A.実施形態:
図1は、一実施形態としての燃料電池システム10の概略構成を示す説明図である。燃料電池システム10は、例えば、不図示の車両(以下、「燃料電池車両」とも呼ぶ)に搭載され、車両の動力を発生するトラクションモータ20や後述のエアコンプレッサ320等の補機に電力を供給するためのシステムとして機能する。トラクションモータ20は、例えば、三相交流モータであり、電動機または発電機として機能し得る。トラクションモータ20は、後述する電源回路500を介して燃料電池スタック100および二次電池550から供給される電力により燃料電池車両を駆動する。
燃料電池システム10は、燃料電池スタック100と、アノード側ガス供給排出機構200と、カソード側ガス供給排出機構300と、燃料電池循環冷却機構400と、電源回路500と、二次電池550と、制御部700とを備える。
燃料電池スタック100は、固体高分子型燃料電池であり、複数の発電体としての単セル110が積層されたセルスタックを有する。各単セル110は固体高分子電解質膜を挟んで設けられる膜電極接合体のアノード側触媒電極層に供給される燃料ガスと、カソード側触媒電極層に供給される酸化剤ガスとを用いた電気化学反応により電力を発生する。本実施形態において、燃料ガスは水素ガスであり、酸化剤ガスは空気である。触媒電極層は、触媒、例えば、白金(Pt)を担持したカーボン粒子や電解質を含んで構成される。単セル110において両電極側の触媒電極層の外側には、多孔質体により形成されたガス拡散層が配置されている。多孔質体としては、例えば、カーボンペーパーおよびカーボンクロス等のカーボン多孔質体や、金属メッシュおよび発泡金属等の金属多孔質体が用いられる。燃料電池スタック100の内部には、燃料ガス、酸化剤ガス、および冷却媒体を流通させるためのマニホールド(図示省略)が積層方向に沿って形成されている。燃料電池スタック100は、セルスタックの両端を挟む一対の電極板111を備えている。一対の電極板111は、燃料電池スタック100における総合電極として機能する。
アノード側ガス供給排出機構200は、「燃料ガス供給部」に相当し、燃料電池スタック100への燃料ガスの供給、燃料電池スタック100からのアノードオフガスの排出、および、アノードオフガス中の燃料ガスの燃料電池スタック100への循環供給を行なう。
アノード側ガス供給排出機構200は、タンク210と、遮断弁220と、調圧弁221と、インジェクタ222と、気液分離器250と、循環用ポンプ240と、パージ弁260と、燃料ガス供給流路231と、第1アノードオフガス排出流路232と、ガス循環路233と、第2アノードオフガス排出流路262と、第1圧力センサ271と、第2圧力センサ272と、第3圧力センサ273と、を備える。
タンク210は、燃料ガスとして高圧の水素ガスを貯蔵している。タンク210は、燃料ガス供給流路231を介して燃料電池スタック100に燃料ガスを供給する。遮断弁220は、タンク210における燃料ガスの供給口近傍に配置され、タンク210からの燃料ガスの供給の実行と停止とを切り替える。調圧弁221は、燃料ガス供給流路231において遮断弁220の下流側且つインジェクタ222の上流側に配置されている。調圧弁221は、自身の上流側圧力(「一次圧」とも呼ぶ)を、予め設定されている自身の下流側圧力(「二次圧」とも呼ぶ)に調整する。インジェクタ222は、燃料ガス供給流路231において調圧弁221の下流側に配置され、燃料電池スタック100に燃料ガスを噴射する。このとき、インジェクタ222における燃料ガスの噴射周期および噴射デューティ(噴射周期の一周期あたりに水素ガスを噴射する時間の割合)が調整されることにより、燃料電池スタック100への燃料ガスの供給量及び圧力が調整される。なお、第1圧力センサ271は上記一次圧を測定し、第2圧力センサ272は二次圧を測定し、第3圧力センサ273はインジェクタ222の下流側圧力を測定する。
