以下、図面を参照し、本発明の実施の形態を詳しく説明する。各図に示された構成部材間の寸法比は、必ずしも実際の寸法比を示すものではない。
図1、図2A、図2B、図3A、及び図3Bを参照して、本発明の一実施形態による疲労き裂の開口・閉口挙動の予測方法を説明する。本実施形態による予測方法は、FEM解析によって疲労き裂の開口・閉口時の挙動を予測する方法であって、き裂の開口・閉口を模擬する工程において、対向する要素間の間隙量が0よりも大きい所定の値である臨界間隙量以下になった時点から当該要素間に接触圧を発生させる。
図1に示すように、き裂が閉口する過程をFEM解析で模擬することを考える。き裂が閉口するとき、相対するき裂面が接触する。
通常の接触モデルでは、図2A及び図2Bに示すように、対向する要素間の間隙量dが0になった時点から当該要素に接触圧を発生させる。
これに対して本実施形態では、図3A及び図3Bに示すように、相対する要素間の間隙量dが0よりも大きい所定の値である臨界間隙量C0以下になった時点から当該要素に接触圧を発生させる。これによって、き裂面に形成された酸化物層や破面粗さの影響を考慮することができる。
臨界間隙量C0は、これに限定されないが、き裂面に挟まれた酸化物層の厚さ(き裂面の片面あたりに形成された酸化物層の厚さの2倍)や、き裂面の算術平均粗さRa等に設定することができる。
間隙量dと接触圧との関係は、実測したものを用いてもよいし、文献値や推測値を用いてもよい。具体的には例えば、間隙量dと接触圧との関係を予め測定して対応表を作成しておき、当該対応表から、ある間隙量dのときの接触圧を求めてもよい。あるいは、間隙量dと接触圧との関係を関数で表し、当該関数から、ある間隙量dのときの接触圧を求めてもよい。間隙量dと接触圧との関係は、材料(母材及び酸化物)の機械的特性(ヤング率等)から理論的・近似的に求めたものであってもよい。間隙量dと接触圧との関係は、後述するように、材料の機械的特性からFEM解析によって求めることもできる。また、一次関数やステップ関数で近似したものであってもよい。
図4を参照して、本実施形態による予測方法の応用例の一つを説明する。図4に示す予測方法は、解析モデルを準備する工程(ステップS1)、荷重を加えて所定の長さだけき裂を進展させる工程を模擬する工程(ステップS2)、荷重を減少させてき裂を閉口させる工程を模擬する工程(ステップS3)、荷重を増大させてき裂を開口させる工程を模擬する工程(ステップS4)、及び有効応力拡大係数範囲ΔKeffを算出する工程(ステップS5)を備えている。以下、各工程を詳述する。
解析対象を模擬した解析モデルを準備する(ステップS1)。解析対象となる材料は特に限定されないが、本実施形態による予測方法は、金属材料の疲労き裂の開口・閉口挙動の予測に好適である。解析モデルに設定されるパラメータとして、上述した間隙量dと接触圧との関係に加えて、例えば、解析対象の形状及び寸法、材料の機械的特性(応力−ひずみ曲線、ポアソン比等)等が入力される。
要素分割の仕方は特に限定されないが、き裂進展部の要素分割数を多くしておくことが好ましい。き裂進展部の各要素は、初期状態では間隙量d=0となるように配置する。
荷重を加えて所定の長さだけき裂を進展させる工程を模擬する(ステップS2)。具体的には、解析モデル中のある要素に予め設定した荷重を加えることにより、解析モデル中の各要素が変形する。これによって、き裂進展部に配置される各要素が接触面から離間する。所定の時刻(解析ステップ時間)における各要素の変位の大きさは、当該時刻に当該要素に加わっている応力の大きさ、隣接する要素の変位、及び材料の応力−ひずみ曲線等に基づいて算出することができる。このとき、各要素に負荷される応力の大きさから、塑性変形の有無についても評価を行う。
負荷する荷重の大きさは、時間の関数とすることが好ましい。荷重のプロファイルは例えば、K漸減法を模擬したものとすることができる。具体的には、荷重を所定の最大荷重まで増加させた後、き裂を進展させながら荷重を徐々に減少させていき、最終的にはき裂が進展しなくなる荷重まで減少させるようにしたものとすることができる。
