本発明は、生体吸収性医療器具及びその分解速度調整方法、特に生体内の管腔に生じた狭窄部若しくは閉塞部に留置して血管再形成を確実にするに十分な時間、開放状態を維持しつつ生体内で徐々に消失する生体吸収性医療器具及びその分解速度調整方法に関するものである。
本発明の医療器具としては、ステント、カニューレ、カテーテル、人工血管、ステントグラフト、薬剤搭載癌治療器具等の様々なものが挙げられるが、以下においてはステントを例に挙げて説明する。
生体内留置用ステントは、血管あるいは他の生体内管腔が狭窄もしくは閉塞することによって生じる様々な疾患を治療するために、その狭窄もしくは閉塞部位を拡張し、その内腔を確保するためにそこに留置する一般的には管状の医療用具である。
ステントは、体外から体内に挿入するため、そのときは直径が小さく、目的の狭窄もしくは閉塞部位で拡張させて直径を大きくし、かつその管腔をそのままで保持する。
ステントとしては、ステンレス、CoCr合金などの金属線材、あるいは金属管を加工した円筒状のものが一般的である。一方カテーテルなどは細くした状態で装着され、生体内に挿入され、目的部位で何らかの方法で拡張させ、その管腔内壁に密着、固定することで管腔形状を維持する。
現在のところ、非吸収性の金属を基材としたステントが医療のスタンダードになっており、多くの成功を収めている。しかし、永続的に埋め込まれたステントは、周囲の組織との間の永続的な相互作用により内皮細胞の機能不全および後の血栓症のリスクをもたらすという問題があった。
最近、上記問題点を解消するステントとして、血管の開路維持および/または薬剤の送達などの機能を果たし終えるまでの期間ステントを体内に存在させ、ステントが役割を果たした後は、生体内に完全に吸収される生体吸収性ステントが提案されている。
かかるステントは、ポリ乳酸やポリグリコール酸などの生体吸収性ポリマーを基材としたステント(特許文献1)や、マグネシウムおよびマグネシウム合金のような生体吸収性金属を基材としたステントがある(特許文献2、特許文献3、特許文献4)。
生体吸収性ポリマーを基材に用いたステントは、血管の開路維持および/または薬剤の送達などの機能を果たすのに必要な力学的特性が得られない場合があり、十分な力学的特性が得られるマグネシウムおよびマグネシウム合金などの生体吸収性金属を基材としたステントが望まれる。
しかし、マグネシウム合金は体内における分解速度が極めて大きいため、留置後十分な血管支持力(ラディアルフォース)を確保しながら、血管再形成を確実にするのに十分な時間の間、ステントの機械的強度を保持させることが困難であった。
特許第455845号
特表2001−511049
特開2006−167078
特開2004−160236
したがって、本発明の目的は、マグネシウムまたはマグネシウム合金などの生体吸収性金属からなる生体内留置用ステントの生体内での分解速度を調整して、血管再形成を確実にする約6か月間は十分な血管支持力(ラディアルフォース)を確保しながら体内に一定期間留置することのできる生体吸収性ステント及びその分解速度調整方法を提供することである。
本発明者らは、ステント用のマグネシウムまたはマグネシウム合金などからなる生体吸収性金属チューブの表面を粒径3μmのダイヤモンドペーパーで研磨処理した後、表面を観察したところ、意外にも表面が約2μmの凸状体で覆われており、しかも該凸状体は特定の条件でボンバート処理することにより表面粗度が調整できることを見出し本発明に到達したものである。
すなわち、本発明の第一の発明は、生体吸収性金属を基材とする生体吸収性医療器具であって、該基材の表面に、ダイヤモンドライク炭素膜が20〜90%被覆され、該ダイヤモンドライク炭素膜の非被覆面積によって基材の分解速度を調整するよう構成したことを特徴とする生体吸収性医療器具である。
本発明の第二の発明は、該ダイヤモンドライク炭素膜の膜厚が10nm〜2μmである第一の発明記載の生体吸収性医療器具である。
本発明の第三の発明は、該生体吸収性医療器具がマグネシウムまたはマグネシウム合金を基材とするステントである第一の発明記載の生体吸収性医療器である。
本発明の第四の発明は、第一の発明記載の生体吸収性医療器具の分解速度調整方法であって、圧力調整された真空容器内にボンバードガスを導入し、出力10〜70Wの高周波を30〜60分間印加させて生体吸収性医療器具の表面をボンバード処理して表面粗度を調整した後、該基材の表面にダイアモンド状薄膜を被覆面積が10〜90%となるよう被覆したことを特徴とする生体吸収性医療器具の分解速度調整方法である。