気液分離器250は、第1アノードオフガス排出流路232に配置され、燃料電池スタック100から排出されたアノードオフガスに含まれる液体を分離して第2アノードオフガス排出流路262に排出するとともに、液体が分離された後のアノードオフガスをガス循環路233に排出する。また、気液分離器250は、アノードオフガスから分離された液体を貯留し、パージ弁260が開いた場合には、貯留された液体を第2アノードオフガス排出流路262に排出する。アノードオフガスに含まれる液体とは、例えば、各単セル110における電気化学反応によりカソード側にて生じた生成水であって電解質膜を介してアノード側に透過した生成水が該当する。液体が分離された後のアノードオフガスには、各単セル110における電気化学反応で用いられなかった水素ガス、および、各単セル110において固体高分子膜を介してカソード側からアノード側へと透過した窒素ガスが含まれ得る。
循環用ポンプ240は、ガス循環路233に配置され、気液分離器250から排出されたアノードオフガスを燃料ガス供給流路231に送出する。パージ弁260は、第2アノードオフガス排出流路262に配置され、開弁されることにより、気液分離器250によって分離された液体を第2アノードオフガス排出流路262へと排出する。このとき、一部のアノードオフガスもパージ弁260を介して第2アノードオフガス排出流路262へと排出される。
燃料ガス供給流路231は、燃料電池スタック100内に設けられた図示しない燃料ガス供給用のマニホールドと連通している。燃料ガス供給流路231には、インジェクタ222から燃料ガスが供給され、また、循環用ポンプ240からアノードオフガスが供給される。循環用ポンプ240から供給されるアノードオフガスは主として各単セル110で用いられずに排出された水素ガスを含み、この水素ガスを燃料ガス供給流路231に戻して、燃料電池スタック100に循環供給することにより、燃費の向上が図られる。第1アノードオフガス排出流路232は、燃料電池スタック100内に設けられた図示しないアノードオフガス排出用のマニホールドと連通しており、このマニホールドから燃料電池スタック100の外部へと排出されるアノードオフガスを、気液分離器250へと送出する。第2アノードオフガス排出流路262の一端は、パージ弁260に接続され、他端は、後述のカソードオフガス排出流路331に接続されている。第2アノードオフガス排出流路262は、パージ弁260が開いたときに気液分離器250から排出される液水およびアノードオフガスを、カソードオフガス排出流路331に供給する。後述するように、カソードオフガス排出流路331は、主として空気からなるカソードオフガスを排出するため、第2アノードオフガス排出流路262から排出され、水素ガスを含んだアノードオフガスは、カソードオフガスにより希釈されて外部へと排出される。
カソード側ガス供給排出機構300は、「酸化剤ガス供給部」に相当し、燃料電池スタック100への酸化剤ガスの供給および燃料電池スタック100からのカソードオフガスの排出を行なう。カソード側ガス供給排出機構300は、酸化剤ガス供給部分391と、カソードオフガス排出部分392とを備える。
酸化剤ガス供給部分391は、燃料電池スタック100に酸化剤ガスとしての空気を供給する。酸化剤ガス供給部分391は、酸化剤ガス供給流路330と、温度センサ305と、エアクリーナ310と、エアコンプレッサ320と、カソードバイパス流路333と、エア分流弁340とを備える。
酸化剤ガス供給流路330は、大気から取り込まれる酸化剤ガスとしての空気を燃料電池スタック100内に設けられた図示しない酸化剤ガス供給マニホールドへと導く。温度センサ305は、酸化剤ガス供給部分391へと取り込まれる空気の温度を測定する、すなわち、外気温を測定する。エアクリーナ310は、酸化剤ガス供給流路330に配置され、自身の内部に備えるフィルタにより空気中の塵等の異物を除去し、異物除去後の空気をエアコンプレッサ320に供給する。エアコンプレッサ320は、酸化剤ガス供給流路330に配置され、エアクリーナ310から供給される空気を圧縮して下流側へと供給する。カソードバイパス流路333は、酸化剤ガス供給流路330におけるエアコンプレッサ320の下流かつ燃料電池スタック100の上流において、酸化剤ガス供給流路330と接続されている。カソードバイパス流路333は、エア分流弁340の開度に応じてエアコンプレッサ320から供給される圧縮空気の少なくとも一部を、後述のカソードオフガス排出流路331へと導く。エア分流弁340は、酸化剤ガス供給流路330とカソードバイパス流路333との接続箇所に配置されている。エア分流弁340は、エアコンプレッサ320から供給されるエア流量のうち、燃料電池スタック100へと供給される流量と、カソードバイパス流路333へと供給される流量とを調整する。
