原子力発電所の原子炉格納容器内には、事故に備えて、溶栓という機器の設置が要求されている。溶栓(温度応動弁)は、原子炉圧力容器が損傷し、燃料が圧力容器外へ落下した場合(メルトスルーが起こった場合)に、落下した燃料の熱により、固体状態では栓として機能している融点の低い金属が溶融し、作動するものである。これにより、溶栓が開放され、原子炉格納容器内にサプレッションプールの水が注水されるようになっている。
電子機器分野においては、はんだ、ヒューズ等に比較的融点が低い金属を用いる技術が開発されている。現状、融点が230℃以上であることを要求される部品については、鉛を基金属とした低融点金属が使用されている。
原子力発電所における溶栓の作動温度は、260℃とすることが求められており、海外原子力発電所において製作実績のある溶栓には、鉛を基金属とした低融点金属が適用されている。
特許文献1には、溶栓のプラグは、鉛、スズ、銀、ビスマス、アンチモン、テリウム、亜鉛、銅等から選択された2種以上の金属の混合物であることが記載されています。
本発明は、金属が入熱により固相から液相へ相が変化することを利用する低融点金属に係り、例えば、原子力発電所の事故の際、温度上昇に伴い、自動的に作動し、事故の影響を緩和する機器に関する。
本発明の温度応動弁用低融点金属は、260℃にて溶融する鉛以外の元素を基金属とする合金の2元素金属組成を相平衡計算により決定したものである。そして、その結果に基づき、試験片を製作し、示差走査熱量測定により温度上昇に伴う相状態の確認を行った。ここで、相平衡とは、同じ物質が複数の異なる相となるとき、これらの相の間で平衡状態になることをいう。
計算に当たっては、これまでの相平衡結果のデータを流用することにより、低融点金属の融点を算出した。
加えて、鉛を基金属とする低融点金属との温度上昇に伴う機械強度の比較評価を行い、同等であることを確認した、そして、溶栓への適用の見通しを得た上で、融点に焦点を当てた相平衡計算により金属組成幅を決定した。
以下、本発明の実施形態について図面を用いて説明する。
図1は、原子力発電所の原子炉格納容器を示す概略断面図である。
本図に示すように、原子炉格納容器1内には、原子炉圧力容器2が設置されている。非常用の注水系統3は、事故時に原子炉圧力容器2内の水位を保つために設置されたものである。注水系統3の運転が失敗した際には、原子炉圧力容器2内の燃料集合体4の核反応による温度上昇が抑制されず、原子炉圧力容器2が損傷し、燃料が圧力容器2外へ落下する(メルトスルー)。
この場合に備えて、溶栓6という機器が設置されている。燃料が落下すると、原子炉格納容器1内の温度が上昇するため、溶栓6に組み込まれている融点の低い金属が溶融する。その結果、溶栓6が開放され、サプレッションプール5の水が注水される。
図2は、溶栓の例を示す縦断面図である。
本図においては、溶栓10は、フランジ11を有するパイプ12と、低融点金属32(プラグ)と、を備えている。パイプ12は、内径が小さい小径部14と、内径が大きい大径部16と、を有する。小径部14は、フランジ11に接続されている。小径部14と大径部16との境界部分には、鋼板22がはめ込まれている。さらに、鋼板22の下面には、フッ素樹脂板24が付設されている。大径部16は、低融点金属32で満たされている。低融点金属32は、通常は固体状態である。低融点金属32の下面には、樹脂板26が付設されている。このような構成により、通常は溶栓10が閉じた状態であり、サプレッションプールの水31が流下しないようになっている。
事故が起こり、原子炉格納容器内の温度が上昇すると、樹脂板26及び低融点金属32が融解するため、水31の水圧を支えきれなくなり、鋼板22及びフッ素樹脂板24が抜け落ち、水31が流出する。
原子力発電所の事故の際には、溶栓の周囲の温度は、メルトスルー後に200℃以上となると想定される。よって、溶栓は、200℃未満では作動せず、メルトスルー後の260℃付近では作動することが要求される。
したがって、低融点金属32の融点は、240〜270℃であることが望ましい。
以下、実施例について説明する。なお、合金の組成を表す百分率は、質量基準(質量%)である。
鉛を用いない低融点金属の組成は、融点が260℃近傍のスズ(Sn)を基金属とし、相平衡計算により添加金属による高融点化を検討した。そして、アンチモン(Sb)を含むスズ合金(Sn−10%Sb)を試験片として採用することにした。また、比較評価のため、溶栓として適用実績がある、鉛を基金属とした低融点金属(Pb−11.5%Sb)を用いることにした。
まず、示差走査熱量測定(DSC)の結果について説明する。
スズ合金(Sn−10%Sb)及び鉛合金(Pb−11.5%Sb)について、示差走査熱量測定(DSC)により作動温度260℃近傍での溶融を確認した。併せて、200℃未満の相状態が固相であることを確認した。
表1は、その結果を示したものである。
つぎに、機械強度の試験結果について説明する。
機械強度の確認のため、Snを基金属とした低融点金属(Sn−10%Sb)と鉛を基金属とした低融点金属(Pb−11.5%Sb)に対し、同試験条件にて機械試験を実施し、機械強度の比較評価を行った。なお、機械強度の測定に当たっては事故状態の温度を考慮し、室温、80℃に加え、200℃での強度を測定した。
機械強度の試験としては、引張試験による0.2%耐力及び引張強さの測定、圧縮試験並びにせん断試験を行った。
引張試験は、JIS Z2241「金属材料引張試験方法」に準拠して行った。試験片としては、JIS Z2201「金属材料引張試験片」に準拠し、中央部の直径が4mmの円柱形状のものを用いた。円柱形状の部分の長さは20mmである。
表2は、スズ合金(Sn−10%Sb)の引張試験の結果を示したものである。また、表3は、鉛合金(Pb−11.5%Sb)の引張試験の結果を示したものである。表中、試験片1及び2として示したデータは、同一組成の材料についてばらつきを確認するために測定した結果である。試験片1及び2については、後述の表4及び5においても同様である。
圧縮試験の試験片としては、直径8mm、高さ8mmの円柱形状のものを用いた。
表4は、スズ合金(Sn−10%Sb)及び鉛合金(Pb−11.5%Sb)の圧縮試験の結果を示したものである。
せん断試験の試験片としては、直径12mm、長さ40mmの丸棒を用いた。
表5は、スズ合金(Sn−10%Sb)及び鉛合金(Pb−11.5%Sb)のせん断試験の結果を示したものである。
以上の結果から、Snを基金属とした低融点金属(Sn−10%Sb)の機械強度が鉛を基金属とした低融点金属(Pb−11.5%Sb)とほぼ同等であることを確認した。
上記の2元素合金の結果から、相平衡計算により作動温度260℃を満足するSnを基金属とした合金の組成幅を算出した。
当該合金の組成の範囲は、Sbが8.0〜12.5質量%、Agが0〜6.0質量%、Cuが0〜1.5質量%である。残部は、基金属であるSnと、不可避元素と、で構成されている。
尚、前述した背景技術において溶栓はサプレッションプールの水を注水すると説明したが、水源が溶栓より高い位置に有れば水頭圧により注水は可能であることから、水源が図1と異なっていても溶栓に低融点金属が適用できることは言うまでもない。
本発明によれば、原子力発電所の事故事象に伴う雰囲気温度に対し適切な挙動をする溶栓を得ることができる。これにより、RoHS指令の今後の厳重化への対応が可能となる。そして、信頼性が高く、環境を考慮したクリーンな原子力発電所を提供することができる。