JP2018186737A - 微生物の培養方法 - Google Patents

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純一 伊藤
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Abstract

【課題】芽胞形成菌のコンタミネーションによる培養系の破壊を免れつつ簡易的な設備で微生物を培養する手段を提供することを課題とする。【解決手段】発明者らは、藻類の培養に先立ち、培養容器内の細菌芽胞の発芽を誘導し、この発芽した細菌を殺菌液で死滅させるという単純で低コストな工程を設けることにより、少なくともコンタミネーションを引き起こすのに足りないレベルまで容器内の細菌を減少出来ることを見出し、本発明を完成するに至った。【選択図】図6

Description

本発明は、芽胞形成菌の繁殖を免れて簡易的な培養容器内で微生物を培養する方法に関する。
現代の化石燃料を中心とするエネルギー利用に対して地球温暖化や埋蔵資源の枯渇等の問題が指摘される昨今、生物細胞が生産するバイオマスを石油等化石燃料に代わる再生可能なエネルギー源として利用するという試みが注目を集めている。このバイオマスの中でも、微生物が生産する炭化水素やトリアシルグリセロール等のオイル又は多糖類は、食料と競合せず、大量培養が可能であることから、工業的利用の期待が高く、微生物からのバイオ燃料やその他の有用成分の獲得が有望視されている。
しかしながら、微生物を大量培養して有用成分を取得する技術を実用化するためには、そのプロセスが、培養設備の用地確保、設備構築、運転コスト等の設備投資に見合うだけの生産性を保証するものでなければならない。
微生物の培養による物質生産技術の費用対効果を高めてその利用価値を最大化するためには、まずは優れた生産性を有する生物の確保が必要である。例えば、物質生産に利用可能な微生物として、ラビリンチュラ(Labyrinthula)網藻類があり、ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)、スクワレン等の高度不飽和脂肪酸を蓄積するものが同定されている(例えば特許文献1、非特許文献1〜3)。
ラビリンチュラ網藻類の中で、2007年に同定されたオーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類は、汽水域に生息する従属栄養性藻類で、水中の栄養分を同化して細胞内に大量の炭化水素(スクワレン)を蓄積する特徴を有する。特にオーランチオキトリウムtsukuba−3株(18W−13a株)は、ボツリオコッカス・ブラウニー(Botryococcus braunii)等の従来から産業利用が研究されている炭化水素生産藻類よりも格段に優れた炭化水素生産効率を有することが見出されており(非特許文献4)、藻類培養による炭化水素生産技術への利用が期待されている。オーランチオキトリウムtsukuba−3株は、独立行政法人産業技術総合研究所に2010年12月7日付で寄託されている(受託番号FERM BP−11442)。
更に、そのような生物による物質生産プロセスを最適化することが必要である。オーランチオキトリウム属藻類の培養条件については鋭意検討が行われており、通常は、GTY培地(D(+)グルコース20g/L、トリプトン10g/L、酵母抽出物5g/L、人工海水16.7g/L)に種菌を播種し、常温で撹拌培養することにより行われる(特許文献2)。培養培地としてGTY培地に代えて透析排液や食品廃水、下水等の富栄養性の廃水を利用することにより、培地供給のコストを下げると共に廃水の浄化を促進する技術も報告されている(特許文献3)。
オーランチオキトリウム属藻類のような優れた生産性を有する微生物の工業的利用価値を更に改善して、これを化石燃料に取って代わる有望なグリーンエネルギー技術として確立する要請が存在する。
しかしながら、工業スケールでのオーランチオキトリウムの培養は、専用に設計された、温度、通気、撹拌速度等を制御出来る蒸気滅菌可能なジャーファーメンターを備えた大掛かりな設備を要し、設備の構築に掛かる高額の費用が実用化を妨げている。目下のところ可能な限り生産効率を落さずにより安価な設備でオーランチオキトリウムを培養出来る条件が検討されているが、培養系を単純化する場合において留意しなければならないのが、雑菌によるコンタミネーションのリスクである。
微生物培養においてコンタミネーションの主な原因となる枯草菌(Bacillus subtilis)は、オーランチオキトリウムの培養条件下で活発に繁殖する。そして、枯草菌の増殖速度はオーランチオキトリウムよりも格段に速いため、枯草菌のコンタミネーションによりオーランチオキトリウムの培養系はたちどころに破壊される。
枯草菌のコンタミネーションを防止する作業で最も困難なのは、培養設備の滅菌である。常在細菌である枯草菌は空気中に飛散しており、培養設備の構築時に容器内の枯草菌を一切排除するのは事実上困難である。その上、培養設備に付着した枯草菌は耐久性が非常に高い芽胞を形成し、これを完全に滅菌するには、オートクレーブ処理(121℃15分以上)、乾熱処理(例えば160〜170℃で120分、170〜180℃で60分、又は180〜190℃で30分以上)や蒸気滅菌等の劇的な処理を実施するか、2〜20%グルタルアルデヒドのような強力な消毒薬を適用しなければならない。費用、効率性及び安全性の観点から、このような処理を培養の度に培養設備に対して実施するのは困難である。
:特許第2764572号 :再表2012/077799公報 :特開2014−108101号公報