カソードオフガス排出部分392は、カソードオフガス排出流路331と、カソード背圧弁350と、マフラ360とを備える。
カソードオフガス排出流路331は、燃料電池スタック100内に設けられた図示しないカソードオフガス排出マニホールドと接続され、このマニホールドから排出されるカソードオフガスおよび液水を、外部へと導く。カソード背圧弁350は、カソードオフガス排出流路331と上述のカソードバイパス流路333との接続箇所の上流に配置されている。カソード背圧弁350は、開度を調整することにより、燃料電池スタック100のカソード側の背圧を調整する。マフラ360は、カソードオフガス排出流路331における第2アノードオフガス排出流路262との接続箇所の下流側に配置されている。マフラ360は、混合ガスの排出音を低減させる。
燃料電池循環冷却機構400は、燃料電池スタック100を介して冷却媒体を循環させることにより燃料電池スタック100の温度を調整する。本実施形態では、冷却媒体として不凍液を用いるものとするが、不凍液に代えて、純水等の任意の媒体を利用することもできる。燃料電池循環冷却機構400は、ラジエータ410と、温度センサ420と、冷却媒体排出流路442と、冷却媒体供給流路441と、冷却媒体バイパス流路443と、冷却媒体分流弁444と、循環用ポンプ430とを備える。
ラジエータ410は、冷却媒体排出流路442と冷却媒体供給流路441とに接続されており、冷却媒体排出流路442から流入する冷却媒体を、図示しない電動ファンからの送風等により冷却してから冷却媒体供給流路441へと排出する。温度センサ420は、冷却媒体排出流路442における燃料電池スタック100との接続箇所の近傍に配置され、冷却媒体排出流路442を流れる冷却媒体の温度を測定する。温度センサ420により測定された温度は、燃料電池スタック100の温度として扱われてもよい。冷却媒体排出流路442は、燃料電池スタック100内に設けられた図示しない冷却媒体排出用のマニホールドと接続されている。また、冷却媒体排出流路442は、冷却媒体分流弁444を介して冷却媒体バイパス流路443に接続されている。冷却媒体排出流路442は、燃料電池スタック100から排出された冷却媒体を、ラジエータ410または冷却媒体バイパス流路443へと導く。冷却媒体供給流路441の一端は、ラジエータ410に接続されている。冷却媒体供給流路441の他端は、燃料電池スタック100内に設けられた図示しない冷却媒体供給用のマニホールドに接続されている。冷却媒体バイパス流路443の一端は、冷却媒体分流弁444に接続され、他端は冷却媒体供給流路441に接続されている。燃料電池スタック100から排出された冷却媒体の少なくとも一部は、冷却媒体分流弁444の開度に応じて冷却媒体バイパス流路443へと導かれる。冷却媒体分流弁444は、燃料電池スタック100から排出された冷却媒体のうち、ラジエータ410へと供給される流量と、冷却媒体バイパス流路443へと供給される流量とを調整する。循環用ポンプ430は、冷却媒体供給流路441における冷却媒体分流弁444との接続箇所の下流に設置されている。循環用ポンプ430は、ラジエータ410、冷却媒体供給流路441、燃料電池スタック100内部の冷却媒体流路、および冷却媒体排出流路442により形成される冷却媒体循環流路における冷却媒体の流量を調整する。
電源回路500は、燃料電池スタック100と二次電池550とのうちの少なくとも一方からトラクションモータ20やエアコンプレッサ320等の補機類に電力を供給する。また、電源回路500は、燃料電池スタック100の電流(以下、「FC電流」と呼ぶ)を調整する。また、電源回路500は、二次電池550への充電を制御する。電源回路500は、燃料電池制御用コンバータ530と、インバータ520と、二次電池制御用コンバータ560と、電流測定部570と、セルモニタ580とを備える。
