本発明の一実施形態について以下に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態や実施例にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態や実施例についても本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された学術文献及び特許文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。また、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A〜B」は、「A以上B以下」を意図する。
〔実施の形態1:本発明に係る癌の治療システム〕
本発明に係る癌の治療システムは、Stat3経路におけるシグナル伝達を阻害し得るStat3経路阻害剤と、癌細胞に対して放射線を照射可能な放射線照射部を備えた装置とを含む。さらに、本発明に係る癌の治療システムは、Stat3経路阻害剤と放射線の照射とによる細胞内でのROSの発生を抑制するために、還元剤を含むことが可能である。そこでまず、Stat3経路阻害剤について説明する。
(1)Stat3経路阻害剤
Stat3(Signal transducer and activator of transcription 3)は、種々のサイトカイン又は成長因子受容体からのシグナルを受けて作用する転写因子である。Stat3は、正常細胞では殆ど活性化されていない一方で、癌幹細胞を含む癌細胞では活性化されており、癌細胞の生存及び増殖のみならず、転移及び浸潤にも関わっていることが知られている。
Stat3は、MAPK(Mitogen−activated Protein Kinase)、mTOR(mammalian Torget of Rapamycin)、Src又はJak(Janus kinase)等のチロシンキナーゼによって活性化され得る。
つまり、Stat3は、上記チロシンキナーゼによって、SH2ドメインのチロシン残基がリン酸化されて活性化される。リン酸化されたStat3は、上記SH2ドメインを介して他のStat3と二量体を形成し、核内へ移行して特異的DNA部位に結合し、遺伝子の転写を制御する。
Jakは、サイトカインのシグナルを受容体から受け取り、下流の因子へと伝達する細胞質のチロシンキナーゼである。Jakには、Jak1、Jak2、Jak3及びTyk2という4つのファミリータンパク質が存在する。当該4つのファミリータンパク質は、それぞれ異なった受容体からシグナルを受け取り、同じくそれぞれ異なったStatファミリータンパク質(Stat1〜4、Stat5α、Stat5β及びStat6)に、シグナルを伝達する。具体的には、シグナルを受け取ったJakは、リン酸化され、二量体を形成することで活性化される。活性化されたJakはJakのキナーゼ活性を通して、基質であるStatをリン酸化し、Statを活性化する。そしてJakファミリーのうち、Jak1及びJak2がStat3に関わっていることが知られている。
以上のことから、Stat3経路とは、活性化されていないStat3のリン酸化から、リン酸化されたStat3の二量体形成、二量体を形成したStat3の核内移行、核内移行したStat3の特異的DNA部位への結合に至るまでの経路であると言える。また、Stat3経路阻害剤とは、Stat3経路におけるシグナル伝達を阻害し得る薬剤をいう。すなわち、Stat3経路阻害剤には、上記チロシンキナーゼによるStat3のリン酸化、上記二量体形成、上記核内移行、Stat3のタンパク質合成、及び上記特異的DNA部位への結合等の反応のいずれかを阻害し得る薬剤が包含される。
よって、Stat3経路阻害剤としては、MAPK阻害剤、mTOR阻害剤、Src阻害剤、Jak阻害剤、Stat3阻害剤等を挙げることができる。これらの中でもJak1を選択的に阻害するJak1阻害剤、Jak1およびJak2を阻害するJak1,2阻害剤、またはJak2を選択的に阻害するJak2阻害剤、もしくは、Stat3の活性を阻害するStat3阻害剤であることが好ましく、癌幹細胞において活性化されているStat3の活性を直接的に阻害し、癌遺伝子の転写を抑制することができるため、Stat3阻害剤であることがより好ましい。
つまり、本発明に係る癌の治療システムでは、上記Stat3経路阻害剤が、Stat3の活性を阻害するStat3阻害剤を含むことが好ましい。なお、Stat3経路阻害剤としては、1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
上記Stat3阻害剤は、Stat3のSH2ドメインに結合し、Stat3のリン酸化、二量体化及び/又はStat3の核内移行を実質的に阻害すること、Stat3のタンパク質合成を阻害すること、又はStat3のDNA結合活性を阻害することによって、最終的にStat3による転写活性を抑制するものである。
上記Stat3阻害剤としては、従来公知の阻害剤を用いることができる。例えば、上記Stat3阻害剤がStat3のSH2ドメインへの結合を介してStat3の転写活性を阻害する場合、当該Stat3阻害剤としては、(A)peptide又はpeptidomimeticsであるXpYL、Ac−pYLPQTV−NH2、ISS610、S31−M2001もしくはCJ−1383;(B)下記の群(1)に示す低分子化合物であるStattic、STA−21、LLL−12、S31−201、SF−1066、BBI−608もしくはSTX−0119;(C)クルクミンの誘導体であるFLLL11、FLLL12、FLLL32及びFLLL62からなる群より選択される1以上の化合物;等を挙げることができ、上記(A)〜(C)に示す化合物の製薬学的に許容される塩であってもよい。
上記「製薬学的に許容されるその塩」は、上記(A)〜(C)に示す化合物と無毒の塩を形成するものであればいかなる塩でもよい。例えば、塩酸、硫酸、リン酸、臭化水素酸等の無機酸;シュウ酸、マロン酸、クエン酸、フマル酸、乳酸、リンゴ酸、コハク酸、酒石酸、酢酸、トリフルオロ酢酸、グルコン酸、アスコルビン酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸等の有機酸;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アンモニウム等の無機塩基;メチルアミン、ジエチルアミン、トリエチルアミン、トリエタノールアミン、エチレンジアミン、トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミン、グアニジン、コリン、シンコニン等の有機塩基;又はリジン、アルギニン、アラニン等のアミノ酸と反応させることにより得ることができる。なお、本発明には、Stat3経路阻害剤である各化合物の含水物、水和物及び溶媒和物も包含される。