:G. Chen. et al. New Biotechnology 27, 382−289 (2010) :Q. Li et al., J. Agric. Food Chem. 57(10), 4267−4272 (2009) :非特許文献3:K. W. Fan et al., World J. Microbiol. Biotechnol. 26, 1303−1309 (2010) :BioScience, Biotechnology, and Biochemistry 75, 2246−2248
本発明者らは、枯草菌のコンタミネーションによる培養系の破壊を免れつつ簡易的な設備でオーランチオキトリウム属藻類を培養する手段を見出すべく鋭意研究した結果、藻類の培養に先立ち、培養容器内の枯草菌芽胞の発芽を誘導し、この発芽した枯草菌を殺菌液で死滅させるという単純で低コストな工程を設けることにより、少なくともコンタミネーションを引き起こすのに足りないレベルまで容器内の枯草菌を減少出来ることを見出し、斯かる新規かつ驚異的な知見に基づいて、本発明を完成するに至った。
従って、本願は、以下の発明を提供する。
1.培養容器内で微生物を培養する方法であって、以下の工程:
a)当該培養容器に、芽胞形成菌の芽胞が発芽するに足りる栄養素を含有する培地を充填し、当該芽胞が発芽する条件下でこれを維持する工程;
b)当該培養容器に次亜塩素酸ナトリウム溶液を充填し、芽胞形成菌が死滅する条件下でこれを維持する工程;
c)当該次亜塩素酸ナトリウム溶液にチオ硫酸ナトリウムを添加して、当該溶液中の次亜塩素酸ナトリウムを中和する工程;
d)当該溶液に、当該微生物の培養に必要な培地栄養成分を添加する工程;
e)当該培養容器内に、当該微生物を播種する工程;そして
f)当該培養容器内で、当該微生物を培養する工程;
を含む、方法。
2.工程b)において、前記培養容器内への次亜塩素酸ナトリウム溶液の充填が、工程a)で容器内に充填した培地の少なくとも一部を次亜塩素酸ナトリウム溶液に置き換えることで行われる、項目1に記載の方法。
3.工程b)において、前記培養容器内への次亜塩素酸ナトリウム溶液の充填が、工程a)で容器内に充填した培地に次亜塩素酸ナトリウムを添加することで行われる、項目1に記載の方法。
4.前記芽胞形成菌の芽胞が発芽するに足りる栄養素を含有する培地の栄養素の有機物含量が、工程d)において中和後の溶液に添加される培地栄養成分の有機物含有量の1/100以上である、項目3に記載の方法。
5.工程e)において、前記培養容器内に残存する芽胞形成菌と競合して優位に増殖できる量の微生物が播種される、項目1〜4のいずれか1項に記載の方法。
6.前記芽胞形成菌と競合して優位に増殖できる微生物の播種量が、培養開始時点の培養物の細胞密度OD660が0.2〜4.0となる量である、項目5に記載の方法。
7.前記方法を通じて、前記培養容器内が容器外に対して陽圧に維持される、項目1〜6のいずれか1項に記載の方法。
8.前記培養容器が、容器内に空気を送達するコンプレッサー、及び当該コンプレッサーから容器内に導入された空気を容器外に排出する開口部を備えており、前記方法を実施する間中、容器内から容器外へ空気が排出されることにより、容器内が容器外に対し陽圧に維持される、項目7に記載の方法。
9.前記コンプレッサーが、前記培養容器中に充填された液体の液面下から容器内に空気を送達する、項目8に記載の方法。
10.前記微生物が、前記工程c)において次亜塩素酸ナトリウムをチオ硫酸ナトリウムで中和することによって生成された塩化ナトリウムの存在下で培養が可能である、項目1〜9のいずれか1項に記載の方法。
11.前記微生物がオーランチオキトリウム属藻類である、項目10に記載の方法。
本発明により、枯草菌のコンタミネーションを簡便な方法で防ぐことが出来るため、従来技術において枯草菌滅菌に費やされていた時間の短縮及びコストの軽減を図ることが出来る。また、斯かる培養方法は簡易的な培養設備で実施することが出来るため、培養設備の構築に掛かるコストも大幅に抑えることが出来る。
例えば、オーランチオキトリウムを工業スケールで培養するための、温度、通気、撹拌速度等を制御出来る蒸気滅菌可能な90Lジャーファーメンター(有効容量60L)の構築費用が2,000〜3,000万円程掛かるのに対し、同規模の培養を行うために本発明の方法で用いる培養設備の構築費用は、30L培養容器2基、コンプレッサー等周辺設備一式及びオートクレーブ1基で85万円程度である。また、本発明の培養方法で用いる簡易培養容器はジャーファーメンターと比較して設置場所を問わず省スペースで足りるため、用地確保や実施施設の整備などの費用も大幅な削減が期待出来る。
図1は、本発明の培養方法と、本発明の発芽誘導工程を行わない同様の培養方法との間で、培養期間中の枯草菌によるコンタミネーションの発生を比較したものを示す。 図2は、実施例において本発明の培養方法によって培養したオーランチオキトリウムLSA−1株の脂質蓄積を示す顕微鏡写真、及び培養中の培養系の外観を示す。 図3は、30L簡易培養容器を用いた本発明の培養方法と、500mLフラスコ培養との間での、細胞増殖効率の比較(左)、及び本発明の培養方法において、初期濁度0.081で培養を開始した場合と、20倍の2.07で開始した場合との間での、増殖効率の比較(右)を示す。 図4は、30L簡易培養容器を用いた本発明の培養方法と、500mLフラスコ培養との間での、乾燥重量の最大値の比較を示す。 図5は、オーランチオキトリウムの培養用に設計された、温度、通気、撹拌速度等を制御出来る蒸気滅菌可能な90Lジャーファーメンターによる培養と、30L簡易培養容器を用いる本発明の培養方法との間での、作業に掛かるコストや効率の比較を示す。 図6は、実施例において本発明の方法の実施に使用した、30L簡易培養容器を含む培養系の模式図を示す。