燃料電池制御用コンバータ530は、DC/DCコンバータであり、燃料電池スタック100の出力電圧を昇圧する。また、燃料電池制御用コンバータ530は、内蔵されているスイッチング素子のスイッチング周波数を制御部700からの指示に従って調整することにより、FC電流を調整する。二次電池制御用コンバータ560は、DC/DCコンバータであり、二次電池550の出力電圧を昇圧する。また、二次電池制御用コンバータ560は、トラクションモータ20の回生電力と燃料電池スタック100の出力電力とのうちの少なくとも一方を降圧して二次電池550に供給する。インバータ520は、燃料電池スタック100および二次電池550にそれぞれ電気的に接続されており、燃料電池スタック100および二次電池550から出力される直流電圧を交流電圧に変換する。変換された交流電圧は、トラクションモータ20に供給される。また、インバータ520は、トラクションモータ20から出力される回生電力の交流電圧を直流電圧に変換して二次電池制御用コンバータ560に出力する。電流測定部570は、燃料電池スタック100の電極板111と燃料電池制御用コンバータ530とを接続する配線に流れるFC電流を測定する。セルモニタ580は、「電圧測定部」に相当し、各単セル110の電圧(「セル電圧」とも呼ぶ)を測定し、燃料電池スタック100の電圧(「スタック電圧」とも呼ぶ)を測定する。
二次電池550は、リチウムイオン電池により構成され、燃料電池スタック100と共に燃料電池システム10における電力供給源として機能する。なお、リチウムイオン電池に代えて、ニッケル水素電池などの他の任意の種類の電池により構成されてもよい。
制御部700は、マイクロプロセッサ、ROM(Read Only Memory)、およびRAM(Ramdom Access Memory)を備えるコンピュータとして構成されている。マイクロプロセッサは、予めROMに記憶されている制御用プログラムを、RAMを利用しながら実行することにより、燃料電池スタック100による発電を制御する機能部、二次電池550の充放電等を制御する機能部等として動作し、燃料電池システム10全体を制御する機能部として動作する。制御部700は、上述の遮断弁220、圧力センサ271〜273、循環用ポンプ240、パージ弁260、エアコンプレッサ320、エア分流弁340、カソード背圧弁350、モータ冷却分流弁370、循環用ポンプ430、冷却媒体分流弁444、インバータ520、燃料電池制御用コンバータ530、二次電池制御用コンバータ560にそれぞれ電気的に接続され、これらを制御する。また、制御部700は、上述の圧力センサ271〜273、温度センサ305、電流測定部570、セルモニタ580にそれぞれ電気的に接続され、これらセンサの測定値を取得する。
図2は、制御部700によって実行される燃料電池スタック100の発電制御処理を示すフローチャートである。この発電制御処理は、不図示のスタートスイッチがオンとなって燃料電池システムの起動が指示されることにより開始され、スタートスイッチがオフとなって終了が指示(ステップS124)されることにより終了される。
制御部700は、まず、間欠運転の開始が指示されるまで(ステップS104:NO)、通常発電の処理を実行する(ステップS102)。「通常発電」は、車両の運転者による不図示のアクセルの踏み込み量から決定される発電要求(「付与発電要求」とも呼ぶ)に応じた発電量で燃料電池スタック100の発電を行なう運転(「通常運転」とも呼ぶ)である。また、通常運転は、「要求対応運転」に相当する。間欠運転は、例えば、停車中のように、付与発電要求がない状態において、予め定めた電圧範囲で各セルのセル電圧を維持する電圧維持状態とするための発電を行なう運転であり、「間欠発電」とも呼ぶ。
制御部700は、間欠運転の開始が指示された場合(ステップS104:YES)、間欠運転の終了が指示されるまで(ステップS108:NO)、間欠発電の処理を実行する(ステップS106)。
制御部700は、間欠運転の終了が指示された場合(ステップS108:YES)、以下で説明する間欠運転終了時移行処理(ステップS110〜S120)を実行後、通常発電の処理に戻す(ステップS122)。
まず、制御部700は、燃料ガスの十分な供給および燃料ガスの循環が完了するまで(ステップS112:NO)、燃料ガス欠防止制御及び燃料ガス循環制御を実行する(ステップS110)。具体的には、制御部700は、アノード側ガス供給排出機構200によって燃料電池スタック100へ供給される燃料ガスの量を、付与発電要求に応じた要求発電量に対応する燃料ガス必要量よりも多い量として、燃料ガスを燃料電池スタック100に供給させるとともに、循環させる。