上記群(1)に示す化合物(a)〜(g)は、それぞれStattic、STA−21、LLL−12、S31−201、SF−1066、BBI−608、STX−0119である。
上記(A)〜(C)に示す化合物のうち、BBI−608以外の化合物は、例えばFurgan et al. Journal of Hematology & Oncology 2013, 6: 90に記載されている。また、BBI−608は、群(1)の(f)に示すように、2−アセチルベンゾ[f][1]ベンゾフラン−4,9−ジオンである。
本実施の形態において、Stat3阻害剤としては、群(1)に示す低分子化合物が好ましく、より好ましくはSttatic又はBBI−608であり、癌幹細胞に対する優れた増殖抑制効果を有するため、最も好ましくはBBI−608である。
上記Stat3阻害剤がStat3のタンパク質合成を阻害する場合、当該Stat3阻害剤は、AZD9150のようなアンチセンスオリゴヌクレオチド、又はRNAiを利用したsiRNAsもしくはショートヘアピンRNAsであってもよい。
上記Stat3阻害剤がStat3タンパク質のDNA結合活性を阻害する場合、当該Stat3阻害剤は、デコイオリゴヌクレオチド(ODN)、白金化合物であるIS3 295及びGリッチオリゴヌクレオチドであるGクォーターからなる群より選択される1つ以上のものであってもよい。
Stat3阻害剤は1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
上記Jak阻害剤は、Jakの活性を阻害する薬剤であり、Jak1、Jak2またはJak3を標的とするものである。上記Jak阻害剤の作用は、Jakのタンパク質合成を阻害すること、および/またはJakのキナーゼ活性を阻害することである。
上記Jak阻害剤としては、Jak1およびJak2がStat3の活性化に関与することから、Jak1を選択的に阻害するJak1阻害剤、Jak1およびJak2を選択的に阻害するJak1,2阻害剤、またはJak2を選択的に阻害するJak2阻害剤であることが好ましく、Jak2選択的阻害剤であるAZD1480であることがより好ましい。
以上のことから、本発明に係る癌の治療システムでは、上記Stat3経路阻害剤が、Jak1および/またはJak2の活性を阻害するJak阻害剤を含むことも好ましいと言える。
なお、AZD−1480は、(S)−5−クロロ−N2−(1−(5−フルオロピリミジン−2−イル)エチル)−N4−(5−メチル−1H−ピラゾール−3−イル)ピリミジン−2,4−ジアミンと同義であり、以下の構造式によって表される化合物であり、その製薬学的に許容される塩であってもよい。「製薬学的に許容されるその塩」は、AZD−1480と無毒の塩を形成するものであればいかなる塩でもよい。
Jak阻害剤は、1種類を用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。また、Jak阻害剤を、上記Stat3阻害剤と組み合わせて用いることも可能である。
(2)癌細胞に対して放射線を照射可能な放射線照射部を備えた装置
上記装置としては、従来公知の放射線治療機器を用いることができる。例えば、リニアック、コバルト照射装置、医療用加速器、ガンマナイフ等の各種装置を用いることができる。放射線照射部とは、X線又はγ線等を照射する部材をいう。照射する放射線の種類は特に限定されるものではなく、治療目的に応じて適宜決定すればよい。治療法が外照射である場合、癌の場所、大きさ、種類等に応じて、体外から、体内の腫瘍部位に対して放射線が照射される。
上記装置は、体内の腫瘍部位を特定するための、X線照射部位(例えば、CT)および赤外線認識センサー等を含んでもよい。
また上記装置は、特定の1点に照射する、定位放射線治療機器であってもよく、または呼吸等の生命活動によって移動する部位に照射するため放射線照射部が可動である、動体追尾機能を備えた放射線治療機器であってもよい。
また上記装置は、部位によって照射する放射線の線量を変更するための装置を備えた、強度変調放射線治療(IMRT)装置であってもよく、後述する図17に使用例を記載している。
(3)還元剤
本発明に係る癌の治療システムは、上記Stat3経路阻害剤と癌細胞に対して放射線を照射可能な放射線照射部を備えた装置とに加えて、還元剤を含むことができる。
本発明者は、後述する参考例6に示すように、Stat3経路阻害剤を細胞に作用させた場合、細胞内の活性酸素(ROS)量が増加することを見出した。また、本発明者は、Stat3経路阻害剤と放射線とを併用すると、相乗的な抗腫瘍効果が得られる一方で、後述する実施例3に示すように、Stat3経路阻害剤のみを用いた場合よりも細胞内の活性酸素量が増加することを見出した。
活性酸素は反応性に富む物質であり、ラジカル連鎖反応によって他の分子を効率的にかつ非常に速く攻撃し、反応開始部位から遠く離れた部位に損傷を与えうるため、細胞の生存にとって望ましくない状態を引き起こし、結果として細胞死を導く可能性がある。
癌の治療において、化学療法、放射線療法などの目的は癌細胞の抑制であるが、一方で、正常細胞の抑制又は死滅という副作用が生じ得る。
上述した活性酸素の発生は、Stat3経路阻害剤の投与、又は、Stat3経路阻害剤と放射線との併用によって副作用が生じる可能性を示唆するものである。すなわち、活性酸素の発生は、癌細胞を死滅させる上では有効であるが、正常な臓器に対しても損傷等の悪影響を与え得る。したがって、過剰な活性酸素の除去が必要となってくる。
本発明者は、細胞内での活性酸素の除去について検討し、Stat3経路阻害剤と放射線照射との併用とに加えて、さらに還元剤を併用することによって、細胞内における活性酸素の発生を抑制できることを明らかにした。
上記還元剤としては特に限定されるものではないが、ビタミンC、L−グルタミン、L−システイン、リボフラビン、コハク酸、フマル酸、コエンザイムQ10及びナイアシンからなる群より選ばれる1以上の還元剤であることが好ましく、水溶性である点、点滴による静脈からの大量投与が可能であるため還元剤の血中濃度を急速に高めることが可能である点、等の観点から、ビタミンC(L−アスコルビン酸)であることが特に好ましい。また、血中の過剰なビタミンCは尿中に排泄されるため本発明に係る癌の治療システムを用いた療法に好適である。上記還元剤は、1種類用いてもよいし、2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
