は、0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.0001質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、より更に好ましくは0.0010質量%以上とする。一方、Zr含有量が過剰になると清浄度の低下を招く。従ってZr含有量は、好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下、更に好ましくは0.003質量%以下とする。
Mgは、酸化物、硫化物および酸硫化物等を形成し、HAZの結晶粒の粗大化防止に有効な元素である。該効果を得るため、Mg含有量は、0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.0001質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、より更に好ましくは0.0010質量%以上とする。一方、Mg含有量が過剰になると清浄度が低下する。従って、Mg含有量は、好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下、更に好ましくは0.003質量%以下とする。
REM(希土類元素)は、酸化物、硫化物および酸硫化物等を形成し、HAZの結晶粒の粗大化防止に有効な元素である。該効果を得るため、REM含有量は、0質量%超とすることが好ましく、より好ましくは0.0001質量%以上、更に好ましくは0.0005質量%以上、より更に好ましくは0.0010質量%以上である。一方、REM含有量が過剰になると清浄度が低下する。従って、REM含有量は、好ましくは0.010質量%以下、より好ましくは0.005質量%以下、更に好ましくは0.003質量%以下とする。上記「REM含有量」とは、Sc、Yの2元素と、LaからLuまでの15元素の計17元素の合計含有量を意味し、「REMを含有する」とは、これら17元素から選択される1つ以上を含有することを意味する。
[下記式(1)で表されるPcmが0.30以下
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
上記式(1)において、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]および[B]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,VおよびBの各含有量(質量%)を示し、含まない元素はゼロとする。下記式(2)~(4)についても同じである。]
Pcmは溶接割れ感受性組成と呼ばれ、厚肉で拘束度が大きい鋼板においても溶接割れを安定して抑制するには、0.30以下とする必要がある。本発明は、Pcmを0.30以下とすることにより、溶接割れを安定して抑制することができる。Pcmは、好ましくは0.29以下である。Pcmの値は小さいほど好ましく、Pcmの下限は特に限定されないが、本実施形態の鋼板の化学成分組成では、Pcmの下限はおおよそ0.24程度となる。
[下記式(2)で表されるCeqが0.60以上、0.75以下
Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/14 ・・・(2)]
Ceqは炭素当量と呼ばれるパラメータである。製造過程において圧延後の冷却が加速冷却よりも冷却速度の緩やかな空冷であってもベイナイトまたはマルテンサイト主体組織を確保するため、Ceqを0.60以上とする。Ceqは、好ましくは0.62以上、より好ましくは0.65以上である。Ceqの上限は特に限定されないが、溶接性を確保する観点から0.75程度となる。
[下記式(3)で表されるBT値が2.50以上、3.00以下
BT値=0.85×[Mn]+0.37×[Ni]+0.47×[Cr]+0.39×[Mo] ・・・(3)]
