以下、本発明の実施形態について、添付図面を参照して詳細に説明する。
図1は本実施形態に係るスクロール型流体機械の概略断面図であり、図2はその要部拡大断面図である。
本実施形態によるスクロール型流体機械は、例えば車両用空調装置の冷媒回路に組み込まれ、冷媒回路の低圧側から吸入した冷媒(流体)を圧縮して吐出する圧縮機である。このスクロール型流体機械100は、スクロールユニット1と、ハウジング10と、スクロールユニット1を駆動させる駆動部としての電動モータ20と、電動モータ20の駆動軸21の一端部(図1では上端部)を支持するための軸受保持部30と、電動モータ20の駆動制御用のインバータ40と、を備えている。なお、本実施形態においては、スクロール型流体機械100は、いわゆるインバータ一体型の場合を一例に挙げて説明する。
前記スクロールユニット1は、互いに噛み合わされる固定スクロール2及び可動スクロール3を有する。スクロール型流体機械100は、可動スクロール3を固定スクロール2の中心軸線周りに公転旋回運動させることにより、固定スクロール2と可動スクロール3との間に流入する冷媒を圧縮して吐出するように構成されている。
固定スクロール2及び可動スクロール3のうちの一方のスクロールは、Si(ケイ素)を所定の質量%で含有する第1のアルミニウム合金(以下では、第1アルミニウム合金という)からなり、固定スクロール2及び可動スクロール3のうちの他方のスクロールは、Siを所定の質量%で含有する第2のアルミニウム合金(以下では、第2アルミニウム合金という)からなる。なお、第1アルミニウム合金及び第2アルミニウム合金として適用する合金の種類及び含有Si等の質量%については後に詳述する。
前記他方のスクロールにおける少なくとも前記一方のスクロールと対向する表面部位に、陽極酸化処理によるアルマイト層(換言すると、陽極酸化皮膜)Mが形成されている。本実施形態では、アルマイト層Mは、前記他方のスクロールの表面全体のうち、前記一方のスクロールと対向する表面部位にのみ形成されている。
本実施形態では、前記一方のスクロールは固定スクロール2であり、アルマイト層Mを有する前記他方のスクロールは可動スクロール3であるものとする。したがって、本実施形態では、図1及び図2に示すように、陽極酸化処理は可動スクロール3(第2アルミニウム合金)の表面に対して施され、陽極酸化処理によるアルマイト層Mは可動スクロール3における固定スクロール2と対向する表面部位にのみ形成されている。一方、固定スクロール2(第1アルミニウム合金)の表面に対しては、陽極酸化処理は施されておらず、固定スクロール2は第1アルミニウム合金の素材(無垢材)のままである。
具体的には、前記一方のスクロールとしての固定スクロール2は、円盤状に形成されると共に中心部に吐出孔2a1が開口された第1底板2aと、第1底板2aの一端面から突出される渦巻状の第1ラップ2bとを有する。前記他方のスクロールとしての可動スクロール3は、第1底板2aの前記一端面と対向する一端面を有する円盤状の第2底板3aと、第2底板3aの前記一端面から突出される渦巻状の第2ラップ3bとを有する。また、固定スクロール2の第1底板2aは可動スクロール3の第2底板3aより大きな径を有する。
本実施形態では、アルマイト層Mは、より具体的には、図1、図2及び後述する図3に示すように、第2底板3aの前記一端面の全体と第2ラップ3bの表面全体とに形成され、これらの表面部位を覆う膜厚tの皮膜を構成している。つまり、可動スクロール3における固定スクロール2と対向する表面部位は、膜厚tの皮膜からなるアルマイト層Mにより覆われている。第2底板3aは第1ラップ2bの突出端部及び第1底板2aに対向し、第2ラップ3bの突出端部は第1底板2aに対向し、第2ラップ3bの側壁は第1ラップ2bの側壁に対向している。つまり、アルマイト層Mの形成部位としての可動スクロール3における固定スクロール2と対向する表面部位とは、第2底板3aの前記一端面の全体と第2ラップ3bの表面全体である。なお、可動スクロール3の表面の一部(前記第2底板3aの前記一端面及び第2ラップ3bの表面)に対して陽極酸化処理を施してアルマイト層Mを形成するために、陽極酸化処理の際には、アルマイト層Mを形成しない部位にマスキングを行う必要がある。
固定スクロール2と可動スクロール3は、第1ラップ2bと第2ラップ3bとを互いに噛み合わせるように配置される。詳しくは、固定スクロール2と可動スクロール3は、第1ラップ2bの突出端部と第2底板3aとの間に隙間(以下、第1ラップ端隙間という)S1を有し、第2ラップ3bの突出端部と第1底板2aとの間に隙間(以下、第2ラップ端隙間という)S2を有するように配設される。