本発明の培養方法は、少なくとも以下の工程:
・培養容器内に存在する芽胞形成菌の芽胞を発芽させる工程(発芽誘導工程);
・発芽した芽胞を次亜塩素酸ナトリウムで死滅させる工程培養培地(殺菌工程);
・次亜塩素酸ナトリウムをチオ硫酸ナトリウムで中和する工程(中和工程);
・培養容器内に微生物培養培地を調製する工程(培養培地調製工程);
・培養容器内の藻類培養培地に微生物を播種する工程(播種工程);及び
・培養容器内で微生物を培養する工程(本培養工程);
を含む。
本発明の培養方法において、芽胞形成菌とは、芽胞(spore)を形成する細菌であって、有芽胞菌とも呼ばれる細菌群を指す。
芽胞形成菌としては、限定されないが、バチルス属に属する細菌、例えば枯草菌(Bacillus subtilis)、炭疽菌(Bacillus anthracis)、セレウス菌(Bacillus cereus)、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)、バチルス・ブレビス(Bacillus brevis)、バチルス・コアグランス(Bacillus coagulans)、バチルス・アミロリケファシエンス(Bacillus amyloliquefaciens)、バチルス・プミリス(Bacillus pumilis)、バチルス・リケニフォルミス(Bacillus licheniformis)、バチルス・コアフイレンシス(Bacillus coahuilensis);クロストリジウム属に属する細菌、例えば破傷風菌(Clostridium tetani)、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)、ウェルシュ菌(Clostridium perfringens);スポロラクトバチルス属に属する細菌、例えばスポロラクトバチルス・イヌリナス(Sporolactobacillus inulinus;ゲオバチルス属に属する細菌、例えばゲオバチルス・ステアロサーモフィルス(Geobacillus stearothermophilus);サーモアネロバクター属に属する細菌、例えばサーモアネロバクター・マスラニイ(Thermoanaerobacter mathranii)、サーモアネロバクター・アセトエチリカス(Thermoanaerobacter acetoethylicus)、サーモアネロバクター・ブロキイsubsp.ブロキイ(Thermoanaerobacter brockii subsp. brockii)、サーモアネロバクター・ブロキイsubsp.フィンニ(Thermoanaerobacter brockii subsp. finni)、サーモアネロバクター・ブロキイsubsp.ラクチエチリカス(Thermoanaerobacter brockii subsp. lactiethylicus)、サーモアネロバクター・セルロリティカス(Thermoanaerobacter cellulolyticus)、サーモアネロバクター・エタノリカス(Thermoanaerobacter ethanolicus)、サーモアネロバクター・イタリカス(Thermoanaerobacter italicus)、サーモアネロバクター・キブイ(Thermoanaerobacter kivui)、サーモアネロバクター・シデロフィラス(Thermoanaerobacter siderophilus)、サーモアネロバクター・スルフロフィラス(Thermoanaerobacter sulfurophilus)、サーモアネロバクター・サーモコプリエ(Thermoanaerobacter thermocopriae)、サーモアネロバクター・サーモヒドロスルフリカス(Thermoanaerobacter thermohydrosulfuricus)、サーモアネロバクター・ウィエジェリイ(Thermoanaerobacter wiegelii);サーモアネロバクテリウム属に属する細菌、例えばサーモアネロバクテリウム・サーモサッカロリティカム(Thermoanaerobacterium thermosaccharolyticum)、サーモアネロバクテリウム・アシジトレランス(Thermoanaerobacterium aciditolerans)、サーモアネロバクテリウム・アオテアロエンス(Thermoanaerobacterium aotearoense)、サーモアネロバクテリウム・ポリサッカロリティカム(Thermoanaerobacterium polysaccharolyticum)、サーモアネロバクテリウム・サッカロリティカム(Thermoanaerobacterium saccharolyticum)、サーモアネロバクテリウム・サーモスルフリゲネス(Thermoanaerobacterium thermosulfurigenes)、サーモアネロバクテリウム・キシラノリティカム(Thermoanaerobacterium xylanolyticum)、サーモアネロバクテリウム・ゼアエ(Thermoanaerobacterium zeae);モーレラ属に属する細菌、例えばモーレラ・サーモアセティカ(Moorella thermoacetica)、モーレラ・グリセリニ(Moorella glycerini)、モーレラ・ムルデリ(Moorella mulderi)、モーレラ・サーモオートトロフィカ(Moorella thermoautotrophica);アリシクロバチルス属に属する細菌、例えばアリシクロバチルス・アシドテレストリス(Alicyclobacillus acidoterrestris);デスルフォトマキュラム属に属する細菌、例えばデスルフォトマキュラム・ニグリフィカンス(Desulfotomaculum nigrificans)、デスルファトマキュラム・サーモアセトキシダンス(Desulfotomaculum thermoacetoxidans)、デスルファトマキュラム・サーモベンゾイカムsubsp.