本発明の製造方法において、DQプロセスを用いず空冷等の比較的遅い冷却速度で冷却する場合に、高い降伏強度を得るには、変態後の組織に占めるベイナイト分率を高めることが重要であり、そのためには、オーステナイト相を熱力学的に安定化させることにより高温域でのフェライト変態を抑制することが重要である。そしてそのためにはMn、Ni、Cr、およびMoの含有量を最適化する必要がある。本発明者らは、該元素の含有量の最適化のためのパラメータとしてBT値を見いだした。BT値を表す上記式(3)における各元素の係数は、空冷時に各元素が示すオーステナイト安定化効果の程度から実験的に求めたものである。BT値が2.50を下回ると、ベイナイト分率が低下し所望の組織が得られない。よってBT値は2.50以上とする。BT値は好ましくは2.65以上である。一方、BT値が3.00を上回ると、変態温度が低くなりすぎて、著しい硬化による母材の靭性劣化を招く。BT値は好ましくは2.90以下、より好ましくは2.80以下である。
[下記式(4)で表されるLCB値が25以上、45以下
LCB値=(0.33×[Mn]+0.15×[Ni]+0.69×[Cr]+1.01×[Mo])/[C] ・・・(4)]
70kJ/cmを超えるような大入熱溶接においてHAZ靱性を確保するには、HAZ組織を微細化し、さらにMAを低減させることが重要である。ここで、溶接熱影響部の中でも特に粗粒域のCGHAZ(粗粒熱影響部)組織を微細化させるには、オーステナイトからベイナイトへの変態温度を低温化させることが重要であり、そのためには、Mn、Ni、Cr、Moの含有量を最適化する必要がある。また、MAを低減させるには、C含有量を低減すると同時に上述の変態温度を適正化する必要がある。これらを包括的に説明するパラメータとして、本発明者らはLCB値を見いだした。LCB値を説明する式(4)における各元素の係数は、各元素の、溶接熱履歴における変態温度を低下させる効果の程度から実験的に求めたものである。LCB値が25を下回ると、組織の粗大化やMAの増加が懸念される。よってLCB値は25以上とする。LCB値の下限は好ましくは27であり、より好ましい下限は30である。一方、LCB値が45を上回ると、変態温度が低くなりすぎて、著しい硬化による大入熱HAZの靭性劣化を招く。LCB値の上限は好ましくは40であり、より好ましい上限は38である。
3.特性
上述のように本実施形態の高強度鋼板は、降伏強度、引張強度、伸び特性および母材の低温靱性に優れると共に、大入熱HAZ特性に優れている。
[強度(引張強度、降伏強度)]
引張強度(TS)は、780MPa以上であって、例えば930MPa以下の範囲とすることができる。降伏強度(YP)は、700MPa以上である。
[伸び特性]
本発明では、伸び特性を、TSと全伸び(El.)との積(TS×El.)で評価する。TS×El.は19200MPa%以上である。19200MPa%以上のTS×El.を有することで、高強度と高い延性を同時に有する、高レベルの強度-延性バランスを得ることができる。TS×El.は、好ましくは19400MPa%以上、より好ましくは19700MPa%以上、更に好ましくは20000MPa%以上である。
[母材の低温靱性]
本実施形態の鋼板は、母材の低温靱性を-40℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギーで評価する。母材の-40℃でのシャルピー衝撃吸収エネルギー(vE-40℃)は、100J以上である。上記基準を達成する場合、例えば角形鋼管の製造で施されるような曲げ内半径2.5tの非常に厳しい冷間曲げ加工が施された場合であっても、高い低温靱性を維持できる。本実施形態の鋼板は、更に、150J以上のvE-40℃を達成しうる。
[大入熱HAZ靱性]
本実施形態の鋼板は、大入熱溶接したときに形成されるHAZ(溶接熱影響部)が、優れた低温靭性を有する。具体的には、例えば、SAWの大入熱(70kJ/cm)溶接を施したときに、-15℃でのHAZ靭性が150Jを超える。
本実施形態に係る高強度鋼板は、板厚が例えば6mm以上、40mm以下、更には32mm以下であることが挙げられる。上記板厚の範囲内の場合に、本実施形態の製造方法によって、本実施形態の鋼板が得られやすいため好ましい。
4.製造方法
次に本実施形態に係る高強度鋼板の製造方法について説明する。本実施形態の高強度鋼板の製造方法は、V(C,N)の析出により、特に所望の大入熱HAZ靱性を確保し、更に鋼板の平坦度を確保するため、圧延後の冷却を比較的遅くすることに特徴がある。