より詳しくは、第1ラップ端隙間S1とは、各隙間S1、S2を説明するための概念図である図3に示すように、第1ラップ2bの突出端面と第2底板3aの前記一端面に形成される膜厚tのアルマイト層Mの表面との間の隙間である。そして、第2ラップ端隙間S2とは、第2ラップ3bの突出端面に形成される膜厚tのアルマイト層Mの表面と第1底板2aの前記一端面との間の隙間である。圧縮運転中に温度等により変動し得る第1ラップ端隙間S1及び第2ラップ端隙間S2が圧縮運転中に適切な範囲に維持されていれば、固定スクロール2と可動スクロール3との間の後述する空間(圧縮室)Sの気密性が適切に維持され、その結果、スクロール型流体機械100における冷媒の圧縮性能が維持される。
また、固定スクロール2と可動スクロール3は、第1ラップ2bの周方向の角度と第2ラップ3bの周方向の角度が互いにずれた状態で、第1ラップ2bの側壁と第2ラップ3bの側壁が互いに部分的に接触するように配設される。これにより、第1ラップ2bと第2ラップ3bとの間に、三日月状の空間(圧縮室)Sが形成される。つまり、空間Sが固定スクロール2と可動スクロール3との間に形成される。また、第2ラップ3bの側壁には、膜厚tのアルマイト層Mが形成さいているため、第1ラップ2bの側壁は、第2ラップ3bの側壁に形成されたアルマイト層Mを介して第2ラップ3bに接触する。
より具体的には、固定スクロール2は、ハウジング10の後述するリアハウジング12に固定されると共に、その径方向中央部に、リアハウジング12側に開口する凹部2a2を有する。この凹部2a2は、第1底板2aの他端面(つまり、可動スクロール3とは反対側の端面)に形成されている。固定スクロール2は、リアハウジング12と軸受保持部30との間に配置された状態で、リアハウジング12及び軸受保持部30と一体的にボルト14などの締結部材により締結されている。
可動スクロール3は、その自転が阻止された状態で、後述するクランク機構を介して、固定スクロール2の中心軸線周りに公転旋回運動可能に構成されている。これにより、スクロールユニット1は、固定スクロール2と可動スクロール3との間の空間Sを中央部に移動させ、その容積を徐々に減少させる。その結果、スクロールユニット1は、第1ラップ2b及び第2ラップ3bの渦巻外側から空間S内に流入する冷媒を空間S内で圧縮する。
ハウジング10は、図1に示すように、主に、スクロールユニット1、電動モータ20、軸受保持部30、及び、インバータ40を、その内側に収容するフロントハウジング11と、リアハウジング12と、インバータカバー13と、を有する。そして、これら(11,12,13)がボルト14などの締結部材によって一体的に締結されてスクロール型流体機械100のハウジング10が構成される。
フロントハウジング11は、概ね円環状の周壁部11aと仕切壁部11bとを有する。フロントハウジング11は、その内部空間が、仕切壁部11bにより主にスクロールユニット1、電動モータ20、及び、軸受保持部30を収容するための収容空間とインバータ40を収容するための収容空間とに仕切られる。周壁部11aの一端側(図1では上側)の開口はリアハウジング12によって閉止される。また、周壁部11aの他端側(図1では下側)の開口はインバータカバー13によって閉止される。仕切壁部11bには、その径方向中央部に駆動軸21の他端部(図1では下端部)を支持するベアリング15を保持する筒状の支持部11b1が、周壁部11aの一端側に向って突設されている。
また、周壁部11aには、冷媒の吸入ポートP1が形成されている。冷媒回路の低圧側からの冷媒は、この吸入ポートP1を介してフロントハウジング11内に吸入される。したがって、フロントハウジング11内の空間は吸入室H1として機能している。なお、冷媒が吸入室H1内で電動モータ20の周囲等を流通することにより、電動モータ20が冷却されるように構成されている。そして、図1において、電動モータ20の上側の空間は、電動モータ20の下側の空間と連通し、電動モータ20の下側の空間と共に一つの吸入室H1を構成する。また、吸入室H1内には、回転駆動される駆動軸21等の摺動部位の潤滑のために、適量の潤滑オイルが貯留されている。そのため、吸入室H1において、冷媒は潤滑オイルとの混合流体として流れている。
リアハウジング12は、フロントハウジング11の周壁部11aの外径に合わせた外径を有する円盤状に形成されている。そして、このリアハウジング12は、その周縁部が周壁部11aの一端側端部(図1では、上端部)に適宜本数のボルト14などの締結部材によって締結され、フロントハウジング11の一端側の開口を閉止する。