なお、ステップS1及びステップS2に代えて、最初から所定の長さのき裂と所定の塑性域とが形成された解析モデルを準備して、以降の解析を実施してもよい。
荷重を減少させてき裂を閉口させる工程を模擬する(ステップS3)。この工程においても、所定の時刻における各要素の変位の大きさは、当該時刻に当該要素に加わっている応力の大きさ、隣接する要素の変位、及び材料の応力−ひずみ曲線等に基づいて算出することができる。これに加えてこの工程では、き裂面に配置された各要素に、上述した間隙量dと接触圧との関係に基づいて接触圧を負荷する。これによって、き裂面に形成された酸化物層や破面粗さの影響を考慮することができる。
このとき、き裂閉口時の荷重の大きさを記録しておくことが好ましい。ここで、「き裂閉口時」とは、き裂の先端より後方のいずれかの要素において間隙量dが臨界間隙量C0以下なった時点をいうものとする。
荷重は、0あるいは0よりも小さい値まで下げてもよいし、0よりも大きい値で止めてもよい。
荷重を増大させてき裂を開口させる工程を模擬する(ステップS4)。ステップS3と同様、所定の時刻における各要素の変位の大きさは、当該時刻に当該要素に加わっている応力の大きさ、隣接する要素の変位、及び材料の応力−ひずみ曲線等に基づいて算出することができる。この工程においても、き裂面に配置された各要素に、上述した間隙量dと接触圧との関係に基づいて接触圧を負荷する。
このとき、き裂開口時の荷重の大きさを記録しておくことが好ましい。ここで、「き裂開口時」とは、き裂の先端より後方のすべての要素において間隙量dが臨界間隙量C0よりも大きくなった時点をいうものとする。
き裂開口時の荷重及びき裂閉口時の荷重に基づいて、有効応力拡大係数範囲ΔKeffを算出する(ステップS5)。具体的にはまず、き裂閉口時の荷重Pcl及びき裂の長さ等からき裂閉口時の応力拡大係数Kcl、あるいはき裂開口時の荷重Pop及びき裂の長さ等からき裂開口時の応力拡大係数Kopを算出する。そして、開閉口を模擬する工程における最大の応力拡大係数Kmaxとの差分、(Kmax―Kcl)あるいは(Kmax―KOP)を有効応力拡大係数範囲ΔKeffとする。
以上、本発明の一実施形態による疲労き裂の開口・閉口挙動の予測方法を説明した。本実施形態によれば、計算負荷を増大させることなく、破面粗さ誘起き裂閉口や酸化物誘起き裂閉口の影響を考慮して疲労き裂開閉口挙動を予測することができる。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明する。本発明はこの実施例に限定されない。
まず、コンパクト・テンション試験片を用いた疲労き裂進展試験(実試験)を実施した。試験片は、純鉄材で、ASTM−E647に準拠したものを使用した。試験片の形状及び寸法を図5に示す。図5中の寸法の単位はmmであり、試験片の厚さは8mmとした。応力比0.05(最小荷重と最大荷重の比)とし、最大荷重を初期の5.2kNからき裂進展が停留した1.35kNまで減少させるK漸減試験を行った。図6に、疲労き裂進展試験で得られき裂進展長さと繰り返し数との関係を示す。
次に、図6のき裂進展長さと繰り返し数との関係を模擬した二次元FEM解析を実施した。図7に、使用した解析モデルを示す。図7に示すように、試験片形状及び負荷条件の対称性を考慮して1/2モデルとし、平面ひずみ要素を用いてメッシュ分割した。き裂進展部(図7中のA1)のメッシュ寸法は0.04mm×0.04mmとした。
き裂進展部には接触条件を設定し、初期状態では接触面(対称面)に要素が接着しているものとした。図6のき裂進展長さと繰り返し数との関係をもとに、図8のように解析ステップ時間が進むごとに要素を接触面から切り離すことでき裂進展を模擬した。
負荷条件を図9に示す。第1フェーズで5.2kNの単調負荷をピンに与え、第2フェーズで荷重を1.35kNまで減少させながらき裂を15mm進展させた。その後、第3フェーズ及び第4フェーズで、き裂を進展させずに除荷及び再負荷を1回ずつ行った。