本実施形態の一つの高強度鋼板の製造方法(以下「第1製造方法」)は、前記化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が950℃以上、1250℃以下になるように加熱した後、表面温度が950℃以下の温度域で、累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度が表面温度で680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う未再結晶圧延工程を含む、圧延工程と、
圧延完了後に表面温度が300℃以下となるまで空冷する冷却工程と、
上記冷却後に、表面温度が540℃以上、640℃以下の温度域で焼戻しを行う焼戻し工程とを含む。
本実施形態の他の高強度鋼板の製造方法(以下「第2製造方法」)は、前記第1製造方法の冷却工程と焼戻し工程の間に、表面温度が750℃以上であって下記式(5)で計算されるAc3点未満となるように再加熱した後、10℃/s以上の平均冷却速度で表面温度300℃以下まで冷却する再加熱・焼入れ工程が含まれる。
Ac3点=-230.5×[C]+31.6×[Si]-20.4×[Mn]-39.8×[Cu]-18.1×[Ni]-14.8×[Cr]+16.8×[Mo]+912 ・・・(5)
上記式(5)において、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr]および[Mo]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,CrおよびMoの各含有量(質量%)を示し、含まない元素はゼロとする。
以下では、第1製造方法と第2製造方法で共通する、加熱と圧延工程、圧延後の冷却工程、焼戻し工程についてまず説明する。
[表面温度が950℃以上、1250℃以下になるように加熱]
前記化学成分組成を満たす鋼片を、表面温度が950℃以上、1250℃以下に加熱する。加熱温度が低いと元素の固溶が小さく、炭窒化物が再固溶せずその後の圧延及び熱処理で粗大化する。そのため、加熱温度は表面温度で950℃以上とする。加熱温度は好ましくは表面温度で1000℃以上である。一方、加熱温度が高すぎると、γ(オーステナイト)粒が粗大となり、母材の高い低温靱性の確保が困難となる。そのため、加熱温度は表面温度で1250℃以下とする。加熱温度は好ましくは表面温度で1200℃以下である。前記鋼片は通常行われる方法で溶製、鋳造等を行い製造すればよい。
[圧延工程]
本実施形態の製造方法における圧延工程は、表面温度が950℃以下の温度域で、累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度が表面温度で680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う未再結晶圧延工程を含む。
未再結晶圧延工程では、オーステナイトが再結晶しない、いわゆる未再結晶域である950℃以下の温度域で、当該温度域における累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度FRT(Finishing Rolling Temperature)が680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う。優れた母材の低温靱性と所望の降伏強度を確保するには、この未再結晶域で累積圧下率を10%以上確保することが必要である。前記累積圧下率は、好ましくは40%以上である。一方、未再結晶域の累積圧下率が80%を超えると、γ(オーステナイト)粒のアスペクト比が大きくなりすぎて、母材の低温靭性が低下する。そのため、未再結晶域の累積圧下率は80%以下とする。前記累積圧下率は、好ましくは75%以下である。また、圧延完了温度FRTが680℃を下回ると、生産性の低下に繋がる。そのため、圧延完了温度FRTは680℃以上、950℃以下とする。圧延完了温度FRTは、例えば700℃以上、更には750℃以上であってもよい。未再結晶圧延工程の圧延パスの回数は1回以上であればよい。なお、累積圧下率は対象とする各圧延パスにおける圧下率の和であり、下記式(6)で求めた各圧延パスにおける圧下率の総和として求めることができる。