サーモベンゾイカム(Desulfotomaculum thermobenzoicum subsp. thermobenzoicum)、デスルファトマキュラム・サーモベンゾイカムsubsp.サーモシントロフィカム(Desulfotomaculum thermobenzoicum subsp. thermosyntrophicum)、デスルファトマキュラム・サーモシステルナム(Desulfotomaculum thermocisternum)、デスルファトマキュラム・サーモサポボランス(Desulfotomaculum thermosapovorans)、デスルファトマキュラム・サーモサブテラネウム(Desulfotomaculum thermosubterraneum);リシニバチルス属に属する細菌、例えばリシニバチルス・スフェリカス(Lysinibacillus sphaericus)が挙げられる。
・発芽誘導工程
上述のように芽胞形態の芽胞形成菌は外的なダメージに対して高い耐久性を有している。そこで、本発明の培養方法において、十分な殺菌が困難な芽胞を蒸気滅菌等の劇的な手出来る段を用いること無く、培養容器内に予め芽胞の発芽を誘導する発芽培地を充填してインキュベーションすることにより、芽胞を容易に殺菌出来る栄養菌体に変化させて、これを次亜塩素酸ナトリウムで殺菌する。
芽胞形成菌を発芽させるために培養容器内に充填する発芽培地は、芽胞形成菌の芽胞が発芽するに足りる栄養素を含有する。当該発芽培地が如何なる栄養素を含有すべきであるかは、本発明の培養方法の実施に際してコンタミネーションを引き起こすおそれのある殺菌すべき芽胞形成菌の種類に応じて当業者が決定することが出来る。例えば、枯草菌の発芽に関して、様々な成分が発芽を誘導することが報告されており(蜂須賀、化学と生物 7(9), 509−516, 1969)、枯草菌の芽胞を発芽させる発芽培地としては、当該文献に記載されているような成分を含有するものを適宜利用し得る。特に、培養する微生物がオーランチオキトリウム属藻類である場合、いわゆるGTY培地(D(+)グルコース20g/L、トリプトン10g/L、酵母抽出物5g/L、人工海水16.7g/L)を適宜希釈したものを発芽培地として用いるのが好ましい。オーランチオキトリウム属藻類を培養する本発明の下記実施例において、枯草菌芽胞の発芽を誘導する発芽培地として、GTY培地を100倍に希釈したものを使用している。
培養容器内での発芽培地のインキュベーションは、培養容器内に存在していた芽胞形成菌が発芽するのに十分な時間及び温度で行われる。斯かる十分な時間及び温度は殺菌の対象とする芽胞形成菌の種類、インキュベーションする発芽培地の組成及びインキュベーションの条件に依存して変化し得て、当業者は通常の条件検討によって、それらを容易に決定することが出来る。このインキュベーションによって、培養容器内に存在する全ての芽胞形成菌が発芽するとは限らない。しかしながら、ここで極一部の芽胞が発芽せず、続く次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌に耐えて生き残ったとしても、本培養において培養する微生物が優勢に増殖する限り、生存した細菌により培養系は破壊されない。
・殺菌工程
続いて、次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌工程において、上記培養容器に次亜塩素酸ナトリウム溶液が充填され、芽胞形成菌の栄養菌体が死滅する条件下で維持される。ここで、上記発芽誘導工程におけるインキュベーション後の発芽した栄養菌体を含有する発芽培地は、少なくとも一部が次亜塩素酸ナトリウム溶液に置き換えられてもよく、又は当該発芽培地が培養容器から除去されずに、次亜塩素酸ナトリウムが添加されてもよい。
発芽培地を次亜塩素酸ナトリウム溶液に置き換える場合、発芽培地を培養容器から抜去する工程が加わる。また、発芽培地に添加した栄養分が、その後の微生物培養の同化によって回収されずに廃棄されることとなる。一方、発芽培地に次亜塩素酸ナトリウムを添加する場合、発芽培地を培養容器から抜去する工程が不要となる。また、発芽培地に添加した栄養分が、その後の微生物培養の同化によって回収される。
発芽培地を置き換えることにより、又は発芽培地に添加することにより、培養容器内に存在する次亜塩素酸ナトリウムの量は、芽胞形成菌の栄養菌体に対して所望の殺菌効果を示すのに十分な量である必要があるが、この量は、本発明の培養方法を実施する具体的な条件に基づいて当業者が容易に決定し得る。ここで、発芽培地がGTY培地のようにアンモニア性窒素を含有する場合、次亜塩素酸ナトリウム由来の有効塩素が結合塩素となって殺菌能力を失うため、殺菌のために要求される次亜塩素酸ナトリウムの量が多くなることが知られている。従って、特に発芽培地を抜去しない場合、培地の組成によっては次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌の効果が低下するおそれがあるため、所望の殺菌を達成するためには、インキュベーションの時間を延長する、又は次亜塩素酸ナトリウムの添加量を増大させる必要がある点留意すべきである。実際に、下記実施例では発芽培地の1/100GTYを全量抜去しているが、1/100GTYを廃棄せずに、次亜塩素酸ナトリウムを添加して殺菌を行うことも可能である。しかしながら、1/100GTYが含有するアンモニア性窒素の量を考慮すると、殺菌に要する次亜塩素酸ナトリウム濃度はおよそ3倍の1800ppm程度になると推定される。