後述する実施例3に示すように、胸膜中皮腫細胞について、肉腫型及び上皮型の何れにおいても、Stat3経路阻害剤の投与、又は、Stat3経路阻害剤と放射線の照射との併用によって細胞内の活性酸素の量が増加し、特に5Gyの放射線を照射した場合は増加が顕著であった。一方、Stat3経路阻害剤と、還元剤と、放射線の照射とを併用することによって、活性酸素の量を大幅に低減することができることが明らかとなった。また、5Gyの放射線を照射した場合であっても、活性酸素の量を、Stat3経路阻害剤を単独投与した場合と同程度に抑制することができることも明らかとなった。つまり、還元剤の使用によって、過剰に生成された活性酸素を除去することができることが示された。
以上述べた事項から、本発明に係る癌治療システムは、Stat3経路阻害剤がStat経路におけるシグナル伝達を阻害することによって、癌幹細胞にて活性化しているStat3を不活性化することができ、放射線照射によって癌細胞に直接障害を与えることができる。さらに、Stat3経路と放射線の照射との併用によって細胞内に過剰に生成された活性酸素を、還元剤の投与によって除去することができると言える。
つまり、本発明に係る癌治療システムは、Stat3経路阻害剤及び放射線照射による優れた抗腫瘍効果を得ることができるだけでなく、正常臓器の損傷等の副作用を減弱させることができる、非常に有用な癌治療システムであると言える。
なお、本明細書において、用語「癌細胞」は、腫瘍細胞集団の大部分を含む非腫瘍形成性細胞と、腫瘍形成性幹細胞(癌幹細胞)の両方を含む、腫瘍に由来する細胞の全集団を指し、用語「腫瘍細胞」と同義である。
(4)本発明に係る癌の治療システムを適用可能な癌について
本発明に係る癌の治療システムを適用可能な癌は、特に限定されるものではないが、中皮腫(胸膜中皮腫、心膜中皮腫、腹膜中皮腫の何れであってもよい)、大腸癌、胃癌、乳癌、頭頸部癌、卵巣癌、膵臓癌、多発性骨髄腫、前立腺癌、黒色腫、カポジ肉腫、ユーイング肉腫、肝癌、骨芽細胞腫、脳腫瘍、骨肉腫、脂肪肉腫及び白血病からなる群より選択される1以上の癌であることが好ましい。
上記癌には、癌幹細胞の存在が知られており、癌幹細胞においてはStat3が活性化されている。本発明に係る癌の治療システムは、上述のようにStat3の活性を阻害することができるため、癌幹細胞を死滅させることが可能であり、Stat3経路阻害剤と放射線照射との併用による相乗的な抗腫瘍効果を得ることができ、かつ、副作用を減弱することができる。
よって、本発明に係る癌の治療システムは、癌幹細胞を含む癌組織を有する哺乳動物を適用対象とすることが好ましく、ヒトを適用対象とすることが最も好ましい。
(5)癌の治療システムの構築
本発明に係る癌の治療システムは、Stat3経路におけるシグナル伝達を阻害し得るStat3経路阻害剤と、癌細胞に対して放射線を照射可能な放射線照射部を備えた装置とを含むことを必須とし、さらには還元剤を含むことが可能であるため、これらを適宜準備し、使用可能な状態にすることによって構築することができる。
本発明に係る癌の治療システムには、上記構成以外に、必要に応じてその他の成分、例えば製薬学的に許容される担体、希釈剤及び賦形剤等から選ばれる1以上の成分をさらに含ませて構築することもできる。
上記担体は、水及びピーナッツ油、大豆油、鉱油、ゴマ油など、石油、動物、植物、又は合成由来の油を含む油など、無菌の液体でありうる。
上記Stat3経路阻害剤及び還元剤が静脈内投与される場合は、水を担体として用いることができる。例えば、注射溶液用の液体担体としては、生理食塩液ならびにデキストロース及びグリセロールの水溶液もまた用いることができる。
適切な医薬賦形剤は、デンプン、グルコース、ラクトース、スクロース、ゼラチン、麦芽、コメ、小麦粉、胡粉、シリカゲル、ステアリン酸マグネシウム、モノステアリン酸グリセロール、滑石、塩化ナトリウム、乾燥スキムミルク、グリセロール、プロピレングリコール、水、エタノールなどを含む。
また本発明に係る癌の治療システムは、任意で放射線増感剤(例えば、メトロニダゾール、ミソミダゾール、動脈内Budr、静脈内ヨードデオキシウリジン(IudR)、ニトロイミダゾール、5−置換−4−ニトロイミダゾール、2H−イソインドレジオン、[[(2−ブロモエチル)−アミノ]メチル]−ニトロ−1H−イミダゾール−1−エタノール、ニトロアニリン誘導体、ハロゲン化DNAリガンド、1,2,4ベンゾトリアジンオキシド、2−ニトロイミダゾール誘導体、フッ素含有ニトロアゾール誘導体、ベンズアミド、ニコチンアミド、アクリジン−インターカレーター、5−チオトレトラゾール、3−ニトロ−1,2,4−トリアゾール、4,5−ジニトロイミダゾール誘導体、ヒドロキシル化テキサフィリン、シスプラチン、マイトマイシン、チリパザミン、ニトロソウレア、メルカプトプリン、メトトレキサート、フルオロウラシル、ブレオマイシン、ビンクリスチン、カルボプラチン、エピルビシン、ドキソルビシン、シクロホスファミド、ビンデシン、エトポシド、パクリタキセル、熱(温熱療法)など)、および/または放射線防御剤(例えば、システアミン、アミノアルキル二水素ホスホロチオエート、アミフォスチン(WR 2721)、IL−1、IL−6など)を含んでもよい。放射線増感剤は、腫瘍細胞の殺傷を増強する。放射線防御剤は、照射の有害な効果から健常組織を保護する。
〔実施の形態2:本発明に係る癌の治療システムの使用〕
本発明に係る癌の治療システムは、例えば上記(4)で述べた癌の治療に好適に用いることができる。この場合、Stat3経路阻害剤を患者に投与する工程と、癌細胞に対して放射線を照射する工程とを含む方法を用いること、または、Stat3経路阻害剤及び還元剤を患者に投与する工程と、癌細胞に対して放射線を照射する工程とを含む方法を用いることが考えられる。Stat3経路阻害剤と還元剤とは、同時に投与してもよいし、必要に応じて、一方の投与後、所定の間隔を空けて他方を投与してもよい。
Stat3経路阻害剤及び/又は還元剤は、前記賦形剤等と混合して、常法により錠剤、丸剤、散剤、顆粒、坐剤、注射剤、点眼剤、液剤、カプセル剤、トローチ剤、エアゾール剤、エリキシル剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤等の形態となすことにより、全身的或いは局所的に、いずれかの適切な体内経路により患者に投与することができる。上記体内経路としては、例えば、皮内経路、筋肉内経路、腹腔内経路、静脈内経路、皮下経路、鼻腔内経路、硬膜外経路、及び経口経路等を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