圧下率(%)=(H-H)/H×100 ・・・(6)
ここで、Hは、圧延パスの入側板厚(mm)であり、Hは圧延パスの出側板厚(mm)である。
本実施形態の製造方法における圧延工程は、未再結晶圧延工程が上記条件を満たしていればよく、その他の条件は特に問わない。圧延工程は、再結晶域での圧延工程を含みうるがその条件は特に限定されない。
[圧延後の冷却工程]
圧延後、表面温度が300℃以下となるまで空冷する。冷却は、表面温度が300℃以下となればよく、その下限は特に限定されない。一つの実施形態として、上記圧延完了温度から、表面温度が例えば室温またはそれ以上であって300℃以下の温度まで冷却することが挙げられる。一つの実施形態として、例えば、表面温度が室温となるまで冷却することなく下記の再加熱を行ってもよい。
一般的な高強度鋼板の製造方法では、圧延後200℃以下まで加速冷却(直接焼入れ;DQ)が行われる。それに対して本発明では、圧延後の冷却でV(C,N)を適正に析出させ、優れた大入熱HAZ靱性を確保するため、2℃/s未満の平均冷却速度で冷却、好ましくは空冷を行う。更に、例えば板厚が40mm以下、更には35mm以下の場合、上記加速冷却により平坦度の不良が生じやすく、結果として生産性の低下を招きやすい。よって高強度鋼板の板厚が前述の通り薄い場合、鋼板の平坦度確保の観点からも上記の通り冷却するのがよい。
鋼板の平坦度確保の観点から、圧延後、放冷することが好ましいが、水冷を除外するものではない。ただし、冷却速度が過剰に早いと、組織微細化に寄与するV炭窒化物が十分に析出せず、鋼板強度の低下と大入熱HAZ靭性の劣化を招く。よって、この圧延後の冷却工程では、上記の通り、平均冷却速度の上限を2℃/s未満とする。一方、特許文献2では、圧延後の冷却速度が2℃/s以上と比較的速い条件となっており、V炭窒化物によるHAZ部の組織微細化を十分に図ることができず、良好な大入熱HAZ靱性の確保のためには、改良の余地があると考える。
[再加熱・焼入れ工程]
第2製造方法では、前記圧延後の冷却工程の後、表面温度が750℃以上、Ac3点未満の二相域温度で焼入れを行う。大入熱HAZ靱性、強度の向上に寄与するV(C,N)等の析出物をより適正に析出させる場合には、この第2製造方法の通り、圧延し冷却後であって焼戻し工程の前に、表面温度が750℃以上、Ac3点未満の温度域(二相域)に再加熱後、10℃/s以上の平均冷却速度で表面温度300℃以下まで冷却を行うことが好ましい。上記二相域熱処理を実施することにより生成したベイナイト中に、微細なV(C,N)等の炭窒化物が生成し、大入熱HAZ靱性と強度の更なる向上が可能となる。この効果を発揮するには750℃以上の加熱が必要である。一方、Ac3点よりも高温であると、過剰な高強度化、旧オーステナイト粒の粗大化による最終組織の粗大化により、母材の低温靱性が劣化する。よって圧延後の冷却工程の後、高温に加熱せず、第1製造方法の通り焼戻しを行うか、焼入れする場合であっても、第2製造方法の通り、焼入れ温度はAc3点未満とする。好ましい二相域焼入れ温度の下限は760℃、好ましい二相域焼入れ温度の上限はAc3点-10℃である。Ac3点(℃)は上記式(5)から求められる。
第2製造方法では、上記焼入れのための冷却を、上記二相域温度から10℃/s以上の平均冷却速度で表面温度300℃以下まで行う。前記平均冷却速度は、更には20℃/s以上であってもよく、上限は400℃/s程度である。特許文献3では、Ac3点以上の高い温度から焼入れが行われており、母材の良好な低温靱性の確保は難しいと思われる。また、特許文献3の鋼板はVを含むものでもなく、優れた大入熱HAZ靱性の確保についても難しいとも思われ、例えば現場の施工効率向上と施工コスト低減の観点から改良の余地があると考える。
[焼戻し工程]
第1製造方法では冷却工程での冷却後、第2製造方法では上記再加熱・焼入れ工程の後に、焼戻しを行う。焼戻しは、表面温度が540℃以上、640℃以下の温度域で行う。焼戻しにより、MAが低減し、強度および靱性の両立が可能となる。焼戻し温度の好ましい下限は表面温度で550℃であり、焼戻し温度の好ましい上限は表面温度で630℃である。