本発明の第五の発明は、該表面粗度の算術平均粗度が20nm〜2μmである第四の発明記載の生体吸収性医療器具の分解速度調整方法である。
本発明の生体吸収性医療器具の分解速度調整方法は、Arボンバートにより基材の表面粗度を調整した後、ダイヤモンド状薄膜を局所的に被覆することが可能なため、生体内での基材の分解速度が調整できる。また、ダイヤモンド状薄膜の局所的な被覆法の採用により極めて薄いアモルファス膜が形成でき、更にダイヤモンド状薄膜の成膜条件を変えることで被覆面積や膜の厚みの制御が容易である。上記方法で分解速度か調整された生体吸収性医療器具は、現在問題になっている生体内に留置する医療器具の生体との永続的相互作用による内皮細胞の機能不全および後の血栓症のリスクを解決することができる。更に狭窄箇所の状態によって要求されるステントの分解速度が異なる場合があるので、それに対応するステントを提供することもできる。
生体吸収性医療器具の表面処理を行う表面処理装置の概略断面図である。
Arボンバート処理を施したMg合金ワイヤの表面粗さを示す図である。
腐食試験結果を示すグラフである。
質量変化率を示すグラフである。
DLC処理の質量が低下した原因を説明する概略図である。
以下、本発明の実施形態について図面にて説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る表面処理装置を示す概略断面図であり、本実施形態では、表面処理装置として放電用電源が高周波電源のプラズマCVD装置を用いた。本実施の形態に係る表面処理装置(プラズマCVD装置)1は、基板ホルダを兼ねる電極板2を下部に設置した真空容器3を有しており、この電極板2上にMg合金基板4が載置される。電極板2には、高周波(RF)電源5とブロッキングコンデンサー6が接続されている。
真空容器3には、原料ガスである炭化水素系ガス(アセチレン、メタンなど)とボンバード処理用ガス(Arなど不活性ガス)が導入されるガス導入ライン7と、排気系(図示せず)が接続されている排気口8が設けられている。ガス導入ライン7には、原料ガス供給装置9とボンバードガス供給装置10が各マスフローコントローラ11、12を介して接続されている。なお、真空容器3は接地されている。
次に、上記した表面処理装置1によるMg合金基板4の表面処理方法について説明する。
電極板2上にMg合金基板4を載置して、真空容器3内を排気系(図示せず)によって排気口8から排気して所定の圧力に調整した後、先ず、ボンバードガス供給装置10からボンバード処理用ガス、例えばアルゴン(Ar)ガスを供給し、マスフローコントローラ12で流量を調整して真空容器3内に導入する。この際、高周波電源5から電極板2に高周波(RF)を印加して、真空容器3内に導入されたアルゴン(Ar)ガスをイオン化させたArイオンをMg合金基板4の表面に衝突させる。
この際、電極板2のMg合金基板4が載置されている表面側にセルフバイアスがかかることによって、ArイオンがMg合金基板4の表面に衝突し、Mg合金基板4の表面がArボンバード処理される。Arボンバード処理では、高周波(RF)出力及びArボンバード処理時間を制御することにより合金基板表面の表面粗度を調整することができる。Arボンバード処理後、高周波電源5をOFFする。
そして、このボンバード処理が終了した後に、真空容器3内を排気系(図示せず)によって排気口8から排気して所定の圧力に調整し、原料ガス供給装置9から原料ガスである炭化水素系ガス(例えばCH4)を供給して、マスフローコントローラ11で流量を調整して真空容器3内に導入する。この際、高周波電源5から電極板2に高周波(RF)を印加して、真空容器3内に導入された炭化水素系ガス(CH4)をプラズマ化する。
この際、Mg合金基板4が載置されている電極板2にセルフバイアスがかかることによって、プラズマ中のプラスイオン(C+、CH4+など)がMg合金基板4に引き付けられ、Mg合金基板4のArボンバード処理された表面に局所的に緻密なダイヤモンド状薄膜(以下DLC膜という)が成膜される。
このように、Mg合金基板4の表面をArボンバード処理した後に、プラズマCVD法によって炭化水素系ガス(例えばCH4)をイオン化して、Mg合金基板4の表面にDLC膜を局所的に成膜することによって、Mg合金基板4の分解速度が調整されたMg合金基板4を得ることができた。
また、同一装置内でMg合金基板4表面にArボンバード処理とDLC膜を成膜する単純なプロセスによって、Mg合金基板4の分解速度の調整を生産性よく、かつ低コストで行うことができる。