Stat3経路阻害剤の使用量は、効果的な腫瘍抑制の観点から、患者の体重1kgあたり10mg/kg〜20mg/kgであることが好ましい。
1日当たりのStat3経路阻害剤の使用量としては、効果的な腫瘍抑制の観点から、20mg/day〜1400mg/dayであることが好ましく、500mg/day〜1200mg/kgであることがより好ましく、1000mg/dayであることが、特に好ましい。
還元剤の使用量は、体内での代謝を考慮の上、投与した還元剤の血中濃度を10〜20mMで5〜6時間維持することを目的とし、患者あたり、50〜500g/bodyを許容範囲として、患者の体表面積1m2あたり70〜110g/m2であることが好ましく、70〜80g/m2であることがより好ましい。
患者への放射線の照射量(線量)としては、1日当たり2Gy〜5Gy、総照射量60Gy未満であることが好ましく、当該線量は、日常臨床で用いられる線量である。
Stat3経路阻害剤の投与、水溶性の還元剤の投与、及び放射線の照射の順序は、限定されるものではないが、Stat3経路阻害剤を効率的に腫瘍組織に作用させるため、順に、Stat3阻害剤投与、還元剤投与、及び放射線の照射、であることが好ましく、Stat3阻害剤を投与した時から1〜2時間後に還元剤を投与し、還元剤を投与した時から1時間以内に放射線を患者に対して照射することがより好ましい。
放射線の照射方法としては、特に限定されるものではない。例えば、リニアック等の装置を用いて、皮膚を通して主要部位に所望の線量の放射線を照射することができる。また、放射線の照射方法として、IMRT(Intensity modulated radiation Therapy)を用いることもできる。例えば、胸膜中皮腫は、壁側胸膜から発生し、臓側胸膜に及ぶ。病変に対して重点的に放射線量を高めた方法がIMRTである。
図17は、胸膜中皮腫患者の肺に対して施したIMRTの一例を示す図である。図17において、3は低線量の放射線を照射した部位、4は高線量の放射線を照射した部位である。このように、病変部である部位4に高線量の放射線を照射し、その周辺部位である部位3には低線量の放射線を照射することにより、放射線による治療効果を高めることができ、かつ、正常肺全体で見れば低線量の照射とすることができる。なお、IMRTについては、Journal of Thoracici Oncology JTCS2015 Marc de Perrot (in press)に記載されている。
以下、実施例により、本発明をさらに詳細に説明する。なお、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
〔参考例1:Stat3阻害剤(Stattic、BBI−608)による胸膜中皮腫細胞の増殖抑制効果〕
胸膜中皮腫細胞としては、NCI−H226、NCI−H2452、NCI−H2052、MSTO−211H、NCI−H28(American Type Culture Collectionより取得)を用いた。細胞は10%ウシ胎児血清(Cell Culture Bioscience製)を含有するRPMI−1640培地(Sigma-Aldrich製)中で、37℃、5%CO2雰囲気下で培養したものを用いた。なお、NCI−H28及びNCI−H2052は肉腫型、NCI−H226及びNCI−H2452は上皮型、MSTO−211Hは二相型の胸膜中皮腫細胞である。
上記各細胞の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×104cells/mlとなるよう調製し、当該細胞浮遊液を96wellプレートに1wellあたり100μl(すなわち、5×103cells/well)ずつ加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養を開始した。
24時間培養後、Stat3阻害剤を、10μl、最終濃度が図1に示す濃度となるように上記各wellに添加した。
なお、上記Statticは以下の構造式に示す構造を有する。
また、BBI−608(大日本住友製薬製)は以下の構造式に示す構造を有する。
培養開始から72時間後、10μlのCell Counting Kit−8(DOJINDO)を上記各wellに投与し、培養器中で2時間反応させた後に、マイクロプレートリーダーを使用して、450nmの吸光度を測定した。
結果を図1及び図2に示した。図1は、Stat3阻害剤としてStatticを用いた場合の、胸膜中皮腫細胞の増殖抑制効果を示す図である。また、図2は、Stat3阻害剤としてBBI−608を用いた場合の、胸膜中皮腫細胞の増殖抑制効果を示す図である。
図1及び図2では、対照群(すなわち、Statticの濃度が0μM)の吸光度を1.0として、Stattic投与群の吸光度との相対比を縦軸に示し、横軸にStatticの濃度を示した。図1及び図2において、(a)−(e)は、NCI−H28、MSTO−211H、NCI−H226、NCI−H2052、又はNCI−H2452に対するStatticの増殖抑制効果をそれぞれ示している。
図1に示すように、Statticは、各細胞種に対して、概ね濃度依存的な増殖抑制効果を示し、NCI−H28及びNCI−H226に対しては、最終濃度が10μMの場合でも顕著な増殖抑制効果を示した。最終濃度が1000μMの場合は、何れの細胞種に対しても非常に顕著な増殖抑制効果を示した。
また、図2に示すように、BBI−608は、最終濃度が10μM以上の場合、本実施例で用いた全ての細胞種に対して非常に顕著な増殖抑制効果を示した。
〔参考例2:胸膜中皮腫に対するStat3阻害剤(BBI−608)の癌幹細胞(Cancer Stem Cell、以下「CSC」と称する)抑制効果〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×104cells/mlとなるよう調製し、6cm dishに5.0mlずつ加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養を開始した。
48時間培養後、薬剤として、BBI−608又はPemetrexedを、最終濃度が1μM又は10μMとなるように上記dishに投与した。培養器中で上記薬剤を作用させた後に、1x107cells/mLとなるように細胞数を調整し、抗体(抗CD44抗体及び抗CD24抗体)を反応させ、フローサイトメトリーを使用して、各抗体に結合した蛍光シグナルを測定することで、細胞集団における癌幹細胞の占める割合を評価した。なお、具体的な測定方法は、測定装置に添付されているプロトコールに従えばよい。
