以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態を説明する。本実施形態の乗客コンベア装置がエスカレータである場合、図1で後述するように、複数のステップ1を無端状に連結し、電源装置5に接続された電動モータ3によって各ステップ1を上昇または下降運転するように構成している。電源装置5は、図2で後述するように、三相交流電源6からの交流を直流に変換するコンバータ8と、コンバータ8で変換した直流電圧を平滑する平滑コンデンサ9と、直流電圧を所定電圧および所定周波数の交流電力に変換するインバータ10と、インバータ10に制御信号を与える制御回路11とを備える。本実施形態の乗客コンベア装置は、インバータ10の入力側に電源切替スイッチ12を介して回生抵抗13を接続する。
制御回路11は、図3で後述するように、停電の検出時に電源切替スイッチ12を切替制御して回生抵抗13を切り離すと共に、制御回路11をインバータ10側に接続する電源切替スイッチ開閉部16と、インバータ負荷情報に基づいて回生状態となる減速度を与える減速指令選択部17とを有する。これにより、本実施形態に係る乗客コンベア装置によれば、停電発生時に平滑コンデンサ9に蓄積されている直流電圧を使用するのではなく、回生状態となる減速動作により発生する回生電力を使用して、減速停止を行うことができる。
図1〜図7を用いて第1実施例を説明する。本実施例では、乗客コンベア装置として、エスカレータを例に挙げて説明する。図1は、エスカレータの概略構成図である。
エスカレータは、無端状に連結された複数のステップ1と、これらステップ1に同期して移動するように連結されたハンドレール2と、ステップ1およびハンドレール2に駆動力を与える電動モータ3を備えた駆動機構4と、モータ3に電力を供給する電源装置5などを備えて構成されている。
図2は、図1に示したエスカレータの電源装置5の回路構成を示す。「交流電源」として利用する三相交流電源6には、「インバータ装置」としてのインバータユニット7を介して、図1に示した電動モータ3が接続されている。以下、電動モータ3をモータ3と略記する。
インバータユニット7は、三相交流を直流に変換するコンバータ8と、コンバータ8で変換した直流電圧を平滑する平滑コンデンサ9と、直流電圧を所定電圧および所定周波数の交流電力に変換するインバータ10とを有している。
電源装置5を制御する制御回路11は、三相交流電源6に接続されている。制御回路11は、インバータユニット7へ後述の制御信号を与える。インバータ10の入力側には、「切替スイッチ」としての電源切替スイッチ12を介して、回生抵抗13が接続されている。電源切替スイッチ12は、制御回路11から与えられる切替信号により動作し、インバータ10の入力側を回生抵抗13または制御回路11のいずれか一方に接続する。
制御回路11がインバータユニット7へ与える制御信号としては、インバータ10から所定周波数および所定電圧を出力させる運転指令、インバータ10の出力を休止させる休止指令、加速度制御指令などがある。加速度制御指令の中に、所定の減速度で減速運転させるための減速指令が含まれる。
制御回路11は、交流電源6に停電が生じたか監視している。制御回路11は、停電を検出すると、電源切替スイッチ12に切替信号を出力して切り替えさせる。具体的には、制御回路11は、通常運転時には、インバータ10の入力側に平滑コンデンサ9を介して回生抵抗13を接続するように電源切替スイッチ9を切り替えている。一方、停電検出時には、回生抵抗13をインバータ10の入力側から切り離し、インバータ10の入力側に平滑コンデンサ9を介して制御回路11を接続するように、電源切替スイッチ12を切り替える。
インバータ10を用いてモータ3の回転を制御することによって、いわゆるソフトストップ機能(安全停止機能)を実現することができる。ソフトストップ機能では、異物噛み込みなどの異常を検出した場合に、インバータ減速動作により小さい減速度にて電動モータ3を停止させる。これにより乗客の転倒を防止する。
しかし、インバータ10を用いた従来のソフトストップ機能は、停電発生時に実行することは難しい。停電時にはインバータ10に電源が供給されないためである。このため、従来技術では、停電時に電動モータは、ブレーキ制動により急停止する。この課題を解決すべく、本実施例のエスカレータでは、以下のように制御回路11を構成する。
図3は、制御回路11のブロック構成図である。制御回路11は、エスカレータを通常運転するための通常構成に加えて、例えば、入力部14、停電検出部15、電源切替スイッチ開閉部16、減速指令選択部17、出力部18、記憶部19、制御部20を備えて構成することができる。
入力部14は、停電検出信号および乗客負荷率算出信号を取り込む機能である。停電検出信号は、例えば三相交流電源6の電流値や電圧値などから生成することができる。「インバータ負荷情報」としての乗客負荷率算出信号は、インバータユニット7から取得することができる。