培養容器内を殺菌するのに要する次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度は、上記アンモニア性窒素の影響を考慮しない場合、50〜1100ppm、60〜1050ppm、70〜100ppm、80〜950ppm、90〜900ppm、100〜850ppm、110〜800ppm、120〜750ppm、130〜700ppm、140〜650ppm又は150〜600ppmの範囲内であり得る。但し、当業者は、上記アンモニア性窒素のような殺菌効果に影響する様々な要因を考慮して、実際の実施条件に適合するように適切な次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度範囲を決定することが出来る。
・中和工程
培養容器内の芽胞形成菌の栄養菌体を殺菌した後、培養容器内の次亜塩素酸ナトリウムは、チオ硫酸ナトリウムを添加することにより中和される。中和反応は、以下の反応式で表される。
4NaOCl+Na+HO→NaSO+HSO+4NaCl
上記反応式が示すように、次亜塩素酸ナトリウムをチオ硫酸ナトリウムによって中和する過程で、塩化ナトリウムが生成する。従って、本発明において、好ましくは塩化ナトリウムの存在下で培養が可能な微生物が培養される。培養する微生物が培養可能な塩分濃度範囲は微生物の種類によって様々である。好ましくは、中和の結果生成する塩化ナトリウムの濃度が、続いて培養する微生物の培養が可能な塩分濃度範囲内に納まるように、消毒に用いる次亜塩素酸ナトリウムの添加量が調整される。あるいは、所望の殺菌効果を発揮するのに十分な量の次亜塩素酸ナトリウムを中和した結果生成される高濃度の塩化ナトリウムの存在下でも培養が可能な、いわゆる好塩性微生物が培養される。あるいは、中和の結果生成する塩化ナトリウムの濃度が、続いて培養する微生物の培養が可能な塩分濃度範囲外となる場合、中和した培地を希釈し、又は培地内に塩化ナトリウムを追加することにより、塩分濃度を調整してもよい。本発明の下記実施例において、中和溶液中の塩分濃度約470ppmはオーランチオキトリウム淡水順化株の許容範囲内であったため、培養に際して塩分濃度の調整を行っていない。
上記次亜塩素酸ナトリウムの中和が不完全で微生物の培養時に次亜塩素酸が残留していると、培養培地中のアンモニアと反応して生成されるクロラミンによって、微生物の生育が阻害される。従って、次亜塩素酸ナトリウムを中和するために添加されるチオ硫酸ナトリウムは、好ましくは、計算上溶液中の全ての次亜塩素酸ナトリウムを中和出来る量を上回る量で添加されてもよい。例えば、下記実施例において、培養容器中の600ppmの次亜塩素酸ナトリウム溶液30Lを中和するために、計算上は9.6gのチオ硫酸ナトリウムを要するところ、その約1.5倍量の15.7gのチオ硫酸ナトリウムが添加されている。
・培養培地調製工程
上記中和溶液に、所望の微生物の培養に必要な各種栄養成分を添加して、微生物培養用培地を調製する。添加する栄養成分は、培養する微生物の種類に応じて当業者が適宜選択することが出来る。例えば、炭素源としてはグルコース、フルクトース、サッカロース、デンプンなどの炭水化物の他、オレイン酸、大豆油などの油脂類や、グリセロール、酢酸ナトリウムなどがある。これらの炭素源を、例えば、培地1リットル当たり20〜120gの濃度で使用する。窒素源としては、酵母エキス、コーンスチープリカー、ポリペプトン、グルタミン酸ナトリウム、尿素等の有機窒素、又は酢酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸ナトリウム、硝酸アンモニウム等の無機窒素、又はタンパク質消化物等がある。無機塩としては、リン酸カリウム等を適宜組み合わせて使用出来る。また、上記培地に、適宜ビタミン類や、プロテアーゼペプトン、酵母抽出物等を添加してもよい。本発明の下記実施例において、オーランチオキトリウム属藻類を培養するための培地として、中和培地にグルコース、トリプトン及び酵母抽出物を添加して、いわゆるGTY培地を用いている。
・播種工程
本発明の培養方法に使用される微生物は、真正細菌又は古細菌等の原核生物、及び藻類、原生生物、植物、菌又は動物等の真核生物の全ての細胞が含まれる。当該細胞は、好ましくは真核微生物、例えば真菌、原生生物、微細藻類等の細胞である。微細藻類には、ラビンリンチュラ類、珪藻類、真正眼点藻類、クリプト藻類、渦鞭毛藻類、黄金色藻類、ハプト藻類、ラフィド藻類、ユーグレナ藻類、プラシノ藻類や緑藻類がある。上記のように、本発明の培養方法において、次亜塩素酸ナトリウムによる殺菌及びそれに続く中和工程で塩化ナトリウムが生成するため、培養する微生物として、0.05%以上の塩化ナトリウム濃度下で培養が可能な微生物が好ましい。本発明の培養方法において、微生物は、好ましくは、ラビリンチュラ(Labyrinthula)類、特に好ましくはオーランチオキトリウム(Aurantiochytrium)属藻類である。
本発明の培養方法において、上記のように培養容器中に調製された微生物培養培地に、所望の微生物の前培養物が播種される。好ましくは、この微生物の前培養物は、培養容器内に滅菌し切れずに残存した芽胞形成菌と競合しても微生物が優勢に増殖できるように、高濃度で播種される。具体的な播種量は、コンタミネーションのおそれがある芽胞形成菌と培養しようとする微生物の増殖速度の関係に基づいて決定される。一般に、芽胞形成菌の増殖速度は培養しようとする微生物の増殖速度を大きく上回り、その差が大きい程、前培養物の播種量を多くする必要がある。例えば本発明の下記実施例において、枯草菌によるコンタミネーションを考慮して、オーランチオキトリウム属藻類の前培養物は、OD660が0.2となる量で播種されている。