結果を図3に示した。図3は、Stat3阻害剤としてBBI−608を用いた場合の、胸膜中皮腫の癌幹細胞の増殖抑制効果を示す図である。図3の縦軸に抗CD44抗体に結合されたFITC−Aの蛍光強度を、横軸に抗CD24抗体に結合されたPE−Cy7−Aの蛍光強度を、それぞれ対数で示した。なお、FITC−Aで示されるCD44陽性、且つPE−Cy7−Aで示されるCD24陰性の画分(図3中のP2のエリア)をCSCと定義付けし、全細胞中に占めるCSCの割合を数値で示した。図3の(a)は薬剤を投与していない対照群を、(b)はPemetrexedを10μM投与した群を、(c)はBBI−608を1μM投与した群を、(d)はBBI−608を10μM投与した群を、それぞれ示している。
図3の(b)に示す、中皮腫の標準治療薬である抗腫瘍剤Pemetrexed投与群では、対照群と比べて全細胞中に占めるCSCの割合が増加していることが認められる。これは、Pemetrexedが治療抵抗性であるCSCを死滅させることができなかったため、相対的に上記割合が増加したことによると考えられる。
図3の(c)及び(d)に示す、BBI−608投与群では、対照群と比べて全細胞中に占めるCSCの割合が減少していることが認められ、さらに最終濃度が10μMの場合、CSC抑制効果が非常に大きく、CSCがほぼ死滅したことが認められた。
〔参考例3:胸膜中皮腫に対するStat3阻害剤(BBI−608)のStat3リン酸化抑制効果〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×104cell/mlとなるよう調製し、96wellプレートに1wellあたり100μlずつ加え(すなわち、5×103cells/well)、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養を開始した。
24時間培養後、10μlのBBI−608を、最終濃度が図4に示す濃度となるように上記各wellに添加し、培養器で培養した。培養開始から72時間後、InstantOne ELIS(eBioscience)を用いて、マイクロプレートリーダーを使用して、450nmの吸光度を測定することによって、リン酸化Stat3の量を評価した。なお、具体的な測定方法は、試薬又は測定装置に添付されているそれぞれのプロトコールに従えばよい。
結果を図4にグラフとして示した。図4は、胸膜中皮腫に対するStat3阻害剤(BBI−608)のStat3リン酸化抑制効果を示す図である。図4において、縦軸に450nmにおける吸光度実測値を、横軸にBBI−608の濃度を、それぞれ示した。
図4より、BBI−608の最終濃度が10μM以上の場合、Stat3のリン酸化が抑制されていることが認められた。Stat3のリン酸化が抑制されることによって、それ以降のStat3の二量化及び核への移行を抑制することができる。よって、この結果から、BBI−608は中皮腫の治療に有効であると言え、癌幹細胞の存在が認められる各種の癌の治療に有効であると言える。
〔実施例1:マウスの胸膜中皮腫の皮下腫瘍に対するStat3阻害剤(Stattic、BBI−608)と放射線治療との併用効果〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×107cells/mlとなるよう調製し、1群5匹を4群、合計20匹のヌードマウス(日本クレア株式会社より購入、BALB/cAJcl−nu/nu、メス4週齢)の皮下に、1匹あたり100μl(すなわち、5×106cells/匹)接種した。皮下腫瘍の体積が100mm3を超えた時点から、各Stat3阻害剤を、Statticについては20mg/kgとなるように、又はBBI−608については10mg/kgとなるように、それぞれ、連日経口投与した。
また、放射線治療は、日立メディコ社製、X線照射装置MBR1520Rを使用して、ヌードマウスに細胞浮遊液を接種した初日から5日間、1日あたり線量3GyのX線を皮下腫瘍に照射し、皮下腫瘍の大きさを計測した。
結果を図5及び図6にグラフとして示した。図5は、マウスの胸膜中皮腫の皮下腫瘍に対する、Statticと放射線治療との併用効果を示す図である。図6は、マウスの胸膜中皮腫の皮下腫瘍に対する、BBI−608と放射線治療との併用効果を示す図である。結果は、1群5匹のマウスで得られた結果の平均値として示した。
図5及び図6において、グラフの縦軸に皮下腫瘍の体積(mm3)を、横軸に各Stat3阻害剤投与開始からの日数を、それぞれ示した。
図5及び図6に示すように、Stattic及びBBI−608のどちらのStat3阻害剤とも、放射線照射を併用した場合、皮下腫瘍増殖抑制効果が最も大きくなることが認められ、単なる相加的効果ではなく相乗的な皮下腫瘍増殖抑制効果が得られることが明らかとなった。また、図5に示すStattic投与群よりも、図6に示すBBI−608投与群の方が、放射線照射を併用した場合、皮下腫瘍増殖抑制効果の方が大きいことが認められた。
〔参考例4:BBI−608によるStat3のリン酸化阻害効果〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に3.0×104cells/mlとなるよう調製し、4well Chamber Slide(Nunc社製)に1wellあたり1ml加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。48時間培養後、希釈したBBI−608を100μl、BBI−608の最終濃度が5μMとなるよう上記Slideに添加した。
培養器中で2時間反応させた後に、培養液を除去した上記Slideに、緩衝液(Tris Buffered Saline with Tween(登録商標)20、TBST)で希釈した4%ホルムアルデヒドを細胞が2〜3mm浸る程度加えて、室温で15分間反応させ、細胞を固定した。
固定後、4%ホルムアルデヒド溶液を吸引除去し、TBSTで各Wellを5分間、3回洗浄した後、上記Slideを氷冷した100%メタノールで覆い、−20℃、10分間反応させた。その後、メタノールを除去し、TBSTで各Wellを5分間洗浄した後、ブロッキングバッファーを用いて、室温で60分間反応させ、ブロッキングを行った。