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明は以下の実施例によって制限を受けるものではなく、前述および後述する趣旨に合致し得る範囲で、適宜変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
1.サンプル作製
表1に示した化学成分組成の鋼片を用い、表面温度が、試料No.1と2は1070℃、それ以外は1100℃になるように加熱した後、表面温度が950℃以下の温度域で、表2に示す累積圧下率となるように、表2に示す圧延完了温度まで圧延を行った。圧延完了後は、表面温度が300℃以下となるまで空冷した。なお、前記鋼片として、連続鋳造法を用いて得られたスラブまたは鋳型を用いた造塊法で得た鋳塊を用いた。
次いで、試料No.1および3~8については、表面温度が表2に示す焼戻し温度となるまで加熱して焼戻しを行い、サンプルを得た。また試料No.2については、表面温度が780℃となるまで加熱した後、25℃/sの平均冷却速度で表面温度が室温となるまで冷却し、次いで、表面温度が表2に示す焼戻し温度となるまで加熱し、焼戻しを行ってサンプルを得た。サンプル(鋼板)の板厚を表2に示す。表2に示した各工程の温度は放射温度計を用いて表面温度を測定した値である。また、表1および後記の表3における数値の下線は、規定する範囲を外れた数値であることを示す。
Figure 2023067193000001
Figure 2023067193000002
作製したサンプルを用いて、鋼組織の観察と機械的特性の評価を下記の通り行った。
2.鋼組織
鋼組織の観察は以下のようにして実施した。
(1)圧延方向に平行でかつ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取する。
(2)湿式エメリー研磨紙(#150~#1000)での研磨、またはそれと同等の機能を有する研磨方法(ダイヤモンドスラリー等の研磨剤を用いた研磨等)により、観察面の鏡面仕上げを行う。
(3)研磨されたサンプルを、目的に応じて3%ナイタール溶液、レペラ溶液を用いて腐食し、結晶粒界、MAを現出させる。
(4)t(板厚)/4部位において、現出させた組織を光学顕微鏡により観察して(観察倍率:400倍,観察領域:約200μm×約160μm)、ポリゴナルフェライト(表3では「フェライト」と表記)、ベイナイト及びマルテンサイト、並びにMAの組織分率と、旧γ粒のアスペクト比とを算出した。算出された組織分率に基づいて、全組織に対するベイナイト及びマルテンサイトの面積率、全組織に対するフェライトの面積率、並びに、全組織に対するMAの面積率を算出した。これらの測定結果を表3に示した。
なお、ここでいうベイナイトは、上部ベイナイト、下部ベイナイト、ベイニティックフェライトなどが焼戻された組織をいうが、一般的に焼戻マルテンサイトも含め、これらの組織を選別することは難しいこと、組織が十分焼き戻されていることから、ポリゴナルフェライト(フェライト)、MA以外の組織を、ベイナイト及びマルテンサイトとした。なお、本実施例で使用したいずれの試験片にも、パーライト組織は含まれていないことも確認した。
3.機械的特性
<引張試験>
各鋼板サンプルの板厚t/4位置から、圧延方向および板厚方向に垂直にJIS Z 2241の4号試験片(丸棒形状)(丸棒の中心軸が板厚t/4位置となるように採取)、またはJIS Z 2241の1A号試験片および5号試験片(平板引張、全厚採取)を用いて、JIS Z 2241に従って引張り試験を実施した。そして、引張強度(TS)780MPa以上、930MPa以下、降伏強度700MPa以上、およびTS×El.が19200MPa%以上を満たすものを、高強度であって、伸び特性が優れていると評価した。
<シャルピー衝撃試験(母材の低温靱性の評価)>
試験片の中心軸が鋼板の板厚t/4の深さの位置となり、試験片の長手方向が圧延方向と平行となるように、フルサイズのシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2202のVノッチ試験片)を各鋼板サンプルから3本ずつ採取した。得られたシャルピー衝撃試験片を用いて-40℃でシャルピー衝撃試験を行い、シャルピー衝撃吸収エネルギーvE-40℃を測定した。これら各3本ずつのシャルピー衝撃試験測定結果の平均値を表3の「vE-40℃」欄に示す。vE-40℃が100J以上を母材の低温靭性に優れていると判定した。