また、このリアハウジング12の一端面には、固定スクロール2の第1底板2aの前記他端面のうちの周縁部(言い換えると、凹部2a2を囲む部位)が当接されている。このリアハウジング12の一端面と第1底板2aの凹部2a2とにより、冷媒の吐出室H2が区画される。吐出室H2は第1底板2aの中心部に形成された吐出孔2a1を経由して空間Sに連通する。そして、この吐出室H2には、一方弁16が吐出孔2a1の開口を覆うように設けられている。この一方弁16は、吐出室H2から空間Sへの流れを規制する逆止弁である。吐出室H2内には、空間Sで圧縮された冷媒が吐出孔2a1及び一方弁16を介して吐出される。吐出室H2内の圧縮冷媒は、リアハウジング12に形成される吐出通路12a及び吐出ポートP2を介して冷媒回路の高圧側に吐出される。なお、図示を省略するが、例えば、リアハウジング12に形成された吐出通路12aには、吐出室H2内の圧縮冷媒から潤滑オイルを分離するためのオイルセパレータが設けられる。このオイルセパレータにより潤滑オイルが分離された冷媒(微量の潤滑オイルが残存する冷媒を含む)が吐出ポートP2を介して冷媒回路の高圧側に吐出される。一方、オイルセパレータにより分離された潤滑オイルは、図示を省略した供給通路を介して後述する背圧室H3へ導かれる。
電動モータ20は、駆動軸21と、ロータ22と、ロータ22の径方向外側に配置されるステータコアユニット23とを含んで構成される。電動モータ20としては、例えば、三相交流モータが適用される。例えば車両のバッテリー(図示省略)からの直流電流が、インバータ40により交流電流に変換され、電動モータ20へ給電される。
駆動軸21は、可動スクロール3にクランク機構を介して連結され、電動モータ20の回転力を可動スクロール3に伝達するものである。駆動軸21の一端部(つまり、可動スクロール側端部)は、軸受保持部30に形成された貫通孔を挿通して、ベアリング17によって回転可能に支持され、駆動軸21の他端部(インバータ側端部)は、支持部11b1に嵌合されるベアリング15によって回転可能に支持される。
ロータ22は、その径方向中心に形成された軸孔に嵌合(例えば圧入)される駆動軸21を介して、ステータコアユニット23の径方向内側で回転可能に支持される。インバータ40からの給電によりステータコアユニット23に磁界が発生すると、ロータ22に回転力が作用して駆動軸21が回転駆動される。
軸受保持部30は、駆動軸21の可動スクロール側端部を回転可能に支持する軸受部としてのベアリング17を保持するものである。軸受保持部30は、例えば、固定スクロール2の第1底板2aの外径と合わせた外径を有する有底筒状に形成され、円筒部30aと、円筒部30aの一端側に位置する底壁部30bとを有する。円筒部30aは、その開口側の内径が底壁部30b側の内径より大きくなるように拡径され、その大径部位30a1と小径部位30a2の間を接続する肩部30a3を有する。大径部位30a1と肩部30a3とによって区画される空間内に可動スクロール3が収容される。円筒部30aの開口側端部は、第1底板2aの前記一端面のうちの周縁部に当接される。したがって、軸受保持部30の開口は、固定スクロール2によって閉止される。また、円筒部30aの小径部位30a2には、ベアリング17が嵌合される。そして、底壁部30bの径方向中央部には、駆動軸21の可動スクロール側端部を挿通させるための貫通孔が開口されている。
軸受保持部30の肩部30a3と可動スクロール3の第2底板3aとの間には、環状のスラストプレート18が配置される。肩部30a3は、スラストプレート18を介して可動スクロール3からのスラスト力を受ける。肩部30a3及び第2底板3aのスラストプレート18と当接する部位には、それぞれシール部材19が配置される。これらのシール部材19により、第2底板3aと小径部位30a2との間に区画される背圧室H3の気密性が保たれる。軸受保持部30には、図示を省略するが、吸入室H1からスクロールユニット1の第1ラップ2b及び第2ラップ3bの渦巻外端部付近の空間H4へ冷媒(詳しくは冷媒と潤滑オイルとの混合流体)を導入するための冷媒導入通路が形成される。この冷媒導入通路は、空間H4と吸入室H1との間を連通しているので、空間H4内の圧力は吸入室H1内の圧力(吸入室内圧力)と等しい。