続いて、上記Slideからブロッキングバッファーを吸引除去し、TBSTで希釈した一次抗体(抗Phospho−Stat3(Tyr705)(D3A7)XPRラビットモノクローナル抗体;Cell Signaling Technology社製、CST#9145、50倍希釈液)を、上記Slideに添加し、4℃で、一晩反応させた。次に、TBSTで各Wellを5分間、3回洗浄した後、TBSTで希釈した、蛍光標識二次抗体(抗ラビットIgG抗体、Alexa Fluor(登録商標)488 Conjugate;Cell Signaling Technology社製、CST#4412、500倍希釈液)を、室温、且つ暗室内で1〜2時間反応させた。
TBSTで各Wellを5分間、3回洗浄した後、上記Slide上の細胞に、核染色剤を含んだ蛍光退色防止剤(ProLong(登録商標)Gold Antifade Reagent with DAPI;Cell Signaling Technology社製、CST#8961)を添加し、カバースリップで覆った。
蛍光シグナルを、蛍光顕微鏡(ツアイス社製、LSM780)を使用して観察した。なお、具体的な観察方法は、蛍光顕微鏡に添付されているプロトコールに従えばよい。
図7は、BBI−608によるStat3のリン酸化阻害効果を、倍率40倍で観察した結果を示す図である。図7の(a)は対照群の結果を、図7の(b)はBBI−608投与群の結果を、それぞれ示している。図7において、1は核を、2は細胞質を示している。
図7の(a)に示す対照群では、細胞質2にリン酸化Stat3が認められた。リン酸化Stat3は、DAPIによって黄色に染色される。さらに、核1においてもリン酸化Stat3が認められた。核はDAPIによって青色に染色されるが、核内のリン酸化Stat3は緑色に染色される。
以上のように、対照群では、細胞質に生じたリン酸化Stat3が二量体を形成して核内に移行したことが分かる。核内に移行したリン酸化Stat3は、遺伝子の転写を促進して細胞増殖を起こす。
一方、図7の(b)に示すBBI−608投与群では、細胞質2にリン酸化Stat3は認められず、核1は青色として観察されており、核内に移行したStat3は認められなかった。つまり、BBI−608投与群では、BBI−608によってStat3のリン酸化が阻害されたため、リン酸化Stat3の核内への移行が生じなかったと言える。それゆえ、BBI−608投与群ではNCI−H226の増殖は阻害されると言える。
〔実施例2:BBI−608及び放射線照射によるStat3のリン酸化阻害効果と核の変化〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に3.0×104cells/mlとなるよう調製し、4well Chamber Slide(Nunc社製)に1wellあたり1ml加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。48時間培養後、希釈したBBI−608を100μl、BBI−608の最終濃度が5μMとなるよう上記Slideに添加した。
培養器中で2時間反応させた後に、X線照射装置(日立メディコ社製、MBR1520R)を用いて、2Gy又は5Gyの放射線(X線)を細胞に照射した。放射線の照射後、培養液を吸引除去した上記Slideに、緩衝液(Tris Buffered Saline with Tween(登録商標)20、TBST)で希釈した4%ホルムアルデヒドを加えて、室温で15分間反応させ、細胞を固定した。
固定後、4%ホルムアルデヒド溶液を吸引除去し、TBSTで各Wellを5分間、3回洗浄した後、上記Slideを氷冷した100%メタノールで覆い、−20℃、10分間反応させた。その後、上記Slideからメタノールを除去し、TBSTで各Wellを5分間洗浄した後、ブロッキングバッファーを上記Slideに添加し、室温で60分間反応させ、ブロッキングを行った。
続いて、上記Slideからブロッキングバッファーを吸引除去し、TBSTで希釈した一次抗体(抗β−Actin(8H10D10)マウスモノクローナル抗体;Cell Signaling Technology社製、CST#3700、6000倍希釈液、及び抗Phospho−Stat3(Tyr705)(D3A7)XPRラビットモノクローナル抗体;Cell Signaling Technology社製、CST#9145、50倍希釈液)を、上記Slideに添加し4℃で、一晩反応させた。次に、TBSTで各Wellを5分間、3回洗浄した後、抗体希釈バッファーで希釈した、蛍光標識二次抗体(抗マウスIgG抗体、Alexa Fluor(登録商標)555Conjugate;Cell Signaling Technology社製、CST#4409、500倍希釈液、及び抗ラビットIgG抗体、Alexa Fluor(登録商標)488Conjugate;Cell Signaling Technology社製、CST#4412、500倍希釈液)を上記Slideに添加し、室温、且つ暗室内で1〜2時間反応させた。
上記Slide上の細胞に、核染色剤を含んだ蛍光退色防止剤(Cell Signaling Technology社製、CST#8961、ProLong(登録商標)Gold Antifade Reagent with DAPI)を添加し、カバースリップで覆った。
蛍光シグナルを、蛍光顕微鏡(ツアイス社製、LSM780)を使用して観察した。なお、具体的な観察方法は、蛍光顕微鏡に添付されているプロトコールに従えばよい。
図8は、BBI−608の最終濃度が0μMであり、放射線を照射しなかったNCI−H226細胞を蛍光顕微鏡によって倍率40倍で観察した結果を示す図である。
図9は、BBI−608の最終濃度が0μM又は5μMであり、2Gyの放射線を照射したNCI−H226細胞を蛍光顕微鏡によって倍率40倍で観察した結果を示す図である。
図10は、BBI−608の最終濃度が0μM又は5μMであり、5Gyの放射線を照射したNCI−H226細胞を蛍光顕微鏡によって倍率40倍で観察した結果を示す図である。
図8、図9の(a)及び図10の(a)はBBI−608の最終濃度が0μMの場合の結果を示し、図9の(b)及び図10の(b)はBBI−608の最終濃度が5μMの場合の結果を示す。また、1は核を、2は細胞質を示している。
図8に示す対照群では、図7の(a)と同様に、細胞質2及び核1内に、共にリン酸化Stat3が認められた。つまり、リン酸化Stat3が核内に移行していた。
図9の(a)に示すように、薬剤を非投与で且つ線量2Gyの放射線を照射した細胞群では、核1内に移行した、緑色に染色されたリン酸化Stat3が認められた。しかし、図9の(b)に示す、BBI−608を投与し、且つ線量2Gyの放射線を照射した細胞群では、核1内にリン酸化Stat3は認められず、青色に染色された核のみが観察され、細胞質にもリン酸化Stat3は認められなかった。
