タイヤ等のゴム製品を解析するためのシミュレーション方法として、例えば、有限要素法(FEM)を用いた数値解析法がある。かかるゴム製品のシミュレーションを行うためには、ゴム状材料の材料パラメータ、即ちゴム弾性特性を表現する超弾性モデルの材料パラメータ(係数)を導出、即ち同定する必要がある。
従来、超弾性モデルの材料パラメータを同定するために、応力とひずみの関係を、一軸伸長条件と一軸拘束一軸伸長条件と二軸均等伸長条件との3条件で実測して求め、これらの3条件での実測値に基づき、Ogdenモデルなどの超弾性モデルを用いたフィッティングを行うことにより、超弾性モデルの材料パラメータを同定することがなされている。
このような3条件での実測値を用いた超弾性モデルの材料パラメータの同定では、材料パラメータの精度が必ずしも高いとはいえず、ひずみエネルギー密度の分布が片上がりにならずに不均一になるおそれがある。
一方、非特許文献1では、ひずみに対する応力の比(応力比)が一軸伸長条件と一軸拘束一軸伸長条件(純せん断条件)と二軸均等伸長条件との間で概ね1:1.1:1.4程度であることに着目して、一軸伸長条件での実測値から一軸拘束一軸伸長条件と二軸均等伸長条件の応力値を算出し、これらの算出値を用いてフィッティングすることにより、超弾性モデルの材料パラメータを同定することが開示されている。
また、特許文献1には、一軸伸長条件での実測値に基づいて第1の弾性モデルの材料パラメータを同定し、同定した材料パラメータを利用して、一軸伸長条件、純せん断条件および二軸均等条件での応力とひずみの関係を算出し、かつこれらの応力の比率等を算出することにより、第2の弾性モデル(例えばOgdenモデル)の材料パラメータを同定する方法が開示されている。
これら非特許文献1及び特許文献1に開示された方法は、試験機の普及等の問題から二軸均等伸長条件での試験の実施が困難であることに鑑み、一軸伸長条件での実測値から一軸拘束一軸伸長条件及び二軸均等伸長条件での応力とひずみの関係を推定して超弾性モデルの材料パラメータを同定するものであり、必ずしも材料パラメータの精度が高いとはいえない。
以下、本発明の実施形態について図面に基づいて説明する。
一実施形態に係るゴム状材料の材料パラメータの同定方法においては、まず、対象となるゴム状材料について、一軸伸長条件と一軸拘束一軸伸長条件と二軸均等伸長条件と二軸不均等伸長条件の各条件での応力とひずみの関係の実測値を得る。
一軸伸長条件と一軸拘束一軸伸長条件と二軸均等伸長条件での応力とひずみの関係の実測値を求める方法は、公知の方法を用いることができる。本実施形態では、これら3条件での実測値に加えて、二軸不均等伸長条件での応力とひずみの関係の実測値を求めることを特徴とする。ここで、ひずみとは、物体が応力を受けたときに生じる単位寸法当たりの変形量のことであり、対象のゴム状材料に応力が作用していない状態の引張方向長さに対する、当該ゴム状材料に応力を作用させて発生した引張方向の変位量の割合を示す。
一軸伸長条件での実測値は、一軸引張試験を行うことにより得られる。一軸引張試験は、ゴム状材料を、互いに直交する3つの軸方向のうち、2つの軸方向では拘束せずに一軸方向に引っ張る試験であり、応力とひずみの関係が得られる。例えば、図1に示すように、正方形のシート状のゴム状材料10を用いて、上下方向を拘束せずに、左右方向に引っ張る試験であり、図では、一軸方向の一端側をつかみ具12で固定して、他端側を一軸方向に引っ張る様子を示している。
一軸拘束一軸伸長条件での実測値は、一軸拘束一軸引張試験(純せん断試験)を行うことにより得られる。一軸拘束一軸引張試験は、ゴム状材料を、1つの軸方向に拘束した状態で他の一軸方向に引っ張る試験であり、応力とひずみの関係が得られる。例えば、図2に示すように、正方形のシート状のゴム状材料10を用いて、上下方向をひずみが0%となるようにつかみ具14,14で拘束した状態で、左右方向に引っ張る試験である。
二軸均等伸長条件での実測値は、二軸均等引張試験を行うことにより得られる。二軸均等引張試験は、ゴム状材料を2つの軸方向に同じ速度で引っ張る試験であり、応力とひずみの関係が得られる。例えば、図3に示すように、正方形のシート状のゴム状材料10を用いて、左右方向と上下方向に同じ速度で引っ張る試験である。