そして、上記のようにして得られるArボンバード処理とDLC膜の成膜を以下の実施例1〜4の条件で行い、腐食の様子を重量変化で観察した。このときの腐食試験条件は、腐食液として37℃のリン酸緩衝生理食塩水(濃度10倍)を用い、この腐食液中に浸漬して行った。なお、比較のために、未処理、Arボンバート処理、DLC処理についても同様の腐食試験を行った。
本実施例では、Mg合金ワイヤとしてAZ31(直径1.45×20mm)を用い、RF出力を変えた4条件でボンバード処理を行った。
Mg合金ワイヤ:粒径3μm,9μmのダイヤモンドペーパーで研磨
ボンバード処理条件:
真空到達度:8.0×0−3
原料ガス:Ar
圧力:80(Pa)
RF出力:10,30,50,70(W)
処理時間:60(min)
上記ボンバード処理条件によるMg合金ワイヤの表面粗さを図2で示す。図2から明らかなようにArボンバート処理を施したMg合金ワイヤの表面粗さはRF電力に依存する。
本実施例では、AZ31のMg合金ステント(直径1.8mm×0.2mm×長さ18mm)を用い、次の処理を施した3つのサンプルを用意した。
Arボンバート処理のみ、DLC処理のみ、Arボンバート処理後にDLC処理
ボンバード処理条件:
真空到達度:8.0×0−3
原料ガス:Ar
圧力:80(Pa)
RF出力:70(W)
処理時間:60(min)
DLC膜の成膜条件:
真空到達度:8.0×0−3
原料ガス:CH4
圧力:4(Pa)
RF電力:500(W)
成膜時間:5(min)
上記した条件でボンバード処理及び/またはDLCを成膜した試料を腐食液中に148時間浸漬し、腐食試験結果を図3に示す。図から148時間後にDLC膜処理のみの試料に変化が見られた。312時間後には全ての試料が細かく分断された。
実施例2の試験結果から148時間後の各試料の質量変化率を図4に示す。図から明らかにArボンバート処理後にDLC処理した試料は未処理の試料よりも質量が約8%多く、腐食抑制に効果があることが示唆された。DLC処理した試料の質量が低下した原因として図5に示すようにMg合金ワイヤとDLC膜の界面でアノード・カソード反応が起きたため腐食が急速に進行し、その結果、質量が低下したものと推測される。
なお、上記した実施形態では、DLC膜を高周波プラズマCVD法によって成膜する構成であったが、これ以外にもスパッタ法、DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法、化学気相堆積法(CVD法)、プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型RFプラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等の公知の方法により、医療器具本体の表面に形成することができる。
また、DLC膜は医療器具本体の表面に直接形成することができるが、医療器具本体とDLC膜とをより強固に密着させるために、医療器具本体とDLC膜との間に中間層を設けてもよい。中間層を設ける場合には、医療器具本体の材質に応じて種々のものを用いることができるが、Siと炭素からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。
さらに、DLC膜表面を疎水性として抗血栓性を向上させるために、DLC膜にフッ素、珪素などの元素を添加してもよい。
本発明の生体吸収性医療器具の基材としては、純マグネシウム、マグネシウム合金、純鉄、鉄合金などが挙げられる。マグネシウム合金としては、マグネシウムを主成分とし、Zr、Y、Ti、Ta、Nd、Nb、Zn、Ca、Al、Li、およびMnからなる生体適合性元素群から選択される少なくとも1つの元素を含有するものが好ましい。例えば、マグネシウムが50〜98%、リチウム(Li)が0〜40%、鉄が0〜5%、その他の金属または希土類元素(セリウム、ランタン、ネオジム、プラセオジム等)が0〜5%であるものを挙げることができる。鉄合金としては、鉄を主成分として、Mn、Co、Ni、Cr、Cu、Cd、Pb、Sn、Th、Zr、Ag、Au、Pd、Pt、Re、Si、Ca、Li、Al、Zn、Fe、C、Sからなる生体適合性元素群から選択される少なくとも1つの元素を含むものが好ましい。例えば88−99.8%の鉄、0.1−7%のクロムおよび0−3.5%のニッケル並びに5%より少ない他の金属を含むものが例示される。