本実施形態では、前記クランク機構は、図2に示すように、第2底板3aの他端面(背圧室側端面)に突出形成された円筒状のボス部24と、駆動軸21の可動スクロール側端部に設けたクランク25に偏心状態で取付けられた偏心ブッシュ26と、ボス部24内に嵌合するすべり軸受27と、を含んで構成される。偏心ブッシュ26はボス部24内にすべり軸受27を介して回転可能に支持される。なお、駆動軸21の可動スクロール側端部には、可動スクロール3の動作時の遠心力に対向するバランサウエイト28が取付けられる。また、図示を省略したが、可動スクロール3の自転を阻止する自転阻止機構が適宜に備えられる。これにより、可動スクロール3は、その自転が阻止された状態で、前記クランク機構を介して固定スクロール2の中心軸線周りに公転旋回運動可能に構成される。スクロール型流体機械100は、電動モータ20を駆動させて可動スクロール3を固定スクロール2の中心軸線周りに公転旋回運動させることにより、固定スクロール2と可動スクロール3との間の空間Sに流入する冷媒を圧縮する。
次に、スクロール型流体機械100における冷媒の流れを説明する。
冷媒回路の低圧側からの冷媒は、吸入ポートP1を介して吸入室H1に導入され、その後、冷媒導入通路(図示省略)を介してスクロールユニット1の渦巻外端部付近の空間H4に導かれる。そして、空間H4内の冷媒は、第1ラップ2bと第2ラップ3bとの間の空間S内に取り込まれ、この空間S内で圧縮される。圧縮された冷媒は、吐出孔2a1及び一方弁16を経由して吐出室H2に吐出され、その後、吐出室H2から吐出通路12a及び吐出ポートP2を介して冷媒回路の高圧側に吐出される。
次に、第1アルミニウム合金及び第2アルミニウム合金として適用する合金の種類及び含有Siの質量%について詳述する。
前述したように、固定スクロール2及び可動スクロール3のうちの一方のスクロールとしての固定スクロール2は、Siを所定の質量%で含有する第1アルミニウム合金からなり、固定スクロール2及び可動スクロール3のうちの他方のスクロールとしての可動スクロール3は、Siを所定の質量%で含有する第2アルミニウム合金からなる。
第2アルミニウム合金は、Siを第1アルミニウム合金の前記所定の質量%より低い所定の質量%で含有している。つまり、陽極酸化処理の施される前記他方のスクロールとしての可動スクロール3の第2アルミニウム合金のSi質量%が、陽極酸化処理の施されない前記一方のスクロールとしての固定スクロール2の第1アルミニウム合金のSi質量%より、意図的に、低く設定されている。
本実施形態では、第1アルミニウム合金は、Al−Si系のアルミニウム合金であり、第2アルミニウム合金は、Al−Mg−Si系のアルミニウム合金である。換言すると、第1アルミニウム合金は、合金番号が4000番台の4000系アルミニウム合金であり、第2アルミニウム合金は、合金番号が6000番台の6000系アルミニウム合金である。
一般的に、4000系アルミニウム合金は、Siを他の系のアルミニウム合金より多く含有することにより、線膨張係数(熱膨張率)が低く抑えられており、また優れた耐磨耗性を有する。6000系アルミニウム合金は、良好な強度及び耐食性を有する。しかし、6000系アルミニウム合金のSi質量%は4000系アルミニウム合金のSi質量%より著しく低いので、6000系アルミニウム合金の線膨張係数は、4000系アルミニウム合金の線膨張係数より高い。したがって、6000系アルミニウム合金における温度変化による寸法変化量は、4000系アルミニウム合金における寸法変化量よりも大きい。
具体的には、第1アルミニウム合金(非陽極酸化処理側スクロール用合金)としてのAl−Si系のアルミニウム合金(4000系アルミニウム合金)は、Siを4.5〜13.5質量%で含有する。そして、第2アルミニウム合金(陽極酸化処理側スクロール用合金)としてのAl−Mg−Si系のアルミニウム合金(6000系アルミニウム合金)は、Siを0.2〜1.5質量%で含有している。つまり、陽極酸化処理される第2アルミニウム合金のSi質量%が陽極酸化処理されない第1アルミニウム合金のSi質量%より低く設定されている。