燃料ガスの十分な供給および燃料ガスの循環が完了した場合には(ステップS112:YES)、制御部700は以下の処理を実行する。すなわち、各セルのセル電圧のうち最大値(「最大セル電圧」とも呼ぶ)が予め定めた上限電圧Vcu以下となるまでの間(ステップS118:NO)、及び、酸化剤ガスの供給量が要求値に到達するまでの間(ステップS120:NO)、低ストイキ比状態での酸化剤ガスの供給による発電を実行し(ステップS114)、要求発電量よりも発電量を増加させる(ステップS116)。なお、酸化剤ガスの供給は、カソード側ガス供給排出機構300のエアコンプレッサ320等の駆動を制御することによって実行される。また、各セルのセル電圧は、セルモニタ580(図1参照)によって取得される。また、酸化剤ガスの供給量の要求値は、付与発電要求に応じた要求発電量に対応する酸化剤ガス必要量に相当する。より具体的には、制御部700は、ステップS116において、最大セル電圧が上昇して酸化還元電圧ORPに近づく場合には、発電量を増加するように指令値を大きくし、最終的には、上限電圧Vcu以下のセル電圧および電流となるように制御する。
酸化剤ガスの供給量が要求値に到達した場合には(ステップS120:YES)、制御部700は、上記の間欠運転終了時移行処理(ステップS110〜S120)から通常発電の処理に戻す(ステップS122)。そして、制御部700は、終了が指示されるまでの間(ステップS124:NO)、ステップS102〜S122の処理を繰り返す。
以上のように、燃料電池スタック100の発電制御処理において、間欠運転の終了時に間欠運転終了時移行処理を実行することにより、以下で説明する効果を得ることができる。
図3は、比較形態としての間欠運転終了時の動作の一例について示す説明図である。図3は、不図示の付与発電要求が発生して、タイミングTintで間欠運転が実行状態(ON状態)から終了状態(OFF状態)となったときを示している。このとき、アノード側ガス供給排出機構200によって燃料電池スタック100へ供給される燃料ガスは、間欠運転時の燃料ガス必要量hrq1の供給量から、付与発電要求に応じた要求発電量P2に対応する燃料ガス必要量hrq2の供給がアノード側ガス供給排出機構200によって開始され、酸化剤ガス必要量Arq2の供給がカソード側ガス供給排出機構300によって開始される。但し、アノード側ガス供給排出機構200による燃料ガス供給の応答は速く、燃料ガス供給量は高速に変化して燃料ガス必要量hrq2となる。これに対して、カソード側ガス供給排出機構300による酸化剤ガス供給の応答は、エアコンプレッサ320による応答の遅れに起因して非常に遅く、酸化剤ガス供給量は低速に変化し酸化剤ガス必要量Arq2となる状態を例としている。図3の例では、酸化剤ガスの要求値である酸化剤ガス必要量Arq2に到達するタイミングは、タイミングTintから大きく遅れたタイミングTaeとなっている。酸化剤ガスの供給遅延は、燃料ガスの供給遅延の10倍〜15倍程度大きい状態で示されている。発電量は、要求発電量P2に対応して設定される指令値に対して、酸化剤ガスの供給量の応答に依存して、タイミングTintにおける発電量P1(「要求発電量P1」とも呼ぶ)から要求発電量P2に対応する発電量(「発電量P2」とも呼ぶ)まで遷移する。なお、比較形態の動作では、間欠運転および間欠運転終了時移行過程(以下、単に「移行過程」とも呼ぶ)において、循環用ポンプ240による燃料ガスの循環は行なわれていない。
間欠運転中における各セルのセル電圧は、触媒の劣化を抑制するために、予め定めた電圧範囲(例えば、下限電圧Vcli〜上限電圧Vcu)に維持されている(以下、この状態を「電圧維持状態」とも呼ぶ)。間欠運転では、各セルのセル電圧を電圧維持状態とするための発電が実行されていれば良い。そこで、通常運転の場合に比べて燃料消費を抑制して発電を行なうように、間欠運転における燃料ガス必要量hrq1および酸化剤ガス必要量Arq1は、通常運転における燃料ガス必要量hrq2および酸化剤ガス必要量Arq2に比べて低く抑えられている。このように、低供給量の燃料ガスおよび酸化剤ガスの場合、各セルに供給される燃料ガスおよび酸化剤ガスの量は、各セルの配置位置や各セルの流路の圧損等によって、ばらつきが発生しやすい。このため、各セルのセル電圧は、図3において複数の細い実線で示すように、下限電圧Vcli〜上限電圧Vcuの範囲内でばらつく。なお、太い実線は、平均セル電圧Vcmを示す。