上述のマグネシウム合金は、通常の鋳造やダイカスト、鋳造塑性加工、鋳造強加工、チップ固化成形、急速凝固、急速凝固粉末冶金などの種々の金属材料製造プロセスによって製造される。前記プロセスにおいて、高強度、高延性、高耐食性を実現するためには、急速凝固粉末治金法が特に重要であることが知られている。
さらに、ステント骨格の上に、生分解性ポリマーが被覆されていてもよい。生分解性ポリマーとしては、ポリ‐L‐乳酸(PLLA)、ポリ‐D,L‐乳酸(PDLLA)、ポリ(乳酸‐グリコール酸)(PLGA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリ乳酸‐ε‐プロラクトン(PLCL)、ポリ(グリコール酸‐ε‐カプロラクトン)(PGCL)、ポリ−p−ジオキサノン、ポリ(グリコール酸−トリメチレンカーボネート)、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸などが挙げられる。一般的に、これらのポリマーの分子量が同程度である場合、PCLならびにPLCLは、その他のポリマーに比べて37℃下での柔軟性や延性に優れ、且つ疎水性に優れており好ましい。
また、生分解性ポリマーに内皮細胞の増殖を阻害しない治療用薬剤を含んでもよい。治療用薬剤としては、シロリムス、バイオリムス、エベロリムスなどの抗増殖薬、ステロイド性抗炎症薬などの抗炎症薬、タキソール、ドセキタキセルなどの抗新生物薬および/または抗分裂薬、ヘパリンナトリウム、ヒルジン、アルガトロバン、キシメラガトラン、メラガトラン、ダビガトラン、ダビガトラン・エテキレートなどの抗血小板薬、抗凝固薬、抗フィブリン薬、および抗トロンビン薬、アンギオペプチン、カプトプリルなどの細胞増殖抑制剤または抗増殖薬、抗生物質、ペルミロラストカリウムなどの抗アレルギー薬、抗酸化薬、アトルバスタチン、セリバスタチン、フルバスタチン、ピタバスタチン、プラバスタチン、シンバスタチンなどのHMG−CoA還元酵素阻害薬、プラスミドDNA、遺伝子、デコイ、siRNA、オリゴヌクレオチド、アンチセンスオリゴヌクレオチド、リボザイム、アプタマーなどの核酸医薬、タミバロテンなどの血管の再狭窄抑制薬剤などがある。
本発明の生体吸収性医療器具の一つであるステントは特徴のある形状を有するが、このような形状は、レーザ加工により一体に製造することができる。レーザ加工による製作工程は、まず、設計されたステントの形状データを基に、CAMを用いてレーザ加工におけるツールパスを作成する。ツールパスは、レーザカット後にステント形状が維持できていること、また切り屑が残留しないことなどを考慮しながら設定する。次に生分解性金属製のチューブに対してレーザ加工を行う。生分解性金属への熱影響を防止するため、特開2013−215487に開示された方法、例えばチューブ形状のステント材料の中空部にロッド状の芯金を挿入して串刺し状のチューブを形成し、ステント材料の直線性を保持した後に、チューブ状のステント材料に対し、ステント材料までに形成した水柱をレーザー光の導波路とするレーザー(水レーザー)によって熱影響を抑制しながらレーザ加工を行ない、その後、チューブから芯金を除去することによりステント形状を形成することが好ましい。
レーザ切断加工によって網目形状が形成された後、電解研磨を用いて表面を光沢に仕上げし、エッジ部を滑らかな形状に仕上げる。ステントの加工工程では、レーザ切断加工後の後処理工程が重要である。レーザ切断加工後のステントは、まず金属切断面の酸化物を酸性液で溶解し、次いで電解研磨を行う。生分解性金属、例えばマグネシウム合金の場合は、電解研磨では電解液中に、ステント及びステントレス等の金属板を浸漬し、2つの金属間は直流電源を介して接続される。ステント側を陽極、金属板側を陰極として、電圧を印加することによって陽極側であるステントを溶解させて研磨効果を得る。適切な研磨効果を得るためには、電解液の組成や印加する電流条件などを検討して行う必要がある。
上記レーザ加工法で製造されたステントは、図1の表面処理装置の電極板2上に載置し、上述の説明の通り、Arボンバート処理を行った後、DLC処理を行う。
本発明の生体吸収性医療器具の表面処理方法は、基材の表面をArボンバート処理して表面粗度を調整した後、DLC処理することにより、該基材の表面に局所的にダイアモンド状薄膜を被覆することにより生体内での基材の分解速度が調整でき、現在問題になっている生体内に永久に留置するステントに起因する内皮細胞の機能不全および後の血栓症のリスクを解決することができる。