二軸不均等伸長条件での実測値は、二軸不均等引張試験を行うことにより得られる。二軸不均等引張試験は、ゴム状材料を2つの軸方向に異なる速度で引っ張る試験であり、応力とひずみの関係が得られる。例えば、図4に示すように、正方形のシート状のゴム状材料10を用いて、左右方向と上下方向に異なる速度で引っ張る試験である。2つの軸方向における速度比k:1は、特に限定されず、kは1より大きければ、例えば1.5〜4でもよく、2〜3でもよい。また、二軸不均等伸張条件での実測値は、1つの速度比での実測値のみを求めてもよく、あるいはまた2つ以上の速度比での実測値を求めてもよい。
このようにして得られる実測値は、一例として図5及び図6に示した通りであり、図6では、一軸伸長条件と一軸拘束一軸伸長条件と二軸均等伸長条件との3条件の実測値を示しており、図5では更に二軸不均等伸長条件を加えて4条件の実測値を示している。実測値はいずれも実線で示している。図5及び図6のグラフは、ゴム状材料の応力とひずみとの関係を示したものであり、ここでは、縦軸に公称応力(MPa)がとられ、横軸に伸長比λがとられている。伸長比とは、初期形状の長さに対する変形後の長さの比であり、そのため、ひずみ0%のときに伸長比は1、ひずみ100%のときに伸長比は2となる。
ここで、図5及び図6は、ゴム状材料として、縦70mm、横70mm、厚み1.0mmの加硫ゴムサンプルを用いて(つかみ代を除くサンプル形状は50mm角)、ひずみ速度100%/30秒にてひずみ0%から100%まで計測した結果である。二軸不均等伸張条件における2つの軸方向の速度比(λ1:λ2)は2:1とした。
図6に示すように、一軸伸長条件の実測値を示す実線A1が最も低応力側にあり、その高応力側に一軸拘束一軸伸長条件の実測値を示す実線B1があり、最も高応力側に二軸均等伸張条件の実測値を示す実線C1がある。これに対し、図5に示す一実施形態では、一軸拘束一軸伸長条件の実測値を示す実線B1と二軸均等伸張条件の実測値を示す実線C1との間に、二軸不均等伸張条件の実測値を示す実線D1がある。
本実施形態では、次いで、上記で得られた各条件の実測値に対する超弾性モデルを用いたフィッティングにより当該超弾性モデルの材料パラメータを算出する。すなわち、実測値に基づいて超弾性モデルの材料パラメータを同定する。材料パラメータの同定は、コンピュータを用いて行うことができる。一実施形態として、材料パラメータの同定装置は、上記4条件の実測値を取得する実測値取得部と、該実測値に基づいて超弾性モデルの材料パラメータを同定する材料パラメータ同定部と、を有し、これらは、コンピュータに搭載されたプロセッサにプログラムを実行させることにより実現することができる。
超弾性モデルとしては、公知の様々な超弾性モデルを用いることができ、例えば、Ogdenモデル、Mooneyモデル、Mooney−Rivlinモデル、Neo-Hookeanモデルなどが挙げられる。以下では、Ogdenモデルを用いた場合について説明する。
Ogdenモデル(3次)は、下記式(1)で表されるひずみエネルギー密度関数である。
式中、Wは、単位体積当たりのひずみエネルギー量である。λ1、λ2、λ3は、各軸方向における伸長比であり、λ1×λ2×λ3=1である。αn及びμnは定数であり、Odgenモデルの材料パラメータである。
フィッティング方法としては、特に限定されず、公知の方法、例えば最小二乗法を用いて行うことができる。すなわち、Ogdenモデルの材料パラメータαn、μnを、上記の実測値へ最小二乗法で近似することにより算出することができる。
詳細には、Ogdenモデルでは、上記4条件における公称応力Sと伸長比λとの関係が次式(2)〜(5)で表される。
そのため、図5に示される実測値と、これら式(2)〜(5)によって計算された値が等しくなるようなαn、μnの値を、最小二乗法を利用したフィッティング計算により求めればよい。