より具体的には、第1アルミニウム合金としての前記Al−Si系のアルミニウム合金は、合金番号が4032のアルミニウム合金(つまり、A4032)であり、第2アルミニウム合金としての前記Al−Mg−Si系のアルミニウム合金は、合金番号が6061のアルミニウム合金(つまり、A6061)である。詳しくは、合金番号4032の第1アルミニウム合金は、Si:11〜13.5質量%、Fe:1.0質量%以下、Cu:0.5〜1.3質量%、Mg:0.8〜1.3質量%、Cr:0.1質量%以下、Zn:0.25質量%以下、Ni:0.5〜1.3質量%を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる。合金番号6061の第2アルミニウム合金は、Si:0.4〜0.8質量%、Fe:0.7質量%以下、Cu:0.15〜0.4質量%、Mn:0.15質量%以下、Mg:0.8〜1.2%、Cr:0.04〜0.35質量%、Zn:0.25質量%以下、Ti:0.15質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる。したがって、第2アルミニウム合金のSi質量%は、第1アルミニウム合金のSi質量%より小さい。また、本実施形態では、第1アルミニウム合金及び第2アルミニウム合金は、例えば、JIS規格の質別記号T6に準拠する熱処理が施されており、第1アルミニウム合金はA4032−T6であり、第2アルミニウム合金はA6061−T6である。A4032−T6の引張強さは、約380(N/mm2)であり、A6061−T6の引張強さは、約310(N/mm2)である。つまり、第1アルミニウム合金は第2アルミニウム合金よりも高い強度を有している。質別記号T6は、溶体化処理後に人工時効硬化処理したものを意味する。
次に、第1ラップ端隙間S1及び第2ラップ端隙間S2について、図2を参照して詳述する。
本実施形態では、A4032−T6のアルミニウム合金(第1アルミニウム合金)が固定スクロール2に用いられ、A6061−T6のアルミニウム合金(第2アルミニウム合金)が可動スクロール3に用いられている。したがって、第2ラップ3bにおける線膨張係数は第1ラップ2bにおける線膨張係数より高い。したがって、第2ラップ端隙間S2は、渦巻き全領域に亘って、第1ラップ端隙間S1より大きくなるように設定するとよい(S2>S1)。
また、スクロールユニット1の空間Sは渦巻き中心側に近づくにしたがって高温高圧になる。そのため、第2ラップ3bの渦巻き中心側領域の寸法変化量は、第2ラップ3bの渦巻き外側領域の寸法変化量より大きい。この点を考慮して、本実施形態では、図2に示すように、第2ラップ3bの渦巻き中心側領域における第2ラップ端隙間S2としての中心側第2ラップ端隙間S2aは、第2ラップ3bの渦巻き外側領域における第2ラップ端隙間S2としての外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定されている(S2a>S2b)。第2ラップ端隙間S2は、渦巻き中心に向かうにしたがって、段階的に又は段階的に増加するように設定されている。
具体的には、第2ラップ3bの前記渦巻き中心側領域におけるラップ高さは、第2ラップ3bの前記渦巻き外側領域におけるラップ高さより低くなるように設定されている。これにより、中心側第2ラップ端隙間S2aが外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定されている。
次に、Si成分と、疲労強度及びアルマイト層Mの表面欠陥との関係について、図4を参照して説明する。図4は、アルミニウム合金の表面に陽極酸化処理を施すことによる疲労強度の低下現象を説明するための概略のS−N線図である。
図4に示すS−N線図において、縦軸はアルミニウム合金に繰り返し負荷する応力の振幅(応力振幅)σを示し、横軸はアルミニウム合金が疲労により破断に至ったときの応力負荷の繰り返し数Nfを示す。負荷される応力は一定の振幅で繰り返されるものとし、一回の疲労試験で一つの応力振幅σとNfの関係が得られる。応力振幅σを下げると繰り返し数Nfは大きくなり、応力振幅σを上げると繰り返し数Nfは小さくなる。いくつかの応力振幅σから得られる破断結果をプロットすることでアルミニウム合金のS−N線図が得られる。図4では、疲労試験の試験対象物として、A4032−T6のアルミニウム合金を用いた場合の一例が示されている。詳しくは、図4には、A4032−T6のアルミニウム合金の表面に陽極酸化処理を施さない素材(無垢材)のままの試験対象物(アルマイト層無し)についてのS−N線が太線で示され、A4032−T6のアルミニウム合金の表面に陽極酸化処理を施した試験対象物(アルマイト層有り)についてのS−N線が破線で示されている。図4から分かるように、アルマイト層有りのA4032−T6のアルミニウム合金の疲労強度は、アルマイト層無しのA4032−T6のアルミニウム合金の疲労強度より大幅に低下していることが分かる。ここで、図示を省略するが、同様の疲労試験を、A6061−T6に対してアルマイト層有りの場合とアルマイト層無しの場合について行った結果、A4032−T6よりSi含有量の低いA6061−T6における疲労強度の低下幅(つまり、アルマイト層無しの場合の疲労強度とアルマイト層有りの場合の疲労強度との差分)が、A4032−T6における疲労強度の低下幅より小さくなることが確認された。つまり、本願の発明者は、Si含有量が増加するほど前記疲労強度の低下幅が大きくなることを確認した。