図10の(a)に示すように、薬剤を非投与で且つ線量5Gyの放射線を照射した細胞群では、図9の(a)と同様に核内にリン酸化Stat3が認められた。しかし、図10の(b)に示す、BBI−608を投与し、且つ線量5Gyの放射線を照射した細胞群では、図9の(b)と同様に、細胞質及び核内に、共にリン酸化Stat3が認められなかった。なお、図10の(a)及び(b)に示す、線量5Gyの放射線を照射した細胞群では、いくつかの核が凝集していることが観察された。
〔参考例5:BBI−608によるアポトーシス誘導効果〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×104cell/mlとなるよう調製し、6cm dishに5.0mlずつ加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。48時間培養後、BBI−608を最終濃度が5μMとなるように上記dishに添加し、培養器中で、0,1,2,4,6,12又は24時間作用させた後、それぞれの細胞群から、タンパク質を抽出した。Bcl−2、Bcl−xL、Bax又はBakの各発現量を、ウェスタンブロット法を用いて評価した。
結果を図11に示した。図11は、BBI−608による胸膜中皮腫細胞へのアポトーシス誘導効果を示す図である。図11より、BBI−608の投与から12時間後に、アンチアポトーシスとして知られるBcl−2は消失した。また、BBI−608の投与から12時間後に、アンチアポトーシスとして知られているBcl−xLが失活したことが確認された。
一方、BBI−608の投与から12時間後又は24時間後に、アポトーシスを誘導するタンパク質として知られているBax及びBakが活性化した。
〔参考例6:BBI−608又はPemetrexed(PEM)による細胞内活性酸素(ROS)の産生〕
NCI−H226の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×104cell/mlとなるよう調製し、6cm dishに5.0mlずつ加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。3日間培養後、Stat3阻害剤(BBI−608)又は抗腫瘍剤(PEM)を最終濃度が10μMとなるように上記dishに投与し、培養機中で2時間作用させた。
2時間後、ROS試薬(CellROX(登録商標)Green Reagent、for oxidative stress detection;Thermo Fisher社製、#C10444)を上記dishに添加し、培養器中、37℃で30分間反応させた。当該ROS試薬によって、細胞内のROSの量に比例して、FITC−Aの蛍光強度が増加するため、フローサイトメトリーでFITC−Aの蛍光強度を測定することにより、細胞内のROSの量を判定することができる。30分間反応後、1×107cell/mlとなるよう細胞浮遊液を調製し、フローサイトメトリーでFITC−Aの蛍光強度を測定した。なお、具体的な測定方法は、試薬又は測定装置に添付されているそれぞれのプロトコールに従えばよい。
結果を図12に示した。図12は、BBI−608又はPemetrexedを投与した細胞内におけるROSの産生をフローサイトメトリーによって測定した結果を示す図である。図12において、縦軸に細胞数を、横軸に、FITC−Aの蛍光強度を対数で、それぞれ示した。図12の(a)はStat3阻害剤(BBI−608)を用いた結果を、図12の(b)は抗腫瘍剤(PEM)を用いた結果を、それぞれ示している。
図12の(b)に示すように、中皮腫の標準治療薬であるPEMを投与した細胞群では、対照群と比較して、細胞内のROSの量は増加した。一方、図12の(a)に示すように、Stat3阻害剤であるBBI−608を投与した細胞群では、PEMを投与した細胞群以上に、細胞内のROSが増加した。
〔実施例3:BBI−608、放射線照射及び還元剤(ビタミンC)を用いた場合の細胞内の活性酸素(ROS)産生について〕
NCI−H226、又はNCI−H2052の細胞浮遊液を、RPMI−1640培地中に5.0×104cell/mlとなるよう調製し、6cm dishに5.0mlずつ加え、培養器中、37℃、5%CO2雰囲気下で培養した。
3日間培養後、薬剤として、上記dishに、ビタミンC若しくはカタラーゼ、及び/又はBBI−608を投与し、培養器中で2時間作用させた。ビタミンCの最終濃度は1mM、BBI−608の最終濃度は5mM、カタラーゼの最終濃度は1500U/mlとした。なお、ビタミンCとしてはシグマアルドリッチ社製の#A0278を用い、カタラーゼとしてはシグマアルドリッチ社製の#C1345を用いた。
2時間後、X線照射装置(日立メディコ社製、MBR1520R)を用いて、2Gy又は5Gyの放射線(X線)を細胞に照射した。その後、参考例6で用いたのと同じROS試薬を上記dishに添加し、培養器中、37℃で30分間反応させた。30分間反応後、1×107cell/mlとなるよう細胞浮遊液を調製し、フローサイトメトリーでFITC−Aの蛍光強度を測定した。
結果を図13〜16に示し、各図の縦軸に細胞数を、横軸に、FITC−Aの蛍光強度を対数で、それぞれ示した。各図中、「対照群」はBBI−608及び還元剤の投与を行わず、放射線照射も行わない群;「ビタミンC 1mM」は、最終濃度が1mMとなるようにビタミンCの投与のみを行った群;「照射2Gy」は、2Gyの放射線照射のみを行った群;「BBI−608 5μM」は、最終濃度が5μMとなるようにBBI−608の投与のみを行った群;「BBI−608 5μM 照射2Gy」は、最終濃度が5μMとなるようにBBI−608を投与し、かつ、2Gyの放射線照射を行った群;「BBI−608 5μM 照射2Gy ビタミンC 1mM」は、最終濃度が5μMとなるようにBBI−608を投与し、最終濃度が1mMとなるようにビタミンCを投与し、かつ、2Gyの放射線照射を行った群;「照射5Gy」は、5Gyの放射線照射のみを行った群;「BBI−608 5μM 照射5Gy」は、最終濃度が5μMとなるようにBBI−608を投与し、かつ、5Gyの放射線照射を行った群;「BBI−608 5μM 照射5Gy ビタミンC 1mM」は、最終濃度が5μMとなるようにBBI−608を投与し、最終濃度が1mMとなるようにビタミンCを投与し、かつ、5Gyの放射線照射を行った群;「カタラーゼ 1500U/ml」は、最終濃度が1500U/mlとなるようにカタラーゼの投与のみを行った群;「BBI−608 5μM カタラーゼ 1500U/ml」は、最終濃度が5μMとなるようにBBI−608を投与し、かつ、最終濃度が1500U/mlとなるようにカタラーゼの投与を行った群;をそれぞれ意味する。