培養条件は、実際に培養する微生物にとって適切な条件に従い設定される。オーランチオキトリウム属藻類の培養は、温度5〜40℃、好ましくは10〜35℃、より好ましくは10〜30℃にて、通常3〜7日間、好ましくは3〜4日間行う。
本発明の培養方法において使用される培養容器は、微生物培養用の液体培養容器であってもよいが、本発明の培養方法に適合する構成を有する限り、例えば魚類養殖、廃水処理あるいは食品製造用等、他の用途の容器が転用されてもよい。培養槽が如何なる構成を有するべきであるかは、培養する微生物の種類、培養スケール、又は取得する産物の種類及び純度等の実際の条件に伴って当業者が容易に決定出来る。例えば、下記実施例で用いている30リットル培養槽は、アルテミア孵化用の簡易的な培養槽である(SBF−30TO、田中三次郎商店)。
本発明の培養方法において使用される培養容器は、容器内、好ましくは微生物培養液内に空気を送り込むコンプレッサーを備えていても良い。好ましくは、当該コンプレッサーは、通気量を制御する手段を備える。好ましくは、当該コンプレッサーによって容器内に導入される空気は、メンブレンフィルターに通されることによって濾過されて細菌芽胞等の異物が排除される。好ましくは、当該コンプレッサーによって容器内に導入された空気は、排気口を通じて容器外に排出される。好ましくは、本発明の方法の過程でコンプレッサーから容器内への空気の導入、及び容器外への空気の排出が行われることにより、容器内が容器外に対し陽圧に維持される。容器内が容器外に対し陽圧に維持されている限り、排気口から細菌芽胞等の異物が侵入し難くなる。一つの態様において、培養容器の上に蓋が固定されずに置かれており、蓋と容器の隙間が排気口となって空気が排出される。更に、上記排気口の他に、本発明の方法の過程で培養容器内部に次亜塩素酸ナトリウム溶液や微生物の前培養物等を導入する開口部を更に設けてもよい。当該開口部は、必要に応じて栓で封じられてもよい。
好ましくは、培養培地の液面下、より好ましくは培養容器の底部から、培養容器内に空気が導入されることにより、培養培地が曝気される。微生物の中には、培養系への送気と培養培地の撹拌に影響を受けて増殖効率が変化するものが有るため、培養容器内への送気条件は、微生物の増殖効率が最適となるように、手動又は自動で調整され得る。他の態様において、培養系への送気と撹拌が独立して調整され得るように、追加の撹拌手段を備えていてもよい。
本発明の培養方法において、培養系内に導入される全ての物質の実質的な滅菌が確保されている限り、培養系外が無菌状態であることを要しない。従って、培養容器を、特段の無菌設備を有しない通常の家屋や倉庫、あるいは屋外に設置して、本発明の培養方法を実施することも出来る。
以下に、本発明に係る微生物培養方法の一例として、オーランチオキトリウムLSA−1株の培養試験を示すが、本発明の請求の範囲は、この実施例により制限されるものではない。
1.オーランチオキトリウムLSA−1株の前培養
オーランチオキトリウムLSA−1株は、高度なスクワレン生産能力を有するオーランチオキトリウムTsukuba−3(18W−13a)の淡水順化株である。オーランチオキトリウム属藻類の工業的培養を試みるにあたり塩分要求性はその障害となり得るため、発明者らは、通常の生育環境よりも低い塩分濃度で培養することが可能な、低塩分濃度条件に順化したオーランチオキトリウム属藻類を樹立した。この株は、海水の1/2〜1/6,400の塩分濃度で培養が可能であり、そのような低塩分濃度条件下で、18W−13a株と同等のスクワレン生産能力を示すことが確認されている。
グルコース30g、トリプトン15g、酵母抽出物7.5g、及び塩濃度3.5%の人工海水0.3mLを水道水に溶解して、前培養用の培地(GTY培地)1.5Lを調製した。この培地を坂口フラスコ5本に300mLずつ分注して、121℃20分間オートクレーブで滅菌した。これらを十分に冷ました後、維持されているLSA−1培養物(OD660=3〜4)を3mLずつ播種した。これらを旋回振盪型の培養器中、100rpm、25℃で72時間培養して、これを前培養物とした。
2.培養容器の殺菌
本発明の培養方法を実施する培養系の構成を図6に示す。培養容器(1)として、田中三次郎商店社製アルテミア丸底孵化槽(SBF−30 TO)を使用した。丸底の円筒形の30L培養容器(1)(有効容量30L)の底部の空気導入部(5)に、コック(2)を有する管系(4)の一端が取り付けられ、管系の他端に取り付けられた通気量制御装置を備えたコンプレッサー(3)から導入された空気が、コンプレッサー(3)と管系(4)との間に取り付けられたフィルター(7)を通して培養容器(1)内部に送り込まれ、空気導入部(5)に取り付けられたスパージャー(6)から培養容器(1)内部に拡散される。コンプレッサー(3)から導入された空気は培養容器(1)内の培地を曝気により撹拌し、培養容器(1)と、その上に固定されずに被された、作業口(9)を有する蓋(8)との隙間から排出される。
培養容器(1)の底部のコック(2)を閉じ、水道水30Lを充填した。これに、グルコース6g、トリプトン3g、酵母抽出物1.5gを水道水に溶解して調製したGTY培地300mLを添加した。従って、培養容器内に調製された発芽培地は、100倍に希釈したGTY培地に相当する(1/100GTY)。更に、別に調製した1/100GTYを、コンプレッサー(3)から培養容器(1)内に空気を導入するために設けられた管系(4)内にも充填した。この状態で培養容器(1)を室温で24時間静置した。ここで、培養容器(1)内及び管系(4)内の1/100GTYを1mLずつ採取して、コンタミネーションの試験に供した。