停電検出部15は、入力部14で取り込んだ停電検出信号から、三相交流電源6の停電状態を検出する機能である。「スイッチ制御部」としての電源切替スイッチ開閉部16は、停電検出部15が停電を検出した場合に、インバータ10の入力側と制御回路11とが接続するように電源切替スイッチ12を切り替えさせる機能である。
「減速指令生成部」としての減速指令選択部17は、停電検出部15が停電を検出すると、入力部14で取得した乗客負荷率算出信号に基づいて、インバータ10が回生状態となる所定の減速度を決定し、決定した減速度で動作させるための減速指令をインバータ10へ出力する機能である。本実施例では、予め用意された複数の減速度の中から、乗客負荷率算出信号や運転方向に応じて一つの減速度を選択する構成としている。このため、減速指令選択部17と呼ぶ。これに代えて、所定の計算式に基づいて、その都度、インバータ10が回生状態になる減速度を演算で求める構成としてもよい。
出力部18は、電源切替スイッチ開閉部16からの切替信号を電源切替スイッチ12に出力すると共に、減速指令選択部17からの減速指令をインバータ10に出力するための機能である。
記憶部19は、本実施例による停電時の減速停止処理を実現するためのコンピュータプログラムや減速度などの制御パラメータを格納する機能である。制御部20は、制御回路11の動作を制御するための機能である。
図4は、減速停止時に使用する異なる複数の減速度を説明する図面である。図中の縦軸はエスカレータの速度(モータ3の回転速度)を示し、図中の横軸は時間を示す。
エスカレータの運転開始から時刻t0までの間、エスカレータは通常速度Vsで運転しているものとする。ここで時刻t0に停電が発生した場合、予め用意されている複数の減速度θs,θhの中から、乗客負荷率算出信号やエスカレータの運転方向に基づいて、いずれか一つの減速度が選択される。
「第1の減速度」としての標準減速度θsは、3つの場合に選択される。第1の場合は、停電の発生していない通常の時において、エスカレータを停止させる場合である。第1の場合、インバータ10の回生電力を積極的に利用する必要はないため、乗客の転倒を防止できればよい。第2の場合は、エスカレータが下降運転している場合において、停電が発生した場合である。第2の場合は、インバータ10からの回生電力を制御用電源として利用し、エスカレータを減速停止させる。第3の場合は、乗客負荷率算出信号が所定の閾値未満である負荷状態でエスカレータが上昇運転している場合において、停電が発生した場合である。第3の場合も、インバータ10からの回生電力を制御用電源として利用し、エスカレータを減速停止させる。標準減速度θsでエスカレータを減速させると、停電発生時刻t0から例えば1,2秒程度経過した時刻t2において、エスカレータは停止し、速度が0となる。
「第2の減速度」としての高減速度θhは、標準減速度θsよりも大きい値に設定されている。高減速度θhは、乗客負荷率算出信号が所定の閾値以上の負荷状態でエスカレータが上昇運転している場合において、停電が発生した場合に選択される。高減速度θhでエスカレータを減速させると、停電発生時刻t0から例えば1秒程度経過した時刻t1(t1<t2)において、エスカレータは停止し、速度が0となる。高負荷の上昇運転時においても、インバータ10からの回生電力を制御用電源として利用できるように、高減速度θhは設定される。高減速度θhの値を大きくするほど、インバータ10からの回生電力を大きくすることができるが、制動時の乗客の姿勢が不安定になるおそれがある。そこで、乗客が転倒しない範囲内で、ソフトストップ機能を実現するために必要な回生電力が得られるように、高減速度θhの値が設定される。
換言すれば、連続運転中のインバータ10を停止させる場合、減速度(減速時間)を指定して徐々に周波数および電圧を低下させると、慣性力によりモータ3が発電機として働き、インバータ10の入力側に回生電力が出現する。本実施例では、この回生電力を制御回路11を動作させるための電源として利用する。
図5は、通常の減速停止処理を示すフローチャートである。この通常の減速停止処理は、下降運転および上昇運転の両方に適用される。
制御回路11は、エスカレータの運転を停止させるための運転停止条件が成立したか監視している(S1)。運転停止条件としては、例えば、エスカレータ近くに設けられた停止スイッチを管理者が押した場合、異物の噛み込みなどで非常停止装置が作動した場合である。運転停止条件が成立した場合(S1:YES)、制御回路11は、インバータ10へ減速指令を出力し(S2)、モータ3の回転数を所定の減速度θsで低下させてエスカレータの運転を停止させる(S3)。
図6は、エスカレータの下降運転中に停電が発生した場合の減速停止処理を示すフローチャートである。