図13は、BBI−608、ビタミンC及び2Gyの放射線を用いた場合の、NCI−H226細胞内におけるROSの産生を測定し、対照と比較した結果を示す図である。上述のように、NCI−H226は上皮型の胸膜中皮腫細胞である。
図13の(a)に示すように、ビタミンC(1mM)の投与によって細胞内のROS量は減少した。図13の(b)に示すように、放射線(2Gy)を照射した場合は、細胞内のROS量は対照群とほぼ同等であった。また、図13の(c)に示すように、BBI−608(5μM)の投与によって細胞内のROS量は増加し、放射線(2Gy)とBBI−608(5μM)との併用によって、細胞内のROS量はさらに増加した。
一方、図13の(d)に示すように、放射線(2Gy)とBBI−608(5μM)との併用下に、ビタミンC(1mM)を加えると、細胞内のROS量は低下し、BBI−608(5μM)を単独投与した場合よりも少なくなった。
図14は、BBI−608、ビタミンC及び5Gyの放射線を用いた場合の、NCI−H226細胞内におけるROSの産生を測定し、対照と比較した結果を示す図である。
図14の(a)に示すように、ビタミンC(1mM)を投与した場合、細胞内のROS量は対照群とほぼ同等であった。図14の(b)に示すように、放射線(5Gy)を照射した場合、細胞内のROS量は対照群と比較してわずかに増加した。また、図14の(c)に示すように、BBI−608(5μM)の投与によって細胞内のROS量は増加した。放射線(5Gy)とBBI−608(5μM)とを併用した場合、細胞内のROS量はさらに増加したが、放射線(2Gy)とBBI−608(5μM)とを併用した場合と同程度であった。
一方、図14の(d)に示すように、放射線(5Gy)とBBI−608(5μM)との併用下に、ビタミンC(1mM)を加えると、細胞内のROS量はBBI−608(5μM)を単独投与した場合と同程度まで低下した。
このように、5Gyという高線量の放射線を用いた場合であっても、還元剤を用いることによって、細胞内のROS量を大幅に低減することができた。
図17に示すIMRTのように、病巣部に限定して高線量の放射線が照射される場合であっても、正常組織への被爆はさけられない。細胞内のROS産生を原因とする正常組織における臓器障害、すなわち副作用を軽減するために、還元剤の投与は有効であると考えられる。一方で、ROSは腫瘍組織におけるアポトーシス促進因子としての側面も有しており、還元剤によって腫瘍組織における細胞内ROS量が抑制されることは好ましくない。
このように、正常組織において期待される一方で、腫瘍組織では望まれない、還元剤によるROSの抑制効果は、正常組織と腫瘍組織の血流分布差を利用することでもたらされ得る。
具体的に、胸壁に限局した病巣に対するIMRTの照射を想定して説明する。
図17に示すように、胸壁に限局した病巣に対してIMRTの照射を行った際、正常肺への被爆が起こる。IMRTに先立って、あらかじめ還元剤を点滴によって静脈から投与した場合、正常肺は血流が豊富で血液の流速が早いため、血中ビタミンCは速やかに正常肺に送達され、正常肺における血中ビタミンCの濃度は急速に高まり、その後血中ビタミンCは尿としてすみやかに排泄される。
一方、腫瘍組織は正常肺と比べて血流が悪いため、血中ビタミンCの腫瘍組織への到達は正常肺と比べて遅い。この時間差を利用し、正常肺内でのビタミンC濃度が高く、かつ病巣である胸壁でのビタミンC濃度が上昇しない時間にIMRTを行う事で、正常肺への臓器障害を防げることが可能である。
図15は、BBI−608、ビタミンC及び2Gyの放射線を用いた場合の、NCI−H2052細胞内におけるROSの産生を測定し、対照と比較した結果を示す図である。上述のように、NCI−H2052は肉腫型の胸膜中皮腫細胞である。
図15の(a)に示すように、ビタミンC(1mM)を投与した場合、細胞内のROS量は対照群とほぼ同等であった。図15の(b)に示すように、放射線(2Gy)を照射した場合、細胞内のROS量は対照群と比較して増加した。また、図15の(c)に示すように、BBI−608(5μM)の投与によって細胞内のROS量は、対照群の10倍程度に増加した。放射線(2Gy)とBBI−608(5μM)とを併用した場合、細胞内のROS量はさらに増加し、対照群の20倍程度となった。
一方、図15の(d)に示すように、放射線(2Gy)とBBI−608(5μM)との併用下に、ビタミンC(1mM)を加えると、細胞内のROS量は、BBI−608(5μM)を単独投与した場合よりも少なくなった。
図16は、還元剤として、ビタミンCの代わりにカタラーゼを用い、BBI−608(5μM)と併用して、NCI−H226細胞内におけるROSの産生を測定し、対照と比較した結果を示す図である。
図16の(a)、(b)に示すように、カタラーゼの投与又はBBI−608(5μM)の投与によって細胞内のROS量は若干増加した。図13〜15に示したように、ビタミンCは、細胞内のROS量を低下させることができていたが、図16の(c)に示すように、カタラーゼをBBI−608と併用した場合、細胞内のROS量を低下させることはできなかった。これは、水溶性のビタミンCとは異なり、カタラーゼは細胞内に移行できないためである。
上述したように、Stat3経路阻害剤と放射線とを併用することによって、Stat3経路阻害剤を単独投与した場合、及び、放射線照射のみを行った場合よりも、マウスの胸膜中皮腫の皮下腫瘍の体積を大幅に減少させることができる(図5,6)。つまり、Stat3経路阻害剤と放射線との併用によって相乗的な抗腫瘍効果が得られると言える。
一方、図13〜15に示すように、上記併用によって細胞内のROS量は増加する。活性酸素はDNA及び細胞膜に損傷を与えるため、癌細胞を死滅させる上では有効であるが、正常な臓器に対しても損傷等の悪影響を与え得る。それゆえ、Stat3経路阻害剤と放射線とを併用する場合、ROSの増加に伴う正常臓器損傷等の副作用の発生が懸念されるため、ROSの過剰な増加を回避する必要がある。
今回、図13〜15の(d)に示すように、Stat3経路阻害剤と放射線とを併用する場合に、さらにビタミンCを併用することによって、細胞内のROSを大幅に低下させることができた。したがって、本発明は、Stat3経路阻害剤と放射線との併用によって相乗的な抗腫瘍効果を奏すると共に、ROSの増加に伴う正常臓器損傷等の副作用の発生リスクを大幅に低下させることができると言える。