本発明は、生体吸収性医療器具の表面処理方法、特に生体内の管腔に生じた狭窄部若しくは閉塞部に留置して血管再形成を確実にするに十分な時間、開放状態を維持しつつ生体内で徐々に消失する生体吸収性医療器具の表面処理方法に関するものである。
本発明の医療器具としては、ステント、カニューレ、カテーテル、人工血管、ステントグラフト、薬剤搭載癌治療器具等の様々なものが挙げられるが、以下においてはステントを例に挙げて説明する。
生体内留置用ステントは、血管あるいは他の生体内管腔が狭窄もしくは閉塞することによって生じる様々な疾患を治療するために、その狭窄もしくは閉塞部位を拡張し、その内腔を確保するためにそこに留置する一般的には管状の医療用具である。
ステントは、体外から体内に挿入するため、そのときは直径が小さく、目的の狭窄もしくは閉塞部位で拡張させて直径を大きくし、かつその管腔をそのままで保持する。
ステントとしては、ステンレス、CoCr合金などの金属線材、あるいは金属管を加工した円筒状のものが一般的である。一方カテーテルなどは細くした状態で装着され、生体内に挿入され、目的部位で何らかの方法で拡張させ、その管腔内壁に密着、固定することで管腔形状を維持する。
現在のところ、非吸収性の金属を基材としたステントが医療のスタンダードになっており、多くの成功を収めている。しかし、永続的に埋め込まれたステントは、周囲の組織との間の永続的な相互作用により内皮細胞の機能不全および後の血栓症のリスクをもたらすという問題があった。
最近、上記問題点を解消するステントとして、血管の開路維持および/または薬剤の送達などの機能を果たし終えるまでの期間ステントを体内に存在させ、ステントが役割を果たした後は、生体内に完全に吸収される生体吸収性ステントが提案されている。
かかるステントは、ポリ乳酸やポリグリコール酸などの生体吸収性ポリマーを基材としたステント(特許文献1)や、マグネシウムおよびマグネシウム合金のような生体吸収性金属を基材としたステントがある(特許文献2、特許文献3、特許文献4)。
生体吸収性ポリマーを基材に用いたステントは、血管の開路維持および/または薬剤の送達などの機能を果たすのに必要な力学的特性が得られない場合があり、十分な力学的特性が得られるマグネシウムおよびマグネシウム合金などの生体吸収性金属を基材としたステントが望まれる。
しかし、マグネシウム合金は体内における分解速度が極めて大きいため、留置後十分な血管支持力(ラディアルフォース)を確保しながら、血管再形成を確実にするのに十分な時間の間、ステントの機械的強度を保持させることが困難であった。
特許4555845号
特表2001−511049
特開2006−167078
特開2004−160236
したがって、本発明の目的は、マグネシウムまたはマグネシウム合金などの生体吸収性金属からなる生体内留置用ステントの生体内での分解速度を調整して、血管再形成を確実にする約6か月間は十分な血管支持力(ラディアルフォース)を確保しながら体内に一定期間留置することのできるように、生体吸収性ステントなどの生体吸収性医療器具の表面処理方法を提供することである。
本発明者らは、ステント用のマグネシウムまたはマグネシウム合金などからなる生体吸収性金属チューブの表面を粒径3μmのダイヤモンドペーパーで研磨処理した後、表面を観察したところ、意外にも表面が約2μmの凸状体で覆われており、しかも該凸状体は特定の条件でボンバート処理することにより表面粗度が調整できることを見出し、本発明に到達したものである。
すなわち、本発明の第一の構成は、マグネシウム合金を基材とする生体吸収性医療器具の表面処理方法であって、前記生体吸収性医療器具の表面を研磨紙で研磨処理した後に、圧力調整された真空容器内にボンバードガスを導入し、前記世帯吸収性医療器具の研磨処理面をボンバード処理して表面粗度を調整した後、銭生体吸収性医療器具の表面に、膜厚が10nm〜2μmのダイヤモンド状炭素薄膜を被覆することを特徴とする生体吸収性医療器具の表面処理方法である。
本発明の第二の構成は、前記ボンバードガスが、アルゴンボンバードガスである生体吸収性医療器具の表面処理方法である。
本発明の第三の構成は、前記生体吸収性医療器具がステントである生体吸収性医療器具の表面処理方法である。
本発明の第四の構成は、圧力調整された真空容器内にボンバードガスを導入し、出力10〜70Wの高周波を30〜60分間印加させて生体吸収性医療器具の表面をボンバード処理して表面粗度を調整した後、該基材の表面にダイヤモンド状炭素薄膜を被覆することを特徴とする生体吸収性医療器具の表面処理方法である。
本発明の第五の構成は、前記表面粗度の算術平均粗度が20nm〜2μmであることを特徴とする表面処理方法である。