本実施例の培養系において、コンタミネーションの主な原因となる細菌として、枯草菌(Bacillus subtilis)を想定している。上記1/100GTY中室温24時間静置の条件によって、実質的に全ての枯草菌芽胞が発芽し、栄養菌体に変化することは、予め確認している。
24時間後、培養容器及び管系内に充填された1/100GTYを廃棄し、培養容器(1)底部の空気導入部(5)にスパージャー(6)を取り付けた後、培養容器(1)内に水道水30Lと、有効塩素濃度が600ppmとなる量の次亜塩素酸ナトリウム(オーヤラックス社製ピューラックス(登録商標)−10を180mL)を添加した。
次亜塩素酸ナトリウムによる培養容器(1)内の殺菌は、コンプレッサー(3)によって送気しながら行われた。培養容器(1)の底部の管系(4)に、0.2μmフィルター(7)とコンプレッサーを接続し、毎分3Lの速度で送気を行った。当該送気の間に、培養容器(1)内の次亜塩素酸ナトリウム溶液のpHを希塩酸によって5.0〜7.0となるように調整した。続いて、一旦送気を停止し、フィルター(7)とコンプレッサー(3)を管系(4)から外して、培養容器(1)内の次亜塩素酸ナトリウム溶液の一部を管系(4)の口から排出した。フィルター(7)とコンプレッサー(3)を再び管系(4)に接続し、毎分3Lの速度で送気を再開した。以後、殺菌、中和及び微生物培養の過程を通じて、培養系へのコンプレッサー(3)による毎分3Lの送気が維持される。管系(4)の内部に充填された次亜塩素酸ナトリウム溶液は送気によって激しく撹拌されて、管内(4)が次亜塩素酸ナトリウム溶液によって十分に洗浄される。殺菌は、容器上部に蓋(8)をして、16時間以上静置して行われた。ここで、培養容器(1)内及び管系(4)内の次亜塩素酸ナトリウム溶液を1mLずつ採取して、コンタミネーションの試験に供した。
3.殺菌溶液の中和
蓋(8)に設けられた作業口(9)からサイフォンで培養容器内の次亜塩素酸ナトリウム溶液を8L抜き取った。続いて、チオ硫酸ナトリウム15.7gを溶解した水道水50mLを、作業口(9)から0.22μmフィルターで濾過しながら添加した。チオ硫酸ナトリウムが次亜塩素酸ナトリウムを中和することにより、殺菌工程が終了する。当該中和反応によって、溶液中には約470ppmの塩化ナトリウムが生成する。この塩分濃度は、培養を行うオーランチオキトリウムLSA−1株の許容する塩分濃度範囲内であるため、続く本培養において、塩分濃度の調整が不要である。
4.微生物の培養
トリプトン300g、酵母抽出物150g及びアデカノール(消泡剤)2mLを溶解した水道水3L、及びグルコース600gを溶解した水道水3Lを調製し、これらを121℃20分間オートクレーブで滅菌した。これらの濃縮培地を、作業口(9)から滅菌したガラス製漏斗を用いて培養容器(1)内に添加した。更に、上記オーランチオキトリウムLSA−1株の前培養物を1.5L添加した。この前培養物を添加した時点で、本培養物のOD660は0.2となる。このような高濃度で本培養を開始することにより、培養開始時点で培養系内に枯草菌が残存していたとしても、過剰量のオーランチオキトリウムLSA−1株が枯草菌に対して優勢に増殖することにより、枯草菌の増殖を圧倒して所望の培養を達成することが出来る。
オーランチオキトリウムLSA−1株の培養は、送気速度毎分3L、室温で4日間行われた。
5.比較実施例
滅菌工程の比較対照として、発芽培地(1/100GTY)による発芽誘導を行わずに微生物の培養を行った。グルコース600gを溶解した蒸留水10L、トリプトン300g及び酵母抽出物150gを溶解した蒸留水10L、及び海水塩132gを溶解した蒸留水10Lを、それぞれ120℃30分でオートクレーブ滅菌し、一晩冷却した。本発明の方法で用いたのと同一の30L簡易培養容器に600ppm次亜塩素酸ナトリウム溶液30Lを充填し、一晩以上静置した。以降の作業は、クリーンルーム内で行われた。培養容器から次亜塩素酸溶液を除去し、内部に70%エタノールを噴霧した。その後直ちに培養容器に上記3つの溶液を10Lずつ添加し、更に本培養開始時点のOD660が0.2となる量のオーランチオキトリウムLSA−1株の前培養物を1.5L播種して、これを送気速度毎分3L、室温で4日間培養した。
培養スケールの比較対照として、500mLフラスコ中での微生物培養を行った。グルコース18g、トリプトン9g、酵母抽出物4.5g、及び海水塩4.0gを水道水に溶解して、培養培地(GTY培地)900mLを調製した。この培地を500mL三角フラスコ3本に300mLずつ分注して、120℃20分間オートクレーブで滅菌した。これらにLSA−1培養物を培養開始時点でOD660が0.01となるように播種した。これらを往復振盪型の培養器中、100ストローク/分、25℃で培養した。
本発明の方法と比較する対照として、オーランチオキトリウムの培養用に設計された、温度、通気、撹拌速度等を制御出来る蒸気滅菌可能な90Lジャーファーメンター(有効容量90L)を用いてオーランチオキトリウム18W−13a株を培養した。GTY培地を60L充填したジャーファーメンターを123℃、20分で加圧蒸気滅菌し、オーランチオキトリウム18W−13a株の前培養物60mLを播種して、これを25℃で96時間槽内を撹拌しながら培養した。
6.結果
本発明の培養方法と、発芽誘導を行わずに微生物培養を行う従来の培養方法との間で、培養期間中の枯草菌によるコンタミネーションの発生を比較した(図1)。従来の培養方法では、次亜塩素酸ナトリウムによる消毒以降の作業がクリーンルーム内で実施されたにも拘らず、培養2日で枯草菌が優勢に増殖し、オーランチオキトリウムLSA−1株は増殖することが出来なかった。一方、本発明の培養方法では、4日間の培養期間中、枯草菌による汚染を免れて、オーランチオキトリウムLSA−1株の所望の培養を達成することが出来た。