<大入熱HAZ靱性の評価>
鋼板サンプルのt/2位置から55mm(圧延方向)×323mm(圧延方向と板厚方向に垂直な方向)×12.5mm(板厚)の試験片を採取した(試験片の板厚方向の中心がt/2の位置となるように採取)。得られた試験片を1370℃で5秒間保持した後、900℃までの冷却時間が60秒、900℃から500℃までが83秒、500℃から200℃までが70秒となるように速度を制御して冷却した。これは、SAWの大入熱(70kJ/cm)溶接を施したときを模擬したボンド部の熱サイクルである。熱サイクルを施した後の試験片から、フルサイズのシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2202のVノッチ試験片)を3本ずつ採取し、-15℃でシャルピー衝撃試験を行い、シャルピー衝撃吸収エネルギーvE-15℃を測定した。これら各3本ずつのシャルピー衝撃試験測定結果の平均値を表3の「HAZ靭性vE-15℃」欄に示す。HAZ靭性vE-15℃が150Jを超えるものを、大入熱HAZ靭性に優れると判定した。
Figure 2023067193000003
表1~3の結果から次のことがわかる。試料No.1、2、3および7はいずれも、本発明の実施形態で規定する化学成分組成と製造方法の要件の全てを満足している。その結果、表3に示すように試料No.1、2、3および7は鋼組織の要件を満たし、特性として、引張強度、降伏強度、伸び特性および母材の低温靭性の何れもが優れている。更に、試料No.3および7の大入熱HAZ靭性の評価結果から、本発明の実施形態で規定する化学成分組成を満たす鋼板サンプルは、優れた大入熱HAZ靭性を示すことがわかる。試料No.1、2の大入熱HAZの実験値はないが、これらは試料No.3と同等の成分系であり、特に大入熱HAZ靭性への影響が大きいと考えられるV含有量とLCB値が同じであるため、試料No.3と同程度の大入熱HAZ靭性を示すと考えられる。
なお本実施例では、同じ化学成分組成を有する鋼片を用い、第2製造方法により得られた試料No.2の鋼板よりも、第1製造方法により得られた試料No.1の鋼板の方が、強度が高い。これは、試料No.1の鋼板は、試料No.2の鋼板よりも板厚が薄く、圧延後の冷却(空冷)速度が速いため高強度となったと考えられる。このことから、試料No.1と試料No.2の鋼板の板厚が同じである場合、第2製造方法により鋼板を製造すれば、強度の更なる向上、更には、微細なV(C,N)生成による大入熱HAZ靭性の更なる向上を達成しやすいと考えられる。
一方、試料No.4、5、6および8はいずれも、本発明の実施形態で規定する化学成分組成を満足していない。具体的に、試料No.4ではSi含有量が規定範囲よりも少なく、降伏強度が700MPaに満たないためTS×El.が小さく、伸び特性に劣る結果となった。試料No.5、6はいずれも、BT値が規定よりも小さく、鋼組織におけるベイナイト面積率が小さく、降伏強度が700MPaに満たなかった。試料No.8は、V含有量が規定範囲よりも少なく、降伏強度が700MPaを下回り、TS×El.も低く、更には大入熱HAZ靱性の値も150J以下であり低くなった。

Claims (4)

  1. C:0.020質量%以上、0.10質量%以下、
    Si:0.10質量%以上、0.60質量%以下、
    Mn:1.55質量%以上、2.20質量%以下、
    P :0質量%超、0.015質量%以下、
    S :0質量%超、0.002質量%以下、
    Al:0.015質量%以上、0.070質量%以下、
    Ti:0.005質量%以上、0.025質量%以下、
    N :0.0025質量%以上、0.0060質量%以下、
    Ca:0.0005質量%以上、0.0030質量%以下、
    B :0.0005質量%以上、0.0030質量%以下、
    Cu:0.20質量%以上、0.70質量%以下、
    Ni:1.05質量%以上、2.20質量%以下、
    Cr:0.50質量%以上、1.50質量%以下、
    Mo:0.25質量%以上、0.60質量%以下、および
    V :0.01質量%以上、0.07質量%以下