詳しくは、A4032−T6を含むAl−Si系のアルミニウム合金(4000系アルミニウム合金)は、Si含有量が多く、共晶化したSiが表面に多く点在している。そして、アルマイト層MはSi上には成長せずSiを避けて成長することになるため、アルマイト層Mの表面に、Si成分に起因した多くの欠陥(表面欠陥)が生じる。その結果、Si成分は、アルマイト層Mの表面の面粗度を低下させる。さらに、表面欠陥の部位(つまり、表面のうちのSi成分の部位)が疲労破壊の起点となる。そのため、Si含有量が増加して、アルミニウム合金(アルマイト層M)の表面にSiが多く点在するほど、前記疲労強度の低下幅が大きくなることが確認された。このように、本願の発明者は、前記疲労強度の低下幅がSi含有量(Si質量%)の増加に応じて大きくなるというアルミニウム合金の特性を見出した。
アルミニウム合金の上記特性に着目し、前述したように、陽極酸化処理の施される前記他方のスクロールとしての可動スクロール3の第2アルミニウム合金のSi質量%が、陽極酸化処理の施されない前記一方のスクロールとしての固定スクロール2の第1アルミニウム合金のSi質量%より低くなるように、可動スクロール3にはA6061−T6が用いられ、固定スクロール2にはA4032−T6が用いられている。
本実施形態によるスクロール型流体機械100では、固定スクロール2及び可動スクロール3のうちの一方のスクロール(本実施形態では固定スクロール2)は、Siを所定の質量%で含有する第1アルミニウム合金からなり、固定スクロール2及び可動スクロール3のうちの他方のスクロール(本実施形態では可動スクロール3)は、Siを第1アルミニウム合金の前記所定の質量%より低い所定の質量%で含有する第2アルミニウム合金からなる。そして、前記他方のスクロールにおける少なくとも前記一方のスクロールと対向する表面部位に、陽極酸化処理によるアルマイト層Mが形成されている。つまり、スクロール型流体機械100では、陽極酸化処理が固定スクロール2及び可動スクロール3のうちのSi質量%の低いスクロール(前記他方のスクロール)に施される。陽極酸化処理によるアルミニウム合金の疲労強度の低下幅がSi含有量(Si質量%)の増加に応じて大きくなるという特性をアルミニウム合金が有しているところ、スクロール型流体機械100によれば、陽極酸化処理をSi質量%の低い前記他方のスクロールに施すこととしたため、前記疲労強度の低下を抑制することができる。
このようにして、陽極酸化処理による疲労強度の低下が抑制された可動スクロール3を備えたスクロール型流体機械100を提供することができる。また、アルマイト層Mの表面欠陥の発生を抑制することができるため、アルマイト層Mの表面の面粗度の低下を抑制することができると共に、アルマイト層Mの膜厚tのバラツキを抑えて膜厚tの均一化を図ることができる。そして、アルマイト層Mの膜厚tのバラツキを抑えることができるため、第1ラップ端隙間S1や第2ラップ端隙間S2を容易に所定の範囲に設定することができる。
ここで、固定スクロール2の中心部には、吐出孔2a1が開口されているため、固定スクロール2の中心部に応力が集中し易い。その結果、固定スクロール2には、可動スクロール3よりも大きな応力が発生する。したがって、固定スクロール2には可動スクロール3よりも高い疲労強度が要求される。この点、本実施形態では、前記一方のスクロールは、固定スクロール2であり、アルマイト層Mを有する前記他方のスクロールは、可動スクロール3である。つまり、可動スクロール3に陽極酸化処理を施している。したがって、陽極酸化処理による疲労強度の低下が固定スクロール2に発生しないため、固定スクロール2において高い疲労強度を容易に維持することができる。
本実施形態では、第1アルミニウム合金は、Al−Si系のアルミニウム合金(つまり、4000系アルミニウム合金)であり、第2アルミニウム合金は、Al−Mg−Si系のアルミニウム合金(つまり、6000系アルミニウム合金)である。これにより、陽極酸化処理が施されない第1アルミニウム合金については、素材(無垢材)のままでも優れた耐摩耗性を有する4000系アルミニウム合金を適用することにより、第1アルミニウム合金からなる前記一方のスクロールの摺動性を容易に維持することができる。一方、陽極酸化処理が施される第2アルミニウム合金については、良好な強度を有する6000系アルミニウム合金を適用することにより、陽極酸化処理後においても容易に必要十分な疲労強度を維持することができる。