上記のように本発明の培養方法によって培養されたオーランチオキトリウムLSA−1株の脂質蓄積をナイルレッド染色により確認したところ、4日間の培養期間中を通して、良好な脂質生産能力を保持していた(図2)。
上記実施例において、24時間静置後に培養容器及び管系内から採取した1/100GTY1mLを、GTY50mLに播種し、これを25℃100rpmで2日間培養したところ、管系内から採取した試料において、枯草菌のコンタミネーションが確認された。しかしながら、16時間静置後に培養容器及び管系内から採取した次亜塩素酸ナトリウム溶液において、枯草菌のコンタミネーションは見られなかった。これは、本発明の培養方法において、管系内に存在していた枯草菌が次亜塩素酸処理で完全に殺菌されたことを示す。
本発明の培養方法による微生物細胞の増殖効率を評価した。図3に示すように、上記実施例において用いられた30L簡易培養容器による培養の細胞密度は、同様の培養を500mLフラスコを用いて行った場合と比較して常に高く、96時間の時点で約1.5倍の細胞密度を示した。また、上記のように本発明の培養方法は、OD660が0.2という高密度で培養が開始されているが、更に初期濁度をその10倍の2.07にしても、初期濁度が0.081のフラスコ培養の場合と比較して、プラトーに達するまでの時間及び最終的に達する濁度に差異は見られないことが示された。
30L簡易培養容器で培養した場合と、同様の培養を500mLフラスコを用いて行った場合との間で、収量の最大値を乾燥重量で比較した。図4に示すように、収量の差は細胞密度によって比較した場合(図3)程顕著ではなかったが、30L簡易培養容器による培養で、500mLフラスコ培養と同等の収量を達成出来ることが示された。
オーランチオキトリウムの培養用に設計された、温度、通気、撹拌速度等を制御出来る蒸気滅菌可能な90Lジャーファーメンターと、30L簡易培養容器を用いる本発明の培養方法との間で、作業に掛かるコストや効率を比較した。90Lジャーファーメンターの有効容量は60Lである。一方、30L簡易培養容器の有効容量は30Lであるところ、各数値は、2回培養を行ったと仮定して算出している。図5に示すように、本発明の培養方法は、作業に掛かる時間がジャーファーメンター培養よりも長く、最終的なバイオマス収量もジャーファーメンター培養に及ばないため、生産性(1日あたりのバイオマス収量)はジャーファーメンター培養に劣る。しかしながら、消費電力がジャーファーメンター培養によりも格段に少ないため、運転コストに関しては本発明の培養方法が有利である。

Claims (11)

  1. 培養容器内で微生物を培養する方法であって、以下の工程:
    a)当該培養容器に、芽胞形成菌の芽胞が発芽するに足りる栄養素を含有する培地を充填し、当該芽胞が発芽する条件下でこれを維持する工程;
    b)当該培養容器に次亜塩素酸ナトリウム溶液を充填し、芽胞形成菌が死滅する条件下でこれを維持する工程;
    c)当該次亜塩素酸ナトリウム溶液にチオ硫酸ナトリウムを添加して、当該溶液中の次亜塩素酸ナトリウムを中和する工程;
    d)当該溶液に、当該微生物の培養に必要な培地栄養成分を添加する工程;
    e)当該培養容器内に、当該微生物を播種する工程;そして
    f)当該培養容器内で、当該微生物を培養する工程;
    を含む、方法。
  2. 工程b)において、前記培養容器内への次亜塩素酸ナトリウム溶液の充填が、工程a)で容器内に充填した培地の少なくとも一部を次亜塩素酸ナトリウム溶液に置き換えることで行われる、請求項1に記載の方法。
  3. 工程b)において、前記培養容器内への次亜塩素酸ナトリウム溶液の充填が、工程a)で容器内に充填した培地に次亜塩素酸ナトリウムを添加することで行われる、請求項1に記載の方法。
  4. 前記芽胞形成菌の芽胞が発芽するに足りる栄養素を含有する培地の栄養素の有機物含量が、工程d)において中和後の溶液に添加される培地栄養成分の有機物含有量の1/100以上である、請求項3に記載の方法。
  5. 工程e)において、前記培養容器内に残存する芽胞形成菌と競合して優位に増殖できる量の微生物が播種される、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
  6. 前記芽胞形成菌と競合して優位に増殖できる微生物の播種量が、培養開始時点の培養物の細胞密度OD660が0.2〜4.0となる量である、請求項5に記載の方法。
  7. 前記方法を通じて、前記培養容器内が容器外に対して陽圧に維持される、請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法。
  8. 前記培養容器が、容器内に空気を送達するコンプレッサー、及び当該コンプレッサーから容器内に導入された空気を容器外に排出する開口部を備えており、前記方法を実施する間中、容器内から容器外へ空気が排出されることにより、容器内が容器外に対し陽圧に維持される、請求項7に記載の方法。
  9. 前記コンプレッサーが、前記培養容器中に充填された液体の液面下から容器内に空気を送達する、請求項8に記載の方法。
  10. 前記微生物が、前記工程c)において次亜塩素酸ナトリウムをチオ硫酸ナトリウムで中和することによって生成された塩化ナトリウムの存在下で培養が可能である、請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法。
  11. 前記微生物がオーランチオキトリウム属藻類である、請求項10に記載の方法。
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