    を含み、残部がFe及び不可避不純物からなり、
    下記式(1)で表されるPcmが0.30以下、
    下記式(2)で表されるCeqが0.60以上、0.75以下、
    下記式(3)で表されるBT値が2.50以上、3.00以下、および
    下記式(4)で表されるLCB値が25以上、45以下であり、
    鋼組織が、
    ベイナイト及びマルテンサイトの合計面積率が96.0%以上、
    MA(Martensite-Austenite constituent)の面積率が4.0%以下、および
    旧オーステナイト粒の圧延方向の長さを板厚方向の長さで除した値であるアスペクト比が3以上、20以下を満たす、高強度鋼板。
    Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B] ・・・(1)
    Ceq=[C]+[Si]/24+[Mn]/6+[Ni]/40+[Cr]/5+[Mo]/4+[V]/14 ・・・(2)
    BT値=0.85×[Mn]+0.37×[Ni]+0.47×[Cr]+0.39×[Mo] ・・・(3)
    LCB値=(0.33×[Mn]+0.15×[Ni]+0.69×[Cr]+1.01×[Mo])/[C] ・・・(4)
    上記式(1)~(4)において、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr],[Mo],[V]および[B]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,Cr,Mo,VおよびBの各含有量(質量%)を示し、含まない元素はゼロとする。
  2. Nb:0質量%超、0.020質量%以下、Zr:0質量%超、0.010質量%以下、Mg:0質量%超、0.010質量%以下、およびREM:0質量%超、0.010質量%以下よりなる群から選択される1種以上を更に含む、請求項1に記載の高強度鋼板。
  3. 請求項1または請求項2に記載の化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が950℃以上、1250℃以下になるように加熱した後、表面温度が950℃以下の温度域で、累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度が表面温度で680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う未再結晶圧延工程を含む、圧延工程と、
    圧延完了後に表面温度が300℃以下となるまで空冷する冷却工程と、
    上記冷却後に、表面温度が540℃以上、640℃以下の温度域で焼戻しを行う焼戻し工程と
    を含む、請求項1または請求項2に記載の高強度鋼板の製造方法。
  4. 請求項1または請求項2に記載の化学成分組成を有する鋼片を、表面温度が950℃以上、1250℃以下になるように加熱した後、表面温度が950℃以下の温度域で、累積圧下率が10%以上、80%以下、且つ圧延完了温度が表面温度で680℃以上、950℃以下となるように熱間圧延を行う未再結晶圧延工程を含む、圧延工程と、
    圧延完了後に表面温度が300℃以下となるまで空冷する冷却工程と、
    表面温度が750℃以上であって下記式(5)で計算されるAc3点未満となるように再加熱した後、10℃/s以上の平均冷却速度で表面温度が300℃以下となるまで冷却する、再加熱・焼入れ工程と、
    上記再加熱・焼入れ後に、表面温度が540℃以上、640℃以下の温度域で焼戻しを行う焼戻し工程と
    を含む、請求項1または請求項2に記載の高強度鋼板の製造方法。
    Ac3点=-230.5×[C]+31.6×[Si]-20.4×[Mn]-39.8×[Cu]-18.1×[Ni]-14.8×[Cr]+16.8×[Mo]+912 ・・・(5)
    上記式(5)において、[C],[Si],[Mn],[Cu],[Ni],[Cr]および[Mo]は、それぞれC,Si,Mn,Cu,Ni,CrおよびMoの各含有量(質量%)を示し、含まない元素はゼロとする。
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