本発明の生体吸収性医療器具の表面処理方法は、Arボンバートにより基材の表面粗度を調整した後、ダイヤモンド状薄膜を局所的に被覆することが可能なため、生体内での基材の分解速度が調整できる。また、ダイヤモンド状薄膜の局所的な被覆法の採用により極めて薄いアモルファス膜が形成でき、更にダイヤモンド状薄膜の成膜条件を変えることで被覆面積や膜の厚みの制御が容易である。上記方法で分解速度か調整された生体吸収性医療器具は、現在問題になっている生体内に留置する医療器具の生体との永続的相互作用による内皮細胞の機能不全および後の血栓症のリスクを解決することができる。更に狭窄箇所の状態によって要求されるステントの分解速度が異なる場合があるので、それに対応するステントを提供することもできる。
生体吸収性医療器具の表面処理を行う表面処理装置の概略断面図である。
Arボンバート処理を施したMg合金ワイヤの表面粗さと高周波出力との関係を を示す図である。
腐食試験結果を示すグラフである。
質量変化率を示すグラフである。
DLC処理の質量が低下した原因を説明する概略図である。
以下、本発明の実施形態について図面にて説明する。
図1は、本発明の実施の形態に係る表面処理装置を示す概略断面図であり、本実施形態では、表面処理装置として放電用電源が高周波電源のプラズマCVD装置を用いた。本実施の形態に係る表面処理装置(プラズマCVD装置)1は、基板ホルダを兼ねる電極板2を下部に設置した真空容器3を有しており、この電極板2上にMg合金基板4が載置される。電極板2には、高周波(RF)電源5とブロッキングコンデンサー6が接続されている。
真空容器3には、原料ガスである炭化水素系ガス(アセチレン、メタンなど)とボンバード処理用ガス(Arなど不活性ガス)が導入されるガス導入ライン7と、排気系(図示せず)が接続されている排気口8が設けられている。ガス導入ライン7には、原料ガス供給装置9とボンバードガス供給装置10が各マスフローコントローラ11、12を介して接続されている。なお、真空容器3は接地されている。
次に、上記した表面処理装置1によるMg合金基板4の表面処理方法について説明する。
電極板2上にMg合金基板4を載置して、真空容器3内を排気系(図示せず)によって排気口8から排気して所定の圧力に調整した後、先ず、ボンバードガス供給装置10からボンバード処理用ガス、例えばアルゴン(Ar)ガスを供給し、マスフローコントローラ12で流量を調整して真空容器3内に導入する。この際、高周波電源5から電極板2に高周波(RF)を印加して、真空容器3内に導入されたアルゴン(Ar)ガスをイオン化させたArイオンをMg合金基板4の表面に衝突させる。
この際、電極板2のMg合金基板4が載置されている表面側にセルフバイアスがかかることによって、ArイオンがMg合金基板4の表面に衝突し、Mg合金基板4の表面がArボンバード処理される。Arボンバード処理では、高周波(RF)出力及びArボンバード処理時間を制御することにより合金基板表面の表面粗度を調整することができる。Arボンバード処理後、高周波電源5をOFFする。
そして、このボンバード処理が終了した後に、真空容器3内を排気系(図示せず)によって排気口8から排気して所定の圧力に調整し、原料ガス供給装置9から原料ガスである炭化水素系ガス(例えばCH4)を供給して、マスフローコントローラ11で流量を調整して真空容器3内に導入する。この際、高周波電源5から電極板2に高周波(RF)を印加して、真空容器3内に導入された炭化水素系ガス(CH4)をプラズマ化する。
この際、Mg合金基板4が載置されている電極板2にセルフバイアスがかかることによって、プラズマ中のプラスイオン(C+、CH4+など)がMg合金基板4に引き付けられ、Mg合金基板4のArボンバード処理された表面に局所的に緻密なダイヤモンド状薄膜(以下DLC膜という)が成膜される。
このように、Mg合金基板4の表面をArボンバード処理した後に、プラズマCVD法によって炭化水素系ガス(例えばCH4)をイオン化して、Mg合金基板4の表面にDLC膜を局所的に成膜することによって、Mg合金基板4の分解速度が調整されたMg合金基板4を得ることができた。
また、同一装置内でMg合金基板4表面にArボンバード処理とDLC膜を成膜する単純なプロセスによって、Mg合金基板4の分解速度の調整を生産性よく、かつ低コストで行うことができる。