図10A及び図10Bは、き裂進展長さがそれぞれ5mm及び15mmのときの塑性域の広がりを示す図である。図10A及び図10Bはともに、変形倍率30倍で表示している。図10A及び図10Bに示すように、き裂面に沿って塑性域が発達する。
き裂進展後に除荷及び再負荷を行ったときのき裂先端開閉口挙動を、酸化物誘起閉口の影響を考慮せずに評価した。図11Aは除荷時のき裂先端形状の変化を示す図であり、図11Bは再負荷時のき裂先端形状の変化を示す図である。
図11Aにおいて一点鎖線で囲った部分から、完全に除荷される前に要素が対称面に接触していることが分かる。すなわち、完全に除荷される前にき裂が閉じており、き裂閉口現象がこの解析で再現されていることが分かる。これは、き裂面に沿った塑性域による塑性誘起閉口の影響であると考えられる。
表1に、き裂閉口時の荷重Pcl及び応力拡大係数Kcl、き裂開口時の荷重POP及び応力拡大係数KOP、並びに有効応力拡大係数範囲ΔKeffのそれぞれの、実測値及び解析値を示す(ただし、Pcl及びKclについては解析値のみ。)。表1に示すように、実測値と解析値との間には乖離が見られた。これは、FEM解析で酸化物誘起閉口の影響が考慮されていないことが原因と考えられる。
そこで、酸化物厚さを考慮した接触モデルを使用して解析を行った。このモデルでは、間隙量dと接触圧との関係を設定する必要がある。本解析では、間隙量dと接触圧との関係もFEM解析によって求めた。
具体的には、図12に示すように、純鉄と酸化物層とを含む微小領域を剛体面に接触させるFEM解析を行った。酸化物層と剛体面との間、及び純鉄と酸化物層との間には、通常の接触モデル(間隙量が0になった時点から接触圧が発生するモデル)を設定した。
純鉄及び酸化物層の機械的特性を設定し、図13に示すように微小領域に荷重を与えて酸化物層を剛体面に接触させた。図14に、純鉄と酸化物層との境界面における接触圧(より具体的には、図12の点P1における接触圧)と、純鉄と剛体面との間の距離との関係を示す。なお、この図から間隙量dと接触圧との関係を求める場合、間隙量dは「純鉄と剛体面との間の距離」の2倍の値となる。
図12で示した解析モデルにおいて、酸化物層を取り除き、酸化物厚さの影響を考慮した接触モデルを使用して図15に示すようなFEM解析を実施した。酸化物厚さの影響を考慮した接触モデルでは、図14で得られた間隙量dと接触圧との関係を用いた。図16に、純鉄と(仮想)酸化物層との境界面における接触圧と、純鉄と剛体面との間の距離との関係を示す。図16の結果は図14の結果と一致しており、酸化物厚さの影響を考慮した接触モデルで図14の結果を再現できていることが確認された。
き裂進展後に除荷及び再負荷を行ったときのき裂先端開閉口挙動を、酸化物厚さの影響を考慮した接触モデルを使用して評価した。図17A及び図17Bは、酸化物層の片面あたりの厚さをそれぞれ0.1μm(臨界間隙量C0=0.2μm)及び0.15μm(臨界間隙量C0=0.3μm)としたときの除荷時のき裂先端形状の変化を示す図である。
図17A及び図17Bに示すように、き裂後方の開口変位はほぼ想定した酸化物厚さとなっている。すなわち、この部分でき裂が閉口していることになる。
表2に、き裂閉口時の荷重Pcl及び応力拡大係数Kcl、き裂開口時の荷重POP及び応力拡大係数KOP、並びに有効応力拡大係数範囲ΔKeffのそれぞれの、実測値及び解析値を示す(ただし、Pcl及びKclについては解析値のみ。)。表2に示すように、酸化物厚さを考慮しなかった場合と比較して、より実測値に近い解析値が得られている。
以上、本発明の実施の形態を説明した。上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。よって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲で、上述した実施の形態を適宜変形して実施することが可能である。