制御回路11の停電検出部15は、入力部14を通して取得する停電検出用信号に基づいて、停電が発生したかを監視している(S11)。停電検出部15は、停電状態を検出すると(S11:YES)、電源切替スイッチ開閉部16に停電検出信号を与える。
停電検出信号を受けた電源切替スイッチ開閉部16は、出力部18から電源切替スイッチ12へ切替信号を出力させる。この切替信号を受けた電源切替スイッチ12は、インバータ10の入力側から回生抵抗13を切り離し(S12)、制御回路11をインバータ10の入力側に接続する(S13)。
停電検出部15は、停電検出信号を減速指令選択部17にも与える。この停電検出信号を受けた減速指令選択部17は、出力部18からインバータ10に対し、標準減速度θsでの減速停止を指示するための減速指令信号を出力する(S14)。ここで標準減速度θsは、一般的なインバータ負荷に基づいて回生状態となるような値として設定することができるため、下降運転中の停電発生時には予め用意された値をそのまま使用しても、回生電力を得ることができる。なお、停電直前のインバータ負荷情報に基づいて初期値θsを修正し、その修正値を用いてもよい。
インバータ10の減速動作により回生電力が発生し、この回生電力は制御回路11が動作するための制御用電源として利用される(S15)。これにより停電時であっても、エスカレータを標準減速度θsで減速させながら停止させることができ、乗客の安全を確保することができる。
図7は、エスカレータの上昇運転中に停電が発生した場合の減速停止処理を示すフローチャートである。
制御回路11の停電検出部15は、入力部14から取得する停電検出用信号に基づいて、停電が発生したかを監視している(S21)。停電発生を検出すると(S21:YES)、電源切替スイッチ開閉部16は、電源切替スイッチ12を操作して、インバータ10の入力側から回生抵抗13を切り離し(S22)、制御回路11をインバータ10の入力側に接続する(S23)。
インバータ10は、乗客負荷率を算出して、乗客負荷率算出信号を制御回路11へ出力する。制御回路11は、入力部14を介してインバータ10から、乗客負荷率算出信号を取得する(S24)。
制御回路11の減速指令選択部17は、乗客負荷率から、回生電力を制御用電源として利用するために必要な減速度を選定する(S25)。ここで減速指令選択部17には、インバータ10による乗客負荷率と、この乗客負荷率に対応する標準減速度θsと高減速度θhとの関係を予め格納されているものとする。例えば、乗客負荷率が所定の閾値未満の低負荷状態の場合は標準減速度θsを選択し、乗客負荷率が所定の閾値以上の高負荷状態の場合は高減速度θhを選択する。乗客負荷率を3段階以上にランク分けし、各ランクごとに減速度を予め設定した減速度選定テーブルを使用してもよい。
減速指令選択部17は、インバータ10を回生状態とするために必要な減速度が標準減速度θsであると判定した場合、エスカレータを標準減速度θsで減速して停止させるための減速指令を出力部18からインバータ10へ出力する(S26)。
これに対し、減速指令選択部17は、インバータ10を回生状態とするために必要な減速度が高減速度θhであると判定した場合、エスカレータを高減速度θhで減速して停止させるための減速指令を出力部18からインバータ10へ出力する(S27)。
インバータ10の減速動作により回生電力が発生する。この回生電力は電源切替スイッチ12を介して制御回路11へ入力され、制御回路11の直流電源となる(S28)。これにより、制御回路11は、上昇運転時においても回生電力を生じせしめて制御用電源を確保することができ、ソフトストップ機能を実現することができる。
このように図7に示す処理では、エスカレータの上昇運転時に停電が発生した場合は、乗客数などの乗客負荷率を考慮して、制御回路11からインバータ10に与える減速指令値を適切に選定する。従って、穏やかに停止させて乗客の安全を確保できる。
このように構成される本実施例では、運転中の停電発生時に、平滑コンデンサ9に蓄積されている直流電圧を使用するのではなく、制御回路11の減速指令選択部17によりインバータ10が回生状態となる減速度を選択し、エスカレータの減速動作により発生する回生電力を使用して減速停止する。従って、蓄電池などの非常用電源を設ける必要がなく、製造コストの上昇を抑制しつつ安全性を高めることができる。
なお、前述した実施形態は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、前述した実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置き換えをすることが可能である。例えば、本実施形態は、エスカレータに代えて歩く歩道のような乗客コンベア装置にも適用することができる。