上記のように、各セルにおいて、燃料ガスおよび酸化剤ガスの供給量がばらついた状態、および、セル電圧がばらついた状態から、タイミングTintで間欠運転を終了した場合、タイミングTaeまでの移行過程において、燃料電池スタック100の各単セル110のセル電には、以下のような問題が発生する場合がある。
移行過程において燃料ガス必要量hrq2の燃料ガスを供給するだけでは、燃料電池スタック100の単セル110(図1参照)においてアノード側の水詰まりや燃料ガスの各単セル110への分配のばらつき等により、一部のセルで燃料不足(いわゆる燃料欠)が生じる場合がある。この燃料欠が発生したセルでは、図3に示すように、アノード側の電位が高くなってセル電圧が低下し、セル転極現象が起こってセル電圧が負電圧となる場合がある。このようなセルでは、アノードの触媒の劣化が発生する。
また、移行過程において、各セルにおいて電解質膜のカソード側に水分の分布に偏りが発生していると、電解質膜のプロトン伝導性の低下やばらつきが発生し、セル電圧の低下やセル電圧のばらつきが発生する。
また、間欠運転終了のタイミングTintにおけるセル電圧は、図3に示すように、大きくばらつき、上限電圧Vcuに近い高電圧から下限電圧Vcliに近い低電圧まで存在する場合がある。また、移行過程において供給される酸化剤ガスの各セルへの分配ばらつきによって、一部のセル、特に、酸化剤ガス供給口側のセルで酸化剤ガスの供給過剰(供給が早い、あるいは、多い)が生じる可能性がある。そして、供給過剰が生じたセルの間欠終了時のセル電圧が上限電圧Vcuに近い高い電圧であった場合、図2に示すように、そのセル電圧は、上昇して酸化還元電圧ORP(本例では、0.85V)を超えた過電圧まで上昇した後、発電量の増加に伴って低下して、上限電圧Vcu以下となる。すなわち、セル電圧が酸化還元電位をまたいで変化する可能性がある。このようにセル電圧が変化するセルでは、カソードの触媒の劣化が発生する。
以上説明した比較形態における移行過程での問題を解決するため、本実施形態では、上記した間欠運転終了時移行処理(図2参照)によって、燃料ガスの供給、酸化剤ガスの供給、発電量、および、セル電圧が、以下で説明するように制御される。図4は、実施形態における間欠運転終了時の移行動作の一例について示す説明図である。図4において、タイミングTintまでの間欠運転の状態は、図3の比較形態と同様である。また、タイミングTint以降の移行過程において、燃料ガス必要量hrq2、酸化剤ガス必要量Arq2、発電要求量P2、および、酸化剤ガスの供給量が酸化剤ガス必要量Arq2となるタイミングTaeまでの状態も、比較形態と同様である。比較形態との違いは、以下で説明するように、燃料ガスの供給動作および発電量の制御動作である。
燃料ガスの供給としては、図4に示すように、燃料ガス必要量hrq2よりも多い量で供給を行なうとともに、循環用ポンプ240の駆動による燃料ガスの循環を行った後、タイミングThe(<Tae)までに燃料ガス必要量hrq2へ戻すように燃料ガスの供給を行なうとともに、燃料ガスの循環を行なう(図2のステップS110参照)。
図5は、実施形態における燃料ガス供給による効果について示す説明図である。上記のように、燃料ガス必要量hrq2よりも多い量で燃料ガスの供給および循環を行なうことにより、各セルのアノード側には、燃料ガス必要量hrq2よりも多い量の燃料ガスが流通する。これにより、上記した燃料欠によって、セル電圧が低下して負電圧となり、アノードの触媒の劣化が発生すること、を抑制することができる。また、図5に示すように、アノード側を流通する燃料ガスがアノード側に滞留する水分を持ち去るだけでなく、カソード側に偏って滞留するする水分を膜電極接合体(MEAと呼ばれる)の電解質膜を介してアノード側に引き抜いて持ち去ることができる。これにより、カソードおよびアノードの水分の偏りを抑制して、電解質膜のプロトン伝導性の低下やばらつきを抑制し、セル電圧の低下やセル電圧のばらつきを抑制することができる。なお、燃料ガス必要量hrq2よりも多くする量や多くしている時間、燃料ガス必要量hrq2へ戻す時間や戻し方等の燃料ガス供給の条件は、燃料ガス必要量hrq2の大きさや、各セルの特性等の種々の条件に依存して異なるため、あらかじめ実験等によって設定してくことができる。