本実施形態では、第1アルミニウム合金としての前記Al−Si系のアルミニウム合金は、合金番号が4032のアルミニウム合金であり、第2アルミニウム合金としての前記Al−Mg−Si系のアルミニウム合金は、合金番号が6061のアルミニウム合金である。これにより、第1アルミニウム合金としては、JIS規格の質別記号T6に準拠する熱処理(焼入れ焼き戻し)により良好な引張強度(約380(N/mm2))を備えることが可能なA4032を適用することができる。一方、第2アルミニウム合金としては、同様の熱処理(質別記号T6)により良好な引張強度(約310(N/mm2))を備えることができると共に、極めて良好な面粗度を有するアルマイト層Mを形成することが可能なA6061を適用することができる。その結果、第2アルミニウム合金の陽極酸化処理による疲労強度の低下を極めて小さく抑えることができる。したがって、例えば、第2アルミニウム合金としてA4032−T6を適用した場合における疲労強度と同程度の疲労強度を、A6061−T6からなる第2アルミニウム合金に持たせることができる。
本実施形態では、第2ラップ3bの渦巻き中心側領域における第2ラップ端隙間S2としての中心側第2ラップ端隙間S2aは、第2ラップ3bの渦巻き外側領域における第2ラップ端隙間S2としての外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定されている。これにより、例えば、外側第2ラップ端隙間S2bについては必要最小限の隙間に抑えつつ、高温になる渦巻き中心側領域における第2ラップ3bの突出端部が第1底板2aに接触することを確実に抑制又は防止することができる。その結果、高温時における空間(圧縮室)Sの気密性を維持しつつ、摺動損失の発生を抑制又は防止することができ、消費電力を抑制することができ、効率的に流体を圧縮することができる。
本実施形態では、第2ラップ3bの渦巻き中心側領域におけるラップ高さは、第2ラップ3bの渦巻き外側領域におけるラップ高さより低くなるように設定されている。これにより、中心側第2ラップ端隙間S2aを外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように容易に設定することができる。
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に制限されるものではなく、本発明の技術的思想に基づいて種々の変形及び変更が可能である。
例えば、固定スクロール2の形状変更や吐出孔2a1の開口位置の変更等をすることにより、陽極酸化処理による低下後の疲労強度が固定スクロール2に求められる疲労強度を満足することができる場合には、可動スクロール3ではなく、固定スクロール2に陽極処理を施してもよい。つまり、前記一方のスクロールが可動スクロール3であり、アルマイト層Mを有する前記他方のスクロールが固定するスクロール2であってもよい。この場合、例えば、可動スクロール3が第1アルミニウム合金としてのAl−Si系のアルミニウム合金(4000系アルミニウム合金)からなり、固定スクロール2が第2アルミニウム合金としてのAl−Mg−Si系のアルミニウム合金(6000系アルミニウム合金)からなる。これにより、陽極酸化処理による疲労強度の低下が抑制された固定スクロール2を備えたスクロール型流体機械100を提供することができる。
本実施形態では、前記一方のスクロールは、第1アルミニウム合金としてのAl−Si系のアルミニウム合金(4000系アルミニウム合金)であり、前記他方のスクロールは、第2アルミニウム合金としてのAl−Mg−Si系のアルミニウム合金(6000系アルミニウム合金)であるものとしたが、これに限らない。前記他方のスクロールとしての第2アルミニウム合金のSi質量%が、前記一方のスクロールとしての第1アルミニウム合金のSi質量%より低く設定されていれば、合金番号の系列は4000系や6000系に限らない。また、前記一方のスクロールの合金番号の系列と前記他方のスクロールの合金番号の系列が同じであってもよいし、前記一方のスクロールの合金番号と前記他方のスクロールの合金番号が同じであってもよい。合金番号が同じ場合には、Si質量%の許容される変動範囲内で、前記他方のスクロールの実際のSi質量%が前記一方のスクロールの実際のSi質量%より低く設定されていればよい。