そして、上記のようにして得られるArボンバード処理とDLC膜の成膜を以下の実施例1〜4の条件で行い、腐食の様子を重量変化で観察した。このときの腐食試験条件は、腐食液として37℃のリン酸緩衝生理食塩水(濃度10倍)を用い、この腐食液中に浸漬して行った。なお、比較のために、未処理、Arボンバート処理、DLC処理についても同様の腐食試験を行った。
本実施例では、Mg合金ワイヤとしてAZ31(直径1.45×20mm)を用い、RF出力を変えた4条件でボンバード処理を行った。
Mg合金ワイヤ:粒径3μm,9μmのダイヤモンドペーパーで研磨
ボンバード処理条件:
真空到達度:8.0×0−3
原料ガス:Ar
圧力:80(Pa)
RF出力:10,30,50,70(W)
処理時間:60(min)
上記ボンバード処理条件によるMg合金ワイヤの表面粗さを図2で示す。図2から明らかなようにArボンバート処理を施したMg合金ワイヤの表面粗さはRF電力に依存する。
本実施例では、AZ31のMg合金ステント(直径1.8mm×0.2mm×長さ18mm)を用い、次の処理を施した3つのサンプルを用意した。
Arボンバート処理のみ、DLC処理のみ、Arボンバート処理後にDLC処理
ボンバード処理条件:
真空到達度:8.0×0−3
原料ガス:Ar
圧力:80(Pa)
RF出力:70(W)
処理時間:60(min)
DLC膜の成膜条件:
真空到達度:8.0×0−3
原料ガス:CH4
圧力:4(Pa)
RF電力:500(W)
成膜時間:5(min)
上記した条件でボンバード処理及び/またはDLCを成膜した試料を腐食液中に148時間浸漬し、腐食試験結果を図3に示す。図から148時間後にDLC膜処理のみの試料に変化が見られた。312時間後には全ての試料が細かく分断された。
実施例2の試験結果から148時間後の各試料の質量変化率を図4に示す。図から明らかにArボンバート処理後にDLC処理した試料は未処理の試料よりも質量が約8%多く、腐食抑制に効果があることが示唆された。DLC処理した試料の質量が低下した原因として図5に示すようにMg合金ワイヤとDLC膜の界面でアノード・カソード反応が起きたため腐食が急速に進行し、その結果、質量が低下したものと推測される。
なお、上記した実施形態では、DLC膜を高周波プラズマCVD法によって成膜する構成であったが、これ以外にもスパッタ法、DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法、化学気相堆積法(CVD法)、プラズマCVD法、プラズマイオン注入法、重畳型RFプラズマイオン注入法、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、イオンビーム蒸着法又はレーザーアブレーション法等の公知の方法により、医療器具本体の表面に形成することができる。
また、DLC膜は医療器具本体の表面に直接形成することができるが、医療器具本体とDLC膜とをより強固に密着させるために、医療器具本体とDLC膜との間に中間層を設けてもよい。中間層を設ける場合には、医療器具本体の材質に応じて種々のものを用いることができるが、Siと炭素からなるアモルファス膜等の公知のものを用いることができる。
さらに、DLC膜表面を疎水性として抗血栓性を向上させるために、DLC膜にフッ素、珪素などの元素を添加してもよい。
本発明の生体吸収性医療器具の基材としては、純マグネシウム、マグネシウム合金、純鉄、鉄合金などが挙げられる。マグネシウム合金としては、マグネシウムを主成分とし、Zr、Y、Ti、Ta、Nd、Nb、Zn、Ca、Al、Li、およびMnからなる生体適合性元素群から選択される少なくとも1つの元素を含有するものが好ましい。例えば、マグネシウムが50〜98%、リチウム(Li)が0〜40%、鉄が0〜5%、その他の金属または希土類元素(セリウム、ランタン、ネオジム、プラセオジム等)が0〜5%であるものを挙げることができる。鉄合金としては、鉄を主成分として、Mn、Co、Ni、Cr、Cu、Cd、Pb、Sn、Th、Zr、Ag、Au、Pd、Pt、Re、Si、Ca、Li、Al、Zn、Fe、C、Sからなる生体適合性元素群から選択される少なくとも1つの元素を含むものが好ましい。例えば88−99.8%の鉄、0.1−7%のクロムおよび0−3.5%のニッケル並びに5%より少ない他の金属を含むものが例示される。
上述のマグネシウム合金は、通常の鋳造やダイカスト、鋳造塑性加工、鋳造強加工、チップ固化成形、急速凝固、急速凝固粉末冶金などの種々の金属材料製造プロセスによって製造される。前記プロセスにおいて、高強度、高延性、高耐食性を実現するためには、急速凝固粉末治金法が特に重要であることが知られている。