発電量としては、図4に示すように、比較形態の場合と同様に、発電要求量P2に対応して設定される指令値に対して、酸化剤ガスの供給量の応答に依存して、タイミングTintにおける発電量P1から発電要求量P2に対応する発電量へ向けて遷移する(図2のステップS114〜S120参照)。但し、その過程において、制御部700は、セルモニタ580(図1参照)によって各セルのセル電圧をモニタし、最も高い電圧のセル電圧が酸化還元電圧ORP以下を保つように、発電量を制御する(図2のステップS114〜S120参照)。例えば、図4に示すように、最も高い電圧のセル電圧が上昇して酸化還元電圧ORPに近づく場合には、制御部700は、発電量を増加するように指令値を大きくし、最終的には、発電要求量P2に対応する上限電圧Vcu以下のセル電圧および電流となるように制御する。
図6は、実施形態における発電量の制御による効果を示す説明図である。通常運転では、酸化剤ガス必要量Arq2に対応する標準ストイキ比St2において、一点鎖線の矢印で示したように、発電要求の電流量に対応する発電量としての電流量およびセル電圧の動作点で発電が行なわれる。なお、図6には、代表して3種類の電流IC,IB(>IC),IA(>IB)について、酸化剤ガス供給量とセル電圧との関係が例として示されている。例えば、標準ストイキ比St2で電流ICの動作点Pc2におけるセル電圧は、非常に高く、酸化還元電圧ORPに近い高電圧状態にある。この動作点Pc2において、上述したように、酸化剤ガスの過剰供給が発生すると、セル電圧は、破線矢印で示したように酸化還元電圧ORPを容易にまたいで変化しやすくなる。これに対して、標準ストイキ比St2よりも低い値の低ストイキ比St3で電流ICの動作点Pc3におけるセル電圧は低くなるので、酸化剤ガスの過剰供給が発生したとしても、セル電圧が酸化還元電圧ORPをまたいで変化する可能性は低い。従って、上述したように、間欠運転の状態において電圧が酸化還元電圧ORPに近い高電圧のセル電圧を有するセルにおいて、カソードの触媒層の劣化が発生しやすくなる。
また、図6に示すように、発電要求の電流量が大きくなるほど、同一の電流量でストイキ比が低くなる場合と同様に、セル電圧が低くなるので、電流量、すなわち、発電量を増加させることにより、セル電圧が酸化還元電圧ORPをまたいで変化する可能性を低減することが可能である。
そこで、図4に示したように、実施形態では、最大セル電圧が上限電圧Vcuより大きい場合において、最大セル電圧が上昇して酸化還元電圧ORPに近づく場合には、要求発電量P2に対して発電量をより大きく増加させるように指令値を大きくして発電を実行させる。また、最大セル電圧が上限電圧Vcuより大きい場合において、最大セル電圧が下降して酸化還元電圧ORPから離れる場合には、要求発電量P2に対して増加させる発電量を減少させるように指令値を小さくして発電を実行させる。これにより、セル電圧が酸化還元電圧ORP以下を維持するように動作させることができる。
以上説明したように、本実施形態によれば、間欠運転を終了して通常運転に移行する場合において、燃料ガス必要量よりも多い燃料ガスを燃料電池スタックに供給および循環させる。これにより、いずれかのセルにおいて燃料ガスが欠乏となることを抑制することができ、燃料ガスの欠乏によって発生するアノードの触媒の劣化を抑制することが可能となる。また、燃料ガス必要量よりも多い燃料ガスを燃料電池スタックに供給および循環させることで、アノード側に偏在する液水を吹き飛ばすとともに、カソード側に偏在する液水をカソード側からアノード側に引き抜いて、カソード側の水詰まりやカソード側の水分の偏りを抑制することが可能となる。これにより、各セルのセル電圧のばらつきを抑制することが可能である。また、各セルのセル電圧のうちの最も高い電圧値のセル電圧が、酸化還元電圧ORP以下を維持するように、実際の発電量の指令値を変化させて発電させるので、セル電圧が酸化還元電位を超えて上昇することを抑制することができ、カソードの触媒の劣化を抑制することが可能となる。
なお、本実施形態において、酸化還元電圧ORPが、「最も高い電圧値のセル電圧が、予め定めた上限電圧以下を維持するように、実際の発電量の指令値を変化して発電を制御する」ための「予め定めた上限電圧」に相当する。但し、これに限定されるものではなく、「予め定めた上限電圧」として、上記した上限電圧Vcuと酸化還元電圧ORPの間の電圧を用いるようにしてもよい。