本実施形態では、第2ラップ3bのラップ高さを調整することにより、中心側第2ラップ端隙間S2aが外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定される場合を一例に挙げて説明したが、これに限らない。例えば、第1底板2aの前記一端面の中心側領域に凹部を形成することにより、中心側第2ラップ端隙間S2aが外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定してもよいし、第1底板2aに前記凹部を形成すると共に、第2ラップ3bのラップ高さを調整することにより、中心側第2ラップ端隙間S2aが外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定してもよい。
本実施形態では、中心側第2ラップ端隙間S2aが外側第2ラップ端隙間S2bより大きくなるように設定したが、これに限らない。例えば、許容される消費電力及び吐出量で流体を圧縮することができる場合等には、中心側第2ラップ端隙間S2aが、外側第2ラップ端隙間S2bより小さい又は外側第2ラップ端隙間S2bと同じであってもよい。
本実施形態では、第2ラップ端隙間S2は、渦巻き全領域に亘って、第1ラップ端隙間S1より大きくなるように設定されているものとしたが、これに限らない。少なくとも、中心側第2ラップ端隙間S2aが、第1ラップ2bの渦巻き中心側領域における第1ラップ端隙間S1としての中心側第1ラップ端隙間S1a(図2参照)より大きくなるように設定されていればよい(S2a>S1a)。つまり、第2ラップ3bの渦巻き中心側領域における第2ラップ3bの突出端部と第1底板2aとの間の隙間(中心側第2ラップ端隙間S2a)は、第1ラップ2bの渦巻き中心側領域における第1ラップ2bの突出端部と第2底板3aとの間の隙間(中心側第1ラップ端隙間S1a)より大きくなるように設定されていればよい。なお、前述したように、許容される消費電力及び吐出量で流体を圧縮することができる場合等には、第2ラップ端隙間S2と第1ラップ端隙間S1の大小関係は適宜に設定することができる。
本実施形態では、アルマイト層Mは、前記他方のスクロールの表面全体のうち、前記一方のスクロールと対向する表面部位にのみ形成されるものとしたが、これに限らない。例えば、アルマイト層Mは、図5に示すように、前記他方のスクロール(図では可動スクロール3)の表面全体に形成されてもよい。これにより、前記他方のスクロールに対するマスキングが不要となり、低コストでアルマイト層Mを形成することができる。また、前述したように、前記他方のスクロールのSi質量%を低く設定することにより、アルマイト層Mの膜厚tのバラツキを抑えて膜厚tの均一化を図ることができる。したがって、前記他方のスクロールが可動スクロール3である場合には、例えば、すべり軸受27の圧入部位である可動スクロール3におけるボス部24の内側や、可動スクロール3の第2底板3aの前記他端面に形成される図示省略した前記自転阻止機構の回転阻止リングの圧入部位の内側に、アルマイト層Mが形成されても、これらの圧入部位に適切な圧入代を確保することができる。つまり、圧入部位等へのマスキングが不要となる。
本実施形態では、スクロール型流体機械100は、いわゆるインバータ一体型の場合を一例に挙げて説明したが、これに限らず、インバータ40と別体であってもよい。この場合、ハウジング10は、フロントハウジング11とリアハウジング12を備えていればよい。また、電動モータ20を内蔵するものとしたが、電動モータ20をハウジング10外に設けてもよい。また、駆動源として電動モータ20を用いたが、これに限らず、車両のエンジンから駆動軸21に回転動力を伝達するように構成してもよい。
本実施形態では、第1ラップ2bの突出端部と第2底板3aとの間に第1ラップ端隙間S1が設けられ、第2ラップ3bの突出端部と第1底板2aとの間に、第2ラップ端隙間S2が設けられているものとして説明したが、これに限らず、この第1ラップ端隙間S1と第2ラップ端隙間S2を埋めるように、チップシールを設けてもよい。圧縮運転中に変動し得るこれらの隙間(S1、S1)が圧縮運転中に適切な範囲に維持されていれば、このチップシールにより、固定スクロール2と可動スクロール3との間の空間Sの気密性がより適切に維持される。また、本実施形態では、流体は冷媒であるものとしたが、これに限らず、適宜の流体を適用することができる。