4条件の実測値に基づいて同定した一実施形態に係る同定結果(フィッティング結果)を図5に示す。また、3条件の実測値に基づいて同定した比較例に係る同定結果を図6に示す。フィッティング結果はいずれも点線で示しており、一軸伸長条件のフィッティング結果を点線A2で、一軸拘束一軸伸長条件のフィッティング結果を点線B2で、二軸均等伸張条件のフィッティング結果を点線C2で、二軸不均等伸張条件のフィッティング結果を点線D2でそれぞれ示している。
フィッティングの結果、二軸均等伸張条件のフィッティング精度に特に大きな違いがあり、図5に示す4条件の実測値に基づいて同定した実施例では、図6に示す3条件の実測値に基づいて同定した比較例に対して、フィッティング精度が差分の2乗の総和で6.8%向上した。図6に示されたように、一軸拘束一軸伸長条件の実測値を示す実線B1と二軸均等伸張条件の実測値を示す実線C1との間には、比較的大きな隔たりがあり、このことが二軸均等伸張条件のフィッティング精度に影響を与えていると考えられる。すなわち、二軸不均等伸張条件の実測値を追加することにより、図5に示すように、隔たりの大きい上記2つの実線B1と実線C1との間に、二軸不均等伸張条件の実測値を示す実線D1を加えることができ、フィッティングを行うデータ間の隔たりを小さくすることができるので、フィッティング精度が向上すると考えられる。
図7は、実施例に係るひずみエネルギー密度分布を示すグラフであり、図5に示すフィッティング結果により求められた材料パラメータαn、μnを用いて、上記式(1)で表されるOgdenモデルの関数から、ひずみエネルギー密度の分布を算出した結果を示している。各軸方向における伸長比λ1、λ2及びλ3の積は、λ1×λ2×λ3=1の不変量であるため、これに基づき式(1)からひずみエネルギー密度Wを算出する。ここで、λ1は、図1〜4における左右方向(即ち、一軸伸長条件及び一軸拘束一軸伸長条件での引張方向、並びに、二軸均等条件及び二軸不均等伸張条件での1つの軸方向での引張方向)の伸長比であり、λ2は、図1〜4における上下方向(即ち、一軸拘束一軸伸長条件での拘束方向、並びに、二軸均等伸張条件及び二軸不均等伸張条件での他の軸方向での引張方向)の伸長比であり、λ3は、厚み方向の伸長比である。
図8は、比較例に係るひずみエネルギー密度分布を示すグラフであり、図6に示すフィッティング結果により求められた材料パラメータαn、μnを用いて算出されたものである。
図8との対比から明らかなように、図7に示す実施例では、二軸均等伸張条件でのフィッティング結果と、一軸伸長条件及び一軸拘束一軸伸長条件でのフィッティング結果との間に、二軸不均等伸張条件でのフィッティング結果が存在しており、その結果として、ひずみエネルギー密度の分布がより均一化されていた。また、従来の3条件での実測値を用いた超弾性モデルの材料パラメータの同定では、ひずみエネルギー密度分布が片上がりにならずに不均一になる場合があったが、二軸不均等伸張条件での実測値を追加してフィッティングすることにより、ひずみエネルギー密度分布の高精度化が可能となった。
以上により得られたゴム状材料の材料パラメータは、当該ゴム状材料を含むゴム製品を解析するためのシミュレーションに用いることができる。すなわち、該材料パラメータを用いて、数値解析可能な要素でモデル化されたゴム製品のシミュレーションを行う。本実施形態によれば、上記のように材料パラメータの精度が向上しているので、それを用いて行うゴム成分のシミュレーションについても、解析精度を向上することができる。
シミュレーションは、コンピュータを基本ハードウェアとして用いることにより行うことができ、特に限定されない。一実施形態として、タイヤのシミュレーションに用いることができる。すなわち、上記材料パラメータを用いて、タイヤを有限個の要素に分割して作成したタイヤモデルのシミュレーションを行う。シミュレーションによるタイヤの解析方法は、特に限定されず、例えば接地解析、剛性解析、転動解析などの種々の解析に用いることができる。
上記では本発明の一実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の主旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。