B.他の実施形態:
(1)上記実施形態の発電制御処理(図2参照)では、燃料ガスの十分な供給および燃料ガスの循環が完了後(ステップS112)、低ストイキ比状態での酸化剤ガスの供給による発電を実行(ステップS114)するものとして示した。しかしながら、図3,図4において説明したように、カソード側ガス供給排出機構300による酸化剤ガス供給の応答が、エアコンプレッサ320による応答の遅れに起因して非常に遅く、酸化剤ガス供給量は低速に変化する場合には、燃料ガスの循環供給の開始に連続あるいは並行して、低ストイキ比状態での酸化剤ガスの供給による発電の実行(ステップS114)を開始してもよい。このようにすれば、通常運転への移行時間を短縮し、効率の悪い状態での発電時間の低減を図ることができる。
(2)上記実施形態の発電制御処理では、上限電圧Vcuを超えている間、低ストイキ比状態での酸化剤ガスの供給による発電の実行(ステップS114)および要求発電量より発電量を増加させる発電の実行(ステップS116)を行なっているが、これに限定されるものではない。例えば、移行過程において、最大セル電圧が上限電圧Vcuを越えることなく上限電圧Vcu以下を維持している場合においては、発電量を増加するのではなく、発電量を維持あるいは減少させるようにしてよい。このようにすれば、効率の悪い状態での発電時間の低減を図ることができる。
(3)上記実施形態の発電制御処理では、セル電圧を取得して、セル電圧に応じた発電量を制御している(ステップS116)が、これに限定されるものではない。例えば、酸化剤ガスの流量とセル電圧の関係が既知である場合には、セル電圧をモニタすることなく、酸化剤ガスの流量とセル電圧の関係に基づいて発電量を制御するようにしてもよい。このようにすれば、システム構成の簡素化や制御の簡素化を図ることができる。
(4)上記実施形態の発電制御処理では、酸化剤ガスの供給量が要求値に到達した場合には(ステップS120:YES)、間欠運転終了時移行処理(ステップS110〜S120)から通常発電の処理に戻している(ステップS122)。しかしながら、これに加えて、酸化剤ガスの供給の各セルへの分配のばらつきが収束してセル電圧のばらつきが収束した状態、あるいは、最大セル電圧が上限電圧Vcu以下を維持する状態となった場合に、通常発電の処理(ステップS122)に戻すようにしてもよい。このようにすれば、通常運転への移行時間を短縮し、効率の悪い状態での発電時間の低減を図ることができる。
(5)上記実施形態では、車両に搭載された燃料電池システムを例に説明したが、これに限定されるものではなく、電力を動力発生装置(例えば、駆動モータ)の動力源とする種々の移動体に搭載される燃料電池システムにも適用可能である。また、移動体に搭載される燃料電池システムだけでなく、定置型の燃料電池システムにも適用可能である。
(6)上記実施形態において、ハードウェアによって実現されていた構成の一部をソフトウェアに置き換えるようにしてもよく、逆に、ソフトウェアによって実現されていた構成の一部をハードウェアに置き換えるようにしてもよい。例えば、制御部700の少なくとも一部の機能を、集積回路、ディスクリート回路、またはそれらの回路を組み合わせたモジュールにより実現してもよい。また、本開示の機能の一部または全部がソフトウェアで実現される場合には、そのソフトウェア(「コンピュータプログラム」とも呼ぶ)は、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に格納された形で提供することができる。「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、フレキシブルディスクやCD−ROMのような携帯型の記録媒体に限らず、各種のRAMやROM等のコンピュータ内の内部記憶装置や、ハードディスク等のコンピュータに固定されている外部記憶装置も含んでいる。すなわち、「コンピュータ読み取り可能な記録媒体」とは、データパケットを一時的ではなく固定可能な任意の記録媒体を含む広い意味を有している。
本発明は、上記実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した形態中の技術的特徴に対応する実施形態中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。