さらに、ステント骨格の上に、生分解性ポリマーが被覆されていてもよい。生分解性ポリマーとしては、ポリ‐L‐乳酸(PLLA)、ポリ‐D,L‐乳酸(PDLLA)、ポリ(乳酸‐グリコール酸)(PLGA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリカプロラクトン(PCL)、ポリ乳酸‐ε‐プロラクトン(PLCL)、ポリ(グリコール酸‐ε‐カプロラクトン)(PGCL)、ポリ−p−ジオキサノン、ポリ(グリコール酸−トリメチレンカーボネート)、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸などが挙げられる。一般的に、これらのポリマーの分子量が同程度である場合、PCLならびにPLCLは、その他のポリマーに比べて37℃下での柔軟性や延性に優れ、且つ疎水性に優れており好ましい。
また、生分解性ポリマーに内皮細胞の増殖を阻害しない治療用薬剤を含んでもよい。治療用薬剤としては、シロリムス、バイオリムス、エベロリムスなどの抗増殖薬、ステロイド性抗炎症薬などの抗炎症薬、タキソール、ドセキタキセルなどの抗新生物薬および/または抗分裂薬、ヘパリンナトリウム、ヒルジン、アルガトロバン、キシメラガトラン、メラガトラン、ダビガトラン、ダビガトラン・エテキレートなどの抗血小板薬、抗凝固薬、抗フィブリン薬、および抗トロンビン薬、アンギオペプチン、カプトプリルなどの細胞増殖抑制剤または抗増殖薬、抗生物質、ペルミロラストカリウムなどの抗アレルギー薬、抗酸化薬、アトルバスタチン、セリバスタチン、フルバスタチン、ピタバスタチン、プラバスタチン、シンバスタチンなどのHMG−CoA還元酵素阻害薬、プラスミドDNA、遺伝子、デコイ、siRNA、オリゴヌクレオチド、アンチセンスオリゴヌクレオチド、リボザイム、アプタマーなどの核酸医薬、タミバロテンなどの血管の再狭窄抑制薬剤などがある。
本発明の生体吸収性医療器具の一つであるステントは特徴のある形状を有するが、このような形状は、レーザ加工により一体に製造することができる。レーザ加工による製作工程は、まず、設計されたステントの形状データを基に、CAMを用いてレーザ加工におけるツールパスを作成する。ツールパスは、レーザカット後にステント形状が維持できていること、また切り屑が残留しないことなどを考慮しながら設定する。次に生分解性金属製のチューブに対してレーザ加工を行う。生分解性金属への熱影響を防止するため、特開2013−215487に開示された方法、例えばチューブ形状のステント材料の中空部にロッド状の芯金を挿入して串刺し状のチューブを形成し、ステント材料の直線性を保持した後に、チューブ状のステント材料に対し、ステント材料までに形成した水柱をレーザ光の導波路とするレーザ(水レーザ)によって熱影響を抑制しながらレーザ加工を行ない、その後、チューブから芯金を除去することによりステント形状を形成することが好ましい。
レーザ切断加工によって網目形状が形成された後、電解研磨を用いて表面を光沢に仕上げし、エッジ部を滑らかな形状に仕上げる。ステントの加工工程では、レーザ切断加工後の後処理工程が重要である。レーザ切断加工後のステントは、まず金属切断面の酸化物を酸性液で溶解し、次いで電解研磨を行う。生分解性金属、例えばマグネシウム合金の場合は、電解研磨では電解液中に、ステント及びステントレス等の金属板を浸漬し、2つの金属間は直流電源を介して接続される。ステント側を陽極、金属板側を陰極として、電圧を印加することによって陽極側であるステントを溶解させて研磨効果を得る。適切な研磨効果を得るためには、電解液の組成や印加する電流条件などを検討して行う必要がある。
上記レーザ加工法で製造されたステントは、図1の表面処理装置の電極板2上に載置し、上述の説明の通り、Arボンバート処理を行った後、DLC処理を行う。
本発明の生体吸収性医療器具の表面処理方法は、基材の表面をArボンバート処理して表面粗度を調整した後、DLC処理することにより、該基材の表面に局所的にダイヤモンド状薄膜を被覆することにより生体内での基材の分解速度が調整でき、現在問題になっている生体内に永久に留置するステントに起因する内皮細胞の機能不全および後の血栓症のリスクを解決することができる。
1
表面処理装置(プラズマCVD装置)
2
電極板
3
真空容器
4
Mg合金基板
5
高周波電源
6
ブロッキングコンデンサー
7
ガス導入ライン
8
排気口
9
原料ガス供給装置
10
ボンバードガス供給装置
11
マスフローコントローラ
12
